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なにか打ち込めるものを持っている人はうらやましい。
「今日は休みやけどすることないなあ」
なんてことがない。
時間があれば、いや、時間が無くてもなんとかそれをする時間をひねり出す。
なにしろ生活の中心がそれになるのだ。

スポーツだったり、写真だったり、鉄道だったり、グルメだったり、
アイドルを追っかけることだったり、アイドルになることだったり、
山に登ることだったり、山で化石を掘ることだったり、山の売り買いだったり、
本を読んだり、和歌を詠んだり、UFOを呼んだり
ともかく千差万別、あらゆることに打ち込んでいる人がいる。

なんでそんなに打ち込めるのか。
出るのだ、汁が。
ドーパミンだとかアドレナリンだとかいう脳内の汁がその人をウキウキさせるのだ。
その状態を『○○ハイ』という。

高校時代のクラブの仲間にあった時、ひとりがマラソンを趣味にしていた。
当時、あんなにサボりだったのに、今になってひたすら走っているという。
俗に言う『ランナーズハイ』ってのになるそうだ。
自然と走りたくなってくるのだと言っていた。


では、私にはそんなハイになれるものはないのか。
実は二つある。
そのうち一つは筆ペンだ。
ちょっと前に書いたから覚えている人もいるかもしれないが、
私は残り物の原稿用紙に筆ペンで字を書いている。

当初の目的は、未使用の原稿用紙を捨てるのは気が引けるので、
字の練習を兼ねて、筆ペンでマス目を埋めて捨てることだった。
好きな歌の歌詞や百人一首、四字熟語に地名、人名、天声人語。
いろんなものを手本に一日一枚書いている。

これがなんだかノリノリになってくるようになった。
飲みに行っていない日は毎日400文字何かを書くようになった。
いや、最近では400文字でやめるようにしている。
区切りを付けないとやめられなくなってしまうのだ。
今数えてみたら27枚の原稿用紙が文字で埋められていた。

これは毎日できる。
でも、もう一つはたまにしかできない。
それが畑を耕すことだ。

今日は久しぶりに畑でクワをふるった。
トウモロコシを植える範囲に肥料を撒いて耕しながら混ぜ込む。
幅の細いクワで土を削ぎ取るように細かく砕く。
耕した後がふかふかになるのがうれしくて仕方ない。

2時間半、水分を摂るとき以外は休まない。
右手が疲れたら左に持ち替えるだけで、ずっと耕し続ける。
今日で畑の半分を耕すことができた。
ということは、あとの半分はまた一日で耕せるのだ。

耕し終わったら野菜を植える。
野菜を植えたら夏の仕事は草取り、水やり、収穫だ。
耕すことができない。
耕しドーパミンはナスやピーマンが終る秋までおあずけなのか。
いやだーいやだー、耕したいー。

でも、おじさんがトラクターで耕してくれるのも好き。





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凶器を持った徘徊か
昨日、録画してあったら落語を観ていたら、こんなフレーズが出てきた。

「おかみさん、絶対人に言っちゃうでしょ」

「なに言ってんだい、あたしゃ口が堅いんで有名なんだよ」

これは落語に限らず、世間一般でよく使われている。
さあ、あなたならこの“口が堅くて有名”な人を信用できるだろうか。


まず問題になるのは“有名”の部分だ。
本当に口が堅くて秘密を人に話したりしない人だったとしよう。
でも、この人が秘密を持っていることは周りに漏れているのだ。

これは『完全犯罪とは何か』という問題に似ている。
名探偵にそのトリックが見破られなかったら完全犯罪か。
逮捕されても警察がそれを立証できなかったら完全犯罪なのか。
事件が迷宮入りし、犯人が疑われさえしなかったら完全犯罪なのだろうか。

『完全犯罪とは、事件があったことすら誰にも知られないことだ』とする説がある。
だとしたらこのおかみさんは、完全犯罪にはあたらない。
「捕まったってあたしゃ絶対しゃべらないよ」
というレベルの犯人なのだ。

本当に口が堅い人なら、周りにいる人が「この人は口が堅い」と気づかないはずだ。
むしろ「なにも秘密を持っていないところを見ると、誰もこの人に相談しないんだな」
と、口が軽いと思われがちである可能性が高い。
秘密自体をないことにする、それこそが本当に口の堅い人なのだ。

更に、このことからわかるように、この“口が堅くて有名”な人たちは、
本当に秘密を漏らしたりしていなかったとしても、
『まだ、秘密を漏らしていない』という段階にいるに過ぎない。
本当に口が堅いかどうかは、その秘密を墓まで持って行って初めて証明される。

この人の立場は『まだしゃべってはいないが、秘密を持っていると知られている人』だ。
そしてこの人が口が堅いと“有名”だとしたら、
身近には知ったことを吹聴して回る人間がたくさんいるということになる。
こんな危険なことがあるだろうか。
うっかり一言漏らしたら、それを有名にしてくれるグループなのだ。


もう一つ疑わしいのは、この人が聞きたがりだということだ。
「私は口が堅いのだから安心して秘密を打ち明けなさい」と勧めている。
「あの人は口が堅くて安心だから相談してみよう」と打ち明けられたのではない。
本当に秘密をしゃべらない人が、他人に「秘密をしゃべりなさい」と言うだろうか。

落語ではなく実際にそんな事を言う人を思い出してみよう。
数人思い浮かんだ。

「お前、噂で○○って聞いたけど、俺は口が堅いから話してみ」

なんて居酒屋のカウンターで話させようとするやつが信用できるか!
それどころかあることないこと尾ひれがついて、
翌日には常連みんなに知れ渡り、どうかするとメールで確認されたりする。
ヘタをしたら、紙に書いて張り出されるのだ。

なのに彼らは自分は口が堅いと思っている。
あれだけベラベラしゃべっておいて「大事なことは言ってない」と思っているのだ。
この部分はしゃべっていい、と勝手に判断しているのだ。

さて、最初に登場した『口が堅くて有名なおかみさん』だが、
こういう人がうじゃうじゃいるところを想像してみよう。
果たしてそのうちの誰かに秘密を打ち明けようと思うだろうか。
みんなわかっているだろうからはっきり言おう。
なにか宣伝したいことがあったら、その人にしゃべるといい。






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褒められてるはずがない
今日は土曜日だから実家に行く。
が、先日無料化された自動車専用道路を行くことはできない。
なぜなら、その途中にあるアリーナ伊勢で『伊勢菓子博』が始まったからだ。

伊勢は菓子博にふさわしい。
なぜなら、日本最初の観光地伊勢は昔から土産・名物としてたくさんの餅がある。
伊勢に向かう昔の街道は、別身『餅街道』などと呼ばれたそうだ。
全国的に有名なのは赤福だが、地元民はむしろ他の餅を食べる方が多いのではないか。
ちなみに私のお気に入りは『へんば餅』だ。


職場のメンバーは、私以外全員がチケットを買ったそうだ。
なにしろ店長以外は女子なのだ。
菓子が好きなのだ。

店長の奥さんに「行かないの」と訊ねられた。
行かない。
菓子のために行列に並ぶようなことはしたくない。
なんで菓子なのだ。

そうはいっても、最近私は菓子をいただくことが多い。
チョコレートにハマっていることは先日書いたし、
仕事場ではよくお菓子が配られてくる。
昨日は居酒屋で八つ橋のおすそわけにあずかった。
めったに食べない甘い菓子も、たまにちょっと食べるのはおいしいものだ。


だが、博覧会をするほどのものではない。
どんだけ食べようと思っているのだ。
旅先で「これが名物よ」と言われてつまむのがお菓子だ。
一ヶ所に集結させて行列に並んであちこちの銘菓をハシゴ、
なんて菓子の食べ方ではないぞ。

だいたいお昼はどうするのだ。
菓子博の会場に食堂はあるのか。
あったとして、食べる人はいるのか。
午前中、まんじゅうなんぞを並んで食べて、
お昼にかつ丼食って、さあ午後からもがんばるぞ、ってなるのか。

いくら甘党でもそうそう菓子ばっかり食べ続けていられるのか。
私のイメージでは、列に並んで甘いものを食べて、
別の列に並んでいる間に、口の中が酸っぱくなってくると思われる。
必要なのは食堂より、菓子の箸休め的なコーナーだ。

例えば漬物の館。
チョイと塩気を摂取したほうが、菓子もおいしくいただけるはずだ。
それに、歯磨きの館が必要だ。
フリスクの館もあったらいいのではないか。
なんで私は全て『館』だと思っているのか。

しかし、一番忘れてならないのが『ダイエット』だ。
菓子博に来るような連中がダイエットを考えてないはずが無い。
「今日だけは別博」何てことは許されない。
ようし、私が白地に赤で『ダイエット中』と書いた服を着て、
ウロウロしたり列に並んだりしてやろう。

行くんかい!





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まるで波のようだ
今までできなかったことができるようになる。
壁を破るとか、階段を上るとか表現されるように、これは人としての進歩だ。
子供はいくつものいくつもの進歩を繰り返して大人になる。
しかし、もうずっと昔に大人になっているはずの私にも、まだ進歩はある。
この年までできなかったことが、ある日できるようになったりすることもあるのだ。

チョコレートが噛めるようになった。
以前、私にとってチョコレートは飴類に所属するものだった。
口に入れたら体温と唾液と下の動きで溶かして飲みこむのだ。
ナッツ系のものが入っている場合は、完全にナッツだけになってから噛んだ。

そんな風に育ったのも大人の教育が悪かったのだ。
チョコレートは虫歯になる虫歯になると、呪文のように唱え続けるものだから、
この黒くて甘い物体を咀嚼すると、歯の目に見えない小さな穴に入り込んできて、
溶かし蝕み、この固い象牙質を軽石みたいにしてしまう、と思っていた。
だから怖くて噛めなかったのだ。

初めてチョコを噛んだのは数年前、きっかけは忘れてしまった。
「この歯ごたえはたまらんな」と思った記憶がある。
ただ、噛むと早く無くなるということもわかった。
だから咀嚼することを経験してからもなるべく溶かし食いをするようにしていた。


さて、最近の私はよく二日酔いをする。
二日酔いにならない一番の方法は、二日酔いになるまで飲まないことだ。
だが、これは無理だ。
酔っ払った頭でそんな理性をキープすることなんてできない。

そこで我々は、民間療法レベルの対処法をいろいろ考える。
世の中の酔っ払いが勝手に考えるからいろんなデマが世間に流布されている。
我々が一番信じやすいのが、飲む前にこれを食べれば安心、というやつだ。
なにしろ事が簡単だし、「アレを食べたのに」と責任をなすりつけられる。

よく聞くのは、牛乳、チーズ、柿、ナッツ類、緑茶、レバーなどだ。
どうやら脂っ気か、肝臓にいいものかに大別できるようだ。
ただ、その中で自分の好きなものを選んでいたのでは効き目がない。
ちゃんと、効果のあるものを調べよう。

で、私が選んだのがチョコレートだ。
脂分が胃の粘膜を保護し、糖分が肝臓のエネルギーとなり、
カカオに含まれるポリフェノールがなんかいいらしい。
私は飲みに行く前にチョコレートを食べることにした。

徒歩で店に向かう途中、コンビニに寄った。
薬として服用するのだから、よけいなものが入っていない方がいい。
私は安くてノーマルな板チョコに決めた。
板チョコを買うなんて人生で初めてかもしれない。

飲む前に摂取しておかなければならないので、歩きながらバリバリ食べる。
傍から見た「なんだあの甘党のおっさん」と見えるかもしれないが、
これも全て酒を飲むための助走なのだ。
胃や肝臓を守るためにあわてて食べているのだ。

板チョコをあわてて食べる。
この快感を初めて知った。
口の中でのあの崩壊感。
なぜか湧いてくる勝利感。
しかもこれで二日酔いをしない体になったという勘違い。

私は意気揚々とのれんをくぐった。
で、一杯目の生ビールのまずかったこと。





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歯磨きに問題あり
たまにクイズ番組などを見ていて思うことがある。
自国の言語がクイズ問題にされている国なんて他にあるのだろうか。
普段かいたりしゃべったりしている言葉ではないか。
それを理解していなくてどうするのだ。

ことわざや故事成語的なものはどの国でも有名無名いろいろあるだろう。
こういう言い回しを知っていますか、というのは問題にされると思う。
しかし、文字自体がクイズにされていてどうするのか。
そうなっている諸悪の根源が漢字だ。

漢字と言いうのはともかくややこしい。
ともかく数も種類も多いので全部を覚えることは不可能に近い。
当用漢字だけでもかなりの数があるというのに、
それが当用漢字かどうかまで覚えなければならなくなった。

漢字という文字が一つあれば、当然読み方がある。
音読みと訓読みがあったりする。
それも、一つとは限らない。
訓読みだと送り仮名という問題も生じてくる。
『細い』と『細かい』のようにその送り仮名によって読み方が変わる場合もある。

音読みだと、漢字同士の組み合わせによって読み方が変わる。
ある一つの場合オンリーの読み方があったりする。
地名や人名に至っては、考えたところで答えが出ないものもどっさりある。
むしろ最近は、クイズのような名前の人がいたりしてややこしい。


漢字がクイズにしやすいのは、似たのがたくさんあるというのも理由のひとつだろう。
その責任は部首にある。
つくりが同じでも部首が違うと意味が違う。
なのに音読みが同じだったりするから余計に紛らわしい。

部首の王道は『へん』だと思うが、へんがあっても部首がそれとは限らない。
うろ覚えの記憶だが『相』という字の部首は『目』だったはずだ。
そんなことがあるか、と叫ばずにはいられない。
いやがらせ以外のなにものであろうか。

そのうえ、書き順なんてことを言う。
もうそのぐらい自由にさせてくれと思う。
ところがこれが、書いた時の美しさがちがってくるのだそうだ。
毛筆ともなれば書き順はかなり重要なファクターとなる。

この毛筆漢字がさらにややこしい。
くずして書いたりするからだ。
その崩し方は書道家が勝手に考えているのではないかと勘ぐってしまう。
そうなるともう正解なんてない。

実は、文字を崩すのは書道家だけではない。
例えば、映画の字幕や、このパソコンの文字も読みやすくするために簡単にされている。
線を少し省略したりするのだ。
画数の多い文字はごまかされているのだ。
そういえば画数なんて問題もあったか。

さて、少し前に紹介させてもらったが、私は今字の練習をしている。
未使用の古い原稿用紙を消費するために、筆ペンで文字を書いている。
やみくもに書くわけにもいかないのでいろいろテキストを探して写しているのだが、
先日、百人一首を検索して書き写していた。
するとやたら複雑な漢字が出てきて、老眼鏡ごと顔を寄せて精密に見た。

ははーんここは『自』ではなく『白』なのか、と、部分的に集中して観察した。
妙な字だと思って詳しく調べると、やっぱり『自』が正解だった。
省略されていたのだ。
もうこうなると、世の中が漢字を間違えさせようとしているとしか思えない。
クイズ業界と活字業界は裏で結託しているのか。

と思ったが、キーボードで打つならそれでいいのだと気が付いた。
世の中には、そんなに原稿用紙が余っている家ばかりではないのだ。






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誰か足してくれ