ワシのこと

ここでは、ワシのこと に関する情報を紹介しています。
つい最近書いたばかりのような気がするが、月曜日はいつもの居酒屋の定休日だ。
週の初めでもあるし、普段ならこんな日に飲みに行ったりはしない。
なのに明日は飲みに行く予定が入った。
しかも、夜8時、スナックに集合というけったいな指定だ。

事の起こりは、スキンヘッド3号がK子さんをスナックに誘ったことだ。
K子さんは昨年秋からいつもの居酒屋に入ったアルバイトさんで、
背がシュッと高く愛想の良い美人さんだ。
3号が誘いたがるのも無理はない。

行くスナックは3号のいきつけで、そこの女の人とダンスをするのが好きらしい。
よくその写真を見せたりしている。
ひょっとしたら、K子さんとダンスを目論んでいるのかもしれない。

そんなお誘いにどうしてK子さんが乗ったか。
Mえが行くと言ったからだ。
おそらく3人でカラオケを楽しむつもりだったのだろう。

がMえのお昼の仕事が段取りを狂わせた。
Mえが遅番になってしまい、終わるのが9時半になった。
だとすると、Mえが来るまでK子さんと3号は二人きりだ。
K子さんも家庭のある身、これは具合が悪い。

そこで目を付けられたのがスキンヘッドグループの総帥、1号だ。
1号は飲み屋に詳しく、時間が自由で、そのスナックと家が案外近い。
K子さんは3号との二人きり状態を回避するために1号を誘った。


金曜日にいつもの居酒屋に行った時、そう言った事の成り行きを聞いた。
「なんでワシが」
とマキゾエ感を醸し出していた1号だが、
なにかどうもニコニコニヤニヤ鼻の穴が膨らんでいる。
そりゃまあ、そのメンバーに誘われたらまんざらでもないだろう。

ノリノリの3号、ニヤニヤの1号と、
あいかわらずMえはテキトーだなあ、などといって楽しく飲んで帰るとき、
K子さんが私に、
「来てね」
といった。

1号が頼りにならないと思ったのか、保険を二重にしたかったのかはわからない。
しかし、背がシュッと高く愛想がよくて美人さんのK子さんに、
うるんだ瞳で哀願されるように言われたら行かないわけにはいかないではないか。

となると、8時までをどう過ごすかだ。
普通なら居酒屋で待ち合わせ、その後二軒目になだれ込むのが通例だ。
今回誰も一軒目の話をしない。
1号も3号もきっとダンスのことしか頭にないのだ。
こうなったら自分でそれまでどう過ごすかを考えなくてはいけない。

方角や時間を考えると他の居酒屋に行くのは得策ではない。
そうだ、久しぶりにサウナに行こう。
体をきれいにしてシェイプアップして、軽くビールでも飲んでいこう。
いい匂いにしてお肌もしっとりサラサラにしていこう。

決してダンスに備えているのではない。
ニヤニヤなんかしていない。
鼻の穴ふくらんでない。






↑それにしてもK子さんの付き合いの良さよクリックしてね。





丈夫ではないですから
あああ、ううう、
ついに超えてはいけない一線を大またぎで超えてしまった。
ここだけはと死守してきたのに。

あれは今週の木曜日の朝、仮眠を終えてさあ出勤という時だ。
そうそう昼食の豆腐鍋用にハクサイでも刻もう、と思った。
が、ちづるがもうまな板を洗っている。
今から野菜を切ると言ったら怒るだろうなあ。
仕方がないからお昼はそこにあるカップ麺とパンにしようか。

そう思いながら、ふと冷蔵庫の野菜室を見てみると、
なぜ出勤前にふと冷蔵庫の野菜室を見てみるようなことがあるかはともかく、
モヤシと使いかけのシメジを発見した。
小さいパックの豆腐とこれがあれば鍋ができるのではないか。

私はこれらをカバンに入れた。
三個セットのパック豆腐、もやし一袋、残りシメジ、魚肉ソーセージ。
おそらくモヤシは使い切らないだろう。
残ったら会社の冷蔵庫に置いておけばいい。
それなら豆腐も常備しておけば、毎朝用意しなくても済む。

こうして私は会社に食料を常備することになった。
会社の冷蔵庫には飲み物とチョコレートしか入ってなかった。
小さい冷蔵庫だが、一番下の野菜ポケットは私のものだ。
豆腐の相方として、シューマイやウインナー、しばりこんにゃくなども置いておこう。
あっ、玉子も置いとけるではないか。


これが一線だ。
今までも会社にはいろんな私物を持って行った。
耳かき、爪切りから薬たち、食器、雨具、緊急持ち出し袋、お絵かきグッズ。
夏場には汗を書いた時の着替えに、Tシャツ、靴下、パンツも置いてあった。
そういえば、洗濯もしていたのだった。

これらは衣食住の『衣』と『住』だ。
もちろん、今までもコーヒーやお茶、お菓子、パンぐらいは置いたこともある。
しかし、本格的な『食』をキープするのは初めてだ。
これで会社に衣食住が揃ってしまった。
つまり、会社の『住んでる度』がワンランク上がってしまったのだ。

仕事漬けで家は寝るだけの場所、なんて人がいると噂には聞く。
ただ、私はそんなに仕事漬けではない。
むしろ会社では空き時間にブログネタを考えたり筋トレをしたり……
あああっ、やっぱり住んでるっ!


いる時間を考えてみよう。
会社にいるのは8時半から5時半までの9時間だ。
昨日は居酒屋に6時に入り、帰ったのが0時だから6時間。
移動時間がトータルで1時間としたら、24から引いて、
家にいるのは9時間となる。

会社と家にいる時間が同じではないか。
これはもうどっちに住んでいるのかはっきりわからない状態だ。
会社に行くのを『出勤』、家に行くのを『帰宅』と呼ぶのは不公平だ。
これからは会社から家に向かうことを『出家』と呼ぼう。





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家はどうなっている
居酒屋の常連に、なんにでもケチを付けたがる人がいる。
例えば私が何か買った話をしたら「お金がもったいない」
観ていたテレビ番組の内容を話したら「あんなつまらん番組」
畑の話題を出したら「そんなしんどいことなんでするの?」
ともかくまず、人の言うことには逆らいたいようだ。

もちろん私は反論する。
どれもこれも私が好きで買ったり観たり汗を流したりしているのだ。
でも反論はこのぐらい。
だってこの人は、好きで他人の話にケチをつけているのだろうから。

ただ、この人は知らない。
私がブログを書いていることを。
お金を損したり、テレビに腹をたてたり、無駄な労力を使ったことがあったとしよう。
それは全てブログネタとなるのだ。
つまり、すべての出来事が“おいしい”のだ。

考えてみたらこれはステキなことではないか。
生活でマイナスであるはずのことが全てプラスに考えられる。
ある意味、幸せの最高形だ。

マイナスがプラスになるだけではない。
今までなら見向きもしなかったことがネタになる可能性がある。
道端に落ちていたハート形のものや、親父の愚痴や、ネタを忘れちゃったことでも。
なにしろ『なんにでもケチを付けたがる人』でさえ役に立つのだから。

ブログをしていなかったころと比べると、ものすごくアンテナが敏感になっている。
あの看板、何か変だが面白くならないか。
田んぼにカボチャが捨ててあるが、屁理屈をこねられないか。
ざぶとんの房で何か一本書けないか。
こんなことばかり考えている。


が、中にはどんなに面白くても使えない話もある。
例えば、人名に関するもの。
お得意さんの本名が、ある状況で面白いタイミングになったことがある。
特に変わった名前ではないのだが、そのときだけ面白かったのだ。
しかしさすがに実在する人のフルネームを出すわけにはいかない。

これがブログで紹介できないのはとても歯がゆい。
じゃあどうするか。
居酒屋でしゃべるのだ。
この場合は一発勝負なので失敗することもある。
「なんやそのつまらん話」とケチをつけられることもある。

温めていた話がウケないとガッカリする。
これ、ブログならウケるのになあ、などと嘆くこともある。
それでもいいのだ。
温めていた話がウケなかった話をブログに書くことができるからだ。

もちろん、居酒屋ではブログをやっていることはヒミツだ。
ブログのことは他の酔っ払いには話せない。
だから、私の話にケチを付けられても、
「ふん、あんたなんかブログでは小ネタなんだからな」
と心の中で鼻で笑っているのだ。





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困ったらダウンしろ
お昼ごはんは野菜鍋と決めたはずだ。
今、畑で収穫できるのは、コマツナ、ミズナ、チンゲンサイ、ダイコン、コカブ、
それに巻かないハクサイの山東菜。
これだけあれば、わざわざ野菜を買ってこなくても鍋ができる。

少し日が長くなってはきたが、仕事のあと畑に行くのはまだ無理だ。
だから休日に収穫しておいて、お勝手口のたらいに水を入れて立ててある。
ちょっと冷蔵庫には入らないのだ。
ちなみにダイコンは玄関に寝ている。

なのに今週は鍋をしなかった。
なぜかちづるがカップ麺とパンを買ってくるのだ。
カップ麺があればやはり鍋をするより楽だ。
待っている時間にパンを食べると昼休みが効率的に過ごせる。
ちなみに私は、勝手に5分以上待つタイプだ。


野菜を持って行かないのでカバンが定まらない。
薄手で、カラになったらポケットに納まるバッグが本当はありがたい。
帰りに手ぶらになれるからだ。
だが、これは薄すぎて中身が透けて見える。
やすいカップ麺を買っているのがみんなにばれてしまうのだ。

なのでリュックサックを背負う。
これは結構な大きさで、ハクサイぐらいなら入ってしまう。
ただ、中身を食べてしまった帰り道がめんどくさい。
軽くなると安定しないのか、肩からずり落ちてくるのだ。

それで、昔使っていた布製の肩掛け袋を出してきた。
斜に掛ければずり落ちることはないし、モノの出し入れが楽なのだ。
一つだけ気になるのは、こないだちづるとスーパーで落ち合った時、
「なんちゅう恰好しとんの」といわれたことだ。
そんなに変なのだろうか。


このように、今いろんなことがはっきり定まらず不安定だ。
例えばお昼に読んでいる本。
新刊を4冊の買ってあるのに、古いアンソロジーをちょっとずつ読んでいる。
チラッと見たら読んだ記憶が無くて、本当にすべて覚えてないか読み直している。
読み直しなので、ちょっと長い作品は最初と最後だけ読んだりしている。

筋トレもまとまってできていない。
仕事が多くなってきて、会社でじかんが取れないし、
家に帰ってきても、鍵を忘れているか寒いかでなかなかやる気にならない。
週二回のペースが大幅に狂って、腕と胸と広背筋を別の日に鍛えたりしている。


そのような不安定期にある私。
安定したブログの更新ができるはずが無い。
昨夜もホットカーペットで寝てしまい、こんな遅い時間にパソコンに向かっている。
そんな状態だから、オチもないのだ。





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楽だけど縁起悪い絵
会社に向かって歩いている途中、ハートが落ちているのを見つけた。
先日、『ドーナツ型だからドーナツ』的な案を発表して反論をいただいたが、
これに関して文句をいう人はあるまい。
ハートの形をしているもの=ハート、なのだ。

道路の端っこに

これは間違いなくハートだ。
新年早々、こんなものを見つけるとは縁起がいい。
さっそく拾っていこうかと思ったが、さすがの私も躊躇した。

まず、ハート形のなにであるかわからない。
金属製らしいので重そうだ。
なかなか年季が入っていて、古いものらしい。
換金はできなさそうだし、裏に犬の不運がくっついていないとも限らない。
懐に入れるのはやめておくのが賢明だ。

考えてみれば、ハートを拾ってウキウキするより、
毎朝通る道にハートがあるというのもいい感じの生活ではないか。
『ハートのある暮らし』なんてオシャレ女性誌のサブタイトルにありそうだ。
そんな生活が降ってわいたように過ごせるなんて、
って、降ってきたのかどうかはわからないが。


そんなこんなでもう何日が過ぎただろう。
『ハートのある暮らし』のつもりでいたが、
どうも実際は『毎日ハートをチラ見する暮らし』になっている。

考えてみれば、新年早々この世界のどこかにハートを落とした人がいるわけだ。
これは気の毒だと思わなければならない。
しかし、毎朝誰かを気の毒に思う生活もいやだ。
どうにか考え方を変えたい。

そうだ。
誰かがここに、ハートの種を蒔いたのだ。
この種に愛のシャワーが降り注いだ時、この種は発芽して成長を始める。
そのときをずっとここで待ち続けているのだ。

だとしたら、一つ不安がある。
この種がアボカドタイプかソラマメタイプかということだ。
アボカドタイプなら、発芽の時にまず真っ二つに割れる。
これは縁起が悪いではないか。

対してソラマメは根が出て種が持ち上がり、それが開いて双葉になる。
開いて双葉になるのと、先にパックリ割れるのではイメージが違いすぎる。
ぜひ、ソラマメタイプであってほしい。
それなら、そのままどんどん伸びて、やがて花が咲きサヤができる。
その中にたくさんのハートが詰まっているのだ。

そのときに私は一サヤいただくとしよう。
おそらく三つぐらいのハートが入っているはずだ。
それを、町のあちこちに蒔いてくるとしよう。
その運動がどんどん広がっていけば、この世界は平和になるはずだ。

などと、ひとりで歩いているとおかしなことを考えてしまうのであった。






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発育不全