ワシのこと

ここでは、ワシのこと に関する情報を紹介しています。
月曜日から春のバーゲンだ。
なので先週は忙しかった。
ともかく入荷してくる商品の量が多い。
バーゲンだから、というだけでなく、バーゲン価格で仕入れられるからだ。
なので、売れるものは仕入れられるだけ仕入れようとしている。

運送屋のおっさんが嘆くほどの段ボールが入ってくる。
それを片づけられるものは片付け、店に並べられるものは並べ、
空いた段ボールは潰し、隙間の詰め物は分類して再利用する。

バーゲンともなったら百円ワゴンもスカスカというわけにはいかない。
メモはもちろん、他にも売れるものを探してきてそれ用に包む。
薄くて白い紙は書道練習用に。
折り線の入ったボール紙は商品保護の角あて用に。
細長いクラフト紙は紙帯用に。
その他、色紙や和紙、柄物などは『お好きにお使いください』だ。


バタバタしている中、包んだメモに売り文句を書こうとメガネを掛けた。
そのとたん、視点がぼやけ、めまいのような状況に陥った。
景色にピントが合わず、思わずふらついてしまい、机につかまった。
どうしたワシ、忙しさのあまり疲れがたまったのか。
私としては忙しいかもしれないが、世間から見たらヒマヒマだし、
疲れがたまったとしたら仕事ではなく居酒屋の付き合いのはずだ。

老眼鏡のレンズが片一方無くなっているではないか。

私は仕事中、老眼鏡を首からぶら下げている。
なんかそういうゴムひもをメガネに付けて落ちないようにしてある。
字を読みたい時にサッと掛けられるからだ。
折りたたみのメガネをポケットに入れておくより断然具合がいい。

ただ、そのまま荷物を持ったり狭いところに入ったり、
段ボールを畳んだり腕立て伏せをしたりゴミを片づけたりする。
メガネは私の体と荷物などの間に挟まれてかなりの衝撃を受けているだろう。
柔らかいプラスティックせいなので割れずに済んでいるのだ。

実際、何度かレンズがはずれたことはある。
大抵は落ちた時に気付いてすぐつけるか、
あとで気付いても探すとすぐに見つかった。
なのに今回はどこを探しても見つからない。
ひょっとしたゴミと一緒に巻いてしまったか、棚の下にでも転がり込んだのかもしれない。

そんなわけで今私は文字を読むときに二択を迫られている。
懐から折りたたみのメガネを毎回出すか、
首からぶら下げたメガネを掛けて、片目を閉じて文字を読むかだ。

今までの習慣があるので、ついぶら下げたメガネを掛けてしまう。
掛けてからレンズが片一方しかないことに気付き、ウインクして字を読む。
ええい読みにくいわい、と思ったらレンズのある方の目を閉じてたりするのだ。
やはり、新しいメガネを買った方がいいのだろうか。

でも、買ったらレンズが見つかるような気がする。
長年の経験で知っている。
世の中ってそんなものなのだ。





↑来て見て触ってクリックしてね。






あとフトコロも
先日、酔っぱらった勢いで五月五日まで髪を伸ばす宣言をし、
誓約書まで書いてそれを居酒屋のカウンター真正面に貼りだされた私。
何しろ目立つところに貼ってあるので、私がいない日までその話で持ちきりだそうだ。

もしその約束を破ったら、ケーキをおごれ、ボトルキープしろと、
皆が好き勝手に罰則を書くものだから、まるで七夕の短冊のようになっていた。
そのうち『免許の試験に通りたい』などと私の権限の及ばない希望を書くものまで現れ、
もはや絵馬の様相を呈してきた。

ある日、バイトが早番だったMえが仕事を上がった後、私の隣に来て座った。
お酒を飲みはしないが、たまにアイスクリームなんかを食べてしゃべっていくのだ。
すぐ近くで顔を見て、化粧がちょっと変わっているのではないかと思った。
以前はもっとたれ目だったのに、少しつり目になっている。
「北川景子に似てる」などとおだてる人がいたからそっちに寄せたようだ。

「あれ、Mえちょっと美人になったな」

と軽く持ち上げてみたら、

「ちょっと!」

と睨まれた。
褒めたつもりだったのだが、お気に召さなかったのだろうか。

「それ、紙に書いて!」

あの宣誓書と同じA4の紙に、
『Mえさんは美人になりました こみ』と書かされ、
それが宣誓書の隣に貼りだされた。
酔っ払い仲間には「またなんかやらかした」と噂されているらしい。


この状況をなんとかしなくてはならない。
そこで、罰則の中で一番お手軽なケーキを買って行くことにした。
『ケーキかプリン』と書いたのは女将さんだから、
袖の下を渡して、こっそり撤去してもらおうという算段だ。
っていうか、女将さんまで参加するな。

ケーキ屋さんで丸くて派手なショートケーキを6個選んだ。
これで箱にうまく納まるか聞いたら大丈夫だということだったのに、
もう一度呼ばれ、やっぱり8個入りますと言われた。
なんたる散財。
三角か四角のケーキにすればよかった。

それを持って行って差し入れとして女将さんに渡す。
耳打ちをしておいたら、そっと誓約書をはがしてくれた。
ああ、これで肩の荷が下りた。

のんびりした気分になってしばらく飲んでいると、
「ちょっと!誰がはがしたの?」
と、Mえが怒っている。
お前もケーキを食べたではないか。

Mえは『Mえさんは美人になりました こみ』だけをまた貼り直した。
これに罰則は書かれないと思うが、はがしてもらえる見込みもない。
そして、その横にはトナカイの恰好をした私の写真がまだ貼られている。





↑署名はいらないからクリックしてね。






でももう
先日『ブロックタワーボール』という球をコロコロするおもちゃを大量に捨てた時、
ついでに捨てられるものはないかと部屋の中をちょいと探索した。
すると、棚の片隅に積み上げられているモノを発見。
それはそれは古いノートたちだった。

ともかく私は書き上げ魔だった。
思いついたら書く、覚えたかったら書く、考えるとき書く、
つまり、書いていかないと頭に入らないタイプだった。
それをまた、種類別に新しいノートを作っていくのだ。

読み終えた本の感想ノート。
映画の感想ノート。
ダイエット中の食事と運動のノート。
区の行事に反対した時の理由と対策のノート。

昔やっていた家庭菜園ホームページのネタノート。
昔ちょっとだけやった食テーマブログのネタノート。
昔やろうと思った創作ネタノート。
昔ぼんやり考えた空想会社のネタノート。
昔考えて、何に使うわけでもないのに書いたアイデアノート。
昔の畑の作付けノート。

これらがすべてノートの前半、いやほんの数枚書いたところで終わっている。
もう捨ててもいいのだが、残りの白いページがもったいないのでとってあるのだ。
会社に大きな裁断機があるのだから、のり付け部を切って白いめページだけにすればいい。
そう思ってすでにやってある分もある。
わざわざパンチ穴をあけて閉じてあるのだが、それを使わなくてもノートは豊富なのだ。

もっともったいないのが原稿用紙だ。
これも昔、ある本を読んでいた時知らない単語が出てきた。
それを控えておいて辞書で調べたのだが、そうなるとどんどん調べる単語が増えてきた。
『調べる』と『調べない』の明確な境目がないからだ。

この単語も知らないような気がする。
これは知っているようだが本当の意味はわかっていないのかもしれない。
そう思ったら書き上げなければならなくなってしまった。
夜寝る前にそれを、原稿用紙に筆ペンで書き写していた。
字も上手になるだろうと思ったのだ。


全てが過去形であることからわかるように、今も続けているノートはひとつもない。
だからといってすべてが三日坊主だったわけでもないのだ。
映画や本の感想は数年にわたって書き続けたし、ダイエットノートも数冊続いた。
漢字を書き写した原稿用紙に至っては結構な量になっている。
だからこそ、原稿用紙をまとめ買いしてしまったのだ。

ちづるにこの話をしたら「写経でもしたら」と言われた。
なるほど、漢字を筆ペンで書いていたのも字の上達を考えたからだ。
寝る前に筆を持ったりしたら寝つきもいいかもしれない。
原稿用紙やノートも消費できるし、何より無駄にならない。
別に書き写すのは般若心経じゃなくても、天声人語でもSTAP細胞の論文でもいいのだ。

と、考えたのが先週。
残っているノートたちは全て書き始めはしたものたちなのだが、、
この写経計画はまだ始まってもいない。
部屋が寒いし、毎日眠いからだ。
春待ちノートでもつけはじめようか。





↑般若もクリックしてね。






ちょちょい
『77日間』のその後。

5月5日まで髪を伸ばすと宣誓書を書いた私。
が、ちづるにものすごく反対された。

私「どんなふうになるかなと思って」

ち「どうなるかわからんのか!」

そんなわけでその日のうちにバリカンで刈るように言われてしまった。
確かに私も短い方がいいのだけど。

で、昨日いつもの居酒屋にいった。
私の宣言書はカウンターの真正面に貼られ、

ボトル一本・プリンかケーキ・タバコ・車・プリンとケーキ・お酒券

など、失敗した時の罰則が書き足されていた。
罰則っていうか、わしゃサンタか。


『キッチンダンシンクッキン』のその後。

まとめて作った保存おかずたち。
ひじき・ハクサイとはんぺんの煮もの・ダイコンおろし・ダイコンと鶏の煮もの
これらをタッパーに分けて毎日少しずつ食べていた。
おかずを作る手間がいらないし、野菜を摂ることができる。
1日に食べる品数も多くなった。

これは健康的でいいことだ。
全てのものを毎日少しずつ食べていくと、栄養バランスがいい。
ただ、すべてのおかずが同じように減っていく。
そしてある日、すべてが同時に無くなる。
そのときの洗い物の多さと言ったら。

そんなわけで、ちづるにものすごく恨まれたのだ。


『考えない袋』のその後。

そんなわけで、朝、尿に目覚めるのはちづるの呪いではないかと考えている。


『その場を一歩も動かずに』のその後。

やはりあの筋肉痛は天地返しの痛みだったようだ。
そこで、痛みのなくなった昨日、もう一度やってみた。
ちょっと時間が豊富にあったので前回よりも長い時間だ。

手を押し付けるのを30秒と休憩を30秒。
両手を引っ張るのを30秒と休憩を30秒。
昨日はそれに、タオルを頭の後ろで引っ張るのを30秒プラスした。

これらを順番に何セットもやる。
およそ30分間、それを繰り返した。
えらいもので、それだけ力を込めていると体が熱くなって上着を脱ぐほどだった。

しかし不思議なのは、先日筋肉痛になった肩の筋肉だが、
やっているうちにその場で痛くなってくる。
これは筋肉痛ではなく、ただ関節を痛めているのではないか。

『その後』をネタにしているにもかかわらず、まだ結果の出てないことを書いてしまった。
ただこの運動、筋肉痛になるかどうかはわからないが、
間違いなく肩はこる。





↑『その後』を書くときは『今書くことがない』ときだけどクリックしてね。






ササッと描けた
実家から帰ってきたのは午後2時ごろ。
ホントは畑を耕したいとこだが、野良仕事は朝からでないと行きにくい。
会社に行くように家を出ないと、体がうんと言ってくれないのだ。

とはいえ、他にもすることは山ほどある。
遅々として進まない断捨離的お片付けだ。
先日来、衣類であったり本であったりキャンプ用品であったり、
時間に余裕があるときに集中して処分している。

先週、ある大物に注目した。
それは『ブロックタワーボール』だ。
なんと、大きなコンテナに一杯あり、部屋の大きなスペースを占めている。

ごちゃごちゃ

見ただけではわからない人もいるかもしれない。
これはいろんなパーツを組み立てて、てっぺんからボールを転がして遊ぶものだ。
『セリア』という百円ショップに売っているのを見つけて集め始めた。
5種類ほどのパッケージがあり、それぞれ違うパーツが入っている。
これを収集するために県内すべての『セリア』を訪れた。

まだわからない人がいるようだ。
組み立てるとこのようになる。

大きい

ただし、これはセリア製のものではなく、『トイザらス』で買ったものだ。
百円ショップとは違って大きくて丈夫にできている。
対象年齢6歳以上というおもちゃをおっさんが自分のために買ったのだ。

なんでもいいけど、処分すると言いながら組み立ててしまったではないか。
ちなみにこれは先週の写真だ。
ちょっと試しに組み立ててボールを転がしてみた。
楽しい。
でも、物足りない。

今検索してみたら、これで遊んだのは2008年だ。
それ以来出してもいないものが果たして必要だろうか。
ここは思い切って処分しよう。
「一度だけ組み立ててみて」なんて考えないようにしよう。

納まった

思い切った処分だ。
なんだか寂しい。
心にぽっかり穴が開いてしまったようだ。
でも大丈夫。
これがあるから。

電気で動く






↑この電池で動くやつは2000円もするのでクリックしてね。





たまには仕返し