世間話

ここでは、世間話 に関する情報を紹介しています。
昨日は会社関係のお通夜に行っていた。
自分は行かなくてもいいんじゃないかな~と思っていたのに、
「やっぱりあんたも行きなさい」とのお達し。
天気が良くなったらお花見でもと考えてたのに、テンション急降下だ。

私はお通夜とかお葬式というものが大嫌いだ。
もちろん好きで好きでウキウキする、なんて人はいないだろうが、
やたら場慣れしていたり、仕切るのが好きな人というのは存在する。
確かに、数をこなしてこそドキドキせずに事なきを得ることができるようになるのだろう。


初めて葬祭に参加したのはおばあさんが亡くなった時だと思うが、
この時はまだ小さすぎてほとんど記憶がない。
おじいさんが無くなった中学の時が実質的デビューだと思う。
この時の緊張感はハンパではなかった。
ともかく神妙な儀式だから、何一つ間違ったことをしてはいけないと思っていた。

笑顔を見せてはいけない。
言われたことは完璧にこなさなくてはいけない。
読経の間は身じろぎひとつしてはいけない。
なにしろ人が無くなったのだ。
厳格なルールに則って、失敗があったら厳しい叱責を受ける。

ということは一切なかった。
足を崩している人もいるし、あちこちで私語が交わされているし、
なかには談笑している人たちもいた。
案外適当でいいものだということが、何度か参加していくうちにわかってきた。
年上の人がいろいろ教えてくれるものなのだ。

気が付くと、私も教える方の立場になっていた。
どこにいたらいいかおろおろしている若い子に手招きしたり、
久しぶりに会う人とにこやかに挨拶したり、
隣の人とひそひそ話をする姿を見せたりしていた。
私も長年の実績を積み重ねて、少しずつ慣れていったのだ。


が、たまに緊張することがある。
わが伊勢市に多い『神式』というやつだ。
これは数珠はいらないし、焼香もない。
じゃあ、なにをするのか。
これがわからない人がけっこう年かさの人にも多い。

今回が、この神式だった。
現場で会った人たちが集まって「どうしたらいいのか」を話し合っている。
詳しく知っている人はいないが「仏より楽なはず」という噂は流れていた。
となると対応の仕方はただ一つ。
『前の人のマネをする』だ。

大抵この手の儀式では、親族の人が先に事を行う。
それを見ておいて、それっぽいまねごとをすればいいのだ。

そうそうそれで思い出した、葬儀のおける教訓を。
1、人はあまり私の行動なんて見ていない。
2、見ているのは私のやり方をまねようとしている後ろの人ぐらいだ。
3、その人は私以外の人のやり方も見ている。
4、私が何か失敗したとして、後ろの人に安心感を与えるだけだ。
5、ゆえに失敗したってかまわないのだ。





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葬式で目立つぞ
世の中にはすごい社長さんたちがいる。
奇抜なアイデアを出し、タイミングをうかがい、ドーンと投資して会社を大きくする。
一代で大企業を築き上げた強者もいる。

が、すごくない社長もいる。
たくさんいる。
いや、すごくない社長ばっかりだ。

困るのは、このすごくない社長たちが「自分はすごい社長だ」と勘違いしていることだ。
とんでもないタイミングでとんでもないアイデアを出し、
「やれ」と部下に命じる。
この「やれ」とは「自分の考えたアイデアを実行しろ」ではなく、
「自分の考えたアイデアを成功させろ」だ。

こういう社長には決まった口癖がある。
「だから私はこう言ったじゃないか」
本当にそういったかどうかは関係ない。
だって口癖なんだから。
ただ、物事が失敗した時にこの口癖が出る。

社員たちは、自分の会社の社長がすごくない社長だと知っている。
だから、社長が何か言いだすと「まあまあ」と納めようとする。
実はここはすごい社長とすごくない社長では変わりない。
凡人の社員は普通でないアイデアには「まあまあ」というものだ。

ただ、結果が違う。
すごい社長が行ったことはすごい結果を生み、
「まあまあ」と言った社員が「いやさすが」と驚くことになる。
すごくない社長が行ったことは、違う種類のすごい結果を生み、
社員は「そらみたことか」と思い、
社長は「だから私は言ったじゃないか」と責任逃れをする。


先ほど、社長にはすごい社長とすごくない社長がいると書いたが、
『すごい』にも二種類ある。
すごい社長もすごくない社長もすごいことを言うのだが、
この『すごい』が別の『すごい』なのだ。

すごい社長が出す、すごいアイデアは、「社長がすごい決断をなされた」と言われる。
すごくない社長が出したすごいアイデアは、社員たちが影で、
「おいおい、また社長がすごいことを言い出したでぇ」と言われる。
すごくない社長は、独断の判断で決断をし、あとでだんだんボロが出てくる。

いや、すごくない社長はもっとすごくない。
いやいや、ある意味すっごいことを言う。
矛盾とか破綻とか「え?理解してないの?」みたいなことを言う。
大抵社員は「勘弁してよ」と嘆いている。

さて、今日のこの社長論、カテゴリは『ワシのこと』ではなく『世間話』だ。
はぁ~あ。






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働きが悪そうだ
ちづる家のお彼岸の墓参りの帰りにはいつも温泉に寄ってくる。
枕草子で日本三名泉と言われた榊原の湯と地下でつながっているであろう温泉だ。
私は体を洗わないが、それでもお肌がスベスベになる。
更にサウナで体を絞る。

ここのサウナは小さい。
座れるのは5人ぐらいだ。
この狭い密室に汗まみれのおっさんが無言で集う。
景色も見えずテレビもないのでただ時計を見ている。

サウナの時計は12分計だ。
数字は普通の時計と同じように12まであるが、短針と長針はない。
赤針と黒針というか早針と遅針というか、ともかく同じ長さの針が二本ある。
赤い針が1分で一周すると黒い針が数字一個分進む。
黒い針は12分で一周することになる。


さて、ここからはちょっとわかりにくい説明になるのでよく読むように。
この時計にも『7』という数字がある。
幸いここに表示されているのと同じような字体だ。
つまり、左側に短い縦棒が無く、横棒と斜めの直線だけで構成された『7』だ。

サウナの熱で蒸されてぼんやりこの時計を眺めていてふと考えた。
この『7』の斜め棒、回ってくる針とピッタリ重なるのではないか。
何しろ『7』は最下部にある『6』の次だ。
理屈で行けば『7』を指し示すときの針の傾斜はおよそ60度。
『7』の縦棒もそのぐらいの傾斜ではないのか。

確認できるのは遅くても数十秒後。
1分に一度は赤い針が回ってくる。
3・2・1・ピッタリ!
…だと思う。
でも早すぎて本当にピッタリなのかどうかわからない。

だったらもう一本ゆっくり来る針があるではないか。
黒い針が回ってくるのは遅くても12分以内。
スピードは赤い針の12分の1だ。
さ~~ん・にぃ~い・いぃ~ち・ピーッタリ!

なんだかささやかだが感動があった。
よくぞアラビア数字の七番目をこの形にしたことぞ。
そしてこの数字の形をこのようにデザインしたことぞ。
これこそ奇跡なのではないか。

いや、ただの偶然ではないだろう。
時計職人が何らかの手心を加えたに違いない。
この字体だってもうちょっと丸いのや横長のがあったはずだ。
そこから彼は、ピッタリ合うものをわざわざ選んだのだ。
ひょっとしたら、ピッタリ合うようにわずかながら数字が傾けてあるかもしれない。

そしてもう一つの感動は、
普通の生活の中で、リアルタイムとスローモーションを体験できたことだ。
まるでテレビの科学番組のように、一度見た映像を12分の1のスピードで、
もう一度繰り返して見られたのだ。
そういう体験ができることもあるのだなあ、と感慨を受けた。


ってなことでも考えていないと、
汗まみれのおっさんだらけの密室で黙って座ってはいられないのだ。





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針はオプション
ゾウは特別な動物だと思う。
たぶん記憶にも残っていないほど小さい時から、ゾウは特別だと脳に刷り込まれてきた。

ともかくゾウに似ている動物が他にいない。
例えばキリンは長い首という特徴を備えているが、全体的にはウマやシカに似ている。
サイやカバはゾウに近いようだが、やはり別物という感じだ。
何しろゾウにはインパクトの強い特徴がいっぱいある。
それをゾウ自身に訊いてみよう。

「ゾウの特徴を言えるゾウ、鼻を上げて」

「ぱお」

「はい、ゾウ田くん」

「鼻が長いです」

「そうですね、他にあるゾウ」

「ぱお」

「はい、ゾウ川さん」

「耳が大きいです」

「それも正解です、他には?」

「ぱお」

「はい、リーダーのゾウ島くん」

「体が大きいです」

「はいそうですね」

このように彼らは特徴の集合体のように特徴がたくさんある。
あまりに特徴が多すぎて些細な特徴は特徴として捉えられていない。
私は以前からもう一つの特徴に気付いていた。
それは、下クチビルがとんがっている、ということだ。
あんなにとんがった下クチビルを持った動物は他にいない。

あのクチビル、本当は鼻のように伸びたかったのではないか。
伸びよう伸びようとして前に出て行ったのだが、残念ながら伸びる素質が無かった。
鼻の方は穴が通っている。
空洞であることが伸びる理由となっているのだ。

なんであれ、下クチビルが鼻のように伸びなくてよかった。
もしそうなっていたら、動物の中で特別になり過ぎて怖くなってしまっただろう。

「みなさん、よかったですね」

「ぱお」


     ※


書くことが無くて、「よし『ゾウ』で書くぞ」と決めて、
やっぱり書くことが無くて、時間が無くなってきて、
こんなざまになりました。
まあ、休日ですから。





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連休はゾウに乗りに
暑い夏。
「暑いと言ったら罰金ね」
なんてことを言う人もいた。
気温の辛さでも暑い時はこう言える。

最強の寒波が到来している今、
「寒いと言ったら罰金ね」
なんて言うやつはいない。
寒さの辛さはふざけていられない辛さなのだ。
ふざけるやつは首筋につららをねじこんでやる。


私の仕事場の暖房は電気ストーブ一つだ。
エアコンがあるが天井が高いので暖気が逃げていってしまう。
なので、二番目の暖房が運動で、三番目が厚着になる。
もう動くか着込むしかないのだ。

店長は寒がりだ。
ずっとパソコンを使っているので手が冷えるらしい。
両手に軍手をはめ、その上に回路を貼ってテープで留めている。
ちょっとゾンビのようだ。
少なくともパソコンを使っている人のようには見えない。

若い女子社員はなんだか薄着だ。
首回りが寒々しているので平気なのかと訊いたら、
中にヒートテックを重ね着しているのだそうだ。
ヒートテックも重ね着にして、首回りも何か巻けばもっと暖かいだろうに。
そうまで見てくれが気になるのだろうか。

店長の奥さんは事務所から出てくるとき履き物を履かないときがある。
事務所はカーペットだが、そこから出るとコンクリートの床だ。
寒がりなのに冷たくないのかと思っていたら、
「靴下を重ね過ぎて、とっさにぞうりが履けないの」
だそうだ。


先日、本社の同い年の人と話していた。
やはり、暖かくするには下半身に何かを穿いた方がいいという。
パッチ、ステテコ、ズボン下というやつだ。
太ももが暖かいとものすごく違うようだ。
彼は下に1枚プラスすると、上が2枚脱げるとまで言った。

そうだろうと思うが、私はまだそちらに手を出してはいない。
一旦それを穿くと、二度と手放せなくなるらしい。
なんだかトイレに行くとき手間がかかりそうでいやなのだ。
足の話なのに手ばかり出てくるなあ。

それに、動いて暑くなった時、上なら脱げるが下は脱げない。
となると汗をかき、今度はそれが冷える。
それに、下を脱いだ時の寒さを考えたら、いっそ穿かない方が賢明な気がする。
外に出た時寒いから室内では上着を脱いでおく、みたいな考えだ。

衣類の買い物に行くと、ちづるがニヤニヤしながら「買うか?」と誘う。
ちょっと悩んだ後、「いや、買わない」と拒否する。
はっきり言おう、まだ若いつもりなのだ。
ズボンの下に何かを穿いた時、男はおっさんになる。
そこ以外は早よからおっさんなのだが、なぜかそこを最後の砦にしているのだった





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首元もずいぶん違うぞ