世間話

ここでは、世間話 に関する情報を紹介しています。
今日は節分だ。
もうずいぶん前からコンビニやスーパーでは、チラシやのぼりでエホエホ騒いでいる。
今夜は日本のあちこちで、家に豆を散らかし、海苔巻をあっち向いて下品に食べる。
そして一夜明ければ、気分はもうチョコレートなのだ。
『ハロウィン開けたら2分で聖夜』の2月バージョンだ。

とはいえ、もうずいぶん早くからバレンタイン用チョコレートは売られていた。
スーパーの催事場はチョコレートの専用ブースとなっている。
そしてその大量のチョコレートは、ほとんどが『義理』として消費される。
まったく不条理な話ではないか。
我々男子は義理で回ってきたチョコで一月後の義務を背負わされるのだ。

何が嫌かって、お返しを買いに行くのが本当に嫌だ。
ホワイトデーというのは、企業の欲得絡みのせいで、
チョコレートのように明確な関連商品が決まっていない。
だからおっさんどもはおろおろと路頭に迷うのだ。


昨日、ニュース番組で、ゴディバが日本の義理チョコ廃止を求めたと言っていた。
さすが節操のある企業は違う。
それに関連して、義理チョコは必要かどうかというアンケートをやっていた。
結果は私の予想に反して、義理チョコ賛成派が多かったようだ。
義理人情の廃れた現代社会、最後の砦としてこの義理を残しておきたいのかもしれない。

だとしたら私は提案する。
あの無駄な義理チョコを廃止して、人情チョコを採用するのだ。
義理というのは人と人とのつながり。
顔見知り同士の、いわばしがらみだ。

それに引きかえ、人情というのは憐みや施しといった優しさだ。
そこにはすでに出来上がっている人間関係は存在しない。
つまり、女子は「あの人チョコをもらえそうにないな」と思う赤の他人にチョコを寄付する。
もちろん、お返しなんてあり得ない。
人情にお返しなんてないのだ。

こうすれば、女子は本命チョコ以外に買う数を激減させることができる。
本命1と人情1でいいのだ。
そして男子は彼女以外にはお返しをしなくていい。
つまり、チョコレート流通のスリム化ができる。
それはまわりまわって、日本人のトータル血糖値を下げることにもなるはずだ。

さらに、この方式だと、哀れに見える人ほどチョコが集まることになる。
小憎らしい中間管理職の上司あたりに集まるよりよほどいいシステムだ。
もちろん血糖値の高そうな人を避ける人もできる。
お返しが無いから女子の血糖値の上がることはない。
なにしろ事の年になると、健康の数値のことばかり考えてしまうのだ。


人情チョコに反対、義理派だという人にはこの商品をオススメしよう。
わが三重県伊勢市が誇るお菓子メーカー、マスヤの『おにぎりせんべい』だ。
これはしょうゆ味だから辛党の人にもウケるはずだ。
それに、ちゃんと商品名に『義理』が入っている。
おまけに節分用の『おに』まで付いてるんだからいいんじゃないの?





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足があるからいいじゃない
スマホの調子がとても悪い。
まるで穴の開いた砂袋のように電気が減っていくのだ。
睡眠時に充電して100%で出勤するのに、朝ラインをちょっと見て、
お昼休みにツイッターを読んで音楽を聴くと、もう一ケタになっていたりする。
早いと午後一、遅くても帰ってすぐ充電が必要になる。

同時に買ったちづるのも同じ状態なのだから、もう寿命が来ているのだろう。
およそ四年半、そろそろ買い替え時期なのかもしれない。
ある日プツッと逝かれてしまっても困る。
ちづると真剣に買い替えを相談している。


が、他にも買い替えを考えているものがある。
私の車だ。
実家と畑、雨の日の通勤、たまのお出かけに乗るぐらいなので距離は走っていないが、
もう十年以上も乗っている。
あちこちサビは出ているし、荷室ドアの取っ手は折れたし、冷房は一切効かない。

車には買い替え時がある。
つまりは車検だ。
次の車検まで、とは思うのだがそうすると冷房無しで夏を乗り切らなくてはならない。
どうせならちょっとでも早くからいい車に乗った方がいいという考え方もある。
こいつは大物なので考え中なのだ。


しかし不具合の出ている機械はこれだけではない。
洗濯機もガスコンロも換気扇もすでにガタがきている。
だましだましで使うより、さっさと交換して快適に過ごしたい。
だが、お金がない。
機械は畑に生えてきたりはしないのだ。


そしてもう一つ、買い替えのタイミングを考えてしまう理由がある。
機械たちの進歩だ。
何か新しく買ったとたんに画期的な新商品が出たりしたら悲しいではないか。
なにしろ最近では「オッケーグーグル」とか「ヘイシリ」とか声をかけると、
勝手に機械が作動するという魔法が発明されたと聞いた。
近々、すごいのが発売される可能性がある。

「オッケーグルグル」と言うと勝手に回りだす換気扇。
「ヘェシロ」と声をかけるとガスが出始めるコンロ。
行き先を告げるとハンドルを持たなくても行きたいところに行けるどこでもドア。
洗濯しようか迷っていると、気を使って勝手に洗い始める『忖度機』

スマホに至っては、すでに『顏認証システム』なんてのが採用されているらしい。
つまり、人の顔色をうかがう機能がついているのだ。
すでに『今』は『未来』みたいになり始めているではないか。
ああ、『ファジー』とか言ってた頃が懐かしい。






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型は古いけど
横綱日馬富士が引退してしまった。
暴力はいけないことだが、相撲取りとプロレスラーにそんなこと言っても仕方ないと思う。
ケガをさせてしまったのは、失敗だ。
先輩として、冷静さを保つのとげんこつがヘタなのだろう。

私は日馬富士のファンというわけではないが、引退しなくてもいいと思う派だ。
土俵の外のことは私には関係ない。
そっちのもめごとは刑事罰と民事訴訟でけりをつけてほしい。
でないと『大相撲』の中の戦うキャラが減ってしまう。
強くて個性的なキャラクターは豊富な方が面白いのだ。

だいたい、彼が辞めて誰が得をするというのだ。
ライバルか?
それとて、相撲自体が衰退してしまっては元も子もない。
品位を汚したとか罰を与えろと言う一般人は何か迷惑を受けたのか。
自分も評論家気分、いや、横綱審議会気分になっているのではないか。

私はスポーツは現役選手が一番偉いと考える。
OBやらスポンサーやらが威張っていてはいけないのだ。
だから相撲の経験者ですらない横綱審議委員は嫌いなのだ。
白鵬がお客さんにバンザイさせたからと言って注意されたらしい。
お客さんにバンザイさせるようなゆかいな横綱がいたっていいではないか。


ともかく横綱は品位があって冷静沈着で横審や協会に従順であれと言われている。
それって「個性を出すな」「言われた通りに動け」ということだ。
まるで機械のようなような存在であることを求められているのだ。

将棋や囲碁の世界では、人工知能との戦いがあった。
横綱に機械のようでいてほしいなら、機械を導入すればいいのだ。
外人力士が入ってきた時のような、第二の変革期だ。
今やロボットはほとんど倒れないようにプログラムされている。
相撲向きではないか。

しかし、開発する企業には大きな壁が待っている。
相撲には厳格なルールがある。
ロボットであっても、いやロボットであるからこそルールに沿ったインプットが必要だ。

相撲で一番重要なルールはなにか。
もちろん『髷を結う』だ。
なにしろ髷を結っていなければ土俵に上がることができない。
悲しい理由で髷が結えなくなった力士は、暴力を振るわなくても引退させられるのだ。

だから、相撲に参入する企業は毛生え機能を開発しなければならない。
これは他分野にも大きな影響を与えることだろう。
ひとつの発明が系統樹的に拡散していき、多くの効果を上げることは望ましい。
とても望ましい。

さあ、これさえクリアしたらメカ力士は土俵に上がれる。
データを蓄積し、改良を加えていけばけっこう上位にも上がれるだろう。
ただ、心配なのは故障だ。
取り組みで受けるダメージかなり大きなものになるだろう。
たとえどこかに不具合が起こっても、力士は自力で控え室に戻らなければならない。

投げられたメカ力士が土俵下で動けなくなる。
そんなときはお付きのメカニックがサササッと走り寄る。
応急に控え室に戻れるだけの修理をする。
で、関係者にこんな事を言うかもしれない。

「調子の悪い時は、てっぺんを叩いてやってください」

なんて。





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渡り始めるからだ
『グリムスパンキー』という歌手を知って4曲ほどスマホに入れた。
覚えてカラオケで歌いたい。
しかし今の歌は私のアタマではとても覚えるのに時間がかかる。
それもうっかり4曲同時に聴き始めたのでごっちゃになってしまうのだ。

そこへ『エメ』という歌手を知ってしまった。
YouTubeで聴いてみたらとてもいい。
覚えて歌いたい。
覚えて歌いたい歌が渋滞してしまっている。
ああ、私はあと何曲覚えて歌うことができるのだろう。


人は誰でも人生を考える。
年を取ってくるとなおさらだ。
山田風太郎は人生であと何回食事をできるか考えたそうだ。
そして限りがあることを知り、毎日刺身とステーキを食べた。

イヤなことはしょっちゅう考えてぼやいている。
人生であと何回ヒゲをを剃らなければならないだろう。
何回出勤しなければならないのか。
何回草取りをすることになるのか。
何回二日酔いになるのか。

「何回やらなければならないか」ということは、実は考えても意味がない。
本当にやりたくなければやらなければいいのだ。
それより重要なのは、やはり「あと何回することができるか」だ。
これには二種類の意味がある。

ひとつは体力的な問題、つまり何歳までできるかということだ。
野菜を作るのはほとんど年に一回。
トマトを収穫できるのはあと何回だろう。
トウモロコシの種蒔きはあと何回するだろう。
要するに、あと何年できるかだ。

いつまで腕立て伏せができるだろう。
何歳まで居酒屋に飲みに行けるだろう。
自分で歩くことができるだろう。
制限なく食べることができるだろう。


もう一つはやりたいことが何度できるか。
何冊推理小説を読めるだろう。
何本の映画を観ることができるだろう。
何度感動して泣けるだろう。
何度腹を抱えて笑えるだろう。
MえやAりはいつまで遊んでくれるだろう。

好きなことや楽しみに終わりがやってくるのは悲しい。
だからこそ、今のうちに楽しんでおこうと思うのだ。
なのにどうして「二日連続で飲みに行っちゃダメ」とか言われるのか。

楽しみなのかぼやきなのか微妙なものもある。
あと何回ブログを更新するのだろう。
あといくつ、ネタや絵を描くのだろう。
来年のカレンダーは完成するのだろうか。
最後のはちょっと違うか。





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これを描くのは嫌いなの
十月は、ドブ掃除あり、売り出しあり、選挙あり、台風ありと大忙しだった。
今週だけでも、日曜が横浜行きで、月曜には飲み会。
そして火曜はみそか寄席だ。
台風が去った月曜からは徒歩出勤もしているし、腕立て伏せもちゃんとした。
どうやら体には疲れがたまっているようだ。

出勤していつものルーティンをこなす。
そうだ、月が替わったのだからカレンダーを破らねば。
バリバリバリ。
あっ!

なんということだ。
すっかり忘れていたが、木曜日は祭日ではないか。
えええー、なんだって? どういうこと?
3連休なの?
休んでいいの?
やったー!

ズチャズチャズチャズチャパッパカパッパッパー!
(頭の中で鼓笛隊が行進を始めました)
なんたる喜び、さすが文化、えらいぞ文化。
原始人には味わえない喜びだ。

頭の中になかった3連休なんて、なかなか体験できないものだ。
まるで隠しておいた千円札を見つけたような、
会社でおなかが減った時に、以前もらったおみやげのお菓子を見つけたような、
冷蔵庫の佃煮の奥にちづるが隠していたチョコレートを発見した時のようなうれしさだ。
プレミアム金曜よりもハッピー月曜よりもウキウキだ。


しかも今月には23日にも勤労感謝の日がある。
なんとステキな月なのだろう。
でも、この勤労感謝の日は文化の日ほどうれしくない。
なぜなら、もう知ってしまったからだ。
今味わっている『思わぬ休日感』は得られない。

考えてみると、これが得られるのはこの文化の日だけなのではないか。
カレンダーを破ってすぐの休日は年に数回ある。
しかし、正月やゴールデンウイークを忘れているような人はいまい。
それと比べて文化は忘れやすい。
他の祭日は全て月が替わって一週以上たってからだ。

やはりあまり先の事ばかり考えていてはいけないものだ。
月末の予定が多すぎて来月を考えなかったからこその歓喜なのだ。
しかも今カレンダーを見たら大安ではないか。
今日会社に行って、居酒屋に行ったら明日から休み。
ああ、おそらく今が一番幸せな時間なのだろう。

なのに天気予報では文化の日は雨。
水を差すとはこのことだ。





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せめて楽器を持て