いろんな意味で足が痛い。
まず、仕事の安全靴か畑での長靴が良くないらしく、足の甲に靴ずれができている。
なんだか仕事が増えて立ちっぱなしなので、むこうずねやふくらはぎに過労感がある。
お尻から太ももにかけての筋肉痛は畑作業の影響だろう。
要するに足全体がしんどい感じになっているのだ。
休ませたいとか揉まれたいとか思ってはいるのだが、
一番切実に感じているのは、やはり運動不足だ。
以前は会社に歩いて通勤したり、仕事の後ジムで雑巾がけウォーキングしたりしたものだ。
これぐらいの運動量でグロッキーになるなんて、衰えているとしか言いようがない。
もちろん衰えているのだ。
なにしろ、もうおっさんのベテランといってもいいほど長くおっさんをやっている。
そりゃ体にガタが来てもおかしくない年頃なのだ。
なのに「以前のような運動ができていない」などと考えるのが間違っている。
そう、最近私が会社で運動しない理由の一つに、
いつもやっていた運動量をこなすだけの時間がないから、というのがある。
つまり、腕立て伏せなら20回を3セットだとか、スクワットを20回3セットだとか、
フォークリフトで体引き付け運動を20回3セットだとかできないから始めないということだ。
それだけの回数をこなせないとなぜ始めないのか。
健康ノートに書けないからだ。
会社で運動をしたときは、健康ノートに紫のボールペンで書くことに決まっている。
その回数が記入されてないときは腕立て伏せなら20回3セットと決まっているのだ。
この規定に達していないときは「やりました」とは認められない。
この考え方がいかん。
もはや衰えたおっさんなのだから、鍛えようなどと考えるのがいけないのだ。
現状をキープ、あるいは時々体をほぐすぐらいのつもりで体を動かすべきだ。
機械の裏にこもったりフォークリフトを用意したりしなくても運動はできるのだ。
ほんの数回の屈伸でも、壁にもたれての腕立て伏せでもいいのだ。
で、私は作戦を考えた。
『運動の回数を数えない大作戦』だ。
もちろん健康ノートにも書かない。
空いた時間があったら、なんとなく体を動かすよう心がけるのだ。
それこそがおっさんにふさわしい。
で、なんで健康ノートなんて書いているのだろう。

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「健康ノートを書かない」
「やらなきゃいかん、出来なかった」という強迫観念やら罪悪感から解放され、ついでに忘れて気が付いたら「この頃身体を動かすことをやってないわ、いつからやってないだろう?記録取ってないから全然わからん。」と言っている未来が見えるような。