歯医者のイスに座ってしまうと案外退屈なものだ。
なにしろ仕事と言えば「痛っ」と感じたときにこっそり手をあげるぐらいなのだ。
しかも、間近に迫ってくる顔とは目を合わせられない。
コミュニケーションをとることなく、知らん顔をしていなければならない。
もう、いらんことを考えているしかないではないか。
中にはそんな余裕はないという人もいるかもしれない。
いつ、あの「ズギュン!」な痛みが来るかもしれないのだ。
確かに不意打ちで来るあの痛みは恐ろしい。
でも、私は結構楽観的でいる。
長い人生で何度も歯医者に行き、おそらく神経の残っている歯はないと思っている。
では全く怖くないかと言えばそうではない。
ほぼ寝た体勢で固定され、顔は照らされ、謎の器具を口の中に入れられ、
ぞぞぞと水分を吸収されているのだ。
いつ何をされても防ぎようのない状態だ。
例えば誰かがしゃがんで私の足元にやって来ても、私は気がつかないだろう。
そいつが私の靴下をさっと脱がして持って行ったとしよう。
私にできることと言ったら「んがっ」っと言って右手をちょっと上げるだけだ。
そうしたとして、歯医者さんは「はいはい」と軽くいなして作業を続けるだろう。
ってなことを考えているうちに別の怖さに気がついてしまった。
私は今、恥をかいているのではないか、という恐怖だ。
私の舌の位置はこれでいいのだろうか。
恥ずかしい格好になっていないだろうか。
なにしろ、基準がわからない。
十人並みに納まっていてくれたらいいのだが。
私は「ズギュン!」な痛みは平気だ、みたいなことを書いたが、
あのスリリングなドリリングをされていると「ズギュン!」がありそうな気がしてくる。
その緊張で力が入り、舌がピキーンと突っ立ってはいないだろうか。
あるいは治療している歯から一番遠いところに丸くなってはいないか。
おびえてジタバタと暴れてはいないか。
治療後に先生とぞぞぞ係の人が、
「見た?あの舌」
「見た見た」
なんて話したりしないだろうか。
ってなことを考えているうちに治療は終わった。
家に帰って、どんな風になったか見てみようと、洗面台の鏡の前に立った。
鼻毛ボーボーやないか。

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なぁんや、治療済んだんや、そっか。