記憶を自在に操る母は、私のことをどう思っているのか。
二日ほど前に会った時には、顔を見て「誰?」と言われてしまった。
顔は見覚えがあるし、名前を言えば知っているらしいのだが、
名前と顔は一致せず、自分とどういう関係なのかはわかっていないようだ。
それはそれでかまわないのだが、一つ悩ましい問題がある。
私が母のことをなんと呼んだらいいか。
親子であると思っていないのだから、母的呼び方をしてはいけないように思う。
孫がいるのだし、年齢も年齢だから『おばあちゃん』でもよさそうだが、
これは何となく不機嫌になられそうな予感がする。
それで本名に「さん」を付けて呼ぶことにした。
他人行儀ではあるけれど、確実に個人を指す呼び方だ。
メモを書くときにも使い勝手がいい。
例えば、歩行器には『○○さん専用』と名前が書いてあるが、
本人が見て一番わかりやすいのがこれだろう。
デイサービスでもこう呼ばれているようだ。
さて、母の呼び方について思わぬ情報が入った。
それは母の古い友人からの留守番電話だ。
その方は母のことを「かあちゃん」と呼んでいたのだ。
『母ちゃん』ということではなく、母の名前の一文字目が『か』だから、
愛称で『カーちゃん』といっているのだろう。
この呼び名は使えるのではないか。
私は子供のころ、母のことを「母ちゃん」と呼んでいた。
『かあちゃん』と呼べば、『母ちゃん』か『カーちゃん』かは母が判断するだろう。
ともかく一対一で向き合って『かあちゃん』といえば自分のことだとわかるはずだ。
実家に行ったときチャンスがやってきた。
話の流れで母が「誰が?」と私に訊ねたのだ。
普通なら「あんたや!」とツッこむべきところだ。
そこで私は、手で母を指しながら、
「かあちゃんやで」
と言った。
母は特に不信感を持つことなく、そのまま会話を続けた。
どうやらこれは使えそうだ。
そうして数日を過ごした昨日のことだ。
見守りカメラで母がデイサービスのお迎えを拒否しているのを見つけた。
これはお迎えスタッフさんの助太刀をしなくてはならないと思って電話を掛けた。
スタッフさんが出て状況を聞いた後、母を説得するために代ってもらった。
すると、電話に出た母が、
「あ、母ちゃんやけどな」
この場合、自分のことを指しているのだから『カーちゃん』ではありえない。
母は、ずっと自分のことを『わたし』と呼んでいた。
何年ぶりかで『母ちゃん』が帰ってきた!

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あ、「かあちゃん」の前に「お」が付いているかどうかがとても重要な気がするけど、そこんところはどうですか?