ある日のお昼前、会社から母に電話をかけた。
デイサービスの前日なので夕方には実家に行く。
ちょっとした食料を買って行くぞという予告電話だ。
「もう食べるもの減ってきたやろ」
「まあそういうても、私一人みたいなもんやからねえ。
アニキはずっと帰ってこうへんし、あとはおじいさんとおばあさんだけやからね」
なんだと。
「私一人みたいなもん」と言っているが、母は完全な一人暮らしだ。
しかし、もうずっと誰かがいる設定で暮らしているらしい。
それはわかっていたのだが、なんだか変化している。
〝アニキ”って誰や?
以前は、隣の市に仕事に行っている〝父ちゃん”だった。
それが紆余曲折を経て「厄介になっている家の婿に入ったらしい」ということになった。
「あの年でそんなことないやろ」と私が否定すると、
「いや、まだ若いんやぞよ」と言い出した。
おそらくここで切り替わったのだと思う。
『誰かが婿に行った』は事実としてあり、“父ちゃん”はあり得ないから〝アニキ”だと。
母のアニキは母より年上なのだからそれもあり得ないのだが。
ちなみに母に兄は二人いたが、どちらももう亡くなっている。
そしておばあさんだ。
これはお風呂で鏡に映った自分だろう。
昨日は母の方からお風呂の後でこんな話をし始めた。
「不思議やねえ、ウチの風呂は隣の風呂とつながっとるんかねえ。
ちょうど入っとる人がおって、おしゃべりしたんさ」
「鏡やろ」
「鏡やよ」
鏡であることはわかっているのだが、自分がうつっているという認識はないようだ。
これでおばあさんはレギュラー化決定。
遺影のおじいさんと鏡のおばあさんのコンビができた。
あと、私たちが来ると帰ってしまうという表の部屋のお客さんはまだ時々来るらしいが、
「あんなにしゃべらへん人たちはみたことない」らしい。

↑デイサービスでもらってきたお品書きのイラストの猫に「にゃお」と話しかけていたぞクリックしてね。
スポンサーサイト