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食べ物でなくなる瞬間

ここでは、食べ物でなくなる瞬間 に関する情報を紹介しています。
昨日の、両親の食習慣の話なんだけど、
キムチの話で勢いがついてしまい、肝心なことを書き忘れて終わってしまった。
一番言いたかったことはあれではないのだ。


ウチの親父は、たとえ刺身が一切れになっても、
かんぴょう巻があと一個になっても、
汁がお玉に半分だけ残っても、食べたくなくなったら決して食べない。
それだけ食べてしまえば片付くではないか。

私はあと少しなら片づけてしまいたいタイプだ。
だから実家に行くと残り物をパクパク食べてしまう。
まずは電子レンジを確認だ。
なぜか朝の残りは冷蔵庫に入れずに電子レンジにしまっている。
玉子焼きが一切れ二切れ残っていたら、すぐにつまんで片づけてやる。

先日、私が実家に行ったら土鍋がテーブルに出ていた。
ふたを開けてみたら、豆腐とハクサイがほんのちょっとだけ残っていた。
がんばれば一口で丸呑みできるぐらいの量だ。
これを食べてしまえば土鍋を洗うことができる。
そうしたらコンロもしまえて、テーブルの上が広々するではないか。

そのことで両親に小言を言うと、
「そうなんさ、『こんだけ片づけてしまいな』って言うても絶対食べへんのさ」
と母が同調した。

すると親父が、
「それや」
と言った。
「片づけろ、食べてしまえと言われたとたんに、食べる気が無くなるんや」

親父の言い分はこうだ。
片づけなければならないもの、食べてしまわなくてはならないもの、
これらは食事ではない。
ゴミとして処分するか、胃の中に処分するかだけの差で、
もはや食べ物でないと言っても過言ではないのだ。


以前にも、親父のこの習性のことを書いたことがあるが、
まさかそんな論理があるとは知らなかった。
なんとややこしい性格だ。
食べ物で無くなってしまったものは、次の食事でももちろん食べない。
母が食べてしまうか、保存の挙句腐らせてしまうかだ。

なので私は冷蔵庫を検査し、残り物を片づけていく。
小さな器にいろんなものがちょっとずつ残っている。
なんと、煮豆が15粒ほど入った小鉢があるではないか。
これも片づけてしまえ。

すると母が、
「それは晩の楽しみにとってあるんやわよ~」
と言った。
母もややこしいのだ。





↑危うくダウンだったところ昨日のネタの残りで救われたのでクリックしてね。






頭は残す
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コメント
この記事へのコメント
まだ無名のころの本宮ひろ志先生が、貧乏漫画家同士集まってアパートかどこかの一室で飯を食うことになったとき、気を利かせて流しでお茶を入れようと部屋を出て、戻ってきたときには飯はなにひとつ残っていなかったそうです。

そのとき、その場にいた先輩漫画家のひとこと。

「本宮くん、『食いたいときに食う』ということと、『食えるときに食う』ということは、まったくちがうことなんやで……」

本宮先生は「金言」だとおっしゃってました。

だから食べてしまっていいのです(そうなのか?(^^;))
2014/11/09(日) 12:54 | URL | ポール・ブリッツ #0MyT0dLg[ 編集]
分かる気がする
お父様の「片づけなければならないものは食べ物ではない」理論も、
お母様の「片づけて欲しいけど残ったものは捨てずにとりあえず保存する」理論もどっちもわかる気がする。
ここでのこみさんは救世主です。
ただまた、りら姫様に叱られるような気がしますけれども。
2014/11/09(日) 13:13 | URL | 猫団子 #mQop/nM.[ 編集]
ポール・ブリッツさん>
なるほど、まさに金言。
しかし、ほとんど野生の世界ですな。
だからあんな迫力ある漫画がかけるのか。
で、その先輩漫画家は今食えているのだろうか。

猫団子さん>
親父は鍋の鶏肉は“ダシガラ”だと言って食べません。
なんでこんな贅沢になっちまったんだろう。
母はもったいながるくせに、何度も腐らせたものをまた買うんです。
なので買い物のとき私が目を光らせて買うのを阻止しています。
で「お前は厳しいねえ」と言われています。
2014/11/09(日) 22:41 | URL | こみ #tHX44QXM[ 編集]
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