私は店で待たされるのが大嫌いだ。
だから、飲食店で待っている人がいたら並んだりはしない。
でも、入ってしまったら「やっぱりやーめた」というわけにはいかない。
自分の注文したものが出てくるまでは待たなければならないのだ。
とりあえず、さりげなく店内の状況を探る。
各テーブルのお客さんにロックオン。
ぴぴぴと即座に脳内コンピューターによって分類がされる。
このテーブルはもう注文した品が出て、すでに食べている。
このグループはまだ何を注文しようか決めかねている。
この集団は注文を終えて、品物が出てくるのを待っている。
未注文のグループがいるときは、奴らより先に注文しなくてはならない。
でないと、そのグループより長く待たなければならないからだ。
そして重要なのは注文済みグループだ。
我々のテーブルに料理が出てくるのは、そのグループが全て食事中グループに変わったあとだ。
このグループ比率が私のイライラ度に直結している。
あとあそことあそこに料理が出たら次はウチだな、と段取りができる。
お、この店は思ったより料理の出るのが早いぞ、と思ったらウキウキだ。
その逆もある。
おお、何か出てきたぞ、これはおそらくあそこのテーブル、
なんて思ってたら、すでに食ってるグループにその料理が置かれたりする。
その時の落胆と怒りたるや想像を絶するものだ。
なんでチャーハンまで頼む!今食っとるラーメンだけにしとけや!
と、心の中では憤怒のイカヅチが落雷まくりなのだ。
それでも、飲食店は段取りがしやすい方だ。
なんといっても待ち時間がわかりにくいのは病院だ。
みんなすまして座っているが、その人が何を待っているかは判断ができない。
まず、先に来たから早く診てもらえるとは限らない。
待つことを想定して、診察券だけ先に提出していく人がいるからだ。
そろそろだと思っていて、あとから来たおっさんが先に呼ばれたりするとベストがっかりだ。
あまりのショックで病気になりそうになる。
そうかと思うと、いっぱいいた老人たちがピストン式にはけていく時がある。
彼らはリハビリグループなのだ。
診察なんかはせずに、妙な機械と会話だけを求めて来院しているのだ。
こうやって待合室が一気に空いていくのは見ていて気持ちいい。
病院なのに、草原に来て深呼吸したような気持ちになれる。
女の人が車椅子のおばあさんを連れてきた。
しばらくすると名前を呼ばれて診察室に入っていった。
でてきて再び待合室のソファに座る。
看護婦さんが出てきて、また同じ名前を呼ぶ。
「今度は娘さんのほうねー」
あんたも診てもらうんかい!
薬待ちとちがうんかい!
付き添いやないんかい!
おばさんが窓口で薬をもらって支払いをしていた。
「ありがとうございました」と行って出口に向かうと、
全く離れた場所にいた中学生ぐらいの若者が、読んでた漫画を片付けて一緒に出て行った。
お前はお母ちゃんに付いて来とったんかい!
もうそんな歳とちがうやろ!
漫画読みに来とったんか!
ともかく、セットなら一緒に座っとれや!
ま、そんな私たちも、親父の診察に、母と私とちづるの三人も付いて来てたんだけどね。

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お年寄りの受診にその連れ合い、+(息子または娘または孫)っていうのもよくあるかな?
タイヘンでしょうが、そんな考察が出来る余裕があるようで安心しました。