2015年08月

ここでは、2015年08月 に関する情報を紹介しています。
7月に歯の詰め物がとれて歯医者に行った。
私はあわてて歯医者に行くほうなので、たいていは2回で出来上がる。
1回目で歯の型をとり、次にそれを詰めて終わり。
しかし、この時は3回目があった。
ちょっと点検してもらったら、何本かの歯の付け根がすり減っていたのだ。

確かに見るからに歯がくぼんでいるように見える。
これは年齢によって歯茎が下がったのと、磨き過ぎが原因なのだそうだ。
実際私は硬い歯ブラシで力強く高速磨きをしていた。
わざと歯を磨滅させているようなものだ。

以前、そのようなことを誰かに言われ、歯ブラシを柔らかいものに変えたことがある。
これが物足りない。
背中がかゆいのに羽根ぼうきで撫でられているような感じだ。
歯がかゆみを感じることはないはずだが、なんとなくサッパリしない。

なにしろ、柔らかいもので丁寧にことが苦手なのだ。
車を洗うのも大嫌いだ。
おそらく遺跡の発掘などできないだろう。
私が得意なのは、草刈り機で地面まで削ってしまうようなやり方だ。


7月の末、そんな私の誕生日にちづるが電動歯ブラシを買ってくれた。
私自身が手加減力加減をできないのだから、機械に頼れということだ。
これならばまんぞくできるのではないだろうか。
ブラシが柔らかくても私の手作業より高速で動くはずだから。

初めてそれを使ったのはお盆頃だっただろうか。
歯磨きとは、歯を磨く時間以外には頭にない。
なのでいつまでも充電を、いや、開封をせずにいた。
たしか休日の昼間、ちづるに言われて充電したのだ。

それにしても、どうして十時間も充電しなくてはならないのだ。
あんな小さな機械で先端が微動するだけではないか。
スマホでももっと短時間で充電できるぞ。
もし歯磨きの途中で充電が切れたら十時間も待ってはいられない。
あれで手動で磨けるだろうか。


さて、実際に使ってみたら、けっこう楽なものだ。
今まで何十回何百回と往復していた手が、全体をぐるりと一周すればいいのだ。
ただ一つ、左側から右側に移行するときが具合悪い。
方向転換は前歯の辺りですることになるのだが、
この時ブラシでない部分が歯に当たってしまう。
すると振動で葉の付け根がむずこそばいのだ。

しかしこれはなかなか便利なものだ。
もっと他分野に復旧してもらいたい。
まず、お風呂で背中を洗うブラシだ。
かゆみを感じない歯ですらさっぱり感が欲しいのだ。
やたらかゆくなる背中はこの振動で洗いたい。

そしてもう一つ、利用価値を見出した。
ブラシ部を見ながらスイッチを入れたら、毛が倍に増えたように見えたのだ。
理屈はわかっているが自力では無理だ。
更なる機械の進化を望む。






↑タイトルは『むじょう』ではなく『ぶしょう』だからクリックしてね。





吐き出してしまいそう
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我が家では、牛乳を牛乳屋さんにビンで配達してもらっている。
以前はスーパーでパック牛乳を買っていたのだが、
パックは溜まってくるし、欲しいときに中身がないってことが続いたので、
専門の業者に頼むことにしたのだ。

どんどん配達されてくると思うと「飲まねばならない」という意識も働く。
骨を強くし、体を作り、お肌を白くしそうな牛乳はなるべく摂取すべきだ。
平日はネタの更新をした後、台所で飲む。
休日は朝がパン食になるので食卓で飲む。
大して変わらないようだが、実はこの差が大きい。


ビン牛乳はフタが紙でできている。
紙なのに接着剤も使わず水分を密閉できるなんてすばらしい技術だ。
紙に関わる職業のものとしては鼻が高い。
たぶんあの上にかかっているビニール業者の人たちも鼻高々だろう。

このふたの開け方は大まかに4種類ある。
まずは栓抜きを使う方法だ。
最近は観なくなったが、千枚通しのような先のとがったビン牛乳専門の栓抜きがあり、
紙ブタに突き刺して使用する。

この方法はとても楽なのだが、この栓抜きが洗い物になる。
私が子供のころは、駄菓子屋なんかだとその辺にぶら下げてあって、
使いたい人が勝手に使えるようになっていた。
こんなアバウトなやり方が通用していたのだが、現代ではそうはいくまい。
今の日本人は目に見えないところに“菌”というものが存在するのを知っている。


第2の方法は爪で紙フタの端っこをホジホジして、
めくれ上がった部分をつまんで取るやり方だ。
これはまず、爪がある程度伸びていなくてはいけない。
しかも、その爪が美しくなくてはいけない。
爪の中が黒いと、牛乳の白さと対比されて余計に汚らしく思えてしまうのだ。

3番目は親指の力で紙ブタを中にめり込ます方法だ。
丸いふたの中心からそれた部分を中に押し込むと、反対側が浮き上がる。
そこをつまんでとるのだ。
ただし、この方法には危険がつきまとう。
想像したらわかると思うが「びしゃっ!」ってなりやすいのだ。

そしてちょっと特異な4番目の方法をお教えしよう。
まず、ビニールをとった牛乳ビンの口をくわえ込む。
つまり牛乳ビンの直径より大きな口が必要だ。
そして思い切り吸う。
この吸引力で開封するのだ。

なぜこんな方法が生み出されたのか。
小学生のころ、この牛乳のフタを集めてメンコをしたり賭け事のチップにするのが流行った。
もちろん使われるのは無傷のふたに限られる。
そのために小学生男子は知恵と技術を結集してこの技を習得した。
現在の給食の牛乳が紙パックなのは、彼らの影響もあるのだろう。


さて、現在の私はというと、主に3番目の方法を採用している。
道具も爪も要らないし、親指が太短いからだ。
ただ、この方法は先ほども述べたように危険と隣り合わせだ。
台所でこれをやるときは、いつでも手が洗えるから構わない。
食卓でこれを失敗すると、手を洗いに立たなくてはならないのだ。

と、初めの方で提示された『台所と食卓で飲む牛乳の違い』を説明したのだが、
第4の方法のインパクトの方が強かったような気がする。
アレを主題にすればよかったか。






↑カフェオーレが飲みたい人もクリックしてね。





この描き方は楽だ
さて、普段通り6時前には起きたが、いったい何を更新しよう。
こんなことを言ってはいけないのだが、なんというか、やる気がないのだ。
それも当然で、今日は土曜日だというのに棚卸しで出勤なのだ。
本当は月に一度の土曜出勤がお盆でつぶれ、全休みだと思っていたのに。

今日が休みで晴れていたら、もちろん畑に行くはずだった。
台風のせいで畑はとんでもない被害を受けていた。
金曜の会社帰りに寄って、斜めになっていたゴーヤのネットを直してきた。
トマトやキュウリはどのみち終わりだから片づけてしまおう。
すっかり倒れて枯れてしまいそうなピーマンをバケツ一杯収穫してきた。

野菜のことを言うならカレーパンだ。
私がお昼に食べている魚肉ソーセージやフルーツグラノーラが切れている。
なのでお昼はちづるの買ってきてくれたカレーパンだ。
ちづるはいろんなお店でいろんなカレーパンを買ってきてくれるのだが、
今回のは荒切り野菜がいっぱい入った平ぺったい、裏返したピザみたいなものだった。
あれはカレーパンではない。


カレーといえば、今日のお昼は会社から支給される。
近くにすごく量が多くておいしくて500円の弁当屋があるらしい。
一番若いSちゃんからのオススメだそうだ。
Sちゃんのバカ。
会社支給なんだから500円じゃなくていいのに。

そうそう、野菜は倒れているし雨は続くしで、収穫はピーマンとゴーヤばかりだ。
で、冷蔵庫をガサガサ探してみたらシシトウがいっぱい出てきた。
これを中華鍋で一気に炒めておかずにした。
この中になぜだかバカみたいに辛いのがかなりの割合で入っている。
どこで唐辛子化したのだ、ヒーハー。

辛いばかりがカレーじゃないのはわかっている。
だがしかし、色が黄色くなかったらやっぱりそれはカレーじゃないのだ。
赤いのとか緑のとか黒いのか出ているらしいが、わざわざ染めなくていい。
ついでに言うと、焼きカレーパンやキーマカレーパンとかである必要もない。
あのノーマルな揚げカレーパンをうまくする方に努力をしてほしい。


かなり努力をして、私の担当の棚卸しは実は終わっている。
でも、それがあからさまになると本社の手伝いをさせられる可能性があるので内緒だ。
ただ、棚卸しの確認がすごく来る。
お肌ツル子ちゃんが私の棚卸ししたものをデータと合わし、違いがあると見直しだ。
お肌ツル子ちゃんが几帳面なのはわかるが、これは誤差の範囲でしょ。

シシトウとピーマンと唐辛子はほとんど生物学上の差はないらしい。
ならばあのシシトウの辛さもある意味仕方ないのかもしれない。
だが、そういうのが混じっているということは、人様に差し上げられないということだ。
我が家で食べることになるのだが、ちづるはその爆弾に当たることをとても恐れている。
昨日のもたくさん残ってしまったので、刻んで卵焼きに入れ弁当のおかずにしよう。

弁当代わりのカレーパンはグルメである必要はない。
そして私はカレーパン好きだが、いろんな種類を試してみたり、
あちこちのパン屋のカレーパンを食べて偉そうに評価したりしたくはないのだ。
本を読みながら無意識にカレーパンを食べたいのだ。
ただ、本を汚さないことと、最後の一口がカレーのない所に当たらないことだけを注意して。


やっぱり他人の会社の棚卸しや、ダメになった野菜や、
珍しくないカレーパンの話題なんか、誰も読みたくないだろうなあ。
よし、このメモに書いてあるセミのネタを更新しよう。






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根は大丈夫
会社が新しい店をオープンしたのが、昨年の十月。
私が一人で仕事をするようになって間もなく一年になろうとしている。
他に誰もいない職場でケガでもあってはいけないと、
準備運動としてラジオ体操を始めたのはいつからだっただろう。

はじめのころはスマホのYouTubeで音楽を鳴らしていたが、
今ではすっかり覚えてしまい、伴奏は鼻歌で自分のリズムでやっている。
続けているとえらいもので、体がなじんできたような気がする。
曲げるところではよく曲がるようになり、しんどかった体操も楽にできるようになってきた。

こうなると、物足りなくなってくる。
もっとハードな運動をしなくては、体の動きに進歩がない。
なので、新しいラジオ体操を考案してみた。
これは『ラジオ体操第二』ではなく『ネオラジオ体操第一』だ。


♪ちゃーんちゃちゃちゃちゃちゃちゃ ちゃーんちゃちゃちゃちゃちゃちゃ

腕を前から上げて背伸びの運動

♪ちゃーんちゃーんちゃーんちゃーん

アキレス腱を伸ばしたり縮めたりする運動

♪ちゃーんちゃかちゃーんちゃかちゃーんちゃかちゃんちゃん

胸を反らしてヒゲをつまみエッヘンと威張る運動

♪ちゃーんちゃらちゃーんちゃらちゃーんちゃらちゃんちゃん

膝の関節を逆に曲げてみる運動

♪ちゃらーちゃらーちゃんちゃんちゃらーちゃらーちゃんちゃん

蛇口をひねる運動

♪きゅーっきゅきゅきゅーきゅきゅーっきゅきゅきゅ

耳かきを右耳から入れて左耳に出す運動

♪きゃーきゃきゃきゃーきゃきゃきゃーきゃきゃきゃーきゃきゃ

あごを大きく開き歯を互い違いに動かす運動

♪らーんらんらららんらんらんらーんらんらららんらんらん

小さいことからコツコツと草の根運動

♪こーつこつこーつこつこーつこつこけーこ

クワをおおきくふるい草を根から取り除く運動

♪ざーくざくざーくざくざっくざっくざっく

伊勢の名物汁が少なくたまりのたれでいただく腰のないうどん

♪つーるつるずーるずるつーるつるずーるずる

コーンスターチから新しいアミノ酸を開発する運動

♪こーんこここーんこんすたーすたーすたーち

荒ぶる神々を鎮める運動

♪はーらたまきーよたまはーやしたまーえ



昨日があんなことで今日がこんなこと。
以前告白したことがあるはずだ。
思いついたらそれを更新するまで次のことが考えられないって。





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腕以外がほぐれない
やっちまった。






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9時でなくてよかった
噂の強力台風は、どうやらこちらには向かわず日本海に抜けるようだ。
なのになぜだ、この暴風雨は!
屋根をシャバダバ叩く雨の音で自分の鼻歌も聞こえないぐらいだ。
ヒャーヒューヒョーと電線をかき鳴らす風は休むことを知らない。

店の自動ドアが作動しているととんでもない被害がでそうなので、
お客さんにはシャッター横の出入り口から入ってもらうよう矢印を貼った。
正面入り口も倉庫のシャッターも封鎖だ。
もちろんのぼりも店頭ワゴンも出すことができない。
おかげでフォークリフトを動かせる範囲がとても狭い。

とはいえ、お客さんはやはり少ない。
しかも、ずいぶん涼しいので過ごしやすい。
絶好の棚卸し日和だ。
私はシャバダバ在庫を数え、ヒャーヒューヒョーと鼻歌だ。


が、ひとつ良くないことを思い出した。
ずいぶん前に庭の草取りをした。
そこにシソとバジルを植えたのだから結構昔の話だ。
当時はまだ雨乞いしたいぐらいの日照り続きで、
取った草を枯らすために畳四分の一ぐらいの園芸トレイに入れておいた。

お日様の照り付けで草はすぐに枯れた。
そのうち畑に持って行こうと思っていた。
そういうものはすぐ忘れる。
日照りが終わるまで忘れていた。
つまりは雨が降ったのだ。

私がそれを思い出したのは先週のことだ。
たまった水の中で草が腐り、ドブのような臭いがしていた。
私はそれをひっくり返して水と草を出し、ホースの水をかけて洗った。
そして壁に立てかけて干していた。
それをまた忘れていた。


台風の中、壁に何かを立てかけているなんて自殺行為だ。
それがどこかに吹き飛ばされてしまうだけならまだしも、
ご近所の車にでも当たったらえらいことだ。
それはもう仕事中も気が気ではない。

定時になってあわてて帰る。
幸い、のぼりもワゴンも片づけなくていいので普段より早い。
会社前の国道は水がたまるところもあり混雑している。
ちょっと遠回りになるが裏道から帰ることにした。

家に着いて奇跡を見た。
立てかけたトレイが立てかけたままでいる。
ここは風が当たらないのか。
いやそんなことはない。
その証拠にいろんなものが吹き飛んでくる。

ともかくトレイは庭の隅に伏せて置いた。
植木鉢たちも玄関に避難させる。
この時、どさくさに紛れて会社からもらってきた観葉植物も入れておいた。
どうにかしたいと店長の奥さんが言っていたものをもらう約束していたのだが、
なかなか車で出勤しなかったのでこの日になったのだ。

そのことにちづるはまだ気付いていない。





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どうつかんでいるのか
昼休みになったらお昼ごはんを食べ始める。
正午に食べ始めるためには、その少し前から準備をしなくてはならない。
器にフルーツグラノーラを入れ、豆乳を掛けて椅子に座ったら12時、というのが理想だ。
食べ終わったら食器を洗い、魚肉ソーセージのビニールを剥いて読書を始める。
魚肉ソーセージを食べ終わったら、ゴマを口に含みポリポリやりながら本を読む。

今読んでいるのは、東野圭吾の人気作『ガリレオシリーズ』の短編集だ。
これがちょっと具合が悪い。
私はお昼の読書のあと20分ほど寝たいのだ。
12時40分になったら本を置き、ヘッドフォンで音楽を聴きながらイスでうたた寝する。
ヘッドフォンをするのは12時59分の目覚ましが外に漏れないようにするためだ。

なのにこの本を読み始めてからちゃんと寝られていない。
このシリーズの短編が魚肉ソーセージを食べ始めてから40分までに読むには長いのだ。
現物が手元にないので確かではないが、一遍50ページ近くあるのではないか。
これがまたいやな長さなのだ。

普段なら40分になったら、読んでいるのが短編でも寝てしまう。
あと数ページで終わりなら、ちょっとだけ残業して読むこともある。
でも、私はけっこう諦めがいいほうだ。
それほどにお昼の睡眠は重要なのだ。

短編を途中で切る場合、謎が出終ったあたりで止めるのが理想だ。
翌日、解決編から読み始められる。
その日は次の短編の事件の発端まで読んで、翌日が捜査と推理から始まる。
だいたいこれで三日で2短編ぐらいのペースになる。


さて、ご存じの方も多いとは思うが、
『ガリレオシリーズ』は普通のミステリーとちょっと違う。
解決に物理学的な要素が絡んでいるのだ。
場合によってはSFではないかと思えるようなものまである。

となると、解決編が長くなる。
つまり事件のトリックの説明と、物理学的な現象の説明が述べられるのだ。
文章は読みやすいのでスイスイ読んでいくと、
「謎は解き明かされた」の辺りでまだ30分過ぎになる。
40分まで読むと、解決編の途中になるのだ。

ここで切るのはややこしい。
ええい、急いで読んでしまえと読み続けると、53分ぐらいになっている。
睡眠時間は6分だ。
これでは睡眠の助走だけではないか。


だから私はあわてている。
お昼前から食事の準備を始め、魚肉ソーセージを口にくわえて本を開く。
速読ができる人のようなつもりになって、競歩の速度で文字を追う。
だけど気が付けば50分オーバーだ。

それにしてもさすが売れっ子東野圭吾。
読者を睡眠不足にするなんて作家ミョーリがキューリもみだ。





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登場人物少なすぎ
普段よりちょっと早めに畑に行った。
この日の予定は畑仕事中もっとも重労働と呼び声の高いトウモロコシの片付けだ。
トウモロコシは根を深く張る上に、鳥よけのネットを掛けるのでその間草取りができない。
この耕作放棄地のようになったスペースを、次の野菜のために更地にしなくてはならない。

また、トウモロコシは風で受粉するので、一ヶ所に固めて植えるのが鉄則だ。
私が欲深くてたくさんトウモロコシを収穫しようとするので、かなり範囲が広い。
ナス・トマト・シシトウ・ピーマンと同じぐらいの広さがある。

やり方は単純だ。
トウモロコシの根元にクワを打ち込み、てこの原理で掘り起こす。
地面が緩んだところを引っこ抜き、土を落として一ヶ所にまとめる。
トウモロコシの抜き跡から広げるようにクワで起こして草を抜く。

エダマメのあった場所にビーチパラソルを立て、休憩をとりながらひたすらクワをふるう。
それはもう、シャツが重くなるほどの汗をかく。
水分を摂って氷のうで頭を冷やしては、土や草と格闘する。
ここしばらく筋トレをしなかったのでちょうどいいダイエットだ。

お昼まで2時間半。
持って行った水分が無くなった。
体力も限界だ。
まだもっと周りの草も取りたいが、それは後日のこととしよう。


こんな時は疲れてはいるが、気持ちはノッている。
だから会社帰りに続きをしよう、なんてことを思う。
でも冷静に考えれば、疲労の蓄積や、その後の筋肉痛でそんな作業はできないはずだ。

家に帰って陸に上がったクラゲのようになっていたら、天気予報が流れていた。
なんと、台風の影響で火水木曜日と雨の予報ではないか。
ここで「草取りができない~♪」と嘆くだけでは能がない。
段取りは長いスパンで考えなくてはならない。


今週は棚卸しの週だ。
今月の初めから徐々に進めてはいるが、この月末で仕上げなくてはならない。
だから、はじめの方で述べたように、筋トレができなかったのだ。
普段通りの営業をしながらでは難しいので、この土曜は全員出勤で棚卸す。

さて、台風絡みの雨となったら結構な大荒れが予想される。
そんな日に誰が紙を買いに行こうと思うだろう。
おそらく、お客さんは少ないに違いない。
こんな時に棚卸しを進めておくのが賢いやり方だ。

私の持ち場は五日もあれば十分終わるだろう。
となると当日は店舗の方の手伝いになるだろう。
そちらも女子がかなり進めてくれているようだ。

棚卸しが早く終われば、夕方は早めに帰らせてもらえるはずだ。
そこを畑の草取りに持って行けばいいのだ。
そうすれば日曜日の午後に肥料を撒くこともできるではないか。


えーと、ここまで書いてきて、これを読んでいるみなさんには全く関係ないことだと気付いた。
誰が他人の一週間の予定を聞きたいものか。
ただ、私はこういう段取りを一度書きださないと理解できないタイプだ。
なので今日のは私の覚え書きだと思っていただきたい。
読む側の楽しみがあるとすれば、来週この予定通りいったかどうか賭けることだろう。






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手抜きだよ
普段より少し早く家を出て畑に行く。
とはいっても休日のことなので9時半ごろだ。
ピーマン・ナス・シシトウ・オクラ・ゴーヤなどを収穫していったん帰宅。
そこからチョイスしたものを持って実家に行った。

もちろんおすそ分けなのだが、野菜を持って行くのにはもうひとつ意味がある。
野菜を買わなくてもいい、つまり買い物量を減らすことが目的なのだ。
母を買い物に連れていくのは週に一回だ。
すると母は買い忘れがあっては一大事と、あれもこれもスーパーのかごに放り込む。
この量を私はなるべく減らしたいのだ。

それは無駄遣いをしないようにとか、重くならないようにという考えではない。
レジで時間がかかるのがいやなのだ。
後ろに並んだ人のガッカリした顔。
あの長いレシート。
レジなんてものはすんなり通って行きたいものだ。

以前は普通にレジのあと買ったものをエコバッグに詰め替えていたが、
これがどうにもめんどくさい。
店が小さいので、詰め替えをするスペースもせまくて混雑している。
そこで、マイ買い物かごを購入した。
これだとレジ係さんが入れてくれたままの形で家に持って帰れる。

ただ、これ一つではいつも納まりきらなかった。
そこで、先にお菓子などの軽いものを精算してもらってエコバッグに入れ、
マイかごに納まりそうな量になったらそちらに入れてもらうようにした。
これでレジ後に店を出るのがとても速くなった。

ところが、母はそれにも文句をいい始めた。
買ったものを他人に見られるのが恥ずかしいなどというのだ。
だったらこんなに山ほど買うな。

ちょうど灼熱の季節がやってきて、さらにシステムを変更した。
保温タイプの買い物かごを手に入れたのだ。
これは普通の買い物かごにきっちり納まり、レジが終ったら巾着袋のように口が締まる。
入らなかった分だけ、今までのマイ買い物かごに入れてもらうことにした。
私が買ってもらったものもこれに入れて帰れば温度を心配しなくていい。


こうして、わが家の買い物は自分たちで袋に入れる手間は一切かからなくなった。
かご二つ分、レジ係の人が納めてくれたまま、家に持ち帰れるのだ。

が、このシステムになってから新たに分かったことがある。
レジ係の人の個々の性格の違いだ。
入れる順番をすごく考える人、ともかく早さ重視の人、迷いのある人などさまざまだ。
そのレジの人の仕事を見ながら私は心の中でつぶやいている。

おいおい、桃を下にするのか。
あ、サンマを立てよった。
そうそう、チューブ物はその隙間に詰めて。
肉のトレイの順番を変えたらもっと納まりがいいのに~
この人、手がきれい。
丸いものを先に置くからあとで困るのや。
ああー、投げた。
それ、まだあったかいから。
おお、なんと見事な配置。

そういった性格を把握して並ぶレジを決めるようになった私。
もはや、買い物道で母を超えたと言っても過言ではないだろう。





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知恵の輪じゃないんだから
私は早寝の方なので、深夜番組は録画して見ている。
最近のお気に入りは『ヨルタモリ』だ。
宮沢りえがママを務めるスナックで、タモリら常連とゲストが、
トークをしたり音楽セッションをしたりする番組だ。

タモリはもちろん面白いのだが、宮沢りえが予想外にいい。
本人が楽しんでいる感じだし、合いの手を入れるのが上手だ。
それがよくわかったのが、先日彼女が休んだ回だ。
この時のゲストは女性に人気の福山雅治だったが、
「その日いないママが残念」ではなく「ママのいない日に来た福山が気の毒」という体だった。

確かにりえママがいないとなんとなく締まりがない感じだった。
そこで偉いなと思うのは、この宮沢りえを選んだ人だ。
女優である宮沢りえにお笑い番組をお願いするのは大変だったのではないだろうか。
普通なら、ちょいとはやりの女性芸人ぐらいを当てたくなるのではないか。
これはやはり『人を見る目』がある人の仕業なのだと思う。


世の中に天才というのは案外たくさんいる。
音楽の天才、スポーツの天才、芸事の天才、勉強の天才、あらゆるジャンルに天才が存在する。
天才とはたいていが元々の才能プラス努力で出来上がっている。
つまり、向き不向きでいう『向き』の人がそちらの技術を研ぎすましてゆくのだ。

だが人を見る目は違う。
もちろん経験は重ねていかなければならないだろうが、
もっと感覚的な、センスの差なのだと思う。

そのへんによくある『人を見る目』はマイナスの目が多い。
酔っ払いなんかがよく言う、
「俺は人を見る目があるからわかる。あいつはダメだ」
というのは人を見る目に入らない。
「ダメだ」というのは簡単だし、その発言に対して責任を持たないし、
たいていそういう本人がダメな場合が多い。

『人を見る目』とは、これから伸びる天才を見出す能力のことだ。
「ダメ」じゃなく「すごい」を発掘することだ。
天才が天才を掘り出すという天才×2、いや天才の二乗みたいな偉大なことなのだ。


こういう話題になった時、私がいつも思い出すのが仰木監督だ。
私は野球に詳しくないのでこの監督の技量というのはわからない。
ただ、鈴木一郎という二軍選手を抜擢し、
「おまえこれから“イチロー”でいけ」
と決めたのは、全く驚くべき先見の明としか言いようがない。

イチローが活躍を始めてから、そのネーミングをまねた選手が何人かいた。
その人たちがどのぐらい成果を挙げたかは知らない。
でも、イチローを超えていないことだけは確かだろう。
今や彼は世界でトップレベルにいるのだ。

野球を知らないくせにイチローのことになると私は興奮してしまう。
居酒屋でもつい調子に乗って、
「あのネーミングを真似するようなやつらはダメだ」
などと言ってしまうのだ。
ああ、求む、爪の垢。





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絵にする意味がない絵だ
だいたい社長や店長から話があるときは、こちらにとって良くないことだ。
特にニヤニヤと笑っているときは気をつけなくてはいけない。
気をつけたところで一方的に何かを言いつけられるだけなのだが。

数日前、店長がニコニコしながらやってきた。
ニヤニヤ、と表現してもいいのだが、いやその方がふさわしいのだが、
むやみに波風を立てないために「ニコニコ」にしてみた。
本人は「ニコニコ」のつもりだったであろう。

「どうも忘れがちなので、裏口のドアの鍵を掛けてってくれないか」

「わかりました」

やっぱりそうだ。
ニヤニヤしながら店長が言うことにろくなことはない。
パートの口数多子を除けば、ウチの店では私が一番早く帰る。
その時に裏口を施錠しろというのだ。


位置関係を説明しよう。
裏口のドアは私の使っている機械の横にある。
私の部屋のドアといってもいいぐらいの位置関係だ。
そのドアの横にはエアコンのスイッチやリフトの充電器、パソコン、結束機もある。

そのドアを出るとトイレがある。
亀がいるドブもそのドアの向こうだ。
だからこのドアは頻繁に利用する。
そのドアから出たところに私は自転車を停める。

今まで私は仕事が終わると事務所の入り口にあるタイムカードを打ち、
自転車出勤だったらそのドアを出てヤホーヤホーと帰宅していた。
それがそのドアに施錠するとなるとそこから出られない。
なにしろ鍵をもらってないのだ。

となると、私は裏のドアの鍵を閉め、荷物を持ってタイムカードを打ち、
正面のシャッターから外に出て、車が縦に4台分のスペースを通り、
トイレを迂回して自転車の元に行かなくてはいけない。
そのあとそこを自転車で逆戻りすることになる。
なんたる不自由。

しかも腹の立つことは、トイレが外にあるのだから、
私が帰ったあとはみんなそのドアの鍵を開けてトイレに行くのだ。
店長は結構遅くまで残っているから、絶対トイレにいくはずだ。
だから店長の言っていることはこう言うことなのだ。
「開けるときに鍵がかかっていたら閉めた時に鍵を掛け忘れない」

ワシは覚え書きか!
それだけのためにどれだけ遠回りをしなければならないと思っているのだ。
んぎー!


そんなわけで、私は自転車で出勤した日の帰りは、
裏口のドアから自転車を入れ、倉庫内を通って帰るようになった。
タイムカードを売ったあとは颯爽と愛車にまたがって、
シャッターを出るときは「ちりりん」なんて鳴らしたりしているのだ。





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ボーンと鳴るよ
やっと雨が降った。
そのおかげでゴーヤやナスが調子を取り戻し、雑草も調子を上げてきた。
これで涼しくなったかというと、多少は違うのかもしれないが、
「暑い」が「蒸し暑い」に変わっただけのような気もする。

まあいいか、「蒸し暑い」なら我慢しよう。
世の中にはもっと我慢できない暑さがあるものだ。


『虫暑い』
ミイデラゴミムシはものすごく熱い液を噴射するらしい。
いやだ。

『牛暑い』
またもや「犇めく」を思い出した。
牛のゲップが地球温暖化を進めているという話もある。

『すし暑い』
同僚のN岡の実家では、宴会の翌日残った寿司をオーブントースターで焼くらしい。
いやだと思いながら、ちょっと興味がある。

『武士暑い』
未だに武士道がどうだとかサムライがどうだとか熱くなる人がいるらしい。
せめて剣道ぐらいやってから言いなさい。

『主暑い』
「しゅ」と呼んではいけない。
右の頬が暑ければ、左の頬も暖めなさい。

『津市暑い』
愛知、岐阜と比べたらそうでもないらしい。
南にあるのに。

『櫛暑い』
よくない予感がする。

『ルチ暑い』
特に後頭部が暑苦しいのだが、検索する人は“将軍”をつけて検索するといい。
この場合、カキ氷よりプリンがいい。

『女子暑い』
熱くなってしまう気持ちがわからないでもない。

『もし暑い』
仮定のことではなく暑い。
しかも日本語がヘン。

『帽子暑い』
よくない予感がする。

『寸志暑い』
たいてい寒い。

『ジューシー暑い』
くっついてしまったものだなあ。
今でもあるのだろうか。

『君子暑い』
危うきには近寄らなくても、暑いのは避けられまい。

『趣旨暑い』
今回の記事の企画意図がわかってもらえただろうか。

『プチ暑い』
それなら問題ないのだが。

『粒子暑い』
そんな根源から暑いならどうしようもない。

『ブチ暑い』
イヌのブチなのか「ブチ切れる」のブチなのか。
だがどちらも暑苦しい。

『オチがない』
すいません、昨日飲みにいきました。





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やめたまえ
7月の半ばのことだ。
いつもの居酒屋の女将さんに二人目の孫が生まれた。
ここの娘さんはよその市にお嫁に行っているのだが、
ときどき食事をしに店に来るので顔見知りだ。
なので紙おむつの差し入れをした。

一人目の時の二人目の時ではテンションが違う。
なにしろ、一人目がいるかいないかで『おばあちゃん」かそうでないかが決まるのだ。
一旦『おばあちゃん』になってしまえば、あとは孫の数の違いだけなのだ。

だから最初の時は店中が盛り上がった。
女将さんは常連みんなから『おばあちゃん』扱いされて照れていた。
二人目になると、みんなほのぼのして騒ぐようなことにはならなかった。
だからちょっと迷ったのだが「一人目と二人目をわけへだてしてはいけない」
というちづるの言葉に納得して、また差し入れをすることにしたのだ。


そのことを8月16日の『ファンタスティック4』という記事にちょっと書いた。

『一人目が生まれた時、どんなおむつを買えばいいか口数多子に訊いたことがある。
 その時の彼女の説は、
 子供はすぐに成長するし、小さいうちはみんながおむつをくれるからLサイズがいい。
 子供によってはすぐにおむつがいらなくなる子もいるので、Sサイズがいい。
 のどっちかだったはずだ』

実際は、店には『新生児用』というのもあったのだが、これは違うと思っていた。
口数多子説のキモは、子供は大きい子も小さい子もいて成長が早いので、
必ず通る道、つまりどんな赤ちゃんでも必要とするサイズを選べ、ということだ。
ついでに言うと、漢字ではなくアルファベットだった記憶していた。

盆休み前に訊いておかなかった私は、推理に推理を重ね、
『L』を使わずにおむつを卒業してしまう場合もあるのではないかと思い、
『S』のおむつを選んだ。
一応贈り物なので、いい方のやつにした。


さて、盆休みが開けて仕事が始まった。
そして昨日、口数多子に会ったとき、そのことを思い出し、
私の推理が正しかったかどうか訊いてみることにした。

答えは『M』

「友達の赤ちゃんが4500グラムもあって、
 一ヵ月も経たないうちにSサイズを卒業しちゃったのよ~
 それに、こんな大きい子はLサイズに行く前にパンツにすることもあるから。
 ともかく大きい子も小さい子もMサイズは絶対に使うし、
 普通の赤ちゃんならMサイズを使う期間が一番長いから~」

ということだ。
性別や誕生日は聞くけれど、サイズのことは聞いていないような気がする。
もし聞いていたとしても覚えていない。
でも、次のことを考えて『M』だけは覚えておこう。





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スカートじゃないはずだけど
世話が大変だといつも畑の文句ばっかり言っているが、
お金を払わないで食料が手に入るというのはありがたいことだ。
ただ、このありがた度は野菜によって少し違う。
好き嫌いとは別の、いかに便利か、というありがた度決定項目がある。

トマト、キューリは便利だ。
生のままで食べられる。
私は今、乱切りしたトマトとキューリに塩を振って会社に持って行っている。
この暑い時期、日を使わなくて食べられる食材はありがたい。

でも、残念なことに、トマト・キューリは弁当に適さない。
入れるとしても、せいぜい色合いのミニトマトかちくわの芯にしたキューリぐらいだ。
盆休みが終わった今、必要とされている野菜は何か。
そう、弁当のおかずとしてスペースを埋めてくれる野菜なのだ。


今の我が家のレギュラーでまず脱落するのがオクラだ。
なにしろ、茹でなくてはいけない上に弁当に入れられない。
ねばねばドロドロのものは大好きなのだが、弁当ではお断りだ。

残った野菜たちを二つに分けてみよう。
ナス・シシトウ・ピーマンチームとゴーヤ・タマネギチームだ。
この分類の理由が弁当を作る人にはわかるだろう。
そう、網で焼ける野菜と油で炒めるしかない野菜だ。

この差は大きい。
網で焼ける野菜は焼いている間に他のことができる。
しかも、暑い熱源から離れていられる。
たまに様子を見てひっくり返せばいいだけだ。

だが、ゴーヤやタマネギはどうだろう。
小さく刻んで肉などと炒めるしかないのではないか。
タマネギは焼き肉などでは爪楊枝で留めて網で焼いたりもするが、
そんなものが弁当に入っていてほしいだろうか。


さて、残るは三つだ。
実は弁当に一番ふさわしいのはナスだ。
油や味をよく吸い、スペースを埋めてくれるナスは本当にありがたい。
網で焼いてもフライパンで焼いてもいいし、小さく切って炒めることもできる。
ただ、オーブントースターで焼くことができないのだ。

ナスは焼くと水が出る。
蛍光灯みたいなものが熱源となる安物オーブントースターでは汁の出るものは厳禁だ。
それに、なぜかうちのオーブントースターは5分過ぎると勝手に切れてしまう。
ナスを電気焼きで5分はちょっと短い。

そんなわけで決勝戦はほぼ兄弟対決の様相を呈してきた。
どちらもフライパンでも網でもオーブントースターでも焼くことができる。
差があるとしたら、そのまま焼けるシシトウに対しピーマンは切らなくてはならない。
ただ、ピーマンはまな板を使わなくても切ることができる。
細かい分、洗うのに気を遣わなくてはならないシシトウとプラマイゼロとしよう。

となると残る要素は盛り付けだ。
頭の中で想像してみよう。
おかずがシシトウだけの弁当とおかずがピーマンだけの弁当。
やっぱピーマンの勝ち!
ピーマンは肉と炒めることもできるし、焼く前にヘタを取っておける。

だから子供はお母さんのためにももっとピーマンを食え。





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ステキなフォルム
いやだけど、いやだいやだで通っていくはずがない。
放っておけば放っておくほど畑の草は伸び、頑丈になっていく。
実際のところ、半日草取りをしただけで全面きれいにすることはできない。
おそらく収穫の終わったトウモロコシスペースは手をつけられないだろう。
でも、これからも収穫しなければならないところは草取りをしておこう。

草は元気

畝間の草をクワで削り取り、苗の周りの草はねじり鎌で丁寧に取る。
その草を苗の根元に寄せておく。
午後は雨の予報だから、こうしておけばしばらく乾燥を防いでくれるだろう。


家に帰ってシャワーを浴びる。
午後の予定は、ゴマを買いに行くこととだけだ。
定食屋でごはんを食べて、スーパーに買い物に行った。
アイスクリームを買ったので、大急ぎで帰宅しなければならない。

そのあとは予定がない。
ひょっとしたらまた昼寝か。
この盆休みはこればっかりだ。
冷房が効くという理由で、ショッピングセンターか寝室で過ごしていた。

涼しいところで過ごすのは、熱中症対策としてもけっこうなことだが、
こうもダラダラしていていいものだろうか。
どうしてこんなにダラダラするようになってしまったのだろうか。
若いころはもっと行動的に遊びまくっていたはずだ。


どうしてこんなに生活に締まりがなくなったか。
それは、宿題がないからだ。
今さら算数や漢字の書き取りなんかやっても仕方ないし、
四日間だけ絵日記をつけても発表の場もない。
この年でやるとしたら、読書感想文か図画工作だろう。

で、この記事のアタマの8行は暑い中、私が一人で野菜の乾燥を防ぐ話だ。
これを私の『独暑乾燥文」とさせてもらうことにしよう。
となると残っているのは図画工作だ。
わあ、どうしよう、夏休み最終日なのに図画工作ができてないよう。
あわてた私は、冷房の効いた寝室に夏休みの宿題を持ち込んだ。

よくできました

トケ井うちわだ。
いかにも最終日にあわてて作った雑な感じが表現できている。
しかし、本当はものすごく計画的な作品なのだ。
なにしろ、休み前に無地のうちわを用意していたのだから。





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格差ができた
今日で盆休みも終わりだ。
これが若い頃なら、気が狂いそうになって手足をばたつかせてギャーギャー叫んでいるはずだ。
だが、年をとるといろいろと思いも変わってくる。
家に居たって暑いし、かといってどこかに行けば金がかかる。
だったら出勤してた方が涼しくて楽なのではないか。

とはいえ、連休はやらなければならないことを済ませるのには都合がいい。
たしか13日は…なにをしてたっけ?
そうそう、畑に行こうと思ってたら雨が降ったのでゴロゴロしてたのだ。
お昼を食べに定食屋に行き、本屋でちょっと涼んでから家に帰り、
寝室で冷房にあたっていたら夕方まで寝てしまった。

14日は実家に行き、お昼からビールを飲み、
寝てしまったのだった。

昨日、15日は津市へうどんを食べに行くことに決めた。
このうどん屋は人気店なので早く入らないと行列ができる。
11時半までに入店するには、家を10時半に出なくてはならない。
ちょっと仮眠を取り過ぎて、出発が少し遅れた。

でも、全体のスピードアップを図り、11時半には間に合ったのだが、
なぜかすでに待ち人がいる。
名前を書いて待つようになっているが、6組ほどの待ちがある。
それはとても我慢できない。

近くのショッピングセンターで親子丼を食べ、
何を買うでもなく、涼しいセンター内をうろうろ歩く。
あと2軒、ショッピングセンターのハシゴをして家にむかう。

夕方5時にいつもの居酒屋に行く予定だ。
というのも、女将さんに二人目の孫が生まれたので、紙おむつの差し入れを届けるのだ。
帰り道、ドラッグストアに寄る。

一人目が生まれた時、どんなおむつを買えばいいか口数多子に訊いたことがある。
その時の彼女の説は、
子供はすぐに成長するし、小さいうちはみんながおむつをくれるからLサイズがいい。
子供によってはすぐにおむつがいらなくなる子もいるので、Sサイズがいい。
のどっちかだったはずだ。

休みになる前に訊いておこうと思ったのに忘れてた。
理論的に考えて、小さいうちの方が必要だと思うのでSにした。
「パンパースに限る」だけは覚えていたのでパンパースのSを選んだ。

家に帰って仮眠をとる。
目覚ましが鳴ったので居酒屋に出かけた。


さて、この盆休みにしなければならないことといえば、畑の草取りが筆頭だ。
ああ、しんどい。
午後は雨が降るような予報が出ている。
早く降らんかなあ。





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だるい…
いま、盛り上がっていると言えば、お盆、雑草、高校野球だ。
昨日は実家に行き、畑の雑草は明日刈るつもりで、
わが三重県代表は残念ながら敗退した。

実は私は高校野球にあまり興味がない。
そもそもスポーツを観戦するという習慣がなく、なんでもニュースで結果を知る程度だ。
このニュースの見せ方が不愉快で、よけいに高校野球が嫌いになっている。

ことしはなんでも一年生ながら怪物と呼ばれているすごい選手がいるらしい。
その選手を観るために大勢の観客が集まっているそうだ。
だからといって、その選手ばかり集中して報道するのはどうだろう。
むしろ、高校野球なのだからこそ、平等に報道するべきなのではないか。

先日のニュースでも、その怪物選手の話題ばかりだった。
その日の成績は5打数2安打。
なら2安打だけ放送すればいいではないか。
なぜ、三振やデッドボールまで見せるのか。

そのくせ他の選手の活躍には一切触れない。
「○アウト、ランナー○塁でバッターは怪物くんはピッチャーライナー」
それだったら塁に出た選手のシーンを見せてくれよ。
この一年生一人で勝っているわけじゃないんだから。

それどころか、対戦相手の高校はもはや敵役のような扱いだ。
主役が怪物くんで、チームメイトがいて、ライバル校がいる。
なんでニュースがドラマ仕立てになっているのか。

インタビューも怪物くんばかりだ。
高校野球の選手なんて行儀のいいコメントしかできないんだから、
もう言うことが無くなって同じことの繰り返しばかりではないか。
そのせいで、何の罪もない怪物くんのことがだんだん嫌いになってくる。
だって、これだけしつこく見せられればうっとうしくなってくるに決まっている。


そもそも、高校で汗を流して頑張っているスポーツは野球だけではない。
それぞれのスポーツで一生懸命な選手がいるのだ。
どうして野球係がちやほやされるのか。

というのはよくある意見だ。
それも一理あるとは思うのだが、無名スポーツを甘やかすのもどうかと思う。
少し前の話だが、東京オリンピックで新しく採用される競技として、
30もの団体が名乗りを上げたらしい。
空手やらスカッシュやらはまだ分かるが、無茶を言う一団がある。

オートバイやらジェットスキーなどの人力以外の駆動力を使うもの。
クライミングやダンスのような、勝ち負けが決めにくいもの。
オリエンテーリングや綱引きみたいに、見ていて面白くないもの。
チェスやブリッジのように体力を使わないもの。
申し訳ないが、立候補する前にちょっと考えてもらいたいものだ。


なんだか一気にものすごく敵を増やすような記事を書いてしまった。
でも、野球も五輪も偏っているんだから、私の偏りも許してね。





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二人しかいないけど
暑いからだろうか。
それとももうそういう年なのだろうか。
私はもうダメなのかもしれない。


普段あまり使わないけど、たまにはフォークリフトを充電しておかなくては。
とはいえ、盆休み中電源につなぎっぱなしというのはなんだか怖い。
なので、その一日前に充電しておくことにした。

せまいところにフォークリフトをもって行き、
あとは充電コンセントにつなぎ、ボタンを押せばいいだけだ。
なのに充電するのを忘れて帰ってしまった。
このフォークリフトのせいで狭くなった裏口から。


この暑い季節、水分の補給は大切だ。
なので私は小さいクーラーバッグを持って通勤している。
一番下のタッパーにはキュウリとトマト。
その上に保冷剤と魚肉ソーセージ。
ここにお茶とスポーツドリンクのペットボトルを入れるとピッタリだ。

ある日ちづるが小さいパンを買ってきてくれた。
これもなんとかクーラーバッグに納めたい。
だけどギリギリいっぱいなので入らない。

そうだ、飲み物を少し飲んで量を減らそう。
ごくりごくり。
ペットボトルの中身が減ってどこに隙間ができるというのだ!


毎日コンビニでお茶やスポーツドリンクを買っていたのではお小遣いが足りない。
なので家でいれた麦茶や、粉末のスポーツドリンクを作ってもっていく。
でも、もうめんどくさーい、という朝があるものだ。
その日はお茶だけもって、スポーツドリンクはコンビニで買うことにした。

コンビニに行くまでに、魚肉ソーセージを忘れたことに気付いた。
ついでにサンドイッチかおにぎりを買うことにしよう。
そしてコンビニに行き、お茶とサンドイッチとおにぎりを買ってしまった。


私はもう人としてダメなのかもしれない。
先日、会社帰りに畑に寄った。
地主であり、隣の畑で野菜を作っている叔父叔母がいた。

ちょいと挨拶をして作業を始めると、隣の家の窓から「こんにちはー」と声がした。
ここのお子さんはいつも挨拶をしてくれるのだ。
そのあとお父さんが顔を見せて挨拶してくれる。

私が「こんにちはー」と挨拶を返したら、その子がお父さんにこう言っていた。
「今日は三つおる」

私はもう人ではないのかもしれない。





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葉緑素か?
いつもの居酒屋に行った。
なんということだろう。
座敷は三つのテーブルが繋げられ、宴会の用意がされている。
もう一つのテーブルはすでにお客さんがいた。

カウンターまで若い人に埋められていて、
一番奥に常連のおじいさんが一人でいた。
その横が空いていたのでそこに座った。
お盆休み前の大騒動だろうか。


おじいさんが教えてくれた。
今日は○○年会が行われるのだそうだ。
私より一年下のグループだ。

が、そこに私の同級生にそっくりな男がいた。
そんなはずはない。
やつは愛知県にいるはずだ。
それに年齢も合わない。
きっと違う人なのだろう。

そこに続々とメンバーが集まってきた。
その中に私の後輩がいた。
私より一つ下の後輩だからいてもおかしくない。
ただ、その後輩と同級生はつながりがない。
やはり別人なのだろう。


団体が入って忙しかったからか、この日はバイトが一人多かった。
このバイトY子さんは、私より一つ年下だ。
年齢が一緒だからこのグループをよく知っているらしい。
そのうちそのグループは二次会に移動した。
誰もいなくなってから、Y子さんに事情を打ち明けた。

「うっそぉ~、それは確かめないかん。私今から合流するから一緒に行こ」

と、近くのスナックに連れていかれ、ワーッとやった。
やっぱり同級生だった。





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盆休みだから
夏は野菜に振り回される。
特に今年のようにヘンな夏は大変だ。
雨が続けば日照時間が気になり、晴れが続けば水遣りのことが心配になる。

苗が小さいうちは子育てしているようなものだ。
トマトやナスやピーマンは脇に生えてくる芽をこまめに取らなくてはならない。
成長した分は支柱に固定しなければならない。
トウモロコシは余分にできた実を取らなくてはならない。
しなくてはならないことをしていないと良い実がならない。

さて、そんな時期が過ぎて収穫期が来ると気分はウキウキだ。
ところが夏の野菜は加減を知らない。
できるとなったら「うわーーーーー」と実をつける。
この野菜たちのめんどくささには二種類ある。

ひとつは、キュウリ、ゴーヤ、ナス、オクラなどの、あっという間に育っちゃう派だ。
仕事帰りに畑で収穫をしたとき、
「これはまだ小さいかな?」と置いておくと、翌日にはドデカッ、ってなっている。
だから、ホントなら毎日収穫に行かなくてはならないのだ。

もう一つの一派は、ともかくたくさん取らなければならない派だ。
シシトウ、ミニトマト、エダマメ、オクラなど、実の小さいものはとてもめんどくさい。
はさみを手に、ぷちぷちぷちぷち…やめじゃー! となる。
はっきり言って本当にもうシシトウの収穫はしたくない。
エダマメもほとんど放置の状態だ。


これを取りに行くタイミングも難しい。
先日、実家に少し持って行ってやろうと、行きがけに畑に寄った。
で、年寄りが食べる程度の少量を収穫したら、もう汗みどろなのだ。
一旦家に戻って着替えてからの実家行きとなった。

いつもの居酒屋に少し持って行ってやろうと思う。
するとやはり形のいいものを選ぶことになる。
特にママ子さんは漬物用にナスやキュウリを喜ぶのだが、
糠床が小さいので小ぶりのものを要求される。
できれば育ち過ぎになる前のものを収穫したいのだが、小さいのから採ることになってしまう。


野菜の影響は冷蔵庫にも及んでいた。
ともかくやたらボトルやらパックやらが増えている。
一番急激に増えたのは、取れすぎるキュウリを消費するためのモノたちだ。
ドレッシング、キムチの素、もろみ味噌、冷やし中華のたれ、
ハムやチーズやちくわも、キュウリのために集められたメンバーだと言っても過言ではない。

ナスやピーマンを炒めるのにいい、名古屋圏で有名な甘めの調味味噌もあった。
食欲が落ちるのでごはんに合う『さいみそ』というのもある。
なのに、暑くなって味噌汁を作らなくなったので普通の味噌も残っている。

冷凍室はこの間細かくバラいたトウモロコシが大きく場所をとっている。
ここに収穫の遅れているゴーヤができてくればあっという間にいっぱいになるだろう。
アイスクリームも買っちゃっているし。

で、野菜室だ。
ほぼ、キュウリとシシトウとトマトだ。
レジ袋に入れて冷やしてあるのだが、もうどれが古いものかわからなくなってしまった。
少しでも減らすために、キュウリとトマトは塩を振って会社にも持って行っている。

ああ、ダイコン食べたい。





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ダイコンは描きやすいから
この、人にうめき声をあげさせ、野菜を枯らし、
なのに雑草をはびこらせる連続カンカン照りにもよい点が一つある。
洗濯ものが乾くのだ。
そんな事今まであんまり気にしていなかったのだが、
やはり自分が体験するようになると、実感できるものだ。

何度かご紹介したが、私は会社でちょいとした洗濯をしている。
仕事終わりに脱いだ靴下と一日使ったタオルをバケツに入れ、
私はさわやかにゴムぞうりで家に帰る。
翌朝、ゴムぞうりで出勤し、新しい靴下をはいて、バケツの中身を洗濯する。


その洗濯物を干した後、その姿がなんだか気になるようになってきた。
干されている洗濯物がどうもくたびれているように見えるのだ。
実際、マクロな目で靴下の状態を細かく見てみると、
縫い目は隙間ができているようだし、ゴム部はメビウス的ひねりが入り始めている。
これは洗い方がよくないのだろうか。

私の洗い方はこうだ。
バケツに入った靴下とタオルに粉の洗剤を少しふりかけ、浸るぐらいの水を入れる。
しばらく放置した後、ガバガバガバと雑に混ぜて泡立てる。
靴下を両手に片一方ずつ持ち、両方をクチクチクチとこすり合わせる。
流水ですすいで、泡があまりでなくなったら絞って干す。

この後タオルも同じように洗うのだが、サイズが違うのでタオルは豪快になる。
少しずつ手繰りながら手のひらでこすり合わせる。
タオルは靴下とは違い構造が簡単にできている。
どんな洗い方をしても、干すときにピンと張っておけば形は崩れない。


考えてみれば、洗濯機はあんなクチクチ洗いはしない。
なんというか、おおざっぱに水を混ぜているだけに見える。
ひょっとしたら洗剤が入っているのだからそんなに懸命に洗わなくてもいいのかもしれない。
よし、タッキーを見習おう。
ちなみにタッキーとは洗濯機(せんたっき)のことだ。

バケツに洗剤と水を入れてしばらく置くのは今までと同じ。
お日様のおかげでぬるま湯洗いになるようだ。
右手を大きく開いてバケツに突っ込み、右に左に手首の稼働する範囲で回す。
タッキーは、右回転の惰性が終わる前に左回転を始めるようだ。
そこらへんの水との摩擦が汚れを落とすような気がして、その方法を踏襲する。
ときどき「んがーんがー」と声を出してみるのもタッキーのマネだ。

ただ、これはすぐ飽きる。
飽きたらすすぎだ。
もう少々泡が出てきてもいいことにした。
なぜなら私さえ満足ならそれで問題が起きないからだ。

絞るのも雑巾みたいにギュウッとねじり絞りするのはやめた。
塊のまま握力だけで手のひらで絞る。
タッキーなんて遠心力だけだ。
これはマネするのはやめた。
グルグル振り回していて、スポーンと飛んでいったら困るからだ。

このように洗い方を変えてみて、一つわかったことがある。
ソフトな洗い方にしたとしても伸びたゴムは戻らないってことだ。






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ここに注目したことなかった
怪談の名人と言われた故林家彦六師匠が、アーモンドチョコを食べていてつぶやいた。

「種がありやがった」

毎日毎日「暑い暑い」で始まっていたら余計暑苦しいと思い、
ちょっと涼しげな始まり方をしてみた。

それにしても暑い。
平日は会社に行っているので、隙間だらけのカーテンで囲まれているとはいえ冷房が効く。
自宅は、リビングはクーラーが数年前から壊れているので、冷房が効くのは寝室だけだ。
かといって、汗みどろの体で寝室に入るのはいやだ。
ベッドに転がると就寝時に不愉快だし、床に座ったり立っているのもあほらしい。

そんなわけで、休日にはいっそ出勤している方がいいやという気持ちになり、
ショッピングセンターなどに出勤するのだが、そういうところはあいにく転がるところがない。
そこで、自宅で扇風機をつけてアイスクリームを食べる。


こんな時はクリームタイプより氷タイプのものがいい。
ガリガリシャクシャク氷を噛み砕き、ときどきキーンとなったりしながら涼むのだ。
私はカキ氷なら絶対的にメロン味が好きなのだが、
アイスならソーダ味も好きだ。

ただ、最近のソーダアイスにはラムネの粒が入っているのがある。
アレがなんとも不愉快だ。
メーカーとしてはシュワ感を出して、涼しげにしようと頑張っているのかもしれないが、
あまりにも氷と食感が違いすぎている。
まさに“種”のような感触だ。

せっかくシャリシャリと涼をかじっている間に、
あんな『ぎわ』って感じを挟まなくてはならないのか。
アレが口に入ってくるとそれだけを奥歯ですりつぶすようにしなくてはならない。
食感だけでなく、口内の働きまで変更しなくてはならないのだ。

いっそ、プッと吐き出してしまいたいぐらいなのだが、食べ物を粗末にはできない。
しかも種ではないから、そこから芽を吹くこともない。
むしろアリがたかってきてうっとうしいぐらいだろう。
だから私はなるべくこの種がないタイプを選んで買う。
うっかり買っちゃったときは歯を食いしばって食べているのだ。


ちづるが『爽』というアイスクリームを買ってきた。
これはクリームと氷タイプの中間ぐらいで、私もけっこう愛用している。
ただ、いろんな味があることは知らなかった。
ちづるが買ってきたのは、バニラ、みかん、スイカの三種だった。

なぜ三つなのかは知らないが、おそらく二つは私が食べることだろう。
だとしたら好物のバニラはあとに残しておこう。
ちづるはスイカ味が嫌いだろうから、これをちょっと試してみよう。

見た目は良くない。
確かにスイカ色といえばスイカ色だが、血色とか歯茎色といっても通るぐらいだ。
しかし味はなかなかおいしい。
「絶対まずいに違いない!」と宣言していたちづるも一口食べて「なかなか」と言っていた。
だが「絶体まずいに違いない」と思ったら買うなよ。

当然のことなのだが、スイカを模倣している限りは種が入っている。
一番有名なスイカアイスは、種がチョコレートだった。
チョコは色がいかにもスイカの種っぽい。
もちろんそのつもりでこの種を食べてみた。

ラムネではないか!
なんでスイカ味にラムネか!
色まで黒くしてラムネを入れるか!
チョコだと思ってラムネだった時の舌のパニック感がわからないか!

口直し用にバニラを置いといてよかった。





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機関銃とかやったっけ
昨日は獅子座会だった。
いつもの居酒屋メンバーの中で、獅子座生まれの仲良しが焼き肉に行く会だ。
二人いる女子の一人は乙女座だが、この人はカラオケに行ったとき、
山口百恵の『乙女座宮』を歌う係なのだ。

♪今は獅子座のあなたに夢中よ~

焼き肉が終わり、スナックに移動。
6時集合だったから時間が早く、お客さんは他にいなかった。
これ幸いと歌いまくる獅子座たち。

この店ではカラオケの点数でステキなサービスがある。
指定された得点を出すと、焼酎のボトルが一本サービスされるのだ。
この日の指定は、総合得点で79点。
これをなんと乙女座さんが三回も当ててしまった。
もちろん、ボトルは一本だけど本人はウキウキだ。


しばらくしたら、三人連れのお客さんが入ってきた。
日に焼けたおっさんと白髪のおばあさんと若い娘さんだ。
娘さんが敬語を使っているので家族感がない。
いったいどういう集まりなのだろう。

日焼けのおっさんが歌い始めた。
なんとエルビス・プレスリーだ。
しかもうまい。
こういうあとは歌いにくいものだ。
でも歌うのだ。

私と乙女座さんで「高得点とはこうやってとるのだ」と言って十八番を歌い、
得点を見てガッカリというパターンを繰り返していた。
すると『舟唄』が入った。
おばあさんがマイクを取り、
「歌とは好きなように歌うものですよ」と言って歌い始めた。

これがきっかけでおしゃべりをし始めた。
で、三人の正体を聞いて「えええー!」と声をあげるほどビックリ。
このおばあさん、映画監督だというではないか。
市内の映画館で上映されている映画のパンフレットを見せてもらうと、
確かにこのお方、という写真が掲載されている。

マニアックな人ならご存知かもしれないが、中みね子というお名前だ。
そして一言プロフィールを追加された。

「岡本喜八の妻です」

ええええー!
岡本喜八監督といえば、あの日本ミステリーの傑作『大誘拐』の監督さんではないか!

と思ったのだが自信がない。
間違っていたら恥をかく上に、あちらにも失礼だ。
というか、その時はとっさに『大誘拐』が浮かんでこなかった。
でも、ちょいと考えたら出てきたはずだ。

監督はじきに帰っていかれたが、握手をしたときそれを言えばよかったと後悔している。
たぶん、喜んでもらえただろうと思うのだ。
そのことを残った獅子座メンバーに言ったのだが、誰にも通じない。
もう!





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それは影絵
会社はもちろん、寝床にも自室にもリビングの居場所にも車にも老眼鏡が用意してある私。
先日、リビング用が破損したが、何も困ることはない。
お出かけ用の携帯老眼鏡があるからだ。
しかも、寝床用は度が強く、パソコン用はソフトなやつと、
ちゃんと用途によって使い分けている。

ところが、こんな私に老眼鏡空白帯が残されていた。
それは通勤途中だ。
徒歩通勤の時なるべく手ぶらでいられるようにと、会社用を配置したのだった。
いま、暑すぎて通勤は自転車だし、飲み物や食料用の保冷バッグを携えている。
手荷物があるのだったら、ケータイ用の老眼鏡を持っていればよかった。

それに気づいたのが、会社帰りに本屋に寄った時だ。
棚に並んでいる文庫本が、誰のなんという本かは見ることができるのだが、
裏表紙に書いてあるちょっとしたあらすじを読むのが困難だ。
内容がわからない本をタイトルと著者だけで購入するのは危険だ。
結局この日は定期購読の雑誌だけを買って帰った。


さて、失敗を二度繰り返さない男、ワシ。
次に本屋に行くことになった日、私はちゃんと会社用のメガネを持って行った。
これはひもが付いていて、首からぶら下げるようにしてある。
仕事中はとっさに掛けられることが一番重要だ。
折りたたんであるメガネを出してきてかけるよりこちらの方が早いのだ。

会社帰り、仕事中そのままにメガネを首からぶら下げて本屋に向かった。
怪しまれないように、帽子もいつものテンガロンハットではなく、
後ろ半分がメッシュになったキャップだ。
ぶら下げたメガネでちょっとインテリに見えるかもしれない。

本屋に入り文庫の棚に向かう。
じゅわっ、メガネをかける。
見える、見えるぞ。
あらすじだけでなく、値段やバーコードさえちゃんと読める。
これも段取りをしたおかげなのだ。


さて、翌日気付いたのは、出勤して体操して機械拭いてスマホを見ようとした時だ。
首からぶら下げるメガネを家に忘れてきた。
自分のものを入れている引き出しを漁ってみる。
以前はここに置いていた遠近両用メガネも家に持って帰ったのだった。
となると、残された手段は、機械に置いてある目盛りを見るための虫眼鏡。

お昼休み、短編集の中の一つの短編が読みかけだったので読むことにした。
あとわずかだから虫眼鏡で我慢しよう、と思ったのだ。
これが思いのほか難しいことだった。

最初は普通に虫眼鏡で見るように、本を近づけ片眼をつむって字を追った。
これはとても疲れる。
行の下まで行って、次の行に移るのが大変だ。
しかも片目を閉じているのがとても顔筋を使うということがわかった。

そこで、本を顔から離し、虫眼鏡を拡大率のいい位置に持って行った。
これは読みやすい。
ただ、その位置がキープできない。
気が付くとレンズが紙面から離れていて字がぼやけたり、
ページの谷間で距離感がわからなくなったりする。

ほんの数ページの残りを苦労して読み終え、そこで本を閉じた。
目の疲労は図書館の目録を手書きで作ったぐらいひどかった。
やはりメガネは必要だ。

しかし、ちょうどこの日は休み前の金曜。
さて、二日休んで月曜日に私はメガネを忘れずに出勤することができるだろうか。
先日破損したリビング用の代わりに使っているし。





↑この文字が見えるならクリックしてね。






針がむき出しとは思えない
日&者。
『暑』という字は、我々をヒモノしてやるという思いから作られたのだろう。
こう毎日「あついあつい」と言っていると、
『厚い』も『篤い』も『圧』も『斡』も憎い気持ちになってくる。

中でも特別ランクのやつが『熱』だ。
おそらくサーモグラフィで確認したら『暑』より『熱』の方が赤く見えるだろう。
なにしろ『熱』は『ねつ』なのだ。
あーやだやだ。

さらに『暑』と『熱』を合体させたような文字がある。
『煮』だ。
この字の悪辣なところは、『熱』を加えようとしていることにある。
実際この時期、枝豆やそうめんはありがたい一品だが、
それを煮る作業はたまったものではない。


だが、ここに人間の不思議な一面が垣間見える。
実際この暑いさなか、『熱』や『煮』より不愉快な文字はいっぱいある。
たとえば『温』や『暖』はどうだろう。
冬場あんなに欲していた文字なのに、この嫌悪感。

そう、今最も嫌がられる文字は『あつい』文字ではなく、
『あつくるしい』文字なのだ。
たとえば『熱』ならば『情熱』とか『熱闘甲子園』などのように爽やか感も含まれている。
先ほどの逆説になるが『煮』なら、その作業のあとにはエダマメやそうめんが待っている。

いま思いついたいやな文字として『蒸』がある。
『暑』なら『汗』を連想するが『蒸』だと『あせも』を思い出してしまう。
クサガンムリに『水』っぽいパーツなのだから清涼感がありそうなものだが、
下の“レンガ”がコンロの火のようで、お湯が沸いて蒸気が出ているように感じる。
あ、それが正当な意味か。

『犇』もいやだ。
牛がみっちり集まっているようではないか。
ウジャウジャいる、集まっている、という意味では、
『密』とか『衆』なんて字もキライだ。


相対的暑さということも考えられる。
たとえば『四』よりは『匹』の方がちょっと風通しがよさそうだ。
『回』と比べると『向』は床も天窓も開いていて、空気の流れを感じる。
『臣』は堅苦しくて暑苦しくて見苦しいが『巨』になるとやや救われる。
とはいえやはり中の小部屋が密閉されているので『弓』ぐらいの解放感が欲しい。

どうも形的に周りを囲まれている字は暑苦しく感じてしまう。
『団』はどうだろう。
人が集まっていそうだし、規律が厳しそうだし、何より『ふとん』の『とん』だ。
うわあ、なんたるじっとり感。


これらを総合して、もっとも暑苦しい漢字が決定した。
発熱している感じ、密集している感じ、囲まれている感じを併せ持つむんわり文字。
それは『燵』
そう『コタツ』の『タツ』だ。
もちろん『ふとん』から連想したのだ。

それにしてもなんで涼しい方の文字を考えなかったのだろう。


※個人の感想です。





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せめて涼しい絵がいい
8月の最終土曜日は棚卸しの日だ。
月末が締めなのだが、平日の棚卸しは不可能だ。
そんなわけで、休日返上で土曜日にやるのだ。

土曜にやって、月末までは出入りの数字を合わせることになる。
ある時誰かが気付いた。
結局出入りを合わせるなら、いつ棚卸しをしても一緒ではないか。

そんなわけで、先月の後半に棚卸し票をもらった。
いつでも好きなときに紙を数えたまえ、ということだ。
区切りさえちゃんとしておけば、事務所の女子がちゃんと合わせてくれるという。
ありがたいことだ。
これなら当日にあわてることはない。


今の店舗に引っ越してきて、在庫は理路整然と並んだ。
以前の倉庫では、どんどん継ぎ足していったので、
同じ仲間のものでもあっちやこっちに飛んでいてめんどくさかった。
一枚の棚卸し票を埋めるのにおろおろ歩き回らなければならなかった。

今回は引っ越して初めての棚卸しだ。
そこで、白紙棚卸しとなった。
罫線だけの票に私が棚の順に在庫を書いていく。
すると来年からは、その在庫も印刷され、数字を入れるだけになるのだ。


ありがたいありがたいと喜んでいたら、いつの間にかもう八月。
好きにやってもいいとはいえ、自分の分は早く終わらせて、
当日は女子のお手伝いをした方がきっと早く帰れるはずだ。
幸い昨日は仕事が少なかったので、いよいよ棚卸しに着手することにした。

予定では、仕事が早く終わった日の夕方にするつもりだった。
しかし、仕事の終わりがけにそんな力は残っていない。
時間がたっぷりあるなら筋トレもしたい。
何よりも、朝が一番涼しいのだ。

朝一番、職場のカーテンを閉め、エアコンをかけて倉庫に行く。
すぐそこだけど冷房はカーテンの向こう。
そんな状態で在庫を数えはじめた。
冷房に当たれるのはひとつの棚を数え終わり、次の票を取りに行くときだけだ。

午前中はホントに仕事が来なかったので、棚卸しがはかどった。
ということは、冷房にあたらなかったということだ。
そりゃあもう、とっぷり汗をかいた。
これが今月中は何日も続く。

そのかわり、たっぷり冷房にひたれる昼休みは、
普段の数倍の幸せを感じることができたと言っておこう。
夜のビールと。





↑淡白な絵が続くのも気温のせいなのでクリックしてね。






数えなくていいぞ
パソコンを使うようになってから生活が大きく変わった。
便利になるだろう、楽しいだろうとは思っていたが、予想外の影響もあるものだ。
それが『YouTube』だ。
これでいろんな音楽を聴いて、気に入ったアーティストのCDを買うようになった。
つまり、試し聴きができるということだ。

まず最初にはまったのが『エレファントカシマシ』だった。
この人たちはベテランなのでたくさんCDが出ている。
新品でそろえる予算はないので、ブックオフを巡って探し歩いたものだ。

次に気に入ったのが『エゴラッピン』だった。
このころはCD探しも大変だった。
なにしろ『え』の棚には『AKB』と『エグザイル』があるのだ。
そういうのを見てると思われては恥ずかしいので、素早く棚を見る習慣がついてしまった。

次のマイブームは『AI』だ。
この人は五十音で並べるとトップにくる。
これも探すのが嫌だった。
なぜなら、たいていのブックオフが『あ』の前に、
AKBやジャニーズといったアイドルコーナーを作っていたからだ。

その後、『スーパーフライ』期が来る。
ハマった時期にちょうどベスト盤が発売されたので、それを新品で買った。
今は、そこに入っていない曲を知りたくなって、中古CDを探している。
あと1枚で揃うのだが、となるとベスト盤はいらなかった気もする。

次が『福原美穂』だ。
この人は中古が出てなくて難儀している。
CDを買うのがコアなファンばかりなのかもしれない。


ここまでの歴史で感じたことが二つある。
ひとつはCDが売れていないということだ。
『AI』が2001年デビューで10枚。
『スーパーフライ』が5枚、『福原美穂』が3枚+ミニ3枚しか出していない。
昔の歌手は、新曲が出るたびにアルバムを出していたような気がする。
そんな事が出来るのは、今や売れっ子アイドルだけなのだろうか。

もう一つは、英語が難しくなってきたことだ。
聴けば歌いたくなり、覚えてカラオケに行くが、英語部分だけはうまくいかない。
『エレカシ』『エゴラッピン』のころは単語が入るぐらいなので普通に歌えた。
『AI』は英語は複雑なのだが、繰り返しが多いので何とかなった。

『スーパーフライ』は辛い。
高音なうえに早口なのだ。
そして『福原』
気に入った曲があり歌詞カードを見てみたら、なんと二番が全部英語ではないか。
なんと言うことをしてくれる。


さて、そんな私がえらいものに手を出してしまった。
『ラブサイケデリコ』という人たちだ。
このボーカルの女の人は、幼少のころをアメリカで過ごしたという、
つまり「ネイティブ」な英語を操る人らしい。

彼らのCDも集め始めているのだが、新しくなるにつれ英語度が上がっている。
英語だけの歌もある。
日本語まで英語みたいに歌っている。
作詞作曲からスタッフまで全部英語表記だ。

今、車では、
「♪フリーーーダム」
というところだけ歌っている。






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つづりに自信がない
さて、キュウリもトマトもシシトウも飽きたし、
ナスとピーマンは弁当に使えるし、
今夜のおかずはオクラにしよう。
そうしよう。

オクラは毛が生えている。
これをよくこすり洗いして取っておかなくてはならない。
この件に関してはコメントを差し控えましょう。

涼しげ


「おや、なんだ? おかしなものが目に入ったぞ」
と思った方がいるかもしれない。
間違いなく全部オクラだったのだが、気になるものがあったのも事実だ。
つまり、それは気になるオクラなのだ。
それだけを取り出してみよう。

顔みたい


じゃーん!
これは去年、ある人に種をいただいた太オクラだ。
オクラというのはありがたいことに、あの形のまま枯れてさやの中に種が納まっている。
いうならば、種の扱いが楽なのだ。
私がいただいたのもさやごと一本の状態だった。

そんなわけで今年は二種類のオクラを蒔くことになった。
交配してしまうといけないのでちょっと場所を離してある。
つまり畑の中にオクラゾーンが二ヶ所あるということだ。
こちらのオクラがなかなか発芽しなかったのでドキドキした。
種の保存環境が悪くてできなかったら、申し訳ないではないか。

それでもありがたいことに、なんとか収穫までこぎつけた。
が、一つ心配事があった。
オクラというのはやたら成長が早い。
そして大きくなったオクラはともかく固くなる。
先日も、巨大オクラの入った夏野菜カレーを食べたちづるが「おえー」と苦しんでいた。

つまり、この写真の太オクラは、これでも小さいものなのだ。
一応理屈では若くて柔らかいやつなのだ。
あとは茹で方で調節するしかない。
これも、普通サイズのオクラも一緒に沸騰したお湯に放り込む。
あとは小さい順に箸でつまんで水で晒していく。

もちろん最後に残るのはこの太オクラだ。
これが箸で取れない。
丸い上に表面までぬるぬるしているのだ。
これを冷まして切る。

小さいのと比べられるかな


なんと身の厚いオクラだろう。
でも、柔らかく煮えていて、味は普通のものと変わりありませんでした。
種をくれた人、本当にありがとう。
もちろん、種を採って来年も作ります。






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開いたらねばねばだけど
ノックをすると小窓が開いた。
人相の悪い男が目を細めて私を値踏みする。

「合言葉は?」

「暑い」

「よし、入れ」

と『暑い』が世間の共通語になるほど暑い。


土曜日の夕方は、ポリタンク二つ分の水を持って畑に行った。
少し離れたところに用水があるのだが、運ぶのがしんどいので準備していったのだ。
夕立が三日に一度夜のうちに降ってくれるといいのだが、そうは思うようにならない。
だから私が天の代わりに水やりに行く。

「おいおい、一口目の生ビールか」
と思うほど、土は水を吸い込んでいく。
ジョウロでやっていたのでは埒が明かない感じだ。
結局100メートルほど歩いて用水に水を汲みに行った。

水遣りを続けていると、お隣の子供が出てきて、
「トマト!トウモロコシ」と指差し確認をする。
ごめんよボウズ、トウモロコシが見えるのは今日でおしまいだよ。
そう、翌日はトウモロコシの収穫予定日なのだ。


朝は5時に起きる。
トイレに行き、顔を洗い、短パンをはいて家を出る。
畑に到着したらすぐに収穫だ。
トウモロコシは日の出とともに甘みが落ちていくのだそうだ。

今年の収穫は数えなかったが30~40本。
畑で薄皮一枚にまで剥いていく。
家に帰ったらすぐ茹でる。
年に一度、この時だけ使う大鍋で5本ずつだ。
虫食いや短いのが多いのでおすそ分けはできない。

今年のベストはコレ。

美しい


茹で終わったのは7時近かった。
ちづるが起きてきて、朝食によさそうなのを一本ずつ食べた。
甘ーい。

情報番組を観ながら仮眠をとって、そのあと大仕事に取り掛かった。
トウモロコシの実を一粒ずつにバラくのだ。
虫食いのところを避け、指で丁寧に落としていく。
11時半までかかった。

コーンバターできる

こんなのが二杯半できた。
タッパーに入れ、冷凍庫で保存する。
ああこれで今年分の冷凍コーンが用意できた。

家にいても熱いので出かけることにした。
ついでにトウモロコシの皮と芯を畑に捨ててきた。
ふふふ、お隣の少年は驚くのではないかな。





↑コーンに熱中しちゃってクリックしてね。






フサフサだった
昨日はオヤジを病院に連れていく日だったのだが、
とても涼しい病院の待合室は病人であろう人たちでごった返していた。
母が付き添いでいるので私まで中にいたら、他の人に迷惑だ。
それでいつも駐車場の車の中で本を読んだりしていたのだが、
この暑さの中、日陰のない駐車場にいることは不可能だ。

そこで、母にケータイを持たせ、診察が始まる前に私に電話をよこすように言った。
私がどこかで避暑していても、ベルが鳴ってから駆けつければ十分まにあうはずだ。
そんなわけで私は、数十年ぶりに『市民の森』という公園に向かった。
木陰のベンチで読書したり昼寝したりしようという目論見だ。

『市民の森』までは病院から車で3分ほど。
すぐ横に図書館があるが、さすが夏休みで駐車所に隙間はない。
私はちょいと奥まったところに入っていき、公園の入り口当たりに車を停めた。
まずは居心地のよさそうな場所を探して散策だ。

大きなゲージがあってセキセイインコが飼われていた。
そういえば昔、小動物園のようなものがあったっけ。
隣の柵にヤギ、別の檻にサル、ウサギ、ウコッケイ。
またヤギ。
池のある大きなスペースにクジャクがいた。

クジャクの檻はクジャクが見えないほど雑草が生い茂っていた。
過去に何かが変われていたであろう檻も、ジャングル並みに草が伸びている。
だからヤギが多いのか。
なんだか荒れ果てている。

公園の中央には大きな広場がある。
しかしここも、そろそろ床屋に行った方がいい坊主頭のようだ。
虫取りをしている家族と、水筒を持った親子がいたが、じきにいなくなった。
私は木陰のベンチを見つけ、腰を下ろした。
スマホと文庫本を出し、メガネをかけた。

そのとたんにメガネのフレームがはずれた。
そういえば何度かネジがはずれたことがある。
だが、私にははずれたネジを探すことすらできない。
メガネがないからだ。
仮にネジが見つかったとしても、それをネジ穴に入れることはできない。

たしか車に、サングラスなどに取り付けるタイプの老眼鏡があったはずだ。
車に戻って、その老眼鏡とそれを取り付けるためのUVカットの伊達メガネを持ってきた。
メガネをかけて本を見る。
おお、見える。
ただ、レンズが二枚になると汚れも二倍だ。

それよりなにより、この木陰は何なにも涼しくないではないか。
いや、日向よりは涼しいに決まっているのだが、全く汗が止まらない。
カラスがギャーギャー鳴いているが、私が行き倒れたら食おうと思っているのではないか。
こんなところにいられるか。

近くのショッピングセンターに避難した。
確かに涼しいのだが、いる場所がない。
インフォメーション前のベンチに座り、カキ氷でも食べようか、
マッサージでも受けようか、と迷っていたらケータイが鳴った。

診察の予約時間を50分も過ぎている。
どうやら診察が終わってから電話をかけてようだ。
おそらくそうなると思っていた。

この後買い物に行き、実家でお昼を食べてから家に帰り、
夕方から庭の草取り、畑の水遣りなどをするという過酷な一日。
『灼熱ギラギンドさまよえる男』の中ほどでございます。






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あのベンチは木陰になってないぞ