ニュースを観ていて思った。
今の新幹線ってあんな形なんだなあって。
私にとっての新幹線って、いつまでたってもひかり号だ。
先頭に満月お月さんがあって、窓のところが青いライン。
びゅわーんと時速250キロで走るやつ。
それが今ではバターを塗るヘラみたいな形になっている。
どんどんスピードアップを図り、空気抵抗を減らしていったのだ。
この空気抵抗ってやつは変な言葉だ。
ずっとあったはずなのに、減ったとか無くなったとか言われて初めて使われる。
つまり、空気抵抗の存在意義は、存在が薄くなったときにわかるのだ。
同じように、有るときは気づかれず、ないときに「無いぞ」と言われるものに、
『節操』がある。
今、「節操がある」と書いたが、普通『節操』という言葉を使うときは、
「節操がない」という場合にのみ使われる。
こういう言葉に気付いた時、いつも考えてしまうことがある。
『ミスター節操』と呼ばれる人は、節操があるのかないのか。
先ほども述べたように、節操は無いときだけ話題になる。
すごく節操がある人がいたとしても、そんな人は常識人だ。
だからと言って節操がないのに、ミスター節操、もおかしい。
えい、ややこしい。
私は方法を誤った。
目に見えない節操なんかより、形でわかりやすい空気抵抗で例えればよかった。
考えるのはめんどくさいので、上のセンテンスの節操を空気抵抗に置き換えよう。
こういう言葉に気付いた時、いつも考えてしまうことがある。
『ミスター空気抵抗』と呼ばれる人は、空気抵抗があるのかないのか。
先ほども述べたように、空気抵抗は無いときだけ話題になる。
すごく空気抵抗がある人がいたとしても、そんな人は常識人だ。
だからと言って空気抵抗がないのに、ミスター空気抵抗、もおかしい。
さて、ここまで書いて別の抵抗を受ける可能性に気付いた。
「なんでミスターばかり語るのよ。そんなの男尊女卑よ!」
と怒る人がいるかもしれない。
でも、ミスターとミスでは意味合いが大きく違うのだ。
ミスターとは何かに秀でた人を周りがなんとなくそう呼び始める。
それに比べて、ミスは立候補し、審査の上で決定されなければそう呼ばれない。
だからミスター節操やミスター空気抵抗はどんな人かわからないが、
ミス節操もミス空気抵抗も、美人であることが条件になっているのだ。
ああ、またたわいのない話をかいてしまった。
そういえば、たわいもないときだけ語られる。
「ミスたわい」って「ミスターY」みたいだな。
どっちも知らんけど。

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