2014年11月

ここでは、2014年11月 に関する情報を紹介しています。
一時、高騰していた野菜の値段も落ち着いてきたようだ。
というか、冬野菜が旬になってきたのだ。
野菜が高いと言うのは、年がら年中どんな野菜もあって当たり前と思っているからだ。

昨日、地元の直産市でいくつかの野菜を買った。
ダイコンもキャベツもハクサイもホウレンソウも100円ぐらいだ。
ありがたいと思いながらイマイチ納得がいかない。
ダイコン、キャベツ、ハクサイとホウレンソウの重量が違いすぎるのだ。

あの野菜が高値だった時、キャベツもホウレンソウも300円近くしていた。
私はその時からこう思っていた。
キャベツが安すぎるのだと。
キャベツは常に300円ぐらいでもおかしくないのだと。

ホウレンソウは茹でるとちょっとになってしまう。
隙間だらけだったのが、湯を通るとぴっちりくっついて本当の量がわかるのだ。
それに引きかえ、キャベツは最初がぴっちりしている。
葉を一枚ずつはがして刻んだらふんわりする分量が増えて感じる。
一旦増えたら炒めてもそんなに量は減らない。

これらにどれほどの栄養があるのかは私は知らない。
しかし、お腹が膨れる度合いを考えたら、
キャベツはホウレンソウの10倍と考えてもおかしくないはずだ。
キャベツ一個買ったらいったい何日食べられることだろう。


私とちづるの二人が食べるなら、キャベツの葉は3枚もあればいい。
サラダでも野菜炒めでも、そのぐらいで十分だ。
昨日3枚、今日3枚、明日3枚と食べていって、
小さくなってきたら半割にして刻む。

この半割にするタイミングが難しい。
ありがたき野菜の王様キャベツの唯一のストレスだ。
冷蔵庫から出してきてキャベツをまな板に乗せる。
するとムラムラと半割にしたい気持ちが湧き上がってくる。

あああ、割りたい、切りたい。
できるなら菜切り包丁を上段に振りかぶって、ずんばらりと真っ二つにしてみたい。
でも、まだなのだ。
このサイズなら3枚剥いて使わねばならない。

剥いたキャベツの葉は案外切りにくいのだ。
芯のところが細かくしたいのにそうなりにくいのだ。
立体的なカーブがうまく納まらないのだ。
無理に押さえるとパキパキ割れてしまうのだ。

半割にするかしないかは私のさじ加減だ。
しかし貧乏性の私はついつい剥いて使いたくなる。
何か明確な境目を表示してもらいたい。

スーパーのレジでもらったレシートが赤い時がある。
あれはレシートの元紙のロールがそろそろ終わりという印だ。
キャベツもそうできないか。
半割にしていいサイズのところに赤い葉が一枚。
農業、品種改良のヒントを与えたぞ!






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刃こぼれするよ
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あたた…たたかい。
もう12月になろうというのに、かろうじて長袖を着ているぐらいだ。
これも暖冬ってやつなのだろうか。

もちろん気温も高いのだろうが、どうやら新しい職場の環境がいいらしい。
本社は森の中にあって寒いので、配達チームはこちらに来ると暖かいと言う。
おそらく、店舗が大きくガラス張りになっているので、温室効果があるのだろう。
私のいる倉庫から事務所に入るとほんのり暖気を感じるのだが、
まだ一切暖房はつけていないのだそうだ。


この冬場の暖かいと言うのが曲者だ。
暖かいと言っても夏とは違う。
うかつに裸になったりするとすぐ風邪をひいてしまう。
冬の暖かいは「冬にしては暖かい」なのだ。

だから、昼休みに寝ると寒い。
弁当はホット、そこに汁物とお茶を摂るが、
20分弱の睡眠のあとはうすら寒い感じがある。
そんな時はすぐ表に出ていき、ひなたぼっこをするのだ。
いつまで昼休みなのか。


とりあえず、私の秘密の小部屋にもストーブを用意した。
数年前に1500円で買った、驚くほど軽い電気ストーブだ。
貴重なコンセントにスイッチ付三又ソケットを取り付け、
延長コードでマイルームのイスの右側にセットした。

しかし、電気ストーブで倉庫全体が温まるはずがない。
暖まるのは私の右足ふくらはぎの外側だけだ。
この状況で食事をし、読書をし、昼寝をする。

食事の間はただひたすら右足ふくらはぎの外側を温める。
読書になったら足を組む。
私の足は組むにはいろいろ難があるのだが、無理やり組む。
もちろん、右足が上になる。

すると、暖まった右足ふくらはぎが、暖房から最も遠い、左足外側ヒザ付近にくる。
しかも、右足がどくことにより、左足ふくらはぎ内側も温まる。
もちろん、距離が遠い分右足ふくらはぎの外側ほどは温まらない。
でもこれで左足は左右からほんのり温められる。

やがて右足ふくらはぎの外側が冷えてくると元の体勢に戻る。
そして右足ふくらはぎの外側をガンガン焼くのだ。
ときどき焼きすぎて、足を組んだとたんにズボンと足が密着し、
「あちー!」となるけど、「さぶー!」よりはましなのだ。

こうして暖を取り、私は昼休みを乗り切っている。
ただ、あまりにも左右のバランスが悪い。
熱くなる右足、ほんのり暖かい左足。
足を組むときは、必ず右足が上。
なので昼休み明けには必ず疲れているのだ。





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足は大丈夫か
現代日本人は放っておくと肩より上に手を上げないらしい。
それで筋肉が弱るのか骨が固まるのか、四十肩五十肩なんて症状が起こるのだ。
上司Tがそれでとてもつらい思いをしてたのは見てたので、
私はなるべくラジオ体操なんかをして、肩の健康を保ちたいと思っている。

一般の生活でさえこんなことなのだから、スポーツ選手はなおさらだ。
その競技特有のポーズがあるから、練習に練習を重ね、そのポーズに体を馴染ませる。
格闘技などは特にけがに直結するので独特の練習がある。
相撲の四股、レスリングのブリッジ、柔道の受け身、
これらはすべてその競技の基本だと言われる。


何でそんなことを言いだしたかというと、新聞のスポーツ欄を見たからだ。
私はほとんどのスポーツに興味がない。
新聞を読むときも、スポーツ欄は素通りだ。
ただ、めくっていくときに、はた、と手が止まる時がある。
ビックリするような写真がたまに掲載されているのだ。

それを見つけたわけではない。
ふと目の端に入ってきたのを、脳が「なんじゃこりゃ」と判断して、
手の動きをストップさせ、二度見させるのだ。

考えてみればスポーツは妙な格好をする。
スキーのジャンプやフェンシングの突き、
背泳のバサロスタートに体操の跳馬の走り方。
ちょっと普通では考えられないポーズだ。

私が今までで一番びっくりした写真は、
女子体操の平均台での前後開脚ジャンプを真正面から撮ったものだ。
それが目の端に入った段階では、人体がどうなっているのか見当もつかない。
先日、鯛が泳いでいるシーンを真正面から見て、その写真を思い出した。

是非、新聞のスポーツ欄の写真に注目してもらいたい。
その一瞬を切り取った写真はとても変だ。
サッカーのヘディングでも、野球の捕球シーンでも、ラグビーのタックルでも、
ともかく変な格好をしているから。

それだけではない。
見た目の美しい競技というのがある。
その競技のメインシーンでも妙な写真になる。
フィギュアスケートや新体操でも、スポーツ新聞では奇異なものになっている。
ポーズが美しいときは絶対に変な顔をしている。


これはもはや、スポーツがヘンな格好をしているのではなくて、
新聞記者がヘンな写真を選んでいるとしか思えない。
スポーツにおける決定的瞬間なんてめったに撮れない。
実際、競技中に絵になる一瞬が起こるとも限らないのだ。

だからやつらは、自分たちが撮った写真の中で一番ウケるのを選んでいるに違いない。
なんて悪い奴らだ。
そんなカメラマンという職業も、かなり妙な恰好をするではないか。
カメラマン写真家がいたら、かなり笑える写真を撮るはずだ。
四十肩になればいいのに。





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運動不足だろう
まったくもったいないことをした。
珍しく上天気の三連休だったのに、干し柿を作るのを忘れていた。
連休最終日の夕方に思い出したのだが、
天気予報を観ると、翌日から雨だなんていじわるを言う。
雨が降る始めてから柿を干すなんて、近所の人に笑われる。

で、二日間の雨をやり過ごし、昨日帰宅してから柿を干した。
今日からは晴れの予報だ。
これを逃しては柿食えぬ。


まずは袋の柿をぶちまける。
数えたら29個あった。
まずは皮むきからだ。

この柿はちょっと細長いタイプ、通称筆柿だ。
ヘタの下、柿の肩に当たる部分を果物ナイフでくるりと一周剥く。
そのあとは縦にナイフを使って裸にする。
我ながら中々の腕前だ。

それにしても、柿というのは見た目では甘いか渋いかわからない。
剥いているうちに、本当にこれが渋柿なのか疑いを持ち始めた。
これをくれたやつが、疑いを持たれるようなやつなのだ。
干し柿にするのなら断然渋柿だが、
もしこれが甘いのなら、こんな面倒な作業は必要ない。

剥いた皮を舐めてみた。
ぶべー!
むやみに人を疑うものではない。
そして、渋柿は舐めてみるものではない。
途端に口の中がシワシワになってしまった。
渋柿の能力たるや、苦虫にも匹敵する。

26個の柿を剥き、ベランダの干し物ネットに入れて吊るした。
本当はヘタに紐をつけてぶら下げるのだろうが、都合のいい紐がない。
ヘタのないのもあるし、串もない。
仕方ないので、去年大根を干した干しネットで干すことにしたのだ。


さて、柿の数が合わないことに気付いただろうか。
もらってから数日置いておいたからだろうか、
三個の柿が柔らかくなっていた。
俗にいう『熟柿(ずくし)』だ。

渋柿の熟柿はとても甘い。
あのぶよぶよの柿が苦手な人もいるようだが、私は好きだ。
皮をつまんで引っ張るとべろりと向けてちぎれた。
それを舐めてみる。
あまーーーい。

ペロリと一個食べてしまった。
あとの二個はまだ完全な熟柿にはなっていないようだ。
もうちょっと保存しよう。

が、食べた柿も、完全な熟柿にはなりきっていなかったようだ。
あとから口の中がシワシワシワシワ…





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髪の栄養になるか
うぎゃー!
パソコンなんて大嫌い!

なんでもできますよ的なうたい文句でドバドバ売っておきながら、
説明書はない、勝手に仕様は変わる、
そして何にも思ったことができない。
白いパソコン買ったから“冬のライチョウ”と名付けようと思ってたのに、
これでは“サギ”ではないか。

昨夜、久しぶりにパソコンとプリンターを接続する必要があった。
プリンターは私の部屋のパソコン机に、パソコンと並んで置いてある。
線だけ繋げばOKだ。

と思っていた。
が、いざ繋いでみると画面には、
「新しいデバイスがなんたらかんたら」
などと出てくる。

そうだ、しまった。
いつもプリンターと繋いでいたのは、
一階の和室のコタツに置いてある、ひとつ古い方のパソコンだった。

ここで私は考えた。
一階と二階をパソコンを持って往復するのと、
新しいパソコンにプリンターをインストールするのとどっちが楽か。
考えはすぐにまとまって、プリンターに付いてきたCDを掘り出してきた。

それをパソコンに入れて動きを見ていて気が付いた。
このプリンターは新しい方のパソコンのWindowsには対応されていない。
ここで、ウギャーと叫んで、二階と一階のパソコンを入れ替える。
毎年の恒例行事だ。
なので今朝から和室でブログの更新をしている。


スマホも嫌いだ。
「アイチューンで、どんな音楽でもラクラク購入できるっちゅーん」
なんて売り文句で人を誘惑しておいて、なんだあのシステムは!

そうだ、松任谷由実の『真夏の夜の夢』を購入しようと思った私。
「まつとう…」ぐらいまで入力したらもう検索できる。
なんと、新しい曲なら250円ぐらいするところ、
古い曲だからだろうか、なんと150円になっているではないか。
ウキウキして購入した。

オルゴールバージョンだった。

『松任谷由実 真夏の夜の夢』ときっちり入れて検索した。
やっぱり250円だ。
こんな大御所のヒット曲が150円のはずがないではないか。
柳ジョージの曲が200円で売ってたからだまされてしまった。

購入した。
ジャズバージョンだった。

この2曲、寝るときに聴いている。





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ちゃぶ台置いててよかった
よい気持ち





よい気持ち





まだよい気持ち




寝る前にふとん直したり、薬塗ったり忙しいから、タイマーセットを忘れるのよ。
朝の仮眠時間に書いてます。






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『かんよう植物』は『観用植物』ではなく『観葉植物』と書く。
観るための植物と思ってしまうが、葉を観る植物ってことだ。
このネーミングは「花は咲かないよ」ってことなのかもしれないが、
どちらにせよ、観るための植物であることに変わりはない。

お店のオープンでいただいたたくさんの観葉植物。
今でも入り口やコーナーにいくつか飾ってある。
「葉を観る」植物だが、じっと見つめるものというよりは、
景色の一部として、ちょっとしたアクセントになるという感じだろうか。


さて、お店が完成してひと月を過ぎたころ、堅苦しい男女がやってきた。
お役所が、検査だか監査だか調査だかに派遣してきたのだ。
この人たちの仕事は建物を値踏みすることだ。
新しい建物を褒めることもなく、蛍光灯の数なんかを数えていく。

この人たちは、何も観ない。
機械的に“見て”いくのだ。
この「機械的」という言葉はなんだか恐ろしい。
人という感情のある生命体が、わざわざその部分を排して冷徹に分析する。


さて、この人たちの目に観葉植物は入っただろうか。
もちろん、観葉植物はこの人たちの調査の対象ではないだろう。
だが、観葉植物の側は、景色として人の目に入るのが仕事だ。

目に入ったとしよう。
そこで何が起こったか。
彼らは、観るための植物を機械的に見たのだ。

ようく考えてもらいたい。
観られるために存在するものを機械的に見る。
こんな無為なことがほかにあるだろうか。
観られる側の空虚感、見る側にとっての不要データ。


こんなことに勝手に哀愁を感じていたら、ふと自分のことが気になった。
私は何用人間で何的に生きているのだろう。

私は楽しみ用人間だ。
小学生みたいな答えだが、楽しむために存在する。
だったら仕事なんかしないのが本当なのだろうが、
やれあそこが片付いただの、あの仕事がうまくいっただのはやっぱり楽しいのだ。
それに、仕事をしていなかったら、SちゃんやYちゃんには出会っていない。

で、私はテッテイ的に生きている。
○○的で思い出したのがテッテイ的だっただけだ。
そんな哲学的なことは考えてないのだ。

ただ一つ言っておこう。
私はヨンホンゲの肥料用で、育成ポット的に生きているわけではないのだ。






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むぎゅ
タカダマルボーズ隊員さん主催の『ウェブグループ展』に参加させてもらいました。
お題は『普段着の私』
というわけで、これが普段着の私です。



リアル


首がいがんでいるのは猫背だと思ってね

今の季節はジャージに綿入れハンテンが定番。
寒くなりましたからねえ。
早朝や夜、寒いと家でもニット帽かぶってます。
これでも寒いと布をまとってます。

でも靴下はかない。
靴下って『穿く』?『履く』?

ジャージはいつも黒だなあ。
「そろそろ洗濯しろ」と言われるまでいつまででも着ています。
でも洗濯するのはちづるね。
洗い物は自分で洗濯カゴに入れるルール。

あとそうそう、仕事で長めのタオルを持っていくんだけど、
それをそのまま首に巻いてることがありんす。
民族系のマフラー、ストールなんかを羽織ることもありんす。


おーい、もう書くことがなくなっちゃったよー
地味ですいません。





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あれは照れるわな
先日、牡蠣を大量にいただいた話を書いた。
その三日後、今度は柿をたくさんいただいた。
その柿を一個しか食べてないうちに、また柿をいただいた。
今度は渋柿で、私なら干し柿を作るだろうと思ったそうだ。

カキ、カキ、カキとやってきて、
次には誰かが火器でもくれるのではないかと思っていたが、
考えてみたら、その前からもらい物に『か』で始まるものが多いことに気付いた。
ここにもネタとして使っている。

まずは、開店オープンでお祝いにいただいた観葉植物。
ちづるの会社にも持って行ったが、
蘭も混ぜたらウチにやってきたのは6鉢だ。
実際、置き場に困っている。

そのうちの一本の根元には、カメが冬眠している。
これはもらったわけではないが、本人が自らやってきたのだ。
これがいまだに不思議でならない。
あの小さなカメからしたら、どんな長旅だっただろうか。

そして、今でも少しずつ持って帰っているトイレットペーパー。
もちろん『紙』だ。
会社で扱っているのだから紙が豊富なのは当然なのだが、
やはり引っ越しという状況が処分品を大量に作り出した。

お祝い関連ではあちこちから『菓子』もいただいた。
引っ越し前にあった『おやつシステム』はなくなったのだが、
その分女子が持ち寄るようになって、ほとんど毎日何かが回ってくる。


さて、これらを全部並べてみよう。
観葉植物、カメ、カミ、カシ、カキ、カキ、カキ。
実はこの続きがある。
いつどこで誰からもらったのかわからない、
カゼ、そう『風邪』だ。

とりあえず今は熱だとか頭痛だとかの症状はない。
ちょっと鼻がクスクスいうのと、のどが痛いだけだ。
ここで抑えておくために、寝る前にはショウガ湯で葛根湯を飲み、
ヴィックス・ヴェポラッヴを塗ってマスクとのどタオルで寝ている。

でも今日は、母を買い物に連れていかなくてはならない。
干し柿をするのに『柿剥き』もしたい。
それに夜はカラオケの予定が入っている。

そして、今月は『カ』で始まる大仕事があるというのに~





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なにかしでかしたのか
職場のトイレは外にある。
お客さんが利用することがあるからだ。
裏口を出たらすぐそこがトイレだ。
まさにドアtoドア。
お客さんは外から回るので顔を合わせることはない。

裏口からトイレのドアまでが徒歩二歩だとしても、
その間に外の景色を見ることになる。
ウチの敷地の向こうは2メートルほど下にドブが流れている。
その間に少し敷地がある。
法律で境界線と建物の距離をどれだけか離さなければならないと決まっているのだ。

建物からドブまで3メートルぐらいだろうか。
舗装がしてあるわけではないが、土という感じでもない。
小砂利を押し固めたような、味もそっけもない荒涼たる庭だ。
そんなところでも雑草は生える。

私は知っている。
雑草はどんなところでも生える。
それを放置するとあっという間に茂る。
そうなったらもう取り返しがつかない。
この地面に根を張られたら、引っこ抜くことは不可能だ。


だから私はトイレに行くたびに、草の状況を観察する。
よく見ると小さな雑草があちこちに小さな芽を出している。
私にはおなじみの草たちだ。

豆の花が咲くやつ。
種がはじけるやつ。
地面の中でつながっているやつ。
地面の上に広がってつまみにくいやつ。

今なら間にあう。
トイレに出た時、ほんの2~3分でも草を取ろう。
そんなわけで、目を凝らして毎回数本の草を取っている。
小さいうちの草ならそのまま風に吹き飛ばしてもらえばいい。
これが大きくなったら、ゴミとして処理しなければならなくなる。

一度勢いに乗って、建物の側面に回ってみた。
こちらは幅が1メートルもない。
室外機やプロパンガスが設置されているだけだ。
でもこちらにも草は生えている。
ときどきは見回りをしなければならない。

全部取る必要はない。
本当はある程度育った方が抜きやすいのだ。
それに毎日取れるのだから、神経質になることはない。
毎日少しづつ、が草を繁茂させない秘訣だ。


こんなプチ草取りをして、職場に戻る。
ドアを開けたら、事務所の女の子が伝票を持って私を待っていることがある。
違う!
大きい方じゃない!





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大物だった
私の持論では、食べ物以外は腐らないことになっている。
仮に腐ってもなんの問題もない。
腐ったものはおなかに入れなければOKなのだ。

が、最近その持論の賞味期限が切れたようだ。
あれはちょっと怪しい気がする。


私は仕事の関係で手がよく荒れる。
紙が手の脂分を取っていくし、日に何回も手を洗うのだ。
手の甲はカサカサになり、指先はビチビチアカギレが切れる。

そんな私に、上司Tがハンドクリームを持ってきてくれた。
奥さんがそういうものを扱っているらしい。
それが私の職場に4本もある。
私の記憶では、おそらく5年ぐらい前からある。

手の甲がガサガサしてきたような気がしたので、それを塗ってみた。
指先や手の内側に塗ると商品に着いてしまうので、
甲同士をこすり合わせてハンドクリームを擦り込む。


で、なぜかその匂いを嗅いでみた。
これがなんか臭いのだ。
なんというか、うすらギンナンチックな匂いがする。
これって、こんな匂いのものだっただろうか。

やっぱり、長い間放置しすぎて腐敗してしまったのか。
あるいは、擦り合わせるときの摩擦熱で変質してしまったのか。
引っ越しの際の振動でどうにかなってしまったのか。

いや、醸造発酵されて品質に粘りが出てきたのか。
毎日私の鼻歌を聴かせてきたので、何かの成分が活性化したのか。
ひょっとして、誰かがこっそり何かを入れたのか。

ハンドクリームが臭いのではなく、その容器が臭くなっているのか。
あっ、私の手が臭いのか。
職場が臭いのか。
私の鼻の穴が臭いのか。
鼻毛が臭いのか。

ハンドクリームを塗って臭かったという記憶を宇宙人に植えつけられたのではないか。
ハンドクリームを塗って臭がりたいという、憧れがあるのではないか。
ハンドクリームを塗って臭い思いをするという呪いをかけらたのか。

まさかとは思うが、ホントは臭くないのか。
古いから腐ってるんじゃないかという疑念が鼻に影響を与えているのか。
昨日の記憶がよみがえり、別のものの匂いを思い出しているのか。

実はハンドクリームじゃないのではないか。
上司Tが間違えて持ってきたのではないのか。
私の記憶が勝手にハンドクリームだと思っているだけではないのか。
実はレッグクリームで、使ってるうちに足の匂いが移ってしまったのではないか。

反動クリームなのか。
判読リームか。
ランドクルーザーだったのか。

もうやめてもいいだろうか。





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解散だー
気持ちは交互にやってくる。
フライパンは鉄製に限る。
でもやっぱりくっつかないのが楽でいい。
油を敷いてくっつかなくするのが醍醐味だ。
とはいえ朝は簡単な道具がありがたい。

そんなことをずっと繰り返し、今の私は中華鍋期だ。
使った中華鍋はササラで洗い、空焼きをして油を敷く。
それを何度も繰り返して、ようやくいい感じになってきたところだ。
ちなみに、以前使っていた大小の鉄製フライパンは眠らせてある。
安物のなんとか加工のフライパンはすぐダメになるが、鉄は強い。


先日、牡蠣をいただいた。
殻つきで発泡スチロールの箱一杯。
数えたら31個あった。
うれしくてちづると二人でどんたた踊った。

しかし、私には生ガキを30個も剥く技術がない。
ここは加熱してふたを開けさせるべきだろう。
以前、牡蠣でティファールのフライパンをパーにしたことがあった。
こんな時こそ中華鍋だ。
鉄の力だ。

丁寧に中華鍋に牡蠣を並べる。
それでも半分も入らない。とりあえず蓋をして加熱だ。
空焼きにするとよくない気がして酒を入れて蒸し焼き風にしてみた。

腹減った。
なかなかふたが開いてこない。
4個ぐらいで電子レンジで4分ぐらいと聞いていた。
とりあえず、ふたが開くぐらいレンジをしたら身が取り出せるのではないか。

これがなかなかの成功だった。
レンジから出して身を外しながら次のをレンジで加熱する。
蒸し焼き分も無理やりふたをこじ開けて身を取った。
中華なべの底は貝の汁が焦げ付いている。
これを洗い、濾した貝汁で牡蠣の身を煮ることにした。

海水が混じっていたのか少し辛かったが、一日で完食だ。
その牡蠣が全部私の栄養になった翌朝、えらいことに気が付いた。
中華鍋に牡蠣を煮た汁が残ったままになっているではないか。

鉄と塩水は水と油だ。
えいややこしい。
ともかくこれではすぐに錆びてしまう。
これをガシガシ洗い、空焼きし、油を敷いた。


朝食後、食器を台所に持って行ったちづるが素っ頓狂な声をあげた。
「コンロの火が着いとる!」
なにい!
しかも強火のままだ。
いつもは人を止めてから油を敷くのだが、慌ててて火を消すのを忘れてた。

油が煮えたぎったのかそこにネットリしたものがダマになっている。
美しかった中華なべの底に妙な柄ができてしまった。
それもともかく、家中が煙臭くなってしまってちづるが怒っている。
その翌日、私はボールペンを差したままの作業着を洗濯カゴに入れてしまうのだ。





↑土曜日にくれたら日曜に炭で焼けたのにクリックしてね。






歯車か?
私は今とても憤り、かつ困惑している。
何にって、統一感のとれていないアンバランスな現代日本にだ。
どうしてレバー式の蛇口には二種類あるのだ。

レバー式の蛇口はとても便利だ。
手が汚れているときに、手の甲でも手首でも親指の付け根でも、
汚染から免れている部分で水を出したり止めたりすることができる。

たとえば、魚をさばいているときに、手を洗いたくなって、
それが指を使って回さなければならない蛇口だったとしたら、
まず蛇口そのものが汚れ、手を洗った後、水を止めるときにまた手が汚れる。
そうして何もかもが生臭くなってしまうのだ。
レバー式はその難点を一気に解消してくれた。


なのになぜ、開発された時に統一してくれなかったのか。
我が家ではレバーを下げると水が出て、上げると止まる。
会社では、その逆なのだ。
簡単であるからこそ、ほとんど考えずに使っている。
もはや体に浸み込んでいるのだ。

朝、出勤するとまず電気ポットでお湯を沸かす。
これを保温マグに入れておき、コーヒーなんかを飲みたくなったら使うのだ。
だからポットに水を入れるとき、この保温マグで水の量を計る。
そうすれば無駄がない。

さて、わが社の経営はどうか知らないが、水道の方はとても勢いがある。
キュッとやるとドバーっと水が出る。
だから、小さな保温マグに水を入れるときは、レバーを中間ぐらいにする。
トロトロと水を出し、ちょうど一杯になった時水を止める。

この時にレバー問題が具現化するのだ。
今だ! と思って水を止めたつもりが、家とレバーが逆だから全開にしてしまう。
ドバー、ギャー、となる。
今のところ、朝のドバギャー率は98%ぐらいだ。
すでにこうすることが習慣化していると言ってもいい。

やり直してマグ一杯の水をポットに入れて沸かし、再びマグに注いで保存する。
午前中にはコーヒーは一杯ぐらいしか飲まない。
するとお湯が半分ぐらい残る。
お昼前にはこれに水を足して、またマグいっぱい分のお湯を沸かす。

このお湯で、ミニラーメンや味噌汁を作ってお昼にいただく。
残ったお湯で器をすすぐ。
お分かりだろうが、お昼前にもドバギャーは行われる。
朝よりは頭がすっきりしているので、その率は94%ぐらいだ。

すすいだ器だが、やはりもう一度洗う。
全開で洗うと水が飛び散るので、半開で洗う。
で、そのあとで全開にしてしまう。
あの器というもののカーブは、見事に水をズボンにまき散らすのだ。

もちろん朝のコーヒーのあとも、ドバギャーになる。
しかし、器を洗う時はマグに水を入れる時よりはドバギャー率が低い。
88%ぐらいだろうか。

この率でだいたい見当はつくだろうが、
引っ越して一ヵ月、一日で一回もドバギャーにならなかった日はまだない。






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ちべたい
会社の引っ越しはいよいよ最終段階に入り、
もはや商品の破片を運んでいるような段階になった。
もちろん、いらないものもたくさんある。
でも、古い倉庫は空けなければならないので、
どんどん物の移動は続くのだ。

で、いらないものは我々がいただける。
もう持ってってちょうだい、と言われるのだ。
社員みんながまず目を付けたのがスチール製の棚だ。
必要なものは新店舗に引っ越したが、残りは分解して本社に保存することになる。
欲しい人がいたら、どうぞご自由に、という状態だ。

開店祝いの植物もいただいた。
みんな育てるのが苦手ということで、たくさんウチに回ってきた。
たしかもらったのが、蘭が2鉢と観葉植物が4鉢。
そのうち一つはカメ付だ。
ちづるの会社と我が家で半分ずつしている。


いよいよ商品からも不用品が出始めた。
「欲しかったら持って行ってね」
と言われている。
なので少しずつ家に持ち帰っている。

一番ちづるが喜んだのが、トイレットペーパーだ。
なにしろ生活必需品の筆頭。
これがおよそ100個ある。

トイレットペーパーなんて会社のトイレで使えばいいじゃないか。
と思うのではないだろうか。
もちろんそうなのだが、今使っているのは売り物だ。
開封した百個入りの箱はジャマなのだ。
そんなわけで、私が4個ずつカバンに入れて持ち帰っている。

セロテープもいらないのが出た。
ちょっと色が焼けてしまったやつだ。
10本巻が10個ほどある。
実家がセロテープを買いたいと言うので止めて、それをやった。
そしたらそんなにいらんと言われた。

ビニール袋にもいらないのがある。
見本に少しもらってきたらちづるが狂喜した。
なんでも、衣類のリサイクルコーナーができたのだが、
ひもで縛るのではなく、袋に入れなければならないらしい。

いらないものを出すのに袋を買うのはバカらしい。
そこへ現れた救世主のような袋だ。
これが段ボールいっぱいある。


まだまだこれからも不用品が続出の予定だ。
封筒とかビニールひもとか手提げ袋とか包装紙とか、
ともかく処分したいものがいっぱいなのだ。
という、自慢話なのであった。





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しかも毛質が悪い
ニュースを観ていて思った。
今の新幹線ってあんな形なんだなあって。
私にとっての新幹線って、いつまでたってもひかり号だ。
先頭に満月お月さんがあって、窓のところが青いライン。
びゅわーんと時速250キロで走るやつ。

それが今ではバターを塗るヘラみたいな形になっている。
どんどんスピードアップを図り、空気抵抗を減らしていったのだ。
この空気抵抗ってやつは変な言葉だ。
ずっとあったはずなのに、減ったとか無くなったとか言われて初めて使われる。
つまり、空気抵抗の存在意義は、存在が薄くなったときにわかるのだ。

同じように、有るときは気づかれず、ないときに「無いぞ」と言われるものに、
『節操』がある。
今、「節操がある」と書いたが、普通『節操』という言葉を使うときは、
「節操がない」という場合にのみ使われる。


こういう言葉に気付いた時、いつも考えてしまうことがある。
『ミスター節操』と呼ばれる人は、節操があるのかないのか。
先ほども述べたように、節操は無いときだけ話題になる。
すごく節操がある人がいたとしても、そんな人は常識人だ。
だからと言って節操がないのに、ミスター節操、もおかしい。

えい、ややこしい。
私は方法を誤った。
目に見えない節操なんかより、形でわかりやすい空気抵抗で例えればよかった。
考えるのはめんどくさいので、上のセンテンスの節操を空気抵抗に置き換えよう。

こういう言葉に気付いた時、いつも考えてしまうことがある。
『ミスター空気抵抗』と呼ばれる人は、空気抵抗があるのかないのか。
先ほども述べたように、空気抵抗は無いときだけ話題になる。
すごく空気抵抗がある人がいたとしても、そんな人は常識人だ。
だからと言って空気抵抗がないのに、ミスター空気抵抗、もおかしい。


さて、ここまで書いて別の抵抗を受ける可能性に気付いた。
「なんでミスターばかり語るのよ。そんなの男尊女卑よ!」
と怒る人がいるかもしれない。

でも、ミスターとミスでは意味合いが大きく違うのだ。
ミスターとは何かに秀でた人を周りがなんとなくそう呼び始める。
それに比べて、ミスは立候補し、審査の上で決定されなければそう呼ばれない。
だからミスター節操やミスター空気抵抗はどんな人かわからないが、
ミス節操もミス空気抵抗も、美人であることが条件になっているのだ。


ああ、またたわいのない話をかいてしまった。
そういえば、たわいもないときだけ語られる。
「ミスたわい」って「ミスターY」みたいだな。
どっちも知らんけど。






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s-141116misuta.png
いくら私が倉庫の奥の棚の隙間の荷物の陰でモガモガ過ごしていると言っても、
そこはやっぱり客商売、
店舗近くにお日様を求めて出ていって、
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
とニコニコしながら言うこともある。

お客様の側からしてみれば、女子ばっかりの華やいだお店と思いきや、
前掛けをして頭に布を巻いた、トータルコーディネートが軍事色の、
なんのためにここにいるのかわからない男に声をかけられたらびっくりするだろう。
しかし挨拶は人間関係の基本。
こちらからは積極的に行うのが当然だ。


この挨拶にお客さんの反応は様々だ。
「いらっしゃいませ」に対して「こんにちは」と返事をしてくれる人。
軽く会釈を返してくれる人。
まったくの無視をする人。

無視をされても不満があるわけではない。
たとえばホームセンターなどですれ違う店員さんが、
「いらっしゃいませ」と挨拶をしてくれるが、それにいちいち反応はしていられない。
大抵の人がスルーしてしまうのではないだろうか。

そもそも「いらっしゃいませ」には返事がしにくい。
「おはよう」には「おはよう」で、「こんにちは」には「こんにちは」で返せるが、
「いらっしゃいませ」に「いらっしゃいませ」と答えたら、途端に不審者だ。

だからと言って、
「いらっしゃったよ」というのは間違っている気がする。
「うむ」なんてうなずいたら、王様と間違われてしまうだろう。
私なら間違う。


なので私は挨拶の返事があってもなくても気にはしていない。
ただ、その中間があることを発見した。
挨拶を返してくれるでもなく、まったくの無視でもない、不思議な反応。

商品を見るような感じでちょっと頭を下げたような気配。
口の片側の端っこの角度を2度ほど上げる。
眉間が微かに持ち上がる、などだ。
返事ではないのかもしれないが、微かながら合図が送られている感じがする。

そして、こういう反応をする人は、ほとんどが男性だ。
返事を返してくれる人、無視する人は男女とも同じ比率だが、
この微妙は動きは男の人特有のものだ。

先ほどホームセンターの店員さんの挨拶には答えていられないと言ったが、
実は私もこの微妙な態度をとってしまうタイプだ。
この時の心の中は、
「君の挨拶を無視するわけではないが、私とて、そうは反応してられないよ」
ぐらいのレベルだろうか。

あちらさんは、この気持ちをわかってくれているだろうか。
それとも、どんなタイプか分類しているのだろうか。





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はっきりしろい
引っ越し前の倉庫にはまだまだたくさんのモノがある。
ほとんどは本社に引き取られるものとゴミなのだが、
こちら、新店舗で必要な備品や商品も眠っている。
なので今だに、暇を見つけてはそれらを取りに行かなくてはならない。

警備保障のセンサーを解除し、シャッターの鍵を開けて中に入る。
およそ300坪に棚やら段ボールやら、あらゆるものが散乱して、まるで廃墟だ。
建物の一部は築数十年の木造で、何やらいわくがありそうで恐ろしい。
こんなところで一人でいると、おかしな事ばかり考えてしまう。


これがもし、ホラー映画だったら。

使えるものを探していて、ふと顔を上げると子供がいる。
「おい、どこから入った!」
逃げる子供、追いかける私。
「ちくしょう、どこにいきやがった」
ええいと、近くのがれきを蹴飛ばし、作業を再開しようとふりかえる。
するとそこには…
「あ、あ、あわわ…ぎゃー!」


これがもし、パニック映画だったら。

作業をしていると虫が一匹飛んでくる。
「うわっ、脅かしやがって」
それを叩き落とすと、また一匹。
そしてまた一匹。
どこからかざわざわと何かが這い回る気配がする。
「何の音だ? こっちか?」
向こう側で音がする古いドアを開けてみると、
「ひっ、ぎゃー!」


これがもし、サスペンス映画だったら。

「なんだ、誰かが侵入した形跡があるぞ」
散らかった食べ物、生活のゴミ。
ロープ、そして血痕?
おそるおそる、たどっていくと、その先に見える人の手。
人の気配に振り返ると、そこには鉈を振りかざした…
「ぎゃー!」


これがもしSF映画だったら。

なぜか暗い現場にスポットライトが。
突然現れた白い小柄な人影。
「誰だっ!」
「ワレワレハ」
「ぎゃー」


これがもし恋愛映画だったら。

振り返ると手にナイフを持った若い男が。
ぷす。
「ぎゃー!」

「きゃー、なんてことをしたの!」
「仕方がなかったんだ、おれは逃げる」
「待って、私も連れていって」


あんたはこういう役柄が似合う、とちづるに言われた。





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スタートできない
「先輩が『若いうちは貯金なんかしなくていい』って言ったから、
 ブランド物のバッグでも買ったろうかって思ってるの」

いつもの居酒屋の一番若いバイト“腹田へる子”は言う。。
先月はカラオケに行きすぎて、月末に70円しかないようになり、
食べ物が買えなくてダイエットできた、という無計画女だ。

もちろんおっさんどもはこんな考え方に反対だ。
スキンヘッド1号がこの甘い考えをたしなめた。

「あかんあかん、そんなもの売るときには二束三文やぞ」

「それなに?」

彼女は二束三文を知らないのだった。
算数だけでなく国語も苦手なのだ。

「ことわざ慣用句ってものを知らんか?」

「あー知っとる。『犬も歩けば棒に当たる』とか」

「そう」

「『猫に小判』とか」

「そう」

「『四捨五入』とか」

「ちがう」

彼女は算数と国語の区別もないようだ。

「難しいのも知っとるよ」

「なに?」

「えーとな、石を叩いて歩くやつ」

「それもいうなら『石橋を叩いて渡る』やろが」

「それそれ」

「意味を知っとるのか」

「えーとな、何年か待つといいことがあるって」

「お前『石の上にも三年』と混ざっとるやろ!」

「それそれ」

「じゃあ『石の上にも三年』の意味は?」

「えーとな、『待て』」

「犬か!」

この後「なんか“馬”の付くのも知っとる」と言い出して、
みんなが『馬の耳に念仏』とか『馬耳東風』とか言ったが全部違うと言い、
挙句は馬だったかどうかが怪しくなってきて、
「お前『馬も歩けば棒に当たる』と思っとったんと違うやろな」
とスキンヘッド2号がと問い詰めると、
「そうやったかもしれん」と言い出す始末。

こんな彼女だが、この店のバイトの中では一番の学歴を誇っているのだ。






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それが何なのか知りたい
ドキドキ





えいっ





ほっ





寝過ごしたのよ。




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お昼のメニューが大きく変わった。
おにぎりをやめてホットのごはんにした。
ランチジャーのごはん容器にごはんとおにぎりの具を入れていくのだ。
温かいし、握らなくていいので朝楽だ。

おにぎりよりはごはんが若干多いようだ。
なので魚肉ソーセージを廃止した。
そのかわり、汁ものを食べている。
せっかくポットまで用意して、コーヒーにしか使わないのではもったいない。
小っちゃなミニラーメンか、インスタントの味噌汁をいただく。


悩んだのはその容器だ。
今までの冬はマグカップだった。
ただ愛用していたマグカップを、去年の冬に割ってしまった。
家に代用品が無いかと探したらママ子さんの店の記念品があったので、
それを会社に持って行った。

これがあまりにも細くて小さい。
ちょっとコーヒーを飲むぐらいならいいのだが、
あの小さいミニラーメンですら四つに割っても入らない。
無理やり押し込むと木端微塵になってしまう。
これならベビースターラーメンでいい。

そんなわけでそれをやめて、キャンプ用のシェラカップを持って行った。
金属製で取っ手のついている奴だ。
これがちょっと大きすぎた。
ラーメンをしても味噌汁をしても、残り物にしかみえない。
収納にも不便だ。

そうだ、木のお椀があったはずだ。
チベット僧が箸とお椀と布だけを懐に入れている話を聞いて、
なんかカッコいいと思って買ったお椀だ。
チベット僧はそのお椀でおかゆを食べ、お茶ですすいで布で拭いて懐に入れる。
以前の台所のなかった会社ではステキな方法だ。

このお椀にはふたがなかった。
ラーメンをするにはふたが欲しい。
なので百円ショップを見に行った。

なかなかちょうどいいのが見当たらない。
小鍋のふたがあったが、鍋が百円で買えるのに、なぜふただけ買わねばならないか。
コルク製の大きめのコースターがあったが、これはなんか粉が出そうな気がする。
ちょうどお椀用ぐらいの和風のお盆があった。
でも、大きなお盆も百円かと思うと、わざわざ一番小さいのを買いたくない。

そうしてもがいている私を見て、ちづるが提案した。
「このふた付きスープマグってのを買ったらどう?」
ふた付きのスープマグ?
それはまさに私が求めているものではないか。
なんでふたと器を別々にそろえようとしていたのだ。

こうして、一週間に四度も器をリュックに入れて歩いた私であった。






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トケ井のはフタじゃない
朝が起きにくい季節だ。
5時20分に鳴る目覚ましでは起きられない。
5分おきに私を揺り起すスヌーズ機能があるが、
最近では「あと何回は大丈夫」などと考えてしまっている。

で、そうこうしているうちに何回かわからなくなって、
「よし、起きよう」と本格的にアラームを解除し、
ふと気づくと6時を過ぎている。
たぶん、アラームを解除してから6時までの間にめまいを起こしているのだろう。


こんなことなるのもふとんが悪い。
数日前の冷え込み予想で、重いふとんに替えたのだ。
重いふとんは重量級、おそらく柔道の選手だ。
私を縦横四方から抑え込む。

審判が「抑え込み」と宣言するのだから、動けなくても当然だ。
しかも相手は黒帯、私はパジャマだ。
時間が来て一本、私は動けない。

いかんいかん、起きなくては。


重いふとんは重量級、たぶんプロレスラーだ。
奴は私をフォールの体制に抑え込む。
レフェリーのカウントが入る、ワン、ツー…
私は手を伸ばしてロープに逃げる。
指先が触るのはスヌーズボタンだ。

再びフォール、ワン、ツー…
ロープでブレイク。
かろうじてカウントスリーは逃れている。
しかしこれは60分1本勝負だ。
60分寝ていたらえらいことだ。


なぜふとんから出られないかというと、ふとんの外が寒いからだ。
パジャマの上にジャージを羽織ってパソコンの前に座っているが、やっぱり寒い。
暖かいふとんから出たら、別の温かいところに行ける保証がないと起きられない。
そろそろコタツを出すべきか。

コタツは私を抑え込まない。
コタツふとんと私の体の間には空間がある。
その見えない空間は薄暗い。
抑え込まれていないのに暖かいなんて、何か悪事があるに違いない。

コタツぶとんは抑え込む役目ではなく、隠す役目をしている。
何か悪事が行われている周りに立ち、人の目から隠す輩だ。
大抵はやぐらだが。


寒くなってしまった。






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ギブアップ
昨日の、両親の食習慣の話なんだけど、
キムチの話で勢いがついてしまい、肝心なことを書き忘れて終わってしまった。
一番言いたかったことはあれではないのだ。


ウチの親父は、たとえ刺身が一切れになっても、
かんぴょう巻があと一個になっても、
汁がお玉に半分だけ残っても、食べたくなくなったら決して食べない。
それだけ食べてしまえば片付くではないか。

私はあと少しなら片づけてしまいたいタイプだ。
だから実家に行くと残り物をパクパク食べてしまう。
まずは電子レンジを確認だ。
なぜか朝の残りは冷蔵庫に入れずに電子レンジにしまっている。
玉子焼きが一切れ二切れ残っていたら、すぐにつまんで片づけてやる。

先日、私が実家に行ったら土鍋がテーブルに出ていた。
ふたを開けてみたら、豆腐とハクサイがほんのちょっとだけ残っていた。
がんばれば一口で丸呑みできるぐらいの量だ。
これを食べてしまえば土鍋を洗うことができる。
そうしたらコンロもしまえて、テーブルの上が広々するではないか。

そのことで両親に小言を言うと、
「そうなんさ、『こんだけ片づけてしまいな』って言うても絶対食べへんのさ」
と母が同調した。

すると親父が、
「それや」
と言った。
「片づけろ、食べてしまえと言われたとたんに、食べる気が無くなるんや」

親父の言い分はこうだ。
片づけなければならないもの、食べてしまわなくてはならないもの、
これらは食事ではない。
ゴミとして処分するか、胃の中に処分するかだけの差で、
もはや食べ物でないと言っても過言ではないのだ。


以前にも、親父のこの習性のことを書いたことがあるが、
まさかそんな論理があるとは知らなかった。
なんとややこしい性格だ。
食べ物で無くなってしまったものは、次の食事でももちろん食べない。
母が食べてしまうか、保存の挙句腐らせてしまうかだ。

なので私は冷蔵庫を検査し、残り物を片づけていく。
小さな器にいろんなものがちょっとずつ残っている。
なんと、煮豆が15粒ほど入った小鉢があるではないか。
これも片づけてしまえ。

すると母が、
「それは晩の楽しみにとってあるんやわよ~」
と言った。
母もややこしいのだ。





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頭は残す
実家の町から店が消え、両親が買い物難民になってずいぶんになる。
また車の運転をしようと目論んでいた親父もあきらめたようだ。
となると、これからも買い物には連れていかなくてはならない。
しかし、一緒に買い物に行くようになって両親の好みがわかってきた。
昔からこんなだったっけ。

買い物に行くのは母と私だ。
親父はリクエストだけして家で留守番をしている。
常に家に無くてはならないものは、
果物、漬物、煮豆、うどん、お菓子などだ。

親父が希望するものは、
ラーメン、タコ焼き、納豆巻き、レバー串、刺身などだ。
ただし、ラーメンはあっさり系。
ニンニクのにおいのするものはダメらしい。

あと、甘いものが大好きで、一番はおはぎ。
桜餅、さわ餅、かしわ餅、などが続くが、こしあんじゃないとだめらしい。
これらはすぐに食べてしまい、保存用に、
なごやんやぱんじゅうを買う。


さて、こんな個人的な好みは構わない。
が、年寄りには独特の思い込みがある。
なぜか、この食品はこのメーカーのじゃなきゃダメ、と決めつけてしまうのだ。

先週、いつものスーパーではなく、
もひとつ遠いショッピングセンターに行きたいと言い出した。
親父がそこの喫茶店に入り浸っていたことがあったので、
久しぶりに顔見せをしたいのだと思っていた。

結局その日は雨で、行くのは取りやめにしたのだが、
その理由を聞いて腹が立った。
「あそこに売っているキムチがうまいから」
なんじゃそりゃ。

これでいろんなキムチを試してそういっているのなら納得もできよう。
しかし、かれらは一度食べたらおいしかったと言うだけの理由でそう言っている。
いつものスーパーにも他のキムチがあるのに絶対に買わないのだ。
なので「ワシがうまいキムチを選んでやる」と親父に宣言して母と出掛けた。

一番高価なやつを選んで母に見せた。
「これは大阪の鶴橋で売っている本場のキムチだ」
すると母はこう言った。
「そりゃいかん、父ちゃんはニンニク嫌いやもん」

聞けばそのショッピングセンターのもサッパリ系だったらしい。
なので『サッパリキムチ』と書いてあるのを買った。
500グラム入りのボトルだが、気に入らなければ私がもらって行こう。

これが両親ともとても気に入ったらしく、三日で食べてしまったそうだ。
なので次は二本買おうと言っているらしい。
週に1キロもキムチを食うな。

私は言ってやった。
「な、他にもうまいものがあるやろ。試してみないからや」
母は、「ほんとやねえ」と笑っていた。
でも、絶対に今度はこれ以外のキムチは買わないに決まっている。






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でも残すことは許さない
先日の健康診断の問診で、
「これから健康のための運動などを始める予定がある」
に丸を付けてしまったので、会社まで歩いてみることにした。

地図で見ると、会社までの道のりは二通り。
真っ直ぐ国道に出て、その国道沿いの会社に左折で入る方法と、
田んぼと住宅の中を通り、会社の裏から来る方法だ。
当然だが国道コースは車が多い。
健康のためのウォーキングで排気ガスを吸っていてはいけない。

ところが、田んぼコースを歩いてみると、
意外に車の通行量が多いことがわかった。
団地から出てくる人たち、近道をしてくる人たち、
渋滞を避けて裏道を抜けてくる人たちだ。

排気ガス云々よりも、道がせまいので車が来ると結構怖い。
しかも帰りは真っ暗なところが多い。
道の端に排水路や田んぼの用水路があって、
ボンとはねられたら溝に落ちて、翌日の朝まで見つかるまい。
さて、どちらの道を通るべきか。


車で距離を測ってみた。
会社から田んぼコースを帰ると、家に着いた時ちょうど3kmだった。
翌日、国道コースで出勤したら、なんと2.8km。
国道コースの方が近いではないか。

たしかに車で出勤するなら国道コースの方が早い。
信号が多いので遅いような気がしたが、止まるのはたいてい国道に出るときだけだ。
しかも、会社の場所が、国道の車線が減る手前なので、
一番左の車線はガラガラで、王様のように悠々と左折できるのだ。

でも、田んぼコースの方が近いと思っていた。
なんとなく道のりが直線っぽいのだが、細かい角が多かったようだ。
とはいえ排気ガスはいやなので、ほぼ国道沿いを通っている田んぼ道を歩いた。
この道は最終的に国道を歩かなくてはならないのだが、
信号がゼロで、コンビニの横も通れるのだ。


それにしても、こんな日に限ってなんでこんなに暖かいのか。
この休みに冬服にしたところだ。
しかも、リュックにマイ湯沸かしポットを入れていた。
寄る予定のなかったコンビニで、冷たいお茶を買った。
国道に出たあたりで、上着を脱ぎ、リュックも手に提げた。

なぜ先週、会社に置いてあったTシャツの着替えを持って帰ってしまったのだろう。
衣類が夏の匂いになっているではないか。
そして、こんな日に限ってとてもヒマだ。
車で来ていれば、前の倉庫に荷物を取りに行けたのに。

明日も歩いたらすごく汗をかくと思い、上着は会社に置いていくことにした。
インナーは黒、ズボンは紺、靴は黒、リュックも黒、ヘッドホンまで黒。
ちょっと田んぼ道に入ったんだけど、暗すぎて国道に戻って帰宅した。





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これも車
私が会社に着いた時、たいていはまだ店長しかいない。
じきに奥さんがやってきて、女子がばらばらと出勤する。
先日、その隙を突いて、給湯室を利用してみた。
家から持って行ったインスタントコーヒーを飲もうという算段だ。

自分の小部屋でマグカップにコーヒーの粉を入れ、
抜き足差し足で事務所に入る。
店長のいる部屋の戸が開いているので、
「お湯くださーい」
と言って前を通り抜ける。

とりあえず侵入には成功した。
目指すはポットだ。
キッチンと会議テーブル以外何もない部屋なので、
標的はすぐに見つかった。
というか、生きている感じのあるものはこれだけだったのだ。

いくつかランプが点いていて、うーんとうなっている。
よーくお顔を拝見するとなかなか複雑な表情だ。
私が知っている湯沸かしポットとはなんか違うイメージだ。
ただお湯を沸かすだけの機械に、あんなにボタンやランプが必要な物なのか。

失敗だったのはメガネを小部屋に置いてきたことだ。
ボタン横の説明が小さくてよく読めない。
おまけにみんなが出勤する前なので明かりがついていない。
やましいことは何もないのだが、私が灯りをつけるのは気が引ける。
なあに湯沸かしポットだ、大人なんだからお湯ぐらい出せるはずだ。


だいたいポットと言うのは、てっぺんの一番大きなのをぐいぐい押すと、
その圧力でお湯が出てくるものだ。
マグカップを構えて、一番大きいボタンをぐいと押した。
ふたが開いた。

いかんいかん、これはどうやら電気の力でお湯も出そうという機械らしい。
ふたを閉めてよく見ると、ぷち、と押すボタンがいくつかついている。
目を凝らしてみてみると、センターのひときわ大きいボタンに『給湯』と書いてある。
これだ。

押したがお湯が出ない。
その右側にあるボタンのランプが点いてない。
苦労して読んでみると『解除』のボタンだ。
つまりこのボタンを押して『解除』になったらお湯が出るのだ。
普通、ロックしているときにランプが点くものではないのか。

とりあえず、それを押すと解除ランプが点き、お湯が出た。
ホッと一安心だ。
気が楽になり余裕ができたので、左側にある三つのボタンも読んでみた。
そのうち二つにはランプが点いている。

『90度』と『98度』というボタンがある。
なるほど、お茶なんかの時は90度で、カップ麺の時は98度に合わすのだな。
今は90度にランプが点いている。
店長がいつも朝一番にコーヒーを入れているのだ。
大きめの保温水筒からコーヒーを注いでいるのを見たことがある、

もう一つのランプの付いたボタンはなんだろう。
『湯沸かし中』
店長が朝コーヒーを作って水を足したのだ。
あー、ワシのコーヒー、ぬるーい。






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ワシの持ち物何でもミドリ
寒くなった。
衣替えだ。
いくらなんでも、夏服でいたらあほうだと思われる。
そんなわけで、冬用の作業服を出した。

冬用の作業服を出したら、もちろん夏用の作業服を片づける。
押し入れの収納ボックスを何度も出し入れするのはかなわんので、
入れ替えは一度で済ませたい。
だから、洗濯して干してある作業服も回収して片づけた。

が、ズボン一本だけ片づけられないのがある。
裾がほつれてちづるに縫ってもらうようお願いしたやつだ。
ちづるがササッと縫ってくれれば、これも一緒に片付くのだ。

ところがやつはこう言った。

「これまだ穿くの?」

たしかにおなかのホックのところが擦り切れて穴が開いている。
裾も汚れてどす黒い。
片づけるときに調べたら、会社から支給されて新品のままのズボンが4本あった。
そう、私は同じものばかりずっと穿き続ける習性があるのだ。


よし、思い切って捨てよう。
となったら、他にも捨てるにふさわしいものがあるかもしれない。
ちづる検査官による大検品大会が始まった。
私が引き出しの衣類を広げ、ちづるが「アウト!」を出したものは廃棄だ。
まずは、ノースリーブからだ。

アウト! アウト! アウト! 
なんということだ。
95%がアウトではないか。

おなかのところに穴が開いている。
首や腕のところがビロビロ伸びている。
色が黄ばんでいる。
など、あらゆる理由をつけてちづるはアウトを出していく。

続きまして、半袖Tシャツ部門。
アウトアウトアウト!
ああ、あの思い出のシャツが、お気に入りの柄が、
どんどんアウトコーナーに積まれていく。

さらに、これから着るために押し入れから出した長袖部門。
アウアウアウアウアウッ!
こいつははトドか!

最終的に押し入れ収納ボックス一個分に近い廃棄が出た。
もちろん収納はガラガラスッキリだ。
ちづるも満足気にうなづいている。

が、ちづるさん。
明日着ていく服がないのですが。

というわけで、アウトの山からましなものを2着選んで取り出した。
アナーキーな私を見るなら今ですよ。






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みんな同時にこうなる
先日、ハロウィンが終わった。
ハロウィン自体がなんだかよくわからないまま、
人々は高度な仮装をして街に繰り出したようだ。
まさにお祭り騒ぎとはこのことだ。

中には、ホラーチックな仮装や交通渋滞のことを考えて、
「けしからん!」と憤る日ともいるかもしれない。
しかし、お祭りとはそもそもこんな風にして始まるものなのではないだろうか。
ねぶたもだんじりも、最初はこじんまりした浮かれ気分だったはずだ。

なによりも、ハロウィンには大きな功績がある。
クリスマスの暴走に歯止めをかけたということだ。
お祭り騒ぎの元祖、クリスマスの先走りは年々顕著になっていて、
大抵9月の半ばごろから、ショッピングセンターではジングルべり初めていた。
これが、ハロウィンのおかげで「11月から」と定められたのだ。

とはいえ、ハロウィンが終わったら、店舗の飾りは一夜にしてクリスマスになった。
実はウチのお店でももうクリスマスツリーを飾っている。
商品を納入しているメーカーさんから指図がくるのだ。

ハロウィンのおかげで2か月弱になったクリスマス気分。
しかし、これでも一年の6分の1はクリスマスだ。
当日を迎えるころには、すでにクリスマスに飽きている。
こんなことでいいのだろうか。


原因は何か。
ニュースである店の店員さんが答えていた。
「11月には何もイベントがないから」

なるほど、そうだったのか。
たしかに11月には勤労感謝の日ぐらいしかない。
文化の日では早すぎる。
なにか月末ごろにお祭りを発祥させなくて、せめてクリスマスを12月に納めたい。

幸い、11月にはステキな魅力がある。
何の日であれ、11月なら「いい」が頭につくのだ。
たとえば2月9日なら『肉の日』だが、
11月29日なら『いい肉の日』になる。
これを活用しない手はない。

11月1日『いい位置の日』
あ、1日では意味がない。

11月13日『いい意味の日』
やっぱり20日は過ぎていてほしい。

11月の…
夫婦…兄さん…風呂…庭…
ダメだ、何も思いつかない。
何を考えてもすでにありそうで、ふざけることができない。
日本人って何でもやりすぎてるんじゃないだろうか。





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11月丸ごと
新店舗がオープンしたのが、10月の6日だった。
つまり、職場が移ってからほぼ1ヵ月だ。
この間に少しずつ棚や商品や私物や備品の移動をしてきて、
ようやくちょっと落ち着いてきた感じになった。

仕事はやりやすく、でもスペースは最小限にという配置を考え、
それでいて自分の居住性も確保したい。
幸い、私の行動に注目している人がいなかったため、好きなように動くことができた。

それではご紹介しよう。
これが私の秘密の小部屋だ。

マイルーム


これは私が使っている機械の裏のわずかなスペースだ。
あるのはイスと台のみ。
この台は昼食時にはテーブルになり、そのあと昼寝をする時には足載せになる。
片側が商品棚なので、高いところのものを取るときもこれを使う。

明るそうに見えるが、それはフラッシュを焚いたからで、実際は薄暗い。
ここでおにぎりを食べ、本を読んで、昼寝をする。
ただ、ここのところ少し寒くなってきた。
電気ストーブを持ち込んだが、いつまでここでお昼を過ごせるだろう。

そしてこれが私のパソコンコーナーだ。
なぜかわからないが写真が縦にできない。

マイパソコンルーム

ほぼ、物置だ。
パソコンはネットにつながっていないので、もっぱらシールを出すことに使われる。
見当はつくだろうが、ここは機械を挟んだ小部屋の反対側だ。
この左側に、私のスペース唯一のコンセントがある。
このパソコンとシール印刷機、そして荷物を縛る結束機に使っていた。

しかし、ここに会長が電話を持ってきた。
事務所まで徒歩2秒なのにこれが必要なのか。
電話はコンセントにつなぎっぱなしだ。
なのでシールを出すときと結束をする時で差し替えている。
ここにストーブが絡むとさらにめんどくさくなるではないか。

マイガーデン

ここは私の庭だ。



11時ぐらいまでなら日向ぼっこができる。
自転車を停めるのもここだ。
せっかくのスペースなので、何かプランターで育ててやろうかと思っているが、
今は見つけた雑草を抜くばかりだ。


これだけの場所を占有している私だが、とても残念なことがある。
それは、この3つとも、周りから丸見えなことだ。
やっぱり昼休みは給湯室に行った方がいいのだろうか。
暖房が利いているし、冷蔵庫もお湯もあるし、周りから見えないし。






↑クラウドてなものが勝手に入ってきて写真が思うように扱えなくてキーってなってるけどクリックしてね。





でもちょっと怖い
この三連休はまるっきり雨の予報だ。
仮に雨が上がったとしても、土がドロドロで畑仕事はできない。
タマネギの苗を植えたいのにそれができず、気分はどんよりだ。
それでも出勤していったちづるよりはましだ。

土曜日はいつものように実家に行き、買い物の運転手をした。
お昼をよばれて、ってこれは全国的に通じるのだろうか。
お昼ご飯をごちそうになって、という意味だ。
で、家に帰ったのは1時頃だった。

とりあえず昼寝をした。
20分寝て起きようと思ってアラームをセットしていたのだが、
スタートを押すのを忘れていて、1時間ちょっと寝てしまった。

パソコンをちょっとして、録画してある落語を観ることにした。
落語を二本見たあと、他にないかと録画リストを見ていたら、
ちづるが全く興味のない映画があった。
ビートたけし監督の『アウトレイジビヨンド』だ。
私は『アウトレイジ』を観てしまったのでこれも録画したのだ。

よし、これを観てしまおう。
と思ったのがもう5時だった。
今から観はじめたら7時を過ぎてしまう。
やっぱりやめておこうか、と考えていて思い出した。
今日はちづるは会議で遅くなるのだ。


そんなわけで、ビールとおつまみを用意した。
昨日のおかずの残りの焼きそばと、お昼の残りをもらってきたから揚げ。
あと、残り物の味噌汁に玉子を落とし、キムチとチーズをだした。
残り物大処分だ。
ビールのあとワインに切り替え、酔っぱらって映画が理解できなくなる前に飲むのをやめた。

無事、映画は見終わり、ウトウトしていたらちづるが帰ってきた。
ごはんを食べるのかな、と思っていたら一杯飲むというのでお付き合い。
とろろ納豆とサバ缶で日本酒を飲んでいた。

そういえばウイスキーがちょっと残っていたぞ。
今日は処分日だから処分しなければならない。


そんなわけで飲みに行ってもいないのに二日酔い気味だ。
目覚ましを掛けなかったので、目が覚めたのは7時前。
とはいえ、休みの日なのにダウン絵を描いていてはいけない。
ましてや昨日はカレンダーだった。
ちょっと元気になってから更新しよう。

そう思って半分睡眠半分テレビの状態で、気が付いたらお昼前。
どうだい、このダラダラ具合。






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「よだれをくった」って言う?
昨日はみそか寄席。
三連休前だから混むかもしれないと思っていたけど、
あの天気のおかげか、思ったほどの人出ではなかった。


そんなわけで今日はカレンダーだ。
みそか寄席に行くと終わるのが深夜。
家に帰ることにはだいたい日が変わっている。

それから小腹をごまかしたり、風呂に入ったりするので、
寝るのは1時を回ってしまうことも多い。
それで普段通りに起きて更新するとなると、
睡眠時間が短くなりすぎて、ポーッとしたりお肌に悪かったりする。

なので、翌朝は目覚ましを40分ほど遅くセットして朝寝する。
その分時間がないので、カレンダーの更新となるのだ。


だったらば、三連休初日の今日、
どうせ天気はぐずぐずで、とても畑になんか行けない。
たっぷり寝てからでも普段通りの更新ができるのではないか。
そう思う方もいるだろう。
まったくおっしゃる通りだ。




でもイヤ。





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ヨンホンゲではない