お昼休みはいつものように、機械の後ろの秘密の小部屋で本を読んでいた。
小部屋と言っても仕切りのない、ただイスが置いてあるだけのスペースだ。
あと少ししたら暖房設備を考えなければならない状況だ。
今読んでいる本がつまらなくて集中できていなかったのかもしれないが、
字を目で追いながら、視界の端に動くものを感知した。
私は動くものに敏感だ。
未だ生命の気配を感じさせないこのコンクリートの倉庫に、
いつ、昆虫より足の多い生物がやってくるか戦々恐々としているのだ。
はっ、と目をやると、そこにいたのはカメだ。
直径5センチほどの黄土色の小ガメだ。
それがえっちらおっちら這ってきて、棚の下に入っていこうとしている。
こいつはいかん。
奴が棚の下に入っていくのは勝手だが、
そんなことしたら絶対にそのまま死んでしまう。
死ななかったとして、そこに1万年住まれても困る。
棚の下に入る手前で捕まえた。
私が指でつまみ上げると、カメは甲羅に引っ込んで防御の体勢だ。
さてこいつをどうしたものか。
裏口から出たところにはドブがあるのだが、
なんだか水が汚そうだし、高さが2メートル以上もあるので落とすわけにもいかない。
とりあえず、私の昼休みがもったいない。
その辺にあったプラスティックのケースに入れて、目の届くところに置いておいた。
さて、何度も言っているが、私の今の勤め先はオープンしてほやほやの新店舗だ。
開店時には花やら蘭の鉢やら観葉植物やら、お祝いがいっぱい並んでいた。
これもそういつまでも飾っていられない。
花は来た人が勝手に持って行ってくれるのだが、蘭や観葉植物は置いてある。
どうやら、わが社には蘭を育てる趣味のある人はいないようだ。
最終的には分け前と言うことで半強制的に一鉢ずつ持たされた。
私は、ちづるが植物好きなので赤と白の二鉢と観葉植物を一本もらってきた。
それでもまだ店内には観葉植物が4本もある。
一本だけ、店の外の置いてある観葉植物があった。
これも奥さんは私に持っていけという。
ちづるが何とかするだろうからもらっていくことにした。
これが枯れても、この鉢だけでも値打ちがありそうだ。
昼休みが終わり、本を閉じ、カメを見る。
顏だけちょっと出している。
私がいたのは倉庫の一番奥だ。
その入り口の前はアスファルトの駐車場、よくぞここまでやってきたものだ。
そう思うとポイとそのへんに放り出せない。
まだ小さいからカラスに狙われるかもしれない。
また道に出たら車に踏まれるかもしれない。
ずいぶん気温も下がっているから、凍え死んでしまうかもしれない。
とりあえず、観葉植物の根元に置いた。
コンクリートやプラスティックより、土の方が居心地がいいだろう。
鉢の縁より土がだいぶ低いから逃げ出すことも無理だ。
しばらくしてみてみたらいなくなっていた。
今これを読んでいるみなさんと同じことを想像して、ちょっと土をほじくってみた。
ほうら冬眠している。
寝ているところを起こされるのは不愉快なものだ。
なので、そのまま家に持って帰った。
さあちづるさん、あなたの好きな観葉植物(カメ付)だよ。
春まで育ててくれたまえ。

↑ツルとカメがそろったからクリックしてね。