2014年09月

ここでは、2014年09月 に関する情報を紹介しています。
できれば処分したいのに、なかなか捨てられないで困るものがある。
たとえばパンツ。
捨てる前に洗濯を、と思うのだが洗うとまたはいてしまうのだ。
じゃあ、洗うが干さずに捨てるという手段も考えられるが、
グズグズに濡れたものと言うのも捨てにくい。

湿気ってしまったマッチにも困る。
自力で発火することはできないくせに、火を近づけると火薬がちゃんと燃える。
なんだか危ない気がしてゴミ箱には入れられない。
干してみようかとも思うが、そこまでヒマな時間というのもないし、
かといってグズグズに濡らして捨てるというのも妙なものだ。


いま、一生懸命捨てつつあるのがタオルだ。
会社の引っ越しのために、大量の布が必要になった。
分解した棚に積もったほこりを拭くのだ。
ちづるにそのようなものはないかと訊ねたら、
たくさんあるよと言われて、段ボール箱一杯もらった。

それを会社に持って行って大事に保管している。
まずは使っていた布きれを使い切ってしまおうと思ったのだ。
着なくなったTシャツやパジャマなんかを切ったものがまだ少し残っている。
汚れてどうしようもなくなったら捨てようと思っていて、
つい貧乏性が頭をもたげ、洗ってしまうのだ。

棚を分解してほこりを拭き、大汗をかいてほこりまみれになっていたある日、
うっかり自分用のタオルを忘れたことに気が付いた。
夏の私がタオルを忘れるなんて致命的だ。
アワアワしているときに、段ボールのタオルのことを思い出した。

しかし、さすがにトイレ掃除や雑巾として使われていたタオルなら、
体や顔を拭くことにはためらいがある。
あのタオルたちは体を拭くのに適しているか、ちづるにメールで訊いてみた。

「十分」

あれはタオルとして使われていたタオルだったのだ。
私は箱の中の一枚を出して体を拭いた。

体を拭いたタオルは、ちゃんと洗剤を使って洗い、繰り返し使っていた。
洗って干したら、ちゃんと使えるのだ。
でも、天気の悪い日は部屋干しになる。
そんなことを繰り返していたら、さすがの“アタック”の能力をもってしても、
だんだん黒ずみが落ちなくなってきた。

なのでそのタオルは、いつも使っている機械拭き用にした。
今まで機械拭き用に使っていたのは、私が以前体を拭いていたタオルだ。
それは洗って棚のホコリ拭き用に格下げになった。

では、棚のホコリ拭き用の布たちはどうなったかというと、
うっかり洗ってしまった。
洗剤は使わなかったが、何度もすすいだら水が濁らなくなったので、
中庭の石の上に干しておいた。
これは機械のオイルを拭くために使われる。


そうこうしているうちにずいぶん涼しくなって、あまり汗をかかなくなった。
それでもタオルは忘れずに持って行っている。
会社の引っ越しは今週だ。
数か月前にちづるにもらったタオルは、いまだにあの一枚しか使っていない。
このタオルたちも箱に入ったまま引っ越しだ。





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これぞダウン
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土曜日は夕方から畑周りの草刈りをし、キュウリとゴーヤのネットを片づけた。。
日曜日はただひたすら草取りだ。
クワを打ち込み、草ごと抉り取った土の塊を粉砕し、
土をふるい落とし、根っこから草を取るのだ。

このやり方だと、草も取れるし耕すこともできる。
一石二鳥のようだが、その分体力と時間が必要だ。
午前中に3時間、そうめんを食べて昼寝して午後は3時間半。
その甲斐あって、野菜が植わっていない部分はほぼ耕せた。

もちろん体はヘロヘロだ。
クワを握っていた左手はちゃんと開かないし、腰には湿布を貼って寝た。
お昼にシャワーの時、体重を計ったら普段より2キロ減っていた。
超短期集中労働型ダイエットだ。


で、今日は健康診断だ。
昨日働いて生ビールを飲みに行きたいのも我慢した。
この間からちづると、ギョーザ屋さんからカラオケというのを計画していたが、
健康診断があるので昨日はやめておいたのだ。

せっかく減った体重にビールや油ものをプラスする必要はない。
体力のないときにカラオケをするのももったいない。
なにより、若く美しい看護師さんと出会うかもしれないのに、
ニンニク臭かったら私のイメージにかかわる。
なので昨日はおとなしく家で食べた。


さて、おそらくこの夏もっとも体重の少ない日の翌日に健康診断。
これは願ったりかなったりだ。
しかし、前日の草取りは健康に関して効果はこれだけではない。
肝機能にも影響してくる。

ときどき私ドキドキさせるɤ-GTP。
かの有名なアルコール性肝機能障害を計る指標となる数値だ。
これがやや高めなだけで、ちづるはやれ飲むな禁酒しろと私をさいなむ。

だが、このɤ-GTP、体が疲労しているときも数値が上がるというではないか。
もし今日の血液検査でちょっと高めの数値が出たとしよう。
それは間違いなく疲労のためなのだ。
原因は畑仕事なのだ。
ね。


なんでもいいけど、今日の健康診断はお昼の12時から始まる。
もっともおなかの減っている時間だが、ワシの昼休みはどうなるのだ。
ちょっとでも働く時間を減らさまいとする会社の奸計か。
そんなことをしても、私は絶対にその分労働を減らすぞ。





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日焼けしてるし
昨日は月に一度の親父の通院日だ。
付き添いの母親とともに病院に乗せていき、私は駐車場で読書をしていた。
そのあと食品を買いにスーパーに行き、
ちづるが出勤の日だったので、実家でお昼を食べてきた。

家に帰って作っている時間がないので、スーパーでお総菜を買った。
ウチの両親はもう結構な年なのに、肉も揚げ物も大好きだ。
私がから揚げを選んだのに、白身魚のフライを買い、
さらに味噌汁に入れるのにかき揚げを買おうとしていた母。
健康なんだか不健康なんだか。


親父はなかなかに内臓が強い。
一時血圧が上がったのだが、今は薬で落ち着いているようだ。
脂っこいものが好きな上に超甘党なのだが、
糖も肝機能もその他もろもろ数値には異常がない。

親父は食にとてもうるさい。
それも、質より量にこだわりがあるようだ。
例え刺身があと一切れになっても、いらないと思ったら決して食べないし、
ごはんをよそう量には刑務所並みに神経質だ。

たとえば、おかわりをするのに、
半分、ちょっと、少し、ほんの少し、一口、ちょっとだけ、などの分類があり、
「このぐらい?」とよそった量を母が見せると、
もっと、もうちょっと、多い、多過ぎる、などと必ずクレームをつける。
で、多いときはまるで一大事のように大きな声で「多い!」と言う。


そんな親父なのに、揚げ物につけるソースの量に無頓着なのはなぜだ。
マヨネーズを小皿にたっぷり出して、そこにウスターソースをとっぷりかける。
それをから揚げやフライにたっぷりつけて食べている。
それでもあとにはソースがたくさん残っている。

何十年も繰り返してきたことだ。
自分が食べる量もわかっているはずだ。
なのにどうしてちょうどいい量のマヨネーズやソースが出せない。
むしろ、足りなかったら足せばいいではないか。

付けて食べる方式で量がわからないのなら、かけて食べたらどうなのか。
それなら適量もわかりやすいだろう。
最近のマヨネーズは細く出るから、分量の調節も簡単だ。
だがそれはしない。

これはもう、マヨネーズを出すのがヘタだと考えるしかない。
ちょうどいい量を上手に出せないのだ。
たとえば。上手なペンキ屋さんは色を合わせてもあとに残らせないという。
最初から、どの色がどのぐらい必要かを把握しているのだ。

私が知っている印刷業の人でも、達人はインキを印刷機に残さない。
印刷される絵柄と枚数を見て、大体のインキ量がわかるのだ。
印刷機にどうしてもついてしまうインキ量も勘定に入れてだ。

あれだけ毎日繰り返している作業でその量がわからない親父。
マヨネーズ出しの達人になれとは言わないが、
せめて人並みの判断ができるようになってほしい。
おそらく、そんなことだから医者通いをする羽目になっているのだ。
ちょうどいいだけご飯を食べて、食後の大量の薬を飲みかねることになるのだ。

……
……
あのいっぱいある薬、マヨネーズ味にならないだろうか。





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ここんとこ水色がよく使われる
水泳のあの選手はすごい。
記録もメダルの数ももちろんだが、何でも泳げるところがすごい。
個人メドレーリレーなんて複雑なことがどうしてできるのだろう。
陸上競技の短距離走で、個人メドレーリレーなんてできるだろうか。
普通のダッシュと欽ちゃん走り意外思い浮かばないが。


さて、時事的話題にも触れたことだし、本題に入るとしよう。
やっぱり“メドレー”と言えば音楽だ。
昨夜も音楽番組の特番があって、何組かのアーティストがメドレーを披露した。

ああいったお祭り的番組でメドレーを披露できるのは売れっ子だ。
まず、番組内で長い時間をもらえるだけの力量がなくてはいけない。
さらにメドレーを構成するだけのヒット曲を持っていなくてはならない。
そして、長い歌を歌うだけの体力も必要だ。


で、好きなアーティストが番組でメドレーをやった時、
ファンの人たちはうれしいのだろうか。
もちろん、メドレーをやるだけの扱いになっていることは喜ばしいだろうが、
好きな曲が妙なつぎはぎになっていることはどう感じるのだろう。

ヒット曲が続々と出てくるメドレーは楽しい。
でも、

「ええ~、あの曲はこれだけ?」
「この曲はサビより出だしがいいのに~」
「曲と曲のつなぎがヘン~」

なんて不満は持たないのだろうか。
私は持つ。

私が主に不満を感じているのはカラオケのメドレーだ。
音楽番組で披露されるメドレーは、とりあえずそのアーティストが係わっている。
構成をするのが、番組関係者だったり他の音楽仕事のひとだったりしたとしても、
とりあえず本人も納得の上でやっているはずだ。

だがカラオケは違う。
カラオケメーカーがツギハギしている。
このセンスが合わない時があるのだ。
そんな時は音楽番組の時より怒りが入る。

「ええ~、あの曲がこれだけだと!」
「この曲はサビより出だしを使わんかい!」
「曲と曲のつながりがちゃんとできとらへんやないか、あほんだら!」

さらに、カラオケの場合ムチャをする時がある。
つながりのために元歌とキーやテンポが変わったり、
タイトルだけがポンと出て、一拍で別の曲の途中から始まったりする。
シロートが曲順もわからないままリハーサルなしで歌うのだぞ。
反射神経の測定か!

これが、持ち歌のすごく多い大御所だったりすると大変だ。
カラオケの中にメドレーがいくつもあったりする。
となると、好きな歌がどこに入っているかわからない。
順番に歌っていくしかないのだが、どんどんストレスが溜まっていくのだ。

そしてみんなこう思う。
ああ、マイメドレーが作りたい。
こんなところからうっかり派生したのが『マイメロディ』なのだ。






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バタフライがネック
昼休み前、トイレに行った。
ドアを開けた。

はっ、
いる。
床と壁で構成される隅っこに。
蜘モだ。

事務所に行って口数多子を呼び出した。
ほうきを渡して退治を命令する。
確実に退治せよ。

「でも殺すのはちょっと…」

じゃあどうするというのだ。

「表に掃き出すのは?」

そんなことができるか?

「できるやろ」

絶対に失敗するなよ。

「大丈夫やと思う」

絶対に失敗するなよ。

「あっ」



お前アホかーーーー!

「この隙間に入ってっただけ」

ちょっと待っておれ。
ダダダダダッ
この棒で突っついてみろ。

「う~ん、出てきやへん」

待っとれ。
ダダダダダッ
この滑りをよくするスプレーを吹いてみろ。

「う~ん、効かへんみたい」

ぬぬぬぬぬ。

「もうおらへんのとちがう?」

アホかおるに決まっとるやろがせっぱつまっとるときに出てきたらどうする!
出てくるに決まっとる一番出てきてほしくないタイミングで出てくるに決まっとる!

「でもそんなに大きいやつと違ったし」

巨蜘モやったやないかモンスターやったやないか齢三百年の妖怪やったやないか!

「大丈夫、茶色いやつやったから。
 あれはぴょんと飛ばへんやろ。
 あの、黒くてシマシマのあるやつはぴょんと飛んで…」

気色悪い話をするなーーー!

「じゃあまた出たらってことで」

うえーん。


この会話が事務所に筒抜けだった。






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やなこた忘れて
秋分の日、墓参りのあと畑に行って種蒔きをした。
ダイコンの第二弾と、コカブ、コスレタス、チンゲンサイを蒔いた。
まだまだ草を取らなければならないところもあるが、
とりあえず、収穫を目指せるものがあると安心できる。

ところが、ちづるからクレームがついた。
「どうせ畑に行くのなら、生ゴミを持ってってくれればよかったのに」
私の住む地区では、燃えるゴミの収集は火曜日だ。
祭日でつぶれちゃったから次の収集日まで生ゴミが停滞する。

「そんなことを言うのなら、会社に行く前に畑に捨ててきてやるぜ」
てやんでい、と大見得を切った私。
そんなわけで昨日は、朝の仮眠で目覚ましが鳴ったあと、
二分間もぞもぞしている時間を返上し、普段より二分早く家を出た。


無事にごみを捨てた私。
畑からなら、こっちの道を行った方が会社に早く着く。
こっちの道は信号が少なく、びゅーんと行けるのだ。

そっちの道を行くと、びゅーんと行ったあと、信号の向こうにコンビニがある。
ちょうど信号の一番前で停まることになった。
となると、コンビニを見ながら考えることができる。

そうだ、ダイエットのためのゴマが無くなったのだった。
何か食べたくなったとき、お腹をごまかすためのゴマだ。
よし、コンビニに寄ろう。

コンビニにゴマは売っていない、と思う。
あったとしても、家計で買ってもらえるものを、
わざわざ高いコンビニで買う必要はない。
なので、代用品として、ピーナッツを買った。
あと、お茶と缶コーヒーとゆで卵とパンを買った。

ゴマはいつもお昼休み食後につまんでいたのだが、
ピーナッツがあるということで気分が高揚してしまったのだろう。
十時のおやつに開封してしまった。
で、お昼にはゆで卵を食べてしまった。
夕方には口数多子に与えるためパンを出し、私も一緒に食べてしまった。


ピーナッツもゆで卵もよく歯に挟まる。
パンも「もっちり」ってやつを選んだのでよく歯に詰まる。
なんでだろう。
歯に穴が開いているからだ。

しまった、今日は歯医者に行く日だ。
穴にピーナッツを詰め込んでいる場合ではない。
歯を磨かなくては。

しかし、夕方の間もなく定時という時間になっても、いつものおやつが出てこない。
どうせ歯を磨くなら、おやつをいただいてからにしたいではないか。
すると、事務所の女子から情報を得ることができた。
事務所の人が交代で新店舗でのレジの扱いや接客の講習を受けていたのだ。
ちょうど、その時間が会長の奥さんの番だった。

これではおやつは出てこない。
慌てて歯を磨き、ブレスケアを飲み、フリスクを口に入れた。
こうして無事に歯医者を乗り切ることはできた。
あとは家に帰って一杯やるだけだ。

が、一杯やり始めるとすぐにおなかが膨れてきた。
しかも、胃からスースーする息が出てくる。
ブレスケアのせいだ。
食後の歯磨きは大事だけど、食前のブレスケアはお避けになった方がよろしい。






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また新しい設定を作ってしまった
なぜかこの終盤になってナスが元気だ。
日曜と秋分の日という中一日の飛び石連休でバケツ一杯収穫できた。
でも、今なっているプチナスが育ったら終わりらしく、
あの紫色の花はもう咲いていない。

同じように、ゴーヤも終わった。
花どころかツルが全体的に枯れてきた。
シシトウにもあの白い小さな花は見当たらない。
今ある実を収穫したらおしまいだ。
まだ咲きつつあるのは、オクラの豪華な花ぐらいだ。


と、このように私は野菜の花ならわかるようになった。
それ以外で知っている花は数少ない。
ヒマワリ、さくら、チューリップ、ツバキ、タンポポ…
この列挙の仕方で知らなさ度が理解されるだろう。


さて、花というのは色が値打ちのひとつだ。
なので、色の表現として花の名前が使われることがある。
私の仕事で扱っている紙にも、たくさん花の色がついている。

その中に、あまり出ない色で「アマリリス」という色がある。
見た目はほとんどオレンジ色だ。
でも、もともと「オレンジ」という色はあったので、少し違う。
オレンジよりはやや黄色っぽいというかサーモンっぽいようなオレンジだ。

ちょうどそんな色の花を見つけた。
普段と違う通勤路の畑の横にまとまって咲いていた。
あれが「アマリリス」なのか。
いや、あの植物は私も微かに知っている。
コスモスじゃないのか。

私はちづるに訊いてみた。
あれは、コスモスのようだが「キバナコスモス」という別の種類の花らしい。
ただし、アマリリスといえば普通連想するのは鮮やかな赤だという。

ややこしいのは、同じ紙に「コスモス」という色があることだ。
これは薄い藤色とでも説明したらいいだろうか。
ややこしいことに、その紙に「ふじ」という色もあるのだ。
さらにややこしいことに、同じような色に「ラベンダー」と「あじさい」がある。
この差を言葉で説明するのは私には無理だ。

花に疎い私だが、コスモスやアジサイにいろんな色があることは知っている。
なのになぜこの色にこの名前を付けたのだろう。
ちなみに、もっと濃い紫色に「すずらん」と名付けられている。

今回挙げた色の中で、オレンジとふじ以外は、あとから出てきた新色だ。
これは担当者が無理やり花の色シリーズにしようと考えたにちがいない。
しかも、そいつは私よりもずっと花を知らない奴だ。

そして、コスモス、ラベンダー、あじさいの三色は、
「ふじ」を作ろうとして失敗したものではないかと疑っている。
企業とはそういうどす黒いものなのだ。





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黄色と言えろー
[赤っ恥カラー]の続きを読む
お彼岸だ。
ああ、今週もまたはじまったか、とどんより感満載の月曜なのに、
なんと翌日がお休みでばんざーい、と昨日は思っていた。
しかし、休みだからといって朝寝をしているわけにはいかない。
墓参りに行かなくてはいけないのだ。

いつもの予定だと、墓参りのあとちょっとした温泉施設に寄ってリフレッシュする。
なんだかんだでちづるの実家でのんびりすると、夕方になっていることが多い。
今日はなかなかそんな余裕がない。
夕方は畑に行って、先週きれいに草を取ったところに種を蒔きたい。
コカブ、チンゲンサイ、タケノコハクサイなんぞが食卓に欲しい。

そういうことを考えると、出発を早くしなくてはならない。
そんなわけで普段通り起きた。
いや、ウソだ。
普段より20分遅かった。
でも、ちづるには平日と同じ時間配分だと言ってある。

そんなわけで、今、慌ててこれを書いている最中だ。
慌てているのにアイデアが無くて数分間途方に暮れてしまった。
たしかすごく面白いネタが数日前にいくつか浮かんだはずなのだが、
まったくかけらも思い出せない。
本当に何か浮かんだのだろうか、それすら怪しくなってきた。

本能のままに書く、という手もある。
でも、今の私の頭の中は会社の引っ越しのことでいっぱいだ。
会社のことを書くとちづるが怒る。
「誰があんたの会社に興味があるか」
というのだ。

だから、なるべく会社のことは書きたくない。
だったら居酒屋のことか。
なんかずっと行っていないような気がする。
そういえばここ数回、ママ子さん担当の日ばかりで若い子らに会っていない。
これもどんより感の原因の一つか。

こんな時のために、アイデアがメモに書いてコルクボードに貼ってあるのだ。
とはいえ、ここしばらく新しいメモを貼った記憶がない。
いっぱい貼ってあるけど、古いアイデアばかりだ。
つまり、使えなくて残っているってことなのだ。
『なりたい病気、リスまくえん』ってなんだ。


もうみなさんおわかりだろう。
今日は、ネタがないよ、というネタだ。
今までもちょいちょい使ってきた苦し紛れのパターンだ。
そろそろ『ネタがないカテゴリー』を作ろうかと思っている。

もう間もなく朝ごはんの時間だ。
平日通りの生活を祭日も変えないでいると、翌日が楽だ。
下手に朝寝をしてしまうと、翌日起きるときに、
「なんでこんな目に…」と思ってしまうのだ。

だから今から朝食を食べて、新聞を読んで仮眠をとって着替えて、
墓参りに出発する。
仮眠をとるならその分朝寝をしたらどうなのか、と毎回思う。
でも「その分朝寝」の計算がうまくいったためしがないのだ。
みなさんもそうでしょ。

じゃ。





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遺伝は恨んでいるぞ
日本人は、少しでも物事を楽にしようと創意工夫に熱心なのか、
あるいは一攫千金を狙っている人が多いのか、
次から次へと便利グッズが開発されているようだ。
中でもキッチン物は、手間のかかる作業が多いため、アイデアの元となっている。

先日、とある番組内で最新キッチン便利グッズが紹介されていた。
特に集中的に紹介されたのが『お米とぎグッズ』だ。
世の中の主婦や主夫はそんなにお米を研ぐのが嫌いなのか。
お釜にかぶせてハンドルを回す奴や、蛇口から出る水流を利用するものもあった。

そういうものを見るたびに、私とちづるは口を合わせて言う。

「そのグッズを誰が洗うんや」

たとえば今紹介したお米とぎ器。
お釜にかぶせるやつは、それだけの大きさがあり、可動部は形がややこしい。
水流を使うものは、お釜とは別に一旦お米を全部入れる器になっている。
お米を洗った方が楽なのではないか。
お米は洗剤もいらないし、乾燥もさせなくていい。

そのあと出てきた商品はもっとも開発してはいけないアイテムだった。
『納豆混ぜ器』
茶筒ほどの容器に納豆を入れ、ふたをしてハンドルを回すと、
ハンドル一回転につき、中のアームが二回転するのだそうだ。
ある回数だけ回すと勝手にふたが開き、しょうゆを入れられる。

もう一度言おう。
誰が洗うんや。
これ、キッチンに立つ人なら絶対に考えることだと思う。
おそらく、それを紹介しているタレントだって気づいてないはずはない。
ただ、彼らはお金を出している組織に逆らうことはできないのだ。


果たしてそんな致命的欠陥のある便利グッズが売れるのか。
開発費を回収できるのか。
私は思うのだが、そんなものを開発する頭脳を持った人たちが、
それを考えてないはずはないと思う。
狙いは別のところにあるのだろう。

つまり、洗うことなど考えず、何度も利用するかどうかも考えず、
ただちょっとやってみたいだけの理由で欲しい欲しいと泣きわめく輩。
そう、目当ては子供なのだ。

「これを使えば煩わしい納豆混ぜをお子さんに手伝ってもらえますよ」
ってな甘言を弄してはいるが、その実は、
「ほうら使ってみたいだろう」
と子供を煽っているだけなのだ。

子どもがそんな風になるのは、しつけの問題だ。
親との接点が少なすぎるのではないか。
子どもが一緒にいてほしいとき、台所でお米を研いでいたりしていることはないか。
そういう時は、道具をうまく使って料理の時間を短縮し、
子どもとの時間を増やしてほしい。





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全自動だよ
昨日は“いつもの”じゃない居酒屋に行ってきた。
ここに行くのは時たまだが、会社で出た残り紙を持ってってあげる。
それを、女将さんの孫が遊ぶのに使ったり、手書きのメニューにしたりしている。
なにしろ引っ越し前で、いろいろ処分したいものがどっさりあるのだ。

商品の移動ばかり考えていたが、私の私物も移動しなければならない。
薬箱や衣装箱、お菓子箱に道具箱。
要らないものは処分して、なるべくコンパクトにしなければならない。
今度の職場は新しいからきれいだけど、狭いのだ。


昨日、完成した新店舗を会長と見に行った。
店舗は広い。
ここに商品がいっぱいになるのかと思うと恐ろしい。
こんな広大な店を今の従業員の数でこなせるのだろうか。

事務所は美しい。
なんか絨毯敷きで、さっぱりしている。
しかしここの、じきにものであふれかえるのであろう。

給湯室は狭いが、ちゃんとしたキッチンがついている。
コンロは三つ、換気扇も屋根のあるやつだし、新しい冷蔵庫もある。
でもたぶん私はここで食事をしない。

応接室は給湯室と同じ広さだ。
たぶん四畳半ぐらいだろう。
ここは応接室と言いながら、会長がコンピューターを据えるだろう。
なので私には関係ない。


そして倉庫だ。
ドーンと広い、と思えるが、今の倉庫の広さと荷物の量を考えると物足りない。
このスペースに、機械を設置し、棚を並べたら窮屈なものだろう。
しかしそんなことよりも。

会長は、狭い、あんなんじゃダメだ、と文句を言うばかり。
これを決めた社長は、任すからなんとかして、と言うばかり。
だから私はもらった平面図に、棚がどれだけ入ってどこに置くかをすごく考えたのだ。
サイズを計って、目一杯棚を並べる段取りをしたのだ。

なのに、あの洗面台はなんだ。
なんであんなところにコンセントがあるのだ。
電灯のスイッチはそんなところか。
空調のダクトがそんなに低い位置なのか。

段取りはぽろぽろと崩れていく。
これは大幅に棚の数が減りそうだ。
サイズを小さくしなければならないところもある。
もう知らん。
自分の欲しいモノだけ優先的に荷造りしておくことにしよう。

なんか、連続で愚痴ですいません。





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そんな人生を歩んできた
私はかわいそうだ。
心は今、ブルーになっている。
そして畑にはブルーシートが敷いてある。

今日は月に一度の土曜出勤日だ。
親父の月に一度の病院の日でもあったが、来週に変更してもらった。
本当は休みの予定だったのだが、盆休みと棚卸しでずれてしまったのだ。

ということは、明日日曜日は買い物には連れていかなくてはならない。
秋分の日の23日は墓参りだ。
来週の土曜が親父の病院。
再来週の土日は会社の引っ越しでどちらも出勤だ。

いつ畑をすればいいのだ。
明日の午前中と秋分の日の夕方が畑予定だが、予報では雨。
なので雑草の上にブルーシートを敷いた。
雑草があるところの土を濡らさないためだ。
もし当日が雨だったら、ブルーシートの下で草取りをしなければならない。

草さえ取れればいいというものではない。
夏野菜を片づけなければならない。
夏野菜はやたら片づけモノが多い。
支柱やらネットやら、畑中に立体構造物が作られている。

そのあとで草を取り、肥料を撒いて耕して、畝を作ってやっと種蒔きだ。
苗づくりのできる葉物野菜は余裕があるが、
直播きしかできないダイコンやカブ、ホウレンソウは待ったなしだ。

最悪、叔父さんのトラクターで草ごと耕してもらうという手段があったのだが、
今年はそれも無理のようだ。
おじさんが腰を痛めて、トイレまで歩くのがやっとの状態らしい。
どうして普段から適度な運動をしていなかったのだ。

さらに困ったのが、引っ越しの土日出勤だ。
当初の予定では交代で代休を取れるはずだった。
ところが仕事が忙しくなってきたし、新店舗オープン後はバタバタするというので、
どうやら休日出勤手当が出ておしまいらしい。
これではちづるが喜ぶだけではないか。


もう日没が早くて、会社が終わってから畑には行けない。
先日も薄暗くなった田んぼ道を自転車でトロトロ走っていた。
すると、ある一角の田んぼが明るい。
近づいてみたら、おっさんが草を焼いていたのだ。
取った草ではなく、生えている草を。

焼き畑農業だ。
これこそ基本ではないか。
火を着けることで雑草本体はもちろん、根も種も死んでしまう。
そのうえ灰が肥料や石灰の代わりになって土が肥えるのだ。

ああー、私も畑に火が着けたい。
でも、ウチの畑は土手下。
大参事になるに違いない。

・・・・・・
・・・・・・
誰か近くで大参事を起こしてくれないかな。





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ふーってして
またもや私は考えた。
なにがって、もちろんダイエットのことだ。
今回の作戦は、名付けて“ワントレイダイエット”だ。
これのために数十年しまい込んであったキャンプ用の皿を出してきた。
アルミ製で丸くて、あの三つに区切られている奴だ。

わが夫婦には、ダイエット上とてもよくない習性がある。
あったらあるだけ食べてしまうというやつだ。
たとえば、野菜炒めを作るとしよう。
我が家は野菜が豊富なのでどっさり作る。
ゴーヤなんて毎回二本ずつぐらいはいれてしまう。

これが朝だとしよう。
弁当のおかずにいれたあと、残りは朝食のおかずだ。
朝はおなかが減っているので、パクパクと全部食べてしまう。
夕食に作ったとしよう。
大皿や、場合によってはボウルに入れて全部食べてしまう。

なぜボウルを使うかというと、洗い物の数を減らしたいからだ。
切った野菜をボウルに入れ、別の皿に盛り付けると洗い物が二つだ。
ちづると私別々によそったら、洗い物は三つになる。
ボウルに出来上がった野菜炒めを入れれば洗い物はひとつだ。

ただし、ボウルは大きい。
野菜炒めが残ったら冷蔵庫に入れなければならない。
そんな大きいものはできたら冷蔵庫に入れたくない。
また、タッパーなどに移したら、やっぱり洗い物が増えるのだ。


そんなわけで、大量に作り大きく盛って全部食べる、という生活が身についてしまった。
これを打破するべく、キャンプ用の皿が出てきたのだ。

野菜炒めを作ったとする。
これをキャンプ皿のワンコーナーに盛り付ける。
人間、仕切りがあるとその中に収めようとするものだ。
また、三つに区切られたスペース全部に野菜炒めを盛ることはない。
それも人間の習性だ。

これだと洗い物が増えているように感じているかもしれない。
でも、他のおかずもこの皿に乗せるのだ。
野菜炒めの他に、豆腐やサラダやシューマイやちくわなど、
ちょいとしたものを添えている。
えらいもので、こうしたら買い物の時に“ちょいおかず”を買うようになった。

食事は減らすだけでなく、種類はたくさん食べた方がいいという。
三つのコーナーに分かれた皿は、なんだか色々乗せたくなるものだ。
一番小さいコーナーには、よく煮豆を入れる。
今までなら煮豆を買ったら確実にその日に無くなった。
それが二人で三日も持つのだ。

さらにいいことがあった。
キャベツの千切りを乗せたとしよう。
上にマヨネーズをかける。
すると、かかっているマヨネーズだけで食べようとするのだ。
チューブを横に置いてキャベツを食べていたら、必ず追加するところだ。


このようにして、私は月末の健康診断に備えている。
ちづると一日違いだと思っていたら、一ヵ月と一日違いだった。
私には時間がないのだ。

いやあ、久しぶりに効果的なダイエットを考えてしまった。
しかし、今こうやって文章にしてみると、
やっと食べ物を器によそうことを覚えたって感じだ。
『人間○○するものだ』
などと書いているだけに恥ずかしい。





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ちょっと楽しい
うわー!





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うわー
涼しくなったからといっていいことばかりではない。
人が過ごしやすいということは、他の生物にとっても過ごしやすいのだ。
私たちが、
「どれ、なかなか気候も良くなったし、ちょいと散歩でもしてくるか」
と思うのと同じように、ぷ~んと散飛している奴が多くなった。
そう、蚊だ。

私の職場にも蚊が多くなった。
ただ散飛するだけなら文句もないのだが、
奴らは散飛のついでに食事をしていく。
そして食事の後片付けをして行かないところが腹が立つのだ。


話によると、蚊は人間の吐く二酸化炭素に寄ってくるのだそうだ。
つまり私が仕事で疲れてゼーハーやっていると、
散飛中の蚊は、
「おや、いい匂いがしているぞ。食事でもして行こうか」
となる。

人は自らいいにおいを発して蚊を誘っているのだ。
人間にもそういうことってある。
ああたまらんこの匂い、食欲をそそられるぅ~、というやつだ。
つまり、人間は蚊にとってウナギなのだ。


蚊のエサとして存在する人間。
実際、蚊に食べられて死んでしまうことはない。
なぜなら、蚊が吸う血は体を流れる全血から考えたらほんのわずかだ。

これを蚊の側から考えてみると、吸っても吸っても食糧が出てくるということだ。
尽きることのない甘い汁。
いわば、汁を吸いたい放題状態だ。
人間は蚊にとってスイカなのだ。


ところが人間とて、どうぞご自由にと体液を蚊に開放しているわけではない。
できることなら食料を与えたくないと考える。
防衛をしようとするのだ。
一匹一匹退治するのではない。
自分に近寄れないようにしようと考える。

そこで人間は嫌な匂いで蚊を追っ払おうとする。
煙だったりスプレーだったり、なんだかわからない電気でどうにかなるものだったり。
これは、蚊にしてみたら近寄りがたい臭さなのだ。
人間は蚊にとってスカンクだ。


うまいこと人間の体にストローを突き立てることができたとしよう。
おいしいおいしい血をたっぷり吸えたとしよう。
これでめでたしめでたしとはいかない場合がある。
人間の血がウイルスなどに汚染されている場合があるからだ。

汚染された人間の血を蚊が吸うと、ウイルスが蚊の体内に入る。
その蚊が他の人間の血を吸うと、人間にウイルスが移り、体内で繁殖する。
その人間の血を吸った蚊は、ウイルスに汚染されるのだ。
蚊にとって人間はウイルスを媒介する蚊のような存在なのだ。





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なぜ蚊はトケ井にとまったのか
土曜日の午後、日曜日の午前、そして月曜日の午前午後、
ひたすらに草取りをし、小さな畝を二本作った。
一本はダイコン、もう一本にはミズナ、サニーレタス、コマツナを蒔いた。
去年からの残り種だ。
ナスやピーマン、シシトウ、オクラが終わるころには間引き菜が収穫できるだろう。

一つ失敗があった。
もうずいぶん涼しいし、雲もお日さまも秋の気配を漂わせている。
だからTシャツで大丈夫だろう、と日光を侮っていたことだ。

真夏ならもちろん長袖を着て作業をし、休憩用のパラソルを立てる。
頭には笠をかぶりサングラスで目も守る。
首にタオルを巻いて完全防備だ。
こうしないと、日焼けで大変な思いをするのだ。

土曜日の夕方、ちょっと日焼けしたな、と思った。
でもこの時は心地良いぐらいのヒリヒリ感だった。
いわば、働いた証、みたいな気持ちだ。
ちょいとした男の勲章だ。

日曜のお昼、帰ってきてシャワーをしたらなかなかのヒリヒリだ。
ちづるにも、
「日焼けしたなあ、首筋が」
と言われた。

首タオルだけはしておけばよかった。
今回タオルは頭に巻いていたのだ。


とはいえ、少々は日焼けしたい理由がある。
つまり、脱ぐ機会があるのだ。
もちろん、月末の健康診断だ。

この夏は休みごとに雨が降り、畑仕事をあまりしていない。
仕事は室内にこもりっきりだ。
この状態で脱いだら、生白い軟弱男と思われるではないか。
それではなんだか、診断で減点されそうな気がする。
なので、敬老の日の月曜日もわざわざTシャツで畑に向かった。


夕方、家に帰ってきて汗だくのTシャツを脱ぐ。
おお、腕は黒々としている。
いろんなポーズをとってみた。

ちょっと不安になった。
なんか、腕の裏が白い。
特に、脇に近づくにつれ白さが目立つ。
考えてみれば、草取りの作業で両腕を上に上げることはない。
表面だけ焼けて、爬虫類みたいになってしまった。

ちづるを呼んで「日焼け、どう?」と訊いた。

「腹、白~い」

腹が焼けないのは当然だが、黒い部分ができた分、腹の白さが目立つようだ。
余計に爬虫類感が増している。

「顔は焼けとる?」

「鼻、赤~い」

これで三色男の出来上がり。






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しかも読んではいなかった


気候がよく天気にも恵まれた三連休。
久しぶりに音楽をゆっくり聞く機会に恵まれた。
マイブームのの『superfly』を中心に、最近買った福原美穂も繰り返し聴いたし、
久しぶりに『AI』や『エゴラッピン』などもじっくり聴いた。
というのも、草取りをしながら音楽を聴いているからだ。

休日ごとに雨に祟られていたこの夏。
畑は羨ましいほどフッサフサだ。
半分はまだナスやピーマンが植わっているが、
トウモロコシやエダマメがあった場所はただの荒れ地になっている。
ここの草を抜いて、耕さなければダイコンの種を蒔くことができない。

そして今回はとても丁寧な草取りを実行している。
鍬で草ごと土を掘り返し、その土塊を足で崩して土を振り落とし、
根っこから草を抜いているのだ。
とても地道で面倒な作業だ。

普通なら端っこから始めるものなのだが、私は今回畑のど真ん中から始めた。
まず、一ヶ所の草を取り、そこにコンテナを置いて取った草を入れていく。
そのコンテナを中心に、徐々に草なし範囲を広げていく作戦だ。

だが、初日でわかった。
これはフルタイムでやっても、この三連休では終わらないぞ。
そこで、とりあえずダイコンを一回蒔くだけのスペースを作ることにした。
畑の真ん中に丸くできていた土スペースの端から、一畝分細長く草を取った。
おかげで今畑は『P』という文字を書いたようになっている。
今日はこの縦棒スペースを広げていく作業だ。


それにしてもいったい誰が『雑草』なんて言葉を考えたのだ。
こんなにも強力で生命力にあふれ、繁殖に執着している生命体が他にあろうか。
私は草を抜きながら考えていた。

草は土の中に根を生やし、その場にずっととどまる覚悟で生えている。
根っこから抜かれ、それを叩きつけて土を払い落されるなんて想定してないはずだ。
なのにどうしてそれで枯れない。
そしてなぜ、また生えてくるのか。

まるで人類というものが現れ、
彼らを『雑草』として駆逐しようとする時代が訪れることを予見していたようだ。
それを見越して、あらゆる命をつなぐ手段を講じているようだ。
恐らく人類は雑草にはかなわない。
そんな彼らを『雑草』などと呼んでいていいのか。

さて、ここから『命草』『満草』『面草』『陣草』『覆草』などの案を出し、
最終的に『くさ』というより『ふさ』にしたらどうか、
というふうに持っていきたかったのだが、もうそのスペースがない。
やり直している時間もない。
草取りに行かなければならないからだ。






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冬には枯れるよ
すごーく涼しくなった。
朝晩は肌寒いぐらいで、寝やすく起きにくい。
おふとんさんとの密着が一番心地いい季節だ。


いくつかいいことがあった。
まず、昨日獅子座会が無事終わった。
ケンカ中だったママ子さんとギクシャクしながらも、
肉を食べ、歌を歌っている間になんとなくいつも通りに戻ったような気がする。
これでしばらく予定は無しだ。

涼しくなったので、徒歩通勤ができるようになった。
あの灼熱の真夏には、会社に着いた時点で余すところなく汗だくになってしまう。
それはいやなので車や自転車で通勤していた。
そろそろ、歩きを復活させてもいいのではないか。

歯の詰め物が取れた。
よく噛む方の一番奥の上だ。
三連休前だからしばらく歯医者さんには行けない。
なんだか違和感があって、食べるのが遅くなってしまった。


良くないこともいくつかある。
涼しくなったのにいただき物のそうめんがいっぱい残っているのだ。
そうめんで食べるならやっぱり冷たい方がいい。
でも、それが寒いとなると、やはりにゅうめんということになるだろうか。
となると、手間も量もドーンと増えてしまう。

今年の夏野菜は、早い台風や水不足でどうもおかしな具合になっていた。
キュウリは早々と終わってしまい、トマトの収穫も少しだった。
ゴーヤすら、去年の半分以下だったのではないだろうか。
そのかわり、今になってナスとピーマンがいい。
まだまだ花が咲いているので、しばらくは収穫ができるだろう。

会社の引っ越しの準備がいよいよ差し迫ってきた。
あと二階から降ろさなくてはいけない棚がおよそ十台。
まだまだ分解と荷物運びが続くのだが、以前のようには汗をかかなくなった。
おかげでお昼の洗濯もしなくてすんでいる。


さて、ここまで読んで、何を言っておるのかこいつは、と思ったこともいるだろう。
歯の詰め物が取れたのがいいことで、汗をかかないのが悪いこととは。
と、改めて書いたことでお分かりの方もいるかもしれない。

会社から発表があった。
9月29日月曜日、健康診断だ。
あと二週間、これが残されたダイエット期間なのだ。

ダイエットにとって、焼き肉の約束が済んだこと、
徒歩通勤でカロリーを消費できること。
歯が悪くなって食べられなくなるのは、グッドな出来事だ。

それに引きかえ、そうめんが具や量の多いにゅうめんになること、
油を使うナスやピーマンが豊富なこと、
動いても汗をかかなくなったことはバッドなニュースなのだ。

他にも、アイスクリームを食べなくなったり、草取り運動ができるのは良い。
サンマがメニューに出てきたり、日暮れが早くて家にこもるのは悪い。
スポーツの秋はいいが食欲の秋はよくない。
ともかくおなかと数値を抑えるために、しばらくは禁欲生活だ。
結果を乞うご期待。





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栄養か毒素か
ちょっと前に、クラシック音楽を聴きながら寝たいのに、
スマホに音楽を取り込めない、という話を書いた。
パソコンがスマホを感知してくれないようなのだ。

その状況を打破するべく、わが社で一番パソコンに詳しい、
『元“たしかSちゃんことTちゃん”本名Sちゃん』に訊いてみた。
すると彼女は、友人にケータイ屋さんに勤めている子がいるので、
訊いてみてくれると言ってくれた。

で、Sちゃんとケータイ屋さんの子の意見は、
パソコンの音楽ソフト『iTunes』が最新バージョンになってないのではないか、
ということだった。
そこでさっそく、ちづるに確かめてもらった。

その結果、最新バージョンになってはいるが、このバージョンに問題があるらしく、
あちこちで同様のトラブルが起きているらしい。
だから、メーカーは新しいバージョンを出すだろうから、
それが配信されれば解決されるだろう、とのことだ。


そして昨日、『iTunes』を開いたら、なんと待望の一言が。
『最新バージョンをなんたら』
喜び勇んで、うっかり「いいえ」をクリックしてしまった。
うえーん、ちづるさんなんとかして。

なんとかしてもらって、バージョンアップ完了。
でも、今までと変わりない。
しばらくおろおろしていたら、右上に『iPhone』の文字が現れた。

しめたと思ってクリックしたら、
なんというかもう、あっけないぐらい簡単に音楽がびゅるるとスマホに入った。
スマホで買った音楽もぴよんとパソコンに現れた。

なんとかならんのか、この件に限らずバージョンごとの不具合。
それから、説明不足。
そんで、つながってからちょっとの間。


とはいえ、これでスマホの目覚ましの次によく使う機能が復活した。
ありがたやありがたや。
ちなみに昨日はクラシックではなく、先日ブックオフで買った、
福原美穂さんのCDを聴きながら寝た。

メカとともに私もどんどん進化している。
今まで、仕事中にスマホをいじっていて、誰かが来たらサッと隠していた。
なんかサボっているみたいに見えるからだ。

でも今は誰か来たって堂々といじっている。
電卓で計算しているのだよ、という風情を醸し出しているのだ。
サボっているどころか、仕事にスマホを活用しているかのようだ。

さらにもう一つ、飲みに行くお誘いの電話がかかってきそうなとき。
今までは電話が鳴ったのに気付かなかったふりをしていたが、
私は新しい対処法を見つけた。

機内モードというやつだ。
なんか、飛行機に乗っているモードにすると外につながらないらしい。
後日、とがめられたら「機内モードになってて~」と頭を掻けばいい。
なんて便利なんだ、スマホ。





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トケ井はスマホを持っていない
水曜日はママ子さんのスナックは定休日で、
ママ子さんはいつもの居酒屋のバイトに入っている。
そんなママ子さんとケンカになった。

事の起こりはこうだ。
人の少ない時間を見計らい、まかないの食事を終えたママ子さんが、
「あー、お腹いっぱい」
とカウンターに出てきた。

そこで私はこう声をかけた。
「バナナは半分しか食べられないのに?」

私の意図はママ子さんには通じず、
「なにそれ? 私バナナは嫌い。でもバナナジュースと東京バナナは好き」
そして、まるでステキなひらめきでもあったかのように、
「そうや、こみやん東京バナナ買うてきてー」
と言った。


東京バナナ、そういうものが存在することは知っている。
たしか東京駅のお土産のはずだ。
どうして紙倉庫に一人ぼっちでこもっている人間に言う。
すると、もう一人の常連が、
「ネットでも買えるで」

この人は年に何回か仕事で東京に行く人だ。
あんたが買わんかい。
この後も東京バナナの話は続く。

「台湾バナナやったら買うてきたろ」

「いいよ、バナナジュースにするから」

「ちくしょー」

このようなやり取りを何度繰り返しただろう。
するとママ子さんが突然怒り出した。
「もう! 買いたくないなら買いたくないって言えばいいのに」

おいおい、東京に行く予定もない者に「東京バナナ買ってきて」って、
これが冗談でなくて何だというのだ。
だからこれを受けて、いかに東京バナナを買わないかをひねり出していたんじゃないか。
横にいた常連さんも女将さんも一緒になって笑っていたのだ。

こうなると売り言葉に買い言葉。
なんでワシが買わねばならん。
ネット通販も利用したことはないし、何より『東京バナナ』を知らんわい。

あとで検索してみたら、本名は『東京ばな奈』ではないか。
それを知らないから検索してて『台湾バナナ』の方が先に出てきたわ。

だいたいケンカというのはボタンの掛け違いみたいなことから始まるのだ。
はっきり言っておこう。
このケンカはママ子さんが悪い。

「バナナは半分しか食べられないのに?」
ときたら、
「さっちゃんか!」
と答えるのが当然ではないか!





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受験はまだまだだからいいよね
今や引っ越し作業真っ盛り。
なのに社長と会長は全く意見が合わず、未だにイザコザしている状態だ。
なので、私と女子軍団は勝手に作業を進め、
なるようになれ的気持ちになっている。

それは構わないのだが、途中で予定を変えられるのだけは困る。
先日、暗くて狭い二階の倉庫から降ろした封筒が百数十箱、
リフトをつかったのだけど、あちこちの棚からかき集めて降ろしたのだ。
それが、

「とりあえずこれは新店舗に持っていかないでおこう」

なら、先に言えや。
どんなにほこりが溜まっていたと思っているのだ。

他にも、賞状用紙やハガキ類がどっさりあるのだが、もう無視だ。
やっぱり大きな棚を分解しよう。


そんなわけで、またもや仕事場の上の棚をバラき始めた。
やりやすい棚からやっていたので、手を付けたくない棚ばかり残っている。
というのは、目いっぱい棚板が入っている棚なのだ。

つまり、今までは商品の量の多い棚だったので、
一つの棚に、少ないと5~6段、多くても10段ぐらいしか棚板がなかった。
これがこれからは22段入っている棚ばかりだ。
関係ない人には通じないだろうが、とても嫌なのだ。

棚には荷物の乗っていなかった部分にホコリが積もっている。
それをきれいにしながら棚板を外し、棚を分解してリフトで一階に降ろし、
下で組み直して、棚板を入れて、商品を入れ直す。
あーいやだいやだ。
想像するだけでいやだいやだ。


想像するだけでいやだけど、こんなことは想定内だった。
だが想定外の問題が起こった。

棚が減ってくると広々としてくる。
とても気持ちいい。
が、二階の端っこの棚が無くなると、下に向かっても見晴らしが良くなる。

怖い。

私は高いところビビり症という重病を患っているので、二階の端っこに寄りたくない。
ところが今や、端っこだらけだ。
まだ残っている端っこの棚には、裏側に抜かなくてはならないピンがある。
それが、棚の上下前後にある。
後ろの上にあるのを抜くには、台に乗らなくてはならない。

二階の端っこで台に乗って高いところのピンを抜くだなんて、
それはもう、恐怖が怖い作業なのだ。
しかも、現場には私一人。
これでピン抜き中にクモでも出てきたら…






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大地が好き
世界にとどろく日本の名物、すし。
これを、某業界では「しーすー」などと言うらしい。
まったくなんてことをしてくれるのだ。
世の中は『し』で始まる言葉であふれている。
なのにどうして、『す』ではじまる「すし」まで『し』で始めようとするのか。

近くに辞書のある方はすぐに見てもらいたい。
辞書の項目で一番多いのは、かなりダントツで『し』で始まる言葉だ。
どうしてこうなっているのか、私なりに考察してみた。
その結果『す』にはのん気、
『し』にはカッコいいニュアンスが含まれていることがわかった。

ひとつ例を挙げてみよう。
『スーパーマン』は超ヒーローであるのに、ちょっと笑えるところがないだろうか。
『素のパーマン』だったり『酸っぱマン』だったり『スパのマン』なんかを考える。
それに引きかえ『シードラゴン』
こんなにカッコいい名前だが、実は『タツノオトシゴ』の英名だ。

『す』が、素、酢、巣など、のほほんとしているのに対し、
『し』は、史、師、死、士、資、詩などシリアスなイメージがある。
実際今変換してみて、『し』の懐の深さに驚いたところだ。


ちょうど今『シリアス』という『し』と『す』を使った単語が出た。
これの『し』と『す』を入れ替えてみよう。

すりあし。

どうだ、途端にのん気な言葉になってしまったではないか。
他にもこんな例があるような気がする。

「意志が固い」
「イスが固い」

「君のためなら死ねる」
「君のためならすねる」

「シトラスの香り」
「ストレスの蚊おり」

ほら、こんなに違う。
その原因に一つ思い当った。
『し』に比べ『す』には方言感があるのではないか。

たとえば、日本語の語尾でよく使われる『~です』の『す』をカタカナにしてみよう。
『~でス』
すごく方言っぽい感じを受けないだろうか。
勝手にイントネーションまで変えて、鼻にかけて発音してしまわないか。

これの過去形『~でした』の『し』を『す』に替えてみよう。
『~ですた』
うわー、これはかなりの方言だ。

これで結論が出た。
『し』は『す』より都会的なのでし。

あっ、逆も成り立ってる。





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地味ね
みなさんこんにちは。
もう元気になりました。

何のことかわからないだろう。
実はこの二日ほど、ちょっと体調を崩していた。
おなかが痛かったのだ。
子どもか。

おなかと言っても範囲は広い。
胃の辺りからヘソ部、下腹区、
最近は領土を広げ、サイドから背中の方にまでおなかが広がってきている。
なのにウエスト部がない。

痛かったのは下腹の方だ。
なんというか、すごく張っている感じで、
下品な話で申し訳ないが、ものすごくガスが出るのだ。
体内でどんどんガスが製造されて貯蔵しておけない状態だ。
だからこの出ていくガスというのが、推進力として利用できそうなぐらいのものだ。


原因には心当たりがある。
前日の夕食に、鳥肉じゃがを作って食べた。
家にある食材の肉部門と野菜部門で最も長く居るコンビだ。

とはいえ、傷んでいたわけではない。
ただ、鶏肉に対してジャガイモが少なかった。
あいにくタマネギを切らしていて、他にも具合のいい野菜がなかった。

目についたのがニンニクだった。
これは実家に行く途中にある農家の直売所で買ったものだ。
ビッグにんにくと言って、一粒が栗ぐらいあるやつだ。
これがビニール袋にゴロゴロ入っていたのを実家と半分こした。

残念なことに、このニンニクは大きい割にニンニク感がなかった。
スライスしても摩り下ろしても、全然臭くない。
私はニンニクの臭さが好きなのだ。
だから、これは長く放置されていた。
実はジャガイモより二か月も前から置きっぱなしだったのだ。


それがあることに気付いた私は、こいつをタマネギの代わりに使うことにした。
薄皮を向いて丸のまま肉じゃがに入れた。
よく煮込むとほくほくしておいしかった。

が、大きくても臭くなくてもニンニクはニンニク。
恐らくその成分は普通のニンニク並みだったのだろう。
だとすると、私が一度に食べたニンニクの量は尋常ではない。
臭くないことが私の食欲に歯止めをかけなかったのだ。


ただ、不思議なのは、これを私と同じように食べたちづるがなんともないことだ。
ひょっとして、どこかで音もなく出しているのだろうか。
あ、これは怒られるな。






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急には止まれない
予定は未定とよくいうが、予定とはこんなにも壊れやすいものか。
土曜日、実家に持っていく野菜を採りに行った。
草だらけだが、前日に雨が降ったので草取りはできない。
でも、いい天気だったので、
「一日干したらいけそう」
と思っていた。

隣の畑で草取りをしていた地主の叔母さんにも、実家の両親にも、
「私の一日干して、明日草取りするつもり」
と宣言していた。
でないと、ダイコンの種蒔きが遅れてしまう。

なのにどうだ。
実家から帰ってきて、自宅でンゴロンゴロと本を読んでいると、
にわかに天が掻き曇り、黒雲の裏でもンゴロンゴロといいだしたではないか。
そのうち「カリ」とか「パキ」とか鳴り始め、
ぽつりと一滴落ちてきたら、シャバダバシャバダバ大豪雨。

本を伏せて置き、窓から外を眺める私。
ああ、これで明日も草取りできない。

などと佇んでいたころ、開けっ放しだった掃き出しでは雨がしけこみ、
足ふきマットがボトボトに濡れていたのだった。


予定といえば、これからはややこしい予定が目白押しだ。
その中でも特筆すべき行事が二つ。
会社の引っ越しと、町内のドブ掃除だ。
昨日、ついにドブ掃除の回覧板が回ってきた。
今年は10月5日だ。

これはえらいことになった。
会社の新店舗のオープンが10月7日月曜日。
5日と6日はもちろん引越しだ。
見事に重なってしまった。

さて、わが町のドブ掃除は不参加の罰金が高い。
連絡して休んだら5千円、当日不参加は8千円の罰金だ。
この高額支払いを、あのちづるがはいはいと気分よく払うはずがない。

となると、ちづる自身がドブ掃除に出るか。
それはかなり嫌がっているようだ。
そりゃそうだ、朝の8時から昼過ぎまで無段取りの肉体労働なんて。

ここでもう一つややこしいことがある。
わが社の社長は、土曜日だけで引っ越しが済むと思っているようなのだ。
なにしろどこでも社長という人は、なんとなくぽわーっと思ったことを口にする。
どれだけの工程、作業があるかはわかっていない。
だから私は、土曜だけで終わるはずがないと思っているのだ。

でも、社長がそう思っているなら、土曜にできた分で終わり、
あとは月曜から仕事中に少しずつ片づけていってもいい。
バタバタしたってそんなこと知らない。
社長の考えなんだから。

そうなるとドブ掃除に出なくてはならない。
しかし、社長が「やっぱり日曜も出てもらわねば」と言い出す可能性も高い。
だから、私がドブ掃除に出るという段取りもできない。
で、当日休むとなると罰金が8千円だ。

あああ~、もう~~、社長がドブ掃除に出ろっ!





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完全分解の予定



私は週に一度、実家の食糧を買うために母とスーパーに行く。
実家のある町は過疎化の進む団地で、商店が無くなってしまった。
親父はもう運転をしていないし、
一番近いスーパーでも年をとって膝の痛い母にとっては野麦峠ほどの遠方だ。

食品はそのスーパーで買うとして、生活に必要な物は食糧だけではない。
そういったものは、私がホームセンターで買って行くことにしている。
なにしろ実家のある市には、小さいホームセンターが一軒だけだ。
私の住む市にはその数倍の規模のホームセンターが何軒もある。

それにしても、年寄りはどうして買うものをいきなり商品名で言うのだろう。
昨日頼まれた買い物を紹介しよう。

『単1電池4本入り1パック』
これはまあいいだろう。

『クリニカ』
これは私にも歯磨き粉だとわかる。

『ホワイト』
これだけだとなんだかわからないが、石鹸だと母から説明された。

『酵素入りポリデント』
何度か買っているから入れ歯関連だとわかったが、
洗浄剤か固定剤かと訊かれたら悩むかもしれない。

『ハイター』
なんとなく聞き覚えはあるけれど、それがなんだかはわからない。
たしか『キッチンハイター』とかいうのがあったと思うが、
“キッチン”がついてないのだからキッチン用品ではないのだろう。
でもキッチンでもそうでないところでも使う薬剤のようだ。

『キーピング』
なんだろう?
おそらく、なにかのどうにかなった状態をキープする役目のものだと思う。
でも、なんだろう?
私には『ブラウザ』とか『デバイス』などと同じぐらいわからない。

ともかく売り場がわからなかったら困るので、それはなにかと聞いた。
ハイターは漂白剤で、キーピングは洗濯のりだそうだ。
で、母はこのどちらも「粉末」を買ってこいと言った。
電話で聞きながらメモを取り、ひとつずつ復唱していったのだから間違いない。


ホームセンターに行った。
売り場を効率的に回りながら一つずつかごに入れていく。
順調な買い物だったが、最後で私は足を止めてしまった。
『キーピング』の粉末がないのだ。

液体のが二種類、それぞれボトルと詰め替え用がある。
ただ、その横の棚がカラになっていた。
ここに粉末のキーピングがあったのか。
なにか札があるのだが、メガネがないので読めない。
違うのを買って文句を言われても癪なので、買わずに実家に行った。

その旨を説明すると、
「キーピングは液体さ」
と、当然のように言う母。
絶~~~対っに母が言い間違えたのに、やつは私が聞き間違えたと思っている。
なんと腹の立つ。

でも、もっと腹の立つことは、
電池もクリニカもホワイトもポリデントもハイターもキーピングも、
食品を買いに行くいつものスーパーに売っていたことだ。






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説明書はよくお読みください
雨が続いて畑に行っていない。
今年はナスの切戻しをしなかった。
花の咲かなくなった枝や古い葉を切り落とし、秋ナスに備えることだ。

本当は古くなった葉はこまめに切らなくててはいけないらしい。
葉がナス本体を隠して、日が当たらなくなってしまうのだ。
もう光合成をできなくなった葉は邪魔者でしかないのだ。

この、葉を落とすという作業は案外気持ちいい。
切り終わったあとはとてもサッパリする。
ただ一つ気を付けなくていけないことが、葉っぱの裏だ。
小っちゃいクモや毛虫が隠れていることがある。
なんだかわからない生物のカラフルな卵が並んでいるのも気持ちが悪い。


葉っぱとは生物にとって絶好の隠れ家なのだ。
だからだろうか、葉っぱと“隠す”という言葉は妙に縁があるような気がする。
「木の葉を隠すなら森に隠せ」
ということわざがある。
葉っぱは隠すだけでなく隠される側にもなるのだ。

このことわざはどうして葉っぱを選んだのだろう。
小石を隠すなら日本庭園に隠せ、でもいいはずだ。
抜け毛を隠すならひじきに隠せ、の方が効果的な気もする。
これは葉っぱと“隠す”につながりがあるからに他ならない。

タヌキやキツネは葉っぱを額に乗せて化ける。
つまりは正体を隠すわけだ。
別に使わなくてもいいようなのに、わざわざ葉っぱを使っている。
それを見て発明されたのか、忍者は「木の葉隠れ」という技を使う。

枝葉末節という四字熟語がある。
本筋からはずれた些末なこと、という意味だ。
だいたい枝葉末節を言い始めるのは、本筋を隠したい場合に決まっている。
主に使われるのが政治の世界だ。
まあ、あそこもタヌキとキツネの集合体だが。


葉っぱと言えばだれでも思い出すのが、8×8=64。
通称「はっぱろくじゅうし」だ。
64はそのまま読めば「むし」
つまり「無視」これは感情を隠すことだ。
「無私」なら自分を隠すことだ。
「蒸し」はせいろで隠すことだ。


葉っぱは英語で「りーふ」
四枚あれば「フォーリーブス」
フォーリーブスと言えば「ブルドッグ」

♪にっちもさっちもどうにもブルドッグ

上靴を隠されたに違いない。


このように葉っぱは「隠す」と切り離せない関係にある。
それもそのはず、最初の人類アダムとイブが隠してたもんなあ。





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彼を描かなかったのはいつ以来だろう
政治、マスコミ、警察、出版社、社長、ドブ掃除、
私は今までいろんな方面を呪ってきた。
その中で最もたくさん呪ったのが、そう、気象庁だ。
そんなことを公表するってことは、もちろん現在進行呪い中なのだ。

車検の期日が近づいていた。
しかし、土日は両親を買い物や病院に連れていかなくてはならない。
なので、平日に車を預けることにした。
仕事が終わってから、ちづると二台の車でディーラーに行き、
帰りはちづるの車に乗ってくるという段取りだ。

その頃の週間天気予報では、雨なんて全然言ってなかった。
だから自転車通勤すればいいと思い、代車は断ってしまった。
秋晴れの涼風、どこまでも続くヒツジ雲、
初秋はサイクリングサイクリングヤホー日和なのだ。

だのに、さすがは女心と双璧を成す秋の空。
うつろいやすさはプリンの如く。
翌日いきなりの雨天ではないか。
通勤中に大降りされなかったのは、私の晴れ男チックな能力のおかげだ。

しかし、私の能力で支えるにはあまりに天は重過ぎた。
二日目の帰りは容赦のないドどしゃ降りとなった。
会社の軒の下、豪雨のカーテンの手前で私は自分を呪っていた。

どうして代車をお願いしなかったのか。
どうして傘を車に積んだまま車検に出してしまったのか。
どうして自転車用ポンチョを車に積んだままにしてしまったのか。

天気が悪そうだから傘を持っていこう、と思った昨日、
自宅玄関の傘立てを見て「しまった!」と額を打った。
入っていたのは車から降ろした農作業用ビーチパラソルだけだった。
濡れない、ということを考えたら傘よりもグッドなツールだが、
さすがの私も通勤中の世間の目が気になる。


それでも、自転車族の私は、会社に非常用のポンチョを置いていた。
ただしそれは携帯性を重視してあるのでちょっと小さい。
それに色がイエローなので、幼稚園児みたいな感じになってしまう。
とはいえ、とっぷり濡れてしまうと家に上がるときも面倒だ。
できる限りの雨除けをしよう。

スマホや財布など、濡れては困るものはビニール製の袋に入れた。
足元はどうせゴムぞうりだからかまわないが、ズボンは濡れてしまうだろう。

問題は頭だ。
来るときは布製の帽子をかぶっていたが、わざわざ濡らすことはない。
タオルを巻いたら、水を吸って重たくなってしまうだろう。
ポンチョのフードをかぶると首が回らないので安全確認が心配だ。
裸頭が一番雨を弾きそうなのだが、それでは僧侶の合唱団みたいだ。

考えた挙句、やっぱりポンチョのフードをかぶることにした。
だって、そういう機能のものなのだから。
わたしは雨の中に自転車をこぎ出した。

つるっ。

風を感じた瞬間、フードが脱げてしまった。





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撥水加工だね

あさ

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寝過ごしたー!





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ウチの会社の正面は店舗になっていて、その横が駐車スペースだ。
その奥にシャッターがあり、そこから倉庫になっていて、
真っ直ぐ入って行くと水道と冷蔵庫があり、そこから入ったところが私の居場所だ。

手を洗ったかお茶を飲んだかした時に、何気なく入口の方を見ると、
誰かがシャッターの当たりでおろおろしていた。
店に入るでもなく、誰かが相手をするでもなく、手持ち無沙汰な感じだ。

恐らくその人は目がいいのだろう。
私の姿を見つけると、微妙な会釈をした。
見つかっちゃった。
こうなったら相手をしなくてはならない。

近づいていって「いらっしゃいませ」というと、あちらの方が低姿勢だ。
どうもお客さんというより、どこかの業者さんのようだ。
私も「あのひとじゃないかな?」と思い当たる人がいた。
でもなんだか自信がない。

その人は私に、
「どうも、○○です」
と自己紹介してくれたのだが、その名前には聞き覚えが無くて、
「はあ」みたいなあいまいな態度をとってしまった。

するとその人は、
「あの福井の…」

やっぱり。
私が思い当っていた業者さんだった。
月に一度福井からくる業者さんだと思っていたのだ。
ただし、月に一度来るといっても、毎回私に会うわけではない。
なので私は、年に数回あいさつを交わすぐらいの間柄なのだ。

その人は、
「お忘れでしたか」
と悲しそうな顔をした。
悲しそうな、非難するような、いやそれよりも、
「私を忘れたの?」という驚きのニュアンスが含まれていた。
彼は、スキンヘッドだったのだ。

だからこそ、私も福井の人じゃないかなと思ったのだ。
ただ、その人であれば事務所に入り会長とお話をしているはずだ。
こんなところでぼんやりしているはずがない。
聞けば、別の業者が来ていて待っていたのだそうだ。

その人はこう言いたかったに違いない。
「おいおい、私を忘れたの?
 私はスキンヘッドなんですよ。
 こんな特徴のある人間、どこでも忘れられたことないよ」

もちろんそうだろう。
だから私も覚えていたのだ。
ただ、私はあなたが思っているより、スキンヘッドに慣れている。
いつもの居酒屋では、場合によってはカウンターにスキンヘッドが五つも並ぶのだ。
そんなグループで私は“次世代のスター”と期待されているのだ。


だから福井の人は私を覚えていたのか…?





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こんな設定もあったのよ
私はメガナーだ。
もっと詳しくいうとロウガンキャーだ。
若いころ、どんな遠くのケモノでもとらえることのできた視力が、
今になって文字を読むことを拒否するとは思わなかった。

老眼と言うのは音もなくジミジミとやってくる。
最初は「ちょっと見にくいかなあ」という程度なので、
試しに百均の老眼鏡を買うことになる。
ところが、老眼は三歩進んだら二歩下がることはない。
ただひたすら悪化していき、どんどんメガネの度数は上がっていくのだ。

しかも、老眼鏡は必要なときに手元にないととても困る。
文字を読むとき以外には必要ないので、持ち歩く習慣がない。
なので、あちこちに配置することになってしまうのだ。
私の場合をご紹介しよう。

和室のパソコン用(百均、1.0)
食卓の新聞用(百均、1.5)
自分の部屋のパソコン用(ちょっとおしゃれ、1.5)
仕事中の携帯用(折り畳み式、2.0)
居酒屋用(首にぶら下げるペンダント型で弦無し、2.0)
寝床の読書用(おしゃれ、2.0)
お出かけカバン用(メガネ屋さんで作った遠近両用、2.5)
車用(UVカットのメガネに取り付けるタイプ、度数不明)
台所用(カード型)
会社の機械用(虫眼鏡)
精密お絵かき用(大きな置き型虫眼鏡)

どうだい、これだけあれば『ロウガンキャー』を名乗るのももっともではないか。


ところが、先日から頭の痛い、いや、鼻の痛い問題が起きた。
和室のパソコン用の鼻に当たる部分が片一方だけ取れてしまったのだ。
さすが百均。
これは痛い上に度数も弱く、耳にかかる部分が曲がっていないので不便だった。
食卓の新聞用もネジがゆるんできて、うつむくと落ちてしまうようになった。

ここは新しいのを買おうではないか。
そう思って似合いもしないおしゃれな店に行った。
最近はオシャレなお店に老眼鏡が置いてあるのだ。
ちづるに見てもらい、私に似合う三つのタイプから、
まず、一つだけ高いのを排除し、次に自部屋用に似ているのを排除した。

選んだのはツルの部分が革製っぽくて、フレームがコーヒー牛乳色だ。
なかなかのお気に入りになった。
ただし、これは1200円もしたのだ。
和室と食卓では兼用ということになった。

ちなみに和室のパソコン席と食卓の私の席は、徒歩3歩ほど離れている。
今は食卓に置いてあるのだが、パソコン席に座るたびに、
「あ」と気付いて取りに立っている。
百均でいいので、もう一つ欲しい気になってきている。

さらに、テレビを寝転がってみているとき、新聞の番組欄を見ようとすると、
起きあがって食卓のメガネを取らなくてはならない。
寝転がりようも百均でいいので欲しくなってきている。





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ホントは頭に乗っかっててはくれない
長かった夏休みが終わり、今日から九月。
外は子供たちの涙雨。
今日は出勤の道が渋滞するであろう。

てなわけで昨夜は末日、毎月恒例のみそか寄席に行ってきた。
日曜日と言うことは、普段仕事を終えてから9時半の部に来ている人も、
余裕を持って7時の部に来ることができる。
恐らくそんな理由で、我々が行く9時半の部のお客さんは15~6人だった。

それでも舞台は大盛り上がり。
特に最後の大喜利では、開口一番の若手が灘中から京大卒と言うエリートだった話や、
ゲストの噺家さんの通う歯医者が毎回百円なんて話で腹を抱えて笑った。


そんなわけで今日は睡眠不足だ。
寝たのは1時過ぎだった。
いつもなら目覚ましを40分ほど遅らせておくのだが、
毎月戻すのを忘れて、その翌日は寝過ごしている。

なので、今日は無理して普段通りに起きた。
さっさと更新をして、いつもの時間まで仮眠を取ろうという段取りだ。


てなわけでカレンダーです。
今月は全く時候季節に関係ない絵になってます。

くが~つ


見たとおり、テーマはイス取りゲーム。
今年のカレンダーの中では、自分的にけっこう気に入っている一枚です。
ヨンホンゲのポーズや表情がええ感じに描けたと思っています。

ただ一つ、目線が違うのよね~
最初はもうちょっと違う構図だったんだけど、
その時の下書きのまま黒目を入れちゃったのよ。
ま、周りにも気を配ってるって思ってもらえます?

久しぶりに下絵も載せてみよう。

せぷてんば

地味でしょ。
いかに数字と色でごまかしてるかってことなのです。




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