2014年01月

ここでは、2014年01月 に関する情報を紹介しています。
どうやら私の体内の免疫機能がインフルエンザウィルスの駆逐に成功し、
もはや逃げ惑う雑魚ウィルスを追い回している状況になったようだ。
つまり、熱も下がり、体は健康なときと変わりないようになったが、
他人にうつす可能性があるから出勤禁止、ということだ。

とはいえ、畑や買い物に行くわけにはいかない。
飲みに行くこともできない。
休日に買い物に行く予定を実家に電話したら、
「ひえ~、そんな人に来てもろたら困る」
と言われてしまった。


一番悔しいのは、今夜のみそか寄席に行けないことだ。
およそ18年、皆勤で通っていた月末のお楽しみだったが、
ついに連続記録が途切れることになってしまった。

いや、マスクをして行くこともできるだろう。
体力的にはなにも辛いことはない。
マスク姿の人も時節柄何人も見かける。
ただ、狭い空間に大勢の人が密集し、ガハゲヘと大笑いをするのだ。
これでウィルスがうつっていかないはずがない。

ましてや今日は金曜日明日が休みで来客数も多いだろう。
おそらく、今夜一泊して明日お伊勢参りと言う人もくるはずだ。
以前、噺家さんが「遠方からおいでの方」と尋ねたら、
秋田や東京から来ているお客さんもいた。
赤福の朔日餅に関連しているので、だんだん有名になってきているようだ。

そういう人たちが、私の体内から追い出された雑魚ウィルスを吸着し、
翌日、芋の子と落花生を一緒にもみ洗いしているような参道に出てゆくのだ。
袖擦り合うも多少の縁というが、そんな縁を追い詰められたウィルスが見逃すはずがない。
そして引き起こされるのが、伊勢発パンデミックだ。


日本人は菌やウィルスに敏感だ。
感染系の事件があれば、役所や学者がその出所を血道を上げて探し出す。
そのうち誰かが見つけ出すだろう。
「インフルエンザだけどみそか寄席行っちゃいました」と言うブログを。

私は吊し上げられる。
おかげ横丁の人たちが私を責める。
「お前のおかげでせっかくの遷宮効果が!」
「お前のおかげで築き上げた観光産業が!」
「お前のおかげで!」
「お前のおかげで!」

こうなると、もうもう止めることはできない。
私がガクガクブルブル震えながら、
「元は会長の奥さんで」
などと言っても通じない。

首相のホームページにはどんどん投書が集まってくる。
「あいつを国外追放にしろ!」
十万なんてあっという間だ。


そんな目にあいたくないので、おじいさんのような過ごし方をしています。








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逃げ道はない
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昨日はお昼まで寝て、伊勢うどんを食べた。
熱を測ったら38度5分もある。
医者に行こうと思って検索してみた。
なんと、午後の診察は3時から。
そんなには待っておれんから寝よう。

目が覚めたら3時。
熱は変わらず。
医者に行こう。

このお医者に行くのは2005年の3月30日以来だ。
どうしてこんなに詳しく覚えているか。
この『いぢわるこみ箱』の記念すべき第二回が、このお医者に行った話なのだ。


受付に行き保険証を出す。

「どうされましたか?」

「熱が出まして」

「じゃあ、計ってみてください」

と言って体温計を渡された。
そしてもう一言。

「ちょっと離れたところにいてくださいね」

インフルエンザを疑われているのだ。
これは仕方がない。
テレビや雑誌のあるところには4~5人の人が待っている。
私はそこを通り過ぎ、診察室の前あたりの椅子に座った。


熱は38度2分。
体温計を受付に渡しに行った。

「ああ、高いですね」

「はい」

「じゃあすいませんが、廊下の突き当りを右に曲がったところ、
 トイレの前に椅子があるのでそこで待っててもらえますか」

インフルエンザを疑われているのだ。
だから隔離されるのだ。

名前を呼ばれて診察室に入った。

「この症状やとインフルエンザでしょうなあ。
 ちょっとしらべてみましょうか。
 ほうら出た」

インフルエンザでした。








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ちょっと下がりました

病気

カゼヒイタ


ネツデタ


アタマイタイ


ヤスム








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ダウン
私はくさいが季節はハクサイだ。
鍋物真っ盛りのシーズンだ。
ただ、今年は不作のせいかやたら高いのでニュースにまでなっている。
ウチもなるべく農家の直売所で安いのを買っている。
ちなみに、私がくさいのは発芽しかけたニンニクをあわてて消費しているからだ。


私は週に一度、買い物難民の母を連れてスーパーに行く。
母が買うのは、自分たちの生活に必要な物、お駄賃に私が買ってもらうもの、
そして親父が欲しいと言ったものの三種類に分けられる。

先日、私が買ってもらったキムチを親父が羨ましそうにしていたので、
次の回に親父の分を買ってやった。
ちょっと高級なやつを買ったので、翌週にどうだったか訊ねてみた。

「うまかったけど、もう葉っぱの方しか残っていない」

自分の好きな軸の方を食べてしまったのでもういらないというのだ。
なんというゼイタク。


話は変わって、スナックのママ子さんの母親は野菜を育てるのが好きだ。
なので苗をたくさん作った時は分けてあげている。
そんな話をしていたらママ子さんがこう言った。

「チンゲンサイは軸ばっかりだから好きじゃない」

もちろんハクサイも葉っぱの柔らかいところが好きだという。
どうやら世の中には、ハクサイの軸派と葉派があるようだ。

ちづるにその話をしたら、ママ子説に賛同した。
軸は水臭いというのだ。
たしかに軸の部分はなかなか味が浸みないし、スープにも絡まない。
食べ物としては淡白だ。


私はどちら派か考えてみた。
鍋物だとやはり葉の方が味があっておいしい気がする。
でも、ポン酢にどっぷり浸けると、葉の部分は味が濃くなりすぎる。
翌日に残った鍋だと、味が浸みこんで柔らかくなっているのでどちらでもいい。

キムチの場合だと、焼き肉など脂っこいものを食べているときは、
サッパリしている軸部分の方がいい。
ここでも葉っぱ部分は味が絡みすぎていて辛いと思う。
でも、ごはんに乗っけて食べるなら、断然葉っぱ部分がおいしい。

ハクサイの漬物だったらどうか。
反則技だが、私は細かく刻んで葉も軸も混ざっているのがいい。
それで気づいたのだが、どんな料理でもハクサイの軸は細かくすればいいのではないか。
鍋でもキムチでも軸部分の切り方が大きすぎるから嫌がる人がいるのだ。

どうして細かく切らないのか。
キャベツはあんなに細く切りたがるではないか。
切れ、刻め、そして混ぜてしまえ。
そうしたら、軸派葉派なんて派閥もなくなり、争いはなくなるのだ。

ニンニクは薄くスライスしています。








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眉毛は伸びた
今日の出勤は恐ろしい。
会社がどのような状況になっているかわからないからだ。
一見、普段と変わりないようでいながら、
見えないところで事態が進行している場合がある。

木曜日、会長の奥さんがおやつを持ってきてくれたとき、

「体の節々が痛いわあ、風邪かしら、ほほほほほ」

と言っていたのだが、
翌日金曜、出勤すると奥さんはマスクを掛けていた。

「やっぱり熱が出たわ、ほほほほほ」

それでも元気そうに見えていたのだが、
十時ごろに会長が私のところにやってきた。

「インフルエンザやった」

やっぱり。
だとしたら会長、あなたもこちらには来ないでほしい。
なにしろ事務所は密室だ。
今の段階で症状がなくても、すでに保菌者、いや保ウィルス者である可能性は高い。


事務所は店舗ともつながっている。
となるとたくさんのお客さんがやってくるわけだ。
その中にインフルエンザ持ちの人もいたかもしれない。

しかし、もう一つの感染経路も考えられる。
数日前、パートの口数多子が、

「息子がインフルエンザで~」

と言っていた。
インフルエンザに感染するとのん気になるのか。
持っている可能性があるなら近寄ってくるでない。


さらに恐ろしいのは学校感染だ。
抵抗力の弱い子供が集まっている学校は、まさにウィルスの培養所といってもいい。
現に、口数多子の子供が通っている学校でも休む子供たちが増え、
学級閉鎖も考えられていると言っていた。
そこへ、本社のN岡の子供も通っている。

こうなると本社もどんな状態になっているかわからない。
荷物を取りにやってくるО川、N岡、U氏もうかつな接触はできない。
ときどきやってくる社長や会長にも当然気を付けなければならない。
一番怖いのは発症した奥さんと一つ部屋で過ごしていて、
私に伝票を持ってくる事務所の女の子たちだ。

幸いにも、私の職場は私一人だ。
常にマスクもしている。
だから私だけはきれいな体でいるはずだ。
ゾンビ映画なら主人公の役割だ。
私は伝票が届けられるたびに「来たな」とカッコよく身構えている。








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葉緑素?

スマホから更新できるかな

権利

ちづるが落書きをしていた。






ちづる作


ちなみに私は昨日、新年会だった。








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似ているか
世の中は今、少子高齢化とか言って子供が少ないのだそうだ。
しかし、徒歩通勤をしているとそうは思えない。
あちこちに小学生がいて、それを避けて歩くのに苦労するぐらいだ。

もう一つ多い思うのは『子』という漢字だ。
これもやたら目にする。
子供に関係ない事柄に、どうしてあんなに『子』が使われているのだろう。

例えば『調子』
たしかに子供にはお調子者が多いが、
『調子』という言葉の意味には子供は関係ないだろう。
いったい語源はどうなっているのか。

『拍子』というのもある。
手拍子だとか三拍子だとか、いわばリズムのことだ。
これも、どう子供が関係しているのかわからない。

落語の『お囃子』も『子』が付く。
なにか音楽関係から始まった『子』の流れがあるのだろうか。

子供に近い言葉としては『遺伝子』なんてのがある。
原子、分子、電子など物理学的なジャンルには多いようだ。
これは『因子』というのが最初にあるように思う。
だとして『因子』はどうして『子』なのだ。


『し』と読まない『子』の例に『椅子』がある。
これは全くわからない。
椅子のどこに子供の要素があるのか。
音楽とも因子とも関係がない。
なんだ、椅子って。

『餃子』なんてのもある。
子供に関係ない上に、読み方が『ざ』だ。
子供ってやつは自由だが、漢字まで自由か。

○○子という使い方は、私の世代からしたら、女子の名前だ。
今はかなり少ないらしいが、私の同級生女子は『○○子』の確立がかなり高かった。
では、そんな感じでやってみよう。


その日、古賀付(こがつく)家の女当主、調子(ちょうこ 40歳)は悩んでいた。
一人娘である拍子(ひょうこ 17歳)を狙うという脅迫状が届いたのだ。
「奥様」
「あ、お囃子先生」
お囃子(おはやこ 32歳)は拍子(ひょうこ)の家庭教師だ。
「これは遺伝子さんの仕業に違いありませんわ」
「そんな・・・」
遺伝子(いでんこ 41歳)は古賀付家の財産を狙う親戚だ。
拍子の代わりに自分の娘因子(いんこ 22歳)を次期当主にしようと目論んでいる。
ちなみに因子には原子(げんこ 2歳)分子(ぶんこ 同)電子(でんこ 同)
という三つ子の娘がいる。
「奥様、勝手ながらワタクシ、知り合いの探偵に事件を依頼しましたの」
「探偵?」
遺伝子(いでんこ)の知り合いの探偵、
彼女こそ著名なる安楽椅子探偵、安楽椅子(あんたのいこ 年齢不詳)なのだ。
「そんなことはさせないわ」
突然の声に振り返った調子(ちょうこ)の顔色が変わった。
そこにいたのは、彼女の過去を知る女、餃子(ギョーこ 年齢不明)だったのだ。

つづく








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話はまとめてからにしろ
昨日はいつもの居酒屋に飲みに行った。
と言っても、ただへべれけになりに行ったのではない。
お金を払う、という目的を持っての行動だ。

というとツケでもしたのかと思われるかもしれない。
そんなことはしない。
泥沼に沈んでしまいそうだから、それだけはすまいと誓っている。

じゃあなんのことか。
実はもうずいぶん、このお店でお金を払っていないのだ。
前回行った時のことは、ここのネタにもした。
15日の『ハイペース』というダウン絵だ。
前日に豪儀な社長さんに遊ばせてもらった。

その前は、さらに一週間さかのぼる。
その社長さんの知り合いの常連さんが、バイト料が入ったからと言って奢ってくれた。
この常連さんがある仕事の熟練者で、件の社長のところにバイトに呼ばれるのだ。

正月休みを挟むので、その前はクリスマスになる。
トナカイの格好をしていたわたしは、ある人のなじみの店に連れて行かれそうになった。
でも、初顔のところにトナカイで行くのは嫌だったので断ったら、
「そんならワシ一人で行く」
と怒って、なぜか私の分を支払ってくれた。

このように、私は連続おごられ記録を更新し続けていたのだが、
もうおっさんなのだから、おごるぐらいでなくてどうすると反省した。
だから昨日は払う気まんまんで出かけたのだ。


普段より遅い時間に入ったのに、私が一番乗りだった。
やがてぽつりぽつりと常連さんが来て、
気が付いたらカウンターは満席。
なので私は座敷で相席に追いやられた。
とはいえ、なじみの顔ばかりなのだ。

そのうちに潮が引くようにみんなが帰っていく。
気が付いたら9時を過ぎていた。
大体私はみんなを見送って帰りそこねるのだ。

店もヒマになってきたので余裕ができたらしい。
おかんやバイトと客が一緒になってしゃべっていたら、
どんな筋道だったか忘れたが、イチゴ大福の話題になった。
そうなると必ず食べたいと言い出すのが、バイトのMえだ。

払う気満々の私は「よっしゃ、まかせとけ」と店を出た。
Mえの運転でコンビニまで買い物だ。
デート気分でいろんな種類の甘ものを買って店に帰り、
早い者勝ちで取り合いをした。
私はクリームたっぷりロールケーキを、
誰かがおごってくれた生ビールでいただいた。

で、帰る段になったら、おかんが甘もの代を出してくれたからお代はいらないという。
さっきみんなに「ごちそうさまでした」と言われてしまったのに、
それではおかしなことになるではないか。
でも、私のおあいそがいくらか教えてくれないので払えない。

そんなわけで、この店でお金を払っていない記録は更新中だ。
ああ、早く払いに行かなければ。







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他に思いつかなかった
神社に来た





お賽銭いれた





運勢をみる





凶?










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最近やっと徒歩通勤にはショルダーバッグは向いてないと気付いた。
暑くなって脱いだ上着を入れたりするには便利なのだが、
どうしても左右対称にならない。
つい右側ばかりで持ってしまうので、思わぬ右折をしてしまう。
体もなんだか右に傾いていくようだ。

やはり歩くにはリュックサックがいい。
左右対称だし、両手が空くので大きく手を振って歩ける。
なで肩の私は、ショルダーバッグは手を添えていないと、ずり落ちてくるのだ。

押し入れをガサ入れしたら懐かしいリュックが出てきた。
マチ部分にチャックがついていて、厚みを調節できるというすぐれものだ。
だとしたら、薄くして持ちたい。
よし、まずは持ち物を減らそう。


今までのショルダバッグはただの布袋のタイプだ。
ポケットもないので荷物が整頓できない。
なので、無印良品で買った、バッグインバッグというのを持っていた。
ポケットの寄せ集めみたいなものだ。

考えてみれば、これ自体が荷物なのだから廃止したい。
中身を厳選してリュックのポケットに移す。
持たなくていいものは持たない。
会社に置いておけばいいものは会社に置いておこう。

とりあえず、一番小さなポケットに文庫本を入れる。
これは大切だ。
昼休みしか読まないのだが、もし家で読みたくなったらと思うと、
会社に置いてくる気になれない。

もう一つのポケットはもう少し厚みがあるのでいくつかのものが入りそうだ。
まず、マイ薬袋を入れた。
ここには胃薬や頭痛薬、絆創膏、耳かき、鼻毛切、はさみ、毛抜きなどが入っている。
人間いつどこでどんな災難に襲われるかわからない。
非常時には備えておく必要がある。

次に出てきたのがブレスケアだ。
臭い息がステキなミント臭に変わるというナイスな錠剤だ。
人間いつどこでどんなチューをする事態に襲われるかわからない。
持っておこう。

ゴマは必要だ。
おなかが減った時、これを少し口に入れ、一粒ずつ噛みつぶすのだ。
そうすると食欲が紛れ、ダイエットになるという机上の空論だ。

スマホ用のイヤホンも持つ。
使ったことはないけど、なんか持っているのがかっこいいではないか。


なんだかんだで全部移しただけじゃないかと思った人もいるかもしれない。
でも、かなり荷物は減った。
綿棒とメンソレは会社に置いてきたし、鏡も持つのをやめた。
これでとても身軽になった。

ただ、昨日は荷物があった。
サウナに行ったので、着替えを持っていたのだ。
でも、おにぎりさえ食べてしまったら、リュックを薄いバージョンにできる程度だ。

そしたら会社にラーメンがやってきた。
日本各地の名物ラーメンが月に一度、三種類ずつやってくるというお楽しみだ。
仕方ないのでリュックを厚くして、ラーメンを詰めた。
その上に着替えだ。
それを持って、サウナからスナックへと遠回りをしたのだ。








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疲れるぞ
書道の達人が字を書くシーンを見た。
さすが有段者と感心するのはそのバランスだ。
上手な人が書くと、どんな字でもとても安定感がある。
逆に下手な人の字は、常に綱渡りのような不安を感じる。

そもそも、漢字自体に安定感のあるものとないものがある。
だから、字が苦手な人が書かねばならない窮地に陥ったら、
なるべく安定感のある字を選べば良いのではないだろうか。


一番安定した字はなんだろう。
ポワッと考えてまず浮かんだのは『土』だ。
この字をドンと置いたらもう動きませんという感じがする。

ただ、ちょっと画数が少ないので、上の『十』の部分が弱いような気もする。
ドンと置いたらぷらーんぷらーんと揺れそうだ。
それを上から抑えてみよう。

『圧』はどうだろう。
ううむ、やっぱり左右対称でないと安定していない。
左側だけ囲いがあるから、なんかのはずみで『土』がプリッと右に出てしまいそうだ。

真上からドンと乗せてみよう。
『堅』
いかんいかん、やっぱり頭でっかちになると不安定だ。
『土』意外に活路を求めよう。

さっきから「ドンと置いたら」なんて仮定を何度かしているが、
ドンと置くならなんといっても箱だ。
『回』と言う字はどうだろう。
妙な話、クニガマエは縦長だが『回』は横長だから置きやすい。

ただ問題は、箱の中身だ。
外側の『口』はいいが中の『口』が空中に浮いている。
空中に浮いているものはふわんふわんしそうに感じる。
これはダメだ。

いいのがあった。
『皿』だ。
昔「逆鉾」という相撲取りがいた。
伏せた盃のように安定しているという命名だ。
非常にそれに近い形の字ではないか。


しかし、底が平らなのはいかがなものか。
平面というのはよほど平面でないとガタガタするものだ。
そういえば最も安定するのは三本足だと聞いたことがある。
たしかに三点で支持すれば、テーブルも椅子もぐらぐらしない。

じゃあ『木』だろうか。
真ん中が長いのがちょっと気になる。
だからと言って『爪』は分解してしまいそうだ。
安定を置くことに絞っているのが間違いなのだろうか。

『平』のようにやじろべえ的安定を目指すべきか。
それとも『手』のようにぶら下げた時の安定を選ぶか。

今いいのを思いついた。
『金』はどうだろう。
全体が三角形でピラミッド的安定感があるし、
つりさげたら風鈴みたいではないか。
しかも意味的にずっしりしてそうだ。

よし、決めた。
私は字を書かねばならない時は『金』と書く。
誤解を受けなければよいが。








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棒では取れん
実家に行って買い物を済ませたら、もうお昼が近かった。
雪の舞う寒い日だったので、
「かまあげきしめんしよか」
と言い出した。
なにやらお気に入りの乾麺があって大量に買い置きしているのだ。

両親はともかく柔らかい麺が好きだ。
私は一煮立ちしたぐらいの固いそうめんが好きなのだが、
のりの一歩手前、みたいに煮込んだ冷麦を食べさせられたことがあった。
それがきしめんだ。
きっととても煮るのであろう。


袋に書いてある説明では、4~6分茹でること、と書いてある。
だから4分茹でると母は言う。
短い方の時間を選ぶとは珍しいことだ。

大なべに湯が沸騰したので麺を投入する。
しばらくしたら吹き上がってきた。
火を少し弱め、ふたに菜箸を噛ませて隙間を作る。

「そしたら今から4分」

「えっ、麺を入れて4分じゃないの?」

「沸騰してからって○○先生も言うとったよ」

○○先生とは料理番組の先生らしい。
母は時計を見た。

「そやから、55分までな」

それだと6分ではないか。
なぜ4分茹でるなんてウソをついた。

すると今度は、ちょっと浅めの鍋を出してきた。
かまあげは鍋から直接食べるから浅いから食べやすいというのだ。
だがそれだとべらぼうに洗い物が増えるではないか。
なぜ、最初から浅い方の鍋で茹でない。

その理由は、1、大量の鍋で茹でた方がおいしいから。
2、一旦茹でた面を水洗いして、もう一度茹でるから。

かまあげなんだから洗う必要はないのではないか。
茹でっぱなしのものを食べるから“かまあげ”なのではないか。
そう説明してやると、なるほどそれなら楽だということで、
茹でた麺を浅い方の鍋にお湯ごと移した。

けっこうな重さなので私が運んでやろうとすると、
食卓には卓上コンロが出ている。
なんと、鍋物のように煮ながら食べるのだという。
釜揚げだから、だそうだが、かまあげをどんなものだと思っているのだろう。

麺がぐつぐつ煮えている間に、つけ汁を器によそう。
なぜそれを先にしておかない。
やっといただきますをして昼食が始まった。

私が麺を洗う必要はない、などと言ったから固いと文句を言われた。








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腹が減りすぎて・・・
最近は朝、コタツで更新しているのだが、コタツは温まるまで時間がかかる。
暖かくないコタツは寒い部屋より寒い。
だからスイッチを入れてから、しばらく待たなくてはいけない。

私はその時間に飲み物を作る。
マグカップに牛乳と粉末の青汁を入れ、レンジで1分。
この間にコタツは温まり、飲み物で体の内側からも温まる作戦だ。

最近いろんなセンサーが衰えてきて、やたらモノを落としたりこぼしたりする。
この日は青汁の粉末をこぼしてしまった。
でも粉末だから困らない。
温めた牛乳をスプーンで混ぜてコタツに持って行き、一口飲んでパソコンに取り掛かる。

ふと気づくと、なんだかミドリだ。
いったいなんだこれは。
わかった!
マグカップの取っ手の上に粉末青汁が乗っていたのだー。


弁当のおかずは卵焼きだ。
そこに冷凍の春巻きを一つ。
控えめバージョンだからこれだけでいいのだ。

しかし、朝ごはんのおかずがない。
野菜炒めでもすればその残りを食べられたのだが、卵焼きはほとんど残らない。
納豆をしよう。

最近の納豆は工夫がされている。
パックのふたをパキッと割ると、中からたれが出てくるようになっている。
このシステムだと、納豆にかぶせてあるあのややこしいフィルムが必要ない。
これはとてもありがたい。

ただ、このタイプのものはからしが入っていない。
納豆はからしが入ると倍の味だ。
家にあるチューブのからしを入れよう。

チューブからからしをしぼりだす。
適当な量が出たが、これが切れない。
納豆にぬすくる訳にはいかないので、プルプル振って切ろうとする。

切れた。
だが下に落ちない。
横に飛んで納豆を混ぜていた箸にくっついた。
それも結構上の方に。
うえ~ん。


会社でお昼休みに見ているテレビが点かなくなった。
リモコンに反応しないと思ったら、主電源のランプが消えている。
それ以来、数日の間会社でテレビを見ていない。

その話をするとちづるがどこかにボタンがあるはずだという。
側面までよく見てみろと言うので探したら、発見できた。
ボタンを押すとテレビがついた。
別に見たい番組があるわけではないのだが、ごはんを食べている間が寂しいのだ。

ごはんを食べ終わったら私は本を読む。
リモコンでテレビを消す。
消えない。

そうだ、テレビが見えなくなる前、リモコンの反応が鈍くなっていたのだった。
たぶん電池がないのだろう。
だから誰かが主電源でテレビを消したのだ。
あー。








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離れていても





ほらこのとおり
昨日は新年会だった。
社長のお父さんである相談役のお友達が始めたレストラン兼旅館での飲み会だ。

こういう普段と違うところで飲むのは結構難しい。
いつもの居酒屋なら、生ビール一杯と酒三杯でリミットとわかる。
だが、瓶ビールが並んでいて、冷酒の小瓶があって、
焼酎と日本酒の一升瓶があって、
まあまあまあと注がれているとどれだけ飲んだかわからない。

今、ダウンにはなっていないが、なかなかのふんわかぶりだ。
ああしんどい。
で、今日は出勤の番なのだ。


ちなみに私は本社に出向くことがないので、
配達でこちらに来る人以外は、こういう宴会でしか会わない。

事務所にカワイコちゃんがいる。
今年から土曜出勤が私と一緒になった。
でも彼氏ができたらしい。
しくしく。

もう一人のベテラン事務員さんは酒豪だ。
ほとんどものを食べずに酒だけを飲み続ける。
しかも酒はなんでもOKだ。
結局料理はほとんど人にあげていた。

そうそう、いろいろ頭を悩ませてはいたが、カラオケはなかった。
それでもボソボソした会にならなかったのは、宴会屋がいたからだ。
営業のMくんは、ともかくサービス精神が旺盛だ。
趣味は手品。
昨日は、メンタルなんとかという、人の心を読む技を披露してくれた。

さらに、わが社恒例となっているのがビンゴだ。
いつも彼が主になって商品を用意してくれている。
ちなみに私は、もっともエロい賞が当たった。
わくわくして中を見てみると、浅香唯のCDだ。
『恋のアップサイドダウン』


あ、もう朝の用意をする時間だ。
それでは皆さん、ごきげんよう。

ああ、休みたい。








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月三回はいかんだろう
先日、とある事情で私は朝ごはんが食べられなかった。
お昼用のおにぎりを作るのもしんどくて、
ちづるの弁当と朝ごはん分しかごはんが減らなかった。
そんなわけで、およそ2食分の冷ごはんができてしまった。

夜、私は元気になっていた。
でもお酒を飲んでいてはいけないような気がしていた。
とはいえ、昼間あまり食べなかったのでおなかはぺこぺこだ。
残りごはんで久しぶりにチャーハンをしようと思った。

でも、これが夕飯だとしたら、二人分には足りないように思う。
ちづると相談の末、もらい物のそばも食べることにした。
説明書を捨ててしまったので何分茹でたらいいかわからない乾麺だ。

チャーハンとそば、どちらもできたてがおいしい。
でも、二つ作り始めて同時に出来上がるというのは難しい。
どちらかを食べ終わってから、もう一方を作るとしよう。
ちづるにどちらが先に食べたいか訊いたら、そばと言うのでそうすることにした。

包みを開けたら、そばは6束入っていた。
でもなんだか1束が小さい。
物足りない感じがする。
なので3束茹でて二人で分けることにした。

そばを茹でている間に、何か具はないか冷蔵庫を探した。
無具の素そばは寂しいものだ。
野菜室を見たら、使いかけのヤマイモがあった。
これをすりおろしてとろろそばにしよう。

すりおろしたら結構な量があった。
でも、おろしてしまったら置いておくわけにはいかない。
かといって、チャーハンに掛けるのは妙だ。
パラパラとぬるぬると言う食感は同居できない。
だから、全部そばに入れてしまった。

おなかがいっぱいになった。
もうチャーハンは食べられない。
残りごはんはどうしよう。

そこで考えられたのが、チャーハン弁当だ。
それならごはんを炊かなくていいし、残りごはんを消費できる。
では、朝ごはんをどうするか。
餅はもう食べ終わったし、冷凍のパンも連休でなくなった。
そうだ、そばにしよう。


この案にちづるもウキウキだった。
ところが、誤算があった。
朝からなぜか会社への文句をパソコンに打ち込んでいたのだが、
ときどき「んぎー」となってなかなか書き進まないのだ。
気が付いたら遅い時間になっていた。

あわてて弁当用のチャーハンにとりかかる。
あ、ネギがない。
肉気はハムだ。
しかたない、ケチャップでチキンライス風にしよう。

そんなこんなであたふたしているときに、わかったことがある。
チャーハンとそばは同時に作れないということだ。
私はちゃんと学習していたのだ。
ただ、それが活用されはしなかった。

そんなわけで、チキンライス風のものが朝ごはんになった。
弁当はなしだ。
何の話だ。








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武士道なんてない
ここに仕事の愚痴を書いても仕方がないが、どうしても誰かに言いたい。
そして、それ以外に何も思い浮かばない。


今日、本社からI川君がやってくる。
みんなが本社に行ってしまう前は『新人クン』と紹介していた働き者だ。
ちょいと寄るだけではなく、一日こちらの仕事を手伝いに来るのだ。

というのも、無茶な仕事が入ったからだ。
以前、ウチの会長(合併前のウチの社長)が担当していた時は、
3か月分の予定がわかっていた仕事で、
急ぎの時でも、十日は納期のあったややこしい仕事だ(A)。
これが一度に三種類。
そこへインターネットで年に二回ほど注文の入る300キロの送りが来た。

どちらも先週の木曜に注文が入り、
「来週中でいいから」
と言われた。
土曜と月曜が休みだ。
実質四日ではないか。

そこへ、常に在庫しておけと言われているもの(B)が何種類も一気に出た。
もう一度出た。
だから本社に「無い」と言ってやった。


なぜこんなことになるのか。
今の社長の方針で、電話を受ける女の子に、
「すべての仕事を引き受けろ」
と言ってあるからだ。

最初にあげた大仕事に関しては、発注してくるお得意さんも担当が変わっている。
だから、その納期で引き受けてしまったら、ずっとそうなるではないか。

もちろん、それ以外の仕事もどんどん入ってきている。
本社事務所からも、どんどんこちらに回してくる。
それをことごとく断っていたら、社長が来た。
私も言いたいことは言っておいたが、そのあと社長と会長で話をしたようだ。

翌日、会長が来た。
「社長は、“無理”になる前に連絡が欲しいと言っている」
と言う。

それなら、仕事の注文が入る前に予定を教えろや!

どうしたらいいのか、ホントはわかっている。
残業すればいいのだ。
でも残業するなと言っているのは社長なのだ。

万が一、残業になるときは、事前に届をすることになっている。
何時ごろまで何の仕事でと言う書類を書いて出すのだ。


さて、ここからが一番の愚痴だ。
先に書いた仕事(A)と仕事(B)は合併した後、本社の仕事になっていた。
それが、いろいろ問題が出てできないから、こちらでやってくれと泣きついてきたのだ。
で、こちらでやるようになったら、当たり前に「そちらの担当でしょ」って態度。
それでなんでこちらから「残業させてください」なんて言わねばならんのだ!

そんな状況で、明日新年会。







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投げやりでもある

そうだ、いいことを思いついた。
この連休は成人式だった。
いつもの居酒屋の女の子には二十歳の子が4人もいる。
もし店に行けば、

「私、成人式やったんよ」

と言うに違いない。
そしたら、

「え、ゼンジー北京に会うた?」

ととぼけてやろう。
そうしよう。


そんなウキウキした気持ちでいつもの居酒屋に行くと、
カウンターは誰もいなくて、座敷には二席分の団体。
そして、もう一席に常連さんが二人と初めて会う人がいた。

こちらにおいでと手招きされ、一緒に飲んで払ってもらい、
タクシーが来てどこかに連れていかれた。
その初めての人がトイレに行っている間に訊いたら、
どこかの社長さんで、大勢で飲むのが好きで、
お金を払われるのが大嫌いな人だそうだ。

で、そのあと二軒行って時間は0時。
飲んだのは、生ビールから始まって、熱燗、焼酎、テキーラだ。
もう、家に帰るまでにアウトなのがわかっていた。

ちなみに、この日のバイトは、私より一つ年下のお姉さんだった。


すいませんすいませんすいません。








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テキーラはいかん
ああ、せっかくの三連休。
あと一つ畝を作ってソラマメとスナックエンドウの苗を植えようと思っていたのに、
朝寝と首の筋を違えて痛いのとでサボってしまった。
なんて言っているが、ホントの理由は“寒いから”なのかもしれない。

畑仕事は昼からでは無理だ。
会社に行くように朝から「えいやっ」と行かないと勢いがつかない。
目覚ましを掛けずに寝て、朝ごはんの時間に起きて、
それからテレビの音を聞きながら更新にかかり、集中できなくて十時。
こうなるともう畑はあきらめる。

畑をあきらめるとお出かけしてしまう。
一番の目的は土だ。
ソラマメとスナックエンドウの苗の根が伸びているから、
せめて大きなポットに植え替えようと思ったのだ。
しかし、一旦出かければ行きたいところは次々思いつく。


ちょいとウフフなものを二つほど買ってしまった。
一つはアジアンなお店で買ったマフラーっぽいもの。
マフラーと違うのはこの布が輪になっているところ。
二重にして首に巻くと暖かいし、ほどけてこないのがいい。
バーゲンで半額、なんと630円だった。

インド


もう一つは、和テイストのお店で見つけた巾着袋だ。
ナマズの絵が魅力的。

なまず


今、会社に持って行っているカバンが大きい。
徒歩通勤をメインにするには荷物を減らして小さいカバンにしたい。
一つ考えていたカバンがあったのだが、この巾着が同じぐらいの大きさだ。
お昼のおにぎりぐらいなら入るだろう。
よし、これで通勤しよう。

が、この巾着、肩にかけられないではないか。
荷物を手に持って歩くのは辛い。
やはりショルダーバッグがいい。
ううむ、仕方がないから元の予定のカバンにしよう。

と思ったのだが、待てよ待てよ。
今、苗を置いているところはすごく日照時間が短い。
だから、会社に行くついでに、畑に苗を置いてこようと思ったのだった。
だとしたら車で出勤しなくてはならない。

あー、だがしかし、家に帰ったらすでに日暮れ。
もはや植え替え時間は過ぎている。
植え替えはされてないけど畑に持っていこうか。
それとも苗のことは忘れて徒歩通勤しようか。
ああ~、でもナマズ巾着は持てないのだった。


こんな話を、私はずーっとちづるに説明するのだ。
で、最終的に、
「私は予定を立てても実行に成功しないので、予定を立てない」
と宣言したのだった。








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地震きませんように
タマネギを半分に切って皮をむく。
さて、この後どう切るか。


タマネギには血をサラサラにする効能があると聞いたので、
中性脂肪が多いと診断された私は、今年の目標をタマネギにした。
タマネギをたくさん摂って、健康な体に戻るのだ。

タマネギ効果を最大に得ようと思ったら、やっぱり生で食べるに限る。
私が好きなのは薄くスライスしたタマネギにかつお節としょうゆだ。
この場合、半分にしたタマネギを繊維に従って薄切りにする。

しかし、同じ食べ方ばかりでは飽きが来る。
とはいえ味付けはあまり変えられない。
ポン酢だったらOKだが、マヨネーズなんか使ったんじゃ目的から外れる。
だからせめて、切り方ぐらい変えてみようと思う。


繊維に逆らって切ってみよう。
私はこの切り方を“焼き肉切り”だと思っている。
しかし、最近はサラダなんかでもこの切り方を目にする。
切り方で何か差が出るだろうか。

タマネギを切るというと、連想されるのは“涙”だ。
ともかくタマネギを切ると目が痛くなる。
何か刺激物が出ているのだ。

繊維に逆らって切るということは、細胞をたくさん破壊する、ような気がする。
だとすれば、中の刺激物がたくさん出るのではないか。
この際、目が痛くなるのは構わない。
ただ、出てってしまうのが血をサラサラにする成分でないかという心配がある。
それが蒸発してしまってはタマネギをたくさん食べる意味がない。


だとしたら、なるべく切らない方がいい。
櫛形、という切り方がある。
スイカやリンゴの切り方だ。
タマネギの場合、私はこの切り方を“串カツ切り”だと思っている。

これだと切るのは楽だ。
涙が出るまでに切り終われる。
ただ、そんなものが食べられるかということだ。
かつお節の入る余地もない。

もしどうしてもというのなら、せめて加熱させてもらえないだろうか。
最初に「タマネギ効果は生で」と言ったが、あれは私の勝手な想像だ。
切って刺激成分が出ていってしまうのと、加熱するのではどちらが体にいいのか。


そうそう、タマネギって電子レンジで加熱するとびっくり点があるね。
ほぼ丸のままのタマネギにちょいと隠し包丁を入れ、麺つゆをかけて電子レンジへ。
すると、ある瞬間に破裂音がして形が無くなる。
だしてみると、陸に上がったクラゲみたいになって大量の水分が出ている。
これはまさにオニオンスープで、とてもおいしいのでお試しを。

ちなみに我が家は、タマネギの買い置きはしてあるのだが、
数日前からずっとトン汁を食べ続けている。








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パーマなんかにするから
昨日は今年最初の親父の通院日だった。
最近はトイレぐらいなら杖無しでも歩いていけるようになっているが、
まだまだヨチヨチ歩きなので病院には連れていってやらねばならない。

本人はそろそろ車に乗りたくなっているようだが、
年をとってから一年以上のブランクがあって、交通社会に参加するのは無理だ。
でも「ダメ」というとすねるので、
「もっと歩けるようになってからな」
とみんなで口裏を合わせている。


そんなわけで、この日も私が両親を乗せて病院に行った。
待ち時間が長いのでちょっとホームセンターで買い物をしてから待合室へ。
どうせ帰りまで私の出番はないので読みかけの本を読み始めた。

すると、病院とは思えない、快活で大きな声が、

「おおー、なんやあんた!」

ふと顔を上げると、大柄なじいさんが私の親父に話しかけていた。
どうやら久しぶりに会う知り合いらしい。

ちょうどそのタイミングで親父の名前が呼ばれた。
挨拶に夢中で聞こえてないようなので、「呼ばれたぞ」と教えてやった。
「息子さんか?」
私はひとつ後ろの席に座っていたのだが、これで私が息子だということがバレた。
私は病院の待合室で会った知り合いの息子としてふさわしい程度の会釈をした。

両親は診察室へ行く。
そのおっさんは私の隣にやってきた。
なんか上着が脱ぎ捨ててあると思ったらその人のだったようだ。
そしてそのおっさんはしゃべり始めた。

ウチの親父にしばらく会わなくて心配していたこと。
自分はかなりの年なのにまだまだ元気なこと。
元気な理由は毎日30分歩いていること。
でも血圧だけ高いのでこの病院に初めて来てみたこと。

こんなことをものすごい勢いで話し続けるのだ。
病院の待合なんだからもうちょっと病気っぽく振舞ったらどうか、と思うパワーだ。
なんならもうちょっと不健康になってもいいよ、というぐらいの元気さだ。
そして、知り合いの息子という間柄の人間との距離感がわからないほどの奔放さだ。


そんな私の気持ちを察してか、受付がその人の名を呼んだ。
ちょうど親父は診察が終わり、その人は挨拶をして出ていった。
でも、この後薬屋で会うはずだ。

いつも母が薬を取りに行き、私と親父は車で待っている。
でも、知り合いがいるのだから行ったらどうかと親父に勧めたら、

「あいつはしゃべり始めるとやかましい」

と言って行かなかった。
そういうキャラクターなのか。
母が戻ると、やはり薬を待つ間中話しかけられて困ったそうだ。
そういうキャラクターのようだ。

私もこのおっさんがそうなのではないかと思っていた。
待合室で私と話していた時に、あんまり自分は健康だと言うので、
「そんなお年には見えませんな」とおべんちゃらを言ったら、
喜んで私をバンバン叩いた。

その時、私が栞代わりに本にはさんでいた指が抜けたのだ。
ゆるさん。







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で、病気はなにや
私の仕事場は倉庫の片隅だ。
注文が入ると在庫から商品を出してきて、加工して配達に渡す。
大口の商品はフォークリフトでドドーンと積み上げてあり、
小口のものは種類別に棚に保管してある。

もちろん仕事の効率を考え、良く動く商品ほど近くの棚にある。
一番近い棚は隣の部屋だ。
徒歩で数歩、いや、見えているんだから同じ部屋と言ってもいいだろう。
なぜ隣の部屋っぽく感じるかというと、間に階段があるからだ。

二番目に近い棚がこの階段の上にある。
徒歩で十三歩。
つまり、不吉な十三階段を上った二階にもたくさんの商品があるのだ。

ここのものがともかくよく出る。
一般のお客さんやインターネット販売では主力と言ってもいいだろう。
おかげでこの階段を一日に何度も何度も何度も何度も上り下りしている。


若いころはこんな階段なんかなんでもなかった。
まるで雲の上でステップを踏むかのように、トトトトと上れたものだ。
それが年齢とともに、どんどん厳しくなってきた。
体は重くなったが筋力は衰え、バネやしなやかさはなくなり骨はすり減ってきた。

スタート時にはそんなこと考えていない。
若い時と同じように、トトトトと上り始める。
その惰性で登れるのは四段までだ。
トトトトのあと、ドッと現実が押し寄せる。

五段目で引力を感じる。
高いところに行くには平地と同じようには進めないとわかるのだ。

六段目で「ああ私は足も右利きなのだ」と知る。
右足から上り始めると、ここが引力を感じてから最初の逆足なのだ。

七段目からただ前に進むことが労働になる。
この辺で肺の空気が「んへっ」と出ていく。

八段目になると不安になる。
なにか背負っているんじゃないかと、後ろを振り返りたくなる。

九段目では手すりをつかみたくなるのだが、使っていないからほこりまみれだ。
頼れるものは何もないと身にしみて感じ、涙が浮かんでくる。

十段目、箱根駅伝の映像が目に浮かぶ。
アナウンサーが「ああー、こみ選手のペースが落ちた」と叫んでいる。

十一段目、靴の底の素材が熱で溶け、粘着質になっているように感じる。
「誰がそんなことをしたんだ!」と誰かに何かをぶつけたくなる。

十二段目、膝に手を当て、なんとか体を上にこじ上げようと力を込める。
頭では、なんとかてこの原理を応用できないかと考えている。

十三段目、やっと頂上だ。
「着いたー!」と叫びたい気分なのだが、後足がまだ追いついてきていない。
うかつに達成感を得たがために、後足を上げるという一仕事が辛い。

着いたからと言って旗を立てるわけではない。
商品をもって下りるだけだ。
もちろんトトトトと軽やかに下り始める。
上りで疲弊した足の筋力はストッパーの役目を果たさない。
階下で引力がにへらにへらと手招きしている。

トトトトとたたたたわわわわーあーあーあーーー

今のところ、まだ無事に帰還しているのだが。








↑ほら、この階段の上にボタンがあるからクリックしてね。







上に何がある
昨日はいつもの居酒屋に新年のご挨拶にいき、
えらいタイミングだったことに気づいた。
その居酒屋はテナントの一店なのだが、
お隣が先日閉めて、そこで常連さんの一人がカラオケ喫茶をはじめたのだ。

昨日がオープン初日。
私はそんなに縁が深くないので、居酒屋にいたのだが、
入れ代わり立ち代わり、こちらからそちらへ、そちらからこちらへ。

なんだかんだでおごられて、
遅くなったけどスナックにも顔を出したら、
あらビックリ、居酒屋の常連のおじいちゃんが酔っぱらってて、
結局帰りに付き添って、家に着いたのは明日になっていた。

そのあとうたた寝してしまい、気が付いて風呂に入ったのが3時。
もう、どういうことかおわかりですね。








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すまん
おいおい、寒さってやつは大人の階段上ったのか。
それとも正月をぬくぬくと過ごしたから、当たり前の寒さが身にしみるのか。
なんでもいいけど、ともかく職場が寒い。
暖房もないことはないが、あけっぱなしだからエアコンもストーブも、
真ん前にいないと全然効果がないのだ。

私は出勤初日に三つの致命的忘れ物をした。
まずは手袋、選択するために家に持って帰ったのだが、
そんなにきれいにする必要はないので会社で洗えばよかった。
手袋無しで氷のように冷たい機械を触るのはきつい。
あっという間にアカギレがよみがえる。

二つ目がマグカップ。
休憩時間にお茶やコーヒーを飲んだり、
お昼にみそしるやスープを作ったりするのに必要だ。
幸い紙コップがあったので代用したが、小さいので濃くなってしまった。

三つめが、アホな話なのだが、上着だ。
自転車出勤の時は羽織っているヤッケを、車で出勤したので忘れていた。
通勤でなくても、昼休み明けなど寒いときに必要だ。
ああ、無いと思うとなおさら寒い。


こんな時に助かるのが携帯カイロだ。
腰やお腹など、部分的にでも温めるとずいぶん違う。
去年の九月にみんなが本社に引っ越した時、
上司Tが置いていったものはみんな段ボールに入れて配達の人に持たせたのだが、
このカイロたちはいずれ出番が来ると思い、大切に保管していた。
なんと先見の明があるワタシ。

ただ、このカイロに朝来た時は気づかない。
徒歩や自転車で出勤した時は体が温まっているし、
車で来た時は体が寒さに慣れているので、カイロを必要だと思っていない。

カイロが欲しくなるのは、先に述べたように昼休み明けだ。
暖房の効いた休憩室でぬくぬくと昼寝をした後、
極寒の仕事場に放り出された時、ささやかな温かみが欲しくなる。
カイロの出番だ。

昔は開封したら少し揉んだものだが、最近のはその必要がないらしい。
空気に触れたら勝手に発熱するのだ。
でも、いろんなタイプがあるので一応説明を読んでみた。

なになに、発熱時間10時間?
ということは夜11時まで暖かいと言うのか?
それは困る。
そんな時間、もうお風呂に入っているではないか。
かといって、温かいものをごみに捨てるわけにはいかない。

こんなに科学が進歩して、こんな小さな袋が動力もなく発熱するというのに、
それが途中で止められないとはどういうことだ。
発熱し始めたら止められない。
お前は核か。

そんなわけで、せっかくのカイロだが、朝そのことに気づかないと使用できない。
とりあえず三日目でやっと使うことができた。
ああ、ゴミ出し意外に朝の注意事項が増えてしまった。







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次のコマが予想できる
前代未聞!
飲みに行く宣言をして、ダウン絵になる可能性まで匂わせた私が、
体調不良でも事故でもなく、しかも財布にお金があるというのに、
飲まずに家に帰った。
これにはちづるもびっくりだ。

会社を出て飲み屋に向かう私。
最短距離のコースを選んでいたが、信号やら路上駐車やらのせいで、
ちょっと遠回りの道になってしまった。

大きな交差点で止められると、向こうの商店街のある店のシャッターが開いている。
ここは友人のお店で、出仕事が多いのであまり開いていることがない。
どれ、新年を迎えたことだし挨拶をしていこう。

久しぶりに会ったので少し話し込んでしまった。
「じゃあ、飲みに行かなくてはいけないので」
と言って別れ、今度こそ一直線にいつもの居酒屋を目指す。

普段より少し遅い時間になったせいだろうか。
様子をうかがうと店はとても混んでいた。
4日5日は営業していたはずだが、月曜が定休日だから、
今日がお年始という人も多いのかもしれない。

しかも、あまり会いたくない人がいるようだ。
クリスマスにトナカイの私をなじみの店に連れていこうとした人だ。
完全拒否したのでちょっと怒っている。

どうしようか迷っているうちに、いい考えがひらめいた。
8時になればいつものスナックが開く。
こちらも挨拶しなければならない。
どうせ歌会始をしようと思っていたのだ。

いったい今何時なのだろう。
時計を見るには、手袋を脱いでヤッケの前を開かなければならない。
店前でごそごそやっていて誰かに会うと厄介だ。
私は店から少し離れた。

7時40分だ。
ゆっくり歩いていけばちょうど8時ごろスナックに着くだろう。
しかし私はバカなことをした。
居酒屋から離れるのにスナック寄りに行けばよかったのに、逆だった。
居酒屋の前を通ってスナックに向かうと誰かに会う可能性がある。

そこで、迂回する道を選んだ。
この道がべらぼうに寒い。
田んぼより一段高くなった歩道で、周りに建物がなく吹きっさらしだ。
信号にたどりついた。
右に行けばスナック、左に行けば自宅だ。

私は長年の経験で知っている。
迷いが生じた時、えいやっと飲みに行くとろくなことがない。
しかも胃が空っぽだ。
この状態でこの時間から飲み食いを始めたら中性脂肪以外にもよくなさそうだ。


そんなわけで家に帰った。
私が飲みに行くと思っていたちづるは雑煮を食べ終わったところだった。
なんと、他に食べるものがほとんどない。
ちづるが片づけようとしていた雑煮のだしがらの煮干しをもらった。
これをつまみに酒を飲もう。

煮干しが黄色い。
「飽きたからカレー雑煮にした」
迷いが生じるとろくなことがない。







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それぞれの道をゆく
正月にあれほど飲み食い三昧をするというのに、
日本人はなぜ、その前後にも飲み食いをしたがるのだろう。
もちろん、忘年会、新年会の話だ。
忘年会があって正月があって新年会があったら、そりゃ中性脂肪も増えるはずだ。

忘年会と新年会は何が違うか。
私が肌で感じる身近な範囲では、忘年会は少人数の仲間で、
新年会は会社全体でというパターンが多いようだ。

年末は忙しい合間を縫って、会社内の各部署だったり、友達だったりと、
“忘年会”という名目で普通の飲み会を何度もする。
なんとか年の瀬を乗り越え、新しい年を迎えると、
新たなる意気込みで全社一丸となって、なんてスローガンで、
社員全員がスーツを着て集まったりする。


これは私のイメージ的な違いだ。
一番の違いはそのネーミングにある。
新年だから新年会というドベタな名称に対し、
年を忘れるという、謎めいた目的の集まり。
テンションに差がありすぎるのではないか。

一年の始まりの会と終わりの会だ。
真逆なんだから対極をなす名称でなければおかしい。
たとえば、歓迎会と送別会。
ちゃんと反対語になっている。
他には浮かばないが。


では、どちらを基本形にするべきか。
新年会を残すなら、忘年会は『年末会』で決まりだ。
面白くない。
ドベタと言ったばかりなのに年末までドベタにしてはいけない。
ここは忘年会を基準にしよう。

では『忘れる』の反対はなんだろう。
やはり『覚える』だろうか。
だとしたら『覚年会』か。
なんかヤバイ薬で楽しんでそうでよくない。

『思い出す』も『忘れる』の反対っぽい。
でも『思年会』だと思っているだけだ。
かといって『思出会』だと年末感がない。

『想う』の方にしたらどうだろう。
『想年会』
なんだか白い服を着て静かにしてそうで盛り上がらない。

『考え出す』というのもアリかもしれない。
『考年会』・・・字的に『老人会』っぽくていやだ。
それにいかにも堅苦しい。

『学ぶ』があった。
ただ『学年会』では小学校の行事みたいだ。
大人がやることではない。


違う違う。
私が考えなければならないのはそんなことではないのだ。
1月17日がわが社の新年会。
二十歳の女子から七十代のおじいさんまでいるから、
そこで何を歌うかを吟味しておかなくてはならないのだ。

というわけで、今日は新年の挨拶も兼ねて、歌会始をして来る予定だ。
誰だー、明日が初ダウン絵なんて思っているのは。







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衝撃があったはず
去年の暮れにはちょいとした忘年会もしてしまったし、
新年を迎え新たな気持ちで一歩を踏み出すつもりではあったのだが、
決して忘れてはいけない去年の数値がある。
健康診断で突きつけられた中性脂肪の値だ。
その時はなかなかのショーゲキだった。

いや、そんなはずはない。
この数字は間違っている。
そう思った私は、献血をしてもう一度調べてみようと思った。
偶然何かのタイミングで、ポンと跳ね上がっていただけなのだ。

だが、どうせ計り直すなら、少しでもいい数値が欲しい。
少し徒歩通勤をしよう。
ともかく健康は何でも適度な運動に限る。
会社まで片道40分、ちょうどいい運動量だ。

食事も少し制限をしよう。
私が考えたのは、血をサラサラにする四つの栄養素の摂取だ。

朝食で弁当のおかずの残りの代わりに食べる納豆『ナットウキナーゼ!』
昼食でおにぎりと一緒に摂る豆乳『ダイズイソフラボン!』
おなかが減った時、お菓子の代わりにつまむゴマ『ゴマリグナン!』
のどが乾いたら、ジュースの代わりのトマトジュース『リコピン!』
このヨンレンジャーを主体とした食生活に改編するのだ。


そんなことを思っていたら正月になってしまった。
正月は歩かない。
今日から出勤、学生もまだいないし、とっぷり歩くぞー。
と意気込んでいたらこの腰痛だ。
どうしよう。

それよりも、食べるものが大変だ。
中性脂肪を増やすためにあるとしか思えない正月の食生活。
それが、正月を過ぎても力を緩める気配がない。
悪の四天王の襲来だ。

兄弟が集まるから買ったけど残ったのでたくさんもらったお酒『アルコール!』
どうしても冬場に集まってくるリンゴやミカン、干し柿などの果物『糖分!』
なぜかこの時期、たくさん在庫してしまう麺類『炭水化物!』
餅『炭水化物Ⅱ!』

ヨンレンジャーに中性脂肪を退治してもらおうと思っているのに、
私を襲う悪の四天王。
いや、あるからと言って食べなければならないことはないのだ。
幸いこの時期の四天王は日持ちがする。
誰かにもらってもらえばいいのだ。

だが、ここに悪の四天王の上に君臨するボスキャラが現れる。
『もったいないお化け~』
こいつが強い。
だからヨンレンジャーさん、また後日ってことで。







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鏡餅よりぶよぶよ
タイヤキって尻尾まであんこが入っているものはあまりない。
尻尾まであんこが入っていればいいかというと、それは結構くどいものだ。
タイヤキとは「尻尾まであんこが入ってないぞ」と言いながら食べるものなのだ。

おなじように、暮れの大掃除とは完成することはない。
「ああ、今年もあそこが掃除できなかったなあ」
と反省しながらあきらめるのが正解なのだ。

実際、完璧に大掃除をし終えて新年を迎えた家が存在するだろうか。
いや、ない。
天井、網戸、風呂、換気扇、畳、カーテン、自家用車から、
テレビ裏の配線、引き出しのローラー、目覚ましのベルの裏まで磨いた人。
もしいたとしたら、今ごろすでに新しい汚れが気になっているはずだ。


暮れの大掃除はそんなに完璧にしなくてもいい。
なぜなら、年を越してからしかきれいにできないところがあるからだ。
私はすでにそういう部分の片づけに入っている。

まずはパソコン内のデータだ。
去年撮った写真、描いた絵、ネタなどをフォルダにまとめて、メモリーに移す。
大晦日に撮った写真や更新したネタもあるのだから、これは年を越してからしかできない。
これは正月休み中に、ああ去年はこんなこともあったなあ、
などと振り返りながら片づけるのがベストだ。


冷蔵庫の中を片づけるのも年を越してからがいい。
ともかく、餅、おせちの残り、お歳暮のおすそ分けなど、
なるべく早く消費してしまいたいものが、正月には大量にできる。
うっかり奥にしまい込んでしまったりすると、
暮れに「ばあ」なんて出てきてびっくりするのだ。

ウチの冷蔵庫は結構片付いていた。
正月はおよばればっかりなので、買い置きをしなかったのだ。
となると、古くからのレギュラーが目につくようになる。

実はウチの冷蔵庫にも大物が長く居座っている。
数年前にニンニクが豊作だったことがあり、
それを保存するために、しょうゆ漬けとオリーブオイル漬けの瓶詰を作った。
両方とも、半分ぐらい使ったところで、ふたが開かなくなった。
そのままおよそ二年、ずっと冷蔵庫の数%を占拠し続けているのだ。

これが今朝開いた。
冷蔵庫から出して室温に慣らしておいたら、なんとか開けられたのだ。
これで、こいつらも消費することができる。
ああ、めでたき正月。


さて、実家から持ってきたゴミだ。
捨てるものはさっそく捨てて、残るは農系のものばかり。
水苔や鹿沼土はちづるが持って行った。
肥料などは私が畑に混ぜ込むことになった。

腐葉土、鶏糞、油かす、土壌改良剤、化成肥料、石灰など、
使いかけの小袋がどっさりあった。
この中から使えるものをコンテナに出し、全部混ぜてこれから耕す予定の畝に撒いた。
これでものすごく片付いた。
あとは風で吹け飛んで行かないように、軽く土と混ぜ込むだけだ。


で、腰を痛めた。
ほうらごらん。
もし、暮れに全部やってしまっていたら、腰痛で年越しになるところだった。
だから大晦日までに片づけを終えてはいけないと言ったのだ。
ね。







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線が細いってのもある
毎年、一月二日は私の実家に家族が集まる。
たいていお昼前に行って、酔っぱらって寝て、夕食を食べて帰ってくる。
堕落の極みのような年の初めの過ごし方だ。

どうしてこんなことになるのか。
することがないからだ。
年より二人の暮らす家に、私たちが楽しめるものなんてない。
かといって、いつぞやのように姪っ子たちのカルタやトランプに付き合わされるのも辛い。
結局、テレビを見ながらおせちで酒を飲んでそのまま横になってしまうのだ。

そこで、今年は弟と事前に話をしていた。
昨年、親父がヘルニアでダウンした時に、車を売ってしまった。
車が無くても車庫はいろんなものであふれかえっている。
これを機に、そんないらないものを処分しようというのだ。


おなかがいっぱいになって、ちょっと一休みしてから我らは立ち上がった。
私、弟、ちづる、母の四人が車庫に向かう。
車庫の片側には、奥から戸棚、スチール棚、下駄箱が並んでいて、
その間にもものが詰め込んである。

まず、私がモノを出してくる。
母が要るものと要らないものを分ける。
要らないものを弟が使えるものと使えないものに分ける。
使えないものをちづるが分類する。

親父も杖をついて見に来たが、
「また欲しくなるといかんから見やんとこ」
と言って、あっちに行ってしまった。


すると出るわ出るわ、誰かがここにいらないものを捨てに来ていたかのようだ。
まずはその辺に適当に置いてあった木切れと金属片。
中にはシロアリにかじられたのか、ボロボロになった木材まであった。
こんなもの、早く処分しなくては他に影響が出るではないか。

工具道具類がどっさり出てきた。
大半はサビサビで、柄が割れたものまで置いてある。
工具箱いっぱいにいらない工具ができた。

酒屋でくれるコップが段ボール箱一杯あった。
数百円の残高がある通帳とキャッシュカードも出てきた。
母が昔はいたぞうりたち。
大量のスプレーや謎の薬剤。
メダカのエサと鈴虫のエサとクワガタのエサと水槽の砂利とサンゴ。
割れたジョロと割れたザルと割れたいろいろ。
大昔の年賀状や領収書、雑誌、本、古新聞。
なにかの薬効があるという葉っぱ。
井戸などを掘るボウリングの先端。

お菓子の缶や木箱もたくさん出てきた。
必ず中には何かが少しずつ入っている。
ビー玉、釘、石灰、ボルト、チューブ、鉄球。
あーーー、もういちいち挙げていたらきりがない。
ともかく、家庭ゴミとして出しにくいものを私の車に積めるだけ積んだ。

肥料や土など、畑に使えるものはウチがもらうことにした。
ちづるの会社には焼却炉があるので燃えるものはそこへ。
金属は売れるそうなので、その置き場に持ち込ませてもらった。

するとちづるが「そんなんじゃダメ!」と飛んできた。
分解できるものは分解して、形のあるものは見えないところに置けと言う。
「ちょっとでも使えそうやなと思ったら、おばちゃんが拾ってくるから」
だそうな。
どこにでも、こういうものを溜めていく人がいるものだ。








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金属のようだ
来年の話をすると鬼が笑うというが、
年の替わり目には来年と今年がくっついているのでややこしい状況になる。
鬼が笑うのかどうか、ちょっと聞いてみないとわからない。

大晦日はいつも夕方から友人Fの家におじゃまする。
二時間ほど飲み食いをさせてもらって、落語会に出かける。
そのあと伊勢神宮周りをうろついているうちに年を越し、
参道沿いのお店で買い物をして帰ってくる。

だから、友人宅で飲んでいるときに、
「今日はあの店でこんなものが買いたい」
というのは来年の話だ。
でも、こんなことで鬼は笑わない。
来年の話ではあるが、数時間後のことなのだ。

『来年の話をすると鬼が笑う』の来年とは、『一年後』ぐらいの意味のことだろう。
翌年の同じイベントのことをあーだこーだ言うのは、
鬼でさえ笑うような愚かなことだというのではないだろうか。


さて、この友人F、趣味でフィギュアや食玩を集めている。
それはもう膨大な数を買ってきて、その中で特にお気に入りのものをショーケースに飾る。
本人が言うには、その趣味のせいで普段は家が凄まじく散らかっているのだそうだ。
年末が近くなると、私たち夫婦を迎えるために大掃除をするという。

そんな彼が飲んでいるときにこう言った。

「あ~あ、来年もまた片づけをしなくてはならんのか~」

年を重ねるごとに一年を短く感じるという話の流れでこのセリフが出た。
一年という時間はこんなに短いのに、
一年後にはまた大掃除をしなくてはならないという嘆きだ。

これは鬼が笑う事案だ。
まさに来年の話だからだ。

ところが彼はさらにややこしいことを言った。

「あ~、それで来年も同じことを言うとるのか~」

これは、来年の今ごろ、「来年も片づけをしなくてはならない」
と言っているであろう、ということだ。
これは二年後、再来年の話だ。

さらにさらにややこしいことに、
彼は帰宅してから我々が飲み食いしたあとを片づけなければならない。
それは二年と数時間後のことなのだが、再々来年になる。
2013年に、「2014年には2015年のことを言っているだろう」
と言った数時間後、年を越して2016年になってからのことなのだ。

ああめんどくさい。

でも、毎年同じことを言っているような気がする。
毎年同じことを繰り返しているのだから当然だ。
それを以前このブログに書いたことがあるような気がしてきた。
そうだ、書いたことがあるはずだ。

あれは去年だったか、一昨年だったか二昨年だったか・・・








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鬼役をするだけえらい