2013年11月

ここでは、2013年11月 に関する情報を紹介しています。
いよいよ12月だ。
カレンダー、なんて話題がちょくちょく出るような季節だ。

あれれ、今年はそんなに遅れてるのかな、と心配になって去年の記事を見てみたら、
発表しているのは12月1日ではないか。
もっとさかのぼって見てみたら、遅い年は師走も半ばを過ぎていた。

だから安心、と言うわけにはいかない。
明日はもう12月だからだ。
今日明日は正念場となることだろう。

現状は、表紙、一月、二月、三月、四月、五月、六月、七月、八月、九月、
十一月、十二月は完成している。

色も塗ってあるし、数字も入っている。
なのに十月だけ下書きもしていない。
ネタすら決まっていない。

なんでこんなことになったのだろう。
ともかく、今日明日でとりあえず一冊は形に仕上げたい。
十月を描きながら他の月を印刷、と言うことになるだろう。

心配なのは、印刷ができない絵があるのではないかということだ。
以前にも、色鉛筆が発色しなかったり、蛍光色がくすんだりと、
プリンターを通してから発覚した問題がたくさんあった。
そんな事態が起こらないことを祈りつつ、作業に集中しよう。


と思っていたのに、全く別次元から問題発生だ。
いつものように実家を買い物に連れていかなければならないのだが、今日は病院も行く日だ。
そのうえ、みかんを買いに行きたいと言っていた。
このみかんはリンゴやサクランボを送ってくれる親戚へのお返しだ。
実家から車で一時間ほどのミカンの産地に行き、発送をしなくてはいけない。

この発送センターが今日は休みだとわかった。
だから明日連れて行けと言われた。
となると、今日は病院と買い物、明日はみかんと二日続けて時間を取られる。
一日で済ませようと画策していたのに、なんたるこっちゃ。


そんなわけで、応募要項はまた後日。
とりあえず、来年のカレンダー、表紙はこれです。








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地味ですか?
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私が昔から思っていることに、
「威張っていいのは師匠だけ」
というのがある。
先生と生徒、上司と部下、先輩と後輩など人間関係にはいろいろ上下があるが、
まったく無条件で威張っていいのは『師匠』だけだ。

もちろん、物事を教えたり場合によっては叱責したりするのは上の者の役目だ。
しかし、この上下関係は年齢や入社時期、能力などで勝手に決まってしまう。
ただ師弟関係だけは、弟子が師匠の技術やセンスに惚れ込んで、
お願いして作ってもらう関係だ。
だから、師匠は威張ってもいいのだ。


さて、このような立場にある師匠だが、弟子に使うのに難しいセリフがある。
「お前がこれに手を出すなんて、○○年早いわ!」
というやつだ。
師匠ともなると、一度はこれを使ってみたい。
だが、ここに入る数字を間違うと、師匠ですらその威厳は失墜するのだ。

「十年早いわ!」
この辺りが妥当な線だろう。
まだまだ修行が足りないうちに、先走ったことをしてはいけないという戒めだ。

「百年早いわ!」
じゃあ、生きてるうちは無理じゃん、と反論することはできる。
でもこれはデフォルメだ。
怒るときの勢いで派手にしているだけだから、このぐらいは大目に見よう。

「千年早いわ!」
これはやりすぎだ。
あんたもそんなにしてないだろう、とどうしても思ってしまう。
千年、専念しろと言うダジャレかもしれないが、決して笑えない。

「二億四千万年早いわ!」
師匠、昨日カラオケに行ったな、と思われるのがオチだ。

「二年早いわ!」
少なくてもいけない。
じゃあそろそろちょっとぐらいいいじゃん、って感じを与えてしまう。
下手をしたら「え、それでいいの?」と、軽く見られる可能性もある。

「5~6年早いわ!」
ここははっきりしてほしい。
叱るときは勢いも大切だ。
まるで師匠に自信がないみたいな印象になる。

「8年早いわ!」
微妙だ。
中途半端な数字を言うと、何かあるのかと心配になってくる。
キリのいい数字を使うように心掛けよう。

「四十九日早いわ!」
間違っている。
これはなめられる。

「早いわ!」
やはり適当な数字は入れてもらいたい。
これでは漫才のツッコミみたいだ。

「早ッ!」
もはや上下関係が無くなっている。


師匠となる人は、この言い回しぐらいはうまく使えるようになっていてもらいたい。
それまでは弟子をとるのを控えるべきだ。
でないと、
「師匠になるなんて十年早いわ!」
と言われてしまうだろう。







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ふんぞり返るな
冬はつらい。
朝、寝床から出るのがつらい。
顔を洗うのがつらい。
そして指先のアカギレがつらい。
昨日で3パックリだ。

車の調子がおかしい。
いや、調子自体はおかしくないのだが、
エンジンが動いたら消えなくてはいけないランプが消えない。
検索してみたら、部品交換が必要らしい。
仕方がないので車屋さんに行った。

車屋さんに行くのがつらい。
よほどのことがないと行かない方向に車屋さんがあるのだが、
ともかく会社帰りの時間帯にはすごく渋滞するのだ。

3車線の市内のメインストリートから橋の手前で2車線になり、
橋を超えると1車線になる。
まるで砂時計の中の粒子になった気分だ。
渋滞を待っている間に後ろから来た自転車の高校生が追い抜いて行った。
その後、抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げ、結局負けた。

なんとか車屋さんに着いて診てもらう。
どうやら何かのセンサーが悪いらしい。
つまり、走るには全く問題がないのだが、このランプが消えていないと、
本当に調子が悪くなった時にこのランプで確認できないということだ。

見積もりではおよそ1万円。
検索した部品だと3万5千円ぐらいなのでお安くはなったのだが、
走るのに問題がないのに修理をすると言うのはなんだかつらい。
それもだけど、部品が入荷してからもう一度車屋さんに行くのがつらい。


入荷したら連絡しますと言われて、自宅の電話を教えてしまった。
となると、いったん家に帰らないと部品が入荷したかどうかわからない。
だって、自分のケータイの番号がわからないんだもん。

ところが、明日は飲みに行く日だ。
ある常連さんに、
「次にお前が飲みに来る日にワシも来る」
と言われて金曜日と言ってしまったから、行かなければならないのだ。
そして土曜日には、みかんを買いに行かなくてはならない。

今日、部品が入ったかどうかこちらから電話してみよう。
ああ、電話をするのは苦手なのでつらい。


本社のカワイコちゃんが、今日こちらにやってくることになっていた。
二十歳の新人さんを連れて。
それが延期になった。
つらい。








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それもつらいが
最近の体たらくをお詫びします。













ぎゃ。
ここしばらく、テレビのニュースを見ていて思ったことがある。
日本人はなんと集まるのが好きなのだろう。
B級グルメやゆるキャラのグランプリ、
東京でのラーメンショーやモーターショー。
これらはみんな何十万人という人が集まる大イベントだ。

人が集まるイベントということでひとくくりにしてしまったが、
実はこの四つの大会は二つに分けられる。
ショーとグランプリだ。

ラーメンと車のショーは、日本のトップクラスのものが、
技術やセンスをを見せ合う集まりだ。
それに対して、グランプリの方は、一流ではないことを売りにしている。
これでわかるように、一流のものは「みなさまに見ていただこう」がコンセプトで、
二流B級のものは「とりあえず、一番を決めちゃおう」と言いたがる。


にもかかわらず、これらはやっていることがほぼ同じだ。
ラーメンの大会では、ちょっと変わったラーメンが出されている。
スープが黒いだとか、上に珍しい具が乗っているだとか、
他との差別化をいろいろと考えているようだ。

これはそのままB級グルメのやり方ではないのか。
見た目が全くノーマルだがとてもうまい、というラーメンが一流ではないのか。
逆に何でもかんでもB級だと言ってしまっていいのか。
今年の三位は担々麺だそうだが、担々麺はB級なのか。
それともB級の担々麺という意味なのか。


どうもその物自体はどうでもいいようだ。
店単位で発表しているものはショー、
自治体にいっぱいあるものはグランプリと住み分けができているらしい。

たしかに自治体が作り出したゆるキャラたちは超B級だ。
何がB級かって、その考え方だ。
ともかく他所のマネをしているに過ぎない。
流行りに乗るというやつだ。

なんと、参加したゆるキャラは1500体を超えるという。
過疎の自治体ならもっと人口の少ないところもあるだろう。
そろそろ『B級ゆるキャラ』のグランプリを決めてもよいのではないか。


モーターショーにゆるキャラはいない。
いるのはキリリとしたA級の若い女性だ。
噂では女性を見る人が半分、車を見る人が半分とも言われている。

しかし、車自体は遊び心が満載だ。
実際発売されない車もたくさん展示されているという。
それってB級とは言えないが、ゆるカーということはできないだろうか。

そういえば、ラーメンショーにはゆるキャラがたくさん来ているようだ。
ゆるキャラ大会では、B級グルメが振舞われていたらしい。
ええい、もう全部いっぺんにやってしまったらどうだ。
それをどこか一か所でやると行くのが大変だから、あちこちで開催したらどうか。
もう、どこででも好きなようにやったらいいではないか。

ああっ、それが今の日本だったか。







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狭い世界で
土曜に作った畝に、苗の植え付けをしてきた。
種を蒔いたばかりのソラマメとスナックエンドウを除けば、
これがほぼ最後の植え付けだ。

畑に持って行った苗は、レタス、サニーレタス、タケノコハクサイ、ミズナ。
畝は一本しかないというのに苗を作りすぎた。
残ったらまた店の前に置きご自由にお持ちいただこう。

おでかけ


と思ったのに、全部植えてしまった。
つい欲張りの性格が出て、苗と苗の間を狭くしてしまったのだ。
レタスを植え終わった段階で「ありゃ」とは思ったのだが、
土から掘り起こして植え直す気にはなれない。

夏場なら苗の間を広くして風通しを良くしなければならないが、
冬場は密植の方がいいと聞いたことがある。
いわば野菜が押しくらまんじゅうをして暖かいらしい。
なのでそのまますべてをみっちりと植えた。

定住


ただ、苗に良くない傾向が見えた。
根が張っていないのだ。
ポットから出したとき、土が崩れてしまう。
よく根が張っていたら、がっちり土をつかんでいるからそんなことはない。

たぶん、蒔き時が遅すぎたのだろう。
ポットだと土が少ないので、どうしても植物にとっては寒い状態だ。
しかも根とは常に隠れているはずの部分。
人間で言うなら、ズボンをはいていないようなものだ。


ポットに比べたら畑はとても暖かいはずだ。
だからこれから根を伸ばしてくれることを祈っている。

ただ、ウチの畑は痩せている。
肥料分がとても少ないのだ。
というのも、肥料は苗を植え付ける二週間ぐらい前に混ぜ込んでおかなくてはならない。
ウチの畑作りは遅れに遅れて、耕して畝作って植える、が二日だ。
なので、なじませなくてもいいものしか混ぜていない。

有機石灰は土をアルカリ性にする。
堆肥は土をふかふかにする。
しかしそれだけでは野菜の栄養にはならない。
なので、少しだけ『有機野菜の肥料』というものを入れておいた。


しかし、私は思う。
風で飛んだか雨で流れたか知らないが、畝と畝の間から生えてくる野菜がある。
これが結構大きく育つのだ。
つまり、あんまり肥料はいらないということだ。

どうせ売るわけじゃないんだから、形もサイズもどうでもいい。
水と光と二酸化炭素という植物の基本形で成長してもらおう。
ほうら、このやり方でも、こんなミズナとチンゲンサイが収穫できた。

出稼ぎ


ウチに帰ると念願のコタツがセッティングされていた。
私は栄養もたっぷりだ。
おかげさまですくすく育っているよ。








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フラミンゴは南国にいる
昨日は午前中畑に畝を作り、お昼から実家に行った。
ちょうどちづるも休みが合ったので、二人で行くことにした。

先に電話をすると、
「それはちょうどいい、相談することがあったんや」
などとドキドキすることを言うのであった。
でも、それが何かは言わない。
なぜか年寄りは、肝心なことを秘密にする癖がある。

実家に行く前に、買い物をしてきてほしいと頼まれた。
まずは、ホームセンターのチラシに載っていた台車。
ハミングという柔軟剤。
そして親父の読む本。

買って行った台車は、重いし小さいと文句たらたらだ。
石油ストーブの灯油を入れて運びたかったらしいのだが、
それならそうといえばもっといいのがあったのだ。

ハミングなんてものは私にはよくわからない。
だから「一種類しかないのだな」と念を押して売り場に行ったのに、
やっぱり「フローラルの香り」と「除菌ハミング」があった。
以前頼まれたハイターやアストリンゼンもそうだったので、
こういう時は素ハミングにすることに決めている。

オヤジのいう本に関してはもう最初からアウトだ。
まず何文庫か出版社がわからない。
それは探せても、何巻かわからないというのでは買いようがない。
で、一冊だけはっきりしてたのを買って行ったら、見事にダブっていた。


さて、問題は相談事というやつだ。
とりあえず、母を車に乗せてスーパーに行く途中でそれを思い出し、
「相談事ってなんや」
と切り出した。

「相談事?」

「ちづると行くと言ったら、ちょうど相談事があるって言うたやないか」

「ええ? ああ、思い出した」

「なんや」

「物置の下の木が腐ってしもたで、替えてほしい」

それがなぜ電話で言えん。
今、一言で言えたやないか。
しかも、先にわかっていたら用意ができたのに。

そのあと「衣装ケースを押し入れに閉まってほしい」
「時計の電池を替えてほしい」というミッションを遂行した。
壁にかかった時計を取ろうと、そばにあった椅子に乗ろうとしたら、
「その椅子はいかん!」
と叫ぶ。

前に座ったら『ぼりっ』って音がしたから危ない、と言う。
いつか捨てようと思って、人が座らないように上に布を置いていたのだそうだ。
布て。
このイスも引き取って本日は終了だ。
来週はみかんを買いに行ってほしいと、それははっきり言われた。







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せめて押し入れに
何度も言うが、私は今“スーパーフライ”という人にハマっている。
若い女性歌手だが、この人の歌をカラオケでやりたくて、歌詞を覚えようとしている。
今どきの歌なので早口すぎて、メロディを覚えただけでは、
カラオケ画面に出てくる歌詞にとっさに反応できない。
一旦歌詞を覚えれば、スラスラ暗唱できなくても、見て歌うぐらいはできるだろう。

ところが、私の脳はなかなか記憶が不得意だ。
今覚えようとしているのは『愛をくらえ』という曲なのだが、
これが覚えにくい単語の集まりみたいな歌詞で困っている。


特に難儀したのが、一番のサビ部分だ。

♪溢れるあーーーーーーいをくらえー、ひるんじゃいないさ

という歌詞なのだが、この「ひるんじゃいない」が出てこない。
“ひるむ”なんて単語は小説でも書く人でなければ使わない。
「ああ、今日はひるんじゃったなあ」とか、
「あの人よくひるむよねえ」
なんて言ったことがない。

だから仕事中思い出しながら歌っていても、ここで詰まってしまう。
特に、手前が「あーーーーーーいを」と気分よく伸ばすので、気持ちがゆるむのだ。

なんだったかなあ、たしか「びびる」みたいな意味の言葉で、
「腰が引ける」でもなくて「膝が笑う」でもなくて、
ええーい、歌詞カード!
とカンニングをして「ああー『ひるんじゃ』だったー」と後悔する。


そこで、意味を覚えるのではなく「ひる」で覚えることにした。
ところがそこまで行くとやっぱり詰まってしまう。
たしか「ひ」の付く生き物だったはず。
ところが、以前に「びびる」を思いついたことがあるせいか、
「ひ」だか「び」だか「ぴ」だかわからなくなっている。

ここで必ず浮かんでくるのが「カピバラ」だ。
絶対違うとわかっているが、頭に浮かんだら一度口に出さないと次に進めない。

「♪溢れるあーーーーーーいをくらえー、かぴばらないさ」

いつの間にか世界最大のネズミが動詞扱いになっている。


さて、そのこととはすっかり関係ない時だ。
皆さんは、
「あれ、自分はなぜこんなことを考えているんだろう?」
って感じになったことはないだろうか。
ふと気が付くと、なんだかわけのわからないことを考えているってこと。

私はよくある。
この日の夕方もなっていた。
「なんでカピバラが血を吸うなんて考えていたのだろう」って。

今はすっかり判明したが、大丈夫か、私の頭。







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外側も大事
金曜は久しぶりに飲みに行こう、
そして、ガンガン歌うとしよう、
と、ちづると話していたのだが緊急事態。

昨日の朝、車に飛び乗って、ミュージックをオン。
スーパーフライに合わせて発声すると、

♪ごげぐぎが~

声がゴミのようだ。


というわけで、お風呂のあと、はちみつショウガ湯ウィスキー入りを飲み、
ヴィックス・ヴェポラッヴを塗り、
葛根湯を飲み、
のどにタオルを巻き、
マスクをして寝たら、
寝過ごしました。

今日の発声はまだ。







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申し訳ない心でいっぱいです
いよいよ鍋物が恋しい季節になってきた。
昨日は冷蔵庫の残り物で鍋まがいなものを作った。
日曜に収穫したチンゲンサイとミズナがシナシナし始めていたので、
タマネギやらエノキやらと豚肉やらキムチやらをまとめて煮た。

やっぱり冬場はいい。
雑草も生えない、虫もわかない、畑の野菜は収穫するばかりだ。


と、なっていなければならない時期なのだが、実はそうなっていない。
実は畑の三分の一がまだフリーダムでいる。
つまり、肥料を混ぜ込んで畝を作り、苗を植えなければならない状態だ。

畑の準備はまだまだだが、苗の用意はできている。
なぜなら、私は種蒔きや苗の植え替えが大好きだからだ。
最初に種蒔きしたトレイはおよそ700本分。
そこから良いのだけポットに移したのだが、
欲が深くて育ちの良くないのまでしょぶんしないので、玄関周りが苗だらけだ。

畑に直播きもしてあるミズナ、コマツナ、タケノコハクサイ、チンゲンサイ。
これから植えるつもりのレタスとサニーレタス。
置き場所に困っているのだが、日曜にはまた種を蒔いた。
スナックエンドウとソラマメだ。
収穫できるのは五月ごろだが、ないと寂しい畑の常連メンバーだ。


これを勘定してみたところ、畑にはこれらを全部引き受けるスペースがない。
だが玄関周りのスペースももはや限界。
種蒔きトレイからポットに移すと、爆発的に専有面積が広がるのだ。

そんなわけで、また会社に苗を持って行った。
店の前に置いて「ご自由にお持ちください」と書いておく。
こうすると結構持って行ってくれるものだ。
みるみる減っていくとこちらもうれしくなってくる。


しかしこれが今までより売れ行きが悪い。
季節が遅すぎるというのもあるだろうが、放置されているのはなんだか悲しい。
それが気になって、仕事中に何度も見に行ってしまう。

なんとかミズナが無くなった。
タケノコハクサイもずいぶん減った。
でも、小さいポットのチンゲンサイとコマツナの減りが悪い。
そこで、ときどきニュースで耳にする“テコ入れ”をすることにした。

残り物ばかりになると見た目が悪い。
家からミズナとタケノコハクサイを持ってきて追加した。
品数が豊富、という感じにするためだ。

その時の並べ方も考えた。
きっちり並べずに隙間を作っておく。
そうすると「誰か持って行った人もいるのだな」と手を出しやすいはずだ。

ああ、経営をしている気分。
ちなみに、この苗たちがあるために、商品の陳列棚が一つ表に出せずにいる。








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キノコとカビじゃないの?
会社で仕事をしていたら、突然機械が変な音をたてはじめた。
モーターあたりで「カラカラカラ」と何かが何かに当たっているような音だ。
その証拠に、モーターを止めると、だんだん音がゆっくりになり、やがて止まった。
モーターと異音が連動している。

あーいやだいやだ。
私はメカにめっぽう弱い。
機械を直そうとすると、たいていキーッとなって投げつける。
だがこの機械は2トンもある。
投げつけることはできない。

機械よりも苦手なことがある。
修理の業者さんに電話をすることだ。
この業者さんは、担当さんに直接電話を掛けられるようになっていて、
当然ながらすでに顔見知りなのだが、電話はいやだ。
でも、事務所にこのことを伝えたら、自分で電話をしろと言われるだろう。


とりあえず様子だけ見よう。
モーターのカバーを外したら何かわかるかもしれない。
以前、ベルトが切れてたりネジが飛び出していたことがあった。
それがわかれば、直せなくても電話が簡単にすむではないか。

カバーのネジを3本外してみた。
びくともしない。
このネジは関係なかったようだ。
機械の反対側に回り別のネジを見つけた。
これを3本ほど外すと、カバーがボワボワした。

これで行けそうだと思い、ネジを全部取るとカバーが外れた。
中をライトで照らしてみる。
ベルトは切れていないようだ。
だが、ドラムから何か飛び出している。
ネジだ。

しめしめ、このパターンは見たことがあるぞ。
このネジをドラムにねじ込んでしまえばいいはずだ。
だが、指でやってみてもなかなか入っていかない。
釘やボルトのように頭のないネジだから、スパナやドライバーは使えない。

しかしよく見ると頭に穴が開いている。
これが丸だか六角だか、暗くて小さいのでよく見えない。
なにしろ、老眼鏡をスナックに忘れてきてしまっている。
もっといい遠近両用メガネがカバンにはいっているが、
両手がすでにマックロホコリマミレだ。

両手がマックロホコリマミレなのをいいことに、
近くにあったマックロドロアブラホコリマミレな工具箱をあさった。
細い六角レンチをいくつか試したら、そのうち一つがヒットした。
クリクリクリっと軽くネジが入っていく。

モーターを回してみた。
ウィーンといつもの軽やかな回転音だ。
やった、私は自分で機械を直したぞ。
事務所に自慢したい。
でも、そうすると次から自分で直せと言われるから自慢できない。


だから自分で自分をほめてやろう。
ささやかながら、慰労会としてサウナからスナックへと行った。
いや、もちろん目的はメガネを受け取ることだ。

こうしてメガネは私の手に戻り、楽しく慰労をすることもできた。
ただ、このメガネ三本分のお金がかかったが。







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きのう砂噛んだのか
おっさんは動物好きだ。
ただし、それは犬や猫、ハムスターなどのことではない。
彼らが好きなのは野生生物、それも肉食獣だ。

先日、いつもの居酒屋に行くと、なぜかテレビが野生生物チャンネルになっていた。
たいていが野球か相撲、ニュースだからこれは珍しいことだ。
みんなワイワイ飲みながら、ちゃんとテレビを見ていたらしく、
緊迫シーンになると、どこからか声が上がるのだ。

「ワニや」

誰かが言うと、見てなかった人も一斉にテレビに目をやる。
座敷で後ろ向きだった人はわざわざ振り返る。
店全体がワニに釘付けだ。

「あの牛、狙とる」

「ヌーや」

「子がやられるぞ」

中には、ミニ知識を披露する人もいる。

「一匹が襲われとる間に他の奴らが川を渡るんや」

みんながうんうんとうなづく。

こんなにみんながテレビに集中することはめったにない。
テレビは基本的に連れのいない人が時間つぶしするためのアイテムだ。
大好きなはずのスポーツでも、歓声が上がった時に見るぐらいだ。

「あ、ホームランや」

「あ、横綱負けた」

「サッカーのことはわからんわ」

なのにワニは登場しただけで注目の的だ。
横綱や4番バッターより格が上なのだ。

しかし、野生にやらせはない。
ヌーは何事もなく川を渡ってしまった。
ここで空気が緩み、みんな飲み食いや雑談に戻る。
でも、しばらくすると誰かが声を出す。

「でた、ライオンや」

みんなが一斉にテレビに集中する。

「シマウマがやられるぞ」

「あれはメスが獲るんや」

「コンドルが見とるわ」


そのうち誰かが違った角度からの意見を言い出す。

「どうやって撮影しとるんやろな」

「そら、ええ機械使とるんやろ」

「大砲みたいなカメラで撮るんさ」

おっさんはメカも大好きだ。
ただし、店にいた女性はどちらにも興味がないようだった。








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一応保護色
これまでのあらすじ。

二日酔いでアウトな状態だったが、割引券の存在で某フードコートに行く羽目になったこみ。
そこでは・・・

   ※

なるべく行く時間を引き延ばしたため、そのショッピングセンターに着いたのは、
もう一時近くになっていた。
そのせいか、フードコートの席は空いている。
いや、ここはお昼時でもあんがい余裕があるので好きなのだ。

胃の調子はだいぶ良くなったのだが、まだどんよりしているようだ。
まだ少し気持ち悪いのが、二日酔いのせいなのか、空腹のせいなのかわからない。
とりあえずメニューを見てみよう。

タコ焼き、お好み焼き、焼きそばは論外だ。
中華ならサッパリした中華そばぐらいにしたい。
丼物は重過ぎる。
ここはやはりうどんだろう。

しかし、うどんはメニューが少ない。
かけうどん、きつねうどん、かき揚げうどんの三つだけだ。
どうも丼物の付属として置いているようだ。
かけうどんははずかしいし、かき揚げはきついので、きつねうどんにした。

そんな私と対照的に、ちづるはおなかがぺっこぺこだった。
朝は軽くパンだったし、お昼の時間はとっくに過ぎている。
なのでちづるは、しょうゆラーメンのギョーザライスセットを選んだ。

こういうところはできるのが早い。
じきに番号をよばれてとりに行く。
すると店のおばちゃんがにこにこしながらこう言った。
「ごはん大盛りにしといたでな」

どうやら勘違いがあるようだが、それも仕方ない。
男女で注文して、片や単品のうどん、片や炭水化物トリオだ。
ましてや私はたくさん食べる人のような要望をしている。
おばちゃんを落胆させないため、私も満面の笑みを浮かべ、
「ありがとう」とお礼を言って、ラーメンギョーザセットのお盆を持った。


席に着いたらちづると交換だ。
私はうどんをよく噛んでゆっくり食べた。
ちづるはしんどくなってきたようだ。
普段なら単品しか頼まないのに、空腹で判断が狂って注文したセットもの。
しかも、ごはんが大盛りだ。

せっかく大盛りにしてくれたご飯を残すわけにはいかない。
私も手伝ってご飯を食べた。

問題は汁だ。
私は麺類の汁を残さないのが信条だ。
ちづるがスープを残したら、私が残したことになってしまう。
なので、私はうどんの汁を残し、ラーメンのスープを片づけた。


こんな目に合うならもう酒なんかやめだ。
と思っていたら、スナックからメールが来た。
「老眼鏡落ちとったよ」
取りに行かなくては。







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影もなくなっとる

無理

とても二日酔いだ。
熱燗だったら大丈夫と思って飲み過ぎてしまった。

目が覚めたらリビングだった。
時計を見たら4時。
寝室に行って寝る。

8時半にリビングに行く。
インスタントのしじみ汁だけ飲んで、ホットカーペットで寝る。


ちづるが言う。

「お昼どうする?」

「まだ聞かないでくれ」

「今日、どこか出かける?」

「行きたいところがあるのか」

「今日までの割引券があるんやけど」


そうか、以前食事中にいきなり配られてきた割引券か。
あれは某ショッピングセンターのフードコート。

あるのは、タコ焼き、中華、丼もの、うどん。

うぷ。







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データは残っているぞ
寒い。
衣替えをしていないからだ。

作業ズボンはまだ夏用。
上は、ノースリーブに半袖作業服、長袖ジャンパーだが、
この長袖は風通しがいいように背中にメッシュ部分がある。
靴下もくるぶしまでのやつだ。

先日、自転車で出勤した日の帰りは寒かった。
日が暮れてからの強風は地肌にしみるぐらいの寒さだった。
首回りもスカスカだし、耳にはもはやしもやけの気配がある。

それでもがまんしてたのは、家に帰ってから衣装の入れ替えをしたくなかったからだ。
この休みで冬装束に入れ替えよう。
今週いっぱいは耐えるのだ。


こうして我が家にも冬が来た。
この休みでコタツもセッティングしたいし、
マフラーなどの布類も用意したい。
寝床には毛布も欲しいし、ホントは机の下にストーブも必要だ。

しかし、冬物を出すだけではだめなのだ。
夏物をしまわなくてはならない。
ただ、寒くなると夏物を見たり触ったするのがいやになる。
だから放置される可能性が高い。

私は断言しよう。
この記事を読んでくれている人の9割は、まだ扇風機が部屋にある。
我が家では、寝室と和室に扇風機がある。
“扇風機”は夏の季語だが“しまい忘れた扇風機”は冬の季語だ。


だが、実は我が家には扇風機より上を行くつわものがあった。
ヤッケだ。
えんじ色で、フードがついてて、胸にポケットのある、農村ではオーソドックスなものだ。
薄手なので折りたたむの胸のポケットに収納でき、ポケットサイズになる。
風は通さないし、多少の雨ならはじいてくれる。

なので畑にも着ていくし、自転車や徒歩通勤のときはとても頼りになる。
家に帰ると玄関の手すりにひっかけておき、次の日出ていく時にかぶっていく。
便利で丈夫で安くて、とても重宝なものだ。


これが、玄関にあった。
つまり、最後に着た日、帰宅して脱いでから、ひと夏玄関につるしてあったということだ。
そして、再びそれを着る季節がやってきたのだ。

なにしろ水分をはじくので、洗った方がいいのかどうかわからない。
他の衣類と一緒にたたんでおくのはなんだかいやだ。
なんというか、雨合羽とジャンパーの間のような存在なのだ。
とりあえずこれからは着るのだから、堂々と玄関にいてもらおう。









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家はどうした?
何度も説明しているが、私は今の職場に一人でいる。
同業の二社が合併して、仕事を分けたのでみんなあちらに行ってしまった。
とはいえ、事務所には女子がいるし、配達の者はこちらへ来るので寂しくはない。
しかし、大変なことに気が付いた。
年末の大掃除はどうするのだろう。

私のする仕事の範囲は狭くなったが、職場の広さはずっと同じだ。
一つだけプラス面があるとしたら、散らかし屋の上司Tがあっちに行ったことだ。
彼の私物は全部段ボールに詰めて持たせてやったし、
こちらの仕事に関係ないものは全部処分した。
だとしてもまだまだ範囲は広い。


さて、紙という商品は半端や残りものがすごく多い。
端っことはいえ、はがきや名刺、どうかするとA4なんかがとれたりする。
それがもったいないので大事に置いてあるのだが、
そりゃあなた、びっくりするぐらいの量があるのだ。

そんなわけで、私は自主的にゴンゴン働いている。
字の書ける紙は糊付けしてメモ帳にし、
カラフルな紙はハガキサイズや正方形に切ってどんどん事務所に渡す。
これらは店に並べて売ってもらうのだ。

時には個人的にメモなどを頼まれることがある。
先日も飲み仲間の人に頼まれたので、2キロほどあげた。
本社では作っていないので、О川や上司Tにも分けてやった。


インターネット販売もやっているので、毎日結構な量を送っている。
箱詰めのとき商品に傷がつかないように厚い紙で保護をするのだが、
内緒でちょっと高級な紙をあて紙にしてやった。
値段は高いがあまり出ず、サイズも売れ線ではなかったのだ。
処分の時は『もったいない』は禁止だ。

逆に入荷して来る荷物も多い。
なので段ボール箱もたまっている。
こちらからの送りに再利用もしているが、入ってくる量に追いつかない。
溜まると業者さんに来てもらうのだが、
メインの紙ゴミが減ったので、そちらがたまるのを待っている。

置き場がいっぱいになってきたので、折りたたんで大きな箱に詰め込むことにした。
そのままパレットに置けばリフトで運べる。
女子にも置きやすいようにしてやろう。


このようにして、現場はどんどんさっぱりしていく。
すべて私のおかげだ。

それにしても、私の本職はヒマなのか?








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きゅってやってみた
やったー、健康診断が終わったー。
ここで、聴力検査のところで出会った小話を一つ。

お医者さん「この音、聞こえませんか?」

おっさん 「ああ、そうですか」

後ろに並んでいた全員が「聞こえてへん!」って心の中で叫んだはずだ。


それはともかく、健康診断が終わったので飲みに行った。
ちょっと遅くなったのに、珍しく常連さんが誰もいない。
カウンターにはなじみのない人が三人だ。

女将さんによると、昨日も常連さんは二人しか来なかったらしい。

「Nさんと~、えーと、あと一人、誰やったっけ?」

この女将さん、健康診断でない診断を受けた方がいいと言われるほど物忘れがはげしい。
おでんの注文など、毎回必ず聞き直すのだ。
実際この日も、私が席に着いたあと、隣のお客さんに、
「おでんの注文、なんでしたっけ?」
と尋ねていた。


さて、思い出せないことは気持ちが悪い。
「誰やったかなー」
といつまでも考えている。

「MっさんでもないしK野さんでもないし」

挙句は私に、
「どんな常連さんがいましたっけ?」
と訊いてくる始末だ。

「何かヒントぐらい思い出さん?」
と追及していたら、

「そういえば・・・」

「なに?」

「ハゲじゃなかった気がする」

これで半分に絞られた。
私には確認しなければならないことがあった。

「まさかと思うけど、Tやん?」

「あー、そうやー、Tやんやー。あースッキリした」

「MっさんとK野さんとトリオやないか」

影が薄いかハゲで薄いかという、たわいのないお話でございます。








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そこだけは覚えとけ
今日はいよいよ健康診断だ。
健康診断には良い点が一つある。
その間、仕事をしなくてもいいということだ。
近くの商工会議所で行われる中小企業向けの健康診断に参加するので、
なるべくゆっくり行ってこよう。

健康診断には悪い点が二つある。
その一つは、ヒヤッとすることだ。
レントゲンの機械も聴診器も心電図用の吸盤もみんな冷たい。
しかも、体の中でも“ヒヤッ”に弱い部分に当てられる。
これは体に良くないような気がする。

もう一つの悪い点は、待ち時間の長さだ。
あちこちの会社の人が集まってくるので、順番待ちの長い行列ができる。
なるべくゆっくりして会社に戻るのを遅くしようと思ってはいるのだが、
ワンコーナーごとに待たされていると、血圧が上がりそうだ。

なので、本でも持っていこうかと思っている。
読みかけの推理小説があるのだ。
今読んでいるのは、かなり古い時代の翻訳ものだ。
まだ“探偵小説”と呼ばれていたころの作品だ。


そういえば探偵という職業の人は実際にいるらしい。
小説の中のファンタジーな存在ではないようだ。
だが、ニュースを見ていると、本物の探偵はカッコいいものでも正義の味方でもないようだ。
時には事件に加担したりもしている。
おそらく、全探偵が食っていけるだけの正当な仕事がないのだろう。

だったら、探偵に健康診断をしてもらったらどうだろう。
我々が普段通りの生活をしている間に、こっそり健康を診断するのだ。
七つ道具を駆使し、隠密にデータを測定する、
そんなこと探偵にしかできないだろう。

私の生活範囲に盗尿機を仕掛けて知らぬ間に採尿し、蚊型採血機を使って採血、
携帯型エックス線カメラでレントゲンを撮る。
居酒屋で偶然隣の席になったふりをして問診し、
観光客を装い、道を聞くふりをして血圧を測定する。
足跡の深さから体重、物音をたてて聴力、ぶつかりざまに心音を測定する。

こうして、知らぬ間に健康は診断され、ある日探偵がやってきて報告をする。

「実はあなたはメタボなのです。
 犯人は運動不足、飲酒と食生活が共犯だ」

「違う! 悪いのはみんなストレスなんだ」

「いいえ、ストレスなんて存在しないんですよ。
 それはあなたが生み出した架空の存在なのです。
 あの時、節制と欲望がもみ合って、頭の打ち所が悪かった節制は・・・」

「ああ」

こうすれば、待ったりヒヤッとしたりしなくても済むと思うのだが。








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規則正しい生活を
ちづるが風邪気味だなどと言い出したのは金曜日のことだった。
翌日には古い友人がお伊勢参りに来るので案内をする約束になっていた。
「なんでこんなタイミングで」
と嘆いていたが、それはテレビを見ながらうたた寝しているからに違いない。
ちづるは薬を飲んで寝た。

土曜日、朝は畑に行く私の方が早く家を出た。
お昼に帰ってきてラーメン食べてテレビを見ながら昼寝。
そろそろ実家に行こうとする私と入れ替わりにちづるが帰ってきた。
友人とは楽しく過ごせたようだ。

夕方、私が帰宅すると、ちづるはめっきり風邪ひきさんになっていた。
幸い翌日は日曜だ。
薬を飲んで寝ているがいい。

「明日、公民館の掃除」

「え?」

「明日、公民館の掃除」



なんですとー!

わが地区の住人には三つの労働が課せられている。
ドブ掃除、公園の草取り、公民館の掃除だ。
どれも年一回、区民が平等に出ることになっている。

ただし、男女は平等ではない。
ドブ掃除は男性が多いが、草取りはやや女性が多い感じ。
だが、公民館の掃除はほぼ女性ばっかりだ。
いやだいやだ、そんなの私はでたくない。

「いざというときは頼む」

たのむなー!

こうなったらちづるに治ってもらわなくてはならない。
夕食は風邪菌撲滅雑炊だ。
ダシでご飯を煮て、ショウガと山芋を投入。
最後に玉子を混ぜて大量のネギだ。

さあ食え。
食ったら薬飲んでヴィックス・ヴェポラッヴ塗って寝ろ。


その甲斐あって、ちづるは掃除に行けるまでに回復した。
ホッと一安心。
これで気が緩んだのか、気温が下がったのに薄着だったからか、
私の喉がイガイガし始めた。

薬飲んで寝ようと思ったら葛根湯しかない。
ビンに入った風邪薬は、ちづるが全部飲んでしまったのだ。
水曜日は健康診断。
健康な状態で受けたい。








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ぴっちりした長袖か
人をけなすのは簡単だ。
なぜなら、人はけなされたとき、そのけなし方のうまい下手に関係なく、
“けなした”という事実に怒るからだ。
つまり、人をけなすのは、けなした段階で成功ということになる。

逆に、人を褒めるのは難しい。
人は褒められたとき「そんなことないよ」と言おうとしている。
まず否定しようとしているのだから、それを認めさせるのは至難の業だ。
そして、万が一褒め間違うと、相手はけなした時より怒る可能性があるので、
褒めるときは気を付けなくてはならない。


そうでない場合がある。
その人のセンスを褒めたりけなしたりする時だ。
センスのいうものは形もなく、数値で表すことができない。
人それぞれで感じ方が違うものだ。
これは褒めやすい。

「センスいいね」という言葉は、その人がそう思った、ということだけだ。
相手がそう思ったのだから「そんなことないよ」というのは間違っている。
だからウフフと笑って「ありがとう」というしかない。

ややこしいのは「お前センス悪いな」というけなし方だ。
もちろんあらゆるけなしパターンと同じで、けなされた方は腹を立てる。
むしろ、形のないもの、数値で表せない事柄だから余計に頭に来るだろう。
こう言われた人は口に出さなくても例外なく心の中でこう思っている。
「お前のセンスは」と。


「センスいいね」は誰が言ってもいい言葉だ。
センスを持ち合わせていない人でも、ハイセンスなものを感じたということだ。
だが「センス悪い」はセンスのいい人しか言ってはいけない。
ただ、世の中には勘違いしている人が山のようにいるのだ。

ずいぶん昔の話だが、当時勤めていた会社の先輩に「センス悪っ」と言われたことがある。
何らかの理由で歌手の名前を書き上げていた時だ。
“サザンオールスターズ”のことを“SAS”と書いたらそう言われたのだ。
ほんの覚書であったし、本人たちも使っている略号だ。

じゃあ、何と書いたらいいのかと訊いたら、
「サザン」だという。
私はこの人のことをセンス悪いと思った。

自分は人にセンスが悪いと言えるほどセンスがいいと思ってはいない。
でも、覚書なんぞにセンスなど関係ない。
なのにセンスが云々などと言い出すのは、人のセンスを貶めることによって、
自分がセンスがいいことにしようとしているに違いない。

となると、私はセンスが悪い人に「センス悪っ」と言われたことになる。
これはどう考えても、私のセンスはいいってことになるのではないか。
なので、心でそう思って、そのあとは何も言わずにおいた。








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前もやったろう
朝から畑の草取りをした。
畑の周りではなく、レタスやホウレンソウのための準備だ。
だから土を掘り起こして根から取る。
ここができあがれば植えつけが完了するのだ。

お昼までに時間があったので、ダイコンの間引きをした。
家でラーメンを食べてから、間引き菜を持って実家へ。
田舎出身の父母は「あらうれしっ」と喜んでいた。
こういうものが大好きなのだ。


そのあと買い物に連れて行ったのだが、いつものスーパーだけではなく、
隣町の産直市にも行きたいというのでおつきあいした。
車で10分ぐらいのところに、地元農家の作物を販売しているところがある。
いいものが安いので結構繁盛しているようだ。

母は店に入るなり、みかんだ柿だとハイテンションだ。
重いものはあとにしよかと言って、まずは野菜を見て回る。
いきなりサトイモをゲットした。
ここは作っている人ごとにコンテナで出品しているので、同じものがあちこちにある。

「全体を見てから決めた方がいいんじゃないの」

「いや、このサトイモの形が気に入った」

それならいいけれども、サトイモを入れたかごを持って歩くのは私の役目だ。
母は、隣のコンテナに移ってまた足を止めた。
サトイモを見ている。
そしてゲットした。

「さっきのを戻すか」

「いや、これは大きさが気に入った」

そのあとも、先のことは考えずにどんどんかごに放り込んでいく。
「これは立派なサツマイモやねえ」
「この山芋は珍しいねえ」
ちなみにかごを持っているのは私だ。
この後、ダイコンとワケギとみかんとカキを買った。


重量物を車に放り込み、その足でいつものスーパーへ。
今日はもう野菜は見なくてもいいなあ、
などと話をしていたのに、いつも通りに野菜売り場もじっくり見る。
ジャガイモをかごに入れた。

「まだ芋を買う気か!」

「ジャガイモは違う芋やないか」

「芋の博物館でも始める気か!」

母は「かかか」と笑って、今度は芋ケンピを見てた。








↑芋農家さんはクリックしてね。







好みがあるのね
噂に聞いたのだが、宝くじの当たりが増額されたらしい。
私はそちら方面に疎いのだが、話によると7億もらえるようだ。

奴らはそんなに私に宝くじを買わせたいのか。
あの手この手を使って私を陥落させようと、躍起になって攻めてくる。
だが、私は買わない。
うまい話はたいていがウソなのだ。
高級レストランの車エビも、77%の割引も、元本保証の投資話もみなウソなのだ。


どうしても買わせたいなら、一つ忠告しておこう。
当選額を増やしても、それは私には無意味だ。
なぜなら私には7億がピンと来ない。
本当に7億なんてお金が存在するのかも半信半疑だ。

7億を我が家の通貨レートで換算してみよう。
およそ、388890ノミニイクだ。
余計ピンとこない。

だから、7億はいらない。
7000万円でいい。
その代り1枚30円で売ればいいのだ。
それならば10枚ぐらい買ってやってもいい。


それから、まず買いやすくする努力をしてほしい。
我々買ったことないグループの人間には、宝くじ売り場の雰囲気が購入の壁になる。
あの、東京拘置所での面会、みたいな売り場はどうにかならんのか。
ケータイ売り場みたいに、若くてかわいい女子が押せ押せムードで来られても困るが、
せめてコンビニぐらいのフリー感がほしい。

あの売り場だと、こちらから注文をしなくては売ってもらえない。
私は欲しいものは手に取ってレジに持っていくシステムが好きだ。
我々買ったことないグループのメンバーは、なんと言って買ったらいいかわからない。
「連番で当たりくじ十枚」
と言ったら通じるのだろうか。


それにしても、他のサービスが少なすぎる。
何回買ってもポイントが溜まるわけでもなし、
会員になったら割引デーを教えてくれるわけでもなし、
十枚買ったら一枚余分についているわけでもなし、
スピードくじをひかせてくれるわけでもない。

まず、おまけをつけてくれ。
庭の草を抜いてくれ。
土日の渋滞を何とかしてくれ。
ヘッドホンタイプのウォークマンに好きな順に曲を入れる方法を教えてくれ。
休みの日は晴れさせてくれ。

以上の要件を満たしたら、宝くじを買わないわけでもない可能性が少し増えるかもしれない。








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しかも一枚
ちづるがサツマイモをもらってきた。
さっそく一個をチンして味見。
おお、まさに旬の味だ。
最後に食べたのはいつだっただろう。

それにしても時代は変わった。
私が子供のころは、サツマイモと言えば大きな蒸し器でふかしたものだ。
今ではぐんにゃりした器に入れて電子レンジでチンだ。
それにしても誰が電子レンジの音を「チン」に決めたのだろう。
「ブー」ってブザーだったら「早すぎやろっ」ってツッコむとこだ。


テレビを見ていたら、サツマイモのつぼ焼きを紹介していた。
これは懐かしい。
私の通っていた駄菓子屋では、夏はカキ氷、冬は芋のつぼ焼きを売っていた。
大きな壺の中に炭が熾されていて、その上の方にサツマイモが針金でつるされていた。

ちづるはそれを知らないという。
焼き芋と言えば石焼き芋だったそうだ。
私が石焼き芋を知ったのは、たしかテレビアニメだったと思う。
実物を知ったのはずいぶん大きくなってからだったはずだ。

焼き芋には焼き方以外にも二種類あった。
栗っぽいホクホクタイプと、黄金色に輝くネットリタイプだ。
ちづるは完全なホクホク派らしい。
「ネットリ芋はキンコにしろ」と糾弾していた。
ちなみにキンコとは、志摩地方で有名な干しイモのことだ。

ちなみに私はどちらも好きだ。
胸につかえてホガホガする「九里四里うまい十三里」も、
破片が手の甲に乗っかって「あぢー!」と叫ぶ溶岩みたいなのもうれしい。
寒い季節の焼き芋は、なんであれ幸せの象徴だ。


さて、全く別物ではあるが、芋の仲間にはもう一つタイプがわかれる食べ物がある。
ポテトサラダだ。
サツマイモのように、それ自体の質の違いではなく、作り方で大きな差が現れる。
クリーミータイプかゴロンゴロンタイプかだ。

まるでホイップクリームのように柔らかくきめ細かに練ったクリーミータイプ。
練るというよりは、砕いた、という方がしっくりくるゴロンゴロンタイプ。
これはどちらが好き、ということではなく、どのぐらいの割合が好きかということになる。
つまり、もっともクリーミーなモノから、ほぼジャガイモのままのモノまで、
グラデーションのようにレベルがあって、どの辺が好みかなのだ。

かたまりが無くなるまで練ってあるが、マヨネーズが少なくてボソッとしたのもあるし、
かたまりだらけなのだけどマヨネーズが多くてぬるぬるしたのもある。
この際その他の具のことは考えずに、ジャガイモの加工度で判断しよう。

私はみんな好きだ。
これはいやなタイプだ、なんて思ったことがない。
「ここのポテサラはかたまりがあっておいしいなあ」
「この店のはよく練れてておいしいなあ」
幸せ者なのだ。







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食物繊維のせい
なぞなぞ。
名古屋発の特急が伊勢を過ぎたら急にゆっくりになりました。
さて、どうしてでしょう。
答え、伊勢から先はとばしません(鳥羽志摩線)

例えその地名を知っていても、地元でなければピンとこないなぞなぞだ。
○○線という呼び名は、その近くにいる人でないと分かりにくい。
ましてや近鉄とJRしかない田舎に住んでいては、都会の複雑な路線は理解できないものだ。


山本正之という人の歌に『飯田線のバラード』というのがある。
“♪今も言えない、言い出せない、飯田線のバラード~”
こういうの、好きだ。


関東には『小田急線』というのがあるらしい。
聞けば『小田原急行』の略なのだそうだ。
ならば、アメリカ大統領と同じ名前で一時期盛り上がった、福井県小浜市の急行なら、
『オバキュー線』になるのだろうか。
こういうの好き。


北海道にも有名な地名が多い。
札幌、夕張、この二つをつなぐ路線は『サッパリ線』だろうか。
思いつきだから怒っちゃいけません。


近鉄の四日市あたりには支線があるんだけど、
本線は『四本線』だろうか。


南米ペルーの首都はリマだ。
苫小牧とリマを結ぶ路線は「とまりま線」
小郡とリマを結ぶ路線は「おごりま線」
佐賀とリマを結ぶ路線は「さがりま線」
滋賀とリマを結ぶ路線は「しりま線」
東京とリマを結ぶ路線は「とおりま線」
河崎とリマを結ぶ路線は「かわりま線」
志摩とリマを結ぶ路線は「しまりま線」
リマ好き。


えーと、
鈴鹿と美作を結んで「すみません」
モーリシャスと志摩を結んで「もうしません」







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どこまでも続くよ
よーし





てへ






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スーパーに買い物に行き、レジに並ぶとどうしても前の人の買ったものが目に入る。
なるべく前に前に詰めていくのがレジのルールだが、
そのカゴに高級品が入っていると、「うっ」と一歩下がってしまう。
ただし、ここでいう高級品とは単価の高いもののことではない。
そのジャンルの中で高価なモノ、ということだ。

たとえばメロンやステーキ肉、ウニやアワビなんかがカゴに入っていたらびっくりするが、
そこはいろいろ考えて自分をなだめることができる。
誰かのお誕生日なのかなー、お客様がくるのかなー、
あるいは日々の暮らしに疲れ果ててプチッときたのかなー、なんて風に。

そうでなくて、普段の生活の中でいつも使っているもので、
陳列棚の同類の中で一番偉そうにしているもののことだ。

たとえば一番高いドレッシング。
同じ値段だけどちょっとしか入っていない粗びきウインナー。
割引除外品の冷凍食品。
わらに入っている納豆。
赤くて六個入りの玉子などだ。

その中でも最もブルジョアジーを感じる商品、
それこそが『クリープ』だ。
ご存じだろうか「クリープを入れないコーヒーなんて」でおなじみの白い粉だ。

そもそも、コーヒー自体が、生活に必要というものではない。
タバコや酒と同じ嗜好品のひとつだ。
そこに入れるミルキーな仲間たちの中で最も高級な品がクリープなのだ。
今の私に、クリープに匹敵するぜいたく品と言えば、ハーゲンダッツしか思い出せない。


そんな金持ちの道楽品クリープをちづるにおねだりしてしまった。
というのも、会社での環境の変化がある。
会社の入り口にあった自動販売機が撤去されて以来、飲み物は持参が基本になってしまったのだ。

夏場はペットボトルに冷たいものを入れてきて、冷蔵庫に冷やしておけばそれでよかった。
しかし、そろそろ暖かいものが欲しくなる季節だ。
保温の水筒も持ってはいるが、あれはカバンに入れて持ち歩くにはちょっと重い。
何よりも、会社には給湯器があるのでそれを利用したいではないか。

そこで、インスタントの味噌汁とともに、粉末のコーヒーを持っていくことにした。
ただ、私はそんなにコーヒー党ではない。
ブラックですすってにやりとするほどニヒルなキャラクターとは違う。
缶コーヒーを買うときは、カフェオレを選んじゃうタイプなのだ。

先日まで、もらい物のスティックタイプの甘いコーヒーを飲んでいた。
それが無くなったからと言って、素コーヒーには耐えられない。
クリープはどうしても必要だったのだ。


家に帰ってワクワクしながら、今日から持っていくコーヒーの用意をした。
何か小さい入れ物がないかと探したら、本だしの容器が一個だけあった。
もう一つないと、コーヒーとクリープが持っていけない。
丸ごと会社にもっていったらちづるが怒るだろう。

なので、コーヒーとクリープを混ぜた。
私の好きな割合だ。
違いの分かる男も、もう分けることはできない。








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しかも一気にちゅーっと
あちこちのレストランで、料理の材料について“ウソ”が横行している。
残念なことに、わが伊勢志摩でもそんな“ウソ”が発覚した。
メニューに「車エビ」とあるのに、実際はバナメイエビやブラックタイガーを使用していたらしい。
店側は、これを偽装ではなく誤表示だとしている。

車エビを知らない人間がメニューを作ったとでも言うつもりなのだろうか。
もしそうなら「エビの○○」ってするだろう。
発注はどうなっていたのだ。
料理人はどうだったのだ。

“誤表示”とはこういうことではない。
「うっかり書き間違えちゃったよ」ということだ。
つまりこの発表をしたやつは、正しい誤表示の仕方を知らない。
試しに『バナメイエビ』を誤表示してみよう。

☆薔薇名エビ、バター炒めエビ、バナメイヘビ、バーナビー、花めいたエビ、バナメイセエビ、

ついでだから『ブラックタイガー』もやってみよう。

☆ブラックライダー、ムラっとくるタイガー、黒鯛、ダイヤブロック、ピンクパンサー

こういうの好きだから車エビもやっておこう。

☆東エビ、轟エビ、車工匕、車海考、車悔老、毛沼エビ、クールな燕尾服、来る真由美、

これで誤表示と偽装の違いがわかっていただけただろうか。
ただし、一番の間違いは表示の問題ではない。
もっともっと根本のところにある。
そこで私の自慢話を聞いていただきたい。


ウチの両親は山奥の出身で、今でもそちらには親戚がたくさんいる。
あるおじさんが、季節になるとキノコを採ってきてくれる。
時にはマツタケやシメジがあって、キノコのせいではないが笑いが止まらないときもある。

これは炙って醤油、これはバター炒め、などとはじめのうちは考えているのだが、
日持ちはしないし、汚れを落とすために洗わなければならないのもある。
そこで、全部鍋にぶち込んでキノコ汁にしたことがあった。
シイタケやエノキなども買ってきてキノコオンパレードをめざした。
キノコには牛肉が合うと聞いたのを思い出して、慣れない牛肉も奮発した。

この汁がともかくうまかった。
ちづると、今まで食べたうまかったものの話をすると必ず出てくる我が家の名作だ。
翌日は残った汁をそばにかけて食べた。
これは人生で体験したそばでベストスリーに入るだろう。

これは、いろいろなキノコと牛肉の組み合わせの勝利だ。
いわばチームプレーと言えるだろう。
この食材とこの食材をこういう方法でまとめる、これが料理なのではないか。

だとしたら、バナメイエビだろうがブラックタイガーだろうが、
それに合ったパートナーと料理法をチョイスして、おいしく仕上げるのが料理人の仕事だ。
「車エビだからおいしいですよ」なんてのは、エビの手柄の横取りだ。
それを心に留め置かないで、どうしてレストランが営業できるのか。


では、最後にキノコ汁で。

ピノコ汁、火の粉散る、昨日のちづる、広小路ビル・・・








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針は書いてあるだけ?
とはいえ、↓のようなダウン絵だけでお茶を濁していて、
偉そうに「毎日更新」などと言えるものか。
なので二日酔いが和らいだ午後の畑を更新しよう。


今日しなければならないのは、苗の植え付けだ。
これ以上遅れると育苗トレイで育ちすぎてしまう。

でも二日酔いはしんどい。
ちづるに、明日の天気を訊いてみた。

「晴れ」

なに、ならば明日でもよいではないか。

「でも、今晩雨」

なに、では今日やっとかなければならないではないか。
仕方ないので2時頃から畑に行った。


植えつけには堆肥や苗が必要なので、車が大変なことになる。

ミーのカー

以前に草取りだけおわっているところ。

あらら

堆肥と有機石灰を撒いて、雑に耕す。

しんどい

混ぜ込んで、平らに均す。

汗かいた

小ハクサイとミズナ、コマツナを植え付けた。
右の畝はダイコンの第二弾の種を蒔いた。

寒くなってきた

おしまい。







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ここならいつ吐いてもOK

極め

今日は、げーろーの日だっけ?








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こわれた
ウチの会社は8時半からだ。
たいてい10分ぐらい前に会社に着く。
荷物を置いて前掛けをつけ、まずは機械のスイッチを入れる。
すぐに使わない時でも、ちょっと温めておいた方がいいのだ。

伝票をちらっと見て、機械を拭く。
機械は二台あり、仕事によって使い分けている。
この日は特に急ぎがなかったので、昨日の仕事の続きだ。
すでにモノが用意してあるので、すぐにかかれる。

ふと気が付いて時計を見ると9時15分だった。
何かおかしい。
何がおかしい?
あ、会社に来て間もなく一時間になろうというのに、まだ誰にも会っていない。


たいていは朝一番に会長に会う。
会長は表のシャッターを開けてから、会社を一回り点検する。
早いと店の前で、遅くとも私の仕事場で会って挨拶する。

会長の奥さんは私と同じぐらいに出勤する。
だから駐車場で会うこともある。
そうでなくても、朝一番で伝票を持ってくるはずだ。

9時前には事務所の若い子が出勤する。
この子はおとなしくて目立たないのだが、それでも会えば挨拶する。
大体荷物を出しているとやってくるのだ。

なのに誰にも会っていない。
ひょっとしてこの世界に私しかいなくなってしまったのではないか。
だとしたら、仕事なんてしなくていいはずだ。
ちらりと表を見ると、前の道路は車が行き交っている。
仕事はした方がよさそうだ。


今の体制になって、仕事場には私一人だが、こんなに誰にも会わないのは初めてだ。
朝の挨拶もせずに仕事を始めるなんて、
「いらっしゃい、なんにしやす?」を無しに食事を始める回転寿司のようで気持ちが悪い。

そういえば、昨日会長のお母さんが熱が出たのでお医者に行ったと言っていた。
まさか何かあったのでは、とドキドキし始めた時に奥さんが伝票を持ってきた。
訊ねてみたら、会長も事務所の子も普通通り出勤しているらしい。
ちょうどそういうタイミングだったようだ。

ああドキドキした。
あまりに誰もいない感じだったので、普段より大きな声で歌を歌っていたのだ。

ちなみに、会長のお母さんは盲腸だった。








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こっちがさみしい