2013年10月

ここでは、2013年10月 に関する情報を紹介しています。
なんということだろう。
スーパーフライの歌がどうしてももう一曲覚えたくなって、
昼休みにスマホで歌詞を調べてメモに書き写した。
で、仕事しながら覚えようと思ったら、自分の字が眼鏡なしでは読めないのだ。

最近、目の衰えが著しい。
ウチのトイレは、座ると目の前にカレンダーが掛けてある。
これが近すぎて全然見えてなかったのだが、先日気づいたら6月になっていた。
風景画が描いてあるのでもったいなくて、少しずつ見て行って、
やっと10月になったところだ。


このように体の衰えは着実に進んでいる。
そして人間、衰えてくると順番を間違えるようになる。

朝、5時半に起きるとまだあたりは真っ暗だ。
自分の部屋のパソコンのスイッチを入れ、階下に降りる。
トイレに行き、ルーターのスイッチを入れ、顔を洗う。
少し寒いのでアンデスチックなショールを羽織る。

いつもコーヒーをいれて部屋に持っていくのだが、
今日は二日酔い気味なので牛乳をあっためることにした。
電子レンジでチンして、部屋に持っていく。

ここでまず台所を出ればよかったのだが、先に明かりを消してしまった。
壁にぶつかって牛乳がこぼれ、アンデスチックなショールのひらひらにかかった。
ここでまず明かりを点けるべきなのに、まずシンクの水を出してしまった。

明かりを点けたら牛乳が床にこぼれている。
まず雑巾を手に取ったが、水を止めればよかった。
で、水を止めたのだが、先にアンデスチックなショールの牛乳を洗えばよかった。
ということは水を止めなければよかった。

で、アンデスチックなショールの牛乳で濡れたところを軽くすすぎ、
水を止めたのだが、先に雑巾を湿せばよかった。
水を出し、湿した雑巾で床を拭いたのだが、先に牛乳をどこかに置けばよかった。

牛乳を置いて、ぞうきんをすすいで、手を洗って、牛乳をてにとり、
明かりを消したのだが、先に台所を出ればよかった。


こうして私は牛乳をもって二階の自分の部屋に来た。
牛乳を飲んで今これを書いている。
なんだか気持ちが悪い。
牛乳は、お酒を飲む前に飲んでおけばよかった。








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忘れてください
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日本という国は食であふれかえっている。
世界中のあらゆる食材や料理を食べることができる。
あまりにたくさんの食べ物が集まってきて、おかしなものが現れてきた。
今日はその中の一つをご紹介しよう。
それは名前を“カツサンド”という。

カツサンドとはトンカツをパンで挟んだものだ。
ただ、他のサンドイッチとは理屈が違う。
誰が考えてもわかることだと思うのだが、トンカツはパンにはさむのに向いていない。

肉の柔らかさとかソースの味などという食べてわかる部分を別にして、
カツサンドの値打ちが上がる要素は何か。
それはカツの厚さだ。
カツが厚ければ厚いほど、そのカツサンドは高級ということになる。

サンドイッチというのは中身が厚くなれば厚くなるほど不安定になる。
だから、厚いサンドイッチを作る場合は、中の具を均一に広げる必要がある。
ところが、トンカツは広げることができない。
サンドイッチにふさわしい食材の形が“パー”だとしたら、
分厚いトンカツは“グー”ということだ。

さらに言うなら、トンカツは四角くない。
これは食パンになじまない。
ハムならば、二枚使うとか、半分に切って背中合わせにするとか、いろいろ方策がある。
トンカツは、無理やりはさんじゃう、しかない。

この不具合を隠すのと、カツサンドの売りである肉の厚みを見せる手段がチョキ、
つまり、半分に切ることだ。
カツサンドは確実に半分、あるいは三つに切ってあり、
その切り口を上に向けている。
それが、カツサンドのポーズなのだ。

これは消費者をだます手段でもある。
パンにカツが挟まってない部分を見えなくしている。
この形になったカツサンドは、確実に上げ底になっているということだ。
たいていのカツサンドは、パンにはさまれた状態で空中に浮いている。


さて、以上のことを踏まえて、
カツサンドが奇妙な食べ物だという説のメインはここからだ。
あらゆる食べ物はなるべく口に入ってくるように食べる。
だが、カツサンドのカツだけは、口から押し出すように食べるのだ。

先に述べたように、カツサンドにはサンドになってない部分が多い。
カツサンドをそのままの形で食べていくと、最後にパンだけを食べる羽目になる。
その時に感じるのは残念な気持ちだけだ。
だから人はなるべくカツを均一に食べたくなる。

そもそも、濃厚なカツと淡白なパンを同じスペースずつ食べていくのは無駄が多い。
カツの味で、もっと多くのパンをかじれば、食べるバランスが良くなる。
だから、人はカツサンドを一口齧るたびに、カツを外に押し出していく。
いわば、ハンバーガーの中身が飛び出していく現象をわざと作り出している形だ。

それは、カツを移動させて調節しているのだ。
場合によっては舌でカツを向こうに押しやる場合もある。
そうしながら両手でカツが飛び出さないように握力も微調整する。
ともかく、最終的に最後の一口にもカツが存在するようにしたいのだ。

ね、みんなそうしてるでしょ。







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しばらくあいこしてた
十月も末になり、さすがに涼しい風が吹いてきた。
さすがの肉厚鈍感男の私も長袖を着るようになった。
誰が肉厚鈍感男や。

これだけ涼しくなったら徒歩通勤を再開しても、会社に着いてそんなに汗だくにはなるまい。
そんなわけで今朝は仮眠を省略して、歩くために早く家を出た。
ノースリーブと半袖作業服の上に長袖作業服を羽織ったから、
ご近所の人に出会っても後ろ指をさされることはないだろう。

早出勤は三文の得、思い立ったが吉日。
途中で十円拾った。
こうして、少しのスキップを交え、会社までおよそ45分のウォーキングだ。

これだけ歩くとさすがに暑い。
途中で長袖は脱いでしまい、会社に着いてから、半袖も脱いでしまった。
ノースリーブでいても、会社では一人だし、外に出ることもないから恥ずかしくはない。

と思っていたら、本社から来たО川の車が故障し、
会社の駐車場に押して入れることになった。
О川がハンドルを握り、私と応援に来たU氏が後ろから押す。
なんとか思った位置まで押して一安心していると、会長の奥さんが、

「こみちゃん、Uさんも長袖になっとるよ」

このU氏もかなりの暑がりで、私と薄着を競っているのだが、
ちゃんと長袖のシャツを着ていた。
いやいや、私は歩いてきたから暑いだけなのだ。
この時期のノースリーブは言い訳が必要だ。


歩いて出勤したということは、もちろん帰りも歩くことになる。
出勤時は、明るくて人も多くて、にぎやかな町に向かって歩くから気分もいいが、
帰りは真っ暗なうえに、明るい町から閑散とした田舎に向かって歩くことになる。

学生でも犬の散歩でもない男が、暗い田んぼの横をとぼとぼ歩く姿は、
なんとも哀れで寂しげで怪しげだ。
だが、ホッカホカなのだ。
家に帰ったら作業服なんて脱いでしまって、パンツとノースリーブだ。

その格好で、ダイコンの間引き菜を掃除してお浸しを作った。
もちろん健康診断が近いが故のダイエット夕食だ。
他は焼きあげのとろろ掛けと雑炊だ。
いただきますをした後、ちづるにこう言われた。

「おねがいだから、なにか羽織って」


さて、こんな私だが、昼休みに長袖を作業室に忘れて休憩室に行ってしまい、
昼寝しようとしたら寒くて、暖房を入れたことは誰も知らない。







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衣替えしてたのよ
食べる話ばかりかいているが、実はこの土日は私も忙しく働いていた。
実家に行っていた土曜の午後は、家で落語を観ていた。
録画したものを減らさないと、ハードディスクがいっぱいになる。
Eテレの『日本の話芸』を三本観て消した。

さすがの私も落語を観たことを“働いた”とは言わない。
噺家さんの話術にゲラゲラ笑いながらも手は休まず動かしていたのだ。

それは9月29日の記事に書いた乾物の処理だ。
いただき物で古くなった乾きモノが台所の場所を大きく占領している。
これらを始末しようと考えたのだが、それだけしていたのでは時間がもったいない。
目と手は別々に動けるはずだとおもい、同時進行することにした。

食卓に大きなチラシを広げ、まずはワカメから。
キッチンばさみでチョキチョキと細かく切って、保存用の大きなビンに入れていく。
大きな束だったので、これだけで落語を一本観てしまった。

次は海苔だ。
水分を吸ってフニャフニャになった海苔は、折り紙よりも切りにくい。
縦八等分にしてから、紙ふぶきのように小さく切っていく。
これは固いところがない分、あまり力はいらない。

アオサはひとかたまりで、カイメンのようになっている。
これを手でほぐして、薄っぺらくしてからはさみで切る。
ここまで来ると手がネトネトだ。

最後が厄介な干しシイタケだ。
傘の部分は案外柔らかいのだが、軸が固い。
でもこれを切っておかないと、粉砕した気分になれない。
だから握力フルパワーでバツバツ切ってやった。
これでおよそ30センチの高さがあるビンが、ちょうど一杯になった。


日曜の午前は畑に行くと決めていた。
土が水分を吸っているから、耕したりはできないが、
ともかくダイコンの間引きはしなければならない。

ダイコンになあれ


ずらり並んだダイコンの葉、ここからなるべく悪いのを抜いて、適当な間隔を作る。
蒔き方によって、ぴったり二本が寄り添って生えているのや、
森のように密集しているところもある。
そこにいいのを一本残して他を抜くのは、この太い指では至難の業だ。


午後は苗の間引きだ。
玄関先には育苗トレイにミズナやハクサイ、チンゲンサイなどの苗がある。
時期をずらしながら蒔いていって、トータルでおよそ700本。
一マスから何本か生えているのを、糸切りばさみで一本にしていく。
老眼鏡と指握力のいる仕事だから、時間のある時に少しずつやっていく。

苗たち


間引きは単純な作業なので、ヘッドホンで音楽を聴きながらやっている。
もちろん今はお気に入りの“superfly”だ。
先日までは、おっさんの気まぐれだったので“スーパーフライ”だったが、
今やファンになってしまったので“superfly”に出世した。

カラオケで歌うためには歌詞を覚えなければならない。
でないと車で練習できないのだ。
というわけで、会社の機械に貼るために、次に覚えたい歌の歌詞をメモに書き写す。
目立つと恥ずかしいから小さい字でちまちまと書く。


ここでこの土日の疲れが一気に来た。
「右手が~右手が~」(ムスカ風)







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体が生きてる証拠
幸いにも台風はずっと遠くを通って行ったようで、こちらにはあまり影響もなく、
朝起きてから背伸びの三つもしていたら雨もやんだようだ。
これなら実家の母を買い物に連れていける。
雨が降っていたら、私が一人で行かなければならないのだ。

一応行く前に電話を掛けると、ダイコンを買ってきてほしいという依頼。
なぜ買い物に連れていくのにダイコンを買って行かなければならないかというと、
ウチと実家の間に、地元農家の方々が野菜などを出品している、
道の駅ならぬ民話の駅『蘇民』という施設があり、そこの野菜がお気に入りなのだ。

行ってみるとなかなか盛況だ。
ダイコンとサトイモ、小ハクサイ、生ラッカセイなどをかごに入れ、
レジの手前で、栗おこわを見つけた。
こういう田舎くさいものは喜ぶかもしれないと思い、それも買うことにした。
どうせお金はもらうのだから。

ダイコンしか頼まれていなかったが、どれもこれも母には好評だった。
「うっれしー」
と言っていた。

母の言う通り、ここに寄って行って正解だったようだ。
私が買ったダイコンは120円。
スーパーに並んでいたダイコンは、それより一回り小さくて248円。
どうやら今は野菜が高い。


時間的に買い物が終わったらちょうどお昼だ。
父に頼まれていたタコ焼きを買いにお総菜売り場に。
「あら珍しい」と母はマツタケご飯を手に取った。
さらに私に寿司を選べというが、栗おこわがあることを念を押して、
小ぶりのウナギ寿司セットを買った。

さて、お昼だ。
おなかが減って仕方がなかったのでタコ焼きをつまんでいたら、用意ができた。
まずは寿司をおかずに栗おこわだ。
そしておかわりにマツタケご飯だ。

母は「足りなかったらうどんでもするか」と言っていたが、おなかにそんな余裕はない。
久々におなかどっかりタイプの満腹になった。
マツタケご飯とタコ焼き、あと鳥の竜田揚げの残りは晩ごはんに食べてもらおう。


さて、わが家の晩ごはんはどうだったか。
これまた妙な夕食になった。
天気のせいで今週一度も居酒屋に行っていない私が、
天候の回復したこの日、飲みに行かないはずがない、
と予想したちづるが、自分の夕食としてサンドイッチを買ってきたのだ。

私は実家で買ってもらったもので、ホタテの山掛けとジャコのミョウガ和えを作った。
ちづるは飲む気分じゃないので、そばを作った。
カツサンドとハムサンドでビールを飲み、ホタテとジャコで日本酒を飲んだ。

ここで気が着いたのは昨日ちづるが買ってきていたソーセージパンだ。
私が夕食に食べる段取りで刈ってきたらしいのだが、昨日はきしめんをしたから残したのだった。
これも早く食べてしまわなければならない。
で、食べてしまってから気が付いた。
ごはんがちょっとだけ残っているではないか。

もちろん全部片づけた。
健康診断は来月の半ばだ。








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タンパク質も好き
十九世紀の末にシャーロックホームズが登場して以来、
世の中には驚くほどたくさんの探偵たちが現れた。
少しでも他より個性をだすために、どんどん奇抜なキャラクターが造形され、
どうかすると犯人よりよほど怪しい者もいる。

そんな探偵たちが最もたくさん存在するのが、おそらくこの日本だろう。
たくさんの小説や映画が今でも作られ続けている。
テレビドラマで大量生産されている「○○刑事」の集団が、
この系譜の末端になるのだろう。


そんな数多くの個性的探偵の中で、
私が最も魅力を感じるのが『ネロ・ウルフ』だ。
レックス・スタウトの小説で登場したのが1934年というから、
数ある探偵の中でもかなりの古株だろう。

ウルフは180センチの身長で140キロの肥満体。
家からは一歩も出ず、操作は部下にさせる。
かなりのグルメで、食事を邪魔されるのが大嫌い。
一日の大半は蘭の世話をしていて、その間も仕事はしない。

部下のアーチー・グッドウィンの記述という体を取っていて、
トリックを見破り意外な犯人を指摘する、というタイプではない。
依頼者から報酬を得るため、証拠を集めたり、犯人や関係者を罠にかけたりする。
時には警察の裏をかいたり、うまく利用したりするため、
激しいバトルが行われたりもする。

こういうところが読んでいて面白い。
たぶん、トリックや意外な犯人を生み出すより、
こういう状況や進行を考える方が難しいと思う。
そしてこの偏屈ウルフが不機嫌になるのが、読んでて楽しくて仕方がないのだ。


ただ残念なことに、古い作品なだけあって翻訳が時代遅れだ。
以前読んだものでは、女ったらしの小粋なアーチー・グッドウィン君が、
「よござんす」なんてセリフを言ってて驚いたことがある。

昨日読み終わった小説も、まずタイトルがひどい。
『殺人犯はわが子なり』
たしかにそういう設定もあったのだが、メインはそこではない。
この目線の親が依頼者なのだが、彼はほんのチョイ役だ。

なんでこんなタイトルになったのだろう。
原題を見てみたら『MIGHT AS WELL BE DEAD』だ。
「殺人犯」も「わが子」も出てこないではないか。

よし、このタイトルぐらい私が翻訳してやろう。
私と言えば、動物界では、
ONEが言える犬、NEERが発音できる猫、KEYとしゃべる猿に次いで、
英語が堪能と言われているのだ。

久しぶりに英語の辞書を引いてみた。
もうワンランク度の強い老眼鏡が欲しい。
“MIGHT”は“MAY”の過去形・・・なんのこっちゃ。

あ、「MIGHT AS WELL~」で使い方を発見。
「~する方がよい」という意味らしいぞ。
あとは「DEAD」だ。
「死んだ」だ。

『死んだ方がよい』

なんちゅうタイトルだ。
これは翻訳家も困るはずだ。
だが私がタイトルをつけると宣言した限りは考え出してやるぞ。

う~ん、う~ん。

『死んでもよござんす』

どうでしょう。












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事件事故の両面で捜査
人生最後の食事に何を選ぶか、なんてたわいもないクエスチョンがある。
酒の席で酔っ払いに訊かれたら、適当に「カレーパン」ぐらいを答えておくだろうし、
店の女の子の質問されたなら、「そうだねえ」とか言って見栄えのいい答えを探すだろう。
しかし、自主的に考えるとなるとどうしても慎重になってしまう。

「人生最後の食事に何を選ぶか」
この問いは、「あなたの好きな食べ物は何か」とはニュアンスが微妙に違う。
もっとドラマチックでファンタジックだ。

私が好きな食べ物と言えば、
カレーパン、とろろ、ゆで卵、カツオのたたき、そうめん、などだが、
それが最後の食事で納得できるかと言えばそうではない。
好きな食べ物と言うのは食べ始めが好きなものであり、
人生最後の食事に選ぶものは、食べ終わって満足できるものだ。

それを考えると、どんどんファンタジックになってくる。
言うぐらいは何でも言えるのだから、
実際は食べることのできないものを挙げることも可能なのだ。

たとえば、ずっと昔につぶれてしまった店のラーメン。
キャンプでみんなで盛り上がったバーベキュー。
初めて自分で釣り上げた魚の刺身。
このように時間的、タイミング的にその時だけの物を選ぶこともあるだろう。

あるいは一度も食べたことのないもの。
キャビアだとか、満漢全席だとか、あの娘の手料理とか、
最後だから未経験の物を選ぶのも一案だ。
人によっては、ダイオウイカの姿焼きとか、
『千と千尋の神隠し』で主人公の両親が食べてたもの、なんてのもありだろう。


ただ、私は欲が深い人間だ。
人生最後の食事を食べた後、人生最後のデザートが食べたくなるはずだ。
この場合、食後のスイーツのことではない。
人生最後だと思って食べたあとは、必ずそれじゃないものが食べたくなる。

つまり、人生最後の食べ物を食べてしまったら、
それはもう満足してしまうのだから、やっぱりあっちも食べたい、ってなるのだ。
焼きそばを最後に選んだとしたら、ちょっと寿司もつまみたくなる。
あー、しまった、汁ものがよかった、なんて思うかもしれない。

こんな風に考え始めたら、最終的に行きつくところは決まってくる。
その時にならないとわからない、ってことだ。
ただ、その時と言うのはリアルな状況になる。
ファンタジックな要望はかなえられない。
あるものからしか選べないのだ。

ひょっとしたら体調的に食べられるものが限られているかもしれない。
もし、最後を迎えるときにところてんしか食べられない体になっていたら・・・

ああー、なんでこんなにファンタジックに好きな食べ物のことを考えてて、
最終的にキライな食べ物で締めてしまうのだろう。
だけど腹減った。







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ネジ巻いたら復活やろ
会社帰りに畑を覗きに行ったら、ダイコンの苗が15センチぐらいに成長していた。
これはいかん。
と言うのも、ここのところの雨続きで間引きができてないのだ。
苗が育ちすぎてしまうと、間引きした時残す苗の根を痛めてしまうことがある。
この台風が行ってしまうまで待たねばならないのか。

台風の連発も困ったものだが、この梅雨時のようなしとしと雨もうっとうしい。
天候は人の思うようにはならないものだが、
時には思いもかけないようなところに影響が現れるものだ。


ウチの会社には毎日のように大量の商品が入荷する。
いろんな運送屋さんが運んでくる段ボール箱の品物を、
事務所の女子たちが開封して、倉庫に入れたり店舗で陳列したりする。

そこに見慣れぬ段ボール箱があった。
会長の奥さんが私にクエスチョン。
「これ、なんだと思う? 傘よ、傘」

何度も説明したことだが、わが社は伊勢神宮の外宮のすぐそばにある。
特に、一般車用の駐車場は見える範囲だ。
お隣は伊勢うどんの食べられる食堂で、
その斜向かいには休憩所を完備した観光協会の建物がある。

そんなわけで、結構観光客が行き来するのだが、
土産物屋の筋とは離れているし、近くにはコンビニもない。
それでウチの店舗を訪れて、傘はないかと言うお客さんが増えたのだ。


わが社は主に紙を扱っている。
ある意味ペーパーカンパニーだ。
店舗だって“紙製品の店”という名目でやっている。

紙の店に傘を買いに来るってどういうことだろう。
「ここに傘があったとして、紙の傘かもしれない」
ってどうして思わないのだろう。
差しているうちに溶けてしまうようなことを想像できないのだろうか。

いや、紙の傘と言えば番傘がある。
だとしたら、わが社の姿勢が問題だ。
紙屋なのにどうしてビニール傘を仕入れたのだ。
これでは数百円でしか売れないではないか。

番傘だったら安くても千円以上するだろう。。
「紙を商っておりますので、あいにく番傘しか置いておりません」
と言えばいいではないか。
なんといっても場所が伊勢神宮前。
こんなあこぎな商売をしても、伊勢ならでは、で通ってしまうではないか。


車を降りるとき、傘の一部がハンドルに引っかかってバチッとなった。
バチか。








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緑だからこの役
月曜日、スナックから帰ってくるとガスレンジが鍋で埋まっていた。
ちづるが一番大きい鍋でカレーを炊いたのだ。
つい最近もそんな話を書いたばかりだと思うが、
いただき物のじゃがいもがまだたくさん余ったいたからだと思う。

これはホントにありがたい。
カレーは飽きない上に、他の物をしなくても済む。
ただ、なぜこの日だったのだろう。
ガスレンジには、他に味噌汁と栗を茹でた鍋が乗っている、
カレーと味噌汁と栗、およそ出会ったことのないトリオだ。

というわけで、火曜の朝はカレーと味噌汁だ。
この際組み合わせの妙は考えないこととして、
問題となるのは箸で食べるかスプーンで食べるかだ。
カレーをスプーン、みそ汁を箸で食べたら洗い物が増える。

家で食べるカレーだからさらにこだわったりしない。
どんぶりだったら箸でもカレーを食べられるだろう。
でも実は迷ってなんかいないのだ。
いつものようにキャンプ用の先割れスプーンで両方食べた。


さて、ガスレンジが鍋だらけなので弁当のおかずを作ることができない。
となったら、弁当もカレーだ。
なんて楽なんだろう。
ずっとこうしてもらいたい。

ちづるは電子レンジが会社にあるからいい。
私の会社にはそんなものはない。
あるのはコンビニで缶コーヒーを温めている床暖房式の小部屋だ。
カレー弁当に異存はないが、冷たいままと言うのはちょっと辛い。

なのでちづるが洗うのをもっとも嫌がる弁当箱を棚の奥から出してきた。
金属製でこっちりふたができる、まさにインド風の丸い弁当箱だ。
これなら水分が漏れないし、コーヒーウォーマーで温められるだろう。

まだ会社ではコーヒーを温めるためには使われていない。
なので10時半ごろにスイッチを入れ、こっそり弁当箱を入れておいた。
先ほど床暖房式と書いたが、これは部屋全体が温まるのではなく、
缶が接地する底面だけが温まるシステムだ。
だから全体に熱が回るのに時間がかかる。

しかも、缶をそろえるためのラインがあるのだが、
弁当箱は大きいのでそのラインに収まらない。
つまり、ガードレールの上に乗っかってる感じだ。
これでは接地面が線二本になってしまう。
これでちゃんと温まるのだろうか。

となると、弁当のことが気になって仕方ない。
ちゃんと温まっているだろうか、中途半端な感じにならないか。
親心で一仕事終わるごとに確かめてしまう。
どうやら熱は伝わっているようで、ふたに触ったら温まってはいた。
これで芯まで温まるだろうか。

楽しみのお昼、缶コーヒーほどではないがちゃんと中まで温まっていた。
ホッカホカとは言えないが、外の寒さが気にならない程度の温度だ。
このシステムはこれからも利用しよう。


で、晩ごはんもカレーで、今朝もこれからカレーだ。
栗はまだ味見の一個しか食べていない。







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なんかの精が出そう
また台風が来ている。
どうやらこの週末は荒れそうだ。
二週連続で休日が雨となると、冬野菜の準備に大きく差し障る。
草取りもまだ全部終わってないというのに。

というわけで気象庁に八つ当たりだ。
あの台風の予想進路図って、なんであんなにわかりにくいのだ。
今でこそ優秀な大人に育ったから、そこそこ理解できているものの、
まだふさっとしていたころは、
「ああ、台風はこのように大きくなりながら近寄ってくるのだな」
と勘違いしていたではないか。

どうやら予想図のあの円は、
「この日台風はこの円の中のどこかにいるでしょう」
という範囲を表しているらしい。
だから日付が先になるほど、予想の精度が落ちて円が大きくなるのだ。


なんて雑な予想だ。
私はあれは気象庁の怠慢だと思う。
最新技術と長年の経験と下駄を使って、
明日や明後日の台風のいる位置の予想が円になるはずがない。

予報官だって、あの円の中で、
「ま、この辺に台風がいることはないだろうがな」
というところがあるだろう。
もっと絞り込めば、台風の予想存在範囲は不定形になるはずだ。

あれが円だからこそ、台風が大きくなっていくように感じてしまうのだ。
台風は渦巻だから円に近い形になるだろう。
理屈を理解していても、惑わされてしまうのだ。


予想範囲が不定形になったら、台風情報がもっと見ごたえのあるものになるだろう。

「あ、あさっての台風はミッキーの形」
「お前の頭の形、今度の台風に似てるな」
「台風の予報を見てたら、なんだかもんじゃ焼きが食べたくなってきたなあ」

このように盛り上がること間違いない。

天気予報を録画してその範囲に台風がいるかどうか確認する人なんていないだろうし、
むしろ、不定形の方が予報が当たったか外れたかわかりにくいのではないか。
それに、外れた時は「予想外の動き」と言えばいいのだから。
気象庁はぜひこの案を会議にかけてもらいたい。


で、天気予報で今週後半飲みに行けないと判断した私は、
昨日のうちにサウナからスナックコースを楽しんできた。
覚えたばかりの『愛をこめて花束を』を声を振り絞って歌う私は、
まさにカウンターの“猛烈な歌い風”であった。








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シャッター閉まっとる
七年後の東京オリンピックが決まり、いま、日本のスポーツ界は沸いている。
むかしはテレビのスポーツ中継なんて野球とプロレスしかなかった。
それが今や、フィギュアスケートだバレーだ柔道だ体操だマラソンだと、
日替わりで何かの競技が特別番組として放送されている。

ともかく選手が欲しい欲しいと目指しているのがメダルだ。
競技に関係ない人間までが取れー取れーとうるさいのがメダルだ。
ともかく日本人はやたらメダルが好きだ。

なんといっても金。
なんとかなるなら銀。
なんとかして銅。
できるだけいい色のメダルを目指して、選手は日々精進を重ねているのだ。


金銀銅というのは金属だ。
しかし、選手はこの金属の質を求めているのではない。
重要なのは色だ。
金メダルだけど青く塗ってあります、なんてのは認められない。
金銀銅は色の世界においてもトップ3なのだ。

なのに、この色を表現する日本語がおかしい。
たとえば金をなんとかレベルアップして見せようとする言葉に“黄金”というのがある。
“金”が色の中でトップなのに、どうしてわざわざ“黄色”を入れようとするのか。
今風なら「激金」「爆金」「ド金」となるはずのところを、なぜ“黄”なのか。

紙の業界では黄色はよくない色だ。
古くて焼けているイメージにつながる。
スイカでも、黄色は赤よりもランクが下のような位置づけだし、
イカ刺しでも、黄色くなっていたら食べたくない。

銀といえば白銀だ。
雪景色を「銀世界」と銀で持ち上げておいて、その銀を白銀って白くしてどうする。
どう考えても白銀って銀色が薄いことにしかならない。
なぜ銀色を表現するのに“白”をプラスしたのか。

銅の色のことを赤銅色という。
これは「しゃくどう」と読むからちょっとカッコいいが、所詮は“赤”だ。
「赤」といえば「止まれ」だ。
なんで、銅の色を表現するのに危険な感じを取り入れたのだ。


このように、金銀銅を表すことに日本語は失敗している。
他の色は見事に情緒あふれる表現をしているのに。

たとえば白のことは純白という。
混じりっ気のない白という意味だ。
漆塗りの深さを取り入れて、黒を「漆黒」なんてかっこいい言い回しがある。
紺碧の空、といえば青くて青くてたまらん、という感じがつたわるではないか。
どうして、金銀銅にはこのセンスが使われなかったのか。

それは、オリンピックが日本で行われることを早くから確信していたからだ。
日本人は自分のことをへりくだって言う習性がある。
金銀銅はこちらからそちらへあげるもの、そう考えてしまったがゆえに、
「粗茶ですが」
の感覚で、黄金、白銀、赤銅なんて言い方を作り出してしまったのだ。

ちがうな。








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感極まった
さて、飲みに行ったり、歌を歌ったり、ダイエットしたりと、
のんきな生活を送っているであろうと思われているであろうと思う私だが、
実は会社ではとても怒っている。

10月10日の『摩擦マニア』という記事で書いた荷物の移動で本社ともめた件は、
全ての荷物をこちらの倉庫に持ってくることで片が付いた。
とはいえ、仕事がこっちに来たのだから、私もそれなりに忙しいのだ。
コーヒーを飲むのもせんべいを食べるのも、歌の歌詞を覚えるのも仕事をしながらだ。

そんなところに新たな荒波がやってきた。
金曜日、会長が「とんでもない話なんやけど」と言いながら私のところへ来て、
本社からのファックスを見せた。
「本社に大口の仕事が入り、とても忙しいのでこちらで一仕事引き受けてほしい」
簡単に言うとそういうことだ。

で、こちらに回された仕事が、2.4トンの加工だ。
ほとんどの人にはわからないだろうが、1日2日で終わるような仕事ではない。
もちろん私は会長に噛みついた。

「会長、いつそんな時間があるというの?」

「ヒマなときに」

社長が指差したところのファックスを読むと、
たしかに「ヒマな時に少しずつお願いします」と書いてある。


ヒマなとき・・・ふふふ、本社のバカめ。
やつらの常識と能力を疑うわ。
“疑”という漢字の上半分が『ヒマ』なのだ。
それは地雷じゃ。

いつ注文が来てもいいように常に在庫を作っておけと言って材料を運んだのではないか。
こっちはこっちでみっちり仕事はあるのだ。
仕事の分配をしたのは本社やないか。
それでこっちの都合は聞かずに、そっちが忙しいからってどういうことや。
そんなにヒマに見えるなら、しばらく有給もらってバカンスにでも行かしてもらおかい!

と、とりあえず通り一遍の文句は言わせてもらう。
しかし、私だって忙しいときの采配があることぐらいは大人だからわかるのだ。
ただ、「ヒマなとき」と言われたら、そんな仕事を引き受けるわけにはいかない。
なぜなら、その仕事をやったら、ヒマだったのだ、ということになるではないか。
誰が忙しい上にしんどい思いをして、ヒマだと思われたがるか。
本社のばーか。


会長はこちらが忙しいこともわかっているので、私の苦情を本社に伝えてくれた。
で、いろいろ本社からくる細かい仕事も、こちらの倉庫にしかない在庫の用意も、
全て拒否してやった。
本社が勝手に来て勝手に持っていけ、ということだ。

しばらくしたら、第二ファックスが届いた。
「いえ、全部そちらでというわけではなく、一部でも手伝っていただけたら幸いかと・・・」
ふん、地雷というのは踏んだら即爆じゃ。
爆発後の低姿勢なんて後ろ頭踏んづけてやる。


さて、この土曜日は私は休みだった。
この土曜日に、社長自らがその仕事の材料を運んでくるという話だ。
第二ファックスで“一部でも”とあったのだから、どれだけ持ってきたか楽しみだ。
これで2.4トン全部入っていたら、どこにバカンスに行こうかな。







↑怒りの独り言をО川に聞かれちゃったけどクリックしてね。







他人にはわからない苦労
所持金6千円もあれば居酒屋からスナックへ行けるわい、と段取りしてたら、
月に一回届けられるご当地ラーメンが来て、2200円飛んでいった。
これではいかんと8千円おろして、るんらるんらと居酒屋へ。

なんとこの日は座敷に大きな宴会が入っていて、
早番のMえと遅番のEりのほかに、ヘルプでAりも来ていた。
なんとバイト女子三人揃い踏みだ。
うれしいようだが、彼女らは私を「ハゲハゲ」ともてあそぶのだ。


とりあえず生ビール。
宴会の準備で忙しそうだったので、おつまみはおでん。
三つ選んでで250円というシステムだ。

店の女将“おかん”が玉子と糸コンとがんもをよそい、Mえに渡す。
そこで「これはこみさん」と言ってくれればよかったのだが、
なんと私の名前を度忘れし、
「これは、えーと、あの、ハゲの」
と言いおった。
おかん、おまえもか。

そのあと、飲み物を熱燗にしてサーモンのムニエル250円を追加。
しばらくすると、常連の0さんが来て、隣に座った。
Oさんはおでんのがんもとがんもとがんもを注文。
この人は変わった習性があって、少食なのに支払いが少ないのが嫌いだ。
なので、金額を上げるためによく奢ってくれる。

この日も、私のお酒が残り少なくなったら一本奢ってくれた。
さらに、食べられなかったがんもも一つくれた。

Oさんが帰ったあと、おつまみがもう一つ欲しくなった。
カウンターの大皿を見ると、ナスのピリ辛炒めがあと少しだ。
あと少しの物が気になる私は、そいつを片づけてやろうと注文した。
そしたら、量が一人前に足りないからサービスしますと言われた。


そろそろスナックに行こうとお勘定をすると、
一緒に飲んでいた常連Yさんが、
「もうすぐFが来るから待っててよ」という。
すぐにFが来て、歌いに行きたい私を引き留め、
熱燗の小が出されてしまった。

気が付くとスナックに行くには遅い時間。
もうあきらめて伊勢うどんを食べた。
そのあともダラダラ過ごして、時計を見たらもう11時。
居酒屋一軒でおよそ5時間。
さすがにもう帰らなくては。

二度目のお勘定をお願いすると、
「もういいです」
っておかんが言う。

なんて奢りとサービスの多かった日か。
たった1500円でこんなに二日酔いになれるなんて。








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なんとかして
急に寒くなった。
なので、急激に私の衣装が変化してゆく。
それはまるで、イモムシがサナギに、そして蝶になってゆくかのようだ。

まず、朝起きて短パンをはくようになった。
ランニングシャツでは寒いので、布を羽織るようになった。
布団をかけて寝るようになった。
パジャマを着て寝るようになった。
パジャマの下にランニングシャツを着るようになった。

会社に行くのに半袖の作業服をひっかけるようになった。
会社に着いても作業服を脱がなくなった。
頭に巻いていた手ぬぐいをバンダナに替えた。
帽子をかぶるようになった。
ゴムぞうりをやめて、靴と靴下をはいて通勤するようになった。

休憩であったかいコーヒーを飲むようになった。
お昼にときどきカップ麺を食べるようになった。
昼休みに寝るとき、丸くなるようになった。

会社から帰って作業服を脱いだ後、短パンをはくようになった。
ビールが一本になった。
お酒を熱燗で飲むようになった。
シャワーの時間が長くなった。


こんなにしたのに心が寒い。
飲みに行っていないからだ。
天気が悪かったこともあるのだが、予算的なこともある。
今月は野菜の種やら土やらそちら方面に出費が多いうえ、
二枚組のCDなんぞを買ってしまったからだ。

これを無駄遣いにはしたくない。
なんとか覚えて歌いたいと、それはそれは苦労をしている。
スーパーフライの『愛をこめて花束を』
なんと覚えにくい歌なのだろう。

とりあえず、仕事の機械に歌詞を書いたメモを貼り、
記憶術の先生がやるみたいにゆっくりだが、最後まで暗唱することができるようになった。
歌詞を覚えたら、車で曲を流しながら歌う練習ができる。
意識を失いそうになりながら高音を張り上げている。

それでわかったのだが、メロディを間違えて覚えていた。
聴いているだけだとわからなかったのだが、
一緒に歌ったら、ここから下がるぞというタイミングが違っていたのだ。

記憶力はあからさまに衰えている。
しかし、それは頑張ればなんとかなるのだ。
ただ、いったん覚えたものをリセットするのは大変だ。
しかも、メロディなんて形にして表記できない。
世の中ではできるのかもしれないが、私は楽譜なんて読めないのだ。

なので暇さえあれば、間違っていた三か所を重点的に聴いている。
いま、ちょうどごっちゃになってどっちが正解かわからなくなっているところだ。
今日は久しぶりに飲みに行く段取りだ。
果たしてちゃんと歌えるだろうか。
飲まずに歌った方がいいだろうか。







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そこの緑のお方
果肉割れた。
いや、蚊にくわれた。
それも頭を。

短い坊主頭にして以来、自宅でバリカンを使っているのだが、
二か月に一回ぐらい床屋さんに行っている。
際を剃ってもらったり、眉毛を整えてもらったり、気持ちいいことしてもらったり、
やはりたまには専門家に当たってもらいたいものだ。

こうなると、逆にちょっと伸びただけでみっともない感じになる。
無いところと白いところと黒いところでマダラになるのだ。
そんな風になる前に刈れるのが、自宅バリカンのいいところだ。

先日、床屋さんに行ったとき、
「こんなに短いのに刈るの?」
と言われてしまった。
たしかに普通なら散髪するような長さではない。
なので、一番短いバリカンで刈ってもらうことにした。

その時教わったのが、バリカンのアタッチメントを外して刈る、という方法だ。
出来上がったのは“剃る”の一歩手前。
これがなかなか気に入った。
それ以来、自宅でもアタッチメントを外して刈っている。


昨夜それをやったばかりだった。
そのうえ2~3日前から夜の気温がグッと下がったのでちゃんと布団をかけている。
血の気を目指して寝室に忍び込んだ蚊が狙うのは、どうしてもクリクリ頭になるわけだ。

それにしても、どうしてこんな固いところに決めたのか。
いくら布団をかぶっているとはいえ、生え際ラインで輪ゴムで止めてあるわけではない。
ちょいと隙間を狙えば、もうちょっとやわらかくて吸いやすいところがあるはずなのに。

ひょっとしてこの蚊、血ではなくて脳を狙っていたのではないだろうか。
血と脳のどちらの栄養価が高いかは知らないが、
蚊にとって脳の方がめったにお目にかかれない珍味であることは間違いない。

世の中に真のハゲは数あるが、彼らは総じて頭皮が硬い。
我々のように頭皮が柔らかくて毛のない獲物は、蚊界では上物に区別される。
それでは狙われても仕方ない。


ただ、頭には頭蓋骨というものがある。
いくら奴らが刺すことのエキスパートモスキートだとしても、
この固い頭蓋骨を貫通することはできないだろう。
頭蓋骨には縫い目のように隙間があると言うが、
そこを狙ったとしても蚊の口先では脳までは届かないだろう。

はっ。
もしかして、蚊が口先のアタッチメントを持っていたとしたら・・・
ああ、恐ろしや。
中島らもではないけど、頭の中がかゆくなるところだった。








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五本目じゃなかった
11月の半ばに、合併以来初めての健康診断があるらしい。
中小企業向けに商工会議所で行われる健康診断に参加するのだ。
それにはちづるくることがわかった。
これで夫婦の利害が一致した。
ダイエットの開始だ。

まずは朝の用意から考えなくてはいけない。
弁当を作り、そのおかずの残りで朝ごはんを食べる。
これが食べ過ぎる元だ。
弁当のおかずを弁当分だけにし、ごはんを雑炊にすることで総食べ量を減らそう。


ところが、まずいものが冷蔵庫に残っていた。
期限の過ぎた焼きそばだ。
これは早く食べてしまわなくてはならない。
ちづるの弁当のおかずは焼きそばだ。

となると、朝ごはんが、ごはんと焼きそばという炭水化物パレードになってしまう。
しかも、我々夫婦は残すということができない。
よし、私も弁当を焼きそばにしよう。
と言うわけで、普段はお昼がおにぎりの私だが、今日は残り物の食パンで焼きそばパンだ。


それはいいとして、それでも焼きそばは残る。
たくさんキャベツを入れたからだ。
これを食べる分、ごはんを減らさなければならない。
作戦通り、ごはん分の少ない雑炊を作ろう。

お湯を沸かしている時間にごはんをよそおうと炊飯器のふたを開けてびっくりした。
ごはんが赤くて、何やら豆的なものが入っている。
わかったぞ。
先日ちづるが買ってきた麦茶についていた五穀米の素を入れたな。


ここでわからない人に説明しよう。
我が家では、ごはんを炊くのはちづるで、
朝食と弁当は私が作る役割分担になっているのだ。


五穀米のごはんでは雑炊になりにくい。
というか、これがどんなごはんだか、味見がしたいはずだ。
茶碗によそう量を減らすとしよう。

こうして朝ごはんは焼きそばと五穀米のごはんになった。
私がおにぎりを作らなかったのと、よそい方が少なかったので、
普段は残らないごはんが、夜の分もたっぷりできた。

夜もごはんがあるのなら、早く食べてしまわなければならないものがある。
ずいぶん昔にいただいた、朴葉味噌だ。
ミョウガとネギとおかかを入れて焼くと、これはすてきなごはんの友だ。

ただし、味噌はちょっとでおかずになる。
大量の味噌があるのにごはんはすぐになくなった。
しかももちろん満腹じゃない。
なので急遽、豆腐を茹でることにした。

湯豆腐に味噌、こいつはたまらない。
当然お酒が必要だ。

だからダイエットは今日からだ。








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健康を測定しろ
先日、いつものスナックで問題発言をしたため、一緒にいた三人に吊し上げられた。
私はここにも書いたことがあるが、牡蠣とカツオと牛肉は寿司に合わないと思っている。
これらを寿司にすることは「間違っている」と感じているのだ。

これに対してあとの三人が、
「それは『間違っている』と言うな、『キライ』と言え」
と言うのだ。
つまり、お前の好き嫌いを正解扱いするなと言うわけだ。

しかし、私はこれに反論した。
牡蠣もカツオも牛肉も、それ単品なら私は大好きだ。
だから、これらの寿司が出されて食べたらおいしいと思うだろう。
でも、この組み合わせは間違っていると思う。
わかりやすく言うなら、寿司にしない方がおいしい、と言う感じだろうか。

自分で回転寿司に行って、牡蠣やカツオや牛肉の寿司が流れてきたら取らない。
旅館に宿泊していて、これらの寿司が料理として出てきたら食べる。
私のスタンスがわかってもらえただろうか。


似た言葉を探したら、若い子がよく使う「あり得ない」が近いようだ。
テレビ番組で見たのだが、全国的には冷やし中華にマヨネーズはあまり使わないらしい。
名古屋を中心とした中京圏では普通にコンビニの冷やし中華にもマヨネーズがついている。
それをインタビューされた東京の若者は「ありえない」と言っていた。

ちづるはたいてい何でも食べるのだが、おはぎが嫌いだ。
あんこもごはんも単独なら食べるのだが、ごはんにあんこはあり得ないと言う。
これを私は理解できる。
だから私の「間違っている」も理解してもらいたい。


そのうちの一人が
「どこそこのお店で食べた牡蠣の寿司はおいしかった」
と言った。
だとしても、私がこの組み合わせを「間違っている」と思っているのは変わらない。

すると、それは失礼だ、と言われた。
この人がおいしいと言っているものを間違っているというなんて、ということだ。
でも「間違っている」と言うのは私の感想で、そう思うのだから仕方ないではないか。

間違っているからそれを食うなと言っているのではない。
この言葉が私の心情を一番端的に表現しているのだ。
逆に聞きたいのは、私はこう思っているのにウソをつけと言うのか。

「思っても言うな」と言われた。
なぜだ。
仲間内で飲んでいて「ワシこう思うんやけど、どう?」と話題を持ち出しただけではないか。
じゃあ、このグループは思ったことも言えないぎすぎすした関係なのか。

「だったら食うな」
いーや、食ってやる。
こうなったらわざわざ出かけてでも食ってやる。
間違ってると思いながら食ってやる。


こうして「めんどくさいやつ」という評価をいただいて、
この日はおごっていただいた。








↑つけ麺も間違ってると思うんだけどクリックしてね。







流行る予感
ちづるの友人が今度久しぶりに伊勢を訪れるらしい。
その時に外宮を参拝し、伊勢うどんとみつだんごを食べたいとのご要望なので、
そういうお店があるかどうか下調べに行ってきた。

ちょうど伊勢は大祭りの日。
市内中心地は、ほぼ歩行者とゆるキャラ専用となり、
ルール無用の無法地帯と化しているに違いない。
外宮から徒歩5分以内にある私の会社に自転車を止めて、うろうろ歩いてきた。


ともかく参道はすごい人だ。
全てのお店の前に行列ができている。
ちなみにここは大祭りの行事は全く行われていない場所だ。
左手にちょいと見えているのが、最近できた赤福外宮店だ。

参道


参道にある味のある旅館『山田館』
これが一番古い建物ではないだろうか。
ちょっと『千と千尋』を思い出したりもする。

お宿


当たり前だが、外宮の中もすごい人だ。
さすが遷宮効果。
大鳥居も新しくなっていた。

大鳥居


お参りに来る大勢の人に「神無月だけどいいの?」と尋ねてみたいのだが、
実は参宮するなら今がチャンスなのだ。
遷宮で神殿は新しくなっているが、まだ古い方も取り壊されていない。
これは間もなく壊されるので、両方の神殿を見える貴重な期間なのだ。
写真ではわかりにくいが、手前が古い神殿、むこうが新しい神殿だ。

神殿


今回、行ってみて大勢の人がとてつもない苦労をしているのがわかった。
まず、参拝者。
神殿入口に神宮関係者がハンドマイクを持って案内していたのは、
人が多すぎて参拝には一時間かかるので、それでいい人だけ並ぶように、ということだ。

これだけ人が多いので、並ぶのは参拝やお店だけではない。
女子トイレがすごい行列だった。
何か知らずにともかく並んでやれ、なんてタイプの人は気を付けた方がよい。

気の毒だったのは、キャリーバッグの人。
旅行には便利なのかもしれないが、伊勢神宮は全面砂利敷きだ。
何人かシュプールを描いている人がいたが、今回の旅行で車輪がダメになったのではないか。
駅前に荷物預け場所があるから使用してほしい。

一番大変だと思ったのは、旅行会社の添乗員さんだ。
参拝が終わった人を神殿出口で待ち受け、
点呼をするために、もうちょっとで超音波になりそうな声で叫びまくっている。
しかも、ツアー客の方はやたらのんきで自由だ。
こんなグループがいっぱいいた。


家に帰ってネットのニュースを見たら、
この日に伊勢神宮の参拝客が1千万人を突破したのだそうだ。
ひょっとしたら、私が1千万人目という可能性もある。
でもご近所だから表彰はご遠慮しとこう。








↑結局コンビニのおにぎりを食べたんだけどクリックしてね。






一斉に伊勢に
忙しい一日だった。
午前中は実家に行き、お昼を食べて昼寝をしてから畑行き。
夏野菜を片づけて、次の準備をしなくては。

まずはいつぞやの台風で倒れたままのゴーヤを片づける。
ネットに絡んだツルものを取るのはめんどくさい。
ナスやピーマンも処分しなくてはならない。
まだ実がついているものは、最後の収穫だ。

採れたのは、ゴーヤが数本、ピーマンが20ほど。
そしてシシトウが山ほどだ。
このシシトウはドン辛いので、他人にも自分にもお勧めできない。
ただ一人、スナックのママ子さんの母親が、このドン辛いシシトウが大好物だと言っていた。
なので収穫後、そのまま置きに行った。


その帰りに、ずっと買おうかどうしようか迷っていた『スーパーフライ』のCDを買ってしまった。
理由の一つは、ママ子さんちが私の行く書店に近かったこと。
その2が、いつもなら混雑している道がすんなり横断できたこと。
その3が、先日飲みに行ったとき、おごってもらったこと。
その4が、会社の健康診断が行われることになり、ウォーキングをしようと思ったことだ。

ウォーキングに音楽は必需品。
心機一転でがんばるためにも、新しいアーティストの音楽を聴いて歩きたい。
ちづるが無料で音楽を手に入れ、ホクホクするのは憎たらしいが、
ここは思い切って買っちまえ。


家に帰ってさっそく、音楽プレーヤーに取り込むことにした。
ウォーキング用の『ウォークマン』とスマホに入れたいと思うのだが、
ややこしいことに、そのためのソフトが別のパソコンに入っている。
このCDは二枚組だ。
ここは能率を上げるために、二枚同時進行で行こう。

まず、一階の和室にあるパソコンに一枚目のディスクを入れ、入力を開始する。
二階の私の部屋にあるパソコンで二枚目の入力をしようとしたら、
スマホ用のソフトを最新バージョンにしろとのお達しが来ていた。

それをやっている間に和室に行ってみると、もう半分ぐらい終わっている。
自室にいってみると、バージョンアップはまだ数分かかりそうだ。
となると、これにディスク2を入れるのは時間の損だ。
和室のパソコンが一枚目を取り込んだら二枚目を入れ、
マイ部屋のパソコンに一枚目を入れることにしよう。

一階と二階を何度も往復し、まずパソコンの移動をすればよかったと気づいたころ、
班長さんが寄付を集めに来た。
階下に降りたついでに和室に行く。
二枚目のディスクを取り出し、今度はウォークマンを接続する。

二階に行き、ディスクを二枚目に入れ替えたら、また玄関のチャイムが鳴った。
市会議員の選挙の挨拶だ。
なぜお客は私が二階にいるときに来るのだろう。

マイ部屋のパソコンも二枚目を取り込んだので、スマホを接続した。
音楽は取り込めたのだが、アルバム情報が出ない。
なんだかわからないが、サインイン、ということをしなければいけないらしい。
そのためにはパスワードとIDが必要だ。

これだ、と思ったのを入れてみたが間違っているらしい。
もうあきらめた。
まだ寝床のプレーヤーと、車用のMDに焼かなければならないと思うと、
「なにがウォークでスーパースマートやねん」
と腹が立ってきた。








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オーライと言ったくせに
朝、コンビニに寄った。
魚肉ソーセージを買うのを忘れていたから、お昼がおにぎりだけなのだ。
それではあまりに胃がかわいそう。
小さいパンかゆで卵を買うとしよう。

店で何か一つだけ買うのが苦手な私。
朝のコンビニでは三品買うことに決めている。
パンとゆで卵と、ピーナッツ入りのチョコレートを買った。
会社のおやつ箱の中身が閑散としているのだ。
それではО川やN岡が来たら悲しがるだろう。

いつでも食べられるものがあると、心に余裕が生まれる。
余裕があるから、仕事だってスイスイだ。
何か食べながらだってスイスイだ。
こうして、いつも食べられるものがあると、すぐに食べたくなる。

とりあえず、チョコを一個、口に放り込んだ。
私はチョコレートを噛まない。
ずーっとンゴンゴやりながら溶かして、ピーナッツだけになったら噛み砕く。
このやり方だと、一個のチョコでも結構長持ちするのだ。


なんでそういうタイミングになるのだろう。
ちょうどそこへ、週に1~2度しか顔を見せない社長がやってきた。
「ご苦労様です」
という社長に、
「んー」
と答えるわけにはいかない。
私はとっさにチョコを左のほお袋に収納した。

私の頬に何かが入ってるのは、社長にも一目瞭然だろう。
だが、それが何かまではわかるまい。
ここはのど飴のふりをしておこう。
たしか国会でさえ、のど飴は許可されていたはずだ。

「えーと、新店舗の件なんだけど・・・」
ありゃ、普段は様子を見に来るだけなのに、なんだか話が長くなりそうだ。
となると私も相槌を打たねばならない。
「へえへえ、そうですね、ずー」

最後の「ずー」はチョコを溶かすためにどばどば分泌されている唾液を飲み込む音だ。
口の中がサウナに入ったみたいに汗をかいている。
自力で溺死できそうなぐらいだ。
舌は社長と話すために働いているので、のどの方に流れ込んでくる水分を飲み込むしかない。
愛想笑いもチョコでお歯黒みたいになってるのを見せられないから、ほほほとお上品になる。

「それでね、」
まだ続くんかい。
自分でもしゃべりながらゴクリゴクリとのどを鳴らしているのが解る。
そうしているうちに、ほお袋のチョコレートがパキャッと割れた。
チョコの部分が減って、ピーナッツ同士がくっついていられなくなったのだ。

ほお袋の中で散らばるピーナッツ。
そのうち一つが、しゃべっているうちに前の方に回ってきた。
なんだか痛いし、おそらくサル顔になっていることだろう。


「じゃあ、これで」
と社長が去って行った。
「どうも」と見送った後、舌で口の中の確認をする。
もはや甘味はゼロ。
裸のピーナッツが転がっているだけだ。

私はチョコを噛まない人だ。
だが、体温だけでチョコを溶かし、全く味わわずにピーナッツを裸にしたのは初めてだった。







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この季節に花見団子?
じゃーん








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アウトな男
はっきり言って、今日は仕事の愚痴なのですいませんと謝っておきます。


わが社のトップクラスのお得意様、M社にはほぼ毎日配達に行く。
中でもとびぬけてたくさん出ていく定番があり、
それを作るのが私のメインの仕事と言ってもいいだろう。
その件で、本社とこちらがもめている。

この材料は、大きなトラックで本社に入荷する。
それを必要量だけこちらに運び、私が加工し、注文が来るとО川やN岡が配達する。
ともかく注文か来たらその日に配達なので、常に何回分かを用意している。

で、それがやたら出るので、その材料をどんどん運んでくれるよう本社に頼んだ。
トラックにスペースがあれば、いつでも積んできてもらいたい。
どれだけ持ってきてもこちらは困らない。
なにしろその材料の95%は私が加工するのだ。


なのに本社からの返事は、
「数量を言ってください」
どうやら、事務所の担当と倉庫係が責任のなすりあいをしているらしい。
倉庫係は、伝票に数が書いてなければ出せん、といい、
だから事務所は、数がわからないと伝票が書けないというのだ。

どんな大会社のつもりなのだ。
大体その伝票も手渡しするのではないか。
その時に、
「いくつ積めたかあとで教えてねー」
と言えば済む話ではないか。

これでこちらが2パレットと注文すると、トラックがガラガラでも2パレットしか持ってこない。
逆に4パレットと注文して3パレットしか乗らないと、わざわざもう一回来ることになる。
しかも、数がわからないからという理由で、全く荷物の移動がされていない。
用意してあった商品は毎日出ていき、残りはあと一回分だ。

石頭か!

ちょうど社長がこちらの様子を見に来たので、そのことを穏やかに伝えた。
「そういうところの融通が効かんのさなー」
社長もあきらめ顔だが、一応方法を考えると言ってくれた。


さて、とても素敵なタイミングだが、その日の午後に会長がやってきた。
「M社が、これから注文が増えるので、常に5回分ぐらい用意しておいてほしいそうだ」
ちょうどこの日、在庫がゼロになったとこだった。
なので、さっき社長に穏やかに言ったことを、会長に激烈に訴えた。

これで会長が激怒。
さっそく本社に電話し、
「そんなことはそっちで考えろ!ともかく材料がなかったら加工はできん!」
そのあと、担当営業にも電話。
「注文をいくらもらっても、本社がそれでは対応できん!」


それが昨日の夕方。
今日はワクワク出勤する。







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カード破産に気をつけろ
一昨日、会社帰りに実家に行っていろいろもらった時、弟の分の栗も預かってきた。
そのまま届けに行ってもよかったのだが、
実家帰りだと、私の家と弟の家は右と左。
通勤のときには近くを通るので、「明日の朝寄って行こう」と決めた。

翌朝、通勤路からちょっとそれて弟の家に行く。
お話をしている時間がなかったので、玄関横に栗を置いて、あとでメールすることにした。
そこからいつもの通勤路までは一直線。
ちょうど出口付近に警備員の姿が見えた。
工事でもしているのだろうか。

違う、警察だ。
警察と言えば、全く正直に人生を過ごしてきた善人であっても、
面と向かうとガクガクブルブルと震えだし、その挙動不審からウソ発見器にかけられ、
そのバクバク度で「こいつはウソをついています」と反応してしまうという恐ろしい存在だ。
いったい何事があったというのだろう。


ちょうど広い道に出る手前の一旦停止の位置で止められた。
「いつもこの時間にこの道を通られますか」
「いえ、今日は特別で、いつもはその広い道をまっすぐ通ってます」

私の証言に不自然なところはないだろうか。
目が泳いだりはしていないだろうか。

「昨日、ここに自転車が倒れていたのを見ませんでしたか」
「いえ、見ていません」
「そうですか、ありがとうございます」

こうして私は無罪放免となった。
弟と話す時間がないというのに、どうして警察と話さねばならんのか。
まあいい、難関は切り抜けたのだ。


しまったー!
警察にウソをついてしまったー!
私は昨日この道を通っていない。
雨が降って道が混むと思ったので、遠回りだが踏切のない新しい道を行ったのだった。

警察官の口ぶりから見て、昨日のこの場所に自転車が倒れていたのは間違いない。
おそらく、毎日この道を通っている人は「見た見た」と証言しているはずだ。
いつもこの道を通っていながら、ただ一人自転車を見ていないと発言した男。
怪しいではないか。

そういえば昔借家に住んでいたころ、家の前に車を停められて警察に電話したら、
民事になるので何ともできないが、車の持ち主を教えることはできる、と言われた。
警察は車のナンバーから個人を特定できるのだ。
たぶん、捜査本部の黒板には、すでに私の写真が貼られているのだろう。

ひょっとしたら、自転車倒し犯として令状待ちなんてことになっているかもしれない。
弟の家に届けた栗は押収されてはいないだろうか。
もう尾行がついているのではないだろうか。
別件逮捕のチャンスをうかがっているのではないだろうか。


明日の更新がなかったら、そういうことだと思ってください。







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どちらも不審者
先週の土曜は、私は月に一度の出勤日で、ちづるは月に一度のお休みだった。
なんて行き違いの夫婦。
私が家に帰ると、もらい物の玉ねぎとジャガイモを使ってカレーができていた。
なんとありがたい。
カレーとは無条件で気持ちが盛り上がるインドの魔法だ。

カレーは飽きない。
むしろ、大量に作った方がおいしい。
家で一番大きな鍋にたっぷり入ったカレーを見ていると、ウキウキしてくる。
朝ごはんのおかずに味噌汁を作らなくてもいいし、
夜は、ビールのあとの締めが用意されているってことだ。

土曜の夜は普通にカレー。
日曜はドブ掃除だったので、朝はパンを食べて出かけたが、
お昼はちづるが買ってきた焼きそばと、冷たいままのカレー。
夜は伊勢うどんの麺を買ってきて、カレーうどん。
月曜の朝もカレーを食べて出勤した。


私は会社で考えていた。
今回のカレーは野菜から水が出たらしく、ややシャブシャブだ。
ごはんならややお茶漬け風でそれもいいのだが、うどんにはあまり絡まなかった。
カレーラーメンなら水気の多いカレーが合うのではないか。

よし、帰りに縮れ系の中華麺を買って帰ろう。
もやしは合わないし、チャーシューまではいらないけど、
ゆで卵をトッピング用に買おう。
他に買うものがないかちづるにメールをしておこう。

すぐに返信が来た。
と思ったら、実家からの電話だった。
田舎のおじさんが来て、いろいろもらったから取りに来いというのだ。
ならば行かねばなるまい。


もらったのは新米と栗、そしてスギタケというキノコだった。
私が帰宅した時間にまだちづるは帰ってなかった。
このキノコは洗ってあるので、今日のうちに料理をしなくてはならない。
とりあえず、適当な大きさに切って考えた。
カレーに入れるべきか、それとも別の料理にするべきか。

このキノコ、案外しっかりしていて一つ一つが大きい。
細いけれども、エリンギに近い感じだろうか。
さて、ちづるはエリンギが嫌いだ。
これをカレーに入れて、カレーを台無しにされたと怒りはしないだろうか。

心配だったのでバター炒めにすることにした。
炒めていたら水分がどんどん出てきたので、急遽卵とじにした。
カレーに入れなくてよかった。
もっとシャブシャブになるところだった。

キノコの卵とじでビールを飲む。
やはりちづるはあまり好きではないらしい。
そのあと、一緒に実家でもらったでんがらと草餅を食べた。
そんなわけで、カレーを食べなかった。








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四本生えるパターンじゃないの
私の独断で決めさせてもらうなら、今年の流行語大賞は『今でしょ』に決定だ。
巷で言われている『おもてなし』は流行っているとは思えないし、
『じぇじぇじぇ』や『倍返しだ』は全く知らないからだ。
そう、私はドラマを観ないのだ。

観はしないが、たまに目にすることはある。
先日も、二階の自室でパソコンをいじったあと、そろそろ風呂に入ろうと階下に行くと、
ちづるは洗った土鍋のように眠っていて、テレビはサスペンスの謎解き場面だった。
さっさと風呂に入ればよかったのだが、ちょっと横になりたかったので、
この謎解きをうっかり観てしまった。


事件部分を全く観ていないので、何が謎なのかはわからないのだが、
発端は、二人の女性がもみ合って、一人が土手から落ちて死んでしまったことらしい。
まただ。
こういうタイミングで謎解きシーンを観ることはよくあるのだが、
もみ合った挙句のうっかり殺人がいったい何回あったことだろう。

ただ、今回のはひどかった。
二時間のドラマの中で、二度うっかり殺人があったのだ。
この後、最初の事件の謎を知っていそうな男と、被害者の身内がもみ合う。

「お前、しっているんだろう」
「おれは何にも知らん」
「どうして言ってくれないんだ」
「おい、何をする。うわー」
「あ、うっかり」

またもや土手から落ちて死んでしまった。
1サスペンスに2うっかりはいくらなんでもひどすぎる。


うっかり殺人に必ずついて回るのが、それを知って恐喝するやつだ。
恐喝されていた女は宴会を抜け出し、待ち合わせ場所にいた恐喝者を石で撲殺。
そしてそのまま宴会に戻る。

なんて雑なアリバイだ。
こんなの宴会に参加していた全員にアリバイがないのと同じではないか。
それに恐喝者。
人を恐喝しておきながらうかつ過ぎ。
やましいととこがあるんだからもっとキョロキョロしてろ。


実は、この謎解きシーン自体がびっくりだ。
山道を歩いてくる女Aと女B。
少し視界の開けたところでAがBを詰問し始める。
「あなたはこうだったからこうなってこうしたでしょ」
おろおろする女B。

そこへ包丁男乱入。
女Aに「関係ないやつは口を出すな」と激昂。

そこへ女C登場。
包丁男にすがり付き、
「包丁さん、やめて~」

そこへ二人組の刑事出現。
「あっ、何をしている、やめろ」
山の中にあっという間に6人が集まって、謎解きのスタートだ。

みんなどうやってここに来たのだ。
数珠つなぎに尾行してきたのか。
山道なのに気づかんのか。
刑事は偶然っぽかったぞ。
何をしにここに来たのだ。


結局、事件を知らないまま最後まで観てしまい、
エンドロールで山村紅葉が出演していたことだけ確認して、風呂に入ったのだった。








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人は土手が好き
さっきから何を書こうか思案しながら、気が付くとぼーっとしてしまっている。
どうも考えがまとまらない。
それもそのはず、今日は一年で一番憂鬱な日、ドブ掃除なのだ。

むかしから読んでくれている人は良く知っていることだけど、
私の住む地区のドブ掃除は、べらぼうに大がかりで段取りが悪い。
朝8時から始まり、終わったのが1時過ぎだった、なんてこともある。

全てのドブを消防のポンプを放水して洗うのだ。
百姓のトラクターや建築会社のユンボやダンプまで動員して、
さながら北朝鮮の強制労働のようだ。

ただ、一つだけ望みを持っているのは、
前の区長さんが本来なら一年の任期のところを二年して、
段取りを考えてくれたおかげで、去年は11時過ぎに終わった。
今年の区長さんがそれを踏襲してくれることを望むばかりだ。


いかん、もう終わってしまった。
思い出し怒りをして無駄に時間が過ぎて、文章が進まない。
会社での憂鬱も書いてしまおう。


社長の思い付きで店舗の移転をする話が出ていたのだが、
スペースが狭すぎて在庫をしまうことができないらしい。
で、私はその店舗に行くような話だったのだが、
人と仕事と物の配置を社長がぐるぐる考えた結果、
私も本社勤務になりそうだ。

まだずいぶん先の話なのだが、本社はイヤだ。
まず何と言っても遠い。
通勤に車で30分近くかかるらしい。
今の通勤時間は自転車でも20分以内だ。
もう徒歩通勤はできなくなる。

それに、トイレ掃除がある。
おやつがない。
倉庫が片付いていない。
近くに店がない。
急ぎの仕事が多い。
休みの日に棚卸しをする。


そろそろ朝の用意を始めなくてはならない時間になってきた。
ああー、何で憂鬱なドブ掃除の前に、
自ら憂鬱を倍増するようなことを考えてしまったのだろう。
どんより。








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経験ないからイメージが
なんと今週は水曜しか飲みにいっていない。
水曜日を選んだのはなぜか。
いつものスナックが休みで、ママ子さんが居酒屋にバイトに来ているからだ。
この日だとスナックに誘われる心配もなく、ママ子さんに顔つなぎもできる。

実はちょいとお小遣いの節約をしている。
欲しいCDができたのだ。
スーパーフライという人だ。
綴りに自信がないのでカタカナで書いたが、お惣菜ではない。
これで一人の女の人の名前なのだそうだ。

ちなみに、この人の歌はひとつも知らなかった。
ただ何となく、声量があって歌の上手な人だとちらりと思ったことがあったような気がする。
この人の初めてのベスト盤が発売されるニュースを聞いた。
大好物のベスト盤だ。
ちょいとどんな人だかYOUTUBEで聴いてみた。

なかなか良いではないか。
カラオケで歌ってみたい。
よし覚えよう。
CD買おう。


そう思ったのだが、なんとこのベスト盤2枚組で、初回限定盤はDVDまでついている。
お値段しめて4000円だ。
なんと2ノミニイクではないか。

ここで私は節約をしながらも悩んでいた。
YOUTUBEで聴いたのはほんの3~4曲。
2枚組のCDを買うほどのお気に入りだろうか。


そこでシミュレーションをしてみた。
CDを買ったとしたら。

まず、パソコンに入れて部屋で聴く。
スマホに入れて会社で聴く。
ウォークマンに入れて歩くときに聴く。
MDに焼いて車で聴く。
D-snapに入れて寝床で聴く。

これだけ聴けば覚えるのも早そうだ。
来月にはカラオケにかけられるだろう。
では、CDを買わなかったとしたら。

YOUTUBEでパソコンやスマホで聴く。
気に入った曲だけをiTunesで買う。
ううむ、聴き度が低そうだ。

スマホを調べてみたら、今一番おきにいりの『愛をこめて花束を』という歌は、
すでに12回聴いていた。
連続で聴くと履歴に残らないようなので、本当はもっと聴いているはずだ。
なのにまだこの曲の出だしが覚えられない。
CD買っても歌えるようになるだろうか。








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耳に残るよ
いよいよメニューにサンマが登場した。
今までもサンマの開きはあったけど、やっぱり旬の一本ものに限る。
だって私は、ハラワタ大好きなんだもん。

まずは頭をもぐ。
もぐ、って食べるんじゃないよ。
リンゴを木からもぐ、のもぐ。
つまり、頭をもいじゃう。

もいだ頭の、うなじと腹に着いた身を残してはいけない。
その辺をチュッと吸ってから本体にとりかかる。

頭の無くなったサンマを、胴の幅と同じぐらいの長さで切る。
よく焼けていると箸でちゃんと骨まで切れる。
ほぼ正方形の一口サイズのサンマができた。
これにダイコンおろしをちょいと乗せていただくのだ。

もちろん骨もハラワタも一緒に食べてしまう。
これに関していろいろ言われるが、これがベストな食べ方のはずだ。
ショートケーキだって、クリームとカステラを一緒に食べるではないか。
それとおなじで、総合味を楽しむには、皮から骨までセットで食べるべきなのだ。


母もサンマが大好きだ。
でもハラワタは食べない。
肝とか生とかが苦手なのだ。
だから塩焼きは背中しか食べない。
みりん干しは好物だ。

ところが父はみりん干しが嫌いだ。
「こんなハラワタのないサンマ」
と蔑みの目で見ている。
そう、私のハラワタ好きは父譲りなのだ。


ところが、私は最近スーパーに行くと開いたサンマを探している。
干物のサンマの開きではなく、開いた生サンマだ。
魚屋さんではハラワタをとったサンマも売っているときがあるが、
開いたのは時たましかお目にかかれない。
あれは、酢漬け用だろうか。

生を買ってきて開いてもいいのだが、それだとハラワタの始末に困る。
開きだからつけておくわけにはいかないが、かといって捨てるのは忍びない。
生となると、骨をとるのも面倒だ。

なぜハラワタ好きの私が開いたサンマを欲するか。
ウナギのたれがあるからだ。
以前、真空パックのウナギをもらった時、温めてそのまま食べてしまった。
うな丼用のご飯にかけるたれが大量についていたのだが、それが余ってしまったのだ。

ウナギのたれはなかなか他の料理には使いにくい。
だからいつまでも冷蔵庫にいる。
これが伊勢うどんのたれと間違いやすいのだ。
一度は冷奴にかけてしまいそうになった。
早く処分しなくては。


これを読んだちづるは、スーパーでサンマの開いたのを見つけたら買ってきてほしい。
イワシでもいいんだけど、長さもあるし、今ならサンマだろう。
ウナギでもいい。







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刃物よりドライバーだろ
叫んだ





返ってきた





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そりゃあ真夏と比べたら涼しくはなったのだろうが、
暑がりの私にとってまだまだ気温は高い。
ご近所の目があるからと言われ、家を出るときは半袖の作業着を羽織るようになったが、
いまでも仕事中はノースリーブだ。

これと真逆、仕事中だけ厚着をしているのが足元だ。
通勤は裸足にゴムぞうりだが、仕事中はそういうわけにはいかない。
だから私は出社すると、まず靴下と靴を履く。
靴は会社に置きっぱなし、靴下は毎日持っていくが、予備を会社に置いている。

もちろん靴下はくるぶしまでの短いタイプだ。
女子高生のハイソックスみたいなものを履いてはいられない。
真冬でも家にいるときは靴下は履かない。
そんな靴下嫌いなのだから、もちろん昼休みはいったん脱いでいる。


夕方は早々に靴下を脱ぐ。
就業時間のちょっと前にはぞうりになっている。

さて、この脱いだ靴下をどうするか。
真夏だとTシャツも着替えていたので、一緒にビニール袋に入れていた。
しかし今は靴下だけだ。
それだけでビニール袋を使うのはエコじゃない。
かといってそのまま生でカバンに入れたくはない。

わが社は紙をメインに扱っている会社だ。
結構あまりや不要紙が出る。
仕事場には中質紙、昔でいうわら半紙みたいな紙が適当な大きさに切って置いてある。
これは吸水性が高いので、手を洗った後拭くのに使ったりしている。

これがちょうどいい大きさだった。
くるぶしまでの小さい靴下を四つに折って、この紙でくるくると巻く。
最後をセロテープでとめたら、ほうら靴下だんごの出来上がりだ。


靴下が団子でいられるのは家に帰るまでだ。
帰宅したら、作業服を着替え、その時に団子をほどいて洗濯カゴに入れる。
紙のゴミを増やすのでちづるには評判が悪いが、
靴下専用袋を持ち歩くのも嫌だ。

だがもっといやなことがある。
私のカバンはほぼずだ袋みたいなものだ。
ふたもボタンもないショルダーバッグだ。
これはモノを出したり入れたりするのが楽なので、気に入っている。
そのせいで、カバンの中を見ずに、手探りで物を出す癖がついてしまった。

カバンを探っていると、ときどき丸くて柔らかいものをつかむときがある。
「パンか?」
と思って取り出すと、もちろん靴下だんごだ。
この時のガッカリ感。
前日に洗濯カゴに入れるのを忘れたのだ。

珍しくカバンの中を探ったことがあった。
その時は団子が二個見つかった。
これはゆゆしき問題だ。
家に帰って靴下だんごを取り出すときも手探りだ。
一個見つけたら当然もう一個を探すことはない。

となると、数日にわたって靴下だんごが常に一個はカバンの中にあったと考えられる。
もーイヤ、こんな生活。








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あんた何太郎?