2013年02月

ここでは、2013年02月 に関する情報を紹介しています。
私はよく口数が多いといわれる。
これは私のせいではない。
言葉の数が多いのだ。
どんどん新しい言葉が生まれてくる上に、
説明しなくてはならないことが増えて単語が長くなっていく。

世の中もこのことに気づいてやっと省略を始めたようだ。
例えば『頑迷固陋』は『頑固』になった。
『超ベリーバッド』は『チョベリバ』
『空気読めない』は『KY』だ。
これ以上に省略しすぎて、無くなってしまった言葉もある。


このように言葉の省略化は進んでいるのに、遅れている分野がある。
地名だ。
市町村の合併や統廃合が進み、地名はどんどん変わっているのに、
短くなるどころか長く伸びる傾向がある。
二つが合併した時に、両方の名前を残そうとするからだ。

栃木県の『那須塩原市』は『那須市』と『塩原市』が合併してできたのではないか。
山口県の『山陽小野田市』は『山陽市』と『小野田市』だったんじゃないの?
他にも『豊後大野市』や『いちき串木野市』『由利本荘市』もそうなのではないか。
知らずに言ってるので、違ってたら許してね。

あと、いかにも最近できたような名前の市がある。
『南アルプス市』『つくばみらい市』『伊豆の国市』などだ。
なんだかバーチャルゲームの中の市みたいだ。
よそ者が偉そうに言ってるけど許してね。


そこで、地名を省略する方法を考えた。
まずは同じ字が繰り返されている地名はそれをひとつにする。
例えば岐阜県の『かかみがはら市』は『か』が三回も出てくる。
これはひとつにまとめて『みがはら市』でいいのではないか。

秋田県の『きたあきた市』は『きた』がツーペアだ。
なんだか『秋田市』が存在しそうだから『きたあ市』にしよう。
ややこしいのは『きたきゅうしゅう市』だ。
私が数学的に考えた結果『たきゅし市』になった。
どうだい。

しかしこの方法は同じ字がある市にしか適応できない。
『みやこのじょう市』はそのままなのだ。
そこで『や・ゆ・よ・つ・い・え』など小さくできる字は小さくしよう。
ただ音節を伸ばす『う』は廃止しよう。
「なんとかのなんとか」とか「なんとかがなんとか」もやめよう。

そうすると『みやこのじょう』は『みゃこじょ』ですむ。
『さつませんだい』は『さっませんだぃ』
『しじょうなわて』は『しじょなゎて』
『あいづわかまつ』は『あぃづゎかまっ』だ。
あちこちのみなさん、許してね。


というわけで、我が三重県の県庁所在地『津』は、

『みぇっ』

になりました。
同県人も許してね。








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楽だけど
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そうそう、きのうはね、

おかんの誕生日だからプレゼント持って飲みに行ってね、

差し入れのケーキもご馳走になってね、

乾杯なんかもして盛り上がってね、

で、その勢いで、スナックへブックオフで買った『嵐』のCDを置きに行ってね、

そしたらワタシと歌を半分こするくーちゃんがいてね、

ガバガバって歌っちゃってね、、


まだ週の半ばだというのにね、

しかも、月末で忙しいというのにね、

おまけに本社に機械が入り、普通の環境じゃないというのにね、

ついでに上司Tが都合でお休みだというのにね、


なにかの諸症状があらわれています。








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二月は無しかと思ったのに
ときどきふと気づくことがある。
若い頃はもっと敏感で、あらゆる出来事に刺激を受けていた。
出会うものが新鮮で、どんなものに対してでも何かしらの感情を持っていた。
それがどうだろう、おっさんになっていろんなキラキラしたものを見過ごしているのではないか。
いや、それを見つけようとしないからおっさんなのではないだろうか。

そんなことじゃダメだ。
感じなければいけないのだ。
それをきゃりーぱみゅぱみゅが教えてくれた。
そう、「カワイイ」はどこにでもあるのだ。


今年行われる伊勢神宮の遷宮の木材を運ぶ儀式『お木曵き』にもカワイイはあった。
『木遣りぱみゅぱみゅ』

「あっ危ない!あわや事故に」という瞬間にもカワイイはあった。
『ひやりぱみゅぱみゅ』

うちの庭の雑草が生えないようにしてある所にもカワイイはあった。
『砂利ぱみゅぱみゅ』

ホントはかわいくないんだけど、そういう時は代わりになってくれるカワイイがあった。
『代理ぱみゅぱみゅ』

新しい命が生まれてくるために通過しなければならない辛い状況にもカワイイはあった。
『つわりぱみゅぱみゅ』

最近流行りの“カテキン”を配合された健康にいい食べ物にもカワイイはあった。
『茶入りぱみゅぱみゅ』

刺身の生臭いところにもカワイイはあった。
『血合いぱみゅぱみゅ』

常にどこからか監視されているようなこの殺伐とした世の中にもカワイイはあった。
『管理ぱみゅぱみゅ』

学校の先生にもカワイイはあった。
『教員ぱみゅぱみゅ』

ヤクザ同士の争いにもカワイイはあった。
『出入りぱみゅぱみゅ』

そこに警察が介入するときにもカワイイはあった。
『手入れぱみゅぱみゅ』

いやなものにもカワイイはあった。
『キライぱみゅぱみゅ』

ほとんどのものにカワイイはあった。
『九割がたぱみゅぱみゅ』

こうやってどんどん先細りになっていってもカワイイはあった。
『消え入りそうなぱみゅぱみゅ』


ただ、この『ぱみゅぱみゅ』はとても言いにくい。
この言いにくいことが“カワイイ”だと勘違いしたブームがロシアからやってくる。
月曜日に市場に出かけたら、そこに“カワイイ”があったというのだ。

『きゃりーてゅりゃてゅりゃ』








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大きいのが欲しい
昨日は桑名市まで買い物に行っていた、
桑名市といえば「その手は桑名の焼きハマグリ」で有名だが、
他県の人にとってはさっぱりその位置がわかるまい。
南北に長い三重県の最北端で、愛知県に隣接している市だ。
県中央部にある伊勢から見れば県で最果ての地だ。

高速道路が吹雪で視界の悪い中、なぜそんな遠くまで行ったのか。
県下最大の『ブックオフ』ができたのだ。
これはエレファントカシマシを探しに行かねばならない。


幸いにも、欲しいCDが一枚ゲットできた。
しかし、もうひとつ探さなければならないものがある。
スナックのママに頼まれた『嵐』のCDだ。
なるべく古いベスト盤がいいと言われた。

ちづるがみつけたベスト盤は、二枚組で2250円だ。
いかん、これは高い。
なぜなら、お金を払ってもらえるとは限らないからだ。
むしろ、お金を払うと言われても「そんなのいいよ」と見栄を張ってしまうだろう。

1250円のを見つけた。
入っている曲目がブックオフのバーコードで見えないが、私には構わない。
一番大事なのは「ほら、忘れず買ってきたよ」という事実なのだ。
これで段取りの一つはOK。


さて今週は忙しい。
居酒屋の女将さん通称「おかん」とバイトの「Eりちゃん」の誕生日がある。
たしか、どっちかが26日でどっちかが27日、みたいな感じだったと思う。

これも細かいことはいいのだ。
私が店に行くのは26日火曜日だ。
「誕生日おめでとう」
と言ってプレゼントを持っていく。

もし
「誕生日は明日ですよ」
と言われたら、
「明日は来られないのよ~」
と言えばいいだけだ。
Eりちゃんは金曜のシフトだから預けておけばいい。

月が変わればホワイトデーも待ち構えている。
今月のお小遣いはきっちり計算して使わなければならない。


このようにお客は段取りをしているというのに、おかんの段取りはいい加減だ。
先日、サワラの塩焼きを頼んだら、
「きゃー、コンロの火をつけるの忘れてたー」

しばらく待ってと言われたので待っていたら、
「きゃー、サワラのこと忘れてたー」
十分食べられる焼き方だったが、焦げたからといってサービスにしてくれた。

「二回忘れたら、もう忘れへんやろ」
と飲み仲間のKやんがさんまの開きを頼んだら、
「きゃー、サンマ忘れとったー」

Kやんが、
「もうそれでいいよ」
と言ったのだが、
「いや、これは無理です」
とのことだった。

バイトのAりちゃんによると、
「おかん、昨日は化粧するの忘れとったんよ~」
ということだ。







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水は用意しておこう
ちづるが会社の人の結婚式に出席した。
場所はタラサ志摩。
海水プールを使ったタラソテラピーたるリラクゼーションに、
イチローなど大物スポーツ選手がやってきて有名になったホテルだ。

このホテル、私の実家から車で30分程のところにある。
そういうわけで、私が送り迎えする役目を仰せつかった。
式の最中は実家で待っていろということだ。

受付が3時からだったので、2時に家を出た。
ちづるを降ろし、実家で頼まれたスジコとめんつゆとスープの素を買って実家に行った。
着いたのが3時半、ほぼ予定通りだ。
ちづるから連絡があったら迎えに行く手筈だ。
6時ぐらいには終わるだろうから、それまで暇つぶしをしなくてはならない。


母が買い物に連れて行って欲しいと言った。
年末に腰痛で寝込んだオヤジは、腰は良くなったのだが足が弱って歩けない。
暖かくなったらリハビリが始まるのだが、車に乗れるようになるまでは買い物難民なのだ。
町内にお店がなくなり、母は免許がない。
時間があるから買い物に行くのは構わないのだが、
だとしたらなぜ、スジコとめんつゆとスープの素を買って来させたのだ。

スーパーまでは車でほんの5分だ。
帰ってくるなり、母がいつものセリフを叫んだ。
「しもたー、タバコ買うてくるの忘れたー」
毎回なにかは買い忘れてくるのだ。

幸いタバコは近所の自動販売機で買える。
ただ、それには何やらカードがいるはずだ。
「親父の分やって店の人に言うたら売ってくれる」
私ももうおっさんなのだから「親父の分」てなこと言わんでも売ってくれるわ。
店に「すんませーん」と言って入っていくのが嫌だからカードを出せと言うのだ。

親父の免許証入れからタスポを見つけると、
「5個買うてきてくれ」
と言って五千円札を渡された。
自動販売機で五千円札が使えるのか?

「店の人に言うたら売ってくれる」
ふと見ると、母の財布の中は小銭でいっぱいだ。
それをぶちまけさせて数えたら、軽く三千円はあった。
なるべく細かいのを使ってしまうように2100円にする。
ポケットをジャラジャラ言わせて、販売機まで歩いて行った。

一番売れ線のタバコのはずなのに売り切れランプが点いている。
すいませーんと言って店に入っておばさんに訊ねたら、
「ああー、今切らしとるんやわー」
と言われた。
仕方ないので、スーパーとは反対に車でおよそ5分のコンビニに買いに行った。


このあと、私に餅やらバナナやら桜餅やら晩ごはんやら食べさせようとする母と、
家で一杯飲みたいので食べるのを拒否する私との攻防が続くのだが、その話はまた今度。
ちづるから連絡が来たのは7時過ぎ。
それからホテルに迎えに行き、家について夕食を始めたのはもう9時前だった。








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古いタイプですな
この冬はどうも野菜の調子が悪い。
夏が雨続きで作業ができず、どんどん作業が後ろにずれていき、
すべての野菜が蒔き遅れになってしまったのだ。
ビニールのトンネルでもすればよかったのだろうが、あの作業はめんどくさい。
暖冬だから大丈夫という思惑はものの見事に外れてしまった。

畑の面積の半分は種を直接蒔いた。
ダイコン以外は間引きをしなかったので、みっちり詰まって生えている。
コマツナもチンゲンサイもタケノコハクサイも育たないうちに葉が黄色くなり、
そのまま生存本能で花を咲かそうとしている。
密集し過ぎていて、一本一本が大人の野菜になれないのだ。

畑の残り半分は、苗を作って植え付けた。
これは一つ一つ間隔を開けてあるので根を伸ばすスペースが十分ある。
さあどんだけでも育ってちょうだいという正当な野菜のつくり方だ。
だが、ヒョロヒョロのままだ。
隙間が多すぎて見ていても寒そうなぐらいだ。


この密集度というのは野菜作りで案外大事な要素らしい。
野菜作りの教本で読んだのだが、年中作れる葉物などは、
夏は風通しがいいように広い間隔で、冬は暖かいように密集させるといいらしい。
その証拠となる教材が我が家にあった。

秋、たくさん作った苗をよく育ったものから畑に植えていった。
すると、あまり成長の良くない苗がどれだけか残る。
育ちが良くないとは言っても生きている植物だ。
捨ててしまうのは忍びない。

そこで、庭で遊んでいた植木鉢がみっともなかったので、
それらに残り苗を植えることにした。
全部プランターの土を使うのはもったいないから、
下のほうは残り土に石灰や腐葉土を混ぜたものだ。
その上にちゃんとした土をかぶせ、苗を植えた。

それらが今こんな感じになっている。

さびしげ


空き鉢がみっともないからといってこうしたのだが、
イマイチかっこいいとは言えない状態だ。
サンチュは鳥につつかれて無残な姿になっている。
ミズナもコマツナも、植木鉢に一本植えすると、
「場違いですいません」みたいに縮こまっているようだ。

さて、これらも残った苗の中で、比較的育ちのいいものから順に植えていった。
すると、とても成長の悪かった苗たちが残る。
これらとて、生きているんだ友達なんだ、捨ててしまうのは忍びない。
そこで、残りの苗を全てひとつの大きな鉢に植えた。

植えたというのは正しくない。
古い土の上に苗を並べていきあとから土をふりかけて水をかけた。
いわば、歩道のレンガを敷き詰めるように、苗を敷き詰めたのだ。
種で密集するよりは広いが、根を伸ばす方向は下しかない。

もちろん、野菜の育て方ではない。
私は彼らにチャンスを与えたのだ。
育ちたかったら勝ち上がって来い。
そんな体罰を与える鬼教官みたいな気持ちだった。

それが今こうなった。

にぎやか


やはり冬場は密集してたほうがよく育つのかもしれない。
しかし、これはとても収穫がしにくい。
花として育てたほうがいいだろうか。








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あーめんどくさ
寒い寒い。

ふとんから出たくない。

アラーム鳴ったけどあと五分。

この五分があっという間で、もう五分。

もうあと五分。

あとたった五分。

あとほんの五分。

あと五分。

ごふ・・・







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用意はいいか



こんなん出ました
朝、パソコンが立ち上がり、こたつが温まるまでの間にコーヒーを入れる。
ときどき出勤途中で缶コーヒーを買うし、休憩時間にインスタントコーヒーを飲むこともある。
夕方会社で出されるお茶はコーヒーの確率が一番高い。
休日にお出かけしたら、喫茶店で休憩することも度々だ。

私はコーヒーにこだわりもなく、特にコーヒー好きなわけでもないが、
それでもこれだけコーヒーに接している。
コーヒーは日本人にとって、もはや切り離せない嗜好品となった。
いや、世界中がコーヒーを当たり前に飲んでいるのだ。

私のアメリカンコーヒーのように薄い知識によると、
コーヒーの原産は中南米であったと思う。
真っ先に思い浮かべるのはブラジルだろう。
そしコスタリカだジャマイカだキューバだとその周りの国々で広く作られている。


さて、世界的規模で考えると中南米のものであるコーヒーだが、
日本でコーヒーといえば、と言って思い出されるところはない。
県や都市をあげて、コーヒーをご当地B級グルメに仕立て上げようとしたところはなさそうだ。

しかし、私の勝手なイメージだが、コーヒーは関西圏のもののような気がする。
コーヒーの中で主力を占めるような品種がどうも大阪っぽいのだ。

コーヒーの名前の中で一番有名なのが『ブルーマウンテン』だろう。
日本でよく勘違いされることに和製英語がある。
英語だと思っていたら、国内でしか通用しない言葉である場合が結構ある。
この『ブルーマウンテン』もそのまま発音したのでは海外で通用しないだろう。

おそらく『ブルーマウンテン』は関西弁だ。
最後が「~てん」というのは関西にありがちな特徴だ。

「昨日、パチンコしとってん」
「あんた、この汚れなにしてん?」

このぐらいの関西弁なら今や日本中で通じるだろう。
誰でも聞き覚えがあるはずだ。
前半の「ぶるう」も関西特有の形容詞の変化だ。

「えろうすんません」
「早う走らんかい」

これを混ぜて例文を作ってみよう。
「昨日は気温が低かったので寒くて『青くなっていたのですよ』」
の『』部分をを関西弁風にすると、
『青うなっとってん』になる。

この発音で「ぶるーまうんてん」と言ってみよう。
ね。

もうひとつの有名ブランド『キリマンジャロ』も同じだ。
飛行機の曲乗りの一つに「きりもみ飛行」というのがある。
関西の飛行機乗りが、
「よし、今日はひとつ、きりもんでやるとしよう」
という場合になんと言うか。

「よし、今日はひとつ、きりもんじゃろ」

きりもんじゃろ

きりまんじゃろ

キリマンジャロ

おわかりだろう。
キリマンジャロも関西弁なのだ。
このことはまだあまり知られていない。
だからこの記事を読んだ関西のおっさんの二人に一人がこう言ったはずだ。

「ええー、ブルーマウンテンだけかと思とったら、
 キリマンジャロよ、おまえモカ」
って。







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そしていつか割るのよね
寒いよう寒いよう。
関東がどれだけ寒いと言っててもそこそこ暖かかった東海地方だけど、
鈴鹿や四日市など県の北部で雪予報が出ても、それほど冷えなかった伊勢志摩地方だけど、
いよいよ今年一番の寒波がやってきた。

暑いのも嫌だが、暑さはだいたい一日中平均的にずっと暑い。
だからみんな
「暑いねえ」
「そうだねえ」
とその暑さを確かめ合う。

ところが寒さはそうはいかない。
同じように一日中平均的に寒いにもかかわらず、
日に何度か、ピンポイントで、
「寒っ!」
と身震いする一瞬が訪れる。

例えば、ふとんから出るとき。
車に乗るとき。
トイレでお尻を出すとき。
お風呂でカランからお湯を出そうとしたけど、コックがシャワーになってて、冷たいのを浴びたとき。

こういう寒さは、ずっとキープされている寒さの上に、別の寒さが突き刺さってくるようだ。
これが体に良くない。
精神にも良くない。
「何が温暖化だ!」
と叫びたくなる。


だいたいこの『寒』という字が寒そうだ。
寒さを表す漢字なのだから寒そうなのは当然なのだが、
先ほど述べた嫌な寒さを連想させる字の形をしている。

まず、部首がウカンムリだ。
「う」の口の形はラーメンをフーフーする形だ。
その形のまま「ひゅう~うううぅ~」と北風の音を表現することができる。
五つある母音の中で一番寒そうなクチビルになる。

似た感じでも「お」はだいぶ違う。
「お」は、口に入れた湯豆腐が思ったより熱かった時の口の形だ。
なんと暖かそうなクチビルだろう。


『寒』は全体的なフォルムもよくない。
下の点々が妙にもの寂しい。
この字をよく見てみよう。
まるで、耳あてをしてマフラーを巻いてコートを着ているのにミニスカートの女学生、
みたいなアンバランスは寒さを感じはしないだろうか。

似たタイプの『冬』という字は上半身も薄着なのであまり嫌な寒さを感じさせない。
むしろフィギュアスケートのような軽やかでウキウキする衣装だ。
『寒』という字も、上半身をさっぱりするか、足元にブーツを履くかしてもらいたい。

そこで、考えられる漢字が、賽銭箱の『賽』だ。
これは下半身もしっかりと守られている。
すきま風的寒さをあまり感じさせない。
だからこれからは『寒い』のことを『賽い』と書く事にしようではないか。

う、なぜかフトコロの寒さを感じてしまった。








↑さっき打ち間違った「さマウイ」は暖かそうだと思うんだけどクリックしてね。







トケ井が冷たいわい
もう何度も言っていることだが、私は寝るのがヘタだ。
寝つきが悪い上に、寝ているあいだに時々息をするのを忘れているらしい。
俗に言う、睡眠時ピカチュー症候群だ。
だから常に眠い状態で、こたつでパソコンをしているとそのまま寝てしまう。

思ったようになりにくいのは食事も同じだ。
ダイエットを考えていろいろやろうとする割に結果は残せず、
妙な食習慣だけ身についてしまっている。
主食の量を減らそうと思っているのに、昨日も実家で栃餅をもらってしまった。
正月にもらったのがまだ冷凍保存されているのに。

筋トレも行われていない。
部屋を片付けてスペースを確保したのだが、
あまりの寒さに、そこにストーブを置いてしまったのだ。
ダンベル運動ぐらいできそうなのだが、ダンベルは冷たい。

趣味でやっているはずの野菜作りもこの冬は失敗している。
家で食べているのは育ちそこねた細い大根だ。
九月中に蒔かなければならないダイコンの種を十月末に蒔いたからだろう。
最近、家庭菜園のカテゴリーネタが少ないのはこういう理由だ。


このように、睡眠、食事、運動、趣味と、あらゆることがことごとくうまくいっていない私。
ひょっとしたら、自分は衣食住が下手なのではないかと思い始めた。

さて、今日ご紹介するのは、あまり話題に使ったことのない『衣』のジャンルだ。
私はあまり着るものに執着がないのでネタに使ったことがあまりない。
このジャンルでは、帽子かカバンか布のことぐらいだろう。

当然私は着たきりすずめだ。
平日は当然作業服だし、家に帰ればジャージでいる。
問題は休日に外出する時のイデタチだ。

Tシャツの上に、黒いジャージ、これは家で着ているものより少し上等だ。
その上にユニクロの裏がフリースの黒いジャンパー。
ずっとこれだ。
お正月に年越し参りをして以来、休日の外出はこの格好だ。
いや、もっと前からかもしれない。

そんなことはないだろう、と言われるかもしれないが、これだけは間違いない。
なぜなら、常にこのセットは二枚重ねたまま脱いで、いつも同じハンガーにかかっているのだ。

妙な話だが、このジャージとジャンパーが離れるのは、
どこかのお店で、私がジャンパーを脱いだ時だけだ。
あとはずっとジャージがジャンパーに袖を通した状態でいる。

もちろん洗濯もしていない。
我が家のルールでは、洗濯するものは自分で洗濯かごに入れることになっている。
外出といっても、ちょっと買い物に出かけるだけなのでなかなかかごに入れる気になれないのだ。
次もこのまま着たら楽だし。


ああ、また自分の恥を晒してネタにしてしまった。
こういうところが「生活がヘタ」だと自分で反省する点でもあるのだ。
そんなときは、自分を慰めるために飲みに行く。
これだけが綿密に計画され、実行され、急な変更にも迅速に対応できることなのだ。








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何がうまくできるのだ
オリンピックからレスリングがなくなるという話題が飛び込んできて大騒動だ。
先日、国民栄誉賞を取った吉田沙保里選手は三重県出身なので、
スポーツに興味のない私も、なんだか鼻息荒くなってしまったりする。

しかし、どうもレスリング関係の人のインタビューを聞いていると、ちょっと違うような気がする。
「オリンピックを目指してやってきたのに」とか、
「後輩が頑張っているのに」とか、
「日本のお家芸なのに」という内容で怒っている方が多いようだが、
それは、どの競技でも誰か、あるいはどこかの国に当てはまることなのではないか。

もちろん心ではそう思っていて当然だが、
とりあえずここは、
「オリンピックでレスリングをすることがいかに有意義か」
ってことを述べるべきなのではないだろうか。


それもともかく、今回の問題で、いろんなスポーツが、
オリンピックから排除されるとか、取り入れられるとか話し合われていることを知った。
カヌーやテコンドーも落とされかけてたとか、
スカッシュやら太極拳が新規の競技として考えられているとか、
野球やソフトボールが復活するとか、ごねごねと裏でやっているらしい。

さて、私は先にも書いたように、スポーツにあまり興味がないので、
競技関係者には怒られるかもしれないが、思ったことを発言してしまおう。

カーリングとかボブスレーとか必要か?
アーチェリーとか馬術とかスポーツか?
フィギュアスケートがオリンピック競技ならバレエはどうなの?
スキーのジャンプって、斜面次第なんじゃないの?

今回の騒動で、新しく取り入れられるかもしれない競技の中に、
スポーツクライミングというのがあった。
なんで無理矢理スポーツにしたがるの?

オリンピックとは関係ないが、競技名にスポーツってつけたがるのがわからない。
スポーツフィッシングとかモータースポーツなんて言葉もあるが、
釣りや運転をどうしてスポーツ扱いしようとするの?

私は、そろそろビリヤードやダーツなどが、
「我々はスポーツだ」と言い出し始めているのではないかと思っている。
でも、こうなると違うとは言えないではないか。
ボウリングだって、スポーツ扱いされているのだ。
スポーツとそうでないものの境目ってどこにあるのだ。


だから私はこう思う。
スポーツの祭典オリンピックは、少し整頓するべきだ。
削って削って、スリム化して、シャープな大会にしたほうがいい。

その代わり、同時に『武道の祭典』と『ゲームの祭典』を開催する。
ブラジルの次のオリンピックに、東京とイスタンブールとマドリードが名を挙げているようだが、
この三都市で三祭典をやればいい。
みんな大騒ぎがしたいんでしょ。







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ホップとステップとジャンプと
昨日は土曜なのに出勤の番だった。
月に一度のことなのだが、月に一度であるからこそ気分が悪い。
帰りに、ほぼ通勤路沿いにある温泉施設『ミタスの湯』に寄ることにした。
サウナでさっぱりして帰ろうという算段だ。

その旨をちづるにメールすると、
「それなら私も行く」
と参加表明があった。
「では7時にテレビの前で」
と待ち合わせの場所と時間が決まった。

待ち合わせ、とは言ってもお風呂を出たあとの話だ。
会社が終わる時間は違うし、中ではもちろん男湯と女湯。
帰りも別々に帰ってくるのだから、一緒になるのは食事の時だけだ。
何のために一緒に行くのやら。
とはいえ、食事代が家計子さんの払いになるのだから私に断る理由はない。


ああ、それにしてもどうしてこんな日を選んでしまったのだろう。
寒風吹きすさぶ土曜の夕方、ミタスの湯は大混雑だ。
そんなに出勤だった人が多いのだろうか。

普段との一番の違いは子供の多さだ。
それはつまり、騒がしさが普段とは桁外れだということになる。
裸のおっさんがみっちり詰まって、むっつりテレビを睨んでいるサウナ室。
そこへ三人組の子供が入ってきた。

「うわー、あっちぃー!」
「しーっ」
ひそひそひそ。
くすくすくす。
うきゃきゃきゃきゃ。
「やっぱ、あっちぃー」
「出よ出よ」

もはや浴場は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

「おとうさん、見てー見てー」
「うわっ、電気流れとる」
走り回る足音。
「こら、そんな事したらいかん」
「次、あっち行こ」
泣き声。
「ボクもやりたい~」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「いややー」

そんな中、あるお年寄りが話しかけてきた。
「すいません、あの、玄関●h~♯▽☆彡かな?」
「え?」
「あの、玄関♪$=Q¥まz&かな?」
「なんですか?」
「あのね、玄関にはどこから行ったらいいんですかな?」
迷子だった。

お風呂から上がってちづると合流。
食事の前にマッサージ椅子に座った。
「さっき、風呂で年寄りに道を尋ねられた」
「そういえば、パッチ姿で玄関の方に歩いてった年寄りがおったけど」
「そいつに違いない」

ミタスの湯は平日に限る。








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火花見えた
カチャカチャ



ぴょーん



カチャカチャ



よしできた



あれ?





あれ?
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カニはいい。
日本人のほとんどが好きだろう。
時々、卵を抱いたのに当たることがある。
ものすごい数の卵だ。

あの卵が孵ると、カニの子どもがなんとか世風靡セピアぐらいウジャウジャ生まれてくる。
この子どもを『ゾエア』という。

♪ててれてててれててーてれてってってー 「ぞえあ」

すいません、これが言いたかっただけです。


このゾエアが数回の脱皮を繰り返すと『メガロパ』になる。
なんて素敵な呼び名だろう。

同じ仲間のエビはもうちょっと複雑だ。
生まれた時は『ノープリウス』で、そのあと『ゾエア』になり、
『ミシス』を経て『ポストラーバ』へと成長する。
なんだか、エビカニの世界ってかっこいいではないか。


それに引き換え、日本人は汚い言葉と使いたがる。
若い世代に対して、
ひよっこ、若造、青二才、
などと侮蔑を含んだ呼び方をする。

これがあまり年齢に関係なく使われる。
歳が上、あるいは何かの業種において先輩から後輩に使われる。
「まだまだひよっこだな」
「この若造が」
「青二才のくせに」

本当にその人がひよっこや若造、青二才かどうかは分からない。
呼ぶ側が勝手にそう断定しているだけだ。
なんと曖昧な誹謗中傷だ。

その点、エビカニは物事がはっきりしている。
ゾエアは誰が見てもゾエアだし、その段階を過ぎるとみんなメガロパになる。
しかもなんとなくかっこいいではないか。
人間もこれを見習ったほうがいい。

「まだまだメガロパだな」
「このノープリウスが」
「ポストラーバのくせに」

これだと角が立たない。
なにしろ、本当にメガロパやノープリウスなのだから。
人間も早くこのシステムを導入すべきだ。


ただ、人間は年老いたものにも悪い言葉を使う。
おいぼれ、もうろく、うすらハゲ、
これも聞きたくない言葉だ。

では、エビカニは歳をとるとどう呼ばれるか。
『えび』あるいは『かに』だ。
彼らは幼生時代を過ぎて、始めて種としての呼び名を与えられるのだ。

あ、だからエビって『海老』なのか。
この漢字を当てた日本人の先輩って偉い。
私はまだまだハナタレ小僧でした。








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しかもセンス悪い
ついにこの日がやってきた。
今日はバレたら大変な日だ。
いや、バレンタインデーだ。
もちろん、若い人たちのようにピリピリした緊張感はもうないが、
なんだかおっさん達はもじもじしちゃう日なのだ。

一応、こんな私でも、毎年会社で義理、いや、ほどこしを受けている。
事務所の女子たちが甘い差し入れをしてくれるのだ。
ありがたいのだけれども、なにやらこっぱずかしい。


ともかく、バレンタインデーは騒ぎ過ぎなのではないか。
スーパーなど、チョコレートを売る店はもちろん、
全く関係ない店ですらバレンバレンタインタインしている。
ちなみに、包装資材を扱っている我が社の店舗も、
ピンク主体の彩りでバレンタインを煽っている

こうなると、我々おっさんとて、とぼけることができない。
事務所の女子がまとまって仕事場にやってきて、
ホイホイホイとチョコを配給するときも、
「あ、そうか、今日はバレンタインデーだったかー」
という顔ができない。

だからと言って、頬を赤らめて、
「ひょっとしたら」
なんてこともない。
必然的に、
「オツトメ、ご苦労さんです」
ってな空気にならざるを得ないのだ。


だから、もうちょっと控えたデーにできないだろうか。
今の盛り上がり方はクリスマス並みではないか。
はっきりした根拠のあるクリスマスと比べて、バレンタインは根無し草だ。
あまりにも存在理由が曖昧だ。
それをこんなに盛り上げてはいけない。

例えば、ひな祭りや端午の節句のように静かに盛り上がれないか。
当事者以外は関係ないというこの風情を学びとれないか。
あるいは、成人式や体育の日のように、その日一日で済ませることができないか。
ちょっとチョコを売り出すのが早すぎるのだ。
どうかすると、恵方巻きと並んで売ってたりするではないか。

私の理想は七夕だ。
あれぐらいのテンションでバレンタインを執り行ってもらいたい。
街角で子供たちが飾った笹を見つけて、
「ああ、そういえば七夕か」
こんな感じでバレンタインを迎えたいのだ。


さて、私は今日はいつもの居酒屋に飲みに行く。
決して、バイトの女の子達の義理チョコを目当てに行くのではない。
今週は月曜は休みだったし、火曜日は雨が降ったし、
水曜日は雨は止んだけど風が強かったし、金曜日は歯医者だし。
だから仕方なく今日行くのだ。

でもきっとこう言われるだろう。
「おや、木曜日にくるとは珍しい。あ、さては!」
ちがう、そうじゃないんだ。
そうじゃないっていうのに。








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手作りなのか!
連休で体のリズムが狂ってしまったのだろうか。
またもや夜寝付けない病が始まった。
「あ、なんか寝付けないぞ」
と思うとイライラしてきて、腹のたったことを思い出して、
もっと寝付けなくなるという覚醒スパイラルだ。

その日、寝付けないかどうかは寝床に入ってみるまでわからない。
事前にわかるのなら『酔っ払う』という秘密兵器があるのだが、
もし何もしなくても寝られる日なら、無駄な出費とカロリーの摂取になってしまう。


それにしても昨夜はすんなり寝付けても良かったのではないだろうか。
寝る前のお風呂では精神をリラックスさせたはずだ。
ロウソクの灯りでぬるめのお湯にゆっくり浸かってくつろいだ。
これの何が良くなかったのだろう。

お湯がなかなか熱くならなくてイライラしたからだろうか。
暗くて体を洗うのに苦労したからだろうか。
BGMにエレファントカシマシなんかかけてコーフンしたからだろうか。
ともかく、お風呂から上がってすぐ寝床に入って、
すぐに「あ、今夜は眠れない」と気づいた。


まず音楽を聞いてみることにした。
先日、机に置いてあったミニスピーカーをベッドに設置した。
ちょうど私の枕を左右から挟むようになっている。
ミュージックプレイヤーのヘッドフォン端子につなぐと聞けるようになっている。
フォルダの中から、比較的静かな『遊星ミンツ』をチョイスした。

鳴り始めたら、ちょっと音が大きいような気がしたのでボリュームを一つ落とした。
寝られる日ならこれですぐ寝てしまうのだが、寝られない日はそうはいかない。
音が小さいので耳をそばだてて集中してしまう。
聴こうとしなくていいのに、聴こうとしてしまうのだ。

なんだか左のスピーカーから音が出ていないような気がする。
そちら側へにじりにじりと移動する。
すると今度は右のスピーカーの音が聴こえなくなった。
左右ににじりにじりを繰り返し、ちょうどバランスのいい位置を見つけた。

さて、私は自分のベッドに二つの枕を並べて寝ている。
やや高い枕とやや低い枕だ。
その日の調子で好きな高さの枕で寝られるようにという配慮だ。
左右のスピーカーからバランスよく聴ける位置とは、当然センターに当たる。
やや高い枕とやや低い枕の境目だ。
これで寝られるはずがない。


このあと、少しウトウトしてから起きていって焼酎をおちょこ一杯飲み、
またウトウトしてから鼻の下にヴィックス・ヴェポラッヴを塗り、
また少しウトウトしてから青竹踏みをした。
最後に時計を見たのは、2時過ぎだった。

さすがに朝起きるのは辛かった。
5時から5分おきに鳴るアラームで、5時35分まで粘った。

ああ、私にはわかる。
今なら眠れるのに。








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再び眠りへ
もちろんダイエットしなくてはならない状態は続いている。
二回ほど『自転車で遠回りして帰宅するダイエット』を敢行したが、これは問題が多い。
狭い道はいつ人が出てくるかわからないし、広い車道は排気ガスまみれになる。
それに、遠回りを自分で加減できるのも良くない。

しかし、運動量としてはいいぐらいだった。
食事制限だけに頼る方法より健康的でもある。
なんとか汗をかく方法で痩せたいものだ。
そして、できれば自分の時間を潰したくない。

そこで考えたのが、歩いて通勤するダイエットだ。
うちから会社まではおよそ3.5キロメートル。
時間で4~50分だ。
なんというか、あまりにも理想的な距離なのだ。

もちろん今までにも考えなかったわけではない。
長距離を歩くことにも得意な方だ。
ただ、これを今まで実行してこなかった理由が二つある。


一つは時間的な問題だ。
自転車の遠回りと違って、徒歩通勤となると行きにも時間がかかる。
当然、朝早く家を出なければならない。

私は早起きをしているので、起きる時間には問題がない。
トーストくわえて未来の彼女と曲がり角でぶつかるような出勤をするのなら、
朝起きるのは7時半で十分だ。
私は5時半には起きている。
この更新を終えるのもだいたい6時半だ。

ならば楽々、とはいかない。
この余った時間、普段何をしているかというと、仮眠をとっている。
食事を終えて着替えを用意して、たいてい7時半になる前に毛布にくるまる。
7時43分に一度目のアラームが鳴り、5分後に二度目がなって起きる。
つまり毎朝20分の仮眠をとっている事になる。

歩いて出勤するとなると、この仮眠時間がゼロになる。
いや、これが本当に気持ちいいのだ。
これを手放すぐらいなら遅刻して怒られたいぐらいだ。
ダイエットで食事を減らすのはわかるが、睡眠を減らすのは納得できない。


さて、もうひとつの問題は通勤路だ。
以前も紹介したことがあるが、我が家から会社まではほぼ一直線だ。
地図で見ても、驚く程最短距離になっている。
ただ、その通り道に小学校と中学校がある。

歩いて行くとなると、あの悪ふざけをしながらダラダラ進行する小学生と同じ道を通る。
当然追い越すことになるが、奴らの不測の動きを見極めながら横を通るのは至難の業だ。
左側を歩けば自転車の中学生と対面する。
日によっては、交差点や横断歩道にPTAが立っている。
小学校の校門前では校長先生が元気に挨拶をしてくれる。

これらを避けるのは簡単だ。
遠回りをすればいい。
通学路というのはちゃんときめられているので、それを避ければ学生とかち合うことはない。
農村地帯である我が家の近隣は、縦横無尽に田んぼ道が走っている。

ただ、地図で調べたら恐ろしい程の遠回りになることがわかった。
最短距離の道は田んぼの真ん中にあとから斜めに通ったらしく、
田んぼ道と平行になっていない。
なので、裏道を行くとなると、ノコギリ状に進んでいくことになる。
これは直角三角形の斜辺で行ける距離を、残りの二辺を使って行くのと同じだ。

遠回りするとなると、その分早く家を出なければならなくなる。
ますます仮眠の時間が少なくなる。

ごはんの用意をする時間が来た。
さて、私は今日、歩いて出勤することができるだろうか。
それとも自転車、あるいは車で出勤してしまうのだろうか。
さあさみなさん、はったはった。








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遠くまで見えるけど
いつもの居酒屋の常連で、歳が近く夏生まれの四人が徒党を組んだ。
その名も『獅子座会』
二度ほど焼肉に行ったのだが、昨日は第三回の会合で、
なんと無謀にも、ふぐ鍋を囲もうということになった。

一番若いメンバー、といっても三十代半ばなのだが、
彼がまだフグを食べたことがないと言ったのが話の始まりだ。
それじゃあフグを教えてやろうと、こういう企画になったのだが、
実は私も本格的なフグは二回目だ。
初めてのフグの思い出は、それはもう悲惨なものだった。


もうずいぶん昔のこと、場所はフグの都『下関』だ。
鉄道マニアの幹事で、津和野から下関への旅行だった。
往復には寝台列車を使い、温泉に二泊、SLにも乗った。
その最終日、下関の水族館を見たあとのことだ。

せっかくの下関だから昼食はフグにしようと決まった。
バスの待ち時間が長かったので、駅に向かって歩くことにした。
なにしろここは下関だ。
目をつぶって歩いてもフグのお店に当たるはずだ。

その考えが間違いだということはすぐにわかった。
水族館から駅までの道はまるでバイパスのようで、
道路は広くて綺麗だったが、店は全然ない。
いや、民家すらない。
いや、建物がないのだ。

歩いて歩いて疲れ果て、空腹の絶頂となった時に、一軒の食堂が見えてきた。
それはほんとに普通の食堂だったが、まるでオアシスのように感じたものだ。
そこで私はカツ丼を食った。
休息とエネルギーを得て元気になった私たちは再び歩き始めた。

と、ほんの五分でフグ専門店があるではないか。
どうやらこのあたりから街のはずれに入ったようだ。
目で見える範囲にお店がたくさんフグののぼりを上げている。
せっかくの下関だ、フグを食べないわけには行かない。

というわけで、私の初めてのフグは、前座がカツ丼だった。
しかも、歩いて喉がカラカラだったのでビールを飲んでしまった。
お腹いっぱいの状態で食べた“てっさ”、唐揚げ、フグ鍋。
最後、雑炊を断って店を出たという有様だ。
なので、フグが美味しいという記憶がない。


というわけで、私にとってはリベンジのフグだ。
場所は専門店ではなく、いつもよりちょっと高級な居酒屋。
店に入るとすでにお座敷が用意されていた。

まず、てっさ。
美味しいけれど、数ある刺身の中で飛び抜けて美味しいとは思わない。
そこについてきた皮はあまり美味しいものではない。

白子ポン酢、これは美味い。
たまらん!

唐揚げ、うまい。
でも、いっしょに頼んだカキフライの方が好きだ。

鍋はいい。
身はもちろんだが、皮に驚いた。
湯引きだとあんなに固かったのが、鍋で煮込んだらトロトロになった。

で、雑炊。
これは最高だ。
いろんな味や食感があって、最後をこれで締められるフグ。
さすが、別格扱いされるだけのことはある。


ただ、一点だけ足りないものがあった。
スポンサーだ。
総額22000円。
こんなもの、自腹で食べるものではない。








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水温計さんのおごりで
なにやら巨大な小惑星が地球に接近しているらしい。
巨大な小惑星っていうのも変な言い方だが。

直径45メートル、重さが13万トン。
正確に軌道が判明しているので地球にぶつかるの恐れはないそうだ。
すごいなあと思うのは、そんなことがわかるという技術の進歩だ。
何月何日の何時頃、どこそこの上空何メートルで最接近、なんてことも分かっている。
ぐるぐる回ってる地球にぴょーんと飛んできた石なのに、どうやって計算したんだろう。

しかし、どうしてもひとつだけ納得できないことがある。
13万トンという重さだ。
我々が重さとして認知しているのは、地球の引力上においてのことだ。
引力の強い星で測れば重くなるし。その逆なら軽くなる。
ましてや宇宙空間に浮いているものの重さをあーだこーだ言ってどうなるというのだ。


というような屁理屈を考えていて、ふと思いついたことがある。
最近、私の身の回りで、というよりありとあらゆるところで、
体重が増えて悩んでいるという話をよく聞く。
実際私の体重も着々と増えている。

ひょっとして、地球の引力が強くなってきているのではないだろうか。
なにしろ、これだけ大勢の人が太った重くなったと感じているのだ。
もはや外的要因を考えなくてはならないのではないか。

この現象を疑う理由には、もう一つ世間全般がある傾向を感じている事実がある。
体重が増えたと感じている人たち、つまり人類の多数派は、
体が重くて運動ができないという症状を訴えている。
これも、引力が強くなったことが原因であると考えられる。
運動に関して腰が重い、尻が上がらないというのは、的を射た発言なのだ。

さらに、食べるのがやめられないという意見も多い。
考えられるのは、引力の強化によって物質の密度が上がっているということだ。
引力という圧が食べ物にかかり、ギュッと縮んでいる可能性がある。
だから、同じだけ食べたように思っても、そのものは小さくなっていて、
胃に入ったとき同じような満腹感が得られないのだ。

さらに、大勢の人類がこう言う。
寝足りない、と。
明らかに、時間が短くなっているのだ。
だから時計の針で8時間寝たつもりでも、本当の睡眠時間はずっと短くなっている。
誰もが眠くてたまらないはずだ。


この引力の問題と時間の問題は全く別のように思われるかもしれない。
だが、原因は同じところにあるのだ。
それは、某学者が提唱した「宇宙は膨張している」という説だ。
たぶんそうだ。

大宇宙から見たら微粒子にもならない人間という存在にこれだけの影響が出始めている。
もはや宇宙の膨張はマックスに達しているのかもしれない。
万物に共通する物理法則では、膨れ上がったものはパチンとはじける。
宇宙はビッグバンではじまり、ビッグパチンでその幕を下ろすのだ。

パチンとはじけたらどうなってしまうのか。
もちろん、何も無くなってしまう。
近所のおじいさんに聞いてみよう。

「ああ、昔この辺に宇宙があったんだけど、今はこの通り、跡形も無しさ」

どんなものも膨れすぎるとはじけて無くなってしまう。
今日のこのネタも、膨れすぎてどうしようもない状態になっている。
さあ、どうするどうする。


ぱちん







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星になった私
私は大きな財布を持つのがきらいだ。
なるべく小さくて薄っぺらい財布でいてほしい。
なので、中学生が持つ小銭入れみたいな財布を愛用している。

お札は半分折にしてギリギリ入るサイズ。
チャックが二つあって、大きい方にお金、小さい方にカードを入れている。
財布なんだからお金は仕方ないとして、このカード類が邪魔くさい。
これがなかったらどんなにさっぱりすることだろう。

免許証、保険証、キャッシュカード、ガソリン用のクレジットカード、献血手帳。
本屋と電気屋とコンビニのポイントカード。
そしてエディカードが入っている。

このエディカードは、
「これがあったらコンビニとかで支払いが出来て、小銭ができないよ」
とちづるにだまされて持つようになった。

なるほど、使ってみたら確かにこれは便利だ。
でも、私の生活範囲では、コンビニと本屋でしか使えない。
ちょっとお賽銭が欲しい時とか困るではないか。


先日、某ショッピングセンターで、ちづると解散して各々買い物をしていた。
私は特に欲しいものもなく、あたりをぶらついていたが、
ふと、エディカードのチャージ機が目に付いた。
残が端数だけになって随分経つエディカード。
どれ、久しぶりに入金してやれ、となぜか思ってしまった。

入れたのはその時持っていた千円札三枚。
これが翌日悲劇を生んだ。
自転車出勤して喉が渇いたのでコーヒーを買おうと自動販売機に立ち寄る。
通勤路近くでチェックしてある百円で買える販売機だ。

で、財布を開けると、持っていたのは五千円札と7円。
ぐおおおー、実質8000円も持っていながら、缶コーヒーさえ買えないではないか。

そのあと五千円札は両替される。
なぜか千円札というのは飛ぶように財布から出ていくものだ。
さて、飲みに行こうと思ったとき、現金が2000円と小銭しかなかった。
ぐおおー、本当はあと3000円あるはずなのに、
どうしてこんなギリギリ感なのだー。


さて、このように不愉快なエディカードだが、
実は本質的に不愉快なのはこの一面ではない。

先日、定期購読している雑誌を買いに本屋さんに行った。
珍しくエディカードが活用できる。
雑誌のついでに文庫本を一冊買った。
レシートを見る。
エディ残金800円?

私はお金の計算にドンブーリ方式を採用している。
千円札を何枚使ったかで、財布にいくらあるか把握しているのだ。
だから、コンビニで数百円使った時は勘定にいれていない。
勘定に入れていないお金は、理屈上使っていないお金だ。
なんでエディの残金が減っている。

このようにエディカードは、持っているのに使えない苦しみから、
いつの間にか持っていない苦しみに変わっているという恐ろしいカードだ。
こんなの持っていたくない。
ところが、このカードにはもう一つ良くない特徴があった。
ちょうど残金がゼロにならないのだ。

ああん、もう。








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なんか痛そうだ
仕事を終え、みんなにバイバイをして、自転車にまたがる。
二つ目の信号で普段渡らない横断歩道を渡った。
伊勢神宮外宮前バス乗り場だ。
ここから内宮に向かってペダルを踏む。
通称御木本道路だ。

もちろん、家に帰る方向とは全然違う。
むしろ真反対だ。
用事は特にない。
先日提唱した、自転車で遠回りをして家に帰るダイエット、の第二回だ。


普段通らない道なので、周りの景色が新鮮だ。
いつの間にかマンションが建ってたり、店の名前が変わっていたりする。
まだまだ出だしなので余裕がある。
軽快に進んでいくと高速道路が見えてきた。

高架の下をくぐると上り坂だ。
スタートして五分、早速コースのピークが訪れた。
普段の通勤路があまりにも平坦なので新鮮さを感じる。
脚力には自信があるので、自転車からは降りずにミシミシペダルを踏む。
お尻も上げずになんとか頂上にたどり着いた。

当然、そこからは下り坂だ。
風を切ってピューっと下っていく。
この感じも久しぶりだ。
車が来ないので、車道のトロの部分を通ってやる。


坂を下り終えると大きな交差点だ。
左手には猿田彦神社、右に曲がればすぐ伊勢神宮内宮。
直進すれば伊勢志摩スカイラインや志摩方面に行ける。
これを左折して、通称南勢バイパスに乗る。
まっすぐ行けばいつもの通勤路に合流する。

しばらく行くと、さっきくぐった高速道路のインターチェンジに行き当たった。
スロープの下の歩行者専用トンネルをくぐる。
車で通ってこの歩道を見たことはあるが通るのは初めてだ。

そこを過ぎると、バイパスのバイパスたる所以、何もない区間だ。
歩道はあるけど、建物も明かりもないところをひたすら走る。
車ではあまり気づかないが、かなりの上り坂だ。
自転車のライトだけを頼りの、怖くてしんどい道だ。

結構長いその区間を過ぎると、鳥羽市へ向かう道と交わる高架に差し掛かった。
本当なら高いところをまっすぐ行きたいところだが、
自転車なので一旦坂を下り、信号を超えてまた昇ることになる。
普段なら怒りの種になるところだが、目的がダイエットなので苦労を受け入れる。

橋を渡って下ると、そこはもう私の住む平野だ。
もう少し行くと片側三車線の広い道の両側にいろんな店が現れて賑やかになる。
適当な赤信号で道路を横断しておく。

時間が知りたいが、防風のヤッケを着ているのでケータイが取り出せない。
通りがかりの店舗を覗いて時計を探す、
6時20分だ。
まっすぐ家に帰れば5時50分には到着するので30分は運動している勘定だ。
結構息も切れているし、体は暑い。

家に着いたのは6時半。
およそ40分の運動だ。
汗をかいたし足も張っている。
ちょうどいいぐらいの運動量なのではないだろうか。
でも、このコースはもう飽きた。









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おりてこれるかな
上司Tが「おいちょっと聞いてくれよ」と言ってきた話。

私は車のことに疎いのでうまく説明できないのだが、
上司の車はトランクがあるタイプでないので、後ろのガラス窓から荷室が見える。
ふと見ると、覚えのないダンボール箱がある。
なんだろうと思って覗いてみたら、ペットボトルの飲み物が数本はいっていた。
500ccのや小さいのなどいろいろだ。

家族のものかと思い聞いてみても誰も知らないという。
友人、近所の人など、可能性のある人に訪ねてみたが、該当する人がない。
それで、とりあえず車から出そうとしたら、中にもう一つ小さい箱があった。

その中に入っていたのはおにぎり。
コンビニで売っているものではなく、ラップで巻いた手作りだ。
「それも味ごはんのやぞ」
ますます謎は深まるばかりだ。


まず考えられるのは、やはり知り合いがくれたのだが、
上司がその人にまだ思い至っていない場合。
しかし、上司はそんなはずはないという。

町内からの配り物だが、留守だったので担当者が車に入れたという案。
家には誰かいたはずなので、それもないという。

上司が自分でそれを用意したのだが、それをすっかり忘れている。
これもないとは言えない。

誰かの微妙な嫌がらせ。
だとしたら、もっとほかにやり方がありそうだが。

通りがかりの誰かが捨てていった。

上司が気付いていないだけで、実は車の後ろの席に誰か住んでいる。

スキンヘッドの上司を見た信心深い人が供えていった。

どこかで他人の車と乗り換えてきた。

弁当を忘れて出勤しようとしているのを奥さんが追いかけ、
「あなたー、これお弁当ー」
と投げたのがちょうど入った。

最初から車に備え付けられていたのを、今になって上司が気づいた。

夜、子鬼たちの巣になっている。

上司の車が、近所の幼稚園の遠足の目的地になっていた。

それは、上司以外には見えていない。

車がガソリンと酸素から生み出した。

ナナフシとフンコロガシがいるのを上司が見間違えた。

上司の奥さんと、息子夫婦、四人の孫の全員が共犯。

飲み物とおにぎりのメーカーの新商品の宣伝。

ちょっと早めのバレンタイン。

犯人はО川で、今もクスクス笑っている。

会社に来て私にその話をした人が、実は上司ではない。

そのおにぎりとペットボトルに王子様がキスをするとお姫様になる。


とまあ、理由はいろいろ考えられるのだが、
ただ一つはっきりいえることがある。
車のロックをしないからだ。








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「けぬけ」が正解
ここんとこどうもシャッキリせんわい、
ちょいとサウナでリフレッシュ、とこの日は前から決めていた。
そのおおきな『ゆ』の看板は自宅と会社のちょうど中間にある。
都合がいいので回数券を買ってもらって、ちょくちょく利用している。

そして、その近くにあるのが私の馴染みのスナックだ。
リフレッシュに歌は欠かせない。
サウナからスナックで段取りは決まった。

ただ問題なのは、スナックの開店が8時ということだ。
普段なら、サウナで汗を流して、200円のマッサージ椅子でくつろいで、
ビールを飲んで帰る。
だいたいこのパターンで、温泉施設を出るのが7時15分頃だ。
なんとか引き伸ばしをしなくてはならない。

そこで、今回は200円のマッサージ椅子をやめ、
2100円の本物マッサージにしようと決めた。
リフレッシュならそのぐらいやらなくては本当でない。
よし、これでシャッキリスッキリだ。


で、まだもうちょっと時間があるような気がしたので、
友人のお店にちらりと寄った。
そこを出たのが6時過ぎ。
ちょうどいいぐらいのあんばいではないか。

サウナをたっぷり堪能して、ジェットバスに浸かりながら時計を見ると、
いつの間にやら7時半を過ぎている。
スナックは8時以降なら何時でもOKだが、帰るのが遅くなるのは辛い。
8時ちょっとに入店するのが好ましい。
これは、マッサージかビール、どちらかを選ばなければなるまい。

マッサージは2100円で30分。
これは動かない。
ビールだと、だいたいおつまみ二品とビール二杯で1800円ぐらいだ。
スナックに行くのだから、そちらでビールと焼きそばでもいいのだが、
おそらく温泉施設の食堂の方がお得だろう。


迷っているあいだに時間は過ぎ、更衣室に出てきた頃には8時10分前になっていた。
この時間からマッサージでは遅すぎる。
更衣室には食堂のメニューが貼ってあった。
よし、焼き鯖棒寿司と卵焼きで生ビール二杯だ。

物事が決まると気持ちがいい。
身も心も爽やかになって食堂に入ったら、
「鯖寿司切れてます」
思わぬ展開にあたふたして、かわりに伊勢うどんを注文してしまった。
伊勢うどんとは、茹ですぎて腰のないふというどんにたまりベースのタレを絡ませたものだ。

卵焼きでビールを一杯飲んで、伊勢うどんを食べてスナックに行った。
お腹は中途半端な感じだったが、
スナックには歌仲間がいて、わーいっと盛り上がった。
家に帰ったらオネムの時間。
マッサージは抜けたけど、サウナ、お酒、カラオケでリフレッシュできた。

なのに鼻が詰まって夜眠れなかったのはなぜ?








↑そういえば、体洗ってないけどクリックしてね。







音も漏れない分厚い扉
おかしい。
確か眠りに着く前に、今日のブログネタが浮かんだはずだ。
全く突拍子もない斬新で奇抜なアイデアだったことは覚えているのだが、
その内容が全く思い出せない。

とりあえず、いつもどおりに起きて、コーヒーを淹れ、
こたつのパソコンの前に座った。
しかし、頭の中は『無』だ。
何かあったと思っているから新たに考える力が残っていない。

こたつに置いてある覚書のメモを見てみる。

『マチュピチュ ボンジョビ』

なんのことだかわからない。

『うへえ ぎゃふん』

なんのつもりのメモだろう。


なにかないか考えながらトイレに行く。
まだ外は暗い。
ものすごい風が吹いている。

まんじりともできず一夜を過ごした、という一文が頭に浮かんだ。
『まんじりする』ってどういうことだろう。
時間があるから調べてみよう。

こたつに戻って辞書を手に取る。
パソコンの横には『机上辞典』が常備されているのだ。
メガネメガネ。

載っていない。
仕方がない。
本棚から広辞苑を引き出した。
メガネメガネ。
なんで一度メガネを外したのだ。

えーと、まんじり・・・
さっき調べたのだが、忘れてしまったのでまた開く羽目になった。
『ちょっと眠るさま。まどろむさま。(多く否定の文をともなう)』

なるほど、よくわかった。
だとすると、私は結構まんじりしているということだ。
毎朝、朝食のあとは出勤時間までまんじりしている。
会社では昼休みにまんじりしている。
夏場は4時に起きるので、朝更新したあと食事の支度までもまんじりすることがある。

こうなるとまんじリストと読んでもさしつかえないだろう。
早めに会社に着きそうだと、近くの神社前に車を止めてまんじりする。
平日にまんじりしているものだから、日曜もまんじらなければならない体になってしまった。
先日は床屋さんであんまり気持ちいいからまんじっちゃって、はずかしかったなあ。

でも、まんじりに関してはちづるにはかなわない。
のべつまくなしにまんじっている。
ちづるがまんじりしなかった日とは、ぐっすり寝ていた日、ということだ。

あ、そういえば、私も昨夜はぐっすり寝てた。
ひょっとして、あの突拍子もない斬新で奇抜なアイデアが浮かんだ頃が、
まんじり状態だったのだろうか。
ああ、だとしたら私はまんじり上手とは言えない。
もうちょっとまんじりがキープできるようにならなくては。







↑結局時間がなくなって慌てているのでクリックしてね。








1


2


3


3


4
実家のものを片付けることばかり考えていてはいけない。
自分の身の周りもさっぱりさせるのだ。
そう思った私は、大物に手をつけることにした。

高校の時、バイトをして買ったベースギター。
若気の至りというやつだ。
楽器の弾けない連中が勢いでバンドを組み、
それからバイトを始めて楽器を買い、
その頃に卒業してしまった。

もちろん、そのあと自分では結構練習したのだが、
部屋でCDを聴きながら、それに合わせて弾く、という消極的使い方しかしていない。
それも数十年前の話だ。
今は部屋の本棚と壁のあいだに押し込まれ、上に紙袋が乗っている。

これから練習を再開することはまずない。
まず、冬場は手がアカギレだらけで痛くて弾けない。
夏場は網戸にしてたら近所に丸聞こえだし、汗だくになるのがわかっている。
春と秋だけ練習してたって上達は見込めない。


私は十数年前タバコをやめた。
その時、灰皿やライターを処分するついでにいろんなものを捨てたりあげたりした。
それで部屋がすっきりしたことに味をしめ、一時処分マニアになった。
本やCDを皮切りに、好きで集めていたキャンプ用品、
一時期ハマっていたスキーやバイク。

これらを全部処分した。
で、今まで一度も後悔したことはない。
あれを手放さなきゃよかった、などと嘆いたことはないのだ。

唯一、後悔するかもしれないと思って売れずにいたのがこのベースギターだ。
しかしこれも思い切る時が来た。
一応ちづるにどう思うか聞いたら、
「売っちゃえ売っちゃえ」
とノリノリだった。


ブックオフで1万円だった。
およそ5ノミニイク。
私が今まで売ったものの中で一番高価だ。
家で眠っているより、誰かに使ってもらえたほうが彼も幸せだろう。

もっと身軽になろうと献血に行った。
「あら、○○町の方ですか。あそこの花火はすごいですよね~」
前回献血してくれた同じ人に当たり、前回と全く同じ話をされた。

さらにもっと身軽になろうと、床屋に行った。
毛がますます細くなり、その範囲が広がったと言われた。
ここだけは勝手に身軽になりつつあるようだ。

ちなみに、ベースギターは四本弦だ。








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弾けはしないのさ
親父の腰痛がなかなか治らない。
お医者さんによると、時間が薬だという。
歳が歳だし、寒い季節なので余計治りが遅いようだ。

寝たきりになったら困るので、母が市に相談したところ、
介護認定がどうとか、という話になった。
そのおかげでデイサービスに行ったり、通院に介護タクシーが使えるようになった。
暖かくなったら、リハビリをしてもらうことにしよう。


さて、これを機会になんて言うと怒られるが、
実家のものを少し整理することになった。
電動で起き上がるベッドを買ったので、古いのを処分したのだが、
これで勢いがついて捨てる気分になったらしい。
ともかく、少しでもスペースを広くせねば動きが取れないのだ。

親父はモノを溜め込むタイプだ。
車庫はものすごいことになっている。
もともと広い車庫でもないのに、下駄箱やら戸棚やらを並べた上、
謎の箱やらカゴやらがあって、車を入れるのが至難の業だ。

部屋も私たちが学生の頃からのものが残っていて邪魔だ。
使っていないステレオがかなりのスペースを占めている。
母親は母親で、使わない鍋などが棚に積み上げてある。
庭には、アフリカの猫の置物や火鉢がある。
もちろん押し入れはいっぱいだ。


細かいものは徐々に捨てるとして、大きなものは手伝わなくてはならない。
実は、一つ目をつけているものがある。
スクーターだ。
およそ十年間、週に一度、町内のゴミ回収場所に行くためだけに使われていた。

もう親父は乗らないだろう。
聞いたら今までにも三回コケたそうだ。
しばらく放置していたのだが、弟が頑張ったらエンジンがかかった。
家族の了解は取り付けて、もはや権利は私にある。
乗ってみて、あまり使わないようなら売ってしまえばいい。

こんな話を会社でしたら、上司Tが欲しいと言いだした。
上司T、彼も私の親父に負けないモノを溜め込むタイプだ。
5000円で買うという。

ここで私は難しい選択に迫られた。
上司に売るのなら名義変更が必要だ。
両親のいる市の市役所に行かなければならない。
となると、仕事を抜けることになる。

大手バイク買取メーカーに売るなら、手続きはあちらがしてくれる。
試しに検索してみた。
ある人が古いスクーターを売った経緯を紹介していた。
すると、13年前の動かないスクーターだったが、店の人が頑張ったらエンジンがかかったらしい。
それがいくらだったかというと、
「廃車費用7000円かかるところが、エンジンが動いたので1000円で済んだ」
ということだ。

これではマイナスではないか。
そんな可能性があるのか。
だったら上司に5000円で押し付けてやろうか。

そう思っていたらオヤジから意外な事実を聞いた。
このバイク、年寄りが乗るからと35キロ以上出ないようにしてもらったのだそうだ。
弟がエンジンをかけたとき、試しに乗ったらスピードが出なかったのだが、
調子が悪かったのではなく、そういう能力だったということだ。

ううむ、そんなモノをあの短気な上司に押し付けてクレームをもらわないものか。
母は早く持っていけと言う。
ちづるは、ウチにはいらないという。
ううむ。








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近道ですか?
それは火曜日、29日のこと、
私はちづるに宣言した通り、いつもの居酒屋に行き、
全く予想外に歌を歌いに行ってしまった。

私が飲みに行く日は、ちづるは勝手に夕食を食べる。
どうかすると、家計子さんとの癒着があからさまなご馳走を食べていたりする。
この日は何かの虫が騒いだのか、大量のカレーが作ってあった。
なんだか色の濃いチキンカレーだ。

コイツはありがたい。
カレーの主原料ターメリックの正体はウコンだ。
肝臓のためにとてもよろしい。
私は本日のシメとして、カレーを食べた。


翌朝は二日酔いだった。
確かダウン絵を描いたはずだ。
そのあとホットカーペットで仮眠をとった。
カレーがあるという安心感でギリギリまで寝ていた。

弁当はカレーだ。
先日紹介した丼型弁当箱にごはんを詰めてカレーをかける。
朝食は、当たり前だがカレーだ。
二日酔いで気持ち悪かったが、おそらく空きっ腹のせいだったのだろう。
カレーのおかげで楽になったような気がした。


夕食はカレーだ。
ちづるが、もうちょっとだけごはんが残っているというので、おかわりをした。
二杯も同じカレーではつまらないと思い。
ごはんに生たまごを乗せて、カレーをかけた。
栄養たっぷりだ。

翌朝ももちろんカレーだ。
でも弁当にカレーを入れるのはやめた。
私の職場には電子レンジがないのであたためることができない。
冷たいカレーライスはちょっと食べにくいということがわかったのだ。
昨日と違って元気なのだから、普通に弁当を作ればいい。


さて、この日の夜はみそか寄席だ。
運転するのでお酒は飲めない。
いつもさっと食事をして出かけてしまう。
まさにカレーにふさわしい日だ。
だが、カレーが続いているから、という理由でラーメンを作って食べた。

ラーメンを食べ終わって、物足りなさを感じた。
そりゃそうだ、普段ならミニチャーハンをセットで食べるのだから。
いや違う。
ラーメンを作っている時にカレーを見てしまったからだ。
悩んだ挙句、悩みを解消するためにカレーを食べた。


みそか寄席が終わると、一緒に行く友人とコンビニに寄る。
時間はだいたい11時半。
何か少しお腹に入れないと、寒いし空腹で寝付けないのだ。
店内で何を買おうか迷っているうちに、ふとカレーがひらめいた。
そうだ、あと少し残っているカレーを食べよう。

そう思ったら心と頭はもうカレーだ。
ちづるはスープ、私は飲み物を買って家に帰った。
冷凍のごはんを電子レンジで解凍し、カレーが少し残っていた鍋に放り込んだ。
温めながら混ぜて、カレーおじやだ。
受験生じゃないのに深夜にカレーおじや、まさに至福の時だった。


それにしてもちづるはどんだけ作ったのだ。








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カレーって描きにくい
年が明けたばかりだと思っていたら、
もう十二分の一が過ぎました。
昨夜が今年最初のみそか寄席。

若手の開口一番のあと、
時代劇マニアの噺家さんの、大衆演劇を舞台にした創作落語、
そしてメインが歌舞伎界の噺『名人小団次』
芝居噺しが苦手なちづると友人Fはウトウトしてたそうです。

持ち上がったのは大喜利。
ゲストの噺家さんが時代劇の話題に持って行き、
そこから『仮面の忍者赤影』『変身忍者嵐』そしてなぜか『仮面ライダー』へ。
若手の子にとっての仮面ライダーって『RX』なんだとか。
なんじゃそれ。


さて、二月のカレンダーでございます。
今年のカレンダーの中で一番最初に思いついた、
いや、その前年のカレンダーを描き終わってから思いついた絵です。

もちろん私は弾けません


思いついたといっても『ピアノ』ってお題だけなんですけどね。
これを描き始めたときの最大のテーマが、
いかにピアノを楽に描くか、でした。
で、大きな紙にザーッと描いたのが楽だったのでこれに決まり。
スクリーントーンを貼ればごまかせる、と思ったのでした。

それにしても日付の書き方は失敗だったなあ。
ちなみに、トケ井の横で踊っているのは、
『メトロ野~村』という名前です。







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