2013年01月

ここでは、2013年01月 に関する情報を紹介しています。
みかんが豊富だ。
みかんは豊富にあると良くないことが起きる。
現に今も、ベルベットグリーンボール化したものが何個かある。
早く食べなくては。

そう思って、テーブルの上のかごには、みかんがこんもり乗せてある。
食後に積極的に消費するようにという作戦だ。

そうなっていると、結構真剣に選んでしまうものだ。
あんまりぴっちりしているのより、少し皮がガボガボしているのがいい。
例えるなら、スキーヤーよりスノーボーダーが脱がしてみたい、って感じか。
これはなかったことにしよう。


先日、ちづるの不審な行動を見つけて取り押さえた。
みかんの皮をむくとき、底のくぼみからむき始めたのだ。
ヘタの方からむけば筋が取れるという説明をすると、
「私はみかんの筋をとることにこだわらない」
などと逆らう。

不良化だ。
何でもかんでも世の習いに逆らえばいいと思い始めたのだ。
もはやコイツは腐ったみかんだ。


さて、皮をむいてしまったみかんには三種類の食べ方がある。
まず、房をばらいて中心側の筋を取り、あやとりのように裏返して食べる方法だ。
中の身があらわになって食べやすいが、これは夏みかんの食べ方だ。
あ、うっかり「夏みかん」を想像してしまったので、どこかが「じゅん」となった。

二番目はばらいた房の中心側の筋を持って、外周側から吸い取る方法だ。
この食べ方をする人は、ちづるがこだわらないあの筋を丁寧に取る。
食物繊維だ、栄養だなどという理由ではなく、
口の当たるところをきれいにしたい、ということではなかろうか。
本当にキレイに筋を取るとクチビルみたいな感触になるので、それが狙いなのかもしれない。

三番目は、房をてきとうなところで分け、そのまま口に放り込むやり方だ。
これが最も一般的ではないだろうか。
もちろん私もこうしている。
おおらかといえばおおらか、雑といえば雑な食べ方だ。

この食べ方でも不愉快な思いをすることがある。
皮をむいたみかんのまずどの房を食べるか。
おそらく、誰もが一番大きい房に手を出すだろう。
その横を中心まで割る。
というよりも、となりの房との接着面をはがす。

この段階で、みかんはパックマンのような形になっているはずだ。
そして、一番大きい房を含めて、自分の口の大きさにあった分量のところではがし取る。
大きい房だったから、それ単独で食べる人もいるだろうし、
全体の四分の一ぐらい一気にいく人もいる。

そうやって、残り二口になったところが厄介だ。
「これなら二つに割って食べる大きさだな」
と思っても、たいていその中心が大きな房だ。
必ずと言っていいぐらい、ちょうど二つになる残り方をしない。
だからと言って、左右の小さい房を集めてバランスをとる、なんて面倒なことはしたくない。
みかんなんて、ポイポイと食べるものだ。

じゃあ、そんなこと考えずにポイポイと食べればいいじゃん、と思った人。
その通り。







↑みかんをスプーンで食べる人もクリックしてね。








八つ当たりやがな
スポンサーサイト
最近、

パソコンの前に座る時間がめっきり減り、

皆様方には、たいへんご迷惑、

また、失礼を続けております。

心よりお詫び申し上げます。

反省しております。

皆様のご健康、ご発展をお祈りいたしております。

ほな。








↑ああ、クリックしてね。







ちょっと予兆がありました
最近、朝起きるのが遅い。
5時に目覚ましが鳴り、それを止める。
スヌーズボタンを押した手を布団の中に引っ込める。
「ぬくーいぬくーい…ありがたいありがたい…うとうと…」

5分後に再びピピピピピ…
スヌーズを押し、
「ぬくーいぬくーい…うとうと…」

さらに5分後…
ということを繰り返し、今朝も布団から出たのは5時半だった。
それもこれも寒いからだ。


昨日初めて履いていった防寒靴は破れた。
センターにあるチャックが、チャックでないところで開きっぱなしになった。
さすが安物の半額。
防寒手袋は、私の肉厚な“手のかかと”がなかなか入らずイライラする。
安物の3割引だったので伸びない素材なのだ。

これらは某ホームセンターの冬物一掃処分コーナーにあったものだ。
実はそこに、もう一つ魅力的な防寒グッズがあった。
『はらまき』だ。
あれは暖かいに違いない。
体のためにもいいはずだ。

だが、私は買うのをためらってしまった。
腹巻には二つの致命的欠陥がある。
その呼び名と見てくれだ。
ハラマキと聞いて思い出されるのは植木等かバカボンのパパだろう。
なんだかおふざけの代名詞みたいなイメージだ。


ここまでで平仮名、漢字、カタカナと使ってみたがどれもカッコよくない。
ここからは学名扱いとして、カタカナで表記するとしよう。

なぜハラマキなのだろう。
腹に巻くからに決まっているが、現代人は老いも若きも男も女も、
「腹」を強調されることはとても嫌なのだ。

名前だけでも嫌なのに、ハラマキを巻くとウエストが一回り太くなる。
この見てくれをなんとかできないか。
正面に腹筋の絵を描くとか、横肉あたりにデーモン小暮の頬のように影を入れるとか、
なんとかスリム感を出す工夫をして欲しい。

サラシの柄にするというのはどうか。
私が思うに、サラシを巻いている人は胴が引き締まっているような気がする。
そして、それを見せたがる傾向にある。
だから「サラシ」なのか。
そして触らしたがる。
やらし。


話がそれたが、腹巻は実際は便利なのだ。
腰にカイロを当てておけるし、財布を入れておけばスられにくい。
チョコレートや飴ちゃんや干しぶどうを携帯することもできるし、
いざという時のために、雨具や護身グッズを備えることもできる。

それでいて、着痩せするハラマキを誰か開発してくれないか。
なあ、NASAよ。








↑すでに何か巻いている人もクリックしてね。







これもフトコロ
今日から仕事の環境が劇的に変わる。
なんと、本社勤務になっていたN岡が戻ってくるのだ。
それも営業や配達の外回りでなく、ワタシと上司Tがしている仕事のサポートだ。
今日は歓迎の気持ちを込めて、おやつを買っていくことにしよう。

さて、問題はなぜN岡がやってくるかということだ。
ほかに変化がないのに、人員だけ増やしてくれるなんて甘い話があるはずがない。

実は、本社に二台ある機械のうち、一台が壊れてしまった。
修理には莫大な費用がかかるのだが、すでに老域に入っている機械だ。
新品、とまではいかないが中古で機械を買うことになった。
ただ、いつでもポンとある機械ではない。
メーカーさんに探してもらわなくてはならない。

というわけで、その機械が見つかるまでの間、
壊れた機会がやっていた分の仕事がこちらに回ってくることになった。
はっきり言って、私の受け持ちの仕事はほぼ倍になる。
無理だ。

そこで、すでに定年していて二時半に帰ってしまう上司Tのあとを埋めるため、
急遽N岡がやってくるのだ。
いわば、やつが仕事を背負ってやってくるということだ。
どうしておやつなんか買ってやらなくてはならない。

まず、N岡は上司Tに着いていろんな手順を覚えてもらわなければならない。
О川とU氏もなるべくサポートしろということだ。
ちなみに、この話を聞いたのが金曜だ。
あまりに急すぎる。
こちらの現場では、仕事が回っていくのかみんなドキドキしている。


そんな時になんだが、ちょっと腰が痛くなった。
おそらく実家の親父にうつされたのだ。
別に動くのに支障があるわけではないが、寒い季節のことだ、
あるとき突然「ポキ」となったら怖い。
何か対策を講じて置かなくては。

私の仕事場は特に寒い。
床がコンクリートなのでしたから寒さが上がってくる。
なので昨日、防寒靴を買った。

ちづるには、
「おっさんまっしぐらやな」
と言われたが、О川のようにパッチをはいたりしていない。
О川は痩せてるからしかたないって、なんでやつの肩を持つ。


N岡におやつを買うと言ったが、そういえば通勤途中に新しいコンビニがオープンしたのだった。
そこに寄ってみよう。
昨日、エディカードに入金したから、それも使ってみよう。

そうそう、先週で三浦しをんのエッセイを読み終わったのだった。
今日からは久しぶりに長編ミステリーでも読んでみよう。


どうでもいいですか。
出だしで『劇的な変化』なんて表現をしてしまったのだけど、
いざ書いてみたら大した変化がなかったので、細かい変化を集めてみました。
ほな。








↑残業は決してしないのでクリックしてね。







ちゃんと起こしてね
私は賭け事はしない。
今まで一度もしたことはないかと言われたら、そんなこともないではないが、
パチンコも行かないし、宝くじも買わない。
馬やボートや自転車に、乏しい小遣いを預ける気にはなれない。
基本的に、お金は増えないものだと思っている。


さて、我らがアベくんがとんでもないことを言いだした。
モノの値段を上げるというのだ。
経済なんてものに関する知識がない上に、
ニュース番組の説明を聞いただけだから間違った理解をしているのかもしれないが、
もしそうだったら、誰か教えてもらいたい。

モノの値段が上がると企業の利益が上がる。
そうやって企業が儲かると社員の給料が上がる。
儲かった社員たちはたくさんモノを買う。
こうして景気が良くなる。

こんな話ではないだろうか。
さっぱり納得できん。
風が吹いたら桶屋が儲かって君の小遣いも増えるから、まずうちわを買ってあおぎなさい、
って言われているような気がする。


このサイクルの発端がおかしい。
モノの値段が上がったとして、企業の利益が上がるためには、
高くなった商品が同じだけ売れなければならないのではないか。
給料や小遣いが上がってない段階で、ただ高くなったものを誰が買うのか。

仮に企業が儲かったとしよう。
で、すぐに社員の給料は上がるのか。
まず、景気が悪かった時の補填をして、
会社や役員さん達の懐が潤ってから、その残りで給料を上げるのではないか。

仮に社員の給料が上がったとしよう。
で、彼らはすぐに浮かれて散財するのか。
まず、ローンをなるべく払って、将来の心配がなくなるだけ貯蓄をして、
それで余った分を消費に回すのではないか。


私にはアベくんが言うようにうまくいくとは到底思えない。
でも、それは私が経済社会のシステムを理解していないだけなのかもしれない。
だとして、これでうまくいくならなぜ今まで誰もやらなかったのか。
それは、これが「賭け」だからなのだと思う。

私の中でこの政策は、理論的に間違いで、最善でも賭け、といった位置にある。
この賭けが失敗に終わったとき、アベくんは持ちこたえられるだろうか。
なにしろ、体調面で心配のあるお方だ。
いい薬があるから大丈夫なんて言っていた。

そういえば、もうすぐ税金が上がるらしいが、
食べ物や薬などの必要なものの税率を下げる話は先延ばしになったようだ。
要するに、なんだかんだなにもかもが高くなるということだ。

いいねえ、アベくんは高い薬が飲めて。








↑ギインはしなくていいから、ほかの人クリックしてね。







流れない計画だよ
私のメイン居酒屋は、オーナーの意向で低価格を最重要課題としている。
そのため、電子レンジやインスタント食品がフル活用されている。
それをごまかすため、あるいは際立たせるために、おかしな名前のメニューが多い。

『永谷園』というのは、インスタントの吸い物を利用した、土瓶蒸し風の汁物だ。
『バンバンジーみたいなの』は野菜と茹でた鶏肉にごまだれをかけたもの。
『ちょこっと湯豆腐』は土鍋で作った豆腐入りの水炊きを小鉢によそったものだ。

少し前から『どこかで見た茶碗蒸し』というのが、日替わりメニューに登場した。
スーパーで百円ぐらいで売っている出来合いの茶碗蒸しだ。
それがプラスティックの器のまま、小鉢に入って出てくる。
温めて、ミツバが乗って250円だ。


これがとても人気がある。
先日、おかんが、
「あーしまったー!」
と悲鳴をあげていたので「どした?」と尋ねると、
茶碗蒸しを買ってくるのを忘れていたのだそうだ。

昨日その店に行ったら、日替わりメニューに『どこかで見た茶碗蒸し』があった。
なので、おかんに、
「今日は茶碗蒸し忘れへんだんやな」
と言ってからかってやった。

すると隣にいたおっさんAが、
「あ、茶碗蒸し注文するとき俺も誘って」
と言い出した。
それを聞いたさらに隣のおっさんBも、
「俺も頼む」
と参加してきた。

私は『ちょこっと湯豆腐』を食べていたので、言ってみただけだったのだが、
二人の賛同者が現れたので、
「では、後ほど」
と言っておいた。


すると、5分ほどして、その向こうにいたおっさんCとDのコンビが、
「さっき注文した『どこかで見た茶碗蒸し』そろそろ作って~」
と言いだした。
するとおっさんBが「おれも!」
おっさんAが「オレも!」
そして私が「ワシも!」
おっさんC、Dの向こうにいたオーナーが「ワシもな」

いくつ作ったらいいかわからなくなったおかんが、
「じゃあ、茶碗蒸し食べる人」
おっさん六人が一斉に手を挙げて、
「はいっ」
幼稚園か。


どうしてこういうことになるのか。
この安物茶碗蒸しは、器がプラスティックなので電子レンジで温められない。
湯煎をしなければならないのだ。
となると、一つでも六つでも手間は同じだ。
なのでなるべくまとめて注文してあげようという、常連おっさん達の心遣いなのだ。
そんなこの店が好き。








↑その後、喉が枯れるまで歌ったものだからクリックしてね。







今年はまだですよ
そっくりさんと言われる人が、本人に似ているかどうかは、
見る人それぞれの感じ方で変わってくる。

例えばある有名人のそっくりさんが二人いた場合、
「目が似ているからAさんの方が似ている」という人と、
「口元がそっくりだからBさんの勝ち」という人があるだろう。
そのうえ「全体の雰囲気が」なんてこともあるから、
一言でどちらが上、とは言いにくいものだ。


みなさんご存知だろうか。
車のナンバープレートにはひらがながついているが、
「お」は使われていないということを。
その理由が「『あ』と間違えやすいから」だそうだ。
つまり『あ』と『お』はオカミがそっくりだと認めたのだ。

でも、我々からしてみたらそんなに似ているとはおもえない。
今使った「おもえない」を「あまえない」と読み間違える人はそんなにいないだろう。
これこそ、全体のフォルムが似た感じだという程度だ。
ただナンバープレートという性質上、遠目に似ているということが問題となったのだろう。


それを言うなら、『る』と『ろ』は似ている。
髪を巻き毛にしているか内側にカールさせているかの違いだ。
このパターンは他にも『め』と『ぬ』がある。
『わ』と『ね』に至っては、外側に跳ねさせている『れ』までいる。

この、髪型の差、というのはひらがなには案外多い。
『い』の右側だけ伸ばしてみた『り』
『さ』と分け方を逆にした『ち』
『う』の一部を立ててみた『ら』
このあたりはあえて変えているのだから、似てはいるがそっくりとは言えない。


もっと重要な点で似ているものがある。
『あ』に似ているとお墨付きをいただいた『お』だが、
どう考えても『よ』や『す』の方が似ている。
こうやって活字で見ていると、差を際立たせてあるのでわかりにくいが。
速書きしたメモなどで見ると本人でも判別が難しい時がある。

ここで微妙なのが『ま』の存在だ。
明らかに二重まぶただ。
しかし、系統が一緒だということはわかってもらえるはずだ。
もっとわかりやすい例が『さ』と『き』だ。
まさに、まぶただけの違いなのだ。

だとすると『は』は二重まぶたの『ほ』に似ているのか。
それともストレートヘアの『け』に似ているのか。
人の感じ方次第なのだろうか。


こんなあからさまに似ているパターンは面白くない。
全く違うようで、よく観察しているうちに似ている面を発見するのが楽しい。
「浜崎あゆみとアラファト議長が似ている」と言ったちづるには感心したものだ。
昨日私が発見した、
「家入レオとゆってぃは似ている」
はちづるに認められた。

さて、私は言いたい。
『か』と『ふ』は似ている。
そんなことないよ、という人、やってもらいたい。
『か』を大急ぎで何度も何度も書くのだ。
すると続け字になってきて『ふ』のようになるから。
どうかすると『ゆ』にもなるから。








↑大人なのに五十音書いてみたのでクリックしてね。







これから色々出てくるのかい?
オウノー!
なんてこった。
もう一月も終盤ではないか。
なんとかしなくてはならないと誓った正月太りは依然キープしたままだ。
こいつはなんとかしなくてはならない。

そこで私は考えた。
自転車で出勤しよう。
そして帰りは遠回りをしてこよう。
体重が減るほどの、べらぼうな遠回りを。

私の通勤路は家から会社までほぼ一直線だ。
スーパーも本屋も居酒屋もホームセンターも百円ショップもその道沿いにある。
サークルKもローソンもあり、ファミリーマートもこの土曜に開店する。
この便利なコースを捨てて、ついでに脂肪も捨てようという算段だ。

北へ上って橋を渡り、川向こうの田園地帯を走ってもいい。
南へ下って伊勢神宮あたりからパイパスを通ってもいい。
むしろ、ゴミゴミした街中より、広い道をカッ飛んだほうが気分もいい。
そうだ、そうしよう。


なのにどうして、帰りになって雨だ。
予報屋、しっかりしろ!
ウエザーなんて気取ってるけど、下座に座らせるぞ。

文句を言っても雨は止まない。
とりあえず雨支度だ。
カバンは大きめのレジ袋に入れる。
手袋と帽子も取らなくてはならない。
これが寒い。

作業服の上に着てきたヤッケは撥水加工だ。
でも防水ではないので、長時間雨にさらされたら滲みてくるはずだ。
準備のいい私は会社にポケット合羽を用意していた。
ヤッケの上にこれをかぶる。
不燃物みたいな格好になってしまったが仕方がない。


会社を出て直ぐに、不具合があることに気がついた。
ヤッケのフードをかぶっているので、首が左右に回らない。
なので、ギョロ目で左右の確認だ。
薄い合羽は風でめくれて、膝がむき出しになってしまう。
だから、ペダルにつま先を乗せ、足首をフル活動させて膝の動きを抑える。

当初の予定はさっぱり捨てて、最短距離で帰るつもりだったが、
ホームセンターに寄ることにした。
長靴と足カバーを買おうと思ったのだ。

いや、どうせ今日はもう間に合わない。
でも、こんな時でもなかったらそんなものを買う気にはなれない。
どこの誰が天気のいい日曜日にふらりと覗いてみたホームセンターで、
いざという時の雨具セットを買おうと思うだろう。
必要が身にしみている時が買い時なのだ。

足カバーは店で入れてくれたレジ袋のまま自転車のかごに入れた。
長靴は買うのをやめた。
ちづるとふらりと休日にホームセンターを覗いた時に、
家計で買ってもらえそうな気がしたからだ。


家にたどり着いた時にはコチコチに凍えていた。
寒い。
いや、プラス空腹で、言うなら『ひもじい』だ。
なんかあったかいものを食べたい。
たくさん食べたい。
こういう時のために蓄えておきたい。

ダイエットを邪魔するのは本能なのだ。







↑自動車って便利だねクリックしてね。








せめて中に入れて
先週はなにかと忙しく、いつもの居酒屋に顔を出してなかったので、
日曜日に開店時間ぴったりに行ってみた。
さすがに一番乗りで、カウンター一番奥の特等席に座った。

おかんと話しながら飲んでいると、バイトのAりちゃんが来た。
だが、お客さんが来ない。
いつもなら日曜でもすぐ満員になるのに、この出足の遅さはなんだ。
でも、女性二人を独り占めしてお話しているのも楽しいものだ。


私がいない時の話も聞いた。
先週、田んぼの用水路でバイクと身元不明の男性が発見されるという事件があったのだが、
それが、常連の一人、Sやんじゃないか、と誰かが言いだした。
Sやんはバイクであっちこっち行くし、推定年齢にも近い。

心配になった一人が電話したら、本人が出て、
「ワシとちがう」
と答えたそうだ。

そこへやってきた別の常連さん。
「あの事故、Sやんと違うかと思って心配で電話したら、
 『その電話、あんたで5人目や』って言われたわ」
と、6人目の前で言ったそうだ。


そんな話で盛り上がっていたら「そうそう」と店に注意報が出ているという話を聞いた。
何やらよくないグループが時々来るのでかかわらないように、ということだ。

30歳ぐらいの女性、3~4人のグループなのだが、
酔っぱらいのおっさんに声をかけては一緒に盛り上がって、おごらせるのだそうだ。
いつもトイレの横の座敷に陣取り、トイレに来たおっさんを誘ったり、
カウンターがいっぱいで座敷に座ったおっさんのところに出張したりするらしい。

で、おごってもらったあと、おっさんが店を出ていくと、
「やったー!」とか盛り上がってる、とAりちゃんは怒っていた。
店側では、出入り禁止も考えているらしいのだが、
常連のおっさんが取り込まれていると言いにくいだろう。

そのグループは金曜によくくるらしいのだが、そのせいで常連が金曜を避けるようになった。
すると奴らは土曜に来るようになり、事前に誰かいるかと電話までしてくるそうだ。
なるほど、それは関わりたくない。

「だから、こみさんもその人たちに捕まらないでください」

「わかった、気をつけるとしよう」

「大丈夫かな~」

「大丈夫、お金持ってないから」

「そんなこと言うとっても、酔っ払ったらきっとおごったるんや、うわ~ん」

そう言ってAりちゃんはカウンターの中に駆け込んでいった。
酔っぱらいは信用がないのである。







↑そりゃそのひとのビジュアルによっては・・・いえ、クリックしてね。







別居していいものか
テレビのトーク番組やインタビューで、
「異性のドキっとする仕草は何?」
という質問がよくある。
私はおっさんなので「くだらん」とか「バカな質問だ」と思うようにしているのだが、
アイドルやイケメンの答えとなると、興味津々の視聴者も多いのかもしれない。

実は私にも、女の人の言動で魅力を感じるパターンがある。
ドキッとするわけではないのだが、なんか「うふ」となってしまう。
俗に言う「萌え」が一番近いかもしれない。
誤解を生みそうでイヤなのだが、思い切って発表してしまおう。

私は、女の人が『おしり』と言うと萌える。

いま誤解した人、
それは誤解です。
いま誤解しようとした人、
誤解しないでください。
いま誤解した体で私をいじろうと思った人、
やめなさい。


私は、毎日こうやって文章を書いているが、
ちゃんと漢字があってもあえて平仮名で書きたいものがいくつかある。
そのトップスリーが、
ふとん、ごはん、おしり、だ。

どれも、あったかいもの、ふんわかしたもというイメージを持っている。
このうち『おしり』だけは女性しか使わない。
私の経験では、男性の98%は『ケツ』という。
おしりは男性にも女性にもあるというのに、この使い方の差よ。
こういうところに『おしり』の可愛さを感じるのだ。

しかし、実際には女の人が男の前で『おしり』という言葉を使うことはめったにない。
会話に『おしり』が出てくるのは『おしり』に何かあった時だ。
「おしりかゆい」
「おしりにデキモノできた」
「おしり割れた」
こういうことは女性同士でしか語られない。


男性と女性でおしりについて話し合われるとしたら、
両者がおしりに接点があった時だ。
一番ありがちなパターンを考えると、女性には不愉快なチカンだろう。

私は電車にもバスにも乗らないので、ドラマでしか痴漢シーンにお目にかかったことはない。
となると『おしり』が出てくるかどうかは、演出の仕方にかかってくる。

「キャー、チカン!」
なんてセリフだったら、これは事件だ。

「あなた、今さわったでしょ!」
これは、争いの始まりだ。

「いま、おしりさわったでしょ!」
これなら、二人の出会いのシーンになり得る。
このように『おしり』には人間関係の角を取り、暖かく包み込む力があるのだ。
ああ、おしりっていいなあ。
おしり・・・


えーと、このクダリはなかったことにしてもらえませんかねえ。
誤解するな、という言葉がカラすべりしていくような、
なにかこう、スーッと潮が引いて行くような感じがするんですが。
だれか、同意してもらえる男性、いませんかー。








↑あのー、女性の方もクリックしてね。







座りがいいのか悪いのか

緑丼

今年になってから弁当箱を変えた。
というか、それ以前はサンドイッチやおにぎりだったのだから、
会社での昼食のシステムを変えたと言っていいだろう。
つまり、弁当を持っていくことにしたのだ。

この季節に弁当を変えるとしたら、ランチジャーになるのが当たり前だ。
しかし、残念ながら、私の弁当はアイスのままだ。
ただし、形だけはほかほかの象徴、丼型になった。
冷たい丼をフォークで食べるという、あまり魅力的でない昼食だ。

どうしてこんな弁当になったのか。
答えは簡単、気になる弁当箱を見つけちゃったからだ。
ご紹介しよう。
これが私の弁当箱だ。

けっこう入る

今までも、毎朝ちづるの弁当は入れていた。
ちづるの弁当用のオカズを作り、残りは朝ごはんのおかずになる。
悔しいのは冷凍食品だ。
レンジでチンすればすむおかずは、余分に作る必要がない。
だから我が家で買った冷凍の弁当オカズは100%ちづるが消費していた。

それが、弁当を持つようになって、私もそれを食べられるようになったのだ。
いつも大きい方を私のに入れることにしている。
そこは作り手に裁量権があるのだ。

ともかく私の弁当は丼なので。オカズはごはんの上に乗ることになる。
この広範囲を埋め尽くそうと思ったら結構な量が必要だ。
オカズが物足りない時は、ごはんにコンブなんかを埋めておく。
深さがあるからおかず配分が難しいのだ。

こうして今や、私の弁当の残りをちづるの弁当に入れているような形になった。
ふふふふふ。
ま、ちづるの側に何も変化はないのだが。


さて、どうして私がこの弁当箱を気に入ったのか。
お気づきの方はすでにお気づきだろう。
この弁当箱、丼だと言ってはいるが、瀬戸物ではない。
色からもわかるように、最近流行りのグナグナした素材だ。
その特性を生かし、食べ終わったあと、折りたたむことができるのだ。

けっこう縮む


ほーらごらん。
写真を撮る角度がわるいのでわかりにくいが、
折りたたむと丼時の三分の一の厚みになる。
食べてしまったら持ち帰る時はコンパクトなのだ。

しかもやり方は簡単。
グイッとやるとペコンとなる。
これ以上わかりやすい説明があるだろうか。

この、ペコンっとなる力がなかなかすごい。
中間の形ではいられないのだろう。
グググと力を入れていくと、瞬間的にペコンっとなる。

先日、弁当を食べ終えて、ペコンっとした。
すると、中に残っていた鮭の骨がポーンと飛んでいった。
弁当が入っている状態でペコンっとならないように気をつけなくてはならない。

でも・・・ちょっとやってみたい。








↑トケ井色をチョイスしたのでクリックしてね。






すごいバネ
ちづるが風邪で寝込んで三日。
ようやく回復の兆しが見えてきた。
一人暮らし気分もこれでおしまいだ。

しかし、今回のちづるの霍乱で、やつが寝込むと私が寒いということがわかった。
やはり一人だと暮らしの手を抜いてしまう。
お風呂のお湯を流してしまったあとは、面倒なのでシャワーにした。
我慢がなくてすぐ出てくるので、あまり温まった気がしない。
でも一人だとお風呂を入れるのがもったいないような気がしてしまうのだ。


食事の時間には薬を飲むためにちづるも起きてくる。
胃がカラだといけないのでうどんを作ってやる。
洗い物も自分ですると思うと、食器をあまり使いたくなくて、
自分が食べる分はお惣菜を買ってきてしまう。

ビールを開けて、食べ始めるとオカズが冷たいものばかりだと気づく。
食べながら寒くなってきて、お酒を熱燗にする。
ちづるが食べないので、ご飯も冷ご飯が残っている。
あとでお茶漬けをしたりするが、やはり最初に熱々のメインディッシュが必要だ。


ちづるは薬を飲んだら寝てしまう。
見たいテレビ番組はない。
録画してある愉快な番組は一人で見たら怒られる。
仕方がないので自分の部屋に行く。

リビングだと、ガスストーブとホットカーペットでとても暖かい。
自分の部屋はこたつだ。
それだけではあまりに寒いので、古い電気ストーブを出してきたが、
ビジュアル的に寂しげで寒そうだ。
窓の外では北風がピープー吹いている。


なんと、ちづるが寝込むと会社でも寒いのだった。
私が思いつかなかったのは洗濯だ。
さて、着替えて出勤しようと衣装ケースを開けたら、ほぼカラだ。
これはうかつだった。

仕事の時に着ている長袖のヒートテックの肌着がない。
その上に着るトレーナーも薄いのしか残っていない。
靴下まで厚手のはみつからない。

というわけでこの土曜は、
半袖Tシャツ、長袖、ベスト、作業服、で出勤した。
この冬一番の冷え込みだ。
О川に「どうしてジャンパー着てこないの」と言われた。
しまった、気づかなかった。


はっ、そういえば今週は飲みに行ってもいない。
これでは心が冷え込んでしまうわけだ。
常連仲間は、風邪でもひいたんじゃないかと心配しているのではないだろうか。
これはいかん。
飲まなさすぎて、ダウン絵を描いてしまうかもしれない。
日曜だけど飲みに行こう。








↑お昼のカレーヌードルは暖かかったのでクリックしてね。








バカンスは南へ
一月も半ばになって、今年の目標を決めていないことに気がついた。
ここ数年、いや数十年、いやいや、生まれてからずっと、
『飛躍の年』というのを経験したことがない。
今年は飛躍を目指して『チャレンジの年』にしていこう。

チャレンジとは新しいことに挑戦するということだ。
私がこれまでの人生で体験していないことをやっていこう。
実は、前々からやってみたいと思っていたことがいくつかあるのだ。


まずは、着ぐるみに入ってみたい。
最近は、ゆるキャラブームもあって、着ぐるみを目にすることが多い。
こんな田舎でも、ショッピングセンターのイベントで出会うことがある。
あの中は一体どうなっているのだろう。

人間、自分の姿が隠されていると、積極的になれたりするものだ。
舞台に立つ人が、サングラスをかけたり化粧をしたりすると、
観客に威圧されることがなくなるという話を聞いたことがある。
それならば、全身が隠れてしまう着ぐるみは最高の変身アイテムだ。

とはいえ、周りからどう見えているかは重要だ。
だからどんな着ぐるみでもいいというわけには行かない。
ともかく、視界がキャラクターの口というタイプはダメだ。
無節操なガキどもが、そこからこっちを覗いて、
「人はいっとる~」
とか叫ぶからだ。

しかも、可愛らしいゆるキャラでは、そのガキをどつくこともできない。
どついたとしても、ふわふわのお手てでは効果がない。
むしろ、調子に乗ったガキどもに、仕返しのローキックをされるだろう。

そもそも「にっこにこ~」とか「ぱお?」なんてポーズをやらされるのはイヤだ。
もう結構な年なのだ。
人間の尊厳が守られる着ぐるみがいい。


となったら悪だ。
なんといっても怪獣がいい。
視界は数個の穴だから見通しは悪いだろうが、覗き込まれることはない。
しかも、子供が寄ってこない。
ナマハゲみたいに泣かしてなんぼだ。

動きも媚を売るような真似をしなくていい。
破壊の限りを尽くせばいいのだ。
ミニチュアの街を壊して回るのは、A級レベルの男子の憧れだ。


ただ、あれはものすごい体力がいるらしい。
しかも中はすごく暑いらしい。
だから臭いらしい。

いやだいやだ。
着ぐるみには入りたいがそんな思いはしたくない。
となると、仕事で着ぐるみに入るのは私の理想ではない。

自分の好きな怪獣の着ぐるみを作って、
自宅で趣味でそれを着て、マイミニチュアの街を破壊する。
それが私の希望なわけだ。

これには結構な費用がかかるだろう。
となると、結局私の今年の目標は、
やっぱり金や金や。








↑着ぐるみたちもあの指でクリックしてね。







足、どうなっとるの?
ちづるは熱はないものの、相変わらず凄まじいノイズ声でダウン中だ。
夕食もうどんを半分食べただけで、薬を飲んで寝てしまった。
私は一人であるものを食べ、ちょっとテレビを見て洗い物をした。
なんだか一人暮らしのお年寄りの気分だ。

そういえば、今週は買い物したり実家に行ったりで飲みに行っていない。
サウナでリフレッシュしようとした予定もポシャったし、
カラオケで発散もしていない。
これではどんどん老化していくわけだ。

ともかく、風邪だけは引くわけにいかない。
一番の敵は睡眠不足だ。
なるべく早く寝てしまおう。

10時になったのでパソコンを終了しお風呂にいった。
が、べらぼうにぬるい。
ボイラーの音はしているのに、夏場のプールぐらいの温度だ。

はっ、
ボイラーが動いているということは、まだ沸かしている途中ということではないか。
そういえば「お風呂が湧きました」を聞いていない。
パソコンをいじっている途中でお風呂スイッチを入れに来たが、
押したからといっていつでもお風呂に入れる魔法のボタンではなかったのか。

だいたい、昨年末に交換したこの新ボイラーは気に入らないのだ。
お風呂が湧いた時の音もなんだか甘っちょろい。
前のボイラーは、ピピピッ、ピピピッと厳しかった。
まるで、ムチを持ったロッテンマイヤーさんが、
「アーデルハイド、お風呂が湧きましたよ!」
と言っているようだった。

それがこの新ボイラー、例えではなく現実に、
「♪ちゃらんぽらんちゃらんぽらん」
と聞こえるのだ。
まるで親父の通っている整骨院のリハビリ機のようだ。


ともかく、こんなぬるいお湯に入っていたら風邪をひいてしまう。
一旦出たとして、部屋の暖房は全部切ってあるから、温まるまでには時間がかかる。
とりあえず、お湯を沸かすのをか諦めて、シャワーにした。
まずは温まることが先決だ。

そこそこ温まったら体を洗う。
シャワーのお湯は蛇口に切り替え浴槽にドバドバ入れる。
体を流すのは浴槽のぬるいお湯だ。
これをガバガバ浴びて、浴槽内のお湯の入れ替えを図る。

だいぶお湯が暖かくなってきたので、浴槽に使って追い焚きボタンを押した。
入っていて寒くない温度だから、半身浴のつもりで温まるのを待とう。
と、思ったのだがはたと気づいた。
このお湯が温まったら私は出る。
そしてこのお湯は流してしまう。

これはあまりにもったいないのではないか。
温まるのを待って捨てるのだ。
それならば、シャワーで温まった方が経済的だ。

だとしたら、あれができるのではないか。
そう、男子のあこがれ、浸かったままお湯抜きだ。
こんなチャンスはめったにない。
私は浴槽の栓を抜いた。


うはははは、どんどんお湯が抜けていく。
お湯を溜めるよりもすごい勢いだ。
ちょっとかかとで栓をしてみる。
おお、すごい吸引力だ。
どんどん水位は下がっていき、肩が出て、膝が出て、胸が・・・

いかん、寒い!
私は慌ててシャワーを浴びましたとさ。
風邪ひきませんように。







↑人生ぬるま湯だからクリックしてね。








なぜその風呂を外に出した
一昨日、ちづるがハスキーボイスになっていた。
あらステキ、内藤やす子の『六本木ララバイ』歌ってほしい、
なんて思っていたが、
次の日には「ごっつぁんです」が似合うような声になっていた。

昨日は仕事が終わったあと実家に行っていて、
家に帰ったらちづるの車はあるのに部屋の明かりがついていない。
まだ7時過ぎだというのにもう寝ていた。
これはえらいことだ。
我が家の人員の半数が風邪に感染してしまった。


ちづるは、私への配慮か、喉が痛いからか、マスクをして寝ていた。
外から帰ったら手洗いうがいで予防をするのは当然だ。
なら、家に風邪菌がいるかぎり、家でも予防策を採らなくてはならない。
とりあえず、外から帰ったので手洗いうがいをして、
食事をしたあと、また手洗いうがいをして、私もマスクをかけた。

さて、寝る時間だ。
今や寝室は雑踏に等しい菌の温床となっている。
ウイルスが「ウィ~ッス」と私の体を訊ねてくるのだ。
やはりマスクを外すことはできない。

とはいえ、やっぱりマスクをしていては眠りにくい。
息苦しいような気がする一方、予防として完全でない気もする。
念のためヴィックス・ヴェポラッヴを塗って寝ようかと思ったが、
マスクをしていてはヴィックス・ヴェポラッヴの効能も半減だ。

そこで、マスク内クリーン化作戦を実行することにした。
まず、のどにピュっピュとする薬をのどにピュッピュとする。
そして、鼻の下とあご、ほっぺなど、マスクに隠れる部分に、
ヴィックス・ヴェポラッヴを厚塗りする。
範囲がせまい分、量を増やして蒸発時間を長くする段取りだ。


こうしてマスクの中は爽やかになった。
イメージとしては、荒涼たる惑星に作られた、ドーム型の居住空間だ。
その町の外では、未知の病原体が電磁場の雷とアルゴンの台風の中に満ち溢れている。
しかし、そこから完全に遮断されたドームの中は、
浄化された大気と、快適、安全が保証されたパラダイスなのだ。

ああ、そんな世界に住むことができた私は幸せ者。
外のことなんて気にもせず、安眠の庵に落ちてゆく。

が、夜中に目が覚めた。
1時47分だ。
鼻が詰まって喉が渇いている。
どうした、ドームに穴があいたのか!

私はあわてて洗面所に行き、うがいをした。
のどにピュッピュとして、ヴィックス・ヴェポラッヴを塗る。
マスクをつけて鼻深呼吸を繰り返すと、鼻が通った。
再び眠りにつく。


朝、普段の時間に起きた。
とりあえず、風邪の症状は出ていない。
ホッと一安心だ。
だが、これで感染していなかったらSFとしては面白くない。
私は保菌者として会社に行き、実家に行き、居酒屋に行き、サウナに行き・・・








↑発熱、悪寒の人もクリックしてね。







ヴェポラッヴ塗るぞ
最近、マニュアルがないと料理ができない人が多くなったと聞いた。
調味料を少々、と言われてそれがどのぐらいの量かわからない。
煮るとなったら何分煮るか教わらないとできない。
ともかく完全にレシピだよりなのだそうだ。

それも仕方ないことかもしれない。
西洋のなんだかわからない料理が当たり前に家庭でつくられるようになったし、
電子レンジやなんでもつゆは、時間や量を守らなければならないのだ。
ソースやスープの材料を買って作るより、レトルトの方が安かったりする。

ただ、この曖昧な部分が作り手の味の部分ではないだろうか。
味付けの分量は感覚で、オリジナルの隠し味を入れたりする。
必要かどうかわからない一手間を加えたり、必要な手間を省いたり、
ときには知らない料理を勘で作ってみたり、
こんなことが面白い。


しかし、どうしても時間や分量を知りたいことがある。
経験や勘で作ったら台無しになるおそれが有り、
確かめながらするとしたら、あまりにめんどくさいことだ。

実家でもらったそばがあった。
かなり太めの生麺だ。
ビニール袋にふた玉だけもらったので、説明書もなしだ。
だが、生だから早く食べたほうがいい。

母親に電話で聞いたら、説明書はないという。
「1分茹でたら十分やったよ~」

うそだ、そんなはずがない。
母はそうめんでも煮詰めて流動食のようにして食べるタイプだ。
このそばの太さで1分なんてことはありえない。
絶対になにか勘違いしている。

実際に茹で始めて1分後に確かめてみたら、表面の粉が落ちた程度だった。
ざるそばにするなら茹で直しもできるだろうが、寒がりのちづるはかけそばを望んでいる。
つゆをかけてしまったら取り返しがつかない。
こまめに確かめるしかない。

結局、7分茹でて固めのかけそばを食べた。
やはり麺類は情報が欲しい。


実家で乾麺のカレーうどんをもらった。
これも大袋から二人前だけのおすそ分けだ。
そばの経験があった私は、賢くもちゃんと麺の茹で時間と、
スープを溶かすお湯の量を見て帰った。

人間の脳とはうまくできているものだ。
ひとつ覚えると一つ忘れていく。
茹で時間は6分ぐらい、と覚えていたが、スープの量は忘れてしまった。

だが、それはそんなに一般のものと違いはないだろう。
こんな時は経験が物を言う。
300ccでいいだろう。
二人分で600ccのお湯を沸かし麺を投入した。

これが間違いだったことは素直に認めよう。
麺はあっという間にお湯を吸い付くし、汁気の多い焼きうどんのようになってきた。
しかも、あとで入れると書いてあった粉末スープを、
面倒だからと先に入れたものだから部分的に焦げつつある。
慌ててお湯を足したが、6分までは我慢しなくてはならない。

ここで私はふと気がついた。
ひょっとしたら、これはスープを丼に作って、茹でた麺をそこに入れるタイプなのではないか。
だとしたら、麺はたっぷりのお湯で茹でる必要があったのではないか。
なのに300ccの水に豚肉や白ネギや油揚げまで入れてしまった。


さて、ちづるが実家でうどんをもらってきた。
スープはついていなくて、麺は半生タイプだそうだ。
半生て。








↑ちづるが茹で過ぎにうるさいのでクリックしてね。







説明書をよくお読みください
私の住んでいるところは、田んぼとビニールハウスばかりの田舎だが、
およそ1キロの範囲内でたいていの買い物ができる。
私が引っ越してくる数十年も前、田んぼの真ん中にバイパスが通った。
そのバイパス沿いにあらゆるチェーン店がズラリと並んだのだ。

ここの一角に、昨年ある回転寿司チェーンが店を出した。
『くら寿司』だ。
これがなんと『かっぱ寿司』のとなりにできた。
そこから見える範囲に『スシロー』もある。

こうなるとお客は三店を回転して食べ比べる。
私の身の回りでも、どこがいいだの、あっちがうまいだの、
よく一般素人市民の評論の対象になっている。

さて、私はこのうちで『かっぱ寿司』に一度行っただけだ。
えらいことに、どの店も混んでいるので行きたくない。
だから私は比べることができない。


ただ、その三店でどこがうまいかという話は無意味だと思う。
まず、このチェーン店は一皿百円の店だ。
安物の中で一番を決めるなんて、レベルが低すぎるではないか。
せめて市内で一番美味しい寿司屋で競ったらどうか。
こういうくくりにしたら、たいてい、高いお店では食べていないのだ。

それに、寿司というのは種類が多い。
特に、こういう回転寿司チェーンでは複雑怪奇な新メニューを開発して、
べらぼうな種類の商品がある。
これを全部吟味して順位をつけることができるだろうか。

さらに、寿司というのは、基本は酢飯に生魚を乗せたものだ。
魚は自分の会社で作ることはできない。
魚自体に個人差があるはずだ。
さらに、大きな魚になればどの部位が使われるかでも差がある。
同じトロでも内側か外側か、上か下かで違うだろう。

では、もっと調理されたメニューで比べるか。
でも、炙り方で差が出るか。
玉子焼きや鯖の締め方で比べられるか。
唐揚げやうどんや味噌汁で比べて、寿司の優劣がつけられるか。

こうなると、はっきり差別化できるのは酢飯だけだ。
酢飯の酸味や甘さこそが店の差だろう。
だが、そんなものは個人の好みだ。
人それぞれだ。

だから、回転寿司を語るなら「どこがうまい」ではなく、
「どこが好き」と言え。
実際、店側も寿司の味自体より、値段や新幹線や当たりくじで客寄せをしているのだ。
だいたい、普段はこんでいてイライラするから食べるものが美味しく感じられない。
空いている時は美味しいものが回っていない。

こうして私はスーパーの寿司を買う。
で、どこのスーパーの寿司がうまいかというと・・・








↑いい寿司は実家でおよばれするのでクリックしてね。







具のねえ寿司はただの飯だ
たしかここに



えいっ



ないか・・・



がっかり







↑ご利用は計画的にクリックしてね。






土曜日。
ちづるが出勤なので普段通り起きるつもりだったが、
目覚ましを数回余分に鳴らして5時半ごろ起きた。

パソコンとこたつのスイッチを入れ、トイレに行き、
うがい手水に身を清め、ホット黒酢を作って部屋に行く。
よし、オロナインの話を書こう。
そう決めてこたつに入る。

しばらくしてケータイを持ってないことに気づいた。
一階に降りたとき持つようにしていたのだが、
黒酢を持つようになってちょいちょい忘れる。
あれのアラームは6時半のタイムリミットにセットしてある。
時間はわかったとしても、鳴りっぱなしでは電気の無駄使いだ。

ネタ書きに詰まったタイミングでケータイを取りに行く。
昨日、作業服から全てのものを出したからそこにあるはずだ。
だがない。
その近辺を引っ掻き回して探したがない。

そうだ、昨日は飲みに行ったからお出かけ服のポケットだ。
だがない。
上着のポケットにも中のジャージのポケットにもズボンのポケットにもない。

実は私は寝ぼけていて、ちゃんと二階の自分の部屋に持っていったのではないか。
ない。
羽織っていた綿入れハンテンのポケットにもない。


ここで、ふと思ったことがある。
昨日着ていた上着のポケットは浅いような気がしていたのだ。
ひょっとしてどこかに落としてきたのだろうか。

頭の中で記憶をたどる。
いつもの居酒屋に行き、いつものスナックに寄り、
その帰りに中古CD屋に寄り、牛丼を食べて帰った。
これは、居酒屋とスナックはまず電話をしてみなくてはならない。
あ。電話がない。

ひょっとしたら家の近くの可能性もある。
玄関で鍵を出すときかもしれない。
夜が明けたら見てみるとしよう。

それより、誰かに拾われたとき、見られて困る情報はないか。
受信メールは、ちづるが買い物に行く時の「買うものあるか」ばかりだ。
送信メールは、「飲みに行く」ばかりだ。
メモには、エレカシの買ってないCDと、
プリンターのインキ番号ぐらいしか入っていない。


ここで気づいた。
6時半になれば目覚ましが鳴る。
家の中、あるいは玄関先にケータイがあるとすればわかるはずだ。
四本毛の絵を描きながら時の来るのを待つ。

がるるるるぴんぽろぴん

鳴った!
思ったよりも近い。
寝室だ。

そうだ、思い出した。
昨夜寝床に行ったら、ハンテンのポケットにケータイが入っていて、
忘れるといけないから、ベッド横の本棚に置いたのだった。

この本棚がカラーボックス系の薄い板なので、
バイブの振動音がけたたましい。
ちづるももうすぐ起きなきゃならない時間だが、
もうすぐ起きなきゃならない時間に起こされるのはとても腹が立つものだ。
人は、起きなきゃならない時間までは寝ていたい。

慌てて寝室に飛び込み、ケータイを取ってアラームを止める。
ちづるを起こしてしまったか、と思ったが、
やつは文鎮のように寝たままなのであった。








↑みんなそういう経験あるはずだしクリックしてね。







隠れているのではありません
「あら、ほっぺにごはんつぶが」
それを奥さんがそっと取って食べちゃう。
なんてことは我が家ではない。
ご飯粒のように見えて、実はモンシロチョウのサナギである可能性があるからだ。

でも自分がごはんをよそっていて、手についたご飯粒は食べる。
行動が粗雑なのか、ご飯粒どころか、ミニおにぎりぐらいの塊が手にこぼれることもある。
やはり私も日本人だ。
お米を粗末にすることはできない。

しょうゆというものもよく手につく。
なぜか親指のつけ根あたりによくつく。
チュッと舐める。
カレーうどんを食べていると、カレーはむやみやたらにはねる。
手に飛んだのは、チュッと舐める。

玉子の白身が手についたら、髪に塗っておけと子供の頃言われた。
髪のために玉子はいいのだそうだ。
だが、手についたときついでに塗るぐらいでは効き目がないらしく、今はこのザマだ。

この玉子の白身を除き、たいていの場合手についた食べ物は舐めてしまう。
ただ食事中だと逆効果なこともある。
ハンバーガーなんか食べていると、ケチャップやマヨネーズが手につくが、
それをチュッとやるとえらいことになる。
口の周りがオーロラソースまみれになっているからだ。

納豆を食べてる時もも気をつけなくてはいけない。
たれが手にちょっと飛んでチュッとしたら、手から口へ送電線が渡る。
その糸をとろうと反対の手が出たら、もはやあやとり状態だ。


さて、食べ物の時は行き先が口に決まっているからいい。
塗り薬の場合はどうだろう。

チューブのオロナインなどは、圧力の具合が難しく、
ちょっとだけ出すつもりが「啓蟄か」と思うほど出てしまうことがある。
必要量を必要なところに塗った残りはどうしたものか。

この場合は、手の甲に塗る。
オロナインは手荒れにもいいのだ。

しかし、指先のアカギレにビンタイプのオロナインを塗るのは難しい。
傷口の奥までオロナインが入るようにしようと思うと、かなり広範囲についてしまう。
そのまま手に擦り込んでしまえばいいようなものだが、
アカギレの時はオロナインを塗った上に絆創膏を貼りたい。
ところが、オロナインが付いてしまったところは絆創膏の粘着力が効かないのだ。

指先の余分なオロナインはどうするか。
私はほっぺたに塗る。
ひげ剃りあとがヒリヒリするタイプなのだ。

余分に出たムヒでもほっぺたに塗る。
なんとなく蚊よけになりそうな気がするからだ。
ヴィックス・ヴェポラッブは塗った手がぬたぬたになる。
これもほっぺたからあごにかけてぬたくってしまう。
蒸発した分が鼻に届きやすいからだ。

だからほっぺたについたご飯を取ってもらえないのだろうか。








↑パン食の人もクリックしてね。







ごはんつぶをね
今日はおっさんの話を三つ。


私の親父は、いま腰を痛めて通院中。
ともかく、起こすのも立たすのも、
病院で車椅子に乗せるのも手伝ってやらなくてはならない。
寝たきりにならないか心配していたのだが、ちょっと調子が良くなってきたようだ。

この親父、口は達者だが、耳はとても遠い。
耳元で大きな声を出さないとこちらの話は通じない。
おまけに入れ歯を外すとフガフガ言っててなかなか聞き取れない。

病院の待合室でも何やらフガフガ言っていた。
耳元に顔を寄せて、
「なんやて?」
と聞くと、またフガフガ。

もうちょっと大きい声を出して、もう一度、
「なんやて?」
と訊ねたら、今度は大きな声で、

「お前、息臭い」

誰かさんを持ち上げるのにスタミナが必要なんじゃ。


   ※


馴染みの居酒屋の今年初めて行ったとき、
女将さんの旦那、通称おとんが、左手に包帯を巻いていた。
聞けば暮れに転んで、左手親指を剥離骨折、靭帯断裂という大怪我だそうだ。
そんな状態で飲みに来ていていいのか。

なのに二軒目に行くと言い出して、みんなでスナックに行った。
そんな状態で歌っていていいのか。
そんなことはお構いなしでどんどんカラオケを入れていく。

そして、自分が歌う番が来たら、
完全に固定されていた左手にマイクを入れて歌い始めた。
違和感なし。
マイク用に固定されていたかのようだ。
聞けば左利きなのだそうだ。


   ※


上司Tが紙を切る仕事をしていると、O川が次に切る紙を出してきた。
O川はちょうど荷物の出し入れをしていたので、必要な商品を出してくれたのだ。

O「これ、そのへんに置いとくよ」

T「なんや、それ」

O「次に切るもの」

T「なんで次に切るって勝手に決めるんや」

O「伝票出とるもん」

T「今日切らへんかもしれんやろが」

O「今日が納期なの」

T「そやけどすぐ切るとは限らんやろ」

O「ほかに切るものないやろ」

T「急ぎの注文が出るかもしれんやないか」

0「そしたら、これどうするの!」

T「そのへんに置いといて」

こんなに必要ない会話があるだろうか。








↑おっさんも反おっさんもクリックしてね。






生ものはおやめ
今年もたくさんの年賀状を頂いた。
その多くには例年にない苦労の跡が伺える。
なぜなら、今年の干支「へび」が可愛くないからだ。

いま「へび」と書いたのはなるべく可愛く感じてもらうためだ。
大人らしく漢字を使うと「蛇」だ。
ああ、なんとおどろおどろしい。
干支は「巳」ですよ、なんていわれても、ものが「蛇」なんだから仕方ない。
「蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われる」という言葉の片割れなのだ。

蛇の一番の特徴は手足がなく長いことだ。
では、生物をかわいいキャラクター的に描こうとしたらどうするか。
なるべく丸くする。
これはむずかしい。
一番の特徴を打ち消しては、可愛いものができたとしても、別物になってしまう。

例えば、鯛。
横から見たらそこそこ丸いが、実物は平ペったい。
これをキャラ的にしようと太らせたら、絶対鯛ではない。
鯛の体をなさない。

逆もある。
本来可愛いものは邪悪なものになりにくい。
ショッカーがポメラニアンを怪人に改造しなかったのはそのためだ。
「怪人ポメラニアン男」
もしこうなったら、「男」の精神部分が気の毒だ。


そもそも、なぜヘビは干支の一員に入れられたのか。
ヘビはよく財産の象徴とされることがある。
蛇も夢を見たり、脱皮した皮を財布に入れておくと、お金が貯まると言われる。

「ふふふ、アタシの言うとおりにしてたらお金が貯まりまっせ」
ああ、やはりこのキャラクター、邪悪でしかない。

それよりも、守り神的な要素を重視されたのかもしれない。
確かに近寄りがたい風体は、神秘的なイメージを抱かせる。
そのへんがオーディションに合格した理由かもしれない。

だとしたら、年賀状で可愛く描くのは間違っているのではないか。
むしろ、畏れをいだかせるよう、リアルに描いた方がいいのではないか。
いっそ、写真を使ったほうが縁起が良いのではないか。


こんなことを平気で書けるのも、私はヘビが嫌いではないからだ。
毒があるかもしれないから、急に出てきたらびっくりはするが、
ちょっと遠目で見つけたら近寄ってみたくなる。

しかし、ヘビ嫌いな人のことも考えよう。
嫌いなものというのは自分ではどうしようもない。
私が大嫌いなのはクモだ。
絶対可愛く描けない。
年賀状で来て欲しくない。

ありもしない設定で気分を悪くするのはやめよう。
鬼が笑うかもしれないが、先のことを考えたほうがいい。

来年の干支は「馬」だ。
特徴は馬づらに長い足。
うーん、これも可愛くはなりにくいなあ。








↑正月の定番がところてんでなくてよかったねえクリックしてね。







糸も出すよ
時々、心の叫びを漏らしたりしているが、
毎日更新を目指していると、やっぱり書く事のない日がある。
全く何も思い浮かばない時は、本当に途方に暮れる。
朝、更新をしているので、締切の時間はみるみる迫ってくるのだ。


だが、ときには書きたいことがあるのに書けないことがある。
これはこれで辛い。
こんなに面白いことがあるのに、みなさんにお伝えできないなんて~、
と身をよじって悔しがっている。

例えば、誰かの本名や住所に関わるネタ。
これは発表できない。
私は昔、ある居酒屋で間違った苗字で覚えられていて、
なのに間違った名で呼ばれていることに数年も気づかなかったことがあった。
この話を発表しようとしたら、私の名前を公開しなくてはならない。

それから、不謹慎な話。
少々の不謹慎はおもしろいこともあるが、
あるレベルを超えると、読む人が不快に感じるだろう。
汚い話も同じだ。
結構笑えることもあるが、お食事中の人からクレームが来そうだ。

能力的に無理、という場合もある。
複雑すぎてうまく説明できないとか、
専門的なあまりに誰にも通じないことは、すんなり諦める。

他にも書いちゃいけないパターンはある。
それは、たとえばこんな、と例を挙げるのも難しい。
私は思いついたらそれを吐き出してしまわないと、次が出てこないタイプだ。
なので、こういう書きたいのに書けないネタがあるときは辛い。


まれに、書きたいことがありすぎて書けない時がある。
これが一番悔しい。

面白いダジャレネタを思いついたとしよう。
こんな時の私はノリノリだ。
仕事中もずっとそのことばかり考えている。
メモを取りながら「あー明日の更新は決まった」などと浮かれている。

ここへ季節ネタが思いついたとしよう。
今が旬という情報は、豊富に耳に入ってくる。
そこからなにか思いつくことも多い。
例えば今なら、正月ネタだ。
おせちや、餅や、福袋の話は今書いておかないと古くなってしまう。

気持ちはダジャレがやりたくて仕方ないのに、優先順位では季節ものが先だ。
それより優先なのが、時事ネタだ。
事件、芸能スクープ、選挙などのネタはその日でなければ鮮度が落ちる。
あとになって、それに絡んだおもしろいことが浮かんだ時は、
本当に悔しくて地団駄を踏む。

こうなるとダジャレネタを使うのはあさってになってしまう。
そんな時に限って、上司Tが愉快な大失敗をしたりするのだ。
そうなったら、それが書きたくて書きたくて仕方ない。
だけどそれは、いつでも書けることなのだ。


ああ、あれもこれも書きたいのに書けない辛さよ。
全部書けばいいじゃん、と思う人もいるかもしれないが、
もちろん時間もないし、何よりもったいない。
順番を決めて、一つずつ書いていくしかないのだ。

当然のことだけど、そんなパターンはめったにない。
ちなみに今日は、全く何も思いつかなくてひねり出した日だ。








↑背中をかいてる人もクリックしてね。







中身もスカスカやな
テレビで都会のニュースを見ていたら、福袋の特集をやっていた。
若い女の子たちが早朝から行列を作って、有名衣料店の福袋を買い集め、
路上で叩き売りの如き声を上げて、交換会を繰り広げている。
この光景は、もはや正月の風物詩になったような感がある。

一番感じるのは、女の子たちのたくましさだ。
良いものを安く手に入れるためには、努力を惜しまないその姿勢。
男子も見習わなくてはならない気がする。


と、言ってはみたが、私にはできない。
中身が何かわからない袋をお金を払って買うなんて、
どう考えてもギャンブルではないか。
私はパチンコにも宝くじにも野球にも相撲にも関わらない人間なのだ。

ただ、過去に一度だけ福袋を買ったことがある。
それは年越しの神宮参拝で人のごった返すおはらい町のある店だった。

伊勢神宮への参道になるおはらい町にはいろんな店が並んでいる。
和の布製品の店、焼き物食器の店、伊賀組紐の店、
竹細工の店、招き猫の店、版画の店、ロウソクの店、

私が福袋を買ったのは、お香の店だった。
こんなこと公表したことはないが、私は結構お香が好きだ。
今も部屋には和風のものと、竹ひごを使ったアジアンなものがある。
ただし、知識はない。
趣味というほどの力の入れようはしていないのだ。

だから、そのお店に入ったとき、お香は欲しいが何を買えばいいのかわからなかった。
なにしろ専門店だからその種類はものすごい。
自分の好みの匂いなんてものも把握していない。

その時に目に付いたのが福袋だった。
ともかくお香関係のものが入っているには違いない。
そして自分で選ばなくてもいいのだ。
数ある中で二番目に安いやつを選んだ。

中身はお香のセットと、お香用の灰皿。
あとゾウの顔のぬいぐるみが紐の両端に付いているもので、
説明を読んだら、靴に入れて匂いを取るためのグッズらしい。
もう一点何か入っていた気がするが、もう忘れてしまった。


さて、我が社の店舗でも福袋を売っている。
年がら年中売っている。
もちろん中身は紙ばっかりだ。
これが結構売れているらしい。

こんなことを公表すると申し訳ないが、入っているのは残り紙が多い。
そこに良さそうなものを混ぜているのだろう。
色紙、折り紙、メモ用紙、和紙、カード紙、ハガキ、
他にもパッケージ関係のクッション材やリボンなども入っているらしい。
リピーターが多いというから、気に入ってもらえているのだろう。

なんだか宣伝みたいになってしまったが、もうひとつだけ言っておきたいことがある。
「じゃあ、ウチでも福袋を売ってみようか」
と思った商店の方。
我社では福袋用の袋も売っていますよ。
ウチの福袋にそれは入ってないと思うけど。








↑行列に並ぶ人はクリックしてね。







中古ですが
一月五日は仕事始めでもあったが、居酒屋始めでもあった。
馴染みの居酒屋がこの日からだったので、去年から行くと決めていたのだ。
仕事を少し早く終わらせてくれたので一番乗りを目指したが、
既に三組のお客さんが入っていた。
そして見る見る間に、満員御礼となった。

実はこの日、私は二つのアイテムを持っていた。
開店からしばらくは大忙しだったので、
バイトの子も来て余裕が出てきた頃これを出した。


まずはクリスマスの写真だ。
そう、私が生まれて初めてトナカイになった日だ。
この日の二人のバイトのうち、一人は当事者だ。
その時いた人もいなかった人も「見たい見たい」と大騒ぎになって、
常連さんに回されていった。

天然赤鼻の自分の姿を見られるのは恥ずかしいが、
その時いなかった常連さんにはちょっと自慢できる。
サンタの格好の女の子たちと大盛り上りだ。
「そうそう、あの時は・・・」
と回想をはじめる人もいた。


もう一つは、年越し参りのときおかげ横丁で買ってきた千社札だ。
女将さんとバイトの子の名前を書いて、お年玉用のポチ袋に入れた。
お礼を言われると困るので「お金じゃないよ」と言って渡したから、
中身が何か興味津々だ。


女将さん、通称おかんがまず「いややー」と声を上げた。
彼女は、オーナーに人柄を見込まれて初めて客商売をした人だ。
「いつまでこんなことするんやろ」
と普段から言っていたので、
『百まで頑張れ』を入れておいた。

バイトの一人は怒り、一人は喜んでいた。
一方は『ぼけ』もう一方には『美人』と書いてあったからだ。

『ぼけ』のSなちゃんは、メニューを見たお客さんに、
「お茶漬けって(具は)なに?」
と訊かれ、
「ごはんにお茶をかけたものです」
と答えたつわものだ。

この『ぼけ』の文字のあいだには甕(かめ)の絵が書いてあって、
『封』の字が貼ってある。
『ぼけ封じ』の札だ。
だから、ボケないためのおまじないだよ、と慰めた。

かたや『美人』と書いてあって喜んだMえちゃん。
これには最初にうちわの絵があり『美人』の文字の下には鈴の絵と「マス」の文字。
だからこれは、
『うちは、美人に、なり(鳴り)ます』と読むのだよ、と教えてあげた。

「じゃあ、今は美人じゃないってことじゃん」と激怒。
帰るときには「美人になりますから!」と睨まれた。

これがしかし、なかなかみんなにウケて、
今日は休みのバイトの子の分まで開封して大笑いになった。
常連さんには、
「お前はえらい、よく盛り上げた」
とほめられ、おつまみは全部おごってもらった。

そしてこのままスナックになだれ込み、
演歌限定カラオケ大会へと突入していくのであった。








↑ひょっとして嫌われたのかもしれないけどクリックしてね。







露骨だもんね
人間の原点は食にある。
成長、活動、思考のすべてのエネルギー源として、
人は何かを食べなければ生きていけない。

そして人間は一人では生きていけない。
数多い人間関係によって支えられ、また自分の役割をこなし、
社会の一員として文化的生活を営むことができるのだ。

食と人間関係、その縮図が台所にある。
人とのつながりは、キッチンに表されているといっても過言ではない。


「パパ」は胡椒、つまり「ペッパー」だ。
「ママ」は食器洗剤の「ママレモン」
「お兄ちゃん」はハチミツ「ハニーちゃん」
「弟」は冷蔵庫の漬物「おこうこ」
「ねえちゃん」はティッシュの「ネピア」
「妹」は「もらいもののうどん」

ここまででかなり無理があるなんて思ってはいけない。
人間関係というのは無理が生じるものなのだ。

「じいちゃん」はショウガ、つまり「ジンジャー」
「ばあちゃん」は「番茶」
「大ばあちゃん」は「トウバンジャン」だ。
「孫」は簡単「たまご」でいいだろう。

「亭主」は「清酒」
「妻」は「つまようじ」
「息子」は英語でサン、つまり酸、というわけで「酢」にしてください。
「娘」は脱臭剤の「ノムスメル」

「しゅうと」は「シュトロー」
「嫁」は「養命酒」
あまり表に出てこない「婿」は「キムコ」

「おい」は「オイル」
「めい」は「メイド服」
「いとこ」は「糸こん」
「はとこ」は「東ハトとんがりコーン」

読み方は自分で工夫して。
省略するところは自分で考えてね。

「学校の先生」はもちろん「ティー(茶)」
「生徒」はスチューデントだから「シチューの素」
「校長」は「包丁」
「クラスメイト」はビールのために冷やしてあるでしょ「グラス冷凍」

「師匠」は「白しょうゆ」
「弟子」は「ダシ」
「恋人」は「コーヒー(微糖)」
「カレシ」は「カレーシチュー」
「元カノ」は・・・「味の素」かの。

「大家さん」は「お野菜」
「おとなりさん」は「電子リンジン」
「スナックのルミちゃん」は「アルミホイル」で
あそこにいるのは「上海帰りのグリル」
「決着のついてないライバル」は「ケチャップのついてないフライパン」だ。

え、ワタシ?
当然「タワシ」よ。








↑「ジンジャーってじいちゃんみたい」って思ったのをここまで広げたのでクリックしてね。







外ですよね
昨日は腰痛の親父を病院に連れて行った。
今でこそよちよちと歩けるようになったが、
一時は起き上がることもできなかったようだ。
原因は加齢と運動不足、おそらく食べ物の好き嫌いもあるだろう。

「人間の体は便利にできているというが、
 ちょっと不具合が起こったらこのザマや」
と不満を述べているが、あんたは神か。

ともかくタイミングが悪い。
痛いのが我慢できなくなって救急車を呼んだのが12月23日、連休中日だ。
なぜ、痛いのなら平日のうちに病院に行っておかない。
この時は腎臓が原因ではないかと疑われたのだが、関係ないことが分かり、
整形に行ってくださいね、と言われて終わりだった。

そして一月一日の朝、八時過ぎに母から電話がかかってきた。
親父がベッドから落ちて動けないので、ベッドに上げてくれというのだ。
弟と連絡を取って駆けつけたが、あまりに痛がるので二人ではどうしようもない。
結局救急車の厄介になって上げてもらった。

さっとやってきて、パパパッと着替えまでさせてくれて、
「いつでもためらわずに電話してくださいね」
と言って去っていった。
なんとありがたいことだろう。


実はこの間にもう一度救急車を呼ぼうとしたことがある。
整形の医者に行くのにどうしても起きられないので救急車を呼ぶと言っていたので、
夕方会社から電話してみたら、行っていないという。

母が電話をしたら、
「その番号は現在使われておりません」
と流れていたというのだ。
どうやら「199」に掛けていたらしい。

「間違えてかけたやろ」
と言ったら、
「いいや、ちゃんと199にかけた」
と自信満々だったから、間違いなく間違っている。

そこで間違っていることに気づくものだと思うのだが、
「この間来てくれたとき、父ちゃんが重たかったから出てくれへんのかもしれん」
と思ったそうだ。
そんな救急があるか。

そこでハッと気がついたように、
「だからこの間は消防署につながったんかねえ」
そこは合っている。
救急車は消防署だ。


今回は命に関わるような自体ではなかったから良かったものの、
年寄り世帯で救急に電話ができなくてどうするのだ。
というわけで、正月の実家ではこんこんと説教をしてきた。
親父には聞こえてないようだが。








↑ドップラー効果でクリックしてね。







ともかく一人じゃ無理
明日5日は初出勤の日だ。
土曜日なんだからいっそ休みにしておけば、
と思うのだが、残念ながら私はそれを決める立場にない。
仕方がないので出勤に向かって、生活のリズムを取り戻す努力をする。

大晦日は年越しで遊んでいた。
家に帰って寝たのは、もう一日の朝4時だった。
会社に行く日は朝5時に起きるのだから、
このリズムの狂い方は半端ではない。

元旦はちづるの実家に行き、遅くまでテレビを見て盛り上がってしまった。
見た人は知っていると思うが、
なんで正月早々『ドリル対鉄板』てな企画で夜ふかしをせねばならんのだ。
結局この日も、寝たのは日をまたいでからだった。

二日は私の実家に行っていた。
帰ってきたのは早かったのだが、実家で昼寝をしてしまったからか、
なんとなくぼーっと起きていてしまった。
寝たのはちょうど0時頃だったか。

昨日三日はちょっとお出かけしたぐらいで、あとは家のことをしていた。
そろそろいかんと思い、11時には寝た。
そして今朝起きたのが5時半。
だいたい体内時計を戻すことができたのではないだろうか。


次は食だ。
大晦日の晩は友人宅でご馳走を呼ばれ、
神宮で餅を食べ、シメにはおかげ横丁の雑踏の穴場でにゅうめんを食べた。

元旦の朝、暮れから腰痛で寝ている親父が来てくれというので、
雑煮だけ食べてでかけた。
なんとおとそも無しだ。
昼は朝の雑煮の汁にうどんを入れて食べた。
夜はちづるの実家ですき焼きだった。

二日の朝も雑煮。
ちょっと変化を持たせたくてカレー味にした。
昼は私の実家で寿司とおせち。
そのままダラダラ過ごして、夜はおせちの残りでお酒を飲んでご飯でシメた。

三日の朝、雑煮だ。
ともかく餅は早く消費しなくてはならない。
昼は「もういやだー」と叫んでラーメン屋に行った。
ラーメンとミニカレーライスのセットにした。

夕方から、早く消費しなくてはならないおせちの残りで一杯やりながら、
早く見てしまわなくてはならない「決して笑ってはいけない」の録画を見た。
見終わってから「もういやだー」と叫んでインスタントラーメンを食べた。

今朝、焼いた餅を梅茶漬けにして食べた。
これで、ウチが買った餅は終わりだ。
でも、こちらのリズムは戻さない。
実家でもらった大きな切り餅が20個もある。
餅は緑に赤青黄のクリスマス柄になる前に食べきらなくてはならないのだ。

明日は出勤だが多分朝食は餅だ。
ちづるは休みだからご飯を炊かないだろう。
日曜の朝も餅だろう。
おやつは親父の実家がくれた栃餅だろう。
冷凍庫の奥からは、以前もらった市販の切り餅が数個見つかった。

ああ、早く出勤してピーナッツが食べたい。
朝は納豆ごはんが食べたい。
日曜にはバタートーストが食べたい。
飲みに行きたい。

こんなに食は偏ったのに、
出る方はリズミカルです。







↑もちろん!クリックしてね。








知らない人にはワケのわからん絵ね
一日二日と実家周りをしてきた。
どちらも年寄り世帯なので、今年はおせちを買ったそうだ。
残ったのもいらないからと持たされた。
しかし、ホントはもうおせちにはうんざりだ。
実際、美味しいものは入っていない。

「よろこぶ」から昆布。
「めでたい」から鯛。
「苦労してもマメに」で黒豆。

まっすぐ伸びるようにゴボウ。
見通しがいいようにレンコン。
腰が曲がるまでという意味でエビ。
要するに、おせちってダジャレかなぞかけなのだ。


ところが、この風潮は崩れかけている。
まず言いたいのは、腰が曲がるはずの車海老が真っすぐにしてあったことだ。
本末転倒ではないか。

最近の売っているおせちには妙なものが入っている。
チーズやらハムやらイカになんか詰めたのやら中華クラゲやら、
なんだか本来の目的から外れたものが多い。
ちゃんとダジャレを考えてセッティングしてもらいたいものだ。


まず、現状のおせちを考えよう。
どうしてシイタケが入っているのだろう。
どう考えても『虐げられる』を連想するのに。

最近はローストビーフなんか入っている場合があるが、
あれは肉つまり『憎い』につながるから良くない。
白菜は『クサい』、マグロは『グロい』、玉子は『エグい』
正月早々こんな言葉は使いたくないだろう。

ダイコンは『遺恨』が残りそうだし、
刺身は『シミ』が残りそうだし、
麸のまんじゅうは『不満』が残りそうだし、
アク抜きしたエイの京風煮は『悪影響』が残りそうだ。


悪いものを廃止して、どんどん縁起のいいものを入れていこう。
縁起がいいなら、まずは『エリンギ』だろう。
そして最も良く使われる『テキにカツ』
きっと勝つの『キットカット』も忘れられない。

「ツボにはまる」なんて言葉もできたことだし『ウツボ』はどうだろう。
波風が立たない「凪」を考えて『うなぎ』
「なごむ」から『あなご』
ヨリを戻す『サヨリ』
なんか長い魚ばっかりになってしまった。

景気が増して欲しい人は『クリスマスケーキ』を入れるといい。
理科系の大学を目指している人は『ふりかけ』
就職先を探している人は『シューショクリーム』
「あなた行かないでー」というひとは『イカ納豆』
「うふ」と笑いかけて欲しい人は『とうふ』


誰かー、
ブログネタにオチが欲しい人にふさわしい食べ物、知りませんかー。







↑正月ボケが抜けるようにクリックしてね。







どういう世界だろう
覚えてるでしょ


この絵に見覚えがあるだろうか。
そう、大晦日の更新に使った絵だ。
実はこれ、年賀状用に描いて、ちづるにボツにされたものなのだ。

ちづるはいとも簡単に、
「年賀状用の絵を描け」
と言う。
しかし、これが案外大変だ。
正月風アイテムには限りがある。
なのに毎年描くのだから。

モチに門松、獅子舞、羽根突き、コマ回し。
おせち、たこあげ、初日の出。
もう新しくは思いつかない。
しかも今年は干支が蛇だ。
どうしても見た目が良くない。


ちづるに催促されて、テキトーに6枚描いた。
その中から選んでもらおうと思ったのだが、
「ロクなのがないな」
と言われてしまった。
そのロクでもないのを使おうというこの勇気。

すごろくだよ

なんか楽しくない。

かまぼこのつもりだよ

雑にも程がある。

たこあげだよ

辛気臭い。

これもだよ

味を出そうとしてもっと辛気臭くなった。


ま、これでテキトーに描いた絵も無駄にはならずにすんだということだ。
新年早々、良いことをした。

では実家に行ってきます。







↑ダウン絵でもいいとおもうんだけどクリックしてね。







お前を売るぞ