2012年09月

ここでは、2012年09月 に関する情報を紹介しています。
今日は普段より一時間遅い六時に目覚ましをセットしておいた。
寝室を出て外を見る。
雲は多いが青空も見えている。
なんでやねん。


先日もここで愚痴ったばかりだが、
ここ一ヶ月、休日の天気に恵まれず、畑が耕作放棄地みたいになっている。
他の仕事はあとでもいいとして、ダイコンの種まきだけはしておきたい。

昨日の土曜は私は休みの番だったが、
上司が孫の運動会だというので交代した。
その当時の週間予報では、この土日はお天気、ということだったのだ。

なのに、遥か南の海で発生したトワイライト風雨、
略してとゎい風が、まるで餌でも見つけたかのように進路をこちらにカクッと曲げて、
一時間に数百ミリという大よだれを垂らしながらこちらに向かって来た。
ミリバール改めヘクトパスカルは、900代前半というオーモーレツなやつだ。

こんな暴れん坊のとゎい風、略して台風が、
本日夕方にもお伊勢参りにやってくると予報されている。
雨にも風にも気をつけなさい、家の周りは片付けなさい、
こんなこと言われて、誰が朝から種まきができると思うのだ。

はっきり言って、もう今日の畑仕事は諦めていた。
だから、昨日の会社帰りに、畑に混ぜ込む堆肥を買いに行くのをやめたのだ。
昨夜はヤケになって、普段よりたくさんお酒を飲んでしまったのだ。
だから普段よりも朝寝をしたのだ。


それがどうだ、この天気。
「ようやく涼しくなって、畑仕事も楽にできますねえ」
なんてセリフでも吐かせようと言うのか。
秋を感じて、いわし雲で一句詠めとでも言うのか。

だまされるものか。
種を蒔くだけとは言っても、以前刈った草を片付けて畝を耕さなくてはならない。
そうやっているうちに、ポツポツ雨が当たってくるに違いない。
種を蒔こうか、という頃には畝が崩れるほどのどざざ降りになっているのだ。
あるいは、種蒔きが終わったあと、どざざ降りで種が流れてしまうのだ。

そう、仮に仕事が出来たとして、本日夕方には台風、略して㈹がやってくる。
どうせすべてを台無しにしてってしまうのだ。
そしてこういうに違いない。
「せっかく家の周りを片付ける時間をあげたのに、種を蒔いてただって?
 ははは、そいつは傑作」


もう気持ちはすっかり萎えていた。
誰が種なんか蒔くものか、とゴロゴロする気マンマンだった。
そこへこんなウナギの匂いだけ嗅がすような真似をしやがって。
ほらほら、今カーッと外が明るくなってきた。
ふん、どうせ朝ごはんを食べた頃にはうすらどんよりするくせに。

でも、草だけでも片付けられるかもしれない。
ヒマワリを刈る時間ぐらいはあるんじゃないか。
ああ~、中途半端な天気め。
降るなら降る、晴れるなら晴れる、一日単位で決めんかい!


で、この台風、今日の夜にはこの地方を直撃するような話なのだが、
今夜のみそか寄席はどうなのだろう。
明日のネタはできたようなものだな。







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原因不明
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最近では“ナルト”というと忍者のことらしいが、
私らの世代が思い出すのは、やはりラーメンだ。
うどんに入っていることもあるが、その場合少し違和感がある。
まあ、かやくうどんなら許可を出さないわけでもないが、
なるとの主戦場はラーメンといってもいいだろう。

とはいえ、かやくうどんを置いているうどん屋も、
なるとの入ったラーメンを出す食堂もとんと見なくなった。
うどん屋は、和風料亭のようなたたずまいで、洗い物の多い定食か、
単品でも、手で持って食べられないような巨大丼の店ばかりだ。

なるとの入ったラーメンを食べられるのは、
かやくうどんのあるようなうどん屋か、町の食堂ぐらいだ。
どちらも急速に姿を消しつつある。
そのせいで、最後になるとを目にしてからもう随分になる。
私の中でなるとは絶滅危惧種だ。


それでこんなことをいうのはなんなのだが、
なるとはあんまり美味しくはない。
かまぼことはちょっと違うような気がする。

ただし、手間はかかっているようだ。
あの赤いうずまき、周囲のギザギザ、
どうやって作っているのかは知らないが、視覚的には訴えてくるものがある。

やはりなるとの必要性は見た目だろう。
なるとが入っているようなラーメンは地味だ。
具はネギとシナチク、少しもやしが入っている可能性もある。
チャーシューはとても薄く、ゆで卵のスライスが入っていたらバンザイだ。
この淡白な色合いに華を添えるのがなるとなのだ。


だが、わたしはなるとにそれ以上の意味を読み取った。
なるとを見て思い出すのは鳴門の渦潮ではない。
サザエのフタだ。
そう、なるとにはフタの役割がある。
なるとというフタをしたラーメンは、トッピングを許さない。

最近のラーメンには、ラーメンの自体のバランスを崩すとしか思えないトッピングがある。
尋常でない量のもやし、口に残るほどのネギ、まるごと一個の煮玉子、
スープが冷めてしまうほどのチャーシュー、目を突きそうな海苔。
これらは下品だ。
素朴が信条のラーメンにこんな暴挙を許さないために、なるとはそこにいる。

先程も言ったように、なるとの存在意義は見た目にある。
なるとが隠れてしまったら、なるとはそこにいる意味がないのだ。
だから、なるとが入っているようならーめんには、
なるとが隠れるようなトッピングはできない。

万が一、トッピングの下からなるとが現れるようなことがあったとしたら、
そのなるとは、忍者のナルトなのだ。







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二つ入ってたのね
メモ魔と呼ばれる人種のグループがある。
何でもかんでも書き残してしまう人たちのことだ。
メモ好き、メモマニア、メモキチ、メマーなどでも良さそうなものだが、なぜかメモ魔。
マ行でまとめたかったのか。

私にもそういう一面がある。
ここに書くネタを思いついたら書き留めておくし、
パソコン前のコルクボードには、それ以外にもいろんなパスワードやら、
検索しようと思ったことやらを書いたメモが貼り付けてある。
手元のカレンダーには履歴を見たかどうかをチェックしている。


だが、果たしてメモ魔とはそういう人たちのことだけをいうのか。
違う種類のメモ魔も存在するのではないか。

たとえば、メモ帳のコレクター。
文具店などで売っている、いろんなメモをコレクションしている人がいたとしたら、
もちろんその人だってメモ魔だ。
文庫本のように、メモ帳を本棚にズラリと並べている人がいないとは言えない。

他人のメモを集める人もメモ魔の一種だろう。
芸能人のサインを集めるように、いろんな人が書いたメモを収集する人。
間違いなくメモ魔だ。
額縁に誰かのメモを入れて飾っているかもしれない。

自分の書いたメモを作品として発表するアーティストもメモ魔だろう。
メモの数でギネスを目指しているメモ魔。
古代からのメモの歴史を研究しているメモ魔。
今まで存在しなかった新しいメモを発明しようと日々研究しているメモ魔。
世の中にはいろんな種類のメモ魔がいる。


さきほど私は一番オーソドックスな種類のメモ魔の一面を持っていると書いた。
実はもう一つ、別の種類のメモ魔でもあるのだ。
それはメモ作り魔。
仕事の一環ではあるが、私はやたらとメモを作っている。

私が勤めている会社は紙を扱っている。
紙というのはいろんな理由でハンパ物、余り物ができる。
それらをただ捨てるのではもったいないので、できるものは再利用する。

薄紅むらさきブルー

これは、最近作ったメモだ。
暇な時間があったので、残り紙を切ってのりをつけた。
これは少ない方で、場合によってはキログラム単位の量ができる。

また、色の組み合わせによっては、ちょいと味のあるのができたりする。
できたものはほとんど事務所に渡すのだが、
それはサービス品になったり、いい物は商品として売ったりもしている。

やまぶきみどり

内緒だけど、厚手の紙だと事務所があまり喜ばないのでもらっていくことがある。
それを居酒屋などに持っていくと、結構喜ばれるものだ。
酔っぱらい仲間にあげると、たいてい一杯おごってくれる。

メモを作って、それで一杯飲んでいる男。
これもメモ魔の一種ではあるまいか。
会社の人が読んでいませんように。







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起きられるかな
懸垂もできるトレーニンググッズをネットで発見。
24000円のものが今なら6000円とお買い得だ。
これさえあればダイエットは必ず成功する。
と思ったんだけど、送料が2600円もするので買うのをやめた。

ついにティファールのフライパンがダメになった。
休眠していた鉄製のフライパンを出してきたのだが、
メンテナンスに必要な油引きがギトギトだ。
新しいのを買おうと百円ショップに行った。
が、なんだかプラステック製の安物ばっかりだ。
ギトギトの上にアルミホイルを巻いて使うことにした。

私はまだケータイを買い換えたことがない。
世の中ではスマートホンが大流行りだ。
ケータイを腰に付けるケースさえ、スマホ用しか売っていない。
そろそろ時代の波に乗る時が来たのではないか。
いや、やっぱり今のが壊れるまでは使おう。


ある朝、自転車で出勤しようと思ったら、自転車の後輪がぺしゃんこになっていた。
パンクかもしれないので車で出勤し、帰宅してから空気を入れてみた。
どこからも空気の漏れる音がしない。
パンクではないのだろうか。

翌朝になると、少しタイヤが柔らかくなっていた。
どうやら少しずつだが空気が漏れているようだ。
現状を知るため空気をいっぱい入れてこれで出勤してみた。
一応信号では自転車から降りて様子を見る。
会社まではなんとかたどり着いた。

夕方、確認してみるとまたもや空気は半分ぐらいに減っていた。
ひょっとしたらムシが悪いのだろうか。
以前、自分でチューブを交換したことがあるが、もう二度とあんな面倒をしたくない。
はっきりパンクだとわからないが、自転車屋さんに持っていこうか。


この現状をO川に話すと、
「もう買い換えてもいいんじゃないの」
と言われた。

私の自転車はジャスコで1万円で買ったママチャリで、
もう十年以上乗っている。
かごは歪み、あちこち錆だらけで、チェーンにも油っけがない。
ベルを鳴らしても「ジャリ」としかいわないし、
ペダルをこぐと謎の摩擦感がある。

実はもうしばらく前から、ホームセンターなどの自転車売り場では目をキラキラさせていた。
15000円も出せばずいぶんカッコいい自転車が買えるのだ。
折りたたみなのにタイヤが大きくてこぐのが楽。
ハンドルはおしゃれにカーブしていて、小ぶりな荷台がかわいい。
これに私がまたがったなら、イタリアの陽気なフリーターに見えるだろう。


「どうでしょう」とちづるに訊いた。
「金ならない」という返事だ。
「もう十年も乗っているのだぞ」と食い下がった。
「まだ十年しか乗っていないのか」と知らんぷり。

ちづるの言いたいことはわかっている。
「おのれがパソコンが壊れた時のためにちまちま貯めているあの小銭で買えや」
そう思っているのだ。







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無理でした
ボツ
フンだ。
ぎゃー!

タイマーセット忘れとったー!

目覚めたらすでに6時15分。

誰かビンタして~








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寝やすい季節になったからねえ
9月5日にここに書いた、
『マイひどい音楽ベスト10』の第二弾が始まった。
先日、いつもの居酒屋に行ったら、バイトのMちゃんが、
「Fさん、もうCDくれましたよ」
と言うではないか。
早速私も作らねば。

今回のお題は『バイトのMちゃんが元気が出る音楽ベスト』だ。
審査員のMちゃん自身のリクエストによるお題だ。
そりゃ、おっさん二人のひどい音楽自慢を聞かされてはたまらんだろう。

今回は、対戦相手Fくんの要望でルールが少し変わった。
CD一枚に収まるなら曲数はどれだけでもOK。
確かに10曲では少ないかもしれない。
手持ちのCDを引っ掻き回して、私は17曲を選んだ。


困るのが曲順だ。
最初私はジャンル分けで構成を考えた。
男声曲>民族系>女声曲>おまけ
とりあえず、オープニングとエンディングは決まっていたので、
それを基本にそろえたらこうなった。

ところが、ちづるに意見を聞いてみたら、ごっちゃの方がいいと言う。
歌がなかったり言葉の意味がわからない民族系で飽きるというのだ。
なるほどそれも一理ある。
ただ、そうなると順番が難しい。

誰でも知ってる有名曲もあれば、全く無名の民族音楽もある。
ハードなロックもあれば、かわいい系もある。
曲の始まりにインパクトのあるものは効果的に使いたい。
似たタイプは続かないほうがいいだろう。

私の先入観もある。
アルバムで最初の方に入ってきた曲はオープニング向きだと思っているし、
ラストだった曲なら、終わりの方に入れるものだと刷り込まれている。
しかし、そうするとトップにしたい曲と、締めに使いたい曲ばっかりだ。


なんどもその音楽を聴きながら、メモ帳に入れた17曲のタイトルを、
あーでもないこーでもないと入れ替えること、およそ90分。
とりあえずの順番が決まった。
どうせMちゃんは知らない曲ばかりなのだ。

なにしろ世代が違いすぎて、こちらがかなり有名な曲だと思っていても、
あちらにしてみたら未知の曲だ。
知っていたとして、懐メロ扱い。
トコロテンを知らないっていうぐらいなんだから。
悲しいけれど、それも都合がいいと思おう。


で、決まったのがこれ。

カラフル

もちろんMちゃんはヨンホンゲなんてキャラは知らない。







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最初にして最後の曲だよ
先日、お出かけ中にベンチに座って休憩していた。
ちょうど私の視線の先に、一人のおばあさんが背中を向けて座っていて、
その横に、シルバーカートって言うんだっけ、
手荷物なんかを入れられる手押し車がたたんで立てかけてある。

そのカートには、おばあさんの名前なのだろうか、
『スシダ』
と大きくマジックで書かれていた。


一体どんな字を書くのだろう。
まず、頭に浮かんだのは『寿司田』だ。
そう、お腹も減っていた。
なんとゴージャスな名前だろう。
一面寿司の田んぼだぞ。

『鮨田』という可能性もある。
とたんに粋になった。
一杯飲みたい気分になる。
魚へんに旨いだなんて、こんな素敵な字が苗字に使われていたらたまらない。

もう一つ『寿し田』であることも期待してしまう。
この場合は筆で書いてもらいたい。
特に『し』は、こんな『J』の裏返しみたいなんじゃなく、
まっすぐ下に伸びて、ちょっと上の方にクビレがあるような書き方がいい。
『すしでん』というお店と間違われるかもしれないが。


ちづるにこのことを教えてやった。
すると『須志田』ではないかと言う。

つまらん。
せめて『す』は『酸』を選べないものか。
これだったら全く寿司と無関係とは言えない。
ささやかながら楽しみが残っている。


こうなると名前の方も気になってくる。
ちなみに、もう亡くなったが、私の父方の祖母は『わさ』といった。
なんだか少し関連があるようでうれしい。
でも、親戚ではないと思う。

ありそうなのは『寿司田まき』だ。
おばあさんには結構インパクトのある名前があるから『がり』もあるかもしれない。
『寿司田てつか』だったらうれしいんだけどなあ。
さすがに『寿司田かいてん』はないだろうなあ。
顔を見ていないから、実は外人で『スージー』って可能性もないではない。


それにしても、実在する人の苗字でふざけてすいません。
ちなみに、6行目で『スシダ』と打って変換した段階で、
ちづるの言った『須志田』が候補に入ってました。
ああ、パソコンって夢がないのね。







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こんなベッド欲しい
なんということだ。
雨が降っているではないか。
もう知らん。
ひっくり返って手足をバタバタさせて「んもー!」と泣き叫んでやる。


8月26日のことだった。
炎天下、超草取りをした。
役目を終えたトウモロコシと、その周りにはびこる草どもを根から丁寧に取った。
水分の摂取と頭の冷却に気をつけながら、曲がった腰を伸ばしながら、
お昼すぎまでかかってきれいにしたのだ。

その日のブログを見てみると、写真が貼ってあり、その仕事量がわかる。
そのあとで両足が攣ったあの日だ。
あまりに疲れすぎて抜いた草は所々にまとめたままで、
片付けるのは今度にしようと、身を案じて帰宅したのだ。

あれ以来、畑に行っていない。
いや、ちょっとピーマンやゴーヤを収穫に行ったことはある。
しかし、あの時の草の山は枯れてはいるが今もそのままだ。
切らなければならないヒマワリも哀れな姿のまま立っている。
夏の早い段階で終了したキュウリもネットにぶら下がったままだ。


それもこれも雨のせいだ。
ともかくこちらの地方では毎週休みには雨が降っている。
晴れたとしても、朝まで降っていたら畑はドロドロで仕事はできない。

連休のどちらかが晴れた日もあった。
でも驚く程見事に、晴れた方の日に用事があるのだ。
例えば、草取りをした翌週は、晴れた土曜日に棚卸しをして、日曜が雨だった。
昨日はなかなかの良い日だったのだが、お彼岸なので墓参りに行っていた。

ともかく、週間予報が全然当てにならない。
今度の休みは大丈夫、っと思わせといて、何度苦渋を舐めさせられたことか。
木曜ぐらいになると、ちょっと曇りマークが現れはじめ、
金曜には、ところによって雨が降るかもしれません、なんて言いっぷりになり、
結局土日は雨が降る。

だから、できないなら週間予報なんかするな!
予想しても報じるな!
報じたら変更するな!
変更するなら天気の方を変更させろ!

だいたい政府の機関なんてものは信用できないのだ。
何が気象庁だ。
『チキショー庁』に改名しろ!
政府は『セイフ』から『アウト』になれ!
総理は「ソーリー」と謝れ!
前にも同じ叫びをあげたことがあるような気がするが、覚えてる人は忘れろ!


もうダメ。
畑をするチャンスも気力も失った。
苗作りの種まきもする気が無くなった。
食事も外食にする。
で、一日ゴロゴロする。
一日ゴロゴロする。







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ホントは楽したい
女の子が使う方言がかわいい、なんて話をやっていた。
そんな事いうのは、もちろん東京の話だ。
我が三重県ではみんな方言を使っている。

三重県の方言は、全体的には関西系で、ちょっと名古屋的スパイスが入ってる感じだ。
そんなに特徴はないと思っていたが、
テレビに三重県の人が出て喋っているのを聞くと、
「うわ~、三重弁」
と笑ってしまうのであった。


やはり、自分の住んでいる土地から遠く離れると、言葉の違いも激しくなる。
ずいぶん昔の話になるが、福岡県の博多に行ったことがある。
地下街を歩いていると、営業職らしい若い女性が電話で話していた。
「はい・・・はい・・・今、やっとうとです」

んもー、なんだかかわいくて、しがみついて頭なでなでしたくなってしまった。
でも、ちゃんと理性が働いて、逮捕されるようなことはなかったのだ。


噂によると、都会、って多分東京なのだろうけど、
わざと方言を使う若者がいるそうだ。
ちょっとした方言ブームみたいなことが起こっているようだ。

だとしたら『方言』という言葉がよくそのままで使われているものだ。
たいてい若者のブームになると、すべての言葉がイングリッシュ紛いの意味不明語になる。
そのうち『方言』も別の呼び名が現れるのではないだろうか。


まずはカタカナ語になるだろう。
『ホーゲン』だ。
これをもうちょっと英語っぽくすると『ホゲーン』になる。

『ーン』のところがちょっと弱い。
ここはアゲインやリゲインの使い方を取り入れて『ホゲイン』にしよう。

英語といえば魅力的なのが『F』の発音だ。
きっと『フォゲイン』に進化することだろう

英語英語といっているが、イタリア語もなんとなくカッコイイ。
『フォゲイーニ』になってもおかしくない。

猫好きの人は多い。
『フォゲイーニャ』になるだろう。

もちろん活用もされる。
『フォゲイーニャ』を使う人は『フォゲイーニャー』と呼ばれる。

このあたりで唯一残っていた『ゲ』の音が省略される。
『フォイニャー』だ。

猫まねきのポーズが取り入れられ、
『フォイニャン』になる。

ブームにあやかってCDが発売される。
『♪フォイフォイフォイフォイニャンニャニャン』てな感じだろう。

もちろん短縮され『フォニャ』と呼ばれる。

ブームは去り『フォニャさいなら』とダジャレに使われる。

えーと、なんの話だったっけ?








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6本はヒゲよ
私が音楽を聴くのは、通勤中の車の中か、自分の部屋にいる時だ。
せっかく携帯性の良いミュージックプレイヤーを買ったのだから、
いろんなシチュエーションで使えばいいのだが、どうも“ながら”ができない。
草むしりしながら、でも、歩きながら、でもジャマに思えてくる。
なので持ち歩かないようになってしまった。

かろうじて“ながら”ができるのが、ネットをしながら、と、ダイエット運動しながら、だ。
この時も気になるのが音漏れだ。
スピーカーからではなく、私の口から漏れる音楽のことだ。
気がつくと聴いてる歌が鼻歌になっている。

部屋で音楽を聴きながらネットや運動をしていると、
「奇声を発するな」
とちづるに怒られることがある。
これでは恐ろしくて、外でヘッドホンなどつけられない。


何度も言うようだが、今聴いているのは『エレファントカシマシ』というバンドの曲だ。
テンションが高く「イエー」とか「ギャー」とかがよく歌に入るので、
そうなっている私を見られるのは恥ずかしい。
だけどお気に入りなので、車で聴くMDもミューシックプレイヤーも、
マイベストエレファントカシマシがみっちり入っている。

よく飽きないものだと自分でも感心しているのだが、
もうずいぶんこればかり聴いている。
ただ、順番通り聴いていると、この歌が終わると次はこれ、と覚えてしまってつまらない。
そこで『ランダムプレイ』という機能を使っている。


『ランダム』とは『テキトー』って意味かと思っていたが、
広辞苑によると『手当たり次第、無作為』だそうだ。
以前から不思議に思っていたのだが、
機械がどうやって『手当たり次第』や『無作為』をすることができるのだろう。
『機械的に手当たり次第』ってなんだか矛盾しているような気がする。

もっと不思議なのは『手当たり次第』にレベルの差があることだ。
車のMDの手当たり次第と、ミュージックプレイヤーの手当たり次第には明らかに差がある。

例えば、ある曲がかかり、これはあまり聴きたくなかったとしよう。
次の曲にスキップすると、ミュージックプレイヤーでは次の曲がランダムに選ばれる。
ところが、MDでは次の順番の曲になってしまう。
つまり、5曲目を飛ばしたら、必ず6曲目がかかるのだ。
これではちょっと手当たり次第の醍醐味がないではないか。


さらに、ミュージックプレイヤーではかなり公平に手当たり次第されるのだが、
MDの手当たり次第はかなり偏る時がある。
一旦止めると、それまでのことを忘れてしまうらしく、
出勤時に聴いた曲が、帰り道にまたかかることがある。
それで一曲飛ばそうとすると次の順番の曲になるのだ。

先日、ついに二曲連続で同じ曲がかかるという事態に遭遇した。
なるほど、無作為と言うならばそういうこともあって当然だ。
でも、つい声に出して「それはないやろ~」と言ってしまった。
そこんとこは少し作為しろ。
機械なんだから。








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・・・


・・・


おい


カチ割るぞ!
日本には義務教育というものがあるので、私もこれまで数々の授業を受けてきた。
たいていの勉強は嫌いなのだが、特に苦手としていたのが歴史だ。
ネンゴーだのチョーテーだのイシンだの、最近になって耳にする言葉もあるが、
いったい、どれだけモノを覚えさせれば気が済むのだ、と憤っていたものだ。

しかし、大人になって部分的に歴史に接すると、これが案外面白かったりする。
ドラマや小説で切り取られた歴史は、ドラマチックでコーフンチックだ。
では、どうして学生時代に習った歴史はあんなにもつまらなかったのだろう。
それは、親戚っぽかったからではないだろうか。


なんといっても、歴史で一番嫌われるのが年号だ。
ただの数字を覚えることほど苦痛に感じることはない。
「応仁の乱は何年」
なんて聞かれても、
「知らんがな」
としか言い様がない。

これに似ているのが、おばちゃんの、
「私、いくつに見える?」
だ。
これは親戚に限らないパターンなのだが、
うっかりしたことを言うと、後々付き合いが続くだけに身内のこれはタチが悪い。

あくまでもここで言っているのは雰囲気の問題だ。
歴史の年号はきっちり当たれば褒められるが、
おばちゃんの年齢は正解しても喜ばれない。


次にややこしいのが地名だ。
「関ヶ原のおばさんが入院したんやて」
「壇ノ浦のみよちゃんも結婚するらしいよ」
「長篠のおじさんにも随分会ってないなあ」

なぜ親戚の話をするとき、地名で言おうとするのだ。
そしてなぜ、県でも市でもなく、町や字でいうのだ。
遠方の親戚なら、まず何県か言わなければわからんではないか。
これが、親戚でも歴史でも物事をわかりにくくしていると思う。


そしてなんといっても、名前と人間関係だ。
「一番上のおばさんが嫁いだのが織田で、
 次が明智で、その次が豊臣で、その次が徳川で・・・」
このように、説明を受けるときだけ苗字が出てくるが、
お互い呼び合う時は、兄弟だから下の名前で呼ぶ。
だからいつまでたっても覚えられないのだ。

人数の多いいとこ兄弟ともなるとさらに面倒だ。
「上から家康、家光、家綱、家宣、家継・・・」
なんで似た名前を付けるのだ。
余計区別がつかないではないか。


どうだろう、このような感じが人を歴史から遠ざけているのではないだろうか。
え、世界史はどうかって?

「けいこおばさんがとついだスペインのビザンチン家、
 兄弟が上から、アントニウス、ビスマルク、モーパッサン、ダーウィン・・・」
やっとれんわ。







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名乗る程の者ではござんせん
ついに会社でメガネデビューを果たした私。
どうして人は普段と違う光景を目にしたとき、
「○○みたい」
と言いたがるのだろう。

とりあえず上司T、

「インテリアみたい」

それを言うなら『インテリみたい』やろ。

「それってAVカット?」

『UV』やろ!

このように一通りの儀式を終えて仕事が始まった。


遠近両用メガネは、レンズの下のほうがLOW眼用になっている。
手元を見るときは見下ろすように、遠くを見るときは上目遣いにしなければならない。
レンズの下の方で左右を見ると、視界がぐんにゃりと歪んで見える。
こういうことに慣れていく必要がある。

これでわかったのだが、どうやら私は背が高いわけでもないのに、
世間を見下ろすようにしていたようだ。
ちづるには「あんたは姿勢がいい」と言われていたのだが、
これはジムに通っていた頃、胸を張る癖がついたらしい。
オードリーの春日のような姿勢だと思ってもらえればいい。

これだと、遠くを見るときもLOW眼スペースを使うことになる。
しかも左右を見ればぐんにゃりだ。
基本姿勢でアゴを引かなければならない。

なるほど、アゴを引くのとワキを締めるのはすべての行動の基本だ。
私はどちらもできていなかった。
すべての行動がうまくいかないのはこのせいだったのだ。


逆に小さい文字などを見るときは、低い視線で見ることになる。
だが、これも悪い癖がついていた。
たいていの場合、文字が見にくければ真正面で見る。
それで目を見開いたり細めたり、近づいたり離れたりする。

なるべくならメガネなんかかけたくない、メガネに頼ったら余計悪くなる、
こう考えていた私は、裸老眼歴が長い。
昨日今日老眼鏡を使い始めた、老眼鏡若造だ。
まだ下目でモノを見ることに慣れていない。


昼休みは少し読書をする。
寝転がって片肘をついて本を読む。
そうするとどうしてもメガネが本と平行にならない。
すると文字がぐんにゃりして見える。

やはり遠近両用メガネは読書には向かない。
今まで使っていた携帯用の老眼鏡を持っていたほうが良さそうだ。

ぐんにゃりすることがあるとなると、運転に使うのも避けたほうが良さそうだ。
なにしろ遠くは裸眼で見える。
メガネは必要ない。

しかし、目が紫外線にやられるのは恐ろしい。
やはり通勤にはサングラスをかけよう。


というわけで、私は三本のメガネを持って出勤するようになった。
メガネの一本化は失敗だ。
というか、一本増えたがな。







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後でスタッフでいただきました
ちづるとお出かけしてよく行くのが、アジアンチックなお店だ。
最近はどんなショッピングセンターにも、そういうお店が入っている。
私が主に買うのは、布やカバン、ちょいとした小物ぐらいだが、
実はたくさん並べられている衣服にも興味がある。

大抵は女性用なのだが、その中にステキなのをよく見つける。
なんだかふわ~っとして、着ても着なくてもいいような布切れみたいなもの。
肩が紐だけで、長くてヒラヒラするもの。
中にはただの四角い布で、こんなふうに巻いたら着られますよ、なんてのもある。

あの布をまとうという感じが大好きなのだ。
そして私は暑がりだ。
ノースリーブやランニングを着るより布でいたい。
家から出ないなら、女性用でも布切れでもいいではないか。

ところがこれが似合わない。
理由はわかっている。
人生で何度この言葉を使ってきたことだろう。
そう、それを着るためには痩せなければならない。


早起きは三文の得だ。
日曜の朝の健康番組で、お腹を減っこませる方法を特集していた。
いやいや、今までそのような番組をどれだけ見てきたことか。
そして、どれだけ騙されてきたことか。

とは思ったものの見るだけなら私に負担はない。
よし見てやろう。
さあ、さらけ出せ。


この番組では、お腹の出ている人をいくつかのタイプに分類していた。
肉が横につくタイプ、
姿勢が悪いタイプ、
筋肉質だがお腹だけ出るタイプ、
肉がお腹をひと回りしているタイプ、
このうちいくつかに私も該当している。

それらを解消するためには、普通の筋トレでは鍛えられない、
隠れた筋肉を強くする必要があるという。
そのための、タイプ別運動法を公開していた。
各タイプの一般人がその運動を十日間実践し、痩せた痩せたと喜んでいる。

よくある番組だ。
だが、その理屈が納得できた。
しかも、その運動は、準備運動程度のもので、手軽で簡単、楽ちんなものばかりだ。
中には左右一回ずつ、一日二分で終わるものもある。
やってみて損はない。

健康診断の近いちづるにそのことを伝えたら、是非とも教えろとのことだ。
その番組のホームページを検索して、詳しく書き留めた。
お風呂から出たあと、早速実践だ。
なんとベッドで寝たまま出来る運動もある。
よし、こいつを続けよう。


で、今朝起きてちょっとかがんだ時に、うがっとなった。
腰か、と思ったが、どうも背中の筋がおかしくなったようだ。
これはあの運動のせいに違いない。
急に始めたのが良くなかったのか。

しかし、準備運動程度の運動をするのに、急も何もあるものだろうか。
準備運動に準備運動が必要なのか。
ちなみに今、椅子に座っていても痛い。
もちろん、今日の運動はお休みだ。







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なぜあいつに効果が?
昨日は仲間四人で焼肉。
6時集合だったが、予約が7時15分までということだった。
そのお店の地域がお祭りだったらしい。
1時間で2万円を一気食いだ。

店を出ると花火が上がっていたので見に行って、
雨が降ってきたので、メンバーのひとりがやってるスナックに逃げ込み、
11時過ぎまでワーッとやってカロリーを消費した。


目覚ましをかけずに寝たので、朝起きたのは7時。
外は土砂降りだ。
また畑に行けない。
がっかりする反面、畑仕事しなくて済むと思うとちょっと気が楽だ。

こんな時は更新が遅くなる。
祭日で休みだが、月曜なので平日の朝番組を見ながら朝食を摂る。
8時を過ぎて、次の情報番組を見てしまっていることに気づいた。
タレントの結婚の話題になったので、二階の自分の部屋に行く。

パソコンの電源を入れ、扇風機をつけ、ヘッドホンミュージックプレイヤーを掛ける。
先日買ったヘッドホン自体が本体になっているやつだ。
エレファントカシマシをたくさん入れて愛用している。
パソコンが立ち上がったら、専用メガネをかけ、インターネットに接続する。

今、にやりとしてしまった。
なんだかカッコいいではないか。
衣装はランニングとパンツだが、おっさんの休日にしてはカタカナが多くてススンでる感じだ。


とりあえず更新をしなくてはならないのだが、今朝は書く事を決めてなかった。
昨夜は楽しかったがネタになるようなことはないし、
畑でしなければならないことを書いたんじゃ、気が重くなる。
そうこう考えているうちに、自分の過去記事で調べたいことが出てきた。
去年のことのはずなのだが、一体何月だっただろう。


ちづるが洗濯物を干しに二回に上がってきて我に返った。
更新をしなくてはならないというのに、すっかり熱中しているではないか。
時計を見ると、もう10時。
なんと50分も過去に自分が書いたネタを読んでいた。


と、こんなのはしょっちゅう起こることだ。
ただ、
どうやら私、ミュージックプレイヤーの電源入れたものの、
スタートボタンを押していなかったらしい。
音楽が鳴っていないことにもその時気がついた。

音楽のかかっていないヘッドホンを50分間装着していた私。
そのことをちづるに報告し、
「あほーあほー」
と笑われたことは言うまでもない。







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うっかりしてた
昨日の夜、メガネを貰いに行ってきた。
メガネシロートの私が、プロである店員さんに逆らうなんてことがあってはならないので、

「見え方はどうですか」
「幅はきつくないですか」
「うつむいたとき落ちてきませんか」

などといろいろ質問された事項には、すべて「大丈夫です」と答えておいた。
その素直な態度が評価されたのか、メガネケースとメガネ拭きをおまけしてくれた。

その、私のものになったメガネがこれだ。

カクイー

選んだ時はそんなに思わなかったが、色といい軽さといい、おもちゃみたいだ。
一応、遠近両用なのだが、遠くはよく見えてるので普近両用ということになる。
早速試しにかけてみた。

なるほど、レンズの下のほうがLOW眼鏡になっているので、
頭を動かすと足元がぼわぼわして見える。
酔ってしまう人がいるというのもあながち脅しではなさそうだ。

新聞を読んでみた。
目だけで文字を追うとやはりボケてしまう。
遠近両用をかけたら首を動かせというのは本当だ。
でも、新聞を読んでいて、さっとテレビに視線を移した時はとても具合がいい。

パソコンをするにはあまり向いていないようだ。
裸眼ではちょっと見にくいが、LOW眼部分ではきつすぎてモニターに近寄らなければならない。
パソコンをするときは、今まで使っていたゆるいLOWメガネを使おう。


もともと、ずっとかけている気はない。
運転中や外にいるときは必要ないし、寝床やパソコンには専用のメガネが置いてある。
つまり、仕事中とお出かけの時が使いどきなのだ。

仕事では、紙を数えたり目盛りを見たりするのでメガネが必要なのだが、
かけたり外したりがめんどくさい。
買い物などのお出かけでは、メニューや説明書を読むとき、
何より立ち読みの時にメガネをわざわざ出すのが恥ずかしい。
それに、しょっちゅう忘れるから困るのだ。


さて、これで生活の不便は解消された。
あとひとつ気がかりなのは、このメガネが似合っているかどうかだ。
これはやはり、みなさんに見てもらわなくてはならないか。
恥ずかしいが公開しよう。

こんなんです。







ハヅカチー



え、画像が小さくて暗い?
そんな人はメガネを買ったほうがいいんじゃないですか。

じゃ~ね~






バハハーイ






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軽い素材でできてるよ
今日は出勤です。

雷も鳴っています。

いま、ドシャっと降り始めました。

メガネを取りに行く日です。








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あうう
歌はともだちだ。
なのでよく歌う。
スナックへ行ったりカラオケボックスへ行ったり、
仕事中に歌っていて、ふと気づいたら後ろに人が、なんてこともある。

今、興味があるのが『一人カラオケ』というやつだ。
もちろん仲間と歌いに行くのも楽しいが、他人がいると余計なことを考える。
この歌は上手にきこえるだろうとか、これはウケるだろうとか、
周りの反応を気にしてしまうのだ。

それに、一人なら他の人の歌を聴かなくていい。
スナックだと、別グループの人が全く肌の合わない歌を歌う時もあるし、
仲間とカラオケボックスだったとしても、誰かが練習曲をおっぱじめることもある。
そう、一人ですき焼きを全部食べるような、ケーキを1ホール食べるような、
そういうささやかな贅沢の一つとして、一人カラオケに憧れている。


ただ、あの個室はちょっと狭すぎるのではないだろうか。
テレビの報道番組で紹介されているのを見ただけだが、
まるでデスクワークをするような部屋だった。
トイレにデスクトップパソコンぐらいの感じだ。
そこで椅子に座って歌うらしい。

まず、左手の行動範囲が確保されていない。
右手はマイクを持っているから、ほぼ口の周りにいるが、
左手はダンサーだ。
最低限まっすぐ左に伸ばした時に壁に当たらないだけの広さがないと突き指する。

マイクをもつ右手でも、音を拾う範囲だけではいられない。
間奏になれば左手よりフリーダムなときもある。
場合によっては上に突き上げられる。
そのあたりのことも考慮してもらいたい。


さらに良くないのが足場の狭さだ。
みなさん経験があると思うが、ノリノリになってくると足はリズムを刻む。
座っていると膝はジャンピングダンスをする。
もちろんステップを踏む時もある。
机を蹴ってしまわないように配慮が必要だ。

そして奥行。
椅子に座ってドアを閉めたら、座席の後ろに余裕があまりなさそうだ。
声の高い歌を歌うときは、当然だが人はのけぞる。
「♪こなーーーーゆきーー」なんて急にくる歌は頭を打ってしまうのではないか。

もちろん、歌っていたら突然立ち上がることもある。
あのテーブルの天板は危険だ。
すべてをひっくり返す可能性がある。
それにブルーハーツの歌を歌うときは背中を丸めるから鼻を打ってしまうかもしれない。

立てば体は自然とそのように動く。
「フライングゲット」なんて歌では膝関節が悪くなりそうな振りがあるが、
あれをやろうと思ったら机は危ない。
もう一歩後ろにさがれるスペースが欲しい。

エグザイルともなると、間奏の時にぐるぐる回るやつをやりたい。
あれは少人数だと魅力が半減する。
最低でも5人は必要だ。
それだけのスペースが後ろに欲しい。

どうしてもスタンドマイクで歌いたい歌もある。
永ちゃんや世良公則の歌は立つスペースだけでなく
マイクを振り回すだけの幅と高さが要る。
ライブバージョンこそが音楽に陶酔できる最高級のシチュエーションだ。

ああ、やっぱりステージが欲しい。
スポットライトやミラーボールもあるといい。
できたら生演奏がいい。
で、観客がいてほしい。

ああこんな一人カラオケがあればなあ。
田舎にはないからなあ。








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その位置でちびるなよ
仕事が終わり、タイムカードを打って、O川、U氏とともに駐車場へ歩いていると、
後ろからついてくる男がいる。
社長だ。

「あれ、どちらへ?」

「ちょっとそこまで」

「さては飲みに行くんでしょ」

当たりだった。
友人に誘われての飲み会だそうだ。
店の名前を聞いたら、私の行動範囲内の居酒屋だ。
歩いていくと言っているが、ここからだと30分ぐらいはかかるだろう。
駐車場でほなさいならと別れた。

O川とU氏は今歩いてきた方向に帰るのだが、
私は社長が歩いて行った方向に帰る。
ただし、すぐに道は二股に分かれている。
いつもどおり左に行くと社長が歩いていた。
「ヘイ、乗ってかない?」
と言わない訳にはいかないではないか。


何度かここに書いたことがあるが、私の勤めている会社は去年ライバル社と合併した。
今の社長は相手側の会社の社長だ。
元我社の社長は体力的問題もあって、会長としてのんびりした仕事をしている。
そんなわけで私はこの新社長のことはあまり知らない。

飲み屋に向かう車の中では、やはり飲み屋の話になる。
私の馴染みはどこそこで、今日のお店の話もそこの常連に聞いたとか、
社長は飲み始めると歯止めの聞かないタイプだとか、たわいのない話をしていた。

すると社長が、
「スナックとかは行かないの?」
というので、私のスナック事情を説明した。

私が自主的に行くスナックは一軒だけだ。
そこは、私がメインにしている居酒屋でバイトしていた女の子が、
以前両親が営んでいたスナックを再開させた店だ。
とりあえず顔見知りだということで、開店の時に顔を出し、それ以来ポチポチ通っている。

場所がややこしいところなので説明していると、
社長が「おやおや」という顔になってきた。

「知ってますか」

「いや、その店は知らないけど、その子は同級生かも」

お互いわかっている情報を照らし合わせると、どうも符号が一致する。
間違いない。
社長とそのママは同級生だ。

社長曰く、
「名前を出したらわかると思うけど、あんまりいろいろ聞かないでね」

社長、いろいろ聞かれたくない話がたっぷりあるのはこちらです。








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言えない過去と現在
日本語は難しい。
よく間違えて覚えていたりする。
しかし、それは覚える側より作った側に問題があるように思う

例えば「気が置けない」とは気を使わなくていいという意味だ。
なんでも言い合えるような仲間を、どうして気が置けない仲間、なんて言い方にしたんだろう。
○○できない、という言い方がなにか壁を感じさせるではないか。
これはこの言葉の作り手がまちがっている。
早速廃止、あるいは逆の使い方に変更すべきだ。

「取り付く島がない」という言い方もある。
鳥が着く、から来ているという噂も聞いたことがあるが、なんで「島」なのだ。
この人には取り入るスキがない、ではいかんのか。
それなら「島」より「ヒマ」の方が意味が通じやすいのではないか。
大体「しま」も「すき」も「ひま」も同じ二文字なのだから、島だけはやめるべきだ。


さて、そんな瑣末な問題はどうでもいい。
私が今回言いたいのは『突拍子』についてだ。
世間ではよく、思いもかけない意外な出来事があると「突拍子もないこと」だという。
では「突拍子」とはなんだろう。

広辞苑で調べてみた。
主に、~もない、の形で使われ、
調子はずれ、とほうもない、度外れ、突飛、という意味になる。

しかし、突拍子とは、拍子から「突」つまり飛び出しているんだから、
それ自体が突飛ではないか。
だったらなぜ「ない」というのだ。
突拍子もないこととは、突拍子があることではないだろうか。
いや、突拍子もないことは、突拍子なことではないか。


「突拍子」という語感がすでに日本語から度はずれている。
言葉のリズムで考えると「マッサージ」とか「パッケージ」とか「メッセージ」と同じだ。
これが英語になっていたら「トッピョージ」だったに違いない。

この日本語離れした語感は、
短い単語の中に「っ」「ょ」「ー」と紫式部なら書かない文字がたくさん入っているからだ。
むしろ「と」と「し」を「っぴょー」でつないでいるといってもいい。
「っぴょー」なんて入っている日本語がほかにあるだろうか。
一番近いので「うっそぴょーん」ぐらいだろうか。

なにがよくないって、ほとんどの責任は「ぴょ」にある。
日本語で「ぴょ」はなかなか使わない。
あれだけはっきり「ぴーひょろろ」と鳴くトンビでも、
日本の唱歌では「♪ぴんよろ」という扱いだ。

では、昔はなんといっていたのだろう。
突拍子が和歌に詠まれたなら「とつひやうし」だろう。
夏の牛肉料理みたいだが、これなら日本語らしい。
やはり「ぴょ」は日本語にふさわしくない。
「ぴょ」は廃止するべきだ。
「ぴょ」を日本語から駆逐しよう。

政府は直ちに関係省庁に手配をし、
総理大臣自らが、日本語における「ぴょ」の使用禁止を発表・・・

あ。







↑朝から広辞苑は目にきつかったのでクリックしてね。






かまえて



とんだっ
物事にはなんでもルールがある。
大人になったら大人の、子供には子供なりのルールがあり、
それに従わないと、そのグループの一員ではいられないのだ。
そうこうしているうちに、自然とどうでもいいことにまでルールができてくる。
このようなどうでもいいルールのことを『お約束』という。

たとえば、会社を帰るとき駐車場でのお約束がある。
車を出すとき挨拶のつもりでクラクションを鳴らすとご近所に迷惑だ。
そこで私とO川は変な顔をすることになっている。
いつの間にかそういう決まりになってしまったのだ。
ちなみに、O川は“もーん系”私は”ぱぷー系”の顔をするということまでお約束だ。


いつもの居酒屋の常連に「Sやん」と呼ばれている人がいる。
70歳過ぎで、多いと週に4日は現れるお得意様だ。
私は多くても週に二回なので、当然会う頻度はもうちょっと低い。
で、この人は私に会うと、
「お前、俺を避けとるやろ!」
と怒るのだ。

怒ったあと、一緒に飲んで、酔っ払って、私と会ったことを忘れてしまう。
その結果、次に会った時には、
「お前、俺を避けとるやろ!」
と怒られる。
嫌なお約束だ。


私とちづるは毎月友人Fとみそか寄席に行く。
寄席が終わったあと、私の車でコンビニにおやつを買いに行き、彼を送っていく。
彼の家に入っていく路地の入口でお別れだ。
夜遅いので、ここでもクラクションは鳴らさない。

私の後ろの席からFが降り、私と「ほな」と挨拶をする。
彼は助手席側にまわり、ちづると握手をして、今日聴いた落語のワンフレーズを言う。
ちなみに、前回は、
「裏は花色木綿」
だった。
それを言うと彼は走って去っていく
これもお約束なのだ。


私はちづるを「ちづる」と呼ばない。
呼びかけるときは、適当な言葉に「子」をつける。
我が家ではなんでも最後に「子」をつければちづるのことなのだ。
そして、その呼び掛けが予想外で、うっかりちづるが「ふっ」とでも笑ったら私の勝ちだ。

最近ウケたのは「変速ギア子」と「チスイビル子」だ。
普通にこう言えばいいという簡単なものではない。
この場合「変速」と「チスイ」は苗字のように発音する。

その後しばらくヒットがない。
すると過去の栄光にすがり、ついこの話題を出してしまう。
それをちづるはなかったことにしようとする。

「なかなか『チスイビル子』以来、いい技が出ないなあ」

「なんやそれ」

「前にウケたやないか」

「知らん」

「おいおい『チスイビル子』やぞ」

「つまらん」

「なんでやー」

ここまでひっくるめての『お約束』なのである。








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これは睡眠ではない
さて、私は毎朝早起きしてブログを書いている。
基本は文章と一枚の絵、そこに時々写真を入れたりしている。
始めたのは2005年の3月。
初めて絵を載せたのが、その年の7月11日だ。
お尻のみぞの絵だった。

几帳面な私は、描いた絵に日付とタイトルを入れて保存している。
ちゃんと月ごとのフォルダ、さらに年ごとのフォルダに分けている。
それを時々眺めては、反省したり頭を抱えたりしているのだ。

では、大昔の一ヶ月を見ていただこう。
2006年の12月だ。


2006-12
ピントが合っていないとか、小さくて見にくいとかは気にしないでほしい。
むしろ目を細めてぼんやり見てもらったほうがわかりやすいはずだ。

では、まだ途中だが、今月の昨日までのフォルダを出そう。

2012-09

なんというか、全体的に地味な色合いになっている。
反転した一日だけが色が濃いが、つまりはぜんぶクリーム色の背景なのだ。
それと比べて2006年の方はカラフルだ。
よく見るとアングルにも結構凝っている。


では次は2011年の1月のフォルダだ。
去年の正月ということだ。

2011-01

そして、比べて欲しいのは先月、2012年の8月だ。

2012-08

お分かりだろうか。
目を細めてみれば、なんとなくある特徴に気づく。
そう、緑色の部分が増えている。
つまり、トケ井だ。

よく見ると、2011年の段階でトケ井はちゃんと登場している。
しかし、出てくるのは月に二度だ。
それに引き換え、先月のトケ井の登場頻度はすごい。
ダウン絵と続きもののとき以外、ずべてにトケ井が描かれている。


つまり、最近の傾向は、
クリーム色の背景に赤い文字。
緑のトケ井と黄色いネクタイ。
そして二人が並んで立っている。

ああ、いかん。
昔のようにカラフルで動きのある絵を描かなくては。
とりあえず、今朝はもう時間がないのだが。







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雑な変化だ
というわけで、メガネ屋さんに行ってきた。
朝刊に売り出しのチラシが入っていた大手安売りチェーン店だ。
ともかく初めてのジャンルのお店に入るのは緊張する。
ベテランメガナーのちづるの陰に隠れて店内に入った。

安売りチラシが入ったせいか、店員さんは受付カウンターで忙しそうだ。
それを幸いと、勝手に並べられたメガネを見て回る。
なにしろ数が多い。
まるでメガネの海だ。
その中から私に似合う一匹のメガネを一本釣りしようというのだ。
目を皿のようにして目からウロコが落ちるような私のメガネに叶うメガネを探した。

気に入ったのがあると試しにかけてみてちづるの評価を仰ぐ。
「似合わん」「ふざけとる」「ありえない」と手厳しい。
慣れてない私はレンズが入る部分の形だけを見て選んでいたが、
なんとメガネにはややこしい選考基準があるらしい。

遠近両用だからレンズの大きいのがいいとか、
ツルに柄が入っているのは女子用だとか、
鼻に当たる部分の形だとか、
軽さだとか、顔の幅に合っているかとか、
「おくれ」「どうぞ」という買い物はできないようだ。


それでもどうにか「レンズとフレームで1万円ポッキリ」からひとつを選んだ。
最終的にそれを選んだ理由は、
「もうそれでええがな」
と思ったからだ。
それを持って受付カウンターに行く。

受付をしたら目の検査だ。
何やら恐ろしげな機械の前に座らされ、見えたものを正直に言えと脅される。
その結果、衝撃的は事実を知らされた。

遠くを見るには全く問題は無し。
ただし老眼が2.5だという。
私はいくつか老眼鏡を持っているが、朝の新聞用は1.0。
部屋用と持ち歩き用は1.5、寝床の読書用で2.0を使っている。
なんと、いつの間にやら進行していたのか。


で、お試しレンズをかけてみる。
遠近両用だとどうしても足元が歪んで見えるそうだ。
それを軽減するレンズにすると、お値段が倍。
安いのでいいですと言って再び受付カウンターへ。

このメガネ、紫外線を90%カットですが3500円出すと99%カットにできますよ。
と勧められたが断った。
今までより9割も減るならそれで十分だ。
ホントは4000円出すと、パソコンのブルーライトも遮断してくれるらしいが、
私は1万円を超える買い物をするとガクガクブルブル震えるのでそれもやめておいた。

「レンズを薄型にすることもできますが、近視がないようなのでこのままでいいですね」
と言われた。
ふふふ、ワシが出さない男だと感づいたな。

さてこれで終わり、と思ったら「目の位置を測ります」と言って、
レンズに線を引いたりシールを貼ったりしはじめ、
それをかけてギョロギョロさせられた。
「では来週の土曜日に出来上がりますので」

やっと放免になって外に出た。
初めてで緊張している上に、思いもかけないことをたくさんさせられてぐったりだ。
こういうのを『眼精疲労』というのだろうか。








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とたんにはらへった
いよいよ目のシルバー度が高まってきた。
若い頃「視力検査で見えない『C』はない」と豪語していたツケが回ってきたのだ。
一応携帯LOW眼鏡は持っているのだが、仕事中つけたりとったりがめんどくさい。

そこで、遠近両用の長くかけたままでいられるメガネを買おうかと思い始めた。
リサーチしたところによると、最近のメガネは紫外線もカットしてくれるし、
パソコンから出る妙な波動砲から目を守ってくれるものもあるらしい。
だとすれば、あの人目をはばかるサングラスもかけなくて済むではないか。

なんとこの案には、あの守銭奴のちづるも乗り気だ。
家計子さんがお代を払ってくれるらしい。
こうなるともう障壁はない。
生まれて初めてのメガネ屋さんにノンストップだ。


が、私は店員さんにもみくちゃにされるのは苦手だ。
なるべくお店でオロオロしたくない。
事前に大まかな方向性を決めてから行くことにしよう。

ちなみに、レンズに関しては迷いはない。
目を守ってくれて、小さい字が読めればいい。
問題はフレームの方だ。
さて、私には一体どんなメガネが似合うのだろう。

今かけているサングラスは、ガガ女史張りのまん丸系だ。
携帯用のLOW眼鏡はオーソドックスな細長系。
部屋で長くかけるやつは、都会派の四角いタイプ。
花粉症の季節には顔が半分隠れるゴーグル風だ。

私の男っぷりをプリッと上げてくれるのはどんなメガネ?
それをみなさんに決めて欲しい。
でも、そのためには私の顔をさらさなくてはならない。
とはいえそれはさすがにためらわれる。
私はスカウトされるのも、町で石を投げられるのもゴメンだ。


と、ここでいいものに気がついた。
私のデジカメにはイージーなんとかという機能がついていて、
料理を撮るなら、夜景なら、風景ならと切り替えることができる。
そこに『パステル』というのがあって、実物がとてもわかりにくくなる。
これなら公開しても差し支えあるまい。

ではご覧いただこう。
パステル調の私を。






デッビール

うそー。
これはデビルマンだ。

私は無理だけど、代わりにちづるを公開しよう。
これだ。






ぢゅわっ

うそー。
これはウルトラ警備隊のアンヌ隊員だ。
本当のちづるはこれだ。

ウィー

うそー。
これはスタン・ハンセンだ。
ホントはこれだ。

ロボコン0点

うそー。
これはロボプーだ。

ああふざけたふざけた。
ホントに私の顔写真は撮ったんだけど、
色が反転したら髪が白くてすごい老人みたいになったのでやめました。
しかもランニング着てたし。







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くらーい
つい最近、TVの情報番組を見ていると、烏骨鶏の卵が取り上げられ、
出演者が玉子かけごはんを食べることになった。
ある意味国民食である玉子かけごはん、
人それぞれ食べ方が違うものだなあ。

ある人は、全体が泡立つまでひたすら混ぜていた。
別の人は玉子だけを混ぜてから醤油を垂らす。
また、ある人は、玉子は別の器で混ぜてからご飯にかける。

私はまず、ご飯に直接玉子を落とし、あのカラザってやつを取る。
醤油は少なめで、結構薄味にする。
もしあるならば、醤油を少なくした分、わさびフリカケをかけたい。
いろいろ試してみたが、私にはわさびフリカケだけがOKだ。

白身の“ぞろろん”って感じが好きなので、あまり一生懸命混ぜない。
お茶碗の端っこから混ぜていき、玉子とごはんの割合がちょうどいいと思ったら、
そこで混ぜるのをやめて、残ったごはんの白い部分を先に食べる。
すると、そのあとがぞろろんと楽しいのだ。

ちづるはそのぞろろんが嫌いで、玉子かけごはんを食べない。
しかし、朝ごはんの納豆に私が卵を入れた日は仕方なく食べている。
やつは納豆に卵を入れるなら、黄身だけ派らしい。

我が家のルールでは二人に一納豆なので、
混ぜた玉子納豆のぞろろん部分をまず私のごはんにかけ、
残った器にちづるがごはんを入れて片付ける。
小さいカップ納豆の場合は、私はうずらを入れるのが理想だ。


このように人の好みは様々だ。
だが、ちょっと信じられないニュースを発見した。

『ガリガリ君コンポタ味販売休止』

見出しから内容が推測できないので有名なネットニュースで見たので、
「あらあら、ガリガリ君たら、人気があるからってやりすぎてしくじったのね」
と思っていたのだが、ニュースを開いてみてビックリ。
なんと、人気がありすぎて商品不足による販売休止なのだ。
どうやら生産が追いつかないらしい。

これには「ちょっと待ちたまえ」というしかない。
コーンポタージュ味のアイスキャンデーだぞ。
まだ結構昼間は暑い夏だぞ。
みんな、本当にそれが食べたいか。

いや、きっと物珍しさで味見をしてみたい人が集中しているのだろう。
美味しいはずがない。
そもそも、コーンポタージュって塩味ではないか。
どうして会社の企画会議でこれが通ったのだ。
いや、売り切れ続出ということは、企画が通って正解ということか。
あー納得できん。

誰か食べた人、情報をちょうだい。
できたら現物をちょうだい。
で、ガリガリ君のメーカーは『ガリガリ君玉子かけごはん味』を開発してちょうだい。







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ミステイク
空を自由に飛びまわる鳥の中にも、飛ぶのが上手なのと下手なのがあるらしい。
上昇気流に乗って滑空する鷹やトンビ、
前後左右と自在にホバリングできるハチドリなどはもちろん飛び上手の域だろう。
しかし、なんといっても一番はツバメではないだろうか。
人や車が行き交う町中を吹き矢のようにすっとんでいく。

同じように虫界にも飛ぶ能力には差があるようだ。
甲虫類の飛び方がヨタヨタしているのは仕方がない。
カナブンなんて、あちこちにゴチゴチ頭をぶつけている。
カマキリやバッタも飛ぶにはバランスが悪そうだ。
チョウチョも思ったとおり飛べているのか怪しい気がする。

上手だと思われるのはまずハチだ。
ホバリング系の飛び方のようだが、その割に遠距離も行ける。
蚊の、人にピントを合わさせない飛び方もうまい部類なのかもしれない。
時々、音だけ聞かせて嫌がらせをするあたりが憎らしい。


しかし、鳥虫ひっくるめて、誰が一番飛ぶのがうまいかとなると、
なんといってもトンボではないだろうか。
かなり昔だが、ある漫画でトンボが飛んでいるシーンの擬音に、
「つーい」
と書いてあった。
なんと見事にトンボが飛ぶ様を表しているのかと、今でも忘れずにいる。

ただ、あまりに見事に飛ばれるので、ホントに飛んでいるのかと疑ってしまう。
なにしろ羽がセロハン細工みたいな代物だ。
あれでどうしてあんなに静かに飛べるのだ。
実は羽なんかなくても宙に浮けるのではないか。
あらゆる生物の中でトンボだけが違う理屈で飛んでいるのではないか。


ある出勤途中のことだ。
トンボが二匹、何をしているのか知らないが、くっついたままで飛んでいった。
全く音も立てず、それこそ空気の上を滑るように「つーい」とむこうに行ってしまった。

その時に私はこう考えた。
トンボは普段空中浮遊していて、人が見ている時だけ羽を使っているフリをしているのではないか。
この事実を人が知ったら、そのシステムを解明するためにトンボ狩りが始まる。
そうならないように、一応羽で飛んでいる建前にしているのではないか。

私が目にしたこのときには、何をしているのかは知らないが、
それに一生懸命になってしまって、羽を動かすのを忘れていたのだ。
そうだ、きっとそうに違いない。


年に数回、オニヤンマが仕事場に迷い込んでくる。
出口がわからなくなって天井や窓のあたりを右往左往している。
この時、これでもかと言わんかのようにジタバタ羽ばたきまくるのだ。

あーもう、わかったわかった。
あんたらは羽で飛んでます。
だから、鉄骨や蛍光灯の上のホコリを撒き散らすのはやめてくれー。







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手作りよ
先日、マイひどい音楽ベスト10を競う話を書いたのだが、
その決着がついた。
審判のMちゃんの判定は私の負けだ。
ライバルの作品はデスメタルというジャンルで、
ずーっと「♪ドガドガドガドガドガドガドガドガ」とやってて、聴いていられなかったらしい。

で、私のほうがどんな10曲を選んだか、という質問をいただいた。
ありがたい。
こんな質問をいただけなかったら、
質問があったことにしてネタにしようと思っていたのだった。

というわけで、私の『マイひどい音楽ベスト10』を紹介しよう。
コンセプトは、19歳の女の子Mちゃんが聴きたくないと思う音楽。
ただし、私自身も好きでない音楽を入れるのは失礼だと思ったので、
全て私の好きな曲だ。


1曲目
ルーマニアの早弾きブラスバンド『ファンファーレ・チォカーリア』から、
『バラシュヤーンカを8回』
ともかく早く演奏することに賭けているラッパの演奏。
タイトルはある部分を8回繰り返すことから来ているらしい。

2曲目
日本のアジアンバンド『上々颱風』(シャンシャンタイフーン)から『極楽ルムバ』
昭和チックな歌謡演歌。

3曲目
映画『続・夕陽のガンマン』のテーマ。
最近新しいアレンジでテレビ番組のBGMなどに使われているが、
実は原曲はかっこいい。

4曲目
イカ天出身バンド『人間椅子』の『人間失格』
おどろおどろしさが売りの文芸ロック。
当時、ベースはねずみ男の格好をしていた。

5曲目
モンゴルの民族音楽ホーミーより『十五夜の月』
これは説明が難しいのだが、喉を絞って「ウィー」と声を出すことにより、
まるで笛のような音を出して演奏するのだが、
この説明ではさっぱりわからんでしょ。

6曲目
『たま』より『みみのびる』
一時期流行って紅白歌合戦にも出場した『たま』のリーダーで、
ランニングを着ていた石川の曲。
歌詞の意味が全然わからない。

7曲目
バリ島の『ケチャ』
おそらく、音楽というよりお祈りに近いものではないだろうか。
大勢の人で「だだだっ」とか「ガチャガチャガチャッ」とか叫ぶのだ。  

8曲目
スペインの『エヴィア』の演奏による『タンシラへの旅』
楽器は電子バグパイプで、息継ぎがいらないので吹きまくりである。
音の数がすごく多い。

9曲目
アルゼンチンのハーモニカの名手『ウーゴ・ディアス』による『エル・ベンタハオ』
ハーモニカ一本でのアルゼンチンタンゴで、どうも誰か踊っているらしく、
床をドンドンする音が入っている。

10曲目
『ノーボトム』の『サンバ・ジャ・ネイヨ・ネブタ・ダヨ』
お笑い芸人古坂大魔王が作ったクラブ音楽グループで、
日本古来の音楽と現代音楽の融合である。


ご存知の曲、あるいは演奏者があっただろうか。
興味があったら検索してみてね。

ちなみにこの企画が気に入った我々は第二弾を計画した。
Mちゃんからたってのお願いで、次回のお題は『元気が出るベスト10』だ。
ひょっとして、今回で元気をなくしたのか?







↑とりあえずお互いのベスト10を交換してきたのでクリックしてね。






ドガドガいってる
最近、本屋で『怖い絵』という本を見つけた。
絵には本当に怖いものがある。
今、ちょっと試しに「怖い絵」を検索してみた。
しなければよかった。

絵というものには結構な力がある。
一枚の絵で思わず吹き出したり、ほのぼのしたり、
あるいは怒ったり泣いたりすることさえできる。
場合によっては何かを買わされたり、見ただけでお腹が減ったりすることさえある。

絵というのは一瞬で全体を捉えられるので頭に入って来やすい。
そして、恐怖というのは生物の根源的な感情だ。
身を守るためには、怖いものには即座に反応しなくてはならない。
怖い絵というのは、素早く入り、素早く感じるものだ。
見た瞬間に、理解はできなくても「怖い」と思ってしまうものだ。


こんな絵が家にあったらたまらない。
幸い私の家は豪邸でも洋館でもないので、
掛け軸や肖像画の類はない。
むしろバカみたいな絵が散らかっているぐらいだ。

ところが、怖い絵というのは思いもよらぬところにあるものだ。
うっかり“ちら”と見てしまったばっかりに、
全身が総毛立つ思いをしてしまった。
一応写真を撮ったのだが、閲覧は個人責任でお願いします。







無残

これは私の誕生日にちづるがくれたプレゼントのパッケージだ。
商品名を『リアップ』という。
ただし、宣伝用のイラストではない。
説明用に添付された残酷絵だ。

人体のあまりに酷い状態がリアルに描写されている。
おそらく売り場でも、あまり子供の目につかない位置に並べられているはずだ。
Rー18指定されているかもしれない。

おい、誰だ。
「総毛立ってもたかが知れ」
なんて思ったのは。


この絵が人心に不安を巻き起こすのにはいくつかのポイントがある。
ここには人の頭頂部が書かれているのだが、鼻の位置から顔の方向は下だとわかる。
つまり、うつむいているのだ。
四つの頭がしょんぼりうつむいているのだ。

よく見ると眉毛が描かれている。
眉毛は人の感情をよく表す。
この眉毛、いかにも悲しそうではないか。

もし、ここに胴体と吹き出しを描き足したら、そこに入るセリフは、
「申し訳ございませんでした」
しか考えられない。


そして、下の二つの絵には※印が付いている。
この説明が恐ろしい。

※脱毛範囲がこれら以上の場合には効果が得られない可能性があります。

ぶるるるる。
なんて恐ろしい絵なのだ。
でも使っています。








↑上を向いてクリックしてね。





許せん行為
私は会社にタオルを一枚置いている。
汗をかいたとき体を拭くためのものだ。
「おいおい、洗濯はしないのかい」
なんて声が聞こえてきそうだが、水洗いだけでしのいでいる。

私が頼りにしているのはお日さまの力だ。
体を拭いたタオルは、何回か水ですすいだあと中庭の軒下に干しておく。
ここは午後になるとよく日が当たり、タオルを“カピッ”と乾かしてくれる。
するとあら不思議、お日さまの香りたっぷりで、汗臭さなんて微塵も感じない。

あの汗の臭いは要するに雑菌が作り出しているのだろう。
それが日光でキレイに殺菌されてしまうのだと思っている。
その能力は洗剤なんかよりはるかに上だ。
ちゃんと干すことができれば、プラスアルファの香りなんて必要ない。


さて、音が耳に残るという経験はないだろうか。
例えば、救急車のサイレンを聞いたら、
それがいつまでもどこか遠くで鳴っているような気がすること。
もう聞こえなくなったな、と思ったあとも、
何かの拍子に、ふと聞こえたような聞こえなかったような感じがすること。

それが匂いにもある。
鼻が匂いを思い出すとでも言おうか、
匂いの元がないにもかかわらず、なんとなくほのかに香りを感じることが。


ある日のことだ。
午前中の仕事で大汗をかいたので、Tシャツを着替えることにした。
昼休みは気分良く過ごしたい。
干し始めたら使うまで干しっぱなしのタオルを中庭からとってきた。
ホッカホカのカッピカピだ。

これを水で濡らして絞り、体を拭く。
サッパリして気持ちいい。

が、この時なにかかすかに匂いを感じた。
どこかで嗅いだことのある、どちらかといえば良くない匂いだ。
でもそんなはずはない。
取り込んですぐに顔をうずめて匂いを嗅いだのだ。
その時にそんな匂いは一切感じなかった。

そして、その匂いの正体を思い出した。
カメムシだ。
そんなはずはない。
そんなはずはないんだけど、鼻の奥のどこか狂ったセンサーの一端が、
あのカメムシのエッセンスをかすかに感じている。

こうなると、匂いは鼻についてくる。
そのタオルだけでなく、拭いてしまった上半身、
さらに、着てしまった新しいTシャツまでがカメムシテイストになっているような気がする。

うわーいやだーいやだー。
タオルはまた水洗いをして干しておいた。
しかし、この記憶が残って、このタオルを使うたびにこの匂いを思い出すのではないか。
ついに家に持ち帰って洗濯する時がきたのか。


だが、この話を読んだちづるが、一緒に洗濯してくれるだろうか。
すべての洗濯物が、いや、洗濯機自体がカメムシ臭に染まってしまうのではないか。
そしてその匂いは寝床に、リビングに、食器に、おにぎりに・・・
あああ~








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久々の生物ゲスト
棚卸は無事に終わり、
仮になにか間違いがあって大騒動になったとしてもそれは後日の話で、
とりあえず棚卸は無事に終わったのだ。
祝わない訳にはいかない。
居酒屋に行った。

なんだかんだいってももう九月、
旬というものは移り変わっていく。
メニューには秋の気配が漂い始めた。
なんといっても目に付いたのはサンマだ。
秋の味の代表と呼んでも良いのではないか。


このサンマ、大衆魚としては珍しく、魚へんの漢字がない。
調べてみたら昔はあったらしいのだが、今は使われていないらしい。
つまり、寿司屋の湯呑にサンマは参加していないのだ。

その代わりにサンマには素敵な字が当てられている。
ご存知『秋刀魚』だ。
確かに新鮮なサンマは刀という名にふさわしい。
背は黒々と、腹はピカピカ光っていて、そのフォルムは金属的で鋭い。
誰が名づけたのか知らないが、粋なネーミングをしたものだ。


しかし、女将さんがそのよく肥えたサンマを用意しているのを見て、
私はちょいと違和感を覚えた。
サンマって、思ったよりでっぷりしている。
『秋刀魚』と名付けた粋人は、痩せたサンマしか食べたことがなかったのではないか。

私の座っている位置から見えたサンマは、網に載せた時も「のたっ」という感じだった。
なんだか重量感があって、アザラシが頭に浮かんでしまった。
アザラシは漢字で「海豹」だ。
『秋海豹魚』としてはどうだろう。


いや、さすがにサンマはアザラシほど丸くはない。
背の方が直線的で、お腹の方に丸みがあるシルエットはどこかで見たことがある。
そうだ、柿の種だ。
ビールのおつまみにしていると、時々太ったのも入っている。
『秋柿種魚』はどうか。

いやいや、やはりそんなに軽々しいものではない。
刃物的イメージは間違っていないはずだ。
ただ、実際のサンマの形のものでは人は斬れまい。
斬殺ではなく撲殺になるだろう。
『秋鈍器魚』の方がぴったりだ。

いやいやいや、そんな物騒なものではなく、さんまにソックリで役立っているものがあるではないか。
ヘラだ。
何に使うヘラかはわからないが、ヘラにはふさわしい形だ。
ヘラという漢字は『箆』だそうだ。
『秋箆魚』こそがサンマを表している。


いーや、そんななんだかわからない漢字を当てるわけにはいかない。
もう形にこだわるのはやめよう。
サンマは漢字より『サンマ』とカタカナで書くのが一番お似合いだ。
このカタカナを漢字にしよう。

「サ」はもちろんクサカンムリだ。
「ン」はもうちょっと横に伸ばして整えたら「ニ」になる。
「マ」はひっくり返したり裏返したりしてたら「ム」になった。
クサカンムリに「ニ」と「ム」を合わせたら、
なんということでしょう、『芸』という漢字ができたではないか。

サンマは「秋のサンマの魚」という意味で、
『秋芸魚』に決定だ。
どう?
粋?







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食べ物で遊んじゃいけません
昨日は仕事を終えて家に帰り、
車検の終わった車を取りにちづるの車で出かけ、
帰りにうどん屋で食事をして帰宅し、
その後、みそか寄席というハードな一日でした。

昨夜はフィリピンで地震があったとかで、津波警報が発令され、
ある噺家さんの高座の途中でサイレンが鳴り、
それをごまかすのにアドリブで大苦戦となりました。
ま、そんなところが生の醍醐味です。

というわけで、昨夜は夜ふかし。
今朝は普段よりちょっと朝寝をさせてもらい、
カレンダーでお茶を濁させていただきます。


遠くから日付がわかる

ああ、なんとカレンダーらしいカレンダーなのでしょう。
ちゃんと休日が赤く塗ってあります。
ほかに不要な色柄を使いすぎてわかりにくくなってますが。

賑やかしく、いろんなものを詰め込んでみようと思ってやってみました。
が、キャラも少ないし、パターンもないし、
そんなに描くことがなくて四苦八苦しています。
中には通じないものもあるかもしれませんが、
ちょっと虫めがねでも持って探索してみたら、なにか発見があるかも。

ないない。


今日は会社が棚卸です。
そのあと、お出かけしたりするので、
二日連続でお留守にしますが勘弁してください。







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ぬり絵用