2012年06月

ここでは、2012年06月 に関する情報を紹介しています。
以前、野菜の苗をご自由にお持ちいただいた話を書いたが、その第二弾を実行した。
予告通り、今回の苗はナスだ。
40本ほど作った苗から8本を畑に植え、
万が一の時の予備を残して、28本を店の前に置いた。
『ナスの苗です。ご自由にお持ちください』と書いてレジ袋も添えておいた。

水曜の朝設置して、夕方見てみたら売れ行きが悪い。
というか、一つも減っていない。
午後になって降ってきた雨の影響もあるのかもしれないが、
やはりナスを植えるのにはもう遅過ぎるのか。
私自信、こんな時期に植えてていいのかと心配なのだ。


動いたのは翌日木曜日だ。
朝、4×7列できっちり整列していた苗が、昼前には自由行動になっていた。
数えてみると15本。
13本がもらわれていった勘定だ。

まさか一人で13本ということはないだろう。
数人のグループが持って行ったのだろうか。
あるいは、誰も取っていない状態では手を出しにくくて、
最初誰かがとった後、勢いがついたのだろうか。
次回は、すでに誰かが持っていったっぽい配置にしてみよう。


昼休み、車で寝ているO川によると、けっこう見ていく人はいるようだ。
「ナスの苗だ」
「持っていっていいんだって」
と明らかに地元のイントネーションとは違う会話が聞こえたりするらしい。
観光客が持っていくこともあるのだろうか。

O川の奥さんの実家は大阪だが、都会では野菜の苗を売っていなくて、
欲しい人は郊外のホームセンターに行くしかないらしい。
そうはいうが、都会でもガーデニングブームなのではないのか。
むしろ「田舎では無料の野菜苗があるんだよ」なんて言っているのではないか。
おのれ観光客め。

そうかと思うと、
「前はキュウリがあったよね」
という声も聞いたそうだ。
ときどき無料苗のある店として認知されつつあるのだろうか。
だとしたら、期待にこたえなければならないだろう。


金曜の朝、出勤するとみんながナスの苗が減った話をしてきた。
出勤時に見るのを忘れてたので確認すると、
なんと、3本しか残っていない。
夜の間に12本が持って行かれた。
やはり人目のあるときは持って行きにくいのだろうか。

残る3本も昼までには無くなった。
28本完配だ。
自分で言うのもなんだが、最後の3本なんてヘロヘロの苗だった。
それでも需要があるとはなんとも嬉しい。
やっぱりまたやりたい。


で、前回、今度は花の苗を育ててみようか、と書いたのだが、
実はもうコスモスの種を買ってきてある。
いろんな色のミックスと、ちょっと変わった色の二種類だ。
この休みの間に蒔こうと思う。

無料のコスモス苗の欲しい人、ウチのお店においで。
まだないけど。







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富豪になりたいの
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またもや職場で上司TとO川がもめていた。
包装の終わった商品に品名を書くためのマジックがないというのだ。

「お前がなくしたんやろ!」

「Tさんがどこかに置いてきたに決まっとる!」

ともかくこのマジックというやつはどこかに行きたがる。
大抵の注文は急ぎなので、商品名を書いたらマジックはその辺にポイと置かれる。
転がっていって、机の下から見つかるなんてこともしょっちゅうだ。
誰かがついポケットに入れていることもある。
そうして行方がわからなくなるたびになすり合いになるのだ。

そのうち争いは私にまで波及してきた。
上司Tが私に、

「お前が持ってったんと違うやろな」

「なんでやねん、ワシは自分のを持っとるやないか!」

そう、私は自分専用のマジックを持っている。
こうやって探す羽目になるのもイヤだし、別の場所で使うことも多いので、
仕事中に着けている前掛けのポケットにメジャーやナイフとともに入れてあるのだ。


が、
少し気になることがあったので確かめてみた。
あった。
前掛けのポケットに問題のマジックが入っている。

そう言えば自分専用のマジックがかすれたので、机にあったマジックを使ったのだった。
どうやらそのままいつものようにポケットに入れてしまったらしい。
これは困ったことになった。
やつらにばれたら集中砲火を浴びるに違いない。
こっそり戻しておくことにしよう。

だが、二人ともいないときに、元あったペン立てに戻しておいたのでは、
いかに注意力散漫なやつらでも私が怪しいと思うだろう。
私へ疑いが向けられないためには二人のどちらかが疑われるところに置くのがいい。

O川は元々マジックの使用頻度が低い。
しかも上司に言われて商品名を書くぐらいなので、使うとしたら常にこの位置だ。
それにひきかえ、上司Tにはその辺に物を置く癖がある。
だから最初のもめごともO川の方に分があるのだ。
ここは上司Tにかぶっていただくことにしよう。


問題はどこに置くかだ。
上司Tが置きそうなところで、さっき探さなかったところがいい。
理想は、O川が見つけて
「やっぱり上司Tがこんなところに」
となることだ。
うっかり私が見つけたことになると、どこにあったか追及されしどろもどろになる恐れがある。

考えた末、棚の二段目、ハンドモップの影に置いた。
さあO川、見つけるがいい。


ところがこのO川が見つけない。
「上司Tに違いない」と言いつつ、自分が使わないときは探す気もないらしい。
私は、ほらほらここに半分見えてるぞ、と念じながら、
「そうだそうだ」と話を合わせているだけだ。

結局、この日は見つからずじまいだった。
そのせいでみんなが不便な思いをしている。







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落書きするな
なにかとなにかのタイミングが見事に一致することがある。
たとえば、オーブンでパンを焼き、電子レンジで牛乳を温めていたら、
同時に「チン」と鳴ってできあがった、なんてことだ。
偶然の一致とか、奇跡の一瞬というにはささやかだが、
なんとなくうれしい気分になる。

会社に行くまでに踏切があるのだが、出勤のときには必ず止められる。
しかも上りも下りも矢印が点灯している。
待たされてイライラしている時に、左右から同時に電車が来て、
あっという間に踏切が開くと気分がスッとする。
宝くじでも買うたろかとさえ思う。

最近、こういうタイミングの一致にあうことが多い。
いやいや、ささやかなことだけども。


先日、会社で加工する紙を倉庫から出してきた。
もちろん紙は濡らしてはいけないのだが、途中に雨漏りするところがある。
気をつけなくてはいけないと思っていたが、
その近くまで来たら「ぼつっ」といやな音が。
見事に水滴をくらってしまった。

あら~、ここも漏っていたのか、と思って床を見たが、まったく濡れているところがない。
しばらく観察していると、ポタッと一滴の雨粒が落ちてきた。
なんと、雨の漏り始め、最初の一滴を紙で受けてしまったのだ。
これはもちろん、宝くじ買うたろかとは思わなかった。


つい最近、オープンしたチェーン店のカレー屋さんに入ることができた。
もう2時近かったので空いていたのだ。
食券を買って座るところを探すと、
カウンターは、おっさん、二席あけておっさん、二席あけておっさん、
という間隔で人がいた。

これは誰かの隣に座らなければならない理屈だ。
とりあえず近くでもう食べ終わっているおっさんの隣に座って食券を出した。
店員さんはコップに水を注いでいる。

するとそのおっさんが怒りだした。
「おい、水より先にチケットをまわせ!」
私のカレーが早く出るようにと怒ってくれているのだ。

ちょっと恐縮して「えらいすいませんね」なんて言ったら、
「いえいえ、すいませんね。トロいやつばっかりで」
なんとお店関係の人らしい。
そのあと、揚げ物の味を確かめて、カウンターの端っこに行ったと思ったら、
店長を呼んで、何やら指示を出していた。

これは、チェーン店の査察ではないか。
テレビでは見たことあるが、まさか隣に座ってしまうとは。
カレーはおいしかった。


先週の土曜日、お出かけから帰ってきて、そのあと飲みに行く段取りになっていたのだが、
長距離移動をしたので疲れていた。
そこで30分仮眠をとってから家を出ることにした。
ちづるがキッチンタイマーを30分にセットする。

うつらうつらしながら30分後、けたたましい音で目が覚めた。
寝ぼけた頭なので何が起こっているのかわからない。
キッチンタイマーと私のケータイが同時に鳴っている。

時間は5時半、退社時刻だ。
私がいつも仕事を終わる時間に合わせてあるアラームと、
ちづるが30分後にセットしたタイマーがぴたりと一致したのだ。
なんという見事な偶然だろう。


ところで、なにやら前にも読んだことのある話があるぞ、と思った人。
そんなのはよくあることだから。







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朝の出会いがしら
私はまだピチピチ若いのだが、老眼だけがガンガン進んでいる。
なんとなく新聞が読みにくいので、百円の老眼鏡をかけてみたのだが、
久しぶりに裸眼で新聞を見てみたら、あまりに読めなくてビックリしてしまった。

ちなみに、新聞用の老眼鏡は、一番軽い1.0。
いつも持ち歩いている携帯用と部屋にあるおしゃれなのは1.5。
寝床の読書用は2.0を使っている。

困るのはやはり仕事中だ。
メジャーの目盛りが読めない。
紙が数えにくい。
手書きの伝票を見間違える。

そのときだけケータイメガネをかければいいのだが、
ふと顔を上げると、近眼になっていたクラクラする。
結局、メガネをずり下げて、ハタキを持った本屋の親父みたいになってしまうのだ。


しかし、新聞や仕事なんてどうでもいい。
私が一番嘆いているのは食事のときだ。
食べる物が口に入る瞬間、つまり最も自分に近づいたときにその食べ物にピントが合わない。
いうならば、ピンボケのものばかり食べていることになるのだ。

もちろんテーブルに乗っている時はちゃんと見えている。
何を見てもとてもおいしそうだ。
それが肝心の瞬間にボケてしまう。
ラーメンをすするとき、丼物をかき込むとき、カレーパンにかぶりつくとき、
あのステキな質感が感じられないなんて。

食事は味覚だけで楽しむものでない。
五感がフル出場で感じる一大イベントだ。
味や匂いはもちろん、聴覚、触覚、そして視覚も食事を盛り上げる重要なファクターだ。
鉄板がじゅうじゅう焼ける音、
中身が詰まった肉まんの重さ、
そして見た目が味をさらにランクアップさせるのだ。

テレビの食べ物リポートを見ていると、
その料理を必ず箸やフォークで持ち上げて見せる。
味やにおいが伝わらないテレビでは見た目で料理を見せる。
それで視聴者はそれを食べたいと思う。
これが食べるものを見ることが大事だという証拠になるだろう。


では、食べるときは老眼鏡をかければいいか。
これが湯気で曇ってしまうのだ。

ここでハタと気がついた。
冷たい食べ物ではメガネは曇らない。
でも、冷たい食べ物はそんなに見なくてもいい気がする。
人間、暖かい食べ物だけ見たくなるのではないだろうか。

たとえば、ラーメンはじっくり見て食べたいが、冷やし中華はよそ見をしながら食べられる。
おにぎりの具は舌で確認するが、肉まんの具はどんなのか目で確認したい。
ほかほかごはんは寄り目になって食べるが、冷や飯は視点の定まらないうつろな目で食べる。
どうだろう、この説は。

そんなことないな。







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マクロなマグロってどう?
私は立派なことに毎朝この『いぢわるこみ箱』を更新しているのだが、
ネタにランク付けをしたいと思い始めた。
出来不出来に対するランク付けではない。
私がいかに苦労したかを自分でABC評価したいのだ。

以前だと、思いついたアイデアを書き溜めたメモを見て、
「今日はこのネタにするか」なんて決め方をしていたが、
今では朝起きた段階で頭に浮かんだものを、
「もうこれをなんとかネタにするしかない」という感じになっている。
この産みの苦しみをみなさんにもわかってもらいたいのだ。


まずはA。
奇跡的なアイデアがひらめき、構成からオチ、絵に至るまで一気に思いつき、
スラスラと書けて、自分で読んでも感心するようなステキなネタ。
ちなみに、いまだにそんなことは一度もない。

ランクB。
面白いことを思いつき、それを広げるために事前に下調べをし、
当日整頓して更新できたネタ。
下調べの段階で、思いついたことが間違っていたと判明することが多い。

ランクC。
覚書を見ていて、あちらとこちらのネタを合体させて「使える!」と思ったネタ。
そんなことがまれにあるので、ネタのメモはパソコン前のコルクボードに貼ってある。
でも、今あるのは残りカスばかりということだ。

ランクD。
ダウン絵。
頭文字がDだからだ。
そういう語呂合わせをしたがる性質なのだ。
ちなみに、更新するのは楽だが、苦しいのは苦しい。


ランクE。
身の回りで実際に面白い出来事が起こり、それをそのまま書いたもの。
これが一番ありがたい。
しかし、行動範囲の狭い私はなかなかそういう場面に出くわさない。
上司TやO川、居酒屋の面々に頑張っていただきたい。
ちづるの場合は、使用不可となることが多いのだ。

ランクF。
農作業やお出かけの様子を写真で水増ししたもの。
まとまった写真が手に入ると、なぜかホッとするのだ。
で、ピンボケなんかで使える写真がなかったら、それはもうガッカリするのだ。

ランクG。
些細な出来事を会話文で長く引き延ばしたもの。
「」が出てきたらそういうことだと思ってもらいたい。
筒井康隆氏は、原稿用紙を埋めたかったら兵隊に「番号」をさせろ、と言っていた。

ランクH。
ともかく、朝起きたとき頭の中が『無』で、目に付いたものでとりあえず書き始め、
ヘリクツやナンクセで逃げようとするが失敗し、
まとめられないので箇条書きになったりし、オチも特にない。
こんな時は絵もヨンホンゲとトケ井が棒立ちになってる事が多い


ホントはもっと細かく分類できるのだろうが、あまり増やすとややこしくなる。
「なんだ、今日の更新は」と怒る方もいるかもしれないが、
そんな時はとても苦労しているのだと思ってもらいたい。








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きのうもやがな

覚悟

この休みはよく動いた。
金曜日、仕事が終わった後急いで家に帰り草刈り機を持って畑へ。
草刈りを終えたらホームセンターに行って、堆肥と石灰を買った。

土曜の朝は普段通りの時間に畑に出勤し、スナックエンドウのあった畝を耕す。
堆肥と石灰を混ぜ込みゴーヤを植え付け。
ナスとピーマンも予定の位置に定植した。
今年は寒さの影響で種を蒔き直したので、こんなに遅くなってしまった。

十時には家に帰ってお出かけだ。
今ハマッている『エレファントカシマシ』のCDを探しに、
ブックオフの伊賀上野店と名張店まで山越えの出張だ。
見事古い曲の入ったベスト盤をゲットした。

家に帰って30分仮眠。
その後、ちづるといつもの居酒屋に行く。
今回は私のおごりという約束だ。

日曜はちょっとゆっくりして、10時ごろ畑に行った。
昨日植えたゴーヤの畝に、支柱を立ててネットを張る。
金曜に刈った草をヒマワリの根元に集め、エダマメの畝は草取りと土寄せ。
トマトの支柱を補強して、伸びてきたサニーレタスを全部抜いた。

気がつくともう1時だ。
ちょいと友人のお店に届け物をして、行ってみたかったカレー屋さんで昼食。
野菜を植えてみた居酒屋オーナーの庭を覗いたら、
かなり草まみれだったので大物だけ抜いて家に帰った。

自宅の草取りもしなくてはならないのだが、もうしんどかったので家に入った。
体を拭いてさっぱりしたら、前日に買った『エレファントカシマシ』の録音だ。
車で聴くMDにお気に入りの曲を追加しなくてはならない。


あちらこちらとよく移動したこの休みだが、一つトラブルが起こっていた。
その車のMDがどうにかなってしまったのだ。
ずっと『エレファントカシマシ』を聴き続けていたのだが、
先日、たまにはと思い、MDを『東京事変』に入れ替えた。
この『東京事変』が出てこない。

イジェクトボタンを押しても、ウイウイいってるだけで、そのまま止まってしまう。
再生すると音は鳴る。
取り出し口のカバーをめくってみると、すぐそこに見えているのにウイウイストップだ。
シャープペンシルで押してやるとまた戻っていく。
どうやら、この機械はMDが奥に入った後、下に下がるらしい。
その位置で上には上がるが手前に出てこないのだ。

この狭い入口でシャープペンシルは使いにくい。
そこで耳かきを使うことにした。
シャープペンシルでは押しこむことしかできないが、耳かきなら引っかけられそうだ。
MD盤の右側に少し隙間があったので、耳かきの先端を下に入りこむように突っ込み、
ぐりっと回して、盤を下から持ち上げるようにした。
これが大成功で『東京事変』はウイーンと素直に外に出てきた。


さて、『エレファントカシマシ』の録音ができた。
今まで買い集めたCDの中から選りすぐりの17曲だ。
今日、このMDを機械の中に入れる。
ひょっとしたら、もう出てこないかもしれない。
車を買い替えるまで『エレファントカシマシ』しか聴けない可能性があるのだ。

OK、私は覚悟した。
『エレファントカシマシ』を聴き続けよう。
そして一緒に歌い続けよう。
のどがガラガラになっても。






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そしてどこで鳴るの?
お出かけの帰り道、あまりに暑かったので高速のサービスエリアでソフトクリームを食べた。
前回食べたのはいったいいつのことだったろう。
ずいぶん久しぶりの白い立体渦巻きは、
ミルキーでアイシーでコッテリーでとてもおいしい。

さて、食べ物にはおいしいタイミングがある。
たとえば、生ビールや焼き肉は最初の一口が断然おいしい。
カレーは翌日がメインだというのは周知の事実だ。
すき焼きだって残ったのを翌日ごはんに乗せて食べるのが一番ではないだろうか。
個人的意見だが、鉄板に乗ったイタリアンスパゲティは、
破片を寄せ集めて食べるラストの一口が好きだ。

ラーメンは熱すぎる最初より、勢いに乗ってくる中盤がいいと思う。
寿司だと好きなものをいつ食べるか、自分でタイミングを加減する。
トンカツはなんといっても揚げたてが最高。
でもてんぷらうどんはちょっとふやけてからの方がおいしい。

さて、ソフトクリームが一番おいしいのはどの段階だろう。


まずは最初の一口だ。
甘さ冷たさ濃さといったソフトクリームの魅力が一番新鮮に感じられる。
ただ、それだけではない。
最初の段階ではまだ心配がないからだ。
そう、ソフトクリームには常に“溶ける”という心配が付きまとう。

心配しながらモノを食べるとその味は半減する。
借金取りに怯えながら食べるお寿司がおいしいだろうか。
やはり心に余裕がなければおいしさを楽しむことはできないのではないか。

ソフトクリームは食べ始めた段階ですでに溶け始めている。
形状は二種類あり、表面が滑らかなタニシ型は溶けるのが遅いが、
ダブルのひねりによって凹凸の激しいサザエ型はすぐに溶けてしまう。
ただどちらも最初の一口を堪能したあとは、
溶けることによって事件が起こることを心配しながらになる。


というわけで、上の渦巻き部分を食べてしまい、コーンにたどり着くと安心がある。
もう溶け落ちる心配はないのだ。
そしてそこにサクサクという新しい食感。
この段階がまたおいしいのだ。

ソフトクリームというのはアイスとコーンの合体作だ。
アイス部分だけを食べていたのでは、ソフトクリームを食べたことにはならない。
ここからがソフトクリームの醍醐味と言ってもいいだろう。
だから、ここが一番おいしいという声も多い。


とはいえ、まだまだ心配は払拭されていない。
ソフトクリームには時限爆弾が仕掛けられている。
完全に溶けたアイスが底にたまり、コーンの尻尾からポタポタ落ちることがあるのだ。
こうなると大あわてだ。
あわてて食べるモノはおいしくない。

だから、最後の尻尾を口に放り込んだときが一番おいしいという意見がある。
まったく心配がなくなって安堵する瞬間、
溶けたアイスとコーンがシャクシャクとステキな食感を生み出す。
満腹とは違った満足感を得られるのはこのタイミングだ。


本来なら均一な味のアイスとコーンのコラボレーション、ソフトクリーム。
あなたがトロだと思うのはどこ?







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今度はかき氷
今はちょっと仕事がヒマな時期で、夕方にはくつろぎの時間が確保できる。
5時ごろにはお茶とおやつが出るので、O川、N岡と談笑している。
毎日こうやって話していると、もう長い付き合いなのに、
いまだにこいつらの意外な一面を見ることがある。

O川は腸が弱いので、配達中に寄れる市内のトイレに精通している。
特に、一時期おしりの調子を崩したことがあるので、
ウォシュレットのあるトイレにくわしい。
そんな話をしているときに、N岡がカミングアウトした。

彼はウォシュレットを使えないのだそうだ。
そんな彼にO川と私でレクチャーしてあげた。

「アレ、ちゃんと当たるんですか?」

「思いのほか見事に当てるよ」

「自分で微調整するんだよ」

「ええー、でもどうやって見るんですか。前からのぞくんですか」

「見やんでも感触でわかるやろ」

「ちょっと腰を動かすだけやから」

「背中びちょびちょになったりしないんですか」

「お前はタイムスリップしてきた人か!」


するとO川が打ち明けた。
O川の奥さんもウォシュレットを使わない派なのだそうだ。
家を建てたとき、危うくウォシュレットなしにされるとこだったらしい。

「そうそう、そう言えば・・・」
とO川がビックリするようなことを打ち明けた。

『O川の奥さんはモグラを想像上の生き物だと思っている。』

彼女は都会育ちなので今まで出会うことはなかったのだろうが、
O川が何度説明しても信じないのだそうだ。
地面の下に穴を掘って暮らしている哺乳類なんているはずないと、
どうしても受け入れないという。

「するとなにか、モグラはファンタジーの世界のものやと?」

「そう」

「魔法使いやしゃべる動物の仲間やと?」

「そう」

「お前の嫁さん、モグラはヘルメットとヘッドランプ着けとると思とるやろ!」

「その通り!」


世の中いろんな人がいるものだ。








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お姫様も出せ
右か左か、上か下か、はたまた全身か後退か、
人生では数多くの二択を迫られることがある。
その中で、ドラマや小説ではよく耳にするが、
まだ実際に出会ったことのない二択がある。

「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

というやつだ。
みなさんはどちら?

この場合、重要なのは悪い知らせの方だ。
大抵良い知らせはささやかなハッピーで、
悪い方はどん底のアンハッピーと相場が決まっている。
イヤなことを先に済ませておく派か、どんどんあと伸ばしにする派か、ということだろう。

ドラマ的には良い知らせを先に聞いた方がいい。
なぜなら、このセリフは良い知らせを悪い知らせが打ち消すことが面白いからだ。
ただ、そんなのは見ている側には面白いが、当事者にしたらたまったものではない。
だから私は悪い知らせから聞くことにしよう。


では第二問。
この「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」というセリフを、
言う役がいいか、言われる役がいいか。

これが役ならば、言われる側が主人公に違いない。
ただし、主人公はトラブルに見舞われていて、ここでさらに悪化するはずだ。
言う側は、言われる者より格が上でどうも楽しんでいる節がある。
一つのパターンとして、

「どっちも悪い知らせじゃないか」

「オレにとっていい知らせ、お前にとって悪い知らせさ」

なんてこともよくある。
ならば言う役のほうがいいか。


実際の生活でこのセリフを言うのは難しい。
良い知らせが「アイス食べたら当たりが出た」で、
悪い知らせが「パンにカビが生えた」では二択にする値打ちがない。
先ほども述べたように、両方の知らせが連動していなくてはならない。
アメリカンジョーク的に小粋なネタになっていなくてはカッコよくないのだ。

たとえば、なにかの試験に合格したのが良い知らせ、
ある時間までに登録しないと無効になるのだが間に合いそうにないのが悪い知らせ、
みたいなことだ。

これを見てもわかるように、本当はまず良い知らせから聞いてもらわなくては話にならない。
だから、「どっちから聞きたい?」と訊ねるのは一つの賭けだ。

「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

「じゃあ、悪い知らせから」

「いや~ん、良い知らせから聞いて」

これではみっともない。
シナリオなら相手の反応も決められるからこんな質問ができるが、
現実の世界では二択にするのはおススメできない。


さて、このへんでひねりの効いた良い知らせと悪い知らせを出して終われば、
このネタも出来のいいものになるのだろうが、良い知らせが思いつかない。
悪い知らせは、普段ならもう絵を描き終わっている時間だぞ、ということだ。







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首が向こう向いたぞ
まったく商売というやつはろくなものではない。
何でもかんでも売ればいいと思っている。
売れてる時は、もっと売れと世間をあおり、
売れないときは次は何を売ろうか考える。

日本は寿司やウナギを外国にどんどん売った。
その結果どうなったか。
マグロ不足ウナギ不足だ。
今まで食べなかった欧米人や中国人が、こいつはいいやと食べ始めたものだから、
日本人の食べる分が減ってしまったのだ。

数が減るともちろん値段が上がる。
海外に寿司やウナギを売ったやつはたんまり儲けて、
我々寿司ウナギ愛好家がそのツケを払わされるのだ。
「日本は生の魚やヘビもどきを食べる野蛮人なんですよ」
とエヘエヘ笑ってたら、マグロもウナギも独り占めできていたのだ。


商売というやつはともかく目立ちたがる。
他人より一歩前に出たくて仕方がないのだ。
だから大きな看板を上げる。
おかげで町中が看板だらけだ。

店なんかない住宅地にでも看板はある。
田んぼにだって、道路に向かって大きな看板が立つ。
みんな平等にってことで、せーので看板をはずしたら、世の中どんなにさっぱりするだろう。

テレビのコマーシャルがなくなったら、放送時間も短縮できる。
吊り広告の無くなった電車内は広く感じるはずだ。
バスももっとデザイン的におしゃれになるに違いない。
雑誌も宣伝ページが無くなれば、もっと薄く安くできるではないか。
なんてエコなのだ。


商売というやつは値段を上げたがる。
もっとお安く、というのはただのポーズに過ぎない。
安くてお得なフリをして、たくさんお客を呼ぼうという策略だ。
もし一店がこの策略で突出し、他店が全部つぶれたら、
絶対にものすごい値上げすると断言しよう。

農作物は採れ過ぎると値段が下がるので廃棄することがあるという。
ニュースでキャベツをそのままトラクターで耕したり、
牛乳を捨てたりするシーンを見たことがある。

おそらく、これを見たすべての人が、
「くれ!」
と叫んだはずだ。
でもくれない。
それが商売なのだ。


私の勤める会社は紙を売っている。
紙というのはけっこう残り物が出る。
これを、ただでくれと言ってくる人がいる。

店舗では、残り物の色紙をハガキサイズにしてばら売りしている。
それを見てひそひそ話しているおばちゃんコンビがいたそうだ。
「これどうせ残り物やろ」
「こんなんタダでええのになあ」
絶対やらん。

中にはすごいことを言う人もいる。
「B4の白い紙でいらんのがあったらくれ」
この人は魚屋で、
「新鮮な鯛の刺身でいらんのがあったらくれ」
というのだろうか。
いったいウチの商売をなんだと思っているのだ。


ちょっと話の流れを見失った。
それはともかく、今日から事務所に新人の女の子が来る。
こういった商売のことなんぞを教えてやらなければなるまい。
きれいきれいして出勤しよう。







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権利だけだよ
まだ六月だというのに台風が来た。
しかもけっこうな大物のようだ。
予想進路では我が家を直撃するらしい。
これは準備をしなくては。


台風前日、会社帰りに畑に行った。
トマトの伸びた分を支柱にくくりつけ、支柱同士を竹の棒で固定。
気休めだけどやらないよりはましだろう。
キュウリネットは丈夫な鉄パイプでしてあるから大丈夫だろう。
トウモロコシに土寄せをしている時間はないから、頑張ってくれと祈るだけだ。

ウチに帰って、家の周りを点検。
一応、少しだけ片づけをした。
苗をしまうのはギリギリの方がいいので翌朝にした。
雨が降ってからだとめんどくさいので、夜のうちに雨戸を閉めた。


台風当日の朝。
苗と植木鉢を玄関に入れる。
全部入らないので、ナスの苗は車に積んだ。
温室みたいなものだからいいだろう。

壁際、塀際のプランターや植木鉢はそのままで大丈夫なはずだ。
もう何年もこのままで耐えてきたのだから。
あとちづるに点検を頼んでナスとともに出勤。
雨風が台風っぽくなってきている。


午後になるとかなり荒れてきて、来店するお客さんも、配達の注文も減ってきた。
家の遠い順に帰宅を始め、自宅の近い私とN岡が残った。
4時に会社を閉めることになったので、最後の仕事と片づけをして、
N岡が雨漏りの点検をした。
ウチの会社はまだ建物が古い部分があるのでけっこうな雨漏りがするのだ。

4時半に退社。
ちづるに自慢のメールを送り、スーパーで食べ物を買って帰った。
そのうちちづるも帰ってきて、ニュースを見ていると、
7時過ぎに和歌山に上陸したと速報が入った。
見事に直撃コースだ。

台風は渦巻きなので、その中心より左右どちらが当たるかでずいぶん違うらしい。
それをこちらでは選べないが、やつはまっすぐこちらに向かってくる。

が、そのあと「台風は中止しました」みたいに静かになった。
台風の目に入ったのか、とも思ったが、だとしたらずいぶん切れ長の台風の目だ。
そのまま、被害どころか音沙汰もなく通り過ぎていってしまったらしい。
ご心配いただいた皆さん、まったく無事です、ありがとうございました。


ただ、次のがすぐに来るらしい。
どうせ昼間は家にいないので、雨戸はこのまま閉めておこう。
苗はちょっと日に当ててやろう。
ナスは車に積んでおこう。
さあ、次の、とっとと来い。







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バランスむずかしい
ざっ



がっさがっさ



せーの

さけび



すっきり




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最近、テレビのニュースや情報番組で“お詫び”が多い。
「先ほどお伝えした中で○○の字が間違っておりました」
というやつだ。
それが人名や地名で、まあ仕方ないかというやつから、
誤変換したまま見直してないのが明らかな、とんでもないものまである。

しかし、それをレベルの低下だと嘆くつもりはない。
そんなことを言ったら、逆転パンチを食らうのが目に見えている。
私も、出勤してからこのブログを確認するちづるに、
「推敲しろ」
と怒られたり修正されたりされているのだ。


わざと間違っている場合もある。
日本語の乱れだと言って嘆く人もあるようだが、
若者言葉というのは変わった言い方をしたいのだから文句を言っても仕方がない。
数あるヘンな言い方からいくつかが定着し、日本語の変化が起きる。
なじまないモノは淘汰されていく。

ちなみに私は昨日
「刻々と時が過ぎ」のところを「コケ刻々」とふざけてみたのだが、
誰も触れてくれないのでさみしい思いをしている。


さて、日本語の乱れには寛容な私も、日本語の不足には怒っている。
「○○がぁ~、○○でぇ~、○○してぇ~」
という間のびした会話によく出てくるのだが、

「それを見て『ああ』と思って」
「そう言われて『うっ』と思って」
「その時には『ええ~』と思って」

というなんだかわからない思い方だ。
偏見かもしれないが、女優さんのインタビューに多いと思う。

その時の話の流れでわからないこともないかもしれないが、
そこだけ切り取って文章にしてみたらまったく通じない。
たとえば『ああ』と思ったとして、
納得したのか落胆したのか驚愕したのか驚嘆したのか明らかでない。

これは『』の中の部分だけ芝居だからだ。
話の中に身ぶり手ぶりを入れるのと同じで、そこは言葉ではない。
だいたい「うっ」と思う、なんてことあるだろうか、
頭の中の出来事をすべて『思う』で片付けてないか。
これらが私は日本語の不足だと思う。


「それを見て『ああ』と納得して」
「そう言われて『うっ』と言葉に詰まって」
「その時には『ええ~、どうして』と思って」

こういう言い方ならだいぶ通じるようになるのではないか。

おっと、もちろん友人同士の会話ならかまわない。
ツーカーな部分で通じるだろうから。
ただ、女優さんは気をつけた方がいいと思う。
きれいなだけに、頭が悪いと思われたら役が減りますよ。


と、えらそうなことを書いたが、今日も見直している時間がない。
どうか間違っていませんように。






↑女優さん、誰かクリックしてね。







血の気が引くのよね
ああ、時間が足りない時間が足りない。
パチンコもスポーツ観戦も洗車もしないのに、どうしてこんなに時間が足りないのだろう。
やらなきゃならないことと、やった方がいいことと、やりたいことが山盛りに溜まっている。

睡眠や仕事といったものを省いて、やらなきゃならないこととはなんだろう。
このようにブログを開設してしまったからには、更新は当然だ。
畑を借りているのだから、野菜の世話もやめられない。
民族音楽CD作りも約束だから果たさなくてはならない。

やった方がいいことの筆頭はダイエットだろう。
筋トレは準備だけしてできていない。
庭の草むしりもいつまでも放置はできない。
防草シートや固まる土でちゃんと処置したい。

やりたいことといえば、溜まっている本を読みたい。
録画したままの映画や落語も観たい。
部屋も模様替えもしたい。
新しくできたカレー屋さんにも行ってみたい。


いや、こういうときはこんな分類の仕方ではいけない。
やるべきこと、やりたいことには三種類ある。
まず一つ目は、毎日やらなければならないこと、
たとえば筋トレやブログの更新だ。
これは日々のスケジュールに組み込まなくてはならない。

第二に、差し当たって一回やってしまえば済むこと。
部屋の模様替えや、初めてのお店に行くこと。
床屋さんに行ったり映画を見たりするのもそうだ。
玄関に干してあるカッパもたたんでしまえばそれでカタが着く。

第三は時間のあいたときにすればいいことだ。
読書や写真の整理、庭の草むしりだって少しずつすればいい。
居酒屋への顔出しも週に1~2度でいいだろう。
カラオケもときどきでいい。


いやいや、物事をスムーズに進めるには、何が問題かを考えるべきだ。
なぜ時間が足りないのか、しなくていいことで時間を浪費してはいないか。
なんといってもよくないのがだらだらテレビだ。
食後にお酒を飲みながら、どうしても見たい番組のあと、
なんとなくどうでもいいものを観続けている。

休日のお出かけもそうだ。
特に用がないのにホームセンターや百円ショップに行ってうろうろしている。
どうかすると不要なものを買って、それの収納に時間がとられたりしている。

それどころか、なにもせず、ボーっとしていることすらあるではないか。
イスに座って「カレンダーをめくらなきゃ」と考えてたら、
いつの間にか20分もたっていた、なんてことがある。


いやいやいや、物事はポジティブに考えていこう。
今うまくいっていることを参考にして、他の事例にも反映させればいいのだ。
たとえば、余った苗を会社で配ったら処分できた。
「ハンバーガーを買いに来てついでに寄った」と言ったら居酒屋から早く帰れた。
通勤の車の中で大声で歌っているのも、カラオケ熱を冷ます役に立っているのではないか。

あ、そういいながら「PCが起動するまで腕立て伏せ」というのをやっていない。
「巡回しながらスクワット」も実行できてない。
テレビを見ながら足上げ腹筋なんて、計画時点から無理がある。

育ち過ぎたソテツを抜こうとして折れたクワを直していない。
そのソテツもそのままだ。
冬に作った切干大根を食べてない。
寝室の読み終わった本を本棚に移動してない。
コメントへのレスが遅い。
耳掃除したい。
ギャー、時間が足りない時間が足りない。


このように、私は物事の途中で段取りをコロコロ変える性質がある。
その間にも、時間はコケ刻々と過ぎていっているのである。







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タ~イムトラベラ~
お酒さん

どうして私をいじめるの?

お酒さん

どうしてちづるを怒らすの?







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思えば予感が
そりゃあやっぱり収穫は楽しい。
基本的に種から育てる主義なので、作物として手に入れるまでには、
それなりの手間ヒマがかかっている。
早いものでも約一カ月。
長いものでは2年もかかったものもあった。

そして収穫には「食べる」というおまけがついてくる。
これが目的なのだから、達成感を得られるのはここだけだ。
その出来不出来で一喜一憂するのも、野菜作りの醍醐味だ。


しかし、私が一番好きなのは苗づくりだ。
なに、収穫よりもか?と言われると困ってしまうのだが、
スポーツにおける、試合よりも練習好き、ぐらいに思ってもらいたい。

育苗トレイで発芽した苗の根が育ち、狭苦しくなった頃ポットに移す。
すると、翌朝には目で見てわかるほどググッと大きくなっている。
これが好きだ。
だからいっぱい種を蒔いてしまう。
その中から選りすぐりの苗を畑に植え付ける。


となると、もちろんたくさんの苗が余る。
おととしぐらいからだろうか。
その余った苗を会社の店舗の前に置かせてもらうことにした。
『ご自由にお持ちください』
と書いて、レジ袋を添えて置いておくのだ。

今年はまず、キュウリとバジルを数本並べておいた。
すると三日ほどでバジル一本を残すのみとなった。
これはうれしい。
なんだか我が子がAKBでデビューしたような気分だ。
こうなるとガンガン並べたくなってくる。

次の予定はナスだ。
本来とっくに畑になくてはならないのだが、
今年は寒さのぶり返しが来て、蒔き直しになったのでとても遅れている。
その分、暖かくなってから蒔いたので第二弾はよく育った。
自宅の玄関にはナスの苗がおよそ40本。
畑に確保したナススペースは7本分だ。


こうなると、収穫、苗づくり以外に『ご自由にお持ちください』も楽しみのひとつだ。
ナスを配り終わってしまうとそこで終了。
なんだか寂しい。
そこで、花の苗でも育ててみようかと思い始めている。

苗づくり用の道具はこれから遊ぶことになるし、
種の値段なんて知れたものだ。
『趣味 苗づくり』をもっと展開してもいいのではないだろうか。

ただし、私は花の知識は皆無だ。
野菜と同じ育て方でいいのだろうか。
苗までだからいいか。
花を咲かせるのは持ってった人なんだし。







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七輪よういしたのに

夏ですね。


ダッシュ!


ジャンプ!


フライ


引力


風



ゆうべ飲みに行ってました。






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私のモットーは『早寝早起き』だ。
理想では10時に寝たい。
ところが最近はうっかりお風呂上がりにテレビを見てしまったり、
寝床に入ってから雑誌を読んでしまったりで、11時を過ぎてしまうことも多い。

なぜ10時に寝ようとしているかというと、ある健康番組で、
『10時から深夜2時は人間の睡眠のトロである』
という説を聞いたからだ。
それを実践した結果、11時過ぎより10時の方が寝つきが良いということがわかった。

私はどちらかというと寝起きはいいが寝つきは悪い。
その原因の一つが土踏まずだ。
何度も言うが、わたしの土踏まずは土を踏む。
青竹なんかは踏みつぶす。

こういう足はとても疲れるのだそうだ。
足がだるくなると、それが気色悪くてなかなか寝付けない。
すると寝付けないことでイライラして余計眠れなくなる。
これが私のよくあるパターンだ。


昨夜がまさに今言ったような夜だった。
テレビを見てしまって雑誌を読んでしまって、灯りを消したのが11時20分ごろ。
なんとなく寝付けずに、ウトウトするようなしないような感じで時間が過ぎていた。

半意識不明ぐらいのときにちづるが寝室に入ってきた。
ちょっと小寒い夜だったので、薄着で寝ている私に布を掛けてくれた。
親切だ。
ちづるが洗面に行っている間に、うつ伏せになって布から足を出す。

再びちづるが部屋に入ってきた。
足をパタパタする。
これは私が勝手に決めた「足の裏をグッとやってほしい」の合図だ。
ちづるが眠いとスルーされるのだが、親切な日はグッとしてもらえる。


ググッ。

「あひょ~」

最初の一押しはホントに声が出る。
押された感じでツボが硬いのがわかる。

「うおー」
「ひー」
「効くー」

だるだるの足への指圧はたまらない。
足が揉みほぐされるにつれ、そのまま寝てしまいたくなる。

しかし、そこで寝に入ってしまってはいけない。
反応がないとちづるが「もういいだろう」と判断して揉むのをやめてしまうのだ。
だから、グッとくるたびに効いている感を表現しなくてはならない。

「んぐっ」
「んふっ」
「んぬっ」

頭は寝入りつつあるのだが、マッサージは止められたくない。
この葛藤が私に声を出させる。
しかし、どうしてもだんだんおざなりになってしまう。

「れ」
「て」
「そ」

このあたりでちづるの「寝る」という宣言があり、
私が「ありがとうございました」と言って消灯になる。







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ピンポイントだが
ただ今、私には音楽余り現象が起きている。
聴かなければならないCDがどんどん増えているのだ。

事の発端はいつもの居酒屋。
仲良くなった常連さんとスナックに行ったら、この人がへヴィメタルマニアで、
「その歌知ってるよ」
と言ったら、
「じゃあ、いっしょにやりましょう」
ということになり、そのスナックでヒンシュクの嵐を浴びたのだった。

次に会ったら、その人がCDを録音してくれていた。
(どうも『焼く』といういい方はしっくりこないのだ)
ハロ○ィンを二枚、ガ○マレイ、メタ○カ、
もうひとつタイトルとバンド名の区別がつかないやつ。
聖飢魔○、なぜかトムキャ○ト、どうしてかクリスタルキ○グ。

一度にこんなに持ってきた。
どうも聴かせたがりらしい。
ジャケットも盤の模様も作ってくれていた。

これに対し、私が返したのが『遊星ミンツ』一枚。
でも、これを気にいってくれたらしく、
「何度も聴いているうちに良さがわかってきた」
と言ってくれた。
私はまだハロウ○ンしか聴いていない。

次にカラオケに行った時は、なぜかジュリ○で盛り上がった。
すると早速、沢田研○ベスト3枚組を持ってきてくれた。
前にもここに書いたことがあるが、私は今エレファントカシマシ中古狩りをしている。
聴くものはいっぱいあるのだ。

それを聴くのを我慢して、アンル○スを録音した。
これは彼の要望だ。
これで私があげたのが2枚、もらったのが11枚。
申し訳ない気持ちもあって、先日、
「すごいのを録音してやるから待ってろよ!」
と見栄を切ってしまった。

アテはある。
実は私、以前ワールドミュージックを集めていたことがあるのだ。
この中から良いものを、いや、奇抜なやつをチョイスして聴かせてやろうと目論んだ。
どうせなら世界各地の曲を入れてやりたい。
それで昔のCDを引っ張り出してきたのだが、
タイトルを見ても、どんな曲だったか思い出せない。

なにしろワールドだから英語とは限らない。
「ヴィドンゲ」とか「ファマディアナ」とか「リリセーラ・ミリゼーリ」とか
「アウンギロロ ボレレ」とか「エリサ ゴマラ サイア」とか
「オムワナ ワ ムベリ ネジコイラ」とか、もう訳がわからん。
中には解説に「発音は不明」なんてのもある。

聴いたら思い出すのだが、何曲か聴くとどれがどれかわからなくなる。
で、メモをとるためにもう一度聴く。
どっちがいいか悩むと両方聴き比べる。
こんなことをくりかえして、ワールドミュージックこみベストを作ろうとしている。
だから、録音してもらったものが聴けずにいるのだが。







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たいこたたけ
連休になると、夜更かし朝寝になってしまう。
出かける予定はないし、一週間の寝不足解消にはいいだろう。
『がっちりマンデー』の三重県特集を観て『サンデーモーニング』を観て、
それからゆっくり更新、と思っていたらパソコンが妙なことになって焦った。

予想外に遅くなってしまったので、畑に行くのは午後にした。
どうせ、土が濡れていて大したことはできないのだ。
しなければならないのはシシトウの植え付けだけ。
しかも、ちづるが午後に外出するので、昼食を遅らすわけにはいかない。

そんな理由で、午前中は苗の植え替えをした。
ナスとピーマンを育苗トレイからポットに移す。
こうすると一気にググッと伸びる。
翌日には大きさの違いがわかるぐらいだ。
これがとても気持ちいい。
しかし、今頃こんなことしてていいのだろうか。


お昼になってごはんを食べて、1時にちづるが出て行った。
じゃあ、シシトウだけ植えてくるか、と重い腰を上げて畑に行った。

シシトウを7本植え、ふと見るとキュウリが地面を這っている。
これはいかん、ネットに誘引しなくては。
ツルをネットに引っかけておけば勝手に巻きついてくれるだろう。
そろそろ、小さいキュウリができ始めている。

ふと見るとトマトが伸びていた。
支柱に縛らなくてはいけない。
大玉3本、中玉6本、ミニトマト2本の伸びた分を支柱に固定。
腋芽も取っておく。

ふと見ると、スナックエンドウができている。
収穫しなくては。
採れたのは両手に山盛りぐらい。
花がもうないし、下の方が枯れてきたからもう終わりだろう。
ネットから引きはがして片付けた。

ふと見ると、トウモロコシが風で傾いている。
草もずいぶん生えてきたようだ。
間引きと土寄せをした。
気がついたらけっこうゼーゼーハーハー言っていた。
たっぷり働いてしまったではないか。

午後なので光が

なんか整ってきた

ちづるがいないので、スーパーで食材を買って家に帰った。
中途半端に時間が空いたので床屋さんに行った。
「暑いね~」なんて挨拶しながらイスに座ると、
床屋さんが「あら~」と言った。

なんですかっ。

「あんた、えらい日焼けしとるなあ~」

ああなるほど、もうそんな季節になってきたのだなあ。
でも床屋さん、ドキッとするから後ろから見て「あら~」なんて言わないで。






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よくないところが焼けてるよ
「どこのどいつだ!」
の反対語に、
「ここはどこ?私は誰?」
というステキなフレーズがある。
どこのどいつが発明したのか知らないが、その状況をこんなに端的に表すセリフは他にない。

その状況とは、もちろん記憶喪失のことだ。
ドラマや小説がいつまでたっても手放せないラッキーアイテムだ。
そりゃそうだろう。
話を面白くするために、ちょうど都合のいいことだけ思い出せない設定にできるのだ。

実際、私も何度か記憶喪失を経験している。

「え、私が非常用のお菓子をみんなに配った?・・・記憶にない」
「昨日こんなことが・・・え、もう聞いた?・・・話した記憶がない」
「え、先日私におごった?・・・あんた誰?」

こういうことはちょいちょいあるのだが、とりあえず致命的な問題は起こっていない。
もし、本格的に記憶を喪失したら、どのような事態が起こるのだろう。


目を覚ますと白い部屋。
周りを白衣の数人がとり囲んでいる。

「気がつきましたか」

「ここはどこ?私は誰?」

「ここは病院、あなたはこみさんです」

「こみ・・・?わからない、思い出せない・・・」

「記憶喪失だ」

なんらかの原因でこういう事態になったとしよう。
医師は記憶を取り戻させようといろんな手段を講じるだろう。
まずは家族や知人との対面し、
家や会社、畑や居酒屋など生活圏に連れて行かれる。
そして、いずれはこのブログを見せられるのではないだろうか。

「さあ、これがあなたが毎日書いていたブログですよ」

「なんだ、この毛が四本しかなく珍妙なネクタイをしているのは」

「それはあなた自身です」

「これが私? じゃあ、この横にいる緑のは?」

「トケ井と言ってあなたの目覚まし時計です」

「この黄色い帽子は?」

「ヘタクソですが、目覚ましのベルです」

「月に一度ぐらいの間隔でダウンしているけど、これが記憶喪失の・・・」

「いえ、それは今回の症状とは関係ありません。さあ、文章も読んでみてください」

「なんだこれは、ハゲたことと太ったことと食べ物の話ばかりではないか」

「けっこう恥ずかしい体験をしているようですね」

「あとはヘリクツと悪ふざけばかりじゃないか」

「ダジャレもかなり好きなようです」

「衰えてきてるし」

「ケチだし」


ちょっと自分で書いててイヤになってきた・・・








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医師団です
私の住む伊勢市には二本の線路が走っている。
JRと近鉄だ。
伊勢市駅には両者が入っているので、改札は共通になっている。

自宅や会社などの最寄り駅によって、どちらを利用するか決まるのだが、
どちらでもよい場合、
たとえば、松阪や津、名古屋など、両者の駅がほぼ同じ位置にあるところが目的地なら、
伊勢の人間は、まず間違いなく近鉄を利用する。

一番の理由は、近鉄の方が本数が多いことだと思うが、
時間的にもJRより早く着くと思われる。
走っているコースが近鉄の方が直線的だし、列車自体が近代的だ。
さすが“近”鉄。
ただ、この現状が我々伊勢人を電車無知にしているのだ。


昨日、仕事終わりにみんなで話していて、N岡の発言にビックリさせられた。

「え、JRで名古屋に行けるんですか?」

私は鉄道にくわしい方ではないのではっきりとは言えないが、
JRって、日本中全部つながっているのではないのか。
確か、四国にだって橋を渡って行けるはずだ。
JRの飛び地なんて聞いたことがない。
ましてや、名古屋と伊勢が分断されているなんてどうして思ったのだ。

しかし、実際に伊勢の人間がJRだけを使って四国に行けるかといえば疑問だ。
というのも、先ほど挙げた近鉄のせいなのだ。
近鉄は乗車券と特急券しかない。
乗車券しかない人は赤い普通列車、
特急券を持った人だけが黄色い特急に乗れるのだ。
急行とか準急は乗車券だけで乗ることができる。

以前、静岡でJRに乗ろうとして、急行券というのがあることを知った。
これでもうパニックだ。
恐ろしくて鈍行しか乗れない。
でもその時はすごい二日酔いでしんどかったので、来た電車にすぐ乗ってしまった。
そのあとぐっすり寝てしまったからか、検札も来なかったようだ。
JRの急行なんてシラフではとても乗れない。


地下鉄というやつも恐ろしい。
ずっと昔、東京の地下鉄に乗ったことがある。
なんと、東京の地下鉄には『もっと地下鉄』があるのだ。
『さらに地下鉄』『まだまだ地下鉄』もある。

どうなっとるのだと、地図を探したら、
地図が平面図ではなく3Dだ。
前後左右の伊勢で生活していると、上下なんて考えがおよばない。

今思い出したのだが、大阪でもひどい目にあったことがある。
あるお店に行きたかったのだが見つからず、その店に電話して訊いてみた。
すると、
「そこから地下鉄に乗り、○○駅で○○線に乗り換え、○○駅で○○線に乗り換え、
 ○○駅の○○出口から出たらすぐそこです」
と言われ、その通りにして地上に出た。

で、あたりを見回すと見覚えのあるビルが見える。
さっき電話を掛けたところではないか。
なんと地下鉄を『コの字』に乗りついで、直線で見えるところにたどり着いた訳だ。
店員さんも説明がめんどくさかったんだろうけど、お金と時間を無駄に使ったではないか。


このように私は電車が苦手だ。
ちなみにバスも苦手だ。
だから伊勢神宮に行きたい人は私に訊かない方がいい。
一時間歩く道しか教えられないから。






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旅の空
カラのペットボトルって、どうしてあんなに不安定なんだろう。
ちゃんと置いても、手を離した瞬間に『ぽん ぱらん ぽん』と転がっていく。
で、拾おうとすると蹴っ飛ばしてしまう。
置こうとしたのにどんどん遠くに行くばかりだ。

手の汗かなにかでくっついてきて倒れるのだろうか。
でも、まったく何もしないでも、置いてあるペットボトルがどっかにいってることもある。
私は、妖怪ペットボトル転がしが存在するのではないかと疑っている。

それに似たタイプで困るのが、プッシュ式のハンドソープだ。
あれも中身が少なくなると転がりやすい。
妖怪プッシュ式ハンドソープボトル転がしがいるようだ。

ペットボトルより厄介なのは、プッシュしなければならないことだ。
プッシュしなければならない、つまり手を洗わなければならないということは、
手になにかが付いているということだ。
厳密にいえば水にでも粘度があるらしい。
そんな手でプッシュしたら、軽いボトルならくっついてきてもおかしくない。

第二に、プッシュすると液状の洗剤がでてくる。
底にある洗剤が上にある出口まで移動しているのだ。
重心が高い位置にくればバランスが悪くなる。
当然ボトルは倒れやすくなる。

第三の難点は、中に入っているのが液体せっけんの性質だ。
この物質の一番の特徴はぬるぬるしているということだ。
ここで手を洗うのだから、石鹸の飛散は当然考えられる。
実際に、ボトルあたりはぬるぬるしている。
こんなところに置いてある軽いボトルを上から押し、重心を上げるのだから、
転がっていかないはずがない。


そんな理由で、我が家のハンドソープはよく洗面台から落下する。
そのうちに当たりどころが悪かったのか、洗剤出口の先端が欠けたらしい。
プッシュすると泡が思っていない方向に飛び出すのだ。
右手を受けて、左手でプッシュしても、泡が手に入らない。
上45度に飛び出し、服にかかる。

服が汚れて、ボトルが転がって、拾おうとかがんだら洗面台でおでこを打って、
さらにボトルを蹴飛ばして、偶然プッシュボタンがどこかに当たり泡が飛び散る。
朝からこんな大惨事が起こる場合があるのだ。


ここまで大そうに書いてきたが、私は泡をちょっとしか出さない。
もったいないからだ。
そのわずかな泡が手に着いたかと思った瞬間、すでに水で流している。
手が、ソープボトルから蛇口に移動するまでの間だけ擦る作業をする。
そのかわりすごい勢いで洗い流す。
流す時は摩擦で火が出そうなぐらい手をこすり合わせる。

そして手を拭いておしまいだ。
しかし、あとで必ず手のどこかが濡れていることに気付く。
指の間や手首の方によくしずくがついたままになっている。
手を拭く時間も短いのだ。

手をちゃんと拭けない人間が、あの短時間でちゃんと手を洗えているのだろうか。
そんなはずはない。
手は、洗うには形が複雑すぎるのだ。

そんな手でおにぎりを作っている。







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人生も転がり落ちたり
北海道はちょっと調子に乗っているのではないか。
行ってみたい都道府県アンケートでは常にトップ3に入っているが、
江戸時代なら断トツで我が三重県なのだ。
そもそも『北海道』と名付けたのも三重県人だ。

北海道は海産物がおいしいという。
カニ、ウニ、ホタテ、イカ、コンブなどが有名だが、
魚介類なら伊勢志摩だって負けていない。
伊勢エビ、アワビ、牡蠣、フグ、アオサなどがある。

北海道は広大な土地を利用しての牧畜も盛んだ。
牛乳はもとより、バター、チーズ、バター飴が最高だ。
しかし、ウシ関係なら我が三重県には松阪牛というブランドがある。
ここでも価値は譲れない。

北海道といえば、ジャガイモとトウモロコシだ。
だが、芋なら三重県には伊勢イモという高級ヤマイモがある。
そして、タクアンに最適な伊勢ダイコン。
トウモロコシと比較するのは妙だが、タクアンに鳴ったらどちらも黄色いってことで。


と、ここまで張り合ってきたが、北海道にどうしてもかなわない物がある。

箱入り~

そう、アスパラガスだ。
心の広い北海道の方からいただいた。
もちろん、あの、北海道産だ。

とんがり帽子

ほーら、こんなに入っている。

どっさり

うおー、こんなに!
以前、育てたことがあったけど、全然違う~

よい香り~

茹で立て。
どデリシャス!

バターは安物

これをせずにはいられないバター炒め。

松阪牛じゃないよ

茹で時間が違うので、軸の方で牛肉との炒めもの。
わざわざ牛肉を買ってきたのだ。

汁も玉子とじでいただいたよ

先端の方で残りの牛肉と煮びたし。


ため息出るほど堪能いたしました。
ありがとう、北海道!






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ホントは行きたい
スリッパの裏に穴でもあいたのか、歩くと右足だけスピスピ音がする。
どうせならバランスよく両足鳴ってもらいたいものだ。
そうなると子供のピヨピヨサンダルみたいだな、と思ったのだが、
確かに「スピスピ」よりは「ピヨピヨ」の方がいい。

アニメの主人公たちは歩くときに独特の音がある。
鉄腕アトムやオバケのQ太郎の足音、
ムーミンが走るときやラムちゃんが飛ぶときの音は音楽のようで気持ちいい。
一般人も歩くとき音が鳴ればいいのに。

ケータイの着メロやら着ボイスのように、どこかの企業が発売しないだろうか。
おそらく、都会で奇抜な衣装をしている若い人たちは飛ぶ着くだろう。
何でもありのファッションでも、音の方は未開拓だ。
マイ足音ブームは必ず起こる。


たとえば、ウチの会社の社長は足音を立てずに近寄ってくるのだが、
これは非常に困ることがある。
社長的足音というものが売り出されれば、世の社長たちは買うはずだ。
自分が社長であることをアピールできるし、ビジネス的にも便利だろう。

町にいる、肩が触れちゃいけない人たちも、事前にわかれば双方に都合がいい。
某極道映画の名フレーズで、
「♪ちゃらら~」
と鳴ったら気分がいいのではないか。

他人に同情してもらいたい人は、体が弱そうな音、
ちょっと、言葉で表しにくいが、
「ひょこたん」
みたいな感じの音がすれば、電車で席を譲ってもらえるかもしれない。

ぜひ、鳴ってもらいたいのが、モノを売ろうとしている人だ。
セールスマンですよ、押し売りですよ、
という音がしていたら、近づかないようにする。
しかし、それでは本人たちにメリットがない。
なにか違う足音でモノを売りつける『足音詐欺』が現れるかもしれない。

泥棒だって、床がミシッと鳴るたびにドキドキするより、
ヌキアシッ、サシアシッという音の方が安心感があるはずだ。
もちろんボリュームは小さくしてだが。
すると防犯会社はこの音を感知するセンサーを開発する。
経済の発展にも役立つではないか。


職業別もいいけれど、精神状態が足音に出ればもっとありがたい。
もちろん知りたいのはちづるの気分だ。
ゴジラのテーマで
「ちゃららっちゃららっ」
と歩く時はともかく期限の悪い時、

「で   でで    」
とジョーズのテーマなら、私に噛みつきたいときだ。

万が一、
「シャランラ♪」
なんて聞こえたら、きっと私にお小遣いをくれるだろう。
だが、そんな音を聞くことはない。







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丈夫な足の裏
カツ丼、牛丼、親子丼、
うな丼、天丼、玉子丼、
鉄火にねぎとろ、中華丼。
日本人はどんぶりモノが大好きだ。
あなたは何丼が好き?なんて話題がときどき持ちあがる。

こんなとき、
「海鮮丼」
と答える人は卑怯だ。
丼物とは、丼飯になにかを乗っけたもののことだ。
何もかも乗っけたモノのことではない。

海鮮丼が好きと言った人の頭の中は簡単に想像できる。
答えた後でも頭の中でメニューが完成されてない。

「え~と、まずはトロとホタテとイクラとウニと、
 あ、ウニは中心にたっぷりね。
 エビはボタンエビと甘エビ両方欲しいなあ。
 隅っこにアジのたたきもあって、白身はヒラメのエンガワで、
 ああ~カニとアワビはどこに据えよう」

だれが海の幸フルコースを答えろと言った。
丼物とは、飯とおかずの一対一の戦いなのだ。
質問の趣旨を考えろ。
これでは「今欲しいモノは」と訊かれて「お金」と答える子供ではないか。


そもそも海鮮なら刺し身定食で食べた方がいいに決まっている。
なぜ、新鮮な魚介類をあったかいごはんの上に乗せるのか。
具の鮮度は落ち、ごはんは生臭くなるだけではないか。
ごはんが酢飯の場合もあるが、それなら寿司で食えや、ということだ。

海鮮丼の目的は、こんな豪勢なラインナップをお手軽に食べられますよ、
という作り手側のアピールだ。
豪華絢爛、贅沢三昧といったブルジョアジーを、
丼という大衆チックなイレモノでごまかしているのだ。

だから、当然値段も卑怯だ。
テレビでレポーターが、
「この豪華な海鮮丼がなんと3000円で!」
なんて言ってるのを聞くと、サメの尻尾で往復ビンタしてやりたくなる。
言い方がお得っぽいだけで、2ノミニイクではないか。


同じような理由で、好きな丼として答えてはいけないものがいくつかある。
フォアグラ丼、
ロコモコ丼、
カレー丼、
焼きそば丼、
餅丼
などだ。

それと、もう一つ、天丼に関してなのだけど、
丼の上にスカイツリーを作ろうとするな。







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なにも決まらんが
私の趣味の一つに『丸ポスト狩り』がある。
今や数少なくなってしまった丸ポストを探し、写真をとるのだ。
元々ちづるの趣味だったのだが、運転手をしているうちにハマってしまった。

最近はポストの情報をネットで調べられるのだが、
初めのうちはやみくもに集落巡りをしていた。
広い道を走っていて民家の集まりを見つけると、
そこのポストを確認せずにいられなくなるのだ。


このような習性が出てしまったパターンがもう一つある。
私は球が転がるのを見ているのが好きだ。
ある日、セリアという百円ショップで『ブロックタワーボール』なるものを発見してしまった。
いろんなパーツを組み合わせてビー玉を転がすおもちゃだ。
ブロックと同じでたくさんあればある程大きなものが作れる。

売っているパターンが五つあって、A~Cのパターンはすぐ手に入った。
でもDとEがなかなか売っていない。
これを探すため30店近くあった県内のセリアをすべて回った。
県内のブロックタワーボールのDとEは私が買い占めたと言ってもいい。


さて、そんな私がまた県内を探しまわっている。
何回か紹介したが、私は最近『エレファントカシマシ』というロックバンドがお気に入りだ。
YOU TUBEでよく聴いているのだが、MDに録音して車で聴きたい。
となると、CDが欲しい。
だが、けっこうベテランの彼ら、かなりの枚数のCDを出している。
全部買うと恐ろしい金額になってしまう。

そこで、近くのブックオフで中古を探してみたら、
なんと半額以下であるではないか。
さっそく買って、車でお気に入りの曲を聴く。
こうなるとYOU TUBEで聴いたあれもこれも欲しくなってきた。
他のブックオフにいけば、違うCDが売っているんじゃないか。

そう思ったらもう確認しなくてはいられない。
そういったわけで三重県中のブックオフをめぐり始めたのだ。
昨日もそれでお出かけしていた。


鈴鹿市で一枚ゲットした帰り、初めての道を走っていたら大きな商業施設があった。
その一角に「本、CD買い取ります」という看板があった。
知らない名前の店だが、買い取る限りは中古を売っているのだろう。
もちろん寄ってみた。

そこで、まだ手に入れていないCDを発見。
980円なのだがディスクに傷があるため二割引となっている。
ありがたい、さっそくレジに持って行った。

すると、キズはこんな感じですとか、一週間以内なら返品できるとか、
ケースも割れてたけど交換しますかとかゴチャゴチャうるさい。
私は鳴ればいいのだ。
CDケースは嫌いなので、家のCDはほとんどがCD用の袋に移してある。
歌詞カードもほとんど見ない。
もっと安くなるなら盤だけでもいいぐらいだ。

ハンターは狩ることが目的で、品質にはあまりこだわらないのだ。







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きのうの仕返し
朝から畑に行き、トマトとバジルの苗を植えてきた。
こんなに遅いのは全て上空の寒気のせいだ。
あと、ナスとピーマンとシシトウを植えるスペースは考えて空けてきた。
ああ計画的。

お昼過ぎに帰って着て昼食。
タイマーをセットして20分昼寝。
10分追加。
そのあとは午後の部の仕事だ。
空家並みになっている自宅の庭の始末をしなくてはならない。

まずは草引き。
スギナなど、地下茎で増える植物とその他の雑草を分けて抜く。
抜いた草は畑の野菜くず捨て場に捨てるのだが、
そこで地下茎がぐんぐん成長されても困るので仕分けておくのだ。

とりあえず、ザザッと草取り終了。
今日の午後の作業のメインはこれだ。

植え遅れとる

苗を作ったはいいが畑に植えるスペースの無くなったチマサンチュだ。
とはいえこのまま廃棄してしまうのはもったいない。
というわけで私が考えたのが、なんやかんやリサイクル大作戦だ。

家には遊んでいる植木鉢がたくさんある。
全てちづるのものだが、まったく使う様子がない。
なので、やつが出勤している間に利用してしまおう。

とはいえ、プランター用の培養土を買ってきたのではもったいない。
土もお古を利用する。
庭の隅っこに使い終わった土捨て場があるのだが、
これをふるいにかけて使うことにした。

出すのも大変

これが植木鉢たちだ。
右側のコンテナの土がふるいを掛けた土。
石灰がなかったので、焼肉などで使った炭の灰を混ぜた。
左側の土は、植木鉢やポットに入ったままになっていた土だ。
右奥の植木鉢に入っているのが、ふるいに残ったガラだ。

このガラを植木鉢の一番底に敷く。
粒の大きい砂利みたいなものだから、水はけがいいだろう。
その上に左の土。
これは根っことか雑草が混じっているが、カサを増すために入れる。
この土がいやならサンチュ達が根を伸ばさないだけのことだ。

そしてふるいを掛けた土を入れ、苗を植える。
このやり方で苗が育つかどうかはわからないが、そこはそれ、廃物利用だから、
できたら儲け、できなかったら畑に捨てて、庭が片付くという寸法だ。
しかも、この鉢たちを雑に草を引いた花壇に置く。
これで、雑さを隠すのだ。
どこにもデメリットがない、ステキな作戦ではないか。

でも食べるのよ

こんな感じになった。
どうだろう、なかなか見た目もいいのではないか。
手間を掛けた甲斐があったというものだ。
やるなあ、ワシ。

あとは帰宅したちづるに怒られないかという心配だけだが、
私はお誘いのあった焼肉に出かけていってしまうのであった。







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いそしむのじゃぞ
いつもの居酒屋で、バイトのM子が、

「♪そうなのそうなの~」

と変な歌を歌っていた。
常連のKやんはクスクス笑っている。
世間で流行っているのだろうか。

するとM子がこう言った。

「なに言うとんの。こみやんのマネやで」

「ワシのマネ?」

「こみやんの口癖やんか。『そうなの?』って」

「そんなこと言わへんよ~」

「しょっちゅう言うとる」

「言うたことないって」

Kやんはゲラゲラ笑っている。
M子はこちらにツカツカ近寄ってきて、

「あのな、あんた自分で気づいてないだけで、酔うとすっごく言うよ」

「そうなの?」

「ほらっ!」

現行犯になってしまった。


そういえば、仲良しのSやんがよく「そうなの?」と言っていたが、
あれは私のマネをしていたのか。
つまりはからかわれていたってことではないか。
自分が気付いてない口癖を指摘されるというのは恥ずかしいものだ。
こうなるとちょっと気になってきた。

会社でみんなに訊いてみたが、使ったことはあるかもしれないが、
口癖だとは思わない、という程度だ。
ちづるに訊くと、そういえばよく聞く気がするが、
普段の生活では覚えがないという。

となると、M子が言ったように酔うと出てくるのだろうか。
いや、家で飲んだ時はそんなこと言わない。
ちづるの判断も、外に飲みに行ったときに現れるということだ。
となると、飲み屋限定の口癖ということだろうか。


考えてみれば、普段なら「そうなの?」というシチュエーションになっても、
「そうなの?」とは言わない。
私の普段の言葉づかいだったら、
「そうなん?」
というはずだ。

ちづるは、これは口癖の敬語なのではないか、という説を立てた。
確かに居酒屋で飲む仲間は年上の人が多い。
そこで、私は知らず知らずのうちにていねいになっているのかもしれない。
あるいはちょっと乙女っぽくなっているのかもしれない。


それにしたって「そうなの?」という言葉を発するには、
「そうなの?」と言わせる前フリがなくてはいけない。
私だって、無言からいきなり「そうなの?」とは言わない。
「こうなのだ」
「そうなの?」
と会話になっているはずだ。

という事は誰かが私を誘導しているんじゃないか。
キー、私は罠にはめられた。
もう絶対に「そうなの?」とは言ってやらない。
絶対に。







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そうなのだ
昨夜は毎月恒例みそか寄席。
ということは、いよいよ六月が梅雨を背負ってやってきました。
あんまり降りませんように。
いや、水やりも大変だから、ときどき降りますように。
できたら三日に一度、夜の間にチャチャッと降りますように。


というわけで、カレンダーです。
まずは下書き。

なんじゃこりゃ

訳がわからんでしょう。
下書きが少ない時は、色ペンでなんとかしようと思った時です。
それで成功したことはないのに。

12か月のうち一枚ぐらいは野菜を使いたいと思ったワシ。
それで考えた挙句に、こんなのができました。

相変わらず幼稚


これでも、一応別の紙にいろんな野菜を試し描きしてみたのです。
なのに野菜の瑞々しさも、バルーン感もないなあ。

ただ、手間だけはかかっています。
下書きを保存して、プリントアウトしたら元とサイズが微妙に違ってしまったり、
虹を描いたあと、他の部分を隠して定着スプレーしたり、苦労しました。

なによりもバックが空色に塗ってないのがよくないなあ。
よかったら塗ってやってください。








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