2012年05月

ここでは、2012年05月 に関する情報を紹介しています。
職場におやつはつきものだが、わが社ではピーナッツ率が高い。
上司Tの好みだ。
ときどき歯の具合が悪くて食べられない癖に、
自分で買ってきたり、O川が百均に行ったときに買ってきてもらったりしている。

仕事机にはせんべいの缶があり、飴ちゃんと一緒にいれてある。
誰でも好きなときに自由に食べていいのだ。
だが、食べるのはほとんど私と上司Tだ。
上司の歯が悪い時は、私の独壇場といってもいい。

O川とN岡はあまり食べない。
どちらも食が細いからかもしれない。
二人ともかなり痩せている。
結局、私一人が食が太く、身も太い。


さて、そういう状況の中、本社の配達の人が差し入れをくれた。
この人は本社とウチのパイプ役でもあり、仕事上こちらへもよく来る。
本社の人の中では一番の顔なじみだ。

いただいたのは落花生。
ピーナッツと何が違うかと言えば、カラが付いているということだ。
これが三袋あった。
じゃ明日からいただこう、ということだったのに、
一番我慢のない上司が最初の袋の封を切った。
まだ、食べかけのピーナッツがあるというのに。

すると、不思議なことにO川とN岡もこれに食いついた。
ちょっとヒマがあると2~3個持ってゴミ箱の近くでポリポリ食べている。
なぜ、手間の要らないピーナッツを食べないのに、
カラをむかなくてはならない落花生は食べるのだ。

これは逆に、食べることに専念するからなのではないだろうか。
ピーナッツならひとつまみ口に放り込んで、そのまま仕事にかかる。
だが落花生は両手がふさがるので仕事はできない。
あ?
ひょっとして、仕事がしたくないからか?

ともかく、すごい勢いで落花生は減っていく。
一日一袋、すでに二袋がカラになった。
二重の意味で。

今日で落花生はすべてなくなるであろう。
問題はそのあとだ。
すっかり落花生癖のついてしまったメンバーが、
落花生なしで仕事ができるだろうか。
あ、いや、落花生中は仕事はしないのだが。

なんだか上司がO川に「落花生買ってこい」って言ってる光景が目に浮かぶ。
ま、そうなると私もご相伴にあずかるのだが。

それにしてもこんなことでいいのかな。
いつか社長に見つかって怒られるんじゃないのかな。

社長も落花生好きかな。







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落下性?
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ここ数年、「今年は異常気象」と言われ続けてきたが、
今年も例年通り異常気象のようだ。
国内各地でヒョウやら突風やら落雷やら竜巻やら、どうも空に落ち着きがない。
これでは予報もしにくかろうと思っていたら、
「不安定な天気」という便利な言葉がやたら使われるようになった。

昨日は近畿から関東にかけて「不安定な天気」通称「不安天」と予報された。
朝は上天気だったが、午後には何が起こるかわからん、ぐらいのことらしい。
自転車出勤したかったのだが、万が一を考えてあきらめた。


午後の三時ごろのことだ。
一天にわかに掻き曇り、あたりは金環日食のときより暗くなった。
バラバラとスレートの屋根を打つ音が聞こえてきたかと思うと、
車軸の如き雨が、どばらばらばらばらばらっっ!

ちょうどそこへ、本日の入荷分のトラックが来た。
大きな車なので屋根のあるところへは入れない。
O川がずぶ濡れになってフォークリフトで荷物を下ろすのを見ながら、
「あのトラックが雨を連れてきたなあ」
と上司と話していた。

それを裏打ちするように、トラックが出ていくとじきに日が射してきて、
午前中と変わりない上天気に戻った。
O川は「なんじゃこれはー!」と怒っていたが、
天のすることに文句を言っても仕方がない。


そういう私も怒っていた。
この前日も一時だけ雨が降り、畑の水やりはしなくていいやと思っていたが、
畑に行ってみるとカラカラだ。
だから90リットルも水を運んでやったのに、
これなら昨日やらなくてもよかったではないか。


さて、夕方も定時近くなって急な注文が入り、N岡が配達後、直帰することになった。
N岡が出て、O川と掃除をしていると、一天にわかに掻き曇りどばらばらばら。
朝は上天気だったから、O川も私も傘は車に置いてある。

「おい、O川」

「なに?」

「お前が雨男なんじゃないの?」

「なんで?」

考えてみると、荷物が入ったときの大雨でも、
濡れたのは運転手さんではなくリフトに乗っていたO川だ。
そして、N岡は会社の車で帰ったから濡れずにすんだ。
と考えると、駐車場まで濡れなくてはならない私はO川の巻き添えではないか。

「ボクは雨男とちがうんやけどなあ。むしろ嫁さん」

「あんたの嫁さん、雨女なのか」

「嫁さんが休みの日はてきめん雨」

O川の奥さんの次の休みは6月3日だ。
乞うご期待。







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これがモチーフじゃないよ

東京

先日、友人が東京に行った時の話だ。

東京駅に着いたのが朝の十時。
ハチ公前での待ち合わせには十分時間があったので、
都内見物でもしようと、品川行きのバスに乗った。
渋谷、原宿なんて若者の町は遠慮して浅草を目指したのだが、
天気が良かったので途中下車して隅田川沿いを歩いたそうだ。

車で迎えに来た友人と会い、新宿のラーメン屋で食事。
スカイツリーが見せてやろうと言われたのだが、
首都高が渋滞だったので青梅街道に入り、
道玄坂あたりでやっと上半分が見えただけ。

杉並区の友人宅に泊まり、翌日は築地とアメ横だけ巡って、
お昼ぐらいに成田に送ってもらったらしい。
やはり銀座が一番都会を感じたと言っていた。
こんどはベイブリッジが見てみたいのだそうだ。


さて、ここまでの話は全てデタラメだ。
私に友人がいる、というところからデタラメだ。
東京は中学の修学旅行と、電気屋のバイトの出張で行っただけだ。
はっきり言って、土地勘などはまるでない。
それでもこれだけの地名は知っている。

東京というのは、日本一地名が知られているところだ。
テレビや映画、小説でもあたりまえのように東京の地名がぞろぞろ出てくる。
日本中の人が、東京の中のたくさんの地名を聞いたことがあるはずだ。

だが、東京以外の人は、位置関係はサッパリわからないのではないだろうか。
日本人は東京を知っている人と知らない人に分けることができる、
と言っても過言ではない。
もちろん、東京に限らずどこでもそうなのだが、
東京だけがこの両者を対等に近い割合にすることができるのだ。


そこでこんなことを書いてみた。
上の文を読んだ人は、
「なんじゃこりゃ」派と「へー」派に分かれるはずだ。
ちなみに「なんじゃこりゃ」派の人は東京の人だから、
「なんじゃこりゃ」とは言わないと思うが。

ヘンな話だが、これを書いた私も分類上は「へー」派だ。
デタラメを書いたのだが、これがどのぐらいデタラメだかわからない。
使った地名が地理的に偏っている可能性もある。

まあ、東京を知らない人でもこれはウソっぽいなと思っただろうが、
どこがどう違うかなんて指摘できまい。
私は今、ほくそ笑んでいる。
東京の人がこのデタラメさに怒っているとか、
東京以外の人がだまされているとか想像してほくそ笑んでいるのではない。
私が書いたものを読んだ人の感じ方が二種類あることにほくそ笑んでいるのだ。

くすくすくす。
田舎の片隅でほくそ笑んでいる。







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帰ってきやがった
私は暑がりだ。
先週、短パンを穿いた。
これで作業ズボン以外、長いズボンは秋まで穿かない。
仕事着はノースリーブになった。
通勤には半そで作業服を羽織るが、それもあとわずかだろう。

長いものはもうジャージも押し入れに片付けた。
厚手のTシャツもしまおうかと思っている。
パジャマはもう着ない。
私の衣装入れは、ガラガラになった。

こうなると困るのがポケットだ。
短パンTシャツといういでたちになると、
左のポッケに財布、右のポッケにゃ車のキーだ。
ケータイ、目薬、リップクリーム、老眼鏡、メモを入れておくところがない。

例年だと、これらを入れるためにベストを着ていた。
いや、着ていなかった。
着るのだが、暑いのですぐ脱いでしまうのだ。
結局、手に持って歩くことになる。
それならカバンの方がましだ、ということに数年を費やして気付いた。


愛用のカバンは、肩から下げる布袋だ。
これはなんでも放り込めて便利なのだが、最近困ったことになってきた。

何でも放り込めるということは、中で荷物がフリーの状態でいるということだ。
なるべく力が均一になろうとして、袋は丸く膨らむ。
これを居酒屋のイスに掛けていると、やたら人に蹴られるのだ。
いや、いぢわるではなくて通行の邪魔で。

というわけで、衣装に続き、カバンも衣替えをすることにした。
こんな話題のネタ、何度か読んだことがあるかもしれない。
季節の変わり目ごとに書いているからだ。

数あるカバンの中から選んだのは、薄手のリュックタイプだ。
巾着のように口がキュッと締まるようになっている。
側面のファスナーで厚みが変えられるようになっているが、
もちろん薄いままで使いたい。
というわけで、持ち歩くものも減らすことにした。

まず、最近使っていないお絵かきセットは持つのをやめる。
綿棒ケースも必要ないだろう。
非常用のカッパとケータイの充電器は会社に置いておこう。
懐中電灯は小さいものに替えよう。


で、そうなったとして、先に挙げたケータイや老眼鏡はどうするのか。
カバン、というか、腰にぶら下げる小さい袋を買った。
老眼鏡を入れる長さがあり、目薬やリップを入れる容量もあり、
外側にケータイ入れがあり、先にベルトに通しておかなくても後から付けられる優れモノだ。

つまり、これを買ったよ、ということを自慢したかっただけだ。
なのに写真を撮るのを忘れていた。
夜にはここ↓に写真を追加しときます。

追加>そんな大したものではないですが、こんなのです~
かっこいい~

ちょっとぶらぶらしています。





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足がハリガネみたいで痛い
ナス科の苗が寒さのせいで生育不良や蒔き直しになってはいるが、
いくらなんでもそろそろ植え付けをしなくてはならない。
畑に石灰や肥料を入れ、おじさんにトラクターで起こしてもらってから二週間。
まさに植え時だ。

ともかく急がなくてはならないのが、買ってきたトマトと、
もうダメだと思って第二弾を蒔いたら急に復活したキュウリだ。
けっこうな背丈になっているので玄関先ではジャマになっている。
これらを車に積んで畑に出発だ。

やっとちょっと

さすがワシ。
見事にキュウリネットを張った。
以前は園芸用の支柱や竹を使っていたのだが、
キュウリの重量が増すと、それでは耐えられない場合がある。
そこで私が使っているのは水道用の鉄パイプだ。

これはともかくしっかりしている。
まず、しなることがない。
そのせいでネットも張りやすい。
ピンと張ればいいのだ。
しなる素材だと、ピンと張った後、たるんだりつっぱったりする。

ただし、この鉄パイプをちゃんと設置するにはちょいと手間がかかる。
まず位置を決め、60センチほどの鉄の杭を打ち込む。
それを抜いて鉄パイプを刺し、均一な高さになるようハンマーでたたく。
こうしないと地面に入っていってくれないのだ。


その作業の準備中に事件は起きた。
畑に置いてあるネットと鉄パイプを用意し、車からハンマーと杭を持ってきた。
ハンマーも杭も言わば鉄のカタマリだ。
壊れる心配がないので、そこらへんにポイッと投げた。

偶然にも、その杭がまっさかさまに立った格好になった。
そして、私の方に倒れてきた。
おそらく、私の足から52センチぐらい離れた位置だっただろう。
先ほども述べたように、この杭は60センチの長さだ。

倒れてきた杭の先端が、私の右足のすね、やや右寄りに接触した。
昔だったら、サッとよけて、「あぶね~」と額の汗をぬぐうところだ。
ところが、人間、知らず知らずのうちに衰えているものだ。
もはや体は非常時にも反応してくれない。

「あ、杭が倒れてきて足に当たる」
と思っても足はのんきに構えている。
接触した位置から7センチの傷をつけ、杭が私の足にもたれた状態で止まり、
「ぎゃっ」と悲鳴を上げた後、足が逃げた。
こうして私は、すねに傷を持つ身になってしまった。


実は私は胸にも傷を持っている。
そう、あれは二週間前。
おじさんにトラクターで畑を耕してもらって家に帰り、
車の荷物をおろしていた。

よほど浮かれていたのだろう。
荷物をおろし終わった後、体が安全圏に出ていないのに、
上にはね上げていた車の戸を下ろしてしまった。
右手はドアを閉めようとしているが、ドアの角は右胸が受け止めている。
反応の早い口は「ぎゃっ」と叫ぶ。

この胸の傷が治りかけでちょっとかゆい。








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すねには描き込めないもんね
食べ物は人のエネルギー源だ。
これが不足してくると生死にかかわる問題だ。
だから、お腹が減ったと感じるようになっている。
これは「痛い」とか「寒い」とか「苦しい」を感じるのと同じように大切なことだ。

空腹は感じるだけではなく、アラームが鳴る。
俗にいう『へってきてグー』だ。
感じるだけでなく音まで鳴るということは、痛い寒い苦しいより重要なのかもしれない。

頭をぶつけたところでサイレンが「ファンファン」鳴ったり、
寒くなると鳥肌が「ピヨピヨ」鳴いたり、
酸素が足りなくなって「うううううーーーーー」と警報音を発したりしない。
ましてや、死んでしまっても「♪ちゃんちゃん」とエンディングが鳴ることはない。


ただ、この空腹のアラームは、時と場所を選ばない。
しかも、そろそろ鳴るぞという予感をあまり感じない。
どうかすると、お腹が減ってなくても鳴りまくるときがある。
暴走だ。
これが人前で始まると恥ずかしい。

以前、美術館の入り口でもぎりのお姉さんのアラームを聞いたことがある。
周りは静かだし、ちょうど私たちと対面している時だった。
あの音は、どこから鳴っているのかわかりにくいので、
あとでちづるに確認したら、やはりあのお姉さんの音だと判明した。
恥ずかしかっただろうが、こうやってネタにできましたよ。


さて、昨日の朝、まさにこうやってネタを書いている時のことだ。

「きゅるきゅるきゅる~↑」
とお腹が鳴った。
平坦な音ではなく、尻あがりな感じを矢印で示したが、
誰でもわかってもらえると思う。

「きゅるきゅるきゅる~」

また鳴った。
スヌーズ機能だろうか。

「きゅるきゅるきゅる~」

二度あることは三度ある。
音も間隔もまったく同じだ。

「きゅるきゅるきゅる~」

どうしたんだろう?
腹の中で玉突き事故でも起こっているんだろうか。

「きゅるきゅるきゅる~」

なんだかリズミカルだ。

「きゅるきゅるきゅる~」

録音しておけばよかった。

「きゅるきゅるきゅる~」

心配になってきた。

「きゅるきゅるきゅる~」

ボク、壊れちゃったの?

「きゅるきゅるきゅる~」

ギネスに挑戦したろか。

「・・・・・・」

終わりかい!

鳴り続けられても困るのだが、ちょっと残念な気もするのであった。







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お弁当だもの
ちづるが会社の人にお土産をもらってきた。
その人がどこかへ旅行に行ったのではなく、その人の町内会の旅行があり、
それに参加した人からもらったお土産がカブッたのでおすそわけをいただいたのだ。
ま、みんなが同じ所へ行ったのだからカブるのは当然だろう。

旅行の行先はだいたい海か山のどちらかだ。
今回の旅行は山が目的地だったらしく、いただいたのはゴボウの甘辛煮だった。
よくある真空パックのお惣菜だ。
これがなかなかおいしいものでよかった。
山のお土産にはときどき不気味なものがあるから要注意だ。


お土産の一番の重要事項は、日持ちがするということだ。
そのためにいろんな手段が用いられている。
海のお土産は、まず間違いなく魚介類だ。
痛まないように干物にしたり塩辛にしたりする。
それでも一番多いのは真空パックだろう。

山のお土産は真空パック率が高い。
海に対抗して、アユの甘露煮やシシ肉などもあるが、
やはりメインは野菜山菜の煮たものだ。
真空パックの登場で、本来足の短い煮ものがお土産にできるようになった。

今や日本中どこでも地元の活性化だとかB級グルメだとか言って、
オリジナルの名物を作ろうと必死になっている。
そこで山手の観光地では、他所にないものをと考え、奇策に走る。
素材は全国共通の野菜でだ。
その結果、妙なものが出来上がることがある。


こう言っておきながら、たとえを挙げることができない。
ヒット商品がないからだ。
でも、自分が土産を買う立場で売り場を眺めていると、なんだか恐ろしげなものがある。
食べずに悪口を言うのは気が引けるのだが、
作り手の人がこれを見てたら、一消費者の意見だと思って参考にしてもらいたい。

キュウリが緑色の液体に漬かっているものがある。
本来キュウリは好きなのだが、わざわざ青臭くしてあるような気がしてしまう。
逆に赤いカブがあるが、漬け汁まで赤いと体に悪そうな気がする。
小ナスのからし漬けは黄色の中に黒いナスで『注意』と言われているようだ。

からし漬けや酢漬けはそんなにたくさん食べられない。
すぐに飽きてしまう。
なのに冷蔵庫でいつまでも腐らない。
味噌漬けはとてもご飯に合うが、味噌だけでもいいじゃん、と思ってしまう。


そんな中で唯一躊躇わずに買えるのがゴボウなのだ。
ゴボウの強さはなんといっても歯ごたえと匂いだ。
どんな味付けにしてもコリコリとした歯ごたえで、あの香りは消えない。
だからだろうか、たいていゴボウは醤油味だ。
他にしても無駄って言うことだろうか。

ともかく、ゴボウのお土産はハズレが少ない。
歯ごたえだけで飽きが来ない。
ごはんにもお酒にも合う。
弁当にも入れられる。
山の幸の一番はゴボウに決定だ。


そんなことないな。
ゴボウをおみやげにもらったのでそういう方向に持って行こうとしてしまったけど、
やっぱりおいしいものはおいしいし、まずいものはまずい。
キュウリやカブやナスのお土産でもおいしいものがある。

ブログ書きってダメね。
ネタに詰まると奇策に走って。








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毛根といえるのか
私の勤めている会社は昨年合併し、今も二か所で営業している。
形としては、あちらが本社でこちらは店舗だ。
それぞれのなわばりや、仕事の内容は効率化したが、
合併以前の独自のやり方も残っている。

一番の大きな違いは土曜日の休みだ。
第二第四土曜が休みなのは共通だが、残りの土曜はウチは交代で休んでいるが、
本社では半ドンになっている。
つまり、ウチは人数が半分、本社は時間が半分だ。


先日、O川とN岡の三人で話していると、
この二人が、

「半ドンっていいよな~」

と言っていた。
やつらは一時期本社に通っていたので半ドンの味を知っているのだ。

理屈はこうだ。
「午前中はあっという間に過ぎるが、午後は長い。
 だから半ドンとはいっても、感覚的に半分以下だ」
実際、八時半から五時半の勤務なので、午前は3時間半しかない。
確かに一見お得なようだ。


しかし、私は反対だ。
半ドン二回ということは、二回出勤するということだ。
通勤時間が一回無駄になるではないか。
作業服だって、洗濯の回数が増えることになる。

それに、一日休みなら名古屋まで行くことができるが、半日なら松阪までだ。
ローカルなたとえで申し訳ないが、松阪に二回行くより、
松阪か名古屋か選べる方がいい。


やつらはさらに誘惑する。
会社に一旦来ると、体が動いたあとなので家の仕事もやる気になるが、
休みで朝寝をすると、そのあと家のことをしたくなくなる。
だから土曜の午後に用事を済ませ、日曜がゆっくりできるというのだ。

「ほ~ら、こみさん。昼から畑に行って、夕方は早く居酒屋に入れるよ~」

うぬぬ、なんというパワーのある呪文だ。
確かに土曜の午後に働いておけば日曜がとても楽だ。
だが、これからの暑い季節、昼から畑なんか行けるものか。
だいたいこの予定では日曜はダウンしているにきまっているではないか。


と、ここまで反論して気がついた。
こいつらはパチンコがしたいのだ。
半ドンだと奥さんに言わずに出勤して、半日はパチンコで帰宅。
それで「おつかれさま」なんて肩のひとつも揉まれようなんて考えているのだ。

アホか。
絶対半ドンなんかにさせん!
きさまらは一日奴隷のように働けばいいのだ!
半ドンにするなんて話は出てないけど。







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やりかたわからん
くどいようだが、やせねばならん。
かねてからそう思っていた私は、お昼をおにぎりにしていたのだが、
豆乳がプラスされ、魚肉ソーセージがプラスされ、
ミニラーメンがプラスされ、パンがプラスされるに至り、
これではいかんとすっぱり弁当を持つことにした。

しかし、どうしても油モノが多くなってしまう。
なんだか基本が「豚肉を野菜と炒める」になってしまっている。
これを改善すべく、ちづるにササミを買ってきてもらった。
脂肪分を減らし、たんぱく質を主体の弁当とするためだ。


昨日の朝の予定は、焼きササミと残り物のスナックエンドウ。
それに玉子焼きと考えた。
ヘルシーでなかなか色合いもよろしい。

とりあえず、ササミをフライパンで焼く。
今、ウチのフライパンはいただきものの“ティファール”だ。
あの“もこズキッチン”でも使われている優れモノだ。
中心にあるマークが薄くなってきたら暖まってきたしるし、
油を敷いてササミを並べる。

その間にスナックエンドウをチンして、みそ汁の用意をする。
ササミの味付けは淡白に塩コショウ。
焼き上がったら玉子焼きだ。


ところが、料理をする人はご存じだろうが、鶏肉というのは案外火が通りにくい。
表面はこんがり焼けているのだが、繊維の間から生っぽい部分が見えている。
たたき風にでもするのならそれでもいいが、弁当に入れるにはふさわしくない。
電子レンジで中を熱してやろうかと思ったのだが、それでは確認ができない。
そこで、いまさらではあるが、魚のように開くことにした。

本当はとろ火でじっくり中まで火を通したいのだが、
朝はそんな悠長な時間はない。
三つ焼いているササミを一つずつまな板に取り、包丁で縦に・・・

あちちちち

あたりまえだ。
しかも焼けている部分がうまく切れない。
水道水で手を冷やしながら無理やりやってかなり分解させた。
なんとか中の生っぽい部分がむき出しになったのでそこを下にして焼く。

そうこうしている間も熱し続けていたフライパンがオーバーワークになってきた。
ササミのある部分はいいのだが、それ以外のところはカラ焼き状態だ。
このティファールはカラ焼き厳禁だ。
なんだか油が焦げたのか表面が黒くなってきている。

とりあえず、ササミを取り出したフライパン。
この黒い部分を洗いたい。
なんとなく、やっちゃいけないような意識は頭のどこかにあったのだが、
そのアツアツのティファールに水を掛けてしまった。


魔人が登場するのかと思うほどの煙が出て、体によくない薬品的な匂いがした。
温度が下がって洗ってみたら、あのなめらか感がない。
指で触ったら、表面のコーティングが変質してしまったのかギガギガしている。
どうやらオシャカになったようだ。

ちづるにとても怒られて、やせはしないが小さくなっている。







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今日から鉄のフライパン
昨日は世にも珍しい金環日食の日で、
情報番組は朝から晩までキンカンキンカン言っていた。
もちろん、めったに体験できないことだし、
不良サングラスで目を悪くする場合もあるらしいので報道することは必要だ。
しかし、どうにも気にいらないことがある。

なんどもなんども繰り返しカラーテレビである必要のない映像を見せられたが、
それを紹介するときにこんなことを言うキャスターがいる。

「それでは感動のシーンをもう一度どうぞ」

たとえば“幻想的”とか“世紀の一瞬”というならかまわないのだが、
“感動”ってなんだ。
そりゃ、感動した人もいるだろう。
でも人それぞれではないか。
「これは感動なんですよ」と決めつけないでもらいたい。


最近はやたら“感動”が安売りされている。
本屋に行けば、新刊の帯には『感動の大作』とか『ラストの感動』とか、
安易にこの単語が使われているが、
仮にも文章に携わる仕事をしているなら、他の言葉で感動を表現しろと言いたくなる。

テレビの番組では、アニメやドラマのそういうシーンだけを特集する。
まるで、感動数珠つなぎだ。
あまりに脂っこい感動を立て続けに出されるので、味わいが無くなってしまった。
もうパトラッシュでは泣けない。


数ある不愉快な“感動”の中でも、我が家で最もイラついているのがスポーツの感動だ。
某総理大臣が相撲の表彰式で、
「感動した!」
と言ったことがあったが、これは正しい。
本人が感動したというんだから、間違いはない。

ところが、最近選手の側がこの言葉をよく使う。
オリンピックなどの大会出場が決まった選手や、
海外のチームに移籍する選手などがインタビューで、
「夢と感動を与えられるようになりたい」
なんてことを言ってしまう。

『感動を与える』とは何様だ。
「一生懸命やります」とか「いっぱい勝ちます」を実践して、
そのあとに感動が付いてくるのがわからんのか。
スポーツばっかりやってきてボキャブラリーが少ないのは仕方ないとしても、
最悪、
「感動してもらえるようにがんばります」
だろうが。

この間は、高校野球の選手宣誓にまでこの言葉が出てきた。
彼らこそ、そんなことを考えてはいけない。
ただひたすら勝つことに一途な姿が感動を呼ぶのだ。
そんなことを宣誓してしまったら、感動シーンがあったとしても、
「そういえば感動させようとしてたんだったな」
と思ってしまうではないか。


先日、毒舌の元猿と太ったオカマがテレビ番組で言っていた。

「感動は突然来る」

まったくそのとおりだ。
感動には不意打ちを食らいたい。
そうすると、ドキューンとやられるのだ。
元々涙腺が弱いうえ、年をとった私、
そんなテレビ番組たちでハチの巣なのだが。







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夢がかなった
なんとかのかくらん

土曜日、飲みに行った結果、なんとちづるがこんなことになってしまい、
貴重な休日は、私一人であくせく働くのであった。


まずは畑に行く。
今日の予定はオクラの種を蒔くことだ。
ササッと畝を作って、ササッと蒔いて水をやる。
土が乾いていたので、エダマメとレタスにもジョロで水を与えた。
ナスやキュウリの植え付けは来週の予定だ。

もう一つの仕事はスナックエンドウの収穫だ。
今週は、一度も収穫に来なかったのでたっぷりできている。
左手首にレジ袋をぶら下げて、糸切りばさみで切ったエンドウを入れていくのだが、
だんだん左手が重さで辛くなってきた。

見れば結構な量になっている。
下に置いても袋が開いているので、左手作戦はやめた。
最終的にはこんな感じ。
これは自慢である。

ずっしり

これを全部筋取りするのかと考えたら恐ろしい。
なので半分ほど知り合いにおすそ分けして、家に帰った。


昼ごはんを食べると、ちづるはまた寝てしまった。
私はバジルの苗を大きいポットに植え替え、
成長の悪い苗、や芽の出なかったポットを片付けた。
庭の草むしりは、その惨状を見て先送りした。


次は自分の部屋の片づけだ。
パソコンをコタツから机に移動したとき、
机に並べていたスプーンたちをコタツに移したのだが、これはしまわなくてはならない。
そこで、ずっと気になっていた正札の痕跡を消すことにした。
そういう薬品があるというのでちづるに用意してもらったのだが、ずっと放置していたのだ。

ちょっとスプレーしてヘラでぐいぐいやると、残っていた糊がきれいに落ちた。
5本ほど糊の残ったのがあったのだがすべてきれいに落ちた。
洗剤で洗い、丁寧に拭いて、コンテナにしまう。
訳がわからない人のために説明するが、スプーン磨きは私の趣味なのだ。


コタツの上が片付いたのでコタツ布団をはぎとる。
テーブルとして使うのだが、部屋の隅っこに寄せた。
これで腕立て伏せや腹筋をするスペースができた。
だが腕立て伏せや腹筋はせずに、あと少し残っていた本を読んだ。
読了の余韻のまま、少し昼寝。

目が覚めたらパソコンを起動。
頼まれていたCDを焼いた後、ネットを徘徊。
しばらくすると、ちづるが「はらへった」と起きてきた。
気がついたらもう暗くなりはじめている。

私も腹が減ってきた。
さて、今夜のおかずは・・・

ギャー、忘れとった~!

というわけで、それからあわててエンドウの筋取りを始めたのだった。







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サヤごと食べるよ
もうすぐ金環日食だそうだ。
それを見るためのサングラスに粗悪品があるらしい。
良し悪しよりも、こんな一瞬で使い道が終わってしまうものを買ってどうするのだ。
テレビで見るのが一番楽にきれいでわかりやすいではないか。
だいたい、お日さまを色眼鏡で見ようというのが間違っているのだ。

間もなく東京スカイツリーがオープンするのだそうだ。
あまりにテレビで特集しすぎて、もうオープンしているものだと思っていた。
昨日見た特集は、スカイツリー下の商店街で行列が予想される店、だった。
行列が予想されるなら対処法を考えろ。
あおったら余計行列するではないか。

サッカーが上手で、ヨーロッパで活躍している香川という選手が、
なんだか違うチームに移るような話があるらしい。
その移転先が『マンU』
『まん卯』かと思ったら『マンチェスター・ユナイテッド』なのだそうだ。
長いから省略してもいいが『マンユ』としてほしい。


このように、今世間で騒がれていることは、私に興味のないことばかりだ。
私が気になるのは、地震の心配と、いかに効率よく飲みに行くかということだ。
今月はあれやこれやとお金が要ったので、小遣いが残り少ない。
なんとか家計子さんの払いで一度飲みに行きたい。

というわけで、昨日はちづると飲みに行ってきた。
たまにしかいけない、ちょっと高級な店だ。
高級といっても、そこの子が店でゲームしてるようなぐらいだが。
カツオのたたきで、普段より上等の酒。
ああ、たまらん。


そこを出て、次の店にはしごした。
二軒目はいつもの店だ。
カレーうどんを食べて帰ろうと思っていたのだが、
顔なじみの常連さんがいて、またビールを飲んでしまった。

その人としか通じない話で盛り上がり、
(ちなみに懐かしのプロレスやデス系へヴィメタルバンドの話)
その人が焼酎を注いでくれるので、どんどん酔っ払う。
そして一つの事実が判明した。


地震への備えがやかましく言われていたとき、
それもそうだと思った私は、カバンに非常グッズを用意している。
ナイフや照明、薬に非常食などだ。

この非常食が先日無くなった。
なんとかバーというやつで、高カロリーでいざというときエネルギーになるものだ。
朝食にこれ一本、などと宣伝もされている。
先日、会社で腹が減ったので一本食べてしまった。
でも、確かにあと二本、食糧袋に残っていたはずだ。

犯人はちづるか上司Tに違いないと思っていたのだが、
「この間もらいましたよ。私とSさんと」
と、教えてもらった。
私が酔っ払って配ったらしい。

これで、非常時がのりきれるのだろうか。
これが目下の心配事だ。







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おなかグー
ああ、人はむかしむかし鳥だったのかもしれない。
こんなにも空が恋しいんだから。

いや、私はそんなに空が恋しくない。
高いところが怖いから。
とはいえ、もし空が飛べるなら、高いところが怖いはずがない。
「もう飛べないから怖い」ということなのだ。
きっと昔は私も飛べたのだ。
ああ、私は翼の折れた胴のエンゼル、ピポピポ。


人間が、自分が鳥だったとしたら、と考えるとき、
おそらく想像しているのはトンビなのではなかろうか。
高い空を羽ばたきもせず、ただその青になじんでいる。
食物連鎖の頂点にいるから天敵もいない。

ワシやタカのように希少でないことはわかっているが、
カラスみたいに意地汚いとか、
ハトのように落ち着きがないとか、
スズメのように小物だとは自分のことを思いたくない。

実際は地上にいる鳥の方がかなり人間臭い。
トンビのような人にお目にかかったことはないが、
ペンギンやダチョウやペリカンみたいな人は案外身近にいる。
おそらく、鳥が人になる途中なのだろう。


それにしたって、いろいろ飛ぶものの中で鳥を選ぶのが思い上がりだ。
鳥のように優雅にふるまう人間はあまりいないのではないか。
同じ飛ぶのなら虫の方が近いような気がする。

トンボやハチのように前後左右自由自在に飛べるのは、
人の中でも一握り、スポーツ選手や舞台に立つような人だけだろう。
一般人はもっと無様だ。

蝶のように舞い、というと聞こえはいいが、
脳震盪を起こしそうに慌ただしく動く飛び方、あれがほとんどの日本人だ。
あとはカナブンみたいにやかましい音をたてるか、
ハエのようにうっとうしいか、
蚊のようにこっそりやってきて他人の血をかすめ取るか。

そんな一般人の上に立つ人たちがせめて立派でいてくれたらいいのだが、
今の日本の行く末を担う人たちの活動範囲は、
主に夜とか影とか裏側とか、むしろ地下に近いところにいるようだ。
そんなことだから支持率はムササビ並みの急降下なのだ。


ああ、人はむかしむかし鳥だったのかもしれないね。
こんなにも他人のことがつつきたいんだから。








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墜落よりまし
去る五月七日、ゴールデンウィーク明けの月曜日だ。
遊び疲れた体を引きずって出勤すると、O川の左腕が曲がらなくなっていた。
脚立から落ちたというおまぬけな話だ。

O川の奥さんは観光施設に勤めているので連休は出勤だ。
そこでO川は一週間かけて家のペンキ塗りをすることにした。
そこそこ天気に恵まれて、連休最終日には予定通り完成のめどがついた。

一通り作業を終え、ちょっと修正個所を見つけたO川。
横着をして、固定フックをせずに脚立に上った。
ほんの一刷毛の修正が済んだとき、うっかり体重移動をしたのだろう。
脚立の片足が浮き、パタンと閉じてしまった。

こうなると脚立はただのはしごだ。
そのまま後ろに倒れていった。
まるでトムとジェリーの世界だ。
地面に落ちた瞬間、防御本能で左腕を伸ばしたまま着いてしまったらしい。


その日は痛いだけだったが、翌日パンパンに腫れた。
左腕だけ超筋トレをしたみたいに太くなっていた。
一応医者に行ったら、骨には異常がないが、内出血しているということだった。
本人は、まったく曲がらないのだが、伸ばしたままなら荷物も持てる、
と言って仕事をしていた。

関節というのは妙なもので、力の方向によってできることとできないことがあるようだ。
なるべく伸ばしたままなら車のシフトチェンジもできるのだが、
向こうのものをこちらに寄せることはまったくできない。
なにもしないでいると痛みもないので、痛めていることを忘れてしまい、
鼻の頭でも掻こうと腕を曲げると激痛が走る、ということをくりかえしていた。


一週間後の日曜、パチンコに行って知り合いにコーヒーをおごってもらったO川。
多少曲がるようになっていたのだが、左手ではそのコーヒーを口に運ぶことができない。
パチンコというのは右手はフル稼働している。
コーヒーを右手で飲むにはパチンコが小休止になる。
このときが一番不便を感じたのだそうだ。

もうひとつの不便が、
「ハナクソがほじれない」
ということらしい。
上司Tは、

「右手でほじくったらええやないか」

というのだが、そうはいかないようだ。
その気持ちはわからないでもない。


それから数日が過ぎ、やつの左手もずいぶん曲がるようになってきた。
ふと見ると、顔に手が届いている。

「やっとハナクソがほじれるようになったやないか」

と私が言うと、

「ほじれない」

という返事。
左手小指で鼻に栓はできるのだが、ほじくるという動きができないのだそうだ。
なんという絶妙な力のバランス。
人体の不思議。
体って大切なんだなあ、と思ったお話。

ちなみに、今日のネタが下品なのは全てO川の責任です。







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悲惨な飛散
ぎゃー!

タイマーセット忘れとったー!

飲みすぎじゃない証拠に、元気なダウン絵描いておこう。

一応、ソルマックは飲むけれども。








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今晩レスします
先日、O川と話していて、
「我々は床屋さんにはなれない」
ということで意見が一致した。

客としてはいい客のはずだ。
細かいことにこだわらず、眉毛をそり落とすぐらいのことがないと文句を言わない。
むしろ床屋さんが微妙なことを気にしていると、
「そこはもうそれでいいから」
と心の中で思っているぐらいだ。

しかし、世の中には細かい注文をする人もいるらしい。
長さはもちろん、形やら向きやら巻き方やら色やら、
こだわる項目は驚くほど多岐にわたる。
そんなものに対応しとれるか、思う。
みんな坊主になればいいのに。


私はラーメン屋にもなれない。
同じものばかり作っていられない。
ましてや人に言われて作るなんてまっぴらだ。

だいたい、今のラーメン屋は分類が多すぎる。
麺の硬さやら、トッピングやら選ばせすぎだ。
店主が一番うまいと思う一品を出せばいいのだ。

こういう考えだから、客の注文なんか聞きたくない。
メンマよりモヤシの方がうまい。
ネギ抜きなんて許さない。
大盛はめんどくさい。

同じものばかり作っていられないのに、いろいろ作るのもイヤ、
ということは全てイヤということだ。
やはり私には無理だ。


女の子に人気の花屋さんも私にはできないだろう。
ともかく花というモノは、そのへんに咲いているというイメージだ。
お金をとるというのがイマイチ納得できない。

そんなことだから、お客さんが来ることが想像できない。
花の世話はめんどくさそうなのに、バンバン売れるということはなさそうだ。
そもそも、すべて売り切るという可能性があるのだろうか。
つぼみのうちに売らなくちゃならないものなんて、リミットがきつすぎる。

となると、店の先行きが心配だ。
そして目の前には花がある。
おそらく花占いをしてしまう。
売れる、売れない、売れる、売れない、たぶんつぶれる。


昔あこがれたバスの運転手もイヤだ。
運転中は歌いたい。
まして、マイクが付いているのなら。

スポーツ選手もしたくない。
勝負に勝って喜ぶよりも、負けでもいいから早く終わりたいタイプなのだ。
仕事時間は短い方がいい。

医者にもなれない。
「どうされました?」なんて他人に興味はない。
ましてやおっさんにおいておや。


どうやら私は仕事に向いてないようだ。
仕事とは、生活のためにお金を稼ぐこと。
稼がなくてもいい生活ってどんなに素敵だろう。

いや、お金持ちになって、もう稼がなくてもいい立場になりたいのではない。
お金を払わなくてもいい身分になりたいのだ。
どうしたらいいのだ。







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二人でまわってます
五月の半ば、この時期はいつも物入りだ。
種やら苗やら肥料やら買わなくてはいけない上に、
母の日やら親父の誕生日やらが重なっている。
重なっているとは言ったものの、特に何もしていないのだが。

もっとも忘れてはいけないのがちづるの誕生日だ。
今年の5月13日は日曜だ。
前日の土曜はちづるは出勤で私は休み。
平日だったら会社帰りにケーキなど買ってごまかすのだが、
休みなのでなんぞ買いに行くことにした。

こういう事を考えるのは難しい。
女性的なものを選ぶセンスは私にはないし、
ちづるが欲しそうにしているものでも、それが必要かどうかはわからない。
現に私があげた『wii』はまったく活用されていない。

そこで考えたのが、お笑いのDVDだ。
ちづるはお笑いが好きだ。
これなら趣味もわかるし、なにしろ私も楽しめる。

というわけで、土曜日に某お笑いDVDを買ってきた。
あとはこれを翌日に渡せばいいだけだ。
だが、私はこれを持っている辛抱ができない。
その夜・・・

「ちづるさん、あんた私に辛抱がないことを知っているだろう」

「知っとる」

「というわけで、お誕生日おめでとう」

ここで、DVDを差し出した。


「・・・」

「・・・」

「10日やけど」

「え?」

「私の誕生日は10日やけど」


しまったああー!
親父が12日で二日違いだったのを勝手に一日違いだと変換してしまったー!
しかも、ちづるの誕生日5月10日は、
アメリカの殺人鬼ジョン・ウェイン・ゲーシーが処刑された日だとからかっていたのを、
いつの間にか「13日の金曜日」と勘違いしてたー!


というわけで今、ギスギスしています。








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ぎすぎす
運動神経の良し悪しは、主に足の速さと球技で判断される。
たとえば、水泳だけが得意だとか、長距離走が優れているというのは、
なかなか運動神経とは結び付けてもらえない。
そして私はそのどちらもが苦手だった。

小学校のときに陸上スポーツ少年団というのに入ったのだが、
これはまさに友達に誘われてなんとなく、というやつだ。
卒業までやめなかったが、何をやっていたか記憶がない。
ただ、そのころは練習しているよりも、素質として足の速いやつらがいた。
なので私の成績は、ずっと『ふつう』だった。

球技もうまいやつは最初からうまかった。
私はともかく球技が嫌いだ。
これは家庭環境のせいだと思う。
ウチの親父はプロ野球を見ない人だったので、
学校でみんなが野球の話をしていてもまったく興味がもてなかった。

だから、授業で球技をしても、こういうときはどうする、という反応ができない。
それより、ルールもあやしいぐらいだった。
当時はそういうことは知っていて当然という雰囲気で、
でも、興味のない私は訊かないから、知らないままだったのだ。


というわけで、私は中学高校と陸上部だった。
球技も格闘技も嫌いなんだから仕方がない。
ただ、なんだかんだと練習だけはしていたので、
体育の成績はそんなに悪くはなかった。

中学のとき、全員が駅伝の練習をさせられて以来、
長い距離を走ることが多くなった。
おかげで持久走のをさせられる冬場は体育の成績が上がったものだ。
そうそう、高校のマラソン大会では30位ぐらいに入って、
陸上部の顧問の先生に褒められた、と自慢しておこう。


というようなのは若い頃の話だ。
大人になってからはなかなか運動神経を測る機会がない。
体型はどんどん緩み、体は重くなるし、
膝や腰が痛いから走ったり跳んだりしない。

草野球でもやっている人はいいが、そうでなければ運動神経は自己申告だ。
自己申告というやつは、そこそこだと話題にならないし、
よすぎると信用されない。
運動が達者だったはずなのに、口が達者という評判を呼ぶ。


ところが、大人であっても太っていても、
一瞬で「この人運動神経いい!」と思わせる技がある。
鉄棒だ。
その中でも蹴上がりに限る。

散歩で公園にでもいって、ちょうどそこにあった鉄棒でたわむれに蹴上がり。
もうこれだけで、俊足で球技もばっちりだと思われること間違いない。
逆上がりや足掛けまわりではダメだ。
こともなげにくるりと蹴上がりだ。

私は中学のとき、一度だけ蹴上がりができた。
授業でできなくて、放課後クラブ中に練習していたときだ。
なぜできたのかわからないぐらい簡単にくるりと回れて、
いっしょにいたやつらからも拍手されたのだが、それ一回きりだった。

いやホントだから。
できたんだから。
自己申告だけどウソじゃないって。
ホントなの!

うえ~ん。






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何の絵かわからん

完璧

先週、あんなに一生懸命耕した畑の土は、そのあとの雨でこっちりしていた。
とはいえ、どうせこの土日で肥料を混ぜ込まなくてはならない。
もう一度、全面土いじりだ。

まず、畑全体に有機石灰を撒いた。
これは酸性になった土を中和するためだ。
そのあと畑を三分割した。
その用途によって混ぜ込むものが違うのだ。


畑の左端は半分までスナックエンドウが植わっている。
その続きには、完熟牛フン堆肥をほどこした。
商品名は『飛騨のもうもう堆肥』だ。
これは完熟なのですぐに苗が植えられる、と私は勝手に考えている。
畑の長さ半分の畝に、サニーレタス、サンチュ、チンゲンサイの苗を植えた。

これで畑に畝一本だけ完成した形だ。
残りを二等分する。
ナス、トマト、ピーマン、キュウリ、ゴーヤのコーナーと、
トウモロコシ、エダマメのスペースだ。

トウモロコシは根が強いので、土が硬くても勝手に育つ。
ガリガリと浅い溝を掘って種を蒔けば、ぐいぐいと根を伸ばしていく。
荒れ地にはまずトウモロコシというぐらいだ。
なのでこちらは手を抜かせてもらう。

なぜなら、トウモロコシは収穫までにおよそ90日。
早く蒔かないと食べるのが秋になってしまう。
なので入れるのは野菜くずを捨てていた穴の腐葉土だけだ。
肥料を混ぜると、種蒔きまで数日置かなくてはいけない。
苗が育ってから追肥をすることにしよう。

それでも石灰をなじませるために表面だけは軽く混ぜる。
土の塊はなるべくつぶす。
エダマメのところだけていねいに耕して畝にした。


休憩のあと、ナス科コーナーだ。
こちらには鶏糞と油かすを混ぜ込む。
これはよく混ぜ込まなくてはならないうえに、二週間ほど寝かす必要がある。
絶対幸いではないのだが、幸いこの寒さで苗がまだ育っていない。

自宅での苗の育成と、畑の土の熟成は同時進行だ。
植え付けがずいぶん遅くなるが仕方ない。
それまでに何度か土をいじることにしよう。
ともかく今日は撒いた肥料が風で吹き飛ばされないように混ぜなくてはいけない。
あとはひたすらクワをふるう。

何度か休憩を入れて、とりあえずナスコーナーも耕した。
時計を見ると、ちょうどお昼だ。
あとは翌日、トウモロコシを蒔いたあと、時間のあるだけ耕そう。


で、道具を片付けている時に、トラクターに乗って叔父さん登場。

「起こしたろか」

うおーうおー

わーいわーい、うれしい~、ありがたい~
土は見る見るふかふかになっていく。
これでナスコーナーも混ぜ混ぜしなくていい。
トウモロコシだってホントは柔らかい土の方がいいはずだ。

これは芸術

ああ、何と美しい光景だろう。
ふがっと飛び込んでみたい。
写真を撮って壁に貼りたい。
このあと、ちょっと買い物に行ったのだが、
この光景が見たくてもう一度この前の道を通ったぐらいだ。


これで文句を言ったらバチが当たるだろうけど、
おじさん、もうちょっと早く来てくれたら。







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燃える男のミドリのトラクター
昔、なにかの記事で『プロレスは英語の宝庫』というのを読んだ。
なるほど確かにプロレス技は簡単な英単語の組み合わせが多い。

ニードロップ、エルボーアタック、ヘッドバット、ストマッククロー、
ブレーンバスター、ネックブリーカー、フィギュアフォーレッグロック、
これらは体の部分を覚えるのに都合がいい。

ベアハッグ、コブラツイスト、スコーピオンデスロックは動物。
ボストンクラブ、オクラホマスタンピート、ウエスタンラリアットは地名。
デッドリードライブ、ココナッツクラッシュ、パイルドライバー、
ありとあらゆる英単語が使われている。
よくは知らないが、最近ではもっと複雑な動きと名前の技が開発されているらしい。


このように知識というのは何からでも得られるものだ。
私に一番英単語を教えてくれたのは『人造人間キカイダー』だった。

『人造人間キカイダー』
それは、正義のアンドロイド『キカイダー』が悪のアンドロイドを倒すという、
よくあるヒーローもののひとつだ。
たくさんあるヒーローものが特徴を出すのは悪の組織、
つまり怪人側の設定だ。
このキカイダーに登場する怪人たち、全て動物と色の組み合わせなのだ。

たとえば、
イエロージャガー、キンイロコウモリ、ヒトデムラサキ、ダイダイカタツムリ、
こんな感じだ。

これに、なんじゃこれは、という怪人たちが数人いた。
グリーンマンティス
設定が動物と色ということはわかっているので、マンティスは動物だとわかる。
形を見ればカマキリだ。
これでマンティス=カマキリだということを覚えた。

オレンジアント
これもアントが動物だということは推測できる。
まさかオレンジという植物を怪人にはしまい。
ただ、こいつは形からアリが想像できなかった。
着ぐるみでアリは難しいのだろう。

逆のパターンが、カーマインスパイダー
スパイダーはクモだ。
クモは見るからにわかる。
だが、カーマインってなんだ。
色には違いないはずだが聞いたことがないぞ、とあわてたものだ。

他にも、サソリブラウンやバイオレットサザエ、カイメングリーンなどで、
新しい知識を吸収させてもらった。
しかし、知識というのは英語だけではない。
古き良き日本もキカイダーに教わった。

おそらく、動物と色という設定に無理があったのだろう。
動物は豊富だが色なんてそんなには数がない。
そこで、怪人にはふさわしくない趣のある色が使われ始めた。
カブトガニエンジ
タコヤマブキ
アカネイカ

臙脂色、山吹色、茜色だ。
こんな雅な色を魚介類と合わせてモンスターにするな。


そうそう、まったく違うことなのだが、他にもわかったことがある。
黒という色は使いにくいということだ。

クロガラス、
黒いカラスの怪人だが、そのままやないか!

クロカメレオン、
カメレオンの特性を殺しとるやないか!

そして、ブラックハリモグラ親子、
なんで親子なんや!







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キマってないぞ
少し暖かくなったのでパジャマをやめてTシャツ短パンで寝るようにしたのに、
朝は寒くてハンテンを羽織るという妙な格好になってしまった。
なんだろう、この小寒さは。
おかげで苗が育たない。

トマト、ナス、ピーマンのポットは、ちょうど芽が出始めた頃、
あのヒョウの直撃でダメージを受けた。
大きめのポットに蒔いたシシトウは双葉が出たのにそこから育たない。
早めに蒔いたキュウリは葉の色が悪い。
ゴーヤは一切出てくる気配がない。

今から暖かくなってきたとしても、これがちゃんと育つような気がしない。
種は残っているので、もう一度全部蒔き直そうか、
それとも苗を買ってこようか、思案のしどころだ。


調子のいい苗もある。
サニーレタス、チマサンチュ、ミズナ、チンゲンサイだ。
これらは夏野菜が収穫できるまでのつなぎのつもりで作ったのだが、
雨のせいで畑が植え付けられるようになっていない。

明日は畑に肥料を混ぜ込んで、この分だけでも植えようと思っているのだが、
こちらは逆に苗が育ち過ぎで植え遅れかもしれない。
ああ、このままでは野菜のない期間ができてしまいそうだ。


こんなとき、唯一頑張ってくれているのがスナックエンドウだ。
スナップ、という人と、スナック、という人がいるが、私はスナック派だ。
私ともあろうものがなぜP音を選ばないかというと、
スナックはお菓子、スナップは手首というイメージがあるからだ。

昨日は会社帰りに収穫してきた。
小ぶりのボールにいっぱいぐらいあっただろう。
ありがたいありがたい。
これを茹でて、マヨネーズを付ければいいおつまみだ。
残りはバター炒めや卵とじにするのが好きだ。
弁当のおかずにも重宝する。

が、なかなかそううまくはいかない。
スナックエンドウには、筋を取るという作業がついて回るからだ。
会社帰りに収穫に寄った、というだけで夕食までの時間は短くなった。
筋取りをしている余裕がない。

全部茹でれば、いろんな料理に使うだけの量があるのだが、
結局半分しか筋取りができなかった。
茹でれば、茹でたてをマヨネーズで食べたくなる。
というわけで、これで三度目の収穫なのだが、まだ他の食べ方をしていない。

では、下茹でなしで炒めたり卵とじにしてもいいものだろうか。
茹でるとけっこうアクが浮く。
やはり一旦茹でた方がいいような気がする。
茹でたては他の料理にするのがもったいない。
でも、残るほどは筋を取ることができない・・・



ぎゃー!







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ずいぶん茹でた
今、日本全体がどんよりした空気に包まれているような気がする。
災害、事故、不景気、原発問題、政治不信。
税金が上がるとか、電気が足りないとか、野菜が高いとか、耳をふさぎたくなる話ばかりだ。
かといって、ホイホイ外国に出ていくこともできない。
どうせ日本で暮らすなら、のんきにいきたいではないか。

そのためにはきっかけが必要だ。
ここでほんの少しでも軌道修正すれば、はるか先では大きな違いになってくる。
ささやかなのんきさが、将来の日本を左右するのだ。

そこで私は提案する。
各都道府県のイニシャルをP音にするのだ。
P音にはとげとげしさがない。
Pで始まる単語は全てのんきだ。
そうだ、ここから始めよう。


まずは一都一道二府だ。
ポーキョウ
ポッカイドウ
ポーサカ
ピョート
意義は見失いそうだが、趣旨はわかってもらえただろう。

『ポットリ』とか『ペヒメ』とか『ポキナワ』なんてちょっと愉快ではないか。
『ピーガタ』はなにかの部品みたいだし、
『ピロシマ』はロシア料理と間違えそうだ。

ゾウが住んでいそうな『パオモリ』
小脇に抱えたい『ポーチ』
フルーティーな感じの『パイチ』
スポ-ティーな感じの『プンマ』
なんとなく色っぽい『パイタマ』
ちょっと『パカヤマ』には申し訳ない。

二文字の件名はちょっとややこしい。
『パガ』と『ピガ』と『ピバ』の区別が面倒だ。
あとの『パラ』『ピフ』『ピエ』も何の事だかわからない。

この方式だと間違いやすい名前もある。
『ポーイタ』は『ポーピタ』
『パゴシマ』は『パボシマ』
『ピシカワ』は『ピシパワ』と呼んでしまいそうになる。
『ピバラギ』なんて『ピパパピ』といってしまった。

『パガワ』は『プドン県』でもかまわない。
『プノンペン』とまぎらわしいが。

『ポチギ』はランキングクリックしてもらえそうでいいなあ。
『ピョーゴ』はネコ科の猛獣っぽい。
『ピマネ』ってヨーロッパにそんな山がなかったっけ?
『ポクシマ』はお得感がなくなってしまった。


同じ字で始まる県が似た感じになるのは仕方ない。
“福”つながりの『プクイ』『プクシマ』『プクオカ』はふくらんでいる。
『ピヤギ』と『ピヤザキ』は涼しげだ。
“山”の字で始まると『パマ』と破裂音が続いて言いにくいので、
特別に『ピャマ』にしよう。
『ピャマガタ』『ピャマナシ』『ピャマグチ』いい感じだ。

『パナガワ』も似た感じだが『ピャマガワ』は許可しない。
そのかわり『横浜』を『ピョコハマ』してあげよう。
よし、この勢いで市もいってみようか。
いやいかん、そんなことしたら我が『ピエ県』の県庁所在地は、
『プ市』になってしまう。







『パキタ』『ピワテ』『パガノ』『ポヤマ』
『ピズオカ』『ポカヤマ』『パガサキ』『プマモト』
のみなさん、すいません。
時間が無くなってしまいましたがクリックしてね。








じっとしてるのが仕事
まったく人間というやつは、いつ、どんなことで太るかわからないものだ。

たとえば、読書をしていると、本を持っている左手と目以外はヒマだ。
そこで退屈な右手がお菓子を口に運びだし、口はそれを受け入れてしまう。
そして太る。

ちょっと早起きをしたことがあった。
すると夜早く眠くなって、普段通りの食事が就寝一時間以内になってしまった。
これも太る。

この間、口内炎ができた。
それが治りかけた頃、ものを食べてみると痛くない。
うれしくて何度も試してしまった。
太る太る。


我が家では休日はパン食ということになっている。
普段私しか飲まない牛乳をちづるも飲むことになる。
そうなると、ゴールデンウィークにはとっている牛乳では足りなくなるので、
スーパーで1リットルの紙パックを買ってきた。

私の実家でも似たようなことが起こったのだろう。
「牛乳が余ってきたのでもらってくれ」
といわれた。
そんなわけで一時は冷蔵庫に10本もの牛乳が並んだ。
ゴールデンウィークが終わるとちづるは飲まない。
で、朝飲んでいた牛乳を朝晩飲むようになり、太った。

おそらく、どんなことをしても太るのだろう。
部屋で線香を焚くのも、ヒョウが降るのも、目薬をなくしたのも、
全て太る原因になっているはずだ。
今やおなかがおよこにおまわりになってきた。
やせなければならない。


そこで先日からダイエットを始めた。
ダイエットとは言っても、ほんの些細な粗ダイエットだ。
その名も『自分を少食だと思いこむダイエット』というやつだ。

若い頃、やかんづるのように何でも豪快に食べていた私だが、
さすがに年を取り食べられる量が減ってきた。
なのに店で注文するときは今まで通り、プラスうどんや大盛を選んでしまう。
で、後から胸やけがしたりするのだ。

だから、以前のように食べられなくなったということを、過剰に脳に伝えるのだ。
ある意味、芝居をしているのかもしれない。
私は少食な人の役を演じているのよ、と自分に言い聞かせる。
だからお昼は、おにぎりとみそ汁と豆乳だ。

ただ、このダイエットの欠点は、食事の回数が増えることだ。
「私は少食だから、3時にお腹が減ったときも小さいパンを食べるだけ」
という妙な理屈が出てくる。

昨日も、飲みに行った帰り、
「少食だからラーメンにミニ丼は付けないの。煮玉子はトッピングするけど」
となってしまった。
もちろん太った。
やかんづるがうらやましい。


ちなみに、やかんづるとは胃が4次元にあるという妖怪で、
ちづるの一種ではありません。







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太るのはカンタン
日本人はライトアップやイルミネーションが好きだ。
たぶん、蛾の次に光に集まる習性が強い。
これだけ節電が叫ばれている現状でも、
LEDだなんだと言い訳をして人寄せの灯りをビカビカつける。

これらの光が人を引き付ける魅力とはいったい何だろう。
ただ光があればいいだけなら、昼間の方がいいはずだ。
そうでなく、夜の光を好むのには理由があるはずだ。
理由がわかれば、各照明の良しあしも判明するだろう。
これらを中華料理と比べて検証してみよう。


まずは、スポットライトだ。
舞台やショーウィンドーで一点を照らす。
中華料理で言うなら飲茶に当たるものだろう。
丸いせいろの中の一品、それだけに注目を集める。
ラーメンのように不特定多数が選ぶのではなく、これぞと選んだ者が注文する。

スポットライトにはあまり種類がない。
大きさと強さぐらいで色がつくのはまれだ。
飲茶も色数は少ない。
勝負はせいろの大きさと湯気だ。
照らされるのは主人公たった一人だ。


クリスマスのイルミネーションには二種類ある。
一つはお父さんが自宅をカラフルに仕立て上げるパターン。
これは色数と仕掛けの多さが評価のポイントになる。

まさに酢豚の理屈だ。
揚げた豚、カラフルな野菜、時にはパイナップルなんて場違いなものも入ってくる。
それにとろみまでつく何でもありな感じときたら、
まさに家庭のシロートっぽさではないか。

もうひとつは、都会の町並みを埋め尽くすパターンだ。
街路樹などが飾られるこちらは光は同じ色だ。
ただ一色が光の海といえるほどの膨大な数で通りを埋め尽くす。
これはチンジャオロースだ。
肉とピーマン、そしてわずかなタケノコだけで勝負する。

具材の種類が少ないのに飽きさせない力。
それは自然な色の光の持つ力だ。
ただ光の海か、ピーマンの海か、そこが魅力なのだ。


百万ドルの夜景という言葉がある。
これは遠くから見た町の光だ。
下品なネオンサインや高速道路の照明でさえ、遠くから見れば光の粒子。
色や密度の違う光の粒が広がる光景は圧巻だ。

カラフルで同じ大きさの粒ときたら、これはもうチャーハンしかあり得ない。
玉子の黄色、ネギの緑、紅ショウガの赤、ハムのピンク。
この美しさときたらもはや完成されているとしか言いようがない。

ただ、ドーム型に皿に盛られたチャーハンに、夜景の広がりがあるだろうか。
それはもちろん、百万ドル出せば見渡す限りのチャーハンが可能だ。
ああ、なんてロマンチック。







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照らすでないっ
前日やり残した分、畑を耕していると、
天からガランゴロンとドラム缶を転がす音が聞こえてきた。
雷だ。
近くに家も建っているとはいえ、平地で金属製のクワをふるうのは恐ろしい。
『雨カンムリに田』とはスリリングなネーミングだ。

残りあと少しなので、ペースアップして人力コーウンしていると、
かぶっている笠にボツボツと大粒の雨が当たり始めた。
とりあえず予定だけ耕せたので撤収だ。
道具や植えようと思っていた苗を車にしまう。

家に帰ってしばらくすると本降りになってきた。
テレビの音が聞こえないぐらいの大降りだ。
様子を見に行ったちづるが「ひゃー」と声をあげた。

「ちょっと、ヒョウや、ヒョウ!」

ひゃーだかひょーだかまぎらわしいがそれは一大事。
出窓から外を見ると、雨に混じって白い粒がバラバラ落ちてくる。
最近の若い子なら「チョーヒョウ!」とか言いそうな光景だ。

ちづると顔を見合わせてハッと気づく。
カメラやカメラ。
どたばたと愛機を取りに行って、戻ってみたらもうやんでいる。
土の部分に少し白い粒が残っているが、この位置から撮っても写るまい。

ガッカリして部屋に戻り、お出かけの用意をしていると、
再び大きな音がバラバラバラッ。
今度は玄関から飛び出してシャッターを切った。

うひょー

とりあえず満足して、お出かけの用意をすると、
外は普通の小雨になっていた。


なじみの中華料理屋さんで食事をして、店を出るタイミングで再び大雨とヒョウ。
車を取りに飛び出す私と入れ替わりに入ってきたお客さんが、
「ヒョウですね」
と妙な挨拶。

私の人生の経験で行くと、ヒョウというのは数年に一回、
しかも、ちょっと降っておしまいだ。
なのに今回のヒョウはどうだ。
中華料理屋さんからスーパーに行くまでずっと降っている。

スーパーに着くと、車が停められるのは屋根から遠いところばかりだ。
仕方ないので車で待機。
もうこのころにはヒョウに飽きていた。
むしろうんざりだ。

たまに起こる珍事だからこそ値打ちがあるのだ。
待ち時間があるほど降られたらやりすぎだ。
最初に浮かれた自分が恥ずかしい。

そのうち小雨になったので車から出てスーパーに。
周りの車からもぞろぞろ人が降りてきた。
買い物を終えて家に帰るころには、空は明るくなり始めていた。
晴れ>ヒョウ>晴れとめまぐるしい天気だ。

家に帰って苗を見てみたら、出たばかりのキュウリの本葉がちぎれていた。








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病気みたい
長かったゴールデンなウィークも今日で終わりだ。
休みといえば、たいてい終わった時にはあっという間だったと思うものだが、
この休みは長かったような気がする。
それはびっちりと予定が詰まっていてたくさん働いたからだ。

まず、4月の28日は・・・思い出せないのでその日のブログを見てみよう。
あ、二日酔いでちょっと畑に行ったあと、ずっと昼寝しているではないか。
いきなり書き出しと合わない過ごし方だ。
まあ28日は出勤の人もいたことだし、ゴールデンではないということにしよう。

29日は足助町へお出かけ。
30日は草刈り、宴会、みそか寄席と忙しかった。
5月の1日2日は出勤で、
3日は新しくできたサービスエリアを見に高速へ。
4日は実家でお腹いっぱいになって苦しんでいた。

厄介だったのはお天気だ。
1日2日が大雨だったので、昨日5日まで畑に行けなかった。
というわけで昨日は畑行き。
午前中の三時間、ただひたすら耕した。

帰ってきたらぐったりだった。
手足に力が入らない。
日焼けもして、まるで泳ぎに行ったあとみたいに疲れていた。

それでも午後は買い物に行き、
夕方には自前のキュウリと、買ってきたトマトの苗を大きいポットに植え替えた。
畑の準備と苗の成長はタイミングを合わせなくてはいけない。
まだ芽が出てこない物もあってドキドキしている。
ダメならダメで、苗を買わなくてはならない。

というわけで、昨日はくたくただったので、夕方ちづるとビールを飲みに出かけた。
俗にいう英気を養うというやつだ。
英気に必要なのは栄養と適度な運動だ。
というわけで、一杯飲んだあとカラオケに行った。
先日から一生懸命聴いているエレファントカシマシの知ってる歌を全部歌った。


今日も畑に行かなくてはいけない。
昨日の続きを耕して、うまく行けば肥料を混ぜ込んだりしたい。
最近は日が長くなったので、会社帰りにも少しぐらい畑仕事ができるが、
やはりまとまった時間にやっておきたい。
今後の天気も心配なので、なるべく前倒しで作業をする必要がある。

もうひとつ、今日やっておきたい理由がある。
今日は疲れていてもまだ体が動く。
おそらく、明日は動けないだろう。
そう、昨日の分の筋肉痛が来るはずだからだ。

若い頃は、運動したらその日の夜に筋肉痛が出たものだ。
それがどうだろう。
年を取るにつれ、筋肉痛に潜伏期間が出来始めた。
中一日か、あるいは二日目の夜に症状が出始める。

で、若い頃は痛い痛いと言いながらもなんとか動けたものだ。
それが今ではどうにもならない。
運動後の心地よい痛みなどではない。
ただの苦痛だ。
それが起こる前にできることをしておきたいのだ。

もちろん、今日働いた分は日を置いて筋肉痛になる。
その影響が畑仕事に出ると困るので、会社の仕事に引き受けてもらおう。
明日、キーボードが打てますように。







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突然きたのね
『はさみ』ってなんで『はさみ』なんだろう。
確かに挟んで切るのだが、それは切るための方法だ。
理屈からいったら『切り』と呼ぶのが正しいのではないか。

最近、五枚刃十枚刃でシュレッダーの役目をするはさみがある。
あれなんかなおさら『はさみ』らしくない。
目的を考えたら『粉砕し』が正しいだろう。

ややこしいのは『裁ちばさみ』だ。
裁つ、というのは切ることだ。
切るはさみ、ってことになると、はさみのはさみたる所以があやふやになる。
私が思うに、本当にはさみを名乗ってもいいのは、
『せんたくばさみ』と『ふとんばさみ』ぐらいではないか。


『せんたくばさみ』ってなんで『せんたくばさみ』なんだろう。
はさむことで洗濯するわけでなし、むしろはさむのは洗濯後の話だ。
『干しばさみ』というのが正しい気がするが、それだと『ふとんばさみ』と区別がつかない。
となると『せんたくものばさみ』と呼ぶべきではないか。

いや、たしかちづるにこう言われたことがある。
「せんたくものはカゴにいれておけ」
これから洗うものも『せんたくもの』というではないか。
それを『せんたくばさみ』いや『せんたくものばさみ』でばさんだら怒られる。
となると、正解は『せんたく済みものばさみ』ということだ。


『せんたくもの』ってなんで『せんたくもの』なんだろう。
先の、
「せんたくものはカゴに入れておけ」
のほかに、
「せんたくものをたたんでおけ」
というのもある。

となると、洗濯する前の汚れた状態でも『せんたくもの』
洗濯が済んで美しくなったものでも『せんたくもの』だ。
ということは、衣類はすべて『せんたくもの』ということになるではないか。
衣類の汚れを落とす『洗濯』の前後で区別がないなんてどうかしている。


同じように生活の中でしょっちゅう洗われるものに食器がある。
食器は汚れたら『洗いもの』だ。
これも洗濯と同じで、洗う前後の区別がない。
汚れたままシンクに重ねてあるのも、洗って水気を切っているのも『洗いもの』だ。

これは恐ろしいことだ。
「洗いものを食器乾燥機に」
といった場合、洗ってあるか洗う前かは関係ないのだ。
洗ってない食器を乾燥・・・おお、こわい。

『洗濯』は変化をもたせることのできない名詞なので、
『せんたくもの』を『せんたく待ちもの』とか『せんたく済みもの』とは言いにくい。
でも『洗いもの』の『洗う』は活用できる動詞だ。
『洗うもの』と『洗われもの』に言い分けることができるのではないか。
洗濯だって洗うことなのだから、これを使えばいい。
日本語はせめてこのぐらいは使い分けをするべきなのではないか。


さて、今日は天気もいいし、朝からたっぷりヘリクツもこねたし、
気分よく畑に行くことにするか。








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時間がたつほど離れない
平日なら出勤前の早朝更新するのだが、休みの日はちょっとズルさせてもらっている。
連休ともなれば連ズルだ。
今日はお昼前に実家行きという予定なので、
ゆっくり起きて、朝食後ゆっくり仮眠して、今からゆっくり更新だ。
パソコンの電源を付けたのは、普段なら会社の始まる8時半だ。

さて、パソコン立ちあげたらすぐネタを…というわけにはいかない。
文章を書き始めるには助走が必要だ。
ニュースやコメントやランキングをしばらくうろうろする。

しかし、それよりも先、まず一番にすることが決まっている。
メールの確認だ。
私のパソコンには毎日大量のメールが来る。
私のパソコンに来るのだが、私に来ているのではない。
おそらく不特定多数にドバッと送信されているのだと推測される。
その証拠に、私の名前で呼びかけられたことはない。

タイトルだけ見ていると、世の中さびしい人と親切な人ばかりのような気になる。
会いたい系か、悩み解決・お金が儲かる系でほとんどを占める。
あとは暗号みたいな訳のわからないものだ。
一応、本当に私に来たメールがないか確認はするが、そんなことはめったにない。
ほぼ毎日全部消す。

これが案外時間がかかるのだ。
まずメールが全部表示されるのに時間がかかる。
表示されたらサッと確認して消す。
これがホントの手紙なら、郵便会社と紙屋は儲かって仕方がないだろう。


めんどくさいことだが文句を言ってもなにも改善されない。
要はこれをどう考えるかだ。
どう考えてもムダな手間なのだが、やらないとあとで大変だからやっておくこと。
これも助走、つまり準備運動的なものだと考えたらどうか。

いやいや、助走ならこれをやることでピークに向かって盛り上がるはずだ。
スパムメールを消して勢いがつくなんてことはない。
むしろ気分は盛り下がる。

私の経験で近いのは、畑の雑草取りだ。
放置したら大変なことだし、草さえ生えなければやらなくてもいいことだ。
でも、草なら花の咲くこともある。
くずメールたちにそんな安らぎはない。


ちづるに意見を聞いてみたら、
「おしゃれなお店に服を買いに行くために、まず服を買うこと」
と言われた。
これで私が思い出したのが、
掃除屋さんが来るから部屋を片付ける、というやつだ。

確かにどちらも無意味な気がする。
ただ、服を買うのも部屋を片付けるのもプラスの行為だ。
汚泥メールは消した段階でプラスマイナスゼロではないか。


いろいろ考えた挙句、一つの案で落ち着いた。
魚のうろことりだ。
すごく面倒くさいけれども、やらないとあとでやっかいで、
かといってどうしてもやらなければならないかというと、本人がそれでいいならいい。
そんな感じではないだろうか。

というわけで、私は毎朝うろこを取っているようなつもりでメールを消している。
朝なので、もうちょっと爽やかな考え方があれば教えていただきたい。







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ターゲットはヨンホンヒゲ
「あっはっは」と大笑い。
「いひひひひ」と意地悪く。
「うふふ」と微笑み。
「えへへっ」と照れ笑い。
「おほほほ」と上品に。

このように、ハ行は笑いの基本となる。
応用で前置詞は変更が可能だ。

「だはははは」
「うひひひひ」
「ぬふふふふ」
「げへへへへ」
「にょほほほほ」

やはり基本をはずすと少し下品になる。
このほかに、カ行で笑う力技もある。

「かっかっか」と高笑い。
「ききききき」と吸血鬼。
「くっくっく」と含み笑い。
「けけけ」と笑うの誰だらばあ。
「こっこっこ」とニワトリ。

少し人の道から外れた感じを受ける。
誰かに見られている時は避けた方がいい笑い方だ。


声を出さずに笑う場合もある。
その時の表現はもっと複雑だ。

「にやにや」
「にたにた」
「へらへら」
「くすくす」

こうやって挙げてみると、笑うときは声を出した方がいいように思う。
精神的にも見た目にも、よい感じがしない。

だが、声を出したとしても、もっとよくない笑い方がある。
「いしし」だ。
ごく稀にだが「いしし」と笑う人がいる。
この笑い方だけは直した方がいいと忠告しておこう。

もし、なにかの営業マンが訊ねてきても「いしし」と笑ったら絶対なにも買わない。
逆に、仕事上のお得意様が「いしし」と笑うとわかったら、値段をつり上げてやる。
「いしし」と笑う友人と待ち合わせるときは、時間に遅れてやろう。
床屋さんで「いしし」と笑われたら、次からは自宅でバリカンだ。
カラオケで歌ってる最中に「いしし」と笑うやつには拍手してやらない。


秋の虫に「スィッチョン」と鳴くやつがいる。
つまり虫は「スィ」と発音できるのだ。
もう少し進化したら美しい声で鳴いていた秋の虫が、
「ししし」と笑うようになるのだ。
気持ち悪いではないか。

「いしし」と笑うのはそういうことなのだ。
そういうことではないような気がしてきた。







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腹にイチモツ
今や空前のペットブームで、あまりにペットが好きすぎて、
「ペットじゃない、家族だ!」と怒られそうだが、
だからと言って『家族ブーム』というと訳がわからないので、
ペットブームで勘弁してもらいたい。

私が知る限り、ペットとの話し方には二種類ある。
一般の人間の言葉で話すパターンと、赤ちゃん言葉で話す方法だ。
赤ちゃん系というのは、俗にいう『でちゅまちゅ言葉』だ。

「はい、ごはんでちゅよ~、おいしいでちゅか~」

それはそれでわからないではないが、
万が一、そのペットに人語を解する能力があったとして、通じにくいのではないか。

では、ちゃんとした日本語ならいいかというと、それも怪しい。

「こら、何でこんなことした。アカンやないか。わかっとるんか」

わかってないはずだ。
通じているのは雰囲気だけだろう。
やはりペットは人語を解さない。


さて、ペット界には二つの大きな柱がある。
言わずと知れた犬と猫だ。
業界では『犬語』と『猫語』がせめぎ合っている。
どちらも浸透度では英語を凌いでいるのではないかと思われる。

英語を凌ぐと言ったが、犬語の八割方は英語の『1』だ。
犬語で通称『ワン』という。

ワンステップ、ワンコイン、ワンポイント、オンリーワン、
ともかく『1』のつく言葉は全て犬語にされる。
わん発屋、わん途な恋、わん瞬の閃き、など日本語に進出するかもしれない。

しかし、なんといっても一番のヒットは『ワンダフル』だろう。
単語ひとつで感嘆を表す上に、意味が良いのでやたら使われる。
ペット界一の流行語といっても過言ではないだろう。


一方、猫語で一番使用頻度が高いのは、否定形の言葉だ。
「ボクじゃニャい」「アタシ知らニャい」「オレやってニャい」
なんと猫の性格にあった言葉たちだろう。

否定といってもマイナスイメージばかりではない。
虫が着かニャい、お金がいらニャい、めんどうくさくニャい、
という風に使えばいくらでも売り文句になる。

だが、猫語の一番のヒットはこれではない。
実はこれも英語からきている。
そう、『キャット驚く』だ。
やや反則気味だが、一つのフレーズだとしたらこれが一番だろう。


いろいろと挙げてみたが、犬語猫語は「ワン」と「ニャー」だけではない。
「キャイン」や「ナーゴ」というのもある。
これを使えばボキャブラリーがうんと広がるはずだ。

でも、これは使われない。
悲鳴とサカリみたいでイメージが悪いからだ。
でも、そういう一面も含めてのペットではないか。
まったく、人間ときたらわがままで、かなワンニャー。


このネタでこれ以外のオチがあるだろうか。






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左のはしまじといいます