2012年02月

ここでは、2012年02月 に関する情報を紹介しています。
今日は2月29日だ。
この日に生まれた人は4年に一回しか年をとらないが、
人の四倍の速度で老けるという。
今年はうるう年なのだ。

会社に行ったら挨拶が大変だ。

「いやあ、うるうですなあ」
「せっかくのうるうが雨でねえ」
「今四年もよろしく」

これも昔ながらの四年に一度の光景だ。
今の若い子たちはこんな言い方はしない。

「うるってる~?」
「うるいまくりだよ」
「うるいんぐ~」

これらの使い方は間違っている。
うるうのは四年に一度、この日と決まっているのだ。
個人の側が、うるうことをどうかすることはできない。
だから、

「ワシはうるわん!」
「うるうのちょっと待ってもらえませんか」
「ときどきうるってます」

なんてことはあり得ないのだ。
しかもこれは日本に限ったことではない。
全世界が一斉にうるうのだ。


で、気になったのだが、英語ではうるうことをなんというのだろう。
今、手元の辞書で調べてみたら、“leap”ということがわかった。
きっとアメリカでは、

「ハッピーリープイヤー!」

などと叫んでアメリカンクラッカーをパンパン鳴らしているに違いない。
なにしろ、“leap”のもう一つの意味が「飛び跳ねる」なのだ。
これでひとつ賢くなった。
ねぶたの跳ね子は『リープピープル』だ。
パ行とラ行だけで構成されていていかにも跳ねるっぽい。


調べ始めたらいろいろ気になってきた。
四年前の今日、私はどんな更新をしたのだろう。
ひょっとしたら、四年前も同じようなことを書いているのではないか。
なんだかありそうなことだ。
2008年の2月29日を見てみよう。


サボっていた。
そういう今朝も、実は目覚ましをセットし忘れてアタフタしているのだ。
うるいぞこなったというか、うるい下手というか、
四年後はちゃんとうるおう。







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大勢がそう思ったぞ
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昨日は、なんだか調子が悪かった。
前日が飲み会で、『ダウンであってもおかしくない』なんて書いたから、
またいつもの二日酔いだと思った方も多かったのではないだろうか。

しかし、私ほど二日酔いをくりかえしてきたベテランにはわかる。
この不調は二日酔いではない。
二日酔いではこんなにお腹を壊さないし、胃のムカムカもいつもと違う。
食当たりも考えたが、店で食べたのは煮魚と鍋とケーキだけだ。

むしろ怪しいのは、宴会後、コンビニで買って家で食べた、
フライドチキンと缶のハイボールではないか。
あれは食べながらも油がきついと思ったのだ。

どちらにせよ、症状が出始めたのが明け方というのは遅い気がする。
実は食当たりも何度も経験しているベテランだからわかるのだ。


そこで思い当たったのが『胃腸風邪』というやつだ。
静かなブームになっているという話も聞く。
そういえば、宴会中に「風邪っぽい」と言ってたおっさんがいた。
それをもらってきたのだろうか。

思い当たるのはもうひとつ。
土曜日に行ったキャンピングカーフェア。
せっかくの遠出だからと、家具屋さんと大きなショッピングセンターに寄った。
普段あまり行かない人ごみだ。
知らないうちに知らない人とバトンタッチをしている可能性がある。

ただ、胃腸風邪とは言っても風邪は風邪。
他の諸症状がまったくないというのはおかしいのではないか。
と思っていたら、夕方になって少しくしゃみが出た。
なぜだか声も枯れる。
目もかゆい。

胃腸風邪って、目もかゆくなるものなのか。
これは花粉症ではないのか。
何だかややこしくなってきた。
胃腸風邪なのか、ハライタと花粉症のタッグなのか、
あるいはなにか別の病気の初期症状なのか。


なんだかんだいって、今朝はもう調子がいいようだ。
昨日節制したおかげで、体重が2キロ減っていた。
結果オーライだ。

さて、考えなければならないのが、今週の過ごし方だ。
昨日はお酒を控えたが、明日はみそか寄席なので飲まない日だ。
そして金曜日は会社の懇親会だ。
タダ酒が飲めるとなったら、前日木曜は飲みに行かない方がいい。

しかし、その前日水曜がみそか寄席で飲まない日なのだから、
理屈で行けば、今日は飲みに行くのが普通ではないか。
しかも今週は月替わりでお小遣いもある。

あ、だが昨日ちづるが買ってきたおつまみを今日にまわしたのだった。
今日飲みに行ったらあのおつまみはちづるに食べられてしまう。
うおお、私はいったいどうしたらいいのだ!


ひょっとして神経の使いすぎがお腹に来たのかな?






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散ったらどうしよう
日曜の夕方、手土産を持っていつもの居酒屋へ出かけた。
店に着くとすでにおっさんが二人いる。
すぐにもう一人やってきて、四人で座敷に移動した。
この日はお誕生会なのだ。

誕生日なのは女将さん。
そして次の日はバイトのEちゃんの誕生日だ。
そう、手荷物というのはプレゼントのことだ。
土曜日、出かけたときにローソク専門店で買ってきた。
女将さんにはビールの形、Eちゃんにはクッキーの形のアロマローソクだ。


で、お誕生会なのだが、誕生日であるご本人は働いている。
祝いに来た者が注文すると動かなくてはならないという妙なことになった。
それでも、お客がいないのをいいことに、みんなで乾杯なんぞをした。

そこへ店のオーナーがやってきた。
この光景を見るなり、
「妙な集まりやなあ」
と一言。
お祝いだとわかったら、チゲ鍋を奮発してくれた。

とりあえず、女将さんももう一人のバイトのMちゃんも一緒に座り鍋をつついた。

Eちゃんは7時からの出勤なので、それまでに酔い潰れないことをみんなで約束して飲んでいた。
そのうちお客さんが何組かやってきた。
女将さんとMちゃんは仕事だ。

そこへEちゃんがやってきた。
まあまあまあとおっさんの間に座ってもらい、
ジュースとポテトサラダで乾杯だ。
というのも、チゲ鍋は食べ終わってしまっていたからだ。

我々は盛り上がっていたのだが、Eちゃんにしてみたら、
出勤して最初の仕事がおっさんの席でジュースを飲む、ってことだろう。
みんなで気の毒だ気の毒だと同情した。


そのうち、おっさんの一人が買ってきたショートケーキが配られた。
ヨーグルト風味のケーキを箸で食う。
飲み物は日本酒だ。

挙句に、支払いはオーナーが全部もってくれた。
こいつはいいやと、四月にはMちゃんの誕生会をすることを決めて解散した。
おしまい。



短いでしょう。
でも今日は本当ならダウン絵でもおかしくない状態なのだ。
なので勘弁してください。






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雰囲気オンリイ
昨日は、愛知県の金城埠頭にあるポートメッセ名古屋で行われていた、
『キャンピングカーフェスタ』に行ってきた。
昔からキャンピングカーにあこがれていた私、
免許をとって以来、ずっとワゴンタイプに乗っている。
なにしろ、キャンプよりキャンピングカーが好きなぐらいなのだ。

なのに、今乗っている軽のバンはすでに『農カー』だ。
キャンプと共通して使える道具はポリタンクとブルーシートぐらいしか積んでいない。
これを今からキャンプ仕様に改造すると、畑に行くとき困ってしまう。
もちろん、新車を買えるわけもない。
つまりは目の保養というわけだ。

とはいえ、会場に入って居並ぶ新車たちを見ていると、
「今日はオーナーになりに来たよ」
というような気分で品定めをしてしまう。

会場には、四人がホテルのような暮らしができる1500万の大型バスタイプから、
軽バンに網戸をつけただけみたいなものまで陳列されている。
まさにピンからキリだ。
私の車はキリなのだが。


最近の車中泊ブームで、軽タイプもたくさん展示されていた。
もし、私たちがキャンプに行くとしたらこれで十分な気もする。
しかし、小さいとはいえキッチンや収納がついている分、どうしてもせまくなる。
寝るだけなら普通の軽バンの方がいい。

ちょっとジャマ

これにひきかえ、軽トラタイプは広々している。
ロフトのように屋根裏に寝るタイプもある。
トラックだと荷台扱いなので規制が緩いのだ。
ただ、これは一度下車しないと部屋部分に入れない。


やはり普通車タイプがいい。
となると途端に豪華になる。
リビングスペースは紅茶にブランデーが付いて来る喫茶店のようにシックでゴージャスだ。
だが、バンタイプだと天井が低い。
せっかくキッチンがあっても中腰になってしまう。

やはりトラックタイプか。
でも、トラックタイプはやっぱり見た目がトラックだ。
運転席にもバンタイプのようなスマートさがない。

積荷が部屋

トラックでなくて、室内で立って歩けるというと、バスになる。
このへんになると、ちゃんとシャワースペースがあり、
ベッドもリビングのソファを折りたたまなくてもいい。
シャワールームには簡易トイレが置けるので、渋滞に巻きこまれても安心だ。

家より豪華

ただし、このタイプは大きい。
山奥のキャンプ場など入っていけないのではないか。
まったく見知らぬおっさんが独り言で、
「こんなん、置くとこないわ」
と言っていた。
そう、ちょっとした離れぐらいはあるのだ。

となると、残るはけん引タイプだ。
これこそ憧れのアメリカンライフらしい。
このタイプだと、エンジンルームが要らない分、機能的にスペースが利用できるので、
トイレもあり立ち歩きもできるのにコンパクトなものがある。
しかも、車の税金や保険料が要らないというのは魅力的だ。

未来的~

だとして、これでキャンプに行くとなったら、引っ張るのは私の農カーだ。
クワやバケツやナガグツを乗せた車で、どこに行楽に行くというのか。
じゃあ、荷物をおろせばいいのか。
荷物を下ろすと、二人が寝られるぐらいのスペースができるのだ。
なぜ、キャンピングカーを引っ張る必要があるのだ。

いらん、いらんキャンピングカーなんぞいらん!


と、このように全てのタイプに難癖をつけて、
自分の心をごまかして帰ってきたのであった。






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描くのが大変
ホットカーペットの魔力から私はなんとか逃れることができるが、
魔力になすがままのちづるは、ホットカーペットに定住している。
食べ、横になり、そのまま眠りにつく。

早寝の私がひと眠りして、深夜一時ごろ目を覚ますと、まだそのままのときもある。

「ぐおら!起きさらせ!」

と怒ると目を覚まし、

「起きとるよ」

と抜かす。

「テレビの画面が省エネモードで消えとるやないか!」

「音を聞いとる」

ああ言えばこう寝るやつだ。


おとといのことだ。
夕食を終えた後、わたしは二階の自分の部屋にいた。
ふと気が付いたらもう9時半を過ぎている。
これはいかん、風呂を入れなくては。

私は風呂のスイッチを入れるべく一階に降りて行った。
お風呂スイッチは台所にあるのだが、スイッチを入れていい状態かどうか確かめなくてはならない。
そこで、テレビを見ているちづるに声をかけた。

「お風呂のスイッチいれてもいいの?」

するとちづる、ビクッとして、

「起きとるっ」

その返事こそが寝ていた証拠ではないか。

     ※

さて、こんなおいしい話を放っておいてはもったいない。
私は会社に持って行った。

朝はみんなガサガサと忙しい。
不安定な状況で話して、流されてしまったら損をする。
私は待った。
そのうちO川とN岡が配達に出て行った。
チャンスだ。
私は上司Tに声をかけた。

「ちょっと聞いて」
「なんや」
「ウチの嫁さんが・・・」

どっかーん!
大爆笑だ。


夕方、上司Tは3時に帰り、5時には片付けも終わった。
O川とN岡もまったりしている。
しかし、このタイミングで話し出してはいけない。
間もなく奥さんがおやつを持ってきてくれるはずだ。
それを待たなくてはいけない。

おやつが出てみんなが一息ついた。
今だ!

「ウチの嫁さんなんやけどな・・・」

どっかーん!
大爆笑だ。

ああ気持ちいい。
そして今、こうやってブログネタにもなっている。
一粒で三度おいしいよ、ちづるさん。






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また怒られそうですよ
我が家にはダイニングテーブルがない。
食事は足が折りたためる座卓だ。
当然、暖房はホットカーペットがメインになる。

ホットカーペットというのは接地面は暖かいが、
そのホット感は上空には及ばない。
そこで、毛布をひざかけに使っている。
食事中はひざかけだが、それ以外のときは寝具だ。
朝食後の出勤までのわずかな仮眠にも必要だ。

ただ、ホットカーペットと毛布がそろうと魔物になる。
ここから意思の力で抜け出るのは至難の業だ。
その証拠に、ちづるは毎夜、テレビが節電モードになっても知らずにここで熟睡している。
私も出勤前には脱皮するぐらいのつもりでぷりっと出るのだ。


さて、そんな我が家の夕食は、大抵お酒が登場する。
まずはビールでうがい手水に身を清め、そのあとメインアルコールに移るのがならわしだ。
と言っても、選ぶのは日本酒か焼酎かという二択だった。

ところが、先日スーパーでいいものを見つけてしまった。
巨大ペットボトル入りの赤ワインだ。
2リットルで千円ぐらい、
アルコール分が日本酒と変わらないので、かなりお得な気がする。

しかも、私はこんな顔をしてワインが体に合っているようだ。
なんで自分で「こんな顔をして」なんて言ってしまったんだろう。
ともかく、ワインで酔っ払った日は翌日が楽なのだ。

日本酒のときと同じように、ビールを飲んだグラスで3~4杯。
おつまみは相変わらずダイコンとモヤシがメインだ。
それでも次の日にどんよりしない。
やはり西洋貴族を刺した蚊がそのあと私を刺し、血が混じったのかもしれない。


そんなわけで、ここのところ夕食には赤ワインだ。
日本酒との違いが体調以外に現れた。
赤ワインは目立つ。
赤ワインが一滴毛布に落ちるとちづるが大あわてで拭き取り、私は怒られる。

みなさん、なんとなくわかっていると思うが、
こんなとき、女性はあわてるが男はあわてない。
女の人はこの汚れを落とすのがいかに大変かわかっているし、
男は、なんとかなるだろうし、なんとかならなくてもいいや、と思っている。
なので何度も繰り返す。

ちづるにこう言われた。
「日本酒もこぼしていたことが証明されたな」

テレビでよく、見えない汚れを可視化する実験が行われている。
ほーらこんなに歯が磨けてない、とか、
気付かないけどお風呂のお湯は雑菌だらけ、とか見たことないだろうか。
私はアレを自前でやってしまったのだ。

ほーら、普段いかに飲み物をこぼしているか、赤ワインを使えば一目瞭然。

やっぱりワイングラスで飲んだらこぼれないのだろうか。







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浴びるほど飲んだ
最近、ますます起きるのが遅くなってきた。
何度も紹介しているが、私は基本的に朝4:44に目覚ましをセットしている。
アラームを止めてもスヌーズ機能で5分ごとに鳴るようになっていて、
大抵3~4回、5時過ぎには起きていた。
これが、あと5分、あと5分と伸びてきて、
つい最近、5:30に起きるという新記録を打ち立ててしまった。

一番の原因は寒さだ。
ふとんから出ていきなり部屋の温度にさらされるのは辛い。
せめて、ふとんから出たら毛布、というのなら起きやすいのに。
あ、これでは起きてないか。

二番目の原因は言い訳があることだ。
目覚ましが鳴ったのになぜ起きないのか、と問われたら、
「ブログのネタを考えているのだ」
と答えるだろう。

最初のアラームは止めてすぐ、記憶を失う。
5分後のアラームを止めて、さて今日は何を書こう、と考える。
次のアラームを止めて、さて今日は何を書くことに決まったんだったかな、と考える。
その次のアラームを止めて、さて今日は書くんだったかな、と考える。

これをくりかえしているうちに、夢を見ていることがある。
この夢がネタにでもなればいいのだが、一度もそんな経験はない。
大抵「今日は何を書こう」の段階に戻るだけだ。


三番目の原因は自信だ。
アラームを止めたとき、一応時間を確かめる。
たとえば、もう5:15になっていたとしよう。
明らかに起きなくてはいけない時間だ。
しかし、夢うつつの中で私はこう考える。

「昨日も更新できたではないか」

昨日15分に起きて更新できたからと言ってここで寝たら、
今日は起きるのが20分だ。
まるで毎朝新記録に挑戦しているようではないか。
自信が成功につながるとはよく言うが、これは確実に失敗につながる自信だ。


さて、ここまで書いてやっと今日の本筋に入る。
実は目覚ましの調子が悪い。
本来ならこの時計、最初は「ピピ ピピ ピピ」と鳴り始め、
そのまま放置すると「ピピピッ ピピピッ ピピピッ」と厳しくなり、
最終的には「ピピピピピピピピピピ」と鳴り続けるようになっている。

この鳴り方が最近おかしい。
まず、出だしのリズムが狂い始めた。
「ピ ピーピピ ピピ ビヨ 」
って感じになった。

そのあと、
「ピピピッピ ピピーピピ ピピジナ ピ」
となり、最終的に、

「ピピピピッピピピピーピケキョピピョピョ」
になってしまった。
これはよくない予感がする。


私は予言しよう。
近々、アタフタするヨンホンゲを描きなぐり、
「目覚ましが鳴らなくて寝過ごしたー」
ってネタを書く日が訪れるだろう。 






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今はおだやか
本来、自分でするべきことを他人にしてもらうのは気分がいい。
そのトップは、床屋さんでのヒゲソリ、洗髪、耳掃除だ。
自分の手をわずらわせないで済むということだけではなくて、
「あっ、そっちに行くの?」
「そこよ、そこそこ」
といった意外性がたまらんのだ。

同じように、食べることも他人にしてもらってうれしいことがある。
インスタントラーメンがわかりやすい。
麺の硬さやスープの濃さより、トッピングの違いが楽しい

私は大抵、玉子を煮て、たまにバターをいれたりする。
でも、よその家でお呼ばれしたりすると、
海苔が乗ってたり、コショウが黒コショウだったり、
ラー油が垂らしてあったり、野菜が煮てあったり、
なんだか斬新で楽しい。

おにぎりも自分で作るのと人が作るのは違う。
そんなに考えてなくても、大きさと塩の割合で違いがわかる。
なにより、中の具が出てくるまでお楽しみなのがいい。


お腹が空いているのでこんな話になってしまったが、
今日、私が言いたいのは、もっと些細なことだ。
味の差さえないのに、他人にしてもらうとうれしいこと。

たとえば、トーストにバターやジャムを塗ってもらう。
誰がやっても同じようなものだが、なにか自分とはちょっと違う。
その量だったり塗る範囲だったりに個人差があるのだろう。
私は全体に均一に塗るのが当然だと思っていたが、
あるとき、誰かが波のように塗ってくれたことがあった。

これは斬新だった。
なるほど、こんな塗り方があるかと驚いたものだ。
それはもはや、油絵のように美しい光景だった。
食べたけど。


これは同意を得られるかどうか怪しいのだが、
すき焼きのとき、他の人に玉子を混ぜてもらうと、音が違うような気がする。
他人の玉子を混ぜる音は、なんだかおいしそうに聞こえるのだ。
カチャカチャと箸と器が触れ合う音に、少しぬらり感が混じっている。
自分で混ぜると、ただの作業のように感じて、うまさが減るように思う。
あ、やっぱりそんなことないですか。


玉子と言えば、玉子かけごはんだ。
これはもう、ずっと昔、私が可愛い坊ちゃんだった頃のことだ。
玉子かけごはんは好きなのだが、子供は混ぜるのがヘタだ。
確実にどれだけかはこぼしてしまう。

そこで、ときどき母ちゃんが混ぜてくれた。
母ちゃんが混ぜると、こんもりときれいに出来上がる。
自分で同じようにしようと思っても、なぜか上手にできない。
なので、母ちゃんの玉子かけごはんの方がおいしかったのだ。


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とろみがないが
私が夕食の麩を煮ていると、ちづるが来てこう言った。

「今朝、私のGパン二本とあんたのGパンを一本洗った」

「それで?」

「洗濯機の底から二百円出てきたが、あんたのか」

もちろん私のものだ。
決まっているではないか。
世の中の持ち主不明の二百円は全て私のものなのだ。

「証拠はあるか」

当たり前だが私の所有権を証明する物的証拠はない。
しかし、ちづるが証拠の提出を求めるという事は、
ちづるの側にも自分のものである証拠がないという証拠だ。
ここは状況証拠を積み上げて優位な立場に持って行こう。

「君のような守銭奴が二百円という大金を放置するはずがないではないか」

鉄の論理だ。
これにはやつもグーの音も出まい。
ところが、ちづるは思いもかけない反撃に出てきた。

「何を言う。
 私はな、五千円札をズボンのポケットに入れたまま、洗濯カゴに放り込み、
 洗濯して、干して、たたんで、押し入れにしまって、また出してきてはいて、
 ポケットに手を入れて『あ、五千円』と思ったことがあるんだぞ」

なんと、金にルーズであることの証明だ。
たかが二百円のためにそこまで自分を貶めるのか。

「私はな、銀行でお金をおろしてきて、その封筒をうっかりゴミ箱に捨てて、
 そのまま数日過ごし、お金がなくなってきたのでおろしに行こう、と思ったが、
 待てよ、確かお金はおろしたはず、と気付いてゴミ箱をあさり、
 現金を回収したことがあるんだぞ」

そんなことでいいのか。
それを発表してまで二百円が欲しいか。


とりあえず麩が煮えたので、二百円は棚上げして夕食にすることにした。
するとちづるが、今夜はビールを飲まないという。
なにやらかすかに頭痛の気配があるらしい。

「君、頭痛がすると言えば私が食器を洗うと思っているのではあるまいな」

日曜日、慣れぬ運動をしたちづるは夜になって頭痛を起こし、
私が洗い物をしたのだ。
この発言に、ちづるは不快感をあらわにした。

「いやなことを言うな~」

「二百円を手に入れる、いや、取り戻すためなら、いやなことも言うわな」

こうして私は二百円を手に入れ、いや、取り戻した。
で、その二百円、ワシはどこに置いたっけ?






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毛モノは別に
日曜の午後を利用して、やっと『四人の申し分なき重罪人』を読み終えた。
作者は、ブラウン神父シリーズなどで有名なG・K・チェスタトン。
発表されたのは1930年のイギリス。
そう、とても古い小説なのだ。

内容は『誤解された四人のクラブ』のメンバーのそれぞれのストーリーとプロローグエピローグだ。
毎日、昼休みに20分ずつ読んでいたが、全然読み進んで行けない。
埒が明かないと言った感じだ。

なにしろ説明が長い。
たとえば、ある少女がなにかを不穏な空気を感じた場面があった。
それならば「不穏な空気を感じた」でいいのに、これが長くなる。
「それはまるで~」
とはじまって、延々と例え続けるのだ。

『その気持ちは、少女が幼いころに買ってもらった人形の衣装が、
 どうたらであったことを発見したときのものに似ている。
 実際その人形はなんたらかんたら・・・』

このときの気持ちの説明だけで2ページぐらいはたっぷり使うのだ。
はっきりいって、話がそれているとしか言いようがない。
このあと、少女が一言セリフを言うのだが、
どことの会話だったか覚えていないぐらいだ。
話の腰を折るとはまさにこのことだ。


その会話自体もややこしい。
若い泥棒がいきなり、
「王はパンを食べたのさ」
などと言いだす。
そのあとには必ず長い注釈がつく。

※なんとかという宗教書の中に○○という王はなんとかのときパンを食べたという逸話がある。

というような感じだ。
知らんがな。

ともかく宗教的なたとえが多い。
注釈がつかない時は、登場人物が、
「預言者はこう言った」
などと言いだして、興奮した様子で長々と演説をするのだ。
そして、ラストの一行はたいてい
「おお神よ」
で始まっている。


最後にひとつ、ピーコック・クレセントと呼ばれている町の一角の説明文を引用しよう。

『ピーコック・クレセントという名前が付いている理由は、
 月光に青白く映える古典的な印象を漂わせる連続住宅(テラス)の正面を、
 かつて孔雀が闊歩していたからだ、
 などというものではなかった』

なかったんかい!
そんなら言うな!


どうだろう、誰かこの本について私と語るために読んでみようという人はいないだろうか。
ちくま文庫で1000円だが。







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絵のある本がいい

望月

昨夜は私のセカンド居酒屋に行った。
このお店で女将さんと二人になると、
必ず『どうして痩せないか』をテーマに語ることになる。

昨日は、痩せている人と我々は食性が違う、ということについて話し合った。
女将さんの娘さんは、童顔で可愛らしいシングルマザーなのだが、
ものすごくスリムでガラッパチだ。
この娘さんが、食べたくなくなったらどんな微量でも残すのだそうだ。

「あと一口だから食べてしまえ」
と女将さんが言っても、決して食べない。
もったいないので女将さんが片づけるのだそうだ。
もちろん、私は女将さん派の人間だ。

先日、鍋風なものをしたとき、そこそこお腹は膨れたのだが、
「あと丼一杯だから食べちゃえ」
と思って、片づけた。
ハクサイばかりだからいいと思ったのだ。

ところが時には、
「ハクサイばかりでさびしいから、少し肉を足して食べちゃえ」
と思うときもある。
普通に一人前だ。
このもったいない性質プラスアルファが太る原因なのだろう。


「正月以来やせない」

「そう! 餅やろ」

私の嘆きに女将さんが『餅悪説』を出した。
確かに私は餅好きだ。
女将さんも餅が好きらしい。
餅は正月以外でなかなか食べる機会がない。
だからつい、頑張って食べてしまうのだ。

女将さんはこういう。
餅を雑煮に入れたり焼いたりするとき、二個にしようか三個にしようか迷う。
そこで二個にすると、確実に物足りなくなる。
とはいえ、その段階で新たに一個の餅を煮たり焼いたりするのはめんどくさい。
だから、まず三個用意する。

この気持ち、私にはよくわかる。
ここで、二個で我慢する、という選択はないのだ。
なぜなら、二個で足りなかった記憶は残り、次から確実に三個用意することになる。
だとすれば、ここで我慢しても、生涯で食べる餅の数は一個しか違わないのだ。


我が家でも、餅については悩んでいる。
この正月、餅はいつも通りの数食べたのだが、
ダイコンおろし餅をしていなかった。
考えてみたら、カレー雑煮も納豆餅もしていない。
もう一度、餅を買おうか、と相談しているところだ。

我々モチストが痩せるときは来るのだろうか。
問題は、モチストが必ず他の食べ物のマニアも兼ねていることだと思う。







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三日続けて同じような絵だぞ
こんなに寒い土曜日なのに、今日は出勤だ。
ちづるも出勤なので、これを更新したあと弁当を作らなければならない。
たいてい、これを書くのが遅くなって、朝の台所は戦場となる。

ちづるの弁当は普通の弁当なのでおかずを入れる。
基本パターンは、野菜を使った炒めものに、電子レンジで作れる一品だ。
もちろん手抜きでもあるが、ダイエットを兼ねたものなのでこのようにコンパクトなのだ。
一度おにぎりにしたのだが、それではあまりにさびしいということで、
おにぎりに毛が生えたものになって、もうちょっと生えて、今の弁当だ。

私の弁当はもっと粗末だ。
保温式弁当セットの、ごはん容器だけを持って行っている。
これもダイエット関連で、夏はおにぎりなのだが、冬は寒いのでこれなのだ。
つまり、形は筒型容器だが、私にとってこれはおにぎりなのだ。

おにぎりは中心に具があり、まわりに海苔が巻いてある。
だから、ごはんの中間には具の層があり、上には海苔の代わりにごはんの友が乗る。
ごはんと具の二階建て構造だ。


先日、ちづると買い物に行って、鮭のフレークをカゴに入れたら、
ちづるがぽつりとこう言った。

「これ、私のに入っていたことがない・・・」

もちろん、一度も入れたことがないわけではない。
とはいえ、もちろん私が優先になる。
なにしろ、ちづるの弁当にはおかずが入っている。
野菜炒めとシューマイだったり、玉子焼きとコロッケだったり、
二品ずつはいっているのだ。
その上ごはんをどう装飾したいというのだ。

ちづる優先の物もある。
梅干し少しだけ入っているシソだ。
あれは常にちづるの弁当に入れることにしている。
決して押しつけているわけではない。
あれが一番色どりが美しいのだ。


そのかわり初めての商品は、私が実験台になっている。
言わば、味見役だ。
先日買ったショウガの佃煮はおいしかった。
だから、一度だけ、ちづるの弁当にも入れた。

というのも、見た目がよくなかったからだ。
いうなれば、私が引き受けたと言っていいだろう。
私がちゃんと引き受けるので、また買ってほしい。

私の弁当の中間層に一番ふさわしいのはコンブの系統だ。
おにぎりなら中心にまとめて入れるが、この容器だとなるべくごはんの上に広げたい。
それがコンブだとやりやすいのだ。

細切りにしたコンブの佃煮はどこのスーパーに言っても四種類ある。
シソコンブ、カラシコンブ、カツオコンブ、ゴマコンブだ。
しかし、どれもエキスが弱すぎる。
「そういえば、シソっぽいかな」
と思うぐらいだ。

それでも、コンブ自体の味が濃いので、とてもよいごはんの友だ。
そしてヘルシーだ。
しかし、昨日はカレーパンも食べてしまった。
アンヘルシーだ。
でも、この弁当では物足りないのだ。
なのでちづるには、普通の弁当にしたら、とすすめられている。


それはともかく、今日はこれを書いている最中に、パソコンが「再起動しろ」なんていうので、
途中から思っていたのとは違う話にそれてしまった。
しかし、もう書き直している暇はない。
私は台所に行きます。







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汁がもれるよ
平塚らいてうがうらやましい。
この人、今調べてみたら『若いツバメ』という言葉を生み出した人らしい。
それはいいんだけど、この名前、
『らいてう』と書いて『らいちょう』と読む。
ああ、私の名前にも『ちょう』がついていたら『てう』と表記できたのに。

よく聞くパターンは『今日』を『けふ』
『蝶々』を『てふてふ』というやつだ。
この人はどうして『らいてふ』ではないのだろう。

そういえば、文章で「~でしょう」は「~でせう」と書く。
自分でどちらでも選べるのだろうか。
だとしたらよけいうらやましい。
最近奇抜な名前の子供が多いが、もっとこの使い方を利用したらいいのに。


使えるのは、
きょう>けう>けふ
しょう>せう>せふ
ちょう>てう>てふ
にょう>ねう>ねふ
ひょう>へう>へふ
みょう>めう>めふ
りょう>れう>れふ
の7パターンだ。
おっと、これに濁音があるか。

これで行くと、「今日、気象庁が、」は
「けふきせうてうが、」になる。
「超夜尿症」は「てうやねうせう」だ。
ああ、使いたい。

しかし、どうも実際に使われているのは前半三つぐらいのような気がする。
後半のはあまり聞き覚えがない。
『れふ』とか『めう』とかは、『りょう』『みょう』自体があまり使われていないのか。
使いたい使いたいと行っているが『へう』や『へふ』はあまり使いたくない。


注目したのは『ねう』だ。
『にょう』といえば『尿』しか変換がない。
これは使い道がある。

排尿がしたくなったとき、
「トイレに行く」
と言うと、大きい方である可能性を疑われる。
「小」だと「SHOW」に行くと勘違いされる恐れがある。
だからと言って、どれだけかわいく「おしっこ」とういっても尿は尿だ。
相手に寄っては口にしたくないではないか。

こんなときこそ『ねう』を使ってはどうだろうか。
これを口に出して言うのは文語と口語の混乱だが、
今の日本語でその程度のことは日ぜう茶飯事だ。
たとえば、女の子が恥じらいながら「ねう」と言ったらかわいい、と思う。

これが世間に流布する前なら、
「ね・う」
と言われた彼氏は
「え?」
と訊き返すだろう。
そこで、ウフフと笑ってトイレに行けばいいのだ。

しばらくたって、彼氏は「ああ」と膝を打つはずだ。
で、トイレに行った女子は、ツイッターで、
「ねうなう」
と書くことができる。


私、めうなこと言ってますか?







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なに照れとる
なんでこうなったのだろう




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あうう
少し前のことだ。
早い時間にいつもの居酒屋に行くと、お客は誰もいないのに、
女将さん、通称“おかん”とバイトの子が忙しそうにしていた。
聞けば変則の宴会が入っているということだった。

幹事はおかんの旦那さん、通称“おとん”
なにかの打ち上げかお祝いかで、友人二人を招いたらしい。
そのお客さんが飲めない人なので、すき焼きを用意しているという。
もちろんメニューにはない。


「あー、しまった~」
とおかんが声を上げた。
肉の包みを開けたら脂身が入っていなかったのだ。
たぶん、置いてあるのを自分で持ってくるシステムの店だったのだろう。

「サラダ油でいい?」

「いいよいいよ」

ということで肉や野菜がテーブルに運ばれ、コンロに火がつけられた。
おとんがおかんに質問する。

「で、まずどうしたらいい?」

「油をひいて肉を焼くんやけど」

ジュージューという音と、肉の焼けるいい匂いがしてきた。
私はとうふかなんかを食べている。
まったくうらやましい限りだ。

おとんがおかんにまた質問する。

「次どうしたらいい?」

「すき焼きのたれを入れるんやけど」

すき焼きのたれが入ると俄然いい匂いになる。
これはたまらん。
私が次に注文しようと狙っているのはサバだというのに。

おかんがバイトの子に、

「玉子を三つ、持ってってあげて」

と言う。
おかんはもう、他の仕事に取り掛かっていて忙しい。
バイトの子が玉子を持って行くと、おとんが、

「なんやこれ」

おとんは玉子も知らんのかいなと思ったら、
その子、丼に玉子を三つ割って持って行ったのだった。
みんなで大笑いして、その玉子は玉子焼きに使おうということになった。

玉子をカチャカチャとかき混ぜる音が聞こえてきた。
やつらは肉を食っている。
私がサバを注文しようとしたら、おとんがまた質問した。

「次、どうしたらいい?」

「えーと、あとは野菜を入れて~」

お前ら、もうすき焼き食うな。






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残ったのはとうふ
ある日、陸の神が主婦たちの前にぼわんと現れた。

「そなたたちはそんなに“虫G”が嫌いか。
 それならば、海の神と取り換えっこしてしんぜよう」

それ以来、世の中は変わった。


深夜、主婦がトイレに起きると台所でカサコソと音がする。
足音を忍ばせて近寄り、灯りをつけると、いた。
エビだ。
野菜炒めを作った時、うっかりこぼしたタマネギをつまんでいる。

スリッパで一撃!
と思った瞬間、エビはピョーンと後ろに飛んだ。
追いかけて叩く叩く叩く。
やっとのことで仕留めたときは息が切れていた。
ああ、また潰してしまった。


いつの間にか部屋の隅に巣を張っているのはタコだ。
棒の先にティッシュと輪ゴムを巻いて巣を始末するが、
本体は天井の隅っこでネトネトした粘液の中に卵を産む。
これが糸をひいて取りづらい。

季節が来て卵が孵化すると、部屋中に子ダコがいる。
まさにタコの子を散らすようだ。


花壇の世話をしようとしたら、花の根元にいるのはナマコだ。
塩をかけて退治したいが、大きい分大量にいる。
それでは花の方に影響が出る。

土を掘ればゴカイがウヨウヨ。
球根を食べないだけましだがやはり気持ち悪い。
それで、花壇の手入れがおろそかになると、
すぐに一面雑海藻に覆われてしまう。


雨が降れば田んぼではハマグリがケロケロとやかましい。
窓にはたくさんのヒトデが貼りついている。
畑にはたくさんのクラゲが浮いていて、花から花へとと蜜を吸う。
プーンと飛んできて血を吸うのはタツノオトシゴだ。

草むらでは気をつけないとウツボがとぐろを巻いている時がある。
生ゴミを荒らすイカたちはやっかいだ。
田舎では、また電車がマンボウをはねたとニュースでやっていた。


主婦は晩ごはんのおかずを作りながら考える。
こんな世の中になってしまったが、それでも虫Gがいるよりはましだ。
で、魚屋で買ってきたニワトリを三枚に下ろそうとしたら、
ハラの中から虫Gが出てきたりするのであった。






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ポセイどんはともだち

電源

私は買い物が好きで、細々といろんなものを買うが、ほとんどが要らない物だ。
それでもちゃんとランクがあって、
絶対に必要な、例えばリップクリームから、絶対に不必要な、例えば鳴らない民族楽器まである。
その中間に存在するのが、あったら便利であろうと思って買ったモノたちだ。

わかりやすいのが百円ショップの物たちだ。
値段が同じ百円だから、生活での役立ち度が比べられる。
私が百円で買ったもので役立ったベスト3は、
『耳の中で膨らむ耳栓』『車のヘッドレスト用フック』『小引き出し』
逆に買った時点でゴミだったのが、
『何秒かわからない砂時計』『居もしないペットのえさ入れ』『組み立てられないジュース置き』
の三つだ。


先日、こんなものがあれば便利だと思って買った物が久々のヒットだった。
それは、『コンセントが簡単に抜けるアダプター』だ。
実はコンセントでは本当に苦労していたのだ。

二月一日に更新したカレンダーを見ていただきたい。
これは少し縮めた私の部屋なのだが、絵の手前側には本棚が並んでいる。
その左寄りに隙間がありコードが出ているのがわかると思う。
ここにコンセントがあるのだ。

私は今、コタツで更新をしている。
このコンセントから、コタツとパソコンの電気をとっている。
そして私は心配性だ。
用が終わったらコンセントは抜いている。
しかし、このすき間が狭すぎて、コンセントの抜き差しに難儀していたのだ。

こんな感じ。
深い


こうなっていると、ついコードの部分を引っ張りたくなる。
だが、コンセントとコブラだけは頭をつかんで扱わなければ、いつか大変な目に合うという。
なので毎回肉厚の手をこのすき間にねじ込んでコンセントを抜いていた。

そこで、ホームセンターに行ってみた。
なにかで、らくらくコンセント的なものがあることは知っていたので、見に行ったのだ。
あった。
300円までだ。
私の衝動買い範囲内だ。

これがとても便利だった。
レバーのようなものがついていて、これを親指で押しながら引くと、
コンセントが「ぷりっ」と抜けてくる。
いやいや、ホントに「ぷりっ」と抜けてくるんだって。

おそらく、今までコンセントを抜くことに費やしてきたエネルギーの20%ぐらいで抜ける。
これを使い始めたら運動不足で太るんじゃないかと心配なぐらいだ。
どうしてこれを買わずにいたんだろう。
久々のヒット買い物だ。


とはいえ300円。
コタツ用とパソコン用の二つ買うのはもったいない。
ちょうど家にあった・・・これはなんというものだろう。
コンセントの差し込み口が二つになるアダプターだ。
これをつければひとつのらくらくコンセントでコタツとパソコンの電源が一気に抜ける。

で、今は差し込み口にらくらくコンセントを差し、そこに二口アダプターを差し、
そこにコンセントを差している。
そのせいで、コンセントが元の位置から6センチほど手前に出てきた。
なんだか楽に抜き差しできる。
むしろ、らくらくコンセントのレバーが奥深いところにある。
なので今は「ぷりっ」としたいという理由だけでらくらくコンセントから抜いている。






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危機一髪
少し朝寝をした休日の朝、
天気はよく、久しぶりに暖かそうだ。
絶好の畑日和と言えるだろう。

しかし、ホットカーペットはもっと暖かい。
ニンゲンホイホイにひっかかったように、このペラペラの一枚から離れられない。
まして、前日の夜は家計子さんのおごりでちづると飲みに行き、
カラオケまでなだれ込むという大イベント。
心身ともに疲弊している。

ダイコンを抜いてもそんなに食べられない。
スナックエンドウを植えるにはまだ寒すぎるのではないか。
この気候だとそんなに草も生えないし。
耕すにはいろいろ野菜が残っているし。
アカギレが切れるかもしれないし。
着ていく服がないし。

と、ぐずぐずしていたら、
「そういえば、昨日のカラオケ代払え」
と言われた。
そこに一円玉を15枚入れたら、
「とっとと畑行け」
と家を追い出された。


まず、残っていたダイコンを抜き、クワで草を削って横に寄せる。
体が温まってきた

石灰と堆肥を撒く。
ヤッケを脱いだ

溝を掘って草を入れ、油かすを撒く。
腕が震えてきた

土を戻し、畝を作る。
ひざが笑いだした

スナックエンドウの苗を植える。
寒い

完成だ。
こうすると草が片付くし、堆肥を混ぜ込まなくても勝手に混ざる。
で、苗は油かすの肥料分が欲しかったら根を伸ばせばいいのだ。

さて抜いたダイコンだ。
スペースを空けるために抜いたので、曲がりや細いのもあるが、
やはりダイコンは洗うと美人になる。
ラインダンス

家にも二本あったが、生食用を六本残し、
形の良いのを四本茹でて、残りはすべて干した。
前回干したのはこうなった。
縮んだ

ふふふ、これで春まで食うには困るまい。






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肉の栄養が欲しい
今、日本の食品業界では、各メーカーが努力と研鑽を重ね、
消費者にとってありがたいシステムが次々と生み出されている。
冷凍食品やインスタント、真空密封にペットボトル。
これらのおかげで手軽な食事や長期保存ができるようになった。

しかし、これだけ保存方がいろいろ生み出された割に、
開封についてはあまり考えられていないのではないだろうか。
これだけ技術の進歩した世の中、もうちょっとなんとかなりそうなものではないか。


例えば、納豆やシューマイに付属しているカラシ。
小さすぎて持つところがないうえに、みっちり入っているので、
開封とともに水鉄砲のように飛び出す。
だから必ず指につき、それをなめてひどい目にあうのだ。

ゴマや海苔の袋は開封後も保存できるようにジッパーがついている。
だが、切り口から一気に切ると、袋がジッパー部まで裂けてしまう。
これで密封できているのか、あの部分から空気が入るんじゃないか、という心配とともに、
クチビルみたいなところまで裂けて痛そうだ、と感じてしまう。
これがまた、中身を使いきるまでそう思い続けるのだ。

そうめんやひやむぎの袋はきっちり入りすぎだ。
お菓子の袋みたいに、表と裏をつまんでパリッと開けたいのに、
開封口ギリギリまで入っているから袋につまむ余裕がない。
結局ハサミを出してきて切らなければならなくなる。

逆に味噌は袋が長すぎる。
目一杯入っているのかと思ったら、袋の余った部分が後ろにまわしてあるだけだ。
それを上に伸ばすと身長が一気に二倍になる。
そのはるか上の方に切り口がある。
味噌みたいにねっとりしたものはそこまで絞りだしてくるのが大変なのだ。
袋は長くてもいいから、もっと下に切り口をつけてもらいたい。

カップ麺は小袋が多すぎ。
ときどき出来上がってから、コショウの袋が浮いてるのを発見することがある。

八個入りのシューマイはなんとかならんのか。
半分使って残りは明日の弁当用と思っているのに、
ビニールの包装が必ず縦にまん中ぐらいまで裂ける。
端っこがピリッと開いたら、そのまま冷蔵庫に入れられるのに、
結局ラップを掛けなければならなくなる。


さて、ここまでは実はどうでもいいことだ。
文句はあるが、いずれメーカーが解決してくれるだろう。
ただ一つ、許すことのできないものがある。
佃煮だ。
コンブやアサリなどの佃煮の包装には悪意を感じる。

これらの真空パックは、味噌の場合と同じように袋にかなりの余裕がある。
つまり、中身は袋の片一方に寄っている状態だ。
で、どうしてその中身が寄っている方に切り口があるのだ。
そのまま開けたら確実に中身がこぼれるではないか。

ではどうするか。
袋をもんで、中身を切り口より後方まで移動させる。
これが空気が入ってないからやたらむずかしい。
すりこぎみたいなもので絞ってやりたいが、それでもコンブの破片や魚卵系の粒が必ず残る。

もうこのぐらいでいいか、というところまで具を寄せて開封すると、
袋が斜めに切れて、具がむき出しになってしまう。
こうなると、ちょうどこの量が納まりそうな小鉢にはうまく入らない。
もっと大きな容器を出してきて、なんとか中身を絞りだすと、
「え、これっぽっち?」
ってぐらいしかない。


ここで話はそれるが、先日、佃煮の詰め合わせをいただいた。
箱に四種類の物が入っていたのだが、一個とりだしてみたら、
なんとパックが中でブリッジしているではないか。
説明しにくいが、断面図でいうと、本来箱の中で、

L一一」

となっているはずの物が、

L∩∩」

となっていたのだ。
日本の食品メーカーで最も進んでいる技術は『上げ底』かもしれない。






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一瞬のデキゴト
今、世の中ではインフルエンザと塩麹が流行っている。
こう言うと今日のネタは『塩麹』に行きそうなものだが、インフルエンザの話だ。
ついに社内に感染者が出てしまった。

火曜日の夕方から不調を訴え始めた事務員のKちゃんが翌日から休んだ。
発熱して、医者でインフルエンザのお墨付きをもらったそうだ。
身近に保菌者がいたということは、他にもすでに感染者がいる可能性がある。
仕事場では、それは誰だ、という話題でもちきりだ。
ババヌキみたいに誰か一人って決まってる訳じゃないのに。


まず心配なのは事務所の人たちだ。
会長、奥さん、パートの口数多子。
現場組では、集金もしているN岡が一番事務所に行く。
口数多子とN岡は子供がいるので接触には用心していたのだが、
これからはさらなる注意が必要だ。

Kちゃんは我々の作業場にも連絡でよく来ていた。
配達のことはO川、加工のことは上司Tと話すことが多い。
私は一人でこもる仕事が多いので、他の人たちほどは接触がない。
と思っていたのだが、実は私が一番感染の可能性が高かったのだ。


店番も兼ねているKちゃんは昼休みが変速だ。
11時から12時に休憩をとる。
私が昼寝している休憩室で。
つまり、Kちゃんが一時間過ごした後の休憩室で、
私は昼ごはんを食べて昼寝しているのだ。

先日、テレビでインフルエンザを特集していたのを見たら、
マスク、うがい、手洗いで一番大切なのは手洗いだと言っていた。
感染者が触ったものに触れることで、ウィルスが引っ越してくるらしい。

となると、テレビやエアコンのリモコン、ホットカーペットのスイッチ、
ホットカーペット自体やティッシュも危ないのではないか。
これが毎日のことなのだ。
私の体内では、すでに塩麹のようになにかが繁殖しているのではないか。


と言ったって、感染しているのならもうどうしようもない。
栄養のあるものを食べて、抵抗力に期待するしかない。
それよりももっと辛いことがあるのだ。

今までは、私の前にKちゃんが休憩室を使っていたので、部屋が暖まっていた。
エアコンもホットカーペットもすでに一時間稼働した状態だった。
それが、Kちゃんが休むと私が一番乗りになる。
部屋はこんこんと冷えている。

自分でエアコンとホットカーペットのスイッチを入れ、
暖まってくるまでは正座して弁当を食べている。
床が冷たくておしりをあずけられないのだ。
ああ辛い。


これはよくない状況だ。
ウィルスを移された後、寒い思いをさせられるなんて、インフルエンザの思うつぼだ。
私の体で培養されていると言っても過言ではない。
強いて言うなら、イースト菌を入れてこねたパン生地を醗酵させているようなものだ。
しまった、塩麹に例えればよかった。

ひょっとすると、近いうちに本ダウン絵を描くことになるかもしれない。
その時は二日酔いじゃないんだなと思ってもらいたい。







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うつしうつされ
今、会社に食べ物が豊富だ。
せんべいの空き缶をお菓子入れとして利用しているが、
それに入りきらなくなってきた。

元々この缶は、誰かがお土産に買って物のおすそわけだった。
それに私が買ってきたのど飴を入れていた。
みなさんご自由に、という私の配慮だ。
もちろんみなさんご自由に飴を食べていたのだが、
どこかで食べ物が手に入ると、ご自由にそこに入れるようになった。

まずは夕方のおやつだ。
ウチの会社はなぜか夕方にお茶とお菓子が出る。
これが人数分以上にあったり、みんなの好みでなかった場合、ここに入れられる。
腹が減るとみんな勝手にそれをつまむのだ。

配達に出ているO川とN岡が得意先で食べ物をゲットしてくることがある。
飴やお菓子が多いが、ときにはパンの場合もある。

会長の奥さんはよくチョコレートを買ってきてくれる。
事務所のおつまみなのだと思うが、ちゃんとこちらにも分け前がある。
店番の口数多子はパートで、昼休みがないので自分で食料を用意している。
それがちょくちょくまわってくる。
事務員のKちゃんもなにかしら持っていて、食糧供給に協力してくれる。

先日、ちょっとややこしい仕事があって、それを引き受けたらお客さんがクッキーをくれた。
めんどくさいのでサッサと片づけたら、
「早くしてくれた」という理由でパンをくれた。
ときどきこのようにお客さんからの差し入れもあるのだ。

さて、最近上司Tがローソンにハマっている。
毎朝タバコを買いにサークルKに寄っていたのだが、
パチンコでタバコをまとめて手に入れたので、寄り道をしなくなった。
それだと会社に早くついてしまうので、会社近くのローソンに寄るようになったのだそうだ。
自分の意思で調節できんのか。

で、いつも寄っている店と品ぞろえが違うのでいろいろ買いたくなっているようだ。
毎日アップルパイやらドーナツやら買ってくる。
ちなみに上司は飲めないので甘党だ。

私の昼ごはんは小さめの弁当と、カロリー控えめの魚肉ソーセージだ。
これだと物足りないので、最近は六個ぐらい入ったパンを持ち歩いている。
持っていると食べたくなるもので、上司のパンを午前、私のパンを午後に食べたりしている。
そして夕方にはおやつ。
帰り時間には満腹だ。


家に豊富にあるのは、ダイコン、ハクサイ、冷凍ゴーヤだ。
それだけではさみしいので、調味料として肉気を入れる。
するとかなりの量ができるのだが、これは私の習性で、残しておくことができない。
大量のおかずを毎日ほぼ食べつくす。

連日そんなことではいけないので、昨日は飲みに行った。
家に帰るとちづるはカップ麺を食べたようだ。
これが普段私が買って食べるのより高価なタイプだ。
ちづるだけ食べて私が食べないのは不公平だ。
シメに食べることにしよう。

そのあとミカンを三個食った。
私は今、太っている。






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肉が巻いてます
新聞をパラパラとめくっていて、ある広告に目が止まった。

『家庭菜園検定』

なんじゃこれ。
受験者大募集?
申し込み締め切り迫る?
めざせ、野菜づくりの達人?

ムカッ!
なんで家庭菜園に検定があるのだ。
1級2級3級ってなんだ。
趣味で野菜を作ることになんで階級をつけるのだ。
頭にきたのでホームページに行って詳細を見てみた。

そこでさらにムカッ!
どこぞの“名誉”のついてない大学教授が検定委員長だとかで、
野菜づくりは経験も大事だが、正しい知識がうんぬんかんぬん。
バカかアホかバカかアホかバカかアホか。
家庭菜園に正解も間違いもあるか!

家庭菜園は、その名の通り家庭が基本単位だ。
農地を借りてやる人もいれば、自宅のプランターでやる人もいる。
それぞれ環境が違うのだ。
一律に試験で決められるものではないではないか。

何が「めざせ野菜づくりの達人」だ。
誰が達人になりたいと言った。
風変わりな作り方を試してみたり、本職の人に話を聞いたり、
インターネットでああだこうだと情報交換をしたりするのが楽しいのではないか。
むしろ、失敗談の方がブログではウケるのだ。


検定に合格したとして、3級より1級の方が上だと言うつもりか。
検定会場は全国五都市の大学のキャンパスなどで行われる。
問題はテキストから出題されるそうだ。
つまり筆記試験だ。
極端な話、野菜に触れたことがない人間でも受験できるのだ。

ホームページには例題がいくつか挙げられていた。
菜園関係の本に載っているようなことばかりだ。
しかも四択。
なら、本を見ながらやればいいだけのことではないか。
野菜づくりは記憶術か!

この検定、とったからと言ってまったく何の役にも立たない。
資格になるわけでもなく、収穫が増えるわけでもなく、雑草が生えなくなるわけでもない。
じゃあ一体どんな人がこれを受けるのか。
菜園仲間同士で話している時に、
「オレ、持ってるぜ」
と自慢したいやつか、検定マニアかのどちらかではないか。


で、検定料が3級4000円、2級4500円、1級5500円。
2・3級併願割引だと8000円とお得になっている。
家庭菜園検定委員会編の虎の巻が1365円。
検定用の参考テキストも好評発売中だそうだ。

もうおわかりだろう。
こんな検定をやり始めようと思ったやつら。
おそらく、銭儲け検定で3級ぐらいのやつらに違いない。






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学問だからな
そうそう、みなさんに報告しておかなければならないことがある。

年越しで入院し、一月の半ばに退院したウチの親父だが、
「何を食べてもおいしい」
と言って、再び太り始めている。
先日、ダイコンを持って行ったついでに様子を聞いたら、
パチンコにも行き始め、どうやらあちらではタバコも吸っているようだ。

ダイコンと言えば、ベランダに干したダイコン。
やっぱり放置だ。
かなり乾燥して小さくなったのだが、今日の雨で湿気を吸っているかもしれない。
まだ畑にも残っているのにどうしよう。

畑と言えば、開墾を言われた居酒屋のオーナーの花壇も放置している。
腐葉土を置いてきたので早くしないと怒られそうだ。
とりあえず今は寒いので、ニラを植える二週間前には耕そう。

野菜と言えば冷蔵庫のゴーヤは二つ減った。
わざわざ気をつけて減らすようにしたのだ。
ちづるはゴーヤ好きなので弁当に入れても喜ぶ。
緑の野菜も時には食べなくてはいけないだろう。

食事と言えば、趣味のカトラリーは、
スプーンとフォークが一本ずつ増えた。
普段行かないショッピングセンターに行き、
ファンシーなお店巡りをして、また魅力的なのを見つけてしまった。

食器と言えば鉄のフライパン。
一生懸命油をなじませていたが、最近はあまり使っていない。
ちづるが実家でティファールのフライパンをもらってきたのだ。
どうせあるならくっつかないフライパンの方が便利だ。

鉄と言えばソテツ。
自転車の出し入れを妨害しているソテツは、
冬になったら枯れるのかと思っていたが、
相変わらずシャンとしていて私のふくらはぎを刺す。
やはり切らねばならないか。

買わねばならないと悩んでいた遠近両用メガネ。
近くに安売り店ができたのだが、メガネ屋は怖くて行っていない。
すぐに店員さんが寄ってきそうだからだ。
小さな字を見るときに困るだけだから両用はいらないのではないだろうか。

メガネと言えば、ファンシーなお店で買った老眼鏡。
先日のみそか寄席には首にかけて行った。
パンフレットの文字がよく見えてうれしいのだが、
手で持たなければならないのはやはりめんどくさいかも。

めんどくさいと言えば、レンタル会員。
どうしても手続きがめんどくさくてまだなっていない。
とはいえCDを買う気にもなれず、相変わらずYOU TUBEで聴いている。

チューブと言えば、部屋に転がっていた風船。
少ししぼんだがまだそこにいる。
名前はまだない。

しぼんだと言えばこのおなか。
全然しぼむ気配がない。
部屋の一角に用意した筋トレセットは鎮座したままだ。
ホコリを拭いた方がいいかもしれない。

ダイエットといえばお菓子の家。
残念ながらまだ建設に着工はしていない。


さてみなさん。
ここに挙げたいろんな話題、
いったいいくつ覚えているかな。
今日初めて来てくれた人はごめんなさい。






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そうでもないぞ
大抵のことは辞書を開けばわかるが、開く前にわかることがある。
五十音のどの文字がたくさん使われているか、
また使われていないかだ。
もちろん辞書だから、その文字が単語のトップに使われている場合に限るが、
やはり言葉全体にその傾向はあると思う。

ネット界に限らず、最近はどんどん新しい言葉が生み出されている。
このままでは五十音で足りなくなることは必至だ。
それも使い方が偏っているせいだ。
今あまり使われていない文字を積極的に使っていかないともったいない。


私が見た限り、特に使用頻度の少ないのが、
ぬ・る・れ・ろ
の四つだ。
このうち『ぬ』については大昔にたっぷり語ったことがあるのでやめておこう。

る・れ・ろ、は言葉のトップには使われていないが、
文章の最後の方にはよく登場する。
「~する」
「~された」
「~しろ」
などだ。

特に『る』と『れ』は、
「~される」
という使い方もあって、けっこう使われているようだ。
こう考えてみると『ろ』の活躍の場は少ない。

他にも『れ』は日本人がよく使う言葉トップ10に入っていると思われる、
「あれ?」
で頻繁につかわれている。

『る』については、実際に発音されているわけではないのだが、
「るん♪」
というステキな使用方法がある。

それにひきかえ、
「ろん!」
同じように後ろにマークがつくという使い方でも『ろ』だけ使い方が限定されている。
『ろ』はもっと使われるべきだ。


私が考えたのは依頼文への応用だ。
「~してくれ」
「~してください」
「~していただけませんか」
のパターンだ。

日本人はどうもこれがヘタなようだ。
どうかすると、
「~して大丈夫ですか」
なんて言い出す輩もいる。

私はこれを、
「~してくれろ」
で統一する案を提出する。

この使い方、ときどきふざけた調子で使われることがある。
日本昔話風牧歌的使い方だ。
こののんきないい方を標準語とするのだ。
そうすれば、殺伐とした国会で、首相が野党に、
「法案、通してくれろ」
とできるではないか。

それでもダメなら最後の手段、
「法案、通してけろ」
だ。
これを蹴ったりしたら、野党の方が国民に総スカンをくらうだろう。

もし首相がここを読んでいたら、ぜひ試してけろ。







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きた

ないた

いった
指先にアカギレができたり、小さい文字が見えなくなったり、
歯の詰め物がとれたり、お腹周りに肉がついたり、
なにかが抜けたり、寝ている時に呼吸を忘れたり、
お酒を飲んだだけで次の日にダウンしたりと、悩みのつきない私なのだが、
実はもう一つ厄介な病気を抱えている。

正式な名称もあったはずだが、私は知らない。
簡単に言うなら、家を出るとき心配になる症だ。

玄関の鍵は掛けたっけ?
コタツのスイッチは切ったっけ?
ガスコンロのとろ火は止めたっけ?
こんなことが心配になって何度も確かめに戻ったりする。

だから私はちづるより早く家を出たい。
たとえいっしょに出かけたとしても、鍵を掛けたのがちづるなら責任はちづるだ。
それならOKだ。
要するに、家が燃えるとか、泥棒が入ることよりも、自分の責任になることが怖いのだ。

だから、私が一人で家にいて、どこかに出かけるときが心配になる。
玄関の鍵を掛けて、植木に水をやって、玄関の鍵を確認して、
車をバックさせて、車を降りて鍵を確認して、車に乗って出かける。
たいていこのパターンだ。

と、大層に書いてしまったが、家を出てすぐの信号まで来るとそんなことは忘れている。
お出かけ中に、
「あ、そういえば玄関の鍵は大丈夫だろうか」
なんて思い出して悩んだことはないのだ。


とはいえ、心配症の“ケ”があるのは間違いがない。
いろいろ心配なことは多いのだ。

前のパソコンが故障したとき、機械は直ったのだが多くのデータが消えてしまった。
写真やメール、ブログ用に描いた絵などがなくなった。
幸い、絵はときどき保存していたので、消えたのは一か月分ぐらいで、
それもブログから拾えたのでホッとした。

しかし、心配はモリモリ成長する。
万が一、FC2になにかがあった時、私が今まで書いてきたものはどうなるのだ。
来月でブログを書き始めて丸七年、今回が2175回目の更新だ。
これが一瞬で消えてしまったらどう嘆いたらいいのか。

そんなことを考えて、書き上げ魔の私は、ノートに日付とネタの概要を書き始めた。
2010年の2月までは書いたのだが、なかなか現在に追いつけない。
悩んでいるとちづるがこう言った。

「保存したら」

なんで気付かなかったのか。
それ以来、毎日ネタを書いたあと保存している。
そして、暇な時に過去にさかのぼって保存を始めた。

昨日も時間ができたのでその作業をしていた。
保存してあるところからさかのぼっていって、2011年の11月まで終わっているはずだ。
10月のブログの文章をコピーし、メモ帳機能に貼り付け、保存をくりかえす。
自分で書いたものなのに、つい読んでしまったりしてものすごく時間がかかる。

2時間かけて、10月分の保存が終わった。
『201110』というフォルダを作り、ひとつにまとめる。
そのフォルダを、さらに『2011年』というフォルダに・・・

おい、その隣に『2010年』というフォルダがあるではないか。
開いてみると11月と12月だけフォルダがある。
考えてみたら、2011年は去年じゃないか。
私は去年の元旦から毎日保存を始めたのだ。

ぐおー、ワシはすでにあるデータの保存をやっていたのかー!
休日の午後の2時間をかえせー!





↑くり返しだけどクリックしてね。






ヒヨワなの
昨日は節分だったようだ。
とはいえ、我が家では特に何もしない。
豆をまいても鬼はいるし、福はこないし、散らかるし、豆代がいるし、寒い。

ご近所から豆まきの声が聞こえることもない。
私の生活圏の子供たちが大きくなってしまったからだろうか。
それもあるだろうが、大きな理由は恵方巻きの出現ではないだろうか。
なにか一つでもそれらしいことをすればイベント感は出る。
それなら簡単な方ですましておこうとなるだろう。

恵方巻きは食事だ。
夕食がこれに変わるだけで事がかたづく。
むしろ夕食の準備や片づけは楽になるぐらいだ。
だからこそこんなに普及したのだろう。

そもそも、私の住む地域にはこんな風習はなかった。
テレビで見た、ある地方のけったいな行事のひとつだった。
海苔業者だの寿司屋だのスーパーだのコンビニだのの思惑があるのだろうが、
まさか一地方の風習がブームになるなんて想像もできなかったことだ。

これはよほど受け入れる側にメリットがなくては起こらない現象だ。
つまり、子供が喜んで大人が楽、ということだ。
これからはますます豆まきが省略されていくことだろう。
嘆くことはない。
現に、イワシの頭を柊に刺して飾るという風習は、ほぼ壊滅したのだ。
これが時代の流れなのかもしれない。


なんて言っていられないのは豆業者だ。
健康ブームにのっかって、豆乳やら大豆バーやらで潤ったはずだが、
節分での豆消費量は業界にとって大きいはずだ。
これが痛手でないはずがない。
何とか巻き返しを狙っていることだろう。

まず必要なのは子供の食いつきだ。
子供が楽しめなければイベントは盛り上がらない。
そこで私が提案するのは、豆銃の開発だ。
もちろん消費が目的なのだから連発式、むしろ機関銃か散弾がいいだろう。
この銃自体も売れるのだから一石二鳥だ。

それから、豆業界がやらなければいけないのは、鬼の派遣だ。
お父さんが鬼の役では、家族そろって楽しめない。
また、鬼は豆銃に耐えうる装備が必要だ。
これは一般家庭では難しい。
この日の夜は、豆業界が世間に鬼を徘徊させるのだ。
そのうち、ボランティアで家庭をまわる善意の鬼も現れることだろう。

さて、こうなるとあとはお母さんの支持だ。
主婦は豆が散らかるのを好まない。
とはいえ、豆が勝手に集まったり、消滅したりというテクノロジーはむずかしい。
ならば、豆を散らかっていてもいいものに変えればいい。

家のその辺にあってもいいもの。
そう、ホウ酸団子だ。
主婦は、豆が散らかることよりも『虫G』を嫌う。
『虫G』を退治するホウ酸団子ならどれだけ転がっていても気になるまい。

となると、銃はホウ酸団子銃と言うことになる。
この銃弾では鬼を倒すことはできない。
当然、家から追い出されるのは『虫G』だ。
豆業界はこの夜には『虫G』を派遣して・・・

いや、これは豆業界の役目ではない。
防虫か製薬か団子か、ともかくその辺の業界だ。
彼らがこの日の夜には町に『虫G』を派遣するのだ。
そのうちボランティアで『善意の虫G』も現れるだろう。
そしてそれを銃で退治する子供たち。

こんなふうにして、世の中の風習とは変化していくものなのだ。






↑鬼はクリック、福もクリックしてね。






おに~
ちょっと待ってくださいね。
「明日はこのネタを書こう」
って決めてたのはどんな話だったっけ?
なんだかかけらも思い出せない。

最近どうも頭の中のなんとかという味噌が薄まってきた。
外側じゃないよ。
感じることも、痛い、寒い、ハラ減ったの三つだけだ。


朝、寝床から出ると、まずふとんの上に置いといたハンテンを羽織る。
暗がりの中でのことなので、ときどき裏返しに着てしまうことはあったが、
先日は、袖を通したら上下がさかさまだった。
こんなこと、今まではなかったのに。

きのうは、リビングに降りていくと、ホットカーペットがつけっぱなしだった。
起きてきたちづるを、
「ホットカーペットがついていたぞ」
と糾弾したら、
「あんた昨夜冷蔵庫のドアが開けっぱなしやったぞ」
とやり返された。

どうもすいませんと謝ったのだが、
よく考えてみたらどっちもどっちではないか。
というより、
「昨夜冷蔵庫のドアが開いていたぞ」
と言われてから、
「そういうお前はホットカーペットがつけっぱなしであったのだぞ」
と言い返せば私の方が優位に立てたのに。


先日、ダイコンを抜いてきた。
ちづるが会社の誰ぞにおすそわけしたいと言うので、
二本だけ玄関に置きっぱなしにしておいた。
ところが、他のダイコンを切ってみたらスが入っている。
これは持って行かない方がいいかもしれない、という話になった。

翌日、はやく帰って来られたので、ダイコンを煮ることにした。
どうせ煮るなら玄関のダイコンがいい。
ところが玄関になかったので、ああちづるは結局持って行ったのだな、と思っていた。

そのうちちづるが帰ってきたので、
「あんた、ダイコン持ってったんやな」
と訊くと、
「いや、持ってってないよ」
と言う。

「玄関になかったやん」

「あったよ」

見に行くと確かに昨日のままダイコンがある。
靴の配置から考えて、私はこのダイコンをまたいだはずだ。
なのにどうしてダイコンに気付かなかったのだろう。
ダイコンのことを考えていて、ダイコンをまたいだのに、
ダイコンが見えなかったってどういうことだろう。

やはりダイコンおろしの食べ過ぎで、なんとかという味噌が薄まったに違いない。







↑で、昔書いたネタをまた書いたりしてしまうけどクリックしてね。







がっかり
私が長年テレビを見て発見したことなのだが、
大学の教授には、助教授、教授、名誉教授、の三種類があるらしい。
見た目では区別がつかないが、おそらくなにかの違いがあるのだろう。
出世魚のようなものではないかと予想している。

まあ、教授を基本として、助教授というのはその前段階、
カニでいうならメガロパみたいなものだろう。
いずれ成長して教授になるか、その前に他の魚に食われてしまうかだ。

よくわからないのは名誉教授だ。
教授よりは上らしいのだが、何がどう違うのかわからない。
ただ一つ思うのは、自分で行ってて恥ずかしくないのだろうか。


名誉というのは何だろう。
辞書で調べてみたら『ほまれ』と書いてあった。
わかりにくい説明だが、ナデシコジャパンのおかげでタイムリーだ。
辞書よりうまく説明できるわけないが、
なにかを成し遂げて、まわりの人がすごーいということだ。

名誉教授もおそらくすごいのだろう。
ただ、それを肩書きにしていしまうのはどうなのだろう。
名誉って、賞に選ばれたり、賞賛されることによって感じるものではないのか。
称える側がいて、それに対して名誉に感じる、
というのが正解ではないのだろうか。

だから、
「ボクちゃん、名誉持ってます~」
って名乗るのは、ずいぶん安っぽい気がする。

たとえば、名誉市民というのはいいだろう。
市民が特定の個人を市の名誉だと感じて認定するのだから。
それでも、この人が『名誉市民』って名札をつけ始めたらがっかりだ。
名誉とは、受け取ったら懐の奥深くにしまっておくものだ。


他にも名誉とつく肩書きはいくつかある。
名誉監督、名誉館長、名誉顧問なんて呼ばれている人がいる。
しかし、どうもよく聞いてみると、この人たちはその肩書きの仕事はしていないようだ。
他にちゃんと監督や館長がいて、することはその人たちがしている。
特に、名誉顧問なんて何をやっているのだろう。

言いにくいことだが、名誉職って名前だけだ。
そのままお払い箱じゃ具合が悪いからちょっとイロつけとこう、って感じだ。
「んじゃまあ、メイヨ、ってことで」
という決まり方をしたように気がする。
なんだか、名誉どころか小バカにしているようではないか。


名誉なんとかはえらい人のように見えるが、トップではない。
その上に、名誉なんとかを決める人がいる。
私は長年テレビを見てきて気付いたのだが、
たいてい、そういう上の方にいる人ってセンスが悪い。
髪型を見ればわかる。

ネーミング学とかセンス学ってないのだろうか。
その辺をもっと勉強して、名誉なんとかに変わる称号を考えてもらいたい。
本来ならなにか案を出して締めるのが筋なのだろうが、
センスが悪いなどと言ってしまったので、自分の意見は言えない。
名誉よりお金が欲しい。






↑栄誉あるクリックしてね。






色紙で作った
月日のたつのは早いもの。
ついこの間年を越したと思ったら、、もう一月が過ぎました。
昨夜は今年最初のみそか寄席へ。

十時に寝ることを目標にしている私ですが、
この日ばかりは夜更かしになります。
帰ってきたのが0時前。
風呂に入って寝たのは、もう1時近くになってました。
なので目覚ましを一時間遅らせて朝寝です。

というわけで、今年も毎月初めはカレンダーでお茶を濁すというパターンで。

うたた寝中


この絵は覚えている人もいるかも。
数年前に思いつきで自分の部屋をこんな感じに描いてみたことがありました。
寒い季節だからコタツでなにか・・・
と考えていて思い出したのがこれでした。

もちろん新しく描き直しましたがな。
私の部屋は長方形なんだけど、具合がいいように正方形にしました。
家具はだいたいこの通りで、広さが減った分省略してます。
ま、これプラス腕立て伏せスペースぐらいかな。

色も前回は色鉛筆だったのをコピックにしました。
ともかく色鉛筆はスキャンすると薄くなるから。


そして、重要なのはコタツ。
ホントはこのコタツの上に『二月』と描こうか、
それともトランプかミカンか福笑いでも描こうかと悩みましたが、
あまりにサイズが小さくて、何を描いても失敗すると思ってやめました。
色ぐらい塗ればよかったなあ。

ちなみに祭日を表すヨンホンゲマーク。
もちろん数字を赤にするのを忘れてごまかしたのです。






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ぬりえで~す