2011年08月

ここでは、2011年08月 に関する情報を紹介しています。
みなさん、本当にすいません。

昨夜は飲みが過ぎて、へべのれけ、

当の然、ふつ・かよいです。

上司Tが稲の刈りで休みだというのに。






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・・・
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昨日ご紹介したとおり、今年もゴーヤがよく採れる。
我が家だけで消費するのは無理なので、
ご近所や行きつけの床屋、居酒屋などにおすそわけした。
先週はまとまって採れたので、会社にどっさり持って行った。


会社にパートの女の人が一人いる。
二十歳過ぎでわが社に入社し、数年後に結婚退職。
その後、パートが必要になった時、経験者としてお声がかかったらしい。
今やけっこうなベテランで、付き合いも長くなった。

その子を仮に“口数多子”としよう。
その口数多子が、帰る間際にふらりとやってきた。

「こみさん、ゴーヤいただきました、ありがとう~
 で、こみさん、あれってどんな味付けしとる?
 普通のばっかりやと飽きてくるやろ。
 ウチはな、まずゴーヤだけ軽く茹でてよーく絞ってな、
 肉やほかの野菜は別で炒めてあとで合わせるようにしとるんよ。
 そうせんと、子供らが『にがいにがい~』って言うて食べてくれへんのよ。
 そやけどあたしは好きやから食べたいし、健康にもいいやろ。
 これでもけっこう苦労しとんのよ~」


ちょっと待て。
なんでゴーヤの苦みを抜こうとするねん!
ゴーヤとは『ニガウリ』だぞ。
苦くて当然のものだ。
そういうものなのだと教えるためにも子供にはそのまま食べさせんかい。

だいたい、この頃の食べ物はおかしいのだ。
たとえば、サビ抜きの寿司。
ワサビは、毒消し、殺菌、消毒なのだ。
抵抗力のない子供に、どうして毒消さずを食べさせるのだ。

匂わない納豆やニンニク。
香りも味のうちではないか。
大豆の遺伝子操作にはあんなに敏感に拒絶するのに、
匂いをとるためにどんな操作がされているのか気にしないのはなぜだ。

ノンアルコールビールも変だ。
アルコールがなかったら、ビールじゃないではないか。
だいたい、アルコールがないのにどうして発泡酒より高いのか。
ホッピーじゃいかんのか。


一番言いたいのは梅干しだ。
最近、酸っぱいのが身上の梅干しを甘くしようとする傾向が強い。
はちみつ入りなんて、製造方法を間違えているとしか言いようがない。

私は梅干しと、梅酒の梅は別物だと考えている。
ところが、甘味が売りの梅干しはほのかに梅酒の匂いがするのだ。
これが気持ち悪い。
梅干しは純粋に一直線に酸っぱくあるべきだ。

ただし、私は酸っぱいものが苦手だ。
だからちょっとでいい。
酸っぱーい梅干しをちょびっと、これが理想だ。


どうだ、わかったか。
ちょっと話がそれたが、そういう理由でゴーヤは苦く食べろ。
だいたいお前は口数が多すぎるのだ。
自分で質問を投げかけておいて、自分で答えるな。
息継ぎをしろ。


こう説教してやりたかったのだが、この口数多子、
「なんでゴーヤの苦みを抜こうとするねん!」
の段階で、
「きゃー、おこられた~」
と言って去っていった。

人の話も聞け!






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軽いけど
私の持っている知識に想像をプラスしてみる。
ああ~えらいこっちゃ。
知識とは、先週の日曜に見た畑の姿。
想像とは、そこから雑草が一週間分伸びたありさま。
ああ~えらいこっちゃ。

だからこそ、畑に行こうという気持ちがわかない。
世間の情勢も知っておかなければならないから、
朝の情報番組をたっぷり最後までうたた寝しながら見てしまった。
時刻は十時。
こうなったら草刈り機を使うしかない。

とりあえず着替えて外に出る。
暑い。
それでも草刈り機を使うときは長袖長ズボンだ。
けっこうな勢いでいろんな破片がビチバチ体に当たるのだ。
普段より多い目に燃料を入れる。
刃も新しいのに交換した。

ぼーぼー

これが、一応名目上は畑だ。
画面すぐ前の草が自由に伸びているところは、セロリが植わっている。
いつもなら、草刈り機を使うのは畑の周りだけで、
畑の中、畝の間などはクワや手で除草している。

だが、こうなってはどうしようもない。
情報番組のせいで時間も足りないのだ。
エンジン始動。
丸刈りにしてやる。

二列

モヒカンになった。
写真ではわかりにくいが、刈られた草の中に一筋残っているところがある。
これがセロリの居る位置だ。
こんな際まで草刈り機で刈った。
チェーンソーで彫刻をしている気分だった。
えーと、セロリも何本かやってしまった。

だいたい畑全体を刈った後、残った燃料を確認する。
使いきってしまわないと、次に使うときエンジンがかかりにくい。
残量はあと少しだ。

と、草刈り機が震えだした。
手がしびれるほどの振動だ。
これは異常事態、機械をストップしてみる。

私の草刈り機の刃は使い捨て型の三本刃なのだが、
一本がどこかに飛んでいったらしく、有るべきところにない。
仕方がないので、新しいのを付けようとしたら、軸からない。
破損だ。
中止だ。

というわけで、帰る前に収穫した。

うはうは

まだ、ゴーヤがこんなに採れた。
左からシシトウ。
台風で折れた所より下から出た枝を伸ばしたら、
こんなに採れるところまで成長した。
植物の力とは大したものだ。

ナスは今になって大きくなってきた。
まだ花もたくさん咲いている。
その横はいただきものの種を育てた『こどもピーマン』だ。
小ぶりだけれども、ヒダがなくて種が取りやすく、肉厚なのがありがたい。
我が家ではゴーヤの次に貢献してくれている。

最後はオクラ。
腰ぐらいの高さまで成長してたのに、一度も手を入れてなかった。
セロリの奥にあったからだ。
育ち過ぎの身といらない枝を落としてきれいにしておいた。

いやーありがたい。
ただ、私の知識と想像によると、
これからしばらくはゴーヤがメインの生活になりそうだ。





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モーゼっぽい
人と話をする時は、話の組み立て方や言葉の選び方も大切だが、
口調というのが重要になってくる。
同じ言葉を使っていても、口調ひとつで怒りを込めたり小バカにしたり、
笑いを誘ったりできるのだ。

これが文章になるとそうはいかない。
平板な文字の連続で、イントネーションが通じない。
特にこのブログなんて世界では、話し言葉が多用されている。
このように格式を重視した言葉使いをする私でも、

「ぎゃー」
「ウカツなワシ・・・」
「そんなことシトレンジャー」

などと、ブログの中では普段の会話での表現を使ってしまう。

このように文字で見るだけで口調が通じる言葉はいいが、
そうでない場合は、混乱や誤解を招く。

たとえば、方言がいい例だ。
全国的に通じるようになった関西弁などだと見るだけで通じるだろう。
「なんでやねん」や「しばいたろか」は間違いようがない。
では、次のセリフを見るだけでニュアンスが通じるだろうか。

「つらなことしとるわよ」

これはうちの母がよくつかう言葉だ。
意味は私が良く言われそうなことだ。
おそらく、ウチの近くに住む人でもわかりにくいのではないか。
それでも、実際に言っているのを聞くと、なんとなく通じるものだ。
話す、という行為は使った文章以上に情報を含んでいるのだ。


さて、私は以前、ネット上で知り合った人に女性だと思われたことがある。
“こみ”という名前で、
「~なのよ」とか、
「~したわ」
という言葉使いをしていたからだ。

これらは、普段のおしゃべりの中に普通に出てくる。
私だけでなく、みんなが使っている。
ただ、イントネーションがないから文章ではうまく伝わらないのだ。
長いセリフにしたら、この語尾の漢字がわかってもらえるだろうか。

(例文)
「節約節約って言うとるくせに、今日あいつの弁当みたらウナギなのよ」

わかってもらえるだろうか。

「~したわ」の方の問題点は「わ」にある。
普通に考えたら女性的な語尾だ。
ただ「~だわ」というのは名古屋弁では一般的だ。
名古屋出身の政治家が良く使っているのを見た人もいるのではないだろうか。

「オレも一生懸命やっとるんだわ」

なんて感じだ。
こうなるとむしろ男言葉だ。
名古屋は隣県なので、私の話し言葉に名古屋エッセンスがないとは言えない。
語尾の「わ」は小学生のころ、言い争いによく出てきた。

「お前、夏休みの宿題まだやってないやろ」
「もうやってあるわ!」

こんな雰囲気で私は「~したわ」と言っているのだ。
まだわかりにくい?
では一番世間に広まっている例をあげるとしよう。
あなたは悪代官だ。
感情をこめてこのセリフを口に出して言ってみよう。

「ちょこざいな、返り討ちにしてくれるわ!」

この「わ」だ。
これでわかってもらえただろう。
しかし、私はどんな状況でこんなセリフを使ったのだろう。
さっぱりわからんわ。






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だって話題が
朝4:45。
目覚ましのアラームを止めるとともに、私の頭はぐるぐる回転する。
今日のブログは何を書こう。
そしてウトウトして、眠りに落ちる。

4:50。
アラームを止め、ぐるぐる考え、ウトウトして眠りに落ちる。

4:55。
ピピピピ、ぐるぐる、ウトウトすとん。

今朝は5時10分に起きた。
なにも考えついていない。


何度もここに書いているが、私はよく仮眠をとる。
仮眠をくりかえしているウチに、仮眠が上手になってきた。
短い時間で深く眠れるようになってきたのだ。

朝の用意をし、朝食を食べて、新聞を読んで仮眠をとる。
ケータイの目覚ましは7:43にセットしてある。
で、一度止めて、次に目覚ましが鳴る7:48に起きる。
最近、この5分間が一瞬だ。

テレビの音を聞きながらうつらうつらしているのが気持ちいいのに、
スコンと眠ってアラームでビックリして起きることになる。
なんだか時間がもったいない気がする。


そして今日は土曜日。
棚卸しのため出勤だ。
普段、三人で居る職場に全社員が集まる。
いつもの休憩室には入りきれない。

以前、全員が集まった時も、仕事場の机でみんなが弁当を食べた。
今日も、作業台で塩サバデラックス弁当を食べることになるのだろう。
そのあとみんなでワラワラしゃべって、昼寝をすることはできない。
昼寝って、わずかの時間でも毎日していると、無しでいられない体になるのだ。


さらに厄介な問題がある。
いま、新聞をとりこんできたのだが、ずっしり重い。
土曜の新聞は肉厚だ。
大量のチラシのほかに『土曜版』がはいっている。
これがけっこう面白くて好きだ。

これを読んでいると時間がかかる。
普段なら7:20頃に仮眠に入るのに、これが遅くなってしまうのだ。
昼寝がないのに朝食後の仮眠も短いなんて耐えられない。
こうなったら、更新のあと、朝の準備を始めるまでの仮眠を多く取りたい。
なにかよい手段はないだろうか。


そうだ、ひとつだけ、方法がある。
ひとつだけ・・・






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どうかご勘弁を
明日は会社が合併して初めての棚卸しだ。
ただし、新生わが社全体の棚卸しではなく、
元々私が勤めていた方の会社分だけを調べる。
合併に伴う在庫品の受け渡しがどうとかこうとかだ。

今はあちらが本社で、私のいるところは支社扱いなのだが、
こちらの方が町中にあるので本社機能を移転しようという話もあるらしい。
そのために事務所横の倉庫を片づけて机を置く準備をしている。

在庫品の大移動もしている。
役割分担がまだ手探り状態なので、行ったり来たりのくりかえしだ。
ともかくごたごたとややこしい時期なのだ。


そんな中、いやな噂を聞いた。
本社の予定表には、八月最終土曜は「支社棚卸し」となっているらしいのだが、
その横に、
「早く終わったら日曜はでなくてもいい」
と書いてあるそうだ。

それはいったいどういうことだ。
本来休みである第四土曜を、営業日に棚卸しが無理だから出勤するのだ。
なのになぜ日曜まで出ねばならん。
休日は会社に与えてもらうものではない。
従業員の権利だ。
ワシのものだ。
ワシのものをどうして勝手に使っていいと思っているのだ!

仮に、どうしても日曜も使わないとできないとしよう。
だとして、
「申し訳ないが出てもらえまいか」
というのが当然ではないか。
それも、土曜日だけで終わらせるよう最大限の努力をしてからの話だ。
そしてこちらに用事や予定がないか聞いて、
休日出勤手当を払うことが前提だ。
なんとえらそうな会社だ。


というわけで、私は怒っている。
ここ数日は、上司T、O川と協力して、
棚卸しに照準を合わせた仕事をしている。

デッドストックは本社に置くと社長に言われたので、
数えるのがめんどくさい古い在庫をどんどん本社に送っている。
あちらから持ってくる物は、なるべく同じものを大量にもらうようにした。
在庫表に記入するのが楽だからだ。

荷物の置き場所も大移動している。
本来はよく出る商品を出しやすいところに置いてあるのだが、
同種のものをひとまとめにした。
ややこしいものは処分した。

ともかく、この数日で「仕事がしやすい環境」から
「棚卸しがしやすい環境」に組み替えたのだ。
なんと一生懸命働いたことか。
うっかり残業してしまうとこだったわ。

そんな作業の最中に、会長(元わが社の社長)の奥さんが、
隣の弁当屋のメニューを持ってやってきた。
棚卸し当日は弁当が出るらしい。
うぬう、そんなことでだまされはせんぞ。
とりあえず塩サバデラックス弁当で。






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セットしろや
まだまだ暑い日が続いているが、季節は確実に秋に向かっている。
夏至からもう二か月が過ぎた。
日が短くなったことが肌で感じられる。

なにしろ朝が暗い。
最近は五時ごろ起きるのだが、曇っていたりすると真っ暗な気がする。
でも、照明はつけない。
起きぬけの目に蛍光灯の光は強すぎる。


私は、起きるとまず自分の部屋に行き、パソコンのコンセントを差し、電源を入れる。
寝室と私の部屋は二階なので、足音を忍ばせて階段を下りる。
おそらくタップダンスをしながらでもちづるは目覚めないだろうが、
一応、そーっと行動する。
気分は暗闇を跳梁する吸血鬼の気分だ。

一階に下りて、ネットの元であるケーブルテレビのスイッチを入れる。
次に洗面所に行き、顔を洗いうがいをする。
この時も明かりはつけない。
そのあと、睡眠時に奪われた水分を補給するため、なにかを飲む。


ぎゃー!
冷蔵庫を開けると中は煌々と明かりがついている。
麦茶だかトマトジュースだかをコップに注ぎ、あわてて戸を閉める。
はあはあはあ、灰になるところだった。

次にトイレに行く。

ぎゃー!
照明をつけずに用を足すと惨劇が起こる可能性があるので、
一応、灯りをつけるのだがこれがまぶしい。
なので、灰にならないよう、細目で夜の不要な水分を出す。

再び二階の自分の部屋に行く。
これでパソコンはちゃんと起動しているはずだ。

ぎゃー!
パソコン画面がまぶしい。
輝度を最低に落とす。
こうしてやっとこんな文章を書き始めるのだ。


夜は昼の明るさに慣れているのでなんとも思わないが、
家の照明って明るすぎるのではないか。
とはいえ、薄暗いと本は読めないし、テレビを見てても目に悪そうだ。
ダイヤル式で照度を変えられる照明ならいいのだが、
各部屋の照明を交換するとなると莫大な費用がかかる。

サングラスか。
朝一番、サングラスをかけて冷蔵庫を開ける男。
何やら怪しい。


そうこうしている間に、外が明るくなってきた。
ちなみに、暗いうちは手元が見えない。
キーボードが黒いのでブラインドタッチの練習をしているようだ。
そのせいで文字を打つのがとても遅い。
全然上達しないのはなぜだ。


さて、そろそろ、一階に下りていくとしよう。
しゃっきりするため、もう一度顔を洗おう。

ぎゃー!
鏡に映った自分の姿がまぶ・・・しくないっ!







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献血もしてます
玄関まわりにはいくつかの植木鉢がある。
たいていはちづるの育てている花だが、私のも三つある。
ひとつはいただきものの種から育てたこどもピーマン。
あとの二つはオジギソウだ。
以前、百円ショップで種を見つけて衝動買いしてしまったものだ。

“オジギソウ”という名を見て、
「ああ、あの触ると動くやつだ」
と気付いた。
こうなったら触ってみたい。
これがそこそこのサイズに育った今、
玄関を出入りするたびにちょっと触ってみる、少年のような私であった。


野菜作りをするようになってから、たくさんの植物を覚えた。
とはいっても、野菜ばかりだ。
男子は花の名前をほとんど知らない。

ヒマワリ、チューリップ、タンポポ・・・もう行き詰ってしまった。
木のものでも、ウメ、サクラ、ボタン、アカタン、アオタン、イノシカチョウ。
すいません、ごまかしました。

あと知っている花といったら、
子供のころ水栽培をしたクロッカス、グラジオラス、シーモンキー。
その辺にあったシロツメクサ。
あちこちに植えられているパンジー。
沖縄のハイビスカス。
アサガオにバラにユリ。
蜜を吸った・・・う~ん、あれは何て名前だったかな。


もっと考えたら思いだせるんだろうが、やはり男子はこの程度だろう。
このほかにも、実物は知らないが、名前だけは知っている花がいくつかある。

たとえば、今話題の『なでしこ』
もちろん「やまとなでしこ」という単語で知っているだけで、
その花が、色も形も山のものか海のものかもどこの馬の骨かもわからない。

甲斐バンドの歌で覚えた『きんぽうげ』も知らない。
花であることさえ最初はわからなかった。


そういう名だけ花の筆頭は、なんといっても『アマリリス』だ。
もちろん出典は、あの異色の唱歌。

♪タ・リ・ラ・リ・ラ・リ・ラ し・ら・べ・は・アマリリス

覚えているのはこの部分だけだが、歌詞に花的要素がなかったような気がする。
今検索してひとつわかった。
「タリタリ~」ではなく「ラリラリ~」だ。
ちょっと天才バカボンがはいってしまった。

それにしても、花的な歌詞は二番にボヤ~っとあるだけではないか。
これではアマリリスが花だとは小学生低学年男子にはわからない。
だいたい『しらべ』ってなんだ。
『しらべ』といえばアマリリスか刑事長(でかちょう)だ。

今、取調室に向かう刑事に刑事長が、
「アマリムリスんなよ」
と言っているシーンを思い浮かべてしまった。
男子ってこんなレベルなのだ。






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ぽわん
ウチの会社は夕方5時半に終わる。
ほとんど残業はない。
5時前には配送の荷物を運送屋さんが取りに来て、
私とO川は片づけと掃除に取り掛かる。

突然、O川が「うわっ」と叫んだ。

「どうした」

「歯が・・・」

「なんや」

「置いてある・・・」

仕事場の入口横に流し台があって、そこの洗面器に部分入れ歯が入っていた。
犯人はもちろん、上司Tだ。

前にも言ったが、上司Tは定年を迎えてパートTになっている。
朝は8時に出勤し、2時までが仕事だ。
たいてい、2時を過ぎてもしばらくはいるのだが、
この日は「歯医者の予約をとってあるから」と言ってあわてて帰った。
その前に歯を磨いていたから、その時はずして忘れていったのだろう。


「なんで歯がなくて気がつかないのだろう」

O川がぽつりと言った。

「ホントに、歯も毛もなしで」

そんなことを言ってゲラゲラ笑っていた。


問題はこれをどうするかだ。

「冷蔵庫で凍らせとこうか」

「上司のマグカップに入れて、機械の上に置いておこうか」

「梱包して自宅に送ってやろうか」

「庭のサボテンに噛みつかせておこうか」

「牙をつけておこうか」

「受話器の代わりに乗せておこうか」

「衣を着せておこうか」

「ケータイのストラップにしようか」

などといろんな案を出して楽しんだが、すべて却下された。
なぜなら、触りたくないからだ。
このまま置いといて、明日の上司の反応を見よう。


「どうせ『歯がどこかいった』ってオロオロするのさ」

というO川の予想。
私は、朝早く来るから、こっそりはめて知らんふりだと思っている。
とりあえず、皆が楽しめるよう、事務所には報告しておいた。

なにはともあれ片づけだ。
出してあるものをしまい、掃除をし、
フォークリフトを充電し、機械の電源を切る。
私のケータイが、もう帰っていい時間だとプルプル鳴った。
あとは明かりを消して帰るだけだ。


O川が「うわっ」と叫んだ。

「どうした」

「歯があるの忘れとった」

こいつの頭もけっこうヌケサクだ。







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今はまだビンビンよ
私の父親は船に乗っていた。
一度出張に行くと何カ月も帰ってこないことがあった。
今思うと家にいたことの方が少なかったような気がする。
物心ついたときからそうだったから、もうそういうものだと思っていた。

私がまだ学校に通い始める前のことだと思う。
ある日、親父が私をどこかに連れだした。
連れて行かれたのは父の会社のある岸壁だ。
釣りに行ったり、船から金や餅を撒く行事に行ったことがある。

その日は、どこに何をしに行くのか知らないが、大きな船の出港日だった。
出港する船と港で見送る人がたくさんの色とりどりの紙テープで別れを惜しむ、
まさに船出の大イベントだ。

岸壁は人でごったがえしていて、船の甲板にもずらりと人が並んでいた。
乗組員たちは陸に向かって紙テープを投げ、
その放物線はちゃんと空中にカラフルな軌跡を残す。
船の最後部は七夕祭りの飾りで陸とつながっているようだ。


ポーンと飛んできた紙テープを親父が拾って私にくれた。
忘れもしない、紫の紙テープだ。
船に乗ってこれから遠くに行く人とつながっている紙テープ。

渡された瞬間、私はこれが欲しいと思ってしまった。
なにしろ年端もいかぬ子供のことだ。
きれいに巻かれた紫色の紙テープは、どんな宝物に思えたことだろう。

しかも、事は切羽詰まっている。
なにしろこの宝物の紙テープは見る間に減っていく。
出港したばかりの大きな船はゆっくりに見えているがけっこうな加速をしている。

別にテープを切る必要はない。
指を通してカラカラ回っているテープの動きを止めればテープは切れる。
残った分は私のものだ。

私は、テープの動きを止めた。
すぐにテープはどこかで切れた。
親父が、
「あー、なんや、切ってしもたんか」
と言ったのを覚えている。


このときの記憶は断片だ。
しかし、こういうことがあったのは事実だ。
その証拠に、紫の紙テープは、そのあと何年も私の手元にあった。
幼いながらもうしろめたい気持になったのも覚えている。
アレを投げた人はガッカリしたのではないかと心配になった。

とはいえ、このことを思い出すことなんてほとんどない。
紙テープを見ても、テレビで出港シーンを見ても、思い出したりしない。
なんのはずみで記憶がよみがえってきたのだろう。


なにかのはずみで腰を痛めた。
ちょっとゴロゴロしすぎたのかもしれない。
しかし私にはわかっている。
あの時、わざと紙テープを切ったバチが当たったのだ。

関係ないことはない。
シップつながりで。






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かたづけるように
我が家は今、乾麺長者だ。
ダイエットや休肝日のためにちづるが箱買いした蕎麦。
ウチの実家から貰ったそうめんとひやむぎ。
どこかの名物のうどんみたいに太いひやむぎもある。
そして、ちづるの実家からいただいた木箱に入ったそうめん。
ひょっとして食べたくなるかもしれないと買ったパスタ。

なのに麺つゆはそばつゆだけだ。
ちづるが安売りのをまとめ買いしてきた。
そうめんつゆも好きなのだが、このそばつゆが無くなる頃には、
あったかい麺類が恋しくなっていることだろう。


そばを茹でたときはぶっかけだ。
丼で、ネギや天かすや刻み海苔を乗せてつゆをかける。
ざるそばにすると洗い物が増えるからだ。

よく、ざるそばのつゆは半分ぐらいまでつけて食べるのが粋だ、
なんてことをいうひとがいるが、それはどうなのだろう。
自分がそれを粋だと思って実行しているのはいいのだが、
それを口に出して言ってしまったら、
「オレのこと、粋って言って~」
って要請しているみたいで野暮じゃないか。

最近なにかの記事で読んだのだが、
あれは訛りが強くて江戸弁がうまくしゃべれなかった噺家が、
なんとか粋に見せようと考案した方法だそうだ。
店によってつゆの濃さも違うだろうし、人の好みもそれぞれだ。
せっかくお好みの量のつゆをつけられるシステムなのに、
どうして「これが正解」なんて言われなくてはならないのか。

そういう“粋派”の人たちは、そうめんはどうやって食べるのだろう。

そうめんとそばの一番の違いは、水に浸かっているかいないかだ。
そばの麺つゆは食べているとどんどん減っていくが、そうめんつゆは薄くなっていく。
当然、食べ方も違ってくるはずだ。


私は、そばをとっぷりつゆにつけてしまうとちょっと辛いので、
七分目ぐらいまでつけるのが好きだ。
ただし、それだと薬味があまり付いてこない。
ネギに天かす、場合によってはウズラの玉子が入っているところもあるが、
麺の尻尾が浸かるだけだと、薬味は水面で右往左往しているだけだ。

だから無理してとっぷり浸ける。
そして薬味を付着させて、辛いと思いつつ食べる。
ウズラの白身をずるるなんて巻き込むと、それで辛さが中和されていい感じだ。

その点、そうめんは水が役立ってくれる。
最初は七分目で食べる。
何回か箸の行き来があると、水気でつゆが薄まってくる。
そうしたらとっぷりつければいいのだ。
最初は麺だけ、次は薬味と、そして最後は薄くなったつゆを飲みながら、
まるで、ひつまぶしのような醍醐味だ。


しかし、ちづるは違う。
麺つゆが薄まるのを極端にいやがる。
だから、器からそうめんを箸でとると、全体が水面から離れる高さまで持ち上げる。
そしてそのまま、じっと水が切れるのを待つ。
まるで電池が切れたように動かない。

いつもひとつのボールから二人で食べているので、これはとてもじゃまだ。
そうめんなんてチャッチャッチャッのゾッゾッゾッと勢いで食べるのものではないか。
なのにいつまでも水面に“神龍登場”みたいに居られては困る。

そう言うと、いつもちづるは、
「薄くなったつゆなんかで食べられない」
と私を睨む。

さてみなさん、私とちづる、どっちが粋?






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これは通じまい
この夏の三つのキーワードは、節電、酷暑、緑のカーテンだ。
流行に敏感な我が家でももちろん緑のカーテンを採用した。
節電も何も、リビングのエアコンは数年前から故障したままだ。
故障したのが秋で、翌年が冷夏だったのでそのまま放置していた。

とはいえ暑さはやってくる。
せめてくつろぎのスペースである居間ぐらい、快適に過ごしたい。
扇風機とアイスノンではいかにも弱すぎる。
戸を開け放しても外から見えず、ギラギラお日さまの光を遮断し、
涼しい風だけを通す緑のカーテンはうってつけだ。

もちろん使われるのはツル性の植物だ。
ウチの庭には勝手に生えてくるツル性植物がある。
“ヘクソカズラ”だ。
これはいやだ。

というわけでなにかを植えなければいけない。
なんといっても一番人気はゴーヤだ。
しかし、ゴーヤは畑にある。
そこでちょっと変ったものをと、ヒョウタンのカーテンをすることにした。

では、現在の我が家の緑のカーテンをご覧に入れよう。

あわれ


緑でもないし、カーテンでもない。
主のいなくなったクモの巣のようだ。

千成ヒョウタンが育ち始めた7月のある日、強い台風がやってきた。
ネットは無事だったのだが、風に振られまくったヒョウタンは枯れてしまった。
その時の惨状を一個だけ実っていたヒョウタンが物語っている。
こんなにからみつくほど振り回されたのだ。

悲惨


これは内側から撮った写真なのだが、後ろに緑のじゅうたんが見えていると思う。
ご存じ、雑草だ。
花壇にワイルドフラワーミックスという種を蒔いたので、
雑草と区別ができず、抜くに抜けなくてこうなってしまった。
そして、そこに植えられたちづるのアサガオは、雑草に負けてしまって育てない。

最初の写真の左側、植木鉢からひょろりと生えたゴーヤは、
勝手に生えてきたのを引っこ抜いて植木鉢に植えたものだ。
ヒョウタンがダメとわかって、あとからここに置いたのだがぜんぜん育たない。
実は付いたのだが、3センチぐらいから大きくならない。


こうなるとこのアサガオとゴーヤが恨めしい。
いっそ枯れたら、あるいは最初からなかったら、とっくにネットを片づけているのだ。
ベランダから庭にネットが張ってあったら、
緑のカーテンをしようとしたのがご近所さんにも丸わかりではないか。

なのにカーテンになってない。
誰でもできると評判の緑のカーテンを失敗した家と、表札を出しているようなものだ。
野菜を作っていることも知られているのに、なんという恥さらし。

しかし、まだ生きているアサガオとゴーヤ、ちぎってしまうのも気がひける。
なので、緑の“カーテンを束ねるヒモ”だと思うことにした。
ご近所さんにわかってもらえるだろうか。






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わかりにくいな
話はさかのぼってお盆休みの最終日。
ちづるは出勤したことだし、一日ぐらいはと思って畑に行った。
ダラダラ癖がついているので出かけたのは10時前。
炎天下だ。

ヘロヘロになって家に帰り、シャワーを浴びて、そうめんを食べた。
疲れたあと、さっぱりしておなかがいっぱいときたら昼寝だ。
普段、仕事に行っている日でも、昼休みに20分ぐらい寝る。
このぐらいの睡眠は脳の休息になり、元気になるらしい。

ただし、30分以上寝ると、逆に体がだれてしまう。
それどころか、目覚めれば夕方、なんてことになりかねない。
ここはきっちりタイマーをかけて20分寝るとしよう。


寝ると言っても寝床でスヤスヤするわけではない。
いつもテレビを見ている位置で、半分折りのザブトンを枕にうとうとするだけだ。
下は板間にゴザ系の敷物。
汗をかくのでスポーツタオルを敷いている。

ケータイのアラームをわざわざ合わすのは面倒なので、
冷蔵庫に磁石で張り付けてあるキッチンタイマーを使うことにした。
けっこうな爆音なので、少々離れていても起きられるだろう。
台所に行って20分セット。


しまった。
どうせ台所に立ってくるのなら、そうめんの食器を持ってくればよかった。
ウカツなワシめ。
仕方ないから運んでおこう。

ゴロリと横になる。
背中が痛い。
スポーツタオルがしわになっていてそこが背骨に当たる。
今歩いてきたのだから見たはずなのになぜ直さない。
ガサツなワシめ。


タオルを平面にして、ザブトンの位置を確認しファラオのように寝転ぶ。

うとっ

テレビの音が気になる。
やっぱり消しておこう。
リモコンは・・・テーブルの上だ。
ええい、マヌケなワシめ!
起き上がってリモコンの電源ボタンを押してテレビを消した。
ビシッて消した。


再び、森の美女のように寝転ぶ。

うとっ

暑い。
扇風機の風が来ない。
いや、風があることは感じるのだが、私に当たっていない。
そうか、座っている私には風が命中していたのだが、
私が寝転んだため、体の上空を風が通っていくのだ。
偏西風か。

扇風機には、もちろん手は届かない。
うがー、ワシめ!
起きていって、強引に扇風機をうなだれさせる。


ずいぶん時間がたってしまった。
もう一度タイマーセットし直したいぐらいだ。
今度こそ、安らかに寝転ぶ。
ふう~っと息を抜く。

うとっ

♪ぴんちゃらぴんちゃら~
なんだっこの音楽は?
ワシのケータイの目覚ましではないか。
そうだ、今日は日曜ではなかった。
時計を見ると昼休みの終わる時間。
普段の昼寝用の目覚ましだー!

で、ケータイはどこだ?
台所横のカバンの中だー!






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ベルをもいでやる
昨日は二日酔いだったので朝食を食べずに出勤し、
お昼はおにぎり一個だけ。
なのに夕方にはちゃんとビールが飲みたくなる。

いやいや、こんなことを繰り返していたら、体のどこかと家計に響く。
そこで私は考えた。
ま、暑い時期だからビールの一杯二杯は仕方ないとして、
そのあとダラダラ飲むのがいかん。

幸い家にはそうめんやひやむぎやそばが豊富だ。
ビールをグーっといったら、その麺類をぞぞーっといこう。
おなかが膨れたらそうは飲めまい。
ダイエットにも効果があるはずだ。

この案をちづるに伝えたところ、
「お前が前にそう言うたからそばを買うたんじゃーい!」
と、逆上された。
やはり二日酔いの状態でアルコール抜きの案を出してもダメね。


とはいえ今日は一日調子が悪かったのだ。
アルコールを抜こうではないか。
ノンアルコールビールをググーっとやって、そのあとはそうめんだ。
なんで家にノンアルコールビールがあるかというと、
ノンアルコールビールをググーっとやって、そのあと麺類を食べるダイエット、
というのを以前考えたからだ。

このノンアルコールビール、ひとつだけちづるにきつく言われていることがある。
それは、決して酔っている時に飲んではならない、ということだ。
飲まないためのノンアルコール、飲んだあとに飲んではいけない。
なにしろ、発泡酒より高いのだ。
だから、一杯でも飲んでいたらほかのものを飲めと言われる。
唯一ちづるが酒を飲めという場面だ。


そんなこんなで夕食はそうめんを茹でた。
木の箱に入ったもらいものがあるので遠慮なく8把使った。
なぜ8把か。
私はとてもそうめんが好きなのだが、以前10把茹でたら二人で食べきれなかったのだ。

おなかいっぱいになった。
ビールの2リットルは飲めても水の2リットルは飲めないと言われている。
どうもノンアルコールビールはビールよりも水に近いのではないか。
ものすごく腹に溜まった。


シャワーを浴びて寝床に入ってもまだ苦しい。
しかも、ほぼ毎日摂取していたアルコールを摂ってない。
なかなか寝付けないのも当然だ。

ちょっと本を読んでみたり、冷房の温度を下げてみたりする。
トイレに行きたいよな気がしてきて、そうなるとトイレに行くまで落ち着かない。
時計を見たら1時過ぎだった。

エアコンが切れたのを知らないから、少しうつらうつらしたのだろう。
気がついたのは3時過ぎ。
気になったのでトイレに行った。
で、階段で足をくじいた。


苦労して寝室に戻り、寝床に着く。
目が覚めたら5時45分だった。
セットしたタイマーのちょうど1時間後だ。
あのあと深く眠ってしまって目覚ましに気付かなかったのか?
確かめたらタイマーセットしてなかった。


うおおおー、なにもかもくりかえしやないかー!







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ぴぎゃー
盆休みの最終日、
ちづるは出勤して冷房まみれだというのに、
私は畑に行った。

トウモロコシの残骸を片付けて、
あとはひたすら草取り。






しんどい







家に帰ってシャワーを浴びてそうめん食べて昼寝。
それにしても暑い。
ちづるが冷房まみれだというのに、私のこのひどい境遇。

そりゃ、ビールも飲みたくなるはずだ。
ちょっと早い時間から出かけて、
まあいろいろあって・・・






つらい







出勤したくない・・・





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私の理想のひとつに、推理小説のトリックを全部知りたい、というのがある。
もちろん、全ての推理小説を読むことは不可能だし、そんなつもりもない。
わざわざまずい料理を食べる必要がないように、
つまらないトリックは知る必要がないのだ。

実際、よく似たようなトリックは何度も使われているし、
苦し紛れの無茶なものにも何度か出合った。
私がトリックを知りたいを言うのは、
「よくぞ、こんなことを考えたものだ」と感心したいのだ。
だから、感心できない作品は省いて、名作から順に読んで行けばいい。

そのために、私は推理小説の紹介本を読む。
ベスト100だとか、ジャンル別名作解説など目に付くと買ってしまう。
それらは寝床から手の届くところに置いてあって、
寝られない日や、はやく寝床に入った日に開いている。
その中で一番古い一冊には、掲載されている本を読み終わるたびに印をつけているが、
読み終わっているのは三分の一ぐらいだ。


読んでない本には読んでない理由がある。
一番わかりやすい理由は、興味がわかないことだ。
最近は、推理小説というよりミステリーと呼ばれることの方が多い。
ただ、この『ミステリー』にはSFやホラーも含まれているらしい。
なにしろ知りたいのがトリックなので、それらは私にとってジャンル外だ。

推理小説と呼ばれる中でも、スパイものやハードボイルドは好きじゃない。
冒険したり、時刻表とにらめっこしたりするのもまっぴらだ。
知らないうちに映画化されてて、うっかり見ちゃったというのもある。
タイトルが変えられてたりするとわからない。
こうなると記憶が無くなるまで読み始めたくない。


もう一つの理由、それは手に入らないことだ。
一時期はそういう本を求めて、県内の古本屋をはしごしたこともある。
インターネットを始めて、探し物は楽になったが、
それでも見つからないものは見つからない。
絶版だの廃版だの売り切れ中だの再版未定だの、
版権を持っている出版社は読者に対する責任を持て、と言いたい。


で、つい最近のこと、
マイベスト読みたいのに手に入らない本、
ヘレン・マクロイの『暗い鏡の中で』が、ついに創元推理文庫から復刊された。
『100冊の徹夜本』という本ではトップで紹介されている幻の名作だ。
新刊紹介でそれを見つけた時は思わず声をあげてしまった。

これから読む人のために内容は書けないが、
発表が1950年なので、全体に古めかしい。
今読むとトリックにも新鮮さは感じないが、読んでよかった。
これは知っておかなくてはならない古典だと思った。


さて、こういう名作を読み逃している理由がもう一つある。
読まなくていい本を読んでいるからだ。
最初に「まずい料理は食べる必要がない」と書いたが、
「あまりにまず過ぎてびっくり」
と言われると食べてみたくなるではないか。

それと同じで、私はこういう売り文句に弱い。
「究極のバカミステリー、あなたはこのトリックを許せるか?」
こう言われたら読まずにいられない。
またこの手合いは、薄くて字が大きくて読みやすいのだ。

そういった理由で私は名作を読む時間を割いて、駄作をたくさん読んできた。
それにしても、そういう本の方がよく覚えているのはなぜだろう。






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銅像になろう
家にいても暑い、という理由であてもなく出かけた。
だいたいあちら方面へ、と風に吹かれて行き、その辺で食事。
あとは自然と、このホームセンターとこのショッピングセンター、
と、だいたいいつも通りのコースに決まる。

ショッピングセンター内では行くお店も決まっている。
食器やら文房具やら本やら布やら見て、一通り歩いた。
館内は冷房が効いているとはいえ、これは結構な運動量だ。
のどが渇いたので、センター内に出店している某喫茶チェーン店に入ることにした。
数年前から県内のあちこちに進出してきている中部地方では有名な店だ。


が、ない。
その店があった場所はガラーンとしていて、催事場のようになっている。
前には衝立が置かれて入ることはできない。
いかにもテナント待ちの様相だ。
撤退したのだろうか。
したのだ。


我々の気持ちはもう冷たいものに走っている。
飢えと渇きは極限状態だ。
いつの間に空腹になったのか知らないが。

ほかのお店を探す。
うどん、中華、ラーメン、バイキング、パン、たこ焼き、おはぎ。
のどを潤す店はないのか。

レストラン街をあきらめた私たちは、もしかしてと思い、
フードコートに行ってみた。
いつもは子供の阿鼻叫喚で近寄らないことにしている一帯だ。
食事時間はとうに過ぎているから空いているかもしれない。

アイスクリーム屋があり、うどん屋があり、
サンドイッチ的な店があり、こちらの人には有名な『スガキヤ」がある。
その向こう側にもう一つ店があるような雰囲気だ。
このショッピングセンターには何度も来ているが、
まだ通ったことのない一角だ。


そこにあったのが、なんとジュース屋さんだった。
いろんな果物をミキサーでジュースにしてくれるらしい。
カラカラのカスカスになっている私たちにまさにおあつらえ向きの店だ。

ただし、少々お高い。
Mサイズでも、ちょっと戻ればうどんが食べられる値段だ。
とはいえ、生ジュースなら仕方ない。
たくさんのメニューの中から、ちづるはレモンスカッシュ、
私はパイナップルのジュースを選んだ。

出てきたものは予想外、ものすごくどろりとしている。
つまりは果肉がたっぷりなのだ。
眉間にくさびを打ち込まれるぐらい冷たくて、なのに氷が入っていない。
これは結構お得かも。
アイスコーヒーだって400円ぐらいはするだろう。

ちづるもこの店が気に入ったようだ。
また来て、いろんなメニューを注文してみたい。
今のおススメはスイカとモモらしい。
ポスターが貼ってあった。


そういえばこの夏はまだスイカを食べてないぞ。
いや、ちょっと食べたかもしれないが、堪能してないぞ。
モモも食べてないぞ。

ああー、それよりなにより、まだうなぎを食べてないではないか。
これはジュースはいやだが。






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顔が空色
たとえば、私の大好きなビールは、
キリン、アサヒ、サッポロ、サントリーの四社でシェアはほぼ100%だ。
バイクなら、カワサキ、ホンダ、ヤマハ、スズキだ。
季節なら春夏秋冬、方角なら東西南北と、
世の中の事柄はほとんどが四つに分けられる。

『喜怒哀楽』という言葉がある。
人間の感情も、喜び、怒り、哀しみ、楽しみの四種類に分類されているのだ。
問題はそれぞれのシェアだ。
どうせなら、怒りや悲しみより喜び、楽しみが多い方がいい。
自分の喜怒哀楽のシェアを考えてみた。


一番少ないのは『哀』だろう。
私が哀しいと思うようなことと言えば、野菜の不出来ぐらいだろうか。
幸いなことに、身の周りに嘆き悲しむようなことは起こっていない。
わたしにとっての『哀」は「がっかり」ぐらいのレベルだ。

次に少ないのは『喜』だ。
そこそこ愉快には暮らしているはずだが、「やったー」と飛びあがるようなこともない。
賭け事もしないし、スポーツで応援しているチームもない。
どうも暮らし方が淡白なような気がする。

『楽』はかなり多い。
飲みに行ったり、野菜作ったり、落語を聞いたり、お出かけしたり、
インターネットしたり、本を読んだり、サウナでさっぱりしたり、無駄遣いしたり、
考えてみれば好きなことをして暮らしている。
職場も家も居心地がいいと思っている。

そうなると一番が『怒』になる。
これは普段から怒ってばかりいるということではない。
『怒』という感情は強いのだ。
『喜』や『楽』はくりかえされるとだんだん慣れていき、そのありがたみは薄れてくる。
しかし『怒』は、その原因が取り除かれない限り継続、あるいは増幅する。


その私の『怒』も四つに分類できる。
まずは「世の中」
誰でも同じだと思うが、政治や事件から身の周りのマナーの悪さまで、
世の中には怒りの元がごろごろ転がっている。

次に仕事。
職場は居心地がいいと書いたが、これは矛盾しない。
同僚や作業に不満はないのだが、段取りが狂ったり無茶を言われることは多い。
仕事には腹の立つことがツキモノなのだ。

そして暑さ。
暑くてイライラするから涼みに行こうと、冷房の効いた施設を目指すと、
みんな同じことを考えるのか、どこも混雑している。
混雑は暑苦しい。
ほかの人は来るな。

最後は地域。
何度も書いているが、ドブ掃除への怒りだ。
えらいもので何年たってもおさまらない。
それを考え始めると・・・いかんいかん。


このように、世の中のあらゆることは四本柱なのだ。
四本と言えば、そう、ヨンホンゲだ。
実はあのヨンホンゲ、この世のすべてはたった四つで成立しているということを、
身をもって表しているのだ。
たった四つで。


今、私の『哀』なことに気付いてしまった。






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三桁はあこがれ
今日は盆休みの初日だ。
なのに土曜日だ。
盆休みが土日と重なるのはとてもくやしい。
損をしたような気になる。
いや、損だ。


今日が盆休み初日ということは、昨日は連休前日だ。
当然飲みに行く。
もちろん常連さんがいっぱいいて、
やっぱり飲み過ぎる。

休日が二日酔いというのはすごく、損をしたような気になる。
いや、損だ。


御盆休みなので我々も帰省する。
帰省と言っても隣の市だ。
ただ実家に行くだけだ。

実家に行くといつもお寿司をとってくれる。
回らない寿司屋からだ。
自腹ではなかなか食べられない奴だ。

このお寿司が食べられなかったとしたら、
それは絶対に損だ。

なので、今から少し寝て実家に行ってきます。







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なんでこうなるかなあ
連日こればっかりで申し訳ないんだけど、暑ーい。
とはいえ、暑い暑いと言っているうちはまだましだ。
アセモやミズムシぐらいなら我慢しなければならない。
今、一番怖いのは熱中症だ。

私が子供の頃は“日射病に気をつけろ”と言われたものだが、
それとはまた理屈が違うのだろうか。
確か熱射病という呼び名もあったはずだ。

日射病の応急処置というのを覚えている。
確か、濡れた毛布で体を包み、いらないというまで水を飲ませるというものだった。
当時、子供ながらに、
「この暑い時期に誰が毛布なんか持っているのか」
と思っていたっけ。


つい二日ほど前、O川がいつものように配達から帰ってきた。
見たら顔が真っ赤で、小さな目がショボショボしている。
得意先でいらなくなったパレットを引き取るように言われ、
トラックに積み込むのに幌の中に30分ほどいたのだそうだ。

自分でも「これはやばい」と思ったので、すぐに近くの自販機でスポーツ飲料を、
買ったつもりがボーッとしていたせいか『超炭酸』なんてのを買ってしまったそうだ。
グーっと飲めなくて困ったと言っていた。


この熱射病、炎天下や幌の中でなくてもなることがあるという。
屋内で普通の生活をしていても倒れる例が後を絶たない。
エアコンの風が当たる場所以外、冷房の効いていないわが職場。
仕事が忙しいと確かに体がヘンになる。

昨日の午後のことだ。
早番の上司Tが帰った後、なんだか調子が悪くなってきた。
体がだるくて、背中が痛いような気がする。
普段の生活態度から、背中が痛いとまず肝臓を心配する。

実は毎朝飲んでいた“ウコン牡蠣エキスシジミ入り”が数日前になくなった。
薬じゃないからまあいいかと思っていたが、
やはり、ついビールを飲んでしまうこの時期、影響が出てきたかと気になった。
しかし、どこが痛いとはっきりしたことはわからない。
ひょっとしたら腰かもしれない。

ちょっと手を止め、冷静になって自分の体のリサーチをしてみる。
なんとなく軽い吐き気を感じる。
どこが痛いのか探るため、自分で指圧をして確かめる。
あちこち探った結果、どうやら痛いのはおなかの方だ。


はっ、そうだ!
ゆうべ久しぶりに筋トレをしたのだった。
おなかが痛いのは腹筋の筋肉痛だ。
体がだるいのは腕立て伏せのせいだ。

人間の体って不思議なものだなあ。
そうだとわかったとたん、吐き気だと思っていたのが空腹なのだと気がついた。
会社帰りにサウナに行って、夜はビール飲んだ。







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三日目だよ
みなさん、暑中お見舞い申し上げます。

え?立秋を過ぎたら残暑見舞い?
そんなはずはない!
こんなに暑いのにもうすでに秋で、
夏の暑さが残ってるだけだなんて信じられない。
ゼッタイ今は真っ暑中だ!

残り物のカレーはおいしい。
今の時期だと暖かいごはんに冷たいカレーをかけたり、
またその逆をしてもおいしい。
しかし、今のカレーはまだ煮込み中だ。

異常気象と言われてから久しいが、毎年言っている。
毎年異常ならそれが正常だ。
つまり、変化してきたのだ。
どこかの誰かが大昔に「今日から秋ね」などと決めたとしても、
それがずっと続くなんて考えてはいけない。

人間だってそうだ。
○○才になったから今日から大人、なんて決められない。
初めて立ったとか、毛が生えたとか、血糖値が高いことが判明したとか、
みな人それぞれだ。
人間が決める法律ですら、結婚、飲酒喫煙、選挙権、処罰の対象などまちまちで、
はっきりした大人への境は決められないでいる。


なのに「今日から秋」だと。
調べてみたら、だいたい8月の7日か8日が立秋らしい。
7日か8日か、どうやって決めているのだ。
そこはあいまいではないか。
話は違うが、八月八日はその字面から『ヒゲの日』だそうだ。
暑苦しい。

そもそも日本は縦に長い。
桜もセミの声も初雪も列島を徐々に進んでいくものだ。
だが、暦は一気に替わる。
日本中の人が一斉に日めくりをちぎる。
そんな風に秋が来るはずがない。

人間だってそうだ。
足の親指にはおっさんの毛が生えているのに、
顔には青春の証明ニキビができていたりする。
腹筋はパキパキに割れているのに、ひざの軟骨はすり減ってる人もいる。
毎日文章を書いているのに、こうやってたとえを失敗する人もいる。
それもこれも暑さのせいだ。


私が仕事で使っている機械は、すべりを良くするために毎日拭いている。
昨日、昼休みが終わって休憩室から職場に来たら、機械の上でO川が寝ていた。
鉄の塊だから冷たくて気持ちがいいのだ。
私はそうっと近づいて、そのままO川で機械を拭いてやった。
「やめてーやめてー」と言っていた。


というわけで、まだまだ暑中お見舞い申し上げます。







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夏休みほしい
暑いだるい眠い。
一気に言ってみたが、暑いから眠れずだるいのかもしれない。
ここしばらく睡眠の質と量が良くない気がする。

ともかく夜中によく目が覚める。
エアコンのタイマーが切れて目が覚め、
乾燥するのでのどが渇いて目が覚め、
水分を摂ったのでトイレに行きたくなって目が覚める。

目は覚めるのだがもちろん眠い。
「まあいいや、このまま寝ちゃえ」
と思うのだが、なんだか気になって寝つけず、
しばらくぐずぐずしてから起きる羽目になる。

エアコンが切れたときにお茶を飲んでトイレも行っておけばいいのだが、
目が覚めるのと起き上がるのでは運動量が格段にちがう。
エアコンのスイッチを入れ直した時に、起きていくのはいやだ。
お茶を飲んだついでになるべくトイレに行くのだが、
飲んだお茶が出てくるのはしばらくあとだ。
それならいっそ朝までおとなしくたまっていてもらいたい。


夜中にこんなことをしているので、起きなければいけない時間に起きにくい。
今は目覚ましを4時45分にセットしてあるのだが、
今朝はアラームを5回止めて、5時5分に起きた。

で、こんなことを書いているのだが、
『眠い』以外になにも思いつかない。
眠い時にいかに眠いかを述べるというのは妙な話だ。
寝たいわい。


睡眠を分断されるのはとても不愉快だが、
起きている状態を分断するのはとても愉快だ。
つまりは仮眠のことだ。

今まで何度も言ってきたが、私の座右の銘は「早寝早起きプラス仮眠」だ。
座右の銘は今考えたのだが、仮眠好きは本当だ。
今や一日で一番好きな時間は出勤前の仮眠と言っても過言ではない。
過眠したいというのが仮言なぐらいだ。
なんのこっちゃ。

仮眠というのも慣れてくるとうまく寝られるようになってくるものだ。
更新後、朝食までの仮眠。
朝食後、出勤までの仮眠。
昼休みの仮眠。
みんな素早く深く眠れるようになってきた。

ちなみに、私のケータイはタイマーが五つセットできるが、
仕事終わりの時間以外はすべて仮眠の目覚ましだ。
仮眠は目覚ましがないと安心して寝られないのだ。


さて、仮眠も慣れると上手になると言ったが、
仮眠を毎日とっていると、仮眠無しではいられなくなる。
つまり休日のことだ。
普段より朝寝するのだが、昼間に眠くなってくる。
休日には昼休みがないからだ。

で、昼寝をする。
休日の昼寝はタイマーをセットしない。
こうして、休日の午後はなくなってしまったりする。


オチがついていないが、こんな時間になってしまった。
朝食まで仮眠したいのでこれで終わりにしよう。
こんな感じでレスが遅くなっていてすいません。







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夢なの?
久しぶりに長い本を読んだ。
山田風太郎の連作短編集『警視庁草子』だ。
江戸から明治に時代が変わり、新しく設立された警察機構を、
かつての奉行、同心、岡っ引きらが事件にかかわり煙に巻く話だ。

登場人物が豪華で、西郷隆盛、大久保利通ら歴史的人物から、
三遊亭円朝、清水の次郎長、高橋お伝、など、
当時の有名人が虚実入り乱れて総出演だ。
そこにミステリーやら怪談やらの要素が入り、
連作短編と書いたが、最終的にはひとつの大きな話となり、
えーと、どう行ったらいいのかわからないが、なんかすごい。


この中で、神出鬼没の奉行たちのことを、警察側の幹部は、
『きゃつら』
と呼んでいる。
現場でいばっている巡査から、組織のトップまでが翻弄されて、
「うぬう、きゃつらめ」
と地団太を踏むのだ。

きゃつら、
なんかかっこいい。
きゃつらと呼ばれたい。


さて、どうしたら『きゃつら』と呼ばれるだろう。
辞書で調べてみたら、漢字では「彼奴等」と書くらしい。
かの、やつら、ということだ。

親しみをこめて「あいつら」みたいないみでつかわれることもあるようだが、
そこは謎のグループとして、誰かを悔しがらして『きゃつら』と呼ばれたいではないか。
と、ここまで書いて、いくつかの要素が浮き彫りになってきた。

まず第一に、「ら」がついているのだから、グループでなくてはいけない。
一人なのに「ら」をつけて呼ばれたら、二人分あるみたいでいやだ。

そして「きゃつら」と呼んでくれる人が必要だ。
自分たちがいかに「きゃつら」にふさわしいグループになっても、
そう呼んでくれる人たちが必要だ。
その人たちを悔しがらせなくてはならない。

さらに、その人たちには私たちが「きゃつら」と呼ばれたがっていることを、
知ってもらわなくてはならない。
でないと「あいつら」とか「あのひとたち」とか、
ヘタをしたら勝手にヘンなあだ名をつけて呼ばれるかもしれない。


で、これらの要素を満たしているのはネット界ではなかろうか。
まず、ネットで「きゃつら」のメンバーを募集する。
何人か集まったところで、突然締め切るのだ。
そうすれば、グループになれるし、悔しがらせられるし、
「きゃつら」と呼ばれたいということが相手に伝わる。

しかし、考えてみたら、その相手たちが「きゃつら」と呼ぶのは、
私たちのいないところでの話だ。
面と向かったら「おまえら」に格下げだ。
ああ~、それがわからないのはくやしい~
きゃつらは私たちのことをちゃんと「きゃつら」と呼ぶのだろうか。


※コメントで『カツラ』の使用を禁ずる。






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とくになにもしないよ
昨日、トウモロコシの実をバラいていると電話がかかってきた。
シンセキシンセキとうるさいので『シンセキゼミ』の異名を持つ親父から、
お通夜のお誘いだ。
休みの日なのだから通夜ぐらい出ろということだ。
仕事が忙しいという理由が立たないので出席することになった。

場所は「その手は桑名の焼きハマグリ」で有名な桑名市。
家から高速道路を使って二時間弱の距離だ。
わが三重県で最も名古屋寄りの市だ。

弟の車に乗せてもらって、早めに出発した。
カーナビの到着予定時間は式までたっぷり余裕がある。
途中で夕食を食べて行くことになった。


これが大間違いだった。
ウチから桑名に向かうには伊勢自動車道という高速道路を使うのだが、
途中で大阪方面からの東名阪自動車道と合流し、
さらに数年前、滋賀県経由で大阪京都方面につながる新名神高速も完成した。
簡単に言うと大阪から名古屋に向かう車で渋滞するのだ。

渋滞というのは腹が立つものだ。
もっと腹が立つのはそれをよく知っていたことだ。

私の住む伊勢は観光地だ。
休日の午前中には大勢の人がやってきて、夕方には帰っていく。
ということは、休日に伊勢から出かけ、夕方帰ってくると混雑とは逆になる。
おのぼりさんになって名古屋に行った帰りなど、
反対車線の渋滞を見て優越感に浸っていたものだ。
まさにいつも見ていたその渋滞にはまっているのだ。


こうなると八つ当たりせずにはいられない。
おあつらえ向きなのは、
「目的地まで100分」
なんて甘い到着予定を自信ありげに私たちに教えたカーナビだ。
こいつがまた、イライラする気持ちに拍車をかける。

サービスエリアの出口やインターチェンジに近づくと、
「200メートル先、左側から合流があります」
などと言う。
車の列で見えとるわ。

八つ当たりと言ってもこうやって悪口を言うぐらいしかできない。
弟のだから。


結局、夕食を食べたのは帰りのサービスエリアだった。
食べてる間に蛍の光が流れてきた。
危うく食いっぱぐれるとこだった。

せっかく休日にするのだから、通夜も昼間にやってもらえないだろうか。
特に遠方の時は。






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ケサまでにくい
初めのころは4時半に起きていたのに、
最近、余裕を感じてきたために起きるのが5時になってきた。
それでも出勤までに更新できるぞとつけあがってきたのだ。
今日は休日なので、起きたのは6時前だった。
休みでも朝一番の仕事はブログの更新だ。

しかし今日は特別だ。
更新は後回しだ。
年に一度、朝一番に最優先課題のある日、
トウモロコシの収穫だ。

トウモロコシは夜明けとともに糖度が下がっていくと聞き、
毎年、早朝収穫にでかけている。
平日では辛いし、二週三週と分けるのもしんどいので、
タイミングをみて、一気にやる。
この時間は蚊が多いので、だーっと行って、だーっと採って、だーっと帰ってくる。
そして、すぐ茹でる。


残念なことに、今年は野菜全般の出来が悪い。
トウモロコシも台風にやられて悲惨な状態だ。
休日の雨が多くて、追肥や土寄せもなかなかできなかったし、
受粉のころの天気も良くなかった。
なので、育ちが悪く、実の数も少なくひとつひとつが小さい。

良さそうなところだけを収穫して、なんとか14本。
剥いてみると歯抜けや虫食いが多い。
このトウモロコシに付く虫。
もちろんありがたくはないのだが、この虫はトウモロコシ全体を腐らせはしない。
虫のいるところだけが悪くなる。
だから、粒をバラいたらちゃんと使えるのだ。

朝ごはんのあと、テレビを見ながら一粒一粒実をもじく。
ダラダラしているようだが、これも農作業の一部だ。
サンデーモーニングの間になんとか完了させることができた。

あーんして

これが今年の収穫分。
冷凍して一年間使うのだ。
去年は採れたてをたくさん食べた上に、保存用がこの倍ぐらいはあったはずだ。
だが、我が家は「採れたら食べる主義」なので、これだけあればOKだ。
ああ、よかったよかった。


確か、去年の夏もまったく同じようなことを書いたはずだ。
写真もほぼ一緒ではないだろうか。
それって手抜きなんじゃないのか。

実は今朝の私、二日酔いだったのだ。
なのに起きぬけで畑に行き、トウモロコシを収穫し、
皮をむいて茹でて一粒ずつにバラくという涙ぐましいこの努力。
更新がお昼になっても、内容が雑でも、
「えらい」とほめてくれまいか。






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コーンなにがんばった
鏡やガラスはその透明性が命だ。
たとえば、メガネなど一点の汚れがついただけで頭痛を起こす人もいる。
風呂場の鏡や、冬場の車のフロントガラスなど曇ってくるとイライラする。
曇った窓ガラスにハートなんて描いて喜ぶのは、ファンタジーの中だけの話だ。

ただ、こういう話題は季節外れだ。
窓や鏡が曇るのは主に冬だ。
空気中の水分が冷やされてなんとかだ。

なのに私の車の鏡は年中クモる。
それも助手席側のサイドミラーだけだ。
こんな感じに。

不透明

そう、クモの巣だ。
車を停めている場所の近くに植物が植わっているので、
そこに住むクモが巣を張っていったのかと思っていたが、
拭っても拭っても同じ状態になる。
助手席に乗るちづるは毎回腹を立てていたが、
ある日、ご本人が住んでいることが判明した。

このミラーは電動で向きが変わるので、あちこち動かしてみたら、
ほんの少しだけすき間ができることがあった。
見れば中にいる。
幸いにも私が怖いタイプのクモではないが、
すき間からホースの水を入れたりしてみても、一向に出ていく気配がない。

こうなり初めて、もう二年がたっただろうか。
やつは引きこもりっぱなしだ。
何が腹が立つかと言って、このダダクサな巣の張り方。
幾何学的な美しい巣を張るクモもいるというのに、
この綿菓子の作りかけみたいなのはどうだ。

しかも、それが鏡に映って倍に見えているのだ。
巣が倍に見えた分、鏡としての機能は半分になる。
場合によっては整備不良で警察の厄介になる可能性もあるのではないか。


そうは言いながら、ここの住人の状況も心配だ。
果たしてこの巣でえさが捕れるのだろうか。
わざわざここへ這ってくる虫もそうはいないだろう。
飛んでくる虫が狙いだとしたら鏡がきれいな方がいいのではないか。
向こうへ通り抜けられるように見えてこそ、餌になる虫が来るのではないか。

ずっといるということは食いぶちは稼げているということだ。
ひょっとしてこれが絶妙の巣の張り方なのだろうか。
張った糸が鏡で倍に見え、それでいて虫が通り抜けようとする透明度、
それが第三者的な目で見ずにわかるのだろうか。
だとしたら、それはあの美しい巣を張るクモに匹敵する能力だ。


ま、食糧は確保できたとして、出会いはあるのだろうか。
彼か彼女か知らないが、お相手ができる可能性はすごく低いと思う。
それでいいのか。
確かに敵からは身を守れるだろうし、風雨にさらされることもない。
だけど、ずっと独りで過ごすなんて、そんな人生でいいのか。

まあ、こんなところで繁殖されても困るのだが。







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何を急いでた
私は飲みに行くときたいてい独りなのだが、
ときどきちづると行くときがある。
その時はもちろん家計子さんの払いだ。
となれば飲み方も変ってくる。

独りだと注文しないお刺身だとかてんぷらだとか、
なにかこうワクワクするようなモノを頼んでしまう。
懐かしのフォークで歌われた、
♪月に一度の贅沢だけどお酒もちょっぴり飲んだわね
と同じような気分だ。


一番大きな違いは、お酒だ。
普段の私は、最初に生ビールを一杯飲み、
あとは日本酒の冷やになる。
ところがちづるは日本酒を飲まない。
ホントは好きなのだが、次の日に残りやすいというのだ。
そこで焼酎を頼むことになる。

焼酎は一杯ずつ頼むのがめんどくさくて不経済だ。
だからボトルキープをする。
これはありがたい。
なにしろ次に私が独りで訪れても、飲み物が確約されているのだ。


先日、私のいきつけのお店に初めてちづると行った。
ビールで乾杯したあと、芋焼酎を注文。
いつも通りのオンザロックだ。

さて、今まで5~6軒の店で同じことをしてきたが、
この店が今までと違っている点があった。
氷だ。
ほとんどの店が製氷皿で作ったような角氷であったのに、
ここは砕いたブロック氷だったのだ。

大きさも形もまちまちの氷。
できるだけ大きな氷をグラスに入れたい。
そしてできるだけグラスにみっちり入れたい。
もはや意識はおつまみより氷に行っている。

うまいこと詰め込めると焼酎はちょっとしか入らない。
それがうれしい。
お酒がちょっとしか入らなくて喜ぶなんて、他のパターンでは考えられない。
もう話題が氷になってしまった。


角氷と一番違うのは、音だ。
大きな氷は焼酎をそそいだ時、ピキーンと割れる時がある。
まるで音叉が響くような余韻がある。
それを聞くと、つい仕草が男前になってしまう。

これが角氷だと男前になれない。
小さい氷がペキパキボキピキと騒がしい。
全日本鉛筆の芯折り大会か。

しばらくすると氷が少し溶けてきて、グラスの中で動く。
しかも空気を読んで絶妙のタイミングで動く。
ちょうど会話が途切れてフッとしずかになったとき、

   からりん

と鳴る。
焼酎なのに上等のウィスキーのような気になれる。

これが角氷だとこうはいかない。
どこかの声の大きいおっさんがぐははははと笑った瞬間に、
グラスの中で「ぐわしゃ」とくずれる。
誰も気にも留めない。


ああこの店、こんなにいい店だったんだなあ、と思う。
今まで冷やばっかり飲んでたから気付かなかった。
まあ、このボトルがなくなれば、また日本酒に戻るのだが。






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なにかの予感
私の勤めている会社は、伊勢神宮外宮の近くで、
けっこう古くからの町並みが残っている。
その中でも際立って古かった味噌屋さんの蔵が取り壊された。
まことに残念、と思っていたが、なんと、その蔵を利用してラーメン屋ができた。
みそラーメン専門店だ。

数年前、その味噌屋さんの敷地内にパスタ屋さんができた。
そこは蔵風に新しく建てたもので、
その名も『蔵deパスタ』
これの姉妹店ということで『蔵deらーめん』という。

車で会社に行く日は毎日通る道なので、
解体工事が終わり、ラーメン店の看板があがったらすぐちづるに報告した。
ちづるは、ラーメンはみそ派なのだ。
本来、会社帰りでも昼休みでも行ける店なのだが、
ちづるが興味を示したため、休日にいくことになった。


話は少しそれるが、ここまで『味噌』と『みそ』が混在してややこしいが、
私は、味噌自体は『味噌』、ラーメンは『みそラーメン』だと思っている。
だから適当なのではなくて使い分けているのだ。
ちなみに、『塩ラーメン』はOKだが『醤油ラーメン』はNGだ。
ここでは私がルールブックだ。


とりあえず行ってみた。
主要メニューは三種類。
やや濃い口の、伊勢みそらーめんと信州みそらーめん、
濃い口の北海道味噌らーめんだ。
それぞれに野菜ラーメンやねぎラーメン、タンタン麺などがある。
一番豪華なのは分厚いチャーシューが三枚も入ったやつだ。

初日はノーマルに限る。
伊勢みそらーめんと餃子とミニチャーハンを注文した。

チャーハンはふつう。
餃子はなかなか良い。
肝心のラーメンは、太縮れ麺で肉みそが使われてておいしい。
ちづるもかなり気にいったようだ。

ただ、具が少ない。
チャーシューは三枚もいらないが一枚ぐらいは欲しい。
次からはノーマルラーメンにトッピングをすることにしよう。


で、翌週、信州みそらーめんを食べにいった。
ノーマルにチャーシュー一枚と煮卵とコーンをトッピング、
これで970円だ。
これはいい作戦だ。
来週は北海道みそらーめんで、このトッピングにしよう。


この日は土曜日で、上司TとO川は出勤していて、
お昼にこの店に食べに行ったらしい。
O川は信州みそねぎらーめん、上司は北海道チャーシューメンだ。
で、上司は三枚のチャーシューのうち、二枚をO川にあげたそうだ。

それならトッピングすればいいのだが、メニューをよく見ていないのだ。
その証拠に、
「北海道ラーメンは濃い」
と言っていた。
O川と二人同時に、
「濃い口って書いてあったやないか!」
とツッこんだ。

「お前もスープ飲ましたら、辛いって言うたやないか!」
と怒る上司。
「ボクは『これはいい』って言うたんや!」
と怒るO川。


結論。
この店のラーメンはおいしくて、上司は目も耳も悪い。







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雑菌じゃないよ
先日公開した八月のカレンダーの紳士と淑女は、
けっして私とちづるがモデルというわけではないのだが、
わが夫婦に貴族的雰囲気が漂っているのは事実だ。
それも、コチッとした方の貴族じゃなくて、ヒラヒラしてる方の貴族だ。

ヒラヒラした貴族は威厳の中にも華やかさがある。
舞踏会とかオペラとかワインとか、そんな感じだ。
そういった要素がついつい使う言葉の中に現れてしまう。


たとえば、会社帰りにスーパー銭湯に寄るとしよう。
もちろん遅くなるからちづるに連絡をしなくてはならない。
そんなとき、庶民なら、
「フロに行く」
とメールをすることだろう。

私はもっと高貴な言葉を使ってしまう。
「フローズン」とか
「フローラル」とか
「フローレンス」とかだ。

それに対するちづるからの返事は、
たいてい貴族の女将さんっぽく、
「いっといで」
だ。


私は早寝早起きを旨としている。
なのでちづるより早く寝室に向かう。
その時の挨拶は。
「オネオス」
だ。

以前は、
「オネシス」
を使っていたのだが、
おねしょしそうなのでやめたのだ。


朝起きたら、
「オヒー」
だ。
それっぽい単語が見つからなかったのだ。

朝食の時の“いただきます”の代わりは何でもいいことになっている。
『おはよう戦隊ガッチャマン』が気になっているからだ。

トイレに行く時は、
「ベンデール」
だ。
これは必要ないのだが。

“いってきます”はテキトーだ。
その時はちづるがうとうとしているからだ。


さて、貴族たるワタクシ、毎朝、決闘のつもりでこのブログネタを書いている。
剣での決闘は出たとこ勝負だ。
当然、今日のこのネタも出たとこ勝負で書き始めた。
そしてこのありさまだ。
惨敗と言っても過言ではない。

ただ、すごく早く書けたことだけは付け加えておこう。






↑決闘相手もクリックしてね。






なぜ淑女を選んだ
          ワキの下 塗り忘れました↑
ただ今、自己嫌悪の真っ最中だ。
人間、礼を欠いてはならない。
特に居酒屋のカウンターでは。
なのに私はやってしまった。


私は、見た目が哀れなのかどうか、よくおごられる。
日本酒を飲むのも原因のひとつかもしれない。
ボトルキープの焼酎なら手酌でマイペースを守れるのだが、
コップ酒は中身が減っていると、
「おい、この人にワシから一杯あげて」
とよくなるのだ。

どうかすると、
「じゃあワシからもこの人に」
と、あっという間に相殺されて差し引きゼロ、なんてこともある。
なにしろ、どちらも酔っ払いだ。
双方がおごった気分とおごられた得を楽しむことができる。

おごられたらお礼を言うものだ。
その時はもちろん、次に会ったときに「先日はどうも」を忘れてはいけない。
忘れてはいけないことを私は忘れていた。
それもお酒一杯ではなく、勘定全部を払ってくれた人に。


おごられたのは、うかつだった日のちょうど一週間前、
常連三人がいっしょに飲んでて、その人が先に腰をあげた。
で、
「カウンター全部一緒で」
と三人分を払って行ってくれたのだ。

「いやいやそういうわけには」
「まあまあいいから」
とやり取りがあっておごられた私。
ここで私にはノルマができた。
次、この人にあった時お礼を言うのだ。


そして一週間後、その人が先に店にいて、ちょうど開いていた隣に私が座った。
普通に飲んで、普通に話して、普通にその人が先に帰った。
私もそのあと家に帰って、ちづるに今日の出来事を話していた。

「今日は結構混んでて、ちょうど一席空いてて、○○さんと・・・あああああー!」

ここで気がついたのだ。
あまりにも遅すぎる。


これは痛い。
その人のあとに私が店に入ったということは、
伝家の宝刀、『酔ってたもので』が使えない。
おごられた時は酔っていたが、会った時はシャキーンとしてたはずだ。
ビールが飲めるうれしさで、何もかも頭から抜けてたのだろうか。
ああ、普段ならご法度の表現も、今回ばかりは仕方ない。

なので私はドキドキしている。
次にそのその人に会ったら、
「このあいだのこのあいだはごちそうになりました。
 で、このあいだはお礼も言わずにすいませんでした」
と言わなければならない。

うまく言えるだろうか。
近くに座れるだろうか。
ほかの酔っ払いにジャマされないだろうか。
なによりも、また言うのを忘れないだろうか。

ストレス発散に飲み屋に行くのに、
なんなの?この緊張感。






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礼儀知らずめ