私の理想のひとつに、推理小説のトリックを全部知りたい、というのがある。
もちろん、全ての推理小説を読むことは不可能だし、そんなつもりもない。
わざわざまずい料理を食べる必要がないように、
つまらないトリックは知る必要がないのだ。
実際、よく似たようなトリックは何度も使われているし、
苦し紛れの無茶なものにも何度か出合った。
私がトリックを知りたいを言うのは、
「よくぞ、こんなことを考えたものだ」と感心したいのだ。
だから、感心できない作品は省いて、名作から順に読んで行けばいい。
そのために、私は推理小説の紹介本を読む。
ベスト100だとか、ジャンル別名作解説など目に付くと買ってしまう。
それらは寝床から手の届くところに置いてあって、
寝られない日や、はやく寝床に入った日に開いている。
その中で一番古い一冊には、掲載されている本を読み終わるたびに印をつけているが、
読み終わっているのは三分の一ぐらいだ。
読んでない本には読んでない理由がある。
一番わかりやすい理由は、興味がわかないことだ。
最近は、推理小説というよりミステリーと呼ばれることの方が多い。
ただ、この『ミステリー』にはSFやホラーも含まれているらしい。
なにしろ知りたいのがトリックなので、それらは私にとってジャンル外だ。
推理小説と呼ばれる中でも、スパイものやハードボイルドは好きじゃない。
冒険したり、時刻表とにらめっこしたりするのもまっぴらだ。
知らないうちに映画化されてて、うっかり見ちゃったというのもある。
タイトルが変えられてたりするとわからない。
こうなると記憶が無くなるまで読み始めたくない。
もう一つの理由、それは手に入らないことだ。
一時期はそういう本を求めて、県内の古本屋をはしごしたこともある。
インターネットを始めて、探し物は楽になったが、
それでも見つからないものは見つからない。
絶版だの廃版だの売り切れ中だの再版未定だの、
版権を持っている出版社は読者に対する責任を持て、と言いたい。
で、つい最近のこと、
マイベスト読みたいのに手に入らない本、
ヘレン・マクロイの『暗い鏡の中で』が、ついに創元推理文庫から復刊された。
『100冊の徹夜本』という本ではトップで紹介されている幻の名作だ。
新刊紹介でそれを見つけた時は思わず声をあげてしまった。
これから読む人のために内容は書けないが、
発表が1950年なので、全体に古めかしい。
今読むとトリックにも新鮮さは感じないが、読んでよかった。
これは知っておかなくてはならない古典だと思った。
さて、こういう名作を読み逃している理由がもう一つある。
読まなくていい本を読んでいるからだ。
最初に「まずい料理は食べる必要がない」と書いたが、
「あまりにまず過ぎてびっくり」
と言われると食べてみたくなるではないか。
それと同じで、私はこういう売り文句に弱い。
「究極のバカミステリー、あなたはこのトリックを許せるか?」
こう言われたら読まずにいられない。
またこの手合いは、薄くて字が大きくて読みやすいのだ。
そういった理由で私は名作を読む時間を割いて、駄作をたくさん読んできた。
それにしても、そういう本の方がよく覚えているのはなぜだろう。

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