2011年04月

ここでは、2011年04月 に関する情報を紹介しています。
私の勤めている会社は、土曜日は毎月第二と第四が定休日だ。
残りの土曜日は交代で休んでいる。

本日、4月30日は私が休みの番だった。
ウキウキの三連休だ。
ところが、上司Tが16日と変わってほしいと言ってきた。
この三連休に実家の田植えが行われるというのだ。

田舎では田植えと稲刈りは絶対だ。
苗の成長具合や天気のようす、
手伝いを頼む都合などで、決まったら動かすことができない。
ウキウキとか書いてしまったが、私には何の予定もない。
仕方がないので変わることにした。


16日はどうだったかというと、
雨の予報が出ていたのでドキドキしたが、
結局、前日に少し降っただけで、当日は快晴。
土日で畑を耕すことができてラッキーだった。
なにしろ次の土日は雨だったのだ。

出勤した上司の方は大変だったそうだ。
今度合併するA社の社長と番頭さんが来社し、
社内や仕事の見学をしていった。
上司Tとも、けっこう長く話をしていったらしい。
ああ、そんな日にいなくてよかった。


で、今日、上司は田植えかというとそうではない。
動かすことができないと言った田植えだが、動いてしまった。
まさに、苗の成長具合と手伝いの都合で早まったのだ。
なので上司は平日に休んで田植えをし、今日はフリーとなった。

フリーだからと言って、いつものようにパチンコには行けないようだ。
あちらの番頭さんに「一度見学にきてくれ」と言われ、
今日、見に行くことになったらしい。
タイミングの悪い上司だ。


私も安心はしていられない。
O川やN岡、事務員のKちゃんらは五月の第二土曜に行くように言われたらしい。
五月の第四土曜は合併に伴う最終の棚卸しで出勤になった。
この上、第二まで奪われてはたまらない。
私は休日、つまり自分の時間を奪われるのが大嫌いなのだ。

だから、O川やN岡にはそれとなく伝えてある。
「休みに見学に行かされたら、私はきっとA社がキライになるな」
この雰囲気、なんとなく社長に伝わってもらいたい。







↑朝寝をしてからクリックしてね。






のんびりするさ
スポンサーサイト
今日は昭和の日というありがたい祭日でお休みだ。
休日前、ということで、ゆうべは久しぶりに焼肉を食べに行った。
焼肉も食べてないと食べ力が落ちるらしい。
追加注文をした後で急激に満腹感を感じはじめた。

食べ続けている時はいいけど、ちょっと間があくと途端に腹が膨れてくる。
これは困ったと思っていたが、頼んだものがなかなか出てこない。
店は満員、大忙しのようだ。
これ幸いとキャンセルして店を出た。


満腹感は眠気を誘発する。
休日前だが普段通り十時過ぎに就寝。
目覚ましをセットしなかったが5時過ぎに起きた。
普段とあまり変わらない時間だ。
よし、いつも通り更新だ。

と思ったが、休日はやはり気が抜けている。
出勤しなくていいのだから時間に余裕がある。
ある余裕はふんだんに使うタイプなのだ。

さて、今日は何を書こうか。
余裕があるから何も考えてなかったなあ。
そうだ、去年の今頃はどんなことを書いていたか見てみよう。

そう思って過去記事を読んでみた。
気が付いたら二ヶ月分も読んでしまっていた。
そろそろ朝ごはんの時間だ。


    ※


朝ごはんを食べて、新聞を読んで、
いつも見ている朝番組のいつもは見られないコーナーを見てしまった。
そろそろ畑に行く準備をしなければいけない時間だ。


    ※


畑に行った。
サニーレタスとサンチュとコマツナとミズナを植えた。
ちょうど隣の畑に叔父さん叔母さんが来て、
コマツナとホウレンソウとダイコンをもらった。
なんと率のいい畑作業だろう。

家に帰るが誰もいない。
ちづるはパーマ屋さんにいった。
予約が11時半からだと言っていたから、帰るのは2時頃か。
なので私はなか卯でお昼を食べてきた。

このあと私はちょっと本を読んで庭の草むしりをする。
夕方からはちょっと出かける予定だ。


というわけで、今日は休日であるにもかかわらず、
ちづるとほとんど別行動することになってしまった。
なにがくやしいって、
どうして昼飯代が自腹なのだ。
小遣いが減ったではないか。






↑内容が定まってないけどクリックしてね。





すべておつまみ
いよいよというか、やっとというか、ついに暖かくなってきた。
会社の休憩室の障子は、犬の出入り用に一マス破れているのだが、
そこからのすき間風が気にならなくなってきた。
ひょっとしたら、今年はもう暖かくならないんじゃないかと心配したが、
四季はきっちり回っている。

季節の変わり目は、人に聞かなくても目や耳や肌でわかるものだ。
天気予報でも衛星からの写真や観測の数値以外の情報を教えてくれる。
春一番が吹いたとか、台風一号ができたとかの一番モノ。
桜前線、梅雨前線、紅葉前線などの線モノ。
「ああ、もうそんな季節か」と感慨にふける。

ほかにも季節を知らせる初モノは多い。
初ウグイスに初セミの声、
初赤とんぼに初霜、
富士山の初冠雪、都会の初からっ風。
全国区のものから身近なものまで、初モノは一年中ある。


もちろん、各家庭各個人にマイ初モノが存在する。
私のまわりにも春の初モノが現れ始めた。

初仕事中上着脱いだ。
自転車で出勤した時は到着したとき脱いだものだが、
仕事で暑くなって脱いだのは初めてだ。
昨日はついに上司も脱いで仕事をしていた。

初水飲んだ。
今までは仕事中の水分は休憩するときのコーヒーぐらいだったが、
先日、のどが渇いてペットボトルの水を買ってしまった。
決して二日酔いだったわけじゃないぞ。

初毛布がふとんの中でダマになっていた。
寝ていても体が温度を感じているものだ。
おそらく暑くて寝苦しかったのだろう。
毛布が寝床の隅に蹴られていた。

初帽子かぶるの忘れた。
これまでなら、かぶらないと頭がスースーするので忘れなかった帽子。
先日メッシュタイプに替えたのに、うっかりかぶるのを忘れた。
誰が『スースーする』や!


初おしりぷり。
みなさんに伺いたい。
暖かくなると、おしりをぷりっと出すことがないだろうか。
パジャマなど、ウエストがゴムのものをはいているとき、
なんとなくゴムの下で腰に手を当てていて、
そのまま、ぷりっと。

お尻が顔を出すと、涼しくて、開放感を感じていい気分になる。
そんなこと、あるでしょう。
いーや、みんなあるはずだ。
あるに違いない。

で、ぷりっと出すと、
「しまっとけ」
とちづるに言われるのだ。
春の風物詩。





↑しらんぷりせずにクリックしてね。






ノースリーブだけど
毎朝、テレビ画面の時間を見て、
「ぐおー、もうこんな時間かー」
と大あわてで家を出るのだが、
出発前にまだ一仕事ある。
苗への水やりだ。
この苗が、狭い家の広い範囲に散らばって置いてあるのでめんどくさい。

次の休みに植え付ける予定の苗、
サニーレタス、サンチュ、コマツナ、ミズナ、などの葉物、
それと植え付けはまだだけど芽の出たセロリは家の南東側にある。
芽が出ているのだから日光が必要だ。
特に朝日が当たるのがいいと聞いたのでこちらに置いてある。

北西側にはまだ芽のでてないポットがある。
トマト、ピーマン、ナス、キュウリ、ゴーヤだ。
こちらは実物コーナーということだ。
これらも芽が出たら南東側に移動する予定だ。


南東側は一応庭なので、水やり用のホースがある。
水の出方をシャワーにして、ダバダバ水をやる。
ただ、このホースが北西側までは届かない。
なので、実物ポットにはジョウロで水をやっている。

朝は忙しいので段取り良くやらなければならない。
玄関を出るとまず、荷物を車か自転車に乗せる。
蛇口をひねってジョウロに水をためている間に、
ホースをつなぎ、葉物に水をやる。

水をやり終えたら、蛇口を閉め、ホースに残っている水を出し、
蛇口からホースを抜いておく。
近所の子供がホースを水鉄砲代わりにしないようにだ。

あわてて家の反対側に行く。
うまいこといけば、ちょうど水がたまるタイミングになる。
ただし、水は止めずに、ゆるめにしてバケツにためる。
まだ芽の出ていないポットにジョウロで水をやる。

ついでに芽が出ていないか、よく見えない目で確認する。
もし出ていたらお日さまコーナーに移動だ。
先日、庭用にポットに蒔いたミニヒマワリの芽が出たので玄関に置いた。
これにもジョウロで水をやる。

そうなると、玄関周りのちづるの花にもやらなければならなくなる。
でないと、
「自分のにだけ水をやって!」
と誹謗中傷されるのだ。

なのでパンジーとチューリップとミントの鉢植えに水をやる。
そうなると、その横にあるなんだかわからない鉢植えが気になる。
一応植物が生えているのだが、
植えてあるのか勝手に生えているのか知らないが水をやっておく。

すると後ろから視線を感じる。
家の南西の角にあるプランターのニラだ。
なんだかモノ欲しそうにこちらを見ている。
仕方ないから水をやろうかと思うのだが、
そのころにはジョウロはカラになっている。

そこでバケツに行き、蛇口をしめ、ひしゃくでバケツの水をジョウロに入れる。
ニラのプランターと、その横にある肉厚の植物に水をやる。
聞いたところによると、金のなる木だそうだ。
まだ収穫はしたことがない。


これだけやってやっと出発だ。
いつもペダルを踏むペースを上げなくてはならない。
だから雨よ降れ。
毎朝、夜明けごろ、二分間。






↑濡れた手は拭いてクリックしてね。






肥料も入ってる
病気コレクターとして有名な上司Tだが、また新しい病を獲得した。
正式な病名は知らないが、ともかく右肩を痛めたらしい。
ピッチャーか。

「肩の中の方の小さな筋肉がどうかなっとるって医者が言うとった」
とのことだ。
普通にしているとなんでもないのだが、とっさの動きで痛みが走るようだ。
しかし、普通の生活をしていると、とっさの動きというのはあんがい必要だ。
とっさなのだからやめようと思ってできるものではない。
体が勝手に反応してしまうのがとっさだ。


ただ、この上司T、無駄なとっさが多い。
私やO川に悪さをしようとして、勝手に痛い目にあっている。

先日、商品を包む包装紙を出せと言われたが、
私もO川も自分の仕事で忙しかったので知らんふりした。
そうしたら、
「これを出せというとるのがわからんのかー!」
と、その包装紙を一枚つかみあげた。

そのとたん、
「ううっ」
とうなって、しゃがみ込んでしまった。
私とO川は慣れているので、お手上げポーズで顔を見合わせ、仕事を続けた。
「おまえら心配しろー」
と上司は怒鳴っていた。


使ってはいけないとわかっていても、つい使ってしまうのが利き手だ。
あるとき上司と私は向かい合わせで立っていた。
なんとなく、マネゴトで右パンチを出してみたら、左手でよけた。
「ほほう」と感心してみせたら「ふふん」とドヤ顔だ。

なので右左のワンツーパンチを繰り出してみたら、
左手右手でよけて「ううっ」となった。
しかもそのあと、
「よくも」
と言った。
これでは私がなんかしたみたいではないか。


その話をO川にしたら、それぐらいいい方だという。
「僕が仕事しとったら、悪さしようと後ろからそーっと近づいてきて、
 いつの間にか勝手に苦しんどるの。
 こっちは被害者やのに加害者みたいやんか」

こんなことなので、みんなは上司の病名を『自業自得』と呼んでいる。
それに対し上司Tは、
「うるせえ、お前らのせいじゃ!」
とコメントしている。






↑上司にクリックしてね。






鍼を打ったの
運動不足と不摂生でジワジワ体重が増えてきた。
今のところ何の影響もないが、これを続けていたらいけない気がする。
肝臓や血圧に問題が出てくるかもしれない。
ひざや腰の負担が増えて医者通いになるかもしれない。
幅が広がった分、自転車通勤中に車にはねられるかもしれない。

もちろんそんな目にあいたくはない。
いや、私は今、そういう状況に陥るわけにはいかないのだ。


私の母は、縁起担ぎだ。
夜爪切るなとか靴下はいて寝るなとか、
いろんな独自のルールを私に押しつける。
どこぞのお守りなんぞをわざわざ持ってきたりする。

しかし、私はお守りが好きではない。
うちの会社ではお守り屋さんに材料を卸している。
そこでいろんなやり取りがあり、あんまりお守りにありがたみを感じないのだ。


私の父は親戚付き合いにうるさい。
年賀状はちゃんと出せとか、たまには顔を見せに行けとか会うたびに言われる。
でも、ウチは本家から離れているので親戚はみな遠い。
普段付き合いのない遠方の甥が突然訪ねてきたら、
借金の申し込みだと思われるではないか。

冠婚葬祭で合えば普通に挨拶も話もする。
年賀状も返事の来る親戚には出している。
それで十分ではないか。
必要以上にお付き合いを深める理由なんかない。


私の住んでいる地区では、お盆に大念仏という行事がある。
私はこの行事の反対派だ。
宗派の違う人が、どうして班長だという理由で、
お盆の丸々一日を手伝わされなくてはいけないのか。
区の予算のほとんどをその宗派の檀家のために支出するのか。

ホントはそんなことどうでもいいのだ。
朝8時からお昼の1時までもかかるドブ掃除をなんとかしろと言っているのだ。
区民全員が参加する唯一の行事であるドブ掃除が十時に終わるなら文句は言わない。
でも、このままなら、檀家にしかメリットのない大念仏に予算を使うのは許さない。
こういうスタンスで、常に総会で吠えている。


さて、私の周りはこんな状況だ。
万が一、私が病気になったり怪我をしたりしたら、

「あいつはバチが当たった」

と言われるに違いない。
バチなんてない。
ほかの人に、バチが当たったって言いたい人間がいるだけだ。
根拠なしに自分が正しかったことにしたいやつらの持ちネタだ。

そうなると悔しいのでダイエットしよう。







↑バチッとクリックしてね。






太鼓ダイエット
「そうそう、こっちこっち」
と、買い物が終わった後、ちづるにどこやら連れて行かれた。
そこには私が生れてはじめて見る機械があった。
「これでエディカードに入金できるよ」
おおお、これが。

ちづるとコンビニに行くと、
いつも何やらカードをかざして「シャラン」と支払っている。
アレは楽でいいなあ、と羨ましがっていたら、
「これはエディカードといって、誰でも買えるんだよ」
と教わった。

買う、ということはいくらかのお金を支払うということだ。
お金を払うためのカードにお金を払うというのは、
銭湯に行くのに、まずシャワーで汗を流していくようなものだ。
なので「へえ」と聞き流していた。


ある日、ちづるが新品のエディカードを持ち帰った。
家の近くにサークルKがオープンし、
タダだったか安かったか、そんなことで手に入れたのだそうだ。
それをありがたく拝領し、晴れて私もエディカードのオーナーとなった。

ただし、まだ支払い機能はない。
入金がされていないのだ。
カードが新品で、袋に入っていたのをいいことに、ちづるはお金を入れてくれなかった。
まるで、入金は自己責任と言わんばかりの扱いだ。
お金が入っていないエディカードなんて、銭湯の更衣室入室券みたいなものではないか。

ともかく、カードを持っているだけでは埒が明かないので、
自分で自分のお金を入金することにした。
聞けばコンビニのレジで入金できるという。

ところがこのカード、サークルKで買ったので、サークルKのマークが付いている。
私が通勤途中で寄るのはローソンだ。
水色系のローソンに行って、オレンジ系のサークルKのマークのついたカードは出しにくい。
それはまるで銭湯の番台に、サウナの回数券を出すようなものではないか。


そもそも、私はサークルKがキライだ。
この文章を打ちながらますますキライになりつつある。
ローソンは「ローソン」とタイピングすればいいが、
サークルKは「サークル」と打って変換し、
シフトボタンを押しながら「K」を打たなければならない。
「k」を打ってから変換すればいいといわれるかもしれないが、
必ず最初に小文字の「k」が出るのが気に入らないのだ。

で、いつも右手でシフトボタンを押してしまい、
それから「k」を探すと、右手寄りにあることに気付く。
左手を右寄りに持ってきて、なんとか「K」を出すのだが、
そのまま打ち進むとその後ろが全部アルファベットだ。
まったくイライラする。

だから「サークルKサンクス」なんて許せない。
「サークルケサンクスでいいではないか。
あ、それから都会の人にあらかじめ断わっておくが、
セブンイレブンはとなりのとなりの市に行かないとありませんから。


というようなことで、カラエディカードを持ち歩いていた私も、
入金機のおかげで2000円入金することができた。
これで小銭を数えることなくコンビニで買い物ができるぞ。
ところで、ローソンでもエディカードは使えるの?







↑小銭要らずでクリックしてね。







口座はないよ
昨日、会社の後輩N岡に貝をもらった。
彼は志摩半島の担当をしているのだが、
あるお得意様が掘ってきたのを分けてくれたのだそうだ。

「アサリほどおいしくはないけど、食べられますよ」

要するにアサリではないということだ。
世の中で、シロートが採取した名前のわからないものをもらった場合、
貝とキノコほど食べるのが怖いモノはない。

こういうのはたいてい、
「もらったんだけどあげる」
というパターンだ。
こうして人の手を渡っていくにつれ、出所が怪しくなっていく。
恐怖の伝達ゲームだ。


これが買ったものなら安心だ。
売る側もめったなものは売らないだろうし、
売るには「これは○○である」と正体を明かすだろう。
それでも、未体験のモノはちょっとスリルがある。

私は海が近い町に住んでいたので、昔から店ではいろんな貝が売っていた。
でも、キノコはシイタケしかなかったような気がする。
子供の頃はキノコに興味がなかっただけなのかもしれないが、
エノキやナメコが食卓にあがったのはずいぶん後だったように思う。
マイタケだのシメジだのが出てきたのは最近だ。

業界はどんどん新製品を開発していったということだろう。
しかし、シイタケの王座は揺るがなかった。
食卓でキノコ類の頂点にいるのは常にシイタケだった。
どうかすると「キノコ」という意味で「シイタケ」という言葉を使っていたぐらいだ。


そこへ現れたのがエリンギだ。
やつは瞬く間に巷を席巻した。
スーパーでの売り場面積もシイタケとしのぎを削るほどになっている。

これには二つの理由がある。
まずひとつは、あのエリンギの形だ。
先にも述べたように、人は初対面のキノコに警戒感を示す。
それを解消すべく、エリンギはまるでバンザイをしているような格好をしている。
「ほーら、カサの下には何にも隠してませんよー」
と全てをさらしているのだ。

もうひとつは、あの食感だ。
まさに貝のような歯ごたえ、舌触り。
スープや炒めものに入っていると、動物性たんぱく質であるかのような錯覚をしてしまう。
つまりはお得感だ。
キノコなのに貝みたい。

貝のようなキノコ、考えてみたらなんと怪しいものだろう。
初めての人が、その正体を知らされずに調理されたものを口にしたらどう思うだろう。
しかも、調理した人がシロートで、自分で採ってきたと言ったら。


例の貝は、昨夜、酒蒸しにしていただいた。
アルコールと熱による殺菌消毒だ。
確かにあさりみたいにおいしくはなかった。
だが、いま私は生きている。
ああ、私は生きている。
そして快便。






↑けっして知らない野草やキノコはクリックしてね。






カラフルでしょ
バカ、アホ、マヌケ、
スケベ、ヘンタイ、トウヘンボク、
オマエノカアチャンデベソ。

悪口である。
これを漢字にしてみよう。

馬鹿、阿呆、間抜、
助平、変態、唐変木、
御前乃母様出臍。

このように全て二文字以上だ。
たとえば「バカ」は、なぜだか知らないが馬と鹿を合わせて「馬鹿」だ。
つまり、当て字なのだ。
「バカ」という漢字は存在しないのだ。


だのに、なぜ?

『禿』

そう「ハゲ」という漢字は存在するのか!


漢字があるということは、かなり古くからそれを表す必要があったということだ。
しかし、ハゲは悪口だ。
人を悪く言う必要ってなんだ。
しかも、見ればわかるのだから、わざわざ表さなくてもいいではないか。
表すのは「無い」という状況だ。
無いことをどうして「無いという状況がある」とふれて回るのだ。

この字の形も失礼だ。
頭がつるりとした人が手を上げ下げしながら左に走っていくようではないか。
なぜ『学』や『賞』や『業』のように、上部に突起のある字にしなかったのか。
字で体を表したのか。


漢字があるということは、読み方も複数ある。
「禿」という字の音読みは「トク」だ。
よく使われるのは『禿頭』だ。
「トクトウ」と入力すると「特等」の次に変換された。
どちらもてっぺんで光っているようではないか。
不愉快だ。

ほかにも「禿」を使った語句がある。
「禿茶瓶」だ。
なんでこんな例を挙げてしまったのか。
不愉快だ。


誤解を招くといけないので断っておくが、
私はボランティアで怒っているのであって、私自身はまだハゲではない。
あ、「まだ」と言ってしまったではないか。
私はトクトウではないぞ。
まだ、四等ぐらいだぞ。






↑遅くなったけどクリックしてね。






ツノっぽい

朝はつながりませんでした。
なんということでしょう。
これも送れるかどうか。
「あんたは向こうに行きたくないやろなあ」
と社長に言われた。
A社との合併の話だ。(4月9日『合っ 体っ!』参照)

「それはまあ、やっぱりそうですねえ」
と答えた。
もちろん、慣れたところがいいに決まっている。
それにA社は遠い。
仕事が終わってから飲みに行けない。

「やっぱりあんたはこっちにいた方がいいなあ」
しめしめ、私はこちらに残れそうだ。
すると上司Tはあちらに行くのだろうか。
上司Tと私は同じ仕事をしている。
そして上司Tの家はA社に近い。

ところが、社長の話は意外な方に進んだ。
全社移転、つまり私だけ居残りだ。


A社はちょっと人里離れたところにあり、大きな倉庫を持っている。
わが社は町中にあり、一般のお客さんも多い。
合併するのは得意分野を伸ばし、合理化することだ。
なので、合併して、分業することになる。

企業相手の卸業はA社を本拠地とする。
なので、営業、配達の社員はあちらに出勤することになる。
機械を使っていたのは私と上司T。
当然、あちらの会社にも同じ仕事をしている人がいるが、
仕事の比率はあちらが断然忙しくなる。

では、わが社はどうなるのか。
店舗での小売りとインターネット販売がメインになる。
で、私はネット販売の送りも担当していたので、こちらになりそうなのだ。

全社移転と言ったが、店舗や事務所の人は残る。
町中にあるので、こちら方面のお得意に関しては、前線基地の役目も担う。
だから配達や営業の人はこちらにも来るのだが、基本一人だ。

という、今は『案』なのだが、どうなってしまうのだろう。


ひとりで仕事をするのはそんなに嫌いではないのだが、
いろいろ心配なことがある。

この倉庫、私が全部掃除するのだろうか。
入荷したものは私がかたづけるのだろうか。
棚卸しも私なのだろうか。
おやつは出るのだろうか。

ま、心配は心配なのだが、
このことをすっかり忘れて、明太子のネタを書いたりしてるぐらいだからいいか。






↑さびしくなんかないやいクリックしてね。





けんけんぱ
ちづるが明太子を大量に買ってきた。
「あの高級品を守銭奴のちづるが?」
と思うかもしれないが、安く売っていたらしい。
以前も同じように買ってきて、それはそれは長く楽しんだものだ。

ところが、一口食べるなり「うまくない!」と言いだした。
やつは明太子にはうるさいのだ。
キムチとイカ刺しにもうるさいが、明太子には特にうるさいのだ。
とはいえ、これは確かに前回と比べてレベルが低い。
端っこの方が乾燥しかけているようなのもある。

高級品である明太子は、我が家では生で食べるというルールがある。
アレンジしても、スライスしたキュウリに乗せるぐらいだ。
しかし、今回の事態を考慮した結果、この明太子は加工して食べることに決まった。


まず、明太子の薄皮を切り、中身を包丁でしごき出す。
小ぶりの器で、ツナ缶とマヨネーズときざめネギを入れて混ぜる。
いかがでしょう、ちづるさん。
「うまい」

翌朝、明太子の中身をしごきだし、マヨネーズと混ぜてパンに塗り、
トーストしてスライスチーズを乗せた。
いかがでしょう。
「良き」

夜、開いたあげにしごきだした明太子の中身を塗り、
ねぎを散らしてあげではさんでオーブントースターで焼いた。
いかが?
「うむ」

翌日、明太子の中身をしごきだす段取りでいたら、タケノコをもらったので、
タケノコの明太子炒めにした。
どう?
「ん」


みなさん、もうお気づきだろう。
私は、明太子の中身を包丁でしごきだすのが好きだ。
あの薄皮に切れ目を入れて、中のつぶつぶを取り出す。
最初は大胆にやってもたっぷりとれる。
量が減ってきたら、慎重に、皮だけを残すようにそぎおとす。
一粒たりとて残さんぞと、きれいにきれいにこそげるのだ。

残った皮を見ると、
こんな薄いものがよくぞあれだけのつぶつぶをまとめていたものだと感心する。
しかし、この皮に包まれている間は、血管なんかが見えて少し下品なのだ。
中身だけになると、まるで宝石のような輝きで、
しかも、全体がほぼ均一な色なのが素晴らしい。

これをボールでマヨネーズと混ぜるときなど、まさに恍惚のひとときだ。
なにかに塗りつけるのもステキな作業だ。
その後はだんだんどうでもよくなってくる。
食べることがメインになるのだ。

なので私は、明太子料理はは身を取り出す時がピークだと思っている。
彼らにしてみれば、まだ卵の段階なのだが。







↑ギョランのみなさんはクリックしてね。






保温にはなるよ
夜は十時に寝て、朝四時半起床。
そして朝から更新するのだ。

と気張ってやってきたが、どうもダラダラしてきた。
テレビにつられて寝るのが遅れ、
それに合わせて、目覚ましのタイマーも4:45になったりする。
それでもすぐ起きればいいのだが、三回ほどベルをとめて、結局起きるのは五時になる。

五時過ぎからネタを書き始め、リミットは六時。
それから15分か20分で絵を描く。
出来上がったら少し仮眠。
タオルを目にかけて目を閉じるだけだ。
六時半にケータイのアラームが鳴ったら、朝の用意を始める。


今までは、これで何とかなってきた。
そこにオゴリが生まれてきたのだろう。
なんとかなるさ方式が通じなくなってきた。

せめて前日に書くことを考えておけばいいのだが、
「眠い頭で考えてもダメ」
と都合のいい解釈をして寝てしまう。
朝起きると、やっぱり眠い頭なのだ。


思いついたことを書きとめているメモを見てみよう。

『脳トレの衰え』

ダジャレだ。

『コモドオオトカゲ、衣大とっかえ』

ダジャレだ。
ま、5行ほど延ばせたからいいか。


さすがに最近は夜明けが早くなってきた。
窓の外が明るくなってくるというのは私をとても焦らせる。
今、炊飯器が『ごはんが炊けた音』を鳴らした。
えらいこっちゃ。
本来なら絵を描き始める時間だ。

こういうピントの定まってない日は絵も描けない。
何を描いたらいいのかわからない。
またダウン絵に逃げるか、それとも棒立ちのヨンホンゲか。


なんでこんな事態に陥っているか説明しよう。
途中まで書きかけたネタに重大な欠陥が見つかったのだ。
だからと言って新たなネタなんてとっさに思いつかない。
思いついてもそんなにスラスラ書けない。
で、すねてしまったのだ。

それでは皆さん、そろそろ苦し紛れの絵を描きますので。







↑このていたらくだけどクリックしてね。






つらいのう
おかげさまで、昨日の午前中で畑のコーウンを終えることができた。
午後は楽しいお買い物だ。

まずは本屋さんに行った。
先日買ったマンガの穴埋めだ。
というのも、なんとなく買い始めてしまったあるマンガの最終巻を先日買ったのだが、
それには『フォーエバー』と書いてあるだけで、何巻とは記されていなかった。

家に帰って本棚を見てみると、4巻までしかない。
え、これが5巻に当たるのかと見てみたら、
「1~5巻好評発売中」とあるではないか。
『永遠』だろうが『最終』だろうが何巻かは書いておけや!


次にホームセンターに行った。
長靴と畑用軍足をちづるが清算しに行く間に、
私は畑に混ぜ込む「腐葉土」を買いに外の売り場に行った。

腐葉土は二種類あった。
一方は30リットル入りで598円。
もう一つは14リットル入りで298円。
これなら30リットル入りがお得だ。

しかし、この二つ、どう見ても同じぐらいの大きさだ。
持ってみても、大した差はない。
多少、30リットル入りの方が重いぐらいだ。
とても倍以上の差があるとは思えない。

で、よく見てみたら30リットル入りの方には、
「充填時」と書かれていた。
この袋に詰めたときは30リットルあったぞ、ということだ。
じゃあ、その後減ったとでも言うのか!
それなら「○○kg入り」と表示せんかい!


次に電気屋さんでカメラのバッテリーを買った。
本当にバッテリーが悪いのか?
充電器やカメラの方に原因があるのではないのか?
と、とても心配なのだが、ちづるは「バッテリーです」と断言する。

なので、清水の舞台から落下傘で飛び降りたつもりで4200円払った。
これもなんとなく不安と不満があるのだが、
どうやって爆発させたらいいのかわからない。
文句を言うのはパスしよう。


次に薬屋さんにいった。
目薬と持ち歩き用オロナイン、ヒゲソリ後につけるひたひた水、
シジミと牡蠣入りのウコンを買ってもらった。
買ってもらったのだから文句はない。

最後にスーパーで食品を買った。
ここも当然文句はない。
しかし、文句がないとネタにならないではないか。
各お店では、そこそこの文句をいう余地を用意しといてもらいたいものだ。







↑クレームなしでクリックしてね。






爆発はないよね
私を倒したいと思っている人がいるなら、それは今だ。
この状態なら綿棒ででも勝てるだろう。
それほど私はヘロヘロだ。


雨の予報でやきもきしていた土曜日だが、
起きてみれば涼しげな青空。
外で仕事をするには絶好の日和だ。
ちづるは出勤だったので、その後用意をして畑に出かけた。

作業はコーウン、つまり耕すことだ。
前の日曜と、月曜水曜の会社帰りに天地返しを終わらせた。
天地返しとは、スコップで土を裏返すことだ。
なので、土は固まりになっている。
これを砕かなくてはならない。

この作業は“クワ”ではなく“スキ”で行う。
“クワ”のような形だが、先端がフォークのように四本になっているやつだ。
これでひたすらダマを砕き、サラサラの土を目指す。


厄介なのは雑草だ。
私は草が生えたまま天地返しをしたので、丈夫な雑草が土の中に埋まっている。
ダマを砕きながら、この草を取り除かなければならない。

じゃあどうして最初に草を抜いておかなかったのか。
ひょっとしたら、私が作業をしている時に叔父さんが来て、
トラクターでバーっと起こしてくれるかも知れない、と甘い夢を見ていたのだ。
あの大型機械なら草ごと粉砕してくれる。
だが、粉砕されたは私の甘い夢のほうだった。


朝九時ごろ家を出て、畑の向こう側にたどり着いたのは昼の一時だった。
腰は曲がり手は震え、ヨボヨボと用水まで手を洗いに行き、片づけをして終了。
“なか卯”でお昼ごはんと食べて帰宅。
普段の昼休みと同じように、少し本を読んで15分昼寝した。

その後は静かに余生を過ごし、夕方にはちづるが帰宅。
夕食のあとテレビを見て、お風呂が沸いたら入らなくては、
と思っていたのに、うっかりコタツで寝てしまった。


目が覚めたらヘロヘロになっていた。
十時には寝る習慣なのに、11時を過ぎている。
寝る時間を寝過ごしてしまった。
風呂に入って寝室に行く。
いつも4時半にセットしてある目覚ましを5時半にして就寝。

さっき起きたのだけど、ヘロヘロが増している。
筋肉痛ではなく、なんだか力が入らないのだ。
こんなことで今日の予定がこなせるだろうか。
今日の予定って、畑でコーウンだが。

あと半分、なんとか今日耕しておかなくては。
でないと、植え付けまでに肥料を混ぜ込んで畝を作って・・・
ああ、機械が欲しい。






↑クリックはいいからコーウンしてね。






足腰たたん
社長家では二匹の犬を飼っている。
凶暴なミニチュアダックスと凶暴なシーズーだ。
健康面で悲しい数値をつきつけられた社長は、
毎朝、この二匹を連れて散歩している。
そして、社長が帰ってくるころ、私とO川が出勤する。

二匹は私を見つけると、
「食ってやる、お前を食ってやるぞ!」
という勢いで吠える。
社長の制止も聞かず、結局二階へ引きずられていく。
私は嫌われているのだろうか。


この建物は元々社長の自宅で、今は一階を改装して事務所や倉庫として使っている。
二階はそのままで、そのうちの一室が私が昼休みを過ごす休憩室だ。
ただし、昼休み以外は犬らのワンダーランドとなっている。
障子の一枚が破れていて、そこから出入りする決まりらしい。

とすれば、やつらは私の匂いを知っているはずだ。
なにしろ犬の嗅覚は『犬>人』だと言われている。
この休憩室においてはやつらより古株の私。
やつらがこの家に来た時からあの部屋は私臭で満たされていたのだ。


ひとつ思い当たることがある。
あの部屋は、以前から私と事務所の女の子が時間をずらして使っていた。
その後、犬が来て、さらにその後一年ほど前に入社したH君が使い始めた。
私と女の子の匂いは元々の匂いだ。
そこへH臭が加わった。
このH君は犬を飼っている。

犬らにしてみれば、見ず知らずの匂いは衝撃的だっただろう。
なにしろ犬の嗅覚は『犬>人』なのだ。
しかもそこには他犬の匂いまで。

朝のあの吠え方は「食ってやる」ではなかったのかもしれない。
「どういうことだ!どういうことだ!」
と、私に疑問をぶつけていた可能性がある。

先日、機会がありガウガウ吠えているシーズーの方に手を出してみた。
すると、私の手の匂いを嗅いだではないか。
私は心の中で、
「これがワシ臭だよ」
と小さくつぶやいた。



さて、去年汗臭いまま放置していた帽子を今年初めてかぶった。
もちろんちゃんと洗ったのだが、なんだか汗臭い気がする。
ちづるに嗅いでもらったら、
なんの匂いもしない、むしろ洗剤の匂いだと言われた。
私の鼻がおかしくなってしまったのだろうか。

という話を書こうと思って、犬のことから始めたらそれで終わってしまった。
そのせいで「酸鼻を極める」という鼻にかけたオチが使えなかったのであった。







↑バウワウクリックしてね。






アマガミですよ
ううう・・・


昨夜はちょっとしたお祝いでちづると飲みに行った。
いつも通りの常連さんがワンサカいてワイワイ飲んだ。

そのうちの一人、私の隣に座っていた七十過ぎのおっさんが、
私たちが店に着くとすぐに帰ると言い出した。

「いくら?」

「千円です」

「え? 1400円?」

「いえ、千円です」

「じゃあ、あと400円だけ飲んでこ」

というわけで、再び席に着いた。
話によると、今日は苗をいっぱい買ったので、1400円しか持ってないのだそうだ。
その酒を飲み干し、さあ帰ろと席を立つと、別のおっさんが声をかけた。

「なんや、もう帰るんか」

「今日はもう帰る」

「おごるよってもう一杯飲んでけ」

「そんならもう一杯だけ飲んでこ」

と再び、再び席に着いた。
私は打ち間違ってませんよ。

けっこう酔っているようだったので、大丈夫か聞いたら、

「この店に来るようになってからは、田んぼに落ちてない」

ということであった。

で、今日は1400円しかなかったので来る気ではなかった。
明日は年金が入るので必ず来るのだ。
だからおまえも来い。
来なかったら承知しないぞ。
ということになった。

でも、天気が悪かったら来ないかもしれない、と言っていた。






↑明日も無事ならクリックしてね。





うううう・・・
ある日、珍しくスナックに誘われて、梓みちよの『二日酔い』を歌った。
これを聞いたスナックのママが、
「この歌いいなあ、覚えよ」
と言った。
私もおススメしたいほど、スナックのママにふさわしい歌だ。

私はこの歌を、おそらくテレビで知ったのだろうが、
小遣いをためてレコードを買った。

♪また今夜もどこかで羽目を外し~

なんと小学生にふさわしくない歌だろう。
でも、好きになったものは仕方がない。


そのころ、私は音楽の授業があまり好きではなかった。
どうしてもっと楽しい歌をやらないのか、
歌謡曲でもなんでもいいじゃないか、と思っていた。
その反動でクラシックや唱歌はつまらないものといイメージを持った。

そんな中にも好きな曲ってあるものだ。
『サモア島の歌』や『もみじ』は今でも名曲だと思っている。

また、全体ではなく、ホンのワンフレーズだけが好き、という場合もある。
ここよここ、この歌のこの部分が好きなの―、
ということがみなさんにもあるのではないだろうか。
私のベストオブここよここは、

♪あれはえ~

だ。
そう「えんやーとっと」とリズムを刻み、
「まつしま~の~」で始まる民謡『斉太郎節』だ。
これで『さいたらぶし』と読む。
変換できるかと思って挑戦したら、
『咲いたラブし』になった。

もちろん、ここだけが好きなのではない。
この「あれはえ~」に至るまでが「あれはえ~」を最大限に盛り上げている。
そして一瞬の間のあと「あれはえ~」と爆発するのだ。

フォークの神様といわれる岡林信康氏が海外のアーティストとセッションしたとき、
「で、日本のソウルミュージックはなになの?」
と訊ねられ、こたえられなかったらしい。
彼はその後、考えに考えた挙句「エンヤトットだ」と気付いたという。


その松島あたりが今、震災でとんでもない辛い目にあっている。
範囲もすごく広い。
まだまだ余震もおさまらないが、
なんとか新しいステップへ、エンヤトットと漕ぎ出してもらいたい。







↑海でも陸でもクリックしてね。






海の男よ
アウトドア業界は貪欲だ。
ちらっとでも『外』に関係があれば商品として開発する。
最近は専門の雑誌を読むことはなくなったが、
大型スポーツ店などに行くと、必ずアウトドアコーナーは覗いている、

たとえば、野点(のだて)のセット。
金属製の道具を使い、外で茶の湯をしようというのだ。
なんと茶せんは折りたたみ式。
果たしてこれは売れたのだろうか。

折りたたみ式リヤカーというのもあった。
確かに駐車場とキャンプスペースが離れているところだと、
荷物を運ぶのに便利だろう。
しかし、これ自体がかなりの荷物ではないか。
キャンプってなるべく軽量にするものなのではないのか。

驚いたのは『ティピー』だ。
長い木の棒を組んでまわりに布を巻いた円錐状のテントで、
アメリカインディアンの家として有名だ。
テントなのだからアウトドア用品として売ってもおかしくないのだが、
よくぞ新製品企画会議を通ったものだ。

このように業界は昔からあるものを最新グッズとして復活させている。
この流れを見ていると、次に来るものはおのずと判明してくる。
そう、幌馬車だ。


テントと飯盒で始まったキャンプはどんどん便利で豪華になっていった。
リビングルーム付きの大型テント。
自宅と変わらないシステムキッチン。
最終的には電子レンジやシャワーまでついたキャンピングカーに行きつく。

その元祖が幌馬車だ。
雨風がしのげ、家族が寝泊まりでき、移動することが可能だ。
もちろん当時の幌馬車とは性能が違う。
幌は通気性に優れたゴアテックス。
もちろん車輪は木製ではなくタイヤで、サスペンションも快適だ。

ただし、幌馬車だから動力はついてない。
移動に使うのは馬だ。
現在の道路交通法でも、馬の使用は認められているから問題ない。
ただし、餌やらフンやらの問題が出てくるだろう。

そこで、オプションの最新グッズが発売される。
メカ馬だ。
パカパカという走行音。
ヒヒンというクラクション。
手触り最高の人工たてがみ。

おそらく商品名は『UMA(ウーマ)』で決まりだろう。
もちろん、未確認の情報だが。






↑参考書もあるからクリックしてね。







ウエルカムだよ
ずーっとマスクをし続けていたからかもしれないが、
今年は花粉が多いと言われていたのに、あまり症状がでなかった。
ここしばらくはほとんど何も感じない。

毎年、ちづるはいつまでもづるづるいっているが、私はあんがい早く終わる。
おそらく、私は杉オンリー、
ちづるは杉とヒノキに反応するのだろう。
今年もそろそろ杉のシーズンは終わったのではないだろうか。

そう思っておそるおそるマスクをはずしてみた。
ハエ男メガネも片づけた。
目は少しかゆい気がするが、鼻はスカスカ通っている。
おお、私はマスクから解放されたのだ。
口周りが自分の吐く息の湿気でべとべとになるのも終わったのだ。


しかし、二カ月近くも毎日付けていたものがなくなると、
なんだか寂しくて物足りない。
確かに少し寒いのだが、一番感じるのは恥ずかしさだ。
なんだか過剰に露出している気がする。

そう、マスクって、衣類だとするならば下着だ。
肌に直に触れるし、白いし、ゴムが付いている。
フィットするようにカーブも考えられている。
それを取っちゃうなんて、そりゃ恥ずかしい。


ピーナッツを頬袋に貯めて、少しずつ食べているのも丸見えだ。
もう少しずつしか口に入れられない。
ましてや、前歯と上唇の間に入れてサル顔になっているなんて見せられない。

これからは鼻毛にも気をつけなくてはならない。
なにしろ今まで高温多湿の環境にいた鼻毛。
どのようにジャングル化しているだろう。
マスクとメガネでいる間に鏡を見る習慣がなくなってしまっている。

なによりも恥ずかしいのは歌だ。
車に乗っている時、マスクの下では常にシークレットライブが行われていた。
ノリ過ぎて振りをつけてしまったこともあるぐらいだ。
それもマスクをしていたらなにかの動作に見えるだろうが、
口がオープンにされていたら、どうしたって踊りだ。
しかも、ずらっと並んだ対向車に大公開だ。


土日をマスクなしで過ごした私。
出勤するのにマスクをどうしようか迷っていて気が付いた。
月曜は11日、1の付く日だ。
交通安全委員やPTAが通学路の交差点に立つ。
あわわわわ、これはマスクをしなければ。

というわけで、昨日はマスクをして出勤した。
ちなみに、頭には常になにかをかぶっている。






↑見えないところでクリックしてね。





シュミなんです
土曜の雨が大したことなかったので、日曜は畑。
天地返しのラストスパートだ。
なんとかお昼までに全部終わらせたい。

そのためには無慈悲に仕事を進めなくてはならない。
サヨナラ、咲いてしまったミズナ。
サヨナラ、大きくならなかったブロッコリー。
サヨナラ、雑草になっていたホウレンソウ。
サヨナラ、名も覚えていない花。

働くよ

さて、植物を全て抜いてしまったら、あとはひたすらスコップだ。
どかどか土を裏返す。
天気は良くて暖かい。
絶好の天地返し日和だ。
久しぶりに汗もかき、天地返しダイエットにもなるだろう。

およそ二時間、スナックエンドウとエダマメのスペースを除き、
全面天地返しが終わった。
まん中に残っている平坦なところは、
先に天地返しが終わり、トラクターで起こしてもらった部分だ。
すでに草が生え始めているのが悲しい。

じきに草が生える


さて、畑が用意できても苗がなくては話にならない。
土曜の午後は種まきをした。

まずはいただきモノのトマトとこどもピーマン。
これはトレイに一粒ずつ蒔いて、各30本ほど。
ちなみに私が使っているトレイは、6×6で36マス種が蒔ける。
去年の残り種からナスを二種とふつうのピーマン。
全部で72本分、一マスにたくさん蒔いたからどれか生き残るだろう。

ポットには、これも去年の残りのキュウリを二粒ずつで10本。
唯一買ってきたゴーヤは一粒ずつ蒔いたら17本になった。

その後、すでに育っている苗の間引きをした。
サニーレタス、チマサンチュ、ミズナ、コマツナの苗を、
トレイの各マス一本にする。
このあと液肥をあげると一気に大きくなるのが好き。
グッと暖かくなったからか、セロリの芽もやっと出てきた。
うふふふ。
セロリの芽


種は蒔き始めると勢いが付いてしまう。
アレも蒔きたいコレも蒔きたいもっともっと蒔きたくなる。
天地返しのあと、買い物に行って種を買ってきてしまった。
とはいえ予定では畑はもういっぱいだ。
なので珍しく庭用に花の種を買ってしまった。

ミニヒマワリとワイルドフラワーミックス。
そしてこの夏は緑のカーテンを目指して千成ヒョウタン。
ポットに土と種を入れ、土をかぶせ、水をやる。
うふふ、なんだかウキウキしてくる。

それにしても、種を選んでいて思ったのだが、
私は花のことを知らないなあ。
かといって、食べられないものを覚える気にもなれないのだが。






↑水やりのあとでクリックしてね。






この重さがいい
昨夜は七時から苦の初総会だった。
あ、『区の』なのに『苦の』になってる、けどこのままにしておこう。

この初総会では、先月の大総会で決まった三役さんが、
今年度の行事や予算を発表する。
内容はほとんど毎年同じだ。

私の不満も毎年同じだ。
どうしてドブ掃除があんなに長いのか。
どうして


あ、いかん、またモニターが消えるまで妄想してしまった。
このことを考え始めると、すぐにバイオレンスなストーリーが、
頭の中に沸き上がってくるのだ。
なので、不満の内容を書くのはやめる。


で、出席する人の座る場所もほぼ決まっている。
発言する人もたいてい同じだ。
まるで、役割がきまっているかのようだ。
この件に関しての意見は、あの辺から上がる、言うのがわかっている。

一番後ろのソファに座って、書類の細かいミスにこだわる人。
昔はこうであった、と過去を振り返る人。
まん中の一番前で、全てに説明を求める人。
歌舞伎のように、隅っこから間の手を入れる人。
いつも立ちあがって発言するが、声が小さいので聞いてもらえない人。
必ず最後に世界情勢を語りだす人。


ふと気が付くと、前方右寄りのあたりからドブ掃除のことを言うやつ、
そういう立場に私はなっていた。

うーん、いやだ。
あの連中の一部にはなりたくない。
しかも、総会でまともに発言していても何も変わらない。
これはほかの方法を考えた方がいいかもしれない。


ちなみに今回は、
「私設消防団ってなんや?」
という質問をして、四方八方から子供に教えるように説明された。
ひょっとして、かわいがられているのか?

ホントはもっともっと言いたい文句がある。
しかしこの夜七時からという作戦にやられている。
8時半にもなってくると、もっと言いたいという欲望よりも、
とっとと終わって一杯やりたい気持ちの方が勝ってくるのだ。







↑挙手してクリックしてね。





座敷です
あんなカミナリ様みたいなカバンを持ったからだろうか。
セイテンがヘキレキをこいた。

今、わが業界は右往左往している。
あの震災で大手メーカーの生産拠点が被災し、なかなか商品が入荷しない。
いったいどうなるんだろうねえ、などとみんなで話し合っていると、
ある日、社員が事務所に集められた。

「合併します」


どかーん!
なんですとー!

相手は市内のほぼ同規模の同業社、
つまりライバル社だ。
とはいえ今までも仲良くやっていたのだが、
この急な話には驚いた。

仕事内容や待遇はかわらないし、場所も今までのままということだが、
なんといっても勤めている会社の社名が変わる。
これは慣れるまでが大変だ。
たとえば、この『いぢわるこみ箱』が明日から『ペロリと哲学』になったら・・・
あんまり困らないな。


ともかく、今社員の間ではその話題でもちきりだ。
いや、もちきりはすでに過ぎて、すでに冗談のネタになっている。

「そんなことすると向こうの社長に言いつけるぞ!」

「向こうの人にもお前がカッパと呼ばれるようにしてやる」

「あれ、どうしてこっちに出勤したの?」

こういうことが楽しい頃なのだ。


上司TやO川にも言われているのだが、ひとつだけ心配なことがある。
それは私の独り言癖だ。
繰り返しの手作業なんかをしていると、知らないうちにしゃべっている。

先日も、ついうっかり独り言で、
「ちょっとあんた」
と言ったら、後輩N岡が、
「はい」
と返事をした。

仕事は今まで通りと言うが、やはり社員は行き来をするようになるだろう。
そんなところを見られたくないなあ。


で、その独り言の原因である区の総会が、今夜ある。







↑会社には内緒だけどクリックしてね。






ちょっと高い
ぎゃー!

目覚ましセット しわすれたー!





↑四時前に一度目覚めたんだけどクリックしてね。





非常事態
年とともにいろいろな能力が衰えてくるのは仕方ないが、
最近、自転車に乗るのがヘタになってきた。
こんなに毎日乗っているのだから、上達してもいいはずなのに。

学生のころは、自転車は手足と同じだった。
左右のブレーキを使いこなし、障害物はひょひょいとよけ、
急加速急停止も思いのままだった。
歩道の縁石や路肩のラインの上をいつまでも走り続けられた。


それが今はどうだろう。
車道から歩道にあがるわずかな段差に手を焼いている。
タイヤが溝にはまったようになって、気持ちについていかない。
またそうなったときに冷静に対処できず、
自分で思い出しても恥ずかしいほどあたふたおろおろしてしまう。

スピードと位置関係のタイミングも取りにくい。
追い越そうとしている歩行者と、前方からくる自転車をやり過ごすのに、
加速するか減速するか、頭のコンピューターが計算するのだが、
結局三人が歩道の街路樹で狭くなったところでまごまごすることになる。


乗る技術だけではない。
自転車生活全体にズレが生じてきている。
スタンドを上げるのを忘れていて、カーブでガーッとこすったり、
荷台に荷物を縛るのに、最後のフックが届かなかったり、
カゴに入れた荷物が段差でびょーんと飛び出したりする。

先日、ちづると二人で自転車に乗ろうとした時だ。
二台ともライトが付かない。
電池式の方は電池が切れていて、発電式の方は電球が切れていた。
ひょっとして、自転車に嫌われているのだろうか。


先日、横断歩道のない交差点を渡ろうとした時のことだ。
長い直線道路なのだが、トラックが停まっていて見通しが悪かった。
出よう、とペダルを踏んだ瞬間、車が見えたので急停止。
のつもりが、体重が前に行きすぎていてうまく止まれず、
しかも左足のペダルを踏み外してしまった。

おとなしくサドルに座っていればよかったのだが、
お尻を上げていたので当然右足ペダルに体重がかかる。
前につんのめりそうになったのでブレーキを緩めたら、もちろん前に進む。
後ろに戻らなくては、という気持ちがあるので両足をついたとき、車が停まった。

ちょうど自転車一台分、停止ラインを越えてしまった。
つまり車道を見事にふさいでしまったのだ。
すいませんすいませんと頭を下げて、つま先で後ろに下がろうとしたが、
あまりに私のうろたえぶりが気に入ったのだろう、
運転手の女性はニコニコしながら、どうぞと道をゆずってくれた。

しかし気持ちがバックギアに入っているので、今度はいきなり前に進めない。
再びすいませんすいませんと頭を下げてやっと道路の横断に成功した。
こんな路上パフォーマンスをするつもりはなかったのですごく恥ずかしかった。
昔はこんなことなかったのに。


おそらく私は近いうちに自転車で転ぶだろう。
ひざをすりむいたりするかもしれない。
その時はここでまたご報告しよう。
たぶん転んだ瞬間、
「しめしめ、ネタができたわい」
と思うはずだし。






↑もちろん一輪車は乗れないよクリックしてね。






ああ簡単
たまにはエリちゃんの顔も見なくては、
と思い、あまり行かない火曜日だが飲みに行くことにした。
その旨をちづるにメールすると、
「ようがす」
と返事が来た。
よっしゃ、申請は通ったぞ。

私が一番よく行くその店は月曜が定休日だ。
なので火曜日は常連さんが多い。
カウンターだけでなく座敷まで埋まり、
次に来るお客さんの予約まで入っている。
カウンターの中はてんてこまいだ。

そろそろオアイソと、女将さんに声をかけようとしたが、
慌ただしくて、空振りしてしまった。
するとちゃんとそれを見ている常連さんがいる。

「お前っ、今帰ろうとしただろっ」
「なに、それは許さん」
「もう一杯飲んでいけ」
「ワシの酒が飲めんだと」

というわけで、帰るのが遅くなってしまった。
ちづるが腹をすかせて怒りだす時間だ。
ご機嫌伺いに牛丼でもお土産にしよう。

すぐそばに私の好きな『なか卯』がある。
何が好きって、うどんがあるところだ。
丼モノとミニうどん、素晴らしいではないか。

ちょうどセールで牛丼が安いらしい。
ミニうどんとセットで430円だ。
悩んでもしかたないので即決だ。


「ほうら、おみやげだよ」
と、なるべくシアワセ感を演出しながら帰宅。
ちづるの反応は、
「うおー、だがお腹いっぱい」
私を待ちかねて夕食にそばを食べてしまったらしい。

こうなると困るのが牛丼セットの扱いだ。
私はごはんものを食べてないので食べたいのだが、
一人前残ってもややこしい。
特に、ミニうどんは伸びてしまうだろうし、温め直すのも困難だ。

相談の結果、牛丼は翌日の朝食となった。
というわけで、私の夕食はミニうどん二つだ。
お腹的にも気持ち的にも落ち着かない。
台所に行ったら、私の分のそばが茹でてあった。

う~ん、ミニうどん二つにそば・・・
ダイエットのつもりでそばは明日食べることにした。






↑当然二人前クリックしてね。





どちらか卵入り
以前、とある居酒屋のご主人に、なにを注文されるのが一番いやか尋ねたら、
「玉子焼はずっとついてなくてはならないので忙しい時は困る」
と言っていた。
揚げ物焼き物ならその間ほかのことができるし、
刺身なら切って盛り付ければできあがる。

これはプロの話だ。
アマチュアはどんな料理でもその場から離れてはいけない。
料理って、瞬間的に大変化するのだ。


特に多いのが麺を茹でている時。
あの時間はとても退屈だ。
しかし、このときのお湯は麺から出た粘り気を含んでいるので暴れっぷりがすごい。
もし目を離したら、確実にそのタイミングで吹きこぼれる。
麺を茹でるときは、じっと見つめていなくてはならない。


先日、サーモンのハラミというとてもうまそうなものを買った。
脂っ気たっぷりなので焼き網で焼くことにした。
今、我が家のコンロの魚焼きグリルは使用禁止なのだ。

そこへ、私にはめったに来ないメールが来た。
ちらっと確認だけして台所に戻ると、魚焼き網が全面燃えている。
わーぎゃー騒いでなんとか鎮火したが、
サーモンは表面はコゲコゲで中身はしっとり生、という焼き上がりになった。


私は毎朝、更新をしてから弁当を作る。
ある日、ふとこの時間がもったいないのではないかと思った。
更新しながらでも、ゆでタマゴぐらいできるだろう。
お湯から茹でると殻がむきやすいと聞いたが、それだと一度立ってこなくてはならない。
めんどくさいので水から茹でた。

結局、火を小さくするために一度立って行き、
タイマーが鳴ったら火を止めに行き、
殻がうまくむけなくてキーッてなった。


電子レンジやオーブンでも、安心して任せていてはいけない。
やつらは決して考えてはいない。
この間、オーブンのふたを開けて驚いた。
下の受け皿に何やら水分がたまっているのだ。

匂いでわかった。
前日焼いたキスの干物だ。
まさか干物から水分が出るなんて。

これに気付いたのが、トーストを焼いて取り出そうとした時だ。
もちろんトーストはキスの香り。
発音次第ではウキウキしそうな感じだが、実際は不愉快だ。
やはり、オーブンとはいえ、料理から離れてはいけない。


ただ、ちづるには、
「オーブントースターで魚を焼くな!」
と離れる離れない以外の問題で怒られた。






↑火は止めてクリックしてね。







なにがどう?
もう四月だというのになかなか暖かくならない。
おかげで畑のことをすっかり忘れてた。
五月の連休には夏野菜を植え付けなくてはいけない。
あとひと月しかないではないか。

畑の前に立ってみると、葉の部分を取ったダイコンがところどころに残っている。
育たなかったブロッコリーはホトケノザに飲まれてしまった。
蒔き遅れたホウレンソウはひょろひょろ伸びてもう黄色い。
ミズナはすでに満開だ。

今日は貼ったぞ

これを全部天地返ししなくてはならない。
おじさん、トラクターで来てくれないかな、と願いつつ、
ダイコンを全部抜いてスコップで天地返しをする。
およそ一時間半、腰がクネクネになったが、
なんとかダイコン跡地は終了した。

へとへと

しかし、このあときれいに耕して肥料などを混ぜ込まなくてはならない。
それはもちろん天地返しより時間がかかる。
来週、ホウレンソウ跡地を天地返しして、
その後、肥料を買いに行って・・・

うわー、間に合わん。
とても朝寝をして十時に畑に行っていたのでは間に合わん。
それより週一では時間が足りん。
どうしたらいいのだ。

まだまだ寒いとはいっても、ちゃんと日は長くなっている。
これは会社帰りに畑に寄るしかないか。
運動不足解消とガソリン節約のため、晴れの日は自転車通勤しているが、
まさか自転車にスコップを縛り付けて通勤は出来ない。
車で行くしかないか。

などと考えながら、ともかくこの日の仕事は終了だ。
お腹は減ったし、腰は痛い。

家に帰って庭を見る。
ここも草取りをしなければ。
コマツナとレタス系の苗は順調だ。
セロリはまだ生えてこない。
暖かくなってから蒔き直しかな。

鉢はニンニクよ

てなことを考えていて、えらいことに気が付いた。
畑のことばかり考えていて、苗のことを忘れてた。
五月の連休に植え付けるつもりの夏野菜の種蒔きをしていないぞ。
トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、ゴーヤ、
夏の主役たちなのに。

ホームセンターに行って種を買ってこなくては。
ついでに夜間作業用のハロゲンライトを買ってこなくては。
まあつまり、残業ってことになってしまった。






↑耕したりクリックしてね。







スパートだ
推理小説の中に、『クローズドサークル』と呼ばれている一群がある。
俗に『孤島モノ』とか『嵐の山荘モノ』などの閉じられた空間での事件を扱ったものだ。
「なに、山の中の洋館で雨の日に殺人事件?これは土砂崩れで道が通れなくなるな」
「絶海の孤島で台風の近づく中殺人だと?たぶん無線機が壊れるな」
たいていそうなる。

中には、
「はいはい、そう言われるのはわかってますよ~」
と開き直ったものや、
あるいはそれを逆手にとって、ビックリするようなオチを用意している名作もある。
密室殺人と並んで、決してなくならない人気ジャンルだ。

作家にとっては書きやすいのだろう。
風景も登場人物も最初から最後まで変わらない。
通りがかりの目撃者がいないだけでなく、犯行時に気にする必要がない。
なによりも、ややこしい警察捜査が行えない。
犯人対探偵の図式が明確で、それ以外の人たちのパニック感も盛り上がる。

ただし、書き手はひとつだけはっきりさせなければならない難題がある。
“なんでそんな時に人殺しを?”ということだ。
なにしろ、自分も確実に容疑者になるのだ。
閉じられた空間とはいえ、いずれは警察がやってくる。
探偵はだませても、科学捜査が入ったらどうするのか。

初めから捕まるつもりだったとか、
実は不治の病だったとか、
うっかり殺人のあとはなし崩しに、なんて言い訳は許さんぞ。


そういう難点をクリアするためだろうか、
クローズドサークルをさらに一歩進めた『殺人ゲームもの』が現れた。
謎の組織が企画したゲームの莫大な賞金を目当てに人が集まり、
「実は行き残りゲームだよーん」
などと突然告げられる。

これはいい。
なにしろルールは作家の好き放題。
設定の不自然さなんかおかまいなしだ。
もちろん警察も出てこない。


そういうタイプのいきつくところ、みたいな小説を読んだ。
『THE QUIZ』だ。
作家名は、ヘンな当て字で変換できないから宣伝してやらない。

宣伝文に書かれている内容は、
優勝賞金一億円のクイズ番組の決勝に残った十人が、
一問でも間違うたびに殺されていくホラーミステリー、ということだ。
もはや、犯人すら存在しない。
クイズに間違ったら番組に消されてしまうのだ。

こうなると、ミステリーとはいいつつも、謎はたったひとつだけ。
「どういうこと?」
だ。
ワンアイデアの引き延ばしとしか思えない。

どうしてそんな本を選んだのか。
この作者、どんなことを思いついたんだろう、という興味だ。
それともう一つ、
薄かったからだ。







↑ワトソン君クリックしてね。






事件性なし
ヘンな写真で申し訳ないんだけど、
最近、新しいカバンを使い始めた。
布製ショルダー袋チャック付きだ。

貼り忘れてました

というのも、非常食や万が一グッズを持ち歩きたくなったからだ。
それには以前のカバンは小さすぎる。
そんな時、アジアンなお店でこのカバンを見つけてしまったのだ。

中には以前紹介したバッグインバッグを入れている。
そのほかには弁当と食料用袋とカメラ用ガマグチだ。
内側にひとつだけポケットがある。
一番取り出しやすいところだから、何を入れようか迷ったが、
今はケータイの充電器を入れている。

このカバンを常に持ち歩いていれば、いざというとき対応できるはずだ。
通勤だけでなく、お出かけのときも持つことにしよう。
しかし、完璧にするためにはもっと必要なものがあるはずだ。
と、いっぱい持ちたい病が始まって困っている。


で、昨日はこのカバンを持って飲みに行った。
最初は誰も気付かなかったのだが、
私が「お先に」と言ってこのカバンを肩にかけたとたん、
コソ泥だのカミナリ様だの言いたい放題されてしまった。


そのせいだろうか、私がパソコンをしている和室の蛍光灯がつかなくなった。
コソ泥もカミナリ様も暗い所にいる。

今は隣の居間の明かりをつけてこれを書いている。
よく言えば間接照明だ。
開け放せばほぼひとつの部屋なので、明るさに問題はないが、
自分のいる部屋が暗いので居候的寂しさがある。
寂しさはいいが、これってやっぱり目に悪いだろうか。

私は起きぬけにパソコンをつけるので、最初はとてもまぶしく感じる。
これが目に悪そうなので照度を半分以下に落としている。
以前はこの機能を知らなくて、薄いサングラスをしていた時期もあった。
それでも、小さい字はどんどん読みにくくなってきた。


そのうえ、同じことを何度も言うようになってきた。
傷が治りにくくなってきた。
急にしゃがんだら関節がポキッてなった。
理由を覚えていない筋肉痛が出るようになった。
寝ていて口の中を噛んだ。


年をとると、持ち歩かなくてはならないものがどんどん増える。
タイヤがついていて椅子にもなるカバンに替えようかなあ。







↑今日は出勤なのでクリックしてね。








すまんことで