2011年03月

ここでは、2011年03月 に関する情報を紹介しています。
畑仕事のあと、どうも右の靴下だけ汚れると思ったら、
やっぱり長靴に穴が開いていた。
安物だから仕方ないが、長靴だけに腹が立つ。

何が腹が立つって、普通の靴なら穴が開いてても履けるのだ。
長靴の一番の目的は防水だ。
防水をしないのなら、わざわざ見た目も通気性も悪いモノを履いている必要がない。
ダムと同じで、小さな穴でもそれは致命的だ。
もはや、捨てるしかない。


捨てる時が腹立たしい。
たとえばスニーカーに穴が開いたとしよう。
計算しやすいよう、穴の大きさが全体の9%と設定する。
同じ穴が、スニーカーの3倍の大きさの長靴なら、
穴が占める割合は3%だ。

ここで逆を考えてみよう。
長靴は全体の97%が無事でも捨てなければならない。
なのにスニーカーなら、全体の91%が無事な場合、まだ履ける。
つまり、長靴の『長』の部分は無駄に捨てなければならないのだ。


さらに、長靴が靴であるということが災いする。
靴というのは左右がそろってこそ、存在意義がある。
右に3%の穴が開いたら、左も捨てることになる。
なんと全体の98.5%が無事でも捨てられるのだ。
ああ、最初に穴の大きさを12%にしておけばよかった。

しかも、長い分だけごみとして大きい。
ほかの靴と比べてかなり粗大だ。
たとえばスリッパなら、両足分を片一方の長靴に捨てることができるぐらいだ。
これは、環境面から考えても嘆かわしい問題だ。


だからだろうか、長靴はよく捨てられている。
不法投棄されているところや、川のよどみや、道端なんかに長靴はある。
ただ、おもにそういうところで使われるものだけに、捨てられている感が少ない。
誰か忘れてったのかな、休憩中かな、落としたのかな、と想像してしまう。

そこで、穴のあいた長靴の利用法を思いついた。

透明人間は全裸だ。
見えないのだから平気だ。
なにしろ着てたらばれるのだ。
でも、裸足は辛い。
足が痛くなるはずだ。

そんな時、穴のあいた長靴を履くのだ。
そうすれば足が痛くない。
で、だれかに気付かれそうになったとき、お姉さん座りをするのだ。
もうこれは誰かが忘れてった長靴にしか見えない。

というわけで、透明になる薬を発明したときのために、
穴のあいた長靴は保管しておくことにしましょう。
それだけでゴミが減るんですよ。
ね。







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こけませんように
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ちづるが「もう飽きたー」と言う。
もちろん、あのCMのことだ。
ぽぽぽぽーんと『こんにちワン』や『ありがとウサギ』が踊るやつ。
ただし、ちづるが言うのは「もうやめろ」ということではない。
「新作が見たい」ということだ。

しかし、それはなかなか難しい。
出てくるキャラクターは挨拶+動物で成立している。
動物の数は多いが、挨拶の重要どころはすでにおさえられている。
これはホイホイ思いつくものではない。
そこで、居酒屋で会議をした。

まず思いついたのが「ごめんください」だ。
でも「サイ」はすでに「おやすみなサイ」で使われている。

い、い、い・・・イノシシ。

よし、『ごめんくださイノシシ』で決定だ。


そういえば「ただいマンボウ」がいるのに、
「いってらっしゃい」がまだ使われていないではないか。

い、い、い・・・イボイノシシ。

よし、『いってらっしゃイボイノシシ』に決定だ。


ほかに挨拶といえば、非常に限定的ではあるが、
「あけましておめでとう」はとても重要な挨拶だ。
だが、「う」は「ありがとウサギ」と「おはよウナギ」にとられている。

う、う、う・・・ウリボウ。

イノシシばっかりか!


会議は活発になり、意見はいろいろ出るが「これだ!」というものがない。
『もうしわけございまセンザンコウ』
動物がマイナー過ぎる。
『おじゃましまスズキ』
魚類は描き分けが難しい。

ちづるが画期的な案を提出した。
『かたじけナイロビワニ』
動物が地域限定になった。
これで地名も使えるようになる。
でも、ホントに存在するのか、ナイロビワニ。

それならワシも、と対抗した。
『お元気でスカンジナビアオオヘラジカ』
いるのか、スカンジナビアオオヘラジカ。


行き詰っている会議に打開策が見えた。
考えてみれば一番手が「こんにちワン」だ。
鳴き声ではないか。
それなら使ってみたい動物がたくさんいるぞ。
鳴き声と言えば「ほーほけきょ」のウグイスや「ぴーひょろろ」のトンビ。
そういえばこのメンバーにネコがいないのはヘンだ。

あー、ないかなないかな。
「ほ」や「ぴ」や「にゃ」で終わる挨拶、ないかな~
ともかく、酒の席で会議をしちゃダメだな。






↑AC~♪





ぽーん
漢字というのは、便利な半面ややこしい。
一字ごとに意味があるから、知らない単語でもそこそこ推理できるが、
ちゃんと知っている字でも、場合によって読み方が違ったりする。

最近、テレビのクイズ番組でも漢字がよく取り上げられている。
自国の言葉がクイズになっている国なんてあるのだろうか。
ま、アナウンサーやレポーターでもあの程度の日本語力なんだから仕方ないか。


中でもややこしいのは、同じ書き方でも読み方が異なる場合だ。
たとえば『埋める』
これは『うめる』とも『うずめる』とも読める。
しかも、使い方まで同じだから途方に暮れる。

『分泌』は『ぶんぴつ』なのか『ぶんぴ』なのか。
ちなみに今打ってみて、どちらでもこの字に変換された。
自分の体から出てくる粘り気のある水分が、
「ぶんぴつ」されているのか「ぶんぴ」されているのかわからないなんて気持ちが悪い。

『細々』は『ほそぼそ』なのか『こまごま』なのか『さいさい』なのか。
『細細』と書いて『ほそこま』と読むことは可能なのか。
どうして『さいさい』は変換されないのか。
やっぱりそうは読まないのか。


これが名前ともなるとさらにややこしい。
なにしろ、個人が勝手に読み方を決めてしまうのだ。
いまや『正吉』が『まさよし』か『しょうきち』かといった問題ではない。
人名はSFになりつつある。

そんな現代にふさわしい逸話をひとつ。


昔、大きな鬼が二匹いました。
一匹は、右手で都の建物を壊してまわる右利き鬼。
もう一匹は、左手で人や家畜をさらう左利き鬼です。

二匹は散々暴れ回った後、隠れ家に帰って自分のしたことを自慢しあいます。
「オレは今日は、大きな寺を壊してやったわい」
「ワシは牛車を引く牛をさらってきたぞ」
こうして朝まで酒を飲むのです。

ある日、右利き鬼がこんな自慢をしました。
「オレの名前は『みぎききき』と『き』が四つも並んでおるぞ」
こう言われた左利き鬼は悔しがりました。
『ひだりききき』には『き』が三つしかないうえ、
なんだか語呂が悪いのです。

左利き鬼は元気がなくなりました。
さらってくるのもイヌやウサギやマンボウばかりです。
右利き鬼は心配していましたが、ある日左利き鬼がうれしそうな顔で言いました。
「ワシは改名するぞい」
「ほう、どんな名に?」
「さうすぽ鬼じゃ」

右利き鬼は首をかしげました。
『さうすぽき』とは変な名前です。

「ちがうちがう、これは『さうすぽーに』と読むのじゃ」

右利き鬼は、やっぱりヘンな名前だなあと思いながら、
外国っぽい感じがちょっとうらやましいのでした。



どうだろう、この話。
これでよくわかったのではないだろうか。
今日のネタがほんの思いつきを薄く引き延ばしたものだということが。






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タロウじゃないよ
カメラのバッテリーを買いに行った。
その前にお昼を食べながら、いくらぐらいするか考えていた。

「3000円ぐらいはするんじゃないの」

というちづる。

「予算は800円なのに」

という段取りの私。
結果は、4200円。


4200えん?!


4200円と言えば軽く2ノミニイクを超えている。
あんな薄っぺらい乾電池に毛が生えたようなものが!
もうちょっと足したら新しいカメラが買えるのではないか。

よろめいた拍子にたどり着いたカメラの値段をリサーチした。
パッと見で一番安いのが12800円で、1400万画素。
私のカメラが800万画素だから倍に近い性能だ。
ほかにも私のカメラについていない機能が付いている。

とすると、バッテリー3個分のお金を払えば、
カメラ自体がレベルアップし、新しくなるのだ。
バッテリーを買えば、バッテリー1個分の値段だが、
当然カメラは古いままだ。


しかし、今新しいカメラを買うと、今までのカメラはどうなるのだ。
充電がされないだけで、カメラ自体はまだ十分動くのに。
これはとてももったいない気がする。
とはいえ、そこそこの年数は使っている。
バッテリーを買ったとたん、本体がイカれることがないとはいえない。

そこへちづるが、
「あんたにはこれがいい」
とおススメしてきた。
ちょっと大きめで厚みがある。
確かにこれだと私の太短い指でも扱いやすそうだ。
しかも、単三乾電池が使用できて16800円。
4バッテリーだ。


ああ~いかん、考えがまとまらない。
ちょっと売り場を離れよう。
あまり悩んでいると店員が「いかがなさいましたか」などと寄ってくるかもしれない。
この状況をもう一度、初めから説明するなんてまっぴらだ。

で、隣のケータイ売り場に行った。
そういえば、最近ケータイも充電回数が増えている。
バッテリーが弱っているのかもしれない。
もう4年使っているし、そろそろ替え時だろうか。


ちょっと待てよ。
もし、ケータイを替えたら、ケータイで写真を撮ることが増えるのではないか。
今のケータイのカメラは性能が悪いのでめったに使わないが、
世間の人はやたらケータイで撮影している。
新ケータイになったら私も世間並みになれるかもしれない。
そうなったら、カメラの使用頻度は下がるはずだ。

しかも、ケータイなら支払いは家計子さんだ。
私のフトコロは痛まない。
なんで4200円も払わねばならないか。

ああ、とはいえカメラはやっぱりカメラ。
ちづるのおススメも捨てがたい。
あああ。


年内にはみなさんに結果発表ができるかもしれません。







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夢ならさめて
寒い。
寒の戻りだ三寒四温だというけど、こんなに寒くていいのか。
セロリの芽が出ないではないか。
畑に行く気力がなくなるではないか。
カメラのバッテリーがイカれてしまったではないか。

充電器に差し込んでおくと、ちゃんと充電中のランプが点灯するのだが、
丸一昼夜たってもそれが切れない。
強制終了してカメラに入れると、全然充電されてない。
説明書によると、暑すぎたり寒すぎたりすると充電できない場合があるらしい。
だから、寒すぎるのだと思っていた。

でも、よく読んでみると、その場合はランプが点滅と書いてある。
やはりもうダメなのか。
その場合ダメなのは、バッテリーだとは限らない。
充電器がおかしいという場合も考えられる。
もしかしたらカメラ本体が悪いのかもしれない。
あるいは、コンセントが、いや、送電されてくる電気自体が・・・

「バッテリーじゃ」
とちづるに言われたので、今日はイヤンマダヨ電気でも見てこよう。


電池と言えば、今、O川が単一電池を探している。
自宅のガスコンロの着火用電池が、そろそろですよの点滅をしているそうだ。
これがなくなるとガスコンロが使えない。
普段の食生活にかかわる大問題だ。

ところが、今、世間には電池がないらしい。
震災の影響からか、大手電気店もスーパーも百円ショップも、
懐中電灯に使う単一電池の棚は空っぽだ。
単三電池を中に入れると単一として使える便利グッズも見つからない。

そこでやつが思いついたのが、電池の自動販売機だ。
なるほど、それは気付いていない人も多いだろう。
思いついたとして、どこにその販売機があるかなかなか思い出せないものだ。
当然、私たちも思い出せない。
いったいどこにあったっけ?


電気屋さんの前にはけっこうあったように思う。
ジュースやたばこの販売機が並んだ端っこにもあったりする。
なんでこんなところに?というところにもあったはずだ。
どちらかというと、町中より田舎でよく見たような気がする。

「あの通りになかったっけ?」

「覚えがないなあ」

「あの店の前は?」

「どうやった?」

「あそこにあったやろ」

「あれは家族計画」


なにしろ、いままで興味も必要もなかった販売機だ。
頭で考えているだけでは埒が明かない。
会社帰り、ちょっと気をつけて見ていたら、ある電気屋さんの前にあった。
車を停めて見てみたが、どうも作動している気配がない。
節電だろうか。
でも、ここに販売機があるとO川に教えてやろう。







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あんがい高性能
早朝四時、のどがカラカラで目が覚めた。
花粉のせいか、ゆうべ酔っ払ってコタツでうたた寝したせいか、
鼻がすっかりつまってしまって、口で呼吸をしていたらしい。

普段なら四十分後には起きるのだが、今日は休みだ。
もう少し寝ていたい。
とりあえずトイレに行き、口をゆすいで寝床に戻った。

しかし、鼻がつまったままでは同じことの繰り返しだ。
なんとかスムーズな鼻呼吸を取り戻して安らかに眠りたい。
そこでこういうときの秘密兵器『ヴィックス・ヴェポラッヴ』を塗った。
風邪のときは胸やのど一面に塗るが、今日は鼻の下だけだ。


水分に邪魔されるのを避けるため仰向けになり、
蒸発したヴェポラッヴを逃がさないように、鼻まで毛布を引き上げる。
このスーハーした香りはたいしたもので、
じきにわずかながらも鼻に通り道ができた。

これを再び閉じさせないためには鼻呼吸を続けるしかない。
シカやイノシシが通っていれば、藪にでもケモノ道ができるのだ。
だが、入ってくる空気の量はとても少ない。
標高四千メートルレベルだ。
肺が欲しがるだけ酸素を取り込もうとすると時間がかかる。

吸うのにそれだけかかるなら、当然吐くのにも同じだけかかる。
つまり呼吸のスパンが長くなる。

すううううぅぅぅぅぅーーーーーーーぞぞろろ

いかん、水分が湧いてきた。
このまま吸いこんで飲んじゃえ。

問題は吐いている時だ。
ちなみに鼻呼吸だと「すー」の反対は「はー」ではない」
私は「ふー」と表すことにしよう。

ふううううぅぅぅぅぅーーーーーーーじぴじぴ

ヘンな日本語になるが、吐いているときは吸うことができない。
だから、一瞬だけ吸うことになる。

ふうううぅぅぅーーーーじぴじぴ  ぞっ  ふううぅぅーーん

ものすごく苦しくなって、口で深呼吸した。
もう一つの秘密兵器の出番か。

鼻梁に貼り、反発力で鼻の穴を広げるシールが手の届く引き出しに入っている。
しかし、もうほとんど朝だ。
今からこれを使うのはもったいない。
この方式だけ利用しよう。
今まで呼吸だけに働いていた神経を、鼻の穴を広げることに使うのだ。

鼻の穴をどこかの筋力を使い意識的に広げる。
これで多少は呼吸が楽になったような気がする。
ただし、顔は谷村新司の顔マネみたいになっている。
なんとカワユくない寝顔だ。
それでもなんとか眠りに落ちていった。


六時過ぎに目が覚めた。
のどにサザエのしっぽみたいなものができて苦しいのに、
医師としてドクターヘリに乗り、なにもできなくてオロオロしている夢を見た。






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ハナ痛い
困ったことに、私はいまだに50枚ほどのテレフォンカードを持っている。
むかし、やたらとお土産にくれる人がいた。
「○○さんがくれたテレカがいっぱいたまっとる」
と言ったら、テレカ用のアルバムまでくれた。

だからほとんどは地方のものだ。
あとはどこかの会社の宣伝用とか、
お店の何周年記念とか、
なにかのキャラクターものだとか、
つまり、どうでもいいものだ。

しかし、中には私の写真をテレカにしてくれたものや、
懸賞で当てたものなど、お気に入りもあるのでなかなか処分できない。
これ以上増えることもなく、使うこともできない困ったコレクションだ。


このなかに、特筆すべきテレカが四枚ある。

財産

わかる人にはわかるだろう。
今はもうないのもあるが、四枚ともアウトドア雑誌のものだ。
なぜ特筆しちゃったかというと、
この四枚は、私が読者の声コーナーに投稿して、採用された証しなのだ。
つまり、私が稼いだテレカなのだ。


投稿が採用され、自分が書いたものが雑誌に掲載されるのは、
けっこうなコーフンものだ。
もちろん、その内容も覚えている。

どれがどれだったかは忘れたが、
「炭は車に置きっぱなしてもいいかという質問」
「レンガを敷いていてぎっくり腰になったイラスト」


やっぱり覚えていない。


考えてみれば、今は誰でもが私の書いたものを見ることができる。
現に大勢の人に見ていただいている。
採用かボツかは私が決めているということだ。
もちろん、テレカはもらえないが、なんとありがたいことだろう。


なのに、今朝は目覚ましのタイマーをセットし忘れあわてている。
「今日のネタはボツやな」
と、あとでちづるに言われることであろう。






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いいがかりや
私が朝一番に口にするのは青汁牛乳だ。
粉末の青汁に牛乳をそそぎ、電子レンジで温めて飲む。
まず体が温まるし、これはなかなかイケるとと思う。

朝食後には、牡蠣ウコンとブルーベリーの・・・なんというんだっけ?
錠剤というかカプセルというか、そんなものを飲む。
もちろん、肝臓と視力のためだ。
物忘れに効くものがあればそれも飲みたい。


仕事中は、常備しているピーナッツや飴をときどき食べる。
前の日のおやつの残りは早い者勝ちだ。
休憩したいとコーヒーを飲む。

お昼は弁当のあと、豆乳を飲み、ゴマミックスを口に入れる。
黒ゴマ白ゴマのほか、松の実やカボチャの種もはいっている。
これをチビチビ噛みながら本を読む。

夕方には、コーヒーか紅茶とおやつが出る。
アラレだったりパンだったりチョコレートだったり団子だったり、
あんがい楽しみになっている。


夕食は、休肝日を作ったとはいえ、お酒を飲むことが多い。
そうなると、おかずを食べてしまった後、
おつまみ系やらスナック系やらに暴走してしまうことが多い。
でも、ごちそうさましてしまったら、腹が減っても何も食べない。

そして寝る前には水分を摂る。
トマトジュースがりそうだが、梅酒や炭酸だったりいろいろだ。


こうやって並べてみると、
朝はけっこう健康のことを考えているが、
時がたつにつれ、乱れて行くのがよくわかる。
一日が終わるときに反省し、朝は殊勝な気持ちでいるのだが、
どんどんその気持ちを忘れていくようだ。


ちづるが六個入りぐらいの小さいパンを買ってきた。
会社に持っていって、お昼に食べろという。
昼間は働くのだからいっぱい食べて、動かない夜を減らせという理屈だ。

私の弁当は、私にしては小さい。
今見てみたら、480mlだった。
これになるべく軽く盛る。
一応、ダイエット的な気持ちが働いているのだ。

つまり、ここで私とちづるの意見は対立している。
ここで食べたら、一日の中にダイエット的要素がなくなってしまうではないか。
しかも相手はパン。
しばらく行っていないコンビニを思い出してしまうではないか。
ここは断固として、

え、でも、その、はあ、そうですかぁ~↑
じゃ、遠慮なく。







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ブラボー!
この『いぢわるこみ箱』の更新はいつも早朝にしている。
休みの日は少し遅いこともあるが、それでも朝のうちと決めている。

この間の休日は、なぜかFC2さんの機嫌が悪く、朝更新ができなかった。
墓参りの日だったので仕方なくそのまま出かけ、
夕方帰ってきてからの更新になった。
FC2さんを開いてみたら、いつものゴキゲンに戻っている。
普段通り更新するつもりでネタや絵は書いてあったので、アップするだけだ。

その作業をちづるに見られた。
ちょうど『マイピクチャ』を開いている時だ。
保存してあるヨンホンゲの絵を見て、やつはこう言った。

「おんなじような色合いの絵ばっかりやな」


ご存じのように、ここに載せている絵の背景は、基本的にクリーム色だ。
外である、とわかってもらいたいときは青空だ。
そんな人はいないと思うが、勝手に疑問に答えよう。

まず、背景は塗らなくてはならないのかというと、塗らなくてはならない。
ヨンホンゲの手足は線だ。
そして、服は白だ。
背景が塗ってないと、区別がつかなくなる場合がある。

たとえば、腰に手を当てているとしよう。
すると、手の線で囲まれている内側にモノがあるかないか知らせるには、
向こうが見えているかいないかだ。
背景の色を塗ることによって、それがわかりやすくなる。


次に、なぜクリーム色か。
無難だからだ。
私は昔から彩色が下手だった。
派手な色は失敗するに違いない。

また、ペイントソフトは色を作ることもできるが、
まずはいくつかの中から選ぶことが基本だ。
文字は派手な赤。
で、空の青でもなく、植物の緑でもなく、土の茶色でもないとなると、
クリーム色だったのだ。


青空になぜ雲を描くか。
描かないと空だとわからないからだ。
もうひとつ、なぜかどんな明るい青を使っても、
全面を一色で塗ると薄暗い感じになる。
曇り空にしか見えんと思って雲を描いたら明るくなった気がした。

一度、調子に乗って鳥を描いてみたことがある。
それはどう見ても汚れにしか見えない。
なのでやめてしまった。
なかなか難しいものだ。


ともかく、この方針は成功だったと思う。
なにより、パターンが決まっているというのは楽だ。
背景が同じだと、続けてみても目になじみやすい。
スライドショーで見るとまるでヨンホンゲが生きているように・・・
ではなく、毎朝ワシは何をやっとるのか、と思う。







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まかふしぎ
お彼岸だったので、ちづるのお母さんと三人で墓参りに行った。
その帰り、昼ごはんを食べる店を探していたらいい感じのうどん屋さんを発見。
その店に決め、私はカツ丼とミニうどんのセット、
ちづるはうどんとミニちらしずし、お母さんはうどんとミニタマゴ丼を頼んだ。

なかなかおいしかったのだが、特にちづるがちらしずしを気に入った。

「小さく切ったエビ天がはいっとる」

「ほう」

「錦糸卵がふわふわで」

「ほうほう」

「ごはんが暖かい」

「え、酢飯が?」

「酢飯と言うより、天丼のつゆのみたいなのがかかっとる」

「ちらしずしじゃないじゃん」

その話を聞いていたちづるのお母さんが、

「私もそれにしたらよかったわぁ。
 タマゴ丼なんかウチでもできるのに」

ならどうして選んだのか。
ほかにもいろいろあったのに。


そのあと、仏壇の“りん”の下に敷くザブトンが欲しいというので、
ホームセンターにいってみた。
そういう売り場になじみがないのでずいぶん探したが、
店員さんに聞いたら置いてないということだった。
で、ちづるのお母さんはカゴを買った。

もう一軒行ってみたが、やはり置いていない。
ちづるのお母さんはのこぎりを買った。

炊飯器が欲しいというので電気店に行った。
親子で炊飯器を吟味しているので、私は別の売り場を見ていた。
しばらくするとちづるがやってきて、

「もうしんどいから帰るって」

種類がありすぎて、見るのがしんどかったらしい。

このあと、ちづるの実家で一休みしたあと、
本屋に寄って、スーパーに寄って、帰ってビデオ観た。
というような、わざわざ発表するほどでもない一日だった。





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名前は知らん





昨日は区の大総会だった。
一年を総括し、新三役(区長、会計、書記)を決める。
一ヶ月後には、選出された新三役が予算や予定を報告する初総会がある。
今から書くのはこの総会で実際に起こったことである。


一年の事業報告、決算報告、監査報告などが済んだあと、
選挙の前にその他の事項が話し合われる。
その中に、
『前区長が顧問として残ることについて』
という項目があった。
新三役だけでは全員素人で、また一から覚え直しだ。
なので、去年の初総会でこうしたらどうかと意見が出ていた。

「で、顧問の手当として二万円を考えているのですが、
 それでいいと思う人は拍手を」
と区長が言うと、ワ―ッと拍手が起こる。

すると監査をしているMさんが手を挙げた。
今までもわからないことは前区長に聞きに行っていた。
はっきりとした仕事もないのに手当を出すのはいかがなものか、という意見だ。
どこかから「手当なんかいらんやろ」と声が上がった。

「では、手当は無しということで、いいと思う人は拍手を」
ワーッと拍手。

すると、以前議長をしたOさんが手を挙げた。
相談役は必要なのだから、手当を出して三役の話し合いに出てもらうことにしたらどうか。

「いいと思う人は拍手を・・・」
とここで、
「区長、拍手もらう前にほかに意見がないか聞いたらどうや」
と誰かが言った。
「で、区長は一年間区長をしてそういう役が必要やと思たんか」
と誰かが言った。

「まあ、そんなに必要ってこともないけど、おらんと困るし、
 今はいらんとしてもあと後いるようになるかもしれんし・・・」

唯一二期連続で区長をしたことがあるNさんが大声を上げた。
「昔は村会議員と前区長がそういう委員をやっとったんや。
 それが市と合併して議員がおらんようになったから委員がなくなってしもたんや」

するとMさんが、
「委員、まだあるよ」

「え、まだあるの?」

「三役が知らんって、どういうことや」

「で、その委員って誰や」

「前区長や」


参加者のほとんどの腰がくだけた。
要するに、以前にもまったく同じことが話し合われ、
前区長が委員として相談役をするということが決まっていたのだ。

「そしたら委員を顧問にするか」

「名前だけ変えても仕方ないやろ」

「そしたら手当は」

「今までそれでよかったんやから、いまさらいらんのと違うか」

「それでは、このまま、ということで、いいと思う人は拍手を」


こんなやり取りをずーっとエコーの効いたカラオケマイクでやっているのだ。






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いいんかい
畑に行った。

やあ

曇るのでメガネはやめた。


まず、一番にしなければならないのは、エンドウの支柱立てだ。
つる性の植物なのに植えっぱなしなので横に伸びている。
伸びた同士がからまり合うとややこしい。
今のうちに上方向に誘引しなくては。

まず支柱となる竹を立てた。
グラグラしないように横棒を当てて固定した。
エンドウの高さぐらいの位置にビニールひもを張る。
一往復、つまりひもは二重になっている。
その間に苗ををはさむのだ。

やってやったぜ

これで苗が上を向いた。
根元の葉も土まみれになりにくいのではないか。
締めてないから苗への負担も少ないと思う。
このあと、全体にネットを掛けたから、勝手にからんで成長してくれるだろう。


さて、もう一つの大仕事だ。
ペンペン草を筆頭に、春の根っこの丈夫な雑草たちが生え始めている。
野菜はどうかといえば、もちろん同じ植物、どんどん成長している。
咲いちゃいけない花が咲き始めている。

見上げてみました

これはチンゲンサイだ。
コカブもダイコンもミズナも、菜の花畑になろうと頑張っている。
しかし、それを許可することはできない。
夏野菜の予定を考えると、そろそろ耕しておかなくてはならない。

チンゲンサイとコカブは全部引っこ抜いた。
育たなかったサニーレタスはそのまま天地返しだ。
スコップで土を裏返す。
表面の雑草は土の下になり、そのまま土に・・・
なかなかなりはしない。

後で耕しているとどんどん出てくる。
だったら先に草取りをしておけばいいのだが、
イヤなの。





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まず一本
昨日は叔父のお葬式に行っていた。
母方の親戚が集まるのはずいぶん久しぶりだ。
中には二十年ぶりに顔を合わすいとこもいる。

こういうときの対応が私は苦手だ。
とりあえず、
「このたびは・・・ゴニョゴニョ」
とあいまいな挨拶をするが、その後の話題が難しい。
なにしろ、テッパンの爆笑ネタも使えない。

ただひとつ、私には秘密兵器があった。
母方の親戚にだけ使える技だ。
それは、

「頭が薄くなっちゃって」

だ。


母の兄弟やその子に頭の薄い人はいない。
八十を過ぎた伯父も、真っ白になってはいるが私より多い。
父方の血筋も毛が多い。
祖父は九十台半ばでなくなったが、その時でも髪が黒かったという人だ。
私の父も弟も、白髪性ではあるが毛に不足はない。

ただ一人、母方の祖父だけが全くのつるつるてんだった。
逆光になったとき産毛がわかる程度で、モミアゲもエリアシもなにも無し。
「ガラス職人が今膨らませたばかり」というような頭だった。


だから私が、この親戚筋で、
「頭が薄くなっちゃって」
と言うと、
「あ、   おじいさんの~」
と、うっすら盛り上がるのだ。

ある伯父には、
「お前一人がかぶったんやねぇ」
と言われ、
本家のいとこには、
「えらいもんもろたなあ」
と笑われ、
また別のいとこには、
「ホンマやな」
と納得された。


こうして私はこの難局を乗り越えることができたのだが、
後になってふと思う。
なぜワシに。






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手抜きに見える?
最近の日本人はいつも怒っている。
私もよく怒られる。
怒られた私も腹を立てる。
これはよくない傾向だ。

やはり怒るにしてもいろいろやり方はあるのではないか。
書店のハウツー本コーナーに行けば『正しい子供の叱り方』なんて本があった。
当然、大人にも正しい叱り方があるはずだ。
ちづるが私を叱るもっとも優しい言葉は『あほんだら』だが、
もうちょっといい言葉をチョイスしてもらいたい。


そこで思い出されるのは、往年のアイドルユニット「フィンガー5」
デビュー曲『個人授業』の冒頭だ。

♪いけない人ねと言って、いつもこの頭をなでる
 しかられていても僕は、なぜかうっとりしてしまう、あなたは先生

文脈からわかるように「いけない人ね」というのは叱る言葉だ。
驚くべき手段だが、叱られている側に「うっとり」という自覚症状があるのだから、
この言葉には効果があるというしかない。
この魔法の言葉を検討してみよう。


「いけない」というのは、よくないとか悪いといった意味合いの言葉だ。
ただしとても上品だ。
普段から使いなれてないと、おいそれとは出てこない。

たとえば、水の入ったコップを倒してしまったとしよう。
私なら、
「うわー、しもたー、コンチクショー!」
と叫ぶところだ。
ここで、
「あ、いけない」
と言える人種が存在する。
そういう上品さが叱り方にも必要だということだ。


そして「人」
怒っていると、つい、
このボケこのカスこのマヌケこのヌケサクこのアンケラソなどと、
「この」を多用してしまう。
この「この」はモノに対して使う言葉だ。
叱るときも相手を人として扱う、これは重要だ。

最後に「ね」
いろんな意味合いはあるだろうが、怒りのセリフにあまり「ね」はつかない。
怒りながら「○○ね」なんて言うのはゼンジー北京ぐらいだ。
知らない人は検索してネ。
つまり「ね」をつけることによって、怒っている感じを打ち消しているのだ。


上品に、相手を尊重し、怒りをぶつけない、
なんと素晴らしい叱り方なのだろう。
世の中の奥様方にぜひこの「いけない人ね」を採用してもらいたい。
ついでに頭もなでてもらいたい。


今、ちょっと想像してみたのだが、
やっぱりやめてもらいたい。






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いけなかったのね
私はカバンを替えるのが大好きだ。
ポケットがいっぱいあるカバンに持物を分けて入れてみたり、
大きな袋みたいなカバンに何もかもごっちゃで入れてみたりする。

今持っているのは、花粉が付きにくいようにビニール製の小さなカバンだ。
小さく折りたためるタイプなので、ポケットが少ない。
そこでバッグインバッグと言うものを買ってみた。

ポケットいっぱい


これはいわばポケットの総集編だ。
大小さまざま、ボタン付きチャック付きメッシュ地など、
いろいろ愉快なポケットが付いている。
そうなると、いろいろ入れたくなるではないか。

とりあえず、筆記用具と本と薬とゴマを入れていた。
まだまだポケットがあるので物足りないが、
持てば持つほど重くなるので、あまり増やさずにいた。


そこへ先日の地震だ。
なにか備えをしておかなければならない気になった。
出先でも何が起こるかわからない。

ということで、昔好きで集めてたアウトドア用品の中から、
いくつか役に立ちそうなものを出して来た。

ガラクタと呼ばれてる


まず、右奥は手回し式懐中電灯だ。
ラジオとケータイの充電機能も付いている。
左は有名なアーミーナイフだ。
ワインの栓抜きなんぞは要らないのだが、取りはずすことはできない。

右前は現代版火打ち石だ。
本体をナイフで削ると着火性のある粉になり、
黒いラインをナイフで擦ると火花が出る。
実際やってみたことがないので、役に立つかどうかはわからないが、
水にぬれても使えるということが重要だと思って持つことにした。

会社でそんな話になったとき、これを上司Tに見せて説明してやった。
へぇ~、と感心した後、
「どこに売っとんの? いくら?」
どうやら欲しくなってきたようだ。

「捨てへん?」
捨てない。



ともかく、避難所のみなさんが少しでも早く落ち着いた生活ができますように。






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増やしたい
日曜日、買い物帰りに珍しくケーキ屋に寄った。
どこかの誰かがバレンタインデーに対抗措置をとったからだ。
義理人情に厚い社長の奥さん並びに事務所の女子、合わせて四名に、
おそらくソレ用に用意された、プリティーな包みを買った。
月曜日、ホワイトデー本番にそれを渡して一件落着。

ではない。
ケーキ屋にはちづるもいっしょに行った。
これでちづるの分を買い忘れたら、いかなる処罰が待っているか考えるだに恐ろしい。
仕事が終わって帰り道、またケーキ屋に寄った。


店には私と同じく処罰を恐れる男性が何人かいた。
ショートケーキなら自分も食べられると思い、二人ほどの後ろに並んだ。
遠目にショーケースを見て、どれにしようか選ぶ。
ちづるはまた写真を撮るだろう。
あの赤くて派手なのにしよう。

と考えている時に、
「お決まりですか」
と声を掛けられた。
勝手に並んでいるつもりだったのだが、前の二人は梱包待ちだったようだ。

私はあわてて、コレ、と指さしたが、店の人からは見えない位置だ。
名前を言わなくてはならない。
この赤いケーキの名前は、

「すいません『和くんの初恋』をふたつ、と」

和くんって誰や。
おそらく私はそのケーキより赤くなっていたのではないだろうか。
男二人と女子一人が見守る中、「初恋」なんて単語を口にしようとは。
それをごまかそうとして「と」と言ってしまった。
もうひとつケーキの名前を言わなくてはならない。

冷静を装ってはいるが、精神は泡を吹いてヘッドバンキングしている。
わずかに残った理性が、カタカナで5~6文字の無難な名前を捉えた。
その名前は覚えていない。
とりあえず、そのあと「以上で」と言うことができた。


夕食後、ちづると『和くんの初恋』を食べた。
ラズベリーの甘酸っぱいケーキだった。
ちづるは写真を撮り忘れた。






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パテシエもやる
どうやら花粉の飛散量はまだまだピークを過ぎてないようだ。
今もハナがぞろぞろ出てくるのでかんだところだ。
ティッシュがちょうどラスト一枚で「助かった」と思ったのに、
ハナの量が多すぎてドビュッシー、
納まりきれずに新しい箱をおろす羽目になった。


先日、通勤途中の交差点で信号待ちをしていると、
小学生女子が、こちらを指さしてこそこそ話しているのが目に入った。
ゴーグルの奥の目がそちらを向いていることに気付いてないらしい。

最先端

その時の格好はこの↑の写真とはちょっと違う。
頭の布が花柄だった。
またこの日は運が悪く、PTAが黄色い旗を持って通学路に立つ日だった。
挨拶をするたびに、見えないけれども顔を赤らめていたのだ。
今考えたら、挨拶をしなければ私だとわからなかったんじゃないか。


やはり、一番の問題点はゴーグルだろうと思い、
探した末にやっと見つけた。

じゃーん

なんとヒーローみたいなメガネだろう。
宇宙刑事ギャバンのようだ。
同じ宇宙でも、スターウォーズの砂漠の民とは大違いだ。

これに合わせて、メガネの曇らないマスクを買った。
鼻の横にできるマスクのすき間がスポンジのようなものでふさいである。
ただ、このマスクは高いので、隙間ふさぎ部分を取ってまた使おうと考えていた。

これがまた頑丈に付けてある。
モノ自体がやわらかいので、無理に取ろうとするとちぎれてしまうのだ。
これは企業の嫌がらせだ。
『メガネ曇らないマスク』を売らんがための作戦に違いない。
こういうところが資源の無駄遣いなのだ。

だが私は負けない。
今度百円ショップで低反発耳栓を買ってきて、
マイすき間ふさぎを作るとしよう。


鼻の中に塗る薬も買ってみた。
どう考えても理屈がわからないので今まで買わなかったのだが、
友人にけっこう効き目があると聞いて試してみることにした。

小さなチューブの割にけっこうなお値段だ。
しかも4時間ごとに塗らなければならない。
もちろん両方の鼻の穴にだ。
小指の先に薬をつけて右の穴に塗り、さて左もと思ったら、
「薬の二度付け禁止」とちづるに言われてしまった。

高価な薬なのでちづると共有だ。
なるほどそのために綿棒が5本ほどついていたのか。
しかしこれでは綿棒も買わなくてはならない。


ひょっとして、誰かモノを売るために花粉を飛ばしているのではないか。
大きな声では言えないが、スギ薬局あたりが。






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カックイー
花粉が多いという言い訳を使って、また畑をサボってしまった。
そろそろ耕しておかなければ、とは思うのだが、体のねじが巻けてない。
畑だけでなく、庭にも雑草が生え始めた。
そんな中、ほったらかしのプランターから、

ニラ

ニラだ。
なにもしなくても毎年勝手に生えてくる。
これが出てくるとスタートの合図だ。
昼食がてら買い物に出かけたので、その勢いで種まきをした。


トマト、ナス、ピーマン、キュウリなどの夏野菜はまだだ。
涼しい季節の方がいい葉モノを蒔く。
残っていた種から、サニーレタス、コマツナ、ミズナを蒔いた。
それと買ってきたチマサンチュ。
この辺を夏野菜までのつなぎにしたい。

ああしんど

そしてもう一つ、初めての野菜にチャレンジした。
セロリだ。
遊びでやっている家庭菜園なので、今までいろんな野菜を作ってみたが、
セロリは頭にも浮かんだことがなかった。
なにしろ私はセロリが大嫌いなのだ。

子供のころピーマンが嫌いだった私は、大人になってそれを克服した。
これで食べられない野菜はない、と思っていたところにセロリが現れた。
何とは知らず、サラダに入っていた白い野菜をかじったところ、
「なんじゃこりゃ」
だった。

私に言わせれば、アレは繊維の強い雑草だ。
人間の食べるものではない。
おそらく、嫌っているのは私だけではないだろう。
種を売っているのもめったに見ないし、
私が参考にしている本にも、セロリの育て方は載っていない。


そんなセロリの種を見つけた。
ひょっとして、自分が育てた採りたてなら食べられるかも知れない。
そんなことを考えて、つい手を出してしまったのだ。

まるで粉のような小さい種だ。
種袋の説明によると、収穫までおよそ140日。
食べられるのは夏だ。

さて、このセロリ、ちゃんと育つのか。
そして私は食べられるようになるのか。
乞うご期待。






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歯は丈夫
震災の被害が徐々に明らかになってきた。
あの津波映像はなんだろう。
今までの津波のイメージがすっかり変わってしまうほどの惨状だ。

しかも、被害がとんでもない広い範囲に及んでいる。
被災者の方々が、とりあえず仮設住宅であっても、
普通の生活ができるようになるまでどのぐらいかかるだろう。
寝床もトイレもコンビニもある生活をしているのが申し訳ない気がしてくる。


これは他人事ではない。
私の住んでいる地域は東南海地震が心配されている。
いつ起こってもおかしくないと言われているだけに、
今回の地震の影響がないか気にかかる。

私の家は河口のすぐそばだ。
海抜は3メートル。
近くに高台や大きな建物はない。

堤防があるからとか、二階にいればという考えは、
今回の映像を見て消しとんだ。
ともかく一秒でも早く逃げる方法を考えなくては。


被災された方々に心からお見舞い申し上げます。








ぶるぶる

地震

大変なことになっています。
ウチの近くの地域にも津波警報で避難勧告が出ていますが、
私の住む地区は大丈夫です。
みなさんはご無事でしょうか。
早くおさまることを願います。


上司Tが席をはずしている時に、O川が配達から帰ってきた。

「おらおら~、上司Tが買ってこいって言うからピーナッツ買ってきたぜ!」

「よし、では上司Tには内緒にしておこう」

「おお、それは名案」

というわけで、ピーナッツは秘密の場所に隠された。
すぐ上司は戻ってきたが、知らずに仕事をしている。
O川が再び配達に出て、私たちは一服することにした。
すると上司が、

「O川のやつ、オレが百均でラッカセイ買うてこいって言うのに行きやがらん」

と憤っていたので、

「あいつも言うことを聞かなくなった。もっと厳しく言ってやらんと・・・」

と言いながら、知らんふりでピーナッツを出して食べ始めると、

「どういうことやー!」

と胸ぐらつかまれた。



このように、職場には大抵お菓子が置いてある。
中でも人気はピーナッツだ。
お腹が減った時にはこれが結構腹にたまる。
ただし、食べ始めるとなかなか止まらないのが困りものだ。

私は今、花粉症のマスクをして仕事をしている。
その上に、耳まで布を巻いているので、マスクを外すのは一苦労だ。
これをずらしてピーナッツを食べるのだが、
何度もマスクをずらしていると、だんだんゴムが伸びてくる。
なので、一度になるべくたくさんのピーナッツを口に入れる。

私はこのピーナッツを歯の外に出す。
つまり頬袋や上唇の裏に貯めるのだ。
おそらくすごくヘンな顔になっているだろうが、マスクをしているからわからない。
めんどくさいマスクだが、この時ばかりはありがたい。

そして、一個ずつ歯の内側に「おはいり」と言って入れる。
まずは舌による面接だ。
できるだけ半分に割れている奴から部屋に入れるようにしているが、
最初のうちは混雑しているので思うようにはいかない。
一個のものであれば、当然まずは半分に割る。

するとどちらかに“ヘタ”がついていく。
左右をつなぎとめている蝶番的な部分だ。
これを取り外し、犬歯の先で細かく砕く。

その後いよいよ本体だ。
ふだん見えてない部分、つまり二つがひっついている部分の溝を確認する。
歯のとがったところを使い、その溝に沿って縦に割る。
左右が同じぐらいの大きさにできたか確認してから奥歯で噛み砕く。
すっかり形がなくなってから、次のやつに「おはいり」と言う。


私はこのように、なるべく長く持たせるように苦労しているのだ。
なのに上司ときたら、まるでシュレッダーのように無遠慮にバリバリ食べる。
で、一回袋に封をしては、すぐにまた開けてバリバリやるのだ。

「もっとゆっくり食え」

と言っても、

「べー」

と大人げない返事が返ってくるだけだ。

まあ、大抵上司が払っているのだけど。






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コンビです
私はドラマを観ない。
続きが気になるからだ。
そんな私が六割は観るという驚異の視聴率を誇るドラマがある。
『相棒』だ。

ちづるは『相棒』が大好きだ。
つまり『アイバー』だ。
私がコタツでパソコンをしていると、ちづるが『相棒』にチャンネルをあわせる。
続きが気になり始めると困るので、私は目をそらしている。
なのにいつの間にか観ているのだ。

一旦観はじめると続きが気になるので最後まで観てしまう。
すると、目をそらしていた発端が気になる。
で、ちづるにこれは誰だ、どうしてこうなったと質問をすると、
「うるさい!」
と一喝されてしまう。


この『相棒』が、昨夜は最終回二時間スペシャルだった。
二時間モノで発端や続きが気になっては大変だ。
珍しく最初から腰を据えて観ることにした。

が、


この先ネタバレ注意


結局、これはどういうことやとちづるに訊ねる羽目になった。
以前放映されたストーリーが大幅に関わっているのだ。
当然、その時のキャラクターが何人も登場している。
その話を観ていない私にはなにがなんやらだ。

しかし、それはまあシリーズものだから仕方がない。
許せないのは、この正月に公開された映画が関わっていることだ。
映画を観るにはお金を払うのだぞ。
見たくても映画館がない地域もあるのだぞ。


先ほど私は「この先ネタバレ注意」と書いた。
ネットでは、映画やドラマ、小説の内容に触れる場合、こう書くのがマナーだ。
テレビもこのシステムを導入するべきではないのか。

ドラマの中では主人公の水谷豊が正義を説いていたいたが、
このドラマ自体のやっていることがアコギではないか。
番組の冒頭で「映画を観てないとわからない部分があるよ」的な表示を、
法律で義務付けることはできないのか。


ちづるは『エスパー』だ。
つまり『SP』というドラマも好きなのだ。
近々、この『SP』の映画版を観に行く予定だ。

前回「この映画は続くよ」的な法的表示がなかったので、
うっかりちづるの誘いに乗って映画館まで行ってしまった。
やっと続きが気にならなくなりかかってきた今になって続編の公開だ。

もし、今回の映画のエンディングで「続く」という文字が出たら、
私は暴れ出してしまうだろう。
たとえ、特命係やセキュリティーポリスが取り押さえに来ても暴れちゃうのだ。







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オラ主人公
いつもの居酒屋に入ると、私が一番乗りだった。
女将さんと話しているとAさん来店。
この人と私は初対面だが、客が二人だけなのですぐ打ち解けた。
どちらもオヤジギャガ―だったのだ。

そこへBさん登場。
この人とは店で何度も会っている。
Aさんとも顔見知りらしい。
私はこの人ほど目の細い人を知らない。

Cさんがやってきた。
この人はときどき私を歌いに連れていく人だ。
すぐにDさんも来た。
CさんとDさんは仕事仲間だ。

全部で五人になった。
私とAさん以外はみな顔見知りだ。
なんだかんだで五人でワイワイやっていた。


まず、Aさんが帰った。
次にCさんが帰った。
Cさんはこの店の常連で唯一、私のことを『シュレック』と呼ぶ。
どうしても私を緑色扱いしたいようだ。

このCさんが帰った後、バイトの女の子が私のことを、
『シュレックさん』
と呼び始めた。
私は受け継がれた。


この日、私は細かいのが1700円しかなかった。
小さな店なので早い客が万札を出すとお釣りが困るだろうと思ったが、
会社で両替するのを忘れてた。
1700円で足りるといいけど。

そんなこと思っていたら、Dさんが帰るとき、なぜか私の分まで払ってくれた。
パチンコで勝ったのだろうか。
ともかくありがとうございます。

で、私も帰ろうとしたら、Bさんが、
「もう一杯つきあいな」
と言って、お酒とおつまみをおごってくれた。
私は受け継がれた。


結局、Bさんといっしょに店を出て、途中までいっしょに歩いた。
わかれ道の信号で、それじゃあと挨拶をしていると、
そばにある回転寿司店からAさんが出てきた。
なんと、帰る方向は私と同じ。
その信号からはAさんと話しながら帰った。
私は受け継がれた。


家に着くと、あまりに遅いとちづるが怒っていた。







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彼はしまじといいます
いよいよ花粉がひどくなってきた。
会社に来たお客さんも、
「かゆいのとくしゃみで夜も寝られない」
と言っていた。

昨日は私も失敗だった。
朝、雨が降っていたので、ゴーグルもメガネも用意せずに出社した。
ところが雨はじきにやみ、風が遠慮なくびょうびょう吹いた。
今、私は『目カキムシリ用くま手』を探しているところだ。

ここ数日、左目が痛かったので、パソコンのしすぎかと思い、
お風呂で温めたりしていたのだが、その正体は『めっぽ』だった。
通称『ものもらい』これも花粉にもらったに違いない。
いや、花粉をもらったのか。


この『花粉』という呼び名が気に入らない。
誰がこんなファンタジックな名前をつけたのだ。
だいたい杉の花なんて、学術上は花かも知れないが、見た目はドロバチの巣だ。
そしてそこから放出される粒子は、胞子と呼ぶ方がふさわしい。
花の粉と呼ぶのなら・・・


   るるるん


魔法使いのシフォンは、夜明けとともにゴグルーの谷に行き、
カゴいっぱいのウフフの花を摘んできた。
これを三日三晩、冬の寒さで乾燥させる。
そのとき魔法をひとつまみ。
こうすれば花が枯れた色にならないで、風に乗せたとき美しい。

乾いた花びらは虫食いや色の悪いのを取り除き、
大きな石臼で三度挽く。
一晩寝かせて、明日の朝、丘の上から一番の風に乗せて撒こう。
それが町の人の目や鼻から入ったら、
「春ですねえ」
って挨拶が始まるのだ。


   るるるん


どうだ、これが本当の『花粉』だ。
金粉は金の粉、
骨粉は骨の粉(肥料です)、
でん粉はでんの粉、
ならば花粉は花を粉にしたもののはずだ。
今言われている花粉は花粉にあらず。


では、なんと呼べばいいだろう。
かゆ粉、
うず粉、
舞粉、
う~ん、目ぇがかゆくて名ぇ案が浮かばない。

とりあえず仮称で『仮粉』ということでどうでしょう。






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時間がなかったのよ
昨日、某ショッピングセンター内をうろうろ歩いていると、
催事コーナーで絵画の展示即売をやっていた。
美術館に行ったら入場料を払って観るものだ。
どれどれ、ただで観てやろう。

絵というのは、全く興味のない人でも好き嫌いぐらいはあるものだ。
たとえば、私なら静物より風景、
コテコテの油絵よりさっぱりした水彩画、
写真のようなモノより絵だとわかるモノが好きだ。
と言ったものの、まったくその逆の絵が気に入ることもある。

背の高い建物に挟まれた大通りの絵を見ていたら、不意に後ろから声を掛けられた。
「絵はお好きですか?」
観ている絵に頭突きをしてしまいそうなぐらいビックリした。
画商だ。
やつは足音を殺し、気配を消して忍び寄っていたのだ。

たとえば衣服であるとか電化製品であるとか、
そういったお気楽な商品を眺めていても、店員に声を掛けられるのは恐ろしい。
なにもお探しでもお求めでもないからだ。

ましてや、この場合商品は絵。
今観ていた絵のお値段は¥250000だ。
その場に土下座して、許してください逃がしてくださいと、
泣き喚こうかと思ったが、なんとか相手に合わせて紳士な態度を保った。


「たまに観るぐらいです」

すると相手はその絵の説明を始めた。

「この絵の作者はドイツ人なんですがフランスに住んでて建物の絵を描いているんです。
 元々は建築家という経歴の持ち主なんですよ」

このとき私の精神状態は、この人に合わせよう、この人に気に入られよう、
という思いでいっぱいだった。
それで、ついうっかりこんな返事をしてしまった。

「なるほど、建物の見えないところまでわかっている人なんですね」

相手が江戸っ子オヤジなら
「わかったようなことを言いやがって」
とげんこつのひとつももらうところだが、
目の前の画商は「お」とうれしそうな顔をして、

「ひょっとして絵を描かれるんですか?」

ときた。


「ドビュッシー!」
なんかわからんが心の中でこう叫んだ。
なんとなく絵を描いているような気がしないでもないが、
この男の言っている『絵を描く』とは絶対意味が違う。
それに絵の世界では若造とも思えるこの男が、
『ヨンホンゲ』という専門用語を知っているとも思えない。

「いえいえ、とんでもない」
このあと、しどろにもどろを練り込んでしゃべり、
ひざをガクガクさせながら逃げてきた。
隣はホームセンターだ。
よし、絵を観るために双眼鏡を買おう。





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現代アートだよ
政治が混迷を極めている。
はっきり言って、投票したい政党なんてない。
乗せられて裏切られての繰り返しだ。
もう人間が人間を選ぶのは無理だ。

ではどうすればいいか。
世の中すべてのモノに投票してもらうのだ。
とはいえ浜の真砂や石ころまでが参加しては収拾がつかない。
投票権を与えられるのは人間が作ったものに限る。


まず喜んで投票しようというのはダムや空港だろう。
もっと作れもっと増やせと声を上げるのは目に見えている。
しかし、なんといっても彼らは数が少ない。
圧倒的に有利なのは数の多いモノたちだ。

まず手を挙げたのが軍手だ。
「我々はとても数が多い。選挙に参加します」
宣言したのはいいけれど、早々に手の内を見せても良かったのだろうか。

続いて参加表明をしたのは、これも超多数派、レジ袋。
「あんなに便利がっていた私たちを、エコだ削減だと叩くのは納得できない。
 私たちの状況は袋のネズミだ」


この大きな票田を各政党、各立候補者が見逃すはずはない。
世の中にたくさん存在しそうなモノたちにお願いにあがる。

まず目をつけられたのが工業界。
大派閥ボルトやナットより多いと思われたワッシャーに目が行く。
「人の輪が切れてるんですよ。だからモノの方にくるんですよ」
とこの一派は冷ややかだ。

続いて多そうなのが釘だ。
しかし、全体の景気は良くないようだ。
「釘の需要は減っててね、我々の業界は頭打ちですよ。期待されても困りますね」
とクギを刺された。

ならば似たような業界で針はどうか。
だが、彼らもあまり積極的ではない。
「ふだんは目もくれないくせに、選挙のときだけお願いですか」
とチクリ。


「おい秘書、割り箸業界の様子はどうだ」

「はい、どうも業界内が二つに分かれているようで」

「じゃあ、コピー用紙は?」

「私たちの思惑が透けて見えているようです」

「ううむ、タオルの方にはお願いにいったのか」

「ええ、でも顔を洗って出直せと」

「ええい、輪ゴムはどうなんだ」

「思ったより伸びません」


各候補者は数の多いモノたちを取り込もうと躍起になっている。
ほかに数の多いモノはないかと、探すのに大わらわだ。


そしてある候補者が思いついた。

「おい、植毛用の人工毛はどうだ。彼らはかなり多いんじゃないか」

「はい、それはもう、ものすごい数だと思われます」

「よし、他の候補者が気付く前に攻勢をかけるんだ」

「はい、しかし…」

「なんだ」

「彼らはどこにいるのかわかりません」
 






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清いのがいい
我が家では夕食にあまりごはんを食べない。
朝炊いたごはんは朝食と弁当で終わりだ。
なので、夕食の時間にはお酒を飲む。

この『なので』の使い方は間違っていた。
「夕食の時はお酒を飲む。“なので”朝と昼の分しかごはんを炊かない」
というのがホントだ。
これはよくない傾向だ。

夕食はテレビを見ながら、三品ぐらいのおかずでお酒を飲む。
テレビが面白いとついダラダラと長くなり、
お菓子系のおつまみを開けてしまったりする。
挙句にお腹が物足らず、インスタントラーメンや冷凍おにぎりを食べてしまう。


これではいかん!
と夫婦の意見が一致した。
二人三脚で体重は増えていくし、肝臓だっていつまでも若くない。
そこで考え出したのが、ごはんを食うダイエットだ。

夕食にまずごはん、つまり主食になるものをどーんと食べる。
そうしたらそのあとお酒が入らないはずだ。
食事時間が短ければ、内臓もチャチャッと仕事が進められる。

というわけで、ある日、先に家に付いた私がごはんを炊いた。
夕食はもらいもののレトルトのカレー。
ちょっと上等なやつだ。
晩ごはんがカレーライスだなんて、何か月ぶりだろう。
もしかしたら数年立つかもしれない。


これはなにかいい感じだ。
食べたぞー、って満足感がある。
時間の余裕もできるし、洗い物が少なくてちづるも喜んでいる。

ただ、帰ってからごはんを炊く時間がないことがある。
そこで麺類を取り入れた。
うどんやパスタ、中でも一番気に行ったのがそばだ。
冷蔵庫にあるナメコやとろろ、天かす、タマゴなどでデコレーションも簡単だ。


そうしているうちに、冷蔵庫で古くなっているものがいた。
麺類にトッピングできないものだ。
目に付いたダイコンと鶏肉・・・煮たい。

煮た。
これはどう考えてもおつまみだ。
お酒を飲まなくてはならない。
それならついでにもう二品ほどおつまみを作ろう。

ちづるが買い物に行って、刺身や揚げ物を買ってくることがある。
どう考えてもおつまみだ。
飲まなくてはならない。
ちづるも飲みたいのであろう。

ま、あまりそばばっかり食べていると飽きてしまうかもしれない。
要はバランスなのだ。
こういう感じで夫婦の葛藤は続いている。
ただし、ダイエットになってないことはうすうす気づき始めている。






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太麺だなあ
会社帰り、ふと見ると知り合いのおっさんがいたので、手を挙げて挨拶したら、
「誰かわからんわ」
と言われた。
そうだった。
花粉がいよいよ厳しくなってきたので、あの格好をしてたのだった。

最先端


上司Tには、
「この格好で会社まで来たんか」
と言われ、
このゴーグルを頭に上げていたとき、
「それかわいい~」
と言ってくれていた事務員のKちゃんも、目に装着したとたん、
「ぎゃー」
と叫んで逃げていった。


さて、食事をするのにどこかのお店に行ったとしよう。
当然、ゴーグルも布も取り、ヤッケは脱ぐ。
小さいカバンも持っている。
そこそこの手荷物があるということだ。

一人だと大抵カウンターに座る。
このカウンターの形状によって、荷物の行き場に困ることがある。
理想は、カウンターの下に荷物を置く小さな棚があり、
足乗せがあり、イスには小さくていいから背もたれがあってほしい。

足乗せがあると長くいるときは姿勢を変えるのに楽だ。
背もたれには上着や小さなカバンを掛けることができる。


ただし、これは人に寄って微妙に好みが違う。
私一人でも、その時によって言うことは変わるのだ。

ご存じの人はご存じのように、私はカバンを替えるのが好きだ。
日によって、ということはないが、その時々、マイブームのカバンを持つ。
だから、店のカウンターは私のカバンに合わせてもらいたい。

棚のすき間が狭くて、帽子しか入らない店がある。
帽子だけでも置けると便利だが、そこに置いた帽子は必ず忘れる。

もう少し大きい棚だと、カバンが置ける。
しかし、いつも思うのは、
「もう少し棚が大きければいいのに」だ。
どこに行っても、私の持つカバンがちょうど入りにくい。
かといって、棚がひざに当たるのも不愉快だ。

大きなカバンを持っている時、
足乗せがあると、カバンを下に置けない。
イスの下に置くとかかとで大事なカバンを蹴ってしまう。
なんとジャマな足乗せだ。

棚がなくて、フックが設置してある店がある。
帽子とカバンを掛けられるようにダブルになっているありがたい店もある。
でも、ショルダーバッグだと地面に届いてしまう。
肩ひもの長さを調節するのはめんどくさい。

背もたれがあると、ウェストバッグをしているときすごくジャマだ。
荷物を掛けようとしたら、丸くてかからない。
しかも、カウンター席のイスの背もたれは、小さくてもたれることはできない。
カウンターってなんて不便の温床なのだ。


これからお店の人は、私の姿が見えたら、カバンの形状を確認して、
その都度カウンターの形状を整えなさい。






↑あ、それはお店の人を呼ぶボタン、クリックしてね。





仕事帰り
大昔に出版された小説の復刻版を読んでいると、
今ではあまり使われなくなった表現がよく出てくる。

特に古い翻訳ものはひどい。
犯人のことを「下手人」なんて言ってるし、
ハードボイルドな女ったらしが、
「よござんす」なんてセリフを言ってるのを見たことがある。

今読んでいる本がまさにそれだ。
ハヤカワミステリの世界短編傑作集『天外消失』というアンソロジーだ。
この表題作にとんでもないひどい表現が使われていた。

『薄茶色の毛髪は、頭の天辺を覆うにはあわれにも不足していた』

なんという残酷な表現だろう。
現在なら許されないのではないだろうか。
しかし、ひとつひとつの単語を見てみると、
法に触れるような言葉は使われていない。
あわれにも不足している人々は唇をかみしめるしかない。


そうやって耐えている時に、ちづるが読み終わった本を返しに来た。
奥田英朗の『空中ブランコ』という短編集だ。
この中に『義父のヅラ』という短編がある。
どのような表現をしているか見てみよう。

『伊良部がカツラを持ち上げた。目の前に、野村のハゲ頭が現出した』

なんてことだ。
言葉もひどいが、やってることがなおひどい。
作家というのはなんと無神経で無慈悲な人種なのだろう。
これは他の作家も調べねばならない。

本棚の前にやってきたが、さっそく行き詰ってしまった。
推理物は登場人物の紹介があるが、その人物がハゲかどうかは記されていない。
確実にハゲの登場人物をひとり思いついた。
エルキュール・ポアロだ。
だが、すでに売ってしまったらしく『ポアロ登場』は本棚にない。

メグレ警部ものには絶対ハゲが出ていたはずだ。
とはいえ内容を覚えていない十冊以上の本の中からハゲの表現を探すのは無理だ。
日本の小説の方が内容を覚えているかもしれない。

最近読んだ米澤穂信の『インシテミル』には一人老人がでていなかったか。
調べたら、短髪の中年だった。
宮部みゆきの『火車』なら登場人物が多いし、
描写が細かいからハゲについても語っているのではないだろうか。
でも、この厚さからハゲを探すのは辛い。

『しゃばけ』は時代物だからみんなちょんまげだし、
『告白』は舞台が学校だし、
『向日葵の咲かない夏』は・・・


私は何をしているのだろう。







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事実とは異なります
ケータイのバッテリーが弱ってきたような気がする。
丸四年になるけど、そろそろ替え時だろうか。
ちづるに訊いたら、ケータイの替え時は壊れたときか飽きたとき、だそうだ。
飽きたぐらいで買い替えるなんて、偉いさんになったんやねえ。

私のケータイは、ソフトバンクの705Pというやつだ。
二つ折りで、蝶番の左側面にあるボタンを押すとぴょーんと開く。
以前、店員さんに声を掛けられないよう、慎重に売り場を見てみたが、
このボタンぴょーんタイプがほとんどない。
私がケータイに求める機能の筆頭がこれなのに。

ちづるに探してもらったが、見つかったのは二種類だけ。
今の705Pの子孫とお年寄り用だ。
お年寄り用という言い方は失礼だが、本当の呼び名が思い出せない。
私がお年寄りだからか。

このお年寄り用にステキな機能がついていた。
歩数計だ。
これを持って歩きに行けば、あのときのように肉離れを起こしても、
家に電話をかけることができる。
電話の付いた歩数計っていいなあ。


さて、私はケータイに多くの機能を求めない。
メールと目覚ましがあればいい。
カメラは、どんなケータイを買っても今のより格段にいいのが付いているという。
それなら好みを言う必要はない。

先日ここに書いた『D-snap』という音楽が聴けるカメラに、
持っているCDから190曲の音楽を入れた。
もうあんな苦労はしたくない。
だから、ケータイに音楽聴く機能はいらない。
ほかに必要なものは何か、生活を分けて考えてみよう。


家にいるときは何でもそろっているから問題はない。
モノを持って外出するのは私にとって三つのパターンだ。
仕事、通勤、その他。
仕事と通勤は同じようだが、必要なものは別なのだ。

仕事で必要なベスト3は、ナイフ、マジック、メジャー。
このぐらいならケータイに装着することはできるんじゃないだろうか。
竹べらは勘弁してあげるから。

通勤に必要なのは、弁当、本、老眼鏡だ。
はっきり言って、昼休み用だ。
くつろぎたいからケータイでチマチマしたくない。
これらはケータイについてなくていい。

その他、つまりいつでも必要なものは、
リップクリーム、財布、手ぬぐいだ。
お財布ケータイはあるらしいが、そんなのこわい。
リップと手ぬぐいは無理だなあ。


おっと、今一番必要なものを忘れてた。
マスク、目薬、ゴーグルだ。
もうケータイの話はどうでもよくなってきた。
というか、今日のこの話、
この時期テレビ番組で多い“総集編”みたいな感じになってしまったなあ。







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ハローダーリン