2010年03月

ここでは、2010年03月 に関する情報を紹介しています。
三月の最終日。
みそか寄席です~。
なので四月のカレンダー。


最初に思い浮かんだのは、やっぱり桜でした。

s-04月元絵1

このころ買ったコピックで描いたんだけど、
ウチのプリンターではこの蛍光色がでなくて、
ムラサキっぽくなってしまいました。
で、色鉛筆で描き直したのがこれ。

s-04月元絵2

桜度ゼロ!
これは桜は無理だ、
そう思った私は全く別のパターンに切り替えました。

s-04月原画

よし、これでいこう。

ところが、先月書いたように、
突然プリンターがパソコン内のデータを出してくれなくなり、
手描きした絵をコピーしました。

s-04月

色がうまく出ないので、ほぼ白黒。
ネクタイの黄色がにじむので、縁を消しゴムでこすりました。

そして、衝撃の真実。
桜の絵を断念するまで、このバンド名は、
『クガッツ』でした。

要するに、四月より九月の方が季節ネタを描きやすいと思ったのです。




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『御座候(ござそうろう)』という食べ物があるのをご存じだろうか。
兵庫県では有名なあんこ系のお菓子らしい。
ワタシ地域的な表現をすると“大判焼き”みたいなものだ。
興味のある人は検索してもらいたい。

さて、先日O川がこんな話をした。
「ウチの嫁さんがタイ焼きを食べたことがないので買ってやったら、
 『“御座候”みたいなもんやな』
 って言うとった」

おいおい、O川。
それは逆やろ。
「御座候を食べてタイ焼きみたいだと思った」
やろ。

そうではなかった。
O川の奥さんはそれまでタイ焼きを食べたことがなかったのだ。
こんなことを言うと怒られるが、もう結構な年齢なのに。
今までの人生で、何かのはずみでタイ焼きを食べる機会がなかったのだろうか。

それにしても、なぜ比較対象が“御座候”なのか。
出身が大阪だというからなじんではいたのだろう。
でも、世間への浸透度がかけ離れているではないか。


そもそも、タイ焼きと御座候では立場が違う。
タイ焼きは種族名で御座候は個人名だ。
たとえば、タイ焼きをイヌだとしたら、御座候はポチだ。
同列に並べるのがどうかしている。

おっと、これは御座候にとても失礼な書き方をしてしまった。
もちろんこれは例えなのだが、これでは納まらない人もいるだろう。
そこで、考え方を変えてみよう。


店を出すとしたら、タイ焼き屋が作るのはタイ焼きだ。
他の店との違いをアピールしようとしても、タイ焼きからは離れられない。
せいぜい、色白にするとか、内臓を違うものにするぐらいだ。
いうなれば、改造人間を製造するショッカーみたいなものだ。

対する御座候屋。
こんな店を始めようとしたら御座候に怒られるに決まっている。
御座候屋も最初は御座候屋ではなかったはずだ。
和菓子というあいまいなジャンルの中で、
紆余曲折、自問自答、切磋琢磨、精進研鑽をくりかえし、
御座候という完成形を生み出したのだ。
これはまさに、マグマ大使を生み出したアース様だ。


このように、物事は見る方向を変えることで、
これほどまでに違った結論にたどり着くことがある。
だからまあ、O川の奥さんがこの年までタイ焼きを食べたことがなかったというのも、
特別に許してやることにしよう。

あ、アース様気分になっちゃった。






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s-100330dentyu.jpg
「なんか面白い本貸して」
とちづるが言うので、三冊ほど渡した。
そのうちの一冊を読み始めたらしいのだが、
選ばれた本はちづるの好みではないような気がしていた。

案の定、クレームがついた。
どうしても違和感があって入り込めないという。
かなり特殊な設定のストーリーなので、ネタバレにならないよう内容には触れないが、
ある登場人物の言動にリアリティーがなさすぎるというのだ。

「ちづるさん、それもひっくるめて、ラストには解明されるのだよ」
と言いたいのだが、言うわけにはいかない。
それを言ったら「なぜ言った」と責められるに決まっている。
そこに謎が隠されているということが知れてしまうからだ。

本の説明は難しい。
ヒントにならなかったとしても、先入観を生んでしまう。
作者が意図した以外の情報を読者は得るべきではないのだ。

だから、クレームを受けた私は、
「読めばわかる」とも
「最後まで読め」とも言えず、
「ともかく読め」と言った。
ちづるがこの本を読み終わったら、
「な」
と言ってやろう。


で、翌日。
忘却力というのは中途半端なものだ。
なにかちづるに言うことがあったような気がする。
そう思っているだけだったらよかったのだが、口数の余分なこの私、
「なにかあんたに言うことがあったような気がする」
とちづるに言ってしまった。

ちづるに
「なに?」
と言われた瞬間思い出した。
ちづるに言おうとしていたことというのは、
その本を読み終わったら「な」と言うことだ。
ちづるはまだその本を読み終わっていないので「な」とはいえない。

ここで私は大失敗をした。
「なに?」
と訊かれて、とっさに、
「思い出した!」
と口に出してしまったのだ。

これで会話がややこしいことになってしまった。
私はちづるに言いたいことがあり、それが判明したと宣言してしまったのだ。
当然、ちづるは私に訊ねる。

「なんや」

「・・・言えへん」

「なんでや」

「今は言えへん」

「あとでなら言えるんか」

「うん」

「なんでや」

「言えへん」

「いつ言えるんや」

「わからへん」

我ながらあやしすぎる。
ちづるが私を見る目は猜疑に満ちている。
その本よりも強烈な謎を生みだしてしまった。

おそらく、ちづるは本のことだと気付いたと思う。
しかし、今から私はちづるにこう言わなければならない。
「今日更新したネタは読むな」
と。
その理由はまだ言えない。






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ぎゃー!

二日連続で仮眠の予定が!

久しぶりに畑仕事をしたからなんですよ、きっと。

今夜ぐっすり寝て、明日からちゃんとやります。

そのために、蒸気で目があったまるマスク買いました。

ほな。






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私はカバンが好きだ。
カバンの何がいいって、安くてポケットがたくさんあってカーキ色のところだ。
特に好きなのはショルダーバッグだ。
肩ひもの長いシルエットがたまらない。

ただ、残念なことに、私はなでショルダーなのだ。
肩にかけたつもりの肩ひもがズルズル落ちる。
頭を飛び越えて反対側の肩にかける、という手もあるが、
それはあまり好きではない。
カバンを置くときにいちいち頭を飛び越えなくてはならないからだ。


では手に持っていればいいのだろうか。
手ぃに持つからティーバッグか。
いや違う。
そのぐらいは私でも知っている。
ハンドバッグだ。

しかし、荷物を手に持っているのはしんどい。
手に持つのも肩にかけるのもダメとなると、
ワキに挟むしかない。
セカンドバッグというやつだ。

これは気に入らない。
私は野球が苦手なのだ。
ワキに挟むのも気に入らない。
私はずっとワキが甘いと言われ続けてきたのだ。
たぶんボクシングも苦手だ。

ボクシングと言えばサンドバッグだ。
この無理やりな話の流れに、われながら砂を噛む思いだ。

オヤジギャグと言われるのは不本意だ。
私はそんな年寄りではない。
今、ロージンバッグという言葉を思い出したが、触れないでおこう。


さて、手も肩もワキもダメとなるとどうしたらいいのか。
ウェストバッグというのがある。
だがウェストがない。
似たものにヒップバッグというのがある。
ヒップはあるにはあるが、今は二つに割れている。

いっそカバンは持たないことにしようか。
ただ、持っているような振る舞いだけすればいいのだ。
俗に言う、エアバッグだ。

ああ、決して言ってはいけないと思っていたのに、
トート言ってしまった。


カバンはバッグばかりではない。
スーツケースというのがある。
でも私はスーツは着ない。
いつもネクタイを締めている絵を描いているが、
スーツは成人式のと冠婚葬祭の礼服しかもっていない。

ブリーフケースというのがある。
私はトランクス派だ。

アタッシュケースのアタッシュってなんだろう。
あたしゅにはわからない。
ちょっと頭がポシェッとしていた。
今夜はりゅっくり眠るとしよう。






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こうやって毎日パソコンをしているので、
目の疲れがたまってきているような気がする。
そんな時は冷たいタオルでも目に当ててスッキリしたいと思うのだが、
本当は温めた方がよいのだとテレビでやっていた。
血流が良くなって疲れが取れるのだそうだ。

カラダというのはおかしなものだ。
カラダにとって良いことを気持ちいいと思えれば、
カラダにとって良いことをしたくなるのに、
カラダが気持ちいいと判断するのは
カラダにとって悪いことばかりだ。

たとえば、かゆいところはかいちゃダメといわれる。
かきすぎると傷ができ、バイキンがはいったりするからだ。
でも、かゆいところをかくほど気持ちのいいことが他にあろうか。

「そういえばしばらくかゆいところをかいていないから、
 ちょっと蚊にでもくわれてみようか」

なんて人もいるのではないだろうか。
でも、かいちゃダメなのだ。
カラダさえかゆいと感じなければ、だれもかいたりしないのに。


マッサージもそうだ。
ほとんどのマッサージがカラダにも良いのだが、
筋を痛めたときなどは揉んではいけない。
だけど人は揉みたくなってしまう。

傷やデキモノは触ってはいけない。
だけどさわりたくなってしまう。
口の中に傷ができたときなど、
ずーっと舌で触り続けている。


考えてみれば、食べ物でも人の好むものはカラダに悪い。
甘いもの、辛いもの、脂っこいもの。
もちろん好みはあるけれど、人気のある食べ物はたいてい病気の元だ。
これらもカラダが好まなければ選ばない。
カラダはカラダを悪くしようとしているとしか思えない。

趣味嗜好もそうだ。
タバコ、ギャンブル、クスリ、女王様、
みんなやめられずにいるうちにカラダをボロボロにしてしまう。
どうしてそんなものを好きになるのだ、カラダよ。


さて、お気付きの方もあると思うが、
ひとつ、意識的に取り上げなかったものがある。
そう、酒だ。
ある意味、今回の話題の筆頭にあげられてもいいアイテムだ。
なぜ触れずにきたか、
それは酒には特別なシステムがあるからだ。

二日酔い。
どんなに酒が好きな人間にでも、
「もう酒やめた」
と言わせる究極の罰ゲーム。
これが翌日ではなく、飲む都度現れれば、誰も酒を飲んだりしないだろう。
カラダは酒にだけはブレーキをかけているようだ。


他の物にもこれが適応されればいいのだ。
たとえば『二日かゆ』
かゆいところを本能のおもむくままに書くと次の日にもっとかゆく・・・
いや、それではまたかいてしまうだけだ。

かゆいところをかきすぎると、翌日痛くなって・・・

えーと、
それって、普通のことではないか。
デキモノに触るのも食べすぎでも日焼けでもそうだ。
行動を抑制できずにいると、翌日ひどい目にあう。

冷酒と親の意見とカラダの忠告は後から効いてくるようだ。
カラダって、よくできているなあ。





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ちづるが「寝ろ」って言ったんですよ。
昨日の昼食は、行きつけの中華料理屋さんで唐揚げ定食を食べた。
この定食は平日のサービスランチで土日祝日はやっていなかった。
しかも月曜日が定休日だったので今までは食べる事が出来なかったのだが、
月曜が祭日の場合は開店することになり、やっとありつけたのだ。

唐揚げは外側がカリッとしていて、中身はジューシー。
スパイスの効いた大ぶりなのが五個もある。
ごはんはおかわり自由で、スープとあんかけ卵がついている。

店に着いたのはすでに1時。
おなかはグー、いただきまーす。


で、すっかり満足した食後、
何やら口の中に違和感が。
上側の前歯の後ろあたりを舌で触ってみると、ベロベロ皮がむけている。
どうしてこんなことになったのか。
もちろん唐揚げのせいだ。

先に書いたようにこの唐揚げは大ぶりだった。
胃袋にはありがたいことだが、前歯の後ろにはありがたくないことだ。
上下の前歯より大きなものは、歯が食いちぎる前に歯茎部分に接触する。
『外側がカリッ』というのは表面が硬いということだ。
『中身はジューシー』というのは熱い汁が出るということだ。
『スパイスの効いた』というのは刺激が強いということだ。

一方、口の中とはどういうところか。
外気に触れる部分とは違い、皮膚は薄く、常に潤っていて敏感だ。
前歯の後ろの部分は、舌やクチビルと違って活発に動けない。
いや、微動だにできない。
逃げることができないのだ。

頼りは舌だ。
舌が食べ物を転がして熱いものが長く接触することを避けている。
だが、舌とてわが身がかわいい。
自分がやけどをしてまで前歯のうしろを守ることはない。

結果、敏感で常に潤っている薄い皮膚を、
硬い唐揚げの表面ががガリガリと傷つけ、
灼熱の肉汁がその傷口を焼き、
スパイスが痛点を刺激する。
ああ、なんという残酷。


もちろん、こんな体験は初めてではない。
今まで何度も何度も何度も何度も経験してきた。
そして、ふと気づいてしまった。
人間は熱いものを食べるのに向いていないのではないか。

人間の脳は急激に発達し、その生活は飛躍的に向上した。
火を使うようになり、人間は文明を手に入れ、他の生物とは一線を画した。
ただ、体が追い付いていない。
熱いものを食べるようにはまだ進化しきっていないのだ。


生物の適応能力はすごい。
人間もじきに熱いものを食べやすい体に進化するはずだ。
熱いものを食いちぎるために、前歯は今よりずっと伸びるだろう。
食いちぎった後、熱いものをお手玉できるように、
舌は手のように器用になることだろう。
そして口の中の皮膚は、べろべろにならないよう、かかとみたいに丈夫になるだろう。

はたしてそれで唐揚げがおいしく食べられるかどうかは疑問だが。






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s-100323hafuhafu.jpg
あ、こんなカテゴリーがあったんだ。

ちょうどいいや。

寝ないといけないような気がしてたんだ。






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この数日、何もかもがおろそかになってしまった。
年に何回か私をナーバスにさせる忌まわしい行事のひとつがあったのだ。
そう、区の大総会だ。

これは区の一年の総括で、
あの行事の予算がどうだとか、
子供会でこんな問題があったとか、
あの道に信号つけてくれとか、
そういう問題をイナカ的にダラダラやった挙句、
新しい三役を不必要な時間をかけて決める。


この日程を知った時から私のイライラは始まる。
先週には私の仕事中のひとりごとボリュームが最高になった。
O川あたりには、
「はじまったな」
と言われる始末だ。

普通なら、当日にもらう資料を、班長さんがおとつい持ってきた。
用事があって本番に参加できないということだ。
というわけで、二日前に資料を読み、
イライラは『キー!』に変わり、
寝ている最中にそれを思い出し、頭痛がするほどコーフンしてしまう。

なんでドブ掃除に参加できない人から集める罰金が35万円もある見積りで、
ドブ掃除に使う予算が13万円なのだ!
で、なんで実際に集まった罰金が58万円もあったのに、
使ったお金が67000円なのだ!

こんなことでずーーーーーっと血圧が上がりっぱなしなので、
今日は行く前からくたくただった。


で、次期役員の選挙。
名前と年齢を書かれた表が貼り出され、
いつも通り年齢の順に決まっていく。

「ほんなら決まった人、前に出てきて」
「会計さんがおらへんで」
「この班の班長さん、この人おらへんのかん?」
「電話してみます」
「すまんな」
「留守電ですわ」
「困ったなあ」
「ほんなら呼んできますわ」
「頼むわ」

「子供さんしかいませんでした」
「ええー、おらへんの?」
「仕事やないけどどこやら行ったそうで」
「やってくれるやろか」
「ほら本人に聞いてみんと」
「ほならみなさん、どないしましょ」
「もう次点にしたらどうや」
「そやな、どうせ次点の人来年はせなならんやろし」
「次点の人やて聞いてみんと」
「次点の人、誰や」
「おりません」
「おらへんの?」
「どないしょ」
「決まった人でええんとちゃうの」
「イヤて言わへんやろか」
「そやけど、それやったらおらんもん勝ちやで」
「そやそや、選挙で決まったんやでやってもらわな」
「ほな、それでいいですかー」
「異議なーし」


3時間かかった。





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s-100321kettei.jpg
ともかく、ちづるのいない朝だ。

いつも通り、弁当用のおにぎりを作り、
ナメコと豆腐の味噌汁を炊いた。
あと、海苔の佃煮はあるけど、朝ごはんのおかずには物足りない。
納豆はきのう食べたし・・・
そうだ、目玉焼きを焼こう。


目玉焼きとは不思議な料理だ。
決して目玉は焼かないのに目玉焼きを名乗る。
その作りからして、卵焼きより古くからあっただろうに、
『卵焼き』というネーミングを卵焼きに取られてしまった。
なんだか不憫な目玉焼き。


いつもは二つ焼いて一個ずつしている。
今日は一人だが、あの大きなフライパンで卵を一個だけ焼くなんて、
福岡ドームで将棋みたいなものだ。
ここは二個焼いて、ひとりで食ってやる。
ああ、あこがれの両目焼きだー。

しかも、硬さも私のお好みだ。
表面がまだ透明で、ゆするとぶるんとふるえるぐらい。
焼きすぎないうちにお皿へ。
そして、ソースをかける。

目玉焼きにはソース派と醤油派がいるのは知っている。
そして常に火花を散らしているのもわかっている。
私はソース派だが、
「醤油の方が好き」
という気持ちもわからないではない。
こんなものはただの好みにすぎない。

ただ「醤油の方が合う」というやつは許さない。
卵に醤油を合わせるなら目玉焼きじゃないだろ、と思うのだ。
卵料理の中では、目玉焼きは醤油に合わない方だ。
第一、ほとんどはじいている。


ともかく、両目焼きを堪能した。
数が増えたからと言ってうまくなるわけではない。
とりあえず、一回やったから満足、という感じだ。

これは、ずいぶん昔にやった『ひとりすき焼き』に近い感覚だ。
「ひとりで食べるすき焼きはおいしくない」
なんてことを言う人がいるが、決してそんなことはない。
すき焼きはおいしいものだ。

みんな一度は『ひとりすき焼き』を体験するといい。
そうすると、大勢ですき焼きをしたときの、
「この肉をひとりで全部食べることができたなら・・・」
という心のすき間を埋めてくれるはずだ。
そのおかげで、大勢で食べるすき焼きのレベルが上がる。

両目焼きも同じだ。
一度やっておけば納得できる。
これからは穏やかな片目焼きを食べることができるようになる。


というわけで、目玉焼きからすき焼きを連想してしまった。
では、久しぶりに夕食はひとりすき焼きで。
と思ったが、夕食にはちづるが参加しているのであった。






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人、誰しも、
「しまったぁー!」
と叫ぶ時がある。
その大半は時間的ミス、
つまり、タイムリミットに間に合わない、
「しまったぁー!」
だ。

よくあるのは、記念日の失念。
大切な人の誕生日や結婚記念日を忘れている場合だ。
これは祭日や節句と違い、当事者しかわからないから各々の注意が必要だ。
しくじった時のダメージはかなり大きい。

これとは別に、全国共通のタイムリミットがある。
一番多いのは年賀状が元日に間に合わないというやつだ。
誰もがその日をよくわかっていて、何度も経験があるはずなのに、
なぜだか間に合わなくなる。

こういう事態を避けるために、大切なのは計画性だ。
その当日に向けて段取りをしておくことだ。

このとき頭に入れておかなければならないのは、そのイベントの重要度だ。
重要度には二種類ある。
やらなければならない度と期日を守らなくてはならない度だ。


たとえば、土用の丑の日にうなぎを食べる、なんてのはどちらも低い。
いつでもいいことだし、別に食べなくてもかまわない。

節分は日にちは厳守だ。
違う日に「鬼は外~」なんて叫んでたら変に思われる。

母の日に贈り物をしたなら、父の日もしてあげないとかわいそうだ。
だが、日にちは少々ずれてもいい。
なんなら、ちょっと遅らせるなんてのは効果が上がるかもしれない。

ひな祭りはかなり早くから用意される。
しかし、片づけるのだけは時間厳守だ。
これには、娘の行き遅れという痛ーい罰が用意されている。

クリスマスは日が限定されている。
しかし、いまやイヴの方が重要視されているという変わったパターンだ。
翌日はケーキが安くなるという不思議なおまけがついてくる。


ああ、それにしても私は偉い。
三月も後半に入ろうかという今の時期に、
エイプリルフールのことを思い出すのだから。

エイプリルフールの重要度は低い。
何しろ『うそをついてもいい日』なのだ。
大抵の年間イベントは『○○をする日』になっている。
かぼちゃを食べる日、菖蒲湯に入る日、
月を見る日、笹の葉に願いごとを書く日。
エイプリルフールだけが『許可』だ。

その代わり期日の限定度は高い。
他の日にウソをついたらただのうそつきだ。
タイムリミットを守るためにも、事前の準備をしておきたい。


え?
なぜそんなことに下準備が必要なのかって?
それはね、
その場しのぎのウソをつくと、あとで必ずひどい目にあうからさ。






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s-100318usone.jpg
調味料入れ、というものがある。
塩やコショウが入っている小さなボトルも調味料入れだ。
でも、そのボトルたちを入れるものも調味料入れだ。
これは調味料入れ入れではないだろうか。

いやまて、
今私が言った調味料入れ入れに入れる調味料入れには調味料も入っている。
そうすると、正確には調味料入れと調味料入れだ。
おっと、これでは訳がわからないのでカッコでくくってみよう。
私が言いたいのは『「調味料入れと調味料」入れ』だ。

さあ、今日も満足いくだけ脱線できた。
だからこの話はここでおしまい。



さて、どこの家庭の台所にも、調味料入れがあるのではないだろうか。
ここで言う調味料入れとは、塩やコショウのボトルや醤油さしのことではない。
何やら小さい引き出しみたいになっていて、
親指でパカッとふたを開けることができ、小さじが中に入っている粉モノいれだ。
わかりやすく言うと、ペリカンみたいな容れものだ。

ウチのはこれが三つ並んでいる。
右側には塩が入っている。
ササッとひと振り用ではなく、パスタや野菜を茹でる時など、
たっぷり使うとき用だ、と私は思っている。

左側のは小麦粉入れだ。
お好み焼きやチヂミを作るときに使うぐらいだろうか。
いったいいつ入れたモノなのか、もう覚えていない。

まん中のはカラだ。
一応『砂糖用』とシールが貼ってある。
でも、ウチでは砂糖は使わない。

理由は三つ。
ウチではお菓子を作らない。
ウチでは煮物に砂糖を入れない。
数年前にもらった砂糖が石のように固まっている。


別に砂糖が使いたいわけではないから、それがカラでも困らない。
ただ、調味料の世界では、あの容器はかなりの大物だ。
それがただ遊んでるなんて、この無駄が許せない。
あのスペースを有効に使いたい。
つまり、なんか入れたい。

本当は一番入れたいのはサラダ油だ。
頻繁に使う上、けっこうなスペースを取っている。
しかし、あれは液体を入れるものではない。
そんなことをしたら、大惨事が簡単に予想できるではないか。

やはり粉モノか。
スパイス系には大きすぎる。
ダシの素は湿気にやられてしまいそうだ。
無難なのは片栗粉か。
とろみをつけるのは好きだが、あそこに並ぶほどの実力はない。

うーん、うーん、

そうだ!
気にしないことにしよう。
なぜなら、
「なにかブログネタはないかいな~」
と思ってそれを見るまで、気にしたことなんてなかったのだから。






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s-100317ningyou.jpg
さて、昨日も書いたように、私は布が好きだ。
くるまれるような大きな布も楽しいが、
色柄が豊富で、使い勝手のいいてぬぐいはヌナーの基本だ。
いつもハンカチ代わりにズボンのポケットに入れてある。

手ぬぐいの由来は手をぬぐうことなのだから、
ハンカチ代わりというのはおかしいかもしれない。
しかし、最近手ぬぐいで手をぬぐわなくなった。
手ぬぐいはお尻のポケットに入っているだけだ。


ズボンのパターンは二種類。
作業ズボンと普段着のジーパンだ。
今もこの二本のズボンのポケットに手ぬぐいが入っている。
作業ズボンには『そらまめ』
ジーパンには『イチョウ』だ。

作業ズボンをはいているとき、つまり会社では手は紙で拭く。
廃棄される吸水性のいい紙を利用しているのだ。
おかげで会社では手ぬぐいの出番はない。
夏になると汗を拭いたりハチマキにしたりと活躍するのだが。

ジーパンのときはお出かけだ。
最近はどこのトイレに行っても、
ジェットタオルというのが設置されている。
風で水滴を吹き飛ばしてくれる。
ここでも手ぬぐいはしまったままだ。

もちろん、家では各水場にタオルが配置されているから、
ポケットの手ぬぐいは使わない。
結局、ずっと手ぬぐいは使っていない。


困るのは洗濯のタイミングだ。
使っていない手ぬぐいは、なかなか洗濯もののカゴには入れにくい。
お尻に入っているといってもポケットだ。
ミゾにはさまっているわけではない。
皮膚に直接触れてさえいない。
これをどうして洗うことができよう。

ここで疑問を持つ人もいるだろう。
ズボンはいつ洗うのか、と。
答えは「なかなか洗わない」だ。

我が家のルールでは『洗濯ものは自分でカゴに入れる』と決まっている。
『ポケットの物は自分で出す』という項目もある。
これがめんどくさいので、私はめったにカゴに入れないのだ。

作業ズボンはその週の仕事が終わった日。
ジーパンは、
「いい加減にそれ、洗え」
とちづるに言われるまで。

「目に見えなくても汚れは付いているし、汗も吸っているんだよ」
などと言わないように。
たとえそうだとしても、困っていないのだから。


で、長~いズボンのワンクールが終わり、ついに洗濯のときが来る。
ポケットの物をひとつひとつ出し、久しぶりに手ぬぐいに手が触れる。
「この手ぬぐい、一度も使ってないなあ」
と思うと、つい次のズボンのポケットに入れてしまったりするのだ。






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s-100316zubon.jpg
『寒い』と『暖かい』はグラデーションになっていると思ってたのに、
今年は交互にやってくる。
あったかい、暑い、春が来た、と喜んだら、
翌日はコタツに潜り込んだりしている。

こうなると困るのは着るものだ。
しかし、着たきりスズメの私は困らない。
困るのはかぶるものだ。
あ、帽子のことですよ。

私は帽子が好きだ。
好きでかぶるのであって、何かを秘匿しようという意図はない。
仮に別の理由があるとしたら、それは防寒だ。


『今回の話題に登場するかぶりモノたち』
s-咲き野菜 022


この冬、私は袋みたいな帽子をかぶっていた。
これは耳まで隠れて暖かい。
ただし、暑がりの私は少し暖かいともうダメだ。
今年はもう暖かくなったと判断して、全部洗濯してしまった。

代わりにかぶったのがキャップだ。
ホームセンターの作業服売り場で買ったものだが、
自転車通勤にはふさわしいものだと思っている。
けっこうお気に入りだ。

ところが、この帽子の衣替えが済んだあと、
再び寒波がやってきた。
関東や中国地方でも雪が降ったそうだ。
私の住む地方は雪はなかったが、それでもやっぱりけっこう冷えた。
こうなると、耳の出ているキャップは辛い。

しかし、袋帽子は洗濯してしまって押し入れ待ちの状態だ。
これをかぶったらまた洗濯しなければならない。
そこで見つけたのが、この布だ。
何と言うのだろう、ショール? ストール?

これはアジアンなお店で衝動買いしてしまったものだ。
お店ではターバンのように頭に巻けると説明してあった。
マフラー代わりに使っていたのだが、頭に巻いてもいいってことだ。

ターバン巻きはできないので、適当に頭に巻いて後ろで縛った。
これがまた暖かくていい。
しかも、薄手なので音はよく聞こえる。
私はウキウキして畑に出かけた。

雨の影響で畑仕事はできなかったが、生ゴミだけ捨ててきた。
家に帰り、手を洗うために洗面所に行き、鏡に映る自分の姿を見た。

「あやしい!」

頭に布を巻き、マスクをつけた男。
布には飾りまでついている。
こんな恰好で私は外へ出かけていたか。
ご近所さんに会ったらどうするのか。

というわけで、また袋帽子をかぶったとさ。







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s-100315ta-ban.jpg

臨時で不健康になってます。
車の運転をする上で一番必要なのは、
運転技術とか、車の性能とか、頭髪の量などではなく、
“車幅感覚”なのだそうだ。
これから進むスペースを車が通れるかどうか、
車の端がどこにあるか、
これがわかっていなければ、車をぶつけてしまう可能性は非常に高い。


さて、最近、私のタマシイが、
乗り物である私のカラダの車幅感覚を失いつつある。
こういうのはなんというのだろう。
自幅感覚?
体幅感覚?
ワシ幅感覚?
ともかく、鈍ってきているようだ。

先日、夕食のとき、お酒の入ったコップを倒してしまった。
お酒はテーブルから流れ落ち、カーペットにこぼれ、
それを乾燥させるほどの熱気でちづるが怒った。
コップをつかむつもりだったのに、中指の先がコップに当たってしまったのだ。

ある朝、牛乳を暖めるのに電子レンジに入れようとした。
ところが、マグカップを電子レンジのワクにぶつけてこぼしてしまった。
背の高い人が鴨居に頭をぶつけるように。
カップの背は低いのに。
毎朝のことなのに。


細かいことはいっぱいある。
ドアノブをつかもうとして突き指したり、
クッキーを食べていて、クチビルを「コリッ」というまで噛んでしまったり、
人差指で耳を掻こうとして、小指で目を突いてしまったり、
けっこう痛い目にあっている。

運転者の車幅感覚が鈍いと車が傷だらけになるように、
このままだと私のカラダが傷だらけになってしまいそうだ。

少し前、仕事中にこういうことがあった。
私は両手で重い箱を持っていて、それを台車に置こうとした。
そのとき、うっかり台車を蹴ってしまった。
車輪の付いている台車は、きっかけを与えられると勝手に向こうに行ってしまう。
進行していた『荷物を台車に置く』という作業は急遽キャンセルだ。
こんな予定変更をされては、腰はたまったものではない。


この感覚の狂いは、やはり老化だろうか。
だとすると、老化による空間感覚の衰えによって、
老化によって弱っている身体にダメージを与えるという相乗効果を生んでいる。
この連鎖を断ち切るにはどうしたらいいか。
つまり、老いにどう対処するか。
なんだか大きな問題になってしまった。

大きな問題にはシンプルな答えが一番。
『気の持ちよう』だ。
ここまでにあげた事例は、やられちゃった感がある。
これを、やってやったぜ!と思うのだ。

「コップなんて突き倒してやったぜ」
「電子レンジをマグカップでドツいてやった」
「台車を蹴っ飛ばしたら逃げていきおったわ」

こう考えることで自らを鼓舞し、若さを保つのだ。
攻撃的プラス思考とでも言おうか。
この方法を実践していけば、将来はきっと、
近所でも評判のじいさんになれるに違いない。





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目は口ほどにモノを言い、ということわざがある。
たしかに目が語る情報は多い。
喜怒哀楽、
あるいはそれ以上に細かく分類された感情を読み取ることができる。

しかし、それも接近しての話だ。
目の表現は微妙で些細だ。
距離があるとどうしても伝わらなくなる。

では、遠目にでも口ほどに情報を伝えることのできる体のパーツがある。
それは“足”だ。
いや“足跡”だ。
いや“履物”だ。

すでに、体のパーツと言ったことがウソになってしまった。
そこんとこはなんとか勘弁してちょうだい、
と、今目で訴えているところだ。


たとえば、おしゃれなお店のショーウィンドーに、
ハイヒールだけがディスプレイされていて、
その配置だけで、まるでモデルが立っているかの雰囲気を醸し出していたりする。
右が左の後ろにちょっと引かれていると、シュッと立っている感じ。
左がまっすぐ、ちょっと離れて右がやや横を向いていると、
片足に体重を掛けて、腰に手を当てている感じ。

もちろんこれは、見せる側の技だ。
でも、偶然そういう配置になることもある。

こどもが脱ぎ散らかした靴の配置が、
ものすごくあわててる感を出していたり、
捨ててあるスニーカーのつま先がひっついてて、
水虫のもぞもぞ感を出していたり、
崖っぷちにそろえられた革靴が・・・


大きさの違う二足の長靴が並べてあると、
私は農家の中年夫婦が茫然と畑を見ている姿を思い浮かべる。
なんだかよくない雰囲気なのは、
農家の人が長靴で棒立ちになることはあまりないからだ。

「おとうちゃん、どないしよ」
「しゃーない、また一から出直しや」

こんなシーンを想像してしまう。
いや、その姿がうっすら見える。

階段にゴム草履が並べてあると、
そこに座ってアイスクリームを食べる子供たちが見える。
ブーツが壁にもたれ掛けさせてあると、
斜に座った若い女性がいる。

履物は、それだけで履いている人をイメージさせる。
だから干すときは気をつけてほしい。
かたっぽが転がってたりすると、
“複雑骨折”をイメージしてしまうのだ。





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昨日の絵を上質紙に描いてみました。
念のため、別紙に落書きをして、
消しゴムで汚れないことを確認しました。

タイトルは『ケーキをよこせ』
ウジャウジャ感、ドタバタ感、大騒動感などを狙ったんだけど、
なかなか難しいですね。



s-img029.jpg


手足と毛と輪郭が全部同じ線だからごちゃごちゃしてわかりにくいなあ。
せめて背景を着色するとわかりやすくなるんだろうけど、
めんどくさいからイヤ。
で、昨日の記事から考えて、なんでこんな色数なんじゃ!

ちなみに、今ちょっとバタバタしてまして、
こんな更新ですいません。
つーか、バタバタしとるときになにを描いとるんや、っちゅうことやけど。




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s-お絵かき 004


また、サインペンを買ってしまった。
これだけの種類になると、どんな色だかわからなくなるので、
一枚の紙に色見本を作った。
その色見本を貼るために、コルクボードも買った。
個人的にはゴキゲンだ。


で、絵を描いてみた。

s-お絵かき 005


一枚目、ペン入れ中に汚してしまった。
二枚目、消しゴムかけたら汚してしまった。
三枚目、一枚目と二枚目を参考に、下書き無しで描いてみたが、
やっぱりダメだ。

やっぱりマット系の紙は乾きが悪い。
次は上質紙に描くことにしよう。


あうっ、眠い!
日曜日のお昼は久しぶりに昔ながらの食堂に入った。
ご年配が四人で切り盛りしている老舗で、
麺類飯物のほか、ショーケースのおかずも選べる。

ちづるは味噌煮込みうどん、
私はラーメンとごはんの中、あとおかずからミートボールを取った。
チェーン店とは違う、懐かしさが楽しい。

入った時は私たちだけだったが、あとから数組のお客さんが来た。
その中の一人、あるおっさんのことが気になった。
入ってくると、店の人と親しげに挨拶、常連なのだろう。
一直線にガラスケースに行くと刺身を取って席に座った。

そのあと、何も頼まずに刺身を食べている。
ごはんも酒も無しだ。
変わっているなあ、と思って見ていると、
刺身を食べ終わり、手を挙げた。

「おーい、チキンライス」


チキンライス?
刺身のあとに?
なぜ? どうして?

これは絶対におかしい。
何らかの秘密があるに違いない。
私の灰色の脳細胞がうねうね動き始めた。


まず最初に浮かんだのは、チキンと魚というところから、
筋トレマニア説だ。
どちらも脂肪の少ない動物性たんぱくだ。
だが、このおっさん、見るからにぶよんぶよんだ。
鍛えているとは思えない。

次に思ったのは、このおっさんは赤いものしか食べられないのではないか、ということだ。
刺身とチキンライスの見た目の共通点と言ったら、まずそこだろう。
しかし、チキンライスに乗っていたグリーンピースは残さなかった。
色ではないのか。

メニューの名前に意味があるのか。
さしみの“さ”と、ちきんらいすの“ち”は鏡文字だ。
チェーン店のノボリの『ざるそば』を裏から読んで『ぢるそば』だと思ったことが何度もある。
このおっさん、頭文字が線対象になっている二品を食べる主義なのか。
う~ん、ちょっと無理がある。

そういえばこのおっさん、刺身は自分で取ったが、チキンライスは注文した。
カタカナしか読めないという可能性がある。
この食堂にカタカナのメニューは少ない。
チャーハンか、カレーライスか、チキンライスだ。
カレーとチャーハンが刺身に合わないと思ったのかもしれない。

ひょっとしたら暗号か?
さしみは3文字、チキンライスは6文字。
チキンライスを2×3に分け、各々の間に刺身を挟んでみよう。

『ちさきんしらいみす』

白井は何をミスしたのだろう。


これはアナグラムだろうか。
文字を入れ替えてみよう。

『きんさちみいらしす』

『僅差値、ミイラ 死す』

ああっ、これは!
最近話題のツタンカーメン王の死因について言及しているのではないか!
まさか、あのおっさんが・・・


ところで、だれかこんな時の上手なフェードアウトの仕方、知りませんか?







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きのう 車の点検で、玄関のカギをはずしたんだった…

家に入れず、ちづるは会議。

今 スーパーの駐車場にいます。
まず、材料としましては、お好みのレーズンを適量。
今回こちらでは、小粒で緑色の物を用意いたしました。
これを袋に入れ、よく揉みます。
やわらかくなったところで型に詰め、
低温でじっくり過熱します。
すると・・・


こういうことがポケットの中で起こった。

先週まで、お昼の弁当はスープだった。
ダイエットだから当然なのだが、これはけっこう腹が減る。
そんなとき、空腹をごまかすためにゴマとレーズンを持ち歩いていた。
少量を口に入れ、少しずつ噛んでいると、なんとなく気がまぎれるのだ。

暖かくなってきたので、お昼をおにぎりに変更した。
おにぎりのステキなところは、容器がいらないことだ。
食べ終わったら、包んでいたアルミホイルを捨てれば手ぶらになる。
そこで、くるくると巻いて小さくたためる袋を食料用にした。

しかし、ゴマとレーズンが入っていると、せっかくの袋がくるくるできない。
どうせつまみ食いは仕事中だ。
ゴマとレーズンは作業服の左腹ポケットに移した。
そして、そのまま忘れ去った。


ゴマは完全密封できる容器に入っていたのだが、
レーズンはフィルムケースに入れていた。
仕事中は荷物を持ったり、機械を使ったりする。
何らかの圧力がポケットにかかったのだろう。
フィルムケースは横から圧力がかかると簡単にフタがあく。

昼休みは左を下に寝転がって本を読む。
暖房はホットカーペットだ。
圧縮と過熱はくりかえされた。
私が気付いたのは、そのポケットにレーズンを移してから、
三回の昼休みが過ぎていた。


右利きの私はそのポケットはあまり使わない。
いざというとき用にレジ袋を入れているぐらいだ。
その日、いざというタイミングがあった。
そうだ、レジ袋を使おう。
ポケットに手を入れた。


 ねち


人間、突然予想外の感覚に出会うと背筋が冷たくなる。
ぞっとした後、一瞬で理解した。
レジ袋を出してみる。
緑だ。

フィルムケースとゴマケースを出す。
こってりしている。
そしてポケットの一番奥・・・


ポケットのビスケットはどんどん数が増えるらしいが、
レーズンは、ひとつになる。






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おかげさまで風邪はずいぶんよくなりました。
声はまだガラガラですが、会社帰りの車で歌う、
『泉谷しげるライブ』
にもってこいのつぶれ具合です。

起きぬけが一番しんどくて、
洗面所でゲヘゲヘむせて、タンを流します。
そのときに鏡で見るひどい顔。
せっかくの男前が崩れてるみたいです。


ふと思い出したのが『破顔』という言葉。
顔が破れちゃうんだもんね。
でも、この言葉の意味は「思わず顔がほころんでしまう様」
たとえば、子供や動物の愛らしい振る舞いに、
普段いかめしい顔つきの頑固者も、つい眉間のしわがほどけちゃう。
この様子を『破顔』と名付ける日本人のセンス、
なかなかだと思いませんか。

顔というのは人間の体を組織として言うなら『広報部』
いわば情報の発信源。
当然、顔にまつわることわざや言い回しはたくさんあります。
破れたかと思ったら、火を出したりします。

恥ずかしいときの顔から火が出る感じ、よくわかりますね。
ろうそくや鬼火のようなメラメラした火じゃない。
バーナーのような一気に熱する火。
カーッと熱く赤くなるイメージだもの。


『顔』、英語で『フェイス』
これがカッコイイ。
“F”の発音って、
「ローマ字じゃないよ、イングリッシュだよ」
って、インターナショナルな響きを感じます。

『ファ』も『フェ』も『フュ』も日本語にはあり得ない。
あり得ないから憧れる。
『ファニーフェイス』なんて“FF単語”を使われたら、
ボクたちはメロメロさ。

で、意味は、
『個性的で魅力的な顔』
ってなってたけど、
『ファニー』だけで調べたら『滑稽な』
つまり、簡単にいえば『ヘン顔』だー。


不思議なものが流行りましたねー。
せっかくの美男美女が、わざわざファニーフェイスをするんだから。
このほうが『破顔』という字面にふさわしいような気がします。
顔から火が出るような顔ですね。

でも、みんなにウケるヘン顔もやりすぎてはいけません。
たまにやるから値打ちがあるんです。
あんまりしょっちゅうやってたら、
ヘン顔どころか、元顔まで安くなってしまいます。

こんな事態にふさわしいことわざが、
『仏の顔も三度まで』

「ふさわしくないぞー」
「意味が合わんぞー」
「話の流れがムチャクチャやぞー」
などと言われるかな。

だけどこれで完成なのです。
『顔のはひふへほ』






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私はよくこう言われる。
「箸の持ち方がヘンだ」
「箸の使い方が下手だ」
「箸使いが間違っている」

これらすべての指摘に、私は反論したい。

まず「持ち方がヘン」ってどういうことだ。
たとえば、便器に箸が落ちていて、それをつまみあげたら、
「持ち方がヘン」って言うか?
便器に落ちているものを持たなければならないとしたら、
どんなものであろうがつまみあげるだろう。
持つのは好きなように持てばいいのだ。

「下手」というのはどういうことか。
こんな風にしたいと思っているのにうまくできない。
これが「下手」だ。
私は、こう持とうと思ってそう持っているのだから「上手」なのだ。

「間違っている」と言うのは「正解でない」ということだ。
子供みたいな言い方になるが、だれが正解を決めたのだ。
なんでそいつに従わなければならないのだ。
「木の棒二本の使い方は私がこうだと決めた」
って、恥ずかしくないか。

だから私のことは、
『箸の使用形態が世間一般とは異なる人』
と呼んでもらいたい。


先日、なじみの飲み屋に行ったら、客は常連のおっさんがひとり。
なんとなく箸使いの話になり、女将さんが、
「私、箸がちゃんと持てへんの~」
「なんでやな~、こうやがな~こうやがな~」
おっさんノリノリだ。

「えーと、こうやったけ?」
「ちがうがな~、こうしてこうしてこうやがな~」
「ええ~、できやへん~」
「なんでやな~、こんなんできて当たり前やがな~」

『このおっさん、できて当たり前のことを何自慢しとんねん』
と心の中で笑っている、できて当たり前のことができないワシ。


で、箸って、正確で美しいフォームと、
器用に使いこなす技術とでは、どちらが重要なのだろう。
箸に必ず付いて回る作法とかマナーとかルールといったもの、
それとは別に、道具としての箸の存在。

かたや、完璧な箸の持ち方で、お手本としてブロンズ像にされるほどだが・・・
握力がなくて大豆すらつまめない。
毎回へし折ってしまう。
箸を持っている間中ベロがでている。

かたや、ふざけているとしか思えない持ち方だが、シザー・ハンズのごとき使いっぷりで・・・
箸でブログ更新をしている。
箸でお尻にオロナインを塗っている。
箸で彼女の涙をぬぐう。

さて、どちらが箸界では上なんでしょう?





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びらさん、どうぼすびばせん。
はだりきばした。
(みなさん、どうもすいません。
 鼻にきました)

ハナを「チン」ってしようとするのに、
「ふごっ」ってなって、
頭が雑巾しぼりされてるみたいにギリギリって痛くて、
しばらく辛抱してると、
「きゅいんっ」って突如治るの。

逆にハナがたらたらするのがいやで、
「ぶがー」って吸っても、
ギリギリってなって、
しばらくすると「きゅいんっ」て治るのよ。

どうかすると、
「きゅい   ぃぃぃーーーんんっ」
って、長い時があって、それがまた気持ちがいいのよ。


あれって、頭の中、どうなっているんだろうね。



というわけで、今夜も早く寝ます。
出不精になっててすいません。






↑うつってね




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やはり風邪をひいたようだ。
どうしてそう思うかというと、
風邪の諸症状が表れているからだ。

ふふ、諸症状。

その諸症状の中でも有名なのが、
『くしゃみ、鼻水、鼻づまり』
だ。
『せき、声、のどに』
なんてのもあった。
『目、肩、腰に』
ってのもあった。
『金銀パールプレゼント』
もいい。

他にも、頭痛、せき、発熱、下痢、関節痛、だる感、など、
その人や、その年の流行によって症状は違う。
今の私、
この声をぜひ皆さんにお聞かせしたい。
のどがガラガラであった上に、鼻声になったからベネチアの船外機みたいだ。
どんなんかわからんが。

しかしなんですな。
台風ハイみたいなもので、非常事態ってちょっと浮かれてしまいますな。
この声でカラオケ歌ってみたい、とか思ってしまうのよ。
それというのも、他にしんどい症状があんまりないからかも。


諸症状にもっと面白いのがあったらいいのに。
ムキムキになる。
毛が増える。
七:三になる。
耳がくしゃみする。
火が恋しくなる。
総会の回覧が来た。
金が手に入る。
それはあぶく銭だ。
そんなものに手を出すな。
でもこれさえあれば妹に楽な暮らしが。
ばかっ!
なにもぶたなくても。
聞き分けのない奴だ。
だってそれはおいらの分だぜ。
てめえなんか静岡に帰っちまえ。
ああ言われなくてもそうするさ。
そこまでの根性はあるまい。
うらうら、見せてやるぜ。
それは夢だよ。
あっちょんぶりけ。


えーと、まあ、やっぱり寝るとします。
ああ、風邪引きなのに寝るカテゴリーなのが口惜しい。





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