2009年10月

ここでは、2009年10月 に関する情報を紹介しています。
まったく、なんと温かいのだろう。
明日から十一月だというのに、今の私はノースリーブに短パンという格好だ。
日中は少し動くと汗ばむほどで、つい、扇風機を使ってしまった。

しかしこの陽気も今日で終わり。
明日は雨で、週明けからは冷え込む予報だ。
いよいよ衣替えしなくてはならない。
冬の衣を出し、夏の衣は片づける。

他にもたくさん片づけることがあった。
今日は私は休みだがちづるは出勤。
なんやかんやするとしよう。


明日から十一月ということは、今日は毎月恒例『みそか寄席』だ。
月に一度、友人Fに会う日でもある。
借りている落語のCDを返すのに、朝から録音した。

畑に行き、うっすら生えてきた雑草を削り取り、
サトイモとヤマイモを掘った。
あと、ホウレンソウやミズナやコマツナを収穫。
ちづるの実家と私の実家におすそ分けだ。

私の実家に行ったのはもうひとつの理由がある。
頼まれていた喪中葉書の話だ。
ついでに昼ごはんをよばれて、お土産をもらってきた。
野菜が肉やエビになってウハウハだ。


さて、以上は前座だ。
本当に片づけたかったものは、すべて台所にあった。

 ①ニボシ
ウチではみそしるのだしにニボシを使っているが、頭とハラワタは取る。
これを捨てるのがもったいなくて、小瓶にためていたのがいっぱいになった。
そこで、ミキサーにかけて粉末状にした。

 ②ウコン
数年前、ジム仲間に粉末ウコンをいただいたのだが、
一回に使う量があまりに少ないため、徐々に忘れて固まってしまった。
これを砕いて再び粉状にした。

 ③ぬか床
大きめのタッパーにぬか床を作り、夏野菜を漬けていたが、今年はもういらない。
水に混ぜ、沈殿させ、上澄みを捨てるという方法で、何度か塩抜きをしたが、
最後にバケツで水と混ぜて、沈殿物を布で絞った。


①~③をたっぷりの油かすと腐葉土に混ぜる。
少し残っていた肥料や土も入れてしまう。
明日の朝食用だったヨーグルトを混ぜる。
口の大きなポリタンクに4分の1ぐらい入れ、残りは袋に入れて保存。
このポリタンクに生ゴミを入れていく。

ヨーグルトの乳酸菌と腐葉土の・・・なんかそういう菌で、
生ゴミが発行して堆肥になる、という理屈だ。
あとはたまったら畑に埋めるだけ。
台所が片付いて、生ゴミが減り、畑が肥えるというステキな方法だ。


ただし、誰かに聞いたわけでもなく、本に載っていたわけでもなく、
実験に実験を重ねてたどり着いた方法でもない。
ただ私が、こうしたらいいんじゃないかな~、と思っただけなので、
マネはしない方がいいと思います。






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今日はちづるとホルモンを食べに行った。
そこは最近できたお店なのだが、メニューの種類がすごく多い。
聞いたことのないような肉がある。

カルビ、ロース、レバー、タン、ミノ、などのレギュラーのほかに、
ツラミ、リップ、タンモト、コブクロ、なんて部位も人間は食べるのか。
ハチノス、シロ、ウルテ、アカセン、シビレなんてどこの肉かもわからない。
なんでこんなに細分化されてしまったのか。

昔はこんなに種類はなかった。
ホルモン屋のメニューは牛の部位だ。
最近になって牛の臓器が増えた、なんてことはないだろうから、
今まで食べてなかった部位を食べるようになったか、
肉の分類の仕方が細かくなったかのどちらかだろう。

これはひとつの商売上の策略でもある。
いろんな名称があれば、
「これはどんなだろう」
「ここは食べたことがない」
などと好奇心がうずいてしまうではないか。
まさしく、売る側の思うツボだ。


というわけで、おなかいっぱい。
風呂に入って鏡を見ると、わが体にびっくり。
こんな生活を続けていたら、そりゃあ腹が出てくるのは当然だ。

しかし、食べる方の肉があんなに細かく分類されているのに、
自分の身を『ハラ』のひとくくりでいいのだろうか。
この『ハラ』を細分化することこそが、引っ込めることへとつながるのではないか。


とりあえず『ヘソマワリ』は我慢しよう。
一番出っ張ってはいるが、別名『カンロク』とも呼ばれるのだ。
出ている間は皮に張りがあって美しい。

男であるのに『オッパイ』が出てくるのは困ったものだ。
でも、その少し下『チチシタ』は見苦しい。
前かがみになったとき、腹と乳の間にできるミニ乳のことだ。
似てはいるが『フッキン』とは全然別のものなので要注意だ。

腹が出ている程度ならまだいい。
そこから脂肪は横に回る。
ウエスト横にたまってくる『ツカミ』
まるで天然の“まわし”だ。

さらに背中までぐるりとウエストを覆う『ドセイ』
自分で見ることができないが、人の振り見てわが振り直せだ。

二の腕から下がってくる『ツバサ』
首から顔への肉『フタエアゴ』
お尻周りの『ザブトン』

これらはまだいいのだ。
目に見えるから。
怖いのは体の中の脂肪だ。
これは私たち一般人が分類しようと思っても、見ることができない。
だから、せめて見える肉だけでも減らしていかなくてはならないのだ。



そういえば、ちづるのトントロは・・・









ぎゃー!








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よっしゃ!
今日は手書きでやったるで!


という計画は失敗しました。
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だってほら

健康診断

済んだから
何はともあれ、無事に終わった健康診断。
私の健康が無事かどうかはまだわからないのだけど。


この健康診断は、市の主催でいろんな企業が参加するので、
けっこう大勢の人が集まる。
時間指定制で、私は二時からだった。
皆がその時間ピッタリに来るので、ちょっと遅めに行ったのだが、
けっこう混んでいて、あちこちのブースで渋滞が起きていた。

身体測定や聴力検査は一人当たりに対する時間が短いが、
血圧や心電図はどうしても時間がかかる。
ただし、誰でもかかる時間にはあまり差がない。
受診者によって個人差が出るのは、
採血と視力検査だ。


前にも言ったが、私は血管が太い。
特に、右腕採血付近は「どうぞ」とばかりに膨らんでいる。
医学用語でいう『抜き向き』だ。

世の中にはその逆の人もいる。
血管が細かったり深かったりする人だ。
今日も看護師さんが苦労している場面を何度も見た。

でもこれは個人差だから仕方がない。
太い人がいれば細い人もいるし、
濃い人がいれば薄い人もいるし、
抜ける人がいれば生える人もいるし、
切れる人がいればイボの人もいる。
採決に時間がかかるかどうかはその人の責任ではないのだ。


視力検査は違う。
もちろん、視力の差は個人によってある。
しかし、視力検査に時間がかかる理由は、
ウソをつく人がいるからだ。

視力検査の方法は、『C』のようなマークのどちら側が途切れているかを見る。
大きいマークからだんだん小さいマークになっていき、
どこまで見えるかで視力は決まる。


ところが、答えの種類は、上・下・右・左の四種類だけだ。
でたらめに言っても当たる可能性は四分の一。
だから、つい“勘”で答えてしまう。

外れたらひとつ戻って「じゃあこれは?」となる。
当たったら次に進み、そこで外れたらひとつ戻って「これは?」
当たって当たって外れたら、戻って戻って「これは?」
戻って戻ってした後、うっかり当たったらまた次へ・・・

これが時間を食っているのだ。
見えない段階に来た時、みんなが正直に、
「見えません」「わかりません」
といえばかなり時間の短縮になるだろう。
視力検査で可能性に賭けるのはやめてもらいたい。


今日の検査で、ツワモノがいた。
大きな声で「右!」「上!」「左!」と答えた後、

「まったくのマル!」

と答えていた。
切れ目が見えなかったんだろうが、
正直だとか勘だとか以前に、
視力検査を知れ!






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s-しまじ 013

みなさん、これがなんだかご存じだろうか。
そう、植木鉢なんぞを乗っけて飾る台だ。
私が20年以上前に買った。

「これがあれば焚火で中華鍋が使えるじゃん!」

今はちづるが植木鉢を乗せている。

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これはなんだかおわかりだろうか。
そう、カードレンズだ。
数年前にホームセンターで見つけて買った。

「これを持っていれば、いざというとき太陽光で火が起こせるじゃん!」

今は細かい字が見にくい時使っている。

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これは知らない人も多いのではないか。
レンガ割りだ。
家を建てて庭いじりをし始めたころ買った。

「これを買えば半分サイズのレンガを買わなくても済むじゃん!」

庭はレンガが足りない状態で放置されている。


わかっていただけただろうか。
私は、まず、買ってしまう性質なのだ。
この性質の人間にはとても失敗が多い。
その証拠が部屋にはいっぱいある。

通販で買った、アルコール燃料でご飯が炊けるポット。
30分だけ仮眠をする時のためのキッチンタイマー。
見たとき、何かに役立つ、と思った手動ドリル。
練習法すらわからない民族楽器。
大きな机が欲しい、と思って買った板。
小さな机と中ぐらいの机。
使い終わったスプレーに穴をあける道具たち。


少し前に百円ショップで小さなザルとボールのセットを買った。
残っている蕎麦の種を発芽させてスプラウトにしようと思ったのだ。
なのに、先日、冷凍のコーンをお湯で解凍するのに使ってしまった。
今日こそ、蕎麦を水に浸けよう。

昨日、百円ショップで携帯スプレーとスポイトを買った。
ハッカ油からハッカ水を作ろうと思ったのだ。
『精製水を温める』と『12時間置いて上澄みを捨てる』がネックだが、
今日は行動に移そう。


そして、先月買ったダンベル。
間に合わなかったなあ。

明日、いよいよ健康診断。






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私は考えた。
小銭を使いたければ、持っている金額を把握しているだけではダメだ。
どんな金額を提示されてもサッと取り出せるための、
整理整頓が重要なのだ。

小銭入れの小さい私の財布では無理だ。
もちろん、コンビニの袋ではいけない。
そこで、昔使っていた小銭入れをガラクタ箱から探し出した。
『ラピタ』という雑誌の懸賞で当たった由緒正しい小銭入れだ。

久しぶりにふたをあけてみる。
中に、五円玉が一枚入っていた。
「財布はカラにしてはいけない」
という縁起担ぎの母の言いつけを守っているのだ。
おかげで小銭が一枚増えた。

この小銭入れにお金を整理整頓して入れた。
サイズは小銭が三列に並ぶぐらいだ。
まず、左側に百円玉と五十円玉をそーっと入れる。
センターには十円玉を十枚。
右側には一円玉が十枚だ。

けっこうぎっちりになった。
これなら中で混ざってしまうことはあるまい。
これをズボンの右ポケットに入れて出勤した。


サークルKはとても混んでいたのでスルー。
ペットボトルが100円で売っている自動販売機は、
すぐ横に工事の人が集まっていた。
ミニストップに行くと少し遠回りになる。
ファミリーマートに行っている時間はなさそうだ。

結局、昨日とおなじローソンまで来てしまった。
昨日に引き続き、小銭を出すのが恥ずかしかったのだが、
通勤中の恥はかき捨てだ。
お茶とみそ汁とコーヒーを買った。

「397円です」
昨日とおなじ女の子がレジをしてくれた。
なんと、昨日よりも小銭度の高い勘定だ。

さっと小銭入れを取り出し、まずは300円。
これは難なく取り出せた。
そして次は90円。
十円玉は一度につまめた。
余ったら取り戻せばいいのだ。
十枚全部をレジに出し、一枚を引いた。

最後の難関、一円玉だ。
軽く小さい一円玉に対し、私の指は太く丸く不器用だ。
パッと取り出せたのは6円。
しかし、今日の私はあわてない。
あと一枚の一円玉を落ち着いてつまむと、
「王手」のようにレジに差し出した。

「これでいいかな」


「はい、OKでーす」
店の女の子は満面の笑みだ。
やった、OKだ、合格だー!


財布も心もすっきりして一日を終えた私。
残りの小銭を財布に移し、
五円玉一枚だけを小銭入れにもどす。

そして小銭入れは、再びガラクタ入れに封印された。
次の戦いの日まで。






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貯金箱を開けて出てきた616円10銭の小銭。
はっきり言ってジャマだ。
使ってしまうか貯金箱に入れてしまいたい。
ここは理性的に考えて、毎日少しずつ使っていくことにしよう。


とりあえず、作戦をねることにした。
まずはいくら持っているか把握しておくべきだ。
財布の小銭も取り出して並べてみる。

百円玉が5枚と五十円玉が1枚、
これは普通に持っていていいだろう。
ここから下が減らしたいのだ。

で、持つお金を決めた。
十円玉を9枚。
五円玉を2枚。
一円玉を10枚。
これなら、勘定がいくらであっても小銭で払える。

しかし、これだけの小銭は私の薄い財布には収まらない。
そうだ、裸のままでポケットに入れておこう。
そうすれば、いつでもサッと出せるではないか。

私は最も使いやすいズボンの右ポケットを膨らませて出勤した。
目指すは会社近くのローソンだ。


このローソンには時々寄っている。
パンやお茶や飲むヨーグルトなどを買う。
でも、この日はある事情で“ソルマック”と“ウコンの力”を買うことにした。


「694円です」
おお、なんとすばらしい。
小銭が一気に94円も消費できる。

あ、だがしかし、小銭だけでは足りないぞ。
仕方ないので、まず財布から千円札を出し、
「小銭出します」
と言って、右手を例のポケットに突っ込んだ。

しまった!
何か小銭以外のモノが入っている!
車のキーだ。
いつもの癖でこのポケットに入れてしまったのだ。
とりあえず全部出さねば。

しまったっ!
万歩計も入っていたではないか!
しかも万歩計は落とさないように小さな洗濯バサミみたいなもので、
ポケットの縁に留めてある。
腰と指をくねくねさせて、万歩計をポケットの中に落とす。

取り出したのは、右手いっぱいの小銭と車のキー。
今日必要ない自転車の鍵まで入っているではないか。
ともかく十円玉を9枚。

うおうっ!
十円玉だと思っていたら、汚い五円玉だ。
あわせて75円しかない。
万歩計のおかげで、小銭を全部とりだすことができなかったのだ。
しかも、右手はいっぱい。
もう一度ポケットに手を入れたとして、残りの十円玉が取り出せるとは思えない。


ぎゃー!
後ろにお客さんが並んだぞ。
これはのんびり数えている場合ではない。
仕方ない、下一ケタだけクリアしよう。

素直にそうすればよかったのに、ちょいと色気を出してしまった。
パニック時の計算は役に立たない。
104円出して、
「えーと、この百円はいらないですね」
と言われ、310円のおつりをもらった。



近くの神社横に車を停め、
ソルマックとウコンの力を飲んだ。
作戦は失敗。
小銭は空いたコンビニの袋に全部入れた。


つづく






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最近は貯金箱の小銭を銀行に持っていくと、
手数料を取られるなんて話を聞いた。
なんとあほらしいことだ。
小銭貯金なんてやめだやめだ。

だいたいこの貯金箱はジャマだったのだ。
小銭を入れる以外に使い道がない上に、入れた小銭は使えない。
しかも、私が決心して貯め始めたものではない。
実家の片づけをしているとき、ガラクタのなかから見つけたのだ。

缶切りでキコキコやって、中身を新聞紙の上にぶちまけた。
案の定、一見してアルミニウムがほとんどだとわかる。
だから、量の割に軽かったのだ。

一円玉は166枚あった。
たいてい小銭貯金を始めるのは、一円玉がジャマだからだ。
千里の道も一歩からだが、小銭貯金は一円からだ。


五円玉は18枚で90円だ。
一円玉と比べると重みがあって散らかりにくく、
二枚で十円という数え安さから、レジで出しても嫌われない。
つまり、財布の中にあっても苦にならないのだ。

さらに、百円ショップの普及が五円玉の利用価値を高めた。
世の中にあれだけあふれている百円の品物。
ご存じのように、あれらはすべて105円だ。


十円玉は11枚。
貯金箱に入れるかどうか悩むボーダーラインだ。
たくさんあるのはうっとうしい。
しかも大きくて重い。
持ち歩くには不向きだが、貯金箱に入れるのをためらう理由がある。

十円玉は自動販売機で使える。
うっかり増えてしまった時も簡単に処分できる。
処分なんて失礼な言い方をしてしまった。
世間には十円で買えるものもあるのだ。
これも五円や一円とは違うところだ。


五十円玉は一個だけだった。
これは多分、十円玉につられて入れてしまったのだろう。
たとえば、何百九十円あったとしよう。
この場合、面倒くさいのは十円玉四つだ。
しかし、頭の中ではこう考える。
「ああ面倒くさい90円」
と。

そこで、十円玉を貯金箱に入れたとき、
つい一緒に入れてしまったのだろう。
いや、毎回そうだというわけではない。
何回か90円を経験したら、ごく稀にそういうこともあるというのだ。
だから、一枚だけだったのだ。


百円玉が二枚入っていた。
これは意図的に入れたものだ。
決してうっかりではない。
百円玉は目立つ。
というより、つい目がそちらに行ってしまう。

もちろん高価であることも重要だが、
それよりも百という数字の意義が大きい。
たとえば百点は満点だ。
何でもそうだというわけではないが、子供のころからそう刷り込まれている。

割合で言うなら、100%は満パーセントだ。
つまり、百という数字は『満たされている数字』なのだ。
だから百円玉は十円玉の10倍以上にうれしい。

そして、この「うれしい」という感情。
そのために百円玉は意図的に入れられた。
一円玉や五円玉ばっかりの貯金箱に百円玉が入っていた時のうれしさよ。

金銭的なことだけではない。
未来の自分を喜ばせてやろうという、過去の自分の気遣いがうれしいではないか。
ありがとう、過去のワシ。
君から見て未来のワシ、つまり現在のワシは、猛烈に喜んでいるよ。


五百円玉は入っていなかった。
そのかわりではないが、十銭玉がひとつあった。

合計616円10銭

つづく。






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ううう…
すびばせん
いろいろあって
うげあ です。










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朝、いつも通りに目覚ましを止め、
ふだんより10分遅れでベッドを出た。
なんだか、だるい気がする。
ゆうべ寝るのが遅かったか。

玄関で新聞を取り、
朝一トイレを済ませ、
うがいをして顔を洗う。
そうだ、ひげそりのパワーが弱っていたから充電しておこう。

テレビをつけて、みそ汁用の鍋を火にかける。
冷蔵庫から牛乳を出し、一口飲んでから粉末の青汁を入れる。
弁当用のおにぎりを作るのに、炊飯器のごはんをほぐす。
今朝のごはんはちょっと硬めだ。

みそ汁の具にする塩ワカメを水に浸け、
青汁牛乳を一口。
今日のおにぎりは昆布にしよう。
一個目を作っていると、ちづるが、
「寝坊した~」
と言って、起きてきた。


ちづるはねぼすけだ。
今朝などはまだ早い方だ。
ましてや、自主的に起きただけでも良しとしてやろうではないか。


「1時間10分寝過ごした~」

寝ぼけたことを言っている。


ズームイン朝の画面の左上の時間表示を見る。

7:50




ぎゃー!

何がおにぎりか!
何がみそ汁か!
何が青汁牛乳か!
何がひげそりの充電か!

ぞぞっとかき込んだタマゴメシが胃に到着する前に歯磨き。
作業服を出し、ポケットに必要なものを詰め込む。
一個だけできていたおにぎりをカバンに放り込み、トイレへ。
タイミングが狂っているから出るもんが出ん。
中止!
あきらめた!

トイレを出て、着替え。
財布 OK!
ケータイ OK!
車のキー OK!
天気が良くて健康診断が近いので自転車で出発。

必死でペダルを踏む。
間もなく会社だ。
時計を見る。

ちょっと早い。

気持ちが急いていたので早くこぎすぎた。
早く行くと、早番の上司Tにこき使われる。
ペースダウンだ。
会社近く、神社沿いの道をゆっくりすすむ。

何をしているんだろう、ワシ。





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相棒

ああ、健康診断が近い・・・

なのに、この無運動生活はどうだ。
ジムには行かなくなった、
日が短くなって外も歩きにいかない、
なのに食べる量は前より増えている。

こうなると、体重やウエストより血液が心配だ。
やはり何か運動をしよう。

確か、以前にそう思ってダンベルも買ったはずだ。
だけど・・・




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しまじ、どうもお前ではダンベル運動がうまくできん。

「お役に立てなくてすいません、ご主人」

やはりベンチはもう少し長くないとなあ。

「へえ、ダックス種じゃないもんで・・・」

そこで、だ。



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「あ、女子!」

ふふふ、びっくりしたか。

そうら、そこに並んでみろ。


s-あかしまじ 003

どうだ。

これならあおむけでダンベル運動ができるだろう。

なんてナイスアイデア。


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「えへへ~、ボクしまじ。

 え~と、趣味はねえ」





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・・・気に入られなかったようだな。






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私は買い物好きだ。
スーパーやホームセンター、百円ショップなど、
見て回るだけでもウキウキする。

昔では考えられなかったことだが、
最近は薬屋さんも大型化し、結構な買い物スポットになっている。
おかげで薬屋さんは元気な人たちでいっぱいだ。

とはいえ、薬屋さんでの時間つぶしは女性に分がある。
化粧品や生活雑貨は男子はあまり見ない。
薬屋さんには、男子がそこにいるのが恥ずかしいゾーンがあるのだ。
なので夫婦で買い物に行っても、私が待つことがどうしても多い。


そんな理由で、先日も見る必要のない棚を眺めていた。
少なくともそこは恥ずかしくないゾーンだったのだ。

えらいもので、つまらないような棚でも、隅々まで見ていると、
なかなか面白い物を発見することがある。
白地に文字だけの小さい箱を見つけた。
『薄荷油』
と書いてある。
中身は小ビンのようだ。

説明を読んでみると、ミントの葉から抽出した無添加のハッカエキスらしい。
当然料理にも使えるが、
お風呂に入れたり、おしぼりに香りをつけたり、
また、ハッカ水を作って、部屋に霧吹きするとよいと書いてある。

なんだか、読んでいるうちにムラムラと欲しくなってきた。


もちろん、私はそんなおしゃれなマネがしたい訳ではない。
私が考えたのは、畑の虫よけに使えるのではないか、ということだ。

虫は野菜の最大の敵だ。
こいつらをやっつけるために四苦八苦している。
木酢液だのストチュウだのニンニクだのトウガラシだの、
これらは虫が嫌うものかもしれないが、虫を退治するわけではない。
あくまで虫よけだ。

かといって農薬は高いし、扱いが難しい。
わずかばかりの趣味の畑だ。
そこは手数で乗り越えたい。


そこでこのハッカエキス。
ご存じのように、一番の特徴は、す~ だ。
季節は秋、場所は外、そして虫たちは裸だ。
このハッカ液を噴霧したら、やつらは寒くてたまらないに違いない。

ボディソープだと思ったらトニックシャンプーだった、
という経験は誰にでもあるだろう。
アレは驚くほど寒いものだ。
虫にとって寒さほど効果のある攻撃があるだろうか。

しかも原料が植物。
天然素材で食用にも使われるぐらいなのだから、
人体や野菜に悪い影響があるはずがない。

これはひょっとしたらものすごい発見なのではないか。
日本の農業を立て直すほどの巨大プロジェクトに発展するのではないか!



ひとビン、およそ800円。
それを発見してから数か月。
いまだに購入していない。

本当にそんな効果があるとしたら、
この菜園ブームの昨今、誰も気づいてないはずがないんじゃないか。

それに、ポイントカードも持たずにこんな買い物をしたら、
ちづるに身ぐるみはがされ、夜の外に放り出され、
「寒い~、入れて~」
と泣く羽目になるんじゃないだろうか。






↑スキっとさわやかクリックしてね





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頭の中で歌っている歌や鼻歌が、
途中から本歌になって口から出てしまう事がないだろうか。

私はよくある。

これを誰かに見られるのは恥ずかしい。

しかし、見ているほうもけっこうびっくりするものだ。



きのう、上司Tが突然、

しかも中途半端なところから歌いだした。


♪わたし 見ちゃったの~


さて、なんという歌でしょう。






↑♪クリックし~てね~




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きのうは更新を失敗して、ネタの前半がとんでました。
すいません、今気づいて直しました。

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さて、昨日はごはんを食べすぎてしまう話を書いた。
二人で晩ごはんに3合。
やはり食べ過ぎだ。

なぜ、食べすぎてしまうのか。
やめられない止まらないからだ。
つまり、3合炊いたから3合食べてしまったのだ。

じゃあ、炊く量を減らせばいいのか。
それは違う。
ごはんはいっぱい炊いた方がおいしい。
炊飯器のふたを開けて、底の方にしかごはんがないとがっかりする。

ごはんたるもの、炊飯器に目いっぱい入っていてもらいたい。
ふたを開けると、魔法使いの登場のようにぼわっと湯気がたち、
真っ白でツヤツヤのごはんはこちらに飛び出して見える。
こうなったらもうとりつかれたも同然。

まずはしゃもじでごはんをまぜる。
いや、ほぐす。
いやいや、耕す。
いやいやいや、炊き立てごはんにふさわしい言葉が見つからない。
語感だけで言うなら「ホフる」が近いんだけどなあ。


ま、食事に言葉はいらない。
ごはんを茶碗によそって「いただきます」

最初の一口はまだ熱い。
口の中に入れてもまだ噛まない。
はふはふいいながら、バラくのだ。
うっかり歯がカチンと当たったりしたらもったいない。

このときB級のレポーターたちは、うっかり「あま~い」などと言ってしまう。
“甘い”というのは、苦い、酸っぱい、辛いなどと同じで、
味がどのジャンルかを区別しているだけだ。
炊き立ての新米ごはんは味ではない。
幸福感だ。
だから「うれしい~」と叫ぶのが正式な礼儀だ。


一心不乱に新米炊き立てごはんを食べていると、
突然、ごはんの友が欲しくなる。
おかずではない、ごはんの友だ。

これは、ごはんばかり食べていて物足りなくなるのではない。
ごはんの友をプラスすることで、更なる幸せが訪れるような気がするのだ。

ちょっと、ふりかけをトッピング。
これがまたたまらなくうまい。
だけど、ふりかけの部分を食べてしまうと、ごはんだけの味をたしかめたくなる。
で、ごはんを食べたら、今度はキムチで一口。
あふ~ん、感涙。

ごはんを一口。
昆布の佃煮、うふ~ん。
ごはん。
サケのフレーク、とろ~ん。

すぐにお茶碗は空になる。
もちろんおかわりだ。
そこでつい思ってしまう。
『たまごごはん、食べたい』

もちろん、最高だ。
でも、食べ終わって、卵で汚れた茶碗を見ると、白いごはんが食べたくなる。
もう炊飯器はカラだ。

ごはん、うまーい。
こってり卵のあとは、さっぱりゴマ塩もいいのでは。
ああ~ん、しはわせ~。
たくわん、かじる~
よほほ~い。


こうしているうちにごはんはなくなる。
まだ味付けのりも試してないのに。
お茶づけもしたいのに。
うめぼしもまだなのに。

よし、あすも炊こう。


こうして、健康診断まで、あと12日。






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三連休が終わった。
この休みには反省点が多い。
私の生活の中で特に重要な五つの要素、
睡眠、食事、畑、更新、運動
をピックアップして見てみよう。


 ◎10月10日 土曜日 (ちづるは出勤)

7時起床 朝食はトースト。
食後にブログの更新。
午前中は畑。

1時半『なか卯』で親子丼とミニうどん。
午後、肥料を買いに行く。
夕方、ご飯を炊いて食べる。
10時半 寝てしまう。


 ◎10月11日 日曜日 (ちづるは風邪ひきで寝込む)
7時起床 朝食はトースト。
10時から昼まで畑。

昼食は家でてんぷらうどんとミニ寿司。
食後にブログの更新。
そのあと、ヒマワリの種をとる。
夕方ご飯を炊いて食べる。
11時 寝てしまう。


 ◎10月12日 月曜日 (ちづる復活)
7時起床 朝食はトースト。
午前中は畑。

1時頃 回転寿司で昼食。
そのまま夕方まで買い物。
夕食はマカロニ。
夜、ブログの更新。
0時半ごろ寝る。


では、良い項目から見てみよう。

畑の仕事はうまく進んだ。
台風の後かたずけをし、肥料をやって耕したので、
二週間後には次の種が蒔ける。
土寄せもして美しい畑になっている。

睡眠はたっぷりだ。
ふだんよりずいぶん早く寝ていながら、朝はゆっくりだ。
ちょっと寝過ぎだが、疲れを取ったと思っておこう。

更新は問題がある。
金曜の夜をさぼり、その分を朝して、
翌日は昼、その次は夜とだんだんずれていって一回抜いた。
これはごまかしだ。
でも「うまくいった」と思っている節もある。

食事がよくない。
炊き立ての新米は確かにおいしい。
だからと言って、3合の米を二人で一食に食べてしまってはまずい。
しかも、酒も飲んでいるのだ。
なんという炭水化物量。

そして、運動は、一切していない。
強いていうなら、畑を耕したぐらいか。
しかしこれも狭い範囲だし、涼しくなったのであまり汗をかかない。


動かず、食べ、寝た私。
三日間で育ちました。






↑肥料のつもりでクリックしてね



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人にはそれぞれ好きなもの嫌いなものがある。
私もこのブログで、アレが好きだのコレが嫌いだのと書いてきた。
で、今日も好き嫌いの話だ。

私はカーテンが嫌いだ。
なんだか形がきっちりしていない。
わざわざヒダヒダにして、不必要な凹凸をつけている。
本棚やタンスや机がコチッとしている部屋で、
こいつだけがぶわんぶわんしている。

広げても束ねても、なんだか、
「とりあえず、こうしときましょ」
って感じが払拭できないのだ。

しかも、カーテンは窓にとりつける。
風が吹いたらびろびろする。
なんとうっとうしいことだろう。


カーテンは嫌いだが、布は大好きだ。
よく意味もなく布を買ってしまう。
冬場、布を体に蒔きつけて上着の代わりにする。
女の人は布をひらひらさせた服で外を出歩けてうらやましいと思う。


ということで、私の部屋の窓にはカーテンではなく、布がぶら下げてある。
某アジアンなお店で買ったインドっぽい布だ。
窓枠の上に画鋲で固定してある。

s-カーテン 001

これがもうダメになってきた。
西日が当たる窓に十年以上ぶら下げてあるのだ。
破れたり粉が出たりするのも当然だ。
仕方がないので、これを買いかえることにした。


今度のはアフリカっぽい。
ちづるも気に入ったようだ。

s-カーテン 004

ただし、これ、テーブルクロスだ。
窓にちょうど合うサイズがこれだったのだ。
だから、外から見たら『いかにも裏』ということだ。
フン、知らんこっちゃ。





↑うっかり付け忘れてたけどクリックしてね




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野菜を育てていると、植物の強さと弱さを目の当たりにする。
何度抜いても生えてくる雑草。
ちょっと乾燥しただけで枯れてしまう野菜。
ほんの2~3日で大きく成長する雑草。
あっという間に虫に食いつくされる野菜。
このように雑草は強く、野菜は弱い。

しかし、ときには野菜のたくましさに驚かされることがある。
それは野菜が雑草になったとき、
つまり、勝手に生えてきたときだ。


夏野菜を収穫する時、できの悪いものはハサミで切り落として放置される。
勝手に熟して落ちるものもある。
それはそのまま土にかえってもらおうという考えだ。

当然、そこには種も含まれているので、調子のいいやつは発芽する。
放置されやすいキュウリやゴーヤ、トマトはあちこちから生えてくる。
種からは育てにくいナスやピーマンでもでてくることがある。
落ちたムカゴからヤマイモがつるを伸ばすことなどしょっちゅうだ。

ただ、残念なことに、これらはすべて野良野菜だ。
扱いは雑草とおなじ。
全部ひっこ抜かれる運命だ。
場所と時期を選べなかった悲劇、
今そこは、他の野菜のテリトリーなのだよ。


台風の片づけを、と思って出かけた一週間ぶりの畑。
ふと見るとミズナとコマツナの畝にものすごい勢いで何かが生えてきている。
雑草だって出だしはもっと小さくて細い。
いったいなんだ、このチンアナゴの群みたいな光景は。

s-台風あと 023


記憶を呼び起こしてみた。
この畝はつい最近までキュウリとゴーヤの畝だった。
その前は・・・
そうだ、スナックエンドウだ!
五月に落ちたスナックエンドウが、二度のコーウンを乗り越え、
この季節になって一斉に発芽したのだ!

とコーフンしてみたが、所詮これも野良野菜。
ミズナやコマツナにとってはとんでもないジャマ者だ。
全部ひっこ抜こう。

抜き始めたらこれがおもしろい。
深いところから生えてきているので結構な長さだ。
まっすぐスーと抜けてくる。

・・・

これって、豆モヤシじゃないか?
市販されているモヤシより立派だ。
一般のモヤシは工場で水だけを与えて作られる。
これは土の中で発芽し、地表を目指して伸びたからまっすぐだ。

そういえば世間はスプラウト流行り。
カイワレはもちろん、ソバやブロッコリーのスプラウトがもてはやされている。
ならばこの野良スプラウト、食べないわけにはいかないではないか。

洗ってみた。

s-もやし 001

頭と根っこをとってみた。

s-もやし 002

ベーコンと炒めてみた。

s-もやし 004

なんと立派なモヤシだろう。
ベーコンに負けない存在感。
既知のモヤシからは考えられないシャキシャキとした歯ごたえ。
まさに、料理のメインとなりえる唯一のモヤシなのではないか!


でも、なんか苦い。






↑知らない植物は決して口に入れたりせずにクリックしてね





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台風は予定より速度を早め、朝の出勤時間には青空も見え始めていた。
近所のビニールハウスは吹き飛ばされ、
街路樹や神社の木が折れたり倒れたりしている。
散らかったいつもの通勤路を通って出勤すると、
会社の倉庫の屋根が一部はがれていた。

仕事を終えて帰路につく。
家に帰って玄関に避難させたものを出さなくてはならない。
混雑する交差点を過ぎ、田舎道に入る。
みんなあと始末をするためか、ふだんより車が多い。

一旦家並みが途切れ、この田んぼを過ぎたらウチの区、
というところで異変に気がついた。
まるで線を引いたように、そこから向こうが真っ暗なのだ。

ギガーン!
まだ停電が続いている!


未明の3時半に始まった停電。
会社にいる時、耳にした情報では、
たいていの地区が午前中か2時過ぎには復旧していた。
さては中部電力め、後回しにしやがったな。

確かに我が区には信号が一基しかない。
店舗も床屋さんが一軒あるだけだ。
ウチと隣の区の先には海があるだけだ。
復旧工事の優先順位は低いだろう。

それならそれでいいけれど、
こんなことではオール電化にはできませんな。


それにしても、いかに電気に依存しているのかわかるのはこんな時だ。
まず、明かりがない。
ご近所の太陽電池の防犯灯だけ点いているのが腹立たしい。

懐中電灯を頼りに非常用懐中電灯を出してきた。
手回し充電で蛍光灯にもなるすぐれものだ。
しかし、こいつがものすごくしんどい。
明るいのはハンドルを回している間だけだ。
仕方ないので懐中電灯で電池を探して入れた。

これでは暗いのでキャンプ用のガスランタンを点けた。
これは明るい。
が、やかましい。

そのうちちづるが帰ってきた。
夕食は豆腐ともやしとハムと冷凍してあったゴーヤ。
なにしろ冷蔵庫も作動していない。
『急いで食わねばチャンプルー』だ。

幸いガスが使えるので温かいものが食べられるが、
湯沸かしポットは使えない、
換気扇は動かない、
もちろんキッチンの明かりもつかない。
腹が立つのは、一旦スイッチを入れてしまうことだ。

不便も不便だが、退屈でしかたがない。
テレビは見えない、ネットはつながらない、
本を読むには暗すぎる。
ラジオはこれから台風が向かう関東の話題ばかりだ。

ちづるが「みたい番組があるから」と言ってDSを出してきた。
このゲーム機でテレビが見えるらしい。

暗闇でろうそくを立てて、
この小さい画面で見てたのが『家電芸人』
なんでこんな状況で最新電化製品の説明を聞かねばならんのだ。


7時半に電気がついた。
やったー、
16時間ぶりの復旧だ。
さっそくテレビをつける。
セットしてあった炊飯器も動き出した。
冷蔵庫も復活だ。

やっと普段の生活をとりもどし、ホッとしたころ、
また電気が消えた。

ぎゃー。

すぐついた。
ドキドキするではないか。
さては中部電力、復旧させたときになにか『うっかり』があったな。
こんなことではオール電化にはできませんな。






↑暗い絵が続くけどクリックしてね





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すいません。

また寝てしまいました。

前日がほとんど徹夜だったから勘弁してね。

みなさん、被害はなかったでしょうか。

ウチの会社はちょっと屋根がはがれました。





↑出勤前であわてているのでクリックしてね





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翌日

20091008081634
とりあえず台風は行きました。
しかし、我が家は未明から停電です。

ちょっと ハイな気分。
何ともやる気マンマンの台風が迫ってきている。
雨も風もここ数年で一番というもっぱらのうわさだ。
おかげで会社帰りに畑の道具を片づけたり、
庭に散らかっている物をしまったりと大忙しだ。

さっき仮眠していたら、いつの間にか停電していた。
危うく本眠してしまうところだった。
このあたりに最も接近するのは明日の朝らしい。
ひょっとしたら、明日は出勤できなくしてくれるかもしれないと、
不安でいっぱいだ。


さて、天変地異は人から何もかも奪ってしまうのだが、
時には何かを与えてくれることがある。
今回は私もその恩恵にあずかった。

三重県では、早々に明日の休校を決めた学校もあるが、
それよりもはやく、健康診断の延期が決まった。
ふはははは、
8日だったはずの健康診断が26日だ。
なんと18日もの猶予をいただいた。
これこそ、天が与えたダイエット期間だ。


この健康診断は中小企業を対象に商工会議所で数日に分けて行われる。
ウチの会社では仕事に支障がでないように、
なるべくバラバラに予約を振り分けている。
なので、6日に予約してあった上司TとO川は既に受診済みだ。
偶然だが、ちづるも6日に受けていた。


健康診断から戻ってきた上司は怒っていた。
採血の担当が下手だったらしい。
上司は血管が細く、病院でも採決は苦労している。

なのに担当の看護師は、
「大丈夫大丈夫」
と言って針を刺し、
「あれあれあれ?」
と言って針を動かし、
「痛いですか」
と上司に聞いて、
「あたりまえじゃ!」
と怒られた。

ところが、O川の話は上司と違う。
痛いと思う間もなくスッと針を刺し、
手際よくちゃっちゃと採血し、
まるで流れ作業のようにすんなり終わったという。

どうやら当たった担当が違ったらしい。
上司は左の列、O川は右の列だった。
家に帰ってちづるはどうだったか聞いた。

ちづるも血管がわかりにくいタイプなのだが、
腕を見もせず「どちらでもOK」といい、
今まで刺されたことのない場所にスッと針を入れ、
あっという間に採血したという。
列は右。

さて、18日後、
私はどちらの担当に当たるのだろうか、
当日のお楽しみ・・・でもなんでもない。

私の血管は素人が目隠ししても的を外さないほど、
太くて出っ張っているのだ。
また今度見せてあげるとしよう。






↑嵐の如くくりっくしてね




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どうやら、私は朝型でちづるは夜型のようだ。
こういう状態は、ある夫婦ではすれ違いと言い、
ある夫婦では役割分担という。
我が家では“住み分け”だと判断している。

ちづるは夜中に麦茶を作る。
冷蔵庫用のガラス容器に麦茶パックを入れお湯を注ぐだけだ。
私が朝起きる頃には冷めているので、冷蔵庫にしまう。
これを食事のときに飲んだり、会社に持って行ったりしている。

きのうの朝も、私が台所に行くとお茶が用意されていた。
いつものようにそれを冷蔵庫に入れる。
定位置はドアポケットの右端だ。
牛乳やら黒酢やらが入っていて少し狭いが普通にそこに納まった。


突然、ボタボタボタっと大きな音がした。
なんだか理解できなくて、しばらく呆然としてしまった。
ふと見ると、麦茶がない。
容器はあるが中身がないのだ。

思わず容器を取り出してみたら、なんと底がない。
足元を見ると麦茶びたし。
そこでやっと合点がいった。
麦茶の容器が割れて麦茶がこぼれたのだ。
これを理解するのにどんなに時間がかかっているのか。


麦茶はいったん冷蔵庫のドアポケットにたまり、
その隙間から洩れて床に滴っている。
幸いにも家はまだ傾いていないらしく、
ドアポケットの右端と左端から均等に流れ落ちている。

アワアワしながらあたりを見回し、
右手に洗い桶、左手に洗ってあったカップ麺の空き容器を取り、こぼれるお茶を受けた。
とりあえず、ドアポケットのお茶を出しきってしまわなければならない。

ピピッ。
冷蔵庫のドアが開いてますよのサインだ。
わかっとるわ!

とりあえず、流れが収まったのでドアを閉めた。
床は水たまり、いや、麦茶たまりになっている。
大慌てで雑巾を持ってくる。
朝っぱらからぞうきんがけだ。

一番下の野菜室の側面にしぶきが飛んでいる。
少し引き出してみると、境目あたりにお茶がたまっている。
拭く。
二段目の冷凍室の表面にもしずくが流れた跡がある。
少し引き出して拭く。
冷蔵室のドアを開ける。

ボタボタボタッ。
うわー、まだ残っていた。
これはドアポケットの物を出して、中を拭かなければならない。
黒酢やらマヨネーズやら牛乳やらを取り出す。
ドアポケットにはお茶もガラスの破片も残っている。
これをとりのぞかねば。

ピピッ。
冷蔵庫のドアが開いてますよのサインだ。
わかっとるんじゃい!


まあ何とかカタをつけて、おにぎりとみそ汁を作っていると、
ちづるが起きてきた。
これは報告しなければならない。

いや~、ふつうにドアポケットに入れただけなのに割れてねぇ。
やっぱり熱湯を入れたりするから弱っていたのかねえ。
朝からぞうきんがけするはめになるとは。
まったく大変だったなあ。


続いてちづるの検査だ。

なんやこれ、ガラスの破片が残っとる。
お茶もまだたまっているところがある。
こんなんで掃除したことになるか。
これはドアポケットをはずして洗わなければならん。

ちづるがドアポケットの物を出し始めた。


あ、ちづるさん、
いま、ピピッと鳴りましたよ。






↑夜討ち朝掛けクリックしてね






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ドブ掃除が終わった。
空が真っ青な日の正午前に。


ふだんより、1時間ほど早い。
だからといって“OK”ではない。
朝一番で区長とやりあった。



あ、いかん。
画面が省エネモードになるまで妄想に入ってしまった。

ともかく、
手紙を出した人に声をかけられたり、
段取りのことでもめたり、
消防団の人と話し合ったり、
汗かいたり、笑ったり、尻もちついたりして、ドブ掃除は終わった。



で、そのことを報告せねば、と思っていながら、
当日の午後は、買い物に出かけてしまい、
夕方からはご褒美に飲みに行ってしまい、
その帰りに喫茶店に寄ってしまい、
本屋に寄ってしまい、
コンビニに寄ってしまい、
カップ麺買って食べたら眠くなってしまい、
寝てしまった。

だから、お昼には簡単にでも更新を、と思っていたのだけど、
私が独占していた休憩室に、今日からの新入社員君がやってきた。
休憩室だから休憩するのは仕方ないが、
まさかその横で四本毛の絵を描くわけにもいかない。
そんな物を見られたら、先輩としての威厳がなくなる。

威厳どころの騒ぎではない。
人格を疑われる。
ヘタをしたら、精神年齢を疑われる。

「今度入った会社にいるおっさん、昼休みにお絵かきしてるんだぜ」
なんて地元の仲間の笑い話にされるかもしれない。
「今度入った会社にいるおっさん、昼休みにお絵かきしてるんだぜ」
とシリアスな悩み相談にされるかもしれない。

あーやだやだやだ、はずかしー。
やっぱり人のいるところでは描けない~



いま、ふと、自分が昼休みにお絵かきしているオヤジだと気付いた。






↑可愛いもんだと、クリックしてね




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すいませんが、本当に愚痴です。


ここしばらく、眠い眠いと言っているが、寝床に入ると眠れない。
だから翌日また眠い。
そう、

「ドブ掃除が近いからや!」

何度も何度も書いているから、知ってる人には知ってもらっているけど、
始めて読んでわからない人のために、
いや、私のウサ晴らしにまた書かせてください。


ウチの区のドブ掃除は朝8時からお昼の1時近くまでかかる。
なぜなら、民家があるところは、
どんな美しいドブでもすべて放水で流すからだ。
つまり、すべてのドブを水洗いしているのだ。

朝、出欠をとったあと、消防団は放水班に、
一般区民は放水班とドブさらい班に分かれる。

ドブさらい班は、田んぼの真ん中の広いドブの泥をスコップで上げ、
一輪車で運び、トラクターを使ってダンプに積み込む。
区の予算は、ほとんどをお盆の大念仏に使ってしまうので、
建設会社がユンボとダンプを、農家がトラクターを出し、
あとは人海戦術だ。

ドブさらい班はとても大変だが10時には終わる。
しかし、そのあと放水班が終わるまで、公園の草むしりをして待たされる。
さらに、放水でカラになった貯水槽に井戸の水を移し、
それに使ったホースを洗って干すのを全員で待つ。

アホのやることだ。

で、なぜこんなことをしているのかというと、
消防訓練と貯水槽の点検を兼ねているからだそうだ。

だからといって、全員が待っている必要があるか?
5~6人いればできることだ。
訓練は消防団がやれ!
「ホースを洗って戻ってきたとき誰もいないとさびしい」
なんて言った腰ぬけは消防団をクビにしろ!


私はこの件を何度も何度も何度も何度も総会で言ってきたが、
区は決してやり方を変えようとしない。
今までのやり方が間違っていたと認めたくないのだ。
ましてや、よそ者に指摘されるなどもってのほかなのだ。



といった理由で私のひとり言が増える。
回数が増え、音量が上がり、種類が増す。
ポンプ車を乗り逃げする妄想にうっとりしたり、
消防とのケンカを想像して血圧をあげたりしている。
で、気がつくと口に出しているのだ。

ひとつだけ、幸いだったことがある。
10月1日から来るはずだった新入社員が、
都合で5日の月曜からになったことだ。
日曜のドブ掃除が終わったら、独り言を言いませんように。


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↑クリックしてね   あ、ひとり言です




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激動

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あ、眠いだけですから。





↑ま、これは念のため


今日はみそか寄席。
ということは、
帰りにコンビニに寄って、
家に帰ってから佃煮と海苔巻きで一杯やって、
うっかりテレビなんて眺めてたら、なんともう十月だ。

しかし、九月から十月への移り変わりというのは、
何かこう、変化に乏しい気がする。

たとえば、一月から二月への変化は大きい。
“正月”を終えた、という感じになる。
二月になると、
「もう一月じゃないんだよ」
と浮かれていてはいけない気にさせられる。

二月から三月は、厳冬から春の息吹への変化だ。
啓蟄やら、桃の節句やら、自然が動き出す季節なのだ。
凍てつく白、から、ほんのり温かいピンク、というようなイメージだろうか。

三月と四月は年度の変り目だ。
ここの区切りで学年が変わったりする。
これはひとつの壁と言ってもいいだろう。

四月と五月の間には、ゴールデンウィークがある。
新年度へのワンクッションだ。
五月病なんてことが言われるように、ひとつの節目になる。

六月といえば“梅雨”だ。
これは言うならば、春から夏への脱皮の期間だ。
気候が大きく変わる。

七月になる、ということは一年の半分が終わったということだ。
そして本格的な夏。
私の生まれた月でもある。

数年後の七月末には、アナログへの決別が待っている。
八月は、お盆とデジタルという、両極端な出来事を迎える月だ。
そして、それでも待ってた夏休みなのだ。

当然八月から九月への移行は大きい。
長い休みの終わり、新学期の始まり。
末広がりから苦月への大きな転換点。


十月から十一月へはおおきな出来事がある。
神無月である十月が終わり、神様が帰ってくるのだ。
じゃあ、十月は神様がいなくなる月、なんて言わないように。
宴会でも、お開きは一斉だけど、集まりはバラバラだ。

十二月の到来は大きい。
一年で最後の月、師走がくるのだ。
いわば、シメの月だ。
一年の総集編みたいなものだ。


どうだろう。
九月から十月への変化は、エキセントリックさに欠けるのではないだろうか。
お祭り意識が不足しているのではないだろうか。


こんな話をちづるにしたら、
「衣替えじゃないの」
と言われた。

私はまだ替えませんよ。







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