2009年06月

ここでは、2009年06月 に関する情報を紹介しています。
こういう言い方をすると怒る人もいるが、
最近の若い人の使う言葉はおかしい。
特に気になるのが、
「大丈夫です」
というやつだ。

「はい」
「わかりました」
「かしこまりました、ご主人様」

と答えるべき場面で、

「大丈夫です」

と言う。
誰もあんたの身の心配などしてないのに。


どうも不愉快な日本語が多い。
文章にせずに、単語がぶつ切りのことも多い。

「ケガ、なくてよかったですね」

なぜ「ケガがなくて」と言えんのだ。
これでは“ケガ”の“ガ”を“○○が・・・”の“が”と勘違いする可能性が高い。


省略形もよくない。
会話の途中で、相手の表現に異を唱えるのに、
「というか」
ということがあるが、これを省略して、

「てかっ」

という輩がいる。
話の途中で、突然、

「てかっ」

っと言うのだ。
いきなり擬音をつけられたのかと思ってびっくりするではないか。


あと、気に入らない言葉に、

「うすうす感づいている」

というのがある。
感づいているのは「うすうすと」感づいているのか、
あるいは「うすうすに」感づいているのか。
これも小心者をドギマギさせる言葉遣いだ。


女子はいつも「細くなりたい」と念仏のようにとなえている。
「細くなった」と言われてショックを受ける人もいるのだということを知っておいてもらいたい。

私が休みを誰かに替ってもらったとしても、
「コウタイしました?」
などと訊くな。
すごくドキドキするのだ。

『ぬけがけ』とか『はえぬき』なんて言葉も、
私の前でぬけぬけと使うな。

ハーゲンダッツとかも言うな。

「もうけがすくない」なんて言うな。


最近よく耳にする言葉で気になっているのが『経営』だ。
どうしても「毛ぇえぇ」と聞こえるのだ。

この「毛ぇえぇ」が不振だとか、行き詰っているとか、伸び悩んでいる、
という言われ方をよくされている。
不景気だから仕方ないのかもしれない。
しかし、ここはぜひ踏ん張って、経営者には頑張ってもらいたい。

私の好きな言葉は、

『健全経営」

なのだ。





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今の畑の仕事は、ほぼ草取り。
取った草はコンテナに入れてギュウギュウ踏みつける。

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圧し固めた草を“草ブロック”として畑の境界に並べる。
向こう側、草ブロック自体が命を吹き返してるけど気にしない。

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草取りで一番の敵は、草ではなく、蚊だ。
畑の蚊には防虫スプレーはあまり効かない。
蚊取り線香の煙は私の体にまとわりついてくれない。

蚊は人の吐く二酸化炭素に寄ってくるのだそうだ
当然、顔周りに来る。
家にいるつもりで手でパン!と叩く。
両手は軍手で土まみれだ。
蚊が叩けたかどうかはともかくとして、
土ぼこりで作業は中断だ。

右腕のところに蚊が来た。
そ~っとタイミングを見計らう。
左手でパッと叩く。
そろりと左手をどけてみると、
蚊の姿はなく、代わりに左手についてたナメクジが・・・


今日は雨の中、キュウリの収穫に出向いた。
小雨だったので、傘をさしてブロッコリーのアオムシを取ることにした。
ピンセットで30ほどのアオムシを取り、さあて帰るぞと思ったら、
なんと、膝下は蚊の謝肉祭の後の祭り。
食われまくりのバイキングだ。

おそらく、蚊はブロッコリーの下で雨宿りをしてたのだろう。
あの葉が一番屋根にふさわしい。
そこにやってきたのが半パンのワシの足。
まるで新幹線の売り子さんが来たようなものだ。

わざわざ一本一本の横に立ちアオムシを取る。
これではまるで蚊のお食事タイムではないか。


これってひょっとして、
『アオムシの仇を蚊がとる』
ってことだろうか。
う~む、虫界のつながりを侮っていたか。
つーか、虫界の食物連鎖に組み込まれてしまったわい。





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s-たばこたばこ





どういうことや。





↑ねえ。






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私の母は縁起担ぎだ。
夜爪切るなとか、ご飯に箸を立てるなとかは当然、
朝から猿の話をするなとか、
裸でトイレに入るなとか、
兎の日には種蒔くなとか、
やたらやっちゃダメシチュエーションが豊富だ。

縁起とは別に、ジンクスめいたものも多い。
私が思うベスト1はこれだ。

「呼ぶよりそしれ」

これは「誰かをここに来させたかったら、呼ぶよりも悪口を言った方が早い」
つまり、悪口を言うとその人が聞いてるぞ、みたいなことだ。
近いのは「噂をすれば影」だろうか。


このジンクスは今でも結構言われている。
悪口でなくても、話題に上った人が現れる、というようなことが。

ウチの会社でもよくある。
「しばらく○○の注文来ないねえ」
なんて言うと、その注文が入るのだ。

もちろん注文が入るのはありがたいことだ。
そんなことで注文が増えるのなら、毎日お得意さんの名前を唱えるだろう。
こういう言われ方をするのは、
それがつらい仕事、めんどくさい仕事、ありがたくない仕事だからだ。

こんなことを言ったら罰が当たるかもしれないが、
雇われ人は仕事は楽な方がいいに決まってる。
だからO川あたりが、
「最近○○の仕事ないねえ」
なんて言って、その仕事が入ったらやつはゴーモンだ。


当然、そんな関係性はないとわかっている。
しかし、腹が立つではないか。
「名前を出すと注文が来るかもしれないから言わないでおこうね」
という暗黙の気休めをやぶられたのだ。
せめて、いやな仕事は気が休まっている状態で受けたい。


この気休めをよく破るのが、社長の奥さんだ。
「事務所で、最近あの仕事こないわねえ、なんて噂してたら注文がはいったわ、おほほー」
などと笑いながら、血の気が引くような伝票を渡される。

「だからそれを言うなー!」
と叫びたいのを我慢して、
「ホントに世の中不思議なものですね、あはあは」
なんて愛想笑いをしている。


奥さんが悪い、とは言わない。
影でも言わない。
「奥さんがいらん事いうから、こんな注文来たよ~」
などと言ってて、後ろに奥さんがいたら困るから。





↑悪口言ってませんから。




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今日は焼肉屋に行った。


初めて聞いたという人は気をつけてもらいたい。
その名前から『日焼けサロン』を想像した人は間違っている。
あれは『焼き肌屋』だ。

『焼肉屋』の“肉”とは食べる肉のことだ。
ただし、食用の肉を焼いてくれるお店ではない。

刃物を砥いでくれるのは『砥ぎ屋』
散髪してくれるのは『散髪屋』
洋服を作ってくれるのは『仕立て屋』
しかし『焼肉屋』に肉を持っていっても焼いてはくれない。


また、少々期待したかもしれないが、
お店にいっても『焼肉』は出してくれない。

魚を売ってくれるのは『魚屋』
寿司を売ってくれるのは『寿司屋』
ガラスを売ってくれるのは『ガラス屋』
でも、『焼肉屋』では焼き肉は出ない。
出てくるのはほとんど生の肉だ。


では『焼肉屋』とはどんなお店なのか。
生の肉を焼かせてくれるお店だ。

行って、何かをさせてもらう店、ということで、
行ったら釣りをさせてくれる『釣り堀』
バッターの役をさせてくれる『バッティングセンター』
ボウリングをさせてくれる『ボーリング場』
などに近いネーミングかもしれない。



では、今回の私たちの焼肉屋での内容を説明しよう。
注文したのは、
カルビ 2人前
ホルモン 3人前
レバー 2人前
ハツ 1人前
ハラミ 1人前

このカタカナで書いたのは肉の名称だ。
牛のどの部位であるかを表している。
「ぶい」と言ったが、豚ではなく牛だ。

○人前、というのは、量の目安だ。
はっきりした決まりはない。
店側が勝手に、
「これは○人前です」
といっているだけで、正確な単位ではない。



さて、何をぐだぐだ言っているのか。
無意味な内容で無理やりひきのばしているのではないか。
これは文章の水増しではないのか。
と思っているあなた。

私は眠いのだ。
だって、おなかいっぱいなのだ。
しかも、胃は肉で満たされている。
レタスでいっぱいの状態とは眠さの高級度が違う。

でしょ?

じゃ。





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暑い。
あまりの暑さに、今年初めて職場のクーラーを入れた。
予想通り、ものすごくほこり臭い風が出て、エゲエゲした。
だから夏は嫌いなのだ。

他にも夏が嫌いな理由がある。
今使っているカバンは小ぶりのショルダーバッグで、とても気に入っている。
弁当、本、カメラ、筆記具、薬、充電器、エコバッグ、ゴマ、カッパを入れて、
ちょうどいい満タン感だ。
できたらこの姿勢を貫きたい。

でもダメだ。
これ以上気温が上がったら、確実に荷物が増える。
着替えのTシャツとタオルだけで、このかばんはいっぱいになってしまう。
これでは新しい鞄を買わなければならないではないか。


私は持ち物に対して理想がある。
いざという時に必要なものは常に持っていたいが、
余計なものは一切持ちたくないのだ。
ただ、必要か余計かはその都度変わるのがむずかしい。

これは車でも同じことが言える。
私の車は軽のワンボックスで、ほぼ農作業用になっているので、荷物がとても多い。
積んでいる農具も、季節や気分によって必要なものが変わってくる。


ある日、思い切って車の荷物を大幅に減らしたことがある。
最低限の道具しか持たないことにしたのだ。
おかげで、いつでも肥料や苗が積めるようになった。
道具がいっぱいのときは、荷物を積みなおさないと買い物もできなかった。
これは大成功だ。

しかし、ここがカバンとは違うところ。
荷物が減っても、すき間を作ることができないのだ。
すき間があると運転中に荷物が暴れる。
ポリタンクが倒れたり、長靴が飛びまわったり、
クワとカマがこすれあって世にも気色の悪い音をたてたりする。


そこで私は考えた。
名づけてバケ2大作戦。
荷物が少ない時はバケツを並べて荷室をいっぱいにしておく。
他の物を積みたい時は、バケツを重ね、その中に噴霧器を入れるのだ。
これでどんな荷物量でも臨機応変、万事OKだ。


ひとつ不自由なことがあった。
それは空のバケツの奔放さだ。
やつらは身が軽く気まぐれで落ち着きがないのだ。

後ろのドアを開けた。
二つのバケツが「ぼん ぼろん ぼぼん」と転がった。
二つのバケツというのは、必ず反対方向に転がる。
あわてて拾いに走る。
このときにスキが生まれる。

バケツという支えを失った噴霧器が、ひしゃくを巻き添えにして転がり落ちる。
この音に振り替えると、ひしゃくをつっこんでいた腰かごが落ちる瞬間だ。
中に入っている細かいものが散らばる。
トマトを支柱に縛るためのビニールひもは必ず風に飛ばされる。
そして田んぼに落ちるまで止まらない。
やっとのことでビニールひもを拾って戻ってくると、
車に猫が乗ってたりする。


やはり農作業には軽トラか。






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昨日は二代目ブラックくんで更新…

と思ったら、なんやらヘンだ。

いや、ブヨブヨしてるとかぬるぬるしてるとかというのではない。

起動前に電源が切れてしまうのだ。

キー!

暑いだけでイライラしてるのにー!
皆さんのお言葉を受けて、レタスに火を通してみた。

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レタスの和風オムレツ。
軽く炒めた昨日の残りのレタスを、麺つゆを入れて混ぜた卵で丸めただけ。
安物のフライパンの寿命が近いので、卵がひっついて困った。
しかも、できあがってから写真を撮るまでにどんどん水が出てきて、
「なあに、汁も料理の一部さ」
と言いつつ、なるべく本体の後ろに汁を隠して撮影した。
つまり、この料理はダムでもあるのだ。

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ミズナとモヤシとハムのあんかけ。
あんかけ、と名付けたけど、全部ひっくるめてとろみをつけただけだ。
モヤシが多すぎる気もするが、そろそろ食べないとやばいので・・・

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そして、初収穫のキュウリ。
何の用意もしてなかったので、マヨネーズをつけて食った。


このあと、うどんを作った。
朝、ごはんを炊かなかったのでちづるの主食がなかったのだ。
作ったといっても、冷凍のうどんを茹でて麺つゆをかけただけだ。

あんかけを作ったフライパンを軽く洗い、お湯を沸かし冷凍めんを入れる。
ザルにあけて、麺を水洗い・・・するのがめんどくさい。
“かまあげ”というのもあるんだから、このままでもいいだろう。
ちづるもザルを洗わずに済む方がうれしいはずだ。

箸を使ってフライパンから丼に麺を移す。
大量のお湯が入ってしまった。
お湯を捨てようと丼を傾けたら、
側面を伝って左手に熱湯が!

ぎゃー!

麺をこぼしてしまった。
あわてて拾おうとして麺を手づかみ。

ぎゃー!

今度は右手だ。
この熱さ、水だ水。
ザルを出して麺を洗う。

「なんの騒ぎや」

ちづるに気付かれた。

「よーく洗いましたから」





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レタスとミズナ以外のモノが食べられました。
山形の親せきさん、ありがとうございます。
これはただの自慢です。


段取りってのは、なかなか思うようにいかないものだ。
おとつい飲みに行くはずが、昨日になってしまった。

帰りに寄ったラーメン屋。
先日ご紹介した店だが、閉店することになったらしい。

店長のお兄さん、私のことを、
『オトウサン』
と呼んだ。
私もまだ『オニイサン』も部類だと思ってたのに。


今日は私は休みだがちづるは出勤。
明日からは雨の予報だから、今日は草取りをしておこう。
で、昼から図書館に行ったりジムに行ったり、
更新したり写真の整理したり、
録画したけどちづるが興味を示さない映画を見たりしようと思っていた。

1時前になって近くの食堂でお昼。
一旦家に帰って、2時過ぎまで休憩。
そのあと草取りの続きを始めて、終わったのは何と5時半だった。

私が思っているよりも草はずんどこ伸びている。
ってわかっているはずなのに、
それ以上にずんどこ伸びていたのだ。


だがしかしそれよりもなによりも、
もっとも納得いかないのはこの靴下だ。

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確かに安物を買った。
5足で298円だった。
だからと言って、こんな形の足があるか!
親指が分かれているから、指先の位置は変えられないのだぞ!

履いたけど。





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今、レタスとミズナばかり食べている。
レタスとミズナしか収穫できないし、
急いで食べないと、食べられないほどに成長してしまうからだ。

レタスがほぼサラダにしかならないから、
ミズナはおひたし、炒めもの、卵とじ、サラダ、とバリエーションに工夫している。
工夫はしているが、今や正真正銘の草食系。
胃が四つに増えたり、細胞が葉緑素を持ったりしないか心配している。


体ってのは正直で、青物ばかり食べていると猛烈に肉気を欲しくなる。
レタスにはハムやシーチキンを添えてみたり、
ミズナにはササミをほぐして混ぜたり、豚肉と炒めたりする。
しかし、肉は高級食材だ。
そうそう買い物かごに入れるわけにはいかない。
そこで、錯覚を利用する。

たとえば、暗闇にいたらわずかな光でも眩しいと思う。
苦い薬を飲むと、真水でも甘く感じる。
それと同じように、野菜ばかり食べていると、
野菜じゃないものを肉だと錯覚してしまうのだ。


その筆頭は“ちくわ”だろう。
動物性たんぱくなのだから、あながち肉でないともいえない。
炒めものにもサラダにも、堂々肉の役目を担ってくれる。

“こんにゃく”も優秀だ。
あの歯ごたえは野菜じゃない。
野菜との異質感が肉を想像させる。

“油揚げ”はすばらしい。
あの香ばしさ、食感、そして油っぽさ。
これはもはや肉だ。

野菜と混ざった“おかか”もすごい魅力を発揮する。
特に醤油と結託した時の肉度たるや、
ミンチのそぼろを凌駕する。

まだ試してはいないが“生春巻きの皮”もいいんじゃないか。
あのねっちり感とビロビロ度。
いや、あの、生春巻きをするのがめんどくさいからじゃないよ。
確かに収納戸棚にあるのを処分したいけど。

予想外だったのが“エノキ”
湯通ししたエノキをちぎったレタスと混ぜ、ポン酢をかけたら、
なんと立派な肉になった。
さすが木へんに夏。
関係ないが。
しかも違うものだが。

“コーン”
もうあからさまに野菜なのだが、
サラダに入っていると、一人特異な食感と甘みで、
一皿の楽しみを盛り上げてくれる。


さて、こんなにいろいろ考えているのだが、
レタスとミズナが収穫できるのもあと十日ぐらいだろう。
それが終わったら本物の肉を、
と思っていたのだが、
私の予想では、明後日からキュウリが収穫できるようになりそうだ。






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きのう更新できなかったのは、
たまってた録画を見てしまったから。

今朝、更新できなかったのは、
涼しくて寝心地が良かったから。

昼休みに更新できなかったのは、
読んでる本が盛り上がってきたから。

で、今夜こんなザマなのは、
部屋でうとうとしてしまったから。


で、明日は飲みに・・・





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土曜日は、ポストの写真を撮りに県の中心部あたりを巡り、
夕方床屋に行った。

日曜日、朝から畑仕事。
午後はちょっと用事があって実家に行った。

レタスとミズナを手土産に、
代わりに乾麺と缶コーヒーをもらった。

ちょいと世間話などして、
「ほな、帰るわ」
と玄関を出ようとしたら、
見送りにきた母がこう言った。


「それにしてもお前、
 ずいぶん“薄く”髪切ったんやねえ」










“短く”じゃっ!






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今日も午前中は畑。
午後は実家に行ったり買い物したりで、家に帰ったのは5時前。
もうしんどかったので、録画してたまっている映画を観ることにした。

しかし暑い。
出かけている間は閉め切っていたので空気が温まっている。
少し風を通したが、音が漏れるのがイヤなので窓は閉めた。
リビングのエアコンは二年前から壊れている。
というわけで、夫婦二人、寝転がってうちわ片手に映画を見ていた。


この“うちわ”という道具、風を送って涼むためのものなのだが、
動いていないと風を送ってくれない。
そして、手動だ。
自分がうちわを動かしている間だけ涼むことができる。

だが、うちわを動かすのも運動だ。
運動をすると体は暑くなる。
涼むためには、最小限の運動でなるべく大きくうちわを動かすことが必要だ。


うちわの動きには三つのパターンがある。
手首の上下による送風。
手首のひねりによる送風。
そして、肘を支点とした腕の動きによる送風だ。

どの場合にも共通して言えることが一つある。
肘は体に接触させておきたい、ということだ。
もちろん肘がフリーだった方が、うちわの動きが大きくできるのはわかっている。
でも、肘を空中に浮かせておくこと自体が、かなりの重労働なのだ。

では、実際にあおいでみよう。
寝転がった状態で肘を体に付けてあおいでも、あまり涼しくない。
手首主体の動きでうちわの振幅が少ない上、
うちわが体に近すぎて、部分的にしか風が来ない。

逆に、風のことを考慮せずに、ただ動かしやすいようにうちわを動かしてみよう。
なんと、あらぬ方向をあおいでいるではないか。
これではっきりした。
人間の体は、うちわで自分をあおぐようにはできていないのだ。


ここで考えられるのが、ちづるとあおぎ合う、という作戦だ。
なにしろ、人は自分をあおぐより他人をあおぐ方が楽なのだ。
しかし、これは物理的に難しい。
真正面であおぎあえば、風は相殺されて運動だけが残る。

位置をずらしてあおぎあうか。
これは精神的に難しい。
先にも述べたように、人はあおぐ労力は最小限に抑えたいからだ。
自分はあおがず、相手にたくさんあおがせる。
この考え方ではいさかいが起きるに決まっている。

「あ、映画に熱中しとったら、あいつ、あおいでへんやないか。
 これではあおぎ損や。
 余計にあおいだ分、逆回転したる。
 ああっ、またあおいでしもたやないか。
 うちわでマイナスのあおぎはできんのか!」

これでは映画に集中できない。


何とかこの状況を打開する方法はないのか。
考えても考えても、結局は同じところにもどってしまう。

ほしい!
もうひとつ関節が!

そうなったら、肘を体につけたままで、うまく自分をあおげるはずだ。
しかも、寝転がったときの反対側の手。
肘枕のクッション性もよくなるような気がするではないか。






↑エアコン買ってくれるかクリックしてね





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まったく何が良かったのかわからないのだが、
今シーズンはレタスの出来がやたらいい。

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偶然、土の塩梅がよかったのか、
偶然、植え付けのタイミングがぴったりだったのか、
偶然、気候がお気に入りだったのか。
ともかく私の意図しない出来具合だ。

いつもなら、大きく育たなかったり、巻かなかったりで、
サニーレタスやサンチュが我が家のサラダの主になっていた。
なのに今年はすでに今日で三日、毎日一個ずつ食べている。
まだ巻ききっていないのだが、
採り遅れて苦くしてしまった経験が豊富なので、早くから消費しているのだ。

しかも、うまい。
レタスなんて作っても買ってもいっしょだと思っていたが、
全然ちがった。
今週、人生で一番うまいレタスを食べている。


さて、畑の敵トップ3といえば、草、虫、鳥だが、
レタスはこの敵にめっぽう強い。
草まみれになっても平気で育っているし、
鳥も虫もあまりレタスを好まない。
だから育ってくれさえすれば、手間の要らない楽な野菜だ。

だったら、おすそ分けしたらどうか、と思う人もいるだろう。
しかし、レタスはおすそ分けには向かない野菜なのだ。
その理由トップ3は、形、もろさ、虫だ。

これは私の推測だが、高原野菜のレタスは暖地で作ると形が悪いのではないか。
なんだかこっちり巻かずに、背伸びをしている感じだ。
これから巻いてくるのか、作り方が悪いのかはわからないが、
売っているのとは形が違う。
この形の相違は、差し上げるのに気が引ける。

そしてレタスはもろい。
特に巻きが悪いと、空間が多くて壊れやすい。
折れたり砕けたりしたところは茶色くなって見た目が悪い。

で、先ほど虫が好まないと言ったばかりだが、レタスには虫がいる。
『食』として虫に利用はされないが『衣』や『住』で利用されている。
ナメクジやダンゴムシが日陰として利用するのだ。
しかも、洗ったり、葉をかき分けたりすると壊れる。
中から虫が出てくるというのは、主婦には嫌われるのではなかろうか。
そんな理由で、毎日私たち夫婦でシャリシャリ消費しているのだ。

     

さて、“私の”畑の敵トップ4といえば、草、虫、鳥、上司Tだ。
上司はレタスを作っていない。
苗を分けてあげようか、と勧めたが、上手にできた試しがないと言って断られた。
でも、レタスが嫌いなわけではない。
レタスが豊作だと言ったら「くれ」というに決まっている。

だったらおすそ分けしてやったらどうか、と思う人もいるだろう。
しかし、上司はおすそ分けに向かない人間なのだ。

これは私の推測・・・というより経験なのだが、
私があげたレタスを上司が気に入った場合、次に言うであろうセリフのトップ4はこれだ。
「もっとくれ」
「誰それにやる分をくれ」
「勝手に採っていっていいか」
「いくつ残しておいたらいい?」

だから、上司には、
「今年のレタスはナメクジだらけ」
と言ってある。
そんな理由で、毎日私たち夫婦でシャリシャリ消費しているのだ。





↑見てないだろうけど、上司もクリックしてね





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今、麻の7時53分。

出勤前のギリギリ更新。

この緊張感も、早寝遅起きのタマモノです。







↑これをつける余裕はあるのか。




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一日の始まりは目覚めだ。
いつものようにまぶたを開き、目覚まし時計を止め、
ベッドから出て、スリッパをはき、階段を降りて、
新聞を取って、トイレに行って・・・

こうしている間に、睡眠で休息を取っていた脳が徐々に活動を始める。
筋肉でも休んでいていきなりハードな運動はできない。
ウォーミングアップを怠るとけがやトラブルの元になる。

でも、たまに、目覚めとともに脳がフル活動することがある。
目をあけた瞬間、
「ここ、どこ?」
と現状理解不能になるときだ。
このとき脳はすぐに全力で考え始める。

旅先やうたた寝した時、違う部屋で寝た時などはよくあるが、
普段通り自分のふとんで寝ててもたまに起こる。
脳が勝手にリセットしてしまうのだろうか。


一番ひどいのは「寝過ごした!」と思う時だ。
ウォーミングアップどころか起きぬけ大パニックだ。
脳がピキーンとなるだけじゃなく、心臓までドキーンとなる。

一瞬の大あわてのあと、
「ああ、今日は休日だった」とか
「時計を一時間見間違えた」という場合が多い。
しかし、これは一気に目が覚める。


私の目覚ましは6時にセットしてある。
てっぺんをポンと押すとアラームはいったんとまり、
10分後に再び鳴る。
この時計を置いている台がベッドより少し低い。
なので、目を開くとすぐの所に時計があるのに、
文字盤は上半分しか見えていないのだ。

一回目のアラームを止めて、脳はむにゃむにゃ考える。
「ゆうべ雨が降ったから、ウォーキングには行けないな」
二回目のアラームを止めて、脳はぐずぐず言い訳する。
「昨日のうちに更新できたから、もうちょっと寝ててもいいな」

さて、そのあとだ。
6時15分を過ぎると、時計の針は文字盤の下半分に行き隠れてしまう。
アラームとアラームの間に目が覚める時がある。
脳はピキーンで心臓はドキーンだ。
アラームを止めて寝過ごした!
と思ってしまうのだ。

確認しようと時計を見る。
針がない!
今何時なんだ!
これは時計じゃないのか!
時間のない世界に迷い込んでしまったのか!

朝一番で脳はみそ汁状態だ。


いやいや、こんなことはめったにない。
たいていそれまでに目は覚めているし、
最初のアラームで起きる。
こんなことが起こるとしたら、
それは二日酔いの朝なのだ。





↑覚醒した状態でクリックしてね




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ゆうべは顔なじみの常連さんに、

二軒目に連れていかれました。

もう、酒はやめます。
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寝ます。




↑申し訳ないけどクリックしてね



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寝ます。




↑本能のままだけどクリックしてね
ソラマメが終わった。
明日、この場所を片づけて、モロヘイヤとシソとバジルを植え付けたら、
畑は満員御礼、定植終了だ。
そして残った苗は処分になる。

しかし、やっぱりかわいそうな気がする。
探したら欲しい人もいるのじゃないか。
そうだ、会社の前に『ご自由にお持ちください』って書いて置いとけば、
どれだけかは持って行ってくれるかもしれない。

そう思って玄関先に用意しておいたら、
集金に来た新聞屋さんがモロヘイヤを二本もらってくれた。
これは結構いけるかもしれない。


会社に持っていったら、
「もう植える場所がない」
と言っていた上司Tが寄ってきて、
ナスとピーマンとゴーヤ、合わせて6本持って行った。

社長に「これ、前に置いていいですか」
と訊いたら、許可をくれたついでにナスとピーマンとバジルを持って行った。

昼休み前に見に行ったら、最後のナスがなくなっていた。
あとで営業の人が、
「ナスもらったよー」
と言いにきた。

日が変わって、今日の夕方、もうひとりの営業が、
「ご自由にって書いてあったから、ゴーヤを一本もらったよ」
という。
「一本と言わずにいっぱい持ってって」
と3本持たせてやった。


結局、持って行ったのはほとんど社員だ。
社員がいいのから持っていくから、できの悪いのばかり残っている。
これでは通りがかりの人は手が出ないだろう。

それでも、ゴーヤとモロヘイヤとバジルが一本ずつなくなっていた。
なんだか、ウヒな気分だ。
誰とも知れない人が、私の苗を育てるなんて。
先に処分したトマトやキュウリも並べてみればよかった。

来年はもっと派手にやってみよう。
処分するぐらいなら人に育ててもらった方がいい。
いろんな種類を早い時期に並べてみよう。
で、会社には内緒にしておこう。


それにしても、人数の少ないわが社。
家庭菜園率が妙に高くないか。






↑クリックしてもーてー



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最近、すっかりおさぼりモードだ。
というのも、早寝早起きのせいなのだ。
早く寝るようになったのに、家に帰ってくる時間は一緒。
酔っ払っている時間も一緒。
当然そのほかの時間が足りなくなってくる。

当初の予定では、ジムに行っていない分、早起きして外を歩くつもりだった。
で、歩いて畑まで行ったら、
「どうせなら畑の仕事をちょっとでもしたい」
などと思うようになり、自転車で畑に行くようになった。

早起きはしているのだから、夜は早く眠くなる。
寝ぼけた頭で更新なんてできるはずがない。
だったら、夜更新できない日は朝すればいい、と思った。
こうなると、もう毎朝だ。

ネタを書いたり、絵を描いたり、お返事を書いたりしてる間に、
朝ごはんを作る時間になってくる。
ウォーキングはどうなった。
畑仕事はどうなった。
要するにトータルで時間が足りないのだ。


ところが、行動している総時間量が同じでも、
時間帯がずれたがために、ささやかながら変化が現れた。
あまりにもささやかで微細なので、一般の人には感じられないかもしれないが、
その方面に敏感な人間には感じとれる変化だ。
私は感じた。
毛が濃くなってきたような気がする。


あるお方からこういう話を聞いた。
「人間には体の細胞を再生させる時間帯がある。
 それは夜の10~12時ごろで、 
 全エネルギーを再生に向けるために寝ていなくてはいけない」

私はこの話に納得した。
確かに理にかなっている。
だからと言って、そのために早起きを始めたわけではない。
変化を感じて、このことを思い出したのだ。


ある朝、洗面台で鏡に向かって歯を磨いているときに気がついた。
「あれ、すき間が減ったんじゃない?」
どうも生え際あたりの密度が詰まった感じがする。
何か原因があったかと考えてみたら、早寝早起きを始めたことぐらいだ。
ひょっとして、再生がはじまったのか!


さっそくちづるに報告する。
「どう?」
よく見えるように、生え際をちづるに接近させる。
するとちづるが、
「それではわからん。てっぺんを見せろ」


ああ、ちづるさん。
あなたと私では問題だと思っていた部位がちがうのね。

しかも判決が、
「変わらん」





↑よみがえりの呪文、クリックシテネ




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「毎日ちゃんと家で更新しろ!」

と、ちづるに怒られました。

「通信料がかかっとるんやぞ!」

ということです。
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降るっていうから、苗を植えたのにー。

頼むから降ってくれ~

そして日曜は晴れてくれ~
皆さん、ご存知だろうか。
カボチャには三種類あることを。
それが
『日本カボチャ』
『西洋カボチャ』
『ペポカボチャ』
の三種だ。


ペポ?

たとえばサメなら、ジンベイやらホオジロやらシュモクといった分類がされている。
ラクダなら、ヒトコブとフタコブ、
ナスならナガナス、ミズナス、コナスなどある。

しかし、ペポ?


これはどう考えても日本語が由来とは考えられない。
すると英語圏では
『ペポパンプキン』
なのか。

おしい!
あと『ピ』さえ入っていれば『パ行』がそろうのに。

よく見てみれば『キ』がジャマだ。
『ン』はいいとして、『パ行』の中にひとつだけ『カ行』があるなんて、
お好み焼き屋のメニューに『うどん』があるみたいなものだ。

この『キ』をどこかの『ピ』と交換しよう。
いや、『k』を『p』に換えるだけでOKだ。
そうしたら、美しい『ペポパンプピン』の完成だ。

問題は交換してくれる相手だが、
候補はたったひとつ。
『還付金』だ。

ひところはカンプキンカンプキンと騒がしかったが、
今や人の口に還付金の話題が上ることはほとんどない。
どうせ、めったに『還付』されることなんてないのだ。
だから、たまには人の役に立ってみろ。

というわけで『還付金』は『カンク金』になりました。
カンク金の種類の中で『苔カンク金』というのがあったら、
『k』そろいで美しいんだけどなあ。




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今週は木曜が雨の予報。

昨日、月曜は畑に水をやり、

明日、水曜は苗を植える予定。

だから今日は、私に肥料をあげよう。
苗作りというのはオーディションだ。
一か所に何粒か種を蒔き、芽が出た中でいいのを一本だけ残して間引きする。
その中で、育ちのいいのをポットに移し、
さらに選ばれたものだけが畑に定植される。
畑にある野菜たちは、いわばエリートなのだ。

では、選ばれなかったものたちはどうなるか。
処分されてしまうのだ。

最初の間引きでは、育ちの悪い芽はハサミで切られる。
ポット苗の段階での敗者は廃棄だ。
どこに廃棄されるのか。
もちろん畑だ。

なんという残酷な話だろう。
選ばれた苗は肥料の効いた畝にきれいに植えられ、
伸びよ育てよと至れり尽くせりの世話を受ける。
その姿を横目に、雑草や野菜くずと一緒に埋められてしまうのだ。


ある実験の話を聞いたことがある。
同じぐらいの花の苗を二つ用意し、
ひとつは罵倒し続け、もう一方はかわいがって育てると、
同じ環境でも、罵倒された方は枯れ、かわいがった方は大きく育ったという。

植物には脳はない。
だからといって感情がないとは言い切れない。
驚くような生命力とともに、繊細な一面もあわせもっている。

なのに、肩を並べて生えている兄弟分がハサミで切られたり、
きのうまで水や肥料を与えられながら、突然捨てられたりするのだ。
気の毒でしょうがないが、すべての苗を育てるわけにもいかない。
今日も、すまねえすまねえと思いながら苗を処分してきた。



さて、この土日、わが伊勢市では、
『全日本花いっぱい伊勢大会』
というのが行われていたらしい。
長野県で始まり、今回で52回目にもなるそうだ。

この大会に向けて、数か月前から伊勢市は花いっぱい運動をしてきた。
市のあちこちに花畑が作られ、町中にもたくさんの花が植えられた。
私の友人が店を出している商店街にも、
市からプランターと花苗が支給された。

ある日、そのお店に寄ったら、花の苗はいらないかという。
プランターの花が咲き終わったら市から新しい苗が届けられ、
「前の花はどうしましょう」
と訊いたら、
「捨ててください」
と言われたらしい。

調べてみたら、世話をすれば秋にはまた咲く花だし、
まだ生きているのを捨てられないでいたのだという。
『花いっぱい大会』って、植物の『花』の部分だけの大会なのか。

野菜界のオーディションはスター発掘のためだが、
花界ではエキストラ募集らしい。





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