2008年11月

ここでは、2008年11月 に関する情報を紹介しています。
パソコンをインターネット以外でほとんど使わないワタクシ。
今、とても苦労している。

これまでは、難しいことはちづるに
「やれ!」
と心で思いつつ、
「やってください」
とお願いしてやってもらってきた。

しかし、どうも最近ちづるの中に、
「ええかげんに自分で覚えくされ!」
が芽生えてきたようだ。
仕方がないので、自分の領域外のことに手をつけた。


まずやりたかったのが、絵の整理。
この落書きも千を超えた。
一応、全部保存してたのだが、
この夏、前パソコンが壊れたとき、保存前だった3カ月分が消えてしまった。

あわててブログから取り込んで保存したのだが、
縮小してあるので、この期間の絵だけ小さくなってしまった。
『バックアップはデータが消えて思うモノ』
ということわざが身にしみた。


これを機に、整頓を始めたのだが、これが大仕事だった。
今まで適当に「たまったな~」と思ったらCDに移していたのだが、
これを一か月ごとのフォルダにまとめることにした。

問題は、初めてブログに絵を描いた2005年7月11日から、
ちづるに言われて日付をつけるようになった2007年3月18日までの分だ。
この1年8か月間、私は思いつきのタイトルをつけて保存していた。
おかげで、うっかり同じタイトルをつけていた絵は、
ブログでは上書きされてしまった。

しかも、アルファベット順に並びかえられてしまったので、
保存してある順番はむちゃくちゃだ。
これを日付順にしなくてはならない。


幸い、私の絵にはごまかしのための文字が入っている。
そこで、過去のブログを見て、更新されている絵の日付と文字をノートに書きあげた。
結局は手仕事だ。
『1/31 たびはよござんす』とか
『5/7 ふつうのみそコーヒー』なんてノートに書いていると、
なんでこんなことをしているんだろう、と悲しくなってきた。

CDに保存していた絵をパソコンに取り込み、
文字の一致した絵を、日付入りの名前に書き換える。
上書きされた絵は二回出てくるので、
古い方の文章を読んで、残された絵から一致したものをあてはめる。
ノートに書いた一カ月分がすべてチェックされたら、フォルダに入れる。

絵のタイトルに日付を入れるようにしたあとの分も、
一か月ごとのフォルダに保存し直した。
そしてこれをフラッシュメモリーに保存。
完璧だ!



と思ってたのに、
どうして絵が三つあまったの?






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サバイバルツールというものがある。
それ一つでナイフにもなりヤスリにもなり、
光を反射する鏡にもなり、ひもでつるせば方位磁石にもなる。
そんなものが大好きだ。

これにはいろんなタイプがある。
一枚板のタイプ、○徳ナイフのタイプ、
ペンチ型、接続型、いろんな形があって楽しい。
そのいろんな形がいちいち欲しくなるのだ。

しかし、いろんなパーツが付いているだけに、
結構なお値段がする。
なので、私が買うのはいつもバッタモンだ。
偽物でも何でもいいから、そのシステムをいじってみたいのだ。


この世界にも、時代の流れは押し寄せている。
今までのサバイバルツールで一番役立っていた機能は何か。
缶切りと栓抜きだ。
だが、今やこれらも無用の長物となり果てている。

今の缶詰は缶切りを必要としない。
プルトップ式で素手で開けられる。
栓抜きもいらない。
飲み物はペットボトルが主流で、
栓抜きよりもワインのコルク抜きの方がまだよく使うだろう。

それでも、私はこいつらがいとおしい。
使うことはないけど、手放せないでいる。
最近は、ドライバーや六角レンチなど、ねじ回し系に面白いものが多い。
奴らは結構使い道があるのだ。

ちょいと試しに勢ぞろいさせてみた。

s-ぎんなん 013

せっかくなので紹介しよう。
まずは左上から。

・・・左上というのはおかしい。
上、というのは高度の高いほうを言う。
空中に浮いているわけでもないのに“上”は変だ。

では左奥から。
・・・奥ぅ?
袋小路でもないのに“奥”だなんて。
並べたのは、正面さえさだかではないコタツの天板だ。

正面という言葉で思いだした。
相撲の世界で“向こう正面”という言葉がある。
“向こう”というのは自分から見てのことだから、他人に文句を言われる筋合いはない。

とはいえ“左向こう”なんて言葉は聞いたことがない。
私が知っている“向こう”はたった二つ。
『大向こうを唸らせる』
と、
『向こう三軒両隣』
だけだ。

“大向こう”か“向こう三軒”か。
大きいか三つか。
大きさか数か。

これってつまりは
『質か量か』
ってことだ。

で、質より量の私は、
バッタモンをたくさん集めているのだった。






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会社で暖房の話になった。

カーペットは電気代が高いだの、
石油ストーブは灯油を入れるのがめんどくさいだの、
何はともあれガスは楽だの、
各家で燃料システムはいちいち違うものだ。


誰かが言いだした。

『去年の灯油は劣化している』

だからストーブで使おうとすると、
くすぶったり、芯を悪くしたりするのだそうだ。


それで思い出した。

先日、鍋をした時に、
わざわざ卓上コンロを出すほどのことでもなかったので、
固形燃料を使った。
旅館などで一人用の鍋などを温めるのに使う、
ワンカップ燃料だ。

『ここに火を付けてください』
と書いてある、表面のビニール部分に火をつけるが消えてしまった。
仕方がないのでマッチで着火しようとする。

これがなかなか火がつかない。
火のついたマッチを上にのせてもその火が移らない。
溶けてはいるので火を感じてはいるはずだが、
全然燃えないのだ。

固形燃料なのに。


これも去年買ったものだから、
気が抜けてしまっているのかなあ。
なんて話をしていたら、
O川がこう言った。


「それって、燃えるゴミかなあ。
 燃えないゴミかなあ」


O川よ。
お前にしてはよくやった。






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日本人は“おいしい”に貪欲だ。
フランス人はフランス料理を、中国人は中華料理を高める努力をしてきた。
日本人は日本料理を高めるだけでなく、
フランス料理も中華料理も食べたいと思ったのだ。
いまや日本では食べられないものはないほどの食大国となった。

“おいしい”にはいろんな要素がある。
たとえば、素材に対して『牛肉はおいしい』と言える。
素材のレベルに対して『松阪の牛肉はおいしい』というのもある。
料理法に対して『すき焼きはおいしい』も当然だ。
状況で『腹が減ったときの肉はおいしい』もありだ。

もうひとつ、私の思う“おいしい”がある。
それは“なつかしおいし”だ。
この例に当てはめれば、
『昔、母ちゃんが作ってくれた肉巻きと同じでおいしい』
というやつだ。


先日、用事があって実家に行ったのだが、
足を延ばして、高校時代によく行ったショッピングセンターで昼食をとった。
カウンターだけの狭いカレー屋さんだ。
最近、知人が食べに行った話を聞いて行きたくなったのだ。

私は、この店に入った記憶はない。
たぶん、一度や二度は食べたことがあるはず、というぐらいの店だ。
「なんや、あんたのおススメとちがうんかい」
とちづるに言われてしまった。


注文したビーフカレーが出てきたとき、
まるで早回しで花が咲くかのように、昔を『どぱっ』と思いだした。

取っ手のついたフライパン型の皿。
カレーライスと一緒に盛りつけられてるサラダ。
上に乗っているレモン。
そうだった、こんなだった。

頭の中で引っかかってた引き出しが一気に抜けて、
部屋中に中身をまき散らしてしまったようだ。

味は覚えていない。
でも、何日も寝かしたような、ぽてっとしたカレーはすごくおいしかった。
最後はキャベツとカレーが混ざってしまって、
しかもレモンがジャマで、
そうそう、ここで初めてこんな思いをしたのだったと思いだしていた。


そのあと、実家に行った。
連絡せずに突然行ったので、おもてなしの用意ができていなかった。
「ギンナン食うか」
と言われて炒ってもらった。

ギンナンも久しぶりだ。
茶碗蒸しに入っているのぐらいは食べたが、
殻ごと炒って食べるのはいつ以来だろう。

「カヤの実、食うか」
これは初耳だ。
そんなもの食べたことない。
だから、懐かしくも何ともない。

しかし、日本人の心というか、DNAの記憶というか、
そういうものが懐かしいという気分があった。
ウチの両親は山奥の育ちなので、妙なものを食っている。
それもひっくるめて、ナツカシなのかもしれない。
原始のころから人間はそんなものを食べていたのに違いないのだ。


その日の深夜、腹痛を起こした。
アレに違いないのだ。






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本当に申し訳ないと思っています。
ショッピングセンターの案内板でちづるが発見した。

s-こみちゃん


こみちあん、
こみちぁん、
こみちゃん、
こみちゃあ~ん、


「はいはい」


“10円まんじゅうの”ってのが気になるけど。






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ああ、どうして休日の自宅でこんなことを・・・
最近になってようやく、ケータイのメールが便利だなと思い始めた。
メールが当たり前の世の中にやっと慣れた、ってとこだろうか。

人間、慣れると不必要なことに使い始める。
傘をゴルフクラブにしたり、
鍋のふたをシンバルにしたり、
靴下を枕元につるしたりし始める。


私の通勤路に大きな交差点がある。
自転車だと、3車線もある国道を渡らなければならない。
この信号が長いのだ。

今一歩で渡れなかったときの待つ辛さ。
敵方の歩行者信号が点滅をはじめるまでが長い。
点滅を始めてからも長い。
車道が黄色になるまでが長い。
そのあとの右折信号が長い。
もう一度黄色信号になってからこちらが青になるまでが長い。

なので、この時間にちづるにメールを送る。
私のメール送信能力だと、
「あ~残念、渡れなかった~」
と思って、メールを打ち始めると、
単語を一つ送る頃には、信号が変わっているのだ。
だから送れるのは『交差点』とか『せみ』とか『とうふ』ぐらいの無意味な単語だ。

もちろん、メールは時間つぶしのためだけにあるのではない。
広いショッピングセンターで解散した時や、
広いショッピングセンターで集合するときにとても役立つ。

しかし、なんといっても一番ありがたいのは、
急な予定変更があった時だ。
私はあまり人と約束をしないので、
連絡をする相手はいつもちづるだ。


先日、出勤前に、
「今日は図書館に寄るかもしれない」
と言って出かけた。

仕事が終わった後、図書館に寄り、
さらにそのあと図酒館に寄った。
大好きな居酒屋『一月家(いちげつや)』のことだ。

この予定変更は伝えなければならない。
「私は一月家に寄ったから、晩ごはんは先に食べて」
という意味で、
『げっちゅー』
と送った。


家に帰ったらちづるが怒っていた。

「どこ行っとった」

「え、一月家やが?」

「連絡せんかい!」

「メールしたやろ」

「いつもの交差点からやと思うやろが!」

「え~、『げっちゅー』といえば『一月家』やろ」

「わかるか、そんなもん!」


メールって、あんがい通じないものだ。







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ゆうべ、さて寝ようと寝室に行くと、
ふとんの様子が変っていた。
冬用の重いふとんだ。

この重みと毛布の肌触りが気持ちいいので、
寝付いてしまうのが惜しいぐらいだ。
そんな季節がやってきた。


今年一番の冷え込みだそうだ。
“冷え込み”というのは、あまり世間で好かれていない。
それが“今年一番の冷え込み”ともなれば、当然嫌われ者だ。

この“今年一番の冷え込み”のタチの悪いところは、
“今年一番”でありながら、“今年一度”ではないことだ。
しかも、来るたびに“冷え込み”は強力になる。

まるで、脱皮を繰り返して大きくなる爬虫類のようだ。
あるいは、どんどん強くなるゲームの敵キャラみたいだ。


ともかく、この“冷え込み”がやってくると、いろいろと変化が起こる。
上司Tの手が白くなる。
自転車通勤の人が減る。
O川が配達に出たがる。
事務所の女の子たちが、内線で用事を言いつけるようになる。
ちづるが頬袋に食料をためはじめる。


私にも、毎年ここに書いている現象が起こった。
アカギレだ。
漢字では『皸』、『褌』みたいだ。


今年の一番乗りは右手中指だった。
もう、パックリだ。
これがあまりに痛いから、キーボードを打つのがつらい。

でも、そう書くだけでは信用されないだろう。
「ブログをさぼりたいからそんなことを言っているんだろう」
「同情されると思っているのか」
「この○○っ○!」

そこまで言われるなら写真を撮ってスプラッタな指を公開してやろうじゃないか。
そう思ってカメラを用意した。

しかし皆さん、右手中指のアップを撮影するのは並大抵のことやおまへんで。

右手を撮るということは、左手でカメラを操作するということだ。
これはむずかしい。
だってシャッターは右端なのだ。

普通にカメラを持つようにして、左手の人差し指がシャッターに届くか。
無理だ。
指の長い人ならいけるかもしれないが、カメラをまるっと包み込むほどの指リーチは私にはない。

では、左腕をなるべく右に持ってきて、手首が振り返る格好でカメラを持つ。
やってやれないことはない。
しかしこんな不安定な状態で、シャッターが切れるか。
被写体は右手。
両手が目の前でクロスし、両手首が内側にひねられる。
なぞのヒーローの決めポーズか!

じゃあ、上から左手を持ってきて親指でシャッターを押すか。
変形の「しぇー」みたいになっている。

そしてこれだけ一生懸命に、いろんな手の持って行き方を説明したが、
たぶん、ほとんどの人には通じていまい。
だから自分でやってみてもらいたい。
右手中指の先端のアップを左手で撮影。

私には無理だから。
これを説明しようとふた晩寝てしまったのだから。






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20081121121255
ゆうべはちゃんと
コタツで寝てしまいましたからね。
20081120121706
ゆうべはコタツで書いていたら、
途中でうっかり寝てしまいました。

いえ、ちゃんとふとんで・・・
ガスコンロの上にはずんどう鍋。
中身は大量のみそ汁だ。

日曜日に間引いたダイコンの葉を掃除していたのだが、
選別して洗ってザルにとっていったのではスペースが足りない。
なにしろバケツ一杯の間引き菜だ。

ちょうどそろそろ処分したい煮干があったので、それでダシを沸かし、
ザル一杯のダイコン葉をいれた。
あげと豆腐をプラスして、大みそ汁の出来上がりだ。
これでしばらくはみそ汁を作らなくて済む。

これを日曜の夜から食べ続けていたら、ちょっと飽きてきた。
違った味にしたい。
おいしくしたい。
ああ、アレがしたい。


ウチの母は、てんぷらをするときはいつも大量に作った。
コロモを作るのに卵一個分じゃ少ないし、
二個入れたら、その分、粉も増やさなきゃならないし、
だからと言って、コロモが残っても困るし・・・
そういう理屈らしい。

だから、てんぷらはいつもたくさん余った。
それをみそ汁でじっくり煮ると、コロモが半溶けのどぅるんどぅるんになる。
このどぅるん汁をごはんにかけて食べるのが好きだった。
ああ、ソレがしたい。


こうなったらいてもたっても居られない。
今日はジムも休み、
帰りにスーパーに寄った。

狙いはお惣菜売場。
揚げ物バイキングで、かき揚げ風の野菜天を二つと、カボチャ天をかごに入れた。
魚やイカやちくわのてんぷらも良いけど、
アレにするには向いていない。

おっと、ここで大変なことに気がついた。
私の分のごはんがないのではないか。
ずっとベーグルだと思っていた本名マフィンが昨日でなくなり、
今日はおにぎりを作ったのだ。
よし、ごはんも買っていこう。

油ものを食べるのだから、野菜もあった方がいい。
冷蔵庫の野菜室には、もやしが二袋とコマツナが少し、
あとナガイモが8センチぐらい残っているだけのはずだ。
見たらキャベツが安かったので、なるべく重いのを一個とった。

もやしで思い出したが、ラーメンが来たのだった。
毎月3種類いろんな地方のラーメンが届けられる。
具はついていないので自分で用意しなくてはならない。
先月はメンマがなくて悔しい思いをした。
メンマも買っておこう。
風呂上りの炭酸ジュースも買っておこう。


レジに行き、ポイントカードを出して清算してもらう。
ごはん、てんぷら、メンマ、キャベツ、ジュース。

・・・私、どんなふうに見えているだろうか。
作業服だし、リュックしょってるし、
みれば同世代のおじさま方がお惣菜売場にはけっこういるし。

私は心の中で叫んだ。

ちがう!
私は単身赴任じゃない!
一人暮らしでもない!
話せば長いことながら、日曜日にダイコンの間引きをして・・・






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畑をあんなにしたりこんなにしたりと算段して待ちかねていた日曜日、

雨。

なあに、いっそザバダバ降ってくれた方があきらめがつくってものだ。
ヘタに『今はやんでるけどさっきまで降ってた』とか、
『もう今にも降り出しそう』とか、
『霧のような雨のような』
って方が、畑仕事に未練が残る。


予定や計画がないのなら、雨の日というのは案外捨てたものじゃない。
雨の日に濡れないところで、外の雨を見るのは心地いいものだ。
なんというか、絶対というわけじゃないけど、
今日はここから出られないよ、ぐらいの緩やかな束縛。
この縛りが精神的マッサージぐらいの圧迫感なのだ。

でも、これが和風大邸宅の中心にある、
四方をふすまに囲まれたような部屋ではダメだ。
雨は見えてなければいけない。
と言うよりも、なるべく雨に肉薄していなければ喜びは半減する。

ガラス一枚の向こうは雨、
首の皮一枚で雨、
オブラートの向こうは雨、
そのぐらいの接近感がほしい。


いやむしろ、境界はないほうがいい。
屋根があり、雨にぬれるか濡れないかが境界となる。
たとえば古い農家の軒先。
軒からの雨だれの向こうは大雨、
こちら側にはアリジゴクの巣があったりする。


冒頭に、雨で畑仕事ができなかったようなことを書いたが、
実はちゃんと畑で雨を間近に感じてきた。
ダイコンの間引きをしてきたのだ。

ダイコンは一本分のスペースがないと大きく育てない。
だからいい苗を残して、あとは間引かなければならない。
そのタイムリミットが「今日こそやらねば」というところまで来ていたのだ。

でも合羽を着るのはいやだ。
これこそ雨とビニール一枚の関係になれるのだが、
時たま、雨が越境してくる。
それが、ジビジビと侵入、といういやなやり方なのだ。
上等な合羽がほしい。


で、夏、日陰を作るために買ったビーチパラソルをさして間引きをした。
これが気分がいい。
普通の傘なら確実に濡れるのだが、これはかなり余裕がある。
まさに、雨とのニアミスレベル。
長靴をはいていたらほとんど濡れない。
途中、雨足が強くなった時など、快感と言ってもいいようなハイな気分になれた。


とはいえ、道具を使うような作業はできない。
間引きだけ終えてさっさとひきあげた。
家に帰ったら、間引いたダイコンの葉を掃除しなくてはいけない。

健康診断の結果、メタボ系は一切問題がなかったが、
白血球の数が少なくて“要指導”になった私。
野菜を食べてたら治るだろうか。







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健康診断の結果が来た。
ドキドキしながら封筒を開けると、
今まで入っていたことのない青い紙が!
もしや、こいつはメタボの証なのか!

『新健診センター平成21年春完成予定』

まぎらわしいものをいれるなっ!


さっそくみんなで見せっこだ。
まずは喜ぶ上司T。
運動と食事制限で血糖値が標準枠に収まっていた。

「どうだ、ワシは健康だ!」

といばっているが、
判定欄は“異常なし”ではなく“治療中”だ。


N岡は“要経過観察”だ。
肝臓の酵素がちょっとだけなんとかだ。
心配はないらしい。
アルコール性の方ではなかったので安心している。


営業Kはコレステロールと中性脂肪がアウトだったらしい。
いつものことだ。
腹が減ると深夜でもカツ丼を作って食べるという生活と性格を直すべきだ。


今回の注目はO川だ。
コレステロール量が異常で“要再検”
前回の検査までは“やせぎみ”だったのが“ふつう”になった。

こいつの原因はわかっている。
チョコレートだ。
いつか読んだ漫画では『血汚吐』という字があてられていた。
そんなものを毎日食べているという。
明日から『禁チョコ』か『断チョコ』か『脱チョコ』するそうだ。


それにしても、この健康診断の結果は読みにくい。
なんで検査内容がアルファベットなのだ。
しかも大文字と小文字が混ざってるし、
『γ』なんてものまではいっているし、
いちいち裏の説明を読まなければ訳がわからない。

しかもアルファベットなものだから、紙を裏返すまでおぼえてられない。
さらに、たとえば“GLU”がなんなのか表をたどっていくうちに、
他のアルファベットとごっちゃになって何を探していたのかわからなくなる。
さらにさらに、正常値をどれだけ逸脱してるか見ようと思っても、
数字だから覚えていられない。

みんな自分の状態を知るために、紙をビラビラ裏返したり戻したりしている。
これが原因で、腕を脱臼し、
いつもやっている運動ができなくなり、
中性脂肪や血糖値が異常になったらどうしてくれるのだ。
まったくもう。







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20081115121503
最近、お昼はベーグルサンドがお気に入り。

今日は久しぶりのイチゴジャムだよ。

シーフードヌードルがドス黒いのは、ウーロン茶で作ったからさ。
仕事が終わり、自転車にまたがり、
ジムも行かず、寄り道もせず、わきめも振らず、
家まで一直線。
今日は、焼き肉に行くのだ。

いつもの店かと思いきや、
ちづるが、最近できた大盛況のお店に予約を取ったという。
うおー、こいつは力が入る。


と、盛り上げはしたものの、
私は焼き肉にあまり多くのものを求めない。

いやいや、大好きだし食べに行けるのはうれしい。
でも、最近の焼き肉はめんどくさい。
あんなに細分化する必要があるのだろうか。

私の理想は『肉』と注文したらどぱっと出てくること。
食べた後で、
「今日の肉は内臓っぽいところが多かったねえ」
とか
「前半に脂っぽいところが出てよかったねえ」
そんな感じでいいんじゃないだろうか。


他にもめんどくさくなったことがいくつかある。
その代表がたれだ。
今日のお店にはつけだれのボトルが7本もあった。
だれが焼き肉にレインボーを求めるか。


『ゆずこしょうだれ』
一体いつの間に“ゆずこしょう”なんてマイナーな調味料が、
しょうゆやみそと肩を並べるようになったのか。
10年早いわ。

『レモン』
このボトルいっぱいにレモン的なものが詰まってるかと思うと、
それだけで耳の下が、キュン、ってなるわい。

『大根おろしポン酢』
名前が長い。
酢味噌和えならぬた、甘辛い炒め煮ならきんぴら、
そういう愛称ができたなら、本物と認めてあげよう。

『塩だれ』
塩コショウはおいしいよね。
で、この水分はなんだ?
おい、こら、
塩コショウ様に何をいれた!

『味噌だれ』
愛知か!

『甘口たれ』と『辛口たれ』
甘いのと辛いの。
なぜ、ちょうどいいのがないのだ!


これがウチのたれです。
これがウチの味です。
ってものを、どうしてどーんと出せないのだ。


どーんと出てきたのは大根サラダ。
で、ドレッシングが、
和風にゴマにシーザーに・・・







↑あー食った食った








もう11月なのだから当たり前だが、急に寒くなった。
おかげで、風邪ひきの人が増えているようだ。

そういう私も、先々週あたりは鼻声になってしまい、
B’zの歌を口ずさんだりしていた。
そのせいではないと思うが、のどもなんだかイガイガする。
そこで、のど飴のお世話になっていた。


ある休日、
買い物のハシゴをして帰宅した。
この季節、人ごみから帰ったら手洗いとうがいは欠かせない。
もう風邪ひきにはなりたくない。


洗面所に行き手を洗う。
次にうがいを・・・

このとき気づいたのだが、口の中にはまだのど飴が残っていた。
噛み砕いて飲むにはまだ大きい。
捨ててしまうのはもったいない。
いったん出すのはめんどくさい。
そこで、この飴は口の中の頬袋に入れておくことにした。


しかし、やってみて初めてわかったのだが、
人間の口の中に頬袋なんてない。
うがいをしようとすると、飴は口の中のステージに飛び出してきて踊りまくるのだ。
飴が口の中にいるとガラガラうがいもクチュクチュうがいもできたものではない。

口はこう考えた。
やはりこの飴は出しておこう。
その考えは手に伝達され、
よし、飴を受け取ろう。
と手は判断した。

で、うがいして出した水を手で受けてしまった。

頭では『口の中の飴を手に出そう』と思っていたのだが、
口は習慣で、うがいした水を吐き出したのだ。


この話をちづるにし、
「人間ってばかだねえ」
と言うと、
「前にも言ったが、自分のマヌケを人類全体におきかえるな」
と怒られた。






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20081112122417
夜、寒くなったのでコタツをセッティング。

そういった理由で、
更新ができなかったのです。

こんな言い訳じゃダメですか?
左のひじが痛い。
ジムもそんなに頑張ってないし、仕事でも張り切っていない。
でも、思い当たる節はある。
フォークリフトだ。

今日はかなり長時間フォークリフトに乗っていた。
フォークリフトは左手でハンドルをぐるぐる回す。
だから腕が痛くなる時がある。
遠心力のせいか、長く乗った後は左手が冷たくなっている。
体に悪い乗り物だ。

フォークリフトは冬に向いてない。
スピードはゆっくりのようだが、
あれでも風を切って、結構寒い。
しかも全体が冷たい。
寒い時はあまり触れたくない。

わが社には2台のフォークリフトがある。
立って乗るタイプと、座って乗るタイプだ。
乗り降りが楽なので、立って乗るタイプの方が人気がある。
これが冬になると顕著になる。
まさに取り合いだ。

座って乗るタイプはシートが冷たいのだ。
うっかり乗ると、ヒヤッとして思わず「ぐぇっ」と声をあげてしまう。
田原俊彦の往年の名曲、
『ヒヤッとしてぐぇっ』
そのものだ。


外に出るとなおさら寒い。
荷物が入荷するときは、道沿いの吹きっさらしでの作業になる。
手も頬も冷たい。

こんな時、ちょっとだけ暖かくなれるのが子供の目だ。
小さな子ども、特に男の子にはものすごく注目される。
あれこそが尊敬のまなざしというやつだ。
こちらもつい気取って急ハンドルを切ったりしてしまう。

よく通るご近所の家族がいる。
お母さんと幼稚園のおねえちゃん、
そしてもっと小さい男の子。

お母さんはこちらを見ない。
女の子は最初のうちだけ。
男の子は、手を引かれながら、ず~っとこちらを見ている。

もうすぐ会社の前を通り過ぎるころ、
お母さんとお姉ちゃんに気づかれない角度になったとき、
私は顔の左側だけでにやりと笑い、その男の子に合図を送る。

でも、反応があったことはない。






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金曜日、会社から帰るとちづるがガチャガチャしていた。
あっちにあったものがこっちに移され、
コードが四方にビロビロと伸び、
テーブルの上は散らかり放題だ。

どうやら何かを買ってきたらしい。
足もとに転がる空き箱を見た。

“wii”


なんですと!

「ういい」
その名は私も知っている。
テレビでやたら宣伝している、
白くていろいろできるやつだ。

我が家のメンバーはほとんどゲームをしない。
機械も押入れの奥に『スーパーファミコン』があるだけ。
やってもせいぜいパソコンに入っているトランプゲームぐらいだ。
なのになぜ?


ちづるの言い分はこうだ。

やつのパソコンスペースは部屋の隅の机だ。
これからの季節、とても寒い。
だから、ホットカーペットの上でネットをしたい。
とはいえ、デスクトップをテーブルに移動されても困るし、
新たにノートパソコンを買うのも辛い。
そんな折“wii”はテレビでネットができるというコマーシャルが目に入った。
よっしゃ。


接続した。
おー、テレビでゲームもネットも買い物もできる。
おおー、テレビの画面に四本毛の絵が!
こっぱずかしい~

こうして我が家に機械が一台増えた。



土曜日、とある大型電気店の改装オープン売り出しに出かけた。
行くだけでポイントがもらえるとあって、ちづるは舌なめずりをしている。
この店は、故障中の私の前のパソコンを買った店だ。
ついでに修理に持っていこう。

この店ではないが、初めてパソコンの修理を出した時は、
「ハイそれじゃメーカーに渡すのでお預かりします」
と、受付だけって感じだったのだが、
今回は担当の人がいろいろいじって、どこかに電話で聞いて、
あらゆることを試してくれた。

その結果、
たぶん悪いのハードディスクであろう。
修理してもたぶんデータは消えるし、そのあと長持ちする期待はできない。
大体の修理代はこのぐらいだろうが、2100円で見積もりはできる。
ということだった。

表を見せてもらうと、修理代は3万円~8万円というところだ。
今は5万円で新品が買える時代だ。
消えて悲しいデータも別にはいっていない。

windous XP
HDD  40GB
メモリー 256MB

我が家の機械が一台減った。






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この夏ずっと休んでいたジムを再開したのが10月1日。
23日の健康診断に向かってまじめに汗を流していた。
ところが、前日の22日にのどが痛くなり、
その日からまたジムを休んでいた。

月が変わって5日、
体調も回復して、トレーニング再再開。
10月は健康診断があったので、
メタボ対策としてウォーキングばかりしていた。
しかしもうフリーダム。
久しぶりのみっちり筋トレだー!


翌日、の翌日、の深夜。
生まれて初めて、筋肉痛で目が覚めた。
寝返りを打った拍子に、
「ぎゃ」
と言ったのをちづるも聞いていた。

あの程度の筋トレで・・・
カラダは思ったよりも衰えていたのだ。


いや、よく分かっている。
風邪気味でジムに行くのは他人にも迷惑だ。
でも、体が元気なら家で腕立て伏せぐらいはできるはずだ。
多少でもそうやって運動をしていれば、
ここまで落ちぶれることはなかっただろう。

家には腕立て伏せ用の道具もある。
15センチぐらいの高さのバーで、
体を深くおろせるようになっている。

これだけ分かっていて、道具もあって、どうして腕立て伏せをしないのか。
『腕立て伏せ』という呼び名が気に入らないからだ。


“立て伏せる”という言葉は聞いたことがない。
だからこれは“立つ”と“伏せる”に分けて考えるべきだろう。

腕立て伏せは、腕で立っているわけではない。
それなら『腕立ち伏せ』だ。
腕は“立てている”という状態を表している。

では、腕は伏せるか。
伏せない。
“伏せ”の状態にあるのは体だ。
それなら『腕立て体伏せ』が本当ではないか。


しかし、これは腕立て伏せを始める前の体勢を言っているだけだ。
運動の名前なのに、動きが全然伝わらない。
『起き上がり腹筋』なら、ああ起き上がるんだな、とわかるし、
『匍匐前進』なら、ああ前に進むんだな、とわかる。
やはり動きを説明しなければならない。

腕は曲げたり伸ばしたりする。
では『腕曲げ伸ばし体伏せ』か。
これだと腕を曲げたり伸ばしたりすることで、体が伏せていく運動のようだ。
いったいどんな運動だ。

『体伏せ腕曲げ伸ばし』の方が近い。
だがこれだと、きをつけの姿勢でうつぶせになり、
上下左右に腕曲げ伸ばしする運動も含まれてしまう。

参考のため、英語を調べてみよう。

『プッシュアップ』

直訳すると『押し上げ』だ。
『体伏せ腕曲げ伸ばし体押し上げ』

だいぶ状況は分かってきたが、長い。
しかも説明臭くて、教科書っぽい。

ここでふと思った。
『腕立て伏せ』って正式名称なのか。
調べてみた。


『腕立て伏臥腕屈伸』

お、これはなかなかいいところまで行っていたのではないか。
それにしても、これは難しい呼び名だ。
気軽な感じが全然しない。
こんな運動、やっぱりやりたくない。






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↑これは付けとこう
外国の有名なSF作家が『ロボット三原則』というのを提唱している。
人の言うことを聞かなければならないとか、
人を傷つけてはいけないとか、
自分の身を守らなければならないとか、
そういった感じのことだったと思う。

作家名も三原則の内容も、検索すればすぐわかることなのだが、
そうこうしている間に思い出さないかな~、とか、
いっそこのくだりをやめてしまおうかな~、とか、
そういった怠慢さが、私の人間らしい一面だ。


それはともかく、私もロボットの三原則を考えた。

先日、私の弟一家が鈴鹿サーキットに遊びに行き、
姪っ子が抽選で当たって、ホンダのロボット『アシモくん』と握手をしたそうだ。

今のところ、私とロボットの最も密接な関係はこれなのだが、
こういう高度な技術に関してあーだこーだ言いたい訳ではない。
私が考えた三原則に当てはまるロボットとは、しゃべる機械のことだ。


つい最近まで、ウチではAというガソリンスタンドを利用していた。
流行りのセルフスタンドで、プリペイドカードを使っていた。
ある日、ちづるが私に目新しいカードを渡し、
「これからはBというスタンドでガソリンを入れろ」
と言った。

今度のカードは今までのプリペイドより立派だ。
厚くてしっかりしていてキラキラしている。
話によると、これはガソリンだけでなく買い物もできるというカードらしい。
ただし、私にはそれを使う能力も権限も勇気もない。
この辺がまた、私の人間らしいところだ。
何はともあれ、そのカードでガソリンだけは入れられるようになった。


この前の休日、ガソリンを入れに行った。
車を降りると機械が「いらっしゃいませ」と言った。
例のカードを取り出し、機械に入れる。
ところが、受け付けない。
別のカードだったかと思って見てみたが、間違っていない。
矢印の方向も合っている。

ウチの会社の入り口にある自動販売機はなかなか札を受け付けないが、
それでも一旦は『うぃ~ん』と取り込んで、改めて吐き出す。
しかし、こいつはハナから受け付けるそぶりがない。
今の機械だったら、こちらが押し込まなくても、
あちらが引っ張っていくのが普通ではないか。

私は機械が思うように動かないととても腹が立つ。
ひとつの目的のために作られた機械が、そのための行動をしなくてどうする。
そこで三原則の一つ目だ。

『すなおに動け』

店の機械だから蹴っ飛ばすわけにもいかない。
インターホンで聞くのもシロートみたいで恥ずかしい。
イライラしながら、いろんな指示が出る画面を見た。
“支払方法をお選びください”と出ている。
カードを先に入れるんじゃなかったっけ?
そこで三原則の二つめ。

『言え』

せっかくのしゃべる機械がなぜそれを言わん!
一言いえばすぐわかることを。
たしか“まいどなんとか”だったはずだ。
画面のその部分に触れる。

「カードをお入れください」

人をバカにしとんのか!
私はあんなにカードを入れようとしたではないか!
なんでカードを先に受け取るぐらいのことができんのか!

で、三原則の三つめ。

『人の気持ちを考えろ』







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人間という生物は、よほどめんどくさいことが嫌いらしく、
やりたくないことをやらずに済むように、
頭を使って、いろんなものを発明してきた。
おかげで文明はどんどん発展し、
人間はいろんなやりたくない事柄から解放されてきた。

やりたくないことをやらずに済む。
それは確かに楽でいい。
しかし、何かをやらなくていいようになれば、
そのための能力は、文明に反比例して、どんどん衰えていくのだ。
それは、人間の進化が急激であったように、
とても短いサイクルで退化していく。


昨日のこのコーナーにも書いたが、私は昨日、大量のネギをきざんだ。
いただきモノのネギをひと束、ボールに一杯のきざみネギが出来上がる大仕事だった。

その作業の途中で私はある能力の衰えに気がついた。
そして、それについて熟慮し、ある結論を得た。
ティッシュペーパーが普及したせいで、われわれ人間の『ピンコ力』は衰えている。

ちなみに、
『ぴんこか』
ではなく、
『ぴんこりょく』
だ。


説明しよう。
『ピンコ力』とは、伸びようとする指を、他の指で伸びられないように抑え、
その抑えが外れた瞬間、瞬間的に伸びた指がモノをはじく力のことだ。
たとえば、おはじきをはじいたり、デコピンをしたりするときに使われる。

この力が最も必要だったのは、指についたハナクソ的なものを、
ピーンとどこかに飛ばしてしまう時だった。

とても下品に聞こえるかもしれないが、これは話をわかりやすくするための便宜上の表現だ。
指先にひっつく程度の粘り気と、指先に存在してもおかしくない理由があり、
ピンコ力を駆使して、自分から遠ざけたいもののひとつの例として、
“ハナクソ”的なものという単語を選んだだけで他意はない。
決して私がハナクソをピンコピンコしていたというのではない。
そこんとこは理解しておいてもらいたい。


で、今の主役はネギだ。
大量のネギをきざむのは一度では無理だ。
数回に分けてきざんでいく。
ひと束のネギをきざみ終わると、抑えていた左手はネギまみれだ。

とりあえず掌のネギは両手で払い落す。
でも、指についたネギはなかなかしつこくひっついている。
こんな時こそ、ピンコ力が必要だ。
ひとさし指から順にピンコしていく。
中指、薬指、そして小指。

ここで人は愕然とするのだ。
小指がうまくピンコできない。
ピンコ以前に抑えの親指が小指に届いていない気がする。
かろうじて触れているぐらいだ。

考えてみれば、人体のこの部分においてストレッチをしたことがない。
硬くなっているのだ。
ティッシュがあらわれ、ハナクソ的なものをピンコせずに、
ふき取るようになった人類。
こんなところにも衰えは現れているのだ。

そして、これを書いている私。
いったいこの話題をどこに着陸させようとしているのか。
それはピンコされたハナクソ的なもののように、
行く先はわからないものなのだ。








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買い物のついでに本屋に寄り、
なんぞ月曜日から読む本はないかと文庫本コーナーを徘徊していた。
平積みから何気なく手に取ったのは、一般から募集された『なんとなくいい話』
だいたい1ページに一話の短い体験談だ。

最初から5~6話読んで、本を置いた。
いかん、これ以上読むと泣く。

こういうことって、スイッチが入ってしまうとコントロールできなくなる。
もはや、じんわりそんなモードだ。
下を向いてはいけない。
本棚の高い位置を見上げ、横移動。
講談社、新潮社、角川書店と一番上の棚だけを見ている男。
おそらく、赤川次郎の本でも探しているように映っただろう。


家に帰って、食品を冷蔵庫に入れる。
そのそばには大量のネギが。
ちづるが、会社でネギ農家からのいただきものをおすそ分けしてもらったのだ。
もらって数日たっていたので、先っぽが黄色くなり始めているのがある。
早いとこ刻んでしまわねば。

ボールを用意してザクザクきざむ。
さすが玉ねぎの同門。
もう目が痛くて痛くて、涙がボロボロこぼれる。

最終的にタッパーに三つ分きざみネギができ、
二つは冷凍保存した。
おそらく、冷凍室の製氷皿ぐらいは涙を流したのではないか。


ほんとはいろいろしたいこともあるのだが、
休日も3時を過ぎると、したいこともしたくなくなる。
録画でしてたまっている映画でも観ようということになった。

選んだのは、
トム・ハンクス主演
『ターミナル』

もう、涙は残っていないと思ったのに・・・





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ゆうべは毎月恒例みそか寄席。
運転をしなければならないので、お酒はガマン。
ラーメンを食べて、出かけた。

終わるのがだいたい11時半。
その日の落語のデキなんぞを話ながら帰ってくるのだが、
ちょうどおなかの減ってくるあたりにコンビニがある。
落語の中にうどんや酒が出てきてると、つい虫が起きて寄りたくなってしまう。
ゆうべはそんな話はなかったのだが、勝手に虫が起きてきた。

深夜の寄り道はなかなか楽しいものだ。
こんな時間に食べたり飲んだりしちゃいけないのは分かっている。
でも、その『ダメよ感』が余計に脇腹をくすぐるのだ。
イケナキコトはタノシキコトなり。

コンビニに入ると結構人がいる。
カゴいっぱいに食べ物を買っていく人もいる。
一応、時間など考慮して、理性はさっぱりしたものを選ぼうと思うのだが、
本能の方がどっしりしたものを狙っている。
品数が多いのが好きな私、うっかりしてると弁当を買ってしまいそうだ。


ここでちづるのスイッチがはいった。
「明日の朝飯はパンにする」
朝パン宣言だ。
つまり、今夜は米を研がない、と決めたのだ。

というわけで、朝食用のパンを選ぶ。
これのおかげで、少し購買欲が薄れる。
今夜食べるものを最小限に抑えることができる。
私は小さな助六寿司を買った。
ちづるは、何も買わないという。
「残っているご飯でお茶づけでもする」
というのだ。


さて、どうしてご飯が少し残っているのか。
普段は二人分の朝ごはんと、ちづるの弁当と夕食分のご飯を炊く。
しかし、みそか寄席だから、ラーメンを食べて出かけることは前日からわかっていた。
夕食分のご飯は差し引いて考えなければならないのだ。
(注意 我が家では、ご飯はちづる、おかずは私が作るのだ)

習慣というのは恐ろしいものだ。
頭で考えずに行動している。
今朝はパンだから味噌汁の代わりにスープを作り、コーヒーをいれた。
なのにちゃんと朝食分のウーロン茶も入れている。

たまに変則的な朝食にするとこういう間違いがよく起きる。
朝食がフルーツグラノーラと豆腐の味噌汁とコーヒーだったこともある。

味噌汁は朝の二人分と、ちづるの夕食の分を作っておく。
たまに夜飲みに行く予定を立てていて、夕食分の味噌汁を作ってしまうと、
「あら、飲みに行く気がないのね」
などといやみを言われてしまう。


まあ、これらは“ある”方の間違いだからいい。
逆の場合、たまに習慣がすっぽり抜けているときがある。
これがつらい。

私の忘れものでつらいベスト3を発表しよう。
1、リップクリーム
2、昼ごはん
3、昼休みに読む本
もし、この中の一つでも忘れたら、コンビニに走ってしまう。

そして私には、コンビニに行くと、カレーパンかゆで卵を買ってしまう習慣があるのだ。







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