2007年07月

ここでは、2007年07月 に関する情報を紹介しています。
日曜日、朝5時起床。
いつもなら二度寝タイムだが、
無理やりでも起きなくてはならない。
トウモロコシの収穫日なのだ。

トウモロコシは、日の出とともに甘みを失い始める。
そして、収穫したらすぐ火を通すことが重要だ。
だから、日の出とともに収穫し、すぐに茹でるのがおいしく食べる秘訣なのだ。

収穫できたのは9本。
虫、鳥、人と敵の多いトウモロコシだが、
今回はかなりカラスにやられた。
持って帰ってすぐ茹でる。

6時から7時まで仮眠。
そのあと10時までテレビを見る。
再び畑へ。
お昼まで働いて、帰ってシャワーを浴びた。

夜、ブログを書こうと思って部屋へ行ったがとても暑い。
ちょっとだけ、ホンのちょっとだけ涼もうと寝室に入ったのが間違いだった。
前日の遠出も効いているのだろう。
あっという間に寝入ってしまった。
この汗かきの私が、シャワーも浴びないままのカラダで!

お昼に牛丼と伊勢うどんのセットを食べて汗だくになったこのカラダで!

庭の草取りをして大汗をかいたこのカラダで!

収穫したエダマメを大鍋で茹でたこのカラダで!

トマトが採れたので、前に採ったトマトをミキサーでジュースにしたこのカラダで!

プランターにやる液肥が足にとんだこのカラダで!

プラスティックゴミを区指定の場所に持っていったこのカラダで!

選挙に行ったこのカラダで!

先日から画像が見えなくなったカメラの写真を取り込んでみたら、
やっぱり真っ黒だったのでもうおしまいだなと思ったこのカラダで!

録画してあった映画『博士の愛した数式』を観ておいおい泣いたこのカラダで!

映画を観ながら酔っ払って記憶の薄いこのカラダで!

ズボンのポケットに車のキーを入れたまま洗濯カゴに放り込んだこのカラダで!

なんでだかわからないけどちづるに怒られたこのカラダで!

日清焼きそばを食ったこのカラダで!

新しくできた薬屋で虫除けスプレーと髭剃りクリームを衝動買いしたこのカラダで!

こういうパターンができていると楽だなと思っているこのカラダで!



さて、今夜は風呂も入ってさっぱりしたのでもう寝ます。

おしりにアセモの薬を塗ったこのカラダで!





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20070728145040
愛知県の豊川稲荷に丸ポストを撮りに来ました。
帰りに寄ったハイウェイオアシスにあった観覧車です。
もちろん乗ったりはしません。
知ってる人は知ってるだろうが、
ケータイでメールを打つと、打った単語が記憶される。
たとえば「明日」という単語を入力すると、
「あ」を打っただけで「明日」が出てくるのだ。

そんな事知っとるわい。
などと言ってはいけない。
私はケータイについて赤子なのだから。

で、昨日、「ち」を入力したら、とんでもない単語がトップにいた。

「ち○ぽこ」

「ちづる」よりも上位に構える「ち○ぽこ」
なぜこんな言葉が!
だって、こんな言葉メールで使わないじゃないか。
もちろんモブログでも使わない。
いや、使えない。
なのになぜ?

ちづるが自分のケータイの履歴を調べて判明した。
以前、私が酔っ払って帰るとき、
あと少しで信号に間に合わなかったバイパスで、
時間つぶしに打ったメール。
タイトルが「ち○ぽこ」
酔っ払いのやることだ。



夕方、飲みに行く話をしていると、O川がとんでもないセリフを吐いた。

「あー、アワビ食いたい」

アホか。
アワビなんてシロートが食べると魂を取られるぞ。

「でも、年に一回ぐらいはもらうよ」

志摩半島出身のO川のつけ上がった発言だ。
全日本人の99.5%はアワビをもらうことなく一生を終えるのだ。

「でももらうよなあ」
「あは、昨日もらいました」

志摩半島出身のN岡の許せない発言だ。

おのれら、そこへ並べ!
歯を食いしばれ!



昨日は暑かった。
なので、ジムのあと一月家でビールを飲んで帰った。
今日も暑かった。
なので、ジムのあと一月家にビールを飲みに行った。

すっかり満足いって、お勘定して席を立つとき、
隣の席にいたお兄ちゃんが話しかけてきた。
「いい顔してますね~」

この店で知らない人に話しかけられたことは何度もあるが、
このタイミングで話しかけられたのは初めてだ。
「それが『男前やな』って意味ならうれしいなあ」
と答えた。

「いえいえ、幸せそうなやな~って」
実際、私は幸せだったのだ。
「幸せになりにここに来たんやがな」
私はうれしくなってきた。
「兄さんも楽しんでってな、ほな」

すっかり浮かれてしまった私は、
家につくまでずっと、なぎらけんいちの「葛飾にバッタを見た」を
鼻歌で歌いながら幸せを延長していたのだ。
いいでしょ。





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20070726121126
最近のお昼ご飯です。
少ないでしょ。
だからつまみ食いしちゃうのです。
しまった!

しまってしまう事にも慣れてしまった気もするけど、
またまたしまってしまった。

仕事が終わって会社を出るとき、靴下を脱いでしまったのだ。
ああああ~、なんてこった。


私の履物&靴下スケジュールを説明しよう。

朝、私は靴下を2セット持ち、ぞうりで出勤する。
会社に着いて、靴下Aを着用し仕事用の靴を履く。

正午、休憩室で靴下Aを脱ぎ捨て、爽快な昼休みを過ごす。
12時59分、靴下Bを着用し、午後の仕事へ。。

夕方、靴下Bを着用したまま、靴をぞうりに履き替える。
ジムへ行き、ジム用の靴でトレーニング。
それが終わって、やっと靴下Bを脱ぐ。
ぞうりで帰宅。

ぞうりは鼻緒タイプなので、靴下は5本指だ。
このような綿密な足元計画を忠実に守っているのだ。


なのに、会社で靴下を脱いでしまった。
一日暑かったし、いっそジムは休んでしまおうか・・・
しかし「靴下を脱いでしまったから」という理由で休んでいいものか・・・
ってなことを考えていたらジムに着いてしまった。
ボーっとしていたので、普段どおりにしてしまったようだ。

せっかく来たのだ、やっぱり鍛えよう。
服を着替えて、靴下AとBを洗い物袋から取り出す。
やっぱりロッカールームって悩みの部屋だなあ。

靴下を脱ぐのはサイコーの気分だ。
開放感は最上級、まさに快楽。
だが、それを再び着用するのは、
不快感コンテスト上位常連トップクラスの悪夢だ。
しかも5本指靴下・・・

そして問題はA、B、どちらを着用するかだ。
ニオイを嗅いでみた。

・・・混ざっている・・・

ここはちゃんと考えてみるとしよう。

靴下Aのメリット
>脱いでから時間が経っているので、多少乾燥している。
>白っぽいので清潔な雰囲気がある。
靴下Aのデメリット
>発酵が進んでいるような気がする。
>こちらのほうが安物だ。

靴下Bのメリット
>脱いで間がないので足になじんでいる。
>黒っぽいので汚れが目立たない。
靴下Bのデメリット
>少しゴムがきつい。
>こちらのほうが長い時間着けていた。


さて、私はどちらの靴下を再着用したでしょう?
そして、あなたならどっち?





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別に夫婦ゲンカをしたわけじゃないですよ。

でも、男の料理は乱暴なのだ。
ある本に、女は多方向を眺め、男は一点を見つめていると書いてあった。
そのとおり!

男の料理は、切る時は切ることだけ、
味付けは調味料を入れることだけ、
炒める時は、派手にやることだけを考えている。
片付けや洗うことなんか全然意識していない。

キュウリを切る時、一番重要なのはリズムだ。
たたたたたた、と切りたいのだ。
大きさがそろっていなくても、下でつながっていてもかまわない。
そしてこのやり方は、多くのキュウリの輪切りがどこかへ行ってしまうのだ。

野菜を洗うのも豪快だ。
洗い桶の中のレタスなんて、溺れさせるつもりで洗っている。
そして、水を切る時はフルパワーだ。
両手でつかんだレタスを、ざるも使わずに振り回す。
キッチンはシャワー室のようなありさまだ。

調味料は高いところから。
中途半端な知識が惨劇を生む。
塩と胡椒は黄砂のようにキッチンを飲み込む。
鼻から吸い込む。
くしゃみをする。
唾液を撒き散らす。

慎重に扱うのは、粉ぐらいだ。
揚げ物の下ごしらえにはとても気を使う。
男も粉が舞うのは嫌いなのだ。
でも、最終的にあたりは雪景色のようなざまになる。

しかし、なんと言っても飛び散り料理の王様は『チャーハン』だ。
飛び散らすために作っていると言っても過言ではない。
ともかくチャーハンは空中を飛ばさなければ気がすまない。
中華鍋とお玉と自分が一体になって、チャーハンを放り投げる。
で、チャーハンとは一体になっていないのだ。

レンジ周りはツワモノどもの夢の跡だ。
全ての材料が飛び散っている。
見方によっては美しいぐらいカラフルだ。
集めたらミニチャーハンを名乗れるぐらいの量がある。

このように暴れまくった男は暑くなっている。
風に当りたい。
冷たいものも食べたい。
で、後先を考えない男は、
扇風機の前に冷奴を運んで、削り節をすべて吹き飛ばしたりする。
こうやって、キッチン以外の場所にまで食材を散らかす。

どうです。
こりゃ、夫婦ゲンカにもなるでしょ。





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何がすごいって、中国雑技団はすごい。
テレビでしか見たことはないけど、
毎回度肝を抜かれている。

もちろん他にもすごいサーカスはある。
でも「中国雑技団は一味違うぞ」って感じがするのだ。
技のすばらしさは当然。
それよりも、そのアイデアの奇抜さに驚かされる。

私はその珍技奇芸を見るたびに思う。
「どうして、練習したらこれができるようになると思ったのだろう?」

雑技団の大技を小説や映画に描いたとしよう。
それを見た人は、そこにリアリティを感じられるだろうか。
「そんなアホな~」
と笑われておしまいではないだろうか。

あの突拍子もない技を考え出す企画力。
そして、それを練習してやりこなしてしまう実行力。
そこんとこが一番の驚きだ。


科学の世界にもそういう事例がある。
スペースシャトルだ。
あのニュースには驚いた。
飛行機の上にシャトルを積んで、別の空港まで運んだのだそうだ。

その映像は悪ふざけにしか見えなかった。
安物のCGを使ったコントみたいだった。

確かにシャトルは空気抵抗とか浮力とか、
最先端技術で飛びやすく作られてはいるだろう。
でも、いくらなんでも重過ぎるんじゃないか。
バランスが悪いんじゃないか。

ただでも些細な原因で落っこちる飛行機なのに、
あんな負担を与えるなんて罰ゲームみたいじゃないか。
「こうできそうだな」
と思っても、やっちゃいけないことじゃないのか。
それができてることが、すごいような怖いような・・・


身近にもそういうアイデアはある。
車を積む車、
わかりやすく言うと、普通自動車を運搬するトレーラーのことだ。

あの積み方も凄まじい。
普通なら上の段と下の段に2台ずつ、が当然だろう。
なのにどうだ、あのひねくれ方。

向こう向いたりこっち向いたり、
上向いたり下向いたり、
乗り上げてみたり、寄りかかってみたり。

そりゃ、机の上でボール紙でも切り抜いて、
パズルみたいにあーだこーだ組み合わせたら、そんなやり方もあるだろう。
でもそれが現実にできると思うのがどうかしている。

車同士の間隔は数センチメートル。
トレーラーが揺れるたびに、見ているこちらがヒヤヒヤさせられる。
「こういう風に積みましょう」
と企画者が言ったとき、よく許可が降りたものだ。

こんな話を考えていると、人間、案外やればできるのかもしれない。
そして、やるかやらないかが人生の岐路になるのだろう。


それにしても「エアギター世界大会」
こんな企画、よく実現できると思ったものだ。





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日本語が乱れている。
そう言われ始めてからどのくらい経つだろう。
芥川龍之介が日本語の乱れを嘆いていたらしいから、
はるか昔から日本語は乱れていたのだろう。
ひょっとしたら、ず~っと乱れっぱなしなのかもしれない。

だから「日本語の乱れ」なんてひとくくりにしてはいけない。
個々の事例を考え、そういい始めた人間に文句を言いたい。


「心よりお詫び申し上げます」
と言わねばならないところを、
「許してちょんまげ」
といい始めたヤツ。
どこのどいつだー!

「どうぞお試しください」
と言うのを、
「やってみそ」
なんて最初に言ったヤツ。
出てこーい!

「なにか御用ですか」

「なんじゃらほい」
と答えたヤツ。
どういう修飾じゃ、それは!

「はげちゃびん」
ってなんだー!
ちゃびんをつける必要がどこにある!

なにが
「けっこう毛だらけ猫灰だらけ」
じゃー!

なにが
「何か用か、九日十日」
じゃー!

「なすび」の「び」ってなんじゃー!
「かぶら」の「ら」ってなんじゃー!

「マンモスうれピー」
だとー!
「ギガントうれしす」
だとー!


ああー、ホントはもっと乱れているのに!
もっと、文句を言うべき言葉があるのに!

でも、その例を挙げることができなーい!
そこまで流行についていけてない自分がギガントくやしすー!





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20070720122451
今日に備えて、早く寝床に入ったのに、結局寝られなかった。
だから畑にも行けず。
ビールのために今から寝よう。
ああ、読書が進まない。
ずっと雨続きで飲みに行ってない。

天気予報を見て、「今日こそは」と、楽しみにしてたのに。

身軽に飲みに行くために、荷物を減らしてカバンも変えたのに。

朝、出かけようとしたら、雨。

そして夕方はカンカン照り。

明日こそは、早起きして畑に行き、

夕方には生ビールを飲むのだ。

だからそのために、早く寝るのだ。


計画的に寝る・・・

なんだか、おっとなー。




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この季節、私はランニングとパンツで寝ている。
パジャマなんて暑くて着ていられないのだ。

それはそれでいいのだが、やっかいなことがひとつある。
なぜだかわからないのだが、ランニングのすそが伸びてしまうのだ。
鏡を見ると、スナフキンの衣装を着たシュレックみたいだ。

すその伸びたランニングはたたみにくい。
四つに折った段階で台形だ。
できたら衣服は長方形にたたみたい。

で、長方形になるように、はみだした部分を内側におり込むと、
どうしてもその部分だけ厚みがましてしまう。
衣装入れの引き出しに入れたとき、高さがそろわなくてキーってなる。

この理屈がわからない。
繊維が伸びるのはわかる。
でも、質量が変わるわけではないのだから、
伸びたところ同士を合わせてたたんでいけば、
均等な厚さになりそうなものじゃないか。

それとも、質量が増えたのか?
じゃあ、その増えた分はどこから来たのか?
私の体以外には考えられないではないか!

するとなにか、ランニングは私から何かを奪い、
伸びたと思ってた分、増えていたのか。
つまり、ランニングは私を食って成長していたのか!

なのに私の質量が更に増えているのはなぜか!





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人間って、二つの道があったとき、どちらかに決めるのは難しい。

AかB、答えはひとつとは限らない。
AとB、どちらかが正しいとは限らない。
AインB、二つが対等とは限らない。
A風B、あいまいでないとは限らない。
AなB、意味がわかるとは限らない。

たとえば、カバン。
以前も書いたことがあるが、私はポケットがいっぱいあって、
いろんな小物が仕分けできるカバンが好きだ。
でも、そんなカバンを持っていると、
なんでもホイホイ放り込めるワンルームカバンにあこがれる時がくる。

人の好みなんてひとつに統一できない。
だから牛丼屋に「牛丼とカレーの合い盛り」なんてメニューが現れるのだ。
AとBの好みの波、バイオリズムは流動的なのだ。
常に上にあると思っていた波が、下の波に越されることもある。
今、机に対する気持ちがそうなっている。

私が今使っている机は、80㎝×50㎝の木目調折りたたみテーブルだ。
買ったのは『無印良品』
ノートパソコンとマウスと付属品用小引き出しを置くとちょうどいいサイズだ。
一言で言うと、コンパクト。
なんといい響きだろう。

ところが、あるきっかけで気持ちが揺らいだ。
冬、コタツを買った。
コタツでのパソコンはいい!
暖かさももちろん、その広さがよかった。
何かをするときには『余裕』が大切なのだ。

思えば、最近の記事はせこい物ばかりだった。
毛が抜けただの、雨の日にカッパ着ただの、酔っ払って寝ただの、
とても人間的に大きいとは言えない。
これはコンパクトな机のせいなのだ。

『ニトリ』でステキな机を見つけた。
150㎝×60㎝で1万円。
ホントに気に入ったのだが、150㎝は私の部屋に収まらない。
そこで、120㎝×60㎝を探す旅に出た。

見つけたのは『ビバホーム』
食卓用テーブルなのだが、板と足を選ぶことができるのだ。
合計7700円。
なんだかすばらしい。

だが待てよ。
DIYコーナーに行けばもっと安い板があるのではないか。
そこで家具コーナーから資材館に移動。
そこは板の宝庫だった。

サイズも厚みもよりどりみどり。
狙いのサイズだと、およそ5000円。
でも足が高い。
一本2000円近くする。
それでは意味がない。
ほかにアイデアはないものか。

ふと気づいた。
今使っている無印の机に資材館の板を乗せたらどうだろう。
どうせこの小さい机はしまってしまうのだ。
足として使ったほうが利口なのではないか。
足の幅は80×50だし、固定されてない不安定さは残る。
でも、その分どれだけ安くあげることができることか。

待て待て、それだったら、実家が以前使っていた古いテーブルはどうだろう。
見てくれはよくないが広さは十分。
何より1円もかからずに・・・


せこいっ!
なんてせこいんだ、ワシ!
こんなことで大物になれるものか!
それもこれも全てコンパクトな机が・・・




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先日、車の運転中、助手席のちづるがぼそりと言った。
「どんな金持ちになっても、私はあんな車には乗らん」
それは前を走る4WDの輸入車のことだった。

私は四駆は案外好きだが、ちづるのお気には召さないらしい。
要するに、ゴツイ車は運転がしにくいという事だ。
狭いところでもすいすい走れる小回りの利く車が好きなので、
巨体を折りたたんで軽自動車に乗っている。

私が嫌いなのは、平ぺったい車だ。
たとえるなら「ランボルギーニ・カウンタック」
まるでゴキブリのようだ。
あるいはマンホールのふた。
もしくは寝かしてあるどこでもドア。

ともかく、視界が狭いのはいや。
高いところから見下ろすのがいい。
アメリカの18輪トレーラートラックにはあこがれたなあ。
とりあえず大きな車にはあこがれる。

もし、金持ちになったなら、バスを買うかもしれない。
それも路線バス。
整理券や料金箱のついた奴。
つまり、恥ずかしながら、大人のバスの運転手ごっこがしたいのだ。

子供のころは羨望の的だった。
席取り争いに勝って、一番前の席に座れても、
運転席にだけは座れない。

「入っちゃダメよ」の仕切りの柵がある。
「ぷっぷー」と「ふぁん」の二種類のクラクションがある。
右左右左じゃなく外内外内のワイパーがある。

そして何よりもカーブの時、大きなハンドルをぐいぐい回すと、
フロントガラス一杯の景色が右へ左へ飛んでいくのだ。
ああ、憧れのバスの運転手。

ただし、免許がないので公道は走れない。
すると、自宅敷地内に道路を作ることになる。
なぁに、そんなことは構わない。
金持ちになったら、なのだから。

どうせなら、普通の道だけじゃなく、狭い町並みも欲しい。
それこそが小学生時代に乗ったバスの醍醐味なのだ。
そうなると、立体交差も欲しいなあ。
休憩する時は「道の駅」より「サービスエリア」の方が楽しいし。
どうせ金持ちになったときの話なのだ。

自動車学校じゃないけど、ひととおりのセットは欲しいなあ。
坂道やトンネル、車庫に踏み切り。

・・・踏み切り?
そういえば、電車の運転手さんにもあこがれたなあ・・・




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さすが梅雨、雨ばっかり。
大人は車で通勤できるけど、子供はかわいそうだ。
昔は自分も、傘やカッパや徒歩や自転車だったのに、
車を知ってしまった今、もうあの頃には戻れない。

まだ小さい子供は、傘も楽しそうだ。
所有権のあるものが少ないから、
「自分専用の道具」として与えられたのがうれしいのかもしれない。
ま、すぐ「おもちゃ」になってしまうのだが。

小学生も高学年になると、つまらなさそうに傘をさしている。
肩にのっけて、縮こまって、濡れないようにしている。
小さい子は雨でもはしゃぐが、大きい子は雨でははしゃがない。

自転車通学の中学生はカッパを着ている。
たぶん学校指定なのだろう、そろってクリーム色だ。
おそらく、田舎だからなんだろう。
都会の中学生なら拒否するような気がする。

高校生はなかなか傘をささない。
けっこうな雨で傘を持っていても、ささずに走っている。
どうしようもなくなってさすのは、安物のビニール傘だ。
そして、絶対にカッパは着ない。

老人はすぐカッパを着る。
見てくれよりも、両手が使えるというメリットを重視しているのだ。
農作業ではこのメリットは絶対的だ。
というわけで、台風が迫る昨日、カッパを着て畑に行った。

トマトやナスの支柱の補強。
トウモロコシを杭とロープで固定。
そして収穫、追肥。
土砂降りの中での作業だ。

もちろん辛い。
でも、何事も「張り合い」というのは必要だ。
せっかくカッパを着たのだ。
いっそ土砂降りの方が着甲斐がある。

カッパを着たのにシトシト雨じゃ、低温サウナみたいに物足りない。
雨粒の大きさ、重さ、破壊力を感じていると、
だんだん気分が高揚してくる。
「カッパ・ハイ」だ。
袖や首筋から雨が進入してくる。
でも、構わない。
私は雨を征服したのだ!


二時間ほど働いて、カッパを脱いで、家に帰る。
家の周りも片付けなくてはならない。
プランターや鉢は風の当たらないところに移動して、
飛ばされそうな物は玄関に入れる。

もちろん、傘をさして片手ではできない。
雨足は強くなってきた。
仕方がない、またカッパを着よう。

しかし、脱いだカッパを再び着るのは、ものすごくテンションが下がる。
失敗した。
家に帰ってすぐ着替えてしまったのだ。
Tシャツに短パン。

うえ。
生肌に濡れたカッパが張り付く。
着替えたばかりのシャツに水がしみてきた。
カッパについていた土がじゃりじゃりする。

うー、カッパきらい。





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毛。
それはごく微細で、あるかないかのたとえになりさえする。
「あるかないか」つーのは“頭に”という意味ではない。
そこに存在するかしないのか、という意味だ。

「毛の先ほども感じない」
という言い回しがある。
たとえばちづるがこう使う。
「こみの頭突きは毛の先を感じない」

・・・ちょっと違う。


「○○に毛が生えたようなもの」
というのもよく使われる。
たとえばちづるが台所でこういう。
「こみに毛が生えたようなスポンジやな」

・・・スポンジには生えてない。


このように、毛とはほとんど実生活に影響のない、
ホンの些細なものだと思われてきた。
でも本当にそうだろうか。
足にトゲの刺さったライオンの話があるが、
小さなものでも、かなりの存在感を示す時があるのだ。

私はジムで運動をするとき、手ぬぐいで鉢巻をしている。
昨日は、その端っこがほつれていて、糸が一本首筋に触れる。
これがすごく不愉快で、うきーってなる。

同じく、毛ではないが、クモの糸が肌に触れたときの不快感。
クモの糸といえば、毛に匹敵する細さだ。
これがウデの産毛に触れた時、ぞわわスイッチが入る。
まさに、毛で毛を洗う戦いだ。


毛は案外、存在感がある。
たとえば、まつ毛が目に入ったとき。
これはもう、取れるまで涙目だ。

何かの拍子で、口に毛が入ったとき。
とくに、喉に毛が張り付いたときは、
ニワトリみたいに「コケコケ」となる。

食べ物に入っていたら大騒動だし、
ノートにうっかり書いてしまった線を髪の毛と勘違いして、
吹いたり払ったりしてしまう。

どうです。
こんなにも、人間に過敏な反応をさせる毛。
そのような偉大な存在が自分の元を離れるなんてことになったら、そらあんた。





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今、朝の4時50分だ。

きのうの帰りがけ、なぜか突然天気が回復。
貴重な晴れ間だと思い、ジムを休んで畑に行った。
キュウリやピーマン、ブロッコリーなどを収穫して帰宅。
珍しくちづるより早く家についた。

じきにちづるが帰ってきて、信じられないお言葉を。
「飲みに行くか」

ありがとう神様。
そういうわけで、ゆうべは家計子さんのおごりで飲みに行き、
ラーメン食って、家に帰って転がるなりうたた寝。
気がつくと1時過ぎ。
そこから本寝。

寝床に入ったのは遅かったけど、トータルの睡眠時間は十分だ。
4時過ぎに目が覚めてしまった。
年か?
いやいや。

で、今こんなことをしているのだが、
普段から絵も文もストックしておければなあ、と思う。
でも、これができない性分なのだ。
それどころか、夜も遅くならないと書き始められない。
夏休みの宿題を最終日に慌てるタイプだ。

だから、パソコンに保存されているのは使ったネタばかり。
「今日は眠いから、保存してあるネタを更新しておこう」
ってなことをしてみたいものだ。

さて、無理やりだが、保存といえば野菜だ。
さっき起きて、水を一杯飲みに台所にいったのだが、
昨日収穫した野菜がバケツに入ったままだった。
冷蔵庫に保存するのを忘れていたのだ。
生ゴミだと思ったわい。

野菜の保存は難しい。
葉っぱものは少し冷凍してあるが、夏野菜は冷凍は無理だ。
キュウリやトマトは食うしかない。

でも、香りのものは一年中キープしたいじゃないか。
シソやバジルだ。
こんな葉っぱはいっぱい採れる。
しかし、使うのはちょっとだ。
何とか保存したい。

そのまま冷凍したらバリバリになってしまった。
干したらただの枯れた葉っぱになってしまった。
去年はバジルとトウガラシをオリーブオイルに漬けてみた。
ふたを開けたら、表面が表面がカビまみれになっていた。

あとは焼酎漬けか、酢漬けか。
あるいはペーストにするか。
考え出すと夜も眠れない。
でも、今は朝なので寝るとします。

おやすみなさい。




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20070711122707
そうだ!
どうせ夜眠くて、朝五時半に目が覚めるなら、朝から更新すればいいじゃん。
ということに気づき、寝ることにしました。
で、朝、二度寝してしまいました。
わかっていたはずなのに・・・
20070710122925
雨の中、出勤前に畑に寄りました。
でないとキュウリが育ちすぎるから。
おかげで靴もズボンもドロドロ。
で、昼休みもキュウリ食べてます。
今年の七夕は残念なお天気だった。
きっと織姫か彦星に横恋慕する誰かの涙雨なんだろう。
年に一度の逢瀬なのに、なんで梅雨時を選んだのか。

最近知ったのだが、天の川は英語で「ミルキーウエイ」だそうな。
じゃあ、あまのじゃくは「ミルキーボーイ」か。
こんなことを「宇宙大作戦」のミスタースポックに言ったら、
「それは論理的でない」
といわれそうだ。
「スタートレック」じゃなく「宇宙大作戦」なのが涙を誘う。

宇宙。
それは少年の心を奪う。
宇宙を舞台にしたストーリーには、胸を躍らせたものだ。

しかし、最も魅力を感じたのは、作り物ではなく、現実の宇宙だった。
小説やテレビドラマよりも、百科事典の宇宙が一番ワクワクした。
びっくりしたのは、地球なんて宇宙の中ではコモノだったことだ。
当時、そういう書物で調べたことが、今ではネットで簡単に調べられる。
ちょっと検索してみた。

我々が住むこの地球をゴマだとしたら、太陽はミカンほどもある。
その太陽を梅仁丹だとしたら、アークトゥルスという星はミカン並みだ。
そのアークトゥルスが「ルル」だとしたら、アンタレスはミカンぐらいになる。
そのアンタレスが小梅なら、ピストルスターはミカンほどの大きさだ。
なぜ、たとえがいちいちミカンなのかというと、
それ以上の大きさだと画面に入らないのだ。
しかもオレンジ色だし。

現在、最も大きいといわれている星は「おおいぬ座VY」だそうで、
直径が太陽の1950倍なのだそうだ。
太陽は地球の109倍なので、「おおいぬ座VY」と地球との差は、
今手元に電卓がないほどだ。

そんなに大きな星になると、
ちょいと気軽に「おおいぬ座VY」一周旅行なんていけないだろう。
土地は安いかもしれないが、きっと交通は不便に違いない。
ケータイのつながらない地区も多いのではないか。
こんな話は論理的でないか。

「宇宙大作戦」には、星を食べる生物の話があった。
宇宙空間を漂う、先細りのナマコみたいな奴だった。
こいつから見て「おおいぬ座VY」がメインディッシュなら、
地球なんて、スパイスの一粒に過ぎない。
恒星は熱いから、ほふほふ言いながら食べるのだろうか。

「帰ってきたウルトラマン」にも星を食べる怪獣のストーリーがあった。
星を食べる怪獣「バキューモン」に追われ、
かに座から「ザニカ」という怪獣が逃げてくるという話だ。
地球から夜空を見て、
「あ、今○○座が食べられた」
なんて言っていた。
論理的でないよなあ。





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きのう、ついに秘密が暴露した。
上司TとO川に、ケータイを持っていることを告げたのだ。

別にだましていた訳ではない。
誰も聞かなかったから言わなかっただけだ。
「まだ、持つ気ないの?」
「そろそろ持ったらどうだ」
「この人、ケータイもってないんだよ」
などと言われたら、そのときに白状しようと思っていた。

で、きのう、三人で話しているときにケータイの話になって、
「でも、こみさんはケータイ持ってないから」
と、O川が言ったので、
「持ってるよ」
と発表したのだ。

二人の反応は、
「うそ・・・」
今の時代、ケータイを持っていると言って、
「うそ」といわれる人は少ないだろう。

「いつから?」
と問う上司に、
「二月の初め」
と正直に答えた。

「てめー、五ヶ月もだましとったんか!」
だから、だましてないって。
聞かれたら言うつもりだったことなど、いろいろ説明した。

で、
「ワシらにだまっとって、ジム仲間とメールしとるとはどういうことや!」
と、怒られた。

「見せてみろ」
偉そうな上司に、勝手にいじるなよと言って見せてやった。
メカに弱い上司、よくわからないらしい。
「これ、どうなっとるの?」
「そらあんた、まず電源入れやな」

そしたらO川が大笑い。
「ケータイの電源入れてない人がおる・・・」
「あかんのか!」
「意味がない・・・」
「ウルセー!テメーこそ電化製品の電源は毎回切れ!」
生意気な奴だ。

ま、いままではケータイが鳴ってやつらに知られるのがいやだったのだが、
これで、電源を入れっぱなしにしてもいいようになった訳だ。
でもなあ、なんだかなあ。
オトナへの一歩は壁が高い。





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20070706125027
最近、五時半に目が覚める。
ちづるの体温で生暖かくなった二階の寝室を出て、リビングの板間で寝なおしだ。
涼しいし、ざぶとんの枕がいい具合いだ。
でも、睡眠不足だなあ。
上司Tは、頭髪について完結している。
本来なら残っているはずの、側面の毛(通称額縁毛)も剃ってしまった。
おかげで後ろから見るとマッチ棒のようだ。
マッチ棒のようだが、上司なのだ。

いまさらそのことを気にしている様子もない。
しかし、こちらは気を使う。
あんまりあからさまな発言はできない。

わが社には数台の営業者があるが、一台だけ軽自動車がある。
これがときどきもめごとを引き起こす。

上司T「配達に行きたいのだが軽自動車は?」
ワシ 「軽自動車は誰かが乗って行ったからないよ」

こういう意味合いで、こう発言してしまう。

「軽ないよ」 
発音・・・けぇないよ

上司T「なにを、失礼な。うりゃ」
ワシ 「ぎゃー!」


わが社ではガムテープをよく使う。
これが熱や湿気ではがれてくる。
今のこのように『はがれてくる』ととっさに言えれば問題ない。
でも、言いまわしとしては『はげてくる』がよく使われる。

上司T「この荷物をしまってくるぞ」
ワシ 「おっと、包みのテープがはがれているよ」

この意味合いで、こう言ってしまう。
「あ、ハゲとる」

しかも、途中で気づいて、口をつぐむ。
「あ、ハゲ・・・」

上司T「なにぬかす。おりゃ」
ワシ 「ぎゃー!」


今日、私は荷物を持っていた。
包みの裏が汚れてないか、自分では見えないので上司に聞いた。

ワシ 「裏、汚れてない?」
上司T「汚れてないけど(包みが)ハゲとる」
ワシ 「え」
上司T「おのれ、何言わす」
ワシ 「ぎゃー!」


このように、人間関係は難しい。
なんだかんだで私はこの上司Tと長くいっしょにいる。
たぶん・・・
何かが上司から伝染しているような気がする。





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衣装服装に関して言えば、私は何も似合わない。
特にかっこいいとかおしゃれとかのエッセンスが入ったものはだめだ。
今までで、似合うと言われたのは、
浴衣と作業服とまわしぐらいだ。

当然、Tシャツも似合わない。
でも、着ない訳にはいかない。
だって、裸にも自信がないんだもん。

寒さに弱い人は、
「冬は何枚重ね着しても寒い」
というが、夏は暑いと言って皮をはぐ訳には行かないのだ。

だから、なるべく布面積の狭いもので済ませたい。
だけどビキニにも自信がない。
そういう理由で、夏場はほとんどTシャツですごしている。
袖のないTシャツだ。

「それはTシャツじゃないじゃん」
などと責めないように。
オヤジには区別がつかないのだ。

むかし、「べったら漬け」のことを「白いたくあん」と言って笑われた。
それとおんなじで、タンクトップは私にとって、袖のないTシャツなのだ。

世の中ではTシャツはおしゃれだ。
いろんな柄や派手な色が売り物だ。
でも、私の着るTシャツはみんな地味・・・
お姉さまのようなきれいなドレスが着てみたい。
シンデレラか!

私が持っているのは、黒か白かグレーだ。
今、気取って「グレー」なんていったが、灰色のことだ。
つまり、似合う似合わないに関係ない色を選んでいるのだ。

白は汗をかいてもわかりにくいけど、汚れが目立つ。
黒は合わない色がないというが、汗をかいたあと塩が浮いてくる。
グレーは汗も汚れも目立つ。
でも、このローテーションなのだ。

しかし、私も少しは派手なTシャツを持っている。
誰かにもらったのと、懸賞で当たったのだ。
夏のカリフォルニアみたいなオレンジ色と、
椿の花びらみたいな真っ赤なやつだ。

もちろん、似合わない。
自分でもよくわかるし、鏡に映ったら目をそむける。
だからといって、破れてもいないものを捨てる気にはなれない。
そこで、着るタイミングがしぼられてくるのだ。

今日はジムが休み。
仕事で汗だくのまま帰宅する。
家に帰るとシャワーを浴びるか、体を拭く。
もちろん寝る前にはもう一度シャワーを浴びる。
ここがチャンスだ。

帰宅してからシャワーを浴びるまでの隙間タイム。
ここで派手なTシャツを消費する。
誰も見るものがいない時間。
そのときこそが、私の生活の中で最も華やかな時間。

今日はオレンジ色のTシャツを着た。
バスケットボールのイラストが描いてある。
なんと若々しく派手なことか。

で、それを着て寝転がってテレビを見ていたらちづるが帰ってきた。
「なんや、どこのおっさんが寝転んどるんかと思た」




↑袖はないけどクリックしてね







私はうどんとそばなら、うどんが好きだ。
たぶん、三重県が関西寄りだからだ。

豆腐は、絹ごし豆腐より木綿豆腐が好きだ。
箸使いが下手だから、絹ごしは食べにくいのだ。

みそ汁は、白味噌より赤味噌が好きだ。
ごはんにぶっ掛けるには、赤のほうが合うと思うからだ。

トーストは、マーガリンよりバターが好きだ。
マーガリンって、正体がよくわからないからだ。

そうめんつゆに入れるのは、わさびよりショウガだ。
わさびは勢いよくすすると、むせるからだ。

こしあんとつぶあんなら、どっちでもいい。
どっちでもいいのだ。

ところてんは、酢醤油も黒蜜もきらいだ。
ところてん本体に何もなじまないと思えるのだ。

カレーライスには、ラッキョより福神漬けだ。
ラッキョがカレーのお供になるとは最近まで知らなかったからだ。

しゃぶしゃぶは、ポン酢よりゴマだれだ。
ポン酢はなんにでも使いすぎだ。

目玉焼きには、醤油よりソースだ。
ハムエッグにした場合、ハムは洋風だからソース、という考えからだ。

焼きうどんは、醤油よりソースだ。
これは焼きそばの変形だと判断するからだ。

アジフライには、ソースだ。
安食堂の味だからだ。

エビフライには、マヨネーズ+ソースだ。
タルタルソースはサラダみたいだからだ。

カキフライには、マヨネーズ+ソース+ケチャップだ。
欲が深いからだ。

カツオの刺身には、わさびよりショウガ+ニンニクだ。
食った感があるからだ。

かつおのたたきには、しょうが、ニンニク、タマネギ、シソ、ネギ、ミョウガなどだ。
ともかく薬味がいっぱい入っているのが好きだ。

揚げたての天ぷらは、塩より天つゆだ。
塩は全体に味がまわらないからだ。

冷めた天ぷらには、ソースだ。
高校の食堂にはソースしかなかった名残だ。

イカは、イカ刺しよりイカソーメンだ。
食いっぷりがいいからだ。

サバは、味噌煮と塩サバでは・・・
甲乙つけられん!

こういう感じで、この体型を維持しているのだ。





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気温と湿気があがり放題の今の時期、
最悪のタイミングで壊れた冷蔵庫。
なんだかんだでなくては困る。
なのでゆうべは『みそか寄席』に行く前に、
最近できたばかりのカカシみたいな名前の大型電化製品店に寄った。

冷蔵庫売り場は店の一番奥にあり、見通しも悪く地味だ。
まるで休日のオフィス街みたいに、人はいなくて回りは高い。

しかし、見た目は昔と比べたらにぎやかになったのではないか。
昔の冷蔵庫はのっぺらぼうだった。
でも今のは、ドアにボタンやら液晶やら謎の機能がついている。
モノを冷やすのに、どんな理屈があるのだろう。

今の冷蔵庫はドアや引き出しが多い。
中身が核家族のように別々の部屋に入るらしい。
観音扉が二段に引き出しが二つ。
メタリックな色合いのものだと、モビルスーツに変形しそうだ。

ひとつ、観音扉を開いてみた。
開けてみてびっくり。
左右に開かれたドアのポケットには、カラーで印刷されたビールや卵。
透明プラスチックで作られた、中二階やロフト、
なんと回転舞台まで設置されているのがある。

メインの冷蔵室には透明のビニールに矢印が印刷されていて、
冷気の通り道が示されている。
そして中央の舞台には、カタログが積まれていた。
売り場は地味なのに、一つ一つの陳列された冷蔵庫の中身は、
まるで小粒な宝塚ホールだ。

とりあえず楽しませてもらったが、
二人暮しのわが家にこんな大きなものは必要ない。
わが家に必要な、3ドアぐらいで小ぶりの冷蔵庫を見よう。

ここが一番地味だった。
種類も少なく色合いは寂しい。
いっそ、一人暮らし用の小さい冷蔵庫売り場の方が、
カラフルでおしゃれでにぎやかだ。


さて、わが家が冷蔵庫を選ぶ基準は容量と値段のほかにはただひとつ。
『勝手に氷』機能がついていないことだ。
アレはジャマ。
しかも洗いにくい。
それよりも、人間あの程度の作業を不精しちゃいけないと思う。

他にも、チューブのからし立てやらマヨネーズ用のポケットなど、
百均でいかにも売ってそうなものまで付属している。
ちょっと過剰サービスじゃないの?

それにしても『勝手に氷』
どの冷蔵庫にもついている。
まるで「勝手に『勝手に氷』」だ。
ついてないのは一人暮らし用の小型のものぐらいだ。

おかげで選ぶ手間が省けた。
欲しいサイズと容量で『勝手に氷』がついていなかったのは、
たった一つだけだったのだ。

で、決まったのが、冷蔵室のドアが左右どちらからでも開くやつだ。
そんな機能、別に欲しくはなかったのだけど、開くものは仕方がない。
それにしても、中身の入れ替えが楽しみだなあ。
私、模様替えとか好きなタイプです。






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