お昼は初めてのうどん屋に入った。
化粧の濃いおかみさんがひとりでやってるらしい。
店のつくりも、常連たちがテレビを見てにわか評論家になっているのも、
なんだか居酒屋っぽい雰囲気だ。
ちづるはかやくうどん、私はカツ丼セットを注文した。
テレビには背を向けて座ってしまったし、待ち時間に雑誌を読むのは嫌いだ。
ちづると話す事はない、というより、
ちづるとの会話は、とても人に聞かせられない。
なんとなく常連さんのニュースに対する論説に耳を傾けていると、
「チャッチャッチャ」と、麺の湯きりをする音が聞こえてきた。
おお、もうすぐだ。
ちづるのかやくうどんが先に運ばれてきた。
揚げやら麩やらゆで卵やら入った、ちづるの好きそうなかやくうどんだ。
これを見て私の食欲に火がついた。
カツ丼セットはまだかいな。
再び「チャッチャッチャ」と湯きりの音。
近い近い。
すぐに「カチャカチャカチャ」と卵をといている。
うひひひ。
「お待ちどう」とカツ丼セット登場。
カツを揚げる音は聞こえなかったけどまあいいか。
肉は厚いし、うどんもなかなかだ。
別のお客が入ってきた。
「ビール」
うらやましい~
飲むなら断然生ビールだけど、音だけだとビンビールの栓を抜く、
「しぽっ」
ってのがたまらんなあ。
視覚嗅覚だけでなく、聴覚というのも食欲に作用する。
お店で聞こえて一番がっかりする音は、
電子レンジの「チン」だろう。
もちろん、使い方によっては電子レンジがふさわしい場合もあるだろうし、
自分の料理以外に使っているのかもしれない。
でも、やっぱりあの音は聞きたくない。
あの音を聞いたとたん、全ての料理にインスタント感が漂い始めるのだ。
お店であの音が許せるのは、ショーケースから自分でおかずを選ぶ食堂だけだ。
「あっためましょか」と言ってチンしてくれるのはありがたい。
かなり昔の話だが、ある居酒屋で熱燗を頼んだら、
電子レンジで燗をつけていた。
カウンターだけの店で、客からも丸見えだ。
熱燗を追加するごとに「チーン」
やっぱりその店はすぐ閉めてしまった。
タイマーの「ぴぴぴ」ってのもいやだ。
料理人の勘とかタイミングとかないのか、って思ってしまう。
材料を切る時、定規で測らないだろう。
お湯を沸かすのに「ピーピーケトル」は使わないだろう。
ね。
ま、「チン」も「ぴぴぴ」も風情的な問題なんだけど。
ちづるのかやくうどんと、私のサラダに入っていた半割りのゆで卵は、
元一個だったものらしい。
よっぽど皮がむきにくかったらしく、表面がデコボコなのだ。
もっと耳を澄ましていたら、
女将さんの「ちくしょっ」ぐらいは聞こえたかもしれない。

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