2006年11月

ここでは、2006年11月 に関する情報を紹介しています。
暖冬だとは言っても、やはり夏よりは寒い11月。
まもなく師走の到来だ。
すでに、初アカギレもできた。
仕事で紙を扱うので、手の脂分がとられてしまうのだ。
おまけに使っている機械が冷たい。
なんと言っても鉄の塊なのだ。

しかし、もっと冷たいものがある。
コタツだ。
「何をバカなことを」とおっしゃるかもしれない。
だが、スイッチの入っていないコタツはとても冷たい。
まるで、豚肉のかたまりが冷やしてあるんじゃないかと疑うぐらい冷たい。
「暖かいはず」と思って入るために落差が大きいのだ。
この冷たさは、敢闘賞級だ。

その上を行くのが「便座」だ。
これも同じで、ヒーターで暖まっていると思って座ったときは、
心臓への過大な負担が気になるほどびっくりする。
何しろ冷たい部分に接地するのがフトモモの裏だ。
「冷たい」に関しては一切鍛えられていない。
こんな部分への攻撃は新人賞クラスだ。

シャワーも冷たい。
この場合は二種類ある。
お風呂掃除で蛇口から水を出そうとして、間違えてシャワーを出してしまった時。
もうひとつは、温かいお湯が出る前の水を浴びてしまった時だ。
どちらもコックをひねった瞬間「しまった!」と気づく。
でも間に合わないのだ。
技能賞だ。

審査員特別賞は「孫の手」にあげたい。
服の上からかけばいいのだが、やはりかゆいところは直にかきたい。
でもこの場合は自分がわかっていて背中に入れるのだ。
いわば心構えができている。
ただ、うっかり「孫の手の甲」の側が背中にぴっとりと当たってしまった時が冷たい。
「孫め!」と怒りがあらわになるほどの冷たさだ。

では、全日本冷たい大賞はなにか?
私の腹は決まっている。
決まっているのは腹だが、決まるのは背中だ。
それは、

「しっぷ」

特に、腰に貼る湿布は冷たい。
寝床に入って布団が暖まってきた頃、ちょうどちづるがやってくる。
ふと思い出し、
「おい、腰に湿布を貼ってくれろ」
とお願いする。
で、背中をめくってまさに貼られる瞬間気づく。
心構えができてない。

「あ、貼るときは貼るって言って・・・」
と、言おうとした時、 ぴと。

ぅふぇいぬわぁ~!




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そういうことで。



↑なのでクリックしてね。
どうしてもあの大きさが許せない。

ちづるのことではない。
サイフだ。
最近のサイフはどうしてあんなに大きいのだ。

先日、サイフ売り場でいいのはないかと物色しているとき、
同じものが二個並んでいると思ったら、なんと分厚い一個のサイフではないか。
ポケット版広辞苑か。
これをポケットにすっきり納めようと思ったら、
カラダの方にくぼみを付けるしかないではないか。

なぜあんなにでかいのか。
ともかく、カード用のポケットが多すぎる。
どうかすると、カードのアルバムみたいにページものになったのがある。
確かに今はカードの時代だ。
私でも10枚程度のカードは持っている。
モノが買えるようなカードはないけど。

あんなもの、思春期の青少年じゃあるまいし、
ひとり一部屋、つまり一枚ごと別のポケットに入れる必要はない。
三つもあれば十分だ。
よく使うカード、なるべく奥に隠しておきたいカード、
あまり使わないが念のために携帯しているカード。
この程度の分類の方が使いやすいはずだ。

お札入れが二部屋に分かれているサイフがある。
これがどうにも理解できない。
今お札は4種類ある。
どう二つに分けるのか。
あるいは一方は領収書入れか。
本物用と偽札用か。

小銭入れもごつい。
小銭を入れてないうちからこんなにごつくてどうするのだ。
中身がこぼれ落ちないように留め具が要るが、
それがマジックだったりすると最悪だ。
分厚くなる上に、開け閉めがバリバリうるさい。

だいたい素材自体が分厚い。
なんとかの皮だとか、合成なんとかの皮だとか、
なんとかの皮風だとか邪魔くさい。
布製でいいじゃないか。
どうしてわざわざ太らせる。

私の理想はこうだ。
お札が入るぎりぎりのサイズで、二つ折り。
開いて左側がカード、右が小銭入れ。
素材は薄く、マジックは使わないこと。
以上。

先日、理想にすごく近いサイフを見つけた。
場所は民族雑貨の店。
お札、小銭、カードといれるところがありながら、すごくスマート。
布製で、小銭入れのかぶせはボタンでとめるようになっている。
この不便さが、またたまらない。
よっしゃ、気に入った。

で、値段は・・・3000円。

さんぜんえん?

布なのに?
ポケット少ないのに?
ボタンとかあって不便なのに?

ここでオヤジはこう言う。
「入れるお金がなくなるがな」




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今日はお出かけ、お買い物。
まずは昼飯、ラーメン屋に入った。
お昼の30分も前なのに、すでに満席。
待つのは大っ嫌いなのだが、待ち人一号だったので我慢した。

ちょっと待たされ、案内された席は、待合のすぐ隣だった。
待ち時間にメニューを見ておいたので、即注文。
ラーメンを待つ間も店はどんどん混んでくる。
家族連れも多い。

やがてラーメン到着。
食べ始めた頃、待ち席は一杯になっていた。
入り口付近で立って待っている人も多い。
ちょっとした優越感。

ふと気づくと、待ち客の子供がこっちを見ている。
子供は待つのが大っ嫌いだ。
我慢がない。
遠慮もない。
こんな時はどうするか。
ホラーな目で睨み返すのだ。
ふふふ、今日も勝った。


ジャスコに行った。
いろんなお店が並ぶ通りで、洋服屋に入ったちづるをベンチで待った。
ベンチに座ると子供と目線があうようになる。
手を引かれていく子供が私を見る。
ホラーな目攻撃!
ほとんどの子供はこれで撃退できる。
ただ、相手がベビーカークラスの小さい子だと効き目がない。
通り過ぎる間、ず~っとこっちを見ている。
引き分けだ。

先日、この広い通りでピアノフェアをやっていた。
子供は音の出るものが好きだ。
大勢のお子様が、むやみやたらに鍵盤をたたいている。
ピアノといえば、マイク無しでもコンサートができるような楽器だ。
かなり遠方からでも、この凄まじい不協和音が聞こえる。
逆にこの音が子供を呼び寄せてもいるようだ。

店員は何も言わない。
ひょっとしたら
「傷でも付けてくれないかな」
なんて思っているのかもしれない。
ともかくやかましくて仕方ない。

ホラーな目攻撃!
この攻撃はこっちを見ていない子供には効き目がないのだ。




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ゆうべはお通夜に参加した。
決して行きたい訳ではないが、場合によっては避けられない。
どうせこれからは何度も通る道だ。
慣れておいたほうがいい。

実際、今までに何度か参加した経験はある。
しかし、全然慣れていない。
それはなぜか。
毎回、やり方が違うからだ。

宗教宗派というものの違いはわかる。
しかし、こういう点は共通にしてもらえないか。
じゃんけんだって、挨拶だって、みんな共通じゃないか。
お通夜や葬式も共通のしきたりでいいじゃないか。

実は、お通夜に関してとてつもない嫌な思い出がある。
かなり古い話だが、同級生のお母さんが亡くなった時のことだ。
まだ社会人として半人前の頃だった。
受付に行き、香典を出そうとしたら、
「ご仏前にお願いします」
と言われた。

ただでも慣れない環境で緊張バクバクなのだ。
間をおいて、誰か行くのを待つ。
その人の動きを見守る。
うわーうわー、
ものすごい緊張でご遺族に挨拶、
ご仏前で焼香・・・そして退席。

外にでると何人かの同級生がいた。
ほっとしたのもつかの間、
とんでもないことに気づいた。

香典を出してない。

まさに血の気が引くとはこのことだ。
ご仏前とはいわば舞台だ。
アリーナ席にはご遺族が陣取っている。
アンコールも受けていないのに、もう一度行く訳にはいかない。
ましてや、香典だけ置きに舞台を横切るなんてもってのほかだ。

あせった私は同級生に電話をかけまくった。
これから来るというやつを見つけなければならない。
幸いにも、遅れてくるやつをつかまえ、事なきを得たのだが、
この時の狼狽と焦燥は今でもトラウマになっている。

そんなことで怯えていたせいか、今回のお通夜はすんなり済んだ。
まるで緊張損だった。
あれしちゃいかん、これしちゃいかん、
あーでなくては、こうしなさい。
なんて、緊張の元となるしきたりは、全然関係なかった。

ああなるほど、大人はこうやって冠婚葬祭に慣れていくのだなあ、と判った。
この年になって、やっと。




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さて、先日ジムの人と飲みに行った話。

一軒目に行った居酒屋が魅力的だった。
場所はせまいアーケードの飲み屋街。
カウンター約十席のみで、トイレは近所の店と共同だ。
細長い店に冷蔵庫や扇風機やテレビがぎっしり詰め込まれ、
カウンターは入り口から奥に向かって店を斜めに仕切っている。

経営しているのは、ちっちゃなおばちゃんだ。
声もちっちゃいので、何かしゃべり始めても酔っ払いの声にかき消される。
メンバーのうち年上二人は常連で、すき放題言っている。

メニューは壁に木の札が掛けられていた。

刺身
ぶりてり
さやえんどうの卵とじ
焼き魚
いかさし
アスパラの卵とじ
酢ガキ
ニラの卵とじ
丸干し
冷奴

これだけだ。
私でも覚えられた。
もう一品ぐらいあったかもしれないが、
札をかけるフックがそれだけしかなかったから、
品数を増やすつもりはないらしい。

それにしても「刺身」て。
「いかさし」があるんだからイカではないんだろう。
しかし情報はそれだけだ。
魚類である保証もない。

常連さんが「刺身ちょうだい」と注文した。
おばちゃんは「イカものせとこか?」やて。
来たのを見たら、どうやらマグロのようだった。

考えてみたら「ぶりてり」も「丸干し」も「焼き魚」じゃないか。
モノはなんなのだ!
これは「魚類である」以上の保証はない。

「刺身」も「焼き魚」も、仕入れによって変えずに済むからだろうか。
でも「いかさし」と「酢ガキ」と「丸干し」は、
木札の上に白い紙を貼って書いてあるぞ。
「卵とじ」は妙に具体的だぞ。
基準というか、ルールがわからん。

だいたい、どうしてメニューがこんなにあっちゃこっちゃなんだ。
「いかさし」は「刺身」の横にしろよ。
「ぶりてり」と「焼き魚」と「丸干し」は並べろよ。
「卵とじ」はまとめとけよ。

「ほないこか~。おばちゃん、おあいそ」
幹事役の人がそういうと、おばちゃんが計算を始めた。
しかし、一番若いTさんが頼んだぶりてりはまだ出ていない。
それを幹事さんに伝えると、
「なんや、まだなんか作っとるんか」
「うん、ぶり焼いとる」

そんなら、なんで計算を始めるんじゃー!


とはいえ、ワシ、またこの店に行くと思う。
だって、安くてうまくておもしろいんだもの。




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昨日はジムの常連さんに誘われて飲みに行った。
60台前半のMさん、
50台半ばのKさん、
30台後半のTさん、
同じジムで顔をあわせるだけの四人。
なんだか話が盛り上がってそういうことになった。

お酒を飲まないMさんが、TさんとKさんを乗せてくれることになっていた。
とりあえず、ジムに集まって、7時に居酒屋に集合という約束だ。

それはいいとして、一言言いたいことがある。
なぜみんな、飲みに行く前に鍛える?

5時半に仕事が終わる私は、7時までヒマなのでいつもどおりトレーニングをした。
Tさんも来て走っている。
MさんはマッサージベッドでTさんを待っている。
Kさんは私が来るまでトレーニングをしていて、自宅にもどったそうだ。

じゃあ、6時集合でもいいんじゃないか?
何でわざわざ汗をかく?
そうまでして鍛えたいのか?
でもみんな毎日通っているわけじゃないんだから、
予定のある日ぐらい休んだらいいんじゃないか?

以前、Tさん、Nさんの3人で飲みに行ったときもそうだった。
仕事の終わるのが遅いNさんが来るまでTさんは鍛えていて、
Nさんが来てから車を家に置きに行き、
その間Nさんは鍛えているのだ。
まず、車を置いてきて、Nさんが来たらすぐ飲みに行けばいいじゃないか。
ちなみにこの日、仕事が終わるのが早い私はTさんより早く来て、
Nさんが終わるまで鍛えていたのだ。
疲れたわ。

だいたい、ジムの常連さんはちょっと考え方がおかしいと思う。

よそのジムでインストラクターをしている若者。
「今日は休みなので、ここのマシンでも鍛えてみようと思って・・・」
休日ぐらい休めよ。

久しぶりのムキムキマン。
「実は骨折しましてね、どのくらいできるようになったか試しに」
もっとソフトな試し方をしろよ。

仕事が忙しくてなかなか来られない人。
「もう仕事仕事でクタクタなので、ストレス発散に」
体を休めろよ。

とあるひと。
「ちょっと風邪気味なので、汗を流そうと思って」
風邪なら来るなよ。

みんな真面目というか一生懸命というか。
でも、その気持ちわからないでもない。
話をしていてみんなが口をそろえて言うのだが、
一日休むと一日分衰えるような気がする。
一日分の脂肪がつくような気がする。

そして、誰かが言った。
「もう、一生やめられんなあ」




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あとちょっと残ってた目薬。
これがなかなか落ちてこない。
下では変な顔して待っているのに。

私は目薬をさすとき、口を開く派だ。
それも「ぎゃっ」と開くのではなく、
鼻の下を伸ばして「ぬおっ」と開く。
その状態で待っているのだ。

もうそこに一滴ぶら下がっているのに。
顔も腕も疲れてきた。
微妙にぷるぷるって振ってみる。
ぽとっ、って、ほっぺたに落ちる。

きー!
どうしてくれよう!

目薬

めぐすり

ね、ぐすり

寝、ぐっすり


寝よう。




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あらゆる食材を最も安いもので済ませているわが家だが、
ちょいと贅沢をしている物がある。
玉子と味噌だ。
スーパーで玉子を買う時は、最低よりちょっといいのを買う。
しかし味噌は違う。
味噌の製造元で、赤と白の一番いいのを買う。
一旦いいのを使ってしまったら、ランクを落とせなくなってしまったのだ。

数日前、味噌を買いに行った。
赤と白、各1キロで千円弱だ。
この店は五百円ごとにスタンプをくれる。
たまると何かサービスがあるらしい。
「千円弱」だとスタンプは一個だ。
これが「千円強」になるとスタンプが二個もらえる。
なので、いつも何か付属品を買うのだ。

今回はたくあんを買った。
わが家としては久しぶりのたくあんだ。

たくあんの食べ方は難しい。
縁起担ぎの私の母によれば、
一切れは、「人を切る」ということで縁起が悪い。
三切れは、「身を切る」ということで縁起が悪い。
四切れは、四だから縁起が悪い。
つまりたくあんは二切れか五切れ以上食べるべきなのだ。
あ、これはたくあんに限らないのであった。

昔、弁当にはたくあんが二切れはいっていた。
たくあんをおかずにごはんを食べて、
その後、たくあんの色のついた部分を食べるのが楽しみだった。
断っておくが、他にもおかずはあったのだよ。

昔、なにかの雑誌の読者欄で、この話題が盛り上がっていた。
で、どこかの地方なのか、ある家族だけのことなのか覚えていないのだが、
弁当でごはんにたくあんの色がついた部分のことを「たくあんの涙」と呼んでいた。

たくあんの涙はうまい。
しかも、弁当に入れる以外にこの味はできないのだ。
たくあんとごはんをいっしょに食べても、漬け汁を付けてみても、
涙の味とは全然違う。
なんだか、甘みだけがごはんに移るような気がする。

だから、梅干の涙はあんまりありがたくない。
ハクサイやキュウリの漬物もよくない。
後はべったらか壺漬けか福神漬けぐらいだ。

中学一年のときだった。
弁当を食べていると、同級生の一人が私に尋ねた。
「その赤いものは何か?」
「福神漬けである。知らぬのか?」
「知らぬ。くれ」
「やろう。食え」
「ぽりぽり」
「如何か?」
「何たる美味か!」
「それほどに?」
「もう一度、名称を」
「福神漬けなり」
その男はメモを取って帰った。

次の日、そいつは弁当箱一杯の白ご飯を、
別のおかず入れ一杯の福神漬けだけで食っていた。
よほど気に入ったのだろうが、その食い方では福神漬けの涙の味はわかるまい。




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ここ最近、手に持ったものをうっかり落とすことが多くなってきて、
なにここう老化っぽいものを感じて不愉快だったのだが、
ついに、決して落としちゃいけないものを落としてしまった。
それは「生タマゴ」だ。

冷蔵庫のタマゴポケットから取り出そうと、ひょいと持った時、
あわれタマゴは私の手から逃れ、引力にしたがって落下していった。
着地点はきわどい。
キッチンマットと床の境目辺りだ。
こんな時、タマゴはマットを狙って落ちる。

大体タマゴというのは落としやすくできているのだ。
指にひっかかりのない丸さ。
そして表面の滑らかさ。
そのくせ、しっかりつかめないカラの強度。
握ろうが落とそうが割れるようにできているのだ。

キッチンマットが床よりやわらかいとはいえ、タマゴは割れる。
タマゴの割れ方には3種類ある
ぶつかった部分だけが陥没する割れ方。
真っ二つにぱっかり割れる割れ方。
そしてこっぱみじん。

マットに落ちたタマゴは真っ二つに近い割れかただ。
幸いにも黄身は無事だ。
いや、食べようと思っている訳ではない。
黄身が割れるか割れないかで、マットの被害は天と地ほどの差がある。

ところがタマゴは意地が悪い。
黄身をなるべくカラに閉じ込めたまま持ち上げようとすると、
割れたカラが黄身に刺さってこぼれだす。
あわてて乱暴に扱うと、カラ全体がぐっしゃり崩壊して、
目も当てられない状態に陥る。

これはニワトリの卵だからだ。
これがウズラのタマゴだったら、こんな悲惨なことにはならない。
たぶん、マットの上に落ちたぐらいなら割れずに済んだだろう。

しかしウズラはウズラでいじわるだ。
普段は割れにくくていいが、いざ食べる段になって今度は割れにくい。
半分に割ろうとすると、殻がぽろぽろ崩れ料理に入る。
内側の膜が丈夫なので指でちぎろうとすると中の白身がピュッと飛ぶ。
専用のはさみもあるが、それを買う金額で鶉の卵が何個買えることか。

では大きい方のタマゴはどうか。
テレビでときどき見るダチョウの卵。
しかし、これは冷蔵庫のポケットに入らない。
それだけの量が必要にもならない。
もひとついうと、あまり食べたくない。

では何のタマゴならいいのか。
できたら、鳥類以外のタマゴは勘弁して欲しい。
丁寧に扱うから、ね。





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最近、嫌なニュースが多い。
ニュースになるほどでなくても、普段の生活の中で嫌な思いをさせられることがある。
他人が嫌な思いをしているのを喜ぶ輩がいるのだ。
これが何とかならないか考えてみた。

人間にはいくつもの欲がある。
食欲、性欲、睡眠欲などの原始的なものから、
知識欲、出世欲、金銭欲など人間独特のものまでさまざまだ。
その中に名誉欲というのがある。
更にそれを細分化した中の一種に『影響欲』というのがあると私は考える。

影響欲、それは「他人に影響を与えるような大物になりたい」という欲求だ。
たとえばそれは求心力を持つ人や、カリスマと呼ばれる人への憧れだ。
「自分はあの人の影響を受けた」と言われたいのだ。

ところが、そんな大物になれるのは、ごく一部の人だけだ。
しかも、カリスマになる人とは、カリスマになりたいと思っていたわけではなく、
自分のやりたい道を極めた結果、他人が影響を受けるようになるのだ。

それを何の努力もせず、能力もセンスも持ち合わせていないにもかかわらず、
一足飛びに影響力を持ちたいと思うロクデナシが現れる。
たとえば、人の上にたって威張り散らしたいやつがチンピラになったり、
大きなことをやって有名になりたいと思って、通り魔になるような奴らと同じなのだ。

簡単に他人に影響を与えるにはどうしたらいいか。
無理やり影響を与える、つまり嫌がらせをするのだ。
夜中にバイクでやかましい音を立てたり、スプレーで落書きしたり、
ネットの掲示板を荒らしたり、学校のガラスを割ったりする。
いじめだってそうだ。

大体、こういうやつらに他人に影響を与えるような力はない。
カリスマどころかカリメロにすらなれない。
影響力のない者が、影響力があるようなつもりになっているのだ。
なんとぶざまなことだろう。
顔がミジンコなのにキムタクの服をまねしてるみたいだ。
こんな奴らこそ、蔑まれるべきだ。

さて、蔑むには名称が決まっていないと蔑みにくい。
「蔑みにくい」というのはヘンな日本語だが、やはり呼び名が欲しい。
だからと言って、うっかり「ニート」みたいに横文字にすると、
「なんとなくカッコいいじゃん」なんて勘違いをするかもしれない。
そこでいい呼び名を思いついた。
「ゴマのハイ」だ。

由来は「護摩の灰」らしいが「胡麻の蝿」とも当てるようになったらしい。
江戸時代の旅人を狙ったスリや詐欺師などのことらしい。
「胡麻の蝿」
いかにもチンケな小物らしくてふさわしいではないか。

この呼び名はニュースでも使わなくてはならない。
「今日未明、○○学校の窓ガラスが割られました」
ではいけない。
「今日未明、○○学校にゴマノハイが現れ、窓ガラスを割りました」
とやるのだ。
こうやって、おのれの卑小さを思い知らせてやるのだ。


ところで、もし「ゴマノハイ」というハンドルネームの人がいたら、
勘弁してくださいね。





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うー、飲みすぎと睡眠不足で寝てしまいました。

朝からお風呂に入りました。

今日は出勤。

今から、ごはんを作ります。

ちづるは、あんなに目覚ましが鳴っても起きません。





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昨日はちづるママの誕生日だったので、ちょいとお食事に出かけた。
行ったのはご近所の居酒屋。
一度行ったことはあるのだが、あまりに昔で何も覚えていない。
こんな時は、「マイチェックメニュー」だ。

よく聞く話に「寿司屋に行ったらまずタマゴを注文しろ」というのがある。
玉(ギョク)を食べれば板前の腕がわかるぜ、
なんてたわごとをなんど聞かされたことか。
わざわざタマゴを頼んで、職人さんのシロウトチェックをするより、
好きなネタをどんどん頼んだ方がいいに決まっている。

こんな民間伝承ではなく、各個人がその店を評価する基準となるメニュー。
それが『マイチェックメニュー』だ。
今、私が名付けたんだけど。

たとえば上司Tは、「うどんそば」なんてカンバンの店では、
まず「ざるそば」を頼むそうだ。
うどんよりそば派の上司T。
まずは裸のそばで店を評価する。

事務所の女の子、Iちゃんは、
初めての店にそのメニューがあるならば必ず頼むという一品があるという。
唐揚げ定食だ。
Iちゃんは唐揚げでその店を判断する。

先日、会社近くに麺と丼と定食の店がオープンした。
わが社では私が切りこみ隊長として行ってみた。
頼んだのは唐揚げ定食。
Iちゃんにはきちんと報告した。
唐揚げに皮の部分が少ないというと、落胆した様子だった。

初めての飲み屋での私のマイチェックメニュー。
以前は「揚げ出し豆腐」だった。
最近は「サバの味噌煮」かな?
中華なら「焼きそば」
パン屋なら「カレーパン」
おにぎりなら「トリ五目」
ケーキなら「イチゴショート」に限る。

そして寝るなら、コタツじゃなくて布団に限る。




↑クリックして寝てね





「いかん!」
そう判断した私は、すぐ行動を開始した。
寝室に行き、タイマーを30分セット。
このタイマーで目覚めたのは、90分にセットした時だけだ。
でも、今から90分も仮眠したら深夜になってしまう。
これは大きな賭けだった。

おやすみなさい。




ぴぴぴぴぴ


はっ、
何かが鳴っている。
タイマーだ。
やった、目が覚めたぞ。
仮眠、大成功だ!

目覚しに風呂に入ろう。
リビングではちづるが鉄アレイのように寝ている。
仮眠をしくじったヤツの末路だ。

何を書くか考えながら入浴。
何も決まらず、風呂から出て、トマトジュースを飲む。
パジャマを着ていたら、鉄アレイが目を覚ました。
グーグルの検索窓が消えてしまったことを告げる。
直してもらう。

よっしゃ、では今日もブログを書くぞ!
さて、何を書こうかな。


いかん!






↑クリックしてくれなきゃいかん!




同僚O川に奥さんから電話がかかってきた。
掃除中にテレビの配線をぶった切ってしまったので、その線を買って来いとのこと。
で、その商品番号が、
「○○○の○○○で、最後に“もきっ”としたヤツ」

その電話を私に語るO川。
「ウチの嫁さんアホやからこの記号(と言って記号を書いた)のこと、
 “もきっ”としたヤツやって」

その「“もきっ”としたヤツ」とは、


『Ω』


オームだ。
これが“もきっ”としているかどうかはともかく、
それで通じたO川夫婦に拍手を送りたい。
要するに、O川の奥さんはその雰囲気をうまく伝えたのだ。

言葉とは伝達だ。
そのイメージをいかにうまく相手に伝えるかだ。
なんだかよくわからないけど、うまいこと表現している言葉がある。
ものすごくせまい範囲のニュアンスを的確に説明する言葉。
こういう言葉こそが、いつまでも残っていくのだろう。
たとえば・・・

「へべれけ」
べろんべろんに酔っ払っているんだけど、気持ちいい感じ。
調子や機嫌が悪くなってないところがいい。
「酔ってますね」
と言われて、
「酔ってなんかいねえやい!」
なんてのは、へべれけじゃない。
「おうっ、こちとらへべのれけよ。それがどしたいっ」
ってのが正統派へべれけなのだ。

「こてんぱん」
集団暴行を受けて血反吐を吐くなんて陰惨なのは『こてんぱん』じゃない。
ポカポカ殴られて、キュ~って伸びるのが『こてんぱん』だ。
顔中バンソウコウを貼って、
「オレ、昨日こてんぱんにやられちゃったよ」
とさっぱりしているのが『こてんぱん』なのだ。

他にも日本語には昔から見事な表現が残されている。

これ以上ない緊縛感の「がんじがらめ」
アホでもバカでもないおまぬけイメージ「すっとこどっこい」
キング オブ とんちんかん「あさっての方向むきやがって」

なんと表現力たっぷりで、センスのいい言葉たちか。
これらの言葉は古いからいいというわけではない。
新しい言葉の中にも魅力的なものがいくつかある。

私が大好きな言葉「大人買い」
この言葉が現れるまで、このニュアンスは伝えられなかった。
無駄遣いよりは粋で、贅沢というよりはかわいらしい、
まさに夢の体現をさりげなく表わしている。

ちづるが大好きなのは「がっつり食う」
「腹一杯食う」とも「どっさり食う」とも違う満足感。
「食う」という欲求を満足させるがための食い方「がっつり」

う~ん、すばらしい。
日本語にはまだまだ可能性が残されているのだ。

だからO川よ。
「びろ~んって、しといた」とか、
「がーっていく」とか、
「もう、うぇ~、やわ」
などという、幼稚な表現はやめなさい!



↑もきっとクリックしてね。







あるるさん、
大変お待たせしてしまいました。
これで何とか勘弁して下さい。
似てないとか言わないで~





おはようございます。
今日はちづるが公民館の掃除当番なので早起きさせられました。

というわけで、朝からバトン大会~。

ゆきちさんのところで、おいしいバトンをいただいてきました。
ごちそうさまです。

ほな、

『自分を褒めちぎるバトン』  


1.自分の手を褒めちぎる

 ステーキにしたら5000円はするであろう肉厚。
 すごーい!

2.自分の足を褒めちぎる
 
 人が土を踏まない部分でまで土を踏んでいる。
 すごーい!


3.自分の頭を褒めちぎる

 7:3はできないけど、1:3ならできる。
 すぐぉーい!


4.自分の顔を褒めちぎる

 体の上のほう、しかも正面についてる。
 うひゃー。


5.自分の腹(♂)又は胸(♀)を褒めちぎる

 板チョコのような鍛えられた腹筋を 、多量の脂肪で隠してる。
 すんご~い!


6.自分の服装を褒めちぎる

 ひとりでボタンがとめられる。
 すばらしー。


7.自分の書いた絵を褒めちぎる

 こんなに単純なのにすごく描き直してる。
 えらーい。


8.自分の感性を褒めちぎる

 タマゴかけごはんにわさびふりかけ。
 うまーい。


9.自分のブログ(HP)を褒めちぎる

 最近、うっかり全部消してしまうことがない。
 ブラボー!


10.誰も褒めてくれないときは自分で褒めても良いと思います

 でも私はひとにほめられるのが好き。
 ほめてー!


+1.回す相手を褒めちぎりましょう

 ではこのバトンをまわします。
 『車の普通免許以外に、免許、資格を持っている人』
 すご~~~い!

 もちろん、やらなくてもいいし、
 誰がやってもいいです。
 でも、
 やる人、すごーい!




↑生意気盛りにクリックしてね。




私は、数値化が苦手だ。
たとえば、
「駅までどのくらい?」
とたずねられた時に答えられない。
400メートルぐらいのような気もするし、
2キロあるような気もするのだ。
だから目撃者にはなれても証人にはなれない。

ときどき、ニュースで事件の目撃者の証言を放映することがある。
「身長175cmぐらいの男が、2000ccの乗用車で、
 ○○方面に向かって、時速80kmぐらいで逃走した」
という証言があったとしよう。
これを私がやると、
「大きな人が車であっちへビューって」
となる。


こんな私に対して、たまにとんでもない質問を投げかける輩がいる。

「ねえ、私、何歳に見える?」


これにはホントに困る。
なぜなら、この質問は質問どおりの意味ではないからだ。
裏に隠された本当の質問は、

「ねえ、私って実年齢より若く見えるはずなんだけど、
 何歳若く見える?」

いや、むしろ、

「ちょっとあんた、私のこと若く見積もりなさいよ!」

と、質問ですらないのだ。


若い人の場合はまだいい。
うっかり上に言ってしまっても、
「大人っぽいね」とか「しっかりしてるから」と言い逃れができる。
これが年配の人になると難しい。
「正直に言って」
と言われるが、正直にいったら殺されるのだ。
殺されないためにはいくつもの推理が必要になる。

まず、実際は何歳なのか?
本人は何歳ぐらい若く見えると思っているのか?
更に何歳若くいえば喜ぶのか?
これ以上若くいうとウソに聞こえるリミットは何歳か?

ああ~、こんな計算をしている間に、こちらの寿命が磨り減っていく。
これはとんでもないストレスだ。
「年齢ハラスメント」だ。
略して「トシハラ」だ。


これを何とかうまく撃退する方法はないのか?

「あら、そんな時代遅れな質問をするところをみると、結構なお年なんですな」

「私、その質問には、どなた様にかかわらず90歳と答えることにしています」

「あと、6年」

ダメだダメだ。
ぜひ、こんな風に答えてみたいが、そういう訳にはいかない。
ほとんどの場合、この質問は立場が上の者がするのだ。

もう、こうなったら国が法をもって対処するしかない。
「いくつに見える?」と質問は相手にダメージを与えるので暴行罪とする。
罰金ぐらいでは生ぬるい。
罰歳だ。
罪が実証されたら、+5歳の刑に処する。
もちろん、住民票も書き換えられる。
当然、年金を得る権利は剥奪。

どうだ、これでもまだ「いくつに見える?」とたずねるか!
これで懲りないなら最後の手段。

罰皺。
手術でシワをつけます。

それでもメゲないなら・・・
もういいです。
魔女の称号をあげます。




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皆さん、そろそろあると思ってたでしょ。

このカテゴリも使わなきゃね。

・・・がくっ。




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ジムで仲良くしてもらっている人と映画の話をしていたら、
「なんだか趣味が似ているねえ」
なんてことになり、しばし二人で熱く盛り上がった。
次に会ったとき、その人がDVDを持ってきてくれた。
なんと、一挙10枚。

私が話の中で見たいといったのは1本だけ。
「バットマン ビギンズ」
残りの9本のうち、2本は観たことのある映画だった。
つまり、7本は未知の映画だ。
まったく初耳か、タイトルぐらいは聞いたことがある、
といった程度の認識度だった。

もちろん全部その人のオススメだ。
私の好きそうなジャンルと、観なさそうなジャンルを、
よりどりチョイスしてくれたそうだ。

これはありがたい。
なぜなら、自分の観たい映画だけを見ていると、
とんでもない名作を観逃している可能性があるからだ。

「食わず嫌い」
たとえば予告編だとか、雑誌の寸評、
どうかするとタイトルだけで観る気を失うことがある。
これは昨今の映画配給会社の宣伝の失策が原因だ。

最近の映画のタイトルは、ほとんど原題そのままだ。
英語をカタカナに直してあるだけだ。
おかげで英語に弱い私には、その映画の魅力が一切伝わらない。

難しい単語を使われたらもう終わりだ。
「ミッション・インポシブル」
「インディペンデンスデイ」
それから・・えーと、えーと・・・
ほら、難しい単語なので思い出せない。

だからと言ってあんまり簡単な英語だとバカにされているような気がする。
「アイ アム サム」
えーと、えーと・・・
簡単なのも思い出せない。

「ダンス ウイズ ウルヴズ」
なんてのもあった。
『ウルヴズ』ってなんかいなと思ってたら『ウルフ』の複数形だ。
“f”を“v”に変えて“s”を付ける、
なんて単語があったことは覚えているぞ。
しかし、映画のタイトルだ。
『狼』のことだとわかればいいんだから『ウルフ』でいいじゃないか。
どうしても複数形にしたかったら『ウルフら』にしろ!

コマーシャルも良くない。
最近、流行なのは、一般人が感想を言うパターン。
「良かったですぅ」
「泣けました」
なんて、映画館のロビーで答えてる。

満足してしまったシロウトの意見なんかどうでもいいのだ。
どうせなら配給会社の担当が、いかに多くの人に見て欲しいかを述べろ。
自分が人々にその感動をいかに伝えたいかを熱く語れ。

やっぱり、そんなCM、観たくない。


さて、先日、借りたDVDの中から1本の映画を選んで観た。
「パーフェクト ワールド」
私でもわかる簡単な単語だ。
選んだ理由は、そのときしんどかったから。
解説を読んで、謎も推理もサスペンスもないとわかったからだ。
いわば『流した』っていう感じだった。
このタイトルにしても、解説を読んでみた感じでも、
おそらく、自分の意思で観ようとは思わない映画だ。

これで泣いた。
ベタだろうが、先が読めようが、泣けたんだから仕方がない。
これだからオススメ映画は観なくてはいけないのだ。
もっとも、ほとんど何を観ても泣くのだが。



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私の顔は、まあいい顔である。
「むしゃぶりつきたいっ!」
と思うほどではなくても、
コレクションするなら、保存しておいてもいいかな、
ぐらいのレベルではあると思う。

ところが、顔というのは、部品と配置だけで成り立っていいるのではない。
重要な要素として「表情」というのがある。
どんな美男美女でも、表情しだいで、オカメにでもヒョットコにでもなれる。
どっちも悪いやないか!

言い直そう。
人には誰も、他人に見られたくない顔があるのだ。
それはまた、意図せずにやってしまっているのだ。

なんと言っても、みられたくない顔の代表は「くしゃみ」の瞬間だ。
見られたものではない。
ぶざまだ。
みっともない。
ハナが出ている。
しぶきが飛んだ。

くしゃみはする側も、ヘンな顔になっていることがわかっている。
だから人に見られるのを嫌がる。
しかも、くしゃみとは非常に繊細な行為だ。
まるで陶芸における釉薬のように、些細なサプライズで影響が現れる。
「ふぁんくしょん」というくしゃみをしようとしていたのに、
その瞬間、他人に見られていることに気づき、妙なところに力が入り、
「うでっぷし」というくしゃみになってしまうことがある。
そんな時、今まで使ったことがないような筋を違えたりする。


耳掃除中の顔も、他人には見せたくない。
なぜなら、それはあまりにも危険なボーダーライン。
恍惚と激痛が紙一重、いや、幕一重でせめぎあっている。

耳掃除は気持ちいい。
麻薬的快楽と言ってもいいぐらいだ。
だから鼻の下が伸びる。
だが、ある一線を越えるととても痛い。
それが怖い。
だから眉間にしわが寄る。
鼻の下が伸びて、眉間にシワ。
やっぱり人には見せられない。


焼鳥やダンゴなど、串モノもニヒルの敵だ。
先っぽはまだいい。
2番目3番目をくわえてスライドさせる時だ。
獲物はゲットして、でもたれが唇につくのはイヤ。
すると前歯は前進、クチビルは後退することになる。
まるで歌舞伎の浮世絵だ。
現代人のする顔ではない。


さて、私は今日、新たな「やっちゃいけない顔」を発見してしまった。
まだ出会ってない人もいるかもしれない。
そういう人たちは、そうなる前に気づいてもらいたい

今日はジムが休みの日で、早く家に帰った。
仕事着を着替え、手を洗ってうがいをする。
習慣で冷蔵庫を覗くとちくわがあった。
小腹がすいていたので、ちくわを一本くわえ、
自分の洗濯物を収納することにした。
収納ボックスの前に座り、洗濯物を分類している時、私は気づいた!
ちくわの空洞を唾液が流れて行ったぞ!

やばい!
このままでは唾液が洗濯物に落ちる。
まさに瞬間的に体が反応した。
肺はマックスの吸引力で唾液を吸い上げる。
しかしそれだけでは事態は回避できない。

首を曲げ、下あごを上げ、下唇でちくわを持ち上げる。
ずずずと唾液は吸い上げられ、洗濯物は一難を逃れた。
もちろん、そのときの自分の表情を私は見ていない。
でも、長年付き合ってきた顔だ。
私にはわかるのだ。

あれは、やっちゃいけない顔だった。





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人間って、波がある。
バイオリズムだとか運勢だとかとは別に、
二つの考えをあっちに行ったりこっちに着たりと、
迷ってうろうろしてしまうのだ。
これも波のひとつではないか。

たとえば上司T。
「やっぱり健康のためにもなんとかタバコがやめられんかなあ」
という考えと、
「そんなもん、タバコなんざ吸いたいだけ吸うて、とっとと死んだるわい!」
という考えが、適当な周期をおいて交互にやってくる。

健康食品を買ったり、みのもんたの話を聞いたりしていると、
やっぱりタバコは・・・と思うらしい。
でも、他のものが禁煙をはじめたと聞くと、
とたんに反発して「ガマンして長生きして何が楽しい!」などと言い出す。
はた迷惑な話だ。

実は、私にもそういう傾向がある。
かばんだ。
私はかばんに対して、二つの考え方を持っていて、いつも悩んでいるのだ。

本来の私はポケット好きだ。
細かいポケットがいっぱいついたかばんを買ってきて、
ここには○○を入れて、××は出しやすいここに・・・
なんてことを考えているのが楽しい。

しかし、いつも必ず具合の良くない状況が起きる。
○○を入れるところがないとか、
あと少しこのポケットが大きかったら××が入るのに、
などという小さな苛立ちが積み重なってくる。
何も入ってないポケットがあることも許せない。

そのうちキーっとなって、
荷物なんか、大きな袋にがさっと入れとけばいいんだ!
と考えるようになる。
おかげで私の持っているカバンは、
ポケットだらけか、ほとんどポケットがないかのどちらかだ。

しかも、それがだんだんエスカレートしてくる。
ポケット期には、釣り用のベストを着られるかばんとして持ったことがあった。
大袋期には、袋が邪魔くさくなって、風呂敷で通勤したこともあった。
「波」とはいったが、底とてっぺんの間はないのだ。

先日、大袋系のちょっといいかばんを見つけて買った。
それまで使っていたポケット系ショルダーバッグはちょっと休憩だ。
今度買った大袋系のショルダーバッグは、
全体が半円形で開口部が広い。
着替えなんかがポイポイ放り込めるのが魅力だ。
ただし、細かいものは探さなければならなくなる。
文庫本なんかだと中でページが折れてしまわないか心配だ。

さて、最近のかばんには気に入らないことが二つある。
ひとつは前にも行ったかもしれないが、ケータイ入れだ。
最近は大袋にでも、ケータイ入れが着いている。
ケータイを持たないものにはあれは邪魔なのだ。
あの大きさでは、ケータイ以外に入るのはメジャーかペンチぐらいだ。

もうひとつはポケット系の大物、リュックサックだ。
たくさんポケットがあって、かぶせがあって、
口をヒモできゅっと締めたりできるようになっているのに、
モノの出し入れは横のチャックからするようになっている。
なんということだ。

これではまるで、
屋敷の一番奥に心地よく秘密めいた部屋を手に入れたのに、
いきなりガラス戸を取り付けられたようなものだ。
まったく人間は不精になってしまった。
それならリュックにしなきゃいいのに。





↑ポケットをたたけばクリックしてね。





ikuさん、良かったらこれ使ってください。
縮小してないので、普段のより大きいつもりです。
↑のと続き物っぽいんだけど。





文句なしの秋晴れ。
ダイコンの間引きも山ほど採れたし、
ソラマメとスナックエンドウの種蒔きもした。

今が一番いい時期かもしれない。
もうそんなに汗をかかなくなったし、
次に待っているのは寒い寒いと嘆く季節だ。

じゃあ、今のうちに散歩に行ってくるか。
なあ、しまじ。







どうだ、しまじ。
これが外の世界だよ。



s-126_2617.jpg


おいおい、しまじ、
そんなに先に行っちゃ、
撮影するのが恥ずかしいじゃないか。


しまじ、
「なんで写真は2枚ずつなんだ」
とか、
「撮り溜めしてある写真を使っているだろう」
とか
「茶番はもうやめろ」
とか言う人たちは、噛んでおあげ。




↑噛まれたくない人はクリックしてね。




s-kamon.jpg

今日は三連休の中日。
そしてちづるのいない休日。
天気はいいし、気候は穏やか。
ただ今、プチ一人暮らし満喫中。

ちづるが出勤なので、平日と同じように起床する。
おかげでこちらの仕事も取っ掛かりがはやい。
今日は畑の草を燃やしに行ったのだが、風が出てきたので途中でやめて、
草を畑の隅っこに積んできた。
結構な大仕事なのに家に帰ったのは10時半。
お昼まで日向ぼっこしながら読書ができたとさ。

休日の昼食はほとんど外食。
いつもは、うどんと中華とその他のくり返しだ。
一人の時は、たまに自転車で小汚い定食屋に行ったりする。
ごはんとみそ汁を頼んで、おかずをチョイス。
とても一人暮らし気分だ。

でも、今日はちづるが自転車に乗っていったので自宅メシ。
チキンラーメンに卵を入れて食べた。
足りなかったのでバナナを食べた。
まだ足りなかったので柿を食べた。
この哀れさが一人暮らしっぽくていい。

ひょっとすると私は貧乏臭いのが好きなのかも。
それって、経済的M?

そのあと、雑誌を読んだりパソコンをいじったりしている。
ちづるが掃除機をかける音も、
寝転がって見ているテレビの音も、
うっかり何かを壊したり割ったりする音も聞こえてこない。
そのかわり近所の子供がやかましい。

さて、
こんな風に書いていると、
まるでちづるがいないことを喜んでいるように感じるかも知れないが、
それは大きな間違いだ。

あの方がおられるからこそ、

今夜のように、

家計で飲みに行く なんてことができるのだ!

うはははは~
もう酔っとるのか、ワシは。

今日はお店で待ち合わせ。
こうすると、早く飲み始められて、帰りも遅くならないのだ。

でもね、
今日は家に帰ったら、ボロカスに怒られる予定なの。
なぜなら、
プチ一人暮らしだったにもかかわらず、
一切、洗い物をしてないからなのさ!
うはははは~




↑こんな時間だけどクリックしてね。





「お天気がいいと・・・♪」のSoraさんにリクエストをいただき、
どきどきしながら描いてみました。
「サイズは小さめ」という記事用の挿絵です。
こんなんでいいでしょうか?
良かったら使ってやってください。






「君の名は?」(君の名は)

「ウチ、ラムだっちゃ。(うる星やつら)
 私、キレイ?」(口裂け女)

「ドブネズミみたいに」(『リンダリンダ』ブルーハーツ)

「おのれ~、名を、名をなのれ~」(赤胴鈴之助)

「名前はまだない」(『吾輩は猫である』夏目漱石)

「月に代わってオシオキよ」(美少女戦士セーラームーン)

「でっきるっかな?」(『できるかな』NHK教育テレビ)

「アンパーンチ」(アンパンマン)

「イデデイデデイデデェェオ~」(『バナナボート』ハリー・ベラフォンテ)

「やったーやったーヤッターマン」(『ヤッターマン』タツノコプロ)

「ちくしょう、やりやがったな~、倍にして返すぜ」(『嵐を呼ぶ男』石原裕次郎)

「それは論理的でない」(『スタートレック』ミスター・スポック)

「ファイヤー!」(元日本テレビアナウンサー 福澤朗)

「もえ~」(秋葉原のオタク)

「どうした、なにがあった」(『津川雅彦のモノマネ』コージー冨田)

「おうち、焼けてしもうたん?」(『火垂るの墓』スタジオジブリ)

「犯人はこの中にいる」(『名探偵コナン』青山剛昌)

「そんなやつ、おらんやろ~」(大木こだま)

「ちょっと急いでんねん、パーティー行かなあかんねん」(松本人志)

「欧米か!」(タカアンドトシ)

「あ、クララが立った」(アルプスの少女ハイジ)

「取り返しのつかないことをしてしまった。(『機動戦士ガンダム』アムロ)
 スビバせんね」(桂枝雀)

「なぜじゃ~、どうしてじゃ~」(間寛平)

「だって、年頃なんですもの、わかって」(魔法のマコちゃん)

「コノウラミハラサデオクベキカ」(『魔太郎が来る』藤子不二雄)

「お礼にハタを織りましょう。でも・・・(鶴の恩返し)
 決して一人では見ないでください」(映画『サスペリア』キャッチコピー)

「来て見て触って」(富士通のCM)

「いやん、バカ~ん」(林家木久蔵)

「そらぁ、ワイはアホや」(『浪速恋しぐれ』岡千秋)

「さすがわかっていらっしゃる」(大橋巨泉)

「だまれ、小僧!」(『もののけ姫』三輪明宏)

「なんですか~」(明石家さんま)

「てめぇら人間じゃねえ、たたっ斬ってやる!」(『破れ傘刀舟』萬屋錦之助)

「早く人間になりたい」(妖怪人間ベム)

「やめてけれ~」(『老人と子供のポルカ』左ト全)

「誰か、助けてください」(世界の中心で愛を叫ぶ)

「医者はどこだ」(『ネジ式』つげ義春)

「ムダじゃムダじゃ」(『ムーミン』ジャコウネズミ)

「お前はもう死んでいる」(北斗の拳)

「ボエ~」(ジャイアン)

「ばぶ~」(イクラちゃん)

「にゃ~」(猫ひろし)

「もうムチャクチャでごじゃりまするがな」(花菱アチャコ)

「これでいいのだ」(『天才バカボン』バカボンのパパ)



↑ひとつでも知ってたらクリックしてね






月が変わって、同僚O川が引っ越した。
生意気にも家を建てたのだ。

新居の気分はどうだい?
なんてたずねたら、
「ダンボールだらけで辛い」
とのこと。

食器は出してないし、電子レンジの内皿は行方不明だし、
玄関は階段を付けてないのでよじ登らなければならない。
テレビとビデオは接続できてないし、暖房は買ってもいない。
新居もホームレスも変わらないぐらいだ。

話に聞くと、家自体もかなり変わっているらしい。
リビングは全体が一段低いとか、玄関にたたきがないとか、
二階は屋根裏風で壁が斜面だとか・・・


その気持ち、わからないでもない。
私も今の家を建てた時、いろんな理想を並べ立てた。
そのほとんどが、予算と法律のせいで夢と消えたのだ。
おかげさまで、ご近所ぐるりと似たような家ばかりだ。
だから、ある意味O川はがんばったと言えるかもしれない。

さて、生活必需品はいいとして、
装飾関係に関して、この夫婦はちょっと好みがある。
レトロマニアと言ってもいいのではないだろうか。

新しく車も買ったのだが、いまどき550ccのミッション車。
わざわざ探してきたという。
できたら「ガチャコンッ」ってするラジオが欲しかった、と言っている。
家の玄関のドアも、わざわざ京都まで買いに行ったそうだ。

他にも、暖炉は無理だから薪ストーブが欲しいだの、
庭に船の大きなイカリが置きたいだの、
ドアに帆船の舵を飾りたいだの、
ピンボールマシンが欲しいだの、
タイプライターが欲しいだの、

アホか!


いやいや、わかる、わかるよ。
でも、やるならそのうちのひとつにしぼらなければダメだ。
アクの強いものが重なると、アク趣味といわれるようになるんだよ。

欲しいものを全部買い揃える余裕があるからと、
あれやこれやを買いあさった金持ちの家を知っているだろう。
場末のサーカスの団長兼道化役の衣装みたいにけばけばしくて、
落ち着きや優美さからは程遠い、深海の毒ナマコみたいな、
低俗、未消化、ノンセンスな家たちを。

純和風な玄関を入ると、右手に甲冑よろい武者。
左に古代中国の「青磁の大壺」
正面には、謎の木の根っこあたりの輪切りがついたてに。

奥に進めば、床にはトラの皮、壁には鹿の頭と、ウミガメの剥製。
真珠の標本や古銭のコレクション、
床の間に謎の水墨画と得体の知れない丼。
庭には薔薇と盆栽と、焼き物のテーブルセット。

味のわからない洋酒の山と、読んだことない本の棚。
似合わないスポーツカーに緊急避難用キャンピングカー。
五色の鯉にでかい灯篭、なぜだか人工の小さな滝。

どうだ、O川。
おまえはこんなものを目指していたのだぞ。
エセ金持ちめ!
プチ成金め!
会社の先輩として、ひとつ忠告しといてやろう。

今のままで、決して金持ちにはなれません!




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今日は恒例みそか寄席。

今回の企画はお座敷芸。

手品に三味線、記憶術。

手品で千円、出しました。

ラストを飾った幇間(たいこもち)。

気持ち盛り上げる、酒と菓子。

お客はず~っと大爆笑。

終わった時間は0時前。

家に帰ってあれやこれ。

気がつきゃ時間は深夜2時。

わかっているでしょ、お客様。

いつものように、もう寝ます。

それでは皆さん、ごきげんよう。




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