2006年08月

ここでは、2006年08月 に関する情報を紹介しています。
会社で一番若い女の子と話をしていたら、
なんと「五百円札」を知らないと言う。
もうそんなに時代は流れてしまったのか。

その子の数年先輩の女の子は、
「あー知っとる。あの青い人やろ」
青いのは印刷で、人は青くないと思う。
それはともかく、このへんの世代に、
「札」と「玉」の境目があるのか。

私の記憶には、穴の開いてない五円玉や五十円玉が残っている。
かなり幼い頃の記憶だが、穴無しはすでに珍しかった。
たまにおつりに混じっていると、感動したものだ。
確か穴なし五十円玉は百円玉より大きかった。
五円玉の方は逆に小さくて、国会議事堂のデザインじゃなかったかな。
古すぎて自信のない記憶だ。

上司の話になるとさすがに桁が違う。
百円札、十円札、一円札、そして五十銭玉の記憶があると言う。
片や五百円札を知らず、片や五十銭玉を知っている。
年齢差、34歳。

上司いわく、
「落花生をしょうゆ味のコロモで丸めたものが二個で1円だった」
私も1円の商品があったのを覚えている。
「グッピーラムネ」は全国区のお菓子だろうか。
これは一袋10円だったが、
それと同じようなものが5粒、ねじりセロハンにまかれていた。
裸売りのチョークも一本1円だった。

10円出したら夢のようにいろんなものが買えた。
ボンナイフ、ゴムボール、ブーメラン、練り風船・・・
いまや缶ジュースが一本で120円だ。
なんと世の中のものは高くなったのか。
安くなったのは・・・電化製品ぐらいじゃないか。





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私の住む三重県で、かなりの数の犬たちが、
とてもひどい目にあっていました。
彼らに救いの手を差し伸べる人たちがいます。
ショッキングな内容ですが、
できたら読んでいただき、
ご協力をお願いします。


「繁殖場レスキューレポート」

「Wan life 活動日誌」

「Wan life ホームページ」

いつも行っている居酒屋が、
プチ改装オープンだというのでいって来た。
照明と壁紙が変わって、新しく棚が設置されていた。
棚はすぐわかったんだけど、
他は「何かが違うけど、それがなにだかはわからない」
って感じだった。

後から来た常連さんも、
「なにかが変わったようだけど、それが何かはわからんなあ」
と言っていた。
花でも買っていこうかと思っていたけど、
やめといてよかった。

でも、ちょっとだけ上品になった気がした。
改装のために、店の隅にあった荷物が片付けてあったからかな。

人間、上品に振舞うには気を抜いてはいけない。
事務所の女の子が、ズボンのおしりのポケットに、
カッターナイフを入れていた。
パッと見、なんだかわからなかったので、
「ねーやん、ケツになんか刺さっとるで」
と言ってしまいそうになった。
口に出す前に、カッターナイフだと気づいてよかった。
なんとか上品が保てた。
と思う。





世の中とても進んでいる。
気を抜いていると、おいていかれそうだ。

たとえば、音楽。
レコードからカセットテープ、
CD、MD、今では配信されてるとか。
テレビもそうだ。
白黒からカラーへ。
ステレオ、薄型、やがては地上デジタルだとか。

こんなに進歩しているのに、あの配線のめんどくささはなんだ!
テレビとビデオとLDとアンプと有線とDVDをつなぐのに、
どれだけの電線が必要なのだ。
いったい何色の線があったら満足なのだ。

たとえば、
細い線が一本あり、両端に磁石か吸盤がついていて、
機械同士どこでもぴとっとくっつけたら配線完了。
そのぐらいのこと、今の文明ならできるんじゃないのか!


トイレは汲み取りから水洗に、和式から洋式に変わった。
お湯が出て洗ってくれるし、温風が乾かしてくれる。
便座は暖かく、今では人が近づいたときだけ暖かくなるらしい。

それだけのことができるなら、
シャワーの出始めぐらいあったかくできるだろう!


キッチンの収納はすごい。
手で軽く引っ張れば、棚ごとすんなり降りてくる。
下からはボタンひとつでせり出してくる。

それだけのことができるなら、
引き出しの中身がずれたぐらいで開かなくなるなんて、
なんとかできるはずだろう。


料理は進んでいる。
IHのおかげで火は使わない。
電子レンジは勝手に全体を暖める。
冷蔵庫は鮮度を保つし、フライパンはくっつかない。

それだけのことができるなら、
最後に「ズロロロー」って言わないストローぐらい、
開発できんのか。





えらい!と思うのは『エアギター』と名付けた人だ。
世界大会まであるというのが、ちょいと粋で面白い。
おそらく、世界中でかなりの人が
「もし、自分が世界の頂点に立つ可能性があるとしたら、
 この競技以外にはありえない!」
と思ったのではないだろうか。

子供のころはいろんなものをエアったものだ。
そのものを扱う技術がないにもかかわらず、
まるで達人のごとく振舞う自己陶酔。
エアギターはもちろん、
エアそろばん、エアパソコンのキーボード。
この三つは、実際子供に与えると、
エアでなく、むちゃくちゃするので注意しなければならない。

他にも子供のころにやったこと、
エアあやとり。
子供の中にも達人がいたので格好だけ真似をしたものだ。

エア運転。
特にバスの運転が好きだった。
男の子の定番だ。

エア夫婦。
女の子の定番、ままごとのことだ。

エアウエイトリフティング。
何でこんなバカことをやっていたんだろう。
でもやっていた。

エア空手。
結構大人でもやっているのが恥ずかしい。

考えてみると、落語と言うのはエアものの宝庫だ。
なにしろ、扇子と手ぬぐいだけであらゆるものを表現するのだ。
中でもすごいのが『エアそば』だ。
見ているこちらの腹が鳴る。
噺家さんの話によると、気をつけなくてもいけないのは、
手に持っている丼が、気を抜くと皿になっていることがあるらしい。

ウワサによると、ファーストキスの練習のために、
布団や枕相手に『エアチュー』する若者がいるとか。
私はそんなことしなかったが。
しなかったって。

歳をとって頭の薄くなった人が、髪をかきあげるしぐさをする。
エアヘアーだ。
どうかすると、ない髪にリンスやトリートメントをする。
エアヘアケアだ。
断っておくが、私はないわけではない。
短いだけだ。
だから、してないって。





そう、妄想も嘘」のウチダさんのご友人が、
難病で困っているそうです。

ネットのつながりも何かの縁と思い、
紹介させていただきました。

よろしかったら、ご協力おねがいします。


『白石貞一郎君を救う会』




事務所の女の子がメガネをかけていた。
目が悪いとは知らなかった。
普段はコンタクトだったのか。
ちょっと声をかけてみた。

「なんや、メガネなんかかけて」
「うん、今日はメガネ女子なん」

「なんのこっちゃ」
「あ、このメガネはほとんど度ははいってないの」

「なるほど、伊達メガネということか。」
「そう、だからコンタクトはつけとるの」

「・・・どういうこと?」
「だから、メガネ女子なん」

「クーラーつけてコタツに入るみたいな」
「ちがうの。メガネをかけたかったの!」

「要するになにか、ファッションか」
「そうそうそう」

「・・・じゃあ、明日はメイドで」
「いややっ!」


このように、女子はメガネをかけるうっとうしさよりも、
ファッションを優先させるのだ。

私はジムに行った時は、手ぬぐいを鉢巻にしている。
すると女の人たちは、
「あ、今日はスイカの柄ですね」
「今日はブタですね」
「今日のは何ですか?」
と、声をかけてくれる。

それに引き換え男どもは、
「最近、鉢巻の人を見るとこみさんを思い出すわあ」
などと、鉢巻オヤジと同類あつかいだ。

だからやっぱり女子が好き。








「冥王星は惑星ではありませんでした」
なんて発表が行われた。
なんということだ。
今日は世界中でこの話題がブログをにぎわすだろう。
亀田兄弟だとかハンカチ王子だとか、
全然相手にならない。

なんと言っても話が大きい。
9番ライトが補欠落ち、と言うレベルではないのだ。
打者は8人、ライトという守備はなくします、
ってことなのだ。

「水金地火木土天海冥」は
「水金地火木土天海」になる。
・・・気持ち悪い。

「ほ~~~ほけっ」
みたいに不愉快だ。
「♪猫ふんじゃっ」
みたいにいらいらする。
「♪この木何の木気になる」
みたいに落ち着かない。

いっそ、新装オープンを目指して総入れ替えしたらどうか。
「水金地下鉄とっても快適」はどうだろう。
だから「適星」はなくなったというのに。

「最近、つーかボクどーでもいいや」
惑星は減るが、こんな人は多くなった。
おっと、軌道からそれた。

で、肝心の冥王星人はどう思っているのか。
「おいおい、太陽の近くでなんやら言うとるで」
「ああ、あったかいから虫でもわいたんやろ」
なんて感じかもしれない。






しりとりは最後に『ん』のつく言葉を言ったら負けだ。
なぜなら『ん』で始まる言葉がないからだ。
広辞苑を調べてみると『ん』の項にはいくつかの言葉が載っている。
しかし、これらはみんな文法上の『ん』だ。
『ん』で始まる単語はない。

ホントはちょっとある。
アフリカに「ンゴロンゴロ自然保護区」というのがある。
ここがテレビのニュースやドキュメンタリーに出てくると、
まじめな顔のアナウンサーが
「んごろんごろ」
などと言うので笑えてくる。

テレビ番組の『東京フレンドパーク』の中のアトラクション、
『ンゴボコ』は、たぶんこの『ンゴロンゴロ』を、
ヒントに名付けたのだと思う。
今調べてわかったのだが『ンゴポゴ」ではなかったのだな。
『アボカド』のことを『アボガド』だと思っているようなものだな。

落語には『ん廻し』という噺がある。
「みかん」で一本、「ぎんなん」で二本と言うように、
『ん』のつく言葉を言って、その数だけ田楽をもらうという噺だ。

ところで、ひらがなは漢字から変化したものだ。
「あ」は「安」、「い」は「以」、「う」は「宇」だ。
では、「ん」は何と言う漢字が元なのだろう。
調べてみた。
載っていた。
でも読めない・・・
「天+先÷2」みたいな字だ。
なんじゃこりゃ。


さて、今日は何で『ん』についてだらだら語っているか。
実は、ネタを考えるきっかけに、というか、
縛りがあったほうが考えやすいと思って、
6月25日の『朝』以来、タイトルを五十音順に書いてきて、
今日、ついに『ん』を迎えたのだ。

内容に関係なく、タイトルをこじつけていただけだから、
どうってことはなかったのだが、
やっぱり「ぬ」や「る」は辛かった。
これで明日から、好き勝手なタイトルがつけられるぞー。
と、思いつつ、なんだか支えを失ったようでもあるのだった。





若者よ。
些細なことで、人を時代遅れ呼ばわりするのはやめなさい。
確かに、年とともに物忘れが激しくなる。
とっさに人や物の名前が出てこなくなる。
特にカタカナ言葉が思い出せない。
挙句に古めかしい言葉を使ってしまう。

しかし、それがわざとでないとどうしていえるのか。
実はその言い方が最先端でないと、どうして断言できるのか。

たとえば、
先日、私は「パラシュート」のことを「落下傘」と言った。
これを古い言葉だと笑うなかれ。
聞く方の耳が古いのだ。
私が言ったのは
「ラック ア サン (luck a sun)」
なのだ。

「グッドラック」の「ラック」と「太陽」の「サン」
パラシュートがゆらゆら降下してくる様子が、
まるでお日様とお別れしてくるようだ、
というところから発生したスラングなのだ。


若者よ、
「ハンガー」のことを「えもんかけ」と言ったように思うのは、
これも聞き間違いだ。
「エム オン カフェ (M on coffee)」
が正解だ。
この「M」はハンガーに干すランニングシャツの形を表わしている。
ハンガーに干してしまえば、
乾くまではコーヒーでも飲んで待っているしかない、
という意味のスラングなのだ。


若者よ、
「キッチン」のことを「お勝手」と呼ぶのを聞いたことがあるか。
それは
「オーク アット ティー (oak at tea)」
なのだ。
昔のキッチンは、オーク材でできていて、
そこで紅茶を飲んだというスラングなのだ。


若者よ、
「フライドチキン」のことを「鶏の唐揚げ」と聞いたことはないか。
「トリノ カーラ ゲット(Torino curler get)」
トリノでカーラーをゲットしたというスラングなのだ。

若者よ、
このぐらいにしておいてくれないか。





とんでもない事件だ。
JRの列車が無人で8.5キロも勝手に走っていったと言うのだ。
現場はウチから車で1時間の山奥。
旅情豊かなローカル線だ。

原因は運転士が車輪止めを忘れたため、とあるが、
列車自体にサイドブレーキみたいなものはなかったのか。
いくら下りだったとはいえ、踏切を23箇所、
駅を三つも通り過ぎるだなんて・・・
近来、こんな愉快なニュースがあっただろうか。

運転手が列車を止めたのが夜の10時25分。
動き出したと見られるのが午前0時10分ごろ。
これはもう、本人が動きたかったとしかいいようがない。

現場近くに帰省中の女子大生によると、
最終列車が通った2時間もあとに踏切がなり、
窓から見ていたら、真っ暗な1両の電車が静かに走ってきて、
踏切を通り過ぎると盛り上がった部分の途中まで上り、
ゆっくりと戻ってきて踏切で止まったのだそうな。

この線では、つい最近、日本で最後の手動式信号機が、
廃止されたばかりだ。
そこでこう考えてしまう。
全線、信号も踏み切りも自動式になった。
もう危険はない。
だから、一度でいいからひとり気ままに走らせてくれ。
列車自体がそう思ったのではないか。

そうでもなきゃ、停めてから1時間45分もたってから、
そんな長距離を走るだなんて。
ひょっとしたら、電車が運転士に頼んだのではないか。
運転士は、叱責、減俸を覚悟の上で、
たった一度の願いをかなえてやったのではないか。

見た人はびっくりしただろう。
なにしろ山奥のことだ。
狸や狐の仕業だと思ったかもしれない。
でも、フリ-ダム電車は警笛の変わりに
「ひゃっほう」なんて叫んでいたのかもしれない。

もちろん、JRや運転士はボロカスに攻められただろう。
万が一のことを考えたら、ひやひやしただろう。
しかしまあ、たまには「笑い飛ばす」と言う、
今までにない事後処理をしてみるのもいいのではないか。
だって、どう聞いても傑作な話なんだもの。






冷蔵庫・・・
白く、大きく、静かな食材の城だ。
いろいろな食材が訪れ、そして去っていく。
冷蔵庫にいるほとんどの食材は、
素通りか一見さんか短期宿泊者だ。
長居をするものはあまりいない。

ただ居座るとなると、腰が重くなる。
主なメンバーは三種類。
原住民とレギュラーと長老だ。

原住民とは、いて当然のメンバーだ。
なくなると買い足される。
たとえば、卵、牛乳、バター、マヨネーズ、わさびなどだ。
うっかり買い忘れていると悲しい思いをする。

それとちょっと違うのがレギュラーだ。
レギュラーはその家庭独特の常駐メンバーだ。
我が家で言うなら、納豆、紅しょうが、魚肉ソーセージ、
そして一番の顔役はビールだ。
常にいる。
いてくれないと困る。

困るといえば長老だ。
いつまでもいる。
いることを忘れている場合もある。
頂き物であることが多く、冷蔵庫内の定位置をキープしている。

なぜいつまでもいるのか。
使い道がないのだ。
わが家の冷蔵庫を覗いてみた。
最長老は「豆板醤」だ。
なんだか色が白い。
こうなると余計に使いにくい。

ほかにもタバスコ、冷凍のパンの耳、実家でもらった梅酒、
紅茶、結び昆布、プレゼントされたエッチな飴などがある。
どうも使うタイミングを逃しているらしい。

食品以外のものもある。
アロンアルファ、野菜の種、保冷剤、○○の薬。

さらにドアポケットの端っこに、秘密の小箱がある。
もったいない箱だ。
喫茶店で使わなかった砂糖やミルク。
わさびや醤油はスーパーの刺身や寿司のぱっくに入っていた。
餃子や納豆のたれもある。
はたして将来使うことがあるのだろうか。

本当に必要なものだけをいれ、こまめに買い物に行けば、
この半分の大きさの冷蔵庫で間に合うんじゃないかと思う。
一人暮らし用の小さな冷蔵庫。
電気屋さんで見るたびに、ちょっと魅力を感じている。





最近、ルールやマナーを守らない人が多くなった、
と言う声をよく聞く。
そこで私はアメリカのある犯罪者の言葉を思い出す。
「法律なんて愚か者のためにあるのだ」

ある意味、そうなのかも知れない。
みんなが、してはいけないことがわかっていて、
してはいけないことをしなかったら、法律なんていらない。
むしろ法律があるから、
「これは禁止されてないもんね」
なんて考える者が現れる。

愚か者でない私は、ちゃんと自分のルールを決めている。
そのうちのいくつかを紹介しよう。

「駐車場にはなるべく頭からつっこむ」
これは要するに、入るときにバックするか、
出るときにバックするか、だと思う。
めんどくさいことは後回しだ。
一分一秒でも目的地に早く入りたい。
農具を積んだ荷室を見せておけば、車上荒らしにも狙われないし、
ひょっとしたら、帰りには周りに車がいなくなって、
バックせずに帰れるかもしれないではないか。

「プロテインは飲まない」
ジムに通っていると、よく話題に上がるプロテイン。
勧められることもよくある。
しかし、私がジムに通う名目は「健康のため」なのだ。
それが、ひとたびプロテインを口にしたら、
「ムキムキになるため」が目的になってしまうのだ。
当然、みんなの見方も変わる。
「健康のためにしてはいい体だね」が
「プロテイン飲んでるにしてはぶよぶよだね」
とブロンズ像とぷっちんプリンぐらいの差が出るのだ。

「預金をおろすときは8千円」
私は貧乏性な上に貧乏だ。
長年の小遣い生活で気づいたことがある。
1万円おろしても8千円おろしても同じようになくなる。
まず、一万円札はくずすときに減る。
たとえば、コンビニで一万円をくずすのに、
缶ジュース一本じゃ申し訳ない気がする。
そこでつい、カレーパンやゆで卵まで買ってしまうのだ。

それに、一万円おろすといつまでも一万円あるつもりでいる。
なのに、ふと気がつくと、1200円しかないのだ。
で、銀行に行く。
一万円おろしたときの残高が6万円だったとしよう。
8千円派は「6万なにがし」残している。
この「なにがし」とは英語で「プラスアルファ」だ。
ここでもう一回預金を引き出す。
すると「なにがし」が増える。
この「なにがし」で一杯飲みに行くのが、
貧乏性で貧乏な者にはたまらんのだ。

え~と、なんの話やったっけ?





盆休みが明け、昨日から会社に行っているが、どうも調子が出ない。
調子が出たからといってよく働く訳ではないのだが、
調子が出ないとより働かなくなる。
悪いのは私の性根ではなく、この暑さなのだ。

暑いと睡眠不足になる。
汗をかくので体力を奪われる。
ほかにも細かいことで影響が現れている。
たとえば、机に乗せていた腕を持ち上げるとき、
汗で粘着力が増していると、肌がさらさらのときよりも、
余分にエネルギーを消費しているに違いない。
こういう細かいことの積み重ねが夏バテの原因なのだ。

と言うわけで、今朝はコンビニに寄ったのだが、
ま、そんなことはさておいて、


←このへんにクリックするところがあるよ。 

 やっぱりうっとうしいですか?


で、
「滋養強壮と肉体疲労時の栄養補給用どりんく」
の売り場に行くと、似たようなものがいっぱいあった。
リゲインだのアスパラだのアリナミンだの
コマーシャルで聞き覚えのある商品がずらりと並んでいる。
しかし、私の中ではこれらの総称が「リポD」なのだ。

このような業界内で代名詞として使われる商品がいくつかある。
ただし、それは人によって違うらしい。

たとえば、ちょっとしたキズに貼るバンソウコウ。
私は「バンドエイド」と呼ぶのだが、
会社の同僚のK氏は「サビオ」と言う。
彼はイナカモノなのだ。

寝るとき、足がだるかったり、肩が凝っていたりすると、
「サロンパス貼って」とちづるに頼む。
すると必ず
「トクホンじゃ」
と訂正される。
ヤツはガンコモノなのだ。

ほかにも殺虫剤は「キンチョール」
使い捨てカイロは「ホッカイロ」
入浴剤は「バスクリン」と言ってしまう。

このように、ひとつの商品名がそのジャンルになってしまう
というのはすごいことだと思う。
世の開発者たちは、みんなこのレベルを目指しているのではないか。

私の夢は、世の中の人々がパソコンを立ち上げるときに、
「さて、こみ箱でも見るか」
というようになることだ。






左の『プロフィール』欄を見ていただきたい。
自画像の下に、なんやかんやと紹介文があり、
その下に「クリックしてね」と書かれたバナーがある。

それがこちらの枠内、
たとえば、↓ ↓ ↓

      ↑ ↑ ↑こんなところにあるブログを見る。

ここもそのようにしてみたいと思ったことがある。
しかし、私にはその能力がない。
今まで面倒なことは全てちづるに任せていた
こんなことではいかん。
なにかひとつぐらい自分でやってみなくては。
で、考え付いたのがこれだ。

←このへんにクリックするところがあるよ。


これが私の限界だ。


考えてみれば、今までいろんな場面で順位をつけられてきた。
テストの点だとか運動会だとか身長だとか収入だとか。
しかし、日々変動する「ランキング」と言う場に身をおいたのは、
人生で初めてなのではないだろうか。
なんというか、世の中、変わったなあ。

ところで、順位といえば、一位になったことがない。
そりゃ、細かい事ではある。
仲間内でうしろ走りが一番早かったとか、
鉄砲で撃たれて死ぬマネが一番うまかったとか・・・
しかし、人様に自慢できる一位が思い浮かばないぞ。

うーん、うーん、
昨日の「時効ネタ」はすぐ浮かんだのに・・・





『半落ち』で有名な横山秀夫の短編集を読んだ。
本屋でなんとなく見つけて、
オビに「この本はおもしろいぞ」ってなことが書いてあって、
裏表紙の解説が面白そうだったので買ってみたのだ。

もちろん、オビや解説に「面白くないぞ」とは書かないだろう。
最近は作家同士で論争することもなく、
お互い褒めちぎりあいだからよい本を探すのは難しい。
こちらの選択眼が試されているようだ。

で、結果、この本は、大当たり!
面白いとか泣けたと言うより、
「うまいっ!」とただひたすらに感心した。

特に、ある一編では、
短い作品の中に盛りだくさんの内容を詰め込み、
隙間も余分もなく、滑らかに進行させて、
よくぞ見事な着地を決めたものだと、拍手を送りたい。

ジャンルは警察小説。
六つの短編は、ある県警の捜査一課という共通の設定で、
登場人物も同じだが、主人公は毎回違う。
ミステリー的な謎もあるが、主眼は別のところにある。

これから読む人もいるだろうから、詳しくは書けないが、
読み終わった人と、あれやこれや語り合いたいなあ。


さて、この『第三の時効』を読んで、もうひとつ思ったことがある。
人間誰しも人にいえない恥ずかしい話があるだろう。
その話、時効は過ぎていないだろうか。
私にも三つぐらい時効が来ているはずだ。



第一の時効
むかし、『うる星やつら』のファンクラブに入っていた。



第二の時効
むかし、『欽ちゃんの仮装大賞』の予選を受けたことがある。



第三の時効
むかし・・・
お~っと、
これはまだ時効が過ぎていなかった。
危ない危ない・・・






今日は盆休みで唯一の遠出。
滋賀県は彦根市、彦根城へ行った。
久々の丸ポスト狩り、
久々の高速道路だ。

高速道路はゆっくり走るに限る。
信号はない、踏み切りはない。
歩行者はいない、自転車はいない。
道幅は広い、景色はいい。
こんな素敵な道を、何でサッサと通り過ぎるのか。

こんな話をしていると、
「どこそこまで何分で着いた」だの、
「時速何キロ出した」だの、
勘違いして自慢するやつが多すぎる。
まるで自分が速いように思っているが、
速いのは車なのだ。
えらいのはその車を作った人なのだ。

私はなぜゆっくり走るか。
それは疲れるからだ。
速く走るためにはアクセルを踏まなくてはならない。
アクセルを踏むためには、足首を伸ばさなければならない。
これがしんどいのだ。

自分の楽な足首の角度で運転する、
これが私の理想だ。
だから、逆に自分より遅い車がいたら追い越す。
ちょっと無理して足首を伸ばし、
追い越してからマイペース&マイポーズに戻る。
抜かされるのは一向に構わない。
どんどん先に行ってください。

ただし、足の角度が同じ場合、
上り坂になり、エアコンをかけていて、
助手席にちづるが乗っていると、
ものすごい低速になっていることがあるので要注意。
人様の迷惑になるようなスピードじゃちょっと困るから。

こんな呑気なことを行っているのも理由がある。
私の住んでいるのは観光地伊勢。
お出かけ時も、帰宅時も、渋滞してるのは反対車線なのだ。
うふうふふ。

えらそうなことを言ったが、
彦根では丸ポストを見つけるために、
同じ交差点を6回も通って疲れ果てたのだった。





今日は、トウモロコシとトマトを収穫。
採るだけ採ったら、即、帰還。
畑は荒れ放題だが、かまっている暇はない。
保存のためにトウモロコシを茹でなければ。

まずは外でトウモロコシの皮を剥き、嫌な気分で毛をむしる。
やはり虫食いだらけだ。
なにしろ、無対策の放任菜園。
ムシさんのおこぼれを頂戴するシステムになっている。

台所に運び、お湯を沸かしながら虫食い部分を切り落とす。
一度にたくさん茹でるに、なるべく短くしておきたいのだ。
今日の収穫は16本、できたら3回で茹でたい。

第一弾を茹でながらトマトの選別。
今年はなぜかたくさん割れてしまったので、
トマトとして食べるのと、ジュースにするのをわける。

シンクにムシさん発見。
トウモロコシにつくおなじみのイモムシだ。
さようなら、流れていってくださいな。

第二弾を茹で、よいトマトを冷蔵庫にしまう。
割れトマトの悪い部分を切り落としていると、
蛇口にうごめくあの姿。
お前ここまで登ってきたのか。
ご苦労、だがもう一度流れていってくれ。
じゃー。

第二弾が茹で上がり、第三弾投入。
トマトは切り終わり、トウモロコシ茹でも終了。
茹で汁をシンクに流し、目を閉じる。
「ムシさん、今度こそさようなら。これがとどめです」

次はトマトをミキサーにかける。
3回で1リットル半ぐらいのジュースができた。
ペットボトルと広口ビンに入れて冷蔵庫へ。

トウモロコシもトマトジュースもできたが、
もっとできたのが生ゴミだ。
今の季節はすぐに臭くなる。
よし、畑に埋めに行こう。

玄関を出るとすぐ、首筋に何かが。
「蚊か!」
と思いとっさに払うと、足元に落ちたそいつ。

ああっ、お前は!
生きていたのか・・・






私は年齢の割りにお肌がきれいなんじゃないか。

なにしろあれだけの汗と垢が出る。
新陳代謝が活発なはずだ。
キズの治りも早い。

そう思って、ちづるに聞いてみた。

「私は年齢の割りにお肌がきれいなんじゃないか?」

返事は

「尻を出すな」


だけどクチビルはアレアレだ。
夏でもリップクリームが手放せない。
しかもリップクリームを塗ると、
リップクリームの表面がギザギザになる。

だから、チューは、クチビルよりもお尻に。


おしまい


なに?
普段より短い?
だって夜更かしはお肌に悪いんだもの。

4時間もうたた寝したけど。





残念なことに、私の住んでいる地区は、
世界で一番バカな自治体だ。

何もせずに2時間も3時間も待たされるドブ掃除。
名前だけを見て投票する役員選挙。
先日、よその班の公園の草むしりは、
「暑いから」と言う理由で朝6時半から行われたとか。

8月14日は手筒花火の日だ。
われわれ班長にその日の進行表が配られた。

朝8時に集合。
昼まで準備。
昼食後、5時まで自由時間。
その後、花火と踊りの警備をして、
深夜0時から後片付け。


ふざけるなー!


この花火、「大念仏」と言ってお寺の行事なのだ。
何で宗教の行事を強制されねばならんのだ!
しかも朝早くから深夜まで。
「お昼のあとは5時まで自由時間」
???

「すいませんが手伝ってください」
とでも言ってくるのならまだしも、
「この時間は好きにしていいよ」
とはナニサマのつもりじゃー!

盆なんて、各家庭でも、実家に帰ったり、
兄弟が帰省したりするのだ。
見ず知らずのご先祖様のお相手しているヒマがあるか!

誰がこんなことをやりたがっているのか。
花火の保存会があるのだ。
ところが、その花火の会の人が、総会のとき嘆いていた。
「若い者はやりたがらない、保護者は理解がない」
おまけに、役員のトップは辞めたがっていて、
花火の製作小屋の地主は返還を迫っている。
花火が終わり、踊りになるとみんな帰ってしまう。
だから「踊りも見てやってください」と回覧が回る。

要するに、やりたがっているのは一部の大人だけなのだ。
にもかかわらず、区の予算のほとんどがここに持っていかれるのだ。

うー、いかん。
体温が上がってきた。
また、寝られそうにない。






ここしばらく、趣味の中華そばめぐりを休止している。
市役所、庁舎、総合病院の各食堂は、夏場のメニューは、
冷やし中華が中華そばに取って代わっていた。
続きはどうやら秋になりそうだ。

そうなると、しばらくやんでいたコンビニ熱が息を吹き返す。
ついつい寄り道してしまう。
店に入ると、買うのは一品ではすまない。
カレーパンを買うつもりが、
ゆで卵とチョコレートとスルメとリポDが追加される。

なぁに、チョコやスルメは非常食としておいとけばいい。
そう思っていながらも、宵越しの食料は持てない性分。
食べ物を持っていると、それを食べてしまうまで落ち着かない。
それが、食いしん坊なのだ。

同僚O川は、疲れると食べたくなくなると言う。
上司Tは必要量食べたら、あとは平気で残す。
私にはできない芸当だ。
二日酔い以外の理由で食事を抜くことはまずないし、
出された料理は全部食べる主義だ。

私は残すのがキライだ。
だから多少作りすぎても、無理して食べる。
どうしても食べきれないときは、繰り越しになる。
繰り越されたおかずは、次の食事で復活する。
汁物になったり、卵とじになったり、麺がプラスされたり、
必ず量が増えて復活する。
そしてそれを残さず食べる。

たまに食べ過ぎて苦しくなる。
若いときのように胃腸が働いてくれないらしい。
そんなときはこう考えている。
「ああ、この苦しさ、なにを食べたら直るだろう」

悔しいのは、こうやって蓄えた栄養が、
自分の思った部門にまわされないことだ。
どんなルートを使っているのか、
胴回り部門が、栄養独り占め。








言葉とは、便利な反面、もどかしいものだ。
たくさんの言葉を使って伝えようとしても、
なかなか簡単には伝わらない。
味、ニオイ、手触り、音、恋心・・・

たとえば、色を電話で伝えようとしても、
「赤」とは伝わっても「どんな赤か」は説明しにくい。
「郵便ポストの赤」などと、共通の認識にたとえるしかない。

さて、
「耳たぶ」は共通の認識か?

人はそれぞれ違う。
筋肉の量も違えば、毛の生える時期もまちまちだ。
ひょっとしたら
「鉄の耳たぶを持つ女」
と、呼ばれている主婦がいるかもしれないではないか。

私は「耳たぶの固さ」と聞くと粘土を思い出す。
人はそれぞれなのだ。

子供のころ、お菓子か何かの金属の箱を「粘土箱」にしていた。
固さの違う二種類の粘土と、粘土を切る金属板を入れていた。
作るのはもっぱら怪獣。
使うのはやわらかいほうだけだった。

怪獣を作っては、ちぎったり切ったりつぶしたり。
「どぅば、ぐどぅゅぶでゃばっ」
などと叫んでは、残酷行為をくり返していた。
固い方の粘土は「体の固い怪獣」という設定になっていた。

粘土で作る怪獣は小さい。
大きい怪獣を作りたいと思って、
二つの粘土を混ぜようとしたができなかった。
大人になったら、やわらかい粘土をいっぱい買って、
びっくりするぐらい大きい怪獣を作りたいと思っていた。

その夢はまだかなっていない。
粘土を大量に買うお金がないのだ。
なにしろ、お金持ちにはなれない耳たぶなのだ。





今日は会社が休みの番だったので、朝から畑に行った。
朝とは言っても、ぐずぐずしていて、すでに外は灼熱地獄。
休日の炎天下の畑という、一番おろかなパターンになってしまった。

トマトの収穫やナスの剪定をしていると、
この暑い中でも蚊が寄ってくる。
手に道具を持っているので叩くこともできず、
いいようにあしらわれてしまった。
コンビニにいって虫除けスプレーを買ってきたが、時すでに遅し。
スプレーを買った店の駐車場でムヒを塗った。

草取りやら水遣りをしてすぐに汗だく。
たぶん、何もしなくても汗だくだろうに、
その上働くんだから、汗の瓶詰めみたいになっている。
車の運転席に新聞を敷いて帰宅した。

シャワーを浴びたら、蚊に食われた跡がよみがえってきた。
あちこち食われたので、どこがかゆいのかわからなくなってくる。
日焼けのせいで首の後ろもむずむずする。
麦わら帽をかぶってた頭もかゆい。
しかも、私はアセモができやすいのだ。

扇風機で全身を乾かす。
これが案外難しい。
曲がる部分や隠れている部分を乾かそうとすると、
逆にどこかが隠れてしまう。
これが扇風機の前でタコ踊りみたいになる原因だ。

大の字になったら全身乾かせそうだが、実際はそうではない。
脇も股も膝裏も首筋もオープン状態の、
「柔道の試合開始のポーズ」をしても隠れている部分がある。
それは、オシリとフトモモの境目のラインだ。

ここに風を通そうと思ったら、
足を上げるか前かがみになるしかない。
そうすると、ほかの多大な部分が隠れてしまう。
だからどうしてもシリモモラインが犠牲になりやすい。
ここにアセモができやすい訳だ。

就寝前、クーラーの聞いた寝室のベッドでアセモの薬を塗る。
ムヒも塗る。
オロナインも塗る。
ほかにも塗る。
枕元は薬だらけ。
そのうち、指が足りなくなりそうだ。






ここんとこ天気がいいのでずっと自転車通勤だ。
何よりも学生たちが夏休みなので、通勤ロードが気持ちいい。
自転車密度が中国と長崎ほど違うのだ。
それでも、通勤自転車が通る歩道には敵が多い。

走る幼児。
うしろからまだ若いお母さんが
「○○ちゃん、だめよ~」
などと叫んでる。
○○ちゃんは突然止まるし、振り返るし、奇声を上げるし、
横っ飛びするし、しゃがみこむし、自転車を見ていない。
しかも、接触したら確実にこちらが悪者だ。
最も間合いを取らなければならない敵だ。

立ち漕ぎの小学生。
朝っぱらからものすごく急いでいる。
自転車を左右に振って立ち漕ぎするので抜きにくい。
抜こうとすると意地を張る。
でもスタミナがないのでやがて抜かれる。
すると道の反対側に渡っていく。
なんじゃそら。

中学生の群れ。
クラブに行くのだと思う。
全員ジャージですごい数だ。
すれ違おうとしても道一杯だ。
以前「一列になれ!」と怒ったことがあるが、
奴らには無理なのだ。
一人一人はなんとなく進行方向に向かっているだけなのだ。
いわば、羊の群れみたいなものだ。

二人乗りの高校生。
アベックだ。
なぜか女子が運転している。
たぶん男子は後ろでえっちなことを考えているに違いない。
同僚O川が配達中、アベックの二人乗りを抜けずにいた。
ふらふらするので危なくて近寄れない。
そのうち、そのアベックは田んぼに落ちていったそうだ。

犬の散歩。
飼い主はなるべく左端の影を歩く。
犬はなるべく車道側の街路樹のにおいをかぐ。
おかげでリードがゴールテープみたいに道をふさいでいる。
仕方がないので車道に出ると、
こっちがクラクションを鳴らされたりする。
犬笛クラクションもオプションでほしい。

しかし、たぶんあちらから見れば、
私が敵なのだろうなあ。
これは行政が悪いのだ。
車道と歩道だけというのが間違っている。
道路は、
車道、自転車道、ペット道、学生道
子供道、歩道、アベック道、たんぼ、
このようにちゃんと区別してもらいたい。






元祖顔文字とも言うべき、

  へ へ
  の の
   も
   へ  じ。

誰が考えたかは知らないが、たいしたものだ。
瞳の大きな目、
恥じらいを表す鼻の横棒二本。
少女マンガに通じるものがあるのではないか。
ただ残念なのは、輪郭を表わす「じ」だ。
ひらがなしか一般的でない時代に考えられたのかも知れないが、
あまりにも安易過ぎる。

※ここからは紙と鉛筆を用意して読んでください。

まずは「へのへのもへG」
踊りながら歌う人のマイクがついているみたいでかっこいい。
固く結んだ口が、戦闘機のパイロットの様でもある。
「了解(ラジャー)」なんて言ってそうだ。

「へのへのもへつ」もいい。
なんだかエルビス・プレスリーみたいだ。
特に「つ」を毛筆風に書くと、
リーゼントともみあげに見える。

輪郭じゃないが「へのへの∞もへじ」にすると、
鼻めがねをかけたインテリ風。
「へのへのもへ~~」と描くと、
フラダンスっぽく見える。


さて、「へのへのもへじ」には、もうひとつ注目点がある。
「へ度」の高さだ。
7文字中3文字が「へ」だ。
さらに「も」も入っている。
「へ」と「も」といえば、
「ひらがなとカタカナが似ているベスト3」の一位と三位だ。
ちなみに、二位は「り」だ。

せっかくなので「ヘノヘノモヘジ」を試してみよう。
お、さすがカタカナ。
ちょっと白人の少年っぽくなったではないか。
鼻はだんごっ鼻になったが、輪郭がスッキリした。

描くときのコツは「ジ」の左のちょんちょんを、
チェッカーズの立てた前髪のように、
下から跳ねる部分を左頬だと思うことだ。
濁点は「へ」より上につけるといい。
ほら、「へのへのBOY」の完成だ。

※注意点
「そう見えないぞ」
と言う前に、なるべくそのように描くこと。

なお、「つる三ハ○○ムシ」バージョンの発表は未定です。





A、I、U、E、O
K、S、T、N、H、M、Y、R、W
G、Z、D、B、P

これは、五十音に使われるアルファベットだ。
日本語はこれだけあれば表現できる。
つまり、日本人のイニシャルはこの19文字で十分なのだ。

なのに、それ以外の文字を使いたがる日本人。
たとえば「J」
じゃ、じゅ、じょ、に使う。
なぜ「じゃじゅじょ」だけ「Y」を使わずに表せるのか、
不満は残るが、このおかげで助かる人たちがいるのだからいいだろう。
ジャタロウ、ジュンイチ、ジョウジたちだ。

それから「L」
ラ行で「R」のかわりに使える。
最近は和洋折衷の名前が多いので、
「リンダ」なんて名前だったら「L」が使いたいかもしれない。
あるいは、野球好きの家に双子が生まれたら、
「レフト、ライト」なんて漫才チックな命名をしたくなるだろう。
そんなときはぜひ「R」と「L」を使い分けてもらいたい。

ひょっとすると、イニシャルはもっと進化する可能性がある。
「きゅうべえ」に「Q」
「びーと」に「V」
「くすお」に「X」を使うようになるかもしれない。

さて、意図的に書かなかったアルファベットが二つある。
ちづるの「C」と、フンボルトペンギンの「F」だ。
この二つはずるい。
それぞれ「ち」「ふ」一文字にしか使われない。
なぜ「T」や「H」ではいけないのだ。

特に「F」はずるい。
なぜならかっこいいからだ。
藤、福、古、笛、深などの文字が「F」ではじまる。
しかし私がかっこいいと思うのは
「F・○○」という形だ。
つまり名前が「ふ」ではじまる人だ。
身の回りで考えてみた。

岡本富士太(役者さんだ)
近藤房ノ介(タッタタラリラ)
峰不二子(ルパンⅢ世)
磯野フネ(サザエさん)
冬彦さん(変態)
フー太(レッサーパンダ)
福松(私の母方の祖父)

ううむ、
「F・○○」はかっこいいが、
フルネームにすると、ちょっと「古ネーム」だなあ。