2006年06月

ここでは、2006年06月 に関する情報を紹介しています。
珍しくジムでシャワーを浴びたりしたのがいけなかったのだろうか。
それとも帰りの居酒屋で酒がいっぱい余分だったのか、
家に帰ってからの焼酎が余分だったのか、
目覚めたら5時。

みなさんスイマセン、今日からちゃんとやります。
そして今から二度寝します。




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私は仕事場では、エプロンをしている。
商品を前に抱えることが多いので、
Tシャツやズボンの下腹当たりが擦り切れてしまうのだ。
おそらく商品とベルトのバックルにはさまれてしまうのだろう。

仕事中はいいが、会社帰りにセレブのパーティーに誘われたり、
テレビのインタビューを受けたりする可能性がないとはいえない。
そんなときに穴あきの衣装を着ていてはみっともない。
いわば身だしなみのためのエプロンなのだ。

先週までは「前掛け」だった。
帆布製の四角に、紐がついただけで、ポケットはひとつ。
下腹スポットは擦り切れていて、ビニールテープで補強してある。
ポケットもどこかに引っ掛けて破れたのをテープでごまかしている。
本来、帆布の薄クリーム色だったのだが、
まるで解体工事現場の足拭きより薄汚れている。
いっそ、穴あきの方が恥ずかしくないような前掛けだった。

というわけで、今週から二代目へバトンタッチとなった。
今度のは「前掛け」ではない。
正真正銘の「エプロン」だ。
どこが違うのか?
そう、おしゃれなのだ。

ヒラヒラが短い代わりに、腰をぐるりと覆うので、
ぱっと見、ミニスカートのように見える。
色は黒。
今風の居酒屋や美容室とか花屋さんなんかで、
若くてすらりとしたスタッフがよく使ってる。

ポケットは大きくて、いくつかに仕切られているから、
仕事用のアイテムをうまく収納できるの。
腰ひもは長いんだけど、ちゃんとループがついてて、
体の横に結び目を作れば、それも素敵なワンポイントアクセント。

ホントはもっと長いデニムの前掛けもあったんだけど、
機能的ってことと、やっぱりスタイルは重要よね。
てきぱき仕事をこなす有能な人に見えるかなって、
ちょっぴり背伸びしちゃった。
でも、ユニフォームがかわいくなるだけで、
仕事のやる気もダンゼン違っちゃうんだもん。
うふ。





先日、ちょっと目が痛いような気がした。
乾燥してシバシバ痛いのではなくて、
筋肉痛みたいな痛さだ。
原因はわかっている。
夜更かしと、パソコンの見すぎだ。

かといって、パソコンはやめられない。
対応策として、サングラスをかけることにした。
薄い色だが、目の負担を少しは緩和できるのではないか。
しかも、インテリ気分も味わえる。

いつだったか、友人Fのサングラスをかけてみたとき、
「案外似合うな」
と言われたのを真に受けて、安物を買ってしまった。
顔に奥行きのある私には、ちょっとつるが短い。
本来耳にかかるべきカーブがこめかみの辺りにある。
耳に乗っているのは、つるの先端だ。

「これは人前ではかけられんな」
と、ちづるにいわれてしまったので、
しまったままだったサングラス。
これを出してきてインテリごっこに使っているのだ。

これが功を奏したのか、それ以来目は痛くない。
サングラスはガラクタ行きを免れたし、
ときどき指先で持ち上げて、ニヤニヤすることもできる。
目が悪いわけではないので、うっとうしくなったらはずせばいい。

ただひとつ、困ったことがある。
ときどき、目の端っこの方にあらぬものが見えるのだ。

もちろん、レンズの汚れだとか、フレームの反射だと思っている。
しかし、それはあとでつけた言い訳で、
「見たっ!」と思った瞬間はどきん!とするのだ。

たとえばサブリミナル効果なんてのは、
見えてないようでも、脳には見えていることがあるという証明だ。
実際には何かを見ているのに、
深層心理が「あんまり怖いから見なかったことにしよう」
と判断したのかもしれない。

では、本当に何かを見ているのだとしたらそれは何か?
私には思い当たる節がある。
それは、
「いつも私がウトウトしている間にブログを書いてくれるコビトさん」
ではないだろうか・・・





授業での「生物」は大嫌いだったが、
ドキュメンタリー番組の生物モノは好きだ。
特に進化がらみのときはおもしろい。
今「へんな生き物」などという本が売れているらしいが、
ホントに「なんで?」と言いたくなる生き物がいる。

そう思うと「ヒト」という生物はつまらない。
なんだかんだ言っても、みんなおんなじ「ヒト」だ。
もっと多種多様に分化していたら面白いのに。


    ぽわぽわぽわわわわ(効果音です)


「ホオジロの親分、オレを組に入れてくださいっ」
「ダメだダメだ、とっとと帰んな」
「どうしてダメなんっスか」
「若ぇの、極道にアメリカンショートは似合わねぇんだよ」
   (※いわずと知れたかわいい猫、アメリカンショートヘア)


「ちょっと、あの人いつもきれいよね~」
「ホント、まるで妖精みたい」
「でもあの人の人種、ハダカカメヒトなんだって」
   (※流氷の妖精クリオネの和名はハダカカメガイだそうで)


「部長のお宅では、毎日奥様が三つ指ついてお出迎えだそうですね」
「ああ」
「うらやましいなあ」
「でも、家事は一切せんぞ」
「え、そうなんですか?」
「あいつ、ミツユビナマケヒトなんだ」
   (※ミツユビナマケモノってのがいるのです)


「ねえねえ、ジャニーズのジュニアで誰が一番好き?」
「もちろんタカアシ君よ。足が長いんだもん」
「アタシはエリマキ君だな。だってゴージャスでしょ」
チョウチン君に決まってるじゃん。ほら、あれ、光るのよ」
   (※タカアシガニ、エリマキトカゲ、チョウチンアンコウです)


    ぽわぽわぽわわわわ~


こんなくだらないことを書いていたら、
懐かしいことを思い出してしまった。
ある年代には、覚えている人もいるだろう。
名作特撮ヒーロー「マグマ大使」に登場した、
ニンゲンモドキ』を。





私は夏がキライだ。
汗をかく、アセモができる、
クモが出る、蚊が出る、
雑草が生える、野菜が枯れる、
みんないやだが、一番こたえるのは眠れなくなることだ。

これがおかしなもので、うたた寝、昼寝はできる。
なのに、夜、寝床で寝られない。
おかげで生活のリズムが、ちんどんブルースだ。

ゆうべも、11時ごろ風呂に入ろうとリビングに行き、
ころんと転がったら寝てしまった。
目が覚めたのは1時。
ブログを書くのはあきらめよう。

シャワーを浴びて、ベッドに入ると寝付けない。
マッサージ器で足の裏をどかどかやったがダメ。
そうしているうちに、どんどんふとんが暖まってくる。
寝られないので、2時に自分の部屋に行きブログを書き始めた。

寝たのは4時。
次の日が休みだと思って、夜更かししてしまった。
なのに目が覚めたのは7時前。
発熱体ちづるのおかげで部屋があたたまっている。
リビングに下りていき、転がって目を閉じる。

8時に起きて朝食。
9時半ごろから畑に行き草むしり。
昼前にナスを2個発見。
ホントなら、朝一に収穫しなければならないのに。
一個は川に流して豊作を祈った。

お昼に戻り、食事と買い物に行き、
2時ごろから昼寝。
3時に部屋を変えて昼寝の続き。

今日は友人と焼肉に行く約束だったので、
4時過ぎに起きた。
友人を迎えに行き、目当ての店へ。

駐車場に入ると、店員さんたちが輪になって、
挨拶の練習をしている。
私たちに気がついたひとりが走ってきた。
「ただいま朝礼中なので少しだけお待ち願えますか」

夕方5時なのに朝礼?
水商売の挨拶は一日中
「おはようございます」
なのだそうだが、朝礼まで?
なんだか一日中、朝みたいな日だ。

焼肉屋でビールをいっぱい飲んだので、
またうたた寝をしてしまった。
今、モーレツに眠い。
もう、これも終えて寝ることにしよう。





くどいようだが、私は今、中華そばに凝っている。
昼休みに自転車でいける範囲にある中華そばを制覇しようと、
あちこちの店を巡っている。
もちろん当たり外れはある。
入ってみたら中華そばをやってない店もあった。
訪れた店は50軒を越えた。

どうしても、行きにくい店、行きたくない店は後回しになる。
残っているのは「残ってしまった店」だ。
こういう企画をしていなかったら絶対に入らないであろう店も、
チェックしておかないと完全制覇とはいえない。
「どうせいずれは行くのだから」
そう思って、今日もとある店に行ったのだ。

伊勢神宮参拝の観光客相手の店、だったのだと思う。
そのさびれ感は凄まじい。
店の前のショーケースは「見ちゃダメ」レベルだ。
しかし、入り口のサッシには「営業中」と書かれていた。

中に入って、一目で「しまった!」と後悔した。
入り口のついたてが目隠しになっていて、
入らないと店内の様子がわからないようになっていたのだ。
おじいさんがいて「いらっしゃい」と言われてしまった。

広さはかなりある。
4人がけのテーブルが六つ。
10~12人がけが三つ。
さらに座敷もあったようだが、ガラクタで埋もれている。
テーブルも奥のほうは雑誌や新聞が積んである。

「中華そばください」
とりあえず、注文した。
「あ、中華そばないんです」
ここで
「それならいいです」
と店を出ればよかったのだ。
しかし、老人が間髪をいれず、
「伊勢うどんなら」
と言った。
「じゃあ伊勢うどん」
うっかり注文してしまった。

『伊勢うどん』とは、伊勢の名物で、
太くて柔らかいうどんに、たまりベースのたれをかけたものだ。
「伊勢うどんなら、買ってきた麺とたれだから大丈夫だ」
そう思ってしまったのだ。
もし、
「定食なら・・・」
なんて言われたら、土下座して勘弁してもらうところだ。

おじいさんが歩きにくそうに厨房に入っていくと、
代わりに、歩くのが極めて遅いおばあさんが水を持ってきてくれた。
なぜか胸元がすごく開いたよそ行き風の服を着ている。
どうぞ、といって扇風機をこちらに向けてくれた。

表の看板にも大きく書いてある中華そばはないというのに、
壁に貼ってあるメニューの数はやたら多い。
うどん、そば、丼モノはもちろん、
サザエのつぼ焼き、てんぷら、ビフテキまである。
さしみ・・・恐ろしい。

「早くできます、牛丼、カツ丼」
と書いた張り紙があった。
絶対、早くできない。
その証拠に、伊勢うどんすら早くできなかった。
しかも運んでくるのがさらに遅い。

伊勢うどんにはトウガラシがつき物だ。
おいてある七味は少ししか入っていない。
しかも、粉末であることをやめている。
七味無しで食べて、500円払って、逃げるように店を出た。
伊勢の人ならわかるだろう。
伊勢うどんの500円は観光客値段だ。

すぐに、近くのコンビニで小さい冷やし中華を買った。
腹が減ったのではない。
口直しがしたかったのだ。





更に、
もっとセンスが悪いと思えるものがある。
巨大料理だ。

ビッグラーメン。
ジャンボカレー。
びっくりうどん。
2~3人前の大盛りなら笑って許そう。
丼からはみ出す天丼ぐらいは大目に見よう。

しか~し、
テレビのレポーターがおおはしゃぎで紹介する、
常軌を逸した巨大料理たち。
高さ1メートルのパフェだとか、
壺に入ったラーメンだとか、
バケツで作るプリンだとか、
見ていて不愉快になる。

作る店も店なら、取材するテレビもテレビだ。
本人は話題作りのつもりかもしれないが、
巨大料理と言うのは一番安易でレベルが低い。

今までテレビで見た中でサイテーだったのは「巨大すし」だ。
板の上に伸ばした酢飯に、小切りしてない赤身のかたまり。
タコなんか、丸ごと一匹乗っている。
でも、これは寿司じゃない。
料理ですらない。
うまそうに見えない上に、うまいはずがない。

落語に「上燗屋(じょうかんや)」と言うのがある。
熱すぎもせずぬるくもない、
ちょうどいい温度の熱燗を飲ませる店のことだ。
現代の飲食店にはこの気概が足りない。
なぜ「ちょうどいい」を売りにできないのだ。

ちょうどいい量、温度、辛さ。
どうして好みを知ってるの?と言いたくなるトッピング。
手になじむ食器に、大好きなカラーコーディネート。
素材は持病に効くもので、一番凝っているところをもんでくれる。

ああ、そんな店で食事をして「サイフ忘れた」って言ってみたい。





「今日のブログは、センスについて書こうと思う」
妻、ちづるにそう言うと、
「やめておけ。センスのないものがそんなことをしてはいかん」
と、戒められた。

ちづるは私のことを「センスがない」と言ったが、
センスとは、あるなしなのか?
良し悪しではないのか?
センスが良い、悪いと言うではないか。

そういえば「ハイセンス」という言葉もある。
センスとは高い低いなのか?

「高い低い」で思い出した。
上司の家のトラクターは、スピードのギアが二つしかない。
走るときの「ハイ」と耕すときの「ロー」だ。
しかし、ギアには「ハイ&ロー」ではなく、
ウサギとカメのイラストが描いてある。
このセンスは「ハイ」なのか「ロー」なのか?

そんなことはどうでもいいのだ。

それよりも、こんな私でも
「これはセンスが悪い」と思うことがある。
便乗店名だ。
そのときの流行をそのままつけた店名。
私の生活圏にそんなお店がいくつかあった。

今はもうないが、ラーメン「ガンダム」
今はもうないが、喫茶「ピカチュー」
今はもうないが、焼鳥「うる星やつら」
今もまだある、喫茶「おしん」
まだあるほうが辛いような気がする。

店名ではないが「ウォーリーをさがせ」のウォーリーを、
勝手に自分ちのキャラクターにしている歯医者もあるなあ。
「哀愁の町に霧が降るのだ」という名の喫茶店もある。
なぜか壁には大きく「俺の空」が描かれている。
いったいどうしたいのだ。

都会にもこんなネーミングあるのだろうか。
あったら、問題になるような気がする。
それよりも、観光地たる伊勢。
都会から来た観光客の人は、こんなお店に入るのだろうか。                                                                                           




回転寿司にいった。
ピザの生地と寿司を最初に回した人はえらいと思う。
ピザは遠心力よって生地を伸ばし。
寿司は集客力によって売り上げを伸ばした。
昔は料理人のことを「板さん」なんて呼んだものだが、
今の寿司職人は「コンベアさん」だ。

手軽で安くて案外おいしい回転寿司。
しかし、どうもしっくりこないことがある。
食べはじめだ。
なんというか、「きっかけ」が欲しいのだ。

普通の飲食店なら、まずのれんをくぐって「いらっしゃい」
お茶が出てきて「ご注文は?」
テレビを見てると「お待ちどう」
それではじめて「いただきます」だ。

なのに回転寿司では食べるまでの過程がない。
店に入ったとき「いらっしゃいませ」とは言われるが、
注文はしない、お茶は自分で入れる、「おまちどう」がない。

今日行った店は、おしぼりをくれて「ごゆっくり」と言ってくれた。
でも、なんだか薄い。
きっかけとして弱いような気がする。
シートベルトはしたし、ギアはローに入れたし、
サイドブレーキも戻したけど、何か忘れてる、って感じ。

考えてみれば、店に入ってすぐに食べ始めると言うのは乱暴な話だ。
店の空気になじむことなく、「食」オンリィなのだ。
小心で礼儀正しい私なのに、
店側に傍若無人を強要されているような気がしてくる。

ま、このような心配事も一皿目を食べるまでのことなのだが。

食べはじめに問題があれば、食べ終わりにもある。
食べ終わるきっかけがつかめないのだ。
ラーメンなら最後のスープ、丼ものなら最後のかきこみ。
「ああ食べきった」という達成感がないのだ。

「おなかが一杯になったところでやめればいいじゃないか」
と言う人もいるかもしれない。
でも、私はすでにおなか一杯になってから4皿は食べているのだ。
残すのがキライな性分が災いしているのかもしれない。

おまけに、そろそろ満腹と言うときになって、
新たなネタが回ってきたりするのだ。
それを食べないと後で「食べとけばよかった」と後悔し、
食べたら食べたで「食べ過ぎた~」と後悔することになる。

今日の感想
「ちょっと食べ過ぎたけど、アレとアレは食べとけばよかったなあ」





さ~て、寝るとするか。

そう思ってベッドに入ると、大抵はぴゅっと寝てしまう。
ところがたまにぴゅっといかないときがある。
どちらかと言うと、起きるより寝る方が下手なタイプなのだ。

早い時間にベッドに入ると、奈落に落ちるように夢の世界行きなのに、
夜更かしして、翌日のことを考えたらもう寝なければ、
と思えば思うほど寝付けない。
睡眠にあせりは禁物だ。

そんな時、私は、
「よ~し、なにを考えながら眠りにつこう」
と、考える。
そうしないと、どんどん眠れないことを考えてしまうのだ。

眠れない→不機嫌→腹の立つことを思い出す→コーフン→
眠れないの二乗→不機嫌の二乗→腹の立つ事の二乗を思い出す→
コーフンの二乗→眠れないの三乗→不機嫌の・・・

このようなローテーションに入ってしまうともうだめだ。
気がつくと、イライラのあまり汗だくで枕を食いちぎっている。
だから、今、寝るときに最も考えてはいけないことは、
秋に行われる区のドブ掃除のことだ。

あ、いかん。
これは今のうちに頭から削除しておかねば。

次に考えてはいけないこと。
これは不機嫌とは別の理由だが、「怖いこと」だ。
一旦ビビリモードに入ってしまうと、
ありもしないことを勝手に想像して、自動的に、

怖い→怖いの二乗→怖いの三乗→怖いの・・・

とレベルアップしていく。

いかん、削除せねば。

ちなみに、私は読んだ本や見た映画の感想をノートに書いているが、
それを寝床で書き始めると、確実に鉛筆を持ったまま寝てしまう。





いま、町内で野菜を作っている畑とは別に、
もうひとつ借りている畑がある。
上司T家の遊んでいた畑で、
車で15分ぐらいかかるので手抜きになっている。
上司がトラクターで耕してくれるのだが、
けっこう日にちがたっているので草だらけだ。
以前種をまいたトウモロコシだけが畑らしい要素だ。

金曜日、天気予報を見て、私は上司に持ちかけた。
「明日、トラクターで耕してくれたら、日曜に植えつけるよ」
土曜日は私が出勤で、上司が休みの番だった。
上司もトラクターだと10分ぐらいかかるので行きたがらない。

「なにを植えつける?」
「トマトとナスとピーマン、オクラ、カボチャ」
ちなみにこれらは私が種から育てた苗なのだ。
「やる!」
収穫だけは好きな上司がOKした。

今日、行ってみるとちゃんと起こされていた。
草が多いのは仕方がない。
雨も当たってきたが、今日植えつけないと苗が育ちすぎる。

で、苗を持って畑に入ったのだが、ここで気づいた大失敗。
暑がりの私はすでに半ズボン。
長靴を履くとふくらはぎあたりが気持ち悪いので、
ゴムぞうりを履いてきてしまった。
どろどろになっても用水で洗えばいいや、ぐらいの気持ちだった。

ところが、畑の奥に行くと一歩も歩けない。
体重で足が沈み、底にでこぼこのないゴムぞうりは、
まるで吸盤のように吸い付いてびくともしない。
いちいち手で、つま先かかかとの方からはがすようにしないと、
力加減で鼻緒が切れそうだ。

苗を一本植えるより、一歩歩く方が時間がかかる。
あっという間に「きーっ!」となった。

やっとれーん!
めんどくさーい!
裸足でやっちゃるわーい!

久しぶりの感覚だ。
足指の間を泥が通っていく。
一歩ごとに、ぬたちょぷぬたちょぷ音がして、生足跡が泥に残る。
うひゃっほ~い。
でも、危険物がないとも限らないので、なるべく足跡の上を歩く。

チョー雑な植え付けを終え、用水で足を洗った。
気がつくとふくらはぎから首筋まで、泥のハネだらけ。
そうそう、泥とはこういう物だった。
そして、帰ったら怒られるのだった。





先日、お得意さんのある人についてO川と話していた。
「ほら、あのメガネの人さ」
と、私が言うと
「・・・どのメガネの人?」
と質問返し。

なるほど、考えてみればメガネの人は多い。
わが社でも7割の人がメガネかコンタクトのお世話になっている。
「メガネ」は、もう個人の特徴ではなくなってしまったのだ。

私が小学生のときは、メガネはクラスに3~4人だった。
だから、メガネは個性のひとつだった。
マンガでも、メガネのキャラクターはひとりじゃないだろうか。
それがいつの間にかメガネ率は急上昇していった。
メガネをしてないと
「コンタクトかな?」
と思ってしまうぐらいだ。


それにしても、


あんなにたくさんあるめがね屋さんが全部やっていけるのだろうか?
メガネなんて毎年買い替えることもないだろうし、
そんなにべらぼうな値段でもない。
在庫はたくさん置いているみたいだし、
機械も要れば人件費もかかる。
それらがすべてまかなえるのだろうか?

パン屋さん、ケーキ屋さんもたくさんある。
みんなが毎日食べるとは限らないし、
ひとつひとつの単価も安い。
やっていけるのだろうかと心配になる。
それでも、おいしければお客を増やすことができるだろう。

でも、メガネ屋さんには、
「あそこのメガネは具合がいいから今日も買ってみよう」
なんて人はいないだろう。
何か私の知らない別の収入源があるのだろうか。
その謎が解けるまで、私はメガネを買わない。






いよいよ梅雨本番。
大雨の今日は、もちろん車で出勤した。
そしてもちろんジムへも行った。

自転車のときは、荷物は全部ロッカーに持ち込む。
車だと余計なものは置いていけるのでありがたい。
着替えとタオルと靴だけ持って雨の中を走った。

受付には、昨日いっしょに鍵を探してくれたおじさんがいた。
「昨日はどうも面倒をかけまして」
「いえいえ、見つかりましたかな」
「そろそろ洗濯物の中から見つかると思うとるんですわ」
「はっはっは~」

下駄箱に靴を入れ、ジム用の靴に履き替えて、
・・・と思ったら、左足に違和感。
なぜだか心臓どきん!

あったー!

受付のおじさんに、
「あの~」
「はい?」
「いま、見つかりました」
「はぁ?」
おじさんはぽかんとしている。
「靴の中にありました」

数秒の間をおいて、二人で大笑い。
私のほうは照れ笑い。
あ~はずかし~。

トレーニング中は靴を履いているので、入ったのはそのあと。
着替え中にポケットから落ちた鍵が、偶然靴にはいったらしい。
しかし、靴の中は昨日も探してみたはず。
おそらく内張りの穴に入ってたか、
ベロのところに挟まっていたのだろう。
そして、私が今日下駄箱でポイッと放った時、出てきたのだ。

それにしてもなんというタイミング。
皆さん、大変お騒がせしました。





今日はジムの日。
ひととおり汗を流し、
常連さんには「お先に」と挨拶をし、
仲のよい人と話しながら着替えて、
受付の人に「おやすみなさい」を言って、建物を出た。

はて?
しゃべりながらポケットを探ったのだが、
自転車のキーがない。
たしか、作業服の胸ポケットに入れたはずなのに。

これは、ロッカーに落としてきたな。
脱いだ作業服は丸めてぽいっとしてたから。
とりあえず戻ってみた。

ない。

ひょっとすると、ポケットからこぼれてかばんに入ったかも。
ロビーでかばんの荷物を全部出してみた。

ない。

作業服の胸ポケットに入れたつもりだったけど、
ズボンのポケットだったかもしれない。
洗濯物も袋から出してみた。

ない。

事務所の人たちも、なんだどうしたと出てきて探してくれた。
自分が通った範囲、トイレやトレーニングルーム、
駐輪場からの道のりまで見てみたが見つからない。

実はつい先日もなくしたばかり。
そのときは財布に入れたつもりのキーが、
後になってちゃんと財布から発見された。
こんなときは探すのをやめるまで見つからないものだ。

かといって、ただ探すのをやめてボーっとしてたんじゃ、
家に帰ることができない。
仕方ないのでちづるに電話してスペアを持ってきてもらうことにした。

近くの公衆電話から家に連絡。
そこで待つことにした。

蚊に悩まされながら待っていると、
今度はジムに靴を忘れたことに気づき取りにいく。
あーはずかしい。

道端で待っていると、「お先に」と挨拶したはずの常連さんたちが、
次々と目の前を通って帰っていく。
人を待つというのは久しぶりだが、なんともったいない時間だろう。

で、キーはいまだ見つからない。





ひらがなの中で『ぬ』の使用頻度は著しく低い。
五十音の組み合わせで成り立っている日本語としては、
使われていない音があることはもったいないことだ。
もっと平均的に使わなければならない。

昔は今よりも『ぬ』を使っていた。
「~ない」と言うとき「~ぬ」としていた。
これは現代でもけっこう使われている。
「知らぬ存ぜぬ」「歯に衣着せぬ」など、
たまに昔の『ぬ』を目にすることがある。

わが家では日曜の朝にときどき使っている。
朝食のトーストにチーズを乗せるときだ。
「とろけるチーズにする? それともとろけぬチーズ?」
この場合「普通のスライスチーズ」と言うよりずっと簡単だ。

「おい、たまには写真の整理をしろよ」
「でもボクのアルバム『フエヌアルバム』なんだ」
これも『フエルアルバムじゃない』というのは面倒だ。

私が小学生の頃、
「象が踏んでも壊れないふでばこ」
という人気商品があった。
これだって、
「象が踏んでも壊れぬふでばこ」
と言うと、ずいぶんスッキリする。

このように『ぬ』も使い方によってはとても便利なのだ。
いっそ、否定形の時には『ぬ』をつけさえすればいいことにしよう。
英語では、単語の頭に「UN」を付けると否定形になる。
それとおなじ使い方だ。

お風呂に入れてもスッキリしない「バスクリヌ」
接着するのに時間がかかる「アロヌアルファ」
肩の凝る「サロンパヌ」
においの取れない「トイレそのあとぬ」
風邪に効かない「ヌヌ」
説明不要「蚊取りせぬ香」

今回の『ぬ』講義は商品名編になってしまった。
どうしてそうなってしまったかは、知らぬ存ぜぬ。




今日はジムが大混雑。
常連さんたちは、口をそろえて
「10時からサッカー」
なるほど、数日前から朝のワイドショーでもこればっかりだ。

4年に一度の世界的大イベント。
盛り上がらないはずがない。
伊勢市は20年に一度のお祭りなのだが、
とても規模ではかなわない。

帰りに一杯飲みやに立ち寄った。
2台あるテレビは、どちらもサッカー。
店のおかみさんも、
「今日は、どこもかしこもサッカーやねえ」
と探りを入れてくる。

「ホントやねえ」
と相槌を打ったものの、
これは立場をはっきりさせた方がいいなと思った。

「そやけど、サッカーのことはようわからんのでねえ」
女将さんお顔がとたんに輝いた。
私がサッカーファンでないなら、
無理に話題を盛り上げる必要はないのだ。

「サッカーはルールがようわからんやろ。選手も誰が誰かわからんし。点がなかなか入らんのに、気がついたら入っとったりしてな。野球やったらホームランで一点とかな。点が入らんでも、二塁行った三塁行ったって、楽しめるやろ。どうかすると、ず~っと走っとるだけやもんな」

この店のカウンターでは、スポーツは相撲か野球と決まっているのだ。
ところが、女将さん残念。
私は相撲も野球もよくわからないのだ。
まあ、その場の空気というのがあるので、
はーふーと聞いてはいるけどね。

とりあえず、私と女将さんと隣に座ったオヤジの統一見解。
「サッカーはよくわからないが、日本チームにはがんばってもらいたい」

もうひとつ。
「世界には聞いたことのない国があるもんやなあ」





まったく困ったことだ。
今日は草取りと植え付けを予定してたのに、
目が覚めたら雨が降っている。
予報ではくもりのはずだったのに。

最近の天気予報の的中率は低い。
気象予報士の予報よりも、
「予報が当たらないんじゃないかな?」
という予想の方がよく当たる。

気象予報は資格制度になった。
やつらは国お墨付きのプロなのだ。
「難しいから当たらない」では済まされないのだ。
警視庁狙撃班がそんなこと言ってたらどうする?
いっそ、ふぐ調理師のように、
「決して当たりません」
と断言してもらったほうがよっぽどありがたい。

だいたい、天気予報はあいまいすぎる。
「雨の降る確率は30%でしょう」
って、降るのか降らんのか!
「晴れときどき雨」
ときどきっていつやー!
「ところによって・・・」
どこやー!

同じ未来予想なら、占いの方がずっと具体的だ。
「あなたのラッキーアイテムはサバ寿司です」
「午前中は写真を撮るとき薄目に注意」
「黄色い帽子を斜めにかぶらないと、親しい異性が深爪するかも」
ただし、これらが本当に影響があったかどうかは、
永遠にわからない。

占い師も、こんなどうでもいいことを占ってないで、
大きな事件にかかわる人を占ったらどうか。
そしてその人のもとへ出向き、
「あなた、今日こんな事件に巻き込まれますよ」
という予言を売るのだ。
次期総理候補の未来なんか当てたら、
そのうち「未来予報士」の資格がもらえるかもしれないよ。






今日は、ちづるは出勤だが私は休み。
なんと言うか、非常に気分のいい土曜日だ。

一応普段どおりに起きて朝食。
ゆっくり準備をして、それでもちづるより早く出勤。
いえいえ、会社ではなく畑に。

草むしりと草抜きと草刈りで11時過ぎまで。
帰って着替え、ちょっと休憩して自転車で出発。
お昼はやっぱり中華そばなのだ。

なるべくなら平日の昼休みにいけないところを狙い、
自分で決めた範囲内で一番遠い店に行った。
しかもここは日曜が休みなのだ。
ゆっくりペダルをこいで約30分。
チャーシュー、メンマ、かまぼこ、なると、ノリ、もやし。
これだけ入ってなんと400円。
コショウもいっぱい入ってて、ちょっと辛い。

店を出て、市内をふらふら吟遊詩人。
本屋に寄ったあと、これからの中華そばポイントを探索。
5~6軒たどってみて、ちょっとカロリーを消費したかな。
もう一杯いけそうな気がしてきた。
せっかくのチャンス、
平日の昼休みに行きにくいところを押さえとこう。

で、
日本赤十字病院の食堂へ。

土曜日は休診日なので正面玄関は閉められていた。
見舞い客用の通用口から入り、受付を素通りして院内へ。
何かを待っている人たちはいるし、
平日の待合室の明かりは消されているし、
なにやら、異様な雰囲気がある。
あまり中華そばを食べる環境ではない。
それでも食券を買って、なんてことのない中華そばを食べた。

家に着いたのが1時半ごろ。
約2時間、うろついていたことになる。
おなかは膨れたし、体は疲れたし、ちょいと一休み。

で、目が覚めたら6時でした。




誰にでも多少なりと趣味といえるものがあると思う。
「ご趣味は?」
なんて質問が、質問界のトップに君臨しているのも、
趣味がその人の人品骨柄を知る手がかりになるからだろう。

趣味はその入り口で三種類に分かれる。
まずは、「なんだか知らないけど好きなんだもん」
理屈や理由はなく、ただその世界に惹かれてしまう。
たとえば、私はキャンプ用のバーナーが好きなのだが、
なんでと言われても困るのだ。

二番目は「やってるうちに別のことがメインになっちゃった」
朝顔の観察日記をつけていたら、絵が好きになったとか、
ダイエットから、マラソンをするようになるとか、
本来の目的ではないところに、ハマってしまう人たちだ。
これも、それまで好きなものに気づかずにいただけなのかもしれない。

三番目は「これを趣味にしようと、自ら足を踏み入れました」
そういう世界があると知って、自分もそれを趣味にしてみようと、
頭で考えてはじめる趣味だ。
この世界の道は厳しい。
趣味とはいえ、努力や勉強が必要になる。
ワインだとか、鉄道だとか、ボディビルだとか、
並大抵のことではモノにできないのだ。

実は私も、ちょっと興味はあるんだけど、
難しそうなので二の足を踏んでいる、というものがいくつかある。

やっぱり「英語」が話せたらいいな~と思う。
しかし、はっきり苦手。
キライ。
それなら言うな、と言われるだろうが、
「話せたらな~」は万人の思いでしょ。

お料理関係で「スパイス」なんてものにも凝ってみたい。
でも、いっぱい買って湿気らせてしまいそうだしなあ。
発表の相手がちづるしかいないしなあ。
小瓶が散らかりそうだしなあ。

「ピアノ」もいい。
そんなに本格的じゃなくてもいいから、
鍵盤モノが弾けたらかっこいいと思う。
すごく気持ちよさそうだしなあ。

どれも無理は承知。
憧れみたいなものなのだ。
しかし、どれも私に「似合わない」なあ。
やっぱり「市内中華そば巡り」ぐらいがジャストフィットかなあ。
おっと、英語を使ってしまった。






ゆうべはすっかり眠り姫になっていて、
更新できませんでした。
ごめんなさい。

前日、一杯飲んで帰ろうと自転車で徘徊。
結局いい店がなくて、なじみに行こうと思ったら、
なぜか臨時休業。
飲まずに帰って欲求不満。

そしてきのう、リベンジを誓って徘徊。
狙ってた店はお客が誰もいないし、
その向こうの店もお客がいないし、
中の見えない店は怖いし・・・
結局、近場でつまらぬ酒を飲んでしまいました。

こういう迷ったときはろくなことはないのです。
自分の方に勢いがないのでしょう。


さて、ですます調はここまで。
こんなときはひとつ、陽気に行こー!


同僚O川が首を痛めた。
仕事中、突然来たそうだ。
首は前に突き出され、上を向くことができない。
しかも、笑うと痛いのだそうだ。

笑っちゃダメといわれると、笑わせたくなるのが人情で、
笑えてくるのが病人だ。
痛いので笑うのをガマンしているのに、
そのせいで笑えてきて、苦しむ姿が、とても笑える

上を向けないO川に激励の言葉が飛ぶ。
「イナバウアーしろ」
「鼻血が出たらどうするんや」
「ない首は振れん」
など、言いたい放題だ。

上司も新人も事務所も私も、
O川いじりに一心不乱だ。

帰りに上司Tの痛み止めの座薬をもらった。
私「でも首が痛くて、入れられないんじゃないの?」
O「ボクはこうやって入れるから大丈夫」
T「オレはこうやるな」
私「ワシはこっちからこう、や」
O「なんで座薬の入れ方会議をしとるんやろ・・・」
で、笑えてきて苦しむO川だった。

今日はO川のおかげで、笑いの絶えない一日だった。
一日中、笑ってたような気がする。

やっぱり健康のためには必要だなあ。
笑いと睡眠。


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犬はワンワン、猫はニャアニャア。
ホーホケキョにツクツクホーシにクックドゥードゥルドゥー。
言葉を持たない動物たちは、いろんな理由でやたら鳴く。
人間は話すことができるからか、
ちょいちょい泣くが、めったに鳴かない。

人間の泣き声があるとしたら、それは悲鳴ではないか。
性別、人種、国籍、年齢にかかわらず、
ほとんどの人間が「きゃー」とか「ぎゃー」と叫ぶ。
これも便宜上、文字を当てはめているのであって、
言葉にできるものではないのだ。
誰がいい始めたのかは知らないが、
「あ゛ー!」が一番よい表現かも。

動物の鳴き声が、威嚇や求愛などの意味があるように、
人間の悲鳴にも意味がある。
怖い、痛い、熱い、冷たいなどだ。
これらの状況が、あまりに突然でびっくりしたときか、
予想を上回る激しさで許容範囲を超えたとき、人は悲鳴を上げる。

たとえば、熱さの場合。
うっかり焼けたフライパンに触ってしまったとき、人は叫ぶ。
お灸はあらかじめ熱いことがわかっているから、
ある程度はガマンができる。
だが、限界を超えたとき、叫んでしまうのだ。

怖さも同じだ。
「怖いな~、怖いな~」と思っている間は叫ばない。
急に驚かされたり、恐怖が限界を超えたときに、
人間は悲鳴を上げるのだ。

ところが人にはプライドというやっかいなものがある。
突然のこととはいえ、言葉で表現できずに、
動物みたいに悲鳴を上げてしまうなんて。
これは恥ずかしい。
だから、つい、ごまかそうとする。

熱かったとき、「あーっ!」と、ここまでは悲鳴なのだが、
うしろに「つぅ~」を付けて、
「ちゃんと人間の言語で表現したもんね」
と、主張するのだ。

痛い場合は少し複雑だ。
足の小指を魔の角にぶつけたとき、
「い~っ!」と叫んで「たぁ~」を付ける。
この「い~」は「痛い」の方向を向いてはいるが、
言葉になりそこなった悲鳴なのだ。
それを「たぁ~」でごまかしている。
その証拠に、足の小指に衝撃を受け、
「うへあっ!」と叫んでしまった人も、
ちゃんとうしろに「たぁ~」をつけるのだ。

こんなみっともない目にあわないためにはどうしたらいいか。
演劇部の発音練習のように、河原の土手で、
「あつっ、あつっ、あつっ」
「いたっ、いたっ、いたっ」
このような方法がオススメだ。


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いまや「ケータイ」と言ったらマッサージ器だ。
大型マッサージ椅子が場所を取ると言う理由で敬遠され、
手持ち方の携帯マッサージ器が流行っている。

ウソです。

マッサージ椅子を購入できないわが家は、
こっそり手持ち式のマッサージ器を使っている。
マッサージ器だとメーカーは言い張るが、
どう考えても「振動機」だ。

これでも、コース機能がついている。
ただ、振動の仕方がいろいろ変わるだけだ。
これをメーカーは、
「もみ」だ「たたき」だ「さすり」だ「ほぐし」だと主張する。
言われなければ絶対に区別できない。

ウチのは、まず「タララララー」と小さく振動し、
「ドロロロロー」「ダララララー」と激しくなる。
この間に、先端の振動部を自分の気持ちいい部分に当てる。

ここだな、と決めた頃、動きが複雑になる。
「タッタカタッ、タッタカタッ」
「ダッダッダッダッダッ」
「タタヴャ、タタヴャ、タタヴャ」
「ドリュッ、ドリュッ、ドリュッ」
「ボルルルルルルルル」
「ズドドドドドドドド」
と、これで一巡だ。
やっぱり、どれが「もみ」やら「さすり」やら区別できない。

肩も気持ちいいが、足の裏もたまらない。
視界に入らない肩と違って、
足の裏だとどんな動きをしているのか見ることができる。
なにやら、足の裏が工事現場みたいだ。
私の足の裏は平坦だから工事なんかいらないのに。
あ、偏平足がばれてしまった。
何を言うとるのだ、ワシは。

コースは一巡でだいたい2~3分だ。
だから何度も繰り返す。
すると、この振動が言葉のように聞こえてくる。
特に肩をやっていると耳元で何か言われているようだ。

「なんだかな、なんだかな」
「タダか? タダか?」
「どやっ、どやっ、どやっ」

しかし、連続で15分を過ぎると
話の途中でも突然黙ってしまうシステムになっているのだ。
たたきだ、さすりだと主張してないで、
最後ぐらい
「おやすみ」
と言う「ささやき機能」をつけたらどうだ。


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この土日は、久々に畑作業がはかどった。
ここしばらく、週末は雨にたたられて作業は遅れまくり。
今日でひと段落、と言うところまでこぎつけた。

きのうは、キュウリのネットを貼り、
トマトの支柱を立てた。
これで、多少雑草が生えていても、今の季節の畑らしく見える。
やはり、夏野菜の時期は気合いが入る。
まもなく夏なのだ。
麦わら帽もかぶっている。

午後は、夏用の敷物を買いに出かけた。
イグサ系の和風な感じのヤツだ。
買ってきたけど、まだ敷き替えない。
「まだ寒い日が来るかも知れん」
とちづるは考えて、ホットカーペットを温存しているのだ。

そして、夕方は焼鳥で生ビール。
ひゃっほう!
酔っ払って百円均一で子供のおもちゃを三つも買ってしまった。

今朝、ちづるは二日酔い。
私は畑。
オクラとリーフレタス、サトイモ、ヤマイモを植え付け。

ご近所の兄弟が田んぼではしゃいでいる。
「カニ取ったー」
と、ご丁寧にも報告をいただいた。
「よかったな」
「でも、ちっちゃいもん」
「ちっちゃいんか」
「ううん、ふつう」
どっちやねん。

「オタマおったー」
「チョウチョとったー」
  間
「兄ちゃんのせいで逃げたー、うわー」
と、いつも泣き声で終わるのだ。

昼前、その家のオヤジさんにスイカを分けてもらった。
ハツモノだー。
畑で食べるスイカは汁がたれるのを心配しなくていい。
種はそこらにぷぷぷと吹いて、皮もそのままぽい。
そこから生えてくれんかな~。

昼ごはん&お買い物をして、夕方再び畑へ。
エダマメとトウモロコシの植え付け。
夕食には、ちょっとしか採れなかったけどソラマメでビール。

お風呂、
うなじぴりぴり、
ここにも夏!



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流行にもいろいろある。
服や髪型などのファッション。
車や食品などの商品。
映画や本や音楽や店やCMや油取り紙やダイエットや病気。
常に何かが流行している。

一番簡単なのが「言葉」だ。
流行語のほかにもイントネーションや言い方にも流行がある。

たとえば、最近よく耳にするのが、
「ちょっと、それってやばいんじゃないの?」
というようなニュアンスで、
「やばくない?」
と言う。

それも、むかしなら

  ば     い
や           ?
   く な


と言うメロディーだったのに、
今では

  ばくない?


と、上がり下がりがなくなっている。

ほかに、ネットでもよく見かける、
「早っ!」とか「怖っ!」
という表現。
これらも、流行っている、と言っていいだろう。

好き嫌いは別として、いろんな流行があることは一向に構わない。
ただ、若手のアイドルやお笑いが、
こういう流行を使うのが気に入らない。
君たち、最近までそんな言い方してなかったでしょ。

これらの流行は世間から出たものだ。
芸能人がこういう言い方をするのは、
流行を使っているようなつもりなのだろうが、
実際は流行に操られているだけなのだ。


芸能人なら流行を生み出せ!


流行を生み出してこそ芸能人。
それも一時的な流行でなく、世間に定着させてこそ一流なのだ。

たとえば、
「マイブ-ム」を生み出したみうらじゅん。
「バツいち」を定着させた明石家さんま。
「最初はグー」を定番にした志村けん。
こうでなくてはいけない。

逆に、流行りもしないのに、
「すんまそん」
「こんばんみ」
などと言っている芸能人。
がんばれ!


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おとついはみそか寄席で夜更かし、
その影響か、きのうは酔っ払って寝てしまった。
1時ごろ目が覚めて風呂に入ったのだけど、
「もうダメ~」って感じで、ブログも書かずにベッドへ。

でも「すごく眠い」って思ってるときは、
案外寝床で寝付けない。
ゆうべも
「羊が眠たい もう一匹眠たい」
って唱えながら寝付けずにいた。
たぶん暑かったのだろう。
暑いのキライ。

ちづるごそごそして目が覚めたのが3時過ぎ。
なにをやっとるのかと思ったら、
その原因が耳元をぷぃ~ん。
蚊。

これほど確実に目を覚まさせるアイテムがあるだろうか。
目覚まし時計の音を「ぷぃ~ん」にしたら、
寝過ごす人も減るのではないかと思う。
すごく不愉快な寝起きだが。

何はともあれ、ちづるが蚊取り線香を点けているようなので、
そのまま寝た。
ほらほら、蚊取り線香のにおい。
寝ながら「夏~」と思っていた。

5時過ぎ。

あた
あたあた

あたたたたたた


足がつった。
それもつま先でなく、ふくらはぎ。
めったにならないことなので、どうしたらいいのかわからない。
うぎゃー!

あちこちひねり回してなんとか治まったが、
叫び声でちづるを起こしてしまった。
これであいこ。

足がつるのは何かが足りないのだと聞いたが、
それが何だったかは忘れた。
ただ、それはビールにも中華そばにも入っていないのだろう。

栄養素もともかく、
これはきっと、
「酔っ払ってブログをサボるとは何事か!」
という、ブログの神様の怒りなのだろう。
そう思って、朝早くからこんなことをしているのだ。

あ、そろそろ弁当を作る時間だ。


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日付は変わってしまったが、今日は5月の最終日。
毎月恒例みそか寄席の日だ。
トリの噺家さんのネタは「舟弁慶」
私の好きなネタだ。

この話に登場するおかみさんが面白い。
もう休むまもなくしゃべるしゃべる。
この人の演じ方で、この話のデキが左右されるといっても過言でない。
今日、このおかみさんのような人に出会った。

昼休み、また中華そばを目当てにとある食堂に入った。
店にいたのは店のおばちゃんと、食事中のおじさん。
そして、そのときすでにしゃべっていたおばあちゃんだ。

とりあえず、メニューをさっとチェック。
おばあちゃんの後ろの席に座りながら中華そばを注文した。
その瞬間、おばあちゃんが振り返り、
「この店の中華はおいしいんやんな~」
ちょっとビビって「へぇ」とだけ返事をした。

そのおばあちゃんは、厨房に入っていったおばちゃんに、
いかにここの中華がおいしいかを大声で語っていた。
店の隅っこに冷水機があったので、セルフなんだと思い、
水をくんできたらおばちゃんがお茶を運んできた。
「は~はっは」とおばあちゃんは大笑いして、
「ここのお茶はおいしいんやんな」
そのあと、店のお茶をペットボトルにもらう話を始めた。

店の人が厨房に入ると、そのおばあちゃん、
自分のテーブルの横にある水槽の鯉にしゃべり始めた。
「お前よかったな。ここに連れて来てもろてよかったな」
続いてその横の亀に
「お前大きくなったな、元気か」
そのあと私に向かって、
「ワタシはな、この亀がこんな小さい頃から知っとるんやに」

更に話は続く。
家が川の近くなので、亀が産卵に来る話。
77歳にもなると、朝目が冷めたら『生きてた』と思う話。
うなぎは好きじゃないけど、うなぎパイは好きだという話。

私の中華そばが運ばれてきた。
「なんやあんた、冷やし中華と違うたんか?
 てっきり冷やし中華やと思て話ししとったわ。
 きのう、酒でも飲んだんか。
 あんたは普段どこへ飲みにいくんや」
いつの間にか、店の人との会話に戻っている。

私が中華そばを食べている間に、3回は
「ありがとう、ごちそうさん」
と言ったが、店を出るのは私のほうが先だった。

ちなみにこの店の名前。
なぜか「安全地帯」と言う・・・



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