食べ物には、いったい誰が考え出したのだろうかと
感心するような料理法や組み合わせがある。
いったいどこのどなた様が、
トロとネギを練り合わせようと思ったのだろう。
これはひとつの組み合わせではなく、ひとつの発明だ。
以前、とあるお店でネギトロ丼を注文した。
海辺の町のちょっとおしゃれな和食処だ。
運ばれてきた丼は塗り物で、フタがついている。
ごはんの中心には、シソの葉を敷き、ウズラ卵をのっけた練りトロ。
そのまわりを鮮やかな緑色のネギが取り囲み、
きざみ海苔が散らされている。
わさびは、注ぎ口のついた小さな醤油皿に控えている。
確かに見た目は美しい。
しかし、これはどうみても『ねりとろ丼』じゃないか。
ネギというのは薬味の王様だ。
薬味の入っている食べ物で、
ネギの入らないものを探す方が大変なぐらいだ。
逆に、ネギの存在は当たり前すぎて、料理名には表れない。
強いて言うなら、ネギを普通より大量に使用するという意味で「ネギラーメン」や、キャベツのかわりにネギを使うお好み焼き「ネギ焼き」ぐらいだ。
ネギが入っているからといって、ネギうどんやネギそばとは言わない。
ネギ冷奴、ネギ納豆なんてメニューに載せたら笑われるのがオチだ。
ネギトロとは、ネギとトロが練り合わさってこそ、ネギトロなのだ。
これを「ネギが入っているんだからいいじゃない」
なんて言ったら、海苔の立場はどうなるのだ。
同じ薬味の身であったネギが、トロというパートナーを見つけ、
コンビとして出世したからこそ脇役に徹しているきざみ海苔。
同じようにばらまかれるなら
「俺の名前も使ってくれよ~」と言い出すに違いない。
ほとんどの丼モノは、ごはんの全面を具が覆っている。
しかし、ネギトロ丼だけは、具がごはんの中心部にかたまっている。
濃厚なネギトロは、親子丼のようにがばがばいってはいけない。
一口分のごはんの上に、好みの量のネギトロを乗せていただくのだ。
練りトロとウズラ卵の上にわさび醤油をたらし、そーっと混ぜる。
とたんにシャキシャキの青ネギは、ごはんの丘を転がって、
丼のヘリに集まった。
仕方がないので、ネギの上に練りトロを乗せ、
ネギごとすくって食べる、ということになった。
口の中でも一体感がない。
なんとかネギとトロを混ぜたい。
丼のふちのネギを箸で拾ってごはんの丘の中心に運び、
少しずつこねこねと混ぜていく。
すると、だんだんごはんも混ざっていく。
結局、半分も食べないうちに、すっかり全部混ざってしまい、
世にもグロテスクな食品と化してしまった。
新ことわざ
「ネギとトロの生き別れ」
意味
「見た目を美しくしようと気取ったまねをして、
結局薄汚くなってしまうこと」