2006年04月

ここでは、2006年04月 に関する情報を紹介しています。
三重県130箇所のラストを飾る丸ポストの撮影に行ってきた。
場所は旧島ヶ原村。
今は忍者の里「伊賀市」に合併している。
なんと、京都府に隣接しているという山奥なのだ。

前回、四日市市の撮影で、三重県制覇!
のはずだったのに、帰宅後、確認のために検索して発見。
温泉施設新築の際に新設されたらしい。
というわけで、珍しくも新品ピカピカの丸ポストだった。

せっかくの遠出、
これ一箇所じゃもったいないということで、
峠道を越えて滋賀県信楽へ。
知る人ぞ知る、たぬきの置物の町だ。

ニュージーランドには、人口の数倍の羊がいると聞くが、
信楽のたぬきも負けてはいまい。
なんというか、町中がタヌタヌしている。
ヌタヌタではないのでご注意を。

ただ狸口(人口に対する狸の数を表す言葉)が多いだけではない。
ちゃんといろいろな職業のたぬきがいるのだ。
警察、相撲取り、仁王さま、丸ポスト、釣り人、酔っ払い・・・
あまり市民生活に必要な職業のたぬきはいないようだ。

それにしても、本当に町中が焼き物ばかり。
町の中心を走る国道沿いは、軒並み焼き物店だ。
ちなみに丸ポストがあったのは、
本道から一本裏に入った「ショッピング通り」だった。

ちょうど昼時だったので、食事をするところを探していたのだが、
看板はどちらをむいても「焼き物」と「窯」
結局、大きな焼き物店の中にあるレストランに入った。

和風のメニューは少ない。
丼ものは「近江牛の牛丼」か「中華丼」か「ねぎきつね丼」
麺類は「近江牛の肉そば」か「きつねそば」
ひょっとして、たぬきに飽きた人を狙ってのメニューなのか?





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ちづるがお土産をもらってきた。
「名産信州高原そば」の乾麺だ。
そばは好きだし、乾麺は日持ちがするのでありがたい。

とりあえず手に取って見てみる。
直径3cmほどの筒状の一束だ。
くるりと巻かれた紙に、ご注意が三項目書かれている。

一、そばは茹ですぎますと柔らかく味が悪くなります。
  硬めが食べごろです。
一、冷やす時、永く水へ入れて置くとノビます。
  水洗いしてすぐ上げてください。
一、そばはたれ汁が一番大切です。
  好みの味でやく味を添えて下さい。

それだけだ。
あとは製造メーカーと内容量、原材料名だけだ。

で、何分茹でたらいいのだ。
冷たいそば専用なのか。
一番大切なたれ汁はどうしたらいいのだ。
それよりなにより、これは何人前なのだ。

だいたい、そば屋はうどん屋に比べて不親切だ。
妙にわかりにくい場所に店がある。
妙に入りにくい門構えだ。
妙に読みにくい看板だ。
妙に量が少ない。


あっ、今発見した。
このそば束に巻いてある紙の重なっている部分に、
なにやらうっすら文字が透けている。
上になっている部分に模様があるのと、
透けている文字が筆文字なのでなんて書いてあるのかはわからない。
ただ「○で方」と読めるのは「茹で方」ではないか。

先走って怒りをぶちまけてしまったが、
やることはちゃんとしてあるのだ。
原材料名に添加物は一切ない。
よくみれば太さもきれいにそろって、まるで芸術品のようだ。

考えてみれば、そばメーカーはちゃんとしているのだ。
問題はこれを買った人物にある。
茹で方まで確認しろとはいわない。
でも、何人前かぐらいはわかって買ってもらいたい。
でないと、ケンカの種になるじゃないか。
そして次回はちゃんとたれ汁のついたのを買うように。
また、私は地酒なんかも好きなので覚えて置くように。



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トリノでの冬季オリンピックが終わり、
雪が溶けて川になって、本格的スポーツシーズンが始まった。
野球にサッカー、ゴルフに水泳、相撲にK1、ボクシング。
スポーツニュースは花盛りだ。

各競技で花形スターがいて、
引退やら番狂わせやらがあって、
スポーツを見ない私もニュースは楽しんでいる。

その中で、気の毒だな、と思う選手がいる。
「卓球の愛ちゃん」こと福原愛だ。

卓球というスポーツがマイナーだということもあるが、
それよりもこの呼び名が不憫だ。
「卓球の愛ちゃん」
この『の』が気にかかる。
広辞苑を開いてみた。

広辞苑を閉じた。
『の』にはびっくりするぐらいたくさんの意味があるのだ。
文法的なことを言っても始まらない。
というか、文法的なことを述べる能力がない。
だから「感じ」でいこう。

泣き虫だった子供のころの「卓球の愛ちゃん」は、
「卓球をすることで有名な愛ちゃん」
という意味だった。
だが、その意味は変化してきているのではないだろうか。
主なものが二つある。

ひとつの意味は
「卓球の第一人者である愛ちゃん」
もうひとつは
「ゴルフでなくて、卓球の方のあいちゃん」
どちらにせよ、単独で「あいちゃん」といった場合、
聞き手が把握しにくいから「卓球の」をつけているように思う。

「卓球がトレードマークの愛ちゃん」
というのも考えられる。
これは「風車の弥七」みたいなものか。

「卓球界にいる愛ちゃん」かも。
そうすると「海のトリトン」的か?

本当はどうだったのか、広辞苑も読めない私にはわからない。
ただ、途中経過はどうあれ、いまや「卓球の愛ちゃん」はひとつの単語になっているのではないだろうか。

たとえるなら・・・
「バカボンのパパ」
「レレレのおじさん」
「ココロのボス」
「だよ~んのおじさん」

愛ちゃん、いつの間に赤塚ワールドに・・・


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暖かくなってきたので、作業ズボンの衣替えをした。
何気なく夏ズボンをはいて出勤していたが、
とんでもないことに気がついた。

去年の夏、
ジム通いとゴマダイエットのおかげで、
ウェストが88から85に減ったはず。
なのに平然と88をはいておるぞ!


説明しよう。
健康診断のたび、中性脂肪が多いと判断されていた私は、
一念発起しダイエットを断行。
見事78キロあった体重を、瞬間69キロまで落とし、
秋の健康診断では、初の中性脂肪標準値を獲得したのだった。




その後もウエスト85を維持し、冬ズボンに移行したのだが、
去年は配給がなかったため冬ズボンは88のまま。
このゆるゆる状態が続いたのと、年末年始の暴飲暴食がたたり、
体重は74キロまで戻っていたのだ。

考えてみたら、ズボンだけでなく気のゆるみもあった。
「今日食べたものノート」は目標達成とともにやめてしまったし、
コンビニでカップめんやパンを買うクセもついてしまった。
酒は好きなだけ飲むし、お菓子を食べるようになった。
しかもこの2週間、風邪ひきでジムも休んでいた。

これじゃ、いかーん!
再び行動するときが来たのだ。

しかし、これはある意味チャンスかもしれない。
なぜなら、前回は78キロから始めたダイエットだったが、
今の私は74キロで停滞している。
スタートが4キロも少ないのだ。

前回が78キロから69キロの、マイナス9キロ。
理屈でいくと、74キロから9キロ減れば、65キロだ。
うわー、どうしよう。
中性脂肪が足りなくなったら。



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すごーく久しぶりのジムでウォーキング。

たっぷり汗をかいたら、ビールが飲みたくなったの。

で、つい居酒屋さんに入ってしまったの。

で、おなじみさんと話がはずんで、

ちょっとのはずがたっぷり飲んでしまったの。

で、たっぷりの後、おなじみさんに「もう一杯」ご馳走になったの。

難しい言葉で言うと、許容量を越えたの。

明日は二日酔いの予感・・・


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普段の読書は昼休みが主なので、週に一冊のペースだ。
昔は休日に一気読みなんてしたもんだが、今は体力が持たない。
それよりも、読み始めたらやめられないような本に出会ってないのだ。

ところが、久しぶりに見つけたぞ。
読み始めたらやめられない本。
それがタイトルの「封印作品の謎」だ。

先週の日曜に一冊読みきった。
マニアには有名な話だが
「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」「ブラックジャック」
などに封印されたストーリーがあるというのだ。
その理由を作者はよく調べたもんだと思う。

そしてきのう「封印作品の謎 2」を読んだ。
ルポなので小説よりは早く読めるのだが、
これも一日で読みきった。
こちらは前作よりも厳しい封印作品を扱っている。

「キャンディ・キャンディ」「オバケのQ太郎」
「ジャングル黒べえ」「サンダーマスク」
この4作品は、出版も再放送もキャラクター販売も、
完全に行われない状態にあるのだそうだ。
(サンダーマスクの漫画だけは出ているらしい)

「いわれて見れば」だけども、最近どの媒体でもお目にかかったことがない。
こんな大御所の有名作品なのに・・・
この本を読んだ限り、封印の理由はさまざまだが、
読者、視聴者からしたらもったいない話だ。


私自信が封印したものもいくつかある。
一番大きなものは、やっぱり「タバコ」だ。
これをやめたおかげで生活と性質に大きな変化があった。
考えてみれば、タバコって一箱ずつ封印してあるのを、
開封して吸っているわけだ。
うまいこと言ったつもりだが、そうでもないな。

ピンクレディも封印した。
何がきっかけだったかは忘れたが、大嫌いになって、
テレビに出てくるたびに、チャンネルを変えるか電源を切っていた。
おかげで、いまだに『透明人間』以降の歌がさっぱりわからない。

もうひとつ封印したのが同窓会だ。
はじめのうちは何回か出席したのだが、全然面白くない。
大抵不愉快な思いをして帰る羽目になったので、参加しなくなってしまった。
わざわざ付き合いのなかった者とまで会わなくても、
仲のよい者だけで会ったほうが楽しいに決まってる。

これらは自分で封印したのだから問題はない。
しかし、先ほどの本のように他者に封印させられたものは悔しい。
「この食器は洗いにくいからもう使うな」
「この上着は擦り切れているからもう着るな」
「この料理はまずいからもう作るな」
このように、ちづるに封印されたものが多々ある。

でも、私は逆らわない。
文句を言って、玄関が封印されたら困るもの。



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歯が取れた。
といっても奥歯の詰め物。
いつもの腕毛の豊富な歯医者さんに行った。

私は歯医者さんが嫌いではないので、何かあるとすぐ行く。
「別になんともないです」
といわれたこともある。

詰め物が取れたのも初めてではない。
子供のころは虫歯だらけだったので、
口の中は詰め物だらけなのだ。
いわばバテレン・・・いやベテラン。

経験豊富な私は、取れた銀の詰め物を
「これです」といって渡した。
取れてすぐならこれが使える可能性が高い。
そう思って、ティッシュに包んで置いておいたのだ。
そしてゴミだと思ったちづるに捨てられたのを、
またゴミ箱から拾ってきたのだ。

「なるほど、じゃあ型をとって新しいのをつけましょう」


  がっかり。


どうやら詰め物の中が虫歯になっていたらしい。
ちゅい~んとやった後、ゴリゴリゴリとやられて、
「レーザー当てときましょう」といわれた。

なに?
今までそんなことはなかったぞ。
ははぁ~ん、新たに導入したのだな。

機械がカチカチカチと音を立てるたびにレーザーが照射されるらしく、
熱のような刺激を感じる。
これって歯以外、たとえば的にでも撃ってみたらどうなるのだろう?
あーやってみたい~!

考えてみたら、ちゅい~んもゴリゴリもやられるばっかりで、
誰かにやってみたことはない。
あーそれもやってみたいー~!

口をすすいだとき、削った歯を舌で触ってみた。
詰め物が取れたときより、ものすごく深くなってる!
ああー見てみたい~!

そんなこんなで身もだえしていると、
腕毛の先生に代わって、看護婦さんが型をとりに来た。
「ハイ、口を開けてくださ~い」
と、マスクをした若い女性の顔が近づいた。

ここで
「してみた~い、見てみた~い」
という好奇心はどこかに消え去り、
頭の中は
「鼻毛、出てへんかいな?」
オンリーになってしまった。


で、後口が悪かったので、飲みに行ったのさ。


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暖かい。
蚊が現れた。
ハエも出た。
なにか問題があるのではないか、この職場。
生物が多すぎる。

蚊やハエが出ると、それらを捕食するものが現れる。
口に出すのも、キーボードで打つのもおぞましい。
八本足だがタコじゃない生き物のことだ。

ちなみに私は、あの小さいハエトリ○○や、
黄色と黒の縞々模様、コガネ○○は平気だ。
素手でつかまえることさえできる。
あの家に出る、足の長い大きなヤツだけが怖いのだ。

ちづるの会社関係の人がうまいこと言っていた。

「あのベルベットな感じがイヤなのよね」




ぞわわ~~~



以前、私がクモ嫌いだと知って、こんなことを言うオヤジがいた。
「クモなんて、カニの仲間やぞ」

そんなことを言われたのを思い出したので、検索してみた。

生物の分類は、界、門、綱、目、と別れている。
この「界」は「動物界」だ。
つまり動物か植物かぐらいの大きな分類だ。

その下が「門」
クモもカニも「節足動物門」に分類される。
ところが、その下の「綱」で、早くも二つに分かれる。
クモは「クモ綱」、カニは「甲殻綱」なのだ。

では、人間は「何門」か?
「脊椎動物門」だ。
なんと大雑把な分類か。
最も原始的な脊椎動物を検索。

ああ~、あの日あの時あの場所に戻って、
あのオヤジに言ってやりたい。

「じゃあ、お前はヤツメウナギの仲間か!」


あんなオヤジと仲間だと思われるぐらいなら、
ヤツメウナギと肩組んだ方がマシだ。
血を吸われるけど。

あのオヤジの分類を考えてみた。
おそらく、脊椎動物門ヘリクツ綱アブラ目ウルサ科ノドガラガラ属カレイ種、であろうと推測される。

私は違う。
そんなオヤジの仲間ではない。
脊椎動物だしオヤジっぽくはあるが、ヘリクツなんか言わない。

なにっ、今日のこのブログがヘリクツだと!
そんなことないモ~ン。


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昨日はなぜか話題がレトロなほうへ流れる日だった。

飲み屋では女将さんが風呂敷の話をしはじめた。
昔はしょっちゅうもらえたのに、最近もらった事がないと言う。
使っていると案外便利なのだが、なかなか技術もいるらしい。
箱の包み方、ビンの包み方など、いちいち方法があるのだが、
それを全部覚えていて、とっさのときに使えるか、ということだ。

サイズや荷物にもよるが、ショルダーでも手提げでも、
リュックでもウェストバッグでも変幻自在。
昔の知恵は埋もれさせておくのはもったいない。
私はいざというときのために、小風呂敷を携帯しているが、
まだ使ったことはない。
「実はワシは持ってるよ」
と、きのう女将さんに見せたのが初使用だ。

そのあと、コマの話題になった。
ある人が子供にコマの回し方を教えようとしたら、
回せなくなっていたと言うのだ。

実は私もこの正月にコマを衝動買いしたのだが、
これが回せない。
手のひらで受けたり、ヒモを渡らせたり、
あんまり上手ではなかったが、とりあえずはできたものだ。
それが、回すことさえできなくなっているとは。
子供のころに覚えたことは体が覚えているというが、
体まで健忘症になっていようとは。

そこへ帰ってきたのが、お店の看板むすめ、
一年生になったばかりのみーちゃん。
入ってくるなり、あやとりを始めた。
ほかの常連さんたちと懐かしがっていると、
みーちゃんは「ゴム」と「二段はしご」と「手品」を見せてくれた。

私の弟は子供のころあやとりが得意で、
「亀」だの「蝶」だの「ダイヤモンド」だのと、
複雑なものを作り上げていた。
なんだか自分であみだした作品もあった。
・・・のび太か。

私ができたのは「サカズキ」か「ほうき」
はっ、体は覚えているだろうか。

そういえば、金曜日に会社の営業の人が眼の手術をしたのだが、
事務所の女の子がツルを折ってあげていた。
ツルらしさを演出するためにマジックで目や羽を描いたので、
不吉な怪鳥ができあがっていたが。

私は「ツル」は折れない。
「カブト」と「ピアノ」と「コップ」ぐらいだ。
覚えているか? カラダよ。
弟は「サイフ」を折って、ホントに小銭を入れていた。

今、ふと思い出したが、
小学生の頃、ハンカチを折りたたんで「ブラジャー」を作った。
これは今でも作れる。
カラダがそう言っている。


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季節は谷間。
暖かかったり、かといって一枚脱ぐと寒かったり。
半そでにしようか、コートを羽織ろうか、迷いの時期だ。

会社で話していたら、O川が悩んでいた。
ストーブの灯油が切れたのだが、買うべきかどうか。
まだ朝晩は暖房の欲しいときもあるのだが、
灯油が余っても困る、というのだ。

「あと5リットルぐらいあれば・・・」
でも、たったそれだけ買うのは恥ずかしいんだそうだ。
考えてみたら、灯油5リットル分の暖かさなんて、
灯油を売ってる店まで歩いたら得られるのではないか。

たぶん、寒いと思ったときに店まで歩いて灯油を買いにいけば、
帰ったときには扇風機が欲しくなるはずだ。
そうだ、灯油で動く扇風機があればいいのだ。
我が家のストーブはガスだからこんなこと言えるのだが。

確かに、タイミングで迷う場面は生活の中に多々ある。
花粉盛りの時期に目薬がなくなったら、
花粉用を買うか、疲れ眼用を買うか。

セーターをしまうのに出した押入れ収納に、
トレーナーをしまうかどうか。

昼休み終了の10分前、
推理小説のラストシーンを読み始めるかどうか。

酒が徳利に半分でつまみがなくなったとき、
もう一品注文するかどうか。

その年最初の真夏日、
始まったばかりの冷やし中華にするか、
夏バテ予防のうなぎにするか。

夕方腹ペコでスーパーに行ったとき、
お惣菜が2割引になるのを待つかどうか。


ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか
ニ、ニ、ニーチェかサルトルか
みーんな、悩んで大きくなった



なんとなく、なつかしのCMソングを引用してみました。



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今日は総会以来の班長の仕事、消防団の団結式だ。
「私設消防団」なのに班長は強制的に参加させられるのだ。
う~む、気に食わん。

くどいようだが、私はわが区のドブ掃除に怒っている。
毎年、朝8時半から昼の1時までかかる。
しかも後半の2時間はただ待たされるのだ。
その原因がこの消防団だ。

皆がドブをさらったあと、ポンプで放水をする。
平等の名の下に、きれいなドブまで放水する。
数十メートル進むとホースを継ぎ足し、
それでも届かなくなると、別の貯水槽にうつる。
そりゃ、そんなやり方してたらいつまでも終わらんわい!

3台のポンプで区の全域を放水したら、貯水槽にそのポンプで水をためる。
そのあとホースを洗いにいき、柱につるして干し終わったら解散になる。

1時に終わって家に帰り、シャワーを浴びたら2時に近い。
刑務所でも食べ終わっている時間だ。
そりゃ年寄りの役員どもは、家族からないがしろにされているかもしれないが、若い家族はみんな腹を減らして待っているのだ!

先日、班長と役員が集まったときにそのことについて発言した。
「ほかの区がやってない放水をなぜウチの区だけやるのか」
「なぜウチに区には業者を使う予算がないのか」
「よその区はどうやっているのか」
それに対する区長の答えは

「知らん」

なるほど、確かに区長も突然決められて、そんなことは知らんだろう。

だからと言ってそんなこたえがあるか!

では消防団に聞いてみようじゃないか。
風邪引きで調子は悪いが、
「ドブ掃除のときの放水はどうしてもやらねばならんのか」
これだけは聞いてみなくてはならない。

ところが、現場に行ってみると、消防団員が見当たらない。
話の流れで、どうやら3人の年寄りが団員らしい。
しかも仕切りの区長が、
「そしたら天気も悪いし、ポンプの使い方だけ教わりましょか」
で、年寄りの一人が説明。
でも説明しながらポンプのエンジンをかけるので何も聞こえないのだ。

本当は防火用貯水槽を見て回るらしいけど、
時間がかかるのでやめになった。
ポンプにオイルを入れ、
「ほんならこれで」
ということで、ペットボトルのお茶をもらって解散になった。

これが「団結式」か!


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ミックスとは、楽しくて便利でウキウキだ。
野菜サンドにしようかハムサンドにしようか迷ったとき、
「ミックスサンド」と声高に叫ぶといい。
エダマメかチーズか決めかねたときは、
「おつまみミックス」をチョイスするべきだ。

ミックスの反対語は「単」だ。
こんな寂しい言葉、田舎の鉄道か電池ぐらいにしか使われない。
「単」がいくつか集まるとミックスになる。
とたんに選ぶという楽しみが生まれ、陽気になり、カタカナになる。
JRミックスや電池ミックスも考える値打ちがある。

ミックスとネーミングされていなくても、ミックスなモノは多い。
てんぷらうどん
カツカレー
ラジカセ
空気イス
あしゅら男爵
すいません。

ミックスの中にもよくないものもある。
たとえば、ミックスジュース。
ミックス過ぎだ。
刺身の盛り合わせは結構なものだが、
それを合い挽きミンチにしてしまってはいけない。
寿司の盛り合わせは大好きだが、ちらし寿司はそうでもない。


あ、
ひょっとすると、私はミックスより
盛り合わせの方が好きなのかもしれない。
ミックスフライ定食も、実はフライ盛り合わせ定食じゃないか。
てんぷら盛り合わせは盛り合わせで、
てんぷらミックスはかき揚じゃないか。

やっぱりミックスは気持ち悪い。

ゆうべ寝る前にヴィックス・ヴェポラッブをぬたくった。
で、洗面所に手を洗いにいって
「今日はヒゲを剃ったからクリームをぬらねば」
と思ったが、右手はぬたぬたてらてら。
仕方ないので、左手でクリームをぬった。

そのあと手を洗うとき、ヴェポラッブと髭剃りあとクリームが、
両手によってミックスされぬりょぬりょ。
プラス右手小指でデキモノに塗ったオロナインが隠し味。
石鹸を使っても落ちやしない。

「まったくこいつはなにを書いているんだ」
とお怒りの方。
どうかご勘弁を。
なにしろ頭の中が「眠たい」と「酒」と「風邪ひき」のミックスなのだ。


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伊勢市には「伊勢うどん」という独特のうどんがある。
腰のない太い麺に、真っ黒なたれをかけて食べる。
基本的には、具はネギだけ。
よその人には賛否が真っ二つに分かれる。
いっそ、うどんとは別物と思ってもらったほうがいいかもしれない。

もちろん伊勢にも、讃岐系のしこしこ麺のうどん屋もある。
そういう店は、伊勢うどんがない可能性が高い。
ほかにも、かやくうどんや卵とじうどんがなかったりする。
伊勢うどんを置いている店は、かやくうどんや卵とじうどんも、
伊勢うどん用の腰のない太麺を使っている場合が多い。

これも、よその人から見たらとんでもないモノだと思う。
太くてクタクタの麺。
出来上がった時点で、のびのび感たっぷりだ。

私はかねてから、うどん屋は一回で判断をするべきではない、と思っている。
たとえば、かやくうどんを食べておいしくなかったとしよう。
その場合、「ここはダメだ」と決め付けず、もう一度訪れてみよう。
そして、カレーうどんを注文するのだ。

カレーうどんは普通のうどんとは別物だ。
案外太い麺でもあう。
自宅で伊勢うどん用の麺を茹でて、レトルトのカレーをかけて食べるとなかなかいけるのだ。
「あそこのカレーうどん、おいしいんだよね~」
といわれる店が、ほかのうどんもおいしいとは限らない。

しかし、カレーうどんもおいしくなかったとしたら・・・
それでも、その店をもう一度訪問して欲しい。
そして、中華そばを注文するのだ。
中華そばとうどんは別物だ。
でも、うどん屋の中華そばには当たりが多い。

ラーメン屋のものとは違った、シンプルなさっぱり系はいまや貴重だ。
なるとや薄切りゆで卵がのってたりすると懐かしい気分になれる。
テーブルには中華そばのためだけにコショウが置いてあるのだ。

しかし、中華そばもおいしくなかったとしたら・・・

もう、他人丼でもいなりずしでも、好きなものを頼んでくれい。


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私はかゆがりだ。
風呂には毎晩はいっている。

背中、と言うのはなぜかゆくなるのだろう。
あんなにものんべんだらりとただ広いだけの部分。
よく動く場所、湿度の高い場所、換気の悪い場所はまだわかる。
なのにあの背中というヤツは、かゆくなる。

「孫の手」なんて背中をかく専用の道具がある。
これはなぜかというと、背中はかゆくなる上に手が届きにくいのだ。
会社で年上の人たちが皆腕が上がらないと言っているのを聞いて、
私はジムで腕をあげる練習をしている。
ふつう、なにかの腕を上げる練習をするものだが、
ただ、腕を上げる練習をしている。

ともかくその成果で私は背中で手をつなげるのだ。
これで背中全般に手が届くような気がするのだがそうは行かない。
たとえば右手を背中に回す場合、上から、下から、左のわきの下からの三種類の道筋がある。

そのひとつずつを、左右ともワイパーのように手が届く範囲を扇形に塗りつぶしていき、背中全体が塗りつぶせたら、自力でどこでもカキカキできると言うことなのだが、どうもデッドゾーンがあるようだ。
そうなると「孫の手」あるいは、万能背中かき「角」に頼ることになる。

「角」という道具があるわけではない。
その辺の「角」のことだ。
「角」は背中にもって行くことができない。
なので、背中を「角」にもって行くことになる。
これはとても気持ちがいいのだが、見た目が悪い。
風呂に入っていないように見える。
だから、本当に便利なのは「人目につかない角」なのだ。

もうひとつ困るのが、どこかかゆいのだが、それがどこかわからない場合だ。
もがいてもがいてした挙句、かゆいのは足の小指だったりする。
足の小指はタチが悪い。
ぶつけたらほかより痛いし、蚊に食われたらほかよりかゆい。
そのくせ、実生活ではたいして役に立っていないのだ。

そこで、提案。
こういう使い方はどうだろう。
「孫の足の小指」
足の小指を三つぐらい並べて棒の先につけるのだ。
「孫の手」より肉球っぽい感じがいいかもしれないぞ。


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ちづるにいかがわしい病原菌をうつされてしまった。
おかげで昨日今日と花粉症以来のマスク通勤。
せっかくのビボーが台無しだ。

それにしても、マスクも進化したものだ。
私が子供のころのマスクといえば、
仮縫いのミニ雑巾みたいなガーゼ製に決まっていた。
ところが今では薄くてフィットして使い捨てだ。
なんだかアダルトな感じの表現になってしまった。

現在の主流は二種類。
ジャバラ型か立体裁断型かだ。
これではわかりにくいので、誰にでも簡単にわかる言い方をすれば、
「仮面ライダーV3型」と「新造人間キャシャーン型」だ。
万が一、わからないと言う人は検索してみるように。

二者択一となったとき、その人の選択眼が試される。
たとえばβとVHS。
たとえばマックとウィンドウズ。
たとえばTOTOとINAX。
たとえばクボタとヤンマー。

大抵の場合、どちらも一長一短で迷いが生じる。
V3型(ジャバラ)の場合、段差に露がつく。
なにかの都合でマスクを取ったとき、余分な水分がしぶく。
知らぬ間に水蒸気を吐いているのだ。
ためしにティッシュを当ててみると、驚くほどの結露が確認できる。

キャシャーン型(立体裁断)は耳が弱い。
耳にかける部分が独立したゴム素材でなく、
全体と同じ布系素材なのですぐ伸びてしまう。
おやつを食べたり、お茶にしたり、つまみ食いしたりするたびに密着感が薄れていき、気がつくとマスクのはずがあご袋になってたりする。

どちらにせよ、昔のことを思えばずいぶん進歩した。
それでも、昔から変わらないのがサイズの問題だ。
どんな形状であれ、小さいマスクは恥ずかしい。
マスクが小さい、ではなく、顔がでかいと判断されるからだ。
安いからといって、うっかり小さいマスクを買ってしまったら悲惨だ。

マスクの中でおちょぼ口にしてみても意味はない。
口を隠すことが問題ではないからだ。
だからといって、がははと笑って下の歯が全部見えていては具合が悪い。
大口を開けると、鼻だけマスクになったりする。

マスクはじっとしていない。
口の周りの筋肉が動くと、上か下に移動する。
結果、あご袋か鼻だけマスクになるのだ。
要するに、マスクをしているような人は、
口の周りの筋肉も安静にしておれ、ということなのだ。







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今朝、工事現場のすぐ横に信号で止まった。
そこには「ご迷惑をおかけします」の看板があり、
頭を下げている人のイラストが描かれていた。

もうおわかりだろう。
世の中のすべての人の意見を私が代表して言おう。
このお辞儀のイラストの成功例を見たことがない、と。

今日見たイラストは、ちょっと左曲がりで目を閉じて半笑いだ。
「恋人の肩に寄り添うポーズ」といった感じだ。
しかも、動きを表現しようとしたのか、
腰や肩の辺りに「〃」みたいな効果線がついている。
目を閉じて半笑いでくねくねしている作業服。
これでは挙動不審の現場監督だ。

過去に見たものも、ことごとく妙なポーズだ。
こちらに向かってスキーのジャンプをしてくるようなもの。
ヘルメットから足が生えた妙な生き物に見えるもの。
正面から描くのをあきらめ、横にお辞儀をしながら、上目使いの視線だけこちらを向いているもの。
目を閉じているだけで、全然お辞儀をしていないもの。
建築業界で今一番難しいのは、海底トンネルや巨大つり橋よりも、このお辞儀イラストなのではないか。

確かに難しいだろうと思う。
たぶん、お辞儀をしている人の写真を撮って、
それをきちんとなぞっても変なものになるだろう。
座って手をつけばそれらしく見えるかもしれないが、
工事するのに土下座まですると言うのも大げさだ。

ところで、あの絵は各建築会社が用意するのだろうか。
それとも、既製品が売られているのだろうか。
ひょっとしてお辞儀絵業界というものも存在するのだろうか。
いっそ、大賞を決めてみてはどうだろう。
最もお辞儀に見える大賞と、最も笑える大賞を決めるのだ。

そうなるとみんなが笑いのほうに走ってしまいそうだ。
なにしろ、お辞儀に見える絵は難しいのだ。
だからといって、わざと笑わせようとするとしくじるのだろうなあ。
お笑い業界ではそういうのを「すべる」とか「痛い」と言うが、
工事現場にはふさわしくないなあ。


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ゆうべは夕食に「まいたけごはん」を炊いた。
普段なら、買い物に行ってご馳走を食べるのだが、
なにしろちづるが風邪っぴき。
私も出かけるのが面倒になって、温存していたもらい物の「まいたけごはんの素」を使うことにしたのだ。

朝、「がっちりマンデー」を見るために7時半におきたらゴルフ中継だった。
普段なら、日曜の朝はカレーパンとヨーグルトだ。
カレーパンだと決めているわけではないのだが、
「これなら文句を言わない」と言う理由で、
ちづるがいつもカレーパンを買ってくるのだ。
しかし、もちろん今日はない。
ひとりでまいたけごはんを食べた。

昼、普段なら買い物ついでに外食だ。
うどん、中華、その他、のローテーションでほぼ決まりだ。
市内だと店も決まっているが、ちょっと遠出をするときはお楽しみ。
でも結局ラーメンの率が高いような気がする。
しかし、今日はひとりでまいたけごはんを食べた。

夕食、普段なら、おかずで一杯、だ。
今日は退屈だったので、2時ごろからビールを飲みながら録画してあった映画を見ていた。
映画が終わったあと、夕方まで寝てしまった。
ビールのお供にポテトチップやせんべいを食べたので、
夕食の時間になっても腹が減らない。
7時ごろ、ひとりでまいたけごはんを食べた。

さて、ちづるは寝っぱなしだ。
私が寝る前に、明日のご飯の用意をしなければならない。
普段、ちづるはごはんに「五穀米」というものを入れて炊く。
それはそれでうまいのだが、私にはどのぐらい入れていいのかわからない。
だから明日は久しぶりの白ご飯だ。

考えてみたら、私は普段ふつうの白ご飯を食べていない。
最後に食べたのはいつだろう。
先週の中華はあんかけのごはんだったし、
その前のうどんやでは、ミニ天丼のセットだった。
ああ、汚れのない白ご飯が食べたい!
そういいながら、明日の朝はタマゴをかけてしまったりするかもなあ。



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ちづるが風邪をひいた。

私が午前の畑仕事して帰宅すると寝ていた。
なのでお昼は私がコンビニに買いに行った。

昼からは自宅で種蒔き。
夕食の用意。

いつものように酔っ払ってテレビ見ながら転寝して、
目が覚めたらハナボイスになっていた。

ずぴずぱ。

さっき「ルル」を飲みました。
「ヴェポラッブ」を塗って寝ばす。

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さいた さいた さくらが さいた
この土日は花見もにぎわうだろう。
日本人は桜が大好きだ。

「桜」は、もはやただの植物の名称ではない。
春の代名詞であり、日本の象徴だ。
歌に歌われ、絵に描かれ、寅さんの妹になった。
「桜」は日本人の心に、特別な地位を築いた。

それを考えると、フィルムメーカーの『サクラカラー』
よくぞ「サクラ」をゲットした。
企業の名称など言った者勝ちだ。
おいしい名詞はほかに数えるほどしかない。

「サクラ」に肩を並べるとしたら「富士」ぐらいしかない。
ここでも勝者はフィルムメーカーだ。
そういえば『フジテレビ』があった。
テレビ、新聞はさすがにいいとこを押さえている。

『朝日』なんて憎いばかりのチョイスだ。
新聞という事を考えたら『毎日』もすばらしい。
究極のネーミングが『日本テレビ』だろう。
これらに対抗できるのは『大空真弓』か『海原千里万里』ぐらいだ。

一方、出遅れた企業たちはネーミングに四苦八苦している。
『ブリジストン』や『サントリー』は有名だが、
「なんでやねん!」といいたくなるような企業もある。

『ヤクルト』『ポポロ』『がまかつ』『ヤンマー』『貝印』
これらが本当に企業名かどうか、私の記憶が怪しくなってきた。
ひょっとしたら、私が知らないだけなのか?

さて、そんな大きな企業はいいとして、身近な企業はどうか。
取り合いになっているのは地名だ。
市の名称など、あらゆるジャンルの企業がひととおりは使っている。
あとは地域、地方の名称だ。

どうかすると、夫婦二人で営む町工場に『中部』なんてついてたりする。
まるで『中部電力』のように中部地方を代表するつもりなのか、
と思いきや、
「いや、町内の中部にあるから」
なんて場合もある。

市内で取り壊し中の映画館は『世界館』
近所には『西日本印刷』と言うのもある。
さて、私がどうのこうの言うのはここまでだ。
このあと企業名はカタカナへ、アルファベットへと移行していく。
さよなら、私にはもう読めません。



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飲みに行った。
ただし、今日は普段とはちょっと違う。
仕事が終わった後、ジムで汗を流し、そのあと飲みに行ったのだ。

せっかくジムでしぼったのに、酒を飲んでは意味がないじゃないか、
と言うなかれ。
モノは言い様考え様。
鍛えもせずに飲みにいくよりは、ずいぶん具合がいいはずだ。

汗をかいた後だから、まずは生ビール。
店に入って、一瞬でカウンターの座る場所を決定。
普段より遅い時間なので、案外すいていた。
イスに腰掛ける、という動作をしながら生ビールを注文。
「それと湯豆腐ね」

ここまではメニューを見てはいけない。
ビールだけ頼んで
「んん~っと、なににしようかな~」
なんてのは素人だ。
メニューは知り尽くしていて、後から
「おや、今日はこんなものもあるんだね」
と気づかなくてはならない。

湯豆腐でビールをあおって、塩サバを注文した。
これはアテになる。
ここで酒に切り替える。
これからはゆっくりメニューを吟味できる。
野球中継を見ているフリで、実はずっとメニューを見ていたのだ。

とりあえず候補は二つ。
「ふくだめ」か「わけぎぬた」か。
ふくだめはは貝だ。
若干塩サバとかぶっている。
たぶん二つに切ったのが二個ぐらいだろう。
わけぎぬたは前回来たときに注文した。
しかも、持ちがいいから酒を追加してしまうかもしれない。

ここで急浮上してきたのが「卵焼き」だ。
淡白だからサバとあわせワザで今の酒をクリアすればいい。
一応ほかをチェック。
きょうは「ひりょうず」が品切れだ。
「月見」はきのうウチで食べた。
「釜揚げ」ではサカナサカナしてしまう。

注文の仕方もコツがいる。
「すいませ~ん」
なんて叫ぶのはワカゾーだ。
オヤジさんは「大将」
女将さんは「おかあさん」と呼ぶ。
従業員のおばさんは「おかあさん」とは呼べないから、
「おねえさん」と呼ぶことになる。

今日の座り位置はおねえさん区域だ。
「おねえさん、たけのこ」
なぜだか、タケノコを頼んでしまった。
出てきたのはワカメの溶けた若竹煮。
タケノコは先っぽが多い。
おねえさんは「たけのこ、おいしいよね~」と微笑む。
「そうよね~」と同意。
ふふふ、野性のカンによる注文は正解であった。

本日のラインナップ。
生ビール一杯。
酒、冷で3杯。
湯豆腐、塩サバ、タケノコ
以上で2000円ちょうど。
ああ~、明日もいきたい~






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休日の昼食は外食が多いのだが、それもうどんと中華がほとんどだ。
たまには珍しいものを、と思うとパスタなどを選ぶことがある。
パスタ。
私の小さい頃は「スパゲティー」だった。
それ以外に今で言うパスタは「マカロニ」しかなかった。

スパゲティーは洋麺のケチャップ炒めだった。
具はタマネギとハムぐらい。
私のイメージでは、お子様ランチの添え物としてデビューしたような気がする。
デパートの大食堂にしかなかったんじゃないだろうか。

そのうちミートソースが現れた。
スパゲティにも種類があるぞという主張を始めて耳にした。
主な住処は喫茶店に移った。
鉄板に乗ったり、粉チーズがかかったりした。
ちなみに私はいまだにイタリアンとナポリタンの違いがわからない。

ホワイトソースの出現にはびっくりした。
なにしろ赤いと思っていたものが白くなったのだ。
そうこうしているうちに、スパゲティーの種類はどか~んと増えた。
ボンゴレ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、などなど。
そのうち名前が追いつかなくなってきたのか、説明調のメニューをやたら目にするようになった。
いわゆる「○○と○○の○○」と言うタイプだ。

こうなると注文するのに想像力がいる。
先日寄った店のランチは3種類のパスタから選ぶシステムだった。
私は「ムール貝とキノコのトマトソース」
ちづるは「スモークサーモンとトマトの・・・なにか」を選んだ。
結局は具の好き嫌いで選ぶしかない。

私の基準では「生ハム」が入っていると弱い。
「ベーコン」もかなりそそられる。
でも「アンチョビ」は遠慮する。
野菜なら「ホウレンソウ」と「アスパラガス」がいい。
ちづるはパスタに限っては「ナス」がイヤだそうだ。

いっそ、ピザのトッピングのようにチョイスできるといいのに。
「生ハムとホウレンソウ」と「ベーコンとアスパラ」がある店でも、
「生ハムとアスパラ」はないのだ。
なんでや。

最近は、納豆だの味噌だの大根おろしだのあんかけだの、
バラエティに富んできたと言うか、節操がなくなってきたと言うか、
ともかくメニューの種類が多すぎる。
生ハムタイプだとか、ホワイトソースタイプだとか言う以前に、
「迷うタイプ」の私は、「イタリアン」の時代が懐かしい。


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身体的特徴の中で、顔の造作の次に私が自慢できるのが視力だ。
腕時計をしていなくても、移動しながら辺りを見回せばたいてい時計ぐらいはどこかに見つけられる。
車だったら、信号などで停車したとき、前の車の時計が見える。
私の車は少し車高が高いので、相手が普通車で、障害物さえなかったら楽々だ。

先日、会社帰りに踏み切りでとめられたとき、前の車のカーナビが目に入った。
わざわざ覗いたわけではないが、もう暗くなっていたので、シルエットの中に浮かんで見えたのだ。

それが平面地図的カーナビでなくて、風景のとおりに見えるタイプのカーナビだった。
立体感があると言うか、遠近感があると言うか、バーチャルな感じ。
なにしろ、私に見えている実際の風景が、前の車の小さな画面に簡素化されて写っているのだ。
その画面のすぐ前は踏み切りなのだ。

まさか・・・このあとこの画面に電車は通るのか。
ふと、そんなことを思ってしまった。
そんなはずはない。
第一、そんな必要がない。
でもどうだろう、文明は不必要な方に進歩してきたのではないか。

私の知っている「最新」と、ほんとうの「最新」では「最新度」が違う。
だいたい「最新」が、私の耳に入るのは、「最新」がちょっと「中古」になってからなのだ。
ケータイもカーナビもプレステもウデドケイも持たない私と違って、前の車の運転手は新物好きのようだ。
ふふふ、踏み切りでこんなにわくわくしたことはない。

そのとき、前の車の後ろの席で(えい、ややこしい)今まで見えていなかった子供が立ち上がった。
うわー、コラー、ジャマだー、座れー!

前の車の持ち主は、何もかもを手に入れた立派な人だと思っていた。
生活のすべてが最新の設備で彩られているのだと思っていた。
なのにヤツはチャイルドシートすら備えてなかったのだ。
まったく、見損なったぜ。




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先週は生活のリズムが狂っていた。
悪い癖がついてしまったのだ。
その名もうたた寝。

夕食時、テレビを見ながら飲酒。
そしてそのまま寝てしまう。
気がつくとだいたい午前1時。
あわてて風呂に入り、ブログを書く。
ベッドに入るのは2時3時だ。

この睡眠不足を日曜に取り戻した。
朝寝をしたわけじゃない。
7時半には起きた。
「がっちりマンデー」を見るために。
なのにアニメの特番だった。

取り戻したのは昼間だ。
だいたい3時から5時まで。
途中何度か目を覚ましたが、
「ま、いいか」と睡眠を続行。
これがまた気持ちがいいのだ。

同じ睡眠のようでも、朝寝と昼寝と酔っ払って寝るのでは質が違うような気がする。
朝寝は、本当の睡眠をだらだら延長しているだけで、
いわば「残業」みたいなものだ。
酔っ払って寝るのは、酒という薬品の力に頼っているので、天然の睡眠ではない。
養殖の睡眠だ。

その点、昼寝はいい。
本業で天然の眠りだ。
朝からバタバタ動いた分の疲れと、
睡眠にふさわしい気温と、
お昼ごはんの満腹感で、
ほぅら、体がとろけて快眠という排水溝に流れ込んでいく・・・
たとえがおかしいか。

結局この日は夕食後に寝てしまわず、
早くベッドに入り、たまっていたノートもつけることができた。
そして、月曜日の今朝、目覚ましがなる前に、すいっと目が覚めた。
トイレに行きたくなったわけでもなく、
布団がベッドからずり落ちそうになったわけでもなく、
ただ、寝終わった、って感じだった。

そのよい気分と布団のぬくぬくを味わっていたら、
ちづるの目覚ましケータイが鳴った。
今の曲は「人造人間キカイダー」だ。

♪スイッチオン、ワン、ツー、スリー
 電流火花が体を走る ジロー、チェンジ、キカイダー

ここで終わる。
どうせなら、ダークロボットを迎え撃てよ、
と少しだけ不愉快になって起きたのだ


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作法

食べ物で一番重要なのは『味』ではなく『好み』だ。
評論家がどんなにほめつくしても、自分が好きじゃなかったら食べる値打ちはない。
「こうするのが一番うまい」
と、自分の流儀を最高だと疑わない人がいるが、
あくまでも、それはその人にとって、なのだ。

『好み』とは味だけに通じる話ではない。
食べ方にも個人の好みがある。
たとえば、目玉焼きに醤油をかけるかソースをかけるかは味の好みだが、白身から食べるか黄身から食べるかは食べ方の好みだ。
ちなみに私は目玉焼きに何もかけないが、かけるとしたらソース。
白身を先に食べて、黄身をごはんに乗せる派だ。

以前、会社の宴会でのことだ。
酔っ払ったオヤジが、私の席に来て、
「このカニの甲羅に酒をついで飲むとうまいんや」
といって、酒を注ごうとする。
私が拒否しても、だまされたと思って、なんてことを言ってごり押ししてくる。
私はそういう方法があることも知った上で拒否しているのだ。
カニ味噌を箸でこそげながら、濁りのない酒を飲むのが好きなのだ。

別の席で。
お膳には鮎の塩焼きがあった。
「ええこと教えたろ」
オヤジである。
こんな場面で「ええこと」だったためしがないのだ。
それは、鮎の身をぐずぐずにつぶして骨を抜く裏ワザだった。
「こうしたら、骨を気にせずに丸ごと食べられるだろ」
と鼻高々だ。
そして「やってみ」と言う。
私は、そういうやり方があることも知っているが、
鮎は骨まで食うタイプなのだ。

知識は保存しておいて、聞かれたときに披露すればいいのだ。
聞かれてもいないのにいいたがるのは、知識の在庫がない証拠なのだ。
このお膳は私の所有なのだ。
陣地なのだ。
マイ リトル スクエアなのだ。

そこに口出しするオヤジども。
字面で考えても不愉快だ。
そこのあなたっ。
考えてみてください。
「あなたのお膳に口を出すオヤジ」
どうです、気分悪いでしょう。
オヤジのクチビルがにゅ~と伸びてきて、あなたのお膳に唾液をぽたぽたたらしているような気がしませんか!


 話は変わって


会社の同僚O川の奥さん。
日本人には珍しく、うどん、ラーメンが好きではないらしい。
で、そういうものを食べるときは、まずスープを飲んでしまうと言う。
ほとんどのスープを飲んでしまってから、麺を食べはじめるのだと。

O川の奥さん、
それはおかしい!
あんたは間違っている!
お膳はないけれど、私はあんたの丼に口出ししますぞ!




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今日は3月31日。
みそか寄席の日だ。
しかも今夜は特番。
なにしろ、寄席なのに落語がないのだ。

もうひとつ、普段と違うのはお酒が飲めることだ。
今日の趣向は、お座敷遊び。
ちょいといっぱいやりながら、お座敷芸を堪能できる、とか。
だから今夜は高座がなく、客席と同じ高さが舞台だ。

まずは、みそか寄席常連の若手噺家さんの踊り。
もちろん、間には軽妙なおしゃべりが入り、観客を楽しませてくれる。
演目は「奴さん姉さん」

続いては「流し新内」の師匠が客席うしろから入場。
三味線を弾きながら客席を練り歩き、舞台では都都逸を指南。
難しいことはわからないが、確かに師匠は美声だった~。
あんな裏声がなぜこんなオヤジから・・・?

この会の首謀者の噺家さんは、こっけい浄瑠璃なるものを披露。
「どんぐりころころ」を義太夫でひとうなり。
再び若手の踊りがあったあと、トリを勤めるのは江戸曲ゴマのまさに至芸だった。
客席からは歓声の嵐、怒涛の拍手。
ああいう動きの芸は、言葉ではとても伝えられない。

今回の名目は花見。
花見の席での余興を室内で再現したものだ。
季節ごとにいろんなイベントを体験できるこの会。
なかなか、貴重かも。




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