2006年01月

ここでは、2006年01月 に関する情報を紹介しています。
今回行った旅行でも、ずいぶん山道を走った。
車線の多い都会の道路よりも、曲がりくねった山道の方が好きなのだ。
最近は、かなりの田舎でも広くてきれいな道路が通っていて、ハイカラなバス停や公園が作られている。
家の密集する集落を避けて、峠道はトンネルになり、渓谷には道路と同じ幅の橋が架かっている。

そんな道を走っていると、旧道が所々残っているところがある。
たとえば新しい道の両端に細いカーブだけが残っていたり、トンネルの入り口に山肌沿いに進む道の入り口があったり、立派な橋に平行して行き違えないような細い橋が残っていたり・・・

そんな道が好き!
時間が許されるならそっちを走りたいと思う。
山の中腹にぽつんと家が建っているのを見つけると、そこへ行く道に入ってみたくなる。
地図で行き止まりの道を見つけると、行ってみたくて仕方がない。

昔ながらの山道しかないところはもう少ないんじゃないだろうか。
たまにそんな道を通り、小さな集落に出るとわくわくする。
しかし、ちづるはそれを嫌がるのだ。
なぜか?・・・それはトイレがないからだ。
なのでなるべく道の駅などがある道を通るのだ。

ところで、私は田舎の集落についてある法則を発見した。
もし、その集落に店が一軒しかないとしたら、それは酒屋だ。
もし、店が二軒あったら、もう一軒は床屋だ。
更にもう一軒店があるとしたら、それは夜はスナックになる喫茶店だ。
この法則、いかがでしょう。



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何とか無事に帰ってきました。

今回のコースは紀州方面。
伊勢を出発→新宮で丸ポスト撮影→湯の峯温泉に一泊→龍神→龍神高野スカイライン→道を間違えて山道へ→奈良県横断→伊勢
紀伊半島の右半分って感じ。
考えてみると観光はほとんどせず、写真とトイレ休憩ばっかりの旅だった。

宿は、建物はぼろかったけど、料理はなかなか、お湯は最高。
風呂でいっしょになったのは常連さんで「日本中回ったがここのお湯が一番だ」と言っていた。
なにしろ、宿の横に、温泉が湧いているそうで、余分なお湯が流れるので川まで湯気が立っていた。

しかし、旅先の朝食ってどうしてあんなに食が進むんでしょ。
温泉粥と別にごはんを二杯半も食べてしまった。
なぜ「半」か?
おひつがカラになったから。

さて、自分ちの玄関で靴を脱ぐまでが旅行、ってなことをいうが、旅行のフィニッシュはつまらない。
自分ちの玄関が近づくほど、道も景色も見飽きたものになってくる。
ラストの20分など、普段の生活圏内だ。
「旅行なのに普段ジャスコに行く道を走ってる」と思ったら悲しくなってくる。

今回は特にその思いが強かった。
奈良県から三重県に入ったあたりが、両親の実家近くだったので、ラスト90分が見飽きた道だったのだ。
それよりもなによりも、帰りに自宅に一番近いスーパーで、晩ご飯と弁当のおかずを買ったりしたのが、一番のマイナス要因かもしれない。

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おはようございます。
ちょいと旅行にいってきます。
旅の目的は、温泉、料理、丸ポストです。
すでに出発予定時間は過ぎています。
ほな、いってきます。

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私の部屋の暖房は電気ストーブだ。
ちづるが若い頃に使っていたという年季モノだ。
スチーム機能がついていて、水を入れると湯気が出る。
乾燥はお肌にものど鼻にもよくないので、常にスチームはつけている。

部屋にいるとつけっぱなしなので水の減りが早い。
満タンにしておいても二日ともたない。
以前は洗面所にあったコップに水を入れてきて、注水口から注いでいたのだが、このやり方だとやたらこぼしてしまう。
専用のやかんのようなものがあるといいのに。

キャンプ用の小さなやかんがあるので、それを使おうかと悩んでいたとき、ふと思いついた。
ペットボトルでいいのではないか。
500ccのがあったので試してみた。
こいつは具合がいい。
具合がいいと調子に乗る。
調子に乗ると注ぎすぎる。
注ぎすぎるとこぼれるのだ。

えらいもので、人間、考えれば答えは出るものだ。
300ccのペットボトルにすればいいことに気づいた。
で、わざわざ300ccの飲み物を買ってペットボトルを手に入れた。
これを洗面台においておけばいつでも注水OKだ。

ある日、注水しているとちづるがやってきて言った。
「あんた、そのペットボトル、汚いことに使ってないやろな」
「いや、これはストーブの注水専用だが?」
「それならよろしい。決して汚いことに使ってはならぬぞよ」
「・・・なぜ?」
「・・・うがいに使うからだ」
今までは歯を磨いたときは水を手で受けてうがいをしていたのだが、水が冷たくなり、ちょうど洗面台に手ごろなペットボトルがあったので使い始めたそうだ。
口はつけていないので、注水には使っていいそうだ。


それなら、洗面台のあのコップはなんだ?



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秋に従業員がひとり辞めて以来、シルバー人材センターの人に来てもらっていたが、いよいよ正社員を雇うことになった。
この不景気で求人にはかなりの応募があったらしい。
その中の選り抜きが今日から出社してきた。

最近では履歴書に書かせてはいけない項目が多いらしく、事前情報は「30歳過ぎのどこそこに住んでいる人」ぐらいだった。
なにしろ社長婦人が、既婚か未婚か知らなかったのだ。
まさに「あけてびっくり」みたいな顔見せとなった。

第一印象は案外よかった。
ちゃんと挨拶はできるし、返事はするし、言われた仕事にすぐ取り掛かる。
「そんなこと当然やんけ」というなかれ。
歴代社員のなかにはそんなことすらできないやつらもいたのだ。

午前中は社長に仕事内容を教わり、午後は現場に出てきた。
休憩時間に世間話をしながら探りを入れてみる。
聞けば気の毒な話だ。
この秋には子供が生まれるというのに、勤めていたお店が閉店してしまったそうだ。
地元では閉店もちょっとしたニュースになった大きな店だ。

なるほど、それで哀愁のオーラを出していたのだな。
初出勤の不安と緊張以外の翳りがあると思っていたのだ。
特にその後姿に・・・

ウシロスガタに異常発見!
なんだ、あのケツのポケットの巨大財布は!
あまりの衝撃に「うしろ」とか「おしり」と言うところを「ケツ」と言ってしまったではないか。

ポケットから70%がはみ出している。
全面に見たことのある高級柄。
なんだ、札束が入っているのか。
それとも小切手帳か。

新入社員には、先輩としていろんなことを教えてやらなければならない。
ウチの会社に来た限りは、小銭入れにしなさい!
札入れは必要ないから。




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DVDを買った。
盤ではない。
機械だ。

以前から欲しかったので、品定めだけは終わっていた。
その商品が安くなっていたので、仕事が終わってからわざわざ隣の市まで買いに行ったのだ。
ちなみに『市』は『いち』ではなく『し』だ。

買おうか買うまいか、ずっと迷っていた。
待っていたらもっと安くなるかもしれない。
今回、購入するに当たり、こう考えた。
「買うまで迷う」
もう、迷いたくなかったのだ。

もうひとつ、不確定要素があった。
誰が買うか、つまり誰が払うかということだ。
私か、ちづるか、家計子さんか・・・
はっきりしていることは三つ。
1、夫婦で使うのだから、家計子さんが払うのが筋である。
2、ちづるは払わない。
3、ちづるは家計子さんに払わせない。
要するに、確定していたのだ。

ま、何はともあれ、これでビデオテープが片付く。
ちづるが懸賞で当てた「カリオストロの城」が見られる。
私が、機械もないのに買ってしまった桂枝雀の落語も見られる。
よかったんだ、今月の小遣いは飛んでったけどよかったんだ。

さて、残る問題は接続だ。
機械類の接続は嫌いだ。
苦手でもある。
へただし。
成功しない。

でもいいや、買ったから。
迷わなくなったんだからばんざいってことで。

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ところで「タベルベクーベ」の「幕の内」の「組織」が完了したので、よかったらまた見てやってください。→こちら

信頼

機械というものはまったく信用ができない。
朝起こしてくれない目覚まし時計。
いつ撮ってもピンボケのデジカメ。
必ず焦がすオーブンレンジ。
正確、緻密、従順、安全がうたい文句のはずなのに、その信頼を裏切り続ける機械たち。

電池が切れかけの電卓で計算をしてみたことがあるだろうか。
恐ろしいほどむちゃくちゃな答えを出す。
一桁の足し算をしても、小数点第四位ぐらいまでの数字がでたりする。
どうかすると数字ですらない記号が混じっている場合もある。
電池が切れかけていると言うだけでこのていたらく。
これが人間なら、多少腹が減ったぐらいであんなに狂ったことを言い出しはしない。

だから車のブレーキは早めだ。
ジェットコースターや観覧車に命を預ける気にはなれない。
もし私が鉄人28号やジャイアント・ロボを操る立場になったとしたら、とりあえず腕立て伏せや「シェー」をさせてみるだろう。

このように信用の置けない機械たちだが、中には長く付き合っているうちにある程度の信頼関係が構築されてくる場合がある。
会社で使っている機械との付き合いももう長い。
ときどきへそを曲げることもあるが、お互い分かり合っているつもりだ。

ただ、関係が深いほど、万が一裏切られた場合のキズは深くなる。
そんなことはない、疑いを持っちゃいけない、
ヤツは完璧だ、安全だ、信用できるんだと自分に言い聞かせながらも、心のどこかに恐怖心が潜んでいるのだ。

ヤツとは、紙を切る断裁機。
商品名『ジャッカルギロチン』




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少し前に「声に出して読みたい日本語」という本がヒットした。
立ち読みしてみたら、なるほどリズミカルで語感のいい日本語たちだ。
この作者、なかなか目の付け所がよろしい。
実は私にも声に出して読みたい日本語があるのだ。


「腹にイチモツ、背中に荷物」

この言葉を言ったのは「パタリロ」だ。
なんとすばらしい言葉だろう。
腹と背中、一と二の対比。
始めてこの言葉を目にしたときは、その芸術性に打ちのめされた気がした。
始めてこの言葉を目にしたときって、「パタリロ」を読んでたときだけど・・・


夫とおとうと弟と」

どこで聞いたのか、まったく覚えていない。
しかしこのリズム感、そして唇をまったく動かさずに言えるこの言葉。
もっと一般的になって欲しい。
「きのう、どこ行ってたの?」
「映画見に行ってたんだ」
「え~、誰と~? まさか、カレシ?」
「ちがうよぉ~。夫とおとうと弟と」
こんな感じで、若者たちが使ってくれないものか。


「春には桜、夏には神楽、秋にフォアグラ、冬いくら」

タイムボカンシリーズの音楽で定評のある、山本正之氏の歌の一説だ。
タイトルは「平安女流絵巻」
この人の歌には他にも語呂合わせがたっぷり。
日本語にはまだまだ可能性があるぞ。


最後に、ちづるが最近言った言葉。
本日のシメはこれだ。

「アホあつかいサリー」

それはそうと「家庭菜園あくせく日記」の「うっふん漢字ちゃう」を久しぶりに更新しました。
良かったら、見てやってくださいね。 →こちらs-nihongo.jpg

今日は床屋さんに行った。
徒歩30秒。
ちょいと角まで行って、お客がいないことを確認。
もしお客がいたら帰るだけ。
なので予約はしたことないのだ。

この大将はとても温泉好きだ。
床屋の休みが土日でないのをいいことに、あちこち走り回っているらしい。
日帰りでいける近県の温泉はほぼ制覇したそうだ。
またこの大将、温泉に負けず、とっても話し好きなのだ。

たいしたもので、2ヶ月に一回ぐらいしか行かない私のことをよく覚えている。
今年はキャンプはいったかとか、畑の調子はどうだとか、私の趣味嗜好をよく覚えていて、次々話題をくりだしてくる。
その割りに、すそは一分でよかったっけとか、眉毛の下は剃らなかったっけとか、仕事に関することはあまり覚えていないらしい。

髪を切っているうちはいいのだが、ヒゲの段階になると返事をするのが難しい。
それでも大将は話題が豊富だ。

顔に蒸しタオルを押し当てながら
「あそこにいい温泉があるんやんな~」
私はまるで月光仮面のようにくぐもった声で
「へえ、そんなところに・・・」

鼻の下を剃りながら
「それより○○号線を行ったほうが早いに」
私はまるで猿の惑星のメイクのような顔で
「そっちの道は通ったことなかったなあ」

あごの下を剃りながら
「食事をするなら、○○ってとこが安くておいしいよ」
私は志村けんの「あぃ~ん」のような口で
「なるほど、それは覚えておくわ」

と、このように約一時間を話しっぱなしなのだが、こうまでして返事をしている私も案外話し好きなのかもしれないなあ。

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最近、よくない習慣がついてしまった。

食後、テレビなど見ていると、つい寝てしまう。
9時から10時ごろに寝てしまい、気がつくと午前1時ごろ。
それからあわてて風呂に入り、パソコンをつける。
再び寝るのは2~3時。
これではまるでちづるの生活でないか。

結局、夫婦でうたた寝しているので、起こし番がいないのだ。
なんてもったいない光熱費。
しかも、ホットカーペットで寝るとやたら喉が渇く。
なんてもったいないジュース代。
牛乳を飲めって感じだけど。

平日だと、朝起きるのは6時半。
9時に寝て1時に起きて、2時に寝て6時半に起きると、4時間プラス4時間半で8時間半も寝ていることになるが、睡眠時間って足し算はできないみたい。
日に日に睡眠不足が重なっていって、どんどん朝が辛くなる。
先日はついに、1時間も寝過ごして、朝パニックになってしまった。

明日の日曜日、何とかリズムを取り戻したい。
そのためには、まず・・・朝寝だな。

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牛乳

我が家では、牛乳屋さんから牛乳をとっている。
以前はスーパーで紙パックの牛乳を買っていたが、買う手間と紙パックの処理の手間がめんどくさいので配達してもらうことにした。
昔のように毎日の配達ではないが、週に二回、新鮮な牛乳が我が家に届けられる。

スーパーでなら、いく種類かの中から選べるというメリットもあったが、結局は「一番安いの」に、定着してしまっていた。
選ばないなら、楽な方がいい。
請求書の入っている日は、コーヒー牛乳やヨーグルトが一本サービスで入っているのがまたうれしいものだ。

配達は、月曜と金曜に4本ずつ。
週に8本の勘定だ。
私は朝起きてすぐ一本飲む。
ほぼこのペースは変わらない。
つまり週に1本ずつあまってくる。

今朝飲んだのは賞味期限が17日だった。
同じのがあと1本、20日のが丸々4本。
そして今日、新鮮なのが4本、牛乳箱に入っていた。
計算上、今の在庫が飲み終わるのは29日だ。
それまでに配達が2回ある。

そう、その通り。
私は毎朝、古牛乳を飲んでいる。
新鮮な牛乳をとっていながら、飲むのはいつも賞味期限切れの牛乳なのだ。

いったい、いつまでこのような生活が続くのか。

おそらく・・・当たるまで・・・

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たとえば、

「うは~今日は冷えるから熱燗できゅ~っと一杯やるか。
 そしてそのためにおつまみを買って帰ろう」

と思って買い物に行き、シメサバや焼鳥といっしょにアイスクリームを買ってしまうことがある。
冷たいわ甘いわ、目的の真逆の一品だ。
妻の目を酒からそらす効果はあるかもしれない。

暖かい部屋でのビールやアイスクリームはうまい。
火照った体を冷たいもので冷やすとキリッと引き締まる。
しかし、過剰暖房をして冷たいもので体を冷やすというのは、妻には優しいが地球にはきびしい行動だ。

スーパーがアレだけのアイスクリームを売っているのだから、それだけの需要があるのだろう。
過剰暖房の家がいかに多いか。
スーパー自体もかなり暖かい。
そのかわり駐車場の寒いこと。
だから帰って過剰暖房にしてしまうのか。

さすがに、カキ氷系アイスを冬買うことは少ない。
ガリガリ君をガリガリする気にはなれない。
カップのアイスクリーム、特にバニラがいい。
そんなはずはないのだが、なんとなくカキ氷系より暖かいような気がするのだ。
脂肪分が多いせいだろうか。
この辺は、妻にもきびしい一面だ。

最近のお気に入りは、森永の『MOW』か、ロッテの『爽』だ。
『MOW』が濃厚で『爽』がややさっぱりしている。
あるいはその逆だ。
あまり覚えていない。

いつもその二つで迷う。
迷いすぎて、まったく別のものを買ってしまうこともある。
『MOW』にしようか『爽』にしようか・・・
『MOW』か『爽』か・・・


妄想か?


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最近の子供たちは、お互いをあだ名で呼ぶことは少ないらしい。
おかしなあだ名はいじめにつながるとかで、学校も本名で呼ぶことを勧めているんだそうな。

私が子供のころはあだ名の方が多かった。
名前を短縮しただけのあだ名が大半だったが、ほとんどどこから来たのかわからないようなのもあった。
マルミン、イボン、モモコン・・・

小学生時代の同級生に「ノーニ」と呼ばれているやつがいた。
本名との共通点は「ノ」だけ。
どんな由来でこうなったのだろう。

「ノーニ」は呼びにくい。
特に遠くから大声で呼ぶときが呼びにくい。
なんだか力の入る音がないのだ。
「ノォォォニィィィ」
近くでアメリカ人が聞いてたら「NO NEED」と聞き間違うかもしれない。

字に書いてもわかりにくい。
さっきからノーニ、ノーニと繰り返していたら、字じゃないような気がしてきた。
「くノ一」に近いかもしれない。
もし「ノーニ」がくノ一だったら・・・

「くノ一ノーニ」

速記か!

アルファベットで書くと

「NO-NI」

なんだかちょっとかっこいい。
でも「んおんい」と読まれる可能性がある。


はじめに小学生時代の同級生と書いたが、中学生時代も同級生だった。
なのになぜ、小中学校の、と書かなかったか。
中学になると「ノーニ」は「ピラ」と呼ばれるようになっていたからだ。
出世魚か!

おそらく、みんな「ノーニ」は呼びにくかったんじゃないかな。



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先日、久しぶりにイヤーホンで音楽を聞いた。
これはめったないないことだ。
耳に物が入っているのも嫌いだし、音楽を聴きながらだと他のことができない性分なのだ。
音が大きかったらスキップもできないかもしれない。

音楽を聴くのは、車でカセットを鳴らしているか、部屋の片付けでもしているときにBGMとして流しているときぐらいだ。
ご近所の手前もあり、あまり音量は上げない。
音質やら音響機器やらにもあまり興味はない。

だから久しぶりのイヤーホン&大音量はまさに耳からうろこだった。
聞こえる音の多さが違う。
たとえば一青窈の「もらい泣き」
今まで聞いていた「もらい泣き」は

♪ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ええいああ・・・

だった。
これが、イヤーホンで聞くと

♪ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっ
 ぽぅ~ん    ひゆひゆ    ぽぅ~ん    ひゆひゆ
 てってけて   てってけて   てってけて   てってけて



ぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこぽ ぽっぽこ
ぽぅ~ん    ひゆひゆ    ぽぅ~ん    ひゆひゆ
てってけて   てってけて   てってけて   てってけて
        すぽ~ん            すぽ~ん
                 すはーーーーーーーーー
                              ええいああ・・・



と聞こえるのだ。
これがうまく表わされてるかわからないが、ともかくこんなに音がいっぱいだったのだ、ってことはわかるでしょ。
ようし、今度の小遣いで耳アテみたいなヘッドホンを買うぞー!

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ひところ『ナウい』という言葉が流行したことがある。
「流行の最先端である」というようなニュアンスだろうか。
もちろん、現在では『ナウい』はナウくない。
ところが、最近になってちょくちょくこの言葉を耳にする。
「過去の流行語である『ナウい』をあえて使うというギャグ」として使われるのだ。

『ナウい』のあと『イマい』が現れた。
「もう『ナウい』は古い。今は『イマい』って言うのさ」
と、若者が言っているのをテレビで見た。
田舎に住む若くない者が言うのもなんだが、『イマい』は若者にさえ受け入れられなかったのではないか。

普及度は『ナウい』の方が断然上だった。
これは『ナウい』の方が地力があったのだ。
意味がわかりやすく、使い勝手がいい。
だから年配の人にまで広く普及した。

今、『ナウい』に当たる言葉、つまり「流行の最先端である」を一言で表わす形容詞があるだろうか。
『ナウい』ほど的確な言葉は他に見当たらない。
本来なら『ナウい』は新しい言葉として残る力があったんじゃないか。
そんな『ナウい』が廃れてしまったのは、流行語というくくりにされてしまったからではないか。

流行語は生まれた瞬間に廃れる運命をはらんでいる。
それは、流行を「遅れてるぅ~」とさげすむことによって、自分は更にススンでいるのだと他人に思わせたがる輩がいるからだ。

若者は「遅れてるぅ~」と言われることを極端に恐れる。
だから今、一時的な流行語ではなく、昔から存在する「カワイー」ですべてを表現しているのだ。
そして若者より年配のものは「遅れてるぅ~」と言われると不愉快になる。
何とか一矢報いたいと思っている。
だから「わかってて使ってるんだよ~だ」と言いたいのだ。

だが、もう恐れることはない。
恥ずかしがることはない。
『ナウい』は開放されたのだ!



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と、昨日うっかり消してしまったのはこんなことだったのだが、今読み返してみると、そんなことはないな。
たった今

1時間以上かけて

心の叫びを訴えるため

書き上げた

かなりの大作の

文章を

うっかり

消して

しまいました。

すいませんが

今日は気力が

失せました。


もう


寝ます。
また本を処分する時期がきた。
今回は思い切って大量放出したい。
だいたい、二度読む本なんてほとんどないのだ。
わかってはいても、置いておきたくなるのよね~。
さすが貧乏性。

これまでにも何度か処分はしてきた。
そのたびに選別基準をきびしくしてきたつもりだ。
前回『もう読まない本』でかなり出した。
それでも
「ひょっとしたら、老後にもう一度読み返したい気が起きないとも限らないことを否定しきれないかもしれない」
という本が結構残った。

今回の基準はこれだ。
『他人に勧めることがない本』
自分がそこそこおもしろいと思っても、人が読んだらがっかりするかも、というレベルの本を処分する。
これで歴代の選別を逃れてきた強者どもにもかなりの手が入った。
トータルで小さいダンボールに三つほど。
今から売りにいくとしよう。
でないと、給料日まで二千円しかないのだ。
中には私のことを焼け跡のレンガみたいに思っている人もいるようだが、実はこれでいて案外デリケートにできているのだ。
特にお肌は敏感で、夏の日焼けにも冬の乾燥にもめっぽう弱い。
その証拠に、大人になった今でも、アセモ対策にベビーパウダーを使用することがある。
しかもそれを『こんこ』と呼んだりする。
心身ともにワンポイントベイビーなのだ。

今一番の悩みはアカギレだ。
指先の爪の横がぱっくり割れる。
腹が立つのは、その傷口がにんまり笑っているように見えることだ。
お父さん指でにんまり。
お母さん指でにんまり。
ジイさんも姉さんもイトコもハトコもにんまり。
こんなに痛いのに~。

頭を洗うときが大変だ。
負傷指は見学させなければならない。

現在の負傷者リスト
右手・・・親指、人差し指、中指
左手・・・親指、中指



なんと、半分がダウンだ。
残りのメンバーでシャンプー。
痛い指を上げているので、まるでピアノ演奏をしているような指使いだ。

今日はすでに何度か痛い目にあっている。
ダイコンをおろしたとき。
納豆のたれを開封したとき。
塩ワカメを洗ったとき。
今日は朝もバタバタしたから、アカギレにオロナインを塗ってもう寝よう。

ゆうべはつい寝てしまった。
なので朝からササッと書いて・・・

いかん・・・出る


ふう、さっぱり。
さて、ササッとブログを・・・
いかん! 出勤時間だ!

やっぱり「朝ブロ」は無理ね。

リポビタンD、略して『リポデー』
購買層を考えてのことか、Dをデーと発音する。
一応私は「ディー」と言える年齢だが、会話の途中に出てくるとBと混同しやすい。
だから仕方なしに「デー」というのだ。

ところが、「デー」では「エー」と間違いやすいと考えた人たちがいる。
私の通った中学校の先生たちだ。
入学当初に説明があった。
「この学校ではD組のことを『だーぐみ』といいます」
 
・・・だー???

「これはこの学校内だけのことなので、くれぐれもよそで使わないように。また、これはクラスの呼び名だけなので、英語の授業ではディーというように」

アントニオ猪木養成学校か!

1年D組は「いちだー」
2年D組は「にぃだー」
3年D組は「さんだー」なのだー。
幸いにも私は中学3年間でD組になることはなかった。
もしD組になっていたら・・・

誰かが私を指して
「あの人、さんだーなのよ」
と言ったとしよう。
偶然通りかかった第三者がふとそれを耳にする。
まさか「さんだー」が「スリーディー」と同じ「3D」だとは思うまい。
なんだかわからないけど「あの人は『さんだー』なのだな」とインプットされるのだ。
後日、その第三者がどこかで私を見かけたとしよう。
「あ、さんだーだ」
そう判断されるのだ。

さんだー・・・ジャイアンやゴリライモの系統っぽいじゃないか。
世間からそう呼ばれるようになってしまった人はどうしたらいいのだ。
そして、この話はどう着陸させればいいのだ。


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今日は午前中いっぱいで後輩のO川が早退した。
理由は土地の契約。
なんと家を建てるのだそうな。

仕事面だけでなく家面においても先輩である私には、ちょいと忠告しておいてやりたいことがある。

が、ヤツは私のそんな思惑は気にもとめず、突拍子もない家を計画していた。

玄関にたたきがない?
リビングに床下がない?
二階に仕切りがない?
天井がない?

どうやら近頃流行のハイカラな家らしい。
おそらく、すべて奥さんの企画なのだろう。
なにしろヤツは一生カプセルホテルでもかまわないようなヤツなのだ。

ま、今が一番楽しい時期なんだろうなあ。
でも、人の忠告を聞くぐらいは聞けよ。

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安物

世の中、ほとんどのものが100円で買える時代になった。
そういうお店の品揃えにはびっくりだ。
電化製品も安い。
テレビ、ビデオ、ラジカセなど、数千円で売っている。
中古店も大盛況だ。
本やCDだけでなく、服や家具やおもちゃや楽器や、なんでも置いてある。

しかし、安物は安物。
一流品とはちょっと違う。
色柄デザインは好みだが、性能が劣るのは困り者だ。
安い分「いらっ」とさせられることがあるのだ。

その筆頭が「おしぼりティッシュ」だ。
まず最初の仕事がめんどくさい。
取り出し口にちょろっと頭を出させるのがやりにくい。
水分をしぼるために出口はせまい。
そこを無理やり通さなくてはならない。

これは高級品でも同じことだ。
ただ、この作業のとき、品質の良し悪しを思い知らされる。
十文字に切込みが入っているだけだと、安物感は満点。
「ああ、私は安物を買ったのだなあ」
と感慨もひとしおだ。

問題はその後、ウェットなティッシュが必要なときだ。
安物は出が悪い。
素直に出てこない。
急いでいるときほど途中で千切れる。
だいたいおしぼりティッシュが必要なときは緊急のときなのだ。

安物は次回の分が出てこない。
チラッと見えている程度で、爪が伸びていないと取り出せない。
とりあえず、今、間に合えば人は安心する。
「そのときはそのとき」と考えるのが人間なのだ。
そしてそのときがきたら「いらっ」とすることになる。
なにしろ、そのときは緊急のときなのだ。

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ピザ

新聞の折り込みチラシの中にピザ屋さんのものがあった。
電話注文で配達してくれるヤツだ。
チラシと言うよりはほとんどメニューで、隅っこに割引券がついてたりする。

ピザは好きだ。
しかし、ほとんど注文したことはない。
最後に食べたのはいつだろう。
いや、飲食店ではたまに注文することがある。
家に配達してもらうことがないのだ。
それはなぜか。
すべてはあの複雑さにある。

なんといってもまずその品数。
まるで昆虫図鑑のようにずらりと似たようなものが並んでいる。
その上最近ではパスタやオムライスまで商っているらしい。
ピザの名前はカタカナで長くて覚えにくい。
サイズが4種類もあり、ヘビーだのクリスピーだの、ソースはどうしますか、トッピングはいりませんか、チーズの増量はいかがですか、右左別々にもできますよ、ってあしゅら男爵か、4分の1ずつにもできますよ、おっとSサイズではできません、クリスピーもありません、揚げ物とセットにもできますよ、パーティーセットにもできますよ、サラダはいかがですか、ドレッシングはどうしますか、ポテトは?スープは?ドリンクは?こいつとこいつで100円お得、あーしてこーするとこんなものが当たるかも・・・

うぎゃー!

めんどくさいんじゃー!
しかもその後自宅まで説明せねばならんのじゃー!

私の理想はこうだ。
「もしもし、ピザ屋さん? ピザ1枚」
これで、おのれの店のベストなピザを持ってこんかい。
ただし、トマトだけは入れておくように。



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きのうが初出勤。
仕事が終わった後は初ジムへ。
なにしろ、たっぷりためたものだから。

まずは受付でご挨拶。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
トレーニングルームに入ると常連さんたちがいる。
「おめでとうございます。今年もよろしく」
挨拶をしている間にも、別の常連さんがやってくる。
初日に挨拶した常連さんは6人。

今日、2回目のジム。
受付でご挨拶。
「あけまして~~お願いします」
受付は交代制なので、きのうとメンバーが違うのだ。
そして常連さんたちとご挨拶。
「あけ~~~~ます」
今日は4人。

常連さんとの挨拶は、必ずといっていいほど、
「いや~、休みでなまってしまって」
みたいな事が後に続く。
まだまだ姿を見せていない常連さんは多い。
いったいいつまで続くのやら。

挨拶のタイミングも難しい。
マシンでぜいぜいいいながら走っている人には挨拶しにくい。
後にしようと思っていたら、私が何かしている間に帰ってしまったりする。

「いや~、なまってしまって」
と話した後、すぐ別の人に会い、
「いや~、なまってしまって」
とやられるのもなんだか恥ずかしい。
はたから見たら、何回同じこと言うのやって感じだろう。

なぜ正月の挨拶はうまくできないのか。
ひょっとすると、一年も正月の挨拶をせずにいたので『挨拶力』がなまってしまったのかもしれない。

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朝。
また存分に朝寝をし、餅を食ってパジャマのまま転がってテレビを見ていた。
明日から出勤だというのに、このなまりきった体はどうだ。
一念発起、堤防道路を走りにいこう。

ご近所の人と会うと恥ずかしいので、民家のはずれまでこそこそと行き、そこから堂々と走り始めた。
と、数歩で走れなくなってしまった。
走ると膝にかなり負担が掛かるのがわかる。
これはいかん、体が温まるまでウォーキングにしよう。

結局、最後までウォーキングだった。
走ろうとすると膝がギコギコきしむのだ。
歩いて歩いて堤防沿いの公園に着いた。

よし、上半身を鍛えよう。
腕立て伏せと懸垂だ。
ところが、そこには小さい鉄棒しかなかった。
仕方ない、ななめ懸垂だ。
各50回ずつ3セットだ。
ところが、ななめ懸垂が20回しかできない。
ななめの懸垂なのに・・・
しかも2セットでダウン、なんと情けない。

家に帰って着替えていると、正月に酔っ払って買ったコマを見つけた。
よっしゃ、涼みがてらこいつを回してみよう。
コマを手に外に出た。
なんと、コマまでまわせなくなっていた。
3回やって、かろうじて1回だけ成功。
これは恥ずかしい、ご近所に見られたくない。
やめだ。

昼食を食べに近くの牛丼屋に行き『おん玉豚あい盛りカレーセット』を注文したら、おん玉を乗せ忘れられた。

電気かみそりの部品と座椅子と本を買いに出かけたら、電気かみそりの部品はどれかわからず、座椅子は欲しい型がなく、本はその作家の中で私が欲しいのだけなかった。

帰宅して、ちづるが懸賞で当てた音楽プレーヤーに入力しようとしたのにできなかった。

なんだか今日は思ったことがことごとくできなかった。
私の行動を妨害する何らかの力が働いているんじゃないか?
それともこれが『年の初めの試しとて』なのか?
あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


とはいえ、もう3日も終わろうとしている。
「今年こそは毎日更新を・・・」
という抱負を述べる前にもうしくじっている。
今年もこんなんかな~って感じです。
さて、


正月のテレビ番組はすべて特番だ。
曜日による記憶は一切通用しない。
新聞で確認するしか方法はないのだ。

ウチでとっている新聞では、12月の30日に、大みそかと三が日のテレビ欄が入っていた。
正月はお笑い番組も多いし、深夜にいい映画をしてたりするから事前にチェックしておかなければならない。

元旦の新聞は重い。
電話帳のようだ。
チラシがいっぱい入っていて、特別版もあり、新聞屋さんのことが心配になるほどだ。
テレビ欄は独立していて、3日分載っている。
色分けがされていて番組の解説も多い。
これで三が日をチェックするのだ。

今日から普通に新聞が来た。
1月3日の番組欄を見るのは3回目だ。
全然新鮮味がない。
わくわくしない。
はっきり言ってもう飽きた。
テレビ欄を見飽きている上に、3日ともなると番組の内容も落ちてきている。
しかし、番組内容以上にだらけきったこの体は、もうテレビ無しではいられなくなっているのだ。
ああ、はたして5日には出勤できる体になっているだろうか・・・