2005年05月

ここでは、2005年05月 に関する情報を紹介しています。
今日は5月のみそか、落語の日。
落語を三席と大喜利で笑い疲れた帰り、24時間営業のスーパーに寄った。

入り口は一箇所だけ、車はその周りにしか停まっていない。
店内は普段どおりに明るいのに人影はまばら。
客層が昼間とは明らかに違う。
なんだか異様な雰囲気が漂っていて楽しい。

お惣菜や生鮮食品は残りわずかで、割引のシールがさびしげだ。
陳列棚では商品の補充が行われているし、遠くでは掃除機の音も聞こえる。

人が少ない分、各個人のキャラクターが目立つ。
うろうろしていると何度も同じ人に合う。
店内にいるメンバーが身近に思えてくる。
まるで映画のワンシーンのようだ。

もし地震がおきてここに閉じ込められたら、このメンバーで協力して脱出したり、いざこざが起こったりするのだなあ・・・。
もしゾンビが攻めてきたら、このメンバーで協力して戦ったり、ゾンビになってしまった人を退治したりするのだなあ。

深夜の大笑いでドーパミンがどっさり出たらしく、どうも気分がハイになっているようだ。
映画の趣味がばれてしまったかな?
スポンサーサイト

絵心

本屋をぶらついていたら
「水彩画の描き方」
という本がオススメされていたので手に取った。

道具の使い方から下書きの仕方。
色を塗る順番、効果の出し方などが丁寧に説明されている。
実際にひとつの絵がテキストとして描かれていく。
ページをめくるごとに、絵が出来上がっていく。
そして完成。
緑豊かな外国の町並みが湖面に映っている絵。
まるで写真のようだ。

「絶対にこんな絵、描けない」
というわけで、水彩画への道は立ち読みで幕を閉じた。

賭け

作業服支給の回覧が回ってきた。
上着とズボンのサイズを書く欄がある。
今回、ズボンのウエストをワンランク下げて書いた。

実際、ウエストは細くなった。
今のズボンはベルトを締めると部分的にジャバラになる。
この分を考慮すれば、3cmぐらい余裕があるはずだ。
大丈夫、私は痩せた!

思えばおととし、まったく同じ状況を経験した。
運動をして少しやせたとき、回覧が回ってきた。
サイズを書く欄には、ワンランク下を書いた。

数日後・・・
作業ズボンが支給されたときには、体重も体型もウエストも元通りのぷっくぷくになっていた。
ビールがうまい季節になっていたのだ。

一度だけ足を通したちょっと細いズボン。
いまだ、ほぼ新品のままで押入れに眠っている。

はたしてこの夏、在庫のズボンが一本増えただけで終わるのか。
はたまた、見事リベンジを成し遂げ、スリムなシルエットで仕事場に涼風を演出することができるのか。
乞うご期待。

私はあまり鏡を見ないほうだと思う。
見るとしたら、顔をどこかにぶつけたときか、できものができたときぐらいだ。
それでも、そこに鏡があれば見てしまう。
それはそうだろう、写っているのは他ならぬ自分の姿だ。
自分に知らんぷりはできない。
そして人は誰でも鏡を見ると芝居をしてしまうものではないだろうか。

私の生活圏で鏡のあるのは大まかに言って三箇所。
ジムと風呂と洗面所だ。
ジムには大きな鏡がある。
この鏡の前で芝居をするのは人の目もあって恥ずかしい。
しかし、更衣室で一人になったとき、ついムキムキなポーズをしてしまうのだ。
これはみんなそうなのだ。
きっとそうなのだ。

風呂で鏡を見るときは、ひげを剃るときだ。
私の髭剃りは出血をともなうことが多い。
するとどうしても、ホラーな芝居になってしまう。
ただし、ホラーにしては肉付きがいいのだ。

洗面所の鏡にお世話になるのは、歯磨きのときだ。
先日、歯磨き中に「おえっ」となってしまった。
ふと鏡を見ると、目が充血している。
充血・・・ホラーだ。
鏡の自分を見ようとすると、どうしても鏡の自分もこちらを見ていることになってしまう。
泡を吹いた肉付きのいい男が充血した目でこちらを見ている。
渾身の芝居ではあるが、最も恐怖を感じるのは髪の生え際だったりするのだ。
糸井重里のHPで募集した言い間違いを集めた本らしい。
非常に単純だけど、結構笑えるのがあった。
この程度なら誰でも身の回りにあるのではないだろうか。

わが上司Tがよく間違えた日本語を使うのだ。

ある日、離れ島の話をしたいた。
「・・・というような苦労があるらしいよ」
「へぇ、まるで陸の孤島やな」
離れ島やって言うとるがな!

ある日、健康の話をしていた。
「・・・だから、体を動かした方がいいよ」
「う~ん、やっぱり健康には極度の運動やな」
適度や!

ある日、上司の段取りに逆らった。
「これはこうしてああしてそうした方がいいんとちゃうの?」
「ウルセー! いちゃいちゃイチャモンつけやがって!」
誰がいちゃいちゃしたんじゃい!

ある日、ドクタースランプあられちゃんの話題になった。
・・・・・
・・・・・
・・・・・(だいぶたってから)
「♪タリラリラーンのアラレちゃん」
そりゃ「天災バカボン」じゃ

達人

お出かけの時は別として、地元で外食をするときは、ジャンル別に行きつけが決まっている。
うどんならここ、カレーならそこ、寿司ならあそこという具合だ。

で、我が家御用達の中華料理といえば「司飯店」だ。
ここに来たときはなるべくカウンター席に座るようにしている。
元来、待つのが嫌いな性質なのだが、ここの大将の中華なべとお玉の使いっぷりを見ていると待ち時間が苦にならないのだ。

この店ではほとんどの料理を大将が作る。
他に材料を用意したり麺を茹でたりする係と配膳が3人ぐらいいるが、明らかに主軸はこの大将である。

なにしろ、焼きそばだろうがから揚げだろうがお玉で盛り付ける。
他人事ながら、から揚げが転がってしまわないか心配になる。
炒飯はお玉で一人前ずつ盛り付けたあと、しゅしゅっと金属音がすると最後の一粒まで残さずお玉ですくい取っている。
まったくすばらしい熟練の技、手際のよさだ。

先日は夫婦で天津飯を注文した。
以前見たときは、出来上がったかに玉を、左手に持ったご飯の盛られた器にくるくるぽん、と放って受けたのだ。
私が知る限り、ほとんどの店が天津飯のかに玉は鍋肌を滑らせてごはんの上に乗せていた。
なのにこの親父は当たり前のようにかに玉を空中回転させたのだ。

が、その日は様子が違っていた。
親父は卵を焼き始め、ごはんは二人前用意されている。
あれが私たちの分だ。
くるくるぽんが二回見られるのだ。
そう思っていた私の眼前で、親父は中華フライがえしを取り出した。

なんだ?どうしたんだ?親父。
体調が悪いのか? それとも衰えたのか?
疲れたのか? 悩みがあるのか? 

愕然とする私を尻目に、親父は中華フライ返しで二つのかに玉をすくい、ごはんの上に乗せた。
二つ?
そう、親父はひとつの中華なべで同時に二つの丸いかに玉を焼いたのだ。

ああ、すまん、親父。
私は見た目の派手さにだまされていた。
これこそが厨房のワザなのだ。
その腕を疑った私こそが青二才だったのだ。

この日私は中華スープに涙という悔恨の味付けをしながら、御天津飯をいただいたのだった。
暖かくなってきたなと思ったら蚊の季節。
まだまだこの時期は初心者マークなのか、のんびり無防備に飛んでくる。
しかしこれが耳元、首筋、鼻先などを通られると、本当に不快だ。

もちろん見つけたら叩く。
逃がさないようにすばやく叩く。
すばやく、しかも微妙な力加減で、というのが難しい。
なぜなら、蚊とは華奢で繊細な生物だからだ。

たいていの場合は叩き潰してしまう。
逃がしたか、と思ったら指の横っちょにひっついてたりする。
どうかすると、蚊の姿がまだらまでくっきりと手にコピーされていることもある。
最悪なのは、すでに血を吸われていて、自分の血と蚊のからだが合い挽きミンチみたいになっているときだ。
気持ち悪い上にかゆくなる。

理想は、パンと叩いてポトリと落ちた蚊が、標本にしてもいいぐらいの完全な形をしていることだ。
もちろん、手にはその痕跡は一切ない。
まれにそのような状態になったときは、蚊の足をつまんでじっくり観賞してしまったりする。

さらに欲を言えば、それを片手で成し遂げたい。
片手だから叩きはせず、握ることになる。
それでいてつぶさないのは至難の業だ。
うまいこと捕らえたと思っても、手を開くとぷわ~ん。
しとめた蚊が昇天する姿か、と見間違うような逃げ方だ。

蚊は自分の食事のために、人間の血圧を上げようとしているとしか思えない。
インターネットなんてものが普及してから、人間が使う言葉が爆発的に増えた。
たとえば、広辞苑にネット用語を全部掲載したら、ページ数は倍になるんじゃないだろうか。
入試の頃の自分の能力を考えると、今から勉強したってとても追いつけそうにない。

なにしろ意味がわからない。
英語なら訳してもらえれば理解できる。
でも、ネット語は訳せば訳すほどわからない単語が沸いてくる。
どんなにネット語に堪能な人でも、知らない人に説明するのは無理だろう。

ネット言語界における私のレベルは、おそらく乳幼児クラスだろう。
「ぱしょこん」「ぶりょぐ」「いんちゃーねっとえくしゅぷりょーりゃー」
いやいや、そこまでいってない。
犬ならわんわん、車はぶーぶー、がやっとだ。
それを表現することすらできない。
だからユビキタスどころかユビシャブルてなレベルなのだ。

一応「ユビキタス」を検しゃくしてみた。
「いつでもどこでも」というようなことらしい。


・・・へぇ。

私の昼食は、バナナ、豆乳、種ミックスだ。
昼休みになると、まずバナナを一本食べ、本を読みながら種ミックスをぽりぽりかじる。
気がつくと昼休みが終わるまでぽりぽりやっている。
最後に豆乳を飲んでおしまい。
これで案外腹が膨れるのだ。

種ミックスとは何がミックスされているのか。
ひまわりの種、カボチャの種、松の実、クルミ、カシューナッツ、マカダミアナッツ、ゴマ、大豆、このあたりがレギュラーだ。
昼飯をこれに変えてから、体重が減り、便通がよくなった。

このことを話したら、事務所の女の子が食いついた。
さっそく自己流種ミックスを作って持ってきた。
それにはパインとイチゴのドライフルーツが入っていて、これがうまい。
さっそくまねてみよう。

ひとつその子に言っておかねばならないことがある。
種ミックスでやせたと言ったが、私は弁当を種ミックスに変えたのだ。
プラスしたんじゃないぞ。
弁当を食べに行くのになんだ、その大荷物は。
おやつが増えただけじゃないのか。
わが三重県伊勢志摩地方にもタウン誌というのがある。
以前、そのタウン誌がビールの特集をやっていた。
そのときの記事に「最もうまいビールの飲み方」というのがあった。
確かそれには、昼食後は水分を控えろだとか、ジョッキは凍らせビールは5度に冷やせだとか、泡はジョッキの3割になるようにとか書いてあったと思う。

あまいっ!
本当にビールをおいしく飲むにはどうしたらよいか、私が教えて進ぜよう。

まず、出勤のちづるを送り出すと同時に畑に出向き、午前中いっぱい土と格闘。
お昼の休憩後、自宅で苗の植え替えや種蒔き。
夕方からジムに出かけ、普段なら筋トレかウオーキングのどちらかのところを、両方+α。
シャワーを浴びて、日のあるうちになじみの居酒屋に入り、カウンターに座り「生」の一言。
泡のしたたる生ビールをかぽんかぽんとのどに放り込むのだ。

と、これは昨日の私。
ジョッキが冷えてなかったのが残念だなあ。
でも、このように動いて飲むビールはサイコー!

で、今日は・・・
もちろん午前中は畑仕事。
午後はちづるの運転手で走りまくった。
昨日ほど動いてないにせよ、今日ものどカラカラで帰宅。
なのになのに、
ビールの買い置きがないー!
ビールがないー!
ないー!

主食

上司の友人の米屋さんが会社に遊びに来た。
いろいろ話しているうちに、ちょっとよい米を勧められた。
なにやら魅力的であったし、世話にもなっていたので、つい買ってしまった。

さて、「家計子さんの番犬」との呼び声も高いちづるであるが、連休明けからずっと
「金がない~金がない~」
と秋の虫のように鳴き続けている。
このようなタイミングで「高い米を買った」といったらどうなるか・・・

1、「バカね」と言って米の代金をくれる。
2、「アホめ」と言って普段買っている米の額をくれる。
3、私が勝手に買ったおやつ扱いにされる。
4、米を没収される。
5、ホントは4なのに、ネット上では1だったことにされる。

家計子さんの窮状も理解できるが、私も貧乏なのだ。
なんとかいくらかは回収したい。
米は車に置いたままで家にはいる。
「ただいま~」
「おかえり~」
機嫌は・・・普通だ。
どうしたものかと考えながら着替えをしていると
「そうそう、こないだ立て替えたかばん代よこせ」

だ、だめだ・・・
またかばんを買ってしまった。
以前使ってたのとほとんど同じ形なんだけど、
かぶせがなくてチャックつき。
なんだかいい感じのショルダーバッグ。
s-PICT0982.jpg

たいした変わりはないのに、中の荷物を移しているとうきうきしてしまう。
とりあえず、干し芋はなくなって、虫除けスプレーが増えた。
あと、先日県立美術館で買ったお絵かきセットを持ち歩いている。
決して描くことはないのだが、
「お絵かきセットを持ち歩いている」ということに浮かれているのだ。
持ち物の衣替えは楽しいなあ。

足跡

今日は畑の草取りに行った。
とりあえず、5日に植えた苗の確認。

・・・踏まれている。
レタスとナスとピーマンが踏まれている。
ダイコンの種をまいたところも踏まれている。
ヤマイモの畝はず~っと畝の上だけに足跡がついている。
途中に捕虫網が落ちている。
その向こうにはゴムぞうりが脱いである。
木酢液は子供には効かない。
やはり支柱を立てておこう。

とりあえず草取りをして、午後はお出かけ。
夕方、支柱を買って再び畑へ。
すると畑の隣の奥さんが謝りに来てくれた。
このお宅の二人の男の子がよく虫取りをしている。
「ウチの子が虫を採っていて苗を倒してしまいまして」
「いやいや、どうってことないですよ、わはは」

支柱を立てていくとトマトの苗の土が寄せてあった。
朝はなんともなかったトマト。
・・・午後も来たということか。
そして、謝りに来てくれた奥さん、
お腹が大きかったけど、まだ子供が増えるのね。
最近はお茶の種類が増えて、コンビニでも迷うことが多い。
夏も近づき麦茶も出始めたが、やはりいろんな種類がある。
ペットボトルだけでなく、煮出しタイプやティーパック。
中には粉末てなモノまである。

さて、最もうまい麦茶は何か。

それはメーカーや形状には一切関係なく、その年、そのシーズンの最初の一口だ。
どこか出先で出されて、そうとは知らずに飲んだお茶が初麦茶だったりすると、その香ばしさに感動する。
そしてそのあとは、ただ味に慣れ、感動は薄れていく一方なのだ。

で、この話はおいといて・・・


今日、仕事中に後輩にリフトで荷物を出してもらった。
私が準備をしているところへ運ばれてきた荷物。
「・・・ぎゃー
そいつからは、見えないが荷物のこちら側にどでかいクモが!

やはり、そのシーズン最初に現れたクモがいちばん怖い。
最近、朝トイレで本を読んでいる。
エッセイなどの短いものだが、気がつくと読みふけっていたりする。
なにしろあわただしい朝のこと、そうのんびりとはしていられない。
そこで、使っていなかった時計をトイレに置くことにした。

こいつが案外やかましい。
まるで舌打ちでもするように「ちっ」という。
それも一秒に一回ずつ「ちっ ちっ ちっ」
せまい部屋だけによく響く。
なんだか時限爆弾に座っているような気になってくる。
トイレに入るまでは時限爆弾をかかえているような気分だったのに・・・
ゴールデン・・・とはいえないウイーク。
暦どおりの3連休最終日の今日、明日は雨という予報に踊らされて植え付け作業。
ちづるの叔父に借りている第一畑にはトマト、ナス、ピーマン、リーフレタス、チンゲンサイ、キュウリ、ゴーヤの定植。
ヤマイモ、サトイモの植え付け。
トウモロコシ、枝豆、ミニ大根の種蒔き。

上司に借りている第二畑にはトマト、ナス、リーフレタスの定植。
ダイコン、枝豆、カボチャの種蒔き。
腰と時間とちづるを酷使しての強行軍だった。

しかし、はっきり言って、第一畑がメインであるためにどうしても第二畑は手抜きになる。
穴の掘り方、水のやり方、土の掛け方まで格段の差がある。

ちょいと耳に挟んだニュースでは、サボテンを使った実験などから植物にも感情があるとか。
第一畑にはなるべくよい苗を植えているので、第二畑行きになった苗たちはどんな心境だろう。
「え、なに?ここに植えてくれないの?どこに連れてくの?」
行き先は荒涼たる第二畑。
ああ、運命とはこれほどまでに残酷なものなのか。

そんなこといってたら、間引きはどうするのだ。
苗たちにとってはこれ以上の緊張はあるまい。
いやいや、植物同士としたら草刈りだって・・・

ま、どっちにしろ食べられるのだけどね。


s-116_1641.jpg

たとえば、私が一人で家にいて、どこかに出かけようとすると大変だ。
いちいち気になって仕方がないのだ。
テレビは消したか、コタツは切ったか、ガスは止めたか、窓は閉めたか、裏の鍵はかけたか・・・
出発してから玄関の鍵が気になって何回戻ってきたことか。

実際、クーラーの消し忘れで玄関開けたらひんやりしてたことや、コンロがとろ火のままで玄関開けたらむんわりしてたこともある。
要するに、忘れっぽい小心者なのだ。

今日は珍しくちづるが早く寝室に引っ込んだ。
おかげでいま、風呂の電気は消したかいな、ガスは止めたかいな、冷蔵庫は閉めたかいなと気になって仕方ないのだ。

これは何が心配なのか。
何か起こることが心配なのではない。
何か起こったとき、自分のせいになるのがいやなのだ。
だから、ちづるが私の後で出かけたとき「ちづるはちゃんと鍵をかけたかな」という心配はしない。
何かあっても自分のせいじゃないからだ。

だから、私がちづるよりあとに出かけた場合、先に帰ってひんやりやむんわりをごまかさなくてはならない。
でないと、「お前のせいじゃ!」と怒られてしまうのだ。
昨日は四月の末日。
毎月恒例、みそか寄席の日だ。
桂枝雀の弟子で松阪出身の桂文我さんがメインで、若手、中堅、文我さんと3人が登場し、最後には大喜利をしたり裏話を聞いたり楽しい会だ。
場所は赤福の経営する料理屋の二階。
この建物が昔作りで雰囲気がいい。

この会に私と妻と友人の三人で行き始めてかなりになる。
初めて行った時はその友人と二人で、たしか第31回だった。
昨日の会が第167回、およそ11年通っている。
最近はスタッフの人や噺家さんにも顔を覚えられたようだ。
7時の部と9時半の部があり、私たちが行く遅い方の部では一番の古株になってしまった。

時には大物が来たこともあった。
桂米朝、桂枝雀、桂春団治、桂文枝、柳家花緑
こんなときだけは混むのだが、常連優先ということで助かった。

昨日、その友人と話していた。
「もう、10年以上皆勤やなあ」
「10年間、みそかに用事がなかったんやなあ」
要するにヒマな3人なのだ。