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身内のこと

ここでは、身内のこと に関する情報を紹介しています。
ある日、実家に行くと父の遺影の下に脚立が置いてあった。
母に訊いたら、

「父ちゃんが降りてきやすいように」

だそうだ。
時々降りてきて一緒にごはんを食べたという。
どうやら父は写真の中にいるという設定らしい。

それとは別で、

「父ちゃんは友達と隣の市まで遊びに行っている」

ともいう。
ただ外出しているだけで、夜になったら帰ってくるという設定らしい。


私が「父ちゃんは亡くなったやろ」と確認すると「そうやねえ」と納得する。
で、「父ちゃんじゃなくておじいさん」と言い出す。
夢か幻じゃないかと諭すと「夢なんやろか」と聞き入れる。
ひょっとしたら母だけに見えているのかもしれない、と心霊説を出してみると、
「そういうもんやろかねえ」と感心している。

強硬に逆らってこないところが助かっているが、
これはなんかヤバい感じだ。


ところが、最近言うことがちょっと変わってきた。
先日は写真の父に腹を立てていた。

「ごはんを食べに来いと言っても全然来ない」

隣の市に遊びに行っているという父にも、

「2~3日帰ってこない」

と言っている。
つまり、父の姿をだんだん見なくなってきているのだ。
「昨日は見た」という時も、よく聞くと後ろ姿だったり、顔が見えなかったりするらしい。
なんとなく存在が徐々に薄くなってきているようだ。

これはどう考えたたらいいのだろう。
『父がまだいる』説は困りものだが『居なくなりつつある』のなら良い傾向なのではないだろうか。
ただ、こうなると心霊説が一番しっくりくる。
つまり、母には本当に父が見えていて、それが消えつつあるということだ。

これは母も理解しやすそうだ。
遺影の父が食事に来ないのも「あそこでは腹が減らへんのかもしれんな」と言っていた。
写真の中=あの世、という図式を持っているのかもしれない。
私はそれに便乗した。

「そろそろ父ちゃんはこの世に未練がなくなって、あちらの世界に行くのだろう。
 だからそのうちここには来なくなるからな」

母もこの説明が一番しっくりきているらしい。
で、寂しがっているのかな、と思っていたら、

「そしたら近い方のベッドで寝られるようになるわ」

とも言っていた。






↑味噌汁で卵を三つも煮るのをやめさせたいのだけどクリックしてね。




頭ひとつ
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父の四十九日までは、
「父ちゃんがおった」とか
「表の部屋にたくさん人がいた」などと言っていた母が、
法要が済んでからはそんなことを言わなくなって安心していた。

ところが、その後ときどき「父ちゃんが」と言うようになった。
私が「父ちゃんは亡くなったやろ」と諭すと、
「そうやったねえ」と素直に納得する。
遺影に話しかけているので勘違いするのだと自分で言っていた。
説明して通じるのならまあいいかと思っていた。

それからも普通に会話に「父ちゃん」が出てくる。

「今日は父ちゃんは若い女の子の居る店に遊びに行った」

だから今はここにいない、と理屈だ。
お酒が飲めなかったからそんな店に行ったことのない父が気の毒だ。
で、私が「それは夢やろ」となだめると、
「ああそうか、夢やったんか」と苦笑する。

どうやら父が大勢の人と遊びに行った夢を見たことがあるらしい。
それを何度も思い出しているようだ。
そして私が説明するとちゃんと受け入れてくれていた。


それがある日、妙に頑ななことがあった。
私が夢だといっても受け入れず、今は出て行っているだけだと言って聞かないのだ。

「父ちゃんは亡くなったやろ」

「父ちゃんじゃなくておじいさん」

「おじいさんと父ちゃんはいっしょやろ」

「いやそうじゃなくて……」

いやこれではいかん、私が論破しようとしたら具体的な人物像が出来上がってしまいそうだ。
なので私がちょっと引いて、玄関の鍵だけは掛けさせた。

次回に行ったときはもう頑固ではなくなっていた。
「父ちゃんが」とは言うのだが「亡くなったやろ」と言うと「そうやねえ」と聞く。
前回行ったときには、

「前は写真に話しかけたら父ちゃんが降りてきたことあったけど、最近来なくなった」

と寂しがっていた。
成仏したのだろうと言うと、そうかもしれんとうなづいた。

それからも母はときどき父が遊びに行ったかのように言う時があるが、
私は一回だけ「父ちゃんはおらへんやろ」と教えることにしている。
そして私はときどき、
「父ちゃんが生きとったらこのサトイモが食べられたのにねえ」
とさりげなく父が亡くなったことを匂わせて会話している。






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あいびきか
母を連れて病院に行った。
この日はいつもの診察だけでなく、後期高齢者の健康診断と、
インフルエンザの予防接種もするので、予約を取って早い時間に出かけた。
普段なら病院をとても嫌がるのだが、ずっと前からイメージトレーニングをして、
「断れない」「行って当たり前」と刷り込んできたので、すんなり行ってくれて助かった。

しかし、病院に行ってからは文句を言い通しだ。
注射が嫌いだの、心電図の吸盤が冷たいだの、レントゲン室が遠いだの、
もはや厚着の駄々っ子だ。
それをなだめたりすかしたりしながら作業を進めていく看護師さんには頭が下がる。


検診が終って先生の診察の順番を待っていた。
退屈になったのか靴下をいじっていた母がこんなことを言った。

「この靴下、裏返しと違うかねえ」

見せられたくるぶしのマークは何のマークだかわからない。
裏から見てもわからない。

「スリッパを脱いで先っぽを見てみ」

と指示する。
縫い目が立体的に飛び出しているから裏返しなのがわかった。

「まだ時間がありそうやから履きなおすわ」

母はそれを脱いで履きなおした。
で、今度は反対側の靴下のくるぶしのマークを気にし始めた。

「これ、裏返しと違うかねえ」

右足が裏返しなら、左足も裏返しだろう。

「スリッパを脱いで先っぽを見てみぃ」

縫い目が立体的に飛び出している。

「やっぱり裏返しやわ。履きなおそ」

これで一件落着。
と思いきや、母が私に声をひそめてこう言った。

「ちょっと、私うっかり靴下を左右逆に履いてきてしもたわ」

見ればくるぶしにあるマークが内側に付いている。
理屈を考えてみたらそりゃそうなるだろう。

「履きなおそかいな」

「もうそろそろやからそのままでええ」

「そやけど、これ見た人が『あの人靴下を左右逆に履いとるわ』って思わへんやろか」

「誰が年寄りの靴下に興味あるんや」


母はこのまま診察を受けて帰るのだが、その前に靴下より大変な事態が起こった。
誰かが母の靴を間違えて履いていってしまったのだ。
もし返しに来てくれた時のために連絡先を受付に伝え、
母は私のジム用の靴を履いて帰宅した。

母は「もう二度と病院なんか行かへん!」と怒っている。






↑次の病院までに忘れてくれるとありがたいのだけどクリックしてね。




耳じゃない
日曜日、父の四十九日法要のために早めに実家に行くと、テーブルにミニカップ麺が作ってあった。
触ってみるとすでに冷たくなっている。
母に訊ねると、

「表の部屋に若い子が二人おったから作ってあげた。
 朝になったら一つだけ食べてあった」

ということだ。
こわいこわい。


月曜日、仕事が終ってから実家に行くと鍵がかかっていたので、ピンポン鳴らして開けてもらった。

「来るんやったら言うといてくれたらいいのに」

「朝電話した時言うたやないか」

「え~、朝電話したっけ?」

「天気がいいから気持ちいいとか、仏壇開けてみたかとか話ししたやろ」

「あーそうやったそうやった。そのとき来るっていうてくれたらよかったのに」


火曜日は弟が実家に行ってくれた。
水曜日の午前中、電話でそのことを訊いてみた。

「あー、来てくれたよ。大勢でにぎやかやった」

「大勢って誰や」

「知らん人」

こわいこわい。


その日、仕事が終ってから実家に行ってみた。
鍵がかかっていたのでピンポン鳴らして入れてもらった。
冷蔵庫を見るとタッパーごはんがあった。
思い切って質問してみた。

「四十九日終わってから、父ちゃん見たり、表の部屋に誰か来た?」

「いや、もう誰も来ないよ」

いろいろ話をしていくつかのことがわかった。
昨日弟と来た人たちは光ケーブルの配線の工事の人だった。
タッパーにごはんがあったのは、今日栗ごはんを炊いたからだそうだ。
父が仏壇に納まってからは、ごはんはなくなってから炊いているらしい。

買物をしてきたお金を払ってもらったのだが、二回目に、

「お金は…払ったんやったな」

いつもなら6回はお金を払おうとするのだ。
私の身勝手な感想かもしれないが、わずかながらちゃんとしてきたような気がする。
今まで祭壇があって、遺影に話しかけていたというから混乱していたのではないか。
私はちょっと楽観し始めているのだが、しばらく様子を見るとしよう。

しかし、だとしたら四十九日までに母が見ていた人たちは、ホントにいたということか?
ミニカップ麺、最後に食べて出ていったのか?






↑夕食は終わってたんだけど栗ごはんはいただいてきましたクリックしてね。




柳に見えない
私が実家に到着した時、母はカニカマと味噌汁で既に夕食を食べ始めていた。
食事している横でバタバタするのは申し訳ないが、冷蔵庫と電子レンジを確認する。
電子レンジにはごはんと干物とコロッケと筑前煮が入っていた。
食べようと思って温めて、忘れていたのだろう。

全部出して、食卓にずらりと並べてやった。
母はびっくりしていたが、喜んでコロッケを選んだ。
私は干物とカニカマでごはんを食べるしかない。
筑前煮は明日のおかずに残しておいてやろう。

この筑前煮は私がコンビニで買ってきたものだ。
『器に移して温めること』と大きく書いたメモを付けておいたので、小ぶりの丼に入れてある。
本当はビニールのまま温められるやつなのだが、
以前、そうではないカボチャの煮物を袋のまま温めていたので、全部出してチンすることにした。


母がたくわんを2切れ食べて、お茶を飲み、夕食は終わった。
これが母のルーティンだ。
なのに、それから筑前煮に箸を伸ばしたではないか。
つまみあげたのは鶏肉だ。
なにやらしげしげと観察している。

「これはなんやろ」

「鶏肉や」

「鶏肉?」

いろんな角度から嘗め回すように見ているが、口にしようとはしない。
私の言うことが信じられないのだろうか。
「食べてみ」と勧めると、遠慮がちに少しだけかじって、その断面を見た。

「中が赤い」

母は肉でも魚でも玉子でも、少しでも生っぽいところがあったらダメだ。
だから干物があんなに黒焦げなのだ。

「それは、味が浸みてるから」

母は納得したのか、やっと残りを口に入れた。

「ホントや、よう浸みとる」

「おいしいやろ」というとうなずいて、ごっくんした。

また箸を伸ばし、一つつまんだ。

「これなんやろ」

「ゴボウや」

「うわっ、どうしよ」

母はおろおろとうろたえて、ゴボウを器に戻した。
子供の頃、ごぼうをあまりにも食べさせられて、キライになったのだそうだ。
だが、のり巻きに入っているゴボウは食べるし、キンピラゴボウは得意料理だ。

「ニンジンにしよ」

ニンジンは色でわかるらしい。

「やわらかい」

気に入ったようだ。

「ごちそうさま」

やっと終わった。







↑たぶん最終的にはゴボウも食べると思うのでクリックしてね。



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