身内のこと

ここでは、身内のこと に関する情報を紹介しています。
土曜日の午前中は実家に行き、母をスーパーに連れていく。
一週間分の食料と、お昼用のお寿司を買う。
私は、いつも寿司じゃなくてもいいのに、と思っていたが、
親父にとっては週に一度のお寿司の日らしい。

私と親父の分は10貫入りの盛り合わせをいつも選ぶ。
母は生魚は食べられないので海苔巻とお稲荷さんが2個づつのパックを選ぶ。
が、二人ともが必ず残すので、あとは私が食べることになる。
それがわかっていながら、彼らはどうしてああいうことをするのか。


昨日、お寿司売り場より、入口のイベントコーナーの方がいいお寿司があった。
なのでレジ前に私がそちらのお寿司をとりにいっていたら、
母がこっそり天巻きを買っていた。
そんなに食べられないに決まっているではないかと責めると、
「いっぱいある方がええやんか」だそうだ。

親父は寿司を5貫残して天巻きを一切れだけ食べた。
母は海苔巻を一切れ残した。
なので私はお寿司を16と天巻きを3切れ食べ、
残ったもう一本の天巻きを持ち帰ることになった。
野菜と魚肉ソーセージだけのお昼と比べたら、あからさまに食べ過ぎだ。


これをいつも注意しているのにこの二人は言うことを聞かない。
母はたくさん用意したがるし、親父はたくさん残そうとする。
私はもう高校生の私ではないのだ。
どれだけでも食べられる胃を持ってはいないのだ。

なのに母は寿司のほかにおかずを買おうとする。
ポテトサラダも高野豆腐もエビチリもいらない。
量的にもだけど、寿司との組み合わせもあるだろう。
なんで寿司とアジフライや。
どうして寿司とローストビーフなんや。


ある日、母が「みそ汁もあっためよか」と言った。
まあ、汁ものがあるのはいいのでもらうことにした。
そうしたら具としてソーメンがどっさり入っている。

「あったから」

こんなもの主食やないか。


寿司を食べる用意をしていたら、親父がつまみ食いをしていた。
いや、つまみ食いではない。
別の食事をしていた。
あんこ入りのコッペパンだ。
なんで寿司を食べる前にパンなんか食べるのか。

「甘いものが食べたかった」

で、コッペパン一個食うのか。
デザートやないか。
いや、デザートでもコッペパン一個食うやつはおらんわ。

このようにして週末ごとに私のダイエットは頓挫していくのだった。






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わさび入り
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ゴールデンウイークの谷間で、二日出勤した後の休み。
雨が降ったから畑仕事はできないし、お出かけの予定もない。
午前中はパソコンでもいじって過ごそうかと思っていた。
のんびりした休みもいいではないか。

こんな時に限って体の不調を感じてしまった。
耳の中がとてもかゆい。
幸い、わが家にはもう一人のんびり過ごしている人がいる。
よし、耳掃除してもらおう。

「そんなのは自分でした方が気持ちいいやろが」

とちづるは言う。
確かに一部は理にかなった考えだ。
自分でやれば、かゆいところをピンポイントでホジホジすることができる。
でも耳掃除の醍醐味はそればかりではない。
「あ、まさか急にそっち側を」などと言う意外性が求められる時もあるのだ。

「ちっ」という舌打ちの後「そこに手ぬぐいあったやろ」と言われる。
私のポケットから出してあった手ぬぐいと耳かきを手渡す。
この耳かきは床屋さんでもらった、
『細くてどっち向きに持っているかわからないが耳には気持ちいい耳かき』だ。

「じゃあ、ここに頭を乗せて」

ちづるは敷いた手ぬぐいを指差す。
しかしちづるさん、そこは食卓ではないですか。

わが家では食事は座卓でしている。
足のたためる低いテーブルだ。
ちづるはそのコーナー部に手ぬぐいを敷いた。
そこに頭を乗せるって、手術(オペ)か。
解体ショーか。

頭を乗せると肩が宙ぶらりんになるので、まくらをあてがって楽な姿勢にした。
耳かき作業が始まる。

「あー、これはいい」

ちづるに言わせると、ひざまくらなんかより具合がいい理由が三つもあるという。
①頭がぶれない。
②耳の中がよく見える。
③腰が痛くない。
問題点が解決した、って感じで、ちづるは精密作業のように耳掃除をこなす。

終了。

「あー、楽やった~」

とのびやかなちづる。
このひ、新しいスタイルが確立されてしまった。





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メカはいや
例えば年末、
「今年はお世話になりました」
「来年もよろしくお願いします」
「良いお年を」
という挨拶は順番にやってくる。

これは、その年最後に会う時の挨拶だ。
毎日会う同僚と、月に一度来る業者さんでは挨拶のタイミングが違うのは当然だ。
もう今年は来ないよ、という業者さんに初めてこの挨拶をされた時、
ああいよいよ押し詰まってきたのだなあと年越しを意識し始める。


それと同じようないよいよ感が始まった。
あの忌まわしの行事、バレンタインデーだ。
これも2月14日当日に会えるとは限らない。
いや、女子は当日には本命に会いたいはずだ。
だから義理チョコは、むしろそれ以前の適当な日に手渡される。

金曜日、今年の初義理チョコをいただいた。
いつもの居酒屋に行くと、常連のご夫婦の奥さんがみんなのチョコを用意してくれていた。
まとめ買いして、来る常連に女将さんが配ってくれるようだ。
まあ、それまでに会えるかどうかわからないのだから当然だが、
もはや義理というより業者に近い感じがする。


土曜に実家に行った。
親父を病院に連れていき、その間に母に買い物をさせる。
店内を一回りし、レジに行く段になって母がなにか思い出した。
「そやそや、チョコレートを買わな」

母はとても縁起かつぎだ。
しなければならないことは何でもする。
冬至にはカボチャを食べたし、お風呂にゆずも入れる。
クリスマスにはケーキを食べたがるし、ちゃんと七草粥も作る。

先週行ったときには恵方巻が残されていた。
わざわざすし屋に配達してもらったのだそうだ。
昨日はスキヤキの鍋が用意されていたので、
「肉好きやな~」と言ったら、
「2月9日は『肉の日』やもん」だそうだ。

だからどうやらバレンタインにはチョコを買わねばならないと思っているらしい。
私は臨時に作られたチョココーナーに連れていかれた。
田舎の小さなスーパーだから品ぞろえもささやかなものだ。
母はそこから私と弟にウイスキーボンボンを、親父には普通のを選んで買った。

帰るとき、私の分のチョコを手渡された。
親父にはもちろん当日渡すのだ。
カレンダーを見ながらなにやら考え込んでいるので、
「14日、水曜日やで」
と教えてやった。

すると母は、

「仏滅やけどなあ」

“聖”の付く日だぞ。





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黄色を使ってないぞ
親父が運転しなくなったので、土曜日は実家に行き母をスーパーに連れていく。
一週間分の買い物だ。
私の役割は、ただ連れていけばいいというものではない。
アレは買わなくていいのか、コレはまだあるのか、とよく買うものをチェックする。
でないとあとで「忘れてた~」と言われ、買いに行かされたりするのだ。

肉・魚・野菜・調味料・お菓子などはいろいろなのだが、
確実に毎回買うものがいくつかある。
ファンタグレープ・漬物・小さいカップ麺・煮豆・ランチパックの玉子とピーナツ。
種類は変えるが、親父用の刺身と餅やまんじゅうなどの甘いモノ。
あれば買うというのが、鶏の肝煮・サバの煮付け・一口ギョーザなどだ。

買い忘れだけに気を付けていればいいという訳には行かない。
週に一度しか買い物できないという気持ちがあるので、母は買い過ぎの傾向にある。
冷凍保存するのも大好きだ。
アレもコレも買おうとするので、似たようなものが重なるときはストップをかける。
私は貧乏性だし、あとで荷物を持つのは私なのだ。


買い物が終わって家に帰ると、買ったものを分類する。
お菓子は棚、野菜は床、親父が欲しがるものは親父の前へ。
あとは母が自分の具合のいいように冷蔵庫にしまう。
親父は食べたいものがあるとすぐ食べ始める。
すぐお昼だとわかっていても、甘いものを味見したいらしい。

ちづるが出勤の日はもちろん、休みでも特に予定がないと私は実家でお昼を食べていく。
ごはんがたくさんあるとおかずを買い、ごはんが少ないと寿司などを買う。
親父は案外寿司を楽しみにしているようだが、甘いものを先に食べるからよく残す。
それを食べるのも私の役目だ。

カレーだとかトン汁などは少量を作るのが難しい。
かといってたくさん作ると、少食の年寄り所帯なので何日も同じものを食べることになる。
そういうのを手助けするのも私の役割だ。
母からの自己申告もあるが、冷蔵庫のチェックもしなくてはならない。


見てみるとなにやらタッパーにおかずが保存してある。
半透明の器に透けて見えているのはどうやら糸こんにゃくだ。
ということは、おそらくスキヤキの残りだろう。
やつらはけっこうな年の割に、まだまだ平気で肉を好物としている。
よし、こいつに卵を混ぜて牛丼として食べてやろう。

私が冷蔵庫から出してくると、母が気付いて「ああそれは」と言いかけた。
ふたを開けると、中には今まで見たことのない料理が入っていた。

「こんにゃくと糸こんにゃくの煮物や」

……にゃくにゃく煮?
なんでそんなものを作ったのか?

「こんにゃくを煮るとき、残っとった糸コンも入れたった」

なるほど、理由はわかった。
しかし、これほどガッカリできる料理があるだろうか。
特に、スキヤキだと思っていたときなど。
これは一口食べて、冷蔵庫に戻してきた。





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アイスです
両親がケータイを替えたいと言い出した。
両親が、といっても親父用の1台だけだ。
今のケータイを親父は持たない。
医者に行くときなど診察が終わった連絡をもらえればそれに合わせて迎えに行けるのに、
「重いから」と言って持とうとしない。
絶対におはぎの方が重いのに。

つまり、親父はもっと軽いのが欲しいというのだ。
母はまた別の理由を持っている。
15年も経っているから新しいのに替えた方がいいと誰かに吹き込まれたらしい。
10年経った時に「使えなくなります」という通知が来たという。
まだ使えているのに。

とはいえ、新しいのに替えるのは賛成だ。
どうせ電話しか使わないのだけど、壊れてから慌てるより早めに交換した方がいい。
そもそも、私に何かさせるときと、タクシーを呼ぶときしか使わないのだ。
家電話の方が無視できるので都合がいいのだが、緊急事態も考えておかねばならない。


で、買いに連れって欲しいと言われたが、私は拒否した。
ケータイについて私はびっくりするぐらい無知だ。
ケータイとNASAのどっちに詳しいか問われたら、きっとNASAを選ぶだろう。
だから、ケータイを買いたいなら弟一家に頼みなさい、と言っておいた。
ありがたいことに、弟一家が先週ケータイショップに連れて行ってくれたらしい。

これで安心と思っていたら、雲行きが怪しくなってきた。
土曜日に買い物に連れていくのだが、金曜に電話した時、
「ケータイを買いに連れって欲しい」
と言われた。
もう買ったのではないのか。

電話に出た母が言うには、先週カタログをもらってきて機械を決めたので、
あとはお金を払って来るだけだと言う。
ほんまかいな。
弟は親父に頼まれて西部劇のDVDを取り寄せているので、
それをもらいに行ったとき、ついでに状況を訊ねてみた。


なんと、ショップの店員さんとは一切話をしていないというではないか。
混雑していたのでカタログをもらってきただけ。
親父に至っては、店内に入りさえしなかったらしい。
そんな事でケータイが買えるのか。

実家に着くと、親父はすでに出かける用意をしていた。
でも、行っても無駄だ。
私がケータイのケーヤクの話をするのはまっぴらだ。
どうせ何にもわからないし、待たされるのは大嫌いだ。

なので、書類が必要だとか、私のケータイはメーカーが違うとか、
順番待ちが数時間だとか、今の時期は卒業生がいっぱいで混むとか、
あらゆる理由を並べ立ててあきらめさせた。
親父は西部劇のDVDが手に入ったので満足なようだ。

それにしてもケータイって本当にそうなのか。
つまり、その、お金だけ持って行っても買えないのか。
えーと、あのう、なんと言ったらいいのかわからないが、
もうちょっとなんとかならないのか。





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おそろしい現実