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エンターテイメント

ここでは、エンターテイメント に関する情報を紹介しています。
えらいことにクリスマスイブだ。
カレンダーと同じく、放置している間にタイムリミットが来てしまった。
店にはクリスマスツリーが飾られ、のべつまくなしに“らしいソング”が流れているというのに、
私個人のクリスマスイブの準備は“無”だ。

準備と言っても家をきらびやかに飾り付けたり、ごちそうを用意したりするわけではない。
その証拠に、コンロの鍋にはダイコンの煮たのがたっぷり入っているし、
床にはジャージやニット帽が散乱している。
準備しなくてはいけないのは、クリスマスプレゼントだ。
これには恐ろしい麻薬的常習性があって、一度すると次からしないという訳にはいかなくなる。

とはいえ、ちづると暮らし始めて早二十数年。
もうアイデアが無い。
衣類には好みという謎の部分と、サイズという秘密の部分があって選べない。
スマホやパソコンの周辺機器は知識がないから手が出ない。
いったい何を買ったらいいのだ。


ともかく、仕事が終ってから近くのショッピングセンターに行ってみた。
エスカレーターから民族ショップを眺め、文具店を冷やかし、
スポーツショップを遠くから覗いて、電器店にやってきた。
実家のコンロを買った時、安全ボタンの件で私をだました電器店だ。

いくつかの案にボツを出しながらウロウロしていると、またもやこのコーナーに来てしまった。
私の好きなスピーカー売り場だ。
確か私はスピーカーをちづるにうっかり三回もプレゼントしているはずだ。
もうここに新ネタは落ちていない。

と思ったら、ちづるが以前興味を示していた商品を見つけた。
首に賭けるタイプのスピーカーだ。
「おお、これなら」と手を伸ばしかけたが、なかなかお値段がお高い。
一番安いのは、メーカーがこの電器店ではないか。
この電器店には一度だまされているから信用できない。

となると、形や重さやメーカーを考慮すると③になる。
棚の下に在庫は一つあるが、私のサイフのお金の在庫はちょっと足りない。
悩んだ挙句、賭けに出ることにした。
このショッピングセンターのATMに行き、行列ができていたらやめだ。
待つことなくお金がおろせたら、これを買うことにしよう。

ガラガラだった。
しくしく。


そして夜、チキンとローストビーフとさしみとサトイモでディナーだ。
ちづるにはとても好評だった。
私は、あの宮本浩次のカバーアルバムをもらった。
くぅぅ~、たまらん。

で、クリスマスイブの夜、ちづるは充電と初期設定、
私はCDの取り込みにそれぞれ勤しむのであった。





↑帰宅してから自分で梱包したのだよクリックしてね。





記念に
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『十二人の死にたい子供たち』という本を読んだ。
作者は冲方丁(うぶかたとう)。
『マルドゥック・スクランブル』というSF小説で有名になった人だ。
こちらも読んでみたいのだが、なにしろ3冊ものという長編なので遠慮してしまっている。

解説にもあったが『十二人の』ときたら思い出されるのが、
陪審員制度を描いた名作映画『十二人の怒れる男』だ。
それを基にした三谷幸喜の映画『十二人の優しい日本人』
どちらも観たけど本当に面白かった。

井上ひさしの『十二人の手紙』も最近読んだ。
ともかく『十二人の』ときたら名作なのだ。
いや、これだけ並んだら、ちょいとした作品に『十二人の」を付けることはできまい。
『そして誰も○○』とか『○の悲劇』と同じように、
『十二人の』はひとつのカンムリになっているのだ。


だったら読まないわけにはいかない。
と、偉そうに言っているが、ずっと前から知っていて、なのにずっと買わずにいた本だ。
まあ、やっと買って読んだってとこなのだ。

ストーリーは、インターネットで知り合った自殺願望のある十二人の少年少女が、
とある廃病院に集まって実行しようとするところから始まる。
ところがそこには十三人目がすでに死んでいた。
ここから十二人の議論が始まり…

なにしろ場所は病院という限られたスペース。
登場人物は全員絶望しているのだから派手な出来事は起こらない。
いわば理論合戦がメインのような話だ。

ただ、この作者がすごいなーと思ったのは、全員の心理描写がされていることだ。
つまり全員の心の中が文章にされている。
そこにウソはないはずなのに、犯人がわからないのだ。


というところまでちづるに話した。

「読む」

と言われた。
だからこれ以上は説明できない。
昼休みに本編だけ読み終えたので、寝る前に寝床で解説を読んだ。
そして読み終えたこの文庫本は、ちづるの寝床の枕元に置いておく。
そこにあるのはこれで4冊。
この本の中身を語り合えるのはいつになることだろう。






↑12月12日にこのネタなのは偶然だけどクリックしてね。




なんのポーズや
ジョルジュ・ランジュランの短編小説『蠅』を読んだ。
副題は『ザ・フライ』
1986年に公開されたデヴィッド・クローネンバーグ監督のホラー映画だ。
ただ、私の世代なら、映画は『ハエ男の恐怖』のイメージの方が強いだろう。
はい、『蠅』も『ザ・フライ』も『ハエ男の恐怖』も知りたくない人は読むのをやめましょう。

調べてみたら『ハエ男の恐怖』は1956年の映画らしい。
もちろん私は生まれていないが、日本で劇場公開はされなかったらしい。
ただ、昔は映画はテレビで何度も再放送されていた。
私も何度も観て、若い脳に刷り込まれていったのだろう。

内容は、物質移動装置で人体実験したらハエが入ってて混ざっちゃうという話だ。
今回『蠅』を読んで思ったのは『ハエ男の恐怖』は原作にかなり忠実だということだ。
古い記憶なので自信はないが、そうそうたしかこんな感じ、って感じだった。
一つだけ予想外だったのは、猫もちょっと混じっちゃうことだ。
なんか変なこと言ってるみたいだけど、原作はそうなのだ。

『ザ・フライ』は私は観ていない。
30年の時を経てリメイクされた映像は素晴らしいに違いない。
なにしろ『ハエ男の恐怖』のメカは、バンデル星人のUFOレベルなのだ。
子供心にも「なんたる子供だまし」と思ったぐらいだ。

が、『ザ・フライ』はストーリーに大きな違いがある。
『ハエ男の恐怖』では、物質転移したらハエ男になってるのだが、
『ザ・フライ』では転移後、徐々にハエ男になっていくのだ。
これはもう、最新映像技術でグチョグチョしたハエ変化をやりたくて仕方ないのだろう。

あと、『蠅』と『ハエ男の恐怖』では重要なハエの方、
つまり物質移動装置に紛れ込んだハエの存在が『ザ・フライ』ではあまり触れられていない。
ような気がする。
このようなあいまいな発言になるのは、私が『ザ・フライ』を観ていないからだ
観てない私が言うのは何だけど、この小さなハエの存在が怖いのだ。


テレビでやっていたサメパニック映画『MEG』というのを観た。
サメといえば『ジョーズ』だが、『MEG』のサメはケタ外れに大きい。
なんでも恐竜時代に本当にいた巨大ザメだということなのだが、
調べたらバス2台分の長さがあるらしい。

これだけ大きいと、人なんて丸飲みだ。
これが怖くない。
なぜなら人がサメを恐れるのは噛むからだ。
噛まずに飲まれるのなら、私はサメよりイソギンチャクに飲まれる方が怖い。


ハエ映画もサメ映画も、最初にヒットしたのが一番面白いのだと思う。
それ以降は素材だけ使って「もっとすごく」に走ってしまいがちだ。
「すごい」は案外「こわくない」のだ。






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恐怖
以前なら、月水金のうち2日はジム、火曜土曜は居酒屋に行くのが私のスケジュールだった。
しかし今、月曜水曜は仕事が終ってから実家に行っている。
火曜日は本当ならいつもの居酒屋に飲みに行く日だ。
しかし、ここのところわが県でもコロナ感染者が爆発的に増えている。
会社からも気をつけるように言われているから控えなければならない。

私よりも飲まなければならないのは、畑の野菜たちだ。
梅雨が明けて以来、空はカンラカンラと笑うばかりでよだれの一滴もこぼさない。
水やりをしなくてはならない。
しかも今年の畑にはサトイモが多い。
やつらは元々沼地に生えるものなので、とても水分が必要なのだ。

よし、野菜に飲ませて自分が飲めないなんてガッカリ、ってな考えはもったいない。
これもトレーニングの一環だと思うのだ。
ジムでウォーキングができない分、水運び運動をするのだ。
だから、買い置きしてあったプロテインチョコバーとザバスを摂取して会社を出た。


暑くしんどく面白くない水運び。
「うおー!」と気合を入れて、両手にバケツを持って水場にむかう。
農業用水の蛇口があるのは、畑の隣にある二軒の家の向こうがわだ。
おそらく100mぐらいはあるだろう。
そこで水を汲んでは畑へピストン輸送だ。

トレーニングだから水も惜しまない。
普段なら畝から水がこぼれるともったいないから、柄杓で土が吸う分だけ水を掛けていた。
それをバケツのまま、ざんぶざんぶと溢れがけしてやる。
土が流れて困りそうな畝だけ柄杓を使うが、それもザブザブ掛けるのだ。

だから水を遣っている時間は短い。
水が無くなったらすぐに水場に歩く。
これを私はセットと呼び、何セットやるか数えることにした。
バケツのサイズは少し違うので1セットごとに左右を持ち帰ることにした。
でないとすぐに何セットかわからなくなるからだ。

これを繰り返していたら、脳内音楽が流れ始めた。

「♪ちゃ~ちゃちゃららら、ちゃ~ちゃちゃららら、
  ちゃららちゃららちゃららちゃらら、ちゃららちゃららら~
  ウイルスは~、ここには来ない~」

ご存じ『365歩のマーチ』だ。
歩き始めると自然とこのメロディーが浮かんでくる。
いや、軽く口から洩れている。

そうだ、先ほど水場まで100mと記したが、ホントはどれぐらいの距離だろう。
よし、歩数を数えてみよう。
なんと80歩とは思っていたよりずいぶん少ない。
それもそのはず「♪ちゃ~ちゃちゃらら」の前奏をやってから数え始めていたからだ。
かまわん、距離はちゃ~ちゃら+80歩メートルだ。


畑全面に水を遣り終えたら薄暗くなってきた。
合計で12セット、つまり12往復歩いたから汗だくだ。
帰って家でビールを飲もう。

一つだけ迷いがある。
この話のカテゴリーは『健康』か『家庭菜園』どっちにしよう。






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よっこらせ
先週の日曜日、雨のせいで何もすることがないし、
録画したまま放置してある番組を消化することにした。
時間がたっぷりあるのだから、どうせなら大物を処理したい。
となると映画だろう。

今年の初め、NHKで放送された、
『夜は短し歩けよ乙女』を観ることにした。
コレ、私はずーーーーっと勘違いしていた。
ちづるに「原作は恩田陸の小説だ」と威張っていたのだ。

観始めたら数秒で「はて、こんな話だったかしら?」と思い始めた。
恩田陸の原作は読んでいないが、裏表紙の説明は読んである。
たしか学校の行事で夜中に遠くまで歩く話じゃなかったか。
アニメ化にあたって何か変更されたのだろうか。

が、オープニング場面になると、
『原作、森見登美彦』という文字がばばーんと出たではないか。
そうだ、これは聞いたことがあるやつだ。
だとしたら恩田陸のは何だったっけ?

気になって仕方ないが『夜は短し歩けよ乙女』が進行中だ。
後で調べてわかったのだが、恩田陸のは『夜のピクニック』だった。
ともかく、「だいたいこんなストーリー」と思っていたものが全く違うとなると、
それはまた観ているものが新鮮に感じられる。


なんだかムチャクチャだが、おもしろかった。
アニメだからいいけども、小説ではどんな風に表現されているのだろう。
これはちょっと読んでみたい。

というわけで、近いうちに本屋に行こうと思っていた。
三日ほど出勤した後は4連休だ。
もちろん本屋に行くチャンスがあった。
スーパーで食品を買う必要があったので、わざわざ本屋のあるショッピングセンターにしたのだ。

が、この段階で『夜は短し歩けよ乙女』のことは忘れていた。
『本屋に行かなければならない』なぜなら『伊坂幸太郎の新刊を買うのだ』
となっていたからだ。
私は伊坂幸太郎の新刊『ホワイトラビット』ともう一冊本を買って、
帰宅したらさっそくマイ部屋のこれから読む本コーナーに並べた。
『ホワイトラビット』は週明けから会社で昼休みに読もう。

4連休ともなれば本や映画ばかりでダラダラしていてはいけない。
運動も必要だと奮起し、マイ部屋で腹筋をすることにした。
ごろりと寝転がると窓際の本棚が逆さまに見えた。
一冊だけ、タイトルがはっきり読めた。
並べてある本の前に倒して置いてあったからだ。

『ホワイトラビット』

買ってあったのか!
という、よくあるお話。






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