最近、お出かけ先でトイレに入ると、その未来っぽさに驚かされれる。
前に立っただけで水が流れ、
手をかざせば蛇口から水が出る。
その雫は拭きとらなくても風が吹き飛ばしてくれる。

これはある目的に向かって各パーツが進化した結果だ。
その目的とは、
『どこにも手を触れないで済むようにする』
ということだ。


昔はどうやっていたか。

用を済ませる。
蛇口をひねり水を出す。
手を洗う。
洗った手で水をすくい蛇口にかける。
蛇口を締め、水を止める。

この行動の意味を考えてみよう。
まず、手が汚い、という設定だ。
蛇口に触れたことで、蛇口が汚くなった、と考えている。
水をかけたことで、蛇口はきれいになった、と考えている。


これはトイレに限ったことではない。
手を洗うのは手が汚れているからだ。
もっと手が汚れていた時はどうするか。
そう、石鹸で洗う。

石鹸は今、二大勢力に分かれている。
今まで通りの普通の固形石鹸と、最近勢力を伸ばしてきたハンドソープだ。
これらと汚れとのかかわりはどうなっているだろう。


石鹸は、昔も今も赤いみかんネットに入ってぶら下げられている。
多少水で流すにしても、まず汚い手が石鹸を握る。
手はそのあときれいに流されるが、石鹸はそのままだ。
石鹸は、汚れているんじゃないか?

そこで人間はこう考える。
確かに石鹸は汚れているかもしれない。
でも、この石鹸というアイテムは汚れを落とすためのものだ。
使えば減っていくんだから、汚れはその時に落ちていっているのだろう。
これが信じられなくなったらもう手は洗えない。
だから、これはきれいってことにしておこうじゃないか。


ハンドソープというのは液状だ。
だからボトルに入っていて、トップをプッシュすると管の先から出てくる。
当然、プッシュする手は汚れている。
そして、トップに触るのはそのときだけだ。
ボトルのトップは汚れているのではないか。

人間はこう考える。
確かにトップは汚れている。
でもそれは大したことじゃない。
汚れていると騒いだって、そのあと手を洗うのだから影響はない。
トップが汚れるのは仕方がないことだ。
だから、もうそれは気にしないでおこうじゃないか。



政治の話みたいになってしまった。






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さて、毛筆は苦手な私だが、英語はというと、これまたさらに苦手なのだ。
毛筆は一応経験済みだが、ヘア筆はいまだにノーサンキューだ。

別に英語をヘア嫌い、いや毛嫌いしているわけではない。
できることならお近づきになりたいと思っている。
英語がスラスラ読めて、サラサラ書けて、ペラペラ話せたら、
こいつはどんなに気分がいいことだろう。

しかし、英語というのはなかなか覚えられない。
いったいどうしてか。
それは、英語の側に覚えられようという歩み寄りが見られないからだ。


エキデン、ツナミ、ゲイシャなどは英語で通用する日本語だ。
わかりやすく言えば、あちらから見た外来語だ。
こういう単語をもっと増やすべきなのではないか。
共通の単語がふえれば、お互い覚える語句の量が減る。
そうすれば、双方が勉強する範囲が狭まるではないか。


たとえば黄色。
日本語では『キイロ』だが英語では『イエロー』だ。
これを間をとって『キエロー』にすれば、しゃべる時変換しなくて済む。

“道”は英語で『ロード』日本語で『ドーロ』
両国の首脳がじゃんけんをしてどちらかに統一すればいい。


そうだ、同じ意味の言葉を比べて、短い方に統一すればエコにもつながるのではないか。
私は常々思っていた。
『午後』のことを『アフタヌーン』というのは無駄ではないのか、と。
言葉の作りはどちらもいっしょだ。
『午』の『後』か『ヌーン』の『アフター』か。

だったら短い方を採用したらいい。
日本語では『午後』英語では『GOGO』でよい。
その分、お昼までのことは、
日本で『ゴゼンチュウ』
英語ではアフターでないヌーンなのだから、当然『ヌーン』だ。
だったら日本でも午前中のことは『ぬーん』でよい。


野菜にもそのパターンは多い。
最近ペプシ社のおかげで知ったのだが、
キューリのことを英語で『キューカンバー』というらしい。
『キュー』が共通なのだ。
『カンバー』と『リ』を比べたら、断然『リ』だ。
『キューリ』を共通語にしようではないか。

野菜は英語が非エコだ。
ナスのことは『エッグプラント』というらしい。
タマゴみたいでプランとしてるからだろう。

スイカは『ウォーターメロン』だそうだ。
太田さんのオリジナル品種なら『オオタウォーターメロン』だ。
水ナスは『ウォーターエッグプラント』なのか?
太田さんの水ナスなら・・・

ちょっと日本語に分がありすぎるようだ。
その分『トウモロコシ』は『コーン』にしてもいいよ。



と、こんなネタを思いついたのだが、ちづるに相談したら、
「つまらん。書くな」
と却下されてしまった。
『TO DO』め。






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ゆうべのみそか寄席は特別イベント。
準レギュラーの桂つく枝さんが、五代目桂文三(かつらぶんざ)を襲名し、
その披露の会となった。
この『桂文三』というのはかなり大きな名前で、
襲名も八十数年ぶりだそうだ。

常連として、これはお祝いせにゃならんと言うことで、
友人Fと話し合い、差し入れをすることにした。
当日あわてないように、前日には酒を買い、
あとはのしを貼るだけだ。


のしはわが社でも扱っている。
事務員さんに見本を見せてもらい、サイズを決めた。
9枚で105円だという。
お金を払おうとしたら、社長の奥さんがいらないと言ってくれた。
いえいえそんな、と押し問答がちょっとあって、
「そうですかぁ〜」と甘えたら、
それなら9枚もいらないと気付いて、3枚だけもらってきた。


夜の9時前、友人Fと合流し、受付を済ませ、
待合の座敷でのしを書く段になり、
Fもちづるも拒否。
私が書の腕前を見せることとなった。

さて、何と書いたものか。
「祝、五代目襲名披露 桂文三様」
長い。
三回のチャレンジで間違わずに書く自信がない。

「祝!」でいいんじゃないか、と私が言うと、
「御祝、やろ」とちづるの指摘。
なるほど、それも一理あり。

しかし、字というのは不思議なものだ。
さらさらと2〜3回練習し、いざ本番。
となったら『御』という字のギョウニンベンを書いたあと、
続きがわからなくなってしまった。

もう一度別紙で試し書き。
するとちゃんと書ける。
でも、書きかけでやめると、あとを継ぎ足してもバランスの悪い字になる。
書きなおしだ。

「練習と同じようにササッと書いたらええんや」
とFは言う。
なるほど、こいつにも一理ある。
まるで書の達人であるかのように、ササッと書いた。

なかなかいい。
Fも「ええやん」という。
字というのは不思議なものだ。
長年、字を書いてきた私は知っている。
このあとどれだけ書いても、もう決して満足することはないのだ。

でも、のしはあと一枚残っている。
もう一枚書いてみようかと思ったが、
Fの一言でふんぎりがついた。

「どうせ、人にやってしまうんやん」

そういやそうだ。
考えてみたら、顔見知りですらないのだ。
やっちゃえやっちゃえイケイケゴーゴー。
そののしを貼って、スタッフに渡した。


いよいよ本番。
若手の開口一番のあと、先輩格の落語が二席。
そのあと幕が下りて中入り。
拍子木が鳴って幕が落ちると、ふかぶかと頭を下げた四人の噺家。
そして舞台の端には、あののしを貼った酒が!

字というのは不思議なものだ。
書いたとき「なかなかいいぞ」と思った字が、
客観的にみる立場になった途端、
「どこか間違ってるんじゃないか?」
と思えるほどひん曲がって見える。

しかも、下にはフルネームがこれまたへたくそな字で書いてある。
まるで『字が下手ですカミングアウトの品評会』みたいだ。

隣には一升瓶が三本まとめてあり、
『祝、五代目襲名披露 桂文三さん  おかげ横丁一同』
と達筆ののしが貼られている。

一同はずるい。
一同ほどのグループなら、字のうまいメンバーもいるだろう。
こちらはへなちょこ一味だ。
一同と一味の字を並べてはいけない。

おい、おかげ横丁一同。
その字がうまく見えるのは、すべて私のおかげなのだぞ。
私にも酒をおくれ。





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ゆうべは恒例みそか寄席。
襲名披露で長引いたので、
帰って寝てしまいました。

絵も思いつかないので、お昼の総集編で。

夜はちゃんとしますんで。
こういう言い方をすると怒る人もいるが、
最近の若い人の使う言葉はおかしい。
特に気になるのが、
「大丈夫です」
というやつだ。

「はい」
「わかりました」
「かしこまりました、ご主人様」

と答えるべき場面で、

「大丈夫です」

と言う。
誰もあんたの身の心配などしてないのに。


どうも不愉快な日本語が多い。
文章にせずに、単語がぶつ切りのことも多い。

「ケガ、なくてよかったですね」

なぜ「ケガがなくて」と言えんのだ。
これでは“ケガ”の“ガ”を“○○が・・・”の“が”と勘違いする可能性が高い。


省略形もよくない。
会話の途中で、相手の表現に異を唱えるのに、
「というか」
ということがあるが、これを省略して、

「てかっ」

という輩がいる。
話の途中で、突然、

「てかっ」

っと言うのだ。
いきなり擬音をつけられたのかと思ってびっくりするではないか。


あと、気に入らない言葉に、

「うすうす感づいている」

というのがある。
感づいているのは「うすうすと」感づいているのか、
あるいは「うすうすに」感づいているのか。
これも小心者をドギマギさせる言葉遣いだ。


女子はいつも「細くなりたい」と念仏のようにとなえている。
「細くなった」と言われてショックを受ける人もいるのだということを知っておいてもらいたい。

私が休みを誰かに替ってもらったとしても、
「コウタイしました?」
などと訊くな。
すごくドキドキするのだ。

『ぬけがけ』とか『はえぬき』なんて言葉も、
私の前でぬけぬけと使うな。

ハーゲンダッツとかも言うな。

「もうけがすくない」なんて言うな。


最近よく耳にする言葉で気になっているのが『経営』だ。
どうしても「毛ぇえぇ」と聞こえるのだ。

この「毛ぇえぇ」が不振だとか、行き詰っているとか、伸び悩んでいる、
という言われ方をよくされている。
不景気だから仕方ないのかもしれない。
しかし、ここはぜひ踏ん張って、経営者には頑張ってもらいたい。

私の好きな言葉は、

『健全経営」

なのだ。





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