両親がケータイを替えたいと言い出した。
両親が、といっても親父用の1台だけだ。
今のケータイを親父は持たない。
医者に行くときなど診察が終わった連絡をもらえればそれに合わせて迎えに行けるのに、
「重いから」と言って持とうとしない。
絶対におはぎの方が重いのに。

つまり、親父はもっと軽いのが欲しいというのだ。
母はまた別の理由を持っている。
15年も経っているから新しいのに替えた方がいいと誰かに吹き込まれたらしい。
10年経った時に「使えなくなります」という通知が来たという。
まだ使えているのに。

とはいえ、新しいのに替えるのは賛成だ。
どうせ電話しか使わないのだけど、壊れてから慌てるより早めに交換した方がいい。
そもそも、私に何かさせるときと、タクシーを呼ぶときしか使わないのだ。
家電話の方が無視できるので都合がいいのだが、緊急事態も考えておかねばならない。


で、買いに連れって欲しいと言われたが、私は拒否した。
ケータイについて私はびっくりするぐらい無知だ。
ケータイとNASAのどっちに詳しいか問われたら、きっとNASAを選ぶだろう。
だから、ケータイを買いたいなら弟一家に頼みなさい、と言っておいた。
ありがたいことに、弟一家が先週ケータイショップに連れて行ってくれたらしい。

これで安心と思っていたら、雲行きが怪しくなってきた。
土曜日に買い物に連れていくのだが、金曜に電話した時、
「ケータイを買いに連れって欲しい」
と言われた。
もう買ったのではないのか。

電話に出た母が言うには、先週カタログをもらってきて機械を決めたので、
あとはお金を払って来るだけだと言う。
ほんまかいな。
弟は親父に頼まれて西部劇のDVDを取り寄せているので、
それをもらいに行ったとき、ついでに状況を訊ねてみた。


なんと、ショップの店員さんとは一切話をしていないというではないか。
混雑していたのでカタログをもらってきただけ。
親父に至っては、店内に入りさえしなかったらしい。
そんな事でケータイが買えるのか。

実家に着くと、親父はすでに出かける用意をしていた。
でも、行っても無駄だ。
私がケータイのケーヤクの話をするのはまっぴらだ。
どうせ何にもわからないし、待たされるのは大嫌いだ。

なので、書類が必要だとか、私のケータイはメーカーが違うとか、
順番待ちが数時間だとか、今の時期は卒業生がいっぱいで混むとか、
あらゆる理由を並べ立ててあきらめさせた。
親父は西部劇のDVDが手に入ったので満足なようだ。

それにしてもケータイって本当にそうなのか。
つまり、その、お金だけ持って行っても買えないのか。
えーと、あのう、なんと言ったらいいのかわからないが、
もうちょっとなんとかならないのか。





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おそろしい現実
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先日『ブロックタワーボール』という球をコロコロするおもちゃを大量に捨てた時、
ついでに捨てられるものはないかと部屋の中をちょいと探索した。
すると、棚の片隅に積み上げられているモノを発見。
それはそれは古いノートたちだった。

ともかく私は書き上げ魔だった。
思いついたら書く、覚えたかったら書く、考えるとき書く、
つまり、書いていかないと頭に入らないタイプだった。
それをまた、種類別に新しいノートを作っていくのだ。

読み終えた本の感想ノート。
映画の感想ノート。
ダイエット中の食事と運動のノート。
区の行事に反対した時の理由と対策のノート。

昔やっていた家庭菜園ホームページのネタノート。
昔ちょっとだけやった食テーマブログのネタノート。
昔やろうと思った創作ネタノート。
昔ぼんやり考えた空想会社のネタノート。
昔考えて、何に使うわけでもないのに書いたアイデアノート。
昔の畑の作付けノート。

これらがすべてノートの前半、いやほんの数枚書いたところで終わっている。
もう捨ててもいいのだが、残りの白いページがもったいないのでとってあるのだ。
会社に大きな裁断機があるのだから、のり付け部を切って白いめページだけにすればいい。
そう思ってすでにやってある分もある。
わざわざパンチ穴をあけて閉じてあるのだが、それを使わなくてもノートは豊富なのだ。

もっともったいないのが原稿用紙だ。
これも昔、ある本を読んでいた時知らない単語が出てきた。
それを控えておいて辞書で調べたのだが、そうなるとどんどん調べる単語が増えてきた。
『調べる』と『調べない』の明確な境目がないからだ。

この単語も知らないような気がする。
これは知っているようだが本当の意味はわかっていないのかもしれない。
そう思ったら書き上げなければならなくなってしまった。
夜寝る前にそれを、原稿用紙に筆ペンで書き写していた。
字も上手になるだろうと思ったのだ。


全てが過去形であることからわかるように、今も続けているノートはひとつもない。
だからといってすべてが三日坊主だったわけでもないのだ。
映画や本の感想は数年にわたって書き続けたし、ダイエットノートも数冊続いた。
漢字を書き写した原稿用紙に至っては結構な量になっている。
だからこそ、原稿用紙をまとめ買いしてしまったのだ。

ちづるにこの話をしたら「写経でもしたら」と言われた。
なるほど、漢字を筆ペンで書いていたのも字の上達を考えたからだ。
寝る前に筆を持ったりしたら寝つきもいいかもしれない。
原稿用紙やノートも消費できるし、何より無駄にならない。
別に書き写すのは般若心経じゃなくても、天声人語でもSTAP細胞の論文でもいいのだ。

と、考えたのが先週。
残っているノートたちは全て書き始めはしたものたちなのだが、、
この写経計画はまだ始まってもいない。
部屋が寒いし、毎日眠いからだ。
春待ちノートでもつけはじめようか。





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ちょちょい
『77日間』のその後。

5月5日まで髪を伸ばすと宣誓書を書いた私。
が、ちづるにものすごく反対された。

私「どんなふうになるかなと思って」

ち「どうなるかわからんのか!」

そんなわけでその日のうちにバリカンで刈るように言われてしまった。
確かに私も短い方がいいのだけど。

で、昨日いつもの居酒屋にいった。
私の宣言書はカウンターの真正面に貼られ、

ボトル一本・プリンかケーキ・タバコ・車・プリンとケーキ・お酒券

など、失敗した時の罰則が書き足されていた。
罰則っていうか、わしゃサンタか。


『キッチンダンシンクッキン』のその後。

まとめて作った保存おかずたち。
ひじき・ハクサイとはんぺんの煮もの・ダイコンおろし・ダイコンと鶏の煮もの
これらをタッパーに分けて毎日少しずつ食べていた。
おかずを作る手間がいらないし、野菜を摂ることができる。
1日に食べる品数も多くなった。

これは健康的でいいことだ。
全てのものを毎日少しずつ食べていくと、栄養バランスがいい。
ただ、すべてのおかずが同じように減っていく。
そしてある日、すべてが同時に無くなる。
そのときの洗い物の多さと言ったら。

そんなわけで、ちづるにものすごく恨まれたのだ。


『考えない袋』のその後。

そんなわけで、朝、尿に目覚めるのはちづるの呪いではないかと考えている。


『その場を一歩も動かずに』のその後。

やはりあの筋肉痛は天地返しの痛みだったようだ。
そこで、痛みのなくなった昨日、もう一度やってみた。
ちょっと時間が豊富にあったので前回よりも長い時間だ。

手を押し付けるのを30秒と休憩を30秒。
両手を引っ張るのを30秒と休憩を30秒。
昨日はそれに、タオルを頭の後ろで引っ張るのを30秒プラスした。

これらを順番に何セットもやる。
およそ30分間、それを繰り返した。
えらいもので、それだけ力を込めていると体が熱くなって上着を脱ぐほどだった。

しかし不思議なのは、先日筋肉痛になった肩の筋肉だが、
やっているうちにその場で痛くなってくる。
これは筋肉痛ではなく、ただ関節を痛めているのではないか。

『その後』をネタにしているにもかかわらず、まだ結果の出てないことを書いてしまった。
ただこの運動、筋肉痛になるかどうかはわからないが、
間違いなく肩はこる。





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ササッと描けた
朝、脳が目覚めて最初の感情が『くやしい』だった日の不愉快なことよ。
人は誰でも寝ていられる時間が決まっているなら、できるだけその時間まで寝ていたい。
なぜなら、睡眠は休息だからだ。
休息が十分でないと、活動に支障が生じる。
これは、場合によっては身体に危険が差し迫った時に、それを回避できなかったりする。

だから、人類は『スヌーズ』と言う機能を目覚まし時計に備えた。
あと5分寝ていられるならそうしていたいからだ。
なのに設定時間よりも早く目が覚めてしまった時の悔しさよ。
いや、たっぷり休息がとれて目覚めたなら、むしろふとんに居られるお得感がある。
寝ていたくて、寝ていられる時間なのに起きて行かなければならないこの悔しさよ。

そう、尿意だ。
出すものを出さなければ寝ていられないという切羽詰った状態。
安らかな睡眠とは真逆の状態ではないか。
どうしてこんなことが起きるのか。

理由は3つある。
①尿がたくさん生産されている。
②膀胱の容量が減っている。
③私の我慢ができなくなってきている。
それぞれの原因を考えて対処しなくてはならない。

なぜ尿がたくさん生産されるのか。
・水分をたくさん摂るから。
・汗などで水分が放出されないから。
・利尿作用のある成分を寝る前に摂ってしまったから。
・涙やよだれなど、他の水分が必要無くなったから。
・本来尿として排泄されないはずの成分が尿に混じるようになったから。
・ちづるが寝ている私に水分を注射しているから。
・天井の雨漏りがちょうど私の口に落ちてきているから。
・寝室が飽和水蒸気量だから。
・水素と酸素が私の体内で結合するから。
・年だから。
・誰かの呪い。

なぜ、膀胱の容量が減っているか。
・膀胱が活躍しないので縮んでいるから。
・膀胱壁が固くなり伸縮しなくなっているから。
・たくさん溜める訓練を怠っているから。
・体温が上がり、膀胱内で尿が蒸発しているから。
・体脂肪が増えて膀胱が広がる余地がないから。
・筋肉が増えて膀胱が広がる余地がないから。
・バレンタインデーにもらった義理チョコに膀胱を固くする作用があるから。
・寝ている状態での膀胱の伸び方向に問題があるから。
・磁場の関係で膀胱壁がどちらかに引っ張られているから。
・月の引力で膀胱壁が上に引っ張られているから。
・年だから。
・誰かの呪い。

なぜ、私の我慢がなくなっているのか。
・年だから。
・誰かの呪い。


考えられる原因をすべて列挙してみた。
あとは解決策を考えるだけだ。

しかし、もう一つ考えなければならない問題が生じた。
普段より早く起きて時間がたっぷりあったはずなのに、
どうしてこんな雑なネタしか書くことができなかったのか。











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これこそ夢であってくれ
最近、筋トレがおろそかだ。
週に二回、腕立て伏せを主体とした胸鍛えの日と、
懸垂主体の広背筋鍛えの日を作っていたのだが、すっかりリズムが崩れてしまった。
ポケットに手を突っ込んで「おおさむ」とストーブに当たってばかりだ。

もちろんこの寒さがいけない。
寒いから動きたくないってこともあるが、
体が温まってない状態でトレーニングをして、筋肉を傷めてしまっては元も子もない。
それに、分厚いジャンパーを着ているから体が動きにくいのだ。

だったら運動するときはジャンパーを脱げばいいとお思いかもしれない。
しかし、この寒い時期に上着を脱いでいる人がいたらその人はいったいなんだ。
頭がおかしいか筋トレをしているかのどちらかだ。
社長や店長がいつものように足音をたてずにやってきたら、
「あ、こいつ仕事をせずになんかしとる」と思われるではないか。


そこで私は考えた。
上着を脱がずに、しかも運動をしているように見えない運動法だ。
私は基本的に道具を使わない『自重筋トレ』をモットーにしてきた。
なのに欲が湧いてきて、チューブやダンベル、フォークリフトを使うようになった。
ここは初心に帰ろうではないか。

鍛えたいのは胸と広背筋だ。
絶好のトレーニングがある。
まず、両手を拝むように合わせる。
これを左右から押し付けるのだ。
外側から内側に向かって負荷をかける、これは胸筋トレーニングのひとつの基礎だ。

今度は両手の指を引っ掛け、外側に引っ張る。
つまり右手と左手の引っ張り合いだ。
引く運動は広背筋を鍛える運動の基礎だ。
この二つで目的を達成できるではないか。

ただ、この運動はつまらない。
回数をする動きではないので達成感がない。
しかも力の入れ具合は本人のさじ加減にかかっている。
いわば、おのれの精神力が試される方法なのだ。

30秒押して30秒休み、30秒引っ張って30秒休む。
この繰り返しで15分ほどやった。
果たしてこの運動だけで筋肉痛になるぐらい鍛えることができるか。
そしてこれは筋トレだけの問題にとどまらない。
その場で力を込めるだけのことで、ブログネタになるかと言う課題でもある。


昨日、筋肉痛が出た。
予想外なことに、痛いのは肩の筋肉だ。
腕の付け根の丸い筋肉、俗に肩幅に当たるところが痛くなってきた。
確かに胸や広背筋を鍛えるには、この関節にも負荷がかかるだろう。

あと、太ももが痛い。
力を込めるのに身をもじってやっていたからだろうか。

いや待てよ。
太ももが痛いのは日曜の天地返しのせいではないのか。
だとしたら、太ももと肩で筋肉痛になるのが一日違うなんてことがあるか。
肩も天地返しのせいか?

だとしたら、あのひとり踏ん張りはなんだったのだ?





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ニンニン