『AI』ってすごい。
歌手のAI(あい)ではないし、アントニオ猪木のイニシャルでもない。
人工知能のことだ。
なんで人工知能が『AI』なのだろう。
『JT』にしてくれたらわかりやすいのに。

何がすごいって、最近のAIは自分で勝手におしゃべりをする。
それどころか、ホテルの受付をしたり、案内をしたり、
将棋を差したり、歌を作ったり、小説を書いたりもするのだそうだ。
そのうち種を蒔いたり、障子を張ったり、雪を降らしたりするようになるかもしれない。

我が家でAIといえば、もちろんルンバ様だ。
彼もときどき「さすが」と思わせてくれることがある。

ルンバ様を動かすときは、床の物を片づける。
そしてお出かけをしている間に働いてもらう。
ある日、お出かけから帰ってきたら、ホットカーペットの電源が入っていた。
消し忘れたのかと思っていたら、どうやらルンバ様がスイッチを入れたらしい。
さすがAI、寒いと自分で暖房を入れるのだ。

ともかくそれでは、電気代がもったいないので、
ルンバ様を動かして出かけるときはホットカーペットのコンセントを抜くことにした。
どれだけ知能が発達していても、手がないのだからコンセントは入れられまい。
帰宅したらルンバ様は寒いのを我慢して、元の場所にちんまり納まっていた。

テーブルや椅子に上げてあったものを床におろし、
カーペットにカバーを掛け、電源を入れて転がる。
しばらくくつろいでいると、暑くなってきた。
見れば温度調節レバーが最大に上げてあるではないか。
ルンバ様のしわざだ。


何がよくないって、ホットカーペットにAIがついてないことだ。
昨日は酔っ払って帰り、4時までホットカーペットで寝てしまった。
AIが装備されていたらもっと早く起こしてくれたはずだ。
おかげでのどが痛くて鼻がグズグズする。
風邪をひいたのかもしれない。

寝室に移動し布団に入り、鼻の下にヴィックス・ヴェポラッヴを塗り、
のどシュッシュしてマスクをして寝た。
で、ついさっき起きて顔を洗った。
鏡を見たら、私の顏がワックスを掛けたようにツヤピカではないか。
時間が経ってないから、ヴェポラッヴが蒸発せずに残っていたのだ。

『JT(自分の知能)』はこんなものだ。






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しかもわざと
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今年最大の寒波が襲来した。
我が地方では雪は降らなかったものの、やはり気温はグンと下がった。
そこで、会社から支給された冬用ジャンパーの出番となった。
ずっと新品のまま保管していたが、今おろさずにいつおろすのだ。

これで結構厚着になった。
ヒートテックに薄手のトレーナー、その上にベストと作業服。
今までは寒いとその上にヤッケだったが、このモコモコジャンパーだ。

これは着過ぎだ。
徒歩で出勤したら汗だくになった。
やはり作業服の代わりにジャンパーにするべきだった。
体が温まっているうちに作業服を脱いだ。

夕方、ちょっと時間的余裕ができたので、運動をすることにした。
準備運動の腰回しと横曲げを百回ずつする。
なんだかモコモコして動きにくい。
フォークリフトにつかまって体引っ張り運動をしていて、腰に違和感を感じた。
今日はもうやめておこう。

会社帰り、ジャンパーを脱いで作業服を着た。
歩くと暖かくなるので、ジャンパーは会社に置いておくことにした。
寒い時、作業服と着替えるのだ。
室内から出るときは寒いが、家に着くころには体が温まっていた。

が、玄関の鍵がない。
そうだ、今日からジャンパーだったので、いつものポケットに入れ忘れたのだ。
あー寒い。
飲みに行こうか、いや、いつもの居酒屋は休みだ。
寒い、腕立て伏せをしよう、ご近所に見られませんように。


おや、デ・ジャヴュかしら、と思った方。
それは昨年の12月21日の『後半へ続かない』という記事だ。
コピペはしてないが、ほぼ同じ内容になっている。

ただ、そのときより状況は悪くなっていた。
ついさっき、ちづるが買い物に行くと連絡してきたばかりなのだ。
寒波が来ているし、腰の調子も悪い。
ちづるに連絡しようとスマホを出した。

なぜかまずブログを開いてみた。
あっ、コメントが増えている、どれどれ。
ここでスマホの充電が切れた。
ああ、なんで先にちづるに連絡を取らなかったのか。

腕立て伏せをしていると、お隣さんが帰ってきて何か荷物の積み下ろしを始めた。
車のライトが当たらないところに身をひそめていたが、つらくなってきた。
なのであてもなく自転車で出かけた。
寒い。
ジャンパー欲しい。





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無人の絵が過去にあったか
いつもの居酒屋のオーナーに相談を受けた。
窓の障子がボロボロなので張り替えたいのだが、
厚手の紙で破れにくいものはないか、と。
この店で私は紙担当なのだ。
とりあえず、任せておけと胸を叩いた。

和風で厚手で丈夫そうなので、無料で手に入るものを選んだ。
ただ、印刷用紙と障子紙では基本となるサイズが違う。
最大の物を用意しても長さが足りないから、途中で貼り足さなければならない。
見本に持って行って、気に入られたら用意することにしよう。

その前に、一応店長の奥さに訊いてみた。
私はこっち方面の商品知識があまりないのだ。
奥さんの言うことにゃ、断然障子紙の方が丈夫だという。
厚手の紙は湿気に弱いし、すぐに色焼けがするらしい。
なるほど、餅は餅屋、障子は障子紙に限るのだ。

しかも、オススメ品があるらしい。
店が移転して以来、売れ行きがピッタリ止まってしまったものがあるのだ。
というのも、以前は店が伊勢神宮外宮近くだったので、
近くに古い家もたくさんあり、徒歩で障子紙を買いに来てくれる人がいた。
こちらに来たら、障子紙が欲しい人は、まずホームセンターに行くのだ。

なので、ドアサイズが4枚張れるものを500円にしてくれるらしい。
その話をちづるにしたら、わが家の障子も張り替えたいと言い出した。
つい最近、私があまりにやらないのでちづるが張り替えたと思っていたが、
あれはもう十年も前の話だったのだ。
しかも、私の指穴が開いてしまっている。

さて、ここで算数だ。
いつもの居酒屋の障子はドアの半分サイズが4枚。
我が家の障子はドアサイズが2枚。
ドアサイズが4枚張れる紙なら、両方がまかなえるではないか。
なんと何もかもが都合もタイミングもいい話だ。

そんなわけで私は会社から紙を持ってきた。
実家に行った帰りに、ホームセンターでノリも買ってきた。
これを張って、残りを居酒屋にあげればビールの一杯ぐらいサービスされるだろう。
この日曜に作業して火曜日あたりに残りを持って行くとしよう。

で、日曜日、ダラダラ過ごして3時になり、作業を始めることにした。
実はその前にちょっともめた。
どうして障子はがし液やカッターを買ってこなかったかと言われたのだが、
以前一人でできたとちづるが言ったからノリだけにしたのだ。

そんなわけで、ちづるが「私が一人で貼る」と宣言した。
そのかわり一切口出しをするなというので「どうぞどうぞ」だ。
こうして我が家の障子は新しくなり、私は居酒屋でいい顔をできることになった。
ただし、障子紙の500円と、ノリ代はくれと言えなくなってしまった。





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ホラーっぽい
目が覚めて、布団から出て、寝室から出て、窓から外を見る。
カラッカラだ。
雪が積もるなんて噂にウキウキしていたのにガッカリだ。

北の方や山手では大雪で苦労しているという。
雪の少ないわが三重県でも、北部中部には雪が積もっているようだ。
難儀している人には申し訳ないが、やはり雪景色には心が奪われる。
おっさんになっても、雪が積もるとテンションが上がるのだ。


母が二度、私にウソをついたことがある。
そのうちの一つは雪に関するウソだ。
高校生だった私は寝力がMAXで、起力がへなへなだった。
何度起こしても起きない私に、母は
「雪が積もっとるよ」とウソをこいた。

この魔法の呪文で飛び起きた私。
起きることは起きたが、外を見ても景色はいつも通りのカラッカラ。
母への怒りは計り知れない。
ちなみにもう一つのウソは、しゃっくりが止まらない私に、
「後ろに蜘モが!」というものだ。
しゃっくりは止まったが、その怒りは計り知れない。


だいたい私の住む三重県南部はとても雪が少ない。
本州で最も太い部分、紀伊半島の右海岸線だ。
天気予報で日本中を覆う寒波や降雪地域が地図上に示されるが、
大抵そのラインからはみ出している。
『首の皮一枚残して』という言い回しの『皮』みたいな感じだ。

いつもの居酒屋のバイト、Mえは雪が大好きだ。
近くで雪が積もったと知ると、車で出かけようとしてみんなに止められている。
金曜に飲みに行ったときは、

「こみ、土曜は仕事?」

「休みやよ」

「雪合戦しよ」

と誘われてしまった。
しかし、雪が降るかどうかは微妙だ。
Mえは、雪雪雪雪言っている。

みんなで天気予報を見ていると、天気図が出た。
なんとこの辺りが降雪範囲に含まれているではないか。
みんなが慌ててMえを呼ぶ。

「おーいMえ、この辺にも雪が降るぞ」

「うそー」とカウンターから飛び出してきて天気図を見るMえ。

「三重県どこ?」

マイナー県だけど、あんたは住んでいるんだから。





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なので背景の色が無し
会社に向かって歩いている途中、ハートが落ちているのを見つけた。
先日、『ドーナツ型だからドーナツ』的な案を発表して反論をいただいたが、
これに関して文句をいう人はあるまい。
ハートの形をしているもの=ハート、なのだ。

道路の端っこに

これは間違いなくハートだ。
新年早々、こんなものを見つけるとは縁起がいい。
さっそく拾っていこうかと思ったが、さすがの私も躊躇した。

まず、ハート形のなにであるかわからない。
金属製らしいので重そうだ。
なかなか年季が入っていて、古いものらしい。
換金はできなさそうだし、裏に犬の不運がくっついていないとも限らない。
懐に入れるのはやめておくのが賢明だ。

考えてみれば、ハートを拾ってウキウキするより、
毎朝通る道にハートがあるというのもいい感じの生活ではないか。
『ハートのある暮らし』なんてオシャレ女性誌のサブタイトルにありそうだ。
そんな生活が降ってわいたように過ごせるなんて、
って、降ってきたのかどうかはわからないが。


そんなこんなでもう何日が過ぎただろう。
『ハートのある暮らし』のつもりでいたが、
どうも実際は『毎日ハートをチラ見する暮らし』になっている。

考えてみれば、新年早々この世界のどこかにハートを落とした人がいるわけだ。
これは気の毒だと思わなければならない。
しかし、毎朝誰かを気の毒に思う生活もいやだ。
どうにか考え方を変えたい。

そうだ。
誰かがここに、ハートの種を蒔いたのだ。
この種に愛のシャワーが降り注いだ時、この種は発芽して成長を始める。
そのときをずっとここで待ち続けているのだ。

だとしたら、一つ不安がある。
この種がアボカドタイプかソラマメタイプかということだ。
アボカドタイプなら、発芽の時にまず真っ二つに割れる。
これは縁起が悪いではないか。

対してソラマメは根が出て種が持ち上がり、それが開いて双葉になる。
開いて双葉になるのと、先にパックリ割れるのではイメージが違いすぎる。
ぜひ、ソラマメタイプであってほしい。
それなら、そのままどんどん伸びて、やがて花が咲きサヤができる。
その中にたくさんのハートが詰まっているのだ。

そのときに私は一サヤいただくとしよう。
おそらく三つぐらいのハートが入っているはずだ。
それを、町のあちこちに蒔いてくるとしよう。
その運動がどんどん広がっていけば、この世界は平和になるはずだ。

などと、ひとりで歩いているとおかしなことを考えてしまうのであった。






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発育不全